ラブライブ!~蓮ノ空との新たなる日常~   作:薮椿

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 後書きに、にじよんアニメ(この小説ver)の超短編(第10~12話)を掲載しています。
 是非最後までご覧ください!


【特別編】侑とAqours

「わぁ~っ! 海キレイですね!」

「だろ? 都会にいたら味わえねぇ感動だ」

 

 

 高咲侑です。

 今日はお兄さんの運転するバイクに乗ってとある場所――――『沼津』に来ていた。そして私は目の前に広がる海に輝きにとても心を動かされている。

 お兄さんの背中にしがみ付きながら、バイクで颯爽と駆け抜けるこの心地良い風、潮の香り、そして眼に映る雄大な大海原に思わず感情を揺さぶられていた。当初は普通に電車で来る予定だったんだけど、お兄さんがバイクの方が臨場感のある雰囲気を楽しめるからと勧められたので、最初は疑い半分でバイクに乗ってみたんだけど……うん、これで正解だったよ。窓越しでは見られない、風を切りながら見る迫力のある海の景色に目を奪われてしまう。

 

 

「もうすぐ目的地だ。そろそろ心の準備はできたか?」

「う゛っ、そう言われるとまだ……。景色のおかげで緊張を忘れられたと思ったのにぃ~っ!!」

「つうかお前、他のスクールアイドルと絡むことなんてザラだろ。合同文化祭の時とかお前主体で他校と打ち合わせしてたじゃねぇか」

「それは仕事9割みたいなところがあったので……。しかも今回は私もよく動画で観てる()()()()()だし……」

「そんな畏まるほどの地位の奴らじゃねぇから安心しろ」

「そりゃお兄さんはそうかもしれませんけどぉ!!」

 

 

 私のスクールアイドルのマネージャーとしての知見を広めるため、以前お兄さんが指導していたグループのところへ遠征する。というのが恐らく今日の目的(詳しく聞かされてはいない)。昨日いきなり沼津に行くからお前も来いと連絡を受けて渋々同行することになった。でも同年代のあのスクールアイドルに会えるとなると期待は高まっちゃうよね。

 

 だけど新しいスクールアイドルのグループに会うとなるとそれなりに緊張してしまう。もちろん楽しみも大きいんだけど、今日に限っては緊張が勝る。合同文化祭で参加交渉するのはさっきも言った通り半ば仕事みたいなところもあるから、こうしてプライベートで他のグループの人たちと一緒に遊ぶのはこれが初めてだったりする。そりゃするでしょ、緊張。

 

 しかもお相手はあのスクフェスも優勝し、今や全国的にも有名になっているグループ。歩夢たちももちろん凄いし、合同文化祭に参加してくれた東雲や藤黄も素晴らしい人たちばかりだけど、お兄さんの息がこれでもかってくらいにかかったスクールアイドルとなるとどうしても凄みが増す。以前にμ'sさんと突然出会って、しかも唐突に飲み会にお邪魔させてもらった時も緊張しっぱなしだったけど、今日も同じくらいドキドキしてるよ……。

 

 

「着いたぞ。ここだ」

「旅館? じゅう、せん、まん……?」

十千万(とちまん)な。相変わらず読みにくいな……」

 

 

 バイクが止まった先は十千万(とちまん)という旅館のようだ。古風だけどこういった雰囲気、私は好きかな。

 そしてヘルメットを外したその直後、旅館の扉が開いて橙色の髪と赤い瞳の童顔の女の子がこちらに駆け寄って来た。

 

 

「零さん久しぶりぃ~!! お元気でしたか? あっ、こちらは噂の高咲侑ちゃん!? わぁ~とっても可愛いぃ~~♪」

「ど、どうも……。って、もしかして――――高海千歌さん!?」

「うんっ! よろしくね!」

 

 

 顔をこちらの眼前にまで近づけてきたので思わず仰け反っちゃったけど、まさかあの『Aqours』の高海千歌さんだっただなんて――――緊張してるけどトキメいて来た!

