魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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前略。 題名と内容がすれ違い現象。


月夜に大海へと消えていった孫悟空。 飲み込んだジュエルシードともに何処かへと消えたいった彼が見た世界は……

そしてなのははただ下を向き、ひとり罪を背負い、引きずろうとしていた。
彼らは、以前のように会いまみえることができるのだろうか……一喜一憂のりりごく15話、どうぞ。


第15話 目覚めた男。 ふたりの少女に贈る言葉

 闇があった。

 それはどこまでも続く深くは手の無い暗闇。 まるで目を閉じているような錯覚さえ覚えてしまうくらいに暗いその道に、ふわり、ふわりと浮かんでいる者が居た。

 

「ここは……どこなんだ?」

 

 その者は全身が傷だらけ。 右足は砕かれ、全身を切り傷が走り、頭部から滴れる赤い流血は彼の右目の視界を真っ赤に染める。

 それでも黒一面の世界しか見えない彼は、けれども心配の一言も出ない。

 

「おっかしいなぁ。 “さっきまで”病院で寝てたと思ってたんだけどなぁ……ん? なんか、忘れてるような……?」

 

 納得いかないのは自身の記憶。 先の戦闘で“サイヤ人”の手により付けられた傷をながめては疑問に思う。

 

「ん!? キズが……減ってる?」

 

 そう、彼が負った傷は通常ならば再起不能とまで言われた重度の障害を残すもの。 腕、脚、アバラから何までを圧迫され、砕かれ……両足に至っては確かに踏みつぶされ、見るも無残な形にまでされたはずなのに。

 

「左足だけ動く……どうなってんだ?」

 

 本来ならば喜ぶ展開に、しかし『青年』の顔は晴れることもなく。

 

「ま、いっか! 動くんならそれに越したことはねぇモンな!」

 

 ……だがそれもすぐに元通り。 やはり彼の顔は笑顔が似合って。 深く考えないのはいつもの事。 今回重要なのは自身の状態ではなく、現状なのだからこの判断は正しいとも言えるだろう。

 

「とりあえずここから出ねぇとな、はやくしねぇとなのはがうるせぇかんな……ん?」

 

 そこで独りごちるのは、“最近会った”友達の事。 だがおかしい。彼女に会ったのは遠い昔の筈であって、つい最近なのではないのだ。

彼は、記憶を辿る。

 

「まてよ? ベジータと戦って、その前に界王さまんとこに居て、オラのアニキっちゅうヤツが来て、ピッコロと天下一武道会で戦って……」

 

 つい最近から辿る過去。 起こった順に遡るその光景は段々とセピア色に煤けていき、その色をモノクロへと変えていく。

 思い出せなくなる昔は、そこでいきなり鮮明となる。

 

「あ!? そうだ! あいつ! オラ、ベジータと違うあのサイヤ人に負けちまったんだよ……な?」

 

 勢いよく思い出した出来事に、広げて手のひらに右こぶしをあてて声を出す彼は、すぐに眉をひそめる。

 どこか釈然としない記憶の配置。 果たして自分はピッコロと戦う前にサイヤ人と戦ったのだろうか。 そもそも、なのはたちと出会ったことすらも怪しい。 なにか大事なものを見落としたような、まるでのどに魚の骨が引っかかったような感覚を彼は覚える。

 

「どうなっちまってんだ? “みんな”と会ったのは神さまんとこで修業している合間の筈だ、けどなんでこんなに最近の事だと思うんだ……ん~~」

 

 腕を組み、全身傷だらけなはずなのにそれを感じさせない彼のつぶやき。 もう慣れてしまったと言わんばかりに、この程度の傷を無視して考えにふける悟空。 伊達に数多くの死闘を演じ、潜り抜け、死の淵にぶら下がってはそこから落っこちて、しぶとく這い上がったわけではないのだ。

 そんな彼に、そっと空気が震えだす。

 

――――だれ?

 

「お? なんか声が……誰かいんのか!」

 

 その振るえは声が空気を揺らすもの。 そっと静かに囁くように、青年へと届いたのは……

 

「女の声だ……おーい! どこに居んだーー!」

 

 周りを見渡してもただの『闇』 彼はどこから聞こえてくるかわからないその声に、身動き一つ取ろうとせずに、しかし確かな方法での探りを入れてみることにする。

 

「…………」

 

 目を閉じ、空気の流れを感じ取る。

 周りはひどく静かで、心静かに探れることに内心感謝しつつも、彼は女性の声のありかを探し続ける。

 

「…………あった。 小さいけど、変わった『気』がひとつ……こっちだ」

 

 おもむろに右を向いた彼はそのまま宙を飛んでいく。 思った方に飛ぶことができたことに、内心ほっと一息入れつつ、彼は目的の人物が居ると思われる場所に進路を固定し……それはすぐに視界に入る。

 

「お、いたいた。 ん? なんだコイツ……」

 

 そこに居たのは年にして16~18の、いまだ少女と呼ばれる年齢の人物。

 長い髪を銀に染め上げ、一糸まとわぬ白い柔肌を、対照的なまでに黒く無骨な鎖で縛られ、拘束されている女性がそこにいた。

 目を閉じ、吐息すら聞こえないその姿は、もう誰も目にしたくないと閉じこもっているような錯覚を与え。

 

「おめぇか? オラを呼んだんは」

【…………】

「ん? 寝てんのか?」

 

