魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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戦士は進む。
その先にある未来が、たとえ絶望だと知りつつも……いいや、絶望なのだと知ればむしろその足は余計に止められない。

切り開きたい未来がある。
守りたい人たちがいる。

すべての生きたし生けるものを背負い、彼は今、超重獄から抜け出し、友が待つ戦場へと向かい走る。

りりごく26話 どうぞ。


第26話 強戦士のサガ

「ふっ! はっ!」

 

 その突きは空を打ち、振り上げた蹴りは風を起こし天を向く。 赤と青が混ざり合う床の上で行われるその舞踊――否、『武踊』は休みなく、リズムが狂うこともなく、軽快なテンポを刻みながら続けられていく。

 

「はっ! はっ! だりゃ!!」

 

「……」

「……」

「……あ」

 

 右の足を垂直にあげては蹴り、左の拳を捻りながら突きだせば拳打、その手を戻しながら逆手を打ち出しては掌底。 『青年』……孫悟空の技はまた一段と切れ味をあげていく。

 

「う~ん」

「やっぱり……変よねぇ」

 

 その中で首をひねるものが数名、彼女らが思うのは疑問ではなく『違和感』 それは悟空の動きなどではなく。 悟空は悟空でそんな彼女たちを『気にしないようにして』両腕をまえに交差し……

 

「波あああ!!」

 

 一気に『開き』それぞれを腰元まで持っていくと―――「解き放つ」

 

「あわわ!」

「きゃ!」

「くぅぅ!!」

 

 突如として吹き荒れる暴風、それは見えざる『なにか』が悟空から溢れ出しているためであり。 それを徐々に高めていく悟空の唸り声は部屋中に響く

 

「ちょっ! 悟空!!」

 

――――――響く

 

「あ、アースラが……きゃっ!?」

 

――――――否、『轟く』

 

「ストップ! ストップ!! 悟空くん! アースラが粉々になっちゃうって!!」

 

 まるで『世界』全体が揺れるような『振動』 それは悟空の雄叫びのせいだけではなく、彼が構えを取った後に発した『気合』によるもので

 

「っとと! ちぃとやりすぎちまった、大丈夫か!?」

 

 エイミィの制止の声を受けた悟空は『気が付く』 四隅に散ったリンディたちが今の揺れで尻餅をついていることに。 『やりすぎた』と謝る彼は後頭部に片手を持っていき2度、3度と腕を上下に動かす。

 

「こ、こっちは平気だけど……くぅ……くく!」

「悟空くんあなたの方は……う!」

 

 その姿を見たアルフ、リンディは声を漏らす。 いまだ床に座っている彼女たちは何かをこらえるようにその手を口元に持っていく。

 彼の、悟空のその姿は普段と違っている。 まず色が山吹色ではなく濃紺であり、服に至っては道着ではなく西洋甲冑のような洋服……つまり。

 

「あはははは!!」

「なんだよエイミィ、そう何度も笑うなよぉ。 オラだってホントは嫌なんだぞ? 『コレ』」

「くくく。 あはは! ダメ! もう我慢できない!!」

「そ、そうねぇ……ふふ、やっぱり不自然よねぇ……なんていうか」

 

 今現在、悟空の格好は『管理局の制服』 しかもなぜか武装局員のそれと一般局員を足して2で割ったものである。

 そんな彼は服の裾を引っ張り眉を八の字に曲げ、いまだ笑っている3人に不満を漏らす。  邪魔だからと言って簡略化されたアーマー部分などの金属部品を排したひどく軽量な装備、それは既に甲冑と呼べるものではなく若干『上品』なただの服。

故に良くも悪くも『素朴』がただひたすら似合う『つんつんあたま』の悟空には

 

「いや~、服に着られちゃってる感が半端ないですよねぇ~」

 

――――――似合わなかった。 不自然の塊であった

 

「失礼しちめぇぞ。 だからオラあの道着のままでいいって言ったじゃねぇかぁ、なんで持っていっちまったんだ」

 

 そんな不自然120%の真っただ中を進んでいく悟空は起きたての時を思い出す、ひとり早くから修行を再開していた彼がリンディたちに言われた一言

 

―――――――今すぐ着替えてきなさい!!

 

『え?』なんて顔をしながら自身の山吹色の道着を見渡す悟空。 特に目立った破れとかは見当たらない、別にこれでもいいじゃないか。 そう言おうとする彼に

 

―――――――早く!!

 

 其の一言を突き付けるリンディたち。 刺さる視線に堪らず2秒もたたないうちに戦略的撤退を余儀なくされた悟空……その結果がこの始末。

 故に非難の眼差しを向けるのだが、『彼』のその視線はあまりにも怖さを含まない。 微笑ましいとさえ感じてしまいそうなその表情を受けながら3人は答えを返す。

 

「だってあの道着」

「え、えぇその……なんていうか」

「ものすごく汚かったんだから仕方ないじゃないのさ。 特に匂いとか」

 

 エイミィ、リンディ、アルフ。 三人の心はひとつとなり、その言葉の矢じりを悟空に向ける。 

 

「でもよぉ」

 

 それでもと、理不尽(いいだしっぺ)に立ち向かおうとする悟空のその一言を……

 

『でもじゃない!』

「…お、おう………」

 

 叩き伏せ、そのまま砕いていく。 いとも容易く簡単に、それでいて有無を言わせぬ彼女達の咆哮。 悟空の敗戦が決まった時である。

 若干しょぼくれる悟空、それは図体が大きかろうとなんであろうと『あのとき』の『少年』にも見えてしまい。

 

「はぁ~~ とにかく洗濯なんてすぐに終わっちゃうんだから、もうすこしのあいだだけ『ソレ』で我慢しときなよ」

「……わかったぞ」

 

