魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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台風一過。
悟空という嵐が消し去った傀儡の兵たちの騒動が収まり、いよいよこれからという彼らを襲う不審物。

それを相手に彼のとる行動はいかに……



――PS

子供ってすごいですよね。
いつでもどこでも元気ではしゃいで……気付いたら忽然と姿を消しているのは正直こわいと思いますけど。

では、りりごく23話、どうぞ!!




第23話  お願いがあんだけどさ……あとで何でもするからよ?

――――いない。

 

 それは探していた。 自身の半身、いままで片時も離れたことのない『少女』

 

 

―――――――――どこ!?

 

 そのものは駆けていた。 その影は捉えること叶わず、ただ、過ぎ去ったあとには風が吹くのみで。

 

 

――――――――――逃げないと……『ここから』逃げないと!

 

 それは、そのものは……『彼女』は『ひとり』で知らぬ道を駆け抜ける。 この先に、その先に、きっと求めた『もの』があると信じて。

 

「フェイト――フェイトぉ……どこ行っちゃったのさ……――!」

 

 

 

 人の気配がした。

けど『それ』はアタシが欲しいものじゃない、だから拳を握る。

 強く強く、歯噛みしながら閉じられていくそれは、わたしの震えも弱さも何もかもを一緒くたに閉じていく。

 いつだってそうだ。 自分が弱いと捨てられ、傷つけられて――それを、そうじゃなかったのは『あの子』だけ。

 だからいつだって一緒に居ようと思ったし、守るとも誓った。 けど、いまは隣に彼女が居なくて。

 

「居たぞ! こっちに――――!!」

「邪魔……なんだよ!!」

 

 

 当たる!!

 振るった『右』は知らない男の顔面にヒットした。 そのままあっけなく倒れる男からはうめき声が聞こえる――――よかった、死んではいない。

 

「って、当然か」

 

 なにも殺したいわけじゃないんだ。 それはあたりまえだ。

『アタシ』はただ『アタシの大切なひと』のところに行きたいだけなんだから――だから

 

「おねがいだからこれ以上……アタシの邪魔をしないで――怒らせないで!!」

 

 つぶやいたのは焦りからくる心からの本音だったのかもしれない。 その声は今はもう誰もいない通路に静かに霧散した気がした。

 

「―――はっ、はっ、はっ……突き当り――誰かいる」

 

 今まで駆け抜けていた通路は、その直線に終わりを告げるかのように右に直角に曲がっている。

けどわかる、この先で『何者』かが『呑気な足音』を立てながらゆっくり歩いてくるのを。

 

「またさっきの奴とおんなじように……ふぅ」

 

 角を抜けるまであと3秒。 そこで小さく息を整える。

 走るステップと呼吸の回数、さらに構えを瞬発力が上手に引き出せるものにすると、頭の中でイメージする。

 左足を軸に飛び上がって“足りないリーチを補い”ながら相手の懐に入る。 これで大体の魔導師の攻撃は封殺したも同然。

 そして浮いたまま腰を振った反動を使って右足で相手のテンプルを打ちぬく……これで決まり!

 

「ふふん……ちょろい♪」

 

 決まった未来予想図に小さく舌舐めずりしてしまう。

 我ながら決まりに決まった良い作戦じゃないか。 これなら『アイツ』にだって効くはずだ……ん。

 

「あいつも…………ううん。 いまはそんなことより――」

 

 目の前の邪魔者を――その先の。

 

 

「つーかまーえた! っと」

「な! 掴まれた!!?」

 

 背の高い『あいつ』に向かって――?

 

 

 

「うっし! いまのはいい蹴りだぞ」

「あ、……あぁ――くっ!」

「あ、ちょっと!?」

 

 悟空に向かって現れた謎の暴風。

 それはオレンジの長髪に、面積の少ない白い病人服を着込んだ小さな少女。 背の高さからして110センチ程度……大体なのはたちよりも頭一つ分小さいくらいの子供であった。

 しかしその子供、見た目に違う鋭い蹴りを放つ。 左顔面前に添えられた悟空の腕からは地面を鋼鉄のハンマーで叩いたような音が響く。

 それをすかさず右手で掴み、宙吊りにしてタコ殴りを決め込もうとする悟空、しかし少女の崩れたはずの態勢は既に、次の動作へと入ろうとしていた。

 

「お?」

「このぉ!!」

 

 少女の短くも白いきれいな脚は、空に華麗な弧を描いた。

 掴まれた手を軸にしながら描かれたその新月は、悟空を頂点として最大速度に突入していく。

 クリーンヒットまであと少し、少女の足が悟空の眉間を捉えようかというその時、彼女の狙いは大きく外れていく。

 

「あめぇ!」

「うぐ!?」

 

 悟空は掴んでいた手を引き寄せたかと思うと、こともあろうか大胆にも放り投げてしまう。 それはすなわち少女の投棄を意味して、軸を失った振り子はそのまま円回転から、あさっての方向を向いた直線運動へと切り替わっていく。

 

「ま、まだだ!」

「まだやるか……」

 

 飛んでく彼女。 だがすぐに態勢を整えると、目の前にそびえ立つ壁に三角蹴り。 悟空に3度襲い掛かる。

 次はまたしても拳、それは大きな風を纏い放たれていく!!

 

「ちょうどいいやリンディ、さっき言ってた奴の実戦だ」

『はい?』

 

――ひょ~い

 

 それを、態勢をそらすだけでかわす悟空は、本当に化け物であろうか?

