魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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子供たちが大人たちと邂逅するシーンその壱です。

今回出てくるあの人。 原作に比べて毒っ気が少なくないかと思われる方がいるかもなので少しだけ解説を。

――――自分以上の狂気を見た。

ただそれだけです。
理由はどうあれ、道を踏み外した彼女が、最初から血塗れた道をげらげら笑いながら進んでいく戦闘民族を見てしまったら……
おそらく何かしら変化を起こす。

蘇らすために狂うものと。
殺すために狂うもの。

それらがなのは達の前にあらわれる25話です。

では――


第25話 歩みを止める子供たち、そこは地獄の門だった

 そこは瓦礫の山だった。

 いくつもの足場が崩れ、変形し、『落ちていく』

 城塞の中身と錯覚してしまいそうなこの箱庭の中で、唐突に光があらわれる。 それは円を描き、線を掻き、それらが一つの何かへと形作られていく。

 そして水色の輝きが放たれるとその光は意味のある円陣へと形を成して――その勤めを果たす。

 

 現れたのは4つの小さな影、それらは徐々に姿を鮮明にしていく。

 

「……到着、したの?」

 

 ひとつは白のワンピース、またはロングコートを子供用にし、ところどころを武装している服装の栗毛の子。

 

「うん、そうみたいだけど」

 

 ひとつはこれまた白を基調とし緑の淵、茶色のマントを羽織った子。

 

「フェイト・テスタロッサ、ここに間違いないのか?」

 

 ひとつはこれまでとは対照的に、黒を全面に主張させたロングコートに紺色のズボンを履いた子。

 

「ここであってる……はずだけど」

 

 そして最後に、これまた黒いレオタードのような服に黒いマントを羽織り、桃色のパレオを付けた金髪の子。

 

 その子らはいま、自らのかたちを無へと崩していく庭園へと足を踏み入れたのである。しかしここに何度か足を踏み入れたことのあるフェイトの表情は曇っている。

 

「なんでこんなことに」

 

 水色の光りが弱まっていくにつれ鮮明になっていく視界が捉えるのは、廃墟となっていく少し前までは自身が返ってくるところだった場所。

 

「ひどいな、足場のいたるところが虚数空間むきだしじゃないか……ユーノ!」

「あ、うん、わかってる。 なのは!」

「……え!? なに? ユーノくん」

 

 同じくそれを見たクロノとユーノは互いに一言交わし、アイコンタクトを取ると即座に行動をする。

 

「なのは、ここでは飛行魔法はあまり多用しないで」

「え? どうして」

 

 杖。

レイジングハートを握ったまま、崩れていく庭園を見ていたなのはに忠告をしたのはユーノ、一方でクロノは周囲の索敵と地理の把握をフェイトとともに行っている。

 崩れてしまっていけなくなった場所と、通れる通路の選定をしているさなかで、ユーノはなのはに言葉を続ける。

 

「床の至る所に空いている穴、あれは『虚数空間』といってあらゆる魔法を発動不可にする空間なんだ」

「え!? ていうことは……」

「うん、飛行魔法も使えないから一度落ちたら最後……重力の底まで一直線急降下(ジェットコースター)だ」

「……ぅぅ」

 

 ユーノから言い渡された魔法不可領域....虚数空間の話に、なのはは床に空いた『孔(あな)』をただじっと見つめている。

 そんな姿のなのはに、クロノとフェイトはすぐ近くまで歩いてくる。

 

「……大丈夫?」

「だい……丈夫」

「そう不安にならなくても大丈夫、こうやって周りを見ながら行動すれば問題ない。 だからしっかりついてくるんだ」

「は、はい!」

「じゃぁ目指すはプレシアがいるとされる研究室だ、いくよ!」

 

『はい!』

 

 3人の言葉に、うつむいていた顔を上げ、不安を薄らせていくなのはであった

 

 

――――――子供たちは動き出した

 

 目的地とそこまでの経路が決まった彼らは行動を開始する。しかしうかつに飛行魔法を使えない彼らの取れる手段はただ一つ、それは目的地までの道のりをただひたすら……

 

「はぁ、はぁ……」

「…………」

「は、はっ……」

「うぅ」

 

―――――――――――走る

 

 片方の足で地面を蹴り前に進み、先に出してあった足が地面を踏みしめると今度はその足で地面を蹴る。 ただその繰り返し。

 

「あれから5分くらい同じような道だけど、ほんとに目的地に近づいてるんだろうか」

 

 その繰り返しの中でユーノはクロノに向かって言葉を投げかける。

 

「おかしい」

「え!?」

 

 しかし返ってくるのは重苦しい疑問の声―――――まさか迷ったのでは!?

そう思ったユーノにクロノは淡々と言葉を口から吐き出す。

 

「キミの言った通り、あれから僕たちは5分間のあいだ“ここ”を走り抜けている」

「……それがどうしたの?」

「……! そういうことか」

「……」

「え?え?」

「おかしいと思わない? なのは」

「おかしい?」

 

 クロノの返しにキョトンとしているなのはに対し、フェイトとユーノは何かに気付いたようにあたりを見渡す。

 その二人の行動すらも『なにしてるの?』という表情のなのはに、フェイトはバルディッシュを握りながらその答えを言う。

 

「さっきから敵が一向に現れないんだ」

「え? でもそれっていいことなんじゃ、だからこうやって早く進めるんだし」

「確かになのはのいう通り、敵に発見されていないというのなら好都合。 なんだけど」

 

 その答えにいまだフェイトたちの考えが読めないなのは、そんな彼女に先頭を走るクロノは背を向けたままフェイトの言葉に続く

 

――――もしも、見つかっているのに何もしてこないだけだとしたら?

