転入生活13日目、昼。
IQが低くなった梢の相手をするのは疲れると判断し、精神疲労に陥る前に部室から抜け出した。動画編集の作業は後で実施するのでサボってはいないが、一時的な戦略的撤退ってやつだ。
そんなこんなあっていつの間にか昼前。小腹が空いてきた頃だが、休日なので残念ながら校内の食堂はやっていない。かといって寮へ戻るのも後で部室に戻るため折り返しになって面倒だ。こんなことなら花帆か梢に何か作ってもらえば良かったが、花帆が料理できるとは思えないし、梢も雑魚と化していたのであの状況では期待できないだろう。
飢え死にするわけではないが腹が減っていては気が散るため、パンやお菓子が売っている自販機があるところへ向かう。
その途中、近くのベンチでぼぉ~っと空を見上げている綴理がいることに気が付いた。
「なにしてんだアイツ……? まぁいいや、近寄らないでおこう」
触らぬ神に祟りなし。さっき安易に梢の闇に触れてしまった影響でツッコミ地獄となり精神を削られたから、もう今日は穏便に過ごしたい。普段からのんびりしているアイツのことだから何も起こらないだろうけどリスクヘッジは大切だ。
スクールアイドル病の解決のためにスクールアイドルの子たちと仲良くなる必要があるため、コミュニケーションは必須のように思えるが、これはこれでそれはそれ。俺だって1人になりたいタイミングはあるんだよ。
そんな感じでスルーを決め込もうとしていたその時、後ろから声をかけられた。
「あれ、零さん?」
「さやか」
どうしてどいつもこいつも休日なのに制服を着て学校にいるんだよ。それは俺もだけど、まあバスに乗って下山するのも面倒だし、だからと言って学校の敷地をウロつくのは制服を着る必要がある。山の中の牢獄とはよく言ったもので、なんとも窮屈だねぇ……。
「なにしてんだこんなとこで」
「実は朝から綴理先輩の様子が見えず、携帯も部屋に置いているようなので行方を捜しているんです」
「あっそ。てか休みなんだから、アイツにも予定があるかもしれないだろ」
「お出かけの予定がある場合はいつも事前に連絡をくれるんです。でも今日はそれがない。いつものように朝起こしに行ったらもぬけの殻でしたし、もう心配で心配で!」
「母さんかお前」
のんびり屋でズボラな先輩とタイムスケジュール完璧のしっかり者の後輩。ユニット内でどちらが実権を握るのかは明々白々だ。普段も綴理はさやかにお世話されてばかりで本人もそれをさも当然の如く享受している。さやか自身もさっきの会話の通りもはや義務で先輩の世話をしてる感じだし、なんともまぁ
とは言いつつも、歳の差はたった1つだから精神的な違いってのはそれほど差はないはず。綴理は同年代にしては背が高いし、さやかはしっかりしてるしで年相応以上に見えるからその差がバグってそうに見えるだけだ。
話を戻して、コイツは子供(先輩)の行方を捜しているようだ。捜すもなにもそこの角を曲がれば置物かのように鎮座しているのだが、今は飯にありつくのが先決。ここは知らぬふりをして退散させてもらおう。
「さや? れいもいる」
「綴理先輩!」
「見つかったか……」
この場から去ろうとする一瞬の隙に見つかってしまった。角から顔を出した綴理を目掛けてさやかが駆け足で迫り寄る。
「朝から姿を見せずにどこへ行ってたんですか? 心配しました」
「ちょっと考え事をしながら散歩をしてたから……。さやは何をしてるの? れいとこんなところで……分かった、逢引? 逢瀬?」
「ふぇっ!?」
「んなわけねぇだろ。だとしても誰かに見つかる学校なんかで会わないっつうの」
「学校の外だったら会うの?」
「コイツにその気があればな」
「なんの会話ですかこれ!? ないです!!」
ないらしい。正直ここで『ないのかぁ~。お前にとって俺は完全に脈ナシかぁ~』とか煽り文を思いついたから口に出そうだったけど、メンヘラみたいな拗らせ系だと思われるからやめておいた。それにそんなことを言うようなテンションでもねぇし。でもさやかって困らせてイジリたくなる人種だから、ついそんな下心を持ってしまう気持ちを分かって欲しい。
「わたしが来たのは先輩を捜しに来たからです。零さんとはたまたま会っただけで他意はありません」
「そうなんだ」
「どうして朝からいなかったんですか? 考え事をしてると仰っていましたけど……」
「そう。聞いてくれる?」
「はい、もちろん」
「じゃ、俺は行くわ」
「ちょっ!? ちょちょちょちょ!!」
また何かに巻き込まれる嫌な予感がしたので帰ろうとするが、さやかに手首を掴まれてしまった。俺の行動に驚いたのか、彼女らしからぬ腑抜けた言葉の羅列を伴って。
「なにすんだよ?」
「零さんこそ、普段は人助けばかりしてるのに今回はスルーですか!? 先輩が困っているのですからみんなで助け合いましょう!」
