時系列的には103期の活動記録のラストで、みんなが沙知を送り出した直後のお話となります。
小説的には、零が言っていた『最後の日に沙知とだけ会った』という発言をエピソード化した形となります。
蓮ノ空の生徒として最後の日。
荷物を取りに自分の寮の部屋へと戻る途中、三年間の思い出が走馬灯のように蘇る。
101期で新入生だったあたしは、三年生の先輩方と各ユニットをローテーションしていた。各ユニットで曲調もダンスのスタイルも全然違うから、そりゃもう苦労したのなんのって。それでもスクールアイドルの活動は楽しくて、先輩方が卒業しても受け継がれたものを絶やさず、守り、次代に繋いでいきたいと思っていた。
102期では梢、綴理、慈と運命的な出会いをした。蓋を開けてみれば相当な問題児だったわけだが、あの子たちの中の光る素質を信じて頑張って先輩を演じてたっけ。結果的にはその素質を引き出すことに成功し、『ラブライブ!』の優勝が現実味を帯びてきたんだ。だけど、生徒たちの自由を守るためを理由に生徒会長になった。その意図を上手く伝えられていなかったせいであの子たちとの関係に溝ができ、結局関係が解消されるのは来年度になってしまった。今思い返しても後悔しか出てこないな、あの時の思い出は。
103期では更に後輩の花帆、さやか、瑠璃乃がスクールアイドルになった。花帆たちの登場は梢たちにとっても大きな成長に繋がったと思う。おかげで一年という長い月日を経てあの子たちとの関係も修復されたわけだしね。感謝しているよ、本当に。
三年間を振り返ってみれば、もちろん後悔や挫折はあったけれど、それでも総合すれば悔いのない卒業を迎えられたと思う。あの子たちが次年度以降も更に花咲けるように八重咲ステージも作って、『受け継がれたものを絶やさず、守り、次代に繋ぐ』というミッションは無事に完遂できただろう。これからはあの子たちがその役目を担う番。それに4月になれば新入部員も加入するはず。新たな仲間と共にあの子たちが更に花咲く姿を、陰ながら見守ることにしよう。
寮に到着し、廊下を歩いて自分の部屋へと向かう。もう自分の部屋に戻るのはこれで最後。あとは荷物を持って
やり残したことは何もないはず。だからなのか、寂しさよりも達成感の方が大きい。
ただ、唯一気になることがある。
あの少年は今どこで何をしているのだろうか?
梢たちや花帆たちとの出会いが運命的なら、彼との出会いは衝撃的だった。何の前触れもなく突然やって来ては、学校で巻き起こる事件や生徒たちのお悩みをどんどん解決していく、まさにヒーローのような存在。横暴な言動は目立つものの、その実力と有能さからあたしも一瞬で一目置いてしまうほどだ。
ただ出会いが突然なら別れも不意で、一ヶ月もしないうちにいなくなってしまった。
あたしたちの青春を風のように吹き抜けていった彼だが、周りにもたらした影響は計り知れない。
彼はまたどこかで誰かを救っているのだろう。できればまた会いたいなと、彼と別れてから卒業までの僅かな期間で何回も願ってたよ。
そんなことを想起しながらも、遂に自分の部屋の前に辿り着く。
もう自分の部屋に入るのもこれが最後かと思うと、ちょっとだけ感傷に耽っちゃいそうかな。
鍵を取り出してドアを開けようとする。
ただ、そこで異変に気付いた。
おかしい。鍵が開いている。
まさか最後の日に泥棒? いや、こんな山奥の監獄みたいな学校に不審者がいるなんて考えづらい。でも最後の日という学校関係者が学校に集まるタイミングを見計らっていたとしたら……? それに不審者って妙な行動力あるしねぇ……。一応警戒はしておいた方がいいか。
まさかエピローグでこんな気を張ることが起きるなんて。あの少年ならグチグチと文句を垂れてるよ絶対。
誰かを呼んだ方がいいかもしれないけど、あたしの勘違いの可能性もある。
少しだけ、ドアをほんの隙間ができるくらい開けて覗いてみよう。そして誰かがいてもいなくても一旦ここから退散する。その作戦でいこう。
音を立てないように、ちょっとだけドアを開ける。
そして僅かにできた隙間から部屋の中を覗き込む。
すると、まさかの人影が見えた。
ただし、その影が瞳に映った瞬間にあたしは目を丸くする。
