全てを暴露してから最初の平日、つまり普通に授業がある日になった。この前の土曜日にイベント、および真実の打ち明け、そして日曜日を挟んで本日に至る。
1日置いてアイツらがどれだけ心の整理ができたのかは不明だが、どうやら授業は真面目に受けているようで、何か考え事をして上の空って感じではなかった。みんな表情が良く出るタイプで体裁を保てるような奴らではないから、ある程度は自分の中で決着がついたのだろうか。だとしたらいつか本心を打ち明けてくれるだろうから、それまで待つとするかな。
そんなこんなで本日の授業が終わって放課後になった。俺は誰もいなくなった教室で事務作業をしている。学校に金がないせいか誰もいない教室の電気は消すようにとあのクソババア、もとい理事長に言われてるので、教室内はやたらと暗い。かろうじて窓から差し込む夕日の朧気な光の中で仕事をしていた。職員室にいてもいいんだけど、1人の方が集中できるからな。
そして事務作業を黙々と進めてもうすぐ終わろうとしていた矢先、教室の扉が静かな音で開かれたことに気が付く。実は今日は授業が昼までであり、しかも全ての部活が休みの日で早く帰りましょうデー、一時期世間で話題になってすぐ消えたプレミアムフライデーのような日だ。だからこの時間まで生徒が残っていること自体珍しいのだが――――
「かのん……?」
「先生……」
教室に入って来たのはかのんだった。部活が休みなので当然スクールアイドル部もその対象なのだが、コイツこの時間まで一体何をしてたんだ? 俺がここで仕事を始めてから廊下を通る生徒の影すら見かけなかったから、ほとんどの生徒はもう帰宅しているはずだ。
もしかして、1人でずっと悩んでたとか? 日中は普通に授業を受けていたから自分の中である程度の決着はついたのかと思っていたけど、そりゃ繊細なコイツのことだからそう簡単に割り切れないか。そしてこの放課後に自分なりの答えを見つけ、たまたま教室の前を通りかかったら俺がいたからここで心中を打ち明けよう。そんな算段かもしれない。
「先生……」
「ん?」
「勉強、教えてくれませんか?」
「へ?」
俺の予想全然違うじゃねぇか……。しかも真面目な顔をして、こちらの瞳を真っすぐ見つめながら言うものだから柄にもなく呆気に取られてしまった。いつものコイツであれば俺と2人きりでいるだけでも顔を赤く染めてそわそわしているのに、今のコイツは凛としていてまるで別人だ。今日はLiellaの面々とは一切会話をしておらず、それはコイツらが色々心の整理ができていないからだと思っていたけど……まさかこのタイミングで勉強を教えろと頼み込んでくるとは思うまい。まあ生徒が教師に相談事をするのは当然のことと言えばそうなんだけどさ。
ちなみに呆気に取られたのはそれだけではなかった。なんとコイツ、教卓で仕事をしている俺の隣に椅子を持ってきて、そこで勉強を教わろうとしている。いや教室だから目の前にいくらでも机があるし、授業のように対面であれば黒板を使って教えられるのにどうして隣に来るのか。しかもその行動すらも普段のコイツとは違っており、いつもなら俺の隣にいると緊張と羞恥心で支配されるはずだ。だが今は至って平静。秋葉に精神安定剤でも打ち込まれたかと疑ってしまうくらいだ。
「お前そんな奴だったか?」
「えっ?」
「なんか今日は積極的っつうか、物怖じしてない感じがするからさ」
気になり過ぎたからもうストレートに訊いちまった。バトル漫画でよくある主人公の覚醒モードに入ったみたいな感じで、メンタルまで鋼になっているかのん。俺と喋っていない間で自分の心の中でどんな修行をしたんだよ……。
「居心地がいい場所の再確認をするため、ですかね……」
「俺ってそんな癒しスポットだったのか……」
「はい。先生の隣にいるといつも緊張しちゃいますけど、それ以上にドキドキして、心が温かくなって、先生の隣に立つたびに『やっぱりここが一番安心する』ってなります。昨日と今日、ずっと考えた結果がこれって単純すぎますよね」
「なるほどね……。別にいいんじゃねぇの。それがお前の気持ちだったら好きなだけ隣にいればいい」
