『ラブライブ!』の決勝が終わってからそれなりの時が過ぎ去り、今年度に残された学校行事は卒業式を残すのみとなった。
この学校は3年前に再設立された新学校であり、それはつまり卒業生を見送るのは学校としても今回が初というわけだ。だからなのか準備段階なのに学校全体で動いていく意向が強い。学校としても再設立されてから最初の節目を迎えるイベントなので力が入ってしまうのだろう。派手にやり過ぎて逆に学校に残りたいって気持ちが卒業生に湧いてこないか心配になってくるくらいだ。
この時期であろうとも下級生の授業があるので暇ではない。ただ生徒が準備に駆り出されている間はそれなりに時間がある。俺も教師生活で初めての卒業式でなんとなく感慨深さもあるから、また忙しくなる前の今のうちにこの華やかなムードを満喫しておいた方がいいかもしれない。卒業式当日にはどんな感情を抱いているのか想像できないし、新入生を迎える頃はまた多忙になるのは目に見えているため、何かと時間を作れるこの暇は貴重だ。
周りが準備のためあちこち忙しなく駆け回っている中、俺はその光景をぼんやりと眺めていた。もうすぐ見送りの時が来るんだと考えると思い出が想起されるが、過去に浸るのはまだまだ早いだろう。
そうやって物思いに
「お疲れ様です。相変わらずサボりですか?」
「冬毬……。死角から先制攻撃なんてどこで学んだんだよ」
「先生との会話には煽りを入れるとツッコミを入れてくれるのでコミュニケーションが活性化すると、マルガレーテに教わりました」
「広めるならもっとマシな攻略法にしろよな……」
マルガレーテの奴、俺のことを心酔してるせいか周りにあらぬことを口走ったりする。その影響を最も受けるのが同級生で同じクラス、同じ部活仲間の冬毬だ。しかもコイツの生真面目な性格が災いして俺への誤解が加速することもある。お得意の情報収集熱が発揮され俺のことを隅々まで知ろうとしているため、マルガレーテから耳打ちされる情報を何でも吸収してしまうのだ。それがあることないこと関わらず……。
「別にサボっちゃいねぇよ。卒業式の準備に俺は絡んでない。つうかお前こそ何やってんだよ?」
「私はやるべきことをしていますよ。準備は教師や二年生の先輩方が中心なので、空いている時間をこうして有効活用しているところです」
「ん? 何もしてないように見えるけど……」
「サボって暇を持て余している先生を捕まえて自分語りをする。その第一歩を達成したところです」
「じゃあお前もサボりじゃねぇか」
「適材適所というものです。私は先生に用事がある、他の人は卒業式の準備がある。各々振り分けられたタスクを遂行しているだけです」
「お前のはただ私欲だろ……」
それでよく人にサボりって言えたな。ただ卒業式は学園祭などのビッグイベントとは違って在校生の全員が準備に参加するほどの規模でもないし、二年生が動員されているとなれば一年生がある程度暇になるのは仕方ない。でもその時間を使って男性教師と密会とは度胸がありすぎるだろ。ま、周りの目を気にせず自分の信念に基づいて動くのはコイツらしいっちゃらしいけどさ。
「で? 俺に何か用か?」
「はい。自分の考えがまとまったので先生に伝えようと思いました。このタイミングなのは、卒業式になると先生の心が先輩たちに傾いてしまうことを懸念したからです。私の話を受け止めてくれやすい時期はもう迫っている。だからサボりになろうとも私も先生も時間が空いている今にしたのです」
「考え……? なるほどそういうことか。そんな理屈で固めなくても話ならいつでも聞いてやるよ。まあ何事も筋を通さないと気が済まないお前からしたらこれが最善か」
「はい。それでは移動しましょうか。他の人に聞かせるような話でもないので、誰も来ない二人きりになれるところへ……」
なんか本当に密会に誘われてるみたいになってるけど、単に腰を据えられる場所に移動したいだけだろう。コイツ特有の物言いって端的で直球なせいで曲解した解釈にも取れてしまう。コイツとのコミュニケーションではあるあるだ。言葉がダイレクト過ぎて、受け手側が裏を読みがちなんだよな。
~※~
「なんで校舎裏なんだよ……」
