時系列としてはμ's編が終了し、彼らが大学一年生の頃のお話となります。いわゆる過去編ってやつです。
終わりは夢のスタートライン
思い返してみると、高校時代はかなり激動だった。
一年生の頃はそうでもなかったけど、二年生の時にスクールアイドルに関わり始めてからというもの、アイツらと二人三脚で残りの二年間を駆け抜けた。その途中で様々な困難に直面して不幸のどん底に堕ちることもあれば、お互いに告白をしあって幸福の絶頂に昇りつめたこともある。常に山か谷ばかりで平坦な道を歩くことはほとんどなかったけど、振り返ってみればかけがえのない思い出だ。自分が成長できたのも、間違いなくスクールアイドルに関わったおかげだろう。
ただ、最初からスクールアイドルに興味があったわけじゃない。一目惚れした女の子たちがスクールアイドルを始めたと聞き、積極的に関わっていたらいつの間にか好意を寄せる女の子が増え、気付けばグループの全員が自分と想いを寄せ合った仲となった。だから俺は別にスクールアイドルが好きなのではなく、スクールアイドルで輝く女の子が好きなんだ。その事実だけは捻じ曲げられたくない。たまにいるんだよな。スクールアイドルの子たちと付き合ってるから、あなたもスクールアイドルが好きなの? って聞いてくる奴。そうではないと毎回否定して説明するのも面倒だ。
そんな辟易とした質問を何度もされたのが、新たな出会いがあった二か月前。そう、大学に入学してから二か月が経過している。
環境が変わったことで新しい人間関係も生まれたのだが、『ラブライブ!』優勝グループのメンバーを引き連れているからか、必ずと言っていいほどさっきの質問を連打された。もはやBotのように同じ回答を繰り返していたせいで、脳で考えるより反射で答えていた気がするよ。
環境の変化は人間関係もそうだが、学校生活も高校とは大きく変わった。高校までと違って授業は朝から夕までみっちり入っていることは少なく、なんなら午後から登校する曜日もある。授業と授業の合間の時間も比較的長いので、なんとなくだが高校時代よりもゆったりとしている。スクールアイドル関連で奔走することがなくなったからだろうか。良く言えば気楽に、悪く言えば張り合いなく毎日を過ごしている。
そして、それはコイツも同じだ。
「うへぇ~。最近ヒマだねぇ~」
とある空きコマの時間。大学キャンパス内の広い食堂。その一角のテーブルに、高坂穂乃果はぐてっと突っ伏した。
授業に出ている奴らが多いのか、食堂に人はあまりいない。ただ遅めの昼食を取ったり雑談している奴らもいる中で、華のキャンパス女子がそこそこ大きい声で退屈を漏らすのは少し目立つ。それなのにも関わらず、コイツが人目を憚らないのはそれだけ本人にとって深刻な問題なのだろう。
「穂乃果ちゃん、最近ずっと『暇』しか口にしていない気がするよね……」
「そこまで時間があるのであれば、将来なにをするのか今の間に考えてください。直前で慌てるのが目に見えていますから」
「えぇっ!? だって二ヶ月前に入学したばかりなんだよ!? しかもとっても苦労して! なのに休む間もなくもう次のことを考えるなんて、それはヤダ!」
「じゃあゆっくり休めばいいのでは……?」
「なにもしないのもヒマすぎてヤダ!」
「4月は大学に慣れるためにちょっと気を張ってたけど、6月になるともうすっかり慣れちゃったもんね。穂乃果ちゃんの気が緩む気持ちも分からなくはないかな」
「ことり、穂乃果を甘やかしてはいけません。全く、受験に必死になっていたあの頃の勢いはどこへ行ったのやら」
「ことりちゃんと海未ちゃんの私に対する扱い方、高校から全然変わってないねぇ。そうやっていつも通りの日常を感じられるたび、あぁ今ヒマなんだなぁって思っちゃうよ」
穂乃果の正面に座る、彼女の幼馴染の南ことりと園田海未。最近ずっと穂乃果からの『暇』攻撃を全身で浴びているからか、もはやその言葉を聞くだけで『やれやれ』と言わんばかりの露骨な表情を浮かべるようになっていた。
俺たち4人は揃って同じ大学に入学した。穂乃果の学力だけが心配だったが、意外にも真面目に勉強したおかげで合格ボーダーに対して常に安全圏のラインに到達してたので、決めたことには熱中する努力家の面がプラスに働いたと言える。
