ボクは今、蓮ノ湖に向かっている。実はれいに来てくれと呼び出された。
真面目そうな顔をして、如何にも大切な話があるって雰囲気。彼から個人的に呼びされるのは珍しく、多分だけどボクの高校生活で最後の二人きりになると思う。
だけど、ボクは特に緊張はしていない。ボクは感情の起伏があまり顔に出ないせいか、周りからは度胸があると思われがちだ。でも大きなライブの前とかは人並みには緊張するし、夢を見る楽譜事件みたいに人知を超えた絶望は動揺してしまう。それでも今回は心が保たれているってことは、ボクが既に決心をしているからだ。
決心。そう、れいにこの想いを伝えること。
卒業式を終え、あとボクに残された時間は蓮華祭のみ。それが終わったらもう蓮ノ空からは去らないといけない。そして恐らく、れいも自分の目的を果たしたみたいだから間もなく次のお仕事へ向かうはず。だから二人になれるタイミングは僅かしかなく、最後の一歩を踏み出そうとしていた矢先の出来事だった。れいに直接お話するかメッセージを送って誘うか迷っていたら、彼に先手を打たれた。
なんにせよ、ボクは既に覚悟を決めていると言ったのはそれが理由。元々こっちから誘う予定だったからだ。
ボクが予想するに、れいも同じ目的だと思っている。ボクはれいのことが好き、れいもボクたちのことが好き。彼はあまりストレートな言葉で好意を伝えることはないけれど、要所要所ではしっかりと自分の気持ちをボクたちに伝えてくれる。
だからボクも届けたい。
一年前はれいが去るところをただ見送るだけだった。だけど今回は自分の恋心を自覚してるし、伝える覚悟もある。だから準備は万端。あとは向き合うだけ。
間もなくして蓮ノ湖に到着した。
相変わらず広い。雲一つない空から注がれる太陽光、それに照らされた湖は白々と輝いている。まるでボクが抱く希望と高揚感に満ちた心を具現化しているようだ。
「お前が遅刻せずに来るなんて、成長したな」
「もっと他に褒めるところないの……。それにボクはもうすぐ大学生だから。大人になってまで遅刻はしていられないよ」
「逆に言えば高校生まではセーフと思ってねぇだろうな……。ともかく、さやかがいなくても一人暮らしできそうでなによりだよ」
「朝早く起きる練習もしたからね。れいと一緒に住み始めてからは、かなりの確率で一人で起きられているんだよ?」
「そこは100%にしとけよ……」
相変わらず痛いところを突く。でも我ながらこれでも一人で色々とできるようにはなった。早起きもそうだし、洗濯やお掃除も、ちょびっとならお料理も。
それは一人暮らしをするから練習したってのもあり、さやが懇切丁寧に教えてくれたのもあり、それ以上にれいに褒めてもらいたい、自分を良く魅せたいという気持ちがあったから。今は同じ家に住んでいるからその練習の成果を披露することもある。流石にみんなと比べたらまだまだだけど、れいに及第点を貰って褒められたときはとても嬉しかったよ。及第点ってだけでもボクとしては十分すぎる結果だからね。
「ただなんにせよ、お前がそこまで自分自身を磨くなんて変わったな。それが俺のためなんだから、素直に嬉しいよ」
「うん、そうだよ。自分のことは自分でやるようになったら、さやは安心しつつもどこか寂しそうだったけど」
「アイツのお世話欲も相変わらず拗らせてるな……」
「どのみち一人暮らしをするために練習しないといけなかったからね。でも、その練習の原動力になってくれたのは間違いなく恋心だと思う。高校の三年間でボクはみんなからたくさんの情熱を貰った。ただその中でも、恋心はみんなから得た熱さとはまた別格。なんかこう、身を焼き滅ぼされそうな感じ。胸を重く厳しく締めつけられて身動きが取れなくて、その間にも自分で調節できない炎が焼くように心に迫ってくる。逃げられない。ただ、不快感は全くないんだ。むしろ尊く思える。その時に気付いたんだ。自分ではコントロールしきれない相手への想いこそ、恋心なんだって」
最初はこの想いの正体が分からなかった。めぐが『それはアイツのことが好きってことだよ』と言われて、ボクは『好き? ボクはみんなのことが好きだよ』と答えたら、めぐは呆れた顔で『一度調べてみたら? 恋心ってやつ』と返されてしまった。
ただ結局、調べても正体は掴めずじまい。最初はたまにドキドキするくらいだったけど、段々と授業中、練習中、ミーティング中、寝る前、夢の中、いつでもれいを思い出してはドキドキするようになってしまった。そのせいでボクがボクでなくなりそうなことに悩んでたけど、こずが教えてくれたことがある。
