魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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やっとこさできた2話目

いろいろ改変やら話の統合やらをやってたらこんな時間が……まぁ仕事で手が離せなかったのもあったのですが。

今回の一番の改変は悟空と恭也のやり取りです。 平和な時代と環境で育った恭也の考えやらは、きっと『とらは3』とはそれなりにかけ離れているんじゃないかと……それを書ければなぁ、なんて思いながらやってみました。

では、りりごく第2話……どうぞ。


第2話 お願いがあるんだ

第2話 お願いがあるんだ

 

 道場――――それは武道を極めるための場、その道のものならば誰もが踏むであろうその冷たい床を、男3人はゆっくりと……踏みしめていく。

 

「は~~広ぇなぁ!! こんな道場があるなんてなぁ~。 シロウって結構金持ちなんか?」

「え? そんなことはないけど」

 

 男二人と、やけに騒がしい少年一人は中央まで歩く。

 

「天下一武道会の会場なんかとまた違うみてぇだなぁ、床が全部木でできてんぞ」

「天下一……武道……? やけにすごい名前だけど、大会か何かかい?」

「そだぞ。 3年に一回だけやるんだけどさぁ、どいつもこいつもすんげぇ強んだ! オラ決勝まで行ったけど、もう少しってところで天津飯に負けちまったしな」

「決勝!?」

「てんしんはん……?」

 

 悟空から語られる単語の一つひとつに男たちの驚きは続いていく。 そもそも、なぜこの3人がこんなところに来たのか、それは士郎の“お願い”が原因である。

 

 時間を――5分前に戻そう。

 

 それは少年の目が開いてすぐの事だろうか、一端“荷物”を自分の部屋に置いて来ることとなった恭也。 彼は自身の部屋へと急ぎ足、拾った“球”を机の引き出しに押し込んで、“赤い棒”を適当に立てかけておこうとした時である。

 

「そういえば『コレ』はあの雲が落としたんだよな…………それにあいつの背中」

 

 そこで思い出されるのは少年の装備。 山吹色で胸に亀の字のロゴが入った見たことがない道着に青いリストバンド。 そして小さな背に掛けられた、筒を鞘のように仕立てた奇妙な物体。

 

「…………あ~、一応聞いてみたほうがいいかもな」

 

 そこまで思い出したら気になってくる……立て掛けようと握ったままの棒を持ち上げると、数秒のあいだだけその棒を凝視―――軽く片手で弄ぶように2回転半まわしてやると、肩で担ぐように持ち、つぶやく。

 

「持って行ってやるか」

 

 ちょっとした遊び心を満たした恭也は、その手に赤い棒を携えたままに自分の部屋を出ていく。 落ちていた、雲の奇行がインパクトがあった…………だからだろうか? 彼は忘れ物を一つしてしまう。 机の中でほんのりと光を放つオレンジ色の球を―――急ぎ足の彼は玄関を出るころにはもう、そのこと自体忘れてしまっていた。

 

 

 

「なぁ、悟空」

 

 所要時間およそ1分程度。 部屋から帰ってきた身長175センチ程度の青年は、自身より50センチほど背の低い男の子を見下ろしている。 小さな背に、小さな手足、その何もかもが自身よりも幼い少年をまえに、先ほどの父の言葉を思い出しながらも、用事を済ませるために声を投げかける。

 

「ん? なんだ……えぇっと…………」

「??」

 

 しかしそこで問題は起こる。 捻られるは少年の首、動かされるのは青年の身体。 少年……悟空を呼ぶ恭也の顔を見ては、彼は『うんうん』唸り始め……それを見た恭也は思わず前かがみになる。

 まるで電気の通っていない白熱球が頭上に浮かんでいるかのような悟空の背景。 それが突然ぴかっと光っては、悟空の人差し指が恭也に向けて一直線を描き―――

 

「そだ! ゴーヤだ!」

「…………ご、ごーや……?」

 

 悟空の“お約束”の始まりである。

 

「俺はな……恭也だ」

「ギョウシャ?」

「恭也!」

「どうだ!」

「キョウヤだああああ!!」

「うっし、キョウヤだな」

「だから! 恭也だと……「なんだよ? あってるじゃねぇか……?」――はっ!? いつのまに……」

 

 天真爛漫……まさに絵に描いたようなそれを前に、持ち前の冷静さと思慮深さを一気に散らしていく恭也。 思わず顔を手で覆いたくなる……言葉に出さずともその心境は全身からにじみ出て――否、あふれ出ており。

 

「あはははー」

「……はぁ~~」

 

 元気な子供の笑い声と、気力少ない青年のため息が見事に混ぜ合わるのであった。

 

「これはまた随分癖の強そうな。 わざとじゃないところがこれまたなんとも…………」

「ふふ、でも随分かわいくていい子じゃない。 うちの子たちったらみんな大人びじゃってるから、ああいう元気な子もいいかもね……あなた?」

「え? あ~~、僕はまだ何も言ってないはずなんだけど―――やっぱりわかる?」

 

 ふたりの声と、二人の会話。 それは騒いでる子供“たち”を見守るような形で展開されてゆき、その話題は桃子の一言によって終結へと向かう。

 

「何年あなたの隣にいると思っているの? それにあの子、何となく放っておけない気がするのよ」

「……そっか」

 

 それは納得できたから出された声だったのだろうか。 いまだに何かが痞えた感覚が抜けきらない士郎に、しかし桃子は言葉を発さない。 陽光にも似たあたたかさを含んだ微笑みを、ただただ士郎に向けるだけで。

 

「…………ありがとう」

「ふふ、いいえ♪」

 

「「ん?」」

 

 そのやり取りだけで夫婦は互いを理解し、認める。 ここまで来てやめましたはもうないであろう。 士郎の心にはもう……

 

「とりあえずは話を聞いてみないとかな? とても深刻な問題があるかもしれないし……ね」

「ええ」

 

 迷いは、見当たらなかった。

 

「ところで悟空」

「ん? どうかしたんか? キョウヤ」

 

 そこで会話は一コマもどる。 子供の騒ぎが終わった悟空と恭也の二人、彼らは……というより恭也はその手に持つ“棒”を悟空に向けると。

 

「これはお前のじゃないのか?」

「ああー!!