 そんな彼女に青年はゆっくり近づいていく。

 近くで見れば見るほど美しさを再認識させるその美貌。 それが高じて、まるで美術品にさえ思え、神秘的な雰囲気さえ感じるその姿は見る者の視線を奪い、釘付けにすることなど容易く在り。

 

「…………試してみっか」

【…………】

 

 それでも青年の心は穏やか。 ひどく優しく上げた手を、女性の頭にゆっくりと乗せるとひと撫で。 前後に動かしたその手を一点に留めると、彼は目をつむり……語りかける。

 

【聞こえっか?】

【…………あなたは?】

【お! 聞えたみてぇだな】

 

 ついに成立した会話。 心を通じて聞えてきた女性の声は、青年とは対極に位置するかのような零度の声。 まるであたたかさを感じさせないその声は、自身の眠りを妨げる青年に対する攻撃の意思にも感じられてしまう。

 それでも彼は、話すことをやめない。

 

【眠ってるとこすまねぇ。 ちぃとばっかし、おめぇに聞きたいことがあってよ】

【聞きたい……こと?】

【そだ。 オラよ、こっから出ねぇといけねんだ。 そんでさっき戦った……オラに似たサイヤ人とこに行かなきゃなんねぇ】

 

 自身のやるべきこと。 今は確かに他にやることがあるはずだ、だがそれよりも優先しなければならない事ができたのもまた事実。

 それを知ってか知らずか、女性は青年の頭頂部からつま先までを軽く見渡すように言葉を紡ぐ。

 

【……その身体で?】

 

 皮肉を込めたのだろう。 言葉静かに一言、そう切って捨てると。

 

【お? なんだおめぇ気遣ってくれてんのか? いいとこあんじゃねぇか、オラてっきりもっと冷てぇヤツだと思ったぞ】

【――ッ!! ……そんなこと】

 

 それを包み込むかのような青年の一言。 それに若干だけ眉が動いたのは気のせいだったろうか。 目が開いているのならば、そっぽを向くかのようなこの場面。 しかし今は互いに視界はゼロ、その光景を見ることは叶わない。

 

【ははッ! ――まぁ】

【……?】

【この身体治すのもあるけど、取りあえずは――】

 

 青年は言葉を切る。

 いまだ開かれてないその目に彼の姿が映り込むことはないけれど、その心の有り様はとても静かで、あたたかい。

 こんなにまで誰かを思うことができる人間が居るのだろうか。 彼の心にわずかに触れた女性は、そんな青年の暖かさに頬を緩めていた。 どんなに長く生きてきても、どれほどの多くを知っていてもそんな存在は――いいや。

 

【今代の主……まるであの方のように……】

【お? なんか言ったか?】

【いいえ、なにも……】

【……そっか】

 

 ぼかされた回答に、彼はそれ以上問い詰めはしなかった。

 

【ま、いいや。 とりあえずオラここから出ねぇとなんねぇ。 なんか方法知ってっかな?】

【ここから……というより、あなたはどうやってこの場所に入ってこられたのですか?】

【へ? いやぁ、んなこと聞かれてもなぁ。 目が覚めたらここにいたんだけどなぁ】

【………そう、ですか…】

【ん?】

【……?】

 

 質疑応答。 しかし交わされるのは疑問の声だけで、それに返せる答えを持たない二人はそろって困り顔を作る。

 だがそれも数秒の事。 唐突に顔を上げた青年は耳を潜める。 誰かいる、この広い闇の中において自分と目の前の女性のほかにまだ誰かいる……ような気がして。

 

「……気を感じねぇ。 声だけ聞こえてくる……あっちだ」

「…………」

 

 思わず離した手。 おかげで女性との会話が中断し、聞こえなくなった声に軽く謝りながらも、青年は声の方を注視する。 聞えた声、それはどこかで聞いたことがあるもの。 遠い昔かつい最近か、なぜか曖昧な自身の記憶は適当に切りを付けて、彼は“その子ら”を見て……

 

「…………あいつら……」

 

 久方ぶりに出会ったことへの懐かしさと、無事であった安堵感を抱きつつ。

 

「どうしちまったんだ……?」

 

 彼女たちの表情(かお)を見て、もどかしくて、放っておけない、あまり見無いような難しい顔を作る青年。

 だからだろう。 どうにかしたかったのだろう……彼は、少しだけ。

 

「――――すぅ!!」

「…………」

「おーーい!!」

「……」

 

 いいや、かなり大きな“無理”を通してみようとしたのだ。 それは――

 

 

 

 時空航行艦 アースラ――簡易独房室

 

 広さ7畳程度にベッドが二つあるごく普通の部屋、それを急遽独房室にしたこの部屋に入れられたなのはとフェイト。

 

「    」

「    」

 

 入室してからおよそ60時間以上が経つのだが、二人に一切の会話はない。 無音の部屋、あえて聞こえてくるものを上げるとしたら、それは小さな呼吸音だけであろうか。 

 

悟空が大猿になってから三日が経ち、時刻は21時……なのはとフェイトはお互いに別々のベッドに腰を掛けうつむき、ただ押し黙るだけ。

しかしこの二人、この部屋に入る前は今ほど暗い表情などしていなかったのである。

 

 それは、今からやはり60時間ほど前の事であろう。

 

「―――――――放して! 放してよ!! 悟空くんが……悟空くんが!!」

「ダメだよなのは! いま行っても―――! なのは!!」

「くっ、落ち着くんだ! この、なんて力だ」

「離してくれないなら――――!!」

 

 大猿の怪物……改め、悟空をその手で海に沈めてしまったなのはは叫んでいた。

 それは今にも壊れてしまいそうな叫び声。 小さなその身を裂かんばかりにあげられるその声はまるで手にかけてしまった者への贖罪の様で。 だが、彼女の声もあまり長くは続かなかった。

 

[いい加減にしなさい!!]

