機動戦士ガンダム 0079 彼女の瞳に映るもの   作:セキエイ

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今回も何だかんだで長めになってしまいました。
話を細かく切り分けてコンスタントに投稿するという当初の予定は見事崩壊しつつあるorz


第八話 オデッサ基地防衛戦

「「全機前進!」」

中尉の号令の元、第二小隊のMS群が昼の出撃時と同様に歩き出す。

ただ違うのは辺りが夜闇に落ちている事、各々の機体の装備がより重装備になっている事の二つ。

早鐘を打つように鳴る心臓と恐怖から来る心のざわめきを落ち着いて諌めながら生唾を呑み込む、機体の装備ステータスを見て不備が無いかもう一度確かめる。

昼間とは異なって、120mmは一丁と変わらないがマガジンを腰と左腕シールド裏に二つずつの四個、クラッカーを二つにヒートホークを下げている。

そして全機にカモフラージュ用のネットマントが上着を羽織るかの様に装備されている。警戒装備などでは無く、れっきとした前衛戦闘を主眼にしたものである。

というのも、連邦は今朝か昼間の辺り、若しくは明日に攻勢を掛けるかもしれないとの予想がたっているからだ。

私達は午前一時から八時までの七時間が任務時間であり、もし今朝に攻撃が始まるとなるとそのまま前線で戦闘になるだろう。

モノアイが捉える外は未だ森の中、暗く視界は最悪。

それでも巨人は闇を進む。

 

「「ユリちゃんどう、緊張してる?」」

不意に名前を言われて焦る私、今しがた隊内回線でマリア曹長と会話して居たオルシア准尉からだった。

「緊張…してますね」

「「ふふふ、声だけ聞いて居ても分かるよ。ガチガチだね」」

あれ、准尉の声がふわふわして無い。

私はふとそんな事に気が付く、どこかきりりと鋭い雰囲気を纏った彼女らしくない声なのだ。

准尉もきっと緊張しているのか。

少しまだヒリヒリするほっぺたの感覚のそれが、目の前の闇と私を繋ぎとめる。

「「ユリちゃん、いいかい?戦闘の関しての心構えのイロハを教えてあげよう」」

「…いえ、結構です」

この闇の中では後方の中尉の機体は見えないが、それでも矢張り気になっている自分がいる。

が、ついさっきまでの暴れるような胸の感覚は、ちょっとだけマシになっていた。

 

〜〜〜

 

時は遡って一時間程前。

 

ブリーフィングの直後、私は中尉に呼び出され連れ出された。

向かったのは場所は隊舎からもファットアンクルからも離れた、駐機場の一角にある寂れた小屋。

余程の気まぐれで無ければ絶対に夜に人が訪れないような、そんな場所にだ。

そのまま小屋の裏手に回ると、中尉は私と向かい合った。

「中尉…突然どうしたんですか?」

耐えきれずに私は恐る恐る口を開いた、が、中尉の瞳は冷たく私を見据えるだけ。

そしてたっぷり間をとったあと中尉は小さくすまないと謝罪した、なんの事か全く分からない。

二の句を告ごうとしたその瞬間、彼女の右手がゆらりと動いたかと思うと…

 

左の頬に弾けた音と共に痛みが走った

 

「私は今、伍長を隊のパイロットとして皆と行動させるのを辞めさせようかと考えている。それを理解した上で私と話しなさい」

いきなり頬を張られて、そして私を…皆と行動させるのを、辞めさせる?