 いつの間にか戻っていた重力の中に『入ってきた』アルフは、気落ちしていている悟空の右足を『パン!』と叩いていた。

その光景を見ていたエイミィはふと思う。 そういえばと呟いて悟空を見ると、その唇を動かしていく。

 

「すっかりツッコミがなくなっちゃったけど、悟空くんってもう『慣れちゃった』の?」

「そういえばそうよね? さっきの動きもぎこちないところなんてどこにもなかったように思えるし」

 

 それは悟空の修行の経過。 昨日の終わりに40G を制した悟空の修行メニューは1段階上がっており、その身は既に――――

 

「お? そういえばそうだなぁ……いつの間にか『ふつうに』動けてんぞ」

「いつの間にかって……ゴクウ、アンタねぇ? 自分がどんだけ大変なことをしてるかわかってるんだろうねぇ!?」

「はは! まぁそんな顔すんなってぇ……な?」

「むぅ~~」

「はぁ~悟空くん、あっという間に60倍をクリアしちゃいましたねぇ」

「えぇ、ほんとに尋常じゃない成長速度よ。 かといって無理をしているって感じでもないし……彼には驚かされっぱなしよ」

 

 ―――――エイミィの言う通り、60倍の重力を克服していた。 1日目終了から6時間後の起床から、飯を食い、服を着て……すぐに着替えなおして。 身支度を終えた悟空はリンディ『たち』と修行すること10時間以上、彼はまた一つ『壁に迫っていく』

 

「アンタってホントにどこまでも強くなるねぇ。 空は飛べるし念話に砲撃、それと読読心術……だっけ? 頭の中をのぞけるってどんだけよ」

「はは! そだな、大体そんなもんかな。 オラぁいろんな人にすげぇいっぱい教えてもらったからなぁ...」

 

ここで出たアルフの発言に、皆が目を閉じ『うんうん』とうなずいている。

 皆が大きく賛同したのは“読心術” ……その技を出したのは2日目の修行終了間際の悟空の発言がきっかけであった。

 

~数時間前~

 

「――なあ?」

「え?」

「そういやよ、どうしてなのはたちは先に行っちまったんだ?」

 

 この一言である。

 いままで何となく彼女たちを追いかけていた悟空であったが、そこでふと立ち止まってみると疑問が残ることに彼は気付く。

 

「だってよ、なにもあいつ等だけで先走っていくことなかっただろ? あと、ほんのちょっとばっかし待ってりゃオラとも合流できたんだしよ」

「え、えぇ」

「……なにかあったんか?」

「それは……」

 

 そんな彼に返せる言葉は、リンディ自身の力が足りなかったという、なんともみじめな言い訳。 そんな一言すら出してやることすら出来ないのは、彼女の責任感が強く邪魔をするからか。

 強く握った右手……それを見つけた悟空は――

 

「……いや、喋んなくていい」

「え?」

 

 ゆっくりと笑いかけ、リンディにやさしく声を出す。

 もう、聞きなれてしまった彼のこの声にリンディはとてつもない安堵感を感じつつ、突如として襲う頭部の衝撃に……

 

「あう?」

「…………」

「悟空……君?」

 

 そっと彼を見上げていく。

 何があったかと思えば単純なことであった。 悟空の手がリンディの整ったミントグリーンの頭髪の上に重ねられ、そのまま軽い重みを彼女に与えているだけの事。

 それを知り、どこか遠い昔を思い出してしまったのは彼女の中だけの秘密……そうして悟空がリンディの頭部に頭を乗せ、次に声を出すまでは1秒にも満たない時間であった。

 その声とは……

 

「探らせてくれ」

「え?」

 

 意味の解りかねる一言であった。

 当の悟空にも確信と言えるものはなかった。 こうすればできるんじゃないかという憶測と、どことなく身体が勝手に動いたという感覚が彼を突き動かすのである。

 

「…………」

「え? ちょっと……悟空君?」

 

 驚くリンディの声。

 当然だ、いきなり自身の頭の上に手を置かれ、そのまま目をつむることもなく見下ろしてくる男が居るのだ。

 抱き寄せられたことも、助けられたこともある。 しかし相手は『子ども』であって、彼女達にとってもとても大切な――なんていうモノが脳内で駆け巡っていく最中、悟空の中であるものが出来上がっていく。

 

 例えるならば、早送りにしたテレビのダイジェスト。

 

 背景は暗く、そこから聞こえてくる声をやけに鮮明さを欠いている。

 しかしその映像は確かな情報を悟空にダイレクトに伝えていく。 その中でも、彼に大きく印象づけたのは……

 

――――あんなものが暴れたら……!

――――悟空くんが! ……悟空くんが!!

――――出来損ないのガラクタ人形風情が――!!

――――フェイトちゃんのお母さん……ほっとけないよ!

 

 

 やはり多く。

 そのどれもが悟空のなかに深く染み込み……写っていく。

 自身が起こした何度目かの悲劇。 それに付け込んだあの男の笑い声。 さらにはフェイトにまつわる出生の秘密と、その親に起こった事etc.……それを確認し、彼はそっと――

 

「あいつ……」

『――――!!?』

 

 全身を強張らせる。

 その理由は他の者たちにはわからないだろう。 知らないから当然だ、気付けないのは仕方ない。

 そして、彼女達が起こした不安の波を……そう、“ほんのさざ波程度”のその波紋を打ち消すように。

 

「ホントにどうしようもない奴だな……」

「ご、悟空……君?」

 

 彼は、物理的に大きな風を作り出す。

 それは気で起こしたであろうモノ。 しかしこの衝撃波意図して出されたものではない。

 どうしようもなく漏れ出した憤りを代弁させるかのようにあふれるその気を、いったい誰が止められようか? 強制的に揺らされたリンディの長髪は……だが、それはいともたやすく止んでいく。 ……そして