「――――ッ!?」

 

 叱咤の声。 それは通信機越しで聞こえてくる女性の声。 リンディ・ハラオウンが見たことも聞いたこともない声量で叫ぶ声であった。

 その声に動きを止めるなのは。 全身を突き動かす激しい懺悔と後悔からくる自傷心はここで押さえつけられる。 少女の身体から力が抜けていく。

 勝手なことをして怒られる。 彼女はそう予想して――

 

[……大声を出してごめんなさい。 でもね? いまあなたが自分を痛めつけたって、あの子は帰ってこないのよ]

「!!」

 

 予想外の声だったと、ここで彼女は完全に抵抗する力をゼロにする。 言われた、言われてしまった今の一言は、先ほど怒鳴られたときよりも彼女の心に深く突き刺さり。

 

「ごめん……なさい……」

[…………わかってくれるのならいいのよ]

「はい……すみませんでした」

 

 ただただ謝罪の言葉を、彼女は呟くだけであった。

 その後、放心するかのように沈黙をするだけの彼女を、バインドで締め付けた後、アースラへと強制転送。 全快とはいかないものの、行動に支障が出ないほどに治療されたフェイトとともに簡易独房に入れるまでのおよそ1時間。 クロノ達もいろいろとボロボロとなっていた。

 

 

 アースラに半ば連行されてきたなのはは、ただユーノに向かって「ごめんね……」そう呟き、そこからただ一言もしゃべることはなく今に至る。

 

 何もしない。 それは短時間ならばただの休息と言えるだろう、だが日数単位でそれらが続いた人間はどうなるのか? 答えは簡単だ、『摩耗』するのだ。 ただ“しない”は、やがて“何もない”に変わり、最後には自意識すら消し去ってしまう。

 ――――それを知っていたのだろうか。

 

合わせなかった視線を、少女たちはやっと合わせることになる。

 

「…………あの――!!」

「…………あの――ッ!」

 

 同時に声を上げた二人、その眼もとは真っ赤。 互いの顔を見た二人の表情はまるで鏡に映った自分を見ている様で……彼女たちはまたも黙り込んでしまう。

 

またしばらく経ち、重い沈黙の中でなのはは、誰にともなくただしゃべりはじめる。

 

「わたしね、悟空くんに会ってから2週間くらいしか経ってないんだけど――」

「……え?」

「最初にあったときは、ちょっと変わった男の子だと思ったの」

「うん……」

 

 なのはの独白に近いつぶやきに、うつむいたまま返事をするフェイトは徐々に口数を増やしていく。

 

「元気でよく笑ってて」

「食いしん坊で戦うのが大好きで」

『いきなり筋斗雲で引っ張りまわしたりして』

 

 なのはとフェイト、二人の声は重なる。 本来なら敵対するはずの少女たち、お互いのことなど名前以外ほとんど知らない二人は、しかし一人の少年の存在が彼女たちの心を近づけていく。

 

「いきなり家族になるって言われたときはとっても驚いちゃったけど……いつの間にかいるのが当たり前になっちゃって」

「初めて戦ったとき、こっちはジュエルシードが欲しくて必死だったのに悟空はとっても楽しそうにぶつかってきて……次会ったときは敵対してるのがウソみたいに自然に笑いかけてきて」

「でも……わたしが悟空くんを――――」

「―――ちがう! あれはあなたのせいじゃない……あれは!」

 

 先の戦闘を思い出したなのははその表情を崩していく。 それに待ったをかけるようになのはの言葉を遮るフェイトだが、言葉のつづきが見つからない。 

 

「わたしがもっとちゃんとしてれば。 フェイトちゃんの言葉をちゃんと聞いていれば!」

「そんなこと言ったらわたしだってもっとうまく立ち回れたらあなた達に話ができた! アルフだってあんな怪我もしなかったんだ! だから……」

 

 その気持ちと考えはたしかに大人のように強いものを持つ二人、だがやはり10の歳月も立っていない『ココロ』と『カラダ』は子供のそれで……

 

『仕方ない』で割り切れない事実を前に、その矛盾が二人を苦しめる。

――――刹那

 

【おーーい!!】

『え……?』

 

 大きな声が聞こえてくる。

 本当に大きな声。 周りに対する配慮が無くて、いい加減で、大雑把で……でも。

 

「とっても元気で……明るくて………」

「……え?」

 

 なのはの呟きは部屋に零れ落ちる。 それを拾ったフェイトはここでやっと思い、至る。

 

【……んな…してっと………ぱい……もう――こしで――――】

「――ッ! 待って! 消えないで!!」

「なの……は?」

 

 まるでノイズが入ったラジオのよう。 聞えた、聞こえていた、間違いなくあの子だと、 なのはの中に様々な思いと思考がめぐり行く中。 その耳なり程度の声は聞こえなくなってしまう。 でも……

 

「悟空くん……今の悟空くんだよ!」

「悟空……?! 言われてみれば……何となく声が低い感じだったけど、どこかよく聞いたような感じがする……」

「うん!」

 

 たったの一言。 ただ『無事』だとわかるその元気と活力に満ちた第一声は、なのはをベッドから立ち上がらせ。 そのあとに続く言葉の羅列はとても難解だったが、その口上はとてもなだらかで……優しさを感じさせ――フェイトの目に光を灯していく。

 

 出会いは突然に。 心の距離なんて天真爛漫で突き進み、こっちの悩みなんてお構いなしでいつの間にかみんなで笑顔になっている。

突然『ココロ』に響いた『あの』声で、そんな悟空を思い出していた少女たちの顔からは既に、悲しみの色など消えていた。

 

その傍らにある、彼女たちの相棒2機が、青白い輝きをほんのりと漂わせていることに気付かないままに。

 

 

PM ――――???

