朱が曹を滅亡させてから29年。初代皇帝朱豪が50歳で天に召された。
唯一の王位継承者は
孔雀とは、雄は美しい羽を持ち、雌は何ともくすんだ色をしている。男が武、女はその男に好まれるように振る舞うこの世界では、孔雀は出来損ないの象徴であった。
美しい男と美しくない女。それを見下すうちにいつしかある言葉が生まれた。孔雀王と孔雀姫。
これは二羽の孔雀の話。孔雀の愚かさの話。
「シン様。此度の御即位、おめでとうございます」
「顔を上げろ。どうせ用事があって参ったのだろう」
そう答えるのは男装した女帝、ヂュ・シン。その容姿は決して麗しいとは言えない。先代の皇帝譲りの顔立ちは臣下を威圧すると共に王としての風格を既に感じさせるが、その分女らしさとはかけ離れる。
だが--いやだからこそ、リンフォンを初めとする先代からの家臣は彼女に付き従うのだ。
「はい。実は我が息子、
リンフォンがそう言うと、彼の背後にいる青年が少し前に出た。
「ロン・ヂージャンと申します。シン様、此度は--」
「貴様は地方の官僚にでも指名する。長ったらしい挨拶は不要だ。わかったら下がれ」
「……は? 」
ヂージャンは不意を突かれて思わずそう返した。
「……聞こえなかったか? 下がれと言ったのだが」
「シ……シン様……」
「リンフォン、お前は引き続き先代と同様私の側近として動け」
シンはリンフォンの言葉を遮って言い、驚きと困惑の入り混じった表情で自分を見上げる青年を冷たく見つめた。
「リンフォンよ、お前をその位にしておるのはお前の能力を父上がお認めになったからだ。そして私もそれを認めたからだ。かような男、私は認めた覚えなどない」
「で……ですが! 」
「リンフォン」
反論する男を制するように言う。リンフォンは若き女帝に名を呼ばれただけで我が身が固まるのを感じた。
「ヂージャンと言ったな。此度の命、不服であらば貴様の父の位を奪ってから申せ」
ヂージャンははじかれたように顔を上げた。その瞳に先程まで渦巻いていた感情はなかった。
何というお方だ。先代とて本気で教育を施したわけではないだろう。シンは、この国の姫君は他でもない、孔雀姫であったから。それでも、この国の孔雀姫は例外となれるのかもしれない。リンフォンはじっと主を見つめてそう思った。
この人は、誰よりも賢い。誰よりも気高い。
「かしこまりました」
リンフォンはなんとかその言葉だけを捻り出した。有無も言わせぬシンの気迫の前で、思わず発すべき言葉もわからなくなったのだ。
「うむ。下がれ」
「失礼いたします」
「何と、賢いことだろうか」
退出してからリンフォンは誰に対してでもなくそう呟いた。
「本当に……あのような考えをなさるとは……」
リンフォンの呟きにヂージャンが返す。
「父様。必ずや、貴方の実力を超え、シン様にこのヂージャンのことを認めていただきます」
息子の表情には強い意志が現れていた。リンフォンはしみじみと息子の成長を感じながら笑った。
「勿論だ」
シンはその後ヂージャンを初めとする先代からの家臣の子の派遣先を指定し、一通りの公務を終わらせた。
本来王の休息の場である後宮には高級な家具の置かれた宿主のいない部屋が並んでいる。
中庭には素晴らしい花々が咲き誇り、香っているものの、シンには大したものに思えなかった。
ひとまず適当な部屋を見つけて誰もいない寝具に身を滑り込ませる。
先代は正妻の他に数える程度の側室しか持たなかった。側室には子供がおらず、ただ正妻の産んだ娘であるシンしか彼の血を流す者はいない。
先代が天に召された時、側室が一人いたはずだが、つい先日仏道に入ったためにもう会うことはないだろう。
そのまま国の庇護のもと生きれば楽な人生はあったはずだ。だが彼女にそうさせなかったのはシンが孔雀姫であったからだろう。
女らしさがない男のような姫君。そのような女の君臨する国は必ず滅亡する。そんな迷信が未だに信じられているのだ。
シンとしてはくだらないことだと思うのだが、実際どの歴史書に目を通しても無駄だった。聡明で、剣術や体術に優れた女帝の国は永くは持たない。
しかし例外がある。例外は、孔雀王を婿入りさせること。つまりは剣術も体術もできない男のような王子を婿入りさせることができた場合である。
民衆といい部下たちといい、女帝を信じるその一方でどこかに陰を落としているのをシンは心の端で、だが確かに感じていた。
それは彼女が孔雀姫であるが故のことである。もし彼女が
……孔雀王か。シンはぼんやりと天井を見つめた。宿主がいなくとも使用人たちはどこまでも掃除を徹底するらしく、老朽化は見られるが汚れはどこにもない。
雷の三男は争いを好まぬ性格だと、風の噂で耳にした。かの男であれば孔雀王と言えるだろう。私が即位して間もないが、やはり国民の不安を長く放置するのは得策とは言えまい。それにあの男とてそれなりの年齢になっているはず……他国に婿入りしてしまう可能性だってあるのだ。そうであれば早急に手を打っても構わないのでないか。
だが雷と同盟のような関係を結ぶ利点は何だ? 雷の隣国の肖と敵対関係になるのは間違いないだろう。無論古より続く雷どの関係は無視できまい。さて、肖か雷か……。
考え事をしていると眠りの世界に引き摺り込まれるのがどうやら早いようで、シンはそのまま眠りに落ちた。
始めましての小説になります。
他サイトでしばらく活動しておりました。
私情により更新頻度が遅いのでご容赦ください。