 

「あっ! そっか、『罠』」

「そう、その危険性があるってこと」

「そして考えられるのはもう一つ」

『…………』

「こっちに居たはずの戦力が、『向こう』に集中させられているかも知れないってこと」

 

クロノのもう一つの懸念、自分で言うのもアレかもしれないがアースラ内で主力ともいえる自身と、ソレと同等の力量を持つなのはたちが不在の『向こう』でもし何か起こったら……

 

「え!? それじゃあリンディさん達は!」

「いや、あくまでも可能性の話だ。 いまはみんなを信じて進むしかない。 それに」

『え?』

「もしかしたら案外『あいつ』がひょっこり――――――」

「きゃ!?」

「地震!?」

「そんな、ここでそんなもの」

「もしかして……」

 

 揺れる。

 建造物が横にぶれる、その振動はなのはたちにも伝わりこの建物全体が揺れていることを教える。

 だが地面というものがないこの庭園で地震というものが起きるはずもなく。

 

「く、小規模な次元振!?」

 

 そっちの方面で、おそらく一番知識に富んでいるクロノは即座に事の原因を言い当てる。

 

「まさか『あいつ』がジュエルシードを……」

「でも、それは一日に一回だけだって言ってたじゃないか。 それに前に次元振が起こってからまだ一日は経ってないはず」

 

「そこまではわからない、けど―――みんな止まれ!!」

『!!?』

 

 今起こった地震――――もとい、次元振の正体がわからないままクロノは全員にストップをかける。 突然の大声に戸惑う三人、目の前の通路には特に変わったところなど……

 

「フェレットもどき、あと3歩下がってくれ」

「……ボクの事?」

「いいから!」

「わかった……」

 

 それでも『そこから』離れるようにと指示を出すクロノ、その声に皆より遅れて止まったために今現在、先頭の位置に突っ立っているユーノが若干青筋を立てながら下がると。

 

「え!?」

「な!?」

「…………あ」

 

 目の前の通路は小さな音を立てていき……歪み、噴出する!

 

「あぁ……」

 

隆起していくそのひびはユーノの足元まで亀裂をのばしていくと。

 

「こんなことって!!」

 

――――いっきに割れる。

 

 

 

 つま先三寸……もしもそんな言葉があるとしたら、今この状況の『クロノ』にふさわしいだろう。

揺れた庭園の床は見事にひん曲がり一気に瓦解、ついさっきまで床だったところは先ほど話に上がった虚数空間となっていた。

 

 

         ユーノがいた足場(ところ)を含んで

 

 

「ゆ、ユーノ君!!」

「ユーノ!」

「……」

 

 さっきまでそこにいた金髪の少年は、ついにその姿を消してしまった。

 消えていった仲間、早すぎるリタイヤ。 少女二人が叫び声を上げる中……

 

「……」

「…………ふふっ」

 

 こぼれる。

 それは決してクロノの声ではない男の子の声。

 しかし先ほどまで先頭にいたユーノはその姿を消している。 ならどこに?

 そんな疑問を振り払うように先ほどまで地面だったところへと歩いていくクロノは、そのまま前かがみになり。

 

「無事か?」

 

 小さく声を漏らす。

 それはとても心配の色など見られない声、それをなんともあっけなく『足もと』に向けて吐き出したクロノの視線の下には……居た。

 

「し、しぬ……死んでしまう!!」

「まったく、素直に人の言うこと聞かないからそんな目に―――」

 

 崩れ、いまはもう崖となっている廊下の切れ端に右手をのばし、片手だけで崖昇りを慣行しようとしているユーノの姿があった。 悟空がこの場に居るのならば……やはりクロノと同じことを言うかもしれないだろう。

 

「呑気に見てないでさっさと助けてくれるとうれしいんだけど?」

「人の話は最後まで聞くも―――」

「いいから早くしてくれ!!」

 

 少年達の喧噪は続く、ユーノの右手から完全に力が抜けるまであと2分である。

 

「なんだ、案外余裕じゃないか?」

「うるさい!さっさと助けろ!!」

 

 敵陣のど真ん中、そんな物騒なところにいるにもかかわらず余裕をかましている少年二人、そんな男の子たちのうしろでは二人の少女が。

 

「男の子ってみんなあんな風なのかな?」

「にゃはは……よくわかんない」

「むむむ!」

「ふん!」

『はは……はぁ』

 

 仲がいいんだか悪いんだかはっきりしない野郎(バカ)ふたりをまえに、引きつった笑顔を見せていたとか。

 

 

 ~ちなみに~

 なのはとフェイトの監修?のもと『ゆっくり』とその手を差し出し、ユーノを救い上げたクロノ、彼はそのまま左右の壁を見比べたまま動かずにいた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

そんな彼を見上げている少年、ユーノ・スクライアは両手両ひざを地面に着きながら肩を上下させてながら……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ごほ! ……お、おぼえてろよ。 あとで……かならず」

「ユーノ君、やめておいた方がいいと思うよ?」

 

 『次の機会』をうかがっていたりした・

 

「……やはりダメか」

「どうしたのクロノ?」

 

 そんなユーノを置いていき、クロノの考察は終わりを迎える。前、そして左右を見ては息を吐き出し、両手のひらを上に向けて、肩の位置で上下させる

 

「いまのでさっきまで想定していたルートが『おじゃん』だ、一回戻ってやり直し、なんて言ってる場合でもないし」

 

「そんな! どうにかならないの?」

「こればっかりは、魔法が使えない僕たちじゃ『アノ』距離は飛べない」

 