 驚きで反応には出てないけど、内心では物凄く興奮してるよ! だってあのAqoursだよ!? スクールアイドルに興味を持ってからずっと動画で観てたあのAqoursが、まさか私の目の前にいるなんて感動するしかないでしょ!!

 

 そしていつの間にか、私は千歌さんにぎゅっと抱き着かれていた。

 うわっ、めちゃくちゃいい匂い――――って、これだとお兄さんと同レベルになっちゃうから余計な雑念は捨てろ私……!!

 

 そんな中、今度は2人の女の子がこちらにやって来た。

 

 

「もう千歌ちゃん、そんなに顔を近づけるからビックリしちゃってるでしょ」

「梨子ちゃん。だってこんなに可愛いんだよ! 抱き着かないなんてウソでしょ! ねぇ曜ちゃん!」

「そうだねぇ。これだけ可愛かったら色々とコスプレさせてあげたいよ!」

「曜ちゃん目がギラギラしてる……」

「いや可愛くないですって。皆さんの方がよっぽど……」

「可愛いよ! ねぇ零さん!」

「あぁ。でなきゃ自分の隣に置いてない」

「お、お兄さん……。もうっ……」

 

 

 可愛い可愛いっていつも私が歩夢たちに言ってることだから、こうして集中砲火を浴びると途端に恥ずかしくなってくる。なるほど、みんなが照れるのはこういうことか。攻撃されて初めて分かるこの羞恥心。みんなゴメン、これからはここぞと言う時に放つようにするから。

 

 

「相変わらず騒がしくて何よりだよ」

「零さんこそお変わりないようで」

「あぁ。あまり久しぶりって感じはしないけどな。テレビ通話で何度も顔を合わせてたし」

「でもやっぱり面と向かってみると久しぶりって言いたい気持ちも分かりますよ! 千歌ちゃんに負けないくらい私たちみんな会えるのを楽しみにしていたんですから!」

「そりゃありがとな。コイツ共々よろしく頼むよ。侑、コイツらが梨子と曜。ライブの動画で観て知ってんだろ?」

「はい。高咲侑です」

「零さんから聞いてるから知ってるよ。凄くいいパートナーだって」

「なんか変なこと言ってないですよねお兄さん……」

「睨むな。事実しか喋ってねぇから安心しろ」

 

 

 事実って、もしかしてキスしたこと話してないよね?? あのキスはお兄さんの体調不良を治すための治療、いわば人工呼吸みたいなものだったんだけど、お兄さんがそれを面白おかしく話して本気のキスと誰かに勘違いされたら困る。男女でキスしたとなればそりゃ本気だと勘違いされるのも無理はないし……。ただ100%本気じゃなかって言ったらウソにもなるけど……。とにかく、それで茶化されるのだけは避けたい! だって現在進行形で歩夢たちにはイジられてるし!!

 

 

「そういえば侑ちゃんずっと敬語だけど、同い年なんだしタメ口でいいよ! もっと侑ちゃんと仲良くなりたいしね!」

「そ、そう? なんだかいつも動画で観てる人たちと実際に会うってなると緊張しちゃって……。でもそう言ってくれるなら私も仲良くなりたいし、これからよろしくね。千歌ちゃん、梨子ちゃん、曜ちゃん」

「「「よろしく!」」」

 

 

 名前呼びになって距離が近づいたわけだけど、3人共いい人たちで良かったなぁって思うよ。いやお兄さんが指導していたスクールアイドルだからみんな優しい人たちだってことくらい知ってるけど、やっぱり直に会ってみないと分からないモノだってあるからね。フレンドリーなおかげで緊張はすぐに解れた。

 

 

「そういや他の奴らはどうした?」

「みんな旅館の大広間に集まってますよ。前に言っていた町おこしのポスターとか看板とか作ったり、ライブで着る衣装のアイデアを考えてます」

「町おこし?」

「観光地として全国から人に来てもらおうと必死なんだよ。ここド田舎だからさ。なぁ都会かぶれの梨子?」

「私まで巻き込まないでください!? そ、そんなこと思ってないですよ……?」

「なんか自信を持って言い切らないところが梨子ちゃんって感じ」

「素直になっていいんだよ、梨子ちゃん」

「千歌ちゃんも曜ちゃんもちょっと怖いよ!?」

 