 

「大体わかったぞ」

『え?』

「オラによく似たサイヤ人の事、そいつにフェイトの母ちゃんが捕まっちまった事」

「……うそ…どうやって………」

「時間が限られてることに、なのはがなんだか頼もしくなってきたこと……そんでフェイトの事に……」

「え?」

 

 フェイトの事。 そこで言葉を切った悟空は下を向く。

 俯いたわけじゃない彼の視線の先にはアルフが居た、そして悟空はそのまま見つめて息を吸う。

 重く、深く……まるで懺悔室にいる罪人の面持ちで彼はたった一人の幼子を見つめ続ける。

 そんな彼がわからないアルフはただ、悟空の行動に首を傾げるだけしかできない。

 

「すまねぇ」

「え、……ゴクウ?」

 

 いまだに身体の数か所に包帯を巻いた少女をその目に収め、そっと全身から力を抜く悟空。 目が合ったのはオレンジ頭のアルフ……2歳。

 彼女はひどく優しい顔をする悟空に戸惑い、そうして彼の発言に……

 

「おめぇ、その傷って“大猿の化けモン”にやられた奴だろ?」

「あ、うん」

「それな……」

『……あ』

 

 ここで気づく管理局のふたり。

 そうだ。 悟空は……彼は――大猿は! あの晩に襲った怪異は、彼の友と呼ぶべき者たちを大きく傷つけていったのだ……彼が、望む望まないに関係なく。

 それをついに知ったのだ、彼は! そこまで理解したリンディとエイミィは、互いに声尾を出せない。 彼が次に行う行動が既に分かってしまったからだ……隠すことはしないだろう。 誤魔化すこともしないはずだ。 そう、彼なら必ず――

 

「実は……オラなんだ」

『…………う』

 

 言った……いってしまった。

 どことなく軽く、けど決して無責任にはしないぐらいに、悟空はアルフに言い放つ。 その衝撃に思わず視線を外してしまったリンディとエイミィは、彼の次の行動を待つばかりで、フォローを入れることすら出来ない始末。

 そんな中、いまだに声を出していないアルフはというと。

 

「…………え、な……なにいってるんだい……ゴクウ」

「…………」

 

 言葉(しんじつ)を受け取りきれていなかった。

 

拒絶する――見えてしまう。

 

「だ、だってさ……そんなわけないだろ?」

 

 首を振る――理解してしまう。

 

「あ、あんなのがアンタなわけ……さあ!」

 

 尾が垂れる――身体が震える。

 

「だって……だって!」

 

 声を上げる――後ろに下がる。

 

 引いてしまった。

 彼女は今、確かに引いたのだ。 自身と悟空との間に……壁を。

 これ以上は近づけないと、ここから先にはいきたくないと。

 そうして距離を取った刹那、悟空の影に大きな闇を見てしまう。 あのとき交わしてしまった闇夜よりも深い鮮血の眼差しを――

 

「あ、……うぁ……」

 

 また一歩、さがる。

 

 アルフの心に巣食うトラウマがうずき、彼女の警戒心を大きく揺さぶっていく。

 アノオトコハキケンダ……「ちょっと、いいかしら?」

 

「……え?」

 

 引いてしまった歩幅、それを埋めるか如く投げかけられる声。

 それは、鋭い目をした女性……リンディだった。 彼女はアルフではなく、悟空を見てそっと手のひらを自身の頬に持っていく。 良くわかる“考えている”という仕草に、悟空は軽い疑問の声、そうして彼の顔を自分に向けさせたリンディは、最初の一日目で聞いておきたかったことをついに……言うのであった。

 

「あなたのあの変身……あれはもしかしなくても、自分の意思というのは存在しなかったのよね?」

「……あ」

 

 それは確認の一言。

 確証はあった、むしろその方が納得できる結論だった。 あの純朴を絵に描いたような少年が、自らの意思で仲間……ひいては友達と呼べる存在を進んで傷つけるはずがない。

 それは今までの事と、何より、彼に異様に懐いていくアルフや、信頼を寄せるなのは達を見ていれば交友が少ないリンディにもわかることであった。

 故に、これはあくまで最終確認と……

 

「ん、……そうだな。 あんとき――っていうか。 大猿になっちまうと、“オラたち”は自分を見失っちまうらしい。 それどころかそん時の記憶もない始末だ」

「らしいわよ? アルフさん」

「……そうなんだ――っは!」

 

 怯える彼女が、いたたまれないから。

 

 彼が“そのようなこと”するはずないと、どこか言い聞かせるかのような仕草は、やはりリンディなのだから狙ってやったのだろう。

 それでも、いいや、それが今回は特に重要で、それを聞いたアルフは、警戒心のレベルを1段階引き下げていく。

 

「そうね、いい機会だから聞いておきましょうか?」

「聞く?」

 

 そうしてリンディは、久方ぶりになるであろう仕事の顔を見せて。

 

悟空君(サイヤ人)たちのこと……かしら」

「……そうだな」

 

 事の真相を、いま、正確に見極めようとするのだった。

 

「えっと、オラたちサイヤ人はさ。 まずしっぽがあんだろ?」

「そうね、それは見てわか――「んまぁ、切れてなくなったり、いつの間にか生えたりすっけど」……えぇ、それくらいなら許容範囲だわ、どんと来て」

「これを握られるとすっげぇ力が抜けたりするから、結構な弱点だったりすんだ」

「尻尾? ……まさかそれがそんなに重要な――「でもこれは鍛えたりして克服できんだ、だから今オラのを握っても効果はねぇかんな、アルフ」……そう、なの」

「ぎくっ!!」

 