「言っただろ、俺は別に優しくねぇって。人助けってのも向こうが勝手に巻き込んでくるだけだ」
「幽霊騒ぎの時はあんなにカッコ良かったじゃないですか」
「カッコイイって思ってくれてたんだな」
「えっ、そ、それは……」
勝手に顔を赤くして自爆するなよ。その拍子に手首を掴む力が弱まったので隙を見て振り解くが、なんかもう逃げられるような雰囲気じゃなくなったのも事実。綴理も何故か俺のことを見つめたままだし、相変わらず一度目を付けられるととことん巻き込まれる体質なのが俺らしい。
仕方がないのでさっき綴理が座っていたベンチまで行くと、そのまま深く腰を掛ける。そしてさやかと綴理が隣に座った。
てか、なんで俺を挟むんだよ。立て。
「おら、早く言え」
「人の話を聞く態度ではないような気もしますが……」
「れいは優しいね」
「お前には俺の何が見えてんだよ」
「見えてはないけど、感覚?」
「綴理先輩の直感は野生動物並みですから」
「ボク褒められてる……?」
さやかにまで本能で生きてると思われてんだな。コイツの生態系は蓮ノ空の中でも不明なところが多いし、俺もみんなのことを良く知るためにはコイツを含め2人きりになる時間を取った方が良さそうだな。さっきは逃げようとしてたけど、直前に梢が精神攻撃を仕掛けてこなかったらもっとマシなテンションだったよ。
そんなこんなで今度はドルケの会話に巻き込まれてしまった。まあコイツのことだ、あまり大したことのない悩みだとは思うけど――――
「ずっとモヤモヤしてるんだ。一昨日めぐとるりがコーチに言ってた――――ABCって」
「え゛っ!? そ、それは……綴理先輩は知らなくて大丈夫ですから! 生きていくうえで無駄の中の無駄知識で、むしろ知らない方が幸せなんです!」
「むぅ、さやまで。めぐとるりにも後から聞いてみたけど、『綴理には早すぎるよ』とか『綴理先輩は純粋な心でいてください』とかはぐらかされちゃった。そんなことをされると逆に気になる」
「それはあの2人が言わんとする理由も分かりますが……」
「ボクはそのことが気になって、毎晩9時間しか眠れない」
「なんだよその定番ネタ。十分じゃねぇか」
「綴理先輩はわたしが起こすまで起きないので、実質無限に寝られますから……」
「あっそ」
どうでもいい知識を埋め込まれつつも、綴理が何で悩んでいるかが明らかとなった。
コーチに来た侑に彼氏がいるのかと質問攻めしていたあの会話が気になっていたのか。『ABC』なんて古くせぇ言い回しを解読できなくて困っている様子。しかもそれだけでなくみらぱの2人に遠回しに馬鹿にされたことから、コイツの中を渦巻く疑念がより激しくなっているのだろう。
なんともくだらない悩みだが、そんなことを気にするなんて意外と色恋沙汰に興味が合ったりするのか? マイペースなコイツのことだからそんなことは考えてない可能性もあるが、時折俺との距離が近かったり、他の奴らが俺に対して脈アリ反応を見せる時にそれをさりげなく言語化したりと、中々に積極的な一面もある。どちらかと言えば恥じらいがないだけのような気もするけど……。
「れいは何でも知ってるから詳しいよね。教えて欲しい」
「そんなの俺が教える以前に自分で調べりゃいいだろ。持ってる携帯は文鎮か?」
「よく分からないけど、機能が制限されて検索できない言葉があるみたい」
「はぁ? 高2にもなってチャイルドロックとか正気か? 親にでも設定されたのか?」
「割と最近からかも……」
子供っぽい言動をするのは知ってるけど、まさか携帯にそんな設定をされてるとかどれだけガキ扱いされてんだよ。
と思っていたが、悩む綴理を余所に明らかに目が泳いでいる奴がいた。
「おい、まさかお前が……?」
「ち、違うんです! いや違わないですけど違うんです! 最近綴理先輩が変な言葉を覚え始めてきたのが気になってしまって!」
「だからって先輩の携帯の設定を弄るなよ! どれだけ過保護なんだよ!?」
「だって零さんが転校してきたくらいから、先輩の言葉の節々に破廉恥極まりない雰囲気が漂うことがありまして……」
「俺のせいかよ」
「沙知先輩が言っていた通り、零さんが来てから学校中が浮ついているという話は本当のようです……。綴理先輩にまで影響が……」
「いや同じ部活の仲間なんだったら信じてくれよ。そんなことだけで裏切られたらもう俺どこにも行けねぇぞ」
さやかは綴理が色恋沙汰になりそうな語句を知識として会得しないよう、携帯の検索機能にロックをかけたらしい。どんな権限を持っているのかと問い詰めたいところだが、そうなった根元のきっかけが俺のせいだと言いたいらしい。すげぇとばっちりで普段は論理思考なコイツの考え方とは到底思えないが、綴理がさやか提供の弁当を断ろうとしたときに激しく動揺していたという話からすると、やっぱり自分の子供とでも思ってるのだろうか。それ俺も綴理のこともバカにしてねぇか……?
