蓮ノ空の生徒が俺の人形に依存し過ぎる謎現象を解決した頃には、夜も既にいい時間になっていた。
狂ったように人形を溺愛していた奴らも多く、正気に戻った後もその頃の記憶が鮮明にこびり付いている影響か、しばらくは羞恥心に苛まれることになるだろう。それは個人の問題なので頑張って克服してもらうとして、俺としてもようやく本題に入ることができる。
スクールアイドル病は、その名の通りスクールアイドルの女の子だけに発病する謎の症状だ。身体のどこかに小さな傷ができ、放っておけばその傷口が全身に広がる。そうなってしまうと手遅れで、やがて傷が全身を切り裂いてしまう。
厄介なのは、その傷が周りの人たちどころか本人も認識できず、痛みもないことだ。前兆として発熱を伴うのだが、スクールアイドル病のことを知らなければ自分が症状に陥っていることすら把握できない。それどころかその本人がスクールアイドル病にかかっていると自覚した瞬間、傷口は一瞬で全身に広がるという最悪の特性を持っている。そのため、本人に気付かれることなく人知れず治療を施す必要がある。
そして、その唯一の治療法が俺だ。俺だけは傷口を視認することができ、指で触れることでその口を閉ざすことができる。だからスクールアイドル病を発症した女の子が出現するたびに、俺は蓮ノ空に戻って秘密の治療を行っているわけだ。
情報を整理するため、寮にあてがわれた俺の部屋で秋葉と作戦会議をする。既に部屋は用意されていたらしいので、秋葉が学校へ事前に転入手続きを済ませていたのだろう。理事長へ挨拶へ行った後にすぐ戻って来たことから、話はスムーズに進んだらしい。ていうか決まってたのなら俺にも連絡しておけよな。また当日に薬で身体を小さくされて、その日に転入することを知らされたから……。
「今回の標的は、今年度から結成されたEdel Noteの二人。セラス・柳田・リリエンフェルトちゃんと、桂城泉ちゃんだね」
「アイツらだろうなとは思ってたよ。スクールアイドル病は一度治療したら再発しないから、だとしたら候補はアイツらしかいねぇからな」
「もう三回目だし、ちゃちゃっと治療して帰りますか! 今までの子たちとは違ってあの子たちとは初対面じゃないし、現時点でキミはいい印象を持たれている。仲良くなって脱がすのも簡単だよね!」
「そりゃ関係構築はこれまでと比べて格段に楽だけど、そんなスムーズにいくかよ。実行役の苦労も知らないで……」
厄介なのは、傷口が身体のどこにあるのかランダムであることだ。これまで花帆たち9人の治療をしてきたわけだが、傷の位置は全て女性にとって際どい場所にあった。つまり胸元や陰部であることがほとんど。だから指で触れようにも、シラフの状態でそんな行為をしようものなら確実にセクハラ扱いをされてしまう。それにアイツらの尊厳も破壊することになってしまうので、できれば俺に肌を見せてもいいと思ってもらえる関係性を築きたい。だからアイツらと親睦を深めることは、アイツらの命を守るのと同義なんだ。
「難儀な性格だね、キミも。持ち前の肉食系を発揮してあの子たちの服を引ん剝いちゃえば、治療もすぐに終わって即日帰宅することもできるのに」
「んなことできるかよ。傷が広がりかけてるとかなら話は別だけど、緊急事態でなけりゃじっくり腰を据えるさ」
「今までは上手く行ってたけど、今度はどうだろうね」
「あの二人の健康状態は気にかけておくよ。なんか大きなイベントを控えてるみたいだし、得体の知れない病気でリタイアさせるわけにはいかねぇからな」
Bloom Garden Partyというアイツら主催の大型イベントが年度末に開催予定らしい。宣伝もスクコネを通して大々的に行われており、気合の入り方から相当な覚悟が窺える。だからその勢いを止めてしまわぬよう、人知れず俺が面倒事を排除する必要があるんだ。
「でもさぁ、親睦を深めすぎていつもあの子たちに恋を植え付けてるわけじゃん? あまりに近しい関係になり過ぎて、キミの正体がバレる可能性もある。ずっとヒヤヒヤしてるこっちの身にもなってほしいよ」
「それはスクールアイドル病とか関係なく、お前の作った薬の副作用のせいだろ。しかも面白いって理由だけで治しもしねぇ。なのに被害者面すんじゃねぇよ」
「エンタメとしてはよくできてるよね! 愛しの弟くんの身体が溶け落ちるのが先か、女の子たちを無事に救い出すのが先かってね!」
「ホントに性格終わってるなお前……」