 

 少年の叫び声が一丁。 恭也の差し出したそれは悟空にとって大事なもの、祖父からもらい、その使い道を『習い』鍛えられた。 とてもとても大切なモノ。

 

「如意棒! 如意棒じゃねぇか! なんで恭也が持ってんだ?」

「やっぱりお前のだったか……って、如意棒!?」

「?? なんだキョウヤ、おめぇ如意棒しってんのか?」

「知ってるも何も……いやまぁ、“孫悟空”といえば如意棒ってのはだれでも――」

「ん???」

 

 もう何度目になるだろうか。 たった数時間……否、この1時間ほどで既に数えることを放棄したくなるほどの回数をカウントする、この驚愕の声。

 “如意”の長さに伸縮できる“棒” 故に如意棒。 この言葉と、悟空の言っていることが本当ならば……だから恭也は。

 

「…………よし」

「お?」

 

 息を吸い……その一言を吐き出す。

 

「の、のびろ!」

 

「「「………」」」

 

 しかし伸びるのは……『間』 その静寂さは、どんなに有名な公立学校の図書館にも引けを取らず。 そして若干ながら周りの気温が下がった気がするのは、やはり気のせいではないだろう。

 

「…………すまない」

「……? なにあやまってんだ?」

「いいんだ、頼むから言わせてくれ…………すまない」

「?? へんなやつだなぁ。 まあいいや、とりあえず如意棒はもらっておくぞ?」

「あぁ、それでいい…………とにかくすまない」

 

 押さえられなかった好奇心を後に悔やむ恭也に対して、いまだに疑問符を後頭部に添えては、黒いつんつんあたまを揺らす悟空。 そして恭也から受け取った如意棒を―――

 

「ん~……いよっ、はっ! と、はは! やっぱりオラの如意棒だ!」

「…………なんと」

「こいつは……」

 

――――振りまわす。

 

 まるで確かめるように振るわれる赤い棒――縦に振れば打ち下ろし。 横に振るえば薙ぎ払い。 悟空がとったその2動作。 だが、その“素振り”ですらも、士郎と恭也の目には、言い知れない何かが映り込む。

 幾たびも振るわれてきたからか、それともただの勘違いか……いいや、それはありえない。 なぜなら二人は、現代を生きる『剣士』なのだから。 故にわかる、孫悟空という少年の動きの意味が。

 

「悟空君」

「お? どうかしたんか? シロウ」

「キミにお願いがあるんだ」

「おねがい?」

「うん、おねがい」

 

 使ったらちゃんとかたずける。 振り回した如意棒を、いつもの所定位置……背負った鞘に収納する悟空に、声をかける士郎。 前かがみになり、背の低い悟空に向かって話しやすい姿勢になると、言葉静かに語りだす。

 

「悟空君、キミはなにか武術を習っていたりするのかい?」

「ぶじゅつ? オラ“ぶどう”なら亀仙人のじいちゃんから教えてもらったけどなぁ」

「かめ……せ、仙人?! じゃ、じゃあ悟空君は、仙人のひとから武術……武道の手ほどきを受けたのかい?」

「そうだぞ、そんでカリンさまにもいろいろ教えてもらったし、今はミスターポポと……あれ?」

「うん?」

 

 そこから指折りを始める悟空。 小さく短い指先をひとつ、ふたつと折っていき、自身の“師”を数えはじめる。 海に住む仙人に塔の天辺に住まう描仙、さらには天空より下界をながめる者……“今現在”悟空が師事するその名前は―――

 

「あ、そうだ。 今オラ、神さまんとこで修業してるんだった……すっかり忘れてたぞぉ」

「「「…………かみ……さま…………?」」」

 

 神……である。 神殿に住まい、悟空にこれから超重量の装備を与えようと、デザインに悩み。 結局、靴とリストバンド、さらにインナーを選定した神様である。

 それの名を極々自然に発する悟空、しかしあまりにも荒唐無稽なその名は……親子3人の無意識領域にまで直撃する。

 

「か、かみさまって…あの神様かい?」

「お、おいおい。 いくらなんでもそれは冗談が過ぎるぞ!」

「ん? “じょうだん”なんかじゃねぇぞ。 オラが仕留めそこなっちまったらしいんだけどよ? ピッコロ大魔王ってやつがいてさ、そいつが3年後にオラの命を狙ってくるらしいんだ。 だからよ、オラそれまでウンと強くなるために修行つけてもらってるんだ」

「「「だ、大魔王……」」」

 

 さらに悟空の追い討ち。 それは、つい“数日前”に倒したみんなの仇である大魔王の存在と決着の行方、そしてこれから先を見据えた神の打診による新たな修業。

 それは超神水でそれまでの限界以上に力をつけた悟空を、さらに強くするため。 ひいては彼に世界を救ってもらうため……なのだが。

 

「たのしみだなぁ、ミスターポポとの修行がある程度終ったら見てくれるって言ってたんだけどさぁ。 いったいどんな修業なんだろうなぁ、オラわくわくしちめぇぞ!」

「そ、そうか(尻尾と言い、名前と言い、これはいよいよもって…………)」

「…………ん」

 

 “そんなこと”悟空には関係ない。 確かにピッコロの奴は許せない、生き延びているのならとどめを刺さないといけないのかもしれない。 でも、それ以上に―――

 

