「手土産、本当にこれでいいんすかね……?」
「いつまで悩んでんだよ。今時引っ越しの挨拶でもモノ持ってったりしねぇぞ」
今日はきな子とかのんの家の喫茶店へお邪魔する予定となっている。
コイツは前々からバイトを探していて、それがかのんの耳に入って自宅の喫茶店でのバイトを勧められた次第だ。言ってしまえばコネなのだが、どうやらアイツの母さんもバイトを探していたみたいなのでお互いにwin-winだろう。
そして俺が同行している理由はコイツのことが心配だから――――とかではなく、以前にかのんからまたウチに来てくれと誘われていたからだ。どうやらアイツの母さんもまた俺に会いたいらしく、ぶっちゃけ何を話すんだって思うが、いい機会なのできな子の初バイト出勤日に便乗させてもらった。まあコイツどんくさいところあるし、バイトなんかできるのかと心配って気持ちは少しはあるけどな。
ただ、バイトに行くだけなのに手土産がどうとか気にするあたり、やっぱり元田舎の人間だって思う。どうやら昨日からずっと澁谷家に渡す手土産を選別していたらしく、結局自分で決めることができなかったので俺に連絡して来る始末だった。そんなモノ持っていく必要はないと何度も言ったんだけど、心配性なコイツはずっと気が気ではなかったので、仕方なく適当なクッキーの詰め合わせを買わせておいた。洋菓子の喫茶店相手にクッキーを持っていくのってどうかと思うけど……。
「初バイト、緊張するっす……」
「知らない職場じゃねぇんだし気軽に行け。それに形だけとはいえ、一度面接したんだろ?」
「はい。でもかのん先輩のお母さんがきな子を見た瞬間、『うんっ! 可愛い子なら大歓迎! 採用!』ってノリで一瞬で終わったので……」
「適当だなアイツの母さん……」
あの人もノリがいい性格だから、面食いな性格が発動してバイトが決まるのは珍しくないってかのんがぼやいていた気がする。そのせいで能力が二の次になっているせいか、仕事に合わずやめていく奴も多いらしい。コイツもまさにその典型になりそうだけど大丈夫かよ……。
「先生は何かアルバイトの経験あるんすか? 是非アドバイスを頂きたいっす!」
「ねぇよんなもん。金には困ってなかったしな。別に社会勉強をしたいとも思わなかったし」
「だからこんな性格になってしまったんすね……」
「こんなってなんだよ……」
「でも先生は何でもできるし、自分からバイトしに行かなくても色んなところから引っ張りだこなイメージがあるっす。きな子のクラスにも、先生に勉強を教えてもらいたいって人がたくさんいるので」
「昔っからそうだったよ。勉強だけじゃなくて、スポーツ系や文科系の部活どっちからも手伝って欲しいって誘われてたな」
「女の子ばかりに?」
「あぁ――――って、今のなし」
「昔っからモテモテだったんすね」
秋葉曰く、俺は女の子にモテる体質とのこと。俺自身それは自覚していて、1人女の子を助けたらその友達に噂が伝染し、更にその子たちを助けてまた別の友達へと活躍が受け継がれていく。そのせいでいつの間にか知り合いの女の子がチェーンメールのように増えていったんだ。しかもそれは大学生の頃も、そして教師になった今も変わってないって言うね……。
「きな子も先生のおかげでスクールアイドルをやれてるし、こうしてバイトにも誘ってもらえたっす。ありがとうございます」
「なんだよ急に。スクールアイドルはまだしも、バイトは俺なにもやってねぇぞ」
「先生の作ってくれた人脈のおかげっす。縁は自然には生まれないすから」
「そうかよ。そりゃよかった」
いつもやってることだから感謝する必要ねぇって言っても、今まで誰にも聞き入れてもらえたことがない。みんな律義にお礼を言ってくるから普通に気恥ずかしいんだよな。しかもどれだけ自分が年下であっても、こうして男と2人きりでいることに対して苦と思っていない。まあコイツらは俺のことを教師ってより頼りになるお兄さん的な、侑のような考え方をしてるから、教師生徒の壁はそれほど感じていないのだろう。
てか、よく考えて教師と生徒、しかも男女である俺たちが休日に2人きりでいること自体が犯罪扱いされかねないよな普通は……。それだけ俺を慕ってくれているってことはありがたいことだけどさ。
そんな話をしている間に目的地が見えてきた。既に店先に店のエプロンをつけたかのんが箒を持って掃除をしていた。
「かのん先輩!」
「あっ、こんにちはきな子ちゃん! 先生も休日にわざわざありがとうございます」
「別にいいよ。それにしても、お前が真面目に働いているところ初めて見た気がする」
