魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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今回は、いつもよりも少なめです。

変身してしまった悟空。 そんな彼を止めようと必死の思いで動かすも困難な身体を引きずっていくフェイト。
彼と彼女は、そしていまだ来ないなのは達は、どうやってこの災害レベルの事態を切り抜けるのか。




パワーバランスと展開に難がたまにあるかもです。 ここで謝らせてください……では14話どうぞ。


第14話 星の光が満ちるとき

本能――

 人間は生まれてきた際にまず産声を上げる、これは胎児が外気を吸うために必要な手順であり、その知識はあらかじめ遺伝子に刻まれたものである。

 そして育つにつれ這いつくばり、立ち上がり、歩き出す。 これらすべては人が生きるために必要なことであり、それを本能でわかっている赤子は自然とそれらの行動をとるのである。

―――――――そう、すべては本能……その者の性質なのだ。

 

「やめて!」

 

―――――――故に目の前の光景は。

 

「――――目を覚まして!!」

 

――――――――――――彼の、『彼ら』にとっては。

 

「悟空!」

 

――――――――――――――――――ごく当然の行動なのである。

 

 

[Defensor]

「ぐ!!」

 

 バルディッシュからの警告が聞こえたその瞬間、フェイトの側面から黒い何かが飛来する。 主の危険にバルディッシュが自動詠唱したディフェンサーはフェイトの戦闘スタイルのせいもあって硬度が低く、なのはの使うプロテクションに比べると『防ぐ』より『逸らす』に適した魔法である。

 今回はこの性質が好転した。

 

「はぁぁぁ!!」

 

 その黒い影からの攻撃を器用に、しかしギリギリのタイミングで受け流したフェイトはその影を見た。 黒い体毛に覆われた巨大な腕、自身の身長よりも大きく、巨大なそれは空を切ると乱気流を生み出し、フェイトを数メートルほど吹き飛ばす。

 

「なんとか凌いだけど、あんなでたらめな攻撃まともに受けたら一発で落とされる。 どうすれば……どうすればいいの――」

「フェイト!!」

「アルフ!!」

 

 孤軍奮闘を展開していたフェイトに翔けつける救援。 それはフェイトの使い魔であるアルフである。 彼女は眼の前の出来事に混乱しつつも、主人の危機にはせ参じた……そこまではよかったのだが。

 

「なっ、なんなんだいあれは!!」

「あれは……」

「こんな化け物、アタシたちなんかにどうにかできるわけがないよ!!」

 

 見た、見てしまった……決して相対するべきではないものを。

 全身を黒い毛で覆い、長い尾、大木のような足、暴風のように振るわれる両腕、闇夜でもこちらを射抜く深紅の眼光。 そのどれもがアルフを恐怖に引きずり込むのには十分なものであり。

 

【グォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!】

「――くっ!」

「なんて……音量――」

 

 放たれる咆哮に地は揺れ、怪物の背後……町から見て山の向こう側にある大海原は津波を起こす。

その一連の行動が、どれをとっても桁外れな怪物にフェイトたちの取れる手段は最早一つのみ。

 

「とりあえず空に逃げよう。 もしあれが『――――』のままだったら多分追ってはこれないはずだから」

「―――! フェイト? ……いま何て言ったの!?」

「あとで詳しく説明するから。 だからアルフ、早く!!」

【グゥゥゥゥガァァアァ!!!】

『!!』

 

 しかしその手段もあの怪物は文字どおりに『喰らいついてきた』

 

『なっ、跳んだ!!』

 

 跳躍……あの巨体のどこにそんな身軽さがあるのか、空を『飛行』しているフェイトたちに『飛翔』することで追いついて見せた大猿はそのまま片腕を振り上げ――

 

 

             バチン!!

 

 

「ガハァァ!!」

「アルフ!!」

 

 フェイトのうしろを飛んでいたアルフに向かって一気に叩きつけられた。

高度20メートル前後、この高さから無造作に地面に叩きつけられたアルフの周囲の地面は数メートルの陥没を起こし、その中心で倒れ込んだ彼女の全身を激痛が走る。

 

「ぐふ! がは!! ――か、からだ……動か……ごふっ!!」

「アルフ!アルフ!!」

 

 あの巨体から放たれた張り手と地面に激突した際の衝撃。 そのたったの一撃で行動不能にさせられたアルフは、内臓が何か所か使い物にならなくなったのか口からは吐血。 全身の骨は数か所の骨折というかなりの重傷を受ける。