「なにすんだろうなぁ……はは!」

「修行が……たのしい……か」

「わくわく……か(なんとなく、わかるかもしれない)」

 

 その黒い目を宝石のようにキラキラと輝かせて、茶色い毛の尻尾を2,3回振るっている。 そのすがたに共感が持ててしまうのは、やはりこの親子も生粋の剣士であるためだろうか……だからであろう。

 

「あっとと、ずいぶん話がそれてしまったけど、悟空君。 さっき言ったよね? お願いがあるって」

「あ、そういえばなんかいってたなぁ。 いいぞ? オラに出来ることなら手ぇかすぞ」

「はは、ありがとう。 それでお願いっていうのはね」

「うん」

「恭也と一戦交えてほしいんだ」

 

 この子を、この強い輝きを秘めた目をした男の子を、自分の息子に当ててみたいと思ってしまったのは。

 きっとなにか変化が起こる。 そう――心に強く描きながら。

 

「お願いできるかな?」

 

 やさしくかけた声とは裏腹に、士郎の目は…

 

「…………」

「父さん?」

「あなた…」

「ん………」

 

 とても鋭いものとなる。 お願いと言いながらもその鋭い視線は決して子供に向けていいものではない。 しかし、それでも……どうしてもこの子の『ちから』を息子たちに……士郎の、その強い意志は見事悟空に――――――

 

「キョウヤと闘うんか? 別にかまわねぇぞ」

「え? あ、あぁ……ありがとう(自分から言ったとはいえ……)」

「な、なんて軽い奴(というより父さん、さっきから俺への意思確認が……)」

 

 あんまり届かなかった。 半ば反射的に返事を返したのは悟空。 彼の頭には現在『ねむい』『食い物』『たたかい!』 が見事な3すくみで成り立っており。 というより、それ以外の要素が皆無だったりする。

 

「じゃ、やっかぁ」

「あっと、ちょっとまって」

「ん? ここでやるんだろ? だったらさっさと……」

「いや、ここじゃなくて。 ほら、あそこに木で出来た建物があるだろ? あそこでやろう」

「木? 建物……あ! あれかぁ!」

 

 そして構えをとる悟空。 それに待ったをかける士郎は庭先……敷地のはじを指さす。 青い瓦に木の柱、木造建築の道場がそこにある。

 基本的にレンガやコンクリートが主流である、悟空がいたところの建造物。 だからこんな建物は珍しい。

 

「へぇ~~あそこでたたかうんかぁ」

「あぁ、そうだよ。 な? 恭也」

「え? あ、あ~~そうなるかな?」

 

 だんだんとその顔を暗くしていく恭也。 自分を置いていってトントン話が進んでいくことに若干の憤りを感じつつも、しかし心は徐々に弾んでいく。

 それは悟空も同じなのだろうか、さっきまで眠たそうだった目を、みるみる広げていっては元気があふれんばかりの笑顔を作る。

 

「まぁ、取りあえずは悟空君。 キミの事について詳しいことを―――」

「お、おい悟空! 走るなよ!!」

「なにしてんだー早く来いよぉー! もうオラ、ワクワクしていてもたってもいらんねぇぞ!!」

「あ………はは、まったく元気な子だ。 でもまぁ、なのはと同い年ぐらいなら、むしろあれくらいが普通なのかも……な?」

「ふふ、そうねぇ。 あれくらいの年の男の子だったら、手なんか付けられないくらいに元気に決まってるものねぇ」

 

 走り出した少年とそれを追いかける青年、そして遠くから見守る夫婦。 4人はそれぞれの足取りで、庭にある道場へと足を運んでゆくのであった。

―――時間は、冒頭に追いつく。

 

「ん? キョウヤおめぇその服でやんのか?」

「まあな、『たたかい』っていうのは合意がある場合がほとんどだけど。 こと戦闘と言ったらほとんど突発的に起こるもの、そんなときに敵がいちいち着替えたり、準備をするのを待っててくれるわけもない。 だから“御神流”には特別な道着もなければ靴もないんだ」

 

かなりラフな格好をしたままに、道場内に入っていく恭也。 悟空は悟空でいつもの亀マークの入った山吹色の道着を着込んでいる。 悟空は、自身の道着を見つめて、恭也を見るとひとつ、あたまを縦に振る。

 

「へぇ~、まぁ確かにそうかもしんねぇな。 オラも突然、恐竜とかサーベルタイガーなんかに襲われたりしたらそんな余裕なかったもんなぁ」

「「「それは……なんか違う気がする」」」

「へ?」

 

 エンカウント=食事の時間。 かつての山暮らしでは、自身が餌であり獲物を捕らえる罠で、武器でもあったのだから無理もない……というよりこの少年。 場合によっては例え全裸でも戦闘続行も辞さないのだから仕方ない。

気付けば結構な雑談タイムが繰り広げられている道場内、あっという間に空気を呑まれてしまった士郎たち、しかしそんな彼らを迎える人物が一人、道場の奥から足音もなくやってくる。

 

「あれ? 恭ちゃん? それに父さんと母さん……と、この子は…?」

「ん? だれだおめぇ……」

「おっ、起きてたか美由希。 おはよう」

「え? うん、おはよう……」

「ほら、悟空君も」

「お? ……おっす!」

「……おはよう…ございます(知らない子……あれ? この子、なんか腰のあたりに…)」

 

 長い髪を三つ編みにしたその女性、高町美由希という。 恭也の妹であり、士郎と桃子の娘でもある。 そんな彼女は見知らぬ少年、悟空を前に若干の硬直。 しかしすぐにいつものペースを取り戻すと、士郎によって挨拶を促された悟空に続く形で声を出す……のだが。

 

「なぁキョウヤ、いつになったらやるんだ?」

「え? 恭ちゃん、もしかしてこの子と……」

「……あぁ、気付いたらそんな話になってた」

「気付いたらって……それにこの子まだ――」

 

