そういえば、マルガレーテの笑顔を見たことがないと今更ながらに思った。
いやライブの時には笑顔を見せているんだけど、あれはあからさまに作られた表情だ。自分が輝く上で何が必要かを完璧に知り尽くした故の作り笑顔なため、心から本気で笑っているわけではない。それでも俺やファンたちの心を掴むあたりは自分を魅せるのが上手いなと感心する。それだけコイツには人を惹きつける魅力があるのだろう。
そんなことを考えながら、澁谷家の喫茶店でありあとマルガレーテが料理している姿を眺める。
間もなくして料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたーっ! ありあ&マルガレーテの特別チョコレートパフェでーすっ!」
「あなたのために特別なトッピングも乗せたのよ。感謝して味わうことね」
「接客の落差がヒド過ぎる……」
ありあの笑顔で快活な接客とは対照的に、マルガレーテは何故か上から目線で素っ気ない。いつも通りと言えばそうなのだが、普段喫茶店を手伝っている時もこんな感じなんだろうか。だとしたら苦情待ったなしなので、コイツがまだ店員をしているってことは大丈夫なのだろう。もしかしたらマゾ属性持ちの奴らが集まっているのかもしれないが……。
運ばれてきたのはチョコパフェにそれなりのクリームやフルーツが盛り付けられた豪華なもの。どうやら二人の創作スイーツのようで密かな人気メニューだそうだ。二人が推すものだから言われるがままに頼んでみたが、これは男一人で食うには流石に人間側に華が足りねぇな。若い女の子たちがキャッキャウフフしながら食ってる方が様になるメニューだろう。明らかにSNS映えを意識したものなので男が一人でがっつくものではない。
「じゃあこれ伝票です」
「あぁ――――って、1,480円!? たかっ!!」
「だって盛りつけが豪華ですから材料も費用もマシマシなんですよ」
「二郎系みたいに言うな」
「ちなみに一日十食限定で、かつ私かマルガレーテちゃんがいる時にしか作らないルールになっているんです」
「それでも注目されてるんだよなこれ……」
「これは『ラブライブ!』応援メニューという扱いだから今だけの期間限定。その煽りで売れるのよ」
「なんたってマルガレーテちゃんがいるからね! Liellaファンがたくさん来てくれるんですよ!」
今や世間の注目を浴びるくらいには期待されている『ラブライブ!』。そしてLiellaの知名度も活動三年目、去年優勝という実績から名が通っている。その二つの柱を宣伝としたスイーツとあればそりゃ嫌でも人気は出るか。割高なのはもちろんだが、少しシャレた喫茶店のメニューの値段なんてこんなものだろうし、ここへ来る客層を考えても『まあ少し高いけど期間限定の記念メニューならば』って納得されるのかもしれない。こういうところに来る奴らって食事が目的ではなく、会話やSNS、思い出作りなどに重きを置いているだろうからな。店としてもそれが分かっているからこそ場所代込みの値段なのだろう。
てか、俺から金取んのかよ……。
そんなこんなで完食。チョコたっぷりで常人だとくどくなるが、毎年のバレンタインで大量のチョコを貰って完食している俺にとっては大した量ではなかった。
マルガレーテが容器を下げて厨房の裏で洗い始めた。その間にありあが俺の席にやって来る。
「嬉しそうでしたねマルガレーテちゃん。きっと手料理を先生に食べてもらえたからですよ」
「あれで嬉しそうにしてたのか。まあ食べてるところをじっと見てたから、俺の様子を気になってはいたんだろうけど」
「いつもは普通に愛想良く接客してますよ?」
「なんで俺だけ……? そういや笑顔を向けてくれたことなんて……あったか?」
「え~それなりにしてくれると思いますけどね、あの綺麗な笑顔」
「いやなんで俺だけ……」
俺やLiellaの奴らの前では非常にクールな印象が強い。てかむしろどんな時でも冷静沈着で、滅多に笑顔は見せないが狼狽えたりするなどマイナスの顔も見せることはない。常に余裕のある態度と本人自身の能力の高さが故に強キャラ感が半端ないんだよな。
アイツと出会ったのは去年だけど、教師と生徒の関係となったのは今年からだ。しかも最初はスクールアイドルはやっていたけどLiellaに加入していなかったから、俺と本格的に交流が始まってからまだ半年程度しか経っていない。それでも個人の色んな表情を見るには十分すぎる期間だ。
ただ表情変化が少ない奴はそうでもない。
だから見たくなっちまった。マルガレーテの本気の笑顔ってやつを。ま、それが俺の夢でもあるしな。
~※~
「一人で練習か? 『ラブライブ!』目前だから今は無理するなよ」
「先生……。大丈夫、自分の限界くらい把握してるから。それにこの程度ストレッチにもなりはしないわ」
「ライブで披露する曲を全部通してたのに『この程度』扱いかよ……」
