Liellaは無事に『ラブライブ!』の予選を突破した。これからが本番なのは間違いないが、肩の荷が下りたってのと決勝が少し先なのも相まって暫しの休憩期間だ。
とは言ってももちろん練習は絶やさない。多少でもライブの質を上げるためにダンスにボイスレッスンに余念はないが、それでも誰も一切文句を言わず、むしろ一丸となって取り組んでいるのが凄いところだ。2年生は去年敗北した苦い過去があるし、1年生もその煽りを受けてモチベが上がっているおかげかもしれない。
ちなみにここまで練習に燃える理由は優勝したいからってのもあるが、ライバルのSanny_Passionとウィーン・マルガレーテがどちらも同じく予選を突破したってこともある。高め合っていた相手と一緒に次のステップへ上がることができてやる気が上がっていた。サニパとお互いに予選突破おめでとう会をしたり、ウィーンとも一言二言だが健闘を称え合ったりと、いいライバルの関係が築けている。そう言った意味で言えば、大会で上を目指すことをしなかった虹ヶ先は別として、μ'sに対するA-RISE、Aqoursに対するSaint Snowといった仲間でライバルがいるってのは向上心を煽られるいい存在かもしれない。
そんなこんなで決勝への意識が増していく中のこと。今日はなんと練習が休みの日だ。予選が終わったばかりというのもあるが、ラストバトルまで休みなしで根を詰めすぎるってのも逆に意識が混濁してしまう。だから部長の千砂都の提案により今日は休みとなった。だから本日は珍しく、Liellaメンバーは各々で久々の休息を満喫している。とは言っても学校は普通にあったので、休めるとは言っても放課後くらいだけどな。
スクールアイドル部が休み。
ってことは、顧問の俺も久々に休みを――――
「んで俺がこんなことに付き合わなきゃならねぇんだよ……」
「秋葉先生が言っていた。『零君はいつも私の実験を快く引き受けてくれるから、自分の実験を試したいときは彼を呼ぶといいよ』って」
「引き受けてねぇよ巻き込まれてんだよ」
休めると思ったら、四季に呼び出されてしまった。科学室の黒板の前の大きなテーブルに、試験管に入れられた赤、青、黄、緑の液体が怪しく光っている。もう冬だからか放課後なのに外は暗く、それに加えて何故か部屋の電気も点いていないせいで科学室内部の雰囲気は不気味一色となっていた。
「秋葉に何か唆されたのか?」
「安心して欲しい。先生に何かをするわけじゃないから」
「何か言われたのは確かなのか……」
「アドバイスをくれただけ。その代わり、これを使うときは先生にその場にいてもらうことが条件だった」
「一体何が始まるんだよ……」
四季は4本の試験管の中にある液体を1つのビーカーに流し込んだ。どんな化学反応が起こるのか、秋葉がバックにいる状態だとすると何が起こっても不思議ではない。次に瞬きして目を開けて瞬間に世界が変わっていてもおかしくないからな。
ただ特に目立った変化はなく。混ぜ合わされた4種の液体の色が白に変わっただけだった。その4つの色ではどう組み合わせても白にはならないのだが、何か他に変なものでも混ぜているのだろう。俺には科学知識なんてさっぱり分からない。ま、アイツが絡んでる時点で目の前の事象の原因なんて追及するだけ無駄か。
「これを飲むと、表情変化が豊かになる」
「えっ、それだけ?」
「それだけ」
「もっとこう、飲んだら性転換するとか、幼児になっちゃうとか……」
「TSモノに興味あるの? それとも赤ちゃんプレイ?」
「んなわけねぇだろ。こちとら生まれてからずっと変な研究の餌食になってんだから、警戒するのは当然だ」
これまで幾度となくこの身を実験動物として扱われてきた。そう考えてみれば、俺が科学知識を得ることに抵抗を抱いているのはそのせいかもしれない。薬とか実験とか、そういう言葉を聞くと緊張してしまうのもそうやって調教された成れの果てなのか。自分の身体なのに自分以外の奴に好き勝手弄られ過ぎだろ……。
まあ今は自分のことよりも、さっき四季が言っていたこの薬の効能の方を主題によう。気になることもあるしな。
「表情変化って、まさか自分で飲むってことか?」