 どう見たって子供、しかも下手をすると妹よりも低いその身長は、美由希を不安と疑問のどん底に叩き落とす。 

 

「美由希、ちょうどいい。 お母さんと一緒にそこで見てなさい」

「見てなさいって、待ってよ父さん。 こんなの勝負以前に――」

「いいから見てるんだ、きっとすごいものが見れるから……ね?」

 

 大人と子供――そんな当たり前の結果しか見えてこないようなこの組み合わせは、美由希の反感を買う。 それでも……そこで見ていろと、間違いなく自分たちを驚かしてくれる何かがあると――士郎の目は鋭くも優しく美由希に向けられる。

 

緊張の瞬間、しかしその当の本人たちは特に気負った様子もない。 完全なる自然体は己が相手に自分を呑み込ませないためのもの……そんな二人のあいだに、士郎はゆっくりと割って入る。

 

「それじゃあ試合のルール確認だ。 時間は無制限、先にあいてに一撃を入れたほうが勝ち……あ、防御はカウント外だからね……それと急所は絶対にねらわないこと」

「ああ」

「おう!」

 

 行司、審判、見届け人。 呼び方はなんでもいいが、取りあえず判定は言いだしっぺの法則から、士郎が自主的に行うことに。 そんな彼は悟空を一瞥、何かを思い出したかのように顎を人差し指で掻くと、小さく声をかけてみる。

 

「それじゃあ――と、悟空君、キミは急所の意味って解るかな?」

「そんくらい知ってんぞ、キン■マの事だろ?」

「き……」

「なんだ? ちがうんか?」

「あ、や! いいんだよ? うん、それであってる……んだけど」

 

 そこから帰ってくるのは……なんとも恥も知らない元気な一言。 それに硬直する男衆と……

 

「き、き……」

「悟空君ったら……もう」

 

 何とも言えない空気を醸し出していく女性陣、あんまりにもストレートな返事をする悟空に、顔を高揚させる美由希。 彼女は今現在、花も恥じらう16歳である……

 それとは裏腹に、頬に片手を持っていきながら微笑んでいるのはさすが3児の母、桃子は大人の余裕を見せている。

 

「なあ? もうはじめてもいいか?」

「え? あ……そうだね。 恭也は……」

「問題ない、こっちも準備できた」

 

 そんな外野はほっといて……上目線の悟空と、小太刀――無論、木刀の非殺傷兵器である――を2振り装備する恭也の二人は、そろって中央にいる士郎を見やる。

 高揚する心を抑えきれないものと、心静かにその場にたたずむもの。 少年と青年の発する空気に違いはあれど、しかしその根本はやはり……

 

「…………」

「よぉーし」

 

 どこか似ているように思えるのは、気のせいではなく。 それは二人が武を志すものだからなのか―――その答えは。

 

「では、始め!!」

 

「「―――――」」

 

 すぐにわかるかもしれない。

 

「だあああ!」

「―――ふっ!」

 

 ふたりは同時に踏み込む。 悟空は手に持った如意棒を薙ぎ払いの態勢で持つと、そのまま恭也に突進。 対する恭也は小太刀の特性を最大限にまで発揮するために、自身の有利な歩幅を正確に目測……片足の着地と同時に“右”を打ち下ろす。

 

 棒と小太刀は激しくぶつかり合い、硬く鈍い衝撃音が道場内に響く。

 

「……速い」

「す、すごい。 恭ちゃんの動きに全然負けてないよ、あの子」

 

 悟空と恭也は互いの武器を打ち鳴らすと、同時にバックステップ――とはならず。

 

「「「な!?」」」

「だりゃあ!」

 

 ここぞとばかりに悟空の追撃が来る。 それをいまだに宙に浮いたまま、地に足がついていない恭也に避ける手立てはない。 ならば―――

 

「くっ!(軸をずらして……)」

 

―――――受け流すまで……!

 

 見る見るうちに迫る赤い棒、それは当たれば確実に意識を刈り取られるであろうものだと、その威力は空を切る音の激しさで嫌でもわかる。

 こんなものを防御をしても、確実にこちらの得物が真っ先に粉砕されてしまう。 故の受け流し……この間の思考、およそ0.3秒未満―――まさに一瞬の勝負。

 

「あ! すごい恭ちゃん。 あの態勢で攻撃を凌いだ!」

「おわっとと……やるなぁキョウヤ」

「………ふぅ(こ、こいつ。 一撃一撃が見た目不相応に強い!? それに……)」

 

 棒の接触……ソレと同時に、刃の面を絶妙な“業”をもって反らし、自身と悟空のあいだにある攻撃の『軸』をずらした恭也。 そんな彼は、今の一合で確信に至る――この目の前に居る少年は。

 

「……(攻撃に一切の迷いがない!? こんな子供が……いったいどんな暮らしで、どういう鍛錬を積んだらこんな―――)――――なっ!」

 

 只者ではない。 確実に自身の妹弟子である美由希を遥かに凌駕した踏み込みの速度と、威力を持った攻撃……それは恭也に衝撃を与える――暇もなく。

 

「これならどうだぁ!」

「は、速い!?」

 

 悟空の如意棒は、その先端を恭也に向けると……またも突進を仕掛ける。 如意棒の突進…つまり『突き』である。 その突きに驚く恭也だが、脊髄反射のごとく顔をそらすだけでかわす……かわすのだが。

 

「なんて鋭い突きなんだ……あの恭也が」

「恭ちゃん、頬から血が……」

 

恭也の頬をかすめるだけに留まったはずのそれは、その威力から恭也の柔い頬を切り裂く。 

 

「はぁ……はぁ……すぅ……はぁ~~」

 