「二人きりになれる、誰も来ない。閑散としていて近場である。その要素を全て満たす場所がここなので」
「まだ日中なのに、こんなところに男女でいると密会と思われても仕方ねぇぞ」
「疑われても無視すればよいのでは? 現に私たちは変な目的でここに来たのではないのですから」
「お前、ホントにつえぇな……」
「……? どうも……」
この精神の強さは見習っていきたい。マルガレーテといいコイツと言い、本当に高校一年生かよってくらい達観している。自分の成すことに一切の迷いも後悔もないところが思春期の多感な女の子が持っていい度胸じゃない。まあそんな堅物思考のせいで昔から今年の夏まで夏美との一悶着を引きずってた例もあるけど、それ以外の決断力と遂行能力は先輩たちより群を抜ているかもしれない。良くも悪くも直情的なのが一年生2人の特徴だ。
「本題に入りましょう。結論から言えば、私が先生に告白するタイミングはまだ先です」
「いきなりぶっ込んでくるな……。ていうか、え? 告白するつもりだったのか?」
「自分が好きだと思う相手には告白するものでしょう」
「そりゃそうかもしれないが……そうなのか?」
あまりにも早すぎる結論の暴露。そもそも俺に恋愛感情があるのかどうかすら怪しかったが、告白を考えているってことは少なからず俺に想いを寄せてくれているということだ。ただ相変わらず口調は淡々としていて表情変化も少ないため、本当に惚れているのか疑わしくなってくる。考えがまとまったと言っていたが本当に深く考えた上でのこの判断なのだろうか。
「怪訝そうな顔をしていますね。もしかして私の恋愛観が浅慮だと、そうお考えですか?」
「ではないんだろうけど、途中の説明をぶっ飛ばされてるからそう思えるのも仕方ないだろ」
「早計ですよ先生。意見や主張はまず結論から、これから私がこの一年で組み立ててきた恋愛観をお話しします。かのん先輩たち三年生、きな子先輩たち二年生、そして一応念のためにマルガレーテからも恋愛というものを学びました。ゼロから履修して構築した私の恋愛観は、とりあえず一区切りしたと思っています。これからのことはさて置き、今の段階に限っての話ですが」
最後の匂わせはなんだよ……。
何事もアルゴリズムを組み立てるように考える傾向がある冬毬。恋愛を知るために先輩たちから話を聞いて知見を得て、それを組み立てて自分が恋愛に対し、そして想いの人であろう人に対して抱く気持ちを側面から考えていく。自らの好きという気持ちを信じている他の奴らとはまた違ったアプローチで、非常に特殊な恋愛を繰り広げている。
そして一年生としての終わりが迫るこの時期、どうやらその恋愛観は完成したようだ。
「先輩たち、ついでにマルガレーテから学んだことは、皆さんの恋愛には3つの軸があることです。夢と輝き、そして思い出。皆さん誰もがその3つの軸を先生に支えてもらったことで恋愛感情を抱いていたようです。夢は成りたい理想の自分、輝きは己の魅力の発揮、思い出は先生との出会いから始まった変遷。最初は皆さんが先生に抱く想いの源はバラバラだと思っていたのですが、俯瞰すると似通っていることが分かりました。だから私も先生への気持ちがその3つの軸で成り立っているのか考えました」
恋愛ってもっと情熱的にやるものじゃないかと思っていたので、そこまでの分析を聞かされると逆に感情任せの恋愛がちっぽけに思える。だがこれはコイツのやり方が特殊なだけで、その異質さに思考が洗脳されかかっているだけだろう。計算高い奴が放つ理論って例え無茶苦茶でもなんか納得感あるんだよな。理系少女だってことは知ってたけど、まさか恋愛にまで定義を持ち出してくるとは……。
ただ言いたいことは分かる。Liellaのみんなはその3つの軸を恋愛の勘定に含めていて、かつ特にどれか1軸が強調されていることが多い。可可やすみれは夢、きな子は輝き、恋は思い出みたいに。自分と相手が繋がる上でどの軸で物語を歩んできたのかは人によって微妙に異なっていた。
「それで? お前の恋心のルーツは見つかったのか?」
「はい――――どの軸も当てはまりません」
「へ?」
