Diary
「小生の春が来た」
私は彼に恋をした。
思いやりがありとても紳士的で、背が高くて努力を忘れない。そして常に前向き。オマケにとても整った顔立ちをしている。一日中魔法の研究をしながら時々恋愛小説を読んでいる私が彼に惚れるのは時間の問題だった。
「魔理沙さんの紹介でここに参りました。送り犬と申します。
レミリア・スカーレット様の許可は取ってあります。貴方さえ宜しければ、ここの本を数日の間貸していただけないでしょうか?」
物腰低くそう言って私に話しかけてきた。それが彼と初めて話した時だった。
私が許可をすると、とても素敵な笑顔でお礼を言ってきた。第一印象は『とてもかっこいい人』だったということを覚えている。そしてその時から彼の顔を直視できなくなった。
「あの、邪魔をしてしまって申し訳ありませんが火の魔術書というのはどこにありますでしょうか?」
とても静かな、そして聞き心地の良い声で私に本の場所を聞いてきたことをよく覚えている。
この時、突然のことに思わず素っ気ない態度を取ってしまったこともよく覚えている。このことを夜まで引きずって顔を真っ赤にしながら枕に顔を埋めて足をパタパタさせたのもよく覚えている。
これを小悪魔に見られてさらに恥ずかしくなったのもよーく覚えている。
「あの...何度も邪魔をしてしまって申し訳ありませんが...風の魔法というのは...あ、その本でしたか。お借りしても...?あ、ありがとうございます!」
この時は自分でもよく彼に言葉を返すことができたな、と思う。そして彼はとても飲み込みが早いらしく、もう既に火の応用魔法までも使えるようになっているらしい。美鈴の話では夜道を明るく照らせる程の光が出したかっただけだそうだ。だが魔法の研究が楽しくなってきて、ついでに応用の攻撃魔法も覚えてしまうらしい。
そして今度、彼は風の魔法を習得する。
習得する理由を本人に聞いてみたら(よく彼に話しかけることができたな、と思う)、『仕事でお客様を送り届ける時に、快適な風をご提供したいから』だそうだ。
送り犬...その本に書いてある魔法は凄まじく強力な風の魔法よ...
「...この魔法はどう使えば...成る程!ありがとうございます!」
先日から彼は魔法を私に習いに来るようになった。これはとても嬉しい!初めて彼に魔法のことについて聞きに来られた日は嬉しすぎて日記を書くのを忘れてしまった。一週間ほど教えていたらついに彼が砕けた話し方で接してくれるようになった!
ヤバい、嬉しすぎて日記を書く言葉までもテンションが上がってしまっている。初めて風魔法を手取り足取り教えた時のことを思い出すだけで顔がにやけてしまう...これは非常にまずい...レミィや小悪魔たちに、にやけているところを見つからないようにしなければ...
「今日も今日とて」
彼の笑顔が眩しい。彼がどんな女の子が好きなのかわからないが...体力がない女の子が好きじゃないと困るので一応最近は運動するように心がけている。
最近はレミィのお散歩について行ってわざと彼の家がある方向に進ませたり、咲夜のお買い物にもついて行ってるし、昨日は美鈴に太極拳を教えてもらった。
お陰で今日は筋肉痛...太ももが痛い...
「私に勇気をください」
そろそろ彼に会って4ヶ月は過ぎる。相変わらず私は彼が好きだし、彼も本を読みに3日に1度は図書館に寄ってくれる。魔法のことはもう教えていないが、難しい本の読めない字などを教えている。
この間は彼が官能小説を持ってきて驚いたが...ていうかなんでそんなものがあるんだ。
兎に角、あんな彼だ。きっと相当の人気者に違いない。早めに確保する必要がある。
...そう、告白しなければならない。でもどうやってやればいいのだろうか。そもそもやろうにも勇気が出ない。
土塊の出来損ないのようなこの思いに、何ができるというんだ?
「...うわぁ.....パチェ...道理で彼が帰って行ったたびに、憂鬱そうにしてるわけだ...