薬によって子供の姿になっているのも、こっちの方がアイツらとコミュニケーションを取る上で警戒されないだろうとコイツの勝手な判断によるものだ。人の命がかかっているのに用意された救助船が泥船って、コイツ本当にアイツらを救う気があるのかよ。去年の夢を見る楽譜の事件とか、誰もが想定外の出来事が起こると素直に協力してくれるんだけどな……。
「スクールアイドル病は心配だけど、ともあれせっかく帰って来られたんだから、まずはあの子たちとの再会を喜んだら? ずっと待っていたみたいだからね」
「そうだな。でも今日はあの人形の件で疲れて寝ちまってるみたいだから、喜びを分かち合うのはまた明日にするよ」
「大変だったね、帰還して早々」
「いや人形を置き忘れたお前のせいだろ……」
スクールアイドル病の治療のためにわざわざガキになってまで蓮ノ空に転入してるのに、関わる事件の大体がスクールアイドル病に関係ないんだよな。毎度毎度面倒事ばかり起きやがって、変な病気が蔓延しているのもそうだし、この学校って呪われてんじゃねぇのか……? 歴史が長い学校だから、昔に誰かが禁忌を犯してこの地に災いがもたらされるようになったとか。もはやオカルトではなく本気で信じてしまうくらい厄介事ばかり起こっている。今回こそは平穏に
~※~
花帆たちは羞恥心に襲われ疲れで部屋で休んでいる。だから俺も今日は早めに休もうと思っていたのだが、晩飯を食ってないことに気付いたので食堂へ向かうことにした。本来ならもう閉まってる時間だけど、人形事件の騒ぎでまともに飯を取ってない奴も多かったため、臨時で営業時間を延長しているそうだ。
それにしても、寮の部屋も廊下も、食堂で飯をいただくのも久しぶりだ。前回は強制的に別荘で同棲させられたから、寮に入るどころか近づくことすらほぼなかった。ただ初回は寮生活だったため、余計に懐かしさを感じられるのだろう。内装は全然変わっていないが、二年前と比べると当然生徒は入れ替わっているので雰囲気は多少変化している。俺が蓮ノ空にいた期間は合計すると二ヶ月くらいだけど、それでも感慨深くなるのはここでの思い出が濃いが故だろう。
「あれ? 零?」
「こんばんは、零君。また会ったね」
食堂へ向かっている途中、今回の治療ターゲットである柳田と桂城に出くわした。
二人共スクールアイドル病を患っているとのことだが、今のところ体調不良を訴えるような様子はない。帰還して早々に重篤な危機に陥られても困るので、元気ならそれはそれでいい。ただいつ傷口が広がるのかは分からないので、悠長に構えていられないのも事実だ。
念のため、ちょっと突っついておくか。幸いにもコイツらとは瑞河の一件で交流があるので、久しぶりの再会とは言えども多少ラフに接しても怪しまれないだろう。
「お前らも今から飯か?」
「うん。晩御飯抜きで蓮ノ空中に散らばる人形を回収しに走り回ってたから、もうお腹がペコペコのペコちゃんだよ」
「お前らも災難で疲れただろうに、思ったより元気だな」
「蓮ノ空に来てから体力も精神も随分と鍛えられたからね。あのくらいの対応なら問題ないさ。あなたが来てくれたことが解決の糸口になったのは間違いないけれどね」
「人形の呪いも受けなかったみたいだし、体調は問題ないってことか」
「むしろ最近は絶好調だよ! Bloom Garden Partyに向けて高揚してるからね!」
本人たちからも特に体調不良を仄めかす発言はない。ひとまずは安心して良さそうだ。
「改めて零、久しぶりだね。元気だった?」
「ぼちぼちな。お前らも元気そうでなによりだよ。まあスクコネでライブを観てるから、順調そうなのは分かってたけどな。でも伝統の3ユニットじゃなくて、引き続き同じユニットで活動してるのは驚いたよ」
「それに関しては紆余曲折あってね、追々また話すよ。それよりもあなたが戻って来たということは、また誰かを助けるため……なのかな?」
「さぁ、どうだろうな」
「素直に白状しない理由……。ま、まさか! 花ちゃんやわたしたちが恋しくて帰って来たとか!? もう零ったら子供っぽくて可愛いんだから~って、今も子供か。だったらお姉さんがたっぷり甘やかしてあげるよ!」
「妄想が飛躍し過ぎだ。会いたい気持ちはあったけど、自分の尊厳を失うような真似なんてするかよ」
蓮ノ空に戻ってきた理由を誰にも話せないせいで、柳田みたいに勝手な解釈を膨らませる奴も多い。中には女子好きだから女子高に転入しているらしいと、洒落にもならない噂を流す奴までいる始末。こっちがどれだけの苦労を背負っているのか、誰にも共感してもらえないのが隠密行動の弱点だ。まあ俺自身はスクールアイドル病に対しては真剣だけど、それ以外は楽しく青春を送れているつもりだけどな。
