魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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えっと、初めまして。
ついこの前まで『にじファン』にて執筆していた群雲といいます。

とりあえず、悟空の異世界漂着~~目覚め編です。
ではでは


異なる世界

第一話 異なる世界

 

「これ以上、お前たちにドラゴンボールを使わせる訳にはいかない」

 

世界の危機を救った戦士たちの目の前に現れた、巨大な緑色の龍は『それ』を告げる。 いまのいままで、ことあるごとにその龍の持つ奇跡と呼べる力に助けられ、頼ってきた。 それがこんな全宇宙未曽有の危機に陥るとも知らずに。

 

その危機が去った今、龍は其の力をこの世界の誰もが届くことのない場所へと連れて行こうとしている。

 

「さぁ、いくぞ。 孫悟空」

 

そしていざなう。 これまで四十以上の年月にて、幾度も世界を救い、今回の騒動にの終止符を打った男……孫悟空を。

 

「あぁわかってる。 じゃあ……オラ行ってくる」

 

「父さん! 行くってどこに!!」

「カカロット……貴様…………」

 

 困惑する仲間たち。 しかしそんな彼らをよそに、男は『あいさつ』をする。 目の前でその巨大な頭部を差し出している緑色の龍――――『神龍』にむかってただ、歩いていくだけで。

 

「…………孫悟空」

「――ああ」

 

 そしてたどり着いた神龍の目の前。 そよそよと悟空に吹き付けられる生暖かい風は龍の吐息であろうか……しかし、そんなことなど今はどうでもよく。

いまだに差し出されたままの龍の頭部は、小さな体をボロボロの道着で包んだ少年を誘っている。

 

「―――よいしょっと」

 

 一気に、そしてとても軽快に、悟空は神龍の頭部を駆け上り……そのまま乗っかる。 そこから少しの間、だがすぐにいつもの笑顔を見せると、そのまま『みんな』にむかって大手を振る。

 

「バイバーイ、みんなー」

 

 それはきっと別れの言葉。 でも彼の、少年の声は『また、明日あそぼうな!』といわんばかりに明るく彩られている。

だれもが『彼』を見上げ、心配し、疑問を見つけ……そして何名かは察してしまう。 しかし『そのこと』に気付きた時にはもう。

 

―――――――龍は、天へと昇ってしまった。

 

 

 

「なぁ神龍、オラ……ちょっと寄り道してぇんだけど」

 

『別れ』を済ませ、大空を昇っていく悟空は言う。 ほんの少しだけの“わがまま”を……

 神龍に『頼み』を言った悟空はそのまま『飛ぶ』 かつて競い合った“親”しき“友”、そして殺し殺された不思議な関係である仲間。

 彼等にもえらく世話になった。 ちからを借り、頼みを聞いてもらい、自分の至らなかったところを何度も助けられた―――だから最後に話をしたい。

 

 海の真ん中、さらには死者の集う場所での大事な会話を終えた彼は笑顔のまま、『彼ら』の前からその姿消す。 そしてまた空を昇っていく…………彼らはやがて雲を超え、神の神殿がある天界を超えて――――その頃には。

 

「神龍ってあったけーなぁ。 ん~~オラ……なんか眠くなっちまった……」

 

 なんだか身体がぽかぽかしてきた。 そんなことを思いながらも悟空に迫るいくつもの感覚……急に襲い掛かる強い眠気。 けれど重いまぶたを擦りながら、彼は呟く。

 

「神龍、オラさぁ……」

「…………」

 

 それは只の独り言。 もう、意識を保つことさえ困難な彼は言う。 ただ思ったことを……ずっと昔を見るような目で、その黒い瞳を強く輝かせながら―――言う。

 

「―――――だと思うんだ。 だからよ…………」

 

 その口から出た音は、つよい風に遮られながらも龍に聞き届けられる。 なぜ、そんなことを言ったのか。 どうして、今そんなことを思ったのか。 結局のところは彼にもわからない………でも、そんな彼の『独り言』を。

 

「――――そうか」

 

 龍は“聞き遂げる” そして輝く紅い瞳。 青い大空を赤く染め上げるその輝きは一瞬のもので…………そのまばゆい光が消えると。

“この世界”における、龍に残された願いの回数は――――――ゼロとなる。

 

「孫悟空……しばらくのあいだ、眠るがいい……」

「あぁ…………おやすみな…神龍………」

 