 垂れる血を、小太刀を持ったままの右手で拭う。 そのまま息を整える恭也は、自身の置かれた状況を軽く整理する。

 一撃を貰った……のだろうか。 しかし父さんは何も言ってこない―――違う、そんなことではなく。

 

「たった数歩動いただけで、こんなに息が乱れるなんてな……それに引き替え……」

「ん? あ! キョウヤおめぇ、ほっぺから血が出てんぞ! 大丈夫か?」

「息を乱すどころか……相手の心配までしてやがる………なんてやつだよ、まったく」

 

 対戦相手……悟空の、その自然体のままでいる状態を確認すると、若干肩を落とす。

「……恭ちゃん」

「恭也……」

「恭也」

 

 その姿に小さな声を漏らす高町家の3人。 別にひいきをするわけではない……ないが、それでも今まで、彼の行ってきた努力と鍛錬は知っている。 だからこそ―――心配にもなる。

――――それを

 

「悟空」

「ん? なんだ?」

「さっきお前が言ってた“天下一武道会”ってやつには優勝できなかったんだよな?」

 

 これまた気にせず、悟空にそっと語りかける恭也。 それはつい先ほど上がった悟空が出場したという大会の話。  いまだ試合のなかだというのに、二人の会話は止まらない……恭也はただ、知りたいのだ……

 

「あぁそうだぞ。 もう少しってところで、車にはねられちまってよぉ……場外負けで準優勝だったぞ」

「く、くるま? なんで武道大会で車なんて……」

「へへっ、いろいろあってさぁ。 天津飯のやつに武舞台を消されちまってよ、そんで空で決着つけたらそうなったんだ」

 

 激闘の末の空中戦……気功砲により武舞台が消失する寸前。 はるか上空、雲が漂う空の彼方まで跳躍して見せた悟空と、武空術を扱える天津飯との最後の激突。

 それを思い出しては『いい顔』をしだす悟空を見る恭也は、呆けながらも目の輝きが増していく。

 

「……そ、そら……か――――はは」

「恭也?」

「恭ちゃん?」

「お? どうかしたんか? キョウヤ。 急に笑い出しちまってよぉ」

 

 小さく、そして徐々に大きく笑い声を出す恭矢。 だが勘違いしてはいけない、彼は決しておかしくて笑ったのでも、もちろん気が触れたからでもない……彼は………知ったのだ―――否、気付いたのだ。

 

「俺は、今まで誰かを守るために剣の技に磨きをかけて、腕を上げてきたつもりだ」

「ん? ……おう」

 

 それは悟空に語る声ではなかったのかもしれない。 自問自答……ひどく澄んだ心から発せられたのは恭也の心境。

 

「それは父さんがそうだったから……きっと憧れてたんだよ、俺は………」

「……恭也」

「恭………ちゃん」

 

 構えた腕を、小太刀ごとぶらりと下に降ろす。 そのままどこを向くでもなく、ただ上に視線を上げた恭也の目には……『天井』が映り込む。

 

「だからかな? 当主の座にも実はあんまり興味はなかったし、成りたいとも思わなかった……どこか父さんのようになれればそれでいいって。 ただ、そうおもってた」

 

 上には上……今日、この瞬間の出会いはきっと偶然なのだろう。 でも、小さな少年のおかげで息吹いたこの気持ちは―――

 

「でもわかったよ。 あぁ、そうだ……俺は―――――!」

「……ん!」

 

 話はそこで幕を下ろしていく。 続きは後で、そういわんばかりに振りあげ、構えを取っていく2振りの小太刀。 恭也の瞳に、ゆらりと戦意という名の青い焔が静かに燃え上がる。

 それに答えるように、同じく構えを取り直す悟空。 左手を相手に、右手を自身に向けるような体制で如意棒を握り締めては『突き』の姿勢をとる。

 

「なんか知んねぇけど。 今のキョウヤ、すんげぇいい目してんぞ。 雰囲気もさっきとはまるで別人みてぇだ」

「それはどうも、お前のおかげで頭の中のもやもやが消えちまったからな……じゃあ、また一手頼めるか?」

「おう、こっちからもお願いしてぇくれぇだぞ」

 

 空気が変わるとはこのことか。 いま、この場にいる者たちを取り巻くナニカは全くの別物。 ただの小手調べからいよいよ『試合』と相成った道場内……その空気の変わりようは、ただの一般人である桃子ですら感じ取れるものである。

 

「アナタ……恭也が」

「まぁ見てなさい。 恭也があんなことを言うとは思わなかったけど、悟空くんとの打ち合いで何かを感じたんだろう。 さっきとは目の色が違う……お前にもわかるだろ? 美由希」

「うん。 あの男の子もそうだけど。 恭ちゃんの構えが……なんていうんだろう。 こう、研ぎ澄まされてくって感じがする。 いつもわたしと打ち合ってるときとは全然雰囲気も違う」

「…………そう、なの?」

 

 じりじりとにじり寄っていく試合場の二人。 お互いの得物が持つ攻撃可能範囲と、自身の速度……それを読み、動いていく。

 現在、二人のあいだにある距離はおよそ3メートル弱。 手足が短い分、如意棒という長い武器で戦う悟空と、小太刀という普通の刀よりも短いが、その分近接戦での速度を重視した恭也。

 ふたりの攻撃圏内はほぼ同じにある……はずである

 

「「…………」」

 

 静寂する道場内。 その空間にたたずむ両者の身体が―――ぶれる

 

「――――はあ!」

「だりゃ!!」

「「「!!」」」

 

 ぶつかり合う互いの得物。 その激しい衝突音は観戦者たちの身体に衝撃音となって襲い掛かる。

 悟空が突進の勢いを如意棒に乗せて横に振るうと薙ぎ払い。 身長差から足払いとなっているそれを跳んでかわす恭矢は、しかしその跳躍の方角は真上ではなく悟空に向かったもの。 跳んだ勢いを殺さず生かして小太刀を打ち下ろす……恭也の技が炸裂する。

