蓮華祭目前。ここまで準備がスムーズに進んだ結果、直前にして少し空き時間ができました。スクールアイドルの練習も当日に向けて根を詰めすぎないよう、体力維持の目的もあり最近はほどほどになっています。
ただ暇ができたとは言いつつもゆっくりできないのが実状。三年生は蓮華祭が終わり次第、この学校から去らなければなりません。それまでに自室や部室、大倉庫の片付けや掃除をすることは必須。これまでは蓮華祭の準備やスクールアイドルの練習に忙殺されてあまり時間が確保できなかったので、暇ができたこのタイミングで一気に終わらせたいところです。
そんな中で発掘された思い出の写真たち。一年生の尖っていた頃から、三年生のまさに昨日準備の風景を撮られた写真まで、まさに
「こうして見ると、彼の写真って本当に少ないわね……」
彼とはもちろん零君のこと。彼は写真を撮られるのがそこまで好きではないらしく、まず自分から入ってくることはありません。だから誰かが一緒に撮ると言い出さなければ写ることはなく、それも許可してくれるとは限らない。そのため何気ない写真でも家宝にできるくらい、彼の写真が残っているだけでも珍しいのです。
彼と一緒にいた期間は、初回と二回目の転入期間を合計しても2ヶ月に満たないほどです。それでも彼との思い出のインパクトは
この今にも破裂しそうな恋心に秘めた想いを何かしらの媒体に残せるのであれば、自分にとって最高の卒業プレゼントになると思います。
蓮ノ空にいられる時間ももう僅か。思い立ったら即行動しなければ一生分の後悔が身に沁みることでしょう。
とは言いつつも、彼と二人きりになる約束は既にしています。
本日、もう間もなく彼の部屋に訪問する予定です。時間に余裕があるなら部屋に来てくれと、実は彼から直々にお誘いがありました。本日の日中に突然誘われたのですが、もうその時から今の今まで心臓の鼓動音がずっと聞こえそうなくらい期待と緊張が交互に走っています。自分が誘おうと思っていた矢先に彼からのアプローチ。恐らくお互いの目的は同じなのでしょう。この時点で両想いだと考えると、既に顔が熱くなって誰にも見せられない緩々の表情になってしまいそうです。
もうすぐ密会の時間です。
写真を撮らせてもらえる可能性からスマートフォンさんを握りしめ、彼の部屋へと向かいます。
彼と私の部屋は同じ階ですぐそこなのに、廊下が妙に長く感じます。これから自分たちの関係が一段階上に進む。これまではただただ自分の中だけで片想いを続けてきたけれど、もうすぐその想いが成就するとなると自然と胸が高鳴ります。
「零君、梢よ」
『入ってくれ』
彼に促されて部屋に上がります。
あまり彼の部屋に来たことはなかったのだけれど、相変わらずあまり飾りっ気のない部屋。本人曰く、いついなくなるか分からないから物を増やさないようにしているみたいです。ただ
彼は私をベッドへと誘導しました。まさかいきなり
そして、彼も私の隣に腰を下ろしました。
「荷造りは順調か?」
「えぇ。僥倖なことに暇な時間ができたから、焦らずにゆっくりと作業できるわ。そうは言っても、昔の写真とかが出てくると懐かしんでしまって中々手が進まないのだけれど……」
「お前も意外と過去に耽ることがあるんだな」
「昔の余裕のない自分であればそうはならなかったでしょうね。この三年間、自身の成長と共に懐かしさを感じさせる思い出がたくさんできたもの。もちろん、あなたとの出会いもね」
「綴理や慈も言ってたけど、お前らの記憶って俺に支配されすぎじゃねぇか……?」
「あなたは自身がどれだけ人に影響を与えるのか自覚していないのね。家ではこれでもかとご主人様気質を発揮しているのに……」
「悪かったな。鈍感主人公で」
「主人公という自覚はあるのね……」
ただ、その通りだと思います。
結局は彼のスクールアイドルの指導や練習メニューの構築、雑務の管理など、ありとあらゆる分野で優秀な手腕を見せつけられ、否が応でも彼のことを認めざるを得ませんでした。
そして共に時間を過ごすうちにいつの間にか彼のことをよく頼るようになり、心の壁も少しずつ取り払われました。同時に彼と話すことも増え、小柄ながらもその威風堂々とした雰囲気にリーダーとしての素質が垣間見えました。もしかしたらその時から彼の気高さを感じ取っていたのかもしれません。
「思い出に浸るのは当然よ。だって高校生活ももう最期。こうして高校生としてあなたと二人きりでいられるのも、これで最期なのだから。せっかくの青春時代だもの、胸がときめくような甘い恋をあなたと経験しておきたいわ」