 続いて出てきた能天気な言葉に、女二人は気のせいだろうか……肩口を大きくずらすに至る。

 

「まずはこうやって……相手の動きを読むんだ」

「ちょっ!? いきなり目をつむるなんて――」

「なんだいバカにして――くらいな!! …………あれ? あれ?!」

「右、右、左――お? 空中で大きな回し蹴りだな」

 

 そして始まるタップダンス。

 ブーツの様な青い靴を小さく鳴らしながら、フラフラと少女の猛攻を躱していく悟空。 そのときの彼がとった行動にリンディは叫び、そのあとの奇怪な現象に少女が焦る。

 大きく振ってきた右足を、ラジオ体操の屈伸運動よろしく――半笑で躱すと、悟空のレッスンは進んでいく。

 

「このっ!!」

「そんで攻撃だ」

「ぐ!?」

 

 半ギレの少女の拳がまたも迫る。 それに慌てず焦らず、まるで闘牛士のような感覚で、避ける絶妙なタイミングを計る悟空は、不意に上げた右手刀を、少女の突きだしてきた腕のひじ関節の内側を狙い打ち下ろす。

 

「ぎゃふ!?」

「ただ闇雲に打ち込んでいくだけじゃ今みてぇに“いいモン”を貰っちまう」

「いたた~~」

「いいか? 重要なのは相手の気を――おめぇたちの場合はまだそのレベルじゃねぇだろうからまずは気配と動きを――読むことだ」

 

 膝カックンのように折れた少女の腕は、その硬い拳を振り子のように持ち上げ、そのまま拳の主に衝突事故を引き起こす。

 鼻っ面を赤くさせた少女は両手でそれをさする。 ひりひりと熱を持ち始めたのだろう、ぐしゅぐしゅと鼻を鳴らす彼女は若干涙目。

 

「そんでそれを連続させると――」

「こんのおお! いいかげんに!」

「お、おぉ……」

 

 右の足刀を鼻先すれすれ……“スウェー”で避け、次いで飛んでくる左の拳打を握った右手で迎撃、もう片方の砲弾のような右ストレートは左手で受け……流す。

 左から右へと流す際に曲がっていく自分の左ひじを、少女の顎へと急接近。

 さらに一歩前に出ると、それ以外の力を使わず、彼女の向かってくる際に起こった闘牛張りの突進力を利用して。

 

「ふにゃあ!?」

「よ……と」

「むぐぅ……」

「あら、きれいなカウンターで……」

 

 こつんと当てると、少女の脳が揺れる。

 回る景色は幻想の様で、それを見た瞬間には少女の足はガタつき、力なく地面に倒れる。  仰向けの彼女は目を回し、「むにゃむにゃ」と寝言を唱えている姿は見た目相応。 そんな彼女を、あたまを掻いて見下ろすと、悟空は首根っこ掴んで見せて。

 

「血気盛んなのは相変わらずだなぁ。 なんか、ちびっこくなっちまってるみてぇだけど、元気そうでよかった」

「……知り合いなの?」

「ん? まぁな――よっと!」

 

 そのまま頭上へと放り投げると少女は悟空の背後に落ちてくる。 それを背後に差し出した両腕で、彼女の“でん部”あたりでキャッチしてホールドする。

 そうして悟空の首筋にかかる“女の子”の吐息。 すぅすぅと安息につかるそれは今の大胆な背負いかたを知らないせいだろう。 故に彼女は、いいや悟空はそのまま歩き出す。 そう、何事もなかったかのように。

 

「え?! そのまま行くの! ちょっと!」

 

 いつの間にか傍観者となっている、リンディを除いて。

 

 

「ぐしゅ……ん?」

「お? もう起きたんか」

「ここ……この匂い……」

 

 歩くこと数十歩。 おぶされていたオレンジ頭の少女は微睡から抜け出す。

 自身の鼻先をくすぐる、大自然を思わせる草木の匂いはどこか懐かしく在り、つい最近も嗅いだことのあるもの。

 それを自覚した時、彼女はふと、自身の置かれている状況を確認し……

 

「な! なんなんだいあんたっ?」

「とと、あんまり暴れんなって」

「グルルッ!」

「ん~~困ったなぁ」

 

 すっかり警戒態勢になっていく彼女。 その中で悟空は少女を掴んだ手を離さず、なぜかそれを享受するオレンジの少女。

 それは勝てないと悟ったから? それとも下手に動こうとしない慎重さから? 理由はわからない……探ろうとしない悟空はそのまま困り顔。 こんなことしている場合ではないのだが、そういった思考が飛んでいく中、いっこうに進まない現状にここでリンディは助け舟を出すことにする。

 

「ふぅ……一回離してみたらどうかしら?」

「え?」

「きっと、今の状況を理解しきれてないはずよ。 “どこの誰かは知らない”けれど、おそらく自分からこんなとこに入り込んだわけじゃないだろうし」

「……そっか。 オラてっきりフェイトの奴が置いてったんじゃないかって思ってたんだけどなぁ」

「!!?」

 

 そのときである。

 今のいままで微動だにしなかった少女の全身が震えあがる。 聞こえてきた単語に“耳”が伸び、理解した言葉にその“尾”が総毛立つ。

 震えあがるかのような彼女に、しかし悟空はペースを乱さない。 なんか様子が……という雰囲気だけ醸し出すと、彼はそのまま話かける。

 

「もういい加減機嫌なおせよ? いくらフェイトにおいてかれたからってそんな暴れてよ、やりすぎだぞ」

「……なにを」

「…………?」

 

 だが、その言葉を理解できるものは誰ひとりしていない。

 そんな彼女たちに、悟空は首を傾げて眉をひそめる。 なんなんだ……それは彼女たちのセリフの筈なのだが、それすらも唱えられない今現在、そうして時間は数秒たち彼女たちは次の発言に――

 

「いや、だってよ、こいつあれだろ? いつもフェイトの横に居た――」

『??』

「アルフってやつだろ?」

「え! ――うそ?」

「…………あぁ、そうだよ……ていうか」

「!!?」

 

 リンディは、少女を二度見する。

 テンパり具合はおおよそ80%と言ったところか。 背の高い悟空と、今は110センチ程度となったアルフと呼ばれた少女の頭を視線が行ったり来たり。

 構想からして信じられないという彼女の様子を、言葉静かに見守る悟空と、「やっぱり……」といって青年を見上げるアルフ。 三者三様のリアクションを取る中、少女は悟空に向かって咆えはじめる。

 

「あ、あんた……さっきから気になってたんだけど――まさか!」

「お? なんだ?」

「この感じ、それに『ソレ』!!」

「ん?」 ――――ひょこ。

 