 しかしあのような化け物からの無造作な攻撃で、命があるというのも十分幸運な状態なのであろうか。

 

「くっ、アークセイバー!」

[Arc Saber]

 

『グアアアアアアア!!』

「あ、悟空!」

 

 再び跳躍体制に入った大猿に対して、とっさに放ったフェイトのは中距離魔法であるアークセイバー。

それは大猿の大腿部に直撃、咆哮か悲鳴か判別のつかない声を上げると、しかしフェイトの追撃はない。 痛みに吼える大猿を見たフェイトはつい攻撃の手を緩めてしまい――

 

「―――――!」

 

 そんなフェイトをしり目に、大猿は近くにある小岩……人間の物差しで測るなら岩山と形容できようか――を両手で掴みあげると。

 

『ガァァァァ!!』

「そ、そんなのって無いんじゃないかな……」

 

 サッカーのスローインのように投げつけてきた。

 それを見たフェイトは、戦闘時にもかかわらず後頭部に大汗をかきながらその口元を引くつかせる。 しかしすぐに元の温度に下げると、それを冷静に対処する。

 

「まるで冗談のような攻撃方法だ。 あまりにも原始的過ぎて、でもこちらみたいな守勢に入った側には効率的――くっ! 街が!」

 

 余りある大質量はフェイトに襲い掛かる。 それを目で追い、なおかつ避ける算段までできる彼女。 だが……

 

「はぁぁぁあああああ!!」

 

 フェイトはバルディッシュを構える。 たとえ自分の数倍に匹敵する大きさの岩でも所詮は投擲、避けられない道理はない。 それでも彼女はその場を動こうとはしない。

 

(ここで避けたらすぐ後ろの町に被害が)「フォトンランサー」

[Multishot]

「ファイア!」

 

 少女の手が光る。 その光がひとつ、ふたつと増えていき、やがてフェイトの周りに環状陣形を作る7つの雷球が生成されていく。

 一気に生成した7つの光……フォトンスフィアは、彼女の攻撃の意思を受けると、先ほど放たれた雷の槍を高速で射出する。

 まず6本。 それが円を描くように大岩に突き刺さり『クサビ』となる……

 そして最後の一本。 それがクサビの中央に突き刺さると同時、岩石は爆発し、一気に崩壊する。

 大猿の投げつけてきた大岩は、これで1つ当たり20センチほどの破片群となって町の手前、森に流れる川辺に大量の煙と共に降り注ぐこととなる。

 

「な、何とかなった。 でも、このままじゃ取り返しのつかないことになる……お願い!悟空、元に戻っ――――!!」

『グァァァアアア』

 

 見事海鳴の街を守り通したフェイト、だがそれを祝福するものはおらず。 それどころかまったくの逆の行動をしてきた怪物がひとつ。

 それを見たフェイトの必死の叫び。 それもむなしく、爆発より起こった黒煙よりあらわれた黒毛を携えた巨腕に捕まる。

 怪物はフェイトを見つめると一際大きく吠え、そしてそのまま……

 

「しまっ―――うああああああああああああ!!」

 

 咆哮と共に、ギチギチと耳障りな音を立てながら締め上げていく。

 巨体に見合った怪力は、フェイトのバリアジャケットをひどく損傷させる。 バキバキと音を立てながら破壊されていく彼女の戦闘服。

 この音がバリアジャケットからフェイト自身の音に変わるのも時間の問題であった。

 

「ああああああ!! ぐああああああ――――!!!」

 

 もがく――こともできず。 まるで身体中を絞り出されるように叫び声をあげるフェイトは、大猿の目を見ると……息も絶え絶えにそっと話しかける。

 

「ご、ごくう…おね…が……い」

 

『――――!! …………』

 

「……悟空」

 

 フェイトのつぶやきは大猿には届かない……はずだった。

 本来、下級戦士のサイヤ人である悟空は大猿化の際には理性が完全に消失し、破壊衝動の赴くままに暴れ、目につくすべてを破壊しようとしてしまう――――――例外はあるが―――――しかし『いまは』その条件は満たしてはいない。 なのに怪物は……『彼』は確かに動きを止めたのである。

 

『――――グアァアァァ』

「――――がは!ごほ! …力が………はぁ……弱まった?」 

『グルルゥゥ……』

 

 大猿……悟空はついにフェイトを握るその手の力を緩める。 しかし理性は見あたらず、それでもその大きな歯を食いしばり、何かに苦しむようにただ唸っているその姿は、まるで破壊の本能と戦っている様で……

 

「―――なに、これ……悟空が」

 

そしてフェイトは気付いた、大猿……悟空の全身がほんのわずかだが青色に発光していることに。

 

「もしかしてさっきの――」

 

 彼女の心当たり。 それは先ほど悟空が飲み下した青い石。

 確かに同じ色の輝きだが、なぜ今になってあの石が、ジュエルシードがそのような現象を起こしたのか。 フェイトにはその答えに到達する材料も、体力もなく。

 

         ズガン!!  ドゴン!!