それにしてもあのパチェが...これは天変地異の予感が...」
パチェに絵本を借りに来たら、偶然棚の上にあったこの日記を見つけてしまった。表紙に『Diary』と書かれてあったので、面白半分でみてしまった。友人の日記ほど気になるものはない。きっと面白いに違いはないからだ。
今は激しく後悔しているけど。
...昨日の日付で終わっている日記を閉じた。
どうしよう。これからパチェの顔をまともに直視できない...
それよりも驚くべきことはあの『動かない(色んな意味で)大図書館』であるパチェが...恋をするなんて...
いや、確かにあの送り犬の男性としての部分は群を抜けて素晴らしい。この日記に書いてある通り、とてもとっても見た目のレベルが高い。私も初めて会った時は思わずうっとりしてしまった。
だけど私は性格で選ぶタイプなので、最初はこれまでの人生経験から「イケメンに限って嫌な性格をしてる」と思いこんでいて少し威圧的な態度を取ってみたが、私の定説はすぐに覆された。
上っ面だけの丁寧な仕草ではなく本気で目上の者に敬意を払っている。私だって伊達に500年も生きていない。他人の本心なんてすぐにわかる。あれは本当に私を尊敬の眼差しで見ていた。
そのあと決定的だったのは彼が屋敷を出る時のことだ。彼は内側もレベルが高かったのだ。
業務をしている最中に立ったまま寝てしまった美鈴を優しく寝かせてから自分の着ていた上着をかけた。そのあとはずっと、彼女が起きるまで代わりに門番をしていた。
幻想郷No.2の速さを誇る魔理沙の侵入を止めるあたり、絶対に美鈴よりも使える。
...彼を本格的に雇ってみようかしら。
「レミィ?どうかしたの?」
「ひゃい!パッ、パチェ!」
不意に話しかけられ、思わず飛び上がってしまった。...まずい、まずいぞこれは。
...いや、落ち着け。レミリア・スカーレットは狼狽えない。こういう時こそスマートに返して、相手にバレないように振る舞うんだ。
「な、なななんでもないよー!え、絵本をよんでただけ!」
ダメだめちゃくちゃテンパって声が震えてしまう!
「ふーん...」
あ、やばい!めちゃくちゃ怪しんでる!とてつもなく冷たい目でこっちを見てくる!
「うー...」
「.....あっ!それは...!」
「うわっばれた!」
無意識のうちに自分でパチェの日記を持っていたようだ。それはばれてしまうね。うん。
パチェは真っ赤な顔をして私から日記をひったくった。
今にも泣きそうな表情で私に聞いてきた。
「...み、見た?」
「な、何を?」
「とぼけないで...水の檻に閉じ込めるわよ...?」
「ごめんなさい!勝手に見ました!送り犬への恋心のところだけピンポイントで!」
「やぁぁぁ!!一番見てほしくないところぉぉぉ!」
「ごめんなさぁぁい!」
パチェは手にした日記でパシパシと私の頭を叩いてきた。
ひとしきり叩いて暫くすると、部屋の隅に塞ぎ込んで顔を真っ赤にしている紫の恋する魔法使いがいた。
「あの...パチェ?」
「うぇぇん...もうお嫁に行けない...
...はっ!そうだ記憶を抹消する魔法が何処かにあったはず...」
「ちょ、なんか物騒だよパチェ!やめて!そんなのやめて!」
「ふっふふふ...そうだったまだ私には魔法があった...魔法の力に弱点はない......」
「まっ待って!ねぇ、パチェ?送り犬への告白、手伝ってあげようか?」
「ふふふ...これでまた...植物のように平穏で静かな生活が...え?」
よかった食いついた。もしこれで食いつかなかったら私の500年分の記憶が消えていたかもしれない...
「なんでもするよ!アイデアだって出すし、絶対告白が成功するようなデートスポットだって知ってるし、告白に最適な雰囲気作ったりして...」
「...ほんと?」
「ふふふ...私を誰だと思っているの?恋のスイートヴァンパイアこと、レミリア・スカーレットよ?」
「〜〜〜!」
突然パチェの顔が明るくなったと思うと日記を放り投げて私に抱きついてきた。パチェはさぞ嬉しそうな涙目になっている。
「ありがとう!!」
「むっふふ〜、まっかせておきなさい!」
ドンと胸を張り私の発達途中のそれを大きく見せた。
パチェのここまで輝いた笑顔は久しぶりに見た。コレは期待以上に頑張らないといけないなぁ...