 指さす彼女は大口を開ける。

 人にして人に非ず、それを体現して見せた“中々見どころがある”あの少年と特徴を同じくする目の前の人物。

 その一番の特徴たる長い尾。 茶色い毛が生えてしなやかで、ネコ科か何かと思わせるそれは……実は違って。 日本のことわざでは彼女と仲が悪いとされるその者は、しかしそんな雰囲気が出ることはなかったあの不思議な少年、彼の名は――

 

「ゴ、ゴクウ!!」

「お! そう――」

「――――の、おとうさん!!」

「……じゃねぇんだよなぁ」

 

 彼女の答えは、周りから見れば直球ど真ん中、なれど判定は『ボール』だったとさ。

 

「いいのかしら……人が、えぇと確かに片方は使い魔だけど、こんな簡単に姿が変わってしまって」

 

 何となくこの世の理を無視し始めた彼等に向かって嘆息を吐き出すリンディをまたもおいていきながら。

 

 

「そんな!?」

「……まぁ、仕方がなかったらしいな」

 

 それからまた十数歩動いた彼等。 その中でリンディ、悟空、アルフと言う順で横並びで歩いていく彼等。

 その配置にいまだ管理局に対して壁を感じさせるのは言わずともわかるであろうリンディは、悟空を介してアルフに現状をつらつらと述べていく。

 

 いなくなった主と、見知らぬ環境で慌てふためいていたところにこの知らせ。 顔見知りの悟空が居なかった時のことはなんとも想像するのが怖いと思わせる、そんな叫び声を少女は上げる。

 

「じゃ、じゃあフェイトはいまこの船に居ないっていうの!」

「えぇそうね。 でも、これからわたし達も急いで後を追うつもりよ」

「…………」

 

 コツコツ音を立てながら廊下を行く彼等。 その中で現状を嘆くのは一匹のオオカミで、他2名は既に覚悟を完了していた。

 それはそうだろう。 悟空はいいとして、リンディなんかはあの戦闘で――あの“小競り合い”でこれからの事の大きさを嫌というほどに思い知らされたのだから。

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 だから彼女は視線を下に向ける。

 交わしたわけではない彼女たちの視線。 いきなりの事にたじろいだアルフだが、リンディはとにかく話を進めていく。

 

「相手の能力を完全に測りきれてなかったわ。 状況も、もう少しだけ待っていれば悟空君とこうやって合流することができたはずなのに」

「え……ちょっと……?」

「仕方がなかったとはいえ、あの子たちだけを危険な場所に送ってしまったことは事実。 アルフさんが怒るのも無理はないわよね」

「……むぅ」

 

 予想しなかった展開。

 まさか警戒していた管理局の人間からこんなことを言われるとはつゆとも思わなかったアルフは片耳を動かす。

 むず痒そうに引くつかせたそれは何を思っての行動なのだろうか? それは彼女にしかわからないし、探ってやろうという者もいない。 なぜか? それはアルフがそっと胸にしまい込んだから。

 

 怒ることも嘆くことも、もうしない少女は――

 

 

「わかった、わかったからそんなに謝んないでおくれよ。 これじゃなんだかこっちが悪者みたいじゃないのさ」

「……アルフさん」

 

 もう気にするなと、そっぽを向いてリンディに返すのであった。

 

「うっし……ところでよ」

「え?」

「……なんだい?」

 

 そこに悟空は相づちひとつ……だけど解せないことがあった。

 

「アルフ、おめぇ……」

「ぎくっ!?」

「え?」

 

 それは悟空の左隣に居るオオカミ娘ことアルフ嬢。 彼女に黒い瞳でカーソルを合わせると、そのまま彼は尾てい骨の先に力を込める。

 

「いつまでオラの尻尾掴んでんだ? いい加減邪魔だから離してくれよ」

「え?」

「うぅ!」

 

 悟空の後ろを漂う『尻尾』を、まるで遊園地で風船を貰った子供のように掴んでいる仔犬が一匹……彼女がそっと宙に浮く。

 持っていたしっぽが、悟空の意図したとおりに動いては彼女を地面から切り離す図はなんとも言い難い笑いを誘い、それを見たリンディと――

 

「ああ! こんなとこにいた!!」

「あら、こんなとこに……」

 

 迎えに来た“かしまし娘”は……

 

「あれ? この子……その人のお子さんですか?」

「え? ……えぇまぁ、そんなとこかしら?」

 

  “大人と子供”の図に、ふわりと表情を崩すのであった。

 

…………またも少しして。

 

「そうなんだ……あの“悟空くん”がねぇ~~どおりで強いわけだ」

「はは、あんときとは比べモンにならねぇ位に修行したかんな。 背だって、少しだけ伸びたみてぇだし」

「すこし……?」

「『すこし』……なんてもんじゃないだろうに」

 

 次々増えていく懐かしの顔。 気付けば女だらけとなっていく悟空の周り、見る者が見れば壁にこぶしをめり込ませる作業が始まるだろうが、なぜだろう。 “こうなりたい”とは思えないそれは、果たして彼が持つ独特の雰囲気が原因だろうか。

 

「アルフったらさぁ」

「…………ぷい」

「……なぁ、離してくんねぇかな、いいかげんによ?」

「いいじゃないか別に。 こっちだって事情ってもんがあるんだよ」

「なんだよ? 『じじょう』って」

「それはほらアレだよ(こんな『敵』の船の真っただ中で頼れるやつなんて見知った顔のあんたしかいないんだ)――だから! フェイトが見つかるまでアタシから離れんじゃないよ、いいね!」

「さっきはいい感じに仲良くしようとしてたじゃねぇか……なんなんだ?」

 

 それはわからないとして、悟空たちはそのまま歩みを続けていく。

 さて、彼らはいったいどこへ行こうかというのだろうか? それは、アルフが悟空の背で眠っているときにかわした会話で決着がついていた。

 

 

「――――艦長室?」

「そうよ。 いろいろ問題が立て続けに起こったから、そこで今後の方針の再検討をするの。 船の整備を待ちながらね?」

 