 

『ガァァァァアアアアアア!!』

 

――時間もなかった。

 

 

「フェイトちゃん!!」

「待つんだ、うかつに近づいたら危険だ!」

「なのは!」

「管理局の……それにあの子は悟空と……こふっ――」

 

 あらわれたのは騒ぎを見つけたなのはと人間態に戻ったユーノ、さらにアースラから転送されてきたクロノが大猿の後方から飛んできたのである。

 同時、大猿の背中に蒼と桃色の衝撃が走る。 なのはのディバインバスターとクロノのスティンガーレイ、ふたつの光が怪物に確かなダメージを与えていた。

 

「まって!この―――――!!」

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 

―――――――――せっかく見出せた一筋の希望を消し去りながら。

 

「フェイトちゃん!」

「ユーノ!」

「了解!!」

 

 怪物が怒りの色が濃いい咆哮をあげると、握りしめていたフェイトをなのは達の方へと投げ飛ばす。

 まるで最後の抵抗のように、黒いサイヤ人と自身のせいで傷付き、既に限界のラインを行き来するフェイトを遠ざけ、彼らに託すかのように。 しかしそれを見た援軍にはそのようなことなど判らない。

 

「――――うっ!」

「ナイスキャッチだユーノ! そのまま彼女を」

「わかった!」

 

 飛来するフェイトをドッジボールのように、全身を使って受け止めるユーノ。 その彼を見たクロノはすかさず次の指示を飛ばす。 そんな彼の声が飛ぶと同時に行動したユーノの対応は速く。

 

「ひどい……バリアジャケットの機能なんかもうほとんど働いてない、全身ボロボロだ」

「おねがい――ごくう……を…………」

「悟空くんもやられちゃったの!?」

「――うじゃ………あれ……うぅ――!」

 

 ある意味正確で……足りなかった。

それでもその傷の深さを見ると即座に呪文を唱え、守りと回復の魔法陣を張られたフェイトは 鎧の男に与えられたダメージ、さらに『大猿』から受けたダメージもあり、急速に意識が薄れていく。

 そんな彼女の真に伝えるべき声は誰の耳にも入らないままに……

 

「――っ! ユーノ! 下にあるクレーターに彼女の使い魔とみられる女性がいる、保護後に戦闘空域周辺に結界を! できれば数百メートル周辺を囲んでくれ!! 僕はなのはと一緒に『あそこ』へ何とか誘導する! いいな!」

「それはいいけど本当にやるのか!?」

「……あぁ、今はもうこの手しかない」

「ち、ちが――くふっ! あ……あれ…は………」

 

 伝えなきゃ。 『アレ』は『彼』は……いけない!

フェイトの思考はまとまらない。 すでに限界までその身を傷つけられたフェイトはここで意識を……手放してしまう。

 

「フェイトちゃん! こんなひどいことをするなんて……」

 

 気を失うフェイト。 彼女はついに彼らに伝えるべき言葉を言えず、そしてそれを見たなのははうつむき、小さくつぶやくとレイジングハートを握りしめる。

 

「……許さない」

「あれは僕が」

「わたしたちが」

『倒して見せる!』

『ガアアアアアア!!』

 

 なのはは目の前の怪物から放たれる威圧感に恐怖はした……したのだ。

だがそれよりも何よりも、フェイトをこんな目に合わせたあの怪物が許せなく。 傷つき、弱りきったフェイトの姿に、なのはの心は怯えるとは正反対の境地――奮えるに至ったのである。

 なのはとクロノ、彼らが声をそろえて決意を表明するとともに上がる咆哮。 それを聞き届ける間もなく、ふたりは左右に飛んでいく。

 

 

 

「…………ん」(さっきから悟空くんの姿が見当たらない。 どこにいっちゃったの!?)