そして、勢いよくドアを開け放った。
「しょ、少年!?」
「やっと帰ってきたか。久しぶり」
神崎零。
さっきあたしが会いたいと願っていた、まさにその子だった。
~※~
「色々と訊きたいことがありすぎるんだけど、まずどうしてあたしの部屋に?」
「俺にはこの鍵がある。こいつは鍵穴に入れた瞬間に形状が変化する。つまりどんな鍵付き扉でも開けられるんだ」
「それって、食堂の厨房から夜食の食材を盗み出した時に使ったものか……。とんでもない犯罪ができる代物だねぃ。そもそも女の子の部屋に無断で侵入するのも犯罪っぽいけど」
「もう立ち去るだけのこんな抜け殻の部屋、女も男もあるかよ」
会いたいと思っていた子にこんな形で再会できるなんて、予想だにしていなかったよ。花帆たちによると連絡先にも繋がらなくなっていたらしいから、当然あたしからコンタクトを取ることもできない。だから彼から会いに来てくれるのを待つだけだったんだ。でもまさか蓮ノ空最後の日にこんなサプライズが待ち受けていただなんて、ただでさえみんなに快く見送られて嬉しかったのに、彼とも再会できるなんて感無量だね。
「でもどうしてここに?」
「宣言してたろ。お前が卒業する時に会いに行くって。有言実行しただけだよ」
「そっか……。嬉しいよ、こうしてまた一目でも会えるなんてね」
確かに来るとは言っていた。ただ冗談混じりだと思っていたから本当に来るとは思っていなかった。どんな仕事をしているのか詳細は知らないけど、恐らくあたしなんかよりもよっぽど立派なことをしているのだろう。だからこそ、山奥に佇むアクセスの悪いこの学校に再び足を運ぶとは想像していなかったんだ。
「にしても元気そうで安心したよ。アイツらとの別れを惜しんでもっと泣きじゃくってるものとばかり」
「残念でした! 今のあたしは気分爽快! なんの憂いもなく卒業しちゃったよ! あ、でも梢たちは泣いてたけどね」
「そうか。お前がそれだけアイツらに影響を与えたってことだろ。むしろ涙を見せてくれたおかげで誇れるんじゃないか? 自分の偉業ってやつをさ」
「そんな大層なものじゃないさ、あたしがやったことなんて。ただ先輩から受け継いだことを後輩たちにバトンタッチしただけだ。まあその走って来た道が山あり谷ありで、ずっと平坦なら楽だったのにって何回も思ったけどね」
「そりゃ山や谷の方が距離は長くなるけど、それだけ思い出が積み重なるってことさ。いい思い出も悪い思い出も、結果的にアイツらの笑顔を守ることに繋がった。十分に誇っていいことだよ。よくやったよ、お前は」
「っ!? 少年……。そんな風に褒められるとは思わなかったよ」
「お前は生徒会長で学校のトップだ。だから偉業は感謝されど純粋に褒められることは少ない。お前としては当たり前のことをしたつもりでも、それは褒めない理由にはならないし、人なんだから誰だって褒められたら嬉しい。そうだろ?」
そういえば、これまでのことを教師や生徒たちから感謝されはしたけど、こうして素直に褒めてもらえることは少なかった。いや初めてかもしれない。
あたしの存在や性格、中身を知っている人はこの学校に大勢いる。でもこうして上から目線で話しかけてくるのは彼しかいない。『褒めてやっている』という傲慢な態度だけど、むしろあたしを特別視していないその素直な賞賛こそが一番ほしかったものなのかもしれないね。
やっぱり彼と一緒にいると心が軽くなる。親友や梢たちと一緒にいるときとはまた違う、スクールアイドルの先輩でも生徒会長でもない、素の自分でコミュニケーションができるからかもしれない。
「そういえば、あの子たちに会わなくてもいいのかい? あの子たち、ずっとキミに会いたがってるよ」
「別れてからそこまで経ってねぇだろうが……。今日はお前だけに会いに来た。そもそも俺が顔を見せたら全校生徒の注目が集まっちまうだろ? 今日の主役は卒業生のお前らなんだ。せっかくの門出を邪魔したりはしねぇよ」
「別にそんなこと誰も気にしないと思うけどね。でもそれがキミの気遣いなら強要はしない。あの子たちにも黙っておくよ」
「そうしてもらえると助かる。それにお前がもうここを去るのと同じように、俺がここにいられる時間も長くないからな」