「そうか。じゃあここまで引っ張って悪かったな。もっと早く誘っていれば、その甘い蜜を吸える時間も長かっただろうからさ」
「蓮華祭の準備やスクールアイドルの練習で忙しかったもの、あなたのせいではないわ。それにあなたも何か特別な目的があって、それを果たすために蓮ノ空へ来たのでしょう? もしそうであれば、あなたも恋愛だけに集中する余裕はなかったはず。違うかしら?」
「正解。にしても他の奴らもそうだけど、未だにこんな怪しい俺のことをよく好きになったよな」
「あなたがどんな秘密を抱えていようが、正体が誰だろうが関係ないもの。大切なのは、
彼が隠し事をしているなんて重々承知。でも
彼が部に加入してから、彼の実力を信じて何度も練習メニューの構築、ライブの演出、その他の雑務までたくさんのことを相談してきました。その際に発揮する彼の意志の強さと思いきりの良さに、
皆を率いる部長として、彼は目標になりました。以前に彼が蓮ノ空を去る時には、彼のようなリーダーになれるのか悩んだこともありましたが、彼の激励によって奮起して見事最後の一年間を走り抜けることができたのです。彼をなくして自身もなし。部長としてスクールアイドルとして、そして一人の恋する乙女として、最後の最後にこのようなハッピーエンドを迎えられるなんて心が弾みます。
「あなたと一度別れてから、
「ちょっとどころじゃなくてかなり染まってる気もするけど、それだけ俺のことを好きでいてくれたってことだもんな。ありがとう、嬉しいよ」
「幾多の事件を経てあれだけ勇ましい姿を見せつけられたのだから、あなたに意識が傾いてしまうのも無理はないわ。心の持ちようまで変化させられるほどの衝撃だったのよ、あなたとの出会いは。このことを慈が何と言っていたかしら……確か『脳が焼かれる』とかなんとか」
これまで自分が信じていた行動指針が変わってしまうことも多く、彼によって価値観が更に上がったものもありました。特に誰かの笑顔を見るためにハッピーエンドを目指すその心意気は、その魂を受け継ぐかの如く
それくらい彼の印象、影響、存在は
「お前のことはもっと何でもできる奴だと思ってたよ、最初はな。出会った頃はその生真面目さが目立ってたから、部長を務めるのもみんなをまとめ上げるのもお前の性格にピッタリだと思ってた。でも、一緒にいる間に分かったんだ。意外とお前にそんな素質がないんだって。馬鹿にしてるわけじゃない。ただ、想像以上に普通の女の子だったんだ。お前は心のどこかでいつもみんなを率いることの責務に悩んでいた。恋愛欲に負けて異性に恋をした。俺が嬉しかったのは、その気持ちを全部ぶつけてくれたことだよ。高嶺の花とは思わなかったけど、少々お高く纏まっていたのは事実だろ? だからお前の心の内を知った時、俺も真っ向からお前と向き合おうって決めたんだよ。どちらかと言えば泥臭い努力をする奴だった。だからお前は変なプライドもなく俺に付き従ってくれた。そうやって心の距離が縮まった時、お前の美しさを知ったんだ。俺に並ぼうと頑張って手を握ろうとするその健気さ、相手の魂を引き継ごうとする貪欲さ。乙宗家としては美しくないと思われるかもだけど個人として見た時、そんな純情でひたむきに隣にいてくれるお前を好きになってたんだよ」
零君が
まさか必死に足掻く姿に惹かれただなんて……。確かに
ただ、彼はそんな
「ありがとう。そんな風に認めてもらえたのは初めてで、この生き方でもいいんだと安心させられたわ。
「それが目的でもある。俺のことを自分にもっと刻み付けたいんだろ。だったらそれに応えるまでだ」
「そう……。あなたはとことん
今のようにこちらの期待に応えてくれる王道的な対応から、さっきのように意外な一面に好意を抱いてくれるサプライズまで、何から何まで恋情を刺激してくれます。
もはや逸る気持ちが抑えきれなくなった
身体の火照りもあり、もう自分の準備は万端。彼も少々恍惚にこちらを見つめてくるので、恐らく問題ないでしょう。
「唇を交わしてもいいかしら……?」
「あぁ」
あっさりとした返事。まるでこの展開が分かっていたかのようです。
ファーストキスで何をすればいいのか分からなくなるものの、初めて体感する温度が胸を焼きつけます。彼からの愛にぎこちなく必死に応えようとしますが、角度を自然に直されて経験の差を思い知らされます。呼吸の速度まで奪われつつも、それでも置いて行かれぬよう夢中で彼を受け止め、そしてこちらからも鮮明なる想いを流し込みました。こうして乱されそうになっていることすら惚れ惚れしてしまい、直接気持ちを伝えた今だからこそ彼のモノになってもいいと決心してしまうくらいです。