「失敗したら...ね?」
頑張らないとなぁ!
「と、言うわけで...」
我が紅魔館の主要メンバーを集め、私の命...じゃなくてパチェの恋模様を応援できるようにそれぞれの案を話し合うことにした。
「それぞれの意見を私に聞かせてくれな」
「パチュリー様の恋を私達が全力でサポートでサポートすればいいんですね!?
任せてください!この日の為に永遠亭から惚れ薬を購入していた次第ですよぉ!」
やけに興奮した小悪魔が懐からそれっぽいお薬を取り出しつつフラフラと揺らした。
あれ、小悪魔ってサキュバスの類にいたのかしら?
「そ、そうね。小悪魔はそれを飲ませたいのね。次は美鈴、あなたの番よ。」
「うぇ!?は、はい!」
小悪魔の隣にいる涎を垂らした美鈴に案を求める。
私が名を刺した瞬間にメチャクチャビビってた辺り少しばかり寝ていたようだ。後で咲夜に美鈴の分のご飯を減らしてもらうことにする。
「う、うーん...私はそういうことは疎いので...あ、私の故郷では告白するときに踊りを披露していましたよ。
まぁ...男性が女性に告白する時のお話ですが...」
やっぱりなかなかいい案を出してくれたので、ご飯を減らすのはやめておこう。
さすが私。優しい。
「ダンス...なかなかいいかも知れないわね。
それじゃあ次は咲夜!」
咲夜はなんか恋愛経験が豊富そうなのでとりあえずいい案出してきそう。吸血鬼の直感。
「ここはオーソドックスにお手紙なんでどうでしょう?パチュリー様の御達筆な字ならば、きっと想いが伝わる筈ですよ!」
やはり素晴らしくいい案だった。さすが咲夜はパチェの良いところを的確に生かした案を出してくれる。
「手紙...なかなかいい案ね!それじゃあ次は...」
「はいはーい!フランは直接想いを伝えるのがいいと思うよ!」
もはや私に名前を言われる前に我が素晴らしき妹が元気一杯に手を挙げてアイデアを言ってくれた。とても素晴らしい。
「ありがとうフラン。さすが我が妹。
みんないいアイデアをありがとう!早速パチェに伝えてくる。それまで各自休憩!」
と、これまでみんなで話したことをパチェに伝えてみると、「ダンス以外ならなんでもできる」と意気込んで、早速手紙を書き始めた。
どうやら彼が次に来るのは2日後らしい。私も河童に頼んでカメラを付けてもらったから、いつでもパチェの様子を見ることができる。
因みに、彼が来るその日だけは、みんなの仕事を休みにしてあるから、きっとモニターの前にみんな集まって様子を観察するのではないだろうか。
そんなことを考えながらすぐに、恐る恐る恋しそうにため息をつきながら読書しているパチェに伝えてみると、意外にも好感触だった。頬を赤く染めながらニコッと微笑んだ彼女の顔を見ると、不覚にもこちらが照れてしまった。
「さぁ...とうとうこの日がやってきたわね。いつ彼は来るの?」
「さぁね。そろそろ来るんじゃないかしらね...」「こんにちはー!送り犬です!」「ほら、噂をすれば...ね。」
彼はタイミングよくパチェの部屋の前で声を上げた。
やはり澄んで心地いい声を持っている。
「本当だ!じゃあパチェ!頑張ってね!」
小さな声でパチェにエールを送ってから彼とパチェの邪魔をしないようにそそくさと霧状になって部屋から出る。
嬉しそうな表情な彼の横をすり抜けていったのだが、流石に私の存在には気づけなかったようだ。
モニタールームまで着くと、もうすでに咲夜、美鈴、小悪魔、フランの4人は既にモニターに噛り付いていた。
「今日もよろしくね、パチュリー。」
「ええ。さ、かけてかけて。」
「ありがとう。」
彼は私の隣の椅子に座る。嬉しそうな表情で尻尾を振っていて、見てるこちらもなんだか嬉しくなってしまう。
「じゃあ...今日はこの本をお願いするよ。」
そう言って彼が取り出したのは土属性の魔道書。私もかなり前にお世話になった本。ボロボロだが今でも使うことがある大切な本だ。
「そうね...この魔法は他の魔法と同じように強くイメージしなくてはダメね。あと、ゴーレムを作るときは型が必要...って、また魔法の勉強をしているの?」
「うん...ある人に見せたいものがあるんだ。」
「.....へ、へぇ...まあ、いいわ。」
まさか...!他の女ではないだろうか!?