「忙しい中であたしのために時間を作ってくれたのか。わざわざ褒めるためだけに……」
「そのためだけであっても、お前が笑顔で卒業できるのなら惜しい時間じゃないさ」
彼の人の笑顔を貪欲に追い求める性格を、あたしは尊敬している。だってあたしが三年間もかかったところを、彼は一ヶ月足らずで成し遂げてしまったのだから。全校生徒を幸福を掌握したと言ってもいいその手腕は卓越しているが、決して巧みではない。ただ単に雄弁に自分の気持ちを伝えているだけ。高慢なところはあるけど、それを赦してしまうくらい人を惹きつける強勇がある。彼が蓮ノ空に来た当初、その傍若無人っぷりが問題になっていた時にあたしが彼を野放しにしていたのは、きっと彼が学校を統治してくれると信じていたからだ。そして結果は、誰もが知る通り。
彼のことをずっと考えていた点については、もう梢たちと変わらない。
幾度とない学校のピンチを救い、幾多の笑顔を守ってきた彼。そんな豪胆な意志を持つ彼にあたしは心を奪われているのだろう。恋かどうかは分からないけど、彼のことを特別視しているのは確かだ。この先どんな男性に出会ったとしても靡かない。それどころか彼と比較して相手に落胆してしまうかも……。男のハードルを上げすぎだよ、この子は。価値観をぶっ壊されちゃった。誰が責任を取ってくれるのかなぁ~ホント。
「そういやお前、大学に行くんだよな? そこで何をするんだ?」
「建築関係の勉強をする予定だよ。ゆくゆくは八重咲ステージ以上の、もっとたくさんのスクールアイドルが輝ける場所を作りたいんだ。笑顔のための土台を作る。それこそがあたしにとってのスクールアイドルだ。スクールアイドルはステージに上がるだけが全てじゃないって、生徒会長をして分かったからね」
「随分と大層な夢だな。でもお前なら余裕か」
「おっと! それこそ随分なプレッシャーだね……」
「優秀で敏腕なお前を買ってるからな。追っている夢も同じようなものだし、俺の秘書としてスカウトしたいくらいだよ」
「それはそれは光栄なことだねぃ。あれ? もしかしてあたしの就職先、決まっちゃった感じかな? まさか大学の入学式を前にして内定とか、気が早すぎるんじゃないか?」
「お前がその気になってくれれば、俺は歓迎するよ」
「あたしなんかでいいのかい? キミのことだ、もっと非凡な才能を持つ人を雇えると思うけど……」
「お前も十分だよ。既に大切な相棒がいるんだけど、いいものだぞ、同じ夢を追う者同士ってのは」
思いがけない提案。世間話の一貫なのでどこまで本気なのかは分からないけど、まさか少年があたしのことをここまで評価してくれていただなんて驚きだ。
確かにあたしの夢は少年と似たようなものだから、一緒にいれば叶えるまでの道のりはぐっと縮まると思う。他にも同じ目的の人がいるっぽいので、いつかその人とも繋がれたらあたしの夢も今以上に具現化できるかもしれないね。
それに夢とか関係なく、彼と一緒にいられる時間が増えるのはそれだけで心が弾む。こんなうら若き乙女な気持ちになるなんて、あたしも梢たちの恋路を茶化せなくなっちゃったねぃ……。
その後も彼と談笑を続けた。
実は彼が蓮ノ空にいる間、ゆっくりと話をするタイミングって全然なかった記憶だ。彼自身が毎日忙しかったのに加え、そもそも三週間しか蓮ノ空にいなかったからね。あたしも生徒会の業務で毎日てんやわんやだったから、そりゃ腰を据えて面と向かって話す機会なんて訪れないよね。
だからかもしれない。こんなにも彼とのんびりとした時間を過ごすのが楽しいと思えるのは。蓮ノ空の生徒でいられる最後の日、特別な日なのにも関わらず、そんなことを忘れて目の前の男の子との世間話に夢中になってしまう。あたしは梢たちと比べれば彼との接点はそれほどなかったはずなのに、ここまで小躍りする気分になってしまうとは。とんでもないね、彼の影響力ってやつは。そして笑っちゃうほどちょろいね、あたしは。
ただ、こうして話しているとどうしても考えてしまう。
やはり彼は中学生にしては知的過ぎることに。あまりにも人生経験が豊富な発言が多く、ところどころタイムパラドックスを匂わせる言動も見られる。まさか本当に時間を遡って来たとか? 彼が蓮ノ空にいる間に超次元的なことが何度も起きてたから、ありえなくはないかも。しかし、今それを指摘するのも野暮ってものだね。