 

 傷つけられたフェイトを見て奮起するなのは。 

 だが、心はいまだに姿が確認できない悟空への心配と不安が渦巻いており、一刻も早く『目の前の怪物』をなんとかしてしまい、見当たらない『悟空』の安否を確かめたい、彼女の心にある不安と言えば今はそれだけで―――今起こしている行動がどれほど愚かしく、矛盾しているかも知らずに、彼女はその不安を振り払ってしまう。

 

「ディバイィィィン――」

 

 なのはは大猿から距離を取ると即座に魔法陣を展開。 環状に描かれていく方陣を媒体に、その身に宿す膨大な魔力と感情をレイジングハートに注ぎ込む。

 

[Buster]

「シュート!」

 

 次に響く機械音となのはのシュートの合図。 それらは砲撃魔法の完成を意味し、次の瞬間には怪物から破壊音が轟く、桃色の閃光によりその身を撃たれた大猿はわずかに後退する。

 だがそれが致命傷になることはない、だが周りの者に戦意を出させるには十分な一撃となったのである。

 

「すごい、あれがなのはの全開……こちらも!」

 

 これに刺激されたのはクロノ。 彼は前方にかざしたなのはの姿から激を入れられるように、デバイスを持つ方の腕を外へ広げるように横へ薙ぐ。

 

「スティンガーブレイド!」

 

 同時に発せられた声に呼応して、薙いだ軌跡をたどるように出現する魔力の(つるぎ)たち。 それはクロノの周囲にもあらわれ、クロノの色である水色の魔力刃が彼の周囲を次々に取り巻いていく。

 

(あの巨体だ、生半可な攻撃じゃただこっちが消耗するだけ……もっと、もっと魔力を!)

 

 10……20……30……瞬く間に増えていく魔力刃は夜空を水色に染め上げる。 そして薙いだ腕は天を仰ぎ、それに反応した剣たちも、若干上空へと高度を上げる。

 まるで弓矢を引くかのような一連の動作は、糸が切れるギリギリまで行われ……一気に解き放たれていく。

 

「エクスキューションシフトォォォ!!」

 

 クロノはその腕を、夜空にひしめく50ある刃とともに一気に振り下ろした。

 

『グオオオオオオオ!!!』

 

 天より降り注ぐ無数の魔力刃、だが大猿は避けることはおろか防ぐこともしない。 息を荒げ、速度も遅い、だが確実に上空のクロノの真下に移動しようとしている。

 次々にその巨体に突き刺さる魔力刃は怪物に確実にダメージを与えている……はずなのに……

 

「進行が止まらない! かなりの魔力を込めたのに」

「クロノくん! 一回でダメならもう一回だよ! ディバイィィン……バスターー!!」

 

 困惑するクロノを横に、なのはの第2の咆哮。 再び桃色の閃光が闇夜を切り裂いていく。

 

『ガァァアアアアア』

「えっ、効いた!?」

「なんでもいい! やっとできたチャンスだ……なのは!」

「クロノくん……わかった!」

 

 なのはの放ったディバインバスターは大猿の右足に直撃。 先ほどと同程度の威力のはずのこの攻撃に大猿は叫び声をあげると、後方へ倒れ込み、大地に尻餅をつく形となる。

 現れた効果、見出し始めた好機、それらを確かめるように顔を見合わせたなのはとクロノはここぞとばかりに……

 

『ユーノ(くん)!!』

「……いくよ!!」

 

 彼の名前を呼ぶ。

 それは遥か遠方にてフェイトとアルフに治療魔法をかけつつ、この機を待っていたであろうユーノ。 彼は全身から魔力を汲み上げると、それを現在組み上げている魔法へと一気に流し込む。

 

「はあああ!!」

 

 ユーノの叫び。 それに呼応するかのように、大猿を中心とした周辺世界は『ずれる』

 結界と呼ばれるそれは、日常的にすべての生物がいるであろう通常空間から、ある特定の範囲を切り取り、その切り取った空間内の認識を外からできないように阻害するもの。

 全方位が森に囲まれ、すぐ近くには海、反対側……結界の外には突如上がった戦哮による混乱から立ち直り、やっとのこと日常生活に戻ろうかという海鳴の街並みが夜景を街頭で照らしていた。

 つまりは、今回の騒動、いまだ表立たされてはいない……そう、やはり一部の人間たちを除いてだが。

 

「これで……大きな音を立てても大丈――夫!! ディバインシューター!!」

[Divine Shooter]

 

 だからこそ彼女たちの戦いは『ここから』なのである。

 なのはの攻撃宣言。 それは今までの砲撃とは違う誘導弾を扱う技。 速く、強く、しかし複雑に、暗い空間を自由に駆け回るシューターはその数5個。

 

「まずは牽制! 行って!!」

 

[10]