 

「ちっくしょう。 全然声が届かなかったなぁ……でもアイツら元気出てきたみてぇだし、何とかなっか…な…?」

 

 テレパシー……かつて界王星での修行の際に『あの技』を使うために授かった青年の技の一つ。 魔導師のように魔力などを使わずに相手に……それこそ無機物だろうと自分の心を伝えることのできるそれは『目の前の』なのはたちに微かだが届いた――筈である。

 

「さて……と、オラも人の心配ばっかりしてらんねぇ。 さっさとここから出なきゃな」

「…………」

「っと! 忘れてた。 おめぇと話し込んでたんだよな……【よっ!】」

 

 独りごちていた青年はここで思い出したかのように背後に振り向く。 2たび見ることになる一糸まとわない銀の髪を腰まで流した女性は、やはり大量の鎖で拘束されている様で。 少しだけ小さく息を吐くと、先ほどのように頭に手を置き、長年の友に話しかけるように軽やかに、彼は女性に話をかける。

 

【……まだ居たのですか?】

【なんだよ冷てぇな、ほっとかれたからってそう邪険にすんなって、な?】

【……そんな訳じゃないですが】

【そうか?】

【そうなんです】

 

 返ってきたのはひどく『つっけんどう』でそっぽを向いたふうなそっけない言葉。 だが彼はお構いなし、まるで心の内を読んだかのような言の葉は、しかし決して彼女の心情を汲んだわけではなく……天然なもので。

 そんなひとことですら、彼女の冷たい態度を氷解させていくには十分すぎて、気付けば彼女は、青年に話しかけられるのを待っているように思えて。

 

――――だからだろう。

 

【ここから出る方法は……“今は”ありません】

【いい!? そ、そうなんか! それは困っちまうなぁ……オラどうしても――】

【ですが、案外簡単に“覚める”ことなら可能です】

【さめる?】

 

 彼女は彼の願いを叶えることにしてみた。 やかましくて騒々しくて、眠りを妨げるは好き勝手言ってくれるは……だけど、どこかほっとけなくて、あたたかくて。

 

【そう、目覚める。 解りやすく言うとあなたは今、夢を見ているのです】

【夢? じゃあオラ眠ってんのか? それにしちゃずいぶん本物っぽいけどなぁ】

 

 女性の言葉に、全身に刻み込まれた傷に意識を行き渡らせた青年。 ズキズキと熱を秘めたそれは確かに本物と呼べる痛みの感覚だ。 だがそれでも夢だと主張する彼女の言葉を湯呑みにして腹に満たしてしまう彼は単純なのか大物なのか。

 言った本人ですら一抹の不安を拭いきれない彼の態度は……

 

【ま、ウソいってるようには思えないしな。 信じるよ、おめぇのこと】

【そう……ですか】

【あぁ! そんじゃ……オラもう行くよ】

【……はい】

 

 実はかなり確信めいた一言だと、今やっと気づいた女性であった。

 

「いろいろ世話になっちまったな」

「…………」

 

 目を開ける。 青年はゆっくりと女性から離れると、その全貌を3度見る。 綺麗という言葉に収めることのできないその身体、しかし青年の興味はそこになく、あるとすれば彼女を取り巻く……いいや、掴んでは束縛して離さない『鎖』の方に目が行ってしまっていた。

 

「こんなもんつけてて、苦しくねぇんかな……」

 

 彼からそんなつぶやきが出るのは時間の問題だった。 そしてその手を動かすのも同じくであり、彼はまたも彼女に向かって手をのばし……

 

「取って行ってやっかな」

 

 黒い鎖に軽く触れ……握る!!

 その鎖は黒く、ひとつひとつが堅牢、というより只々『重い』と感じさせる未知の輝きを放ってはいた。 それを気にする青年ではなく、彼は手に持ったその鎖に更なる力を込めていく。

 ギチギチと音を立てていく鎖、その音と共に青年が込める右手の平に汗が浮かんでいく。

 

「か、硬ぇ……思ったよりもとんでもなく硬い鎖だ」

 

 片手でひねればすぐ砕ける。 自身の力を理解しているからこそ至ったその判断は、至極真っ当なものであった。 最強を誇る戦士たちの中枢である彼がやたら滅多に本気を出しては、世界などあっという間に消え去ってしまうのだから、当然と言えば当然だろう。

 しかし今回はそれをあっさりと否定されてしまう。 とてつもない硬度を誇るその鎖。 それはきっと『力』以外の何らかの条件で開錠される鍵のようなものなのであろう。 きっと無理やりやっても絡まって、力ずくにやろうとすれば自身の手が傷つくだけ……でも。

 

「ふんっ!! うっし! とれた!!」

 

