「もうすぐ『ラブライブ!』の決勝。すなわち、気を引き締めなければなりマセン」
「あぁ……」
「気を引き締める。すなわち、心の乱れを整理する必要があるのデス」
「そうだな……」
「心の整理。すなわち、この散らかってる部屋を片付ける必要がありマス」
「…………」
「つまり先生! 一緒に部屋を片付けてくだサイ!!」
「どうしてそうなる!!」
今日は可可の部屋に招かれていた。
何やら深刻そうな面持ちで部屋に誘ってきたので、『コイツまさか男を自分の巣へ連れ込むくらいの度胸がついたのか』と思ったのだが、案の定と言うべきか冒頭の会話の通りだ。まあそれでも教師の男を自分の家に上げるのって相当ヤベぇことやってる気がするけど……。
「別にいいけどさ、お前よくこんな部屋で暮らしてるよな……」
「う゛っ! それは聞かないでくだサイ……」
狭いワンルームのくせにダンボールが積み上げられ、いたるところに物が散乱。辛うじて料理はやっているようで、最低限スクールアイドルに必要な体力と健康は気遣っているみたいだ。これでカップ麺の容器が散らばってたりでもしたら、俺はいよいよコイツにダメ人間判定を下すところだったぞ。
「あっそ。じゃあどこから片付けりゃいい?」
「えっ、手伝ってくれるのデスか?」
「そのために呼びつけたんだろ。それにお願いまでされたんだ、そのまま帰るって方が心残りあるし、やってやるよ」
「あ……ありがとうございマス!! 先生サマ!! 手のひら擦り切れるまで一生崇め倒しマス!!」
「お前の感謝の仕方っていつも大袈裟だよな……」
感情の起伏が激しいコイツは何かと表現が豊かで、喜ぶときは満面の笑みで、感謝するときは床にめり込むくらいに首を垂れ、敵と見なしたものは敵意むき出しで容赦なく攻撃する。そういうところが子供っぽいんだけど、その無邪気なところが可愛かったりもするんだよな。
にしてもコイツ、どうして俺を呼んだんだ? 片付けだけならかのんたちに頼めば快く引き受けてくれるだろう。でも俺を呼んだ。いくら顧問と言えども、1人暮らしのJKが自分の家に成人男性を上げるって相当のことだ。でも特に恥ずかしがっている様子もないし、ただ単に労働力としてこき使いたいから身近な男を呼んだってだけか? ここまで動揺が見られないと逆にこっちが気になっちまうな……。
「とりあえず、先生はそこに固めて置いてある大きな荷物を玄関口に出して欲しいデス。ダンボールのまま外に置いておいてくだサイ」
「なんだよこのデケぇのは。あれか? 家具を買ったけど組み立てるのが面倒で放置してんのか?」
「それはスクールアイドル勧誘のプラカードデス。かのんと2人のときに作ったものデスよ」
「あったなそんなの。じゃあこれは?」
「手作りのステージの照明デス」
「これとこれは?」
「巨大横断幕と移動ステージの残骸デス」
「なんでそんなの家に置いてんだよ。いらねぇんだったらとっとと捨てろよな」
「はぁああああああああああああああああああああ!?!? 捨てるぅううううううううううううううううううううう!?!?」
巻き舌で喉を汚く震わせながら俺に詰め寄ってくる可可。そんな濁声で鳴いたら喉を痛めて本番に響くぞと冷静にツッコミを入れそうだったが、今の状態のコイツに何を言っても言い返されるだけだろうから口を閉ざす。感情豊かなのはいいけど、たまに変なスイッチが入ってあらぬ方向に暴走するから取扱注意なんだよなコイツ……。
「これは日本で作った大切な思い出デス! だから絶対に手放したりはしマセン!!」
「へいへい」
「それ、持っていくときに壊したら一生をかけて償っていただきマス!!」
「一生って、俺と添い遂げる覚悟はできたってことか? あぁ、じゃあ壊せば俺とお前はずっと一緒にいられるんだな。それはそれでありかもなぁ~ってか」
「ふぇっ!? そ、それは……覚悟はまだデスけど――――って、いいから口ではなく手を動かしてくだサイ!!」