 

 それらはなのはの言葉と共に大猿へと飛び去っていく。 しかしその輝きは『6』 いささか大きいもう一つの色は……水色。

 

「もっと“下がって”もらう!! スティンガーレイ!」

 

 その正体は、先ほど大量の刃の雨を降らせたクロノ。 彼はなのはが放った弾丸たちに追随しながら、短剣サイズの攻撃魔法を放ちつつ大猿へと接近していく。

 しかしそれを許す大猿ではなく……クロノに向かって、奴は『咆える』

 

『グオオオオ! ガアア――!!』

「クロノくん!!」

「っ!! やはり迂闊には近づけない……でも!!」

 

 只の咆哮。 それでも体躯に見合った音量はそれだけでも音波兵器に匹敵するほどの声量を持ち、空間を揺らすその振動音は空を翔けるクロノに容赦なくぶち当たる。

 空で大きくバランスを崩すも、それでも彼はまっすぐに飛んでいく……そして大猿の攻撃可能範囲へと入ってからが彼の見せ場――否。

 

「いっくぞーー!!」

『グルルルゥゥ……』

 

――魅せ場である。

 

 大猿が大きく振りかぶる。 まるで眼前に浮かんでいる羽根虫を散らすようなその仕草は、明らかにクロノを的にしたものであろう。

 忌々しく、鬱陶しい。 食いしばる巨大な口から見える白い牙は、そのことを深く思い知らせるに至る。 それを見たクロノは当然……回避と攻撃の準備を整えていた。

 

「横払いに攻撃が来る――」

『グオオオオ!!』

 

 例えるなら……戦闘機のドッグファイトというべきだろうか。

 襲い掛かる巨腕を前に、彼がとる行動は……やはり前進。 冗談のような巨大さを誇る“タダの腕”を無駄なく縫うようにして躱し、さらには大猿との距離を大縮める彼はさすが管理局員というべきだろうか。

 いままでため込んだ戦闘経験をいかんなく発揮する彼に、微塵の隙も慢心もない。

 彼の持つ杖は、いつの間にか水色の輝きを放っていた。

 

「どんなに強い生物でも、必ず弱い箇所は存在する……例えば!!」

 

 巨腕を潜り抜けたクロノに、もはや邪魔をする者はいない。 空振りから立ち直れず、見た目通りに大きな隙をさらす大猿は無防備。

 その懐に弾丸が如く入り込んだクロノは急上昇。 空気を、風を切る音を作り出しては『く』の字を描くように大猿の頭部……眼前へと舞い上がる。

 

「ここだ――――」

 

 通り過ぎ様。 一瞬だけ交わした怪物とクロノの視線。 その深紅の眼に映りこんだ自身の顔は……笑い顔。

 してやったりという顔を一瞥した彼は右手に持った杖に意識を集中する。 それは彼の“熱量変換”素質からくる熱量を伴う砲撃魔法。 そのチャージが臨界にまで達すると同時、彼はすぐさま振りかぶる。

 

「ブレイズキャノン!!」

『グギャアアアアア!!』

 

 闇夜に爆音が轟く。

 クロノの放ったブレイズキャノンは大猿の鼻っ面に爆炎を作る。 漂う硝煙にも似た焦げ臭さを残し奴は大きく後退する。 その数はおよそ3歩、距離的には100メートルはくだらないだろうか。 結界の範囲ギリギリまで、そして町から大きく遠ざかったところまで移動させられる。

 

「いいぞ。 あと少しで――」

「クロノ! 避けろ!!」

「――――え?」

 

 それを見たクロノの歓喜の声、ソレと同じく飛び交うのはユーノから飛び出る警告の大声。 そして何か大きなものが持ち上げられ、風を切るように射出されたナニカの音と……

 

『グオオオオ!!』

「なに!?」

 

 怪物の反抗を表す咆哮。 さらに巻き起こる暴風はクロノに向かってかなりの速度を持って接近してくる。

 

「い、岩!? なんてでかい――」

 

 岩だった。 それは先ほどフェイトにもけしかけた攻撃方法。 果てしなくまっすぐな放物線を描くそれを前に、黒の表情筋は一気に緊張する。 迫りくる巨大な質量に、彼は確かにテンパったのだ。

 

「くっ! ブレイズキャノン!」

 

 とっさの判断により繰り出したクロノのブレイズキャノン。 先ほどのモノよりも、さらには開始直後のディバインバスターよりも威力が低いそれは、代わりに出だしが早い速射性を重視した形態である。

 

「ふぅ、何とか粉々に―――!」

 

去った一難に安堵のため息を漏らすクロノ。

 

「ふぐっ――!!」ゴチン!!

