少しネットから隔絶されてしまって……はは……
さて第12話! 今回はごちゃごちゃしてます。
アイツが出てきて、あの子がひょっこり顔を出して、悟空がナントかフラグを建てて(恋愛ではない! 念のため)
そんなこんなでりりごく12話です!
おっきな太陽が昇る昼前。 サンサンと降り注ぐその陽光のもと、高町と書かれた表札を引っさげた純和風の宅の門前に、それはいました。
「…………帰ってきちゃった」
「そうだね……こんなに短い慰安旅行は初めてかな?」
「それもこれも全部――いや、半分……」
なのは、士郎、恭也の順に吐き出されていく小さな吐息。
彼らはひどく呆れ、疲れていた。
小旅行出発から……1日あと。 3日間の旅だったはずの彼等が、いったいどうして2日目のこの日に自宅へと帰ってきているのか……それは。
「けふ……なぁ? おんせんはもう終わりなんか?」
「そうねぇ。 旅館の方が休業しちゃったから、今回はもうおしまい」
「そうなんか――けふっ」
この少年。 孫悟空から発せられる“おくび”が原因の一つとも言えようか……
「キュウ……(まさかアレが全部悟空さんのせいだなんて、誰も思わないんだろうなぁ)」
自宅の前で立ち往生する家主たちをまえに、悟空の頭の上で冷や汗。 小さな手でそれを拭うと、昨日の事を思い出しては感傷に浸ろうとしていた。
そう、あれは悟空が謎の暴走を起こし、アースラでの会談後の事。
旅館に帰ってきたなのはたちが最初に見た光景はというと、旅館のすぐ近く20メートルほど離れた所に出来た、直径10メートルほどのクレーター。
隕石でも降ったのではないかというくらいなそれは、旅館にいる者全員を大騒動の渦に叩き落とし、警察、消防……あわや軍隊まで出張るところだったのを、どこかの甘党お姉さんの遅い尽力により回避。
そして今に至るわけであるが……だが、問題はそれだけではなかった――
「きゅ……(弾き飛ばしたクロノの魔法でクレーターが。 そしてその止めが、悟空さんの胃袋だなんて。 口を裂かれるまでは言えない……あれ? この言葉であってたっけ?)」
そうなのである。 この事件のもう半分を占める内容、それは悟空の欲であった。
それは生きるのに必要な善良な欲。 切っても切れない人体のシステムであるその名も『食欲』
余りあるそれを弄んでいる彼には……手加減などなかったのである。
【ねぇ、なのは?】
【なに? ユーノくん】
【悟空さん、前よりも食欲が増してるように思えるんだけど、気のせい?】
【う~~ん、どうだろ? いつもお茶碗の数とか数えてるけど、途中で辞めちゃうし……わかんないや】
【そうなんだ……(でも、旅館が休みになった“謎のクレーター”はともかく“食料在庫切れ”ってどう考えても……)】
そこで始まる心象会議。
悟空の些細な変化に気が付くユーノに、言われてようやく気付いたなのは。 それは確かに言われてみないとわからないくらいなほど(あまりにも被害が大きく、統計するのが億劫)であり。 今のいままで気にもしなかったのは、既に常識という名の感覚感が悟空によって浸食され始めているからかもしれない。 そこに――
「なんだよおめぇたち、ふたりでコソコソしちゃってさ。 なにしてんだ?」
【!!?】
『悟空(君)?』
ちゃっかり聞こえてたという悟空の横やりが入る。
それに反応する高町の一家と、念話で内緒話をしていたなのは達。 これもいつもの事、これが1週間繰り返されてきた彼らの新しい日常。
「なんでもないよ! うん、ほんとに」
「きゅ! キュウ!」
「そうなんか」
『??』
それを彼らは、ただ過ごすのであった……
「……(また内緒話か……)そうだ悟空」
「お?」
「お? じゃない。 ほら、お前宛に封書が……ん? なんだこの封書」
「恭也、その手紙がどうしたんだ」
ちょっとだけなのはの顔を見た恭也が、悟空の背中に立っては一声かける。 その手に茶色く細長い封筒を持った彼は、それをひらひらと仰ぐと疑問符を浮かべる。
曲げられた眉は少しだけ吊り上っており、それを見守る父、士郎も疑念の思いで声をかけようとし――
「なんだそれ? 食いもんか?」
「ちがうわ! ……はぁ、珍しいものを見つけたらすぐこれだ。 ヤギのお話じゃないんだぞ、まったく……」
「ん、んん!」
ボケとツッコミが入るのである。
これもいつものこと、これが普段のやり取りだと思うと、恭也の心労がうかがい知れないのは想像に容易いであろうか。
話を本題に戻そう……
「恭也、その手紙がどうしたんだ?」
「えっ? あ、いや。 コイツ送り主の名前はおろか、こっちの住所すら書いてないんだ。書いてあるのが悟空の名前だけ、しかもかなり字がうまい……これってなんか変じゃないか?」
「…………どうしたものか」
“孫悟空 様”
あまりにも達筆で、しかも修辞で掻いたようなその筆記体は思わず背筋が伸びてしまいそうになり。
だが、その手紙が悟空の名前以外何も書かれていないことに大きな疑問を抱えた男衆。 彼らはそれとニラメッコをすると、そのまま身動きが取れなくなる。
間違いなく普通の手紙ではないそれを前に深く考え、繊細に動き、次の手を想像する彼らはとても慎重であり。 そんな彼らは悟空に注意の声を促そうとしては。
「中になんか入ってんだろ? さっさと開けちまうぞ……」
「あ! ぁあ!!」
「こ、こら! 悟空君!?」
ビリビリと盛大に上端を引き裂いていく悟空に慎重な雰囲気を見事に崩されて――
「ん?? 何がいけねんだ?」
『はぁ……』
「ご、悟空くん……」
「悟空くんに手紙なんて……いったい誰なんだろ?」
「そうねぇ、悟空くんの知ってる人かしら?」
「悟空くんの知り合い……かぁ」
『…………』