可可は顔を真っ赤にしながら看板を運ぼうとする俺の背中を押す。ちょっとからかうだけですぐ子供っぽく膨れっ面になるから、千砂都たちがコイツで遊びたくなる理由も分かる気がする。
それにしても思い出、か。冗談で壊すとか言ったが、この積み重なったダンボールの中に幾多の思い出が入っており、大切にしていることは俺も良く知っている。元々スクールアイドルがしたいから上海から日本に来たくらいなので、ここでのスクールアイドルとしての思い出は俺が想像する以上にかけがえのないものなのだろう。だったらその思い出をダンボールに包めて放置しておくなって話だが。傍から見たらただのゴミにしか見えねぇぞ……。
そうして俺が大型の荷物、可可が小物を片付ける。
そんな中、今まで気になっていたことを質問する。
「そういやお前、決勝に出るって実家には連絡したのかよ」
「な゛っ!? そんなデリケートな話題をいきなり振らないでくだサイ! みぞおちに入って危うく吹き飛ばされそうデシタ!」
「そんな禁忌な話題だったっけ……?」
「連絡しマシタ、今年こそは優勝するって。勝って有終の美を見せつけるって」
「えらく攻撃的だな。楽しみにしていてね、とか言い方あると思うけど、親との仲そんなに悪かったっけ」
「口うるさいだけデス。だからこうして娘に家出されるんデスよ」
親の同意なしではこっちに入学できないからマジの家出ではないだろうが、一度決めたら頑なに考えを変えない一直線なところがコイツだ。親ならそんな性格を熟知してるだろうし、だからこそ『ラブライブ!』の優勝を条件に日本にいさせる約束だったのだろう。それでもそのミッションを達成するためのハードルはえげつないほど高いが……。
そう、帰国。『ラブライブ!』で優勝できなければ実家に帰るという制限がある中でコイツは日本に来ている。その事実を知っているのは直に聞いた俺とたまたま親と電話をしているところを聞いたすみれだけであり、他の奴らには話さないように釘を刺されている。余計な雑念となってしまい練習に影響が出るのを防ぐ目的だろう。俺もすみれもそう思っているから周りには隠したままである。
その条件自体は去年発覚したことだ。だが去年のコイツらの『ラブライブ!』の順位はサニパに負けて惜しくも2位。初出場かつ1年生だけのグループでそこまで行けたこと自体が奇跡なのだが、条件は条件の通り、1位でなければ意味がない。幸いにも結果は認められたためもう1年の滞在は許してもらえるようになったのだが、もう慈悲はないと言ってもいいだろう。傍から見ると厳しい親に見えるが、そのストイックなところが娘の可可に受け継がれているっぽいな。
「それにスクールアイドル関係なく可可は、まだ帰るわけにはいかない理由がありマス……」
「なんだよそれ」
「それは……」
「ん? あぁ、この思い出たちを持って帰るのは大変だもんな、そりゃ帰って来いなんて言われて簡単に準備はできねぇか」
「そうそう可可の思い出は飛行機に乗せられないくらいヘビーで――――って、そうではないデス!! いつも察しがいいくせに、こういう時だけ鈍感になって本人の口から言わせようなんてドSデスか!? 羞恥プレイ好きの変態さんデスか!?」
相変わらずノリいいな……。堅苦しい雰囲気になりそうだったから冗談を交えてみたが、思ったよりコミカルな反応をしてくれて面白い。やっぱりコイツと一緒にいるのは飽きねぇな。
「わりぃわりぃ。そうか、俺も同じだよ。一緒にいたいって思うのはさ」
「そ、そうデスか……。ありがとうございマス……」
「俺から言っても結局恥ずかしがってんじゃねぇか……」
「そりゃ先生が自分の部屋にいるってだけで緊張しているのに、そんなことまで言われたら自分の気持ちを抑えきれマセン!!」
「えっ、緊張してたのか。普通に誘ってきたから余裕なのかと思ってた」
「先生は乙女心というものが分かってないみたいデスね……」
それは恐らく自分の一生をかけても永遠に分からないものだろう。たくさんの女の子たちと付き合い始めてからもうすぐ10年になるが、それでも女の子の恋沙汰を1から10まで理解するのは難しい。無難な選択肢を選ぶだけでは仲は進展せず、時には地雷の一歩隣を歩く危険を犯さなければ進まない関係もある。人生をギャルゲーとは思ってないが、コミュニケーションの難しさはそれに匹敵すると思ってるよ。