真顔でさっきの持論をひっくり返しやがった。これまでの話は何だったんだよと言いたいが、これも結論から話しているだけだろうから後で説明されるはず。でもどんでん返し過ぎて、じゃあ一体コイツが恋愛観をどう組み立てたのか訳が分からなすぎるんだが……。
先の気になる展開。コミュニケーションが堅いと思ってたけど意外と興味の引かせ方は上手いのかもしれない。
「私には何か夢があるとか輝きたいという願望はありませんでした。スクールアイドルに入ったのも姉者が身を置くに相応しい場所なのかを判断するためでしたから」
「にしてはちゃっかり『ラブライブ!』を優勝するほど貢献してたし、案外ハマってたように見えるけどな」
「そうです。したがって思い出としての軸が私にとっての恋愛の土台、そう考えていました。ただそれも何か違うなと。確かに先生のおかげで姉者とも和解でき、先輩方と共に最初は義務感でやっていたスクールアイドルの楽しさも教わりました。間違いなく過去一で充実した人生を送っていたと断言できます」
最初の頃はかのんとマルガレーテのグループに入ってたけど、その時から効率主義でマイペースなところがあり練習に来ないこともザラにあった。その時の本人曰く他に優先順位の高いタスクがあったからそれを処理していたようだが、故に仲間との結束感はほぼなかった気がする。その考え方も3人でライブをしてから徐々に変わり始め、今では立派なLiellaの一員。効率を度外視しても感情的に楽しむことを覚えたのだろう。
感情的……か。今まで緻密に計算された計画で動いていたコイツが感情的になった。
まさか――――
「あの、まだこちらが話しているのに分かったよう顔しないでくれませんか?」
「え、そんな顔してた? わりぃ続けて」
「全く……。でも先生の推理通りですよ。気付いてしまったんです、特に何かの理由があるわけでもなく――――好きなんだろうってことに。ここで恋愛感情というものを初めて抱きました」
「やっぱり。自分で建てた3軸よりも、結局は湧き出る感情の方に心を馳せたのか」
「はい。ただその軸を無視しているわけではなく、今でも私の中で恋愛の定義の支柱として建てられています。先輩たちと『ラブライブ!』優勝の夢を追った。先生に自分の輝くステージを見届けて欲しかった。皆さんと先生と歩んだこの一年はかけがえのないものとなった。どれも大切で、だからこそ気付けたのだと思います。私が先生へ向ける恋愛感情は、その3つの軸ではなく単に心から滲み出たものなのだと。いくら周到に準備しても、用意し終えてから気付く大切なものがある。よくある話です」
相手のことを好きだと思うことに余計な理由なんてなくてもいい。何か大きな心境の変化とか大層な事件に巻き込まれて吊り橋効果を発揮したとか、そんな仰々しい理由はいらない。ただずっと一緒にいたからこそ好きになった。それでもいい。むしろその真率こそ自分の本音かもしれない。好きを証明するために色々と理由をこねくり回すよりよっぽど恋愛の真理に近いだろう。
そしてそれに気付くのにかなり遠回りしたが、遠回りしたこと気付けたのだろう。さっきコイツが言った通り、万全と思っても後からこれが必要だった、しかもこれこそ重要だったと気づかされることもあるしな。
「身も蓋もない話ですし、私の思考の在り方の根幹をも揺るがすことですが、ただただ先生のこと考えていると……その、心が温かくなります」
小難しいことは考えず、想いの相手のことを想像する。
普通のことだがコイツの場合は事象と原因を何かと結び付けたがるので、そんな曖昧な考え方をすること自体が珍しかったのだろう。
その証拠にずっと澄まし顔だったコイツの表情も少し崩れており、ほんのりと笑みを見せていた。頬も僅かながら紅潮して恋の熱さってのを感じているに違いない。
「お前もそんな顔できるんだな。いや、これも自分の恋愛観を超えたからってことか」
「むぅ……そうやって何もかも見透かす性格は先生の悪いところだと思います。ただそんな先生に助けられてきたのも事実。自分で自分のことを気難しい性格だと思っていますが、よくこんな私にこの一年間付き合ってくださったと失礼ながら感心してしまいます。変に合理的な性格なので人と感性が合わないとか、考え方の違いで仲間と壁を作る性格でして、そんな中で私に興味を持ってくださった。嬉しかったのと同時に、やはりずっと隣に信頼できる人が居続けてくれるのは安心します。少し首を横に向ければ優しく微笑みかけてくれる方がいる。そう考えると心が温かくなって、あなたのことを想うたびに鼓動が高鳴るのです。これはもう理屈とかではないのだと、そう結論付けました」