いまだ謎の多い少年(見た目)の孫悟空……彼宛に送られてきた手紙に興味津々の高町家御一行、だがその中でふたりだけこの手紙にまったく別の意味で視線を送っていた。
【ねぇなのは?】
【どうしたの? ユーノ君】
【あの手紙、誰からだろう?】
【……】
ユーノの疑問は高町家の面々と一緒のようでまったく違う。 何しろ次元漂流者であり、管理局でさえ把握していない文明の次元出身者であるはずの悟空。
このことを知っているのはこの場ではユーノとなのは、そして悟空本人だけである。
それを含んでのユーノの質問になのはは、口を開こうとしなかった
「ん~~」
『……』
あっさりと開かれてしまった封筒。 そこから取り出された紙は、きれいに折りたたまれたA4サイズの白い手紙。
まっさらなその神のど真ん中に、大きく、くっきりと、なおかつ力強く書かれている字を、悟空はただ眺めている。
「…………ん」
『…………(いったい何が……)』
いつまでたっても手紙の内容をしゃべってくれない悟空に焦れていく高町の面々。 それを余所に、いまだ手紙から視線を外そうとせず、紙面の右上あたりで目線そ固定している悟空は……
「?」
『えっと?』
小首をひとつ傾げる。
ダンダンとジェットコースターのループ部分のように曲がっていく眉、その表情の意味をいち早く看破するのは……なのは。
彼女は悟空の真横まで行くと、小さな声で悟空につぶやく。
「どうしたの?」
「ん? あのな?」
「うん」
それに答えた悟空は居たって普通の顔。 何かにおびえた様子もなければ、あせった様子もなく、それを見た恭也と士郎は手紙の内容予想から“脅迫状”という項目を排除、一汗拭うのである。
――――しかしだ。
それでも疑問は残る。
なぜこの少年は早く内容を教えてくれないのか。 なにか別に言えない理由があるのか? 疑問が疑問を呼ぼうとする刹那、悟空はいきなり『にぱっ!』と笑い出す。
すごい笑顔、とてつもない明るい景色。 どうしてか太陽にもひまわりにも思えるその大きな笑い顔から発せられるのは……
「なんて書いてあんのか、わかんねぇ!!」
『だぁぁああ!!』
…………字が、読めませんでした。 そんな一言。
盛大にズッコケた高町の面々。
コンクリに顔をうずめた士郎と恭也を筆頭に、衣服の肩口をずらした桃子と、持った荷物をあさっての方向に投げ捨てては後ろに倒れる美由希。
さらにはなのはとユーノはそろって空を飛翔。 なんだか懐かしい風景だなと、若干ニコリと笑う悟空を余所に、彼らはどこかにトンで行きたくなる衝動を大きく解き放っていた。
「ご、悟空……おまえ字が読めんのか!?」
「はは、むかし、亀仙人のじいちゃんとこで“こくご”と“さんすう”教えてもらったんだけどよ? こんな字、オラ教わんなかったぞ」
「こくご……」
「さんすう……」
そこで彼から聞いた学歴ともいえない、いわば“勉強歴”は衝撃的で。 下手をすれば
「そう、なのか……(そういえば“そう”だったね)」
「なるほどな(そういえば壮絶な人生だったか。 こいつがあんまりにも明るいからわすれてたな。 学校にも行かない、行けない人生か……)――よし!」
改め、悟空の事を思い出す。 結果は仕方がないという事実だけであり、恭也は悟空の手紙を受け取ろうとすると。
「ん~~~~」ぐりゅっ!
「…………減ったのか?」
「ん? なにがだ?」ぐりゅりゅ~~
「悟空くん、おなかの音」
「お! ホントだ、おらハラ減っちまってんなぁ!」
「なんて奴だ……思考と身体が別行動を起こしてやがる」
腹の音にその行動を止められてしまう。
そうとも気づかず、恭也を見上げていた悟空はなのはの指摘でようやく至る。 自身から鳴り響くムシの音は少し遠慮がちで、いつもよりトーンを落としている感があるのは気のせいではないだろう。
「仕方ない。 とりあえず、少し早い昼飯にするか。 ね? かーさん」
「ふふ、いいわね。 腕によりをかけちゃおうかしら」
「ほんとか! モモコがそういうと、いっつもメシがたくさん出るからなぁ、オラ楽しみだぞ」
だから少しだけ間を置こう。 そう思って士郎は悟空を我が家に招入れる……否、“一緒に帰ってくる”ことにしたのである。
高町家――リビング・
ここ最近のあいだに圧倒的に増えていった高町家の食器、その数々を山にしてはリビングで大きな腹を叩く少年が居た。
周囲の人間も、若干ながら重い腹をさするように席に着いては水を飲んでいる。
油っぽい皿の一枚一枚が、先ほどまでの壮絶なバトルを物語るようで……悟空と桃子の熾烈な競い合い――食う側と提供する側の戦いは、30分という短い(料理を作るという時間では驚異的)な時間で幕を下ろしていたのである。
「くったーー! やっぱモモコのメシはうめぇなあ!」
「うふふ、ありがとう悟空君」
「悟空くん、相変わらずすごい食べっぷり」
「常人の10倍は硬いからな……しかもまだ余力を残しているはずだ。 奴が本気になったら、この家のエンゲル係数は60を超えてしまうだろう」
『……冗談みたいな話だけど、冗談に聞こえないのが恐ろしい』
悟空と桃子がお互いの健闘をたたえている中で、なのはと恭也を中心にこの家の末路を何となく想像し始めた彼等。
ふつうは25そこそこで済むはずのそれ。 しかし悟空を見ているといつか恭也が言ったそれ以上を行く想像が容易いと、思わず固唾をのんでしまう高町一行であった。
「あ、そうだ」
「え? 悟空君?」
腹を叩いたままの悟空は思い出したかのように声を出す。 すると自身の道着に手を突っ込んで、懐から先ほどの封筒を取り出す。
先が破けたソレの中から白い紙を抜き出すと、広げ、見つめ、席を降りて歩き出す。 目標は栗毛色を左右で束ねた女の子……なのはである。
「なぁ、なのは」