 そこから始まる悟空によるサイヤ人講座。

 とてつもなく大まかなその説明と、素っ頓狂に過ぎる彼らの特性に肩口をずらしながらのポーカーフェイスという、なんともむずかしいことをしているリンディに、気付いたら目の前で揺れていた悟空の尻尾を『にぎにぎ』していたアルフ。

 彼女を嗜める悟空は、どこか嬉しそうにも見えたとか。

 

「……えっと? そんでその尻尾がある状態で満月を見ると、大猿になるらしいんだ」

「尻尾がある状態……それじゃなければ?」

「ならねぇみてぇだ。 ちなみに、大猿の状態で尻尾を切ってやると元に戻るんだ。 これは実際ベジータがそうだったから間違いねぇ」

「……そう……こほん。 他には?」

 

 心得たようにうなずくリンディ。

 そうして目の前で猫……相手は犬だが……ネコジャラシのように揺れ動く悟空の尻尾を見つめ、彼の言葉の続きを催促する。

 

「あとはそうだなぁ……あ、これは仲間のクリリンが言ってたんだけどよ」

「なにかしら」

 

 そっと人差し指を立てる悟空。

 その仕草を見やるリンディ、エイミィ……そしていまだ表情が硬いアルフはそのまま悟空の話の続きを待つ。

 またも促された続き、それに応えるべく彼は仲間に言われた言葉を深く掘り起こしていく。

 

「オラたちが大猿になっちまうと、まるで理性がなくなっちまったみたいに大暴れする。 実際問題そうなんだろうけど、クリリンが言うにはたぶんあれはオラたちが本来の凶暴なサイヤ人に戻っちまうんじゃねぇかって話だ」

「本来……? 変ね、その言い方だとまるであなたは本質的にはサイヤ人ではないという風に受け取れるのだけど」

「…………あ、そうですね」

「……むぅ」

 

 それはかつて行われたベジータとの初戦。 その最終局面に起こった最後の奇跡。

 全てを振り絞り……それでも凌がれた悟空が勝負を捨てた中で降って出たその現象は、皮肉にも自身の大事なものを殺めてしまったもの。

 それでもそれにすべてを託し、理性がなく暴れ回るだけの“半分だけ”のあの子は、しかしだからこそもう残りの血がその子を敵へと向かわせた。 大事なヒトを奪った敵を倒すために……

 

 その光景を見たクリリンが思わずつぶやいたのが、今の悟空の言葉である。

 そこまではさすがに伝えきれず、だが何やら気になる単語が出てきたと思い、気付けば軽く挙手していたリンディは小さくその手を振っていた。

 

「そうだなぁ……」

『……』

 

 その姿に、またも考えを張り巡らせる悟空。

 しかし決して勘違いしてはいけないのが、彼がここで言い訳とか誤魔化しとかを用意しているわけではないという事。 そうして彼は、取りあえず知っていることを話すという事を選択する。

 

「実はオラ、大昔はすんげぇ凶暴だったらしくってよ、けどふとした拍子に崖から落っこちたらしくてさ。 そん時に頭を強く打ったんだ」

「……まさか」

「そう、そのまさかだ。 そん時かららしい、オラが今みてぇな性格になったんは」

「記憶喪失……とでもいうの?」

「さぁな。 ま、そこらへん言うとたぶんオラ……“ターレス”が言う通りサイヤ人の面汚しなんだろうな」

「ゴクウ……」

「それは……」

「でも」

「え?」

「オラはそれでいいと思ってる。 おかげであんな奴みてぇにならないで済んだんだかんな」

『…………』

 

 語り、うつむき、顔を上げ、背け……最後に笑って見せた悟空。

 いつの間にか知り得ていた『あの男』の名前を口にして、彼と相反する道を辿ることに胸を張る悟空。

 自身の生まれの否定。 それはすずかと交わした約束を半分ほど反故にしたようにも見えるだろう。 だが、それは少しだけ早計と言えるだろう。 彼が見せる答えは、まだ出ていないのだから……

 

 その答えが出るとき、それはいったいいつになるのだろうか。

 それは彼にもわからない。

 

「こんくれぇかな、オラが知ってる事と言えば」

「そう……ありがとう。 嫌なことを聞いてしまったわよね」

 

 話は終わり、どことなく気遣いを見せるリンディと声をかけづらそうにしているエイミィ、さらに何となく歩幅ひとつ分だけ悟空に寄ってきていたアルフ。

 

 いったいどういう気分なのだろう。

 種族から外れ、同族からは否定され、さらには命を狙われ……想像だに出来ない事実は、彼女達から悟空を気遣う言葉さえ奪い去っていく。 いくのだが。

 

「ゴクウ……」

「……どうしたアルフ」

 

 オレンジの少女は山吹色の男から目を離さない……いいや、離せない。

 彼女自身、歩んできた道のりは険しいモノと言えるだろう。 群れの中で病を理由に置き去りにされ、死に掛けていたところを拾われ――主人の大切だという存在に、自身を“使い捨て”だと断言され……

 

 そう、使い捨て(下級戦士)である彼を見るその目は既に、怯えからは遠い色合いに満ちていた。

 まるで同じモノを……同じキズを持つものを見つけた子供の目は、前回出会った時以上の深さで悟空を見つめ続けていき……

 

「あのさ」

「お?」

 

 すり寄ってくる。

 いや、実際の距離は先ほどまでは変わりはしないのだが、その言葉、その仕草。 どれをとっても先ほどまでの怯えた者とはかけ離れている。

 聞いていた話の内容はところどころで彼女の理解の外に出ていくのだが、それでもわかるのは彼がろくでもない連中に、ろくでもない扱いをされたという事実と、それを知らずに“ああなった”という現実。