 無数にある内の……666ある鎖の内、たったの一個をいともすんなりと砕いた青年。 その顔は若干ながら嬉しそうに見えるのは、見た目に反して手こずった感が彼にはあったからだろうか。

 さて、この調子で……そう呟いた彼にめまいが襲う。

 

「ん……視界が……ゆれて……ねむい――」

 

 さらに訪れたのは急激な睡魔。 あまりにも深く唐突に現れたそれに、なんの身構えもできていない彼にあらがう術はなく。 互いの名前を教え合う暇もなく、彼は夢の中に置いて夢の世界へと旅立とうとしていた。

 虚構(ゆめ)の中で見る現実(ゆめ)、つまりは彼に、目覚めの時間が訪れたことを意味し……彼はそうとも知らずにその感覚に身を委ね。

 

「…………っ」

「…………ん? ――――ははっ……」

 

 何となく、そう、どことなく。 鎖につながれた女性の口元が、そっとやわらかく彼を見送って見えた気がした青年は、声を出してそれに返しを行うのであった。

 

――――青年は、泡沫のように消えていく。

 

【とても……強い輝きをもった人】

 

 消えていった青年、そこにいるのは『鎖』を一本だけ引きちぎられた女性だけ。

 

【そしてとても強い“呪い”を受けているようにも思える】

 

 ただの独り言。 きっと誰も聞いてはいないそれは、今起こったことを自身に留めておこうとする彼女の想いからくること。

 

【ナニカ巨大な力によって、まるでつい最近まで身体になにか“変調”を引き起こされていたかのような……それに彼のうちに眠るあの……】

 

 そこで彼女は思い出す。 心がつながった瞬間に垣間見た彼の定められていた運命と苦難の歴史の片鱗を。 さらに奥深くに眠る、自分以上に『業』の深い……

 

【あの“闇”はいったいなんなのだろうか……わたしの中にある(もの)よりも大きくて……冷たい……まるで底なしの負の力】

 

 見かけや言動からは想像もつかない深い暗闇の力。 彼にまとわりついているその『負の力』は常人ならば耐えられるものではないと彼女は考える。

 先ほどだって、自身を決して離すはずがない『鎖』をいともたやすく引きちぎって見せたのいも、はたからして異常であって。 それを考慮しても、彼女にはわからなかった。

 

 青年が受け取ったその“願いの代償”という負の力を……それが青年に与えている悪影響も――手にした青い宝石がもたらす変化を……彼女は知らないのであった。

 

 

 

PM 20時 八神はやて宅

 

 4畳半の和風な部屋。 この家には不釣り合いなくらいに『和』というものがある、この畳というものが敷き詰められた部屋。 私はそこでただ一人『座って』いた。

 我が主が見つけ、連れ込むこととなったこの男。 全身は傷だらけで4畳半の真ん中でふとんをかぶって寝てからずっと監視をしてはいたが……

 

「ふぅ……コイツを担ぎこんでから既に12時間強……ついに寝言が聞こえるようにまでなったか」

 

 そう、この部屋にいるもう一人の人物はただ寝息を立てているだけで。 うめき声も上げず、生きているのか死んでいるのかもわからないくらいに静かなその者は、稀に呼吸の有無を確認せずにはいられないくらいな静寂を私に与えていた。

 

 しかしそれも、つい先ほどやっと終わりを迎えて今に至る。

 

「やはりシャマルの治療魔法がよく効いていたのだな……しかし」

 

 一つの心配事が消えたはいいが、ここでもう一つの心配事が浮上する。 それはこの男が担ぎ運ばれ、人の姿をとったザフィーラが部屋まで運び。 私が監視のもとで、補助、回復の要である『湖の騎士』たるシャマルによる怪我の治療の際に零していた一言だ。

 

「ケガの治りが……常人のそれとは比べ物にならない……か……」

 

 私もだが、シャマルは古くからさまざまな怪我人を見てきている。 それに対する術は私が『追撃』『放置』ならば、あいつは『保護』『治癒』であろう。

 故に数多くのケガを治し、その過程も術後も経過も理解している者が、ああも深刻な表情で言ったのだ。 この者は、一般人ではない……と。

 

「そんなものはわかりきっている。 ケガの仕方もどう見ても戦闘痕、転んでケガをしたわけではないというにはあまりにも重症すぎ……る」

「ぐごご~~」

「……こちらが悩んでいるというのに……幸せそうに――はぁ」

 

 寝顔を見る限りでは悪い奴には思えない。 それほどに幸福そのものの男が出す寝息は、若干ながらこちらの神経を逆なでする。 ――――正直、五月蠅いにもほどを作るべきだ。

 

「……ん?」

「――――ッフゴ!!」ぱちん!!

