村野さやかです。
今日は日曜日で、夜には毎月恒例のFes×LIVEがあります。本来ならライブに備えてゆっくり休む予定だったのですが、わたしの性格的に1日ずっと休んでいるのは性に合わないため日中は街に出ることにしました。街では本日全国のご当地弁当が集結した物産展をやっており、お弁当の中身に日々頭を悩ませるわたしにとってはまさにタイミングが良すぎるイベントです。そのため、今日はそちらのイベントに参加してお弁当のメニューの知見を深めようと思っています。
ただ、1つ意外なことが起きています。
そうやって街へ繰り出す話を前日の夜に零さんにお話ししたら――――
『俺も一緒に行っていいか?』
最初は思考がフリーズしました。自分から誰かについていくことなんてほとんどしない人だと思ってたので、その質問をされた時には一瞬回答に詰まってしまいました。
ただ、もちろん断る理由はなかったので二つ返事で了承。零さんと2人きりでお出かけすることになったのです。
そんな経緯があり、現在街へ向かうバスの中。わたしが窓側、隣の通路側に零さんが座っています。
突然の2人旅。正直に言ってしまうと父以外で男性と2人きりになったことがなく、同年代の人とは当然これが初めて。もしかするとこれはデートというものなのでしょうか……?
デート。零さんとデート……。そう考えるとちょっと緊張してきたかも……。
「にしても弁当の研究でわざわざイベントにまで出向くなんて、相変わらず勤勉だな。ご当地弁当の中身なんてネットで調べればすぐなのに」
「ネットで見るのと実際に見るのではお弁当の華やかさが違うんです。それに見た目だけではなく味にも拘りたいので、自分で口にしないことには分からないじゃないですか」
「お前ってホントに拘り強いよな。真面目っつうか、堅物っつうか。この2週間で嫌ってほど見せつけられてるよ」
「わたしもこの2週間で、零さんという人間を忘れられない記憶として刻み込まれちゃってますけど」
「ま、同じ教室で同じ部活なんだから仕方ないさ」
そう、零さんとは何だかんだ一緒にいる時間が多い。同じ教室で同じ部活動ということもありますが、勉強を教えてもらったり練習メニューの相談をしたりなど、たった2週間の間にたくさん助けてもらいました。それ故に彼との時間は濃密であり、その人となりもかなり把握できたと思っています。
それは零さんもそうであり、わたしの性格もかなり熟知されている様子。2週間どころか出会って数日で見抜かれているような感覚だったので、慧眼による人の心情を読み取る力が凄まじいんだと思います。飛び級で高校に入って来たので同じ学年ですが、実際の年齢はまだ中学1年生。その差を感じさせないどころかむしろ彼の方が年上に見えるほどです。これまでどんな人生を歩んできたのでしょうか……。
「同じ時間を過ごしたとは言っても、2週間は人付き合いの面で見れば長いようで短いです。それなのにこうして2人きりで出かけることになるなんて想像もしていませんでした」
「別に付き合いの長さなんて関係ねぇだろ、一緒に外出するくらい」
「それはそうですけど……。でもどうして急にわたしの用事に? 零さんってあまり自分から誰かに付き添うようなことはしない性格だと思うんですけど……」
普段はわたしたちのお手伝いはもちろん他の人たちや部活のお手伝いもお願いされており、しかもそれを断らないためかいつも誰かから引き合いが来ている。そのため自分から誰かに矢印を向けることはない、というよりそんな暇がないように見えました。だからこそ休日は自分の時間が取れるのでゆっくり休みたいものとばかり思っていましたが、その貴重な時間を割いてまでどうしてわたしと……?
「変なこと言うんだな。お前と一緒にいたい、それに理由がいるのか?」
「えっ!?」
思わず少し大きな声が漏れてしまいました。
これって告白……ではないか。流石に考えすぎ……うん。
僅かに顔が熱くなったような気がしましたがそれを悟られぬようにします。
それにしてもこの人、普段からナチュラルにこっちの心をくすぐるセリフを吐くので油断できない。花帆さんたちもその攻撃で何度か撃沈されそうになっているを見たことがあります。狙ってやっているのかそうでないのか。女性とのコミュニケーションに手慣れている感じがあるので、やはりこれまでどんな人生を歩んできたのか気になるところです。
そんな人と今日はずっと2人きり。攻撃に対しては常に警戒しておかないと、さっきみたいなあからさまな反応を見せてしまって誤解されるかも。ただでさえ今日は胸に疼痛があるような感じがするので、余計な雑念は払いたいところです。
そんなこんなで零さんとの2人旅が幕を開けました。『2人』という言葉に期待半分、緊張半分ですが、大丈夫……ですよね?