突然過ぎて理解が出来ないまま、ほっぺたを抑える私の戦闘服の襟を掴んでぐっと引き寄せられる。

「私と伍長、貴女とは付き合いが短くて互いを理解してるとは言えない、だからこそ言うわ」

憎々しげに歪んだ瞳が私を射抜く、襟を掴む手に力がこもって痛む。

「戦場に変な雑念を持ち込むな」

「えっ…あの」

ぐぐっと掴んだ手が思い切り突き放され、よろめいた私は二歩三歩後退って尻餅をついた。

「貴女が何に悩んでるのかなんて知らないわ。けれど昼の警戒待機の時の態度、まるでなって無い。

本当に貴女軍人?」

私は何も言えないまま、怒気に声を荒げる中尉に視線を上げ続けるしかない。

「貴女のあの全てに関して上の空の様な任務態度じゃあ、何時誰が死んでも可笑しく無いのよ。

ここは戦場よ、悩む事に悩むのはスクールで終えて来なさい」

「…すみません」

はあ、と溜息をしてそこで視線を脇に向けた。

「本当に分かってるんでしょうねぇ」

「…はい」

中尉はそこで手を伸ばして、私を立たせた。

「今日明日には恐らく連邦の攻勢が始まるわ、連邦は多分総力を以って挑んで来る筈よ。

そんな時に物思いに耽っていて味方がやられましたじゃ話になら無いのよ、私は隊の誰一人として欠けさせたくないの」

「…」

瞳が、闇夜に同化して濁っているようにその時は見えた。

中尉がこうやって怒るほどに、昨日今日に掛けての私は酷い有様だったらしい。

「伍長、戦場では戦い抜いて生き残る事だけを考えなさい。

それ以外は雑念だから捨てなさい、隙になるわ」

 

そう言い切ると中尉は後ろを向いてポケットからダークグリーンの小箱を取り出し、中の細紙を咥えて火を着けた。

そのまま深く吸ってから煙を吐く。

私は近付いて後ろに立つと頭を下げた。

「中尉、本当に申し訳有りませんでした!」

私は近過ぎる目先の戦場を見失い、色恋に呑まれていた。

今現在だってそうなんだけど、でもそれ以前に戦い抜かなきゃならないことを忘れていた。

いつ死ぬかも知れない、ここは戦場なのだ。

かあっと目頭が熱くなった。

生死を差し置いて色情に呑まれるなど愚の骨頂である、馬鹿馬鹿しい。

そう理解は出来ていてもやっぱり恋心は根強いから悩みものだけど、死んだらどうしようもない。

この現実が改めて身にのし掛かった。

 

「もういい、戻りなさい伍長」

 