「ふぇ?!(ち、近っ!!?)」
「コレ読んでくれよ?」
「あ、え? その――」
何か考え事をしていたのだろう。 急な声に背筋を伸ばし、猫の尻尾のように束ねた髪を伸ばした彼女は悟空からさっと距離を離す。
気付けば息が届くような距離だった、だからかどうかはわかりはしないが彼女の顔からは湯気が散見され、表情は見えないが頬が若干リンゴ色に染まって見えなくない。
「お? なのは……」
「あらあら♪」
「あはは! 悟空君、あれで何にも考えてないんだからこわいよねぇ? 恭ちゃん」
「……見た目はアレだが、実際は美由希とはタメらしいからな。 もし“そういうこと”になったら犯罪もいいところだな…………悟空相手に成立するかは正直不明だが」
「回避率と装甲値がとんでもなさそうだもんね」
『うん』
どう見ても『 』の字だと、高町の家の誰もが思う中――
そ れ を
「コレだぞ。 オラじゃ全然わかんねぇからよ、なんて書いてあんのか教えてくれよ」
「あ、う、うん」
気にしない、気付かない、疑問にも思わない。
見事な3拍子を決めつけた悟空は、視線をなのはから外さない。 見た目、弟が姉に絵本を読んでもらうかのような光景は、しかし本来の中身的には立場が逆で。
「はやくしてくれよ?」
「ちょ、ちょっとまって!」
「…………キュウ~~(なのは、大変だ……)」
それでもその表現が正しいと思えるのは、なのはがしっかり者だからだろうか? それだけじゃないとも言えるけど、今はそうとしか言えないのである。
「なんだよ、よんでくんねぇのか……キョウヤーー!」
「え! ちょっと悟空くん!?」
「……仕方ない、助け舟を出してやろう」
振り向いていった悟空は走り出す。
そんなに距離は離れていないのに、急いで恭也のもとに走り出していく悟空。 対してなのはは小さく肩から力を抜いては、口元から軽く息を吐き出す。 「あ~あ」なんてつぶやいた彼女の声は誰にも届かなかったが、その姿、その仕草からは彼女自身が気づかない感情を、この家のほとんどの者がわかってやることができているのは言うまでもないだろう。
「キュウ」
「うん、ありがとう。 ユーノくん」
そう、小さい身体の彼だってわかるのだから。
「キョウヤ!」
「わかった! わかったからそんなでかい声で叫ぶな。 ……えっと読むぞ?」
飛び跳ねながら……というか、いつの間にか目の前に現れた悟空に驚く声を上げることなく、差し出された手紙を開いていく恭也。
その文面の1行目、それを見た恭也から言葉が消え、表情からいろんなものが吹っ飛んでいくなかで、彼が何とか発音できたのは一言だけ。
「なんだ、これ……」
それだけであった。
そこの書かれているモノがなんとも理解を超えたもので。 良くわからないなんてものじゃない、これは紛れもなく――
「中国語……? しかも随分と達筆な」
「どれどれ。 ん~~これは確かに中国語だね、しかも教科書に出て来るかのような丁寧な字だ」
日本国の文字ではなかったのである。
見た目、漢字を複雑化させたそれは、日本語の祖であり元となった姿。 それらが2行程度に羅列されており、しかしどこか純和風を醸し出すのはその字体が流麗であり涼やかだからであろうか。
「すごいな。 父さん、読める?」
「えっと、中国語は昔――」
とにかく美しいとさえ思えるその字を、以前、悟空とは別の目的で世界を巡った高町の父が翻訳を開始する。
「なになに? 『あのときの礼がしたいです、今度の月曜日に臨海公園で待っています――』…………ん」
簡素。 要点をまとめただけともいえる、その飾りっ気ない手紙を読み上げた士郎はただ黙る。
必要最低限、それはいい。
日本語じゃない。 孫悟空という名前からの勘違いか何かだろうと予測もできる、だが。
「えっと」
「おとうさん?」
「ん~~」
“そこから先”がまったくないのである。 相手、要件、場所……それらは確かに書いてあった、そこまでならばただの丁寧な手紙であっただろう――けれどやはり足りないものがある。 その数は2つ、かなり重要なものを示すその名称は。
「差出人の名前と、詳しい集合場所や時間がどこにも書いてない」
『…………え~~』
「そうなんか??」
正直、いちばん肝心なものを忘れていた。
こんな誰が出したかわからない手紙、それも内容が簡潔すぎて『お礼』と書かれた単語が、どこか物騒な『参り』をする光景を連想させるのは気のせいでもなくて。
「――! ……すんすん」
「悟空君?」
そんなこんなで、いきなり手紙に顔を寄せたのは悟空。
何となく嗅ぎつけた空気……匂いは、悟空が知っているモノ。 おんな、子ども、ケモノ……たったのふた嗅ぎ読み取ったそれらの情報は、悟空に染みついた本能的な思考によって答えへと導いていく――その答えとは。
「あいつだ。 おんせんで会ったあの女の匂いだ。 それにトラみてぇな色のヤツの匂いもすんぞ」
『虎?』
「……あ」
「もしかして……」
疑問符は高町家の4人。 それと同時にあがった心当たりがあるというトーンの声はユーノとなのはである。
「フェイト……ちゃん?」
「あ! そうだ、フェイトってヤツだぞ!! この手紙、あいつの匂いがする」
「そんなことまでわかるのか」
「さすが悟空。 嗅覚は犬並みで、身体は“ステンレス”のように鍛えてあるってのは伊達ではない……か」
思い出したなのはの声に続いてくのは悟空、それに士郎と恭也である。
そんな彼らのすぐ近く、母と長女は、そっと触れるのでした……なにに? あぁ、それは――
「へぇ~フェイトちゃんっていうんだ。 悟空君とはどんな関係なの? もしかしてイイ仲? なんかそう思うとこの手紙って――」
「そうねぇ、まるで恋文……よね?」
バキン!!?