~※~
「岩手の牛釜、鳥取のかに寿司、名古屋の台湾丼、神戸のぼっかけそば……ホントに色んな弁当が揃ってんな」
「こうやってご当地メニューを覚えることができたら、綴理先輩ももっと楽しんでお弁当を食べてくれますねきっと」
「どれだけ綴理に入れ込んでんだよ……」
イベントの会場に到着したわたしたちは早速各ブースを見て回ることにしました。既に美味しそうな香りがあちらこちらから漂ってきて、全てを見て回る前に近くのお弁当を買って食べてしまいそうです。
でも今回の目的はお弁当の研究。ここでお腹を満たして満足してしまっては来た意味がありません。マンネリ化してしまったわたしのお弁当スキルをアップさせるため、今日はここに勉強しに来たのですから。
そうやって成長させたスキルを活かしたお弁当を誰に食べてもらうのかと言われたら、それは綴理先輩です。今は自分と先輩の2人分を作ることが日課となっているので必然的に先輩に合うお弁当を作るのがスキルアップの目標になっています。入れ込んでいると言われたらそれはそうですけど、綴理先輩がアレな性格なので必然的にそうせざるを得なくなっていると言いますか……。
「先輩のためだけではなくて、花帆さんたちもたまにわたしのお弁当が食べたいとお願いしてきますから、その時は皆さんの分も作ります。色んな人に食べてもらった方がスキルアップに繋がりますから。皆さんに提供するからには自己研鑽をするしかないです」
「自分の腕を上げることが目標になってねぇか? 相変わらず縛られてんなお前」
「縛られ、る……?」
「次はあっちに行くか。ここらへんは人が多くて疲れる」
話が途切れてしまいました。確かに会場は人が多くて下手をしたらすぐに離れ離れになってしまいそう。そのためわたしは零さんの背中から目を離さないように追いかけます。
こうして見ると、やはり中学1年生なので背丈は小さい。わたしよりも一回り、瑠璃乃さんよりも、沙知先輩と同じくらいかそれよりも更に小さく、普段の大人びた言動から勘違いしてましたけど本当に中学1年生なんですよね。
でも、眺めているとその背中はとても頼もしく大きく見える。さっきみたいに一歩引いて冷静になって見ないと彼が年下だなんて到底感じられません。一緒にいるとき、相談に乗ってくれるとき、練習を見てくれるとき、どの場面を切り取っても彼の存在感は大きいです。
そして、あの時の背中。
幽霊騒動でわたしたちが地下へ落とされた時に前を先導してくれたあの背中、幽霊の
しばらく歩くと開けた場所に来ました。ベンチとテーブルがたくさん並んでいるので飲食スペースのようです。
「歩いてる間に大体見て回ったし、そろそろ何か食うか。何にする?」
「そ、そうですね……。それではあの『和牛しぐれ煮飯』というもので」
「結構ガッツリしたもの行くんだな。OK、俺が買ってくるよ」
「えっ、じゃあお金を……」
「バーカ。自分の女に金を出させる男がどこにいるんだよ」
「じ、自分の女って……!!」
「いいからあそこに座って席確保してろ」
こっちの返答も待たずに零さんは行ってしまいました。
それにしてもまたしても不意打ち発言。やっぱり狙ってやっている……? わたしの外出に自主的についてきたことも踏まえると、わたしのことを狙っている……は流石に自惚れすぎですよね。わたしが零さんを見る目が変わった影響で、更に踏み込んだ関係になるのを心のどこかで期待してしまって自惚れが生まれてしまったのかもしれません。相手はまだ中学生になったばかりですし、妙な妄想をするのは相手に迷惑なのでやめておきましょう。
ただ、自分でもはっきり分かるくらい心の高鳴りを感じます。実感しました、零さんと2人きりでいるのは他の誰とも違う『楽しさ』がある。お弁当ブースに並んでいる彼の背中をずっと見つめるくらいには。今日たまに感じる胸への重圧はこの気持ちが故、なのかな……? どちらかと言えば内面というより表面的な違和感のような気もしますが……。
数分後、零さんが2人分のお弁当とお水を持って席に戻ってきました。
「飲み物まで、わざわざすみません!」
「だから、んなこと気にすんな。お前は俺に魅せてりゃいいんだよ」
「魅せるって、なにを……?」
「俺が面倒事は引き受けてやるから、お前は自分の魅力を振りまけってことだよ。それが俺の男女付き合いの考え方だ」