 クロノ達の眼前に広がる横幅6メートル、縦8メートル程度の空間は大人がどんなに勢いをつけようが飛べるかわからないもの。ましてや年齢でいえば小学生3人と中学生1人のこのメンツでは絶対に……

 

「無理、だよね」

 

 なのはは目の前の虚数空間に、ぽつりと漏らすのであった

 

――――そこに

 

「こういう時、悟空の筋斗雲があれば」

 

 ポッと出たフェイトのつぶやき、それはいまだ生還を確認できないあの『少年』を……

 

「悟空くん……」

「悟空さん」

『会いたい……はぁ……』

 

 3人に思い起こさせる

 

「きんとうん?」

「……あ、えっとクロノ君は知らないんだっけ?」

「まぁ……」

「悟空が持ってる不思議な道具のひとつで、人を乗せて飛べる『雲』なんだ」

「くも? 人が乗れるって.....そんなまさか............いや、でも」

 

 若干ダレ気味になった3人から聞き取った知らない単語、『筋斗雲』のことを聞いたクロノは半信半疑にたずねるのだが

 

(『アレ』の存在が確定してしまっているのだからこの際.....それに)

 

 

――――――――波ぁぁぁああああ!!

 

「むぅ」

 

 

――――言いたいことがあるならさっさと言えよ!

 

 

「はぁ~~そうだな、あんなでたらめなやつが持ってる物なんだ、それくらいできても不思議じゃないか」

 

 考えることスリーアクション。悟空の言っていた『不思議な球』、さらに奇妙な出会いにすさまじい戦闘能力、それを文字通りその身で体感しているクロノはえらくあっさりと納得するのである。 そして――

 

 

「まぁ、なんにしてもなんだけど」

「え?」

「その『きんとうん』とやらもそうだけど、『あいつ』が来るかどうかも分からないんだ、だったらこの一件をさっさと終わらせて見つけてやらないと」

「……うん!」

 

「そうだね」

「悟空、かあさん……」

 

 クロノの一言、それにより士気を挙げた3人はうつむいた姿勢から立ち上がる。

 

「とりあえず、ルート変更の話だ」

「うん、さっきはこの先に行けないって言ってたけど、今まで来た道で分かれてるとこなんて」

「ないと思う、けど」

 

 そして始まる作戦会議――なのだが。

 

「まかせて!」

「え……フェイトちゃん?」

「おい? ……ちょっと待て!」

 

 突然かまえを取るのはクロノの一言により気合の入った金髪の少女、彼女は片側の壁を見据えるとそのまま両手で持ったデバイスを振りあげる。

 すらりと伸びていく黄色い魔力の刃。 鎌の形に固定されると切っ先を天井に向ける。

 

「大丈夫、たしか『この先』でも研究室のルートに……」

「いやそうじゃなくって!」

 

 自身の真横、全身を黒で彩った年長さんのほうに相棒……雷光を纏わせたバルディッシュを――

 

[Arc Saber]

「はぁぁぁ……せい!!」

 

―――――――振り下ろした!!

 

 

「行け!」

「来るなぁぁ!!」

 

 

 

アークセイバーとは。

 

バルディッシュ・サイズフォーム時に生成される黄色い鎌状の魔力刃、これを飛ばすことによる中距離の攻撃魔法である。

 このとき、発射された魔力刃はその三日月のような形状から、ブーメランのように回転していき相手に迫る。

 

 何が言いたいかというと――――――――それがクロノの真横を通過したのである……高速で。

 

「ひっ、人の話くらい――――」

 

 『聞くものだ』 つい1分ほど前にも発したこのセリフをまさかもう一度、しかも立場が完全に入れ替わった状態で言うなどと『思わなかった』――と、おもうまえにクロノの背後が爆発する。

 

 

   ヒュンヒュン……シャキン!!

 

 爆発とともにフェイトのもとに返ってきたのは黄色の三日月、そしてその横を通過していく壁だった残骸たちと。

 

 

 

「なんで僕だけぇぇぇぇ―――――――――――」

 

 

 

 黒い物体がひとつ。 そしてその横では。

 

「ふふ(ナイスショット!!)」

 

 小さめにガッツポーズをとるユーノと。

 

「フェイトちゃん……」

 

 つい最近できた『ともだち』の行動を。

 

「次はわたしが頑張る!」

 

間違った方向で見習い、ちっちゃいこぶしを握っているなのはであった。

 

 どこかずれている彼女達、これはひとえに孫悟空(ハチャメチャ)のせいなのだろうか?

 このままいけば将来はきっといい武闘派魔導師になるであろう―――そう、きっと。

 

「……ち、ちくしょぉ………う…」

 

 そして力尽きた彼、先ほどまでクール&ドライで決まっていた(はず)のクロノ・ハラオウンはただ虚空につぶやくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――再び走る

 

 先ほどと同じペースの速さ、それを維持したまま走る4人はこの3分ほど無言である。坂を下り、螺旋階段を上り、魔法が使える場所では空を翔け

 4人はただひたすら突き進んでいき――――――――――そしてぶつかる。

 

「また行き止まり」

「……今度は」

『右!!』

 

[Blaze Cannon]

[Divine Buster]

 

『せーの!!』

 

 これで3回目となる破壊音が響く。 もうそろそろ研究室(もくてきち)に着こうかという地点での突き当り。 クロノとなのはの声が重なると、行き止まりだった場所に通路が築き上げられる……強引だが。

 

「……あそこ」

「あのドアか」

「あそこにプレシアさん……フェイトちゃんのお母さんが」

「……」

 