だんだんとぼやけていく視界。 徐々になくなっていく身体の感覚――――その、あまりにも気持ちの良い感覚に悟空は、神龍にその身を委ね…………ゆっくりと目を閉ざす。

 

 やさしくも厳しく。 そして皆に愛された人物……そんな最強の戦士は―――しばらくの眠りについた…………

 

 

 

 

 

鳴海市のとある公園

 そこは桜が咲き乱れる季節を迎えた世界。 心地の良いそよ風が通り抜けていく街は只静かで。

 只今の時刻は朝5時を過ぎた頃だろうか。 日が昇り始め、朝焼けがあたりを薄く照らし始めた頃。 雲一つない晴天の空の下に、いつもの日課としてランニング途中で通りかかる公園で稽古をしている親子がいた。

 一人は大学生くらいの若い青年、高町恭也。 もう一人はその父親である高町士郎である。

 

「父さん、次こそ一本取ってやるからな」

「はは、まだまだお前には負けられんからな。 次も手加減は無しだ!」

 

 ふたりの格好はよく見かける道着……ではなく、ランニングシャツ……でもなく、どこにでもあるようなただの普段着。 運動に適さないわけでなく、だが決して運動用なんかでもない、ただの服。

 

「その自信も今日までだぜ? 父さん」

「よし、いくぞ!」

 

 そんな彼等が握るのは2振りの小太刀…………それを模した木刀ではあるが、当たればやはり怪我をする。 そのような代物を手足のように扱い、あまつさえ『演武』のように舞い踊るその剣捌きは、もはや常人の域を超えているであろう。

 

『はあああ―――――なっ!!』

 

 いざ始めよう、これからが本調子だ。 そんなことを心に描きながら、一気に駆け出そうとした2人は急に立ち止まる。

 

 

――グオオオオオオオ!!!――

 

 

 耳をつんざく『なにか』の咆哮。 その思わず両手で耳を覆ってしまいそうになる大きさからして、発声元はすぐ近くだろうか。 いきなりの騒音に驚く彼らの周囲は更なる変化を催す。

 

「どっ、どうなってるんだ!? 朝だってのに真夜中みたいに暗くなっちまっ………」

「恭也! あれを見ろ!」

 

あたりが夜のような真っ暗闇に包まれたことに驚いた恭也だったが、それとは別のものに驚いた士郎がそれをかき消すかのように息子の名を叫ぶ。

 

――――龍がいた。

 

それは西洋の物語に出てくるような、胴体に手足があるというのではなく。 その胴はどこまでも長く、まるで東洋の伝承にあるような巨大な……そう、ほんとうに巨大な緑の色をした龍。

 

「…………うそ、だろ…………」

「……こんなことが」

 

 それを見て、天を見上げる。 そこにはいつの間に出来たのだろうか、先ほどまでの晴天とは打って変わって現れた暗雲。

 見上げた空にどこまでも広がるその暗雲と、さらにそこから這い出ては潜り込んでいくものがいくつも……

 

「ま、まさか『アレ』全部がアイツの胴体かよ……?」

「たぶん間違いない、『アレ』全てで『本体』なんだろう」

 

 まるで蛇の腹で作った虹のアーチ。 一瞬だけでもそう思ってしまった恭也は、すぐにそんな思考を捨て去ると視線を『アイツ』に戻す。

 緑の龍――――見渡す限りの雲から見え隠れするそいつの胴体を認識し、その全長を認知した親子の口からは、もうなにも音など出てはこない。 圧倒的な存在感……まさにこの世のものではない存在に、たかが人間2人の心は完全に魅せられていた。

 

「あれは………?」

「父さん?」

 

 そんな中で士郎は視認する。 龍の額、その近くを浮遊する奇妙な物体を…………それはゆっくりと高度を下げながらも、親子がいる公園の敷地内にある林の中に消えていく。

 

「「あ!! 龍が!?」」

 

 疑問を拭いきれない士郎を余所に、状況はまたも激変する。 突如としてまばゆい閃光を放ちはじめた龍。 その光は巨大な龍の全体から発せられ、夜のような暗い街を眩しく照らしていき。

 

「光が……」

「……小さく」

 

 やがてそれは5メートル程度の光球へと変わると。

 

「うわ!」

「飛んで行ってしまった……」

 

 四方八方……無秩序に複数の光たちが高速で飛び散っていった。 はじけ飛ぶように遠い空の彼方に消えていった『6個』の光球たち、それを見届けた高町親子の頭上に光がさす。

 