「いやいやスクールアイドルの練習がない時はいつも駆り出されてますよ。そもそも先生、私の働きっぷりを判断できるほどここに来てないじゃないですか」
「そうだっけ。お前の口から労働の愚痴だけ聞かされてたからそのせいかもな」
「かのん先輩も苦労してるんすね……」
「そうなんだよ!! だからきな子ちゃんが来てくれたら、私もちょぉ~っとは楽できるかなぁ~って!」
「えぇっ!? きな子を同じ穴の
バイトが定着しないせいで、娘のかのんが戦線に駆り出されているってのは去年からずっと聞かされていた話だ。しかもスクールアイドルも始めてしまったせいで、練習に作詞作曲、喫茶店の手伝いに学生としての勉強と、もはや何足の
そんなわけで現在絶賛営業中なため、裏口から入らせてもらう。
するとすぐにかのんの母さんに出迎えられた。
「きな子ちゃん! いらっしゃい!」
「あっ、店長さん。きょ、今日からよろしくお願いします」
「よろしくね! 早速色々と教えたいんだけど、まずはこの制服に着替えてもらってもいいかな? かのん、更衣室に案内してあげて」
「うん。きな子ちゃん、こっち」
「は、はいっす!」
言ってもまだ緊張してるなアイツ。元々誰かに自分を魅せる、見てもらうってことをしたことがなかったアイツは、スクールアイドルをやることすら当初から躊躇っていた。それはアイドルになった後も同じで、未だにステージ前は極限まで自分を落ち着けないとまともに舞台に上がれない。それはこの場でもそうのようで、いくらスクールアイドルで色んな人の注目を浴びているとは言っても、活躍の場が変われば緊張もする。この現場も早く慣れるといいな。この店特有のバイトの入れ替わりの波に飲まれなければの話だけど……。
ただスクールアイドルになって前向きになれつつあるってことは事実だから、教え子としても親目線としてもここのバイトが定着することを願ってるよ。
「先生、今日は娘のわがままにお付き合いいただいてありがとうございます。最近はまた先生の話が多くなって、これで娘の気も晴れると思います」
「私なんかで娘さんの精神が安定するならいつでも。でもまたアイツ……いやかのんさん、私の話を……?」
「ずっとしていますよ。スクールアイドルのことも勉強のことも、もう先生に褒められたくて頑張っているみたい♪ ダウナーになっていた頃がウソのように活き活きしてますから」
「確かに1年生の初めの頃は超やさぐれてましたからね」
きな子がスクールアイドルになって変わったと言ったが、かのんも大きく変わった奴の1人だ。去年は何事にも消極的で、特に可可に追い回されていた春の頃はそれはもう自室で触ったら火傷するくらいのダウナー状態だったそうだ。そりゃ親が心配するのも無理ねぇわな。
そんなこんなで学校でのかのんの近況を俺から、家での近況をかのんママからと、お互いに伝えあう。そうしている間にきな子は着替えが終わって俺たちの前に現れた。
「ど、どうすかね……?」
「あぁ、似合ってるじゃん」
「そ、そうっすか!? 良かったぁ……」
「良かった?」
「きな子ちゃん、ずっと先生に変な風に思われないか心配してたんですよ。いつもの心配症ですね」
「か、かのん先輩!?」
「普通に似合ってると思うぞ。お前も、かのんも」
「ふぇっ!?」
「今更お前まで恥ずかしがるなよ。今日はずっとその格好だろ……」
褒められたらダメージを受ける羞恥レベルの低さは、自分のホームであっても健在だな。
ただ、似合っているってのはお世辞ではない。この2人はどちらもアイドル的な派手な衣装ってよりかは、喫茶店の制服のようなシックな感じが似合うと俺は思っている。もちろんスクールアイドルの可愛げのある衣装もいいけど、だからこそ落ち着いた雰囲気のある今の制服の方が際立つって感じかな。
「よしっ、それじゃあ早速入ってもらおうかな!」
「えぇっ!? いきなりっすか!?」
「大丈夫。最初はかのんが付きっ切りになって教えてあげるから」
「うん。一緒に頑張ろ!」
「は、はいっ! よろしくお願いしましゅ!」
噛んでるし……。
ホントに大丈夫かよ……。
~※~
そしてきな子のバイト1日目が始まった。とは言っても研修のようなものなので、客の前に出るのはもうちょっと先になるらしい。今は客も少ないのでかのんの母さんだけで店を回せるってことで、カウンターの裏でかのんと一緒に修行中だ。
ちなみに俺は適当にカウンター席でコーヒーを飲みながらその様子を眺めている。アイツ手先が不器用な部類だから、チマチマした作業が多そうな喫茶店は苦労するかもな。
そんな中、俺の席の隣に誰かが来た。こんなに席が空いてるのにわざわざ隣に座るとか、まさか噂のトナラーってやつか?