「でも三年生の途中から転入してくるなんて、珍しいこともあったものだ。卒業は蓮ノ空でするのかな?」
「どうだろうな。やるべきことがどれだけ長引くかによるよ」
「そういえば、零って学年はわたしたちより上なんだよね。背もちっちゃいし、年下だから忘れてた」
「ふむ。つまり蓮ノ空の生徒になった私たちにとっては先輩というわけだ。ここは敬意を払って、タメ口を是正した方がいいかな」
「神崎零先輩。今までナマイキを言って申し訳ございませんでした。これからは先輩の手となり足となり、先輩の好みそうな女の子を選定し、献上するためだけに生きることを誓います……」
「俺をどんな奴だと思ってんだ……。呼び方なんてなんだっていい。お前らが呼びやすけりゃなんでもな」
「そうか。では変えずにこのままにさせてもらうよ」
「ウェーイ! 零ボーイ! 今後ともナイストゥーミーチューだぜ! 夜露死苦ぅ~!」
「それが呼びやすいのであれば、俺と話すときはずっとその口調で固定な」
「ごめんなさい調子に乗りました」
呼び方なんてコイツみたいにふざけてなければなんでもいい。大賀美や梢たちにタメ口なのは実年齢が年上だからってのもあるけど、それ以前に昔からそうだった。μ's時代も絵里たちに最初から敬語なんて使ってなかったしな。そのせいで無礼な奴だと警戒されることが多いんだけど、自分が失礼な性格だと自覚しているからこそ相手に強要はしない。コイツらみたいにタメ口の方がいいのであれば拒否しないどころか、自分も同じ穴の狢だから拒否する権利すらないんだ。
「柳田は花帆以外の奴らにもこうなのか?」
「いやいや! しっかりと敬意を払ってるから!」
「吟子に対しては『先輩』呼びが定着するまで相当な期間を要した気がするけれど?」
「あれは吟子ちゃんパイが可愛く見えてた時期だから! ただ零とは出会いが先輩後輩関係じゃなくて、単に瑞河に現れた小生意気な助っ人って認識だったから……」
「俺の印象なんてどうだっていい。今こうして面と向かって話せているだけで、俺にとっては無難な関係性だから」
「随分と寛容なんだね。セラスのおふざけ挨拶に怯まない人を初めて見たかもしれないよ」
「その程度の冗談なんてお遊戯でしかない。お前以上に頭が愉快な奴らに何人も出会ってるから、今更反応したりしねぇよ」
「ぐぬぬ。そこまで言われるとエンタメ気質のプライドを傷つけられた気が……」
お笑い芸人でも目指してんのかコイツ……。
それでも俺は驚かない。頭がおかしい女の子なんてたくさん知ってるし、中には人間じゃない奴らもいるからな。ソイツらの蛮行に比べたら、柳田なんて子犬がじゃれてくるようなものだ。そんな戯れを軽くあしらえないのでは幾多の女の子と付き合うことなんてできないだろう。
「それにしても、零君が帰ってきてくれたおかげで蓮ノ空での生活が更に楽しくなりそうだよ。スクールアイドルライフも順風満帆で、あとはBloom Garden Partyに向けての一本道しかないと思っていた矢先の出来事だったからね。悪く言えば先細りしていた道が一気に開拓された、そんな気がするかな」
「物好きな奴だな。一度しか会ったことのない相手に人生の
「泉ってば零をずっと待ち焦がれてたんだよ! わたしの慧眼が察するに、これは惚れてるね! 数多の女子を誑かしてきた魅惑のナイト様が、イケメンショタガキに惚れるなんて特大スクープだよ! どうしよっかなぁ~? 明日にも新聞部にタレコミしちゃおっかなぁ~?」
「根も葉もない煽りだね……。でもあなたも気になっていただろう? 先輩や吟子たち、他の生徒もみんな彼の話ばかり。異常だと思いつつも、そこまで話題の人物であれば会ってみたいと思うのは当然だ。それにあなたも彼には感謝しているのだろう? 以前は事件解決の流れですぐに帰ってしまったから、また会ってお礼をしたいと言っていたはずだ」
「い、今はわたしの話なんてどうでもいいんだよ!」
「どうしてノーガードで煽るんだよ……」
コイツ、もしかして矢澤にこや中須かすみの系譜か? 後先考えずに人をからかうところとかそっくりだ。コイツらのことをよく知らない人でも、この一瞬の会話だけでパワーバランスを理解できるな。
それにしてもコイツら、揃いも揃って俺に会いたかったのか。思ったより俺への好感度は高いようだ。そうなると今までよりも仲を深めるのはそう時間がかからないかもしれない。自分の性格が故なのもあるけど、これまでは何人かから初対面で警戒されてたからな。特に梢や慈、吟子とは仲を深めるのに苦労したよ。