はい、と言葉を紡ぐだけでも声が震えないようにするので精一杯だった。

中尉の声色はさっきのそれとは違って、何時もの会話のように穏やかだ、それに少し安心して私は戻ったのだった。

やはり私の奥底で渦巻く堂々巡りは止まりはしない、でも良い。

 

~~~

 

 

雑念を捨てて向き合うしかないんだ、私は戦争をしているんだぞ!

強く歯を立てた唇から鉄の味がした。

ほの暗いコックピットは無機質で冷たく、この肌を指すようなピリピリとした状況では逆にそれが良かった。

機体を収める壕の座標は昼間と同じ、だからなのか決意に反して刻々と進んでいくだけの時間がいやに勘に触る。

それでも昨日一昨日とは質の違う肌触りの空気に、眠気覚ましとして持ち込んだ珈琲を頼ることはない。

まあ、何回か口にはしたけどこれは眠気覚ましというよりは苦味によって頭をリフレッシュさせる気付け薬として。

 

インカムのイヤホンをジェットの轟音で震わせながら数度目の偵察とおぼしきドップ編隊が通過する。

まだ戦端は開かれてないのだなと知るけど、その刻が足音を潜めて距離を詰めているのもまた分かった。

だから誰も何も言わない、ひたすら冴えた眼を闇に落として奥歯を噛み締める作業を続ける。

遥か先の最前線の動きは分からない、月光が壕の中で息を潜める私たちを嘲笑う。

 

 

一、二時間と経過していく。

 

月がゆっくりと、けれど確かに星と共に流れて進む。

 

そして午前四時に差し掛かろうかと言うとき、東の空が微かに白み出した、夜明けが近いのだ。

久方ぶりにインカムのイヤホンが震えた。

「「小隊全機に通達。今日、宇宙世紀0079年11月7日旧ウクライナオデッサの日の出は午前四時四十八分。

それまでに夜間センサーの感度を落としながら通常センサーに切り替えを行うように。払暁は切り替えを怠って夜間センサーのまま警戒しているパイロットが多く、低下したセンサー域に気付かず敵に接近されて攻撃される事例は数多い、皆気を付けて」」

返事が立て続けに起こった、一様に緊張に満ちた声色だ。

 

それから五分おきにレーダーの感度を変更させる。

空も合わせてどんどん明るさを増してゆく、薄曇りのベールを除けるのも時間の問題だろう。

センサー感度の五回目の変更をしたとき、再びジェットエンジンの轟音がイヤホンから雪崩れ込む。

ドップの編隊が私たちを見つけて翼端を振り、駆け抜けていった。

早朝偵察隊と言った所か、かなりの低空飛行をしている。

その影が遠く見えなくなる頃に太陽が顔を出した、日の出だ。

それからまた少しして小隊の共通の回線から声が流れる、でもそれは中尉じゃない。

「「全員、緊張してるなかアレだけど何か絶対にお腹に入れておいてね」」

数時間ぶりに聞く准尉の声。

確かに今は少し早いが朝食の時間と言えなくもない。

コーヒーと共に持ち込み足元の雑具入れに仕舞っていたフルーツ味の栄養バーを取り出す。

グローブを一旦外すと、汗ばんだ手が蒸れて匂った。

「うへぇっ、これは女としてどうなのかな」

辟易しながらも包装を開け角棒状のバーをかじると、しつこい甘さが口に広がった。

味を感じるのが久し振りなせいか、甘さがなぜかきつく感じられた。

だがそれを機に急に体が食物を欲しがり出す、その衝動に任せて一本目を平らげると間に珈琲を流し込んで二本目に取りかかる。

時計を見ると、表示が5時1分となっている。

バリバリと包装を開けて一口目をかじりかけたその時、音響センサーが何らかのノイズを捉え、同時に焦る軍曹の声が雪崩れ込む。

「「...っ、全線の方向より不明瞭な音響ノイズを確認、...ノイズは微弱ながら艦砲射撃の音データと合致しています!」」

連邦には陸上戦艦なる簡易的な移動全線基地と運用できる大型兵器が存在する。

我がジオンにも同様のダブデ級陸上戦艦なる兵器があり、どちらにも共通するのは陸上兵器としては破格の巨大さを誇り強力な砲撃能力を有する事、反面どうしてもその性質上移動の足が遅いという欠点がある事か。

「「エルデリー、後方に通達急げ」」

直後、全線の方で一気に土煙が立ち上った。

それも稜線一杯にだ、砲撃かそれに準ずる攻撃により広い全線が一斉に攻撃されているのだ。

「っ、何なの...あれ」

私は十キロ先で起こっている惨状を予想し生唾を呑む。

「「......通達完了、えっ何これ?」」

後方への通信を終えた軍曹が、またもや訝しむ声を上げる。

どうしたの?と曹長に促され軍曹は声を上ずらせながら報告をした。

「「…後方およびその上空から我が方の部隊の進出を確認、増援かと思われます」」

 

〜〜〜

 

早過ぎる、というのがアネモーネの見解である。

件の味方部隊は先鋒が後方三キロの位置まで進出しているがどう考えても辻褄が合わないのだ。

衝撃を感知した時間から逆算し、砲撃が始まったのは恐らく5時丁度ごろだろう。

その情報が前線から直接にしろ偵察機から送られたにしろ、それを受けてから出撃したのでは後方三キロの位置まで絶対に近付くことは出来ない。

消去法的に考えられるのは、たまたまこの増援が出撃してこの位置まで来た時に攻撃が始まった。

そしてもう一つ。

この時刻に攻撃が有るのを知った上で展開をした。

前者なら前線付近に展開する部隊に何らかの通知があるはずだ、が今回はそれが無かった。

そればかりかミノフスキー粒子を散布しながら前進しているため、もっと近付かなければ通信が取れない。

わざと前線部隊と通信を塞ぎ意見させず、まるで通告なしの進出を既成事実化するかの様だ。

断続的な破裂音が最前線の方から感知される、上空も偵察隊とは全く違うドップ戦闘機の大編隊が制空のために薄雲の合間を航跡を白く曳いて前線に向けて翔ける。

現在時刻午前5時6分。

あれ程の航空隊をこの短時間で出撃させるのは不可能だ。

アネモーネは一抹の不安を抱きながら操縦桿を握り直した。

「「全機弾込め。マリアとエルデリーは対空戦、他は対地戦闘用意」」

 




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