 

「御神流―――『虎乱』!!」

 

 空にいる中で放たれる恭也たち御神の流派の技の一つ。 その二刀からなる連続攻撃は、一刀のものより断然手数が多い。 其の刃の連撃に巻き込まれれば敗北まで一直線。 迫る刃の木枯らし、その攻撃が悟空に命中すると誰もが思い息をのむ――――筈だった。

 

「当たっ……―――!(攻撃の感触が!?)」

「え!? 悟空くんがいない……?」

「―――消えた!!?」

 

 少年――悟空に迫る刃の嵐は確かに届いた……そう、“悟空が居た場所にまで”……恭也の『虎乱』は悟空を捉えるまでに至ったのだ。

 誰もが悟空の敗北を悟ったであろう瞬間、しかしそれでも一人だけ表情を崩すことがない少年の顔は笑顔、そして一番『的』のデカい胴体を二本の木刀が激突する刹那―――――恭也の『虎乱』は、山吹色の道着ごと悟空を透過していく。

 

「――――な!? すり抜けた!!」

「恭也! うえ―――」

 

 まさかの事態。 誰もが予想をしえなかった悟空の起こした行動に、しかし立会人である士郎は気付く。 

 恭也は依然として気づかない。 自身の頭頂部に差し掛かった黒い影……人の形をしたその影は徐々に『大きくなっていく』

 

「――――すぅ……(左右……後ろ……どちらにも気配がない―――! まさか上!?)」

「お!?」

 

 ことが起こってからコンマ数秒か、そこでようやく天井を見上げた恭也は――それと同時に右手の小太刀を振りあげる。

 技なんてない、それは只の斬撃でありながらも、姿勢を完全に崩したこの状態で撃てる渾身ともいえる力を込めた一撃………それは。

 

「くっ!!」

「べろべろばぁ~~」

 

 またも空を切る。 だがそこには少年の姿が在り、恭也に向かって舌をだしては顔の真横に両手を持ってきて挑発するかのように気の抜けた声を上げている。

 若干透けているようにも見えなくもないそれは―――士郎たちから見るとなんと―――

 

「な!? こ、こんなことって……」

「ご、悟空君が……」

「ふ、増えた……!?」

 

「へっへ~ん」「こっちこっち」「ちがうぞ、こっちだって!」

 

 いつの間にか恭也が3人の悟空に囲まれていた。 本当に気付く暇さえなく、微かな足音に観戦者の驚愕の声に周りを見た恭也は両足を地面にベタふみ……ステップも取らなければ歩方なんかも取らない―――いや、取れない。

 

三重残像拳―――先ほどの上方、いつの間にか現れた右方、知らぬ間に在った真後ろ。 それぞれが小ばかにしたような幼いポージング……

 

・上方、前途通りのべろべろ

・右方、右手で目元をちょっとだけ下に伸ばしてあかんべぇ

・しりを突出してはしっぽをふるう

 

 やたらと元気な挑発、それでも呼吸を乱さないよう……普段どおりの空気を取り戻そうと小太刀を構えなおし、軽く息を吐く――もはや常識などどこにもないこの試合に、それでも恭也は集中を高める。

 御神流『心』 目で見るのではなく感覚……耳で聞いて音。 肌で感じては気配を、いまの恭也は無意識にそれを実行していた。

 

「全部……幻? いや、たぶんどこかに実体が…………そこだ!!」

「うわぁ――――」

 

 そこから導き出された答えは“すべてが虚構”という事実。 そしてなにもいない自身の左側にローキックをぶちまかす。

 上がる悲鳴、息をのむ観客……ついに決着が――

 

「す、すり抜けた!? あれも幻!!?」

「へへん! ざんねんでした。 4重残像拳だぁ!!」

「―――下!? はっ!!」

 

 ―――つくこともなく。 その攻撃すらもすり抜け自身の真下、周りを警戒することで空いてしまった意識の内側……空白地帯となった自身の懐に突如として現れた悟空。 その少年が持ってる赤い棒の先端が恭也の顔面に肉迫する。

 

 5,4,3,2―――恭也の顔面に如意棒が到達する残り1センチとなった瞬間である。 もう完全に当たる攻撃に対して一向に目をそらさない恭也の見る世界から、色彩が消えていく。

 道場の床は木の色から灰色に、少年の着こんだ山吹色の道着は白く、迫りくる赤は―――真っ黒に染まる。

 

「――――神速!!」

 

すべての現象が―――スローモーションになる。

 

「――――(こ、ここまで追い詰められるなんて)」

「………………」

「――――(だがこうなったらこっちのものだ。 この一撃を避けざまにカウンターを)」

「…………」

 

 御神流の奥義の一つ……人間に備わる感覚すべてを視覚に割り振り、それにより使用者を超高速の世界へ到達させる技、それを――――神速の領域という。

 悟空の残像すべてが消え失せ、ただ目の前の本体に狙いを定めるだけ。 迫る高速の如意棒もすでにその速さは見る影もない……恭也は、涼風を受けるがのごとくそれを躱す。

 

「――――――取った!」

「……」

 

 想定通りの展開を繰り広げる恭也。 御神の奥義まで出したこの勝負は負けるわけにはいかない、師が、妹が、母が――皆が見ている中での、この勝負は……

 

「………………にぃ!!」

「―――な!?(目が……合った!!?)」

 

 しかし勝負は終わらない。 それはありえないこと、神速に“入った”御神の人間と目が合うなど、あまつさえ笑いかけるなど……その様なことできるわけがない……そんなことができる奴は『人間の限界を遥かに超えている』

 