 

 ―――――だがやはり威力の低い攻撃、ろくなチャージもされずに放たれればある程度の撃ち漏らしも出てきてしまう。

 

(な、なんで僕だけーー!!)

 

 そして今回、運悪く『それ』が頭に降ってきたクロノ。 その身の丈よりも巨大な岩石が、自身の頭上で真っ二つに割れながら、彼はうっすら涙を流す。

 その不意打ち、その理不尽。 憤ることもできずに、クロノは自由落下を慣行、勝手に地面に激突した。

 

「クロノ君!!(痛そう……)」

「クロノ!(……痛そう)」

[3]

 

 それら一部始終をきっちりと見守っていたなのはとユーノ。 彼女たちは地面に激突し、足を引くつかせつつ、律儀に生存を知らせてくるクロノを見ては心で十字を切る、さらには後頭部にでっかい汗を作っては、彼の健闘をささやかに称えていた……のである。

 

 そんなこんなで。

 なのはたちの攻撃にまた一歩後退をした大猿の背後には闇が広がっていた。 正確には森から少し離れたところにある海に面した土地……背の高い崖にまでに誘導させられていたのだ。

 

[――――――2――――――――1]

 

そしてクロノの大活躍により、戦闘開始から数えられていた謎のカウントが終わろうとしているレイジングハート。

 

「クロノくんの犠牲は無駄にはしない!」

 

 そこには、輝きがあった。

 暗い夜空を照らすかのように生成された桃色の光。 なのはのパーソナルカラーによって形成されたその光は、しかしその輝き、決してなのはの魔力だけではない。

 

 金色の装飾の先に充てんされていく膨大な魔力、それはカウントが終わろうとしているこのあいだにも容積を増やし続けている。

 戦場に飛び交い、いつの間にか消えていたなのはのシューターは、光の粒子となってそこに“還って”行き。 クロノが放ったブレイズキャノンも、フェイトのフォトンランサーも、その発動後の残り香程度にしかない魔力ですらなのはの元へと募っていく。

 

 戦場から自分の足りない力を集めていく光景、その様々な色の魔力の色が、桃色に変わる様はとても幻想的で、美しい。

 そしてこれは似ていたのだ。 『彼』の“遠い未来”であり、“其の昔”に使用せしあの技に――――

 

「受けてみて!これがわたしの―――――」

 

 レイジングハートの輝きは臨界に達する。 すべての準備は整った、あとは放つだけ……

 

「―――――――――うぅ……ここは……!」

「あ、気が付きましたか……よかった、かなりのケガだったから」

 

 なのは達の戦っている地点からおおよそ300メートルあたり、ユーノの回復魔法の陣の中でフェイトは微かに目を覚ました。

 

「――ッ! そうだ悟空が!!」

「いまなのは達があの怪物を相手にしているんだ、あれさえなんとかすれば悟空さんを見つけられ「ちがう、あれは!!」―――え?」

 

 いまだ混乱冷めきらぬ自身の脳をシェイクして、それでも動かぬ身体に鞭を打ち、彼女は看病をしていたユーノにつかみかかる。

 夜空に光る輝きはなんだ! あれをいったいどうする気なんだ! などと、問い詰めることすらすっ飛ばして彼女はついに真実を口にする。

 

「あの怪物が悟空なんだ!!」

「――――――!!」

 

 それは、あまりにも遅すぎた答え合わせ。

 しかもここは戦場からはとても遠く、彼女たちに真実を伝えようにも、どれほど声を張り上げようとも決して届かないだろう。

 

「早く止めさせないと……はやく! でないと大変なことになる――」

「え……え……悟空…さん…?」

「しっかりして! あなたが伝えてくれないと……くっ――!」

 

 そんなものは至極承知の事。 だが、それでも硬直から抜け出せないでいるユーノでは間に合わないと確信したフェイトは全身の残った魔力をかき集め、ある魔法を発動する。

あの子を止めなければ……このままではあの子が……悟空が――

 

【お願い――届いて!!】

 

 どうやっても動かない身体に更なる鞭を打ち、フェイトはありったけの思いを『念話』に乗せた。

 魔導師としては初歩的で、タイムラグがなく、選んだ相手に言葉を届けるその魔法。 その交信相手は……やはり彼女。

 

 しかし、“彼女”の手はいまだ止まることはなく。

 

[―――――0…………Starlight Breaker]