転校してきてコミュニケーションを取り始めた頃から思っていましたが、零さんは常に自分の信念で動いている。決して自分の芯はブレず、相手を自分に従わせるほどの力がある。もちろん相手に強制を強いるわけではなく、相手の心に寄り添って距離を縮めていくうちにいつの間にか彼に同調するようになってしまう。それは恐らく彼の考えが常に一貫していて納得させられるから。たまに、というかよく常識破りなことばかりしている印象がありますが、それも結果的に大団円で解決することが多く、そのおかげでわたしたちが零さんに向ける頼もしさは日々積み重なっていく。
自分の欠点を埋めてくれる。それどころか埋めた跡地にお城を建設してしまうくらい自分を立ててくれる。そんな頼りがいのある人だから皆さんが惹かれているのかもしれません。それに、わたしも――――
「やっぱ弁当のイベントだから中身もしっかりしてうめぇな。大概のイベントの食い物って内容が微妙なくせにぼったくり価格だもんな。どこぞのスクールアイドルのイベントは言わねぇけど」
「そんな経験を語れるくらいにスクールアイドルのイベントに参加されてたんですか?」
「あっ、いや、別にスクールアイドルのイベントだけに限らねぇだろ、フードのぼったくりなんて」
自分の信念を常に表にしている零さんですが、1つだけ隠し事をしているのを知っています。
それはこの学校に来た理由。零さんはどんな目的でこの学校に来たのかを一切語りません。花帆さんがお得意のウザ絡みで聞き出そうとしても全く話さなかったので、多分わたしたちには言えない理由があるのだと思います。さっきのように自分の過去も語らずはぐらかそうとするので、もしかしたらかなり込み入った事情があるのかもしれません。
それはわたしを含め花帆さんたち全員が分かっていることです。
でも、だからと言って彼を疑ったりはもうしていません。最初はいきなり女子高に転校してきてスクールアイドルクラブに取り入ろうとする動きが不審ではありましたが、今ではわたしにとっても皆さんにとってもかけがえのない人となっている。だから裏にどんな理由があろうとも、わたしたちには関係ありません。例えわたしたちに近づく理由が打算だったとしても、零さんがわたしたちに寄り添ってくれる想いが本物であることは理解していますから。だったら、わたしたちも拒まず打ち解け合うだけです。
「深いコクと風味豊かな味わいのお肉が絶妙です。わたしのお弁当でもこれを再現できれば……」
「毎日の弁当にこんないい肉使ってどうすんだよ。いつも通りでいいんじゃねぇの。スキルアップしたいのは分かるけどさ」
「しかし、今後も皆さんに振舞うのでずっといつも通りというわけには……」
「お前は『こうしなきゃ』って固定観念に縛られ過ぎだ。毎日TODOリストを作ってスケジュール管理するそのこまめさは見習いたいくらいだけど、それ故に自分のやるべきと決めたことに固執し過ぎている。だから心に余裕ってものがない。張り詰めた糸ってのはすぐに切れる。だからいつも自分に自信がなくて色々悩んじまうんだ。それで苦労してきたんだろ今まで」
見抜かれている。やっぱり零さんの慧眼はわたしが今まで関わってきた人の誰よりも鋭い。
「そう言われたら『はい』としか言いようがありません。小さい頃からやっていたフィギュアスケートも、ある時を境に点数が伸びなくなってからずっとそのことばかり考えて周りが見えなくなり、いつの間にか孤立してしまいました。竜胆祭のライブステージ使用申請の際に、沙知先輩から出された『なぜスクールアイドルをするのか』の問いも上手く答えることができず、『スクールアイドルとして精一杯大会に臨みたい』、つまり競技者として一番を決める大会に出るのは当たり前、という前提から抜け出すことができなかったこともありました。最初に出した結論に囚われてしまう、というのは間違いありません」
「ま、スクールアイドルの仲間と出会ってある程度は改善されたんだろうが、小さい頃からの性格ってのはすぐに治せるものじゃない。ある程度は仕方ないさ」