『え!?』
ナニカにである。
異変其の一 空気の割れる音。
「なんだ!? すげぇ『気』だぞ……ん? 消えちまった?」
其の二 突然高まり、消えていくナニカ。
「キュウ! キュウ!!(悟空さんじゃないけど、ボクにも何か感じた!!)」
其の三 はやし立てるように迫る野生の勘。
以上のすべてが同時に起こり、それら全部がたった一人によっておこされた喜劇。
全ての元凶、は……悟空として。 今回の原因となった小学生はというと。
「え? みんなどうしたの?」
首を静かに傾げていた。
一斉に集まった自身を射抜く視線に、驚きながらも疑問符を掲げる彼女は只の幼子で。
彼女は知らない。 今まさに、自身が何か超えてはならない一線を踏んづけていたことを、彼女は知らない。
「…………んん! と、とりあえず。 悟空君、今度の月曜日――あ! 明日か。 明日みたいだけど行くのかい?」
「明日か」
咳払いをひとつ。
まるで無かったことにしようとする仕草はとてもわざとらしく、それを見たなのはと悟空以外の人物は皆で息を合わせて相づちを入れていた。
そのあとに出された手紙への対応は、ここで悟空に考え事をさせることとなる。
明日はどうするか。 明日…あした… 俯き加減な彼は、ツンツンあたまを前後に揺らすとそのまま一気に振りあげる。
「よし! あしたは!」
――桃子の方へと。
「明日はべんとう作ってくれよ。 途中でハラ減っちまったら大変だもんな」
「ふふっ♪ いいわよ」
『…………え~~』
ご飯のおねだりをしたのである。
時刻は既にお昼前。 時計の針が左上を指した今日この頃、悟空はいつもを繰り返す。 待ち人というイベントが起こりつつも、彼の調子が狂うことはある訳もなく、ただ彼は、その長く茶色い尻尾を振っていた。
翌朝 午前6時30分過ぎ。
手紙の騒動から十数時間後。 悟空は玄関先で両手を頬の前に持っていき、大きく息を吸い込んでいた。
「筋斗雲やーーい!」
そこから飛び出る大声は庭先の木々を揺らし、出迎えに来ていた桃子となのはの耳を両手でふさがせる。 爆音と言ってもいいくらいなその声に、やって来る黄色いアイツ。 筋斗雲は空の彼方から速く、静かにやってきた。
「いよっと! んじゃ、オラ行ってくる」
「悟空君、気を付けていってくるのよ?」
「おう! 気ぃつける」
「~~くぅくん……フェイトちゃ……Zz」
「ああ、ちゃんと“やってみる”」
「なのはったら。 普段ならまだ寝てる時間なのに、無理するから」
「ん~~」
筋斗雲に飛び乗った悟空に、日の光を拒むかのように持ち上がらないまぶたを擦りながら、彼を送り届けるなのは。
そんな彼女の横には、悟空の弁当――只のデッカイ握り飯――を片手に持った桃子がいる。 日が昇って数刻というこの時間、なぜ悟空が出発の支度を整えているのか、それはやっぱり昨日の手紙が原因であったりする。
「手紙に場所しか書いてなかったから、それでこんな早くに出かけるっていったけど、悟空君眠くない?」
「大ぇ丈夫だ、オラ亀仙人のじいちゃんとこで、いまよりずっと早くから修行とか“あるばいと”とかやってたからな。 こんくれぇへっちゃらさ! それにアイツら待たせたらわりぃもんな」
「ふふ、そっか」
「ふみぃ~~」
仔猫の様な鳴き声を上げるなのはを余所に、トントン話を進めていく悟空と桃子。
実際問題、なのはがここに居なくちゃいけない理由は無いのだが、彼女はどうしてもと言ってきかないからここにいるのである。 ちなみに。
「悟空くん、明日わたしも行く!」
「おめぇも行くんか? でもよ、がっこうに行くんじゃねぇのか?」
「大丈夫! 明日は学校やす――」
「ダメだぞなのは、学校にはちゃんと行きなさい」
「…………はぁい」
などという会話があったことを記述しよう。
自身の突然のひらめきを士郎に一蹴されたなのはは、今朝、悟空が起きるタイミングでベッドから転げ落ち、彼が道着の帯を結んでいる中で目を擦り、食事を済ませている間中はソファーでヘタレこんでいたりと大忙し? 以上の事をやり過ごし、今に至る。
「ホントに気を付けていってくるのよ? おやつはお団子用意して待ってるから」
「だんご? ダンゴかぁ」
「車に……えっと、飛行機に気を付けるのよ?」
「おう、じゃな!!」
規模のデカい注意ごとをひとつ
同時に飛び去っていく悟空は既に空の彼方に消えていく。 見たことがない黄色い飛行機雲を造っては、大空を翔けていく。
明るい空へ、無限の旅路の第一歩を思い浮かべて――――そんな彼の旅路は。
「あ! 悟空君、反対方向に行っちゃった……」
「むぅ~~」
しょっぱなから、ひどく桃子に心配をさせるのであった。
「お母さん、どうして今日はお団子なの?」
「え? う~ん。 ちょっと季節が前倒しだけど」
「??」
悟空の去った後、ここでなのはは質問する。 いつもはケーキを中心とした洋菓子なのに、どうして今日は和菓子なの?