 その言葉に従い悟空は、取りあえずリンディが言葉を発するタイミングで進路を変えて、彼女が右を向けば右に、左へ指を指せばその先を見るを繰り返していく。

 そうして、既に5分が経とうかという時、悟空は不意に立ち止まる。

 

        『医務室』

 

 先の戦闘開始までアルフがいたそこには、8人ほどの負傷者で埋まっていた。

治療が終わったもの、これから治療を受けるもの、包帯を巻かれている途中のもの。

 死屍累々……そこまでではないものの、つい先ほどまで確かに『戦闘』が、それも『重症を負わされる』戦闘が行われたことを嫌でも認識させられる。

 それを見た彼女たちの心境は……

 

『…………』

 

―――――――暗い。

 

 今この時でも戦いが続いていると認識させるそれは、彼女たちの心に濃い影を射す……その中で。

 

「こりゃひでぇなぁ、よし!」

 

 一言、そして何かを思いついたように腕を道着の内側に突っ込むと……悟空は懐から何かを取り出す。

 

「それは……あのときの?」

『??』

 

 それは『豆』だった。

 親指の第一関節までにすら満たない大きさの、緑色をした小さな食物。

数多くの戦いを陰ながら支え、幾度もなく物語の節目で目にしてきたその緑色は、悟空の手の中に転がされている。

 

「残る仙豆は……あと5つか」

「悟空君?」

 

 つぶやく。

 そして数える。 残る『奇跡』の使える回数を、そして手元から目線を外した悟空は見渡していく。

 

「くぅ……」

「ふぅ……ふぅ……」

「あ、足がぁ――ちくしょう!」

 

 3人居た。

その奇跡を『使うべきもの』たちが。 足を、腕を、アバラ骨を――先の戦闘で深く傷つけられた局員の3人は1か所に集められ、いまだに治療魔法による措置を受けていたのだ。

 

 しかし彼にはわかる。

自身も体験したその魔法は『この奇跡』には遠く及ばないことを、彼らのケガはあれではすぐに完治などしないということを。

 

「あいつらだな」

「え?」

「ゴクウ?」

「ちょっとキミ!?」

 

 歩き出す。

悟空は医務室に入ると迷うことなく3人の前まで進んでいき――――止まる。

 

「おめぇたち、これ食え」

 

 突然の入室者。

その男が、彼らの前で差し出した手には3つの『粒』がある。 彼らはその状況に訳が分からないという表情をし、自然と悟空を見る目は青ざめる。

 

「さ、サイヤ人!?」

「なんでこんなところにっ?」

「クソ! いったいどうなって――」

 

狂乱する彼等。 そのさまは絶望に染まるものから、最後の力を振り絞ろうとするものまで。 危機的状況だと“誤認”する彼らは、動かない身体をそのままに、気持ちだけでも戦闘態勢に入り――すぐその表情は驚愕に染まる。

 

「悟空くん、勝手に入っていってはだめよ。 ケガ人がいるんだから」

『か、艦長!?』

「え、え? ……なにかしら?」

 

 不意に現れたリンディ。

 その女性はあの時確かに重症であった。 だがどうだろう、今の自分たちの症状がかわいく思えてしまうあの姿はいまは見る影もない。

 戦闘前と何ら変わりのない、いいやそれどころか制服のいたるところが破けているところ以外なら、むしろ戦闘まえよりも調子がいいのではないか?

 その思考が局員全員に伝播したところで、彼らはそろって口を開く。

 

「そんな。 俺たちより大怪我だったのに」

「いったい何が……」

「そんなことはどうでもいい、無事でよかったです……艦長」

 

 三者三様の声。

それに『あぁ、そういえば』という表情で、人差し指をゆっくり口元に持っていくと、リンディは彼らに微笑んでいく。

 

「大丈夫よ」

『え?』

「彼はわたし達の……いいえ、“あの子たち”の味方だから」

「あの子たち……!」

「もしかして……でもそんなこと」

「だが言われてみれば雰囲気が……」

 

 徐々に収まる騒動の気配。 強張らせた身体をゆっくりと楽にさせていくと、局員の男たちはそろって悟空を見る。

 その鍛え上げられた二の腕と、宙を漂う茶色い尾、そして着込んだ山吹色の道着。 そのどれもが彼を少年へとつなげる材料には十分で、だからだろう、局員の皆は思う。

 この男は、いったい何者なんだろう……と。

 

「どうかしたんか?」

「ん~どうかしたかっていうより『それ』が気になるのよねぇ」

「あぁ、そういや言ってなかったな。 これはな? 『仙豆』って言ってよ。 これ食うと、どんな傷でもあっちゅう間に治っちまうんだ」

 

 そんな彼らを一時置いておき。 リンディは今まで考えていた答えを悟空に問う。

 それは自身もすでに世話になった奇跡の種……否、マメ。

 

 マジュニア――ピッコロとの天下一武道会での激闘の末に負った傷。 右胸から肩口付近に風穴を開けられ、両足の骨を折られ、さらには左腕を焼かれ……

 そんな四肢がまともに動かせない状態からも、見事に勝利をつかみ取った悟空の傷を治したのも『仙豆』のおかげ。 けれど数に限りがあるそれを悟空はいま、何のためらいもなく目の前の……しかも自身が全くと言っていいほどに見知らぬ『他人』に分け与えようとしていた。

 

―――――――――それを。

 

「どんな……ケガも」

 

 迷う。

 リンディは決して冷酷な人間というわけではない。 子供たちだけ『死地』に向かわせたのも船頭としてはそれしか算段がないからで、だからこそ艦長という役職は彼女をここで“冷静な判断”を迫るのだ。

 

「その『センズ』というのは……あと5粒あるのよね?」

「ん? そだぞ……?」

 

 だったら。

 そう彼女は考えてしまった。

 『いま彼らにこれを使わせるべきなのか』と。 たとえ今苦しい思いをしている彼らでもそれは覚悟の上のはず、しかも自分たちには治療魔法がある。 遠い未来、だが確実に治せるという事実がある……

 

 けど――

 