そんなわけで俺たちは大学でも一緒にいるわけだ。一年生の頃は必修の授業も多いため、各々個別で取っている授業以外はこうして行動を共にすることも多い。しかもさっきも言った通り大学生はそれなりに時間の猶予がある。だから空き時間も一緒に過ごすことが多くなり、それ故に穂乃果から『暇』爆撃を受けることも多くなるわけだ。
ことりや海未はその爆撃を受けつつも呆れるだけで済んでいるが、実は俺には割とダメージがある。
スクールアイドルや受験という目標を失って暇を持て余す穂乃果の気持ち、俺も分かるんだ。これから一体なにをしようかと。入学したばかりだから、今のところはゆっくりキャンパスライフを楽しめばいいと言われたらそう。だけど昨今は、就職を見据え大学一年生の頃から将来を見据えて動くのが重要、と情報が広く流布されている。そのため今から何かできるのであればやりたい、というのが本音だ。流動的に動かなきゃ、情報が錯綜するくらい入り混じるこの世の動きに追いつけないからな。
ただ、そんなことを言ってもやりたいことが見つからないので動きようもないんだけど……。
「ことりちゃんと海未ちゃんはいいよね~。だってもうやりたいことが決まってるんだから」
「私は海外でファッションの勉強をしたいから、今は英会話を習ってるんだ」
「私は家を継ぐため、剣道や書道などあらゆる技術をもっと高めようと思っています。この大学にはそれらのサークルもありますし、今は仮で入部しているだけですが、ゆくゆくは正式に加入をして実力を試そうかと思っています」
「二人共マジメだね~。それに比べて私、いや、
穂乃果が隣に座る俺に目を向け、それに追従するようにことりと海未からも視線を注がれる。
俺はこれまでコイツみたいに暇を持て余すような言動はしていないのだが、やはり二年間ずっと一緒にいた時間は伊達じゃないようだ。俺のことは雰囲気や見ただけでなんとなく分かるのだろう。そもそもさっきからずっと静観していた時点でバレたのかもしれないが。沈黙は肯定とも言うし、実際にコイツの言葉が刺さっていたのは事実だから。
「なんとなく察してはいましたが、零も将来のことは現時点で特に考えていないのですね」
「やっぱりバレてたのか。そうだよ。何かやりたいって大学に入ったわけでもねぇし、むしろ入ってから見つけりゃいいみたいな軽いノリだったしな」
「最近の零くん、あまり生き生きとしていないもんね。毎日そんな感じだから、目標がなくてだらっとしてるなぁってことが伝わってくるもん」
「えへへ、これで人生の迷子仲間だね!」
「うっせー。入学してまだ二ヶ月なんだ。受験のしがらみから解放されて浮かれてる奴の方が多いだろ。つまりコイツらが立派で、俺たちが一般なんだよ」
「そっか! 私たちが普通なんだ!」
「いいのですか? 悩みの解決方法がそんな納得の仕方で……」
「本人が満足すればそれでいいんじゃないかな……」
相変わらず喜怒哀楽も決断もコロコロ変わる奴。でも海未とことりが先を進んでいるせいで、焦っちまう気持ちは分からなくもないけどな。元スクールアイドルで、かつリーダー、かつ『ラブライブ!』優勝校という大きな旗を常に掲げ続けてきた存在だ。卒業を機に荷が一気に軽くなり、しかも幼馴染が既に将来を見据えているとなると、自分も何かしなきゃという気持ちにもなるだろう。
「いや、やっぱり納得できない! この『ヒマ』を埋める何かがしたい! それも将来に繋がるような何かを!」
「せっかく俺が安寧を与えてやったのに、敢えて跳ね除けるのかよ」
「いま納得したとしても、明日にはきっとまた元通りになるのは目に見えてるよ! だから動く! いまから動く!」
行動力があるのは高校時代から変わらない。むしろその力があり過ぎるせいで、常に何か目標を持っていないと落ち着かないのかも。普通にキャンパスライフを満喫してもいい頃だと、まだ思うけどな。
「そうだ、ライブをやろう! 悩みがある時はライブをして脳細胞を活性化させるって、スクールアイドルとして相場は決まっているんだ!」