「空が晴れていく……いや、元に戻った……のか?」

「…………」

 

 まるで今までの出来事がなかったかのように、元の景色に戻されていく町並み。 どれくらい経ったのだろうか……数時間? それとも数分? 親子がぶつかり合う前より、ほんの少しだけ明るくなっていた空を恭也は見渡し。

 

「…………よし、行ってみるか」

「え? 父さん、行くって……?」

 

 なぜか、どういうわけか、どうしてそんなことをしたのか? 特に理由もなく、林の方へと視線を投げかけている男…………高町士郎は、その一歩を踏み出していた。

 

 

 

 つい先ほどまで朝焼けが差し込んでいた雑木林の中。 一番初めの主だった目的も今はなく、会話もなく、ただ茂みを踏みつけながらも奥へと歩いていく親子が2人。

 

「父さん……」

「…………」

 

歩く

 

「……父さん」

「………………」

 

 ただ歩く

 

「父さん!」

「――――! なんだ恭也か、どうかしたか?」

「それはこっちの台詞だって! さっきからずっと黙ったまま歩いて……いったいこの先に何があるっていうんだよ!!」

 

 いつまでも淡々と道を進んでいく士郎、そんな彼を見てついに声を荒げた恭也。 よほど集中していたのだろう、その声に構えを取りながら振り向き返事をする士郎。

 その目は鋭く、瞳は深く――暗い色をしている…………彼は今どう見ても戦闘態勢である。 そんな彼の頬には水滴がひとつだけ顎まで落ちていく…………もしかしたら彼は、生きてきた今までで一番の緊張をしているかもしれない。

 

「……………」

「………」

 

 どこまで歩いても木、木、木。 草と木しかないこの敷地内だが、それは別に普段と変わらない道のはず…………なのに。 ここまで士郎を警戒の念を抱かせるのは先ほど起こった『不可思議』であり。

 それらと今の現状は見事なまでに混ざり合い、士郎と恭也の2人は甚大な量のストレスをため込んでいく。

 

「「………………」」

 

 またもなくなった会話。 しかし止まることのないその足は林を突き進んでいくのみで。沈黙がその場を支配するなか、いまだ歩みを止めずにいる彼らに――――

 

「――――!」

「誰だ!!」

 

 

『それ』はついに姿を見せる。

 

 

 ナニカの気配。 空気のちょっとした変化と、草木を揺らすほんの小さな音……たったそれだけの事象に過敏とも取れる反応をして見せた親子の前に『そいつ』はいた。

それは生い茂った雑草を踏むことなく、そもそも地面に足を踏みしめることすらなく……しかし確実にその上に存在する。 つまりは宙にそのモノは浮いていて。

 

「…………子供?」

「それにコイツは…………?」

 

 そのモノは『只の子供』 背丈は目測だが高町の家にいる末子と同じくらいか、もしくはそれより低めの男の子。

 髪を四方八方に伸ばした黒いツンツンあたまに、オレンジ……山吹色の珍しい道着を着込んだ少年が横たわっていた――それも

 

『黄色い雲の上に』

 

「――――これは……」

「俺はもうダメだ父さん。 俺さっきからありえないことばかりで、気がどうにかなってしまいそうだ」

 

 それは二人を苦悩の底に叩き落とす。 雲、そうとも只の雲――だが雲だ、それに人が乗るなんて…………あまつさえこんなにも――

 

「ぐごごご~~ん~~ZZZ」

 

「なんて気持ちよさそうにしているんだろう」

「あ~なんというか……見た目に反した酷い『いびき』だ」

 

 さらに事もあろうか、その小さくかわいらしいお鼻にはでっかいチョウチンを作り、まるでお昼寝のように横たわっている……早朝なので実際にはただの睡眠なのだが、『その子』から発せられる雰囲気はとても暖かくて。 だからだろうか――

 

「父さん!?」

「――――はっ!? つ、つい」

 

 いつのまにか士郎は、いびきをかいたその子のツンツンあたまに手を乗せて、ゆっくりと動かしていた。

 所謂『ナデナデ』と呼ばれるこの動作。 その時の士郎は無意識かつ、無自覚ながらもひどく優しい目をしていて。

 

「ん? どうした恭也?」

「………なんでもないよ…父さん」

 

 それを見つめる恭也は、ただそれだけを『父』に伝えるだけで。 士郎も士郎でそれ以上の事は聞こうとはしなかった。

 ちょっとだけ微妙な空気を醸し出す親と子の“あいだ”で、そんな空気を知ってか知らずかそれは突如として動き出す。

 