「悟空君、それは――「んじゃ、ここに置いておくかんな。 ちゃんとケガ治せよ!」―――……あっ」

「そんじゃいくぞ……って、なにぼうっとしてんだ?」

 

 まるで『それ』が当然の事であるかのように、悟空は彼らのすぐ近くに仙豆を置く。 この先の事態を計算し、戦略を組み立てようとして……どこか人として引き返せないような選択肢を選ぼうとしていた、そんな……

 

「……そうね」

 

 彼女の葛藤は。

 

「いきましょっか?」

 

 迷いは、断ち切られる。

 後ろを振り向き、扉の正面にまで歩いて行ったリンディの表情(かお)と――

 

「……ありがとう」

 

 その時のささやきは、きっと誰にもわからなかった。

 

「ん? ……おう」

 

――――――筈である。

 

 

  アースラ艦長室

 相変わらずの桜の木と野点セットのあるこの部屋。 風もないのに桜の花びらがゆっくりと散ってゆき、木の下に敷かれた赤い布……『緋毛氈(ひもうせん)』のうえに降りていくその光景はなんとも風流を感じさせるもので、安らぎを心に与える。

 

「しっつれーしまーーす!」

「じゃまするよ~~」

 

 安らぎを……ぶち壊す。

 目的地であるこの場所に到着した我らが悟空一行。 その際の“景気の良い声”が、この『ふんいき』をぶち壊す様は、なんとも形容できないため息を肺からひねり出させるには十分であろう。

 

 しかし、そんな彼らを迎えるのは、決してダラけた空気ではなく……

 

「……あいつ」

「あれが……」

「『アイツ』にそっくりだ……サイヤ人というのは、皆あんな容姿だとでもいうのか?」

「それにあの女の子、さっき暴れてたっていう……」

 

 め、目、眼。

 視線という攻撃が、彼らを中心に募っていた。

 懐疑を、暗鬼を、不安を……それらを織り交ぜた視線は決して敵対というものではないだろう。

 しかし彼らは知っていた。 悟空の持つ戦闘力を……だから恐れて畏怖するのだ。 だが知らないものもある。 それは――

 

「――くっ! こいつら!」

「おっと。 いきなりどうした?」

「あ、手を離しな悟空! あいつら、暴れたアタシはいいとしてアンタにまで『あんな目』をしやがって!」

「あんな目? どんなめだ?」

「…………え~~」

『…………えっと』

「別に殺気とかはねぇしなぁ……なんか問題あんのか?」

「……ゴクウあんたねぇ」

 

 彼の持つ空気……であろうか。

 いきなり駆けだそうとしたアルフを、まるではしゃぐ子供を止める親の如く右手ひとつで止める悟空。

 だがここで間違ってはいけないのは、この少女のスタートが野生のオオカミのそれと同格であるという点。 その走りだしをいとも容易く捉えた悟空の技量があってこその流れであるという事を。

 

「いきなり現れてよ」

「む……」

 

 アルフの頭に、そっと手を置き。

 

「きっとあいつ等おどれぇたんじゃねぇのか」

「うむむ」

 

 その手をぐりぐり動かしていく。

揺れるオレンジの頭髪と犬耳。

それに比例して、アルフの烈火のごとく燃え上がっていた怒気は“なり”を潜め、触れてもないのにしっぽが『ふりふり』動き出す。

 けど視線だけはそれを認めたくないのであろうか? そっぽを向いている彼女。 そうして“ない”胸元で両腕組むと、彼女は力なく悟空に向かって口を開く。

 

「アンタが、ゴクウが“いい”っていうんならアタシゃ別にかまわないんだけど……さ」

「そうか? ならいいんだけどよ」

「すごいですね。 猛犬みたいに暴れ出そうとした“アルフちゃん”を片手で捌いちゃった」

「えぇ……そうね……(どうしてかしら? やけに“子供の扱い”に手慣れているように見えるのは?)」

 

 ふたりはまさしく大人と子供。

 その様を見つめるのは、あとから遅れて入室してきたリンディとエイミィ。 彼女たちはそれぞれ持った印象を口ぐちに述べるのだが、どうにもこうにも腑に落ちないリンディは……ニコヤカ。

 

 その笑顔は圧倒的なまでに含みを持った笑みではあるのだが、その中身など周囲は愚か、当の本人ですらあずかり知らぬものである。

 

「…………ん~~ どうしてかしら?」

 

 そう、知らないはずである。

 

「さてと。 とうとう着いちまったけどさ、これからどうすんだ?」

「え? えぇそうね。 あとは整備班と技術課の“結果”次第なのだけど……ん

「なんだ?」

「ちょっとまっててね。 その“結果”が来たみたいだから」

 

 部屋に入ることおおよそで2分。 リンディが空中にただ寄せた青いウィンドウを展開すると、悟空はそのまま右手を握り、閉じる動作を繰り返す。

 どことなく落ち着かないように見えるそれは、やはりこれから起こるであろう事態の予想を立てているからか。

 

「どうすっかなぁ……アイツがベジータよりも強いとしたら、“4倍”以上は使えるようにならないと……」

「ゴクウ?」

 

 独り言は足元のアルフにしか聞こえない。

 その数字の意味も、野菜の英文字かのような単語も彼女には理解できず。 それが技名であり人名であることに行きつくことが無いままに……

 

「なんですって!?」

『……?』

 

 リンディの咆哮が部屋に木霊する。

 いきなり咆える彼女は、その長い髪を振り回すかのように青いウィンドウに食って掛かる。

 その様子に、しかし映像の向こう側にいる人物は冷や汗しか出せない。

 無理なもんは無理でしょう……そんな小声が聞こえる中で、悟空はそっとリンディに近づき……

 

「時の庭園まで――かかるなんて」

「え?」

 

 いま、彼女はなんていったのだろうか?

 しっかり聞こえたはずの声は、だがあまりにも手遅れな言葉だからか、身体が自然と耳を閉じていく。

 かかる? 何が……?