「ともかくだ、これからあなたと一緒に過ごせる日常が楽しみだよ」
「そうだ。これからは同じ部の仲間になるんだから、そろそろ名前を呼んでくれてもいいんじゃない?」
「そうだな。よろしく頼むよ、桂城、柳田」
「そうそれ! せめてリリエンフェルトじゃないの!? ミドルネームで呼ばれるの初めてなんだけど!?」
「苗字だと文字数が多いし、名前はまだなのかなって。これも俺の好みだ、気にするな」
「気にする!」
うるせぇ奴だな。別に変なあだ名をつけてるわけじゃないし、本名なんだから別にいいだろ。でも思い返してみると、これまで海外出身の子とは何度も出会っているけど、ミドルネーム持ちは柳田が初めてか。図らずも俺の国際交流経験がどんどん磨かれているな。
「あっ! 零、やっぱりわたしのことが好き……!? 蓮ノ空に戻ってきた理由も明かさない。それはつまり、わたしに会いたかったから。そして女の子を名前で呼べない。それはつまり、その子のことが好きだから。いわば照れ隠し! これでQ.E.D.だよ! ほら、素直に吐いちゃいなよユー! でもゴメン、今のわたしはスクールアイドル一筋だから恋愛は二の次三の次なの……」
「勝手に勘違いして勝手にフってんじゃねぇよ。コイツっていつもこうなのか?」
「心を許した人にはダル絡みするよ。それはつまり、セラスはあなたのことが好きなんだ。Q.E.D.だね」
「は……? はぁあああああああああああああああ!? 意味わからないんですけど!? 誰がこんな顔が良くて行動力があってリーダーシップもあるようなショタガキのことを……!!」
「それ、彼のことを褒めちぎってないか? 女性から見れば惚れる要素しかないじゃないか」
「泉こそ零のことが好きなくせに!」
「好きだよ。興味本位の対象としてね」
「それは逃げの一手だよ!」
誰のことが好きで煽るって、子供の喧嘩かよ。まあボルテージが上がっているのは柳田だけなんだけど。
にしても、随分と騒がしい後輩が加入したものだな。賑やかになる反面、1つ上の先輩である吟子たちは手を焼いてそうだ。そこは保護者の桂城がストッパーになっているのか。ただコイツの性格からして、困っている吟子たちを眺める方が好きそうだけど。
「ほら早く行くぞ。食堂が閉まっちまう」
「零も逃げた! 待って! まだ話は終わってない!」
「ふふっ、本当に楽しくなりそうだね。新しい日常は」
Edel Noteの二人と本格的に再会を交わし、三度目の蓮ノ空生活の幕が上がった。
既にコイツらの身体のどこかにスクールアイドル病特有の傷ができているはず。これまでと同じく、まずは脱いでも許される関係を築き上げ、可能な限り早期に治療してやらねぇとな。
もちろんこちらが気負っては相手の不安を誘発するだけ。病気に向き合う時は真剣に、それ以外の時はまったり日常を満喫するメリハリをつけるようにしよう。そしてコイツらとなら充実した毎日を送れそうだから、これからを楽しみにしているよ。
零と彼女たちが104期編で出会ってくれたおかげで、105期編の導入が描きやすいのなんのって……当時瑞河編を描いた自分にグッジョブを送りたいです!(笑)
私はセラスのたまに発揮される無自覚なクソガキ言動や失礼発言が好きなので、私の腕で彼女のその特性を発揮できるかは未知数ですが、この小説でも上手く描写できればと思っています!
【キャラ設定集】
零から蓮ノ空キャラへの呼称
・日野下花帆 → 花帆
・村野さやか → さやか
・乙宗梢 → 梢
・夕霧綴理 → 綴理
・大沢瑠璃乃 → 瑠璃乃
・藤島慈 → 慈
・百生吟子 → 吟子
・徒町小鈴 → 小鈴
・安養寺姫芽 → 姫芽
蓮ノ空キャラから零への呼称(零への好感度 0~100 ※限界突破アリ)
・日野下花帆 → 零クン (120)
・村野さやか → 零さん (120)
・大沢瑠璃乃 → 零くん (120)
・百生吟子 → 零先輩 (100)
・徒町小鈴 → 零先輩 (100)
・安養寺姫芽 → れいくんせんぱい(100)
・セラス → 零 (60)
・桂城泉 → 零君 (67)
スクールアイドル病の治療状況
・日野下花帆 → 治療済
・村野さやか → 治療済
・大沢瑠璃乃 → 治療済
・百生吟子 → 治療済
・徒町小鈴 → 治療済
・安養寺姫芽 → 治療済
・セラス → 傷の位置特定中
・桂城泉 → 傷の位置特定中