「し、しまった!? 集中が途切れ―――」

「いまの攻撃よけちまうなんて、おめぇすげぇなぁ。 でも―――これはどうだぁ!!」

 

 あまりの驚愕、常識はずれもいいところの事態に恭也の神速は途切れてしまう。 景色が元の色に戻っていく中で、山吹色がひとつ肉迫する。

 

 突きを避けられ、虚空を刺している如意棒がひとつ。 それを先ほどの動作とは真逆に自身にひきつけ、床に突き刺すと一気に“つたう”悟空。

 右足を恭也に向けての飛翔。 如意棒を掴んでの反動を利用したそれは―――只の蹴り。

 

「な!? なんて鋭い」

「――蹴り!!?」

 

 士郎と美由希が驚愕する。 特に技巧がなされたものではないそれは通常ならば切って捨てる程度の技であっただろう。 しかしそこは悟空の蹴り。 かつて魔族を一撃のもとに葬ったことさえあるその蹴りは。

 

 速さも

 威力も

 ちからの流れも

 

 全てにおいてすべてを超越していた。 そんなものを喰らえば―――当然……

 

「――――うおぉおおお(こいつ……こんなもの喰らったら死ぬだろ!? こうなったら)御神流―――」

「でりゃああ!」

 

 死は必然。 だがここで引かないのは勝利に対する執念か……恭也がとったのはまたもカウンター。 らしくないと言えばらしくなく。 だが、しようがないといえばそうであろう。

 既に燃え上がってしまった闘志の炎は消えず、ただ燃え上がるのみ。 同時に叫びだした悟空と恭也の攻撃は交差する―――筈だった。

 

「―――――徹!!」

 

 上がる雄叫びは恭也のもの。 御神の奥義がひとつ【徹】 独特な振りにより打ち出されるその技は攻撃を当てるのではなく貫き“徹す”もの。 技の出は恭也が遅いが、リーチ差からこのタイミングでもあたる可能性はある。 よくてクロスカウンター、悪くて……訪れる緊張の瞬間である。

 

「――――!!」

「であああ………………ふあぁ【ぐぎゅるるるぅぅぅ】」

 

「「「……へ?」」」

 

 ――――空気がふにゃける。

 

 訪れる最高の瞬間にやってきたその音は、これまた常軌を逸した謎の音。 なにか空気が吸い込まれるような、ねじれているような―――そうだ、この音は……

 そんなことを誰もが思っている中で、恭也は悟空に向かって大きく叫ぶ。 攻撃の途中、しかも御神の奥義を出した状態でいきなり無防備となる“少年”に。

 

「な!? バカやろ――――」

「へ?―――――ぐぁあああああ!!」

 

 しかしそれも届かない。

 

 結局当たってしまう【徹】 攻撃特化、しかも相手の内側に浸透させるような攻撃方法なのだから、かなりのダメージを負うのは必然。 それを顔面に喰らった悟空は、頬をゆがませ、首を曲げ、その小さな口からは最大音量に引き上げた断末魔の叫び声を上げながら飛んでいく

 

「――――しまった……」

 

 こんなはずでは―――まさか無防備となった子供あいてにこの技をあててしまうとは……恭也に懺悔の影が差す…………

 道場中央から飛んでいく悟空、彼は身動き一つ起こさない。 無抵抗のままその背を道場の出入り口付近へと叩きつけられ――――

 

「あれ? お父さんたちなにしてるの? もう朝ごはんの時か―――――きゃ!?」

 

 かくて交通事故の完成である。 時刻は既に7時過ぎ、普段ならリビングにあるテーブルの上に朝食と家族の団らんを彩っているこの時間に、この喧騒を聞きつけたのは“少女”

 彼女は道場のふすまを開けるなり、突如として頭上から襲いかかる『そいつ』によって地面に伏せられ、硬直する。

 

「え! なに!? いったいなんなの!!?」

「ん~~~」

 

 しかしそれも一瞬のお話。 ジタバタと四肢を振り回すも『そいつ』を払いのけるのは不可能。 だが少女は賢い、振り回すのがダメならばこの手で払いのけるまで。

 まるでそう言わんばかりに、少女は『そいつ』の“それ”を【握り締める】

 

――――ぎゅっ!!

 

「…………え?」

 

 あっ……なんか握り心地がいいかも―――そんなことを思ったのは少女。 そしてみるみる青ざめてく顔はまるでかき氷のブルーマウンテンのように見えて……

 

「なっ」

 

 声が引きつり。

 

「ひっ!!」

 

 ほい、悲鳴へと大変身。

 

「いやああああ!! なになに!? なんか『かたくて』『やわらかくて』『クネクネしてて』『毛むくじゃら』なのが――――」

 

 大惨事、朝からそれはもうえらい大声を張り上げる少女は大暴れ。 得体のしれないナニカを握りしめたままに、道場内で悲鳴をまき散らす……そんな中。

 

「…………はぁ」

「…………とりあえず無事みたいだな」

「あらあら、女の子が大声を張り上げて。 まったく……」

「えっと、それより助けなくていいの?」

 

 マイペースすぎるぞこの家族。 悟空によってすっかりその手の感覚―――驚愕への水準がマヒしてきている4人は至って冷静。

 呑気なうめき声を上げる悟空に安心しつつ、4人はいまだにジタバタと小さい手足を振っている幼女……少女にゆっくりと近づいていく。

 

「ん~~よっこいせ」

「うわわ! 浮いた!?」

「おお! これまた器用な」

「あら、さすが男の子。 力持ちねぇ」

「……ていうか、なに? あれ」

「まぁ、なんていうか、見たまんまだよ……な?」

 

 立ち上がる少年。 そしてその身体を宙に浮かび上がらせる少女。 彼女に何が起こっているのか……それは至って簡単な話で。

 