 そう彼の中で言葉が木霊しては、リンディは今聞かされた“結果”を、ゆっくりと言い渡す……

 

 

「あの子たちが向かった時の庭園まで……『98時間』かかるそうよ」

『!!?』

 

 まるで、死刑宣告を言い渡す裁判官のように。

 

「お、おい! そりゃどういうことだよ!」

「……こればっかりはどうしようもないわ」

 

 狼狽える彼は思わず叫ぶ。

 どことなく、あっという間につくんじゃないかと予測をつけていた彼は、ここに来ての展開にリンディに掴みかかる。

 それはない!! などと叫んだ彼に、しかしリンディは半分申し訳ない顔をしつつ、どうしてかやりきれないという顔をする。 それがピーク師達した時、彼女は空中にもう一つのウィンドウを開いていく。

 

「本当なら悟空君の思っていた通りにすぐ着いたはずよ、数分の時間差はあるでしょうけど」

「じゃ、じゃあ!」

「けど……今回は“事情”が大きく違うわ。 今までにない“不自然な”次元振と、ジュエルシードが引き起こした次元振。 さらに『ひずみ』を利用した不完全な次元間航行……そして――」

「……? オラの顔になんかついてんのか?」

 

 その映像を映し出すとき、リンディの瞳には悟空が大きく映し出されていた。

 いまだに「なにいってんだ?」などという疑問符を全開にしている間抜けづ……不信顔をする彼に、彼女はきっぱりと現実を叩きだすことにする。

 

[久々に行くぞ! 『超かめはめ波』だ!]

「え? これってあんときの……」

「そう、すべてはこれが――」

 

 映し出されたのは“リンディの視線”から見えるであろう先ほどの戦闘風景、そのクライマックスを。

 

「とどめだったのよ」

「……え?」

[波ああああああああああああ―――――!]

「あわわ……こんな砲撃……」

 

 聞こえてくる大音量とは正反対な小さな声。 それが悟空の発したものだと、分らない者などだれ一人おらず。

 アルフが小さく感嘆の声を囁く中、放たれた閃光の映像が部屋の中を激しく照らす。

そうしてリンディがつぶやいた言葉は……やはり処刑宣告。 本日2度目のそれは、悟空の耳に澄んで聞こえたはずだ。 なんだって? なんて聞き返すこともできないはっきりとした言葉に、彼はついに理解する。

 

「も、もしかして……」

「えぇ。 この砲撃は結界を破った後も、なかなか威力は落ちなかったわ。 それどころかそのまま大気圏を離脱するんじゃないかという威力を観測したらしくって」

「お、おぉ……」

「でもその先にあったのは宇宙ではなくって……『ひずみ』だったの」

「す、するってぇと……つまり……」

「そうね。 この『超かめはめ波』という砲撃で……とても信じられないのだけど、完全に次元境界の数値を崩してくれたのよ」

「…………はぁ……」

 

 少し難しい言葉の羅列だったが、それでもわかったのはやはり映像と一緒に説明してくれたからか。

 彼は知りもしないが、かつてとある“血戦”の中で、異次元に閉じ込められた4、もしくは3人組(数がはっきりしないのはここでは説明はしないが……)が、そこを脱出する際に多大な気の放出で次元に穴をあけたことがある。

 

 今回、元から空いていた穴に、その時ほどではないだろうが『中々の威力』をぶつけられた“ひずみ”は激しくその安定数値を狂わせた。 そういう事態なのである。

 

「ふふ、落ち込まないで悟空君。 確かに技術課の問診ではそうでたわ。 けど、それ以上に面白い事態が起きたみたい」

「面白い?」

「そうよ」

 

 けど……そうとってつけるリンディは、悟空に向かって軽く片目を閉じる。

 この年でそれやんのかよ……とは、だれ一人言わないのは、彼女の外見年齢が半ば詐欺まがいだからだろうか?

 そんな年下みたいな彼女は、悟空に向かって軽い吉報を教えてみせる。

 

「98時間かかる。 それは間違いないわ。 でもそれはあくまでもわたし達の“体感時間”であって、実際になのはさん達と合流できる時間は別になっているっていう事」

「体感時間?」

 

 そう、そうなのである。

 リンディが驚愕したのはこの2個目の事実。 それは“体感的な時間の長さは年齢の逆数に比例する”などという理屈でも“あれ?もうこんな時間”という人間の感覚的なものではなく。

 

「そうねぇ、例えばアースラで飛んでいた時間が『わたしたちから見て』3日でも、周りから見たら1日しか経っていなかった――で、わかるかしら?」

「???」

「むむむ?」

 

 時の流れの、事実とした速度差というもの。

 その説明を聞いた二人は……そろって『ハテナ』を後頭部に生成。 いかにもわからないという悟空とアルフは、「大丈夫かしら……」なんて心配してくれているリンディを見ると、そろって胸を張り……

 

『わかんねぇっていうのが、よぉくわかったぞ!』

「それは胸を張るんじゃなくって、ふんぞり返るっていうのよ……」

 

 ……半分も理解していないことを、文字通り身体を“張って”示して見せる。

 

「ん~~そうねぇ。 それじゃあまた、たとえ話になるんだけど」

『お?』

 

 その姿に頭を抱えること3秒。

 素早く思考を切り替えると、彼女はどこからか……

 

「ふふ、やっぱり説明役と言ったら『これ』かしら♪」

「めがね?」

「めがねだ……」

『…メガネっ娘だ………』

『ポニテめがねっ娘……』

 

 老眼kyo――もとい、フレームの薄いタイプのメガネを取り出して見せる。

 ゆっくりとそのちいさな鼻に乗せ、中指で位置を決めると「コホン」……息を整える。

 

 同時に聞こえてきた局員数名の、歓喜と希望の合わさった声は放っておくとして、そのまま彼女は指先を立てる。 天に突き刺し、くるりと回すと始まるのは……授業。

 

「第2回! 教えちゃうぞ、次元世界! ~転移編~ 始まり始まり」

 

「……なんなの?」

「なんだろうな」

「………………わすれてちょうだい」

 

 ……空気が若干北風の直撃を喰らったのは、この際置いておくことにしよう。

 