翌日、屋上で一人練習をしているマルガレーテに会いに行ってみた。本来は『ラブライブ!』が目前ってこともあり練習は身体の故障を危惧して控えめになっているのだが、コイツはそれを無視して身体を動かしまくっている。ただLiellaの中でもずば抜けた体力とスキルの持ち主なだけのことはあり、ライブで披露する予定の曲を全て通してもほとんど息が上がっていない。特に新陳代謝が悪いわけではなく、単にこれがコイツの実力なんだ。
「それで? 私を止めに来たのかしら?」
「いや。最近までお前らは追い込み練習で、俺は三年生たちの卒業に向けて色々忙しかっただろ? だからたまには駄弁ろうと思ってさ。ほら、前の事件からお前より一層ストイックになったから一人でいることも多かったしな」
「七海の一件に触発されたのは間違いないわ。別にあなたとの関係の進展に踏みとどまっているとは思ってないけど、自分に鞭を打つにはいい機会だったのよ」
コイツが俺に好意を示すのは日常的なことであり、まさにクーデレの権化とも言える存在だ。そんな奴であろうとも更に自分を磨くように意気込ませるなんて、手段は何にせよ七海のしでかしたことは結果的にプラスに働いている。他の奴らが告白する最大の後押しになった事件でもあるから、張本人の意図せぬファインプレーだったのかもしれない。
「あの事件か。そういや前に冬毬にも言ったけど、あの時はかのんたちを立ち直らせてくれて助かったよ。ありがとう」
「あぁ、そのこと。別にあの子たちのためではないわ。かのんたちが復帰しないとあの世界から出られなかったし、そうするしかなかっただけだから」
「だとしてもだよ。あんな空前絶後な状況だったのに一番下級生のお前らが冷静でいられたなんて、すげぇ話だ」
スクールアイドルの概念が消えて、俺との関係が断ち切られたと思い込み絶望していた上級生たちを救い出したのが冬毬とマルガレーテだ。俺が残したヒントも漏らさず拾い上げ、七海の独壇場だったあの世界で逆転のカギを作り上げた功労者。その年齢で精神力が常人とは桁外れなのは知ってたけど、まさかあんな状況になっても常に前を向き続けられるとは驚くばかりだった。
ただ、そんな中で俺はずっと気になっていることがあった。
「でもどうしてお前は平気だったんだ? 冬毬にも聞いたけど、アイツは『先生と一緒にいた時間が皆さんより短かったから、ダメージが最小限で抑えられた』って言ってたんだ。でもお前は同じ理由じゃないはず。確かに入学してからの付き合いは半年程度だけど、お前はずっと俺のことを認知して、しかも好きだったはずだ。それこそ生まれた時からずっとな」
俺たちの関係はスクールアイドルで繋がっているわけではなく、男女の関係としての繋がりが明確になっているというのが前回の事件のキーポイントだった。ただそれを全員が把握するまでは、スクールアイドルの概念が消えたことによる俺との絆が断ち切れたと錯覚させられる状況だったんだ。
だからこそ、コイツの心中を知りたい。少なくとも冬毬と同じ立場ではないはずなので、コイツ自身に自分を律する信念があったのだろう。
「そんなの特に理由はないわ。私はただ信じていただけ。だって私が心から愛してやまないあなただもの、あんなことで絆が切れるはずがない。自分が信念を持っていたってのもそうだけど、それ以上にあなたを信じていたのよ。あらゆる問題や事件を堂々と解決するその姿こそ、私が一番好きなあなただから。大好きな人をどんなことがあっても信じる、普通のことでしょう? 信じることに理由なんてない。強いて挙げれば、それこそが『愛』よ」
愛しているから、か。
そりゃ理由もへったくれもないな。自分が好きな相手だから相手を信じる。そこにスクールアイドルなんて要素は関係なかったから、例えその概念が消えたとしてもノーダメだったってわけだ。なんならあの世界でもコイツは何も変わらずに生きることができただろう。物心が付いた時から俺のことを愛しているというホントかウソか分からない話だが、そのおかげで絶望せずに済んだのであれば行き過ぎた自己暗示もあながち悪いものじゃねぇな。
「私からしてみれば、
「余裕綽々って感じではなかったけど、お前って苦しむこともなかったし、解決して笑顔になることもなかったよな。本当にいつも通りだった」
「あなたがいつ颯爽と駆けつけて解決してくれるのか、それが待ち遠しくてあの子たちみたいにピーピー泣いてる暇なかったのよ」
「はは……」
いやちょっとはアイツらの心配もしてやれよと思ったが、俺のことしか見えてないのもまさにいつも通りだ。結局七海の心の叫びすらも意に介さず、ただひたすら俺の活躍を眺めていたいというその考え。精神力が強いのはもちろんだけど、異様なほど俺に執着しているのもあの事件を無傷で乗り越えた要因かもしれないな。
「それでお前の期待していた通り、俺は活躍できていたのか?」