 

 男に気配が出始めた、目を覚ましつつあるな? 手には小さな剣の形を模したアクセサリー……我が『剣』を潜め、奴が寝床から上半身を起こすさまをゆっくりと見つめ、警戒心をより一層高める。

 

「…アイツがいねぇ……あれ? この気、どこかで…?」

「…………」

 

 目を覚ました男の第一声は誰かを探す声だ。 まるで先ほどまで何者かと話をしていたかのような言葉。 夢でも見ていたのだろうか? そして周囲を何となく見渡した男は、何やらわけのわからない単語をつぶやくと。

 

「お?」

「……む」

 

 目が合う。 緊張の瞬間だ……ったはずなのだが。 不思議だ、戦闘に陥るかもしれないというのに、どこかこちらの気概をそぐような感覚をこの男から感じる。 殺気がまるでない、それもあるだろうがこの男、雰囲気がどうも静かで……落ち着いている気がする。

 

「だれだ? おめぇ」

「……わたしは――」

 

 名を聞かれる…当然か…私が男の立場でもこうするだろうしな。 さて、どうしたモノか、聞かれたのならば答えなければなるまい。 それが騎士の……いいや、人として当然の受け答えだと、主も言っていたからな。

 

「シグナム。 この家に住んでいる者だ。 それで貴様は?」

 

 貴様……ん、少々きつめに言ってしまったか? 彼があまり表情が崩れなかったから判断がつかないが、どうも私は気を張りすぎるきらいがあるのだろうか? 主にもよく指摘されてしまうのはやはりそういうことなのだろうか。

 

「シグナム……かぁ。 っとそうだ次はオラだな。 オラ悟空、孫悟空だ」

「そん……ごくう……」

「そだ、孫悟空だ」

「ソン……孫か」

 

 最初の男の情報……名前はいとも簡単に手に入ることとなった。 この反応と、名前が出るまでの時間と反応から、偽名や我らをたばかる算段はないようだ。 少し、手に持ったアクセサリーから力を抜く。

受け答えは順調。 男の会話は聞き取れて、こちらの会話もわかるようだ。 よし、ならばこのまま情報を聞き出してみよう。

 

「では孫」

「なんだ?」

「貴様はどこからやってきた? なぜあんなところで倒れていた」

 

 これが無難だろうか。 まずは所謂『掴み』というやつから……シャマルよ、これでホントにいいだろうか。

 

「あんなところ?」

「あぁ、そうだ」

「あんな所って、どんなところだ」

「え? あ、あぁ、この町の海岸沿い、そこから見える砂浜にお前は漂着していたんだ」

「へぇ~~オラそんなとこに居たんか……すんすん、あ! 確かに塩の匂いがすんなぁ」

「…………(ん、会話が進んでいない気が……)」

 

 そこからは10分くらいの苦ろ……コホン! 問答があったが、そこでわかったことと言えば、この孫と名乗った男、彼はやはり戦いに身を置く武士(もののふ)の類の人間であること(奴は自身の事を“武道家”と言っていたが)

 戦闘痕はついこのあいだ戦った者から受けたものということ……しかし微妙に違いがみられ、本人もそのことを気にはしているようだった。

 

…………さらに。

 

「ん~なのはんとこに行かなきゃなんねぇのに、なのはやユーノ、それにフェイトたちの『気』が見つかんねぇ……どうしちまったんだ?」

「……き?」

「おめぇなんか知ってるか?」

「…しらん………」

 

 聞きなれない単語の数々、人の名前と思われるものと、どうやら奴にしかわからない戦闘での感覚……私たちで言うところの『魔力』に相当するちからのことを言っているようだが、正直言っていることが判らん。

 周りを見渡した後に言った見つからないの言葉……つまりこいつは“たったいま探知の魔法に相当すること”をやってのけたのだろうが、とてもそんなそぶりは感じなかった。

 

「いったい何を……」

「なんかいったか?」

「ッ――いいや、何も」

 

 気付けば一方的な腹の探り合い……いや、探りあっているわけではないのだから、この言葉はおかしいだろう。

 いい加減このようなまどろっこしいことはやめて、白黒はっきりさせておきたいものだが……――くっ! このようなときにあの方は――ッ!!

 

「おじゃまするで~」

「いけない!! 主よ、まだ入ってこられては――!!」

「……? あれ? おめぇ……」

 

 焦れた私の心の内に、まるで踏ん切りをつかせるかのように現れたあの方は、我らに向けるモノと等しく、その咲いた花の様な笑顔を孫に向ける。

 病人に対しての接し方では満点なのだが、この男にそれは気が早すぎます! 主よ! どうかこの男の身元がはっきりするまで――

 

「ひっさしぶりだなー! ずっとめぇに道教えてもらったっけかな? 変な感じがしてたから何となく覚えてんぞ!」

「え? ええ?」

「な……に?」

 

 孫は主を知っている? どういうことだ……いや、そうだ、主が言っていたあの話。 あれが本当ならばこの者は――

 

「オラだオラ! いやー、すっげぇちっこくなっちまったなぁ……『はやと』!」

 

『であ~~!!』がっしゃーーん!!

 

 ぐ……あ……こ、この男。 私が最初にしそうになったミスをこうもはっきりしでかすとは! な、なんて――

 

「は、は……『はやと』やない! 『はやて』や!!」

「お? ははっ! わりぃわりぃ。 なんせ会ったんが…えっと…? ひぃふぅ……8年くれぇ前だったしよ、勘弁してくれ、なっ?」

「…………なに?」

 

 この男、今なんといった?

 8年……8年だと? どうなっている! 主がお会いした言っていたのは確か三日前、だがこの男は8年といった。

 そもそも8年前と言ったら主は1歳……いや、言っていた背格好から8年経過したのが今の孫の姿というのならば納得は行くかもしれない。 だが!