「もうスクールアイドルではないですが、私たち。それに大学生でスクールアイドルを名乗るには、公的なところからの許可が必要です」
「う゛っ、いつもの正論パンチ……。でも心はスクールアイドルだもん! それにμ'sの名前を出せば観に来てくれる人もたくさんいると思うから、それで自分の熱量を上げてやりたいことを探してみせる!」
「ライブをするのは好きにしていいと思うけど、μ'sの名を冠するのは音ノ木坂にいる子たちに迷惑がかかりそうだから、それだけはやめた方がいいんじゃないかなぁ。今だってμ'sとして活動してるから、ファンの人たちが勘違いしちゃうかもしれないよ?」
「うぐっ、ことりちゃんまでパンチを……。でも本物のμ'sの邪魔をしちゃいけないって、そりゃそうだよねぇ……」
別にお前が偽物でもないと思うが、今も活動している在校生たちの許可なくその名を出すわけにはいかないだろう。
ちなみにスクールアイドルを勝手に語るのは自由だが、一応公式にその肩書を背負えるのは高校生だけと決まっている。ただ何かしらの事情で特別に認可されれば大学生でも、なんなら中学生以下でもスクールアイドルを名乗ることは可能だ。だが今回はただやり場のない退屈を紛らわすだけのライブ。そんなことでスクールアイドルを再び名乗ろうなんて誰も許さないだろう。
「そういえば、雪穂が読者モデルを始めたみたいですね。亜里沙と一緒にスカウトされたとか」
「二人が載ってるファッション誌、私も買ったよ! とても人気みたいで、紙の雑誌の方は一時期売り切れてたみたい」
「二人共、将来はこっちの道に進むのもアリかもと言っていましたね」
「そうなんだよ! 雪穂ですら既に仕事を見つけて、しかも現在進行形でスクールアイドルとして輝いているのに、私は食堂のテーブルにこうして突っ伏してるだけだなんて……」
「ちょっと雪穂のことディスってねぇか……? アイツは現実主義だから、お前より未来を形にするのはよっぽど上手いだろ」
「もういいよ正論は……。その何気ないパンチで私の顔が凹んじゃってるよ……」
穂乃果はまたテーブルに頭を預けた。
やりたいことって見つけようと思ってもそう簡単に見つかるものでもない。ただ日常生活であっても何かしら目的があった方が充実するのは間違いない。その目的は別に壮大である必要はなく、単にゆっくり休むってだけでもいい。だがコイツの場合は悠長に構えているだけでは満足しないのだろう。行動するにも何がやりたいのかを知る必要があるので、今すぐ心に満足の炎を灯すのは難しい話だ。
と、こうやって他人事のように傍観している俺だが、さっきも言った通り自分にも突き刺さっている。大学に入学したばかりで忙しいなんて、二ヶ月も経った今ではもう通用しない。授業が終わって家に帰ると、妹の楓から『おかえり。もう帰って来たんだ』とか、『大学生ってもっと豊富な自由時間を使ってウェイウェイやってるのかと思った』とか、遠回しなちくちく言葉で刺してくる。向こうはそんな気なんてないと思うのだが、現状なにもしていない自分は気にしちまうんだよ。
「やぁ諸君。話は聞かせてもらったよ」
どうしたものかと思考が停止する中、突然背後から声をかけられた。相手が見えている海未とことりがそれほど驚いていないこと、そして聞き覚えのある声であることを察するに、声の主は――――
「薫子ちゃん!? いきなりどうしたの?」
三船薫子。俺たちと同級生。三船財閥という名家の娘らしいのだが、その見た目や性格はお嬢様特有のお淑やかとは程遠い。赤いメッシュの入った黒髪ロングに革ジャンと、かなりロックな外見をしている。バイクの免許を持っていてツーリングを趣味としており、大学入学早々に仲間を集めて遠出するなど、俺や穂乃果とは違って今を十分に満喫している奴だ。
所属する学科は異なるが、一年生の最初は共通の必修授業も多いため、顔を合わせる間に仲良くなったのが経緯。どうやらコイツらのことをスクールアイドルの『μ's』だと認識していたようで、互いに話すようになったのもその話題で切り込まれたからだ。当の本人がスクールアイドルだったのかは語られていないものの、関係者なのだろうか?