意外にもあっさりと自分の気持ちを吐き出したな。羞恥心がどうこうよりも俺の隣にいると落ち着くってのが勝っているのだろう。かのんはいつも素直で真っすぐだが、その性格が今も如実に表れている。俺が隣にいただけで頬を染めてこちらをチラチラ見ていたウブなコイツはもういなくなったのか。それはそれで寂しくはあるが、教師として生徒の成長が喜ばしくもあるな。
「それに先生の隣で歩き始めてもう1年ですから、いつまでも緊張していられませんよ」
「そっか、もう1年か」
「そうですよ。私、来月から先輩になるんです」
「へぇ、お前がねぇ」
「ちょっ!? どうして笑うんですかっ!!」
まだまだお前は子供だとか思ってしまうあたり、もう親の目線なんだよな。それくらいこの1年はコイツらと色々あったわけだ。
そしてかのんとは他のメンバーの誰よりも最初に出会い、気にかけていた子だからなおさら思い出が深い。この俺がノスタルジーを感じてしまうなんて相当なことだぞ。
「こうして隣にいるのも当たり前になってますけど、出会いは突然だったのは覚えてますか? 私が歩道橋の上で歌っていたら先生が『声、綺麗だな』っていきなり。唐突過ぎて新手のナンパかと思っちゃいました。ほら、最初は優しい言葉で声をかけて、心を掌握した後に良からぬことに誘う……みたいな?」
「悪かったなナンパみたいで……。でもあの時は声をかけざるを得なかったんだよ。もう俺の性格を知ってるから言っちまうけど、俺は魅力的で可愛い子が好きなんだ。そんな俺のセンサーに反応する奴が目の前にいたら話しかけるしかねぇだろ。しかも自分の勤務する学校の制服を着てるときたら、そりゃもう自分の手の垢を付けるしかねぇって思ってさ」
「そ、そんなことを考えてたんですね……」
「引いたか?」
「い、いえっ! むしろ先生と知り合えたきっかけのエピソードなので、これも大切な思い出です!」
イケメンなら多少のキモさは許されるのか、俺からしたら生きやすいなこの世の中は。
でもよく考えてみて欲しい。声がキレイで歌も上手い超絶美少女JKが目の前にいたらどうするのかを。一般性癖の男であればお近づきになりたいって思うだろ普通。そのためには声をかける必要があり、俺はその選択肢を選んだ。ただそれだけ。表現の仕方が気持ち悪かっただけで思考回路的には男として真っ当なものだったんだよ。
「それから先生が私のクラスの担任になったり、可可ちゃんからのスクールアイドルの勧誘を逃れるために先生との勉強会を隠れ蓑にしたり、先生とは入学した直後から一緒だった気がします」
「そういやそんなこともあったな。まあ結局はスクールアイドル堕ちしちまったわけか」
「うぅ、それは先生が『可愛い可愛い』って言うから……」
「そんな面食いみたいな褒め方してたか俺……? そりゃ美少女で声もキレイで歌が上手いってなったらスクールアイドルの適性はバッチリだろ。あくまでそこを褒め讃えていただけだ」
「それ、今ならある程度は耐えられますけど、当時は自分の容姿や趣味を褒められることに慣れてなくて恥ずかしかったのなんのって……」
「お前、俺に褒められたらすぐ茹だこになってたもんな」
「うぅ、思い返すと更に恥ずかしくなっちゃう……!!」
「今も意識し過ぎるとそうなるのか……」
1人で歩いているとほぼ確定で可可に襲撃されるから、放課後は自習をかねて俺に勉強を教わろうとするイベント(俺にとっては強制イベ)が何度もあった。ただ結局のところ、可可はそんなことでは止まらない猪突猛進タイプなのであまり意味はなかった。むしろアイツもアイツでよく俺の隣にいた気がする。かのんからはどうすればスクールアイドルにならずに済むかの相談を受け、可可からはどうしたらかのんを誘えるかの相談を受けていたのを思い出した。なんとも不毛な板挟みだったな……。
「ただ、そこから紆余曲折あってお前はスクールアイドルになった」
「はい。先生のお言葉があってこそですけどね。このまま塞ぎ込んだままの自分じゃイヤだって思って……。それでもファーストライブは入試の歌披露のときより緊張しちゃいましたけど、それも
可可ちゃんと、そして先生のおかげで乗り越えられました。ファーストライブ直前で先生、私になんて言ったのか覚えてますか?」