 

「ゴクウは……ゴクウなんだよね」

「??」

 

 それは聞いてみた言葉ではないのだろう。

 ただ、言ってみたかった言葉なのかもしれない。

 

 不安で、でも疑うのが苦痛で……だから言わずにいれなかった声は……

 

「当然だろ? オラは孫悟空だぞ?」

「……そうだよね」

 

 単純な、でもどうしてか深い声とともに返ってくるのであった。

 そして――

 

「ゴクウ!」

「お?」

「あれは敵の作戦だった!! あんたは何にも悪くない! そうなんだろ?!」

「……そうだけど」

「だったらアタシはもう気にしないよ! それに――」

「ん?」

「それに! あ、あんたにやられたのは……その、あ、アタシだけじゃないんだよ!」

「……そうだったなぁ。 あとはなのはにも――「わん!!」――うおぉ!?」

 

 近距離遠吠えをひとつ。

 揺れる鼓膜と星が浮かぶ網膜は悟空のモノ。 唐突に咆えてきた子犬(アルフ)にむかって身構える。

 じゃれてくるように喚く彼女に、悟空はわからないという顔を……することはせず。

 

「わかってる。 もちろん……」

「…………」

「フェイトにもだ」

「……うん」

 

 気概が落ち着いていくのは言いたいことを言ったから?

 ひと波乱あった2日目最後の時間帯。 それは、語り合いにより終わることになったのである。

 

~元の時間軸~

 

 

 修行もそろそろ一区切り、そこで気付いた高等技術にレアスキルもちである悟空の異常さを改めて痛感するアルフ。 世界が違えば種族も違う、生きてきた時間の『質』の違いはこうも人間を『強く』する。

 

 けれど彼女たちは知らない、本当に彼は一人で強くなったわけではないことを……

 

「いろんな人……ねぇ。 でも並の魔導師が使える魔法(わざ)を大体揃えてるのは驚きよね、魔法が一切使えないはずなのに」

「そうですよねぇ。 この調子で転送系なんかも使えたりして……」

 

 『気』でできることと『魔法』でできること。 リンディがその両者の類似性に注目する中、エイミィは悟空に質問をする。 そういえばと、飛行からレアスキルまで取りそろえた悟空が使えないものがあったなと。

 

「てんそうけい?」

「えーと、有体に言えば『瞬間移動(テレポート)』みたいなもんだよ。 それでゴクウってさ……」

 

 聞きなれない単語は悟空になじみのないもの。 だが実は神様が悟空を閻魔界から下界に送り届けるために使ったことがあるのだが、そんなものに思考がつながる悟空ではなく。

 若干困った顔をする彼にアルフがとっさにフォローを入れる、すると悟空は――

 

「いやぁさすがのオラも『瞬間移動(そんなもん)』つかえねぇぞぉ。 オラ魔法使いじゃねぇしさ」

 

 即答――――当然と言えば当然のお話。 『いくら悟空でも転送の類は使えない』 その事実は。

 

「そうよね」

「だよね」

「もし使えてたら魔導師(わたしたち)の面子は丸つぶれですけどね。 あはは~」

 

 魔導師3人の心に、ある種の『余裕』を持たせる。 でもどうしても――――

 

『使えない……よね?』

 

――――つい確認を取ってしまう。 ほんとにホント? その文字を背景にしつつもいまだに悟空を見つめる3人に。

 

「大ぇ丈夫だってぇ。 だからそんな困った風な顔なんかすんなよぉ」

 

あはは! そんな笑い声を響かせるように、悟空はこの話と『今日』の修行に区切りをつける。

 

……こともせず。

 

「うっし。 そんじゃ今度は70倍の重力に行ってみるか!」

『がく!?』

 

 ズッコケた!

 この男の自分へのスパルタっぷりに三人が大きく態勢を崩していく。

 

「ちょ! ちょっと悟空君?」

「なんだ?」

「あんたまだやんのかい!」

「いくらなんでもヤリスギ――ていうか」

「お?」

 

 声の順はリンディ、アルフ、エイミィ。

 出てきた順に大きくなる疲労感は、なにも悟空に対するツッコミ疲れだけではない。 どことなくふらつく足元は、彼女たちの労働時間のたまものであるのだから……つまり。

 

「そういやそうだなぁ。 もう18時間ぐれぇぶっ続けで修業してたもんなぁ」

「そうよ。 はっきり言うけど異常よ?」

「はは! そっかそっか!!」

「……ゴクウ、あんた…………」

 

 彼の常軌を逸した行動のせいなのだから。

 訓練……ちがう。 特訓? まだまだ……そう、それ以上だから“修行”

 

 己を今以上の遥かな高みへと邁進させるその行為ははっきり言って尋常では務まらないのだ。

 限界を超える。

 そもそも、限界というのはそこまでの実力しか出せないから限界というのであって、それすらも“超越”したいのならばこの程度の無茶振りはやって当然なのであろう。

 だからこそ彼は、この短い時間を一分だって無駄にはしたくないのだが……

 

「す、すみません」

「どうした? エイミィ」

「わ、わたし……もう魔力がすっからかんで……」

 

 周りが、彼の行動について行けなかった。

 今現在、リンディたち魔導師による魔力供給……所謂“魔力電池”は4か所あるうちの3か所で稼働中。

 それだけでも馬鹿でかいモノを持つのがふたりいる以上、今の重力操作でもそれほど負担はない……無いのだが。

 

「そうねぇ。 いくら軽いランニング程度の消耗でも、それを10時間以上続けてれば普通にフルマラソン並みの……いいえ、それ以上の疲労よね」

「えへへ……自慢じゃないですけど、あたし結構魔力値が低いもんでして……っ!」

「おおっと!?」

 