「…………おわっと! な、なんだコイツ!?」

「恭也!? っと、お……おいおい………キミ…でいいのかな?」

 

 突然の事に驚くふたり。 その原因に視線を持っていくが、しかし『その子』はいまだにその目を閉じたまま、心地よい夢の中にどっぷりつかっている。 よだれをたらし、両手を広げているその姿を確認した親子はお互いに顔を見合う。

 

「この子じゃない……?」

「それじゃあもしかして……コイツが!?」

 

 そこに至るまでコンマ数秒。 ふたりしてテープを切ったその思考のゴール地点……つまりは考えた答えというと――

 

「「この雲……生きてるぞ!?」」

 

【……………】ぷかぷか

 

 黄色く、綿菓子のように柔らかそうで、なおかつ人を乗せることのできるこの雲が“自身の考え”により行動を開始し、士郎と恭也に体当たりを…………実際には雲の上にのっかった少年の身体が二人に激突しているのだが…………したことであり。

 

 それは雲自身に『いし』があるということの証明である。

 

「おい! やめろって、この――――おわっ!!」

「恭也!!」

 

 まるで子犬か何かのよう。 じゃれつくように懸命に、それでも何かを訴えようとするその雲に気圧される形で後ずさった恭也は何かを踏んづけ、それによりバランスを崩しては後頭部からすっころぶ。

 あわや頭部強打のところを受け身で防ぎつつ、自身がこうなった原因に鋭い目線を送る。

 

「いたた…………これは……球?」

 

 そこにあるのはひとつの球。 玉ではなく球。 成人男性の握りこぶしぐらいの大きさだろうか、水晶のように透明なオレンジ色のその球を見た恭也は立ち上がり。

 

「なんだこれ? 赤い星の模様が……?」

 

 拾い上げる。 感触的には天然ゴムに似ているその質感を弄びながらも、おもむろにその半透明の球を太陽にかざすと覗く。

中に赤い星だろうか? それが4つ、自身の手の中で握られている球の中心に描かれているのがわかる。

 

「大丈夫か? 恭也」

「え? あ、あぁ。 受け身もとったし、取りあえずは平気だ……けど」

 

 息子の一連の動作を見守っていた士郎は声をかける、特にケガもなさそうなその姿に若干の安堵の表情を浮かべつつも――

 

「ん~~いったいどうしたものかな?」

 

 次の行動を迷っていた。 普通ならば警察なりなんなりに届け出をするべきなのだろうが、先ほどの龍と言いこの雲と言い、確実に普通ではないと思われるこの子を不用意にそんなところに突き出していい……訳もなく。

 

「――――父さん?」

「…………それはさすがに不味い……だろうな」

 

 迷った士郎は視線を『その子』から横に向ける。 そこには自身の息子の恭也がいるのだが、士郎が『みている』のは息子の事ではなく。

 

「『あの子たち』の事もある。 ここは一端ウチに連れ帰るのがベストかな?」

「…………ん?」

 

 それは恭也の大事なひと……その彼女達の事を知っているからこその発想であり、判断である。

 思考を何となく終えた士郎に、若干ながら疑問符を1つだけこさえた恭也。 いきなり自分の事を見て、ひとり納得したような顔をされれば誰でもそんな風になる……なるのだが。

 

「――――あっ! そうか、そりゃ確かにそうだよな」

 

 ここで恭也も思い至る。 そういえば居た、自身の一番近しいところにいる『非常識』 既に自分にとっては常識の範疇と言っていいほどに懇意、というかなんというか…………とにかく、大切な存在でもある『彼女たち』を思い浮かべては、後頭部に手を持っていき――笑う。

 

「まぁ、そういうことだ。 とりあえずはこの子から話を聞いてみないと……そのあとはその時にまた考えればいい」

「それもそうかな、それにもしこっちで手におえなかったら―――に聞いてみればいいだろうし」

 

 ここで話はひとつの区切りをつける。 これからの行動と方針を大まかに決定できた2人はさっそく目的地である家に帰ろうとするのだが…………

 

「えっと雲くん……で、いいのかな? そういうわけだから、この子を家に連れ帰ってもいいだろうか……?」

 

 ここで始まる説得フェイズ。 昔やってた仕事でもこんなことなどやりはしなかった……というより確実にどんな人類でも雲相手に説得なんてものなどしたことがあるはずもなく。 