ただ、さやかってたまにジャックナイフかのような切れ味の言葉を放つときがある。ストレートに相手を評価するのはコイツのいいところだが、真実は時に人を傷つける。そんなコイツの性格がこの一連の流れでモロに出てるな。
ちなみに綴理にそういった色恋沙汰を感じられる知識があるかと言われたら、さっきも言った通りない気がする。興味がないことはすぐに冷めるが気になったことはとことん知りたいタイプだと思うので、今回はその性格が悪い方向に働いているのだろう。
「れい、教えて」
「別にいいけどさ、なんで俺なんだよ?」
「ん~? なんとなくだけど、その言葉は男の子から聞いた方がいい気がしたから」
思春期の女子が年下の男子に向かってそんなことを言うなんて、誘ってると勘違いされちまうぞ? それか無知な振りをして誘ってるか、それとも男の恥じる姿を見て羞恥プレイを楽しみたいドSか。もうこの考え自体が下品だけど、コイツにそんな下心は一切ないだろう。子供の無知な好奇心ってのは怖いときもあるって、今まさに身を持って体験している。流石に姿は子供だけど大人である俺には通用しないけど、普通の男子だったら自分に気があると誤解しても仕方ねぇなこれ。
「子供の教育ってのはな、親がするものだ。男からそんな話を聞くと簡単に騙されて、いつの間にか純潔を散らすことになるぞ」
「純潔……?」
「さやか、お前の口から教えてやれ」
「へ? えぇっ!? どうしてわたしから!?」
「言っただろ、子供の教育は親の義務だって」
「わたしが教えたら検索をロックした意味が……」
「お前は子供の成長を妨げる気か? いつまでも自分の腕という檻の中に閉じ込めて囲っておく気か?」
「またそれらしいことを……」
「さやせんせ~」
「綴理先輩まで……」
またしても困った表情をするさやか。本当にコイツってその顔が良く似合うよな。いつも突拍子もない言動をする花帆や綴理と一緒に行動することも多いためか、こんな表情をするコイツは俺が来てから2週間弱の間に何回も見てきた。ストレス溜まったりしないんだろうか。今は俺が与えている側だが、ストレス発散を口実に2人で出かけるってのもありかもしれないな。これも好感度上げる一貫だと思えば使える手かもしれない。
「分かりました、教えます。でも約束してください、覚えた言葉を安直に使うような真似はしないと」
「うん。れいにだけ使うよ」
「それが一番ダメなんです! 心配になって来た……」
そりゃ男にキスや愛撫したいとか言ったら本気にされるかもしれないからな、当然だ。
当初は俺を逃がさないようにしていたさやかも、今となっては自分が逃げられない立場になったせいか腹を括ったようだ。どうやって
「そもそも『ABC』というのは恋人同士がどれだけ関係が進んでいるのかを現す言葉です。まず『A』はその……簡単に言えばマウス・トゥー・マウス、と言えば理解できますか?」
「ちゅーのこと?」
「そ、そうです! 意外とはっきり言いますね……」
「さや、もしかして恥ずかしがってる?」
「当たり前ですよ! 先輩にこんなこと説明する後輩が世界中のどこにいると思ってるんですか!?」
「だって、れい」
「俺のせいにするなよ……」
「零さん……」
睨むな睨むな。確かに言い出しっぺは俺だが、こんな程度で悩んでいた綴理と日頃コイツを教育をしていなかったさやかも悪い。
ただ無知な子に対して下劣な言葉を教えるのはまさに羞恥プレイ。今は面白がって見ているが、そのうち共感性羞恥でこっちも死んでしまうかもしれない。自分で説明しろと言っておいてアレだけど、なんだよこの状況とツッコミたくなるな……。
「『B』は?」
「『B』は前段階と言いますか、その……する前の」
「する前? ちゅーする前?」
「違います! もっと激しいことをする前の……」
「どんなこと?」
「そ、それは……」
これセクハラだろ。綴理に悪気がないのは分かっているが、見ようによっては後輩に無理矢理卑猥な言葉を説明させようとしているセクハラ兼パワハラ現場にしか思えない。完全に他人事だけどさやかのことが不憫になってきた。まあぼかした説明しかしていないので綴理が理解できていないってのもあるだろうが。