くっ...!これは早急に手を打たねばなるまい!
確かレミィが言っていた作戦は四つ。
『ダンス』『手紙』『想いを伝える』『お薬』。
ダンスは体力的な問題でできない。だから...この三つで確実に仕留める必要がある!
「...パチュリー?顔が怖いよ?...大丈夫?」
「はっ!え、ええ。大丈夫よ。」
「良かった。パチュリーが病気になったら...僕、心配して何もできなくなっちゃうよ。」
「ふふっ、ありがと。」
よし、早速いってみよう。
「ねぇ...送り犬?ちょっと読んでみてほしいものがあるのだけど...」
「えっ?なに?」
「これ...」
ピンク色の便箋に入れた私直筆の恋文(ラブレター)!
内容は
(貴方が愛おしくて愛おしくてたまりません!付き合ってください!)という旨の内容だ。本当はもっと長い。
果たして返事が...くるだろうか。
もし...否定されたらどうしようか...
「...パチュリー...」
「!は、はひ!」
手紙を読み終わった彼がとても真面目な顔でこちらを見てきた。
彼の穏やかで包み込むような視線が、私の心拍数を極限まで上げた。
「.....あの...」
「な...なぁに?」
「なんて書いてあるの?これ。」
「......えっ?」
「ごめん...僕、日本語以外は全く読めないんだ...」
あっ
...しまった。迂闊だった。
彼は日本語以外は『LOVE』でさえも読めなかった。
よくよく考えれば、彼がそうだから私が英語とかルーマニアの本とか朗読をしてあげてるのだ。
今までに、彼に貸した本の殆どが私がまとめた日本語の魔術書じゃないか!
「僕の勉強不足で...なんて書いてあるんだい?」
「あ、ううん!なんでもないわ。
...ちょっとその手紙を貸してくれる?」
「うん...どうぞ。」
「ありがとう。...燃えろ!」
「あっ...」
...こんな内容、絶対朗読したくないわ。
...これから告白するけど。同じようなこと言うけど!
なんだかこの手紙だけは絶対に読みたくないわ。
気分よ、気分。
「...ちょっと残念だな。」
「私はすっきりしたわ。それより、もう少し続けましょう。今のあなたなら人形程度のゴーレム程度は余裕で作れるわよ。」
「...いや、人を乗せれるくらいじゃないと。たとえ持病持ちのお客様だろうと、快適に送って差し上げたいんだよ。」
「相変わらずお客様第一ね...」
よかった...話をそらすことができたようだ。
...作戦一はあえなく失敗......か。残念...だけど...私は諦めない!
さあ、間髪入れずに次の手を使うぞ!
「ねぇ、送り犬......?ちょっといいかしら?」
「?...なんだい?」
第二の作戦、『直接伝えてしまおう!』作戦!
1番シンプルであり、尚且つ1番に勇気がいるとっても大事な作戦だ。
「あのさ...えっ...と。」
ただ私には勇気がない。それを言おうとするものの、言葉が詰まってうまく言い表せない。
ちゃんとセリフも考えてきた、というのに直前になって飛んでしまった。
「パチェ?顔赤いよ?」
彼は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
私はそれに驚いてソファの背もたれに倒れ掛かってしまう。
「パチェ!」
それを見て倒れたとでも勘違いしたのか、送り犬は私の方へ詰め寄る。
「大丈夫!?熱でもあるの!?」
熱があるのはあなたのせいよ!
そうも言えずにただただ近づいた彼の顔に驚いていた。それ以外は頭が真っ白になって何も考えられない。
彼の吐息が直に聞こえる。
そしてなぜか彼の顔はどんどんこちらに近づいていき...