 

【………………】ふよふよ

 

「は、はは……は(これはたぶん、一生忘れられない出来事になりそうだ……はぁ)」

 

 口では小さく、心の中では大きくため息をつく。 そしておずおずと差し出したるその両手を少年へと到達させようとしたその時である。 彼は……気付く。

 

「おや?…………もしかして」

「父さん?」

 

 突然動くことをやめた黄色い雲。 そしてゆっくりと士郎に近づいていくそれは、その上に乗せた『少年』を士郎のひざ下あたりにやさしく当てている。

 さすがにここまでされれば……士郎と恭也は、この行動により言葉をしゃべることのない雲の心意を受け取ることとなる。

 

「…………コイツ、俺たちに」

「この子を、託すっていうんだね?」

 

【………………】フヨフヨ

 

 若干訝しげな恭也と、あくまでも優しく……まるで小さな子供に問いかけるように訪ねる士郎。 その二人の反応に答えることはないのだが、しかしその場から動こうとしない雲の反応はまさしく肯定。

 そんな黄色い雲を見下ろす士郎の両腕は、自然に『その子』に手をのばす。

 

「…………お?」

 

 いまだに心地よい……音量の大きい……否、ぶっちゃけ耳障りな寝息(いびき)を立てながらも、仰向けになって眠っている少年の両脇にその手を通す士郎。

 彼はそのまま少年を持ち上げると……若干目を見開く。

 

「思ったより…………軽い? だけど――」

 

 20数キロぐらいの重さだろうか、そんなことを頭によぎらせた士郎の思考は一瞬だけ。 次に思うことと言えば―――少年の身体つきである。

 

「この子…………見た目に似合わないくらいに身体の基礎が結構……いや、かなり『できあがった』身体つきだ」

「できあがった……?」

 

 そう、この少年の身体……道着を着込んだ恰好からして、何かしらの武術を習っているとは思ってはいたのだが―――しかしそれを鑑みてもこの少年は……

 

「ああ、おそらくだけど、相当な修練を積んだ上に、過酷な実戦……下手をすると死線すらも乗り越えてきたとみてもいいかもしれない」

「死線!? こんな子供が……そんなこと」

 

 常識的に考えて、ありえないほどに鍛え上げられていた。 それを看破した士郎の発言は恭也に困惑をもたらす。 どう見たって自分の妹と……下手をするとあの子よりも小さい見た目をしたその少年がなぜ?

 

「こいつは……いったい」

 

 恭也自身もそれなりに修練を積み、その身は既に常人を凌駕していると自負している。 しかしその過程はとても険しく、しかもいまだに発展途上……そんな自分を差し置いて“出来上がった”と発する父のその言葉は。

 

「ぐがががが~~~むにゃむにゃ」

「………………」

 

 恭也の心に、一つの影を射す……のだが。

 

―――――――――――――カラン

 

『――――!!』

 

 その空気に広がる波紋がひとつ。 まるで読んでいたかのようなタイミングで鳴らされる物音は、目の前の雲、その真下から発せられた。

 なぜそんな音が? というよりこの雲はなにかしたのか? 士郎、そして恭也はそろいもそろって視線を一か所に集める…………そこには。

 

「…………棒?」

 

 棒きれがあった。 それは『赤』という派手な色以外に何の飾りっ気もないただの棒。長さにして1メートル弱というところだろうか?

本当に何の変哲もないそれは……しかしなぜだろう、ふたりの視線を釘付けにする―――筈だった。

 

「ただの棒……だよな? でもどこから?」

「恭也」

「―――? 父さん?」

 

 雲から出てきた赤い棒。 それに視線を取られているのは……実は恭也だけ。 もう一人の男……少年を持ち上げたままの態勢で、身動きの一切を取らなくなった士郎は小さくつぶやく。

 

「…………なことになった」

「え………?」

 

 つぶやかれたその声はいまだ聞こえず。 しかし、その間に流れる士郎の脳内モノローグ。

 

今日が始まってまだ5時間強。 巨大な龍との遭遇から始まったこの一連の騒動はかなりの驚きをこの私たちに与えた。

 『いし』を持った謎の雲、それから落とされた不思議な雰囲気を醸し出す赤い棒、中々に屈強な身体を持った謎の少年……もうそろそろ。

 

あぁ、そうだとも。 もういい加減、この朝っぱらから続いた騒動も落ち着いていいころだろう。 そしたら早く我が家に帰って、母さん……桃子の作った朝ごはんを腹いっぱい――――『ふりふり』――――はぁ~~~なんでだろう。 どうして『これ』はこんなにも。