「もちろん。私は常にあなたの一挙手一投足を観察してるけど、問題の解決に奔走するあなたの必死な表情や、何もかも見抜いた時の得意然とした顔が何よりも大好きなの。あの事件では後者の顔を十分堪能させてもらったから、そういった意味では七海の粗相も少しは許してあげなくもないわ」
「お前ホントに欲望に忠実っつうか、自分以外の奴が原因で軸がブレねぇよな……」
「あなたから学ばせてもらったことよ」
そりゃ確かにと言う他ないが、学んだのは俺からってより秋葉の刷り込み教育のせいだろ。そこまで頑強だと屈する様子を見てみたいと思ったりもする。コイツが慌てふためくところ……いや全然想像できねぇな。
そういや今日マルガレーテと話そうと思ったのは笑顔が見たいからだった。とは言えさっき俺の好きポイントを語っている時は間違いなく楽しそうにしており、笑顔ではないものの口角は上がっていた。
ただそれを笑顔にカウントしていいのかと言われたら微妙だ。どちらかと言えば微笑んでいる程度だろう。これまで何度もクーデレちゃんを相手にしてきたが、笑顔の到達までこれほど一筋縄ではいかない奴は初めてかもしれない。
しかし、笑顔は無理をして見るものではない。誘導して作らせた笑顔に興味はなく、女の子の自然な笑顔が見たい。さっき表情の話をしたのは無意識的に誘導しようとしていたので、そこは反省。彼女の自然な笑顔を拝みたいのであれば、これまで通りコミュニケーションを取り続けるのが一番手っ取り早いだろう。幸いにも俺のことを心酔するくらい慕ってくれてるし、向こうから懐に抉り込んでくるくらいにはアタックしてくる。お近づきになれる機会はこれから無限に存在するから、焦る必要はない。
「私が自分を磨くのは当然だけど、あなたからも私のことをもっと好きになってもらわないといけない。恋愛は一方通行じゃ成り立たないもの。だからまず『ラブライブ!』で優勝して、自分の価値をあなたに見せつける。コイツなら自分に相応しいと思ってもらえる女になれるよう、この高校生活で精進していくつもりよ」
「まだ告白するレベルではないってか。お前にしては慎重だな」
「私はまだ一年生、あなたと一緒にいられる時間はたっぷりあるもの。七海やかのんたち違ってね」
「なんつう皮肉だよ……」
それ本人たちに聞かせたらめちゃくちゃ文句を言われそうだな。特に七海。
中学生の時点で『ラブライブ!』に参加できるほど周りを魅了できるほどだから、コイツが
去年まで中学生とは思えない程に出来過ぎた覚悟。これが人生を歩む意味を神崎零という人間一本に絞って来た奴の度胸ってか。
ただそんなコイツのことは好きだけど、たまにはもっと子供らしいところとか、抜けてるところとか見てみたいとも思うよ。完璧超人でクール系を相手に相当な難易度だと思うけどさ。
「私はまだまだこれからってこと。だから私の自然な笑顔を見られるのはもっと先。私自身の魅力をもっと磨いてからになるわ」
「そうか。じゃあ今は諦め――――って、えっ!? どうして俺がお前の笑顔を見たがってたのを知ってんだ!?」
「フフッ……」
怖い怖い! その妖艶な笑みは自然のモノだろうが、それは笑顔じゃねぇんだよ……。
コイツの笑顔を見たいってのは誰にも話していないはず。まさかどこかでボロを出してしまったのか。だとしてもそれだけのヒントで人の思惑を読み取るなんてできなさそうではあるが……。
「ありあとの会話、聞こえてたわよ。あの時は皿洗いでキッチンにいたけど、大好きな人の会話は聞き逃さない。それに言ったじゃない、一挙手一投足を観察してるって。あなたのことなら表情や仕草ですぐに分かるわ、フフ……」
「お前とのコミュニケーションはこの先も難易度高そうだな……」
さっき完璧超人でクール系とか言ったが前言撤回。欲望が極まり過ぎてヤベぇ奴でもあった。いや知ってはいたけど改めて感じた。あの会話が聞き取れてたって地獄耳も過ぎるし、どこまで俺の心を見抜いてんだよ……。
なんとなく俺の前で自然な笑顔をしない理由が分かった気がする。俺に執着し過ぎてそんな笑顔よりも淫靡な雰囲気しか流れないからだ。笑顔が欲望に塗り潰される。それが俺への愛って言い張るから返す言葉に困る。
こりゃコミュニケーションもそうだけど、自然な笑顔を見るのは相当大変そうだ……。
この小説のマルガレーテは孤高の女王タイプだったりクール系として描いてますが、欲深さもLiellaの中でトップクラスだと思います(笑)
アニメの方だともっと笑顔を見せてくれるんですけど、私としてはこっちの方が彼女のキャラに合ってるなぁと思っていたり。でもアニメの彼女も小説の彼女も、あまり協調性がないところは似てるかも……?
そう考えると虹ヶ先とは違ってLiellaは素直な子たちが集まっている気がしますね。
ちなみにマルガレーテと冬毬の個人回は章の終盤でもう1回ずつある予定です。この章から初登場がゆえに出番は多めにしてあげたいので!