没頭している中、
相変わらず機械さんとはまだまだお友達なる途中で、慣れぬ操作。でも動画は何度か撮ったことがあるから、目を逸らしていても何とか起動はできます。
盗撮になってしまうかもしれない。でもこの一瞬を、彼との時間を記録したいというドロドロの欲に塗れた意志が止められません。彼の部屋に来る前に抱いていた想いが、ここで爆発してしまいます。
そして、
それから僅かに時間が経過。
キスをする中で少し息が止まり、次の呼吸を忘れそうになるくらいでした。ただ彼が唇を話した瞬間に半開きの口から空気が流れ込み、思わず呼吸が荒くなってしまいます。
この心地の良い余韻、これが大切な人と行う口付け。今頃
「やってくれたなお前。ちなみに、削除する気は?」
「えっ、あっ……気付いていたのね」
「当たり前だ。そこまでして俺との思い出を記録したいのか」
「ゴメンなさい……」
「いや、いいよ。誰にも見せないってのならな。それにこんな外道に走る行動をお前が取るなんて珍しいし、これもいい経験と思い出になるんじゃねぇの。だったら残しておけよ。その映像が今後お前に活力を与えてくれるのなら、この場は見逃すよ」
「零君……!! ゴメンなさい! でも、ありがとう!」
「相変わらずお前は泥臭いな。ま、それこそ俺が好きになった乙宗梢なんだけどさ」
我ながら随分な強行に出てしまったけれど、その貪欲さすらも認めてくれるのが零君。もちろんその好意に甘えてはいけないけれど、今日だけは、今回だけは結ばれた祝福に免じて赦してもらいたいです。愛が思い女だと、彼にだけなら思われても構いません。それこそ彼が認める自分なのですから。
それに、どんな手だろうと彼と一つなれたので結果オーライかと思います。むしろ足掻いて藻掻いて必死に結果を掴み取る方が本来の
「ここまで好き勝手やって満足したんだ、何の悔いもなく蓮華祭を迎えられるよな?」
「なんだか少し威圧的ね……。そうね、あなたとの思い出は十分に残せたわ。ありがとう」
「そうか。じゃあ今度は俺の期待に応えてみろ。ステージの上でな」
「えぇ。綴理や慈、後輩たちと最後に特大の花火を打ち上げてみせるわ」
あまり褒められるべきではない手を使いつつも、ようやく彼と想いを交わすことができました。ただ彼の期待に応えるのは正攻法で、高校生活で最も輝く自分を魅せるつもりです。高校生活でステージに上がるのは次が最後、ステージから彼に想いを伝えるのも一旦これで最後。身が引き締まります。
鮮やかな大輪の花を咲かせ、今度はこっちがあなたの笑顔を引き出させてみせる。それこそが
梢のファイナル個人回でした!
綴理や慈の回が純情すぎたので、梢の回はちょっと趣向をズラしてみました。でも彼女ってノブレスオブリージュのような気品のある言動よりも、歳相応にワガママで子供っぽいところも人気の一つだと思います!
これにて個人回は9人中8人が終了し、あと1人だけとなりました。最終回も近いので、ゴールデンウイーク中の特別投稿も含め一気に駆け抜けようと思います!
(実は通算700話を突破したのですが、特別編は104期編が終わり次第で!)
次回の投稿はいつも通りの曜日と時間に行います。
【キャラ設定集】
零から蓮ノ空キャラへの呼称
・日野下花帆 → 花帆
・村野さやか → さやか
・乙宗梢 → 梢
・夕霧綴理 → 綴理
・大沢瑠璃乃 → 瑠璃乃
・藤島慈 → 慈
・百生吟子 → 吟子
・徒町小鈴 → 小鈴
・安養寺姫芽 → 姫芽
蓮ノ空キャラから零への呼称(零への好感度 0~100 ※限界突破アリ)
・日野下花帆 → 零クン (120)
・村野さやか → 零さん (120)
・乙宗梢 → 零君 (120)
・夕霧綴理 → れい (120)
・大沢瑠璃乃 → 零くん (120)
・藤島慈 → 零 (120)
・百生吟子 → 零先輩 (100)
・徒町小鈴 → 零師匠 (100)
・安養寺姫芽 → れいくんせんぱい(100)
スクールアイドル病の治療状況
・日野下花帆 → 治療済
・村野さやか → 治療済
・乙宗梢 → 治療済
・夕霧綴理 → 治療済
・大沢瑠璃乃 → 治療済
・藤島慈 → 治療済
・百生吟子 → 治療済
・徒町小鈴 → 治療済
・安養寺姫芽 → 治療済