 足元をふらつかせるエイミィ。

 それを肩に手を添えながら抑えた悟空は、彼女の顔色を改めて思い知る。

 陽気な言動で気づかなかったが、彼女の疲労感はかなりのモノ。 それを見てしまった悟空はそのままエイミィを掴んで離さないまま――

 

「すまねぇ、オラに付き合わせて結構無茶しちまったみてぇだな……よっこいせ」

「――え?」

「今日はもうやめにしよう。 また6時間くれぇしたら頼むからさ」

「ちょ!? 悟空君!」

 

 引き寄せ、肩を抱き、そのまま担ぎ上げる。

 今の動作のなんと自然な動きか。 エイミィ自身の重さを感じ察せない流麗さは、ひとえに悟空のちからが大きいからであろうが、それでもこの思い立った後の行動の速さはなんというか……すごいとしかいいようが無いであろう。

 

「……あたしがだっこされるなんて」

「なんかいったか?」

「……なんでもないよ?」

「そっか。 よし! そんじゃこのままおめぇの部屋に行って寝かしつけてやっからな! そんで起きたら修行再開だ!!」

「…………了解です」

 

 ふらりと消えていく悟空。

 軽い武空術でふよふよと廊下の奥へ飛んで行った彼を、見送る形にされてしまったのはリンディとアルフ。

 彼女たちはお互いを見やると一言。 悟空の説明から次いで湧いて出た疑問を――

 

「そういや、なんでアタシはちっこくなったんだい?」

「たぶん……大怪我を治すために大量の魔力を使ったのと、その供給元であるフェイトさんからの流れがなくなったから魔力を強制的に“セーブ”しているんじゃないかしら」

「……ふーん」

 

 あっという間に解決していた。

 

 もしかしたらあったかもしれない話。

 とある世界のとある出来事……ある使い魔が大怪我を負い、他世界へ墜落して魔法とは無関係な人物から手厚く看病されるはなしがあったそうな。

 その者はなんとか動けるくらいのケガであったが、それに比べアルフのケガはおよそ自身の10倍以上の化け物からもらったデタラメの攻撃だ。 故に受けた損傷も損害も桁外れであり、あわや生命の……存在の危機に陥っていたのである。

 そこから持ち直したその状態は、残った魔力をまるで裁縫のように継接ぎしたかのような不安定なもの。 それを維持しようとして、自身をサイズダウンさせた――リンディは今回そう睨んでいる。

 

 そこに至るまでの思考、およそ10秒半。

 何とも驚愕的な理解力である。

 

「今日はもうここまでね。 わたしたちも……うくっ――……さっさと休んでおかないと」

「うぅ……そ、そうだね」

 

 そうして彼女達も、しばしの休息を取ることにするのである。

 今現在の悟空が、驚異的な速さでサイヤ人の壁に迫りつつあることに気付かず。 それをどことなく肌で感じ、しかし決定的に足りない何かに首を傾げているとも梅雨とは知らず……彼女たちは寝床に向かうのであった。

 

 

 

 そして時間は、エイミィと交わした約束の時間に到達していく。

 

「ぐっ!? ぐおおおおおおおおお!!」

 

 彼は唸る。 その身を包む圧倒的な重圧に蝕まれながら、遠い目的地に思いをはせて悟空はひたすら身体を動かす。

 いつもみたいに、新しい段階に進んだ時に行う『準備運動』は見る者に思わず“止める”という選択肢を選ばせてしまいそうになる……しかし。

 

「ふぅ……ふぅ……」

「ご、ゴクウ――っ……ダメだ……止めないって言ったんだから……」

 

 それを行う者はだれ一人としていやしない。

 なぜなら、これが悟空が望んだことなのだから。

 

「ぜぇぇぇりゃ!」

 

 時間はひたすら進み、“最終日”開始からおおよそで6時間。 アースラ発進から実に90時間が経過しようとしていた。

 そのなかで悟空は、いまだに70倍の重力を克服できず、いつの間にか全身から汗とは別の……いうなれば焦り吹き出していた――なぜかとはだれも言うはずがない。

 

「ま、まだだ……こんくれぇじゃ――はあ!!」

「また動きが早くなった」

「でも、そろそろ終わりにしないと」

「えぇ。 回復する時間が無くなるわ」

 

 そんなこと……誰でもわかるのだから。

 ぽつりとこぼしたリンディの終了宣告。 もうできることはやったし、これ以上の無茶は悟空に只負担をかけるだけで前に進ませることはないだろう。

 あとは出たとこ勝負。 勝てる算段なんて付くはずもない彼等サイヤ人の戦いに、今のリンディはえらく慎重になり……

 

『!!?』

 

 彼は――

 

「はあああああああああああああああああ」

 

 孫悟空は、最後の仕上げに入ろうとしていた。

 

「界…………王!! けぇぇえええええええん!!」

 

 アースラに震度7クラスの衝撃が走る。

 その中で彼女たちは見た。 自分達とは異質の力を纏う、尾をもつ青年の赤い輝きに包まれた姿を。

 

「な!? ご、ごごごごゴクウが!! ねぇ! あれ一体!!」

 

 なに?