「そう。これで固い表情を解すことができる」
「どうして今更」
「決勝で勝つため、少しでもいい表情が作れるようになりたい」
真剣な表情をしている。とは言ってもいつもの真顔と全然変わりないが、流石に1年も一緒にいれば真顔であっても感情くらいはある程度読み取れるようになった。
表情が固いというのは四季にとっては永遠の課題だ。決して顔を作れないわけではなく、むしろライブでは豊かではないものの表情は出ている。だが出ているとは言っても普段の真顔と比べた場合なので、他の奴らと比較すると表情変化が乏しいのはライブを見ると分かる。その映像でみんなの表情を観察してみるとその変化が非常によく見て取れる。
それはコイツ自身スクールアイドルを始めた頃から悩んでいたことだが、実際にライブに出てステージに立つたびに徐々に慣れていったのか、最近は特に気にしていないものとばかり思っていた。表情が乏しくても笑顔が作れないことはなく、そういった無表情クール系が好きなファンが一定数コイツに付いているのも事実だ。だから無理にこれ以上表情筋を鍛える必要もないし、本人もそう言っていた。
「勝つために、そんな薬品を使うのか? そうするように秋葉に言われたとか?」
「違う。これは私が望んで、私がお願いしたこと。秋葉先生は薬の調合を手伝ってくれただけ」
「そこまでしてお前……」
「メイのため、Liellaのみんなのためだから」
真顔だけど今度は明らかに落ち込んでいるのが分かる。ここまで固くなかったと思うんだけど、どうやら薬の効果に頼るべきと判断することがあったみたいだ。
「予選のライブの映像を見た。自分でも今までのどの練習よりもいいパフォーマンスができたと思っている。だけど、やっぱりみんなと比べて表情は固い。それが気になった」
「気になったのなら気にするなとは言えないか」
「うん。だからこれを飲めば表情が作りやすくなるから、決勝ではこれを使う」
「そうか……」
決勝なんだから自分にとって、チームにとって完璧を目指すのは当然のことだ。それを飲むだけで表情を作ることができて、それで自分たちのライブの質が上がるのであれば使用するに越したことはないだろう。普通に考えればそうだ。
「でもそれ、ドーピングとかにならねぇの? スポーツ大会ではないから別にいいのかもしれないけど」
「別に規定はない。それにもしドーピング検査があったとしても、これは検査に引っかからないように調整されてる。秋葉先生がやってくれた」
「堂々と不正できるのかよ。とんでもねぇな……」
使えば完全犯罪も余裕の代物を無数に作成できるからなアイツ。でもそれで悪事を働こうとか、金儲けしようとは一切しておらず、全ては自分が愉しむことばかりにその天才的頭脳を回転させている。つまり今回の薬も四季のためにわざわざ一緒に開発したってことだ。でもそれを使う実験をするなら俺抜きでもできたはずなのに、どうして俺を四季に付き添わせたんだ……?
「とりあえず、これを飲んでみる。それから笑顔とか作ってみるから、感想を教えて欲しい。多分だけど、秋葉先生が先生を呼べと言ったのはそれが理由」
「お前も聞かされてねぇのかよ。ま、飲むかどうかは最終的にお前が決めることだ。決心してるのなら止めはしない」
「決心してなかったら?」
「止める」
「っ!?」
四季は目を丸くした。さっきまで飲んでもいいムードだったのに、いきなり真剣な口調になったから驚いたのだろう。
それに驚いたってことは、少しは迷いがあるってことだろうしな。
「俺はさ、女の子の笑顔が好きなんだよ」
「……知ってる」
「だから、それを飲んで作った笑顔は本当の笑顔じゃないってことだ」
「そう、かもしれないけど……」
俺がスクールアイドルと何かと縁があるのも、女の子の笑顔を見続けたいって夢があるからかもしれない。まあ新しいスクールアイドルと出会うたびに『またかよ!』とは思っちゃうけど、それでも女の子との出会いは期待が膨らむ。笑顔は1人1人違う。だからまた別の笑顔、その子の魅力が見られると思うと年甲斐もなく興奮するし、だからこそその子が困ったり迷っている時は笑顔を見たいがために手を差し伸べてしまう。