飛び散る瓦礫を障壁で防ぎつつ、フェイトのつぶやいた声に3人は反応する。 フェイトの視線の先……通路を少し行ったそこには、黒い鉄の扉が鎮座していた。

 

「この先に」

「あいつが」

「母さんが」

「……」

 

 なのは、ユーノ、フェイトら3人の視線は自然と一点に集まっていく。

この先に……このドアの向こうに。 彼女たちの足はゆっくりと動かされて――――――――

 

「待った」

『え?!』

 

―――――止める。

その声は先ほどまでの『少年』のものではなく『執務官』としての声で

 

「クロノ君?」

 

「……クロノ?」

「……ふぅ」

 

 冷たく言い放たれたその一言はなのはたちの背中に突き刺さる、しかしそのおかげで足を止めることができた3人は振り向く。

 彼女たちは疑問に満ちた目で彼を見つめるのだが、表情を硬くしたままにその口を開いていく。

 

「君たちは扉から2メートル離れて待機だ、このドアは僕が開ける」

 

 冷徹に『仕事』の表情(かお)になっているクロノのその顔を見て。

 

『……(こくり)』

 

 息をのみ、静かにうなずく……そう、静かにしかし確実に彼女たちを取り巻く空気が変わる。

 

「みんな、準備はいいかい?(ここを開けたらすべてが始まる……勝てるのか? サイヤ人……あんな闘争のためだけに生まれてきたような奴相手に)」

「は、はい」

「いつでもいいよ」

「クロノ?」

「くっ!」

 

 張りつめた空気のなか少年は、自身と同じ色の黒い鉄のドアを開ける。

 

「―――――――――――う!!」

 

 絶句……してしまった。

そこは一面真っ白で『あったはず』の部屋。 一辺の長さがおよそ7メートルの四角い部屋に『ソレ』はあった。

 

「……ふぅ……はぁ…………――」

 

『それ』は空気の出し入れをしていた。

 

「くっ」

「……はぁ、はぁ…………ごふっ!」

 

 眼の前の惨状(けしき)から思わず目をそむけたのはクロノ。だがそれでも聞こえてくるのは『ソレ』がせき込み、何かを吐き出した音。

 

「クロノくん、どうしたの?」

「クロノ?」

「どうかしたのか?」

 

 身体はいつの間にか汗をかいている、バリアジャケットのおかげだろうか、あの汗をかいた時特有な不快感はない。 ……ないのだが。

 

「こ、こんな」

「おい、クロノ!」

「―――――――っ、なのは! フェイト!!」

『え?』

 

 いつまでも黙り込んでいるその背中をユーノがたたいてきた。同時にクロノは叫ぶ、『それ』をあの子たち。

……特に。

 

「…………クロノ?」

「くっ……」

 

 この『子』に見せるわけにはいかなかった―――――――

 

「ふ、ふたりは……このまま外を見張っててくれ」

「え?」

「見張り?」

「そうだ。 あと、ユーノ」

「どうした?」

「一緒に『診て』くれ」

「あ、あぁ(みてくれ?)」

 

 

 ―――――――――――そうしてクロノは、重い扉を開く。

 

「――!?!?」

「静かに!」

「んぐ! むー! むー!」

「いいから黙ってろ! 『こんなの』彼女たちに見せる気か!! まして、フェイトになんて、だからおちつけ!」

「……むぐ(こくり)」

 

 その惨状を見たユーノは思わず絶叫――しそうになる。

 あわや大声を上げ、地面に伏し、胃の中のものを吐き出して――――そんな感情にとらわれかけた彼の口元を、必死に抑え、組み伏せるクロノ。

 

 こうなるであろうとわかっていたが故の迅速な行動、そして。

 

 

「よく見ろ! 彼女はまだ息をしているし見た目ほど外傷はない、だからたのむ! 手伝ってくれ!!」

「でも、これじゃあ」

「つべこべ言うな!」

「あ、あぁ……」

「―――――死なせる――――ものか!!」

 

 少年たちは、必死に治療魔法を使い始めた。

 緑と水色の光りがそのものを包んでいく。 その輝きに照らされたのは盛大に破けた白衣を真っ赤に染め、その下に部分的に裂けた紫のドレスを着込んだ長髪の女性。 髪の色は灰色に近く、どこか生気すら感じさせないその色は今の彼女の在り方を見せつけるかのようでもある。

 

 そんな彼女を、必死で否定するかのように……事情も知らない彼等はただ、治療の魔法をかけていく。

 

「おかしい」

「え?」

 

 その中でクロノは呟く。

 一向に進展しない彼女の症状……いいや、むしろ状況で言うのならば悪い方に向かってると言えようか。

 低いままの体温、乱れるどころか活気すら感じない呼吸音、それらを確認していくだけでクロノの表情に濃いい焦りの影が差しこんでいく。

 

「さっきから魔法での回復が見られない。 一体どうなっているんだ」

「ユーノ、悪いんだがそのまま治療を頼む」

「え?」

 

 そこで切り開くかのように言葉を発したのはやはりクロノ。

 彼はここで自身の判断を改めるに至る。 “いま、見えている範囲”では確かに大きなけがはなさそうだ、そう……

 

「真っ赤に濡れた服の下……」

「クロノ?」

 

 横たわる女性の身体に、見えないキズがあるんじゃないのか?