柔軟な思考が足りないのは昔から。スクールアイドルになって色んな人と交流してその人たちの価値観を受けたことで、自分も少しは視野が広くなって成長した実感はありますが、零さんの言った通り半年程度で治るような性格ではないようです。空き時間があると常に何かをやらないと、という意識は今でもあり、心に余裕がある=もっと自分を磨く時間があると自分を追い詰めてしまうのがわたしの性格。大なり小なり常に何かに気を張っている、と言われたらそうだとしか言いようがないでしょう。
「たまには何も小難しいことを考えずに過ごしてみるってのもいいんじゃねぇか? 今だって自分の弁当を食ってくれる人のためにスキルアップしなきゃって強迫観念に囚われてる。向上心を持つのはいいけど、素直に今を楽しむってのもアリなんじゃねぇかなって思うよ。たまには今の自分が最高だって胸を張ってもいいだろ。自分はずっと未熟だなんて、そう思い続ける人生なんてつまらねぇ」
「それは……。わたしにもできますか、そういうこと……」
「できる。できねぇなら俺がとことん付き合ってやる。お前の拘束を解き放ってやる。それに、デートを楽しませるのは男の役目だ。せめて俺といる時くらい心を真っ白にして自由にしてろ。俺はもっと無邪気にはしゃぐお前が見たい」
「零さん……」
あまりにストレートな言葉。普通の人なら相手を気遣って言うべきかどうか迷うような言葉でも、零さんは遠慮なく口に出す。そのおかげで自分の短所や悩みの共有ができ、頼りになる彼のことをもっともっと頼りたくなってしまう。なるほど、皆さんが彼にのめり込む理由が分かったような気がします。
「そうですね、既にその言葉で重荷が軽くなったような気がします。零さんと一緒にいるとどんなことでも解決してくれるという安心感のおかげで、こっちは気負う必要が全然ないですね」
「なんでもは言い過ぎだけど、俺の前で心の負担は必要ない。全部俺が捨て去ってやる」
こういうところなんだろうなと思いました。守られているという安心感、助けてくれるという期待感、一緒にいるだけで楽しくなる存在感、そして――――好きになりそうなくらいの多幸感。心に抱くありとあらゆる感情が彼の色で染まってしまう。そしていつの間にか目を話せなくなってしまう。この人なら自分の全てを打ち明けてもいいと思ってしまう。どんな氷もその温かさでみるみる溶かされる。
零さんと一緒にいると『あれもこれもやらなくちゃ』という焦りが消え去る気がします。自分自身のことを一歩引いて考える余裕を与えてくれる。迷ったら手を引いて導いてくれる。
出会ってたった2週間のはずなのにここまで彼のことを気にしてしまうなんて、わたしは短絡的なのでしょうか。相手はまだ中学生ですし、わたしに好意を向けられたところで迷惑では――――いや、この考えがまた『最初の結論』に固執しているのでしょう。もっと余裕で自由であっていい。だとしたら、わたしが抱くこの気持ちも――――
「さやか?」
思わず零さんの手を握ってしまいました。自分でも何をやっているのだろうと戸惑いましたが、なんとなくもっと一緒にいたい気がしてなりませんでした。
次第に身体が熱くなっていきます。朝から違和感のあった胸元の重圧もより強くなっているので、まさか恋愛と呼ばれる心の圧力なのかも……。
そんなことを考えている間に少し視界がぼやけてきました。頭もぼぉ~っとして、まるで体調不良になったかのよう。さっきまでそんなことなかったのに――――
「さやか? おいさやか! おいっ!!」
気付けばテーブルの上に突っ伏していました。零さんの手を握ったまま――――
「朝から胸元に違和感があって……それで……」
「胸? 普段は隠れている場所――――って、まさかスクールアイドル病……??」
後半は何を言っているのか聞き取れなかったのですが、零さんの必死そうな表情が目に映っています。
そしてすぐ、わたしは気を失ってしまいました。
To Be Continued……
これまで名前だけで全く音沙汰なかったスクールアイドル病がようやく本編に絡み始めました。
一応スクールアイドル病の治療のために零君は子供の姿になって蓮ノ空にやって来た、と言う設定だったのですが、最初は花帆たちと仲良くなるのが最優先だったのでようやくって感じです。
ちなみに蓮ノ空編で初の個人回でしたが、蓮ノ空編に限らずこれまで通して珍しく個人回を女の子側の目線で描いてみました。女の子側が抱く零君への気持ちが赤裸々に語られるのもそれはそれで良きかなと思います。
いつものキャラ設定集は後編の後書きにて更新します。