 

 そういえばAqoursは1人だけ東京からこっちに引っ越してきてメンバーになった人がいるとどこかの記事で読んだような気がする。なるほど、それが梨子ちゃんだったんだ。

 そして笑顔を見せてるけど怒ってますよオーラを出している千歌ちゃんと曜ちゃん。冗談でも静かに怒ってしまうくらいにこの町のことが好きなのかな。バイクでこの旅館に来るまでに町の風景も眺めてたけど、確かに観光客を歓迎するようなポスターや看板、旗やお土産物がたくさん並んでいた。この町が好きなのは千歌ちゃんたちだけでなく、町の人みんなが抱いている思いらしい。なんかいいな、そういうの。

 

 

「じゃあちょっくら俺たちも手伝うか」

「え゛っ!? 正気ですか……!?」

「なんだよその反応……」

「だってお兄さんが進んで誰かのお手伝いをするなんて、明日は雨、いや氷柱が降りますよ!!」

「お前、俺をどんな目で見てんだ……」

「普段はみんなの練習を見ている時以外は大体どこかでサボってるのに、そんなお兄さんが町おこしのお手伝いだなんて……。別人ですか!?」

「失礼な奴だな……。たまにはいいだろ」

「まぁ、私はいいですけど……」

 

 

 もうそれなりの付き合いになってきたから分かる。お兄さんは突発的にこんなことを言い出す性格ではない。こんなことを言ったら怒られるかもだけど、本気の時は全力、手を抜くときはとことんサボる人だ。しかも自分の利益になること以外は興味を持たない人なので、いくら自分の指導していたスクールアイドルの住む町とは言っても、そこの町おこしに協力するなんて意外すぎる。

 

 そもそもだよ。お兄さんが今日私を誘った本当の理由は?? う~ん……。

 

 そんな疑問を抱えながら、千歌ちゃんの実家である旅館にお邪魔することにした。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

「フッ、遂にできたわ――――究極の堕天使衣装!! 千を超える漆黒の羽と、堕天を表す割れた頭上リング、綻びたスカートに禍々しく尖ったブーツ! これで町、そして堕天使ヨハネとその眷属として注目を浴びること間違いなし! いいわよね、ルビィ、ずら丸!!」

「それ結局善子ちゃんが目立ちたいだけだよね……」

「しかもそんな恥ずかしい服、マルたちは着たくないずら」

「うぐっ……!! まだまだ眷属としての覚悟が足りてないようね…….。ん? ていうかヨハネよ!」

 

 

 町おこしライブのための衣装をスケッチブックに書いているのはAqoursの1年生。堕天使を称する顔が整った美人さんの津島善子ちゃん、小柄でくりくりした瞳でマスコット的な可愛さを持つ黒澤ルビィちゃん。そして特徴的な語尾と柔らかそうな身体をしていそうな国木田花丸ちゃんだ。ちなみにさっきAqoursと自己紹介は済ませてある。

 

 それにしても、さっきのやり取りだけでこの3人の関係性というか、力関係が分かった気がするよ。善子ちゃん、もといヨハネちゃんがボケて、ルビィちゃんが呆れて、花丸ちゃんがツッコミを入れる。いいコントを見せてもらってるよ、うんうん――――って、善子ちゃんに物凄くガン見されてるけど、もしかして声漏れてた……?

 

 

「アナタ、いい眷属になれそうね」

「へ?」

「その綺麗な黒髪にツインテール。魔力(マナ)の色をした緑のグラデーション。分かった、アナタはヨハネの眷属として生まれるべくして生まれた存在なのよ!」

「えぇっ!? 私が!?」

「侑さん、善子ちゃんの妄言に付き合ってたら日が暮れるどころか朝になっちゃうずら」

「妄想ではない、現実よ。この衣装を以ってこの町にヨハネが堕天するの」

「侑さん、ルビィたちと衣装案を見せ合いっこしませんか?」

「えっ、う、うん、いいよ」

「こら聞けぇ!!」

 

 

 なんだろう、初めて会ったのに凄く馴染めてる気がする。特に善子ちゃんはかすみちゃんに似た何かを感じてしまうので、だから扱いやすいのかもしれない。いや無下にしていいってことじゃなくて、ノリが似てるから……ね?