「んん! た、たとえば!」

「リンディ、声が裏返ってんぞ?」

「艦長……無理するから」

「エイミィは黙ってなさい! と、とにかく『ある部屋』があるとして、その部屋に悟空君とアルフさんはそこに4日居ることにしました」

『うんうん』

 

 始まる次元世界講座に、生徒役の悟空とアルフはそろって首を縦に振る。

 ここで「なんでそんな部屋に4日も居なきゃなんねんだ」とは言わないのは、悟空も大人になったからだろうか……いや、気にすら留めなかっただけだろうか。

 そうしてる間に、リンディの説明は続いていく。

 

「4日過ごした悟空君達でしたが、いざ外の部屋に出ると日付は1日しか経っていません」

「へぇ……不思議だなぁ」

「…………ん?」

 

 リンディ先生による時間講座の区切り。 ここでただうなずく悟空は、本当に「それだけ」の顔をしている。

 しかし同時に犬耳が動く。 ひょこりと微動するそれは、アルフがなにか掴んだから。 それを逃がさないよう、自分の中で『答え』としてこねくり回して形にしていくと……

 

「あっ! そっか! 転送中のアタシたちと、フェイトが居るところの“流れている”時間に“差”ができるってことだね」

「はい、アルフさん正解♪」

 

 結果は花丸であったそうな。

 

「いま言ったように、時間の差。 ようは、外での1秒が部屋の時間では4秒になっていて。 これを当てはめると『部屋=アースラと次元空間』で『外=地球と時の庭園』の時間ってことになるの」

「ふぅん。 なるほどな……なんかどっかで聞いたような感じがすっけど、とにかくなのはが居るとこまでは、実際にそんな時間がかかるわけじゃないって事だろ?」

「そういう事ね……でも」

 

 少しの安堵。 しかしその言葉の後に付けたしをしようとするリンディは、掛けていた薄いメガネを取り外す。 若干の冷酷さを垣間見せる表情は、それがホントに真剣だから……だから彼女はそれを言わないわけにはいかず。

 

「はっきり言って、この話で確定しているのは“わたし達が98時間アースラに縛り付けられる”という事。 外との時間差はもしかしたら大差ないかもしれないし、下手をすると説明の逆になることも……」

「そうなんか……」

「…………」

 

 そうして彼は事実を知り……腕を組んで、眉を寄せていく。

 

「まじいなぁ……しかもこうなったんがオラのせいなんだもんな」

 

 出てきた言葉は反省。 しかしあんまりにもあっさりしたのは彼があきらめたから? などと、数時間前のリンディならばそう思うだろう。

 そしてやはり、それは唐突に起こる。

 いきなり顔を上げた悟空は、リンディの隣に立っている16歳に……

 

「なぁ、エイミィ!」

「は、はい?」

 

 声をかける。

 歳の差にして■歳強。 そんな彼は彼女の瞳を鋭く見据える。

 「ほんとか?」「そうですよ?」 というアイコンタクトをやって見せた悟空とエイミィは、そのまま数秒間だけ時間を忘れる。

 

「……やっぱそうか。 ――――よし! おめぇよく機械とか、いじくってたよな!」

「え? そうだけど……?」

 

 目と目が合う~~

 なんてメロディが背景を駆け抜けていく瞬間。 悟空はその場から消えていき――

 

「エイミィ! オラ“に”付き合ってくれ!!」

「は、はい…………はい!?」

「はい……って、エイミィ!?」

「なんだって!?」

「ちょ!? 悟空さん――」

 

 突然の大嵐。

 渦中の人物の乗りツッコミにも似た『2度聞き』を敏感に反応する艦長さんと、悟空の爆弾をこれまた敏感につかんだ子犬は喚き散らす。

 

 しかしそんなものにいちいち負けている悟空ではない。

 “簡易版”残像拳を使って見せた……というより周りから見たら使ったように見えた……悟空は、そのままエイミィの手を引っ張る。

 やや強引に、まるで秘密基地に案内する子供のような振る舞いで進んでいく悟空に、エイミィはタジタジ。 そうこうしている間に着いたのは部屋の隅、そこで悟空は立ち止まり、エイミィに向かい……合う。

 

「…………」

「……え?」

 

無言の彼。 何も音を発しない彼の、その穏やかを通り越して恐ろしいくらいな静かな雰囲気を前に、エイミィはまるで津波にさらわれる子蟹のよう。

さらっては引き返……さない空気の中で、悟空の顔は、そっと彼女に近づいていく。

 

「…………」

「え? え!? ちょっと悟空さん!」

 

 いつの間にか敬称になっているのは、彼が醸し出す雰囲気にアダルティを感じ取ったから。 普段から近しい異性が年下のクロノだけだった彼女は、いつもの騒がしさを打消し、まるで“初心子(うぶこ)”のようにおとなしくなる。

 

 黒い瞳……エイミィの心の中で囁けたのはたったの一言。

 その黒曜石の様な輝きの中で写る、自身の顔色は青? 白? それとも赤?

 眩暈がするような光景を見つめること数瞬。 悟空と彼女の距離は……ゼロになり……

 

「…………」

「ひぅ……」

『ちょっと!?』

 

 …………+3センチくらいになる。

 

「あのよ?」

「え……?」

『…………あれ?』

『なんだ?』

 

 彼女(エイミィ)の顔面を避け、その耳元にまで近づいた悟空の顔。 そこで彼は小さくあいさつ。

 すると何やら“にやり”と笑うと片手をあげ、“よ! ひさしぶりー”なんて感じの悟空はエイミィにコソコソ話を開始するのであった。

 そのときの彼の気分を、世の中のおとうさんで言い表すと“小遣いの値上げ”を交渉中のそれ。 子供で言うと……やはり小遣いの値上げのそれである。 とにかく、なにかお願いがあるという風な彼に、エイミィは内心腰を抜かしつつも悟空の会話に耳を貸す――――その内容に。

 

「おめぇによ、お願ぇがあんだ」

「おねげぇ……? あたしに? でもなんでこんなはじっこに」

 