「そんな昔のこと覚えてるわけねぇだろ」
「『俺がいる』って。今思えば、この時から持ち前のナルシストが出ていたってことですよね。なるほど、これがゲーム用語で言うフラグ……」
「いやいや、見守ってる奴が1人でも多い方が安心するだろうなって思っただけだ。つうか俺の言葉もっと長かった気がするんだけど、そこだけピックアップするからナルシストに見えるんじゃねぇのか?」
「ふふっ。でもどうであれ緊張も解れて、ファーストライブが成功したので問題なしです!」
今ではスクールアイドルにもそれなりの自信がついている彼女だが、当時の卑屈さはそれはそれは目に余るくらいだった。今まで出会ったスクールアイドルの中でも随一のマイナス思考っぷりで、ライブのたびにコイツを鼓舞してやった。もちろんファーストライブは最初のライブってこともあり自己評価の低さが逆限界突破しており、励ますためにそれなりの言葉をかけてやった気がする。だがその言葉を都合のいいように切り取られたので、エピソード改変がヒドイのなんのって……。まあそれがコイツの大切な思い出になってるのであればそれでいいか。
「そこからすみれちゃん、ちぃちゃん、恋ちゃんが加入して、グループ名も『Liella』に決まって、よりスクールアイドルらしくなりましたね」
「お前もそうだけど、他の奴らも一癖も二癖もある奴らばかりで手間取ったけどな」
「それも先生のおかげですよ」
「最終的にアイツらを誘ったのはお前だろ」
「その誘う勇気をくれたのは先生です。だから先生のおかげってことですよ。みんなにどう声を掛けたらいいか迷っていた時に、『お前は人の心を開く力がある。お前に熱い思いがあればきっと届くさ』と励ましてくれたこと、今でも鮮明に覚えてますから」
「お前に限った話ではないけど、よく覚えてるよなそんなこと」
「私にとっては人生の格言ですから」
それ恋の時も聞いたぞ。まさか他の奴らも同じことを思ってんのか? このままだと部室に俺の名言が文字起こしされて額縁に飾られかねない。しかも5人いるから部室中の壁一面に。それどんな公開処刑……??
ただ額に収めたくなるほど俺の言葉が響いてるってことで、そこだけは誇らしく思う。そのおかげで今のLiellaがあると思えば俺の功績が格言になるのも無理はないか。
「そして、先生は私に過去のトラウマを乗り越えさせてくれました」
「あれはみんなのおかげだろ」
「もちろんそうですけど、やっぱり根底は先生なんです。先生は私たちの笑顔が好き。だとしたら私も今のままではダメだと思って、1人でステージに立つ覚悟を決めました。トラウマとの決別もその時の目標だったことには間違いないですが、それと同じくらい先生に自分を見て欲しかったんです。澁谷かのんという存在を、先生にたくさん知って欲しかった。それくらい私の中で先生が大きくなっていたんだって」
今となってはそれなりに克服しているアガリ症だけど、思い返せば歌が好きなのに人前で歌うのは緊張が昂って無理って中々に難儀な性格だったな。可可たちがいればその不安も解消されていたらしいが、それは根本的な解決にはなっておらず、心に枷を付けたままだといつかそれが重圧になるときが来る。彼女も俺たちもそう思っていた。だからこそあの時、小学校のステージに1人で立つ決意をしたんだ。でもまさかその理由がトラウマ克服とは別にもう1つあり、それが俺に向けてでもあったなんて思いもしなかったな。
他の奴らともそうだったが、こうして2人きりだと今まで知ることのなかった相手の本心を知ることができていい。俺は自分のやることなすことに後悔なんて一切ないからコイツらの気持ちがどうであろうがどうでもいいが、あの時コイツはそんなことを考えていたんだって知ることはソイツの魅力をより知ることにも繋がる。だから思い出話をするのは嫌いではない。まあ格言を引っ張り出されるのは流石の俺でもちょっと恥ずかしいけどな。
「その他にも先生に助けられたことはたくさんありました。普段の勉強とかもそうですし、愛莉さんと一緒に解決した幽霊騒動もそうで……。あはは、もう先生との思い出しかないですね」