 

 そうやってイイ感じに雰囲気に溶け込んできたところで、ルビィちゃんの提案でスケッチブックに書いた衣装案を公開することになった。ぶっちゃけAqoursのみんなが着る衣装を私がデザインしていいのかと疑問だったんだけど、みんな揃って『零さんの隣にいる子なら大丈夫』と謎のお墨付きをもらった。お兄さんの隣ってどれだけ高く見られてるんだろう……。

 

 

「ルビィちゃんの衣装とてもアイドルっぽくて可愛いね!」

「えへへ、スクールアイドルが好きだから、色んな動画を見て勉強してるんだ」

「私もだよ! どのグループの衣装も可愛すぎてどんどんアイデアが浮かんでくるんだよね! でも花丸ちゃんの案みたいな落ち着いた和の衣装も好きかな」

「あまりアイドルには似合わないかもしれないけど、この町は古くからある建物も多くて古風な雰囲気があるから、町おこしにはいいかなって」

「うん、とってもいいと思うよ! 善子ちゃんのは――――うん、独創的」

「顔引きつってるわよ……。ていうかあなたの案も中々悪くないじゃない」

「これってテーマは――――海?」

「うん。ここに来る途中に海の雄大な景色に感動しちゃって、思わず衣装に盛り込んじゃった」

「ルビィも凄くいいと思う! 鮮やかな青がアイドル衣装として見ても可愛いし、青が基調だから落ち着いても見えるから」

「ルビィちゃんとマルのどちらのコンセプトにも合ってるね」

 

 

 ルビィちゃんと花丸ちゃんが私の両端から衣装案のイラストを眺めて目を輝かせる。うん、可愛い。

 私の衣装案は海のブルーを基調としたイラストで、ここへ来る時の感動をそのまま絵にしただけだ。Aqoursって名前の通り『水』を表す衣装としてもピッタリだと短絡的な考えを持っていたので、みんなに受け入れてもらえたみたいで良かったよ。

 

 

「ま、まぁ悪くないんじゃない」

「ま~た善子ちゃんのツンデレが発揮されてるずら」

「う、うるさいわね!!」

「ありがとう善子ちゃん! 是非参考にしてもらえると嬉しいな」

「な゛っ!? そんな明るい笑顔向けるんじゃないわよ全く……。町おこしのためだもの、ちゃんと参考にするから……」

 

 

 素直に褒められると弱いのもかすみちゃんに似てるなぁ。そういうところが可愛いから思わずからかいたくなっちゃうよ。

 それにしても、意外とと言ったら失礼だけど、1年生のみんなも町おこしのためにちゃんと考えてるんだね。コント見たいなやり取りをしていたから錯覚しがちだけど、衣装案のイラストを描いているときも町の人たちや観光に来た人たちにどう見てもらえるかを常に話し合って考えていた。善子ちゃんも堕天使衣装は完全な趣味だろうけど、町を盛り上げたいという意思はさっきの発言からあるみたいだ。とてつもなく堅い一体感を感じた瞬間だった。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 そんなこんなで1年生との衣装アイデアの出し合いも終わり、次に3年生たちが作成している看板作りの現場にお邪魔する。

 すると目の前にはでかでかと煌びやかな装飾が付いた看板が置かれており、圧倒的な存在感を放っていた。

 

 

「あれ、もうできちゃってる……?」

「チャオー、侑。私がもうパパっとSpeedilyに完成させちゃった♪」

「いやいやしてないから。そんな都会のネオンみたいなギラギラ、明らかに町の雰囲気に合ってないでしょ」

「鞠莉さんに飾りつけ材料の調達を任せたのが愚かでしたわ……」

「あまりウケ良くないみたいですけど……」

「No Problem! 私たち親友だから、いつかきっと受け入れてくれるはず!」

「断じてないです!」

「このポジティブさは見習うべきなんだろうけどねぇ……」

 

 