 

「……あれ? なんでわたしの名前……――あ!! もしかして!」

「お?」

 

 主も気付かれたか。 だがやはりこの男の激変には驚くものの、その裏を見るということまではなさっていないようだ。

 ん、主よ? どうしてそのように目を輝かせて――

 

「悟空!! 『ごくう』なんやな!?」

「おう、久しぶりだな! はやて」

「……」

 

 よほどうれしかったのだろうか、その場で跳ねた主は気分の高揚を押さえないままに孫に向かってあれよこれよと話を進める……情報収集が2分で終わってしまった。

 

「……私の苦労は……」

「シグナム? おめぇ肩なんか落としてどうかしたんか?」

「いいや、なんでもない。 なんでもないさ」

 

 あぁ、そうさ。 下手に気苦労を重ねた挙句、こうもあっさりとことを進めたことになんて誰が腹を立てようか。 そうとも、別にこれは自身にとっての呆れ声であってそれ以外の何物でもないのだから…………はぁ……

 

 まったく、このような場所に主だけを来させるなんて……下にいる他の者たちは何をしているんだ一体。 あとで問いたださねば……なるまい。

 これから大変なことにならなければいいが――とりあえず今は

 

「そんでよ? そのヤジロベーって奴がよ、仲間のクリリンってやつと声がさ……」

「あはは!」

 

 主が笑ってくれれば、それで良しとしよう。

 

 

――――ちょうどそのころ。

 

「…………ぐるぅ……」

「あっ! お鍋のふたが飛んで行っちゃった――えっとこういう時は……」

「ん~~アイスうまぁ~~」

 

 上から。

 はやてと遊んでいる最中にて『待て』を一向に守り、目の前のビーフジャーキーとニラメッコをしている腹ペコ大型犬。

 

 いとも容易く行われるえげつない行為(まじかるクッキング)をしている金髪ショートカットのおねぇさん。

 

 他を放っては買っておいた秘蔵の『ストロベリー&チョコチップアイス』にゆっくりと丁寧に舌鼓を打ち鳴らしている二つに分けたオレンジ色の“おさげ”が特徴の幼子。

 

 彼らが円卓……否、普通の食卓を騒動でにぎわせていた……などと、現在苦悩を抱えているシグナムが知ったらどうなるのであろうか。

 それは後にも先にもわからない……はずである。

 

 

 それから、少し時間が経って。

 

「いった~い」

「ぐぬぬ……あたまが~~」

「ぐふぅ」

「とりあえずお前が我らに危害を加えることがないのはわかった。 どうせそのケガでは滅多なことはできないだろうしな。

 あと、わたしの仲間だが右から、天災料理人(シャマル) 幼女(ヴィータ) 番狼男(ザフィーラ)だ。 仲良くしてやってほしい」

「お、おう……よろしくな、おめぇたち(な、なぁはやて。 なんでシグナムの奴、いきなりあの三人ぶん殴ったんだ?)」

「あはは(わたしにもわからへんわ)」

 

 頭にコブを作りつつ、何とか明るい声で対応する三人と、その横で右手から湯気を出しているシグナム。

 さらにその正面で、はやてを隣に引き寄せては、そっと耳打ちをしている悟空が今起こっている光景に若干ながら頭部に汗マークを浮かばせ……そっと流していた。

 

「孫悟空だ、よろしくな!」

「返事!」

『は、は~~い』

「あはは、なんや知らんけどシグナム、相当おこっとるなぁ」

 

 どこぞのフルメタルなジャケットで軍曹なヒトもびっくりするくらいな指揮統率能力で、先の部屋に居なかった者たちに返事をさせたシグナム。

 いい加減冷めてもいいような熱気はいまだ鎮火せず。 烈火のごとく出される命令口上は、自身がいまだかつて経験したことがない綱渡りのような緊張の時間にておこった飛んだ失態に憤慨しているからだそうだ。

 

 この女性。 悟空と一緒に居るとすればなんだかこれから先、相当に苦労しそうである。 自己紹介はいまだ続き。 悟空は一瞬だけはやてを見下ろすと、そのまま――

 

「ホントは今すぐにでも帰るべきだと――」

「ごくう……」

「……思ったんだけどな。 ちょっとの間だけ、ここで休ませてもらうことになった」

「あ、はい。 よろしくお願いします♪」

「がう!」

 

 ここに残ることを言い渡してしまう。 本当はやらなくてはいけないことがある……あるにはある。 だがそれも目的の者がいてこその命題で。

 

「はは……(アイツやなのはたちの気をこの地球上に感じられねぇ、いったいどうしちまったんだ……)」

「……ん?」

「ごくう?」

 

 彼はぎこちなく笑って見せる。 その笑顔が不自然と感じたのは5人いるうちの2人だけ、はやてとシグナムのふたりは、彼の様子に機微な反応を見せつつも。

 

「ん……(何かあるのか? だが、不用意に大きな事件にはかかわれない……我らは本来追われる身なのだから)」

「ごくう……(どうかしたんやろか? なんや言葉が詰まっとるように思える……迷惑やったんな?)」

 

 そこまで奥に踏み込めなくて……それは仕方がない事。 彼女たちは会ってまだ、実働時間で言うと1日も経ってはいないのだから。

 それを知ってか知らずか――

 

「えっと、シグナムが変な紹介をしちゃったからもう一度いいかしら?」

「ん? もう一回か? オラは別にいいけど」

 

 ひなたの様な微笑を向けた女性、シャマルと呼ばれた彼女は悟空に向かって再度のあいさつを提案、今度は自分から名を告げたいと、そう言っては一層明るい笑みを作り。

 

「シャマルです。 この家では家事――「大体主の手助けだ」……をしていたりします(うぅ~シグナムまだ怒ってる)」

 