「―――――――――――――――全力全開!!」

 

 狙いは定めるまでもない。

 

「スターライト――」

 

 あの巨体だ、撃てば必ずあてられる。

 

「ブレイ―――――」

 

 さぁ、早く……

 あの巨体にこれを打ち込めばすべてが決まる。 グズグズなんてしていられない、はやく早く――でないとタイセツナヒトガイナクナッテシマウ。

 

 彼女は、なのはは……

 

【ダメ!その怪物は――――悟空なの!!】

【え……?】

 

―――――――――――もう後戻りはできないのだから

 

 

 フェイトの『ココロ』と『声』は確かになのはへと届いた……しかしなのはは理解できない。

 あの怪物を相手にした時のフェイトの思いを、あの怪物……悟空に殺されかけたときのフェイトの苦しみを、彼女は知ることなどできない。

 信じられなかった。 真実を受け入れられなかった。 だが少女は賢くて、聡明で……今日、悟空はいったい誰に会うために出かけたのだろうか?

 そんなものはわかりきっている。 フェイトだ、彼女と一緒に今日はずっと出かけていたのだから――だから……だけど――――

 

 止まらない、止まることのない自身の動き。

 その腕は怪物に向け振り下ろされ、桃色に輝く魔力塊はなのはの『魔力収束』のスキルにより束ねられ、一筋の閃光となって眼下の怪物に打ち出された。

 

(フェイトちゃん!?――――え?……悟空…………くん!?)「だ、ダメ!! とまってぇぇ!」

『ガァァァァァァ!!』

 

   バキバキ  ビキビキ

 

 天より降り注ぐ桃色の星の、目を覆うわんばかりの輝きはそのまま怪物を呑み込む、なのはの意思を無視して、なおも降り注ぐその光は怪物の足元に亀裂を作る。

 徐々に広がる亀裂、それは地面がなのはの攻撃に耐えきれていない証拠。

 そして大猿……悟空が居るのは海に面した崖の上。 そこは当然地面はもろく“崩れやすい” ひびは地割れのように連鎖反応を起こして、悟空の周りを取り囲む。 大きな円陣を組みあげたそれは、ついになのはのスターライトの光に押し負けて。

 

『グアアアアア!』

ガクン!!

 

 巨大な穴となり、怪物を背後の大海に引きずり込む。

 

「グオオオオオオッ!!」

「とまって……とまってよ……お願いだから止まってよぉ!!!」

 

 海底に引きずり込まれていく怪物は這い上がることができない。 『右足が動かせていない』怪物は、なのはのスターライトを受け続けながらもがき、暴れ回りながら沈んでいく。

 

「があああああああああああああああああ!!」

「いやだ! 悟空くん! いやだぁぁぁぁ!!」

 

 夜の海に少女の悲鳴が木霊する。 しかしその声に答えるものはだれ一人いない。

 

 その後、静けさを取り戻した夜明けの海から、怪物、そして悟空が見つかることはなかった。

 

 

――――――――――――――――3日後

 

 

 AM7時30分

 海鳴にある河川敷……そこからさらに下ったところにある海岸沿い。

 

「ん~海風が気持ちええなぁ」

 

 そこにはとある『一家』の3人が、少女の『願い』で海辺を散歩していた。

 

「そうですね、この季節の風はとても気持ちがいい」

「がふ」

 

 やや色の抜けた赤い長髪を後ろで結って、ポニーテールにした長身の女性と、彼女におぶられ海辺を行く少女。 そしてその二人のうしろにぴったりとついて行く大型犬のような青い獣がいた。

 

 女性におぶられている少女 “八神はやて”とその『家族』は、今この時を満喫し、これからも続いていく、確かにそう思っていたのだ。

 

「なぁシグナム」

「なんでしょうか?」

「なんやあそこに誰かたおれてへんか?」

 

 シグナムと呼ばれた女性は少女の指さす方を見た、そこには。

 

(ひとか? なにかが砂浜に打ち上げられている)

 

 それを認識したシグナムの顔に怪訝な光が差し込んでいく。 湧き上がる不信の感情、鳴り響く警戒の鐘。 外見からは想像もつかないほどににじみ出る黒い感情は……

 

「シグナム、あそこ行ってみよ? な?」

「あ、え?! そ、それは……」

「…………」

「あ、その……わかり…ました…」

 