 

『彼女』が着ている衣服は既にボロボロになっている。

 破け、裂かれ、袖があったと思われる箇所は片方が消失している。

 さらに付着した血のせいで服は身体に張り付き『診断の妨げ』となっている、それはこれからの行動にはとても都合が悪いことで。 だから……

 

「すぅ……いいか、これはただの治療だ……」

「お、おい?」

 

 彼は呟き自身に訴えかける。

 そうして伸ばした両の手は、女性の白衣をずらして紫のドレスに触れていく。

 

「“これしき”のことで騒ぐというのは彼女にも自分にも失礼でおかしい事なんだ……だからこれは仕方ないことで」

「クロノ……?」

 

 継接ぎのような彼の言葉は、そのまま心の荒れ模様を言い表しているかのよう。 そうしてクロノが呟きをやめた時、彼は掴んだ両手を一気に開いていく。

 

「!? お。おまえなにやって――」

 

 叫んだのはユーノ。

 子供心に今現在クロノがやっていることの意味を掴みかねている彼は慌てふためく。 だが、その間にもクロノの行為は終わらない。

 小さく暗い部屋に響くのは布が破けていく音。 不器用で、震えたような、でも確実に切り裂かれていくその音。 しかし決して彼女を辱めることの無いようにところどころ気を遣うクロノは、やはり年相応の“少年”なのであろう。

 

 そんな彼は今の行為で表情の温度を若干数上げていく。

 

「…………なんでだ」

 

 そうこうして露わになっていく彼女の身体。

 細くしなやかで、そして色白。 しかし健康的な白さではなくどこか入院患者の様な衰弱さを感じさせるのはどうしてだろう。

 

 適度に引き締まったウェスト。 細く長い脚。 そのどれもが“この女性”には不釣り合いの若さを感じさせ、クロノから正常な判断力を奪っていく。

 ……この者が失踪した年月など、吹き飛ばすくらいには。

 

「…………どうして?」

 

 圧倒的な際どい身体つき……

 ――などと考えることもできず。 ここでクロノの疑問はピークを迎えていく。

 あまりにもこの方の身体が……

 

「きれいすぎる。 血が付いてるところもただ濡れているだけ……なんだ? いったいどこをどうケガを」

「…………」

 

 そう、このモノの身体に負傷を確認できないのだ。

 それはこの治療の魔法が無意味という事を少年達に叩きつけ、彼らの努力を無に帰すような事実。 しかしそれでもクロノと……特にユーノは治療に入れる気合を上げていく。

 

「ケガが見当たらないんだったらもしかしたら内蔵がやられてるのかも。 だったらかなり危険な状態だ。 クロノ……クロノ!」

「あ、あぁ……そうだかもしれない」

「あきらめないぞ。 こんなところで絶対に……せっかく見つけられたんだ」

「!?……ユーノ……」

 

 それは正に折れそうだったクロノに喝を入れる一声だった。

 冷静だった彼の……いいや、冷静だからこそはまってしまった一時の迷いを吹き飛ばすかのようなその叱咤は自然、ユーノの後ろにある人影をクロノは見た。

 それは『少年』の姿。 前に母に対して「言いたいことがあるならさっさと言えよ!」と言い放った無礼が過ぎるあの者を。

 

「それにお前が言ったんだろ? ここをみんなで切り抜けたら、『みんな』で悟空さんを探すって」

「……そうだな」

 

 そうしてクロノは年下の少年から、自身を突き動かす『なにか』を受け取っていくのであった。

 

 緑の光に重なるように、水色の輝きが彼女を包む。 その2つの輝きは互いに混ざり合い、また別の輝きを作り出す。

 ふたりが作り出す光に照らされ続ける彼女の身体には、ほんのわずかだが生気の色が浮き上がっていき、つめたく閉ざされた口元からはついに……

 

「…………う、うぅ」

 

 ほんのわずかに『声』を漏らす。 それは先ほどまでの『音』ではなくちゃんと人が息づいている声、それが聞こえると同時に『彼女』の閉じられた目はうっすらと開かれていき。

 

「あ、あなたたち?」

「やった、目が覚めた」

「よかった……とてもひどい顔色だったから」

 

 視線が交差する。

 その姿からは想像できなかった中々に澄んだ声に、思わず安堵の言葉を漏らすクロノとユーノ。 しかしそれも数秒の事、徐々に高まる彼女の『疑問』の視線……というか、第一印象からして想像しえた“鋭い視線”にユーノは愚か、腹を据えていたはずのクロノまでたじろぎ……

 

「なにを……しているのかしら?」

『――!?』

 

 心臓が止まった。

 いいや、正確には周りの温度が極端に落ちて彼らの背筋をこうらせたからである。 彼女の目を見たユーノは奥歯を震わせ、その声を聞いたクロノはなぜか執務官試験での面接風景が脳裏でモノローグ風な回想と共に流れていく。

 

“暮れ、なずむ~~”

 

 その単語が延々ループする刹那、クロノはようやく……

 

「これは?」

「あ、……あ、ああ」

 

 視線を“下”に向ける。

 そこにあるのはたった今自分で裂いた紫のドレス。 それを認めた瞬間に、彼の表情から男らしさが消えていく。 わなわなと振るえる口は恐怖を押さえつけること叶わず……クロノはこれから起こりうる絶望の時間を想像し、ユーノは覚悟をもって――

 

「こ、こここコイツがやりました!!」

「な!? ユーノお前!! (ふっ! ふざけんな!)」

 

 

 吐き出した……見事なまでの指さし呼称。 ちなみに、5つほど年上のクロノに『こいつ』呼ばわりしてやったユーノの表情筋は只今絶賛フル稼働中。 

 

「ホントの事じゃないか!(ふざける? 冗談じゃない、ボクは至って真剣そのものさ!)」

「たしかにそうだけど――いやいや、そうじゃないだろ!?(こ、このやろぉ真剣になるベクトルが違うだろ!)」

「……はぁ。 いいから落ち着きなさい」

 