 

 そんなことを思う士郎に…………

 

「大変困ったことになった」

「大変……困ったこと?」

 

 またもひとつ、大きな問題にぶち当たる。

 

「ああ。 これはいよいよもって、この子を警察とかに引き渡せなくなってきたぞ……」

「……? いったいどうしたっての…………さ……あれ?」

 

 困った顔をする士郎。 その顔は、普段の優しくも厳しい父親の印象を完全に消し去るほどのもの。 『あはは……は』『これはこれは』『あちゃ~~』

 そのどれもが該当するほどの困惑な表情、いったい何が彼にこのような表情をさせるのか? その答えなど、士郎の横にいる恭也でさえ………“わからなかった”

 

「父さん」

「なんだい?」

 

 それは少年を『たかいたかい』するように抱え上げている父に対する疑問。

 

「たぶん俺の見間違いだとおもんだけど」

「…………」

 

 その疑問に返す答えはひとつしかない。 それをわかっていながらあえて沈黙を決め込む士郎。

 厄介だ、本当に厄介だ…………普通ならそう“ぼやく”場面でも、この偉大なる恭也の父は無言。 もう黙るしかないということなのか、それともこれから起こりうる喧噪と騒動と始末に追われる未来を、そのまぶたの内側で描いているのだろうか……その時の士郎は本当に静かであったとか。

 

 

「そいつ……」

「あ~~うん、まぁ。 恭也も同じものが見えているみたいで、正直父さん、安心したよ」

「いやいや、安心している場合じゃないだろ! だってそいつ―――」

 

 

――――――『しっぽ』が生えていないか?

 

 

「そうなんだよ。 ほんと、無性に握りたくなる困った『しっぽ』だ!」

 

 高町士郎――――今までの悩んだ表情とは…………尻尾を触るorそっとしておく。 その2つの選択をまえに、ただ必死になって考え込んだだけだったとか。

 

「父さん……困る方向性がズレてるって」

「ははは!」

 

 思わず突っ込む恭也からは、さっきまでの暗い雰囲気などは見受けられず。 また、それをまるで分っているかのように……『解って』いるかのように、父は笑い……

 

「まぁ、なんにしても恭也……『話』は、取りあえず帰ってからしようじゃないか……な?」

 

「え?」

 

 落ちている赤い棒を拾いながらも、息子はただ、父の話の内容に疑問を持つばかりで。

 

【…………!】

 

「おっとと!?」

「――――なっ!」

 

 そんな親子を余所に、黄色い雲は動き出す。 まるで用が済んだと言わんばかりにふたりから距離を離し、たかく高く舞い上がっていく。

 徐々に見えなくなっていく不思議な雲に、親子はそろって見上げ。

 

「…………この子は責任を持って預かろう。 それがきっと―――――」

「え? 父さん、今なんて?」

「ん? いいや、なんでも……ないかな?」

「??」

 

 士郎のつぶやきを…………恭也は拾うことができなかった。 それにどんな想いが込められていたのだろうか。

 それは遠い『昔』を思い出すような目で、『いま』目の前に抱き上げている少年を見ている士郎からは――――ついにはうかがい知ることができなかった。

 

「じゃあ――――帰るか、我が家へ」

「あ、あぁ」

 

 今はもう、朝焼けに交じった黄色の飛行機雲だけが残された空、そこにはあの雲などすでに見当たらず。

そして、それを見上げるふたりは後ろを振り返る。 いままで散々歩いてきた公園、その奥の雑木林から抜けだし、公園の遊具のあいだをすり抜け、道路に出て、そこから20分かけて自宅へと『歩いていく』

 

 ここに来るときとは違い、小さな荷物がふたつと、大きな荷物をひとつ増やした親子はただ歩く。

 本来だったら、やはりこの道も走って帰るべきなのだが……

 

「父さん、やっぱり俺が背負うよ」

 

 大きな荷物……もとい、小さな少年をおぶった士郎に声をかける恭也。 そんな彼も片手に赤い棒、もう片方にはオレンジ色の球が握られており、少年をおぶさるのはいささか無理があるようにも見え。

 

「いや、いいんだ。 恭也だって荷物を持ってるんだし、というより見た目以上に軽い子だから、あんまり苦でもないからね」

「それならいいんだけどさ」

 