そう、これこそが恋心なんだって。
こずが言っていた。確かに悩むことはあるけど、それが不愉快だとは一切思わないでしょう、と。
それはそうだ。れいのことを想う気持ちが押し寄せてきて、ボクの全身を焼却しようとする。でもそれに身を焦がされるなら本望だと思ってしまうくらい、ボクはその灼熱を受け入れている。彼と出会った当初は、全く見知らぬ情熱に灰にされそうなことに少し、いやかなり怯えていた。ただそのことを彼に相談して、吹っ切るきっかけになったのは一年前のお話。
「お前は自分や人の心の動きに敏感だからな。良くも悪くも重く受け止めてしまう性格だ。だからお前が一番自身の心の変化に悩んでいると思ったけど、上手く乗り越えられたみたいで安心したよ」
「うん。でも自分のことをここまで見つめ直したのは初めてだった。みんなの開いた口が塞がらなくなるほど家事を練習し始めたのも、自分の心を変えるきっかけになったかな」
「ステージの上以外でズボラなお前が、家事まで完璧になったら最強になっちまうからな。みんな驚くよそりゃ」
「でもれいはパーフェクトな女の子の方が好きでしょ? だってれいもパーフェクトだから」
「んなことねぇよ。それに俺には完璧って言葉なんて似合わない。だってそれ以上は成長しないってことだから。俺は限界を突き抜けるよ、いつまでも」
れいはいつも前向き。感情がブレブレになるボクとは大違いで、最初に出会った頃はその姿勢に追いつくのも大変だった記憶がある。ボクは人に置いていかれることを極端に恐れている。だからこそ彼に追いつけないことに焦燥しきっていた頃もあったな。
「ボクもキミに追いつけるようになったよ。隣に立って歩くこともできる。自分の葛藤に折り合いをつけて、自分の心と向き合って、ようやくキミと同じ目線で並ぶことができた。気分がいいよね。好きな人の隣にいられるって」
「そうだな。それにしても随分と積極的になったなお前も。お前は元々そうだけど、ポジティブもネガティブも容赦なくストレートに伝えるその性格は好きだ。特に今のお前は自分が気付いた恋心を全力でこちらに共有しようとしている。それが伝わってくるからこそ、俺も応えなきゃいけないって思えるんだ。いつもふわふわしているお前も可愛いけどさ、恋に必死な一面のお前も別の可愛さがあるよ。そういうお前ってあまり見られなくて新鮮、だからかな」
「可愛いって、れいだっていつもストレート……」
「俺はいつも本気だよ。でもそうやって耳まで赤くなるなんて、恋を覚えて本当に可愛くなったよお前」
「ちょっ、もうやめてほしい……」
美人とか色々と容姿を褒められることはたくさんあって、もちろん嬉しいんだけど、れいから伝えられる言葉が一番心に響く。同じ言葉なのにどうしてここまで違うのか。それはボクが好きな男の子だから。これまで恋を知らなかった僕に恋を教えてくれた初めての存在。そしてボクの頭の中から全身に至るまで、情熱によって燃やし尽くすほどの影響を与えた彼だからこそだろう。
耳も熱いし頬も熱い、頭も沸騰しそうだ。この心のドキドキも未だかつてない。
でもそれが心地良かったりする。これからもれいにはときめかされてばかりなんだろうなって思うよ。
「む、ボクだって負けていられない。ボクだってれいのカッコいいところ、たくさん知ってるから」
「別にお互いの好きなところくらい普通に言い合えばよくね? なんで張り合おうとしてんだよ……」
「ボクがれいにときめいたことは何度も会ったよ。悪夢を見せる幽霊が出た時、れいは恐怖に慄くボクたちを勇気づけてくれて、ずっと目の前に立ってくれた。夢を見る楽譜の時、キミは誰一人として絶望させないようにずっと希望の光を照らし続けてくれた。そしてこの前のスクールアイドルの裏クラブの時、悲しみの底に沈むかつての仲間を救おうと躍起になっていたボクたちに、スクールアイドルの初心を思い出させてくれた。思い返せば、ボクたちだけではどうしようもないピンチの時にはいつもキミがいてくれた。キミが励まして未来を照らしてくれたからこそ今のボクたちがいる。そんな眩しいキミに、ボクは惚れちゃったんだ」
ボクは輝いて見える人が好きなんだ。スクールアイドルクラブの他のみんなもそうなんだけど、れいはその場にいるだけで輝きを放っている。ボクが彼のことを好きだから盲目的にそう見えているだけかもしれないけど、どんな時でも感情がブレずにひたすらハッピーエンドのために奔走する、そんな彼のことがとても魅力的に見えたんだ。