 金髪のアメリカンハーフの小原鞠莉さん、黒髪が綺麗な大和撫子の黒澤ダイヤさん。そして妙に達観していてスタイル抜群な松浦果南さん。

 なんと言うか、3年生だからか知らないけどみんな綺麗だなぁって。ウチの3年生たち(ミアちゃんは除く)も個々人の雰囲気は違えどみんな姉オーラが出てるし、1年年代が違うだけなのに大人の女性って感じがするのは何故なんだろう。ていうか私、1ヶ月半後には3年生なんだよね。自分で言うのもアレだけどまだ子供っぽいし、みんなみたいな3年生になれるかちょっと気になってきた……。

 

 

「とりあえず鞠莉さんの案は一旦却下ですわ。目立たせたいって気持ちは分かりますが、町おこしなので雰囲気重視にしませんと」

「だったらダイヤはどんな看板にしたいの?」

「わたくしの書道の力を発揮する時ですわ。あとは海を押したいので、富嶽三十六景 神奈川沖浪裏の如く荒波の絵をここに刻むとしましょう」

「そんな壮大な絵、皆さん描けるんですか?」

「描けません。それはでダイビングショップの娘であり、海の申し子である果南さんがきっと描いてくださります」

「とんだ丸投げだねぇ……。ダイヤもダイヤでたま~に素っ頓狂なこと言い出すから困ったものだよ。侑ちゃんはこういう先輩みたいになっちゃいけないよ?」

「あはは……。でもお兄さんのいつも隣にいるので、いきなり変なこと言いだす人には慣れてます」

「「「あぁ~……」」」

 

 

 納得されてるよお兄さん!!

 やっぱりかつて指導されていただけあって、Aqoursのみんなもお兄さんの性格は熟知しているらしい。そして大体お兄さんを知るみんなから『零さんに隣に置いてもらえるなんて凄い!』と褒められつつも、『あの零さんの隣にいて耐えられているのも凄い』と言われたりする。どうやらお兄さんの隣にいると、お兄さんの超人的スキルとセンス、そして魅力に圧倒されて、自分が隣にいることがおこがましくなってくるらしい。私は全然そんなことないけど、どうやらお兄さんの隣というポジションはある意味で試練だそうで……。

 

 

「それで結局、果南に看板の絵を任せてOKってことでいい?」

「なんでそうなるの。別に絵のセンスがあるわけでもないし、せっかくだしここは侑ちゃんにお願いしようかな」

「えっ、私ですか!?」

「そういえば零さんが言っていました。『侑はピアノも上手で、みんなの衣装案を考える時のイラスト制作も手伝ってるから絵心もある。意外と多芸なんだよな』って」

「ちょっ、お兄さんめぇ……。確かに最近絵が上達してきたなぁとは思いますけど……」

「じゃあ任せたわ! 侑!」

「えぇっ!?」

 

 

 なにがせっかくなのかも分からないけど、突然町おこしの看板に絵を描く大役を任されてしまった。お兄さんは私のことを事実しか喋ってないって言ってたけど、事実だけどそれを拡大解釈される形で話されるのもどうかなぁって思うよ。お兄さんが評価してくれていること自体は嬉しいけどね。

 

 そんな感じで背中を押されたので、仕方なく海の絵を描くことにする。

 そして―――――

 

 

「Beautiful! 侑、あなたとても上手じゃない!」

「そ、そうですか? スマホで見た荒波の絵を少し模写しただけですけど……」

「十分ですわ! これぞわたくしの求めていた絵画そのもの!」

「これなら町の人にも受け入れてもらえるだろうし、観光しに来た人の目のも留まるだろうね」

「だったらいいんですけど……。皆さん、町おこしにとても熱心なんですね」

「うん。なんだかんだ生まれ育った町だし、私たちのスクールアイドル活動で活気づいている今だからこそ、みんなで一致団結してより地域を盛り上げないとね」

 

 