 故の続行、必然の進軍。 背にはいまだに深い眠りを知らせる吐息、それを乱さないよう、起こさないようにゆっくりと、でも少しだけ駆け脚なのは……やはりこの少年の事が気になってしょうがないから。

 海からの風を受けた桜の花びらが、ゆっくりと宙を舞っていくなかで、ふたりの親子と独りの少年は帰り路をひたすら進んでいく。

 

 

 しかしこの二人は知らない。

 

 

 恭也が拾い上げたオレンジ色の『球』 これが今現在どれほどにありえない『状態』で存在しているのかを……

 

 そして公園の奥。 先ほどまで居た場所に自生する、たった一つの『苗』に気付かないまま…………彼らはそこを離れ、家へと帰っていくのであった。

 

 

 

〈海鳴市 高町家〉

 

「「ただいま」」

 

 和風屋敷――高町の家を見た人の第一感想と聞けば、大体こう返ってくるだろうか。 それなりに広い庭と控えめに備わっている小さな池、2階建ての屋敷と、離れには道場がある。

 そんな一般家庭よりも若干裕福そうに見える家の門を、3人の男がくぐっていく。

 

「アナタ、恭也、お帰りなさい……あれ?」

 

 開門一番。 まるで帰ってくるタイミングがわかっていたかのように庭先から顔を出す女性が一人。

彼女は家事の途中なのだろうか。 その身にエプロンを装着した、栗毛色の髪を腰まで伸ばした見目麗しい女性――高町桃子は帰ってきた2人………否、3人を迎える。

 

「ただいま母さん、美由希はもう起きた?」

「え? えぇ、美由希ならもう起きてるけど……でも」

 

 今朝、家においてきた妹を訪ねる恭也。 とある理由で朝の鍛錬から外れてもらった彼女の事を思案する恭也に、しかし桃子は生返事。 夫……士郎に背負われている『少年』から彼女の視線が外れない。

 

「あ、あ~~母さん。 『この子』のことは――――「むぐむぐ……ぐがぁ~~~むにむに」―――あっと……取りあえず家に入ってから話しをしよう」

 

 その視線を痛いほどに受け取る士郎の本日二回目となる説得フェイズ。 だが議題の張本人である少年から放たれる、いびきという名の安眠の音に中断を余儀なくされ……

 

「あはは……はは」

「と、父さん……」

 

 おぶさる少年に若干困った士郎の顔……それでもどこか笑顔に見えるその顔に、桃子は右手を頬の位置に持っていくと。

 

「あらあら♪ じゃあ、まずは朝ごはんかしら? まだ下ごしらえしか終わってないから、もう少し待っててね」

 

 ただ笑顔。 まるで疑うことを早々にとりやめたその表情はとても明るく眩しい輝きを放ち、士郎たちとともに家へと向かい。

 

「ががががぁ~~~ZZZ」

 

 自宅へとあがろうとする士郎の背中からは、いまだに少年の大きないびきが…………

 

「ががぁ~~~………ん――~~なんかいい匂いがすんぞぉ……すんすん」

 

――――止む

 

 あれほど大きかったいびきが――今まで歩いてきた道のりで、どんなに甲高い騒音……道路工事の現場を素通りしても乱さなかったその寝息が――止んだのである。

 

「ん~~よく眠たぞぉ……あれ?」

「お? 起きたかい?」

 

 いまだ微睡の中なのであろう。 士郎の背におぶられた少年の目は半開き、『はぁ~~あ!』 などと欠伸(あくび)をするとモゾモゾと動き出す。

 

「…………ん?」

「……? どうかしたのかい?」

 

 顔を上げ、周りを見渡し、そして自身が掴んでいる人物と目線を合わせる。 その間にも少年の疑問は膨らむばかり……知らない背中に、知らない匂い……さらに見たこともない周りの風景に首をひねってしまう―――だが。

 

「ん~……だれだ? おめぇ……」

 

 それ故に、少年はいちばんシンプルな選択を取る。 良く考えてもわからないものはどうしようもない―――と言うより、そこまで考えてもいないのだが――だから聞く

自分を背負っているこの目の前の男に……

 

「えっと、僕の名前は士郎。 高町士郎……で、こっちが」

「恭也だ」

「桃子よ」

 

 余程眠りが深かったのか、まだ目を擦っている少年に振り向き、答えていく高町の面々。 そんな彼らの顔を、四方八方に伸ばしたツンツンあたまを揺らしながらも順に見渡していき、声は小さいながらも少年は口を動かしていく。