「それにキミはボクの話をよく聞いてくれる。面倒臭がらず、作業をしながらも耳を傾けてくれるし、しっかりと返事もしてくれる」
「それは別に普通だろ。話し相手としてなら花帆たちだって同じじゃねぇの?」
「そうだね。でもキミはかほたちだけじゃなく、生徒や先生のみんなからも愛されている。だから色んな人から話しかけられることも、ボクと比べたら断然に多いはず。なのにキミは誰一人として無下にしない。キミに話をすれば聞き入れてくれるし、相談をすれば解決してくれる。その安心感、ボクは好き。ほら、ボクの言葉って相手に伝わりづらいことがあるから……」
「自覚はしてるんだな……」
「だかられいとお話するのが好きなんだ。ただボクがキミのことを好きだからそう思えるのかもしれないけど、勇気をくれるキミと話しているとこっちも自然と前向きになれるから」
「人との繋がりを重視する。いかにもお前らしいな」
お話をしていて楽しいのは仲間や友達みんなそう。だけどれいは常にポジティブで、こんな小さい身体なのにこっちを包み込むように優しく話してくれるところが好き。たまにイジワルだったりぶっきらぼうだったりするんだけど、それはそれで楽しい。多分ボクがれいのことが好きだから、どんな会話であろうとも一緒にいるだけで楽しくなっちゃうんだと思う。
「ボクもれいの好きなところを告白したよ。ドキドキした?」
「俺はお前らにいつだって胸を打たれてるよ」
「その割に全然顔が赤くなってない。もっとくしゃくしゃになることを期待してたのに……」
「俺をどんなキャラにさせようとしてんだよ……。これでも経験は豊富なんだ。女の子から褒められるのなんて慣れてるんだよ。だからこの程度で表情は揺るがない。そうは言っても、もちろんお前からの告白には胸が高鳴ってるけどな」
「そうなんだ。いつも通りにしか見えないけど……」
れいって表情が豊かだけど、泣いたり恥ずかしがったりは全然しないんだよね。他の女の子たちとの交際で鍛え上げられた精神力があるのかもしれない。
ただ、ボクとしてはれいがドキドキしてる姿を見たい。いつもボクたちの手を引いてくれるカッコいい彼も好きだし、美味しい物を食べてる時や寝ている時の表情も可愛くて好き。だけど赤面してる表情も見たい。めぐがやたらとそれに拘ってたから、ボクもずっと気になってたんだ。
「相手への想いは全てぶちまけたか? お前らが蓮ノ空を去る前に、なにより俺が消える前に、お前らとはタイマンで話したかったんだ」
「それはボクも、そしてこずとめぐも同じだと思う。だから誘ってもらった時、キミとボクとで全く同じ気持ちなんだなって分かって胸が熱くなったよ。お互いに好きだって想う気持ちが交じり合うのは、こんなにも心がぽかぽかするんだね」
「あぁ。誘った時もそうだけど、今だってきっと同じ想いを共有しているはずだ」
れいと好きって気持ちを直接言葉にして共にできたこと、それがとても幸せ。今まではお互いにお互いを好きだろうと確証に近い推測だったけど、今やっとそれが100%の確信に変わった。
心臓の音が聞こえそうなくらいに心が弾んで嬉しいけど、それ以上に目の前の彼が今まで以上に愛おしく見えてくる。蓮ノ湖が太陽の光に照らされて光ってるけど、彼の方がよっぽど輝いている。むしろ湖が彼の輝きをより際立たせていた。
そんなれいの姿に我慢ができなくなったこと、そしてドキドキさせたいと思ってしまったこと。
その両方の気持ちが重なって、ボクは歩み始めていた。
れいはちょっとだけ目を丸くするけど、もうここまで来て止まれない。
ボクはれいの前に立ち、目線を彼と合わせるために平たい岩に腰を下ろす。
昂った感情がここで最高潮に達していた。
ボクはれい腰に腕を回すと、その勢いで――――自分の唇を彼の唇へ押し当てた。
「んっ!?」
「ん……」
ようやく見られた。れいが驚くところ。頬もちょっと紅くなっている。
でも、それ以上にボクの方が赤くなっていると思う。こんなにも幸福の感情が流れ込んで来るなんて人生で初めて。こうして唇同士で繋がっていることで、れいから直接その熱が伝わって来る。
言葉なんていらない。ボクの想いが、まだ吐き出しきれていない彼への熱い感情を唇で押しつける。心臓の音が相手に聞こえるくらいに密着して、ゆったりとした口付けを交わす。これまたこれまでに感じたことのない情熱だけど、これまで以上の熱量にもう彼の瞳に、唇に、想いに、存在に没頭してしまっていた。キスは初めてだからぎこちないかもしれない。必死になっているのが自分でも分かる。でもれいはしっかりと受け止めてくれた。