そんな素朴な質問に、桃子はゆっくりと笑いかけながらも、“今日が何の日”かを教えてみせる。
おとといが十三夜で、それから2日経った今日は夜空に大きな星があらわれるときなのである。 日本では8月に行われるというその行事を、悟空にも教えてあげようかという桃子の考え。
それは確かに優しいさであった、気遣いと言ってもいい。 だが……
「今夜は――――満月だものね」
「あ、お月見」
にこやかに笑う彼女たちは知らない。
その伝統の行事に出現する金色の星が持つ知られざる力を、この世のものとは思えない事態をもたらすその星の意味を彼女たちは……この世界にいる誰もが知らないでいた。
――――そう、“今は”まだ…………
海鳴市 上空
「いやっほー!」
空を翔ける。
段々とあがっていく空の気温に吹き付ける風、悟空はそれらを一身に受けながら弾丸のように飛んでいく。 どこまで行っても広い空を翔ける彼は笑いを抑えきれない。
にこにこ。 ウキウキといっても差し支えない彼の心情は、これから出会うであろう彼女たちとの
「オラ、あんときよりも強くなってきたもんな。 気のことだって何となくわかってきたし。 今度はオラが勝っちゃうもんねぇーはは!」
そう、比喩でもなくなんでもなく、彼がこのあとやることは“戦い”なのである……と、悟空はそう思っている。
そんな彼は知らない、自身が飛んでいる航路の先に目的地が存在しないことを。 これから行く先には、集合広場の無い川だけが続いていることを。 気付くべきところにくづかないまま時間だけが過ぎていき。
「おっかしいなぁ。 あいつ等いねぇぞ」
そこらじゅうを飛び回り、あわや国外に行こうかというところを戻ってきては、河川敷があるところで一休み。
腕を組んで、眉毛をハの字に曲げてはあからさまな『困った』という仕草であたりを見渡していく……すると。
「ん? なんだ?」
悟空は気付く。 それは見た目からして不自然なほどに大きく不安定。 悟空が見つけたその者は、小さな木の下で只上を見上げていた。
「んん?」
何が大きくて、どう不安定なのかは“今の悟空”にはわからない。 けれど、どうやっても気になってしまうその子にとりあえず悟空は。
「……あいつに聞いてみっか」
道を聞いてみることにしたのである。
「おーい!」
「――――え?」
「わふ?」
小さな少年が、大きな声で呼びかけた。 その声で木々がざわめき、落ちてきた木の葉はそよ風に流されてどこか遠くへと消えていく。 フラッとあらわれては消えていく、それが彼らの
「どないしよう」
「わふ……」
わたしはいま、大変困っています。
昨日見たテレビに映っとった番組で、犬と一緒に遊んでるその映像を見たわたしは。
「……あ」
「どうかしたのですか?」
「え!? ううん! なんでもあらへんよ?」
ほんの少しため息をついてしまってて。
それを聞かれたんやろうか? わたしの顔を覗き込んでくれる“家族”が一人。 それと同時に近づいてくる大型犬……家族がもう一人。
「やってみたいのか?」
「あ……その……」
「……遠慮することはない」
「うん」
普段は物静かに後ろから見守ってくれる人やけど、わたしが今みたいに遠慮しようとすると、そっとうしろから押してくれる優しいヒトで。
おとうさん。 もしも居るんなら、きっとこういう人みたいなんだろうなって思ってみたりして……そういう風なことがあって、今日は二人で少し遠くに遊びに来たんやけど。
「どないしよう」
「わふ」
「ダメやで? こんなところで――したら、世間様の迷惑になってまう」
「……わふ」
わたしが昨日見とれてたんは動物番組。 そこにはフリスビーで遊んどる人がおって……それを見ていた家族――ザフィーラは、今日いっしょにやろうって言ってくれたんやけど。
「わたしがついはしゃいでもうたから、あんなところに引っかかって……うぅ」
「わふわふ」
1投目は恐々と、2投目で自信がついて、3投目でもう大はしゃぎ。 どんどん大きくなってくフリスビーの飛距離に、わたしは全然気づかなくてな。
そんでもってわたしがどんなに無茶な方に飛ばしても、必ず掴んでくれるザフィーラがとっても嬉しくって。 それで気づいたら背の低い木の上に引っかかってもうて。
「車椅子のわたしじゃまず届かへんし。 ザフィーラは“いま”はダメやしなぁ」
ちなみに、わたしは小さいころから足が悪くてな、ずっと車椅子生活。 だから木に登るのももちろん、自由に歩くこともでけへん。
とっておきはあるんやけど、人様の前でやるのは絶対でけへんし……困ったわ。
「ん~~誰か助けを呼んで……」
すこし周りをみてみると、ジョギングをしてるジャージ姿の人。 わたしみたいに散歩中の人に、黄色い雲みたいな乗り物に乗ってこっちをじっと見ている男の子に、芝生に寝転んで日向ぼっこしている人……なんやえろう気持ちよさげやなぁ。
「あ~~気持ちよさそうやなぁ」
「わふわふ!」
「なんやザフィーラ?」
幸せそうに眠っている人を見ていたわたしの服を、優しく引っ張ってくるザフィーラ。 なんや? そんな忙しそうにいったい何がどうし…………
「おっす!」
「――へ?」
「グル!」
男の子が居った。 片手をあげて、その上げた手のひらをこっちに向けながら元気いっぱいに笑いかけるその子は、わたしと目が合うとフヨフヨと近づいてくる。 ん? ふよふよ??
「う!? 浮いてる!! 人が……空に!!」
「お??」
さっきのは訂正せなあかん。 超常現象がそこにおった。
その子は、う~ん。 すっごいボサボサの黒い髪で、わたしよりも低そうな身長……年下かな?……それにオレンジ? 山吹色っていうんかな? 円の中に『亀』って書かれた結構派手な色の道着と青いリストバンドと小さい靴。
それだけでも十分に人目を引きつけるのに、その子は雲の上にのっかってこっちをじっと見て来とる……なんなんやろ。
「なぁ、聞きてぇことがあるだけどさ」
「き、聞きたいこと?」
「そだぞ。 おめぇよ、“りんかいこうえん”ってとこ知ってるか? オラそこまで行かなくちゃなんねんだ」
「りんかい……あ、臨海公園!」
「そうだぞ、りんかいこうえんだ! オラあっちの方からずっと探してたんだけどさ、ちっともそれっぽいところがなくってよ」
あっち? えっとぉあっちって確か臨海公園がある方だった気が……もしかしてこの子、正反対の方から来たんちゃうんかなぁ。 そうだ。
「えっとあなたが来たところに一回戻ってみたらええと思うよ? そしたら今度はそのまままっすぐ行けば、大きい公園が見えてくるはずやから」
「もどる? そんじゃオラ逆方向に来てたんだなぁ。 そりゃ見つかんないわけだ」
「あはは」
「ははっ! ……ん?」
良かったなんとか話がまとまってきた。 でも突然上を見上げた男の子。 そしてわたしの顔を見比べると、不思議そうな顔になる。
どうかしたんやろか? わたしがそんな心配をしていると、その子はゆっくりと話しかけてくる。
「おめぇあれ取ろうとしてたんか?」
「……あ」
あれ……見てたんやな。 どないしよう、頼めるんならお願いしておきたいところやけど、こんな小さい子に頼むのも少し気が引けてまう。
「よっし! 道教えてくれたかんな、オラ取ってきてやっぞ」
「あ! ちょっとキミ!」
登って行ってもうた……あ、すごく身軽やなあの子、尻尾もあってまるでお猿さんみたいやわ――ん? しっぽ??