 

「……しろう……きょうや……ももこ……?」

「そうだよ、それが僕たちの名前。 それで……」

「ん?」

「……キミの名前は?」

「オラか?」

「うん(おら? それにどこか東北弁に似た訛りがあるのは気のせいだろうか……?)」

 

 未知との遭遇から数十分が経った今、ついに士郎はこの質問をする。 『キミはだれ?』この言葉にどれほどの意味が込められていようものか……

 巨大な龍、いしを持った雲、そして茶色く長い尾……それらすべてを知るための最初の一歩を彼は踏み出す。

 

「オラ悟空だ」

「ごくう?」

「そだ、オラ孫悟空だ」

「そん……ごくう……? え!? 孫悟空!?」

 

  “孫”という名前に一瞬だが中国のひとかな? などと思ったのも一瞬、そして訪れる驚愕の時間――“孫悟空”それは士郎が知る限り、あの天竺を目指して~~という中国の文献なりなんなりが有名である。 

 

 そう、あまりにも有名すぎるその名前と、でん部から伸びる茶色く長い『尾』は“それ”を連想させるには十分すぎて。

 

「孫悟空って、あの“斉天大聖”とか“美猴王”なんて呼ばれて、後に法名としてもらったっていうあの!?」

「???」

 

 ついつい少年に問い詰めてしまう士郎。 若干まくし立て気味の問答に少年……悟空は目を回しそうになりながらも。

 

「よくわかんねぇけど、オラその“せいてんなんちゃら”とか“びみょう”とか何て名前しらねえぞ」

「あ、いや斉天大聖……なんだけど……いやまぁ、取りあえずキミの名前は悟空君でいいのかな?」

「そだぞ。 よろしくな、シロウ!」

「え? あ、よろしく(いきなり呼び捨てかぁ……でもまぁどうしてかな。 あんまり悪い気がしないのは)」

「ん? どうかしたんか?」

「あぁいや、なんでもないよ(ひとえにこの子の仁徳というものなのかな?)」

 

 やっとこさ終わる自己紹介。 たった数回交わした会話ながらも、徐々に悟空の人となりを掴んでいく士郎と、それらを見守る恭也と桃子。 ちなみに、悟空はいまだにおぶされたまま、士郎の肩口を掴みながら尻尾をゆったりと動かしている。

 

 自身の状態……恰好を確認した悟空は士郎の肩を『ポンポン』叩く。

 

「なぁシロウ?」

「なんだい? 悟空君」

「そろそろおろしてくんねぇか? オラ、もうひとりで歩けるからさ」

 

 ごく自然に交わされる会話、気付けば士郎からは緊張……というより、遠慮と思われる雰囲気が抜けていく。 あってまだ数十分、言葉を交わしてまだ数分。

 彼らを囲む空気はあたたかく、とても穏やか。 春風がそよそよと髪を揺らし、徐々に頭上へと昇っていく太陽はすべてを等しく照らしていく。

 

 そんな中。

 

「よっと!」

「あ、飛び降りた」

「お? 悟空君、キミ結構身軽だね」

「へへっ、まぁな。 これくらいは朝飯前ってとこだぞ」

 

 少年……孫悟空はついに“この地”を踏みしめる。 これから先起こる数多くの事件――悲劇――そして運命(さだめ)を大きく狂わされた者たちとの出会い――その第一歩は……

 

 

「まぁ確かにいまは“朝食前”だけどな」

「あら、恭也ったら上手なんだから」

 

『ははは!』

「……ん?……はは!」

 

 とりあえず、笑いと共に始まることとなる。

 




悟空「おっす、オラ悟空」

士郎「何とか目を覚ましてくれた謎の男の子、彼はいったいなんなんだろうか。 あっ恭也、いままでどこに……」

恭也「ちょっと荷物を置きに……と、そうだ悟空。 これはもしかしてお前のじゃないのか?」

悟空「ん? ああ!!? それ、じいちゃんがくれた――! なんでおめぇが持ってんだ!?」

恭也「おい!? 飛びついてくるな! その話は後でおいおいな―――次回!」

悟空「ん? あ、そっか。 次回、ドラゴン―――」

士郎「悟空君。 ちがう、ちがう」

悟空「いけね。 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第2話」

士郎「お願いがあるんだ」

なのは「あの~~わたしの出番は?」

男ども「ない!」

なのは「ええ~~!!」

美由希「ば、ばいばーい」

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