 リンディに問うのは幼いアルフ。 彼女だけであろう、彼の奥義を知らないモノと言えば。 そしてこの技に関する“リスク”は……リンディたちですら把握しきれておらず。

 

「6倍だああああああああああ!!!!」

『きゃっ!!』

「ぎぎぎぎ……ぐあああああああ!!」

 

 彼はそのまま、自身の限界数値を大きく更新していく。

 身体全体の微量な肥大化……筋肉の異常なほどの活発化は悟空の戦闘力の増加を意味する。 それは同時に彼が持つ“気”が常態よりもかけ離れた位置に登り詰めていくことを意味し、そのまま押しとどめること30秒の後、悟空の目が大きく見開かれる。

 

「だあああああ!!」

 

 唐突に構え、そこからはじき出された黄色い光。

 彼のエネルギー弾は10メートル四方の部屋に円を描くように飛んでいく。

 

「砲撃……しかも曲げた!?」

「ゴクウ、あいつあんな真似が……いや、確かに足から砲撃とか出してたけど……」

「こ――このまま……やれるとこまでやって……やる!」

 

 1週、2週……大きく部屋を旋回するソレに意識を集中する最中、悟空は再び構えを取る。 大きく息を吸い、深く構え、両手の平を強くあわせていく。 その構えこそリンディたち魔導師のトラウマ……かめはめ波の構えだというのは言うまでもないだろう。

 そして輝き。

 蒼く景色を染める悟空の両の手は、いまだ閉じられたまま。

 強い光をその身で押しとどめ、圧縮を何度もかけ……それが頂点へと達したとき。

 

「波ああああああ!!」

『うわ!?』

 

 部屋中を蒼い光で染め上げる。

 

 その閃光は、先ほど放ったエネルギー弾とは反対方向の回転を行う。

 一旦はすれ違い、互いの進んでいく道を行くだけだったのもつかの間、悟空は大きく腕を振るう。

 

「曲った! 砲撃がまた!」

「ぶ、ぶつかる!?」

 

 そのときであった、悟空が放っているかめはめ波は大きく進路を変更して、黄色のエネルギー弾に向かって曲がる。 誰もが大きな爆発に身構えたそのときであろう、悟空は……

 

「っぐ!? や……やべ!!」

 

 目の前の景色をゆがませる。

 ピントの合わない視力は彼の疲労が限界を超えたから。 度重なる超重力下での修行と短い休息時間、それらは彼をここまで追い詰めていた。

 腕がぶれ、呼吸も乱れ、悟空の狙いが完全に外れる。

 

「え!? ちょっと!!」

 

 叫んだのは誰だったか、逸れたかめはめはを見送ることもできない彼女たちは、急にふらついた悟空に声を投げ出す。

 マズイ! 危険だ!! ……それが音速の域を保ったままに、エネルギー弾“たち”は悟空に向かって翔けぬけていく。 迫る迫る……界王拳の増幅を受けたそれらは正に壱撃必殺の威力を持った殺傷レベルの光り。

 だがどうだろ。 それが向かう先にはいまだに身動きを取れない生みの親がいる……もう、避けられない!!

 

 ……そして。

 

「ぎゃあああああああ!!」

『うくっ!?』

 

 爆発音がする。

 同時に上がった布を切り裂くような叫び声は悟空のモノ。 大きく悲惨さをかもしながら、巻き上がる爆炎で見えない姿のせいで、彼に起こった惨状は誰にもわからない。

 その中で声を上げることもできず、棒立ちになっているエイミィを放っておいて……

 

「あ! アタシ悟空の道着取ってくる!!」

「お願い! わたしは彼を――」

「おう!!」

 

 リンディとアルフは、眼にもとまらない連携を発揮していた。

 疾風のようにかけていったアルフを見送ると、リンディは既に重力を切った部屋の中央に駆け寄り、そこで悟空の姿を確認する。

 

 跡形もない上着と、ところどころ破けたズボン。 そこから見える素肌には、傷が無いところを確認するのが難しい程度にまでの負傷は、正直、診ている方にも精神的なダメージを負わせる……そんな彼に。

 

「あなたは!」

「……」

「また……こんな無茶を!!」

「……わ、わりぃ」

「いいから黙ってなさい。 今、アルフさんがアレを持ってきてくれてるから」

「そいつは……た、たすかるぜ」

 

 彼女は怒鳴り声を上げる。

 リンディにしては珍しいこの対応。 感情のおもむくままに怒りを露わにするのは、それほどに彼を心配しての事だから。 優しさの中にある厳しさ……それとは少し違うのだろうが、彼女は今、本気で悟空に声を張り上げたのである。

 

 そばに駆け寄り、屈んで、抱き寄せ。

 彼女が着こんでいる青い管理局の制服はどす黒く染まっていく。 それが血の色だとこの場にいる誰もが理解する中、悟空の呼吸音は徐々にかすれていく。

 ……そして。

 

「ゴクウーー!」

「……アルフ、すまねぇ」

「いいから! ほら!」

「お……おう」

 

 駆けつけてきたアルフの手には山吹色の道着と、何やら見知らぬ小さな袋がひとつ。

 それらを悟空の小脇に置くと、彼女はちいさな袋を手に持ち結び目を開ける。

 

「この! ……こ、この!!」

 

 開ける……開けたい。 なのに手が『かじかんだ』ように言う事を聞かず、中々実行に移せないアルフの顔は焦りに染まる。

 

「あ、あせんな……オラ、こんなんじゃ……まだ死なねぇからよぉ」

「とか言いながらドンドン呼吸が弱くなってるじゃないのさ! ……あ、開いた!!」

「……はは」

『笑ってる場合じゃない!!』

「すまねぇ……」

 

 そうしてこの一連の動作である。

 こんな時でも笑っていられる彼。 その身体、実に六割程度の骨が砕け、筋組織は界王拳使用時からエネルギー弾激突時にオーバーワーク……つまり“よじれて”“引っ張られて”“断裂”しているのである。 それでも頭部だけは妙に無事なのは、彼がコンマ単位での咄嗟の防御が入ったから。

 それらを把握することもなく、アルフは悟空に手をのばしていた。

 

「ほら……これ」

「ん、んぐ……もぐ……」

 