そして、ゆっくりと唇を離す。
再び目を合わせると、彼は結構余裕そうだった。余計に自分の拙さが浮き彫りになっちゃうけど、
「どう? ビックリした? ドキドキした?」
「当たり前だろ。そんな素振り全くなかったのに……」
「ふふっ、これでボクもれいをドキドキさせられるって証明できたね。れいから貰ってばかりだと不公平だから、ボクからもプレゼントだよ」
「そんな子供っぽいやり返しはいらねぇって……と思ったけど、こうやってストレートなのがお前のいいところだったな。俺が惚れた綴理らしいよホント。でもまさかここまでとは思ってなくて、いきなりキスされた時は流石に心臓が飛び出そうだったけど」
「れいの慌ててる姿も可愛かったよ」
「男に可愛さを求めんじゃねぇよ……」
「カッコいいと可愛いが両立できるのが、ボクが好きになったれいだからね」
もしかしたら初めてれいにしてやったりができたかもしれない。相手の気持ちを察するのも上手で、いついかなる時も気が利く彼だからこそ、さっきのような不意を突かれた反応は珍しい。他のみんなが見たことがあるかは知らないけど、ボクだけがこの世の中のどんな絶景よりもいいものが見れたと思うとお得感があるね。
その後、ボクたちは蓮ノ湖を眺めながら他愛のない話をした。実は蓮華祭の準備の休憩時間中だから、あまりゆっくりはしていられない。できればここで二人でピクニックとかできたら良かったんだけど、それは時間を気にしなくてもいい未来まで待とうかな。
「よし、もう戻るか。今から戻ってもギリギリどころか遅刻しそうだけど」
「こずとめぐと合流するだけだから、許してくれるよ多分。二人で何をしていたのか訊かれそうだけど」
「訊かれても適当に誤魔化してくれ。あの二人もお前みたいに誘うつもりだから、今は余計な感情を植え付けたくないんだ。アイツらには俺だけに集中してほしいからな」
「うん、分かった。頑張って」
「一応訊いておくけど、いいのか? 俺が他の奴と愛し合っても」
「いいよ。だってボクのことを絶対に見捨てないでしょ? それにボクはこずもめぐも、みんなも大好きだから。みんながれいと一緒になれるのなら、それは最高のハッピーエンドだと思う。みんなを幸せにできるのがれいのいいところで、ボクが好きなキミなんだよ」
「そっか。じゃあ一足先に幸せを噛み締めておけ。後でみんなを連れてきてやるよ」
お互いの気持ちを自覚して、遂に伝え合うことができた。
ボクの心は今でもずっと高鳴っていて、多分まだ顔も紅いと思う。できればこの高揚感をずっと残したい。最後の思い出となる蓮華祭のステージを最高に彩るためにも。
これからも心はずっと隣にいる彼。今日の情熱はきっと忘れることはない。この想いを胸に、ボクは未来へと羽ばたくよ。
綴理のラスト個人回でした!
あの表情変化が薄い綴理が赤面する姿も可愛いですが、不意を突かれてドギマギする零も何気に珍しかったり。蓮ノ空の子たちはみんな積極的なので、彼もタジタジになる展開も結構あるかも……?
大三角はこの104期編でメインキャラになるのはラストになると思うので、後の二人にも最後に盛大なお花を咲かせてあげたいです!
次回は慈の個人回となります。
【キャラ設定集】
零から蓮ノ空キャラへの呼称
・日野下花帆 → 花帆
・村野さやか → さやか
・乙宗梢 → 梢
・夕霧綴理 → 綴理
・大沢瑠璃乃 → 瑠璃乃
・藤島慈 → 慈
・百生吟子 → 吟子
・徒町小鈴 → 小鈴
・安養寺姫芽 → 姫芽
蓮ノ空キャラから零への呼称(零への好感度 0~100 ※限界突破アリ)
・日野下花帆 → 零クン (120)
・村野さやか → 零さん (120)
・乙宗梢 → 零君 (120)
・夕霧綴理 → れい (120)
・大沢瑠璃乃 → 零くん (120)
・藤島慈 → 零 (120)
・百生吟子 → 零先輩 (100)
・徒町小鈴 → 零師匠 (100)
・安養寺姫芽 → れいくんせんぱい(100)
スクールアイドル病の治療状況
・日野下花帆 → 治療済
・村野さやか → 治療済
・乙宗梢 → 治療済
・夕霧綴理 → 治療済
・大沢瑠璃乃 → 治療済
・藤島慈 → 治療済
・百生吟子 → 治療済
・徒町小鈴 → 治療済
・安養寺姫芽 → 治療済