「いよっこいせ! これでいいんだろ?」
「あ、うん……」
あっという間やったなぁ。 何かお礼でもしてあげたいけど、この子先急いでるみたいやし……そや! 今度うちでご飯でも作ってあげよか、味にも自信あるしきっとこの子も満足――
「え?」
この子も……今のいままで、目の前に居た小さな男の子が喜ぶ姿を想像していたわたしは、そこで言葉を詰まらせていました。
だって、そこにはもう男の子なんかいなくて。
「それ、車いすって奴だろ? 足が悪いヤツが乗るもんだって、キョウヤが言ってたっけかな?」
「ほぇ……」
つい、見とれてしまうくらいに、背の高い男の人が居って。 その人はわたしの頭を大きな手で撫でると、にこりと音がするくらいに微笑んで。
「あんま無理すんなよ? 転んだりしたらあぶねぇもんな、今度は気ぃ付けて遊ぶんだ、いいな?」
「は……はい……」
わたしを気遣う言葉。 それを言い出すと背を向ける。
先ほど立っていた男の子と同じ色の道着と青いアンダー、それと同じ色のリストバンド、さらに特徴的な黒いつんつんあたま。 背中いっぱいに書かれた円の中に刻まれている字……なんて読むんやろ? 悟り? とにかくさっきの男の子とは違う人の筈なのに……はずなのに。
「きゃ――」
一瞬だけ吹いた風。 思わずつむった目はあの人の事を見失う。 もっとよく見ておきたい、あの人の顔をおぼえておきたい。
焦りながら目を擦り、すぐさま開いた視線の先には……
「あれ?」
「?? どうかしたんか? ぼうっとしちまってよ」
「わふ?」
「え? ええ?」
あの人はもういなくて、その代わりに居たのはあの男の子。
悟りっていう字も、山吹色の中にあった青いアンダーもなくなっていて、あのひととの接点は多いけど、それを否定するかのように違うところの方が多くて。
「とにかく、オラもう行くな。 道教えてくれてアンガト」
「あ、ちょっとまって!」
「なんだよ? まだなんか用あんのか? オラ急いでんだ、早くしねえと……」
「その! なまえ……名前教えてくれへんかな?」
「名まえか?」
「うん」
とりあえず、そやな、この男の子の名前だけでも聞いとかなあかんな。 えっと、人に名前を尋ねるんやから……そやな。
「わたし、“八神はやて”言います。 そんでキミは――」
「オラか? オラ孫悟空だ」
「そん……悟空?」
「そだぞ、悟空だ」
空を悟る……えらく大層ななまえやなぁ。 驚いたのも一瞬だけ、悟空と名乗った男の子は元気よく飛び跳ねて、さっきまで乗っていた雲? の上に降り立つ。
孫悟空……雲……あ、背中に赤い棒背負ってる! もしかして……あはは、そんな訳あらへんよね。 きっと急いでいるんだろうなぁ、名前を教えてくれたあの子はふらっと空に浮かんでいくと。
「きゃあ!」
「がう!?」
「いっけー! 筋斗雲!!」
遠くのお空に消えてもうた……なんやろうなぁ、いろんなことがあって頭がいっぱいいっぱいや。
いきなり現れて、困ってるこっちを笑顔にして、あたま撫でたらどっかに飛んで行って……えらく気持ちの良い子や。 家で待ってる“みんな”にも会わせてあげたいなぁ。
「そうやな、今度ウチに招待しよ! ね? ザフィーラ」
「……そうだな(しっぽ……かぁ)」
「えへへ。 また会おうな、ごくう……」
別れた後、誰に聞こえないくらいにささやいたあの子の名前。
そこに含んだのはどこにでもあるような親愛の想いで、きっとまた会える、そんな予感めいたことを強く感じたわたしは、ごくうが消えていった空をずっと見上げていたんや……いろいろと不思議なことが多い男の子。 また、会おうな――ごくう。
AM11時 臨海公園 敷地内
悟空がはやてと名乗った少女と別れてそれなりの時間が経った頃だろうか。 この海鳴りの中でも屈指の面積を誇る敷地の中に彼女たちはそこにいた。
「悟空、おそいな……」
「ん~~」
金とオレンジの頭髪の女の子が二人。 片方はフェイト、もう片方はアルフと呼ばれていた女性だ。 彼女たちは公園の噴水で立ち往生している。
右を視てはため息をつき、左を見ては肩から力を抜いていく、さらに天を仰ぐと目を閉じて、この間から続く彼等との小競り合いを思い……描く。
「なんでだろ……」
「え?」
「あ、ううん。 なんでもないよ?」
「そうかい?(フェイト、この間からずとこの調子。 アイツに手紙を出すなんて言ったときも頑張ってパソコンでいろいろ調べたりして……どうしたんだろうねぇ)」
描いた先は優しい顔とひどく怖い顔。 その対極は彼女の心に一つの波紋を作り出す。
「こっちの邪魔したり、助けたり……怒ったり……よくわかんない子」
「ん~~(よくわかんないのはフェイトもなんだけどねぇ、実際、敵のアイツに会うだなんて変だし、手紙を書いてるフェイトはどこか浮かれていたみたい……? だったし)」
その波紋は彼女の心の淵まで届くと、跳ね返っては中心に戻っていく。 トクントクウと鳴り響くかのようなその振動が、自身の心臓の音だというのを彼女は自覚出来てはおらず。 その代わりにわかることなんて、今自分が行っている行動の不合理さ。
「気付いたら手紙を置いてきちゃったけど……どうしよう、この後何するか考えてないや」
「えぇ!? ウソだろフェイト!」
「…………ごめん」
「あ、あはは(どうしちゃったのかねぇ……ほんと)」
それに気づいた彼女は自分の足元……つま先付近を見つめると、金のツインテールを左右に揺さぶる。
どうして? なんで? 自問自答を始める彼女に返ってくる答えなどなく、それは彼女の真横にいるアルフも同様で。 彼女たちが求めたもの、しかしそれは唐突に飛んでくる。
「おーい!」
「――あ」
「うげ!」
ついに到着した悟空。 彼は筋斗雲に乗ったまま、はるか上空からフェイトたちを見下ろすと高速で突っ込んでくる。
あわや激突するかというところで、筋斗雲をパージした悟空は低姿勢で地面に着地、そこから一気に両手を上げると体操選手よろしく大きく伸びをして。
「じゅってーん!!」
「……」
「あんたねぇ――ってちょっと!?」