 先輩たちは今年度で卒業だから、なおさらスクールアイドルの間に地域を活性化させたい意識が強いんだと思う。お兄さんに聞いたところだと学校も統廃合になっちゃうらしいので、浦の星女学院のAqoursというあともう少しで消費期限切れになる肩書をフルに使ってみんな精一杯頑張っている。衣装アイデアや看板作りに半強制的に参加させられた時は私にできるか不安だったけど、今は一緒になってみんなの町おこしに協力したいと思っていた。

 

 これこそ虹ヶ咲にいた時には味わえなかった、新たな刺激だね。

 

 

 

 

~※~

 

 

 

 

 その後は千歌ちゃんのお姉さんが作ってくれた食事を堪能したり、町おこし準備をしていると知って駆け付けてくれた町の人たちからの果物の差し入れを貰ったり、ゆっくりと旅館の温泉に浸かったりと充実した1日を送った。

 色んな人に支えられながらスクールアイドルをしているのは虹ヶ咲も同じだけど、Aqoursのみんなは私たちの比ではないくらい地域の人たちとの結託感がある。スクールアイドルにはこうした活動もあって、グループごとにそれぞれの目標があるんだなって認識が一新されたよ。こうやって新しい刺激が加わるのは今後スクールアイドルのマネージャーとしていい経験なのかもしれないね。

 

 そんなことを考えながら広間の縁側に座って夜空を眺めていると、お兄さんがやって来て私の隣に腰を下ろした。

 

 

「こんなところにいると寒いだろ」

「部屋が暑いくらいなので丁度いいですよ」

「アイツら騒ぎ過ぎなんだよ。シラフであそこまで熱くなれるのはすげぇよ」

 

 

 お兄さんと私が来たということで、旅館の大広間でみんなでお食事会をしている最中。ただAqoursのみんなも揃って食事を取るのは久しぶりだったようで、そのせいか盛り上がりの熱気が半端ない。冬なのに部屋の気温が暖房なしであそこまで上がるなんて初めて見た。そうは言っても私もテンション上がっちゃってたから、気温の上昇に一役買ってたんだけどね……。だから今は落ち着くためにも縁側で休憩しているってわけ。

 

 

「どうだった今日は?」

「そうですね、新しいものがたくさん得られたなぁと。今まで私たち虹ヶ咲はみんなで楽しむため、スクールアイドルを盛り上げるため、なにより自分たちのために活動してきました。でもAqoursの皆さんは違って、町のため、地域の人のために頑張っていて、そういった考え方もあるんだって感銘を受けちゃいました。もちろんどっちがいいなんて決め打ちはできないですけど、これだけ地域の人たちに愛されて、応援されて、千歌ちゃんたちもそれに応えようとしている。そんな関係、凄くいいなって。いい刺激になった気がします、スクールアイドルのマネージャーとして」

「そっか。それなら良かったよ」

 

 

 お兄さん、なんか安心してる? もしかして私を連れて来た本当の目的って、私にこの刺激を味わってもらいたかったからなのかな?

 

 

「お兄さんが私を誘ったのって……」

「あぁ。もう1ヶ月半くらいで4月だろ? 俺が教師になっちまったら、今みたいに暇じゃないからずっとお前を見てやることもできなくなる。だから今のうちに新しい経験を積ませたり、それこそ刺激を感じてもらいたかったんだよ。ま、これも俺の指導の1つと思って納得してくれ」

 

 

 そうか、お兄さんが4月から教師になるから……。そうなるともちろん今みたいに頻繁には一緒にいられなくなるので、最後に私がスクールアイドルのマネージャーとしてレベルアップできるように今日誘ってくれたんだ。地域の人たちとの一体化、町おこしのためのライブ。今まで私にはなかった観点。ライブを企画する上で視野を広げられるように、お兄さんがわざわざ。それを素直に言わずちょっと恥ずかしがってるのが微笑ましい。意外と健気で可愛いところがあるんだね。今ここで口に出したら絶対に髪の毛くしゃくしゃにされるけど。

 

 

「ふふっ」

「どうして笑うんだよ」

「ゴメンなさい。お兄さんがそこまで私のことを考えてくれてたって知って嬉しくなっちゃって」

「当たり前だろ。ずっと考えてるよ」

「そうですよね。ずっと隣にいるって、お互いに言っちゃいましたもんね」

 