ピトッ
「ふぁ...!///」
気がつけば彼の額と私の額がくっついていた。
「......動かないで。熱があるか見てるから。」
直私の脳は彼に不意打ちでキスでもされてしまったように電気が流れてしまって動かない。
「...〜〜〜〜〜〜!!!!//////」
「......うん、大丈夫。熱はないね。」
そしてまた、反則級に澄んだ声が私の耳に響くと、額に感じていた彼の体温は遠ざかってしまった。
「あっ......ふぇぇ......」
「本当に大丈夫?どこか辛くない?」
残念で、少し名残惜しく感じた。彼の声が一時的に聞こえなかったかもしれない。思考がショートした、とでも言うのだろうか。
「あ.....だ、大丈夫よ。ちょっとボーッとしてただけ。」
「そう?...本当に大丈夫?」
「大丈夫よ。さ、魔法の研究を続けましょう。」
なんとか普段通りの私を取り繕って彼へと応対する。
顔は誤魔化せているだろうが、もはや心臓がバックバクに鼓動を響かせている。もしかしたらもうすでに彼に聞こえてしまっているかもしれない。
第2の作戦も失敗...どうやら運命の神様は、私を彼とくっつけたくないみたいね。神様も女の子なのかしら?彼女も彼に惚れているから、私を失敗に追い込んでいるのかしら?
ならば、その邪魔を打ち砕いてなんとしてでも彼に思いを伝えよう。
最後の手段だ。こうなったら『おクスリ』の力に頼る他ない。
「なんか喉乾いたわねぇ...こあー!紅茶おねがーい。」
「はーい!」
これが合図だ。小悪魔に劇薬入りの紅茶を持ってきてもらうための。
「送り犬も呪文詠唱ばかりで疲れたでしょう?
貴方も落ち着いて飲みなさい。」
「ん...?じゃあ頂こうかな。」
まさか彼も紅茶の中に私を(性的に)襲う薬が入っているとは思わないだろう。
これで無理矢理私を襲わせれば、彼に責任を取ってもらって付き合ってもらえる!そして...あわよくば結婚に...!
「お持ちしましたあー!どうぞ、紅茶です。」
「ありがとう小悪魔。」
少し...いや、かなり卑怯な手だが、確実に彼を手に入れるためには致し方ないことだ。
男の人は下着の柄で気持ちが沈んでしまうことがあるらしいから、ちゃんと昨日咲夜に選んでもらった勝負下着で準備は万端。
あとは彼が紅茶を飲むだけ...
「さ、どうぞ。熱いうちに。」
「ありがとう。...あっ、小悪魔さん、ちょっと待って。」
「っ!」
ドキィ、と小悪魔はそそくさと立ち去ろうとした、その足を止める。
ギ..ギ..ギ..ギ..と、音が聞こえてきそうな、錆びたネジの様に送り犬の方を向く。
「はい、なんでしょう?」
そこからは実に見事だった。小悪魔は演者顔負けの演技力で自身の動揺を隠した。
流石悪魔、手慣れてやがる。
「...何か付いてますよ...?」
「...!」
送り犬はそっと小悪魔の髪の毛に手を通す。
必然的に彼の体温が小悪魔に触れた。
更に本を読んでいたので、目のピントが少しばかりあっていない送り犬は、小悪魔の顔に自らの顔を近づけていく。
そしてすぐに小悪魔の顔は赤くなった。
「......ほら、小悪魔さん、やっぱり、髪の毛にゴミがついてましたよ。」
「え...あ、ありがとうございます!で、では失礼します!」
顔を真っ赤にした小悪魔は、すぐに部屋から出て行ってしまった。
「.....?彼女も顔が赤かったけど...」
「気のせいよ。さ、早く...飲みましょ?」
少しだけ、彼は腑に落ちないような表情を浮かべた。
が、それも長くはなかった。
「いただきます。」
彼は素直に、差し出されたティーカップを上品に持ち、そして上品に飲み始めた。
私が計算した通りの位置に置かれたティーカップを手に持って。
「......(勝った...)」
勝利を確信して半ば有頂天でもあり、これから初めて男性と交わるのだと、半ば緊張気味でもある。
私もクイッと紅茶を啜る。
「..................」
「..................」
静寂。
そろそろだろうか。
「..................」
「..................」
静寂。
...速効性のクスリだったはずだが。
「..................」
「..................」
静寂。
何故......?