「お久しぶりです、先生」
「ありあ。久しぶりだな」
そういやコイツもいたんだった。彼女はかのんの妹で、今は確か中学3年生で受験生だったはずだ。
姉とは違ってどうも達観している性格で現実主義者。俺のことも最初はやたら警戒していたし、同じ妹って意味でも穂乃果の妹の雪穂に性格も雰囲気も似てるかもな。やっぱ危なっかったりダウナー気味だったり、テンションの浮き沈みの激しい姉を持つと妹は反面教師にするものなのかねぇ……。
「今日は新人さんの付き添いですか?」
「んなわけねぇだろ。かのんの誘いがしつこいから来てやっただけだ。きな子が今日初バイトっつうからそのついでにな」
「ふふっ、相変わらず似合わずお人好しなんですね」
「似合わずってなんだよ。まあ自分でも合ってねぇとは思うけど」
「だって教師と生徒ですよ? お金にもならないのに、わざわざ休日にまで付き添うだなんてお人好し以外の何物でもないと思います」
「ほっとけ……」
お人好しが似合わないってのはそりゃそうだ。でもその似合わないことをもう20年以上やってきてるわけで、それはもう自分のアイデンティティなんじゃないかとも思う。女の子の困ったところを見ると脊髄反射で動いてしまうこの性格は、自分のことながら面倒な性格だと思ってるよ。
「そういえやお前はどこの学校を受けるんだ。まさか姉と同じウチの学校とか?」
「まだ迷ってます。去年お姉ちゃんたちや他の部活もかなりいい成績を出したからか、知名度が上がって倍率高くなってるんですよ、結女って」
「そうなのか」
「はい。それに先生も原因だって噂がありますよ。お人好しのイケメン先生が勉強でも何でも親身になって相談に乗ってくれて、もうそれだけで惚れちゃうって女子中学生界隈では有名話です」
「マジかよ。最近の中学生の妄想濃すぎるだろ……。てことは、お前もそう思ってんのか?」
「えっ、わ、私は……そりゃ先生に勉強を教えてもらったら捗るとは思いますけど……」
戸惑っているあたり、ちょっとは思ってくれているらしい。コイツの中での俺の評価はそこまで高くないと思ってたから少し嬉しかったりする。
それにしても、女子中学生の中でそんな噂が広まってんのか。そんなので入学の倍率が高くなるとは思えないが、茶目っ気のある理事長だし、こっそり俺をダシにして宣伝している可能性は高い。しかも結ヶ丘は秋葉の息がかかっているらしいので、現実的にあり得る話かもしれない。
思春期女子が面食いなのは分からなくもないけど、惚れちゃうまで行ってるのがなんとも怖い。来年の4月に新入生からいきなり告白されたらどうしよう……。
「そ、それよりもあの新人さん、大丈夫なんですかね? さっきから苦労してるみたいですけど……。見てるだけでこっちがそわそわしちゃいますよ」
「バイト経験もないみたいだし、手先も不器用だから仕方ねぇよ。最初は大目に見てくれ」
「はぁ……。またすぐ辞めちゃわないといいんですけどね」
カウンターから見てみてもきな子が苦労しているのが良く分かる。コーヒー1杯入れるだけでも、その種類によって豆の引き方、ミルクなどの投入分量等々に加え、客の注文に合わせてカスタマイズをしなければならない。まだ客前に出てないので注文は取っていない段階だが、それでも細かい作業の連続で脂汗を流している。慣れない現場で慣れない作業、そりゃ緊張も取れねぇわな……。
「それでもアイツ、ガッツだけは一人前だ。心が折れても諦めないし、一歩ずつ、いや半歩ずつでも先に進もうとする気概がある。優柔不断だし緊張しがちで自分に自信がない性格だけど、決して後ろに下がろうとはしない。それがアイツの強さなんだよ。そして俺は、アイツのそういうところが好きなんだ。だから、しばらくは様子を見てやってくれ」
悩むことは人一倍に多いけど、それでも逃げようとしないのがきな子のいいところだ。それはスクールアイドルに入る前にコイツと交流して感じたことで、前向きという言葉は大袈裟だけど、後ろを見ない、後退りしないのは強みと言える。入部直後は練習のレベルの高さに悩みながらも、それに食らいついていこうとする根気も持っていた。だからバイトも危なっかしいながらもなんとかなるんじゃないかな。
――――って、ありあがめっちゃこっちを見てる。なんか変なこと言ったか俺……?