一緒にいたらいつの間にか好きになっていた。よくある話だ。だけどそんな不確かな感情から一番遠くにいた奴が、この一年で他の奴らと同じ恋愛観に辿り着いた。自身の恋愛観を構築している時は興味本位なだけで、いつしか俺に気持ちを伝えること自体が目的となっているように見えた。だけど今は恋愛というものを真に理解し、それが誰かを参考にすることや定義で固められるものではないことを知った。そういった柔軟な思考力を養うことができたので、この一年は精神面での成長って意味でも実りがあったのかもしれない。
「まあ結論付けるに至った一番のきっかけは七海先輩の事件ですけどね。あの時の皆さんの絶望した反応を見て、理屈なしに心から先生のことが好きなんだと感じました。それがきっかけで自分にも滲み出る先生への想いがあることに気付けたのです」
「絶望からヒントを得るなんて……。アイツら後輩に情けない姿を見せたって落胆してたから、その言葉でちょっとは救われるんじゃねぇか」
また七海の事件きっかけか。他の奴らに対してもだけど、ここまで人の心を動かしたんだからもはや勲章モノの活躍だ。本人に伝えたら調子に乗るから絶対に言わないけど。
「でも告白はしないんだな。される側がこんなこと言うのもおかしいけどさ」
「はい。私はまだ二年もあります。その間にもっと先生のことを知って、その上で私の恋心も熟成させていこうと目論んでいます。せっかく自分の恋愛感情を見つけることができたのですから、ここで終わらせるのは尚早です。この恋愛観を将来に託し、よりアップグレードしていきます。そう言った意味では、一年生のうちから皆さんに刺激をいただいたのは運が良かったかもしれませんね。先輩方と違って後の二年をふんだんに使って恋愛観を昇華させられるわけですから」
相変わらず計算高い。かのんたちには決して聞かせられない言葉だな。だけど利用できるものは利用する。姉がスクールアイドルで夢を果たせるかを見極めるためにかのんとマルガレーテのグループに強引に加入した時のように、自分の目的のためにあらゆるものを巻き込み我が道を歩く。そういう性格、俺は結構好きだな。たまに出る煽り文句の威力は何とかした方がいいと思うけど……。
「じゃあ俺は期待して待ってればいいんだな。お前が自分の恋愛を真に完成させるまで」
「待っているだけとは怠惰ですね。先生も変わらないと、私の方が魅力的になって捨て置かれてしまうかもしれませんよ」
「へぇ、言うようになったな。だったrお前も楽しみにしておくんだな。先生のことしゅきしゅきって堕ちても知らねぇぞ」
「臨むところです。私の口からそんな気持ちの悪い言葉を吐かせることが出来たら、全裸で校庭をマラソンしてあげますよ」
「それは尊厳を捨て過ぎだって……」
俺との関係を改め直し、自分の本当の恋愛を完璧に仕立て上げることにした冬毬。
この一年の彼女の活躍は素晴らしかったが、更にここから成長するとなると期待しか生まれない。これからどんな輝きを振りまいていくのか、その笑顔からどんな魅力が溢れることになるのか。教師をやっていて感じる生徒の成長の嬉しさを、また改めて実感したのだった。
冬毬はLiellaの中で唯一のアニメ3期だけの登場でしたが、序盤である程度メインで登場させてくれたおかげで初見の私もキャラを掴みやすかったです。鬼塚姉妹の和解の回は今でも心に残っていますが、欲を言えば後半何かしらの活躍が見たかったところ。
この小説でもマルガレーテと並んで第三章の最初から10話くらい連続で登場させていました。その時は彼と彼女の関係の決着をどう区切ろうかと考えてはいなかったのですが、未来へ希望を移す形で帰着させてみました。流石に告白はスピード成就過ぎて早すぎると思ったので(笑)
次回の投稿はいつも通りの日時で、5/5(月)の0時の予定です。