 疑問符を複数作り、首を傾げて悟空を見返す。

 何もこんな離れたうえで、接近してのこそこそ話を講じなくても……そう、表情で訴えかけること3秒。

 それを理解したのだろうか? 悟空は“言い訳”を吐き出すべく口を開く。

 

「いやよ? さっき空から落ちたときさ、いろいろ無理しようとしたらリンディの奴が相当怒鳴ってきてよ?」

「え? あ~~そういえば通信で聞いたような……でもそれは悟空さんを心配して」

「それでも修行中にまでちょっかい出されたら溜まんねぇだろ? だから……」

「……修行?」

「そだ! んでよ……力が――ばいの……もっときつい……」

「え? ん~~わたし達の魔法にそういう類は……あ、船の――制御の……を利用すれば」

「なんとかなりそうか?」

「う~~ん」

 

 彼女は先を見据えては座礁した面持ちとなる。

 どうも無理がある。 しかも同じ船に乗ってるんだからそれはそれで考えが甘いというかなんというか。

その言葉を彼女が吐き出そうとする刹那、悟空はおもいきって――両手を叩く。

 

「頼む! 後でオラに出来ることなんでもしてやっから……な!」

「あとで……なんでも?」

 

 その中で聞こえてきた“ご褒美”……もとい、報酬を聞きつけたエイミィは2秒間だけ視線を左上に向ける。

 

「……のふたり……っくり…せて………ートかなぁ……ふ、ふふふ」

「??」

 

 つぶやく彼女の声はわからない。

 しかし、その顔はどこかクロノが苦手そうな……悪巧みをした“ネコ娘”のような表情で、そんな面白そうな顔をしたエイミィは、右人差し指をピンッ! と、伸ばして見せる。

 

「よぉーし! なんだかやる気が出てきちゃったよぉ!!」

「おお?」

 

 それをピストルのように構えると、悟空に向かい照準を固定する。

 

「まかせて“悟空くん”!! おねぇさんがきっちりカップリ――んんッ!! その“装置”を完成させてみせるよ!」

「ホントけ?! できれば3日はずっと使っていてぇんだけど……行けそうか!」

「……えぇいこうなったら整備班総動員だ! やるぞーー!」

「はは! こいつは頼もしいや。 そんじゃよろしくな」

「はいはーい。 善は急げだ……まずは先輩に通信――――」

 

 …………マシンガンのようにトークを炸裂させては、脱兎のごとく艦長室から消えていったとさ。

 

 その光景に、肩口をずらした残りの全員。

 一時は悟空の謎の仕草に固唾をのみ、近づくふたりに手に汗握り……起こった結果に肩すかしを喰らい。 何となく落胆の声を上げる中で、彼らの視線はやはり1か所に集中していた。

 

「なにしたんだろ?」

「いやー、もう少しで執務官殿の焦った顔が見られるかと」

「え? あの人たちってそういう――?」

「……てか、あのひと何歳? 場合によってはまずいんじゃ」

「わからんぞ? もしかしたら『サイヤ人』という輩は、年齢とかを気にしない種族かもしれん」

『…………おぉ、それは盲点だった』

「いやいや、問題なのはむしろ――」

 

 これらの様な言葉たちが交錯している中。 リンディとアルフだけは悟空を見る視線を余計鋭くする。 だが勘違いしてはいけない、この“ヤジロベーの日本刀”よりも切れ味がある眼光はなにも『そういった』類のモノではない。

 アルフはフェイトとの初戦で、足からかめはめ波を出した様を観戦したときに。

リンディの場合は先ほど悟空が界王拳を使う件(くだり)でそれぞれ理解したのだ。 彼は――

 

『……むぅ(あの目は何か無茶をしようとしているときの目だ)』

 

――――と。

 

 見た目はいい感じの笑顔なのだが、どこかウズウズしていて……けれど彼には珍しく“妖しさ”を含んだニヤケルような顔は、リンディたちの不安を大きく煽る。

 

「さってと。 1日って言ったけど、間に合うかな……まぁ取り合えず」

『???』

 

 クルリと振り返る悟空。 青い帯が宙を舞い、茶色い尾が自由に漂う、そうして彼は両手を天にあげ、ゆっくりと伸びをする。

 やれることは取りあえずやった。 思わぬ収穫、そして予想外な出来事は悟空にある種のチャンスを作り出す。 これが吉と出るか凶と落ちていくかは――――

 

「あとは運任せかな。 できればすぐに“できてくれよ”……」

『……できる?』

 

 全て、神のみぞ知る……のだろうか?

 神が居ないこの世界で、神を知っている青年は何に願うのだろうか? それは誰にもわからない、リンディたちも――もちろん悟空にだって。

 

「……まぁ、いろいろ不快な点はあるけど、それは残りの4日間で解消しましょう?」

「ん? 不快な点?」

「えぇ、それはもう色々とあるから……そのときはよろしくね? 悟空君」

「……お、おぉ」

「それじゃ……――――アースラ、発進!! 目指すは時の庭園!」

 

 

 皆が固唾をのむこの時間。 アースラの魔導炉は、秘かに臨界へと達していた……彼女たちは、次元空間へと――飛ぶ。

 

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

リンディ「悟空君ーー!」

悟空「お! やべ――!」

リンディ「あれ? いない……食事に行ってると思ったのだけど」

悟空「…………」

リンディ「?? なんだか奇妙な音が聞こえるわねぇ。 まるでなにかが高速で打ちつけられているような……?」

アルフ「ゴクウ……さっきから”反復横跳び”なんかしてどうしちゃったんだろ?」

悟空「…………(ひ、ひぃー! はやくいってくれぇ)」

リンディ「もぅ、せっかくいろいろ話があったのに。 それじゃ次回!」

悟空「やった……」

リンディ「え?」

悟空「………………」

リンディ「気のせいかしら……魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第24話」

アルフ「ステレオの位置はどこ? 超重力修行開始!!」


リンディ「怒る? わたしが? どうして?」

アルフ「アタシゃ知らないよ。 ゴクウに直接聞くんだね……そんじゃね」

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