 

 やっぱり優しいな、お兄さんは。それでいて心が温かくなる。みんながお兄さんに惹かれてしまう理由をまた再認識してしまった。そうだ、この人だから隣にいたいと思ったんだ、私は。

 

 

「零さーんっ! 侑ちゃーんっ! デザートが来たよーっ!」

 

 

「千歌が呼んでるぞ。行くか」

「はいっ」

 

 

 先に立ったお兄さんが私に手を差し伸べてくれたので、私はその手をしっかりと握る。

 4月から3年生が卒業していなくなり、お兄さんも新天地へと行ってしまうけど、私はそんなことではブレない。お兄さんから教えてもらったことを胸に、これからも仲間と一緒にたくさんのトキメキを探していくぞ!

 




 ということで、突然のAqours登場回でした!
 恐らくAqoursの登場は2年以上ぶりになると思いますが、幻日のヨハネがアニメ化するにあたってどこかで登場させたいなぁと考えつつ、虹ヶ咲編2が完結するいいタイミングに登場させてあげられました。
 ただ尺が全然足りず、元々2話構成にする予定だったので詰め込み過ぎ感は否めなかったです。本来は温泉描写があり、Aqoursの子たちに侑が零との関係を根掘り葉掘り聞かれたり、逆にAqoursが零をどう思っているかなど、女子トークパートを予定していました。尺が足りないのなら仕方ない!

 ちなみに千歌たちを描くのが超久々だったので、キャラの性格や話し方、アニメでの経緯を1人1人調べながら描いてました(笑) またこの9人を描けることに懐かしさを感じながらも、どこかでキャラがブレてたら教えてください(笑)



 そして、今回をもって虹ヶ咲編2は完全終了となります。
 同時にここまでもう1人の主人公として活躍していた侑も一旦はこれでフェードアウトとなります。ただOVAが発表されたので、私がそのストーリーで虹ヶ咲が最熱すればまた出番はあるかも……?
 なんにせよ、零と侑の関係も一旦はこれで完結ということで。恋人同士ではないものの、ぶっちゃけ恋人以上の絆の強さな気もしますね(笑) 個人的には他のヒロインにはない特別な関係で、とてもいいコンビだと思います!


 次回からは間髪入れずに新章へ突入します!
 また次の章でも引き続きよろしくお願い致します!





以下、にじよん短編です。


~第10話:ドッキリ~

「お兄さんってどうやったらドッキリに引っかかるんですか? この前かすみちゃんたちのドッキリもすぐに見抜いてたし」
「お前の仕掛けが生温いだけだ」
「お兄さんが取り乱しそうな仕掛けかぁ……。歩夢たちが他の男性と歩いてるドッキリとか?」
「…………」
「ちょっ、頭わしわしするのやめてください!! てか力つよっ!? 分かりました謝ります!! ゴメンなさい!! ひゃんっ!?」




~第11話:幼馴染~

「お兄さんって幼馴染と言える女性って誰かいますか?」
「そこまで長い付き合いなのはいねぇな。強いて挙げれば幼い頃に歩夢たちと会ってるから、今の関係も考えると幼馴染って言えるかもな」
「そういえば歩夢も同じことを言ってたような気がします。『私と侑ちゃんが幼馴染で、私と零さんが幼馴染なら、侑ちゃんと零さんも幼馴染みたいなものだよね』って」
「単純な数式で考えられねぇだろ。アイツたまに狙ってるのか天然なのか分からないくらいボケたこと言うよな……」




~第12話:私にしかできないこと~

「どうして項垂れる?」
「だって、だって――――お兄さんピアノも上手なんて聞いてないですよ!! ちょっと練習しただけなのに、もう私よりも実力が上に……!!」
「俺を比較相手にするなって誰かに言われてねぇのかよ。大丈夫、お前にしかできないことがある」
「なんですかそれ……?」
「俺の隣にいることだ。それは俺にもできないだろ?」
「…………ぷっ、カッコよくない!」
「笑うなよ……」
「そうですね。4月から少し離れてしまいますけど、それでもずっと隣にいますよ、ずっと」


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