 抱え上げていたはやての、その、か細い……いいや、あたたかさを感じさせる声に思わず“どもり”視線を漂着物とはやての間を行ったり来たり。

 やがて無言の眼差し(ひっさつわざ)を使ったはやての底知れぬ気迫とも取れかねない迫力に打ち負かされて、シグナムの足は重く、ゆっくりと方向転換したのである。

 

「大変や! このひと酷いケガやで、はやく病院につれていかんと!」

「いえ、お待ちください」

「……? どうしたんや」

 

 倒れている男に動揺していたはやてだが、シグナムはいたって冷静に目の前の男を観察する。

 何かおかしいところは……そう思ってのこの行動は――

 

(身長はおおよそで175というところか。 ザフィーラに負けず劣らない隆々とした肉付き、だが全身は傷だらけでなぜか全裸、そして特に身に着けたものはない……だが!)

 

「シグナム?」

「あ、いやその……」

 

 彼女を混乱のどん底にまで突き落すこととなる。

ついつい強い口調で言い放ってしまったシグナム、彼女は若干困っていた、この男をどうするべきか。

 

(気のせいだと思いたい)

 

 前述のとおり、打ち上げられたもの……男は身ぐるみをすべて身につけず、非武装かつ無害と断定出来よう恰好なのだ。

 だが、だがそれでも彼女の不安を駆りたてるものがひとつだけ。

 

(この男、尻尾が生えていないか?)

 

 そう、それは長く、茶色く、こともあろうか男の尾てい骨あたりから散見される『尾』の様な物体。

 男と同じく不安要素を駆り立てるその存在に、シグナムは心の中で眉をひそめる。 もしかして何者かの使い魔かなにかか? この少女の……主を狙うものではないか? シグナムの警戒心は早くもレッドゾーンに突入しようとしていた。

 だからとにかくまずは、この男から主を安全なところに連れていかねば。 そう呟いた彼女は行動に出る。

 

「我が主よ、ここはひとまず――」

「ん~じゃあウチに連れて行こな?」

「はい、それがよろしいかと……は?」

 

 …………でたはずだった。

 

 

「あ、いや、その。 お待ちくださ――」

「じゃあ決まりやな」

「……はい(このお方は……だが……)」

 

 はやての決定によりシグナムはぐうの音も出せずに負けを認めた。 しかしその内はひどくなだらかなもので。

 

「……ふぅ(そういうところに惹かれたからこそ、我らは――)」

 

 目の前の少女に対する考えを、さらに揺るぎの無いモノへと変えていくのである。

 

(にしてもよく似とるなぁ……)

 

 倒れた『男』を見るとはやて。 彼女はそのうつ伏せで倒れている男を見ると、このあいだ知り合った『男の子』 そしてその時に起こった不可思議な現象を思い出す。

 その時の光景、風の音、木の枝から差し込む太陽の光具合。 何一つ忘れず、どれも彼女は心に大切なものとして仕舞い込んでいて……そんな彼女はいつの間にか、出会った男の子の名前を小さくつぶやいていたのだ。

 

(孫悟空……ごくうかぁ)

 

 四方八方に伸びた髪……今は海水につかっていたために萎びれ、垂れ下がって入るが。 その特徴的な髪質の彼の名を、どうしてかはやては呟いていたのだ。

 

 

 唐突に訪れたこの出会い。 ひとつひとつの行動が、この後の出来事すべてを左右するなど判るはずもなく――そして。

 

 

この出会いが彼女たちの運命を大きく狂わせるなんて

       いったい誰が予想できようか…………それは誰にもわかりはしない。

 

 

 

 

 

 




はやて「おっす!!」

シグナム「あ、主……そんなに動いては――」

はやて「大丈夫やで? それよりもおどろいたわ、海に行ったらあんな傷だらけのお兄さんが倒れてたんやモンな~ あ、ザフィーラはその人おぶってってな? 元の姿に戻ってええから」

ザフィーラ「……がふ」

シグナム「……やはりお前もそう思うか。 ここまで鍛え上げた体躯、そして傷だらけの身体。 まるで先ほどまで戦闘が行われていたかのような……」

はやて「シグナム、また難しい顔しとる。 ダメやで? この人けが人なんやから」

シグナム「は、はぁ……(こうなった主は『てこ』でも動かない……か。 まぁ、それもよいところではあるが)そうですね。 では、次にまいりましょうか?」

はやて「そやな、次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第15話」

???「目覚めた男。 二人の少女に贈る言葉」

シグナム「な、なんだこの男!? 尋常じゃないくらいの――」

???「ははっ! あんまりにいい匂いだったもんでよ。 我慢できなかったぞぉ。 んじゃ、またな!」


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