「じゃあそろそろ俺は帰るよ。あまり長居もできないし、他の奴らが寮に戻ってきたら帰る時に見つかっちまうかもしれねぇしな」
「……そっか。あたし、大学は街中なんだ。だからもしかしたら会える機会はこれまでより増えるかもしれないね」
「こんな監獄みたいな学校よりかはな。これからのお前の活躍、楽しみにしてるよ」
彼はそう言い残して部屋から去ろうとする。
その一瞬、あたしの心が逸り始める。高校生活の最後に彼に会えたことで心残りは本当になくなった。ただ再会したときに伝えたいことがあるのを思い出した。世間話が弾み過ぎて忘れるところだったよ……。
「待ってくれ、最後にお願いがあるんだ」
彼は足を止めてこちらを振り向く。
これが高校生のあたしの、最後の仕事だ。
「あの子たちを、梢たちの笑顔を守り続けてほしい。キミがいつ
「あぁ、もちろん。言われるまでもないけど、お前に頼まれちゃ身が引き締まるよ」
「ありがとう。こうしてタメ口で話してるけど、キミは多分あたしなんかが気軽に話してもいい人間ではないんだろうね。確証はない。なんとなく、そういった覇者のオーラを感じるから」
「…………」
「知っていると思うけど、あの子たちは恋をしている。その想いにも応えてあげてほしい。いや、応えてあげてください。お願います」
身を引き締めるのはこちらも同じだ。黙っているけど彼の気迫がこちらに迫っていたからだ。あたしの予想が正しいのかは分からないけど、もはや彼が誰なのかは関係なく、自分の信じた彼にあの子たちを託す。それがあたしの、この高校生としての最後の願いだ。
彼はしばらくこちらを見つめて沈黙していた。余計な一言だったかもしれないけれど、つい自分の本音をとめどなく漏らしていた。彼が相手だからこそ己を曝け出すことに躊躇がなかったのだろう。
少し空気が重くなったが、彼はすぐに笑みを向けた。
「大丈夫。俺は絶対に帰って来るし、アイツらの気持ちにも絶対に応える。そして俺の想いも伝えるよ」
「あなたならそう返答してくれると思っていました。その言葉を聞くことができて安心です」
「今更堅苦しいのはやめろ。俺はただの中学生だよ」
「…………そっか、分かった! じゃあ頼んだよ! 少年!」
そっちがその気であれば余計な詮索は無用だろう。ただ単にこっちのお願いを聞き入れてもらうだけでいい。彼なら必ず実現してくれると確信しているから、心配は一切ない。彼が関わると不安のストレスを感じないのが精神衛生上よろしいことだね。
「お前も、今度はヤバくなる前にしっかりアラートを上げろよ」
「えっ? あぁ、あたしは自分で抱え込んじゃう性格だからねぃ。過去に痛感したけど、性格はすぐ変えられるものじゃない。でも次からはもっと自分を客観的に見られるように努力するよ」
「あぁ、そうだな。でも安心しろ。お前が本気でヤバくなったら、俺が絶対に駆け付けてやっから。アイツらだけじゃない。俺が笑顔を守るべき対象は、お前もなんだから」
少年は優しい笑みを見せると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
梢たちは彼のことをズルいと言っていたが、ようやくその意味が分かった。確かにズルいよそれは。三年間の高校生活で経験した心の高鳴りの最高記録を、最後の最後に更新して去っていきやがってからに……。
この熱くなる気持ちは……うん、なるほど、なるほどねぃ……。
ただ、無事に約束を交わすことができたので晴れ晴れともしている。
高校生としての最後の約束、そして自覚した最初のこの想い。その心持ちを胸に、あたしも未来へ進むとしよう。
サブキャラだけど沙知先輩は本当に好きなキャラで、104期編の活動記録には一切登場しなかったのが悲しかった記憶があります。でも105期編では登場して、映画にも出演してくれて満足しています!
今回の話の途中でもありましたが、零とはスクールアイドルの子たちとは違うまた別の絆で結ばれているので、某あの子と同じく相棒適正があるかもしれませんね。
次回も蓮ノ空編での特別回の予定です。