「聞こえてると思いますよ――――向こうに」
「えっ……?」
「ふえぇ!? せ、先生がきな子をそこまで評価してくれていたなんて……。い、いや光栄っすけど、そこまで期待されていると恥ずかしいっす……!!」
「大丈夫だから! 応援してくれてるから一緒に頑張ろ! 先生も、あまりきな子ちゃんを緊張させないようにしてください」
「俺のせいかよ……」
てかお前だって俺に褒められたら照れるだろ、さっきみたいに……。
ただなんか既視感がある。さっきの自分のセリフ、どこかでも言ったような……気のせいか。
~※~
きな子が照れまくって緊張しまくって細かい作業どころではなくなったので、店の裏でコーヒー豆の入った袋を運ぶ作業をすることになった。どうやらいつも使っている手押し車が壊れたので、人力で運ぶしかないらしい。
ちなみにきな子がああなったのは俺に原因があるようだったので、力仕事なのも相まって俺も手伝ってやることにした。いや褒めるのがNGってトラップにも程があるんだけどさ……。
「これならきな子でも簡単にできそうっす!」
「おぉ~きな子ちゃん力持ちだね! 女の子にこういうことを言うのは忍びないけど」
「平気っす! 実家のペンションで、よく食材やら色々運ぶお手伝いをしていたので!」
「頼もしいね。私は非力すぎてちょっと事故ったことあるから、未だに豆運びは苦手だなぁ……」
かのんはチラッとこちらを見つめる。
そういや棚から豆袋を降ろそうとしたとき、手が滑ってそれが脳天直撃し、しばらくの間コイツの性格が変わってやさぐれモードから元に戻らないことがあったな。その状態で登校してきたものだからクラスが騒然として、コイツを元に戻すために躍起になっていたことを思い出す。可可とかコイツのあまりの怖さに泣きそうになってたしな……。
豆袋をもって倉庫を出る。
それなりに重量はあるが、きな子はさっきまでと違い汗1つかいていない。どうやら実家の手伝いで鍛えられたってのは本当だったようだ。その割に運動が去年の可可と同じくらい苦手だったような……。ま、腕の筋肉が鍛えられても体力にはさほど影響しねぇか。
「先生、さっきは戸惑ってばかり言えてなかったすけど……ありがとうございます」
「何がだよ? まさか聞こえてたって言うアレか? 別に指導者として生徒を褒めるのは普通のことだろ」
「それがきな子にとって嬉しかったっす。かのん先輩たちが言った通り、先生は暖かい方っすね。きな子がスクールアイドルに入るか迷っている時も、同じことを感じた気がするっす……」
「そっか」
「きな子、先生のおかげでこのバイト頑張れそうです!」
地味で鈍臭い自分を変えたい、変わりたい、輝きたい。コイツが春にずっと悩んでいたことだ。そしてそんな子を見ると何故か手を貸したくなってくるのが俺の悲しく面倒な性。紆余曲折あってコイツはスクールアイドル部に加入したわけだが、それは別に俺ってよりも同級生の後押しがあってことだと思うけどな。
そんな中、きな子は思い出していた。あの春のことを――――
『スクールアイドル、気になるのか?』
『迷ってるのなら行ってみるだけ行ってみればいい。体験入部して、それで続けるかどうか決めろ。大丈夫、やらないってなってもアイツらは恨んだりしねぇよ』
『結局はお前が決めることだ、俺が口出しすることじゃない。だけど、見てみたいって思う。お前のスクールアイドル』
『自分が可愛くないって? いや可愛いだろ、何言ってんだ』
『自分を変えるのは難しいことだよな。悩みがあるのなら言ってみろ。これでも教師だからさ』
『どれだけ運動が苦手でも諦めないし、一歩ずつ、いや半歩ずつでも先に進もうとする気概がお前にはある。優柔不断だし緊張しがちで自分に自信がない性格だけど、決して後ろに下がろうとはしない。お前のそういうところ、俺は結構好きだ』
「うぅ~っ!?」
「お、おいどうした急に顔赤くしやがって!! かのん、ちょっとこっち手伝ってくれ!」
「えっ、一体どうした――――って、きな子ちゃん!? また先生がドキッとさせることを!?」
「してねぇから!」
勝手に妄想して勝手にショートされたら、もう俺どうしようもねぇだろ! それで怒られるのは理不尽過ぎる!
ただ、コイツの中で何かが変わったらしく、落ち着いた後はこれまでとは考えられないくらいテキパキと研修を受けていた。やっぱり恋する乙女の感情や心情は、一生かけても理解できそうにねぇな。
今回はきな子メイン回でした!
今回の話を描いていて思ったのですが、零君の信頼され過ぎ感が半端ないですね(笑) かのんママからも信頼が厚く、ありあに対しては何かフラグが立ってそうな雰囲気だったので、やはり女性に対しては最強なのかも……
そういえば、Liella3期生のメンバーが先日発表されました。
マルガレーテは予想の範囲内でしたが、これまで影も形もなかった夏美の妹が登場するとは予想外すぎて……。
ただ自己紹介を見る限りはかなりいいキャラをしているので、スパスタのストーリーをはアレですが、キャラが動く姿は早く見てみたいです!