 クロノの狼狽とユーノの『脱がしたことだけ』を抽出した真実100パーセントの、力の限りに出した叫び声とがぶつかりあうなかで紡がれる小声がひとつ。

 それをも脇に置いておき、子供のケンカは白熱する上限をとどめようとしなかった。

 

「最初に『見てくれ』っていったのもおまえじゃないか!(あとでリンディさんに教えてやる!)」

「語感がちがう!! 僕は『診てくれ』っていったんだ!(おい、それだけはやめろ!!)」

「じゃあエイミィさんのほうがいい?(たったのそれだけじゃ伝わるものも伝わらないだろ! 少しはこっちのことも考えろ!!)」

「な!? アイツだけはやめてくれ! エイミィに知られたら必然的に『彼女達』にまで話が!!(それはそうだが……というよりキミはいまだに『さっき』のことを恨んでたりするのか?)」

「当然!!」

「なんてしつこい奴なんだ」

「原因はおまえだろ!!」

「僕の忠告を聞かなかったキミが勝手に落ちたんだろッ!?」

 

 脱線、脱線、また脱線。 『軽い念話』も交えた少年達による醜い言い争いは、その言い訳(くち)と本音(こころ)がごっちゃになりながらもじわじわと燃え上がっていく。

 重なった視線はにらみ合いに発展、しゃがみこんでいた二人は立ち上がり、その両手はというと。

 

『ぐぬぬ~~』

 

 己の握力で相手を握りつぶしてやろうと、にらみ合った目線はそのままにつかみ合っていた。 歯を強く食いしばり、握り合った手からはギチギチと締め上げるような音さえ聞こえる。

 そんな馬鹿野郎(ボウヤ)たちを見ていた彼女……プレシアはいつの間にか絶対零度のその目に熱を戻しては、そっとため息をする。

 

「……なんなの? この子たち」

 

 あきれる。 目の前の惨事(?)を子供のケンカと捉えた彼女、それでもその『子供』を見る目に、何となく活力を取り戻していくプレシアは乱れた衣服を直すこともせず、半裸のままにその手を冷たい床に置き……ゆっくりと力を込める。

 

「―――痛ぅ」

「あ、無理しないでください!」

「そうだ、幾ら外見が万全そうでも実際にはかなり衰弱していたんだ、だから――――」

 

 立ち上がる、プレシアは自身の体をながめつつ両の足で地面を踏みしめる。 

そんな彼女を見た少年2人はいがみ合っていた視線をもとに戻し、取っ組み合いを中断する。

 

「問題ないわ、それに『これ』はケガではないのよ」

「え?」

「ケガじゃない。 じゃあ、いったい」

「病気よ、呼吸器官系のね」

「……病気」

 

―――――どんな人間でも病気には勝てない。

 それはどんな高名な魔法使いでも、屈強な肉体を持つ『彼ら』でも一緒である。 それを前者のみで漠然とだが理解するユーノと――

 

「なるほど、だから回復魔法が」

 

 今までの行為を思い介しては、冷静に状況を整理し始めているクロノ。 彼らは思い思いにその視線をプレシアに向ける。

 

「……平気よ、だからそんな目で見ないでちょうだい。 むしろ、昔あったという“ウィルス性の心臓病”なんかに比べたらいい方よ。 結局あれは治療法が確立されないままだったはずだから」

「そうですか……」

「…………」

 

 そんな視線を突っぱね、気丈にふるまおうとするプレシア、しかし『症状』の方は依然と自身を蝕み、そこを起点として身体の各機能までをも阻害している。

 

「……体力の方は普段通り」

 

 それでもその身体は子供たちの賢明なまでの手当てによりある程度は回復、『患部』まではさすがに無理ではあったが。

 

「よけいな戦闘(こと)さえしなければなんとか」

 

 その身体は『いままでどおり』に――不自由なもの。 だが、それでも彼女は立ち上がり、その足で冷たい床を踏みしめる。

 

「あぁそういえば」

『え?』

 

 そこで自身の格好に気付く、クロノの手によって引き裂かれた先ほどまで服だったものに視線を落とすと、さもどうでもよさそうに『それ』を片手で掴み。

 

「これはもう駄目ね」

 

 そうひとことつぶやいて『それ』……つまり、今まで自身の体を包んでいた服を。

 

「えぇええ!!」

「あ……ぁぁ」

 

 こともなしに、さも当然のように脱ぎ捨てる。 目の前の少年たちをまるで置物のようにとらえているかのようなこの奇怪な行動だが、彼女自身に……

 

「あっと、いけない。 そういえばあなたたちは『男の子』だものね?」

「と、当然じゃないか!(なんでこんなに『無頓着』なんだ)」

「あ……ああ……あ(ボクたちの事なんて全然気にしてないみたいだ。 反応がまるで悟空さんみたい)」

 

 そのような『悪気』は一切ない。 そう、『あの少年のように』

 

「少し待ってなさい――――セットアップ」

 

 その一言と同時にプレシアの全身が発光していく。 紫色のその輝きは彼女の魔力光、その光が全身に意味あるものとして形作られていき、彼女はそれを『着込む』

 

「あ、そうか」

「バリアジャケット」

「これくらいの魔法行使も問題なし、と」

 

 紫の輝きが徐々に薄れてゆく、そこにはもう先ほどまでの半裸の女性はおらず。

 

 

 

広くたなびく『漆黒』のマント!

ひかえ目にひるがえる『桃色』のフリル!

 

「.........え?」

「なにぃ!」

 

……く、黒いレオタードに!