「先に『C』を説明した方が分かりやすいですが、言ってしまえば……ほ、本番です」
「本番? ライブの?」
「違います。男女で本番と言えばアレですよアレ! 裸です!」
「裸で何するの?」
「ふえっっ!? な、なにをするのと言われても……。こ、子作りですっ!! 『B』はその前段階で気持ち良くすることです!! これでいいですよね!! もう終わりです!!」
「あぁ、なるほど」
「わたしの中の何かが失われた気がします……」
「頑張ったな」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
真面目な女の子に下劣な言葉の説明をさせる極悪極まりないプレイ。だが正直ちょっといいなと思ったのは内緒。
そして、綴理はようやく事の全貌を把握したようだ。説明されれば子持ち夫婦が誰もが歩んだであろう道であり、ドン引きするような特別なプレイがある言葉ではない。それでも性知識が薄かったりそういうのに耐性がない子に対してはかなりのダメージで、綴理は珍しく頬を染めていた。何故か俺を見つめて――――
「れいはそういう経験ある?」
今度はこっちに飛び火してきた。その質問の意図が気になる。
もちろん経験はあるのだが、当たり前だけど素直に答えるわけにはいかない。これってもしかしてアレか? 好きな人に別の好きな人がいないか遠回しに探ろうとしているってやつか? コイツのことだからどこまで考えてんのか分からねぇな。
つうかコイツの質問、さっきから誰かを羞恥に貶めることしかしてない気が……。
「ねーよ」
「そっか」
「安心したか?」
「分からない。でもそうかも」
どうやら恋心というやつを自覚していないらしい。それか俺に質問したのは単なる興味なだけだったか。どちらにせよ妙な知識を会得して大人の階段を上ったのは間違いない。穢れたと言ったら言葉は悪いが、さやかか危惧していたことが現実となってしまった。
当の本人はその事実にげんなりしているのか、それとも自分の手で先輩の純情な白を染めてしまって後悔しているのか。いやそのどちらもか。最後は説明も大声になってたし、相当パニクっていたのだろう。可愛い一面があるなんて言ったらまたドS思考って言われちまうかな……。
それとは別に、俺は1つ気になっていることがある。
綴理がこういう話に疎いのは分かるが、さやかは知っていた。この件だけではなく
「さやもたくさん知ってるんだね」
「勘違いしないでください! 保健体育の授業でですね……」
「どこの授業にそんな古くせぇ言葉を学ぶ授業があるんだよ」
「そ、そうですけど……」
「さやって意外と――――」
流石の俺も慎んでいた言葉が、放たれる。
「えっちな子、だったんだね」
あまりのド直球な言葉に場が一瞬硬直する。
だがそれは最大級の辱めを受けた彼女に打ち破られた。
「ひゃっ!? ち、ち、ち……違いますぅううううううううううううううううううううううううううううう!!」
顔を真っ赤にしたさやかの叫びが学校中にこだました。
無知の好奇心ってやっぱり怖いな。
リンクラのアプリで花帆さやか瑠璃乃の3人の放送を見ていると、毎回さやかが困り顔になってるのが可愛いなぁと思って作成したのが今回の話です。サブタイトルは綴理になっているのであくまで主役は彼女ですが(笑)
【キャラ設定集】
零から蓮ノ空キャラへの呼称
・日野下花帆 → 花帆
・村野さやか → さやか
・乙宗梢 → 梢
・夕霧綴理 → 綴理
・大沢瑠璃乃 → 瑠璃乃
・藤島慈 → 慈
蓮ノ空キャラから零への呼称(零への好感度 0~100で50が普通)
・日野下花帆 → 零クン (95)※今回変化なし
・村野さやか → 零さん (80 辱めを受けた…)
・乙宗梢 → 零君 (75)※今回変化なし
・夕霧綴理 → れい (81
・大沢瑠璃乃 → 零くん (83)※今回変化なし
・藤島慈 → 零 (74)※今回変化なし