「ただ、これは俺のワガママだ。その薬で『ラブライブ!』に優勝できると思っていて、お前にも迷いがないなら止めないよ。その決心こそがお前の自然体なんだから。でも自分でも作られた自分に抵抗があるってのなら、俺は止める」
「止めるってどうやって? 無理矢理押し倒す、私を?」
「誰がそんな淫行みたいなことすんだよ。そうだな、昔話でもするとか」
告白っぽくはなるが、出会った頃から抱いているその子の魅力を語ることで心を動かすのは良く使う戦法だ。相手も同じ過去を経験している都合上、話もしやすいし理解を得られやすいからな。
ただ、四季は座っている俺を見下してくる。表情変化がないとは言ったけど、目の動きや口角、頬など微妙に動くから良く見たら普通に分かりやすかったりするんだよな。つうかどうしてそんな表情してんだよ……。
「思い出話をすることでお互いに同じ描写を想像しやすくし、甘い言葉で語りかけることで心を揺れ動きやすくする。その後は流れでその子のことをたくさん褒め、恋心を掴んでいく。なるほど、これがメイすらも落とした手法」
「解説すんなよ! これから喋りにくくなるだろうが……。ったく、止めて欲しいんだろ? だったら邪魔すんな」
「別に止めて欲しいとは言ってない」
「顔に出てんだよ。てか、超シリアスな雰囲気だったのに一気にぶち壊しじゃねぇか。こちとら珍しく腰を据えてやってんのに全く……」
てっきりめちゃくちゃ真剣に悩んで自分ではどうにもならない、みたいな感じだと思ったのに、実は構ってちゃんだったとか力抜けるぞ。まあ決勝目前にして新しい問題の種が撒かれるみたいなことがなくて良かったけどさ……。
「夏美ちゃんとメイが先生と2人きりの時間の後、やたらとやる気が上がっていたのが気になった。だからその原因を確かめたかった」
「なんだよそれ……。じゃあその薬も偽物か?」
「いや、これは本当。飲めば笑顔になれる。私ですら頬が緩んでアへ顔ができるくらいに」
「もしそうだったら別の意味で阻止するぞ絶対に! ったく、だったら本当は悩みなんてないってことでいいか?」
「それも本当。予選のライブ映像を見て、やっぱり自分の表情変化が乏しくて浮いて見えるのが気になってる」
別に浮いてはないと思うが……。もう四季の存在はLiellaの中で不動のものになってるし、今更無表情クール系の女の子がいたところで特に気にするファンはいないだろう。ただ『ラブライブ!』はスクールアイドル界隈でも最大規模の大会のため、普段そういったのを観ない人も大型大会だけは観る人がいるかもしれない。普段スポーツに興味がない人がワールドカップを観たりするあれだ。そうやってLiella知識のない人がライブを観たら、『あれ、この子全然笑顔がない』と思われる可能性はあるだろうな。限りなく低いとは思うけど。
「私にも情熱的な誉め言葉が欲しい。今日はそれを楽しみに日中を過ごしていたと言っても過言ではない」
「欲しがりかよ。話す前からそんな期待されたら言いにくいっつうの……」
「自信を付けたい。決勝ライブのこともそうだし、その、先生への気持ちの折り合いについても……」
「!? そうか……」
『ラブライブ!』に向けての自信はもちろんだけど、俺との関係性についても一緒に考えてくれていたのか。
四季は元々自己評価が高いわけではなく、自信家でもない。むしろ自己肯定感は低い方であり、どちらかと言うと誰かを引き立てる方が合っていると自分で思っている。傍から見てもそうだ。その顕著な対象がメイであり、最近は同級生のきな子や夏美も引き立てている。
その性格せいか恋愛に対して自信が持ちにくいのも当然。普段は淫語を躊躇なく口走ってるくせに、自分の恋愛となったらこれだから可愛いもんだ。
「そうやって誰かの後押しをするだけして、自分だけは悩みに苛まれるのは出会った頃と変わらねぇな」
「変わら、ない?」
「悪い意味じゃないよ。むしろ尊敬してもいいくらいだ。そうやって一歩引いて誰かを応援している子を見ると、今度は俺がその子を応援したくなる。ほっとけねぇんだよ、お人好しな性格の奴のこと」
「それ、ブーメラン」