 

――――――――髪の両側を結んだツインて

 

「まったああああああああ!!!!」

「ストップストップ!! 『それ』はいろいろとヒドイ!!」

「あら? 間違えたかしら」

 

 緊急停止(エマージェンシー)  即時撤退要請(エマージェンシー)

 

 あわや少年二人の網膜に完全に映し出される寸前、自身の『着替え』が間違っていることに気付いたプレシアは再度その身体を紫の輝きに包む。

 

「な、なんてことをしでかそうとするんだ。 この方は」

「もしかして、たまにあるフェイトの『―――』ってこのひとからの......」

 

 悟空に手紙を出したときといい、さっきのクロノへの誤爆?といい。 この親子、かなりの天ね―――――「終わったわ」

 

「あ、今度はふつう(でもないけど)」

「何となくさっき着てたのと同じものに見えるのは気のせいだろうか?」

「ごめんなさいね、私としたことが迂闊だったわ。 まだ頭がはっきりしないものだから」

 

 見た目、高圧そうな表情を若干崩しては、申し訳なさそうに謝罪をするプレシア。 彼女の服は先ほどのボロボロだった服装を修復したようなものとなっており。

 広く開いた背中と、大胆なラインで見える胸元、そして深いスリットの入った紫のドレス。 なのはやフェイトたちを『かわいい』『可憐』と称するのに対して、この姿から浮かび上がるのは『気品』そして『妖艶』

 その正反対である二つの単語は、しかしなぜか彼女にはよく似合う言葉である。

 

「と、とにかく外にいるふたりを」

 

 そんなプレシアを横目に入れながら、クロノはなのはとフェイトの二人を呼び出そうとする。 それを……

 

「……まって」

『え?』

 

 呼び止められる、その声の主は『彼女』 その音には『不安』と『戸惑い』が混ざっているように聞こえてくる。

 戸惑う二人、それは当然だろう。 見た目も雰囲気も気位の高さを感じさせ、それはイコール強さにも捉えることのできてしまうこの人物の“後退”を意味する言葉を聞いてしまったのだ、故に彼らは彼女に視線を送る。

 

「ごめんなさい……少しだけ、待ってほしいの」

「プレシアさん?」

 

 その表情には『怯え』が見え隠れしていた。 そんな彼女を見たユーノとクロノは互いに見合うとうなずき合う。

 言葉はいらない。 この人の胸中を探るなどという無粋なまねはしない。 それらを含んだ(まなこ)で彼らはそっと答えを返す。

 

「わかりました」

「でも急いでくれ、僕たちには時間がない」

「えぇ、ありがとう」

 

快く、とはいかないものの、いまだ『ちから』の入っていない彼女の目を見ると何となく了承するのであった。

 

 

 同時刻(そのころ)―――――プレシアが躊躇している間の扉の向こう側。

 

「あれ? なんだろう、扉の向こうがとっても騒がしいみたいだけど」

「きっとまたあの二人が騒いでるんだとおもうよ?」

 

 クロノとユーノが扉の向こうへと消えてからかれこれ30分ぐらい経過するころだろうか、外に待機している二人は、時間を持て余していた。

 そんな二人はいつかの続き、悟空が『いなくなった後』にしていた話に花を咲かせることなり。

 

「そっか、そういえば悟空ってなのはの家にいるんだっけ?」

「そうだよ、2週間くらい前にお父さんがどっかから連れてきたみたいなの」

「どっかから?」

「うん、どっかから」

 

 自分たちの大まかな話を終えた二人の会話は、そのまま二人の知っている人物。 悟空の話に会話を移行してゆく。

 艦内でもしたがそれでも語ること尽きない彼の話題性。

 それは悟空が彼女達に与えた影響力と直結しており、見せはしないが、それほどに彼を失った彼女たちの喪失感は大きく。 まるで補うかのようになのはたちは話を広げていく。

 

 …………まるで、これから起こる恐怖の前に、自分たちを舞妓するかのように。

 

「ユーノ君の話だと、『ロストロギア級のなにか』のせいで『こっち』に飛んできちゃったんじゃないかって言ってたけど」

 

「ロストロギア……悟空の世界にもそんなものがあるのかな?」

「…………どうだろう。 でも――」

 

 かつて異世界に存在した、高度な魔法技術の遺産――ロストロギアの話が出ると、フェイトの表情(かお)は若干暗くなる。 それを知ってか知らずか、なのは首を傾げだし……

 

「う~~ん.......ああ!!」

「――! な、なのは?」

 

 唸る。

 そうしてひらめいたと頭を振った彼女。 そこに見え隠れする笑顔に、しかしフェイトはわからないまま。

 当然だ、あの“奇跡”の恩恵を、ある意味で感覚的にわかっているのはなのはのみ。 彼女は数日前に体験しているのだから。 悟空の冒険を、奮戦を、そして友の死を……

 

「わたし、わかっちゃったかも!!」

 

 いきなり素っ頓狂な声を上げる。

 その声はすぐ隣にいたフェイトの耳を通り、鼓膜を揺らしつつ、彼女の目に2度3度と瞬きをさせる。

 振られた金のツインテールがその動きをなだらかにする最中、なのはは、まくし立てるかのように自身の憶測をはじき出した。

 

「悟空君が『こっち』に来ちゃった原因!!」

「悟空が?」

「そうだよ! まえに悟空くんが言ってたんだよ!」

「悟空が……?」

「うんうん、前にね、アースラで悟空君が自分の世界の事をリンディさん達に説明してたんだけど、その時に不思議な石……えっと、球だっけ? とにかくすごい伝説の話を聞いたの」

 

「不思議な……石? 伝説?」

 