「それだけ俺と一緒にいるのが日常になってるってことだろ。もう思い出云々とかではなくて、それが普通なんだよ」
「普通……それが普通ですよね。ふふっ♪」
「嬉しそうだな……」
「そうですよね、これが普通ですよね! 先生の隣にいることが普通なんです。それくらい私、私たちは先生のことを……」
それ以上は何も言わなかった。大体察することはできたが、恐らく他の奴らがいない2人きりの時に言うべき言葉ではないと思ったのだろう。だったら俺もここで語るようなことはしない。コイツらが自分の気持ちを自分で打ち明けるまではな。
そうやって思い出話に花を咲かせた俺たち。かのんの目的は俺の隣に来ることだったらしく、隣にいることさえできれば勉強を教わろうが昔話をしようがどちらでも良かったようだ。よくよく考えれば隣に来ることだけが目的って、相当相手に入れ込んでないと出てこない目的だよな……。とりあえず俺の真実つうか、本性を知っても好意は持ち続けているようだ。まあこの一年間でこれだけ距離が縮まったんだ、離れようと思って離れることなんてできないよな、それはコイツらもそうだし、もしかしたら俺もそうかもしれない。
「そういえば先生、まだ隠してることありますよね?」
「はぁ? んなものねぇよ。全部話したっつうの」
「そっか。だったら勉強会のお礼と言ってはアレですけど、私の家に来ませんか? 喫茶店なので何か甘いモノでもご馳走します」
「いや教師なんだから生徒に勉強を教えるのは当たり前だろ。それに楓がなんて言うか分かったもんじゃない」
「なるほど、やっぱり妹さんはμ'sの楓さんだったんですね」
「お、お前!? まさか
「ゴメンなさい♪ 可可ちゃんから確かめて欲しいと頼まれていたのでつい」
「ったく……」
やられた。まさかこんな形でアイツの正体がバレるとは……。でもアイツの正体を隠すことは俺の正体を隠すことにも繋がっていたから、俺という人間が知られた今は別にアイツが何者だろうがバレても問題はない。だが高校生ごときに出し抜かれるという失態はプライドに響くぞ……。
「やっぱり、先生といると楽しいです。それだけで十分」
「そりゃ良かったな」
「もしかして、さっきの根に持ってます?」
「んなわけねぇだろ自惚れるなよガキのくせに」
「ふふっ、やっぱり楽しいです! 今日はそれを確かめられただけでも満足しました!」
なんだかもうやり切ったみたいな顔してやがるなコイツ。本番はまだなのにこの余裕。とは言いつつも、心に焦りがある状態で本心を打ち明けようとも気持ちが込められないと思うので、本人が満足したって言うのであればそれでいい。俺の隣にいるだけで落ち着けるのであれば好きなだけこの場所にいろ。むしろ俺から寄り添っちまうかもな。それくらい俺が抱くコイツらへの想いも大きくなってきたってことだ。
そんな感じで今日は解散となった。結局かのんの本当の気持ちはまだ明かされていないが、それが告白される日はもう近いだろう。自分1人だけここで想いを打ち明けたら抜け駆けになって、可可たちが怒っちまうかもしれねぇからな。
「先生、途中まで一緒に帰りませんか?」
「いいけど、職員室に寄っていくから少し時間かかるぞ」
「大丈夫です。いくらでも待ちます。先生の隣にいられるのであれば、いくらでも……」
「そうか。じゃあ行くか」
「はいっ!」
かのんが小走りで俺の隣に並ぶ。
俺たちの未来が決まるときが来るのも、もうすぐそこ――――と思ってたけど、これはもうお互いに確認するまでもないのかもしれないな。
前回の事後回であり、かのんとの過去回でした。
アニメ2期を見て思ったのは、アニメのかのんがイケメンっぷりを発揮するたびに女の子らしい可愛いところも見たくなるって、この小説で恋をする彼女が描けているのは丁度いいですね(笑)
これで5人全員の過去回が終わったのですが、相変わらず零君のお人好しっぷりとメンタルケアが完璧すぎて……(笑)
メインキャラが少ないからこそ1人1人の過去描写もこのように個人回として無理なく描けるのも良かったです。
そして、次回はいよいよLiella編の最終回となります。彼らの関係も次回で一通りケリがつくので、是非最後まで見守ってあげてください!