「人がいい話してんのに腰を折るなよ……」
いつもみたいに上手く喋らせてくれねぇからやりにくいったらありゃしない。でもコイツとの会話ってこんな感じで間の抜けたことが多いのでストレスは一切ない。逆に言えば、まともに俺の言葉を聞いてしまうと恥ずかしいから茶化しているとも言える。普段は真顔なくせにして、実は人一倍の恥ずかしがり屋だってのは俺やLiellaメンバーからしてみれば周知の事実。誰かを可愛い可愛いと持ち上げている奴に限って、自分がその対象になると途端にポンコツになったりするんだよ。
「俺が言いたいのは、俺が好きなお前は自然な笑顔を見せるお前なんだよ。いくら表情が乏しくても関係ない。僅かに見せるその笑みが好きなんだ。だから変な薬に頼る必要はない」
「…………」
「なんだよ。ずっと黙って」
「いや、覚悟はしていたけど意外と心に響くなと。攻撃が来ると分かっていたのに、褒められるとやっぱり嬉しくて……」
読めていた攻撃に対して防御していたのに貫かれるとかクソ雑魚か……? 分かっていたことだけどさ……。
でも気持ちは分からなくはない。ありきたりな言葉だとしても、人間なら誰しも褒められると嬉しいものだ。自分のことをしっかり見てくれていて、しかもその人が想いの人だとしたらなおさらな。
「それに好きなんだろ、ライブ。加入前も1人でコソコソ練習してたしな。優勝のためって気持ちは間違ってないけど、好きなことだったらまず自分が全力で楽しめばいいんじゃねぇの。そっちの方が自然と笑顔も出るだろうしさ」
「自分が、楽しむ……」
「そうそう。メイのため、みんなのためを思う意識を持つのはいいけど、何より自分の気持ちを大切にした方がいい」
他人を持ち上げるのは良いけど、自分の意志はしっかり持っておかないとな。そうでないといくら他人を引き立てようとも自分の気持ちは伝わらない。自分が本気で楽しんでいれば観客にもそれが伝わる。ライブってそういうのだろ。
「なるほど……」
「分かってもらえて良かったよ」
「こうしてメイたちが惚れたのか……」
「そっちかよ!? 別にそんなつもりで言ってねぇよ!!」
「冗談。でも、決勝前に話せてよかった。意外と緊張するから、自らのことを話すのは」
「やっぱ自分のことになると引っ込み思案になるよな。メイを褒める時だけオラオラ系になるのに……」
そういや同じ無表情系キャラである虹ヶ先の璃奈も、自己肯定感は低いのに他の人の長所を見つけるのは得意だったな。それって無表情系女子の特徴だったりするのか……?
「うん、先生のことがもっと好きになった」
「意外と真正面から言うんだな……」
「ただもう少し女の子っぽい表情ができるように頑張ってみる。さっきみたいに告白しても、抑揚がなさ過ぎてライクかラブかどっちか分からなくなるから」
「えっ、さっきのはラブの方だったとか……ある?」
「さぁ」
四季は惚けた様子を見せると、ビーカーの中の白い液体を全て流しに捨てた。
コイツのことを分かっているようで、でもどこか読めない。ミステリアスな感じがありつつも、どこか年相応で可愛かったりする。また1つ、彼女の魅力に気付けたのかもしれないな。
あっ、もしかして、秋葉が俺を呼ぶように四季に言ったってまさかこの結果になるのを見越してたんじゃ……。また手のひらで踊らされてる気がして気に食わないけど、四季の頑張りを後押ししてくれたってことで許してやるか。
1年生の過去編の3人目ですが、あまり過去感はなかった気がする……
表情変化が乏しいとは言っていますが、アニメを観るとそこまで璃奈のようにはなっていないような気がします。むしろライブとかではアダルティな顔を見せているので、むしろ豊かな方だと思いますね。
余談ですが、投稿日から翌日の11月7日でこのラブライブの『日常』シリーズが9周年になります!
ここまで続けて書き続けられたのも自分で凄いと思いますが、ラブライブシリーズがここまで続いている公式側はもっと凄いです(笑)
この小説のLiellaの2章もあと8話程度で完結ですが、それからもまだ続けていく予定なので、お暇な方は是非1週間の楽しみとしてこの小説に足を運んでいただければと思います!