「薫子ちゃん、どこにいたの?」
「その
「堂々と盗み聞き宣言かよ……」
「人聞きが悪いな。衝立があったとはいえ実質背中合わせだったんだ。それに人も少ないし、声のボリュームも下げていない。聞こえて当然でしょ」
「で? 俺たちに話しかけてきた理由は?」
「用がないと会話も許されないの? 随分と格式高い人間なんだね、あなたは」
「煽りに来たのなら帰れ」
「まあまあそう警戒しないで! 悩める少年少女のために、現状を打破できるかもしれない話題を持ってきたんだよ」
薫子の言葉に耳目が集まった。このまま穂乃果を唸らせていても何も解決しないため、外部からの刺激が必要だと思っていたところだ。
「実はね、スクールアイドル公式の会社で今、スクールアイドルの応援イベントを計画しているんだよ。μ'sとA-RISEのおかげでスクールアイドルは今や全国に名が知られている。ゆくゆくは世界にも羽ばたくだろう。そんなワールドワイド化に向け、公式でスクールアイドルの更なる発展に寄与してくれる人材を集めてるんだって」
「背景事情は分かりましたが、それと薫子はどういう関係があるのですか?」
「私、このイベントに参加してみようと思うんだ。スクールアイドルにはまぁ、うん……そこそこ興味あるしね。ただ一人だけでは心配で、スクールアイドルに詳しい誰かがいたら誘おうと思ってたんだ」
「なるほど、だから私たちに声をかけたんだね」
「その通りだよことりちゃん。それで穂乃果ちゃん、あなた何かを始めたいんだろう? このイベントが将来に繋がる保証はないけど、もしかしたら何かを掴めるかもしれない。よければ更に詳細を話すけど、興味ある?」
もちろんそうなるように努力はしていただろうが、まさかスクールアイドルというコンテンツがここまで有名になるとは公式も思っていなかっただろう。会社と言っても設立されて間もないから、まだそれほどの規模ではないはず。でも話題沸騰中の今の間に広報活動をしなければ、多種多様な娯楽が蔓延する現代ではあっという間に旬が過ぎてしまう。世間に忘れられないためにも、人手不足をカバーするためにも、外部から少しでもスクールアイドルをアピールできる人材を集めている。そんなところか。
これは俺にとってもチャンスかもしれない。コイツらと恋仲になったことで俺の夢はいったんゴールしたわけだが、人生のゴールするにはまだまだ早い。次はどんな夢を持つべきか、イベントに一緒に参加して探すのもアリかもしれない。
「薫子ちゃん、私、そのイベントに参加するよ!」
「えっ、まだ概要しか説明してないのに? いいの?」
「それは後から聞くよ! なんたってぽっかり空いた時間を埋めて、将来を決めることができるかもしれないチャンスだもん! ダメだったらダメでその時はその時!」
「猪突猛進で突き進むのは穂乃果ちゃんらしいね」
「ただ今までそれで結果を出してきたので、期待はできるかもしれませんね」
「零君はどうする? 会話を盗み聞きした限りあなたも迷い人、そうだろう?」
盗聴を認めてんじゃねぇか……。
ともかく、穂乃果は早速決意を固めたようだ。それに俺も一人で模索するよりも、志が同じであるコイツらと一緒にいた方が発見があるかもしれない。
「分かった。参加する――――とすぐには決められない。もっと説明を聞いてからにするよ」
「えっ!? 零君のくせに決断力がないなぁ~。私たちを貪欲にガツガツ追い求めていた時の、肉食系の零君はどこへ行っちゃったの!?」
「俺はお前みたいに馬鹿正直じゃねぇんだよ」
「あはは……」
薫子は穂乃果の言葉に首を傾げるが、ことりは苦笑し、海未は目を逸らす。そりゃ俺たちの関係性は公言できるものじゃないので、黙っちまうのも仕方ないか。俺もそのことには触れずにスルーした。
とにかく、俺は次の夢を見つけたいと思っている。μ'sを愛して幸せにしたその先で、更に追い求め続けることになるのはどんな夢か。これを機に見つかるといいな。
To Be Continued……
まさか新章がμ's編だと予想していた方は0人なんじゃないかなぁと思っています。
実はこの小説の10周年や『ラブライブ!』シリーズ15周年のときにうっすら考えていた話ではあるのですが、その時はLiella編や蓮ノ空編が渋滞していたので、披露する機会もなく先延ばしになった経緯があります。そのため、このタイミングでμ'sと言われても違和感があるかも……?
実はイキヅライブやスクールアイドルミュージカルなど公式からのネタは色々あるのですが、私自身が履修できていません。また映像化もされていないためまとまった話を読むこともできず知識を蓄えられないので、現時点ではこの小説で連載されるかは未定です。
予想してくださっている方は多かったのかなと思いますが、私がもっと知識を得てからということで!
ちなみに今回の章は過去編のため、これまでの内容と齟齬があるかもしれません。
実際に零と薫子は虹ヶ先編では初対面でしたが、今回は知り合い前提になっています。なのでそこはスルーしていただけると助かります! 気が向いたら虹ヶ先編の方を修正しようと思っています。
なお新章とは言いましたが、従来の章とは異なり少なめの話数で終わる予定です。
ちょっと注意書きが多くなってしまい申し訳ございません。
短い話になるとは思いますが、新章も是非お付き合いいただけると嬉しいです!