「ん? なんだおめぇ。 どうしてオラのしっぽなんか掴んでんだ?」

「どうしてって……え? しっぽ!?」

 

 そう、少女が掴んだのはしっぽ。 それは悟空によって鍛え上げられ、強くしなやかに動き、“弱点”すら克服した茶色い尾っぽ。

 それを強く握りしめた少女は、起き上がった悟空に並列するかのようにその身を起こし、浮き上がらせる……ぶっちゃけ、尻尾に絡まった小枝のように軽く持ち上げられる様はなんともシュールである。

 

「ほれぇ、これで降りられんだろ?」

「……あ、うん。 ありがとう(………しっぽ)」

 

 すとん。 床に尻餅をつく形で下された少女は若干、呆然自失ぎみにクネクネと動く悟空のしっぽに視線を釘づけにされるばかり。

 対して悟空はというと、そんな少女に目もくれず。 先ほどの対戦相手に向かって笑顔を向ける。

 

「すんげぇなぁ! 今の技、オラぁばっちり食らっちまったぞぉ……急に動きも“良くなった”しさぁ。 おめぇなにしたんだ!!」

「お、おい! そんなにはしゃぐな(アレを受けてこんなに元気だなんて―――) というよりお前だっていきなりどうしたんだ? さっきの“徹”のとき、急に動きが悪くなっただろ? いったい何があった?」

「そうだね、それは僕も思った。 あの蹴りの威力も極端に落ちたみたいだったし、何かあったのかい?」

 

 やられたくせに妙に元気な悟空に対して、若干気遣いぎみな男2人。 神速にも対応しかけた悟空の動きのいきなりの低下は火を見るよりも明らかであり。

 なにか不調があったのではないか? 小さい少年に向かって、いまさらながらも気遣いの視線を2人は送る。

 

「へへ、いやぁ。 オラ急に……」

「「…………」」

 

 少年の腕が動く。 右手を後頭部に、それを上下させると一気に『にかっ』と笑いだし

 

―――――――ぎゅるるるぅ~~~

 

 先ほどよりも1オクターブ高い……重くありつつなんとも軽い。 そんな奇妙奇天烈な怪異音を打ち鳴らす。

 

「ハラぁ減っちまってよぉ。 もう戦けぇねぇや……はは」

「は、はら? もしかして今の音……」

「……おなかの音…………?」

「ひ、非常識」

「これはまぁ」

「えっと……あの~~さっきから置いてきぼりなのですが…………」

 

 時間にしておよそ10分程度だったろうか、その時の中においてあまりにも濃密な時間を過ごした4人と少年ひとりは、非常識の世界から常識あふれる日常へと足を運びだす。

 その中でもいまだに鳴り続けるムシの音は、休戦のベルの音か……それとも。

 

「あ、そうだ。 オラおめぇのこと踏んづけちまったんだっけか? さっきはわりぃことしちまったな……えっと…………ん?」

「――え?」

「そういや、名まえを聞くときは自分から名乗るんだったっけかなぁ? まぁいっか。 オラ悟空――孫悟空だ。 おめぇは?」

「あ、えっと。 なのは、高町なのは……です(そん? 中国の人……?)」

「なのは……なのはかぁ―――うっし! 覚えた!! よろしくな、なのは」

 

――――この出会いに対する祝福の音色なのか……それはまぁ。

 

「うん!」

「ははっ!」

 

 いつもよりちょっとだけ遅い“朝食”を終えてからの話になるであろう。

 

「じゃあ、あさごはんにしようか?」

「ほんとか! いやったぁ! 飯だメシ~~~やっほーい!!」

「あぁ、ほら。 そんなにはしゃがないで」

「…………あんなに動いてまだ元気だなんて―――わたしも見習わなくちゃ」

「そうだな。 あいつぐらいに動けて、なおかつ体力が持てば完全に一人前だろう」

「お母さん、今日の朝ごはんなに?」

「ん~~ちょっとだけ……うんん。 “結構”変更かな?」

「え?」

「ふふ、久しぶりに腕が鳴るわ」

 

 皆が雑談に花を咲かせながら、母屋に向かっていく高町の庭の片隅。 そこにささやかに根付く“菜の花”は、ほんの少しだけ背伸びをしては蒼く大きい“空”に向かって咲き誇っていた。

 この物語の始まりの季節…………それは春である。

 

 今日の決まり手―――恭也による“徹”のモロ決まり。 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

恭也「ふぅ、朝からかなり動いたなぁ。 というより悟空、お前実は武器使うより素手の方が強いんじゃないか? なんださっきの蹴りは! 死ぬかと思ったじゃないか」

悟空「そうか? ん~そういえばそうかもな。 オラ、じっちゃんに相当鍛えられたもんなぁ」

恭也「じっちゃん? 仙人だっていう?」

悟空「おう! でも亀仙人のじいちゃんだけじゃなくってよ。 オラを――」

桃子「悟空君ー! ご飯で来たわよーー」

悟空「――!! ほんとか!! いやっほーうメシだーー」

恭也「……なんか気になるが――っ! もうこんな時間か。 次回!!」

悟空「!? ももほんほーる―――んぐんぐ……はいはんわ」

なのは「あ、あの~悟空くん、食べながらはさすがに汚いからちゃんと飲み込んで―――」

恭也「………よし、放っておこう! 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~第三話 」

なのは「『呼ばれた気がして』――えっ!? それじゃついにわたしが―――」

悟空「ん? そりゃまだなんじゃねぇのか?」

なのは「そう……なの……?」

悟空「あぁ、きっとそうだぞ!!」

なのは「そんな自信満々で答えられても……はぁ~出番……」

悟空「なんだよ、おめぇ今日出てこれたじゃねぇか……ん? どっかいっちまった。 んじゃ今日はここまでな! ばいば~い」

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