あまりの登場にシリアスが去っていく公園内。 俯き加減だった少女も今はただ苦笑いをするだけで、そんな彼女たちに悟空は首を傾げる。 なんでそんな顔をするのかと、しかそんな悟空の質問が出る前に、オオカミが一人だけ即座に行動する。
「いきなり何すんだよ?」
「うるさいよ! っく! この?!」
「あ……えっと……あうあう」
いきなり悟空を抱え込み小脇に抱えると、今度は彼が乗ってきた相棒に手をのばす。 それはあまりにも世間的に不自然で、どう考えても
「この雲! なんで触れないんだい!!」
スカスカと言ったり来たりする自身の手にイライラを隠せないアルフ。 まるで霞に突っ込むようなそれにキャンキャン咆えると、横でフェイトが困り顔。
片手を口元で軽く握って、もう片方はどこかえ向かって行ったり来たり。 軽く挙動不審な彼女は普段取るはずではない行動を連発していた。
その絵面をながめていた悟空は首を傾げると。
「?? 急にあわてたりしちまって、変な奴らだなぁ」
『ちょっとは慌てようよ!?』
「……お?」
ここでもいつもの調子であったりする。
~~~~それから5分が過ぎ。
「そっか、この辺じゃ筋斗雲は目立つからダメなんか」
「あ、うん。 この世界はね、魔法とかそういうのは知られてないから、あんまり目立つことはやっちゃダメなんだ」
かなり心を乱された少女は、そこからなんとか立て直すと雲……筋斗雲をあわあわとおかしな挙動で、けれどとてもやさしく“押し出し”てはなんとか空にお帰りいただき、その騒動がひと段落すると、今度は近場のベンチで悟空に『常識』を言い聞かせているところである。
「そうなんか。 魚屋のじいちゃんや、一緒に居た玉打ちの広場にいた女とかに見せたら嬉しそうに大笑いしてたからよ、オラてっきり問題ねぇモンだとばかり思ってたぞ」
「……え……?」
「こ、この町の人間はどんな思考をしてんだい。 どう見たって未確認飛行物体だろうに……はぁ」
教えていたはずである。
事ここに至って、やっと思い出した悟空の型破りさを再確認した彼女たちはそこで我に返る。 思い出したともいえるその仕草に悟空は気付かないが、それを気にしていられる彼女たちではない。
すかさず本題に……入りたいのだが。
「えっと……」
「なんだ?」
「……その」
「なんだよ? なにか言いたいことあんのか?」
「うぅ」
「ん? ……ぁあ! そうだおめぇ!!」
「え?」
言いたいことは、悟空の方にあったりした。
昨日貰ったアレ、あれの内容が変だったからしなくていい苦労をした悟空はここで少しふくれっ面。
プンスカと頬をふくらませるとフェイトに向かって指を向けては大きくしゃべりだす。
「おめぇが送ってきた手紙よ、あれ時間とか詳しい場所が書いてなかったぞ!」
「え?」
「おかげでオラ、日が昇ったらすぐに家出てよ、ずっとおめぇたち探してたんだぞ。 モモコがくれたべんとうがあったから平気だったけどよ、ちゃんと書いておかねぇとオラ困っちまうぞ」
「え! ウソ!?」
「ホントだ! 文字だってシロウが読んでくれなくちゃわかんなかったしよ」
「え? ええ?!」
サクサクと文句を言い放ってくる悟空に、目を白黒させるフェイト。
お互いにどうしてという顔で見つめ合う中で、それを少し離れてみている
「はぁ、だから普通に書けばよかったのに」
それは悟空に出された手紙の事であり、昨日の早朝に少女が一人、自宅にて36枚の和紙を犠牲にしたうえで完成させた傑作の事。
悟空という単語の意味を調べ、その者の母国を見て、さらに母国語を見て……書き連ねる。
実はこの娘っ子は、美由希と大体同程度の学を修めているらしいのだが、それが災いしたのであろう、そこから生まれてしまった生真面目さが今回の誤解を引き起こしてしまったのである。
「えっと、悟空の国の言葉だったと思ったんだけど……ちがったかな?」
「ちげぇぞ。 亀仙人のじいちゃんとこで“こくご”や“さんすう”教えてもらってたけどよ、オラあんな字見たことねぇぞ!」
「うぅ……そうなんだ」
すこしづつ解かれていく誤解の糸。 こんがらがっていたそれは別方向に不器用なふたりの手によりゆっくりともとに戻されていく。
大雑把な男の子と、他人との距離感がわからない女の子はゆっくりと歩み寄っていくのであった。
段々と理解してきた今回の失態だが、その間に聞いた『じいちゃん』という単語は、少女にほんの少しの好奇心をもたらす。 悟空の関係者、彼に何かを教えたであろうその人物。 いまだに悟空の事をわかりかね、徐々に知りたいと思いつつある少女は、ついついそれに手をのばしてしまう。
「……亀仙人のじいちゃん? じいちゃんってことは、悟空のおじいさんなの?」
「ん? ん~~亀仙人のじいちゃんはどっちかって言うと師匠になるんかなぁ? オラのじいちゃんは別にいんだ」
「別?」
「そだ。 “孫 悟飯”って名前ぇでよ、オラの事拾って育ててくれたんだ」
「え?」
「なんだって……?」
それは前にユーノがやって見せた失態。 悟空の『ひろった』という言葉に一番鋭く反応して見せたのはオレンジ頭のアルフ。
彼女は先ほどまでの呆れ顔を消すと、悟空の顔をじっと見つめる。 背丈から前かがみになっている彼女はその状態を保つこと約3秒、スッと元の態勢に戻ると。
「……ふーん」
「なんだ?」
「なんでもないよ」
「……アルフ」
先ほどよりもそっけない態度を見せてはそっぽを向き始めていた。 そこはかとなくその目が『同じもの』を見つけた共感めいた光を含んではいたが、それはフェイトにしかわからず。
「そいつ」
「ん?」
「アンタを拾ったその“ゴハン”って言うヤツ。 今どうしてんだい? 元気なんだろうね?」
それを悟らせないようにするかの如く。 ほんの少しの興味、拾ったという言葉から大体を読んで取れたアルフは悟空に祖父の事を聞く……聞いてしまう。
「元気なんじゃねぇかな」
「なんだい、はっきりしないね! あんたを拾ってくれたひとなんだろ?」
「ん~~」
「悟空?」
返ってきた答えはあやふやで、不確かなもの。 右手で後頭部をかいては尻尾を不規則に漂わせる彼はまさに迷い顔。 どう言ったらいいんだろうとつぶやいて、やっと出した言葉。