「可可は両方掴み取りマス。『ラブライブ!』の優勝も、先生とのハッピーエンドも全て」
「2つどちらもか。強欲だな」
「二兎を追う者、二兎とも取れデス! この言葉は先生から教わったものデスから、可可を糾弾しようたってそうはいきマセン」
「そんなの言ったっけ俺」
「先生の生き方そのものデスよ。そもそも、普通の男性は知り合った女性を片っ端から惚れさせたりはしマセン。普通は1人の女性を徹底的に愛するものデス。普通は!」
「そんなに『普通』を強調すんな! 耳がいてぇよ!!」
自分で二股だの重婚だのを言うのは一切の抵抗はないが、こうして他人から己の異常さを突き付けられると未だに焦りそうになる。そう言ってくる奴と恋人になればそれを言及してくることもないのだが、最近だと恋仲ではない
「とにかく、可可はどっちも掴み取って、もっともっと思い出を作りたいのデス。『ラブライブ!』を優勝してもいつかは上海に帰ることになるかもしれマセンし、スクールアイドルとしての思い出ももちろんデスが、先生との思い出ももっと作りたいデス。だけど、先生と2人きりになれる機会はあまりないデスから……」
「まさかお前、今日俺をここに呼んだのって2人き――――」
「そうデスよ2人きりになりたかったからデス! 最近みんなと2人きりでイチャイチャイチャイチャイチャイチャしてたみたいじゃないデスか! すみれのモデル撮影にも同行してマシタし!!」
「別にそんな甘々なことはしてねぇよ。てかいつからツンデレになったんだ……」
子供っぽい表情に子供っぽい反応、そして子供っぽい嫉妬。仕草がいちいち小動物っぽくて撫でたくなってくる。まるで犬だな。
それにしても、一緒にいたいから家の片付けをするなんて大義名分を抱えて呼びつけたのか。何事にも真っすぐで愚直な性格なのにわざわざ建前を用意するなんて、それほど俺と2人きりの時間が欲しかったってことだ。いつも無邪気で子供みたいな子が、年相応に恋愛に悩まされているのを見ると愛おしく思えてくるな。
「2人きりになりたいのなら連絡くれれば時間作るのに、ってのは野暮か。その連絡が平常心でできれば苦労しないもんな」
「そうデスよ。女心が分かってきたようデスね」
「この短時間でお前の中の俺の成長がすげぇな……。まぁでも、お前のために時間を作るってのはマジだから、フラれるかもって心配はしなくていい。俺もお前ともっと一緒にいたいしな。どこかに出かけたりするのももちろんいいけど、こうやってただ喋ってるだけでも楽しいしさ」
「うぐっ……!! 急に告白染みたことはやめてくだサイ!!」
悲しいね、言いたいことを言えない世の中ってのは。
誰にでも同じことを言ってると言えば聞こえは悪いが、実際にそうなんだから仕方がない。それに別にいいだろ、どの女の子であろうとも一緒にいたいって気持ちは本当なんだから。
可可は深呼吸をする。俺の攻撃に不意を突かれて完全に心を搔き乱されたみたいだ。こっちとしては告白なんてビッグなものではなくただの日常会話のため、そこまでダメージを受けられるともう自分の気持ちを一切伝えられなくなっちゃいそうだけど……。
「それに、もしお前が上海に帰ったとしてもいつでも会いに行ってやるよ。だから今このタイミングで思い出を詰め込まなくても、この先ゆっくり作っていけばいいさ。お前がどこへ行こうとも俺は離れたりしねぇし、お前を離すつもりもねぇしな」
「だ、だからやめ……ッ!!」
顔を真っ赤にしながら震える可可。別にイジメているわけではなく本心をただ打ち明けているだけなのだが、どうも想像以上に心に響き過ぎているようだ。これは可可が恋愛クソ雑魚なのではなく、想いが募りまくっている年上のお兄さん的な男にこんな言葉をかけられたら、思春期女子だったら誰でもこうなるのだろう。