 それをバッサリと切り捨てられては、雨の様な暗い顔を作って見せる。 晴れ時々雨、そんな予報の様な言葉がピタリと合うかのような表情の変化は、みるものに小さな笑いを届けていたとかどうとか。

 

「ザフィーラだ……ん、というよりこの姿で喋っていいのだろうか」

『あ!!』

 

 次に口を開いたのは蒼を全身に走らせている大型犬……もとい、狼をさらに鋭くしたような怪異の容姿を持つザフィーラ。

 そんな彼のいまさらな一言に、一家全員が口を大きく開く中、悟空は片手をひらひらさせるともう片方の手で後頭部を掻き。

 

「別に大ぇ丈夫なんじゃねぇのか? とくにおかしいとこもねぇしな!」

『そう……なんだ』

 

 いともたやすく彼を受け入れる。

 その様に驚きを見せつつ、どこか表情を崩したかのように見えたのはいったい誰だったろうか、部屋に小さなため息がこぼれると、今度は床が控えめに鳴る。

 

「…………」

「ん?」

「…………ぅ」

 

 それはオレンジのおさげを作った女の子。 気付けばシャマルの後ろに隠れては、半身だけ放り出しては悟空と視線の投げ合いをしていた。

 悟空が見るとそっぽを向き、彼が注意をそらすと『じっ』と食い入るように見つめてくる。 故にキャッチボールではなく投げ合い、疎通というものが存在しない視線が彼に刺さっては消えていき……

 

「え!?」

「うっし捕まえた! どうしたおめぇ? オラなんもしてねぇだろ?」

『!!?』

 

 少女が瞬きをした瞬間であった――目の前から悟空が消えていた。

 

 気が付いたら部屋から消えていた。 そう思った矢先に聞こえてくる優しい声に一瞬だけ気を許すと、すぐさま正気に戻っては後ろを振り向き……唖然とする。

 

「ん……」

「……あ――」

「にかっ!!」

「――っ!!」

 

 視線が合い、すぐにそむけ。 それでもどうしてか気になって上を見上げ……思った通りの笑顔があって。 それを見た彼女はその場から動けない。

 だからだろう、彼女はそっと口を開く。 伏し目がちに、遠慮がちに、いまだ遠い距離を保って発せられたその言葉は――

 

「……ヴィータ」

「ん? はは、よろしくな!」

「……うん」

 

――名前。 言い出したそれは小さな声だったが、それを零さず拾い上げた悟空は返事と共に笑顔をお返しする。

 警戒、人見知り……徐々に落ちていく彼女の緊張も、春先の陽気に照らされた雪山が如く、ゆっくりと氷解すると伏し目がちに、それでも今度は目を何とか合わせて。

 

「よろしく……」

「おう」

 

 彼女も無事に悟空を受け入れるのである。

 どうして自分がこうも簡単に見知らぬ他人を受け入れられたのか、それはわからない……わからないのだが――

 

「孫、今のはいったいなんだ? 貴様いま何を――」

「ははっ、“残像拳”っちゅう古い手なんだけどさ? それを……」

「……ざんぞうけん?」

 

 見せられた……笑顔。

 魅せられた…………雰囲気。

 

 そのどれもがこの家の温度をほんの少しだけ上げていて。 ただそれだけを彼女は肌で感じ、わかることができていた。

 

 この男は、アタシの主にどこか似ている……と。

 

「悪い奴じゃ……ないみたいだな」

「お? なんかいったか?」

「なんでもねーよ。 あ! おいコラッ! なんでアタマに手なんか乗っけんだよ、重いだろ!」

「ん? あぁ、すまねぇ。 なんか乗せやすいところにあったからな、つい」

「…“つい”って…おまえは……いいけどよ」

『あ、いいんだ』

 

 そしてどうしてか勝てる気がしないとも、彼女は思うのであった。

 力ではない、気持ちや気概などでもなく『在り方』自体に、なにか不思議な魅力を感じてしまう。

 

「ははっ……ん」

「ごくう?」

 

 あたたかい彼、けれど至極自然に見上げた悟空の視線は天を射抜いていた。 ここではないどこか、それを見ているかのように遠い目をしている彼はそっとつぶやく。

 

「みんな……どこに行っちまったんだ……」

 

 聞こえてきたのは自分にではなく知らない誰かを求める声。 探しているのに見つからなくて、急ぎたくても行く場所が見つからない。

 本当に困っている。 唐突に呟いた声は車椅子に乗った少女にしか伝わらず……

 

「なのは……フェイト……」

 

 その名前は、彼にしか解らないものであった。 青年は……まだ“もどれない”

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

シグナム「シャマルの治療魔法の甲斐あって、ようやく目を覚ました孫」

ヴィータ「あ、ゴクウ! そのアイス食わないんだったらアタシが食ってやるよ」

悟空「ああ!! ヴィータおめぇなに勝手に食ってんだ! それでもう3つ目じゃねぇか!!」

シグナム「……紆余曲折あったが結局すんなりと溶け込んでいったアイツは――元気すぎた」

はやて「ふとんがーーー」

悟空「ふっとんだーーーーー!!」

悟空&はやて「はははっ!」

シグナム「…………そして話は私たちから、名前も知らない者たちへと移り変わるのだった――――っく! 頭痛が……」

なのは「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第16話」

フェイト「そのころの強戦士と魔導師たち」

なのは「悟空……くん?」

フェイト「違う! あれはッ!」

???「フフ……オレか? オレの名は――――」

悟空「またな!」
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