 それは悟空が『説明できた』何個かの話題の中の一つ。 自身の生い立ち、友、師、悪の軍隊、魔王に神。

 悟空のつたない話し方で最も皆の気を引いたのは、魔王との戦いと7つの玉の争奪戦。

『その時』の話をする悟空が、とっても苦々しい顔をしていたように見えたのをいまだ忘れることができないなのはは、それを語り出す。

 

「オレンジ色の『これっくらい』の水晶みたいな球で、中に星があるらしくて。 それが全部で7つあってね」

「うん」

「それを全部集めると、どんな願いでも一つだけ叶えてくれるんだよ」

「願いを……かなえる?」

 

 それはとても信じられない話。

だけど……と、フェイトは思う。 それがたとえどんなに突拍子がない話だとしても、『あの』悟空がした話ならば決して嘘ではないと。

 

「でも一回だけ、その『ドラゴンボール』がね? 悟空君が戦った魔王のひとに壊されちゃったらしいんだけど」

「ま、魔王?」

「うん、でもあとで神様に直してもらったんだって」

「……かみさま」

 

――――――――――そう、嘘ではないと

 

 あまりにもあんまりな内容の話に、気後れ、戸惑い、後頭部に大汗を蓄えているフェイト、幾らなんでも神や魔王なんて……

 

「信じられないけど」

 

 それでも『あの少年』なのだから。

 

「きっと嘘じゃないんだろうな」

 

 どれもこれも全部偽りのないものなんだと、改めて思い知る。 そんなフェイトを見て、なのははこの話に区切りをつける一言を告げる。

 

「だからきっと、悟空君がこっちに来たのって『ドラゴンボール』のせいじゃないのかなって、わたし思うの」

 

 そこまでは悟空が『覚えていた』こと、しかし『それ以上』があることなど全く知りもしないなのはの『推測』はそこで途絶える。 いつ?だれが?何のために? そればかりはさすがにわからないとして。

 

「というより、それくらいしか思いつかないんだけどね」

「そう、だよね(どんな……願いでも……か)」

 

 いま、このときわかることはそれだけ。 少し脱線気味の会話はそこで途切れる。

 

――――――――フェイトの表情に、一筋の影を差しながら

 

             そこに

 

 

 

カツン

 

 

 

「なに? 今の音」

 

 

 

カツン……カツン…………

 

 

 

「足音……? それもだんだん近づいてくる」

 

 冷たい通路の向こう、先ほどなのはたちが破壊した壁だったものの瓦礫の先。 その音は聞こえてくる。

 

「誰かいる」

「――――――! なに、この感じ。 身体が、ふるえて!?」

「フェイトちゃん!?」

 

 いまだに姿が見えないその音の正体。 『それ』はなんなのかはまだわからない、筈なのに。

 

「―――く、うぅぅ」

「フェイトちゃん! どうしちゃったの!?」

 

 少女は震える、その小さい体をこれまた小さな手で抱きしめながら。

 

 

 

カツン……カツン、カツン

 

「こ、この感じ......いったいなんなの」

 

 魔力ではない『ナニカ』 それはほんの微かに少女の中に芽生えた知らない感覚、きっとあの少年との時間で与えられたなにかは、徐々に研ぎ澄まされていく。

 

「暗くて、重くて……怖い!」

 

 『それ』は『彼ら』からすればほんの些細な変化に過ぎない、しかし『そのもの』からにじみ出る『力』は、少女には痛烈すぎて、まるで肌を突き刺すかのような感覚は、少女の心臓に多大な負荷をかけていく。

 

「に、逃げなきゃ……アイツが……」

 

 乱れる呼吸、にじみ出る汗。

 どれもが芳しくない身体の警告であり、それらがピークに達するときであった! 彼女の赤い目は“それ”を認識した。

 

「フェイトちゃん!」

 

 そして『それ』は少女が知っているモノ。

強く、非道で、残忍な……彼女が知りうる限り、それを凝縮し体現したあの――

 

―――――足音が止む。

 

 

 

 

 

 

「よぉ……随分早い到着じゃねぇか」

 

 

 

 

 金髪の少女の視線の先、『最悪』は……そこにいた。

 

 

 ついに対峙した先遣部隊と戦闘民族。

 それは戦いの火ぶたが落とされる準備が整ったことを意味し、彼女たちの死闘が確定してしまったことに落ちていく。 ……いいや、“そこまで落ちてしまった”のである。

 

 

 

 

 

 

 

――――その頃。

 

 

「エイミィ! 次は50倍の重力にあげてくれ!!」

「え?! ご、50!! 正気!?」

 

 孫悟空は、50倍の重力に挑戦していた。

 

 アースラ、現在の次元航行時間……48時間経過。

 残り航行時間50時間。

 

 この男はどこまで取り戻せるのか、そして“間に合う”ことができるのか。 戦いは、佳境の入り口に入ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「いた……そこにいた」

フェイト「きっと大きくなった悟空と同じ顔、そんな顔がわたしたちを葬ろうと嗤いかける」

ターレス「ふははははははっ!! さぁ、オレのためにせいぜい踊るがいい!」

クロノ「事態が転がろうとするさなか、そうとも知らずにアースラでは60時間が経過しようとしていた」

悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第26話」

アルフ「強戦士のサガ」

リンディ「どういうこと!! まさか頭の中をのぞいたっていうこと……!」

悟空「……あいつ……”ターレス”のやつ…………!!」

アルフ「悟空……怒ってる……?」

悟空「続きはとりあえずまた今度だな。 そうだアルフ――」

アルフ「あん?」

悟空「……あとで、話がある」

アルフ「え? まぁいいけど……?」

悟空「そんじゃまたあとでだな。 んじゃ!」

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