「はぁ、はぁ……どうして片付けをしているのに、片付け以外のところで疲れているのデスか可可は……」
「お前が俺を呼んだせいだろ」
「先生と一緒にいると心臓に悪すぎマス……。ただ2人きりで思い出を作ろうとしただけなのに、まさか死の淵を彷徨うことになろうとは……」
「俺の言葉は呪詛か何かかよ……」
せっかくお互いに本音で本心を語り合っているっていうのに中々の言われようだな……。ま、Liellaの奴らのこういった反応の方がまともなんだけどな。虹ヶ先の奴らが特殊過ぎただけだ。
そんなこんなで手が止まっていたものの、片付けは無事に終了。外の廊下に出した大きい荷物は後日貸しトランクルームに持って行ってもらうらしい。
改めて見渡すと、狭いと思っていた部屋が案外広かったことに気が付く。どれだけの荷物で面積を埋めていたのか実感できるくらいには。
「んで? この風呂敷に包まれた絵みたいなのはどうすんだよ? トランクルーム行きにしなくていいのか?」
「それはサニパ様の肖像画デス! サニパ様をトランクに押し込めるとか、そんなことはできマセン!!」
「そ、そうか……」
「でも今だけはライバルで、打ち倒す敵デス! なのですみれの家で預かってもらいマス!」
すみれの家とばっちり過ぎる……。
でもいつも崇め奉っているサニパであっても容赦はしないあたり、しっかり対抗意識は芽生えているみたいだ。そりゃ前回苦い汁を啜らされたんだから仕方ねぇわな。
「優勝するためにはあのサニパとウィーンに勝つ必要がある。去年よりも厳しい戦いになりそうだな」
「でもそれを乗り越えた先に新たな思い出がありマス。優勝できれば帰国を回避できて、先生にもアピールできて、まさしく二兎を追う者、二兎とも取れデス。あっ、ななみんの恋路の手助けもできるので、三兎を追う者、三兎とも取れデス」
「数増やせばいいってことでもないけど……。でも、七草のことも気にかけてんだな」
「友達デスから。それに先生は恋人候補が1人増えたところで問題ないはずデス」
そうか、七草やウィーンからも告白される可能性があるのか。自分が知らないところで知らない女の子に好きになられていて、出会った瞬間から好感度MAXで好意を伝えられるってやっぱ変な感じだ。虹ヶ先の奴らとの出会いを思い出すよ。
よし、片付けも終わったからそろそろ帰るとするか。今日は可可と本音で語り合うことができて有意義な日だったな。
そんなことを考えていると、足元に小さなダンボールが残っていることに気が付いた。少し上が開いて布切れみたいなものが見えてるけど、一体何が入ってるんだ……?
片付けようとしてダンボールを持ち上げてみる。すると、可可の顔色が変わった。
「そ、それは触らないでくだサイ!!」
「えっ……?」
ダンボールからはみ出ていた布切れが床に落ちる。それに付随して何枚か別の柄の布――――水色、黄色、ピンクのパン……って、パンツ!?
「こ、これ……!?」
「そういうところデスよ先生!! 女心を理解してくだサイ!!」
「えっ、じゃあこの中って全部下着……?」
「いいから目を逸らしてくだサイ!! ダンボールから手を離してくだサイ!! 快点! 把你的手拿开!」
「ぐはっ!?」
可可が俺の懐に突っ込んできて突き飛ばされてしまった。
コイツの口から中国語が飛び出すのは焦っている証拠だ。それ故に力加減が全くできていないのか思ったより吹き飛ばされて押し倒されてしまった。
「せ、先生……!! 可可を上に乗せるなんて……ま、まさか今からエ、エッチなことを……!?」
「お前が押し倒してきたんだろ!?」
「うぅ……ふしゅぅ……」
「おいショートすんな!! 俺の上から離れろ!!」
可可は俺に跨ったまま気絶してしまった。
そして、舞い上がっていたパンツが俺の頭の上に落ちてきた。
せっかくいい雰囲気だったのに、肝心な時に締まらねぇな俺……。
そういえばアニメ2期では可可の帰国問題は一切描かれなかったんですけど、設定的にはどうなったんでしょうかね。最後に色々詰め込み過ぎた結果忘れ去られた可能性が……