な ぜ こ な い ?
おかしい...Dr.永琳の話では飲んでから数十秒で、どんなに堅物な男の精神力でも粉砕するほどの薬効があるはず...
「..................」
「..................」
...もしや騙された?
クスリが実は小麦粉だったとか?
「..................」
「..................」
ん...?
なんか...やけに彼の鼻息が荒い......?
「...フゥ...フゥ...フゥ...フゥ...フゥ...フゥ...」
「..................!」
えっ...?
顔真っ赤で...前屈み...且つなるべくこちらに目を合わせないようにしてる.....?
「..................」
ま、間違いない.....彼は...
耐えている。
信じられない。
生き物の三大欲求の1つである性欲を、しかも通常よりも強大になっているはずの性欲を......!
確実にクスリは効いている。だがその性欲を増大させるクスリを、性欲とともに誰しもが抱える深々と据えた感情の谷の奥深くに封印している...のか?
駄目だ、冷静になって物事を考えられない...
変な事を言ってしまった。
「お、送り犬.....?」
「フゥ...フゥ...フゥ...フゥ...ハッハッハッハッハッハッ、」
ついには本物の犬が体温調節する際にやる、舌を出しながらの呼吸へと移り変わった。今、彼の身体は相当熱いはずだ。
「...大丈夫......?」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ......ふぅー、ふぅー...
大丈夫...です...」
先程までのフランクな話し方は消え、ついには敬語を使い始めた。...彼の敬語は久しぶりに聞く。
「ねぇ...大丈夫?...ベット行く?」
「大丈夫.....大丈夫.....」
言い聞かせるように優しく私に言う....いやもしかしたら、自分に暗示でもかけているのかもしれない。自己暗示は、状況によってはかなり効果が出るし。
「..........」
今思った。
...ここで私がスカートを捲りあげたらどうなるだろうか...
「........送り犬...」
「...ふぅー、ふぅー...?」
私は、先程に思った通りに、スカートをめくり上げようとする。
簡単な話だ。たった10センチ程度あげるだけで、彼は私と交わることとなるだろう。
「..........」
だが本当にそんなことから初まる愛で、良いのだろうか?
私は、確かに彼と交わりたい。一緒に魔法の研究をして、子孫を残し、そして彼と一緒に一生を添い遂げたいのだ。
だが、それは私自身の話だ。
彼はどう思うだろうか。
こんな、無理矢理に近いやり方で私と交わっても全く嬉しくないだろう。
寧ろ善人な彼は、私を犯した罪悪感で潰れてしまうかもしれない。
そんなのは嬉しくない。強引な愛なんて嫌いだ。
「...........『desire medical(欲の治療)』
「ふぅー、ふぅー、..........はぁ...」
荒い息が切れ、普段と同じくらいの呼吸に戻ってきた。
真っ赤にしていた顔はだんだんと薄くなっていき、前屈みだった彼の姿勢もだんだんとピンとしてきた。
「.......ごめんね、今日はもう帰りなさい。」
「......?で、でも...「いいから。」...」
「ごめんね...送り犬......ちょっと今日は1人でいたい。
明日また、同じ時間に来てくれない?」
「う.....うん。
ごめんね。またね。」
彼は早々に荷物を纏め、そして自身の作った小さなゴーレムを引き連れて、ドアを開ける。
名残惜しそうにドアが閉まると、私の視界はゆがんだ。
伝えられなかった悔しさと、あんなことでしか告白できない自分の弱さ。そして卑怯さ。
辛い。
こんなはずではなかった筈だったのだ。
きっと今頃は、送り犬と幸せな気持ちになる筈だったのだ。
だが、それも妄想だ。もし失敗していたら?
もし彼は私があまり好きではなくて、魔法もただ便利だから習いに来ているだけなのでは?
暗い世界が広がっていく。
そして、ドッと眠気が襲ってくる。
暗く、そして薄れていく。
心地いいのか悪いのかわからない眠気に乗った。
そして最後に見たのは出来損ないの土塊の人形だった。