遠い昔……今の悟空からすれば数年前になるだろうか。 そう、朝目が覚めたらすぐ近くには祖父が眠っていた……
「一回だけな、じいちゃんとまた会った時があってよ。 そん時に言ってたんだ、『あの世もわるくない』ってさ」
「……う」
何度呼びかけても目を覚まさない。 住んでた家は滅茶苦茶に破壊され、祖父の周りには大きな足跡のようなものが刻み付けられており。
「あ、あの世? い、意味が分かんないんだけど……アンタの爺さん、もしかして――」
「ん? じいちゃんか? オラのじいちゃんな、オラがもっとチビだったときに……」
そこで彼は祖父の言いつけを思い出す。 彼らが住んでいたかの地には『ある夜』に唐突に巨大な怪物が出現するお話を。
外にさえでなければ“現れることがない”その怪物に対抗する手段はただ一つ。 『その夜』には決して外に出ないということ。
巨大な怪異の生物。 その名は――――
「大猿の化け物に踏み殺されて死んじまったんだ」
「………あ…」
「……む」
大猿の化け物。
あまりにもあっけらかんと言い放ったのは凄惨な事実。 まさかこんな話になってしまうなんて思わなかった彼女たちは口を紡ぐ。
天涯孤独……こんな小さな男の子がと、暗い顔をし始める……のだが。
「なんだよ? シロウやユーノとおんなじ顔しちゃってさ。 あ、そうだ! 今日さ、なんでオラの事よんだんだ? この間の続きか?」
「あ、え? ちがうよ!? きょ、今日はこの間のお礼がしたくて……って、これは手紙には書いたと思うんだけど」
「そうだったっけかなぁ? 忘れちまった!」
「……もぅ」
「………コイツは…」
つまらない話はもう終わり。 そう言わなくてもそうさせてしまった悟空にふたりは最初とおんなじ呆れ顔を披露する。
悲壮感なんか悟空には似合わないし背負うこともしたくない。 それを言うわけでもなく思っているわけでもなく、気付けば空気があたたかくなっていて。
――――けれど。
そんな彼らに、不意に変化が突き刺さる。
「――――!!」
「え?」
「悟空?」
唐突にあさっての方向を見始めた悟空。 その顔はひどく強張った重い雰囲気をもたらす、力がこもった
先の戦闘と、最初に出会った時の戦闘ですら見せたことのないそれが映すのは警戒……なのだが。
「?? 消えちまった……なんだったんだ?」
「え? え??」
「……(コイツ、あんな顔もできるのかい……)」
困惑するフェイトたちを余所に、不意に消えてしまったプレッシャーに疑問を持ちつつも警戒を解く悟空。
確かに感じたはずだった例の力。 『気』と呼ばれるそれを取り逃がしたか勘違いだったか……とにかく、いま悟空には何も感じ取れず。 見上げた空をただ眺めるだけで、結んだ眉をグシグシほぐすと、傍らの彼女たちに向かって口を開く。
「なぁ! 今なんかいなかったか!?」
「??」
「さあねぇ。 アタシはなんにも気が付かなかったけど? なに? もしかしてこないだの管理局の奴かい?」
悟空の質問に警戒心のレベルを1段階引き上げようとするアルフ。 それとは対照的に何事かと周囲を見渡し、金色のツインテールを前後に振っているフェイトは若干置いてきぼり。
感知能力が犬並みのアルフとそれ以上の悟空が見逃してしまったほどのものだ、平均的な感覚を持っている彼女にわからないのは無理もなく。
「おっかしいなぁ……誰かが見てたような? なんかやばい感じがしたんだけどなぁ」
「悟空――「ま、いっか!」……いいんだ」
切られていく会話。
『いつもの奴』をやって見せた悟空にため息を隠せないフェイトはほんの少し頭を抱える。
「はは! それよりもよぉ、オラ腹減っちまったぞぉ」
「う!?」
「アルフ……?」
時刻はもう昼過ぎになっていた。
日は少しだけ頭上から傾いており、朝早くから筋斗雲を飛ばしていた悟空のアイマイな腹時計はいつも通り、下手な目覚ましより効果のあるアラームを鳴らしていた
「あ、うん、そうだね、わたしたちもご飯にしよっか。 えっと、アルフ?」
「え? あ、あぁぁ~。 そ、そうだねフェイト!」
ややぎこちない反応をするアルフを疑問に感じながらも、フェイトは悟空を連れて広場を後にした。
だが彼女はまだ知らない、自分が今どれほど盛大に選択肢を誤ったのかを、そしてすぐ横で必死にこの状況を打開しようとしている主人想いな相棒の苦悩を…………そして彼らは知らない。
「つまらない世界にたどり着いたと思ったが」
その光景を見ていた男がいたことを。
「まさかおまえがいるとは思わなかったぞ」
遠くの山奥から見えるその男は全身が薄黒く、とてつもないほどに屈強で。
「そんな成りだから、一瞬だれかわからなかったがな……」
左目には妙な機械を付け。
「せいぜい今はそのママゴトを楽しむんだな」
上下に揺れるその『尾』は長く茶色。 宙に揺蕩うその尾を、帯のように腰に巻きつけ。
「今度こそ殺してやるぞ」
黒い鎧を怪しく鳴らして、懐から取り出したきれいに輝く『青い石』を口元に運んでいくと薄く笑い。
「………………カカロット」
『それ』を一気に飲み下した。
悟空「おっす! オラ悟空!!」
フェイト「いろいろと話を聞きながら、町に食事に出かけるわたしたち……あれ? どうしたのアルフ?」
アルフ「いやぁなんでもないんだよ?! ただちょっと(犠牲になってもらう)お店を探してて……さ?」
フェイト「そうなんだ。 あっ、あそこなんか――「あの食べ放題やってるとこでいいんじゃないかい!?」――そうなの?」
悟空「あ! なんかいい匂いする!!」
アルフ「はい決定! はい行こう!!」
フェイト「アルフ、あんなにあせってどうしたんだろ? あ、もう時間だ」
悟空「じゃ、今日はオラだな! 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第13話」
アルフ「穏やかな時間は打ち砕かれた」
悟空「なんだおめぇ?! オラとおんなじしっぽが――!!」
???「ふはははは!! 何もかもを思い出せずに死ぬがいい!!」
フェイト「また……ね?」