 その小さな手に持っていたモノ、それは仙豆。

 アルフ自身、その効能は見ていないのだが、悟空が医務室で行っていたことをいつまでも覚え、さらに就寝前の彼から聞いていた話でこの奇跡の内容を知っていた彼女はここで焦りの顔を打ち消していく。

 段々と増していく咀嚼の速さ、その音が唐突に止み、飲み下したと思ったそのときである。

 

「お~~死ぬかと思った」

「うぉお!!」

「あ、相変わらず反則よね……このセンズというのは」

「け、ケガが……全快した?」

 

 いきなり立ち上がりラジオ体操よろしく、身体を自在に動かしていく悟空。

 それを見たアルフ以下三人娘は目を白黒させながら、まるで死人が蘇ったと言わんばかりに声を上げていた。

 その中で、若干冷静を保っていたリンディは、やはり自分が体験したことがある現象だからであろう。 それでも、この怪我の治り具合には驚愕を隠せず、思わず肩口をずらすに至る。

 

「いやー! また仙豆の世話になっちまったなぁ。 おかげで“また”あの世に行かなくて済んだけどさ」

「また……あぁ、あの夜の時の……」

「んでも、結構使っちまったな。 これで残りは一粒か……大事に使わねぇとな」

「…………」

 

 こぼれた言葉の意味など判ろうはずもない。

 悟空が言った言葉に、なんの裏表がないという事を。 決して比喩ではない今の一言を掴みかねたリンディ。

 彼女らしからぬそれは、ひとえに悟空の身がそれほどに危険な状態に陥っていたからであろう。 それに、リンディが次に気になってしまったのが……

 

「最後の一個……それに頼らないで今回の事件が終わればいいのだけど」

「そうだな。 そのためには――あとはガッツリ休んで、力蓄えねぇとな」

「えぇ」

「おう」

「はい」

 

 仙豆の残量なのだから。

 もう奇跡の使用は一回きりになってしまった。 そう、心の中で思い、そしてそれが活用される未来を否定しながら彼女の打算は幕を閉じる。

 残り時間は……七。

 長いと感じた98時間がもう一桁になっているこの事実は変えようが無い。 やるだけやった、あとできることと言えば。

 

「あとは、クロノ達との時間差がどれほどのモノか……かしら」

「……だな」

 

 彼等に果たして追いつけているのかという不安を振り払いながら、ただ天に祈りをささげるのみ。

 

「あ、でも神さまは死んじまってるから、オラは“神頼み”ってやつはやんねぇぞ?」

「そ、そうね。 そういえばそうだったのよね」

 

 その願いを受理する“新米神さま”の存在などつゆとも知らず。 彼らの“今日”は幕を閉じるていく。

 

「あとは、オラたちの力で頑張るだけだかんな」

「そう……ね」

 

 そうして悟空は腕を上げる。

 胸元と水平に上げられたそれは、そのまま力強く唸り、そのまま拳を作っていく。

 

「…………(さっきより明らかにオラの気が上がった。 いったいどうなっちまってんだ)」

「ゴクウ?」

「……ん? なんでもねぇさ」

 

 自身に起こった現象を理解できぬまま、アースラの最終日は……終わりを迎え。

 すぐさま約束の8時間後がやって来る。

 

「ついにやってきたか」

「そうだね」

「えぇ」

 

 到着までもう数分もない。

 ここまできた、ついに来た。

そして、この土壇場に置いて、悟空の身に一つの変化が起きていた。

 

「いた……」

「ゴクウ?」

 

 それは肌で感じ取れるもの。

 懐かしくて、うれしくて、それを見つけた時の彼は大きく表情を崩していた。 気づかないものなどいない彼の変化に、皆が疑問符を作る中、悟空は唐突に数を数えだす。

 

「ひとつ、ふたつ……小さい気が5つに、馬鹿でかいのが1つ……なんだ、一つだけ急激にでかくなってるもんが」

「急激……もしかしてなのはさん?」

「そうか! あのオラを倒したっていうスゲェ奴か……あの技ならここまで強い気を出すのもうなずける……けどよ」

「えぇ。 そんなになるまでの戦闘が開始されたってことよね」

「……ああ」

 

 段々と掴んでいく庭園内の動向。

 次元を挟んでいるはずなのに、そのすべてを手に取るように把握していけるのは、悟空が強くなったからか。 そこまではわかりはしないが、悟空は確かになのはたちの動きを読んだのだ。

 

「まだか……まだつかねぇのか」

「悟空くん……」

「はやく……はやく………………!!」

 

 電子音が、鳴り響く。

 耳障りなその音は、しかし悟空に取ってはこの上なく待ち望んでいた音。

 

「着いた!!」

「待って――悟空君!?」

 

 走り出した悟空。

 彼は転送ポートへと突っ切ると、そのまま外に出ようとする……外に……出ようと。

 

「ん? どうやって行きゃいいんだ?」

『だあああ!!』

 

 ドサリと、その場にいた全員が地面に伏せる。

 気合の空回りもここまでくれば只のギャグ。 その姿に微笑を禁じ得ないのだが、いまわ盛り上がっている場合ではない……そこに。

 

「いいかい! あんたはアタシの足になるんだよ!」

【…………】もくもく

「ん? なにやってんだ」

 

オレンジ頭のアルフが、黄色い何かと熱い議論をかましていた。

 

「え? あ、あれって……」

 

 その黄色を見た悟空は、何かの間違いじゃないかと目を擦り……

 

「あ、こら! 逃げんじゃないよ!!」

【…………】フヨフヨ……ふよふよ……

「き、筋斗雲!? 筋斗雲じゃねぇか! こんなとこで……もしかしてついてきたんか?!」

 

 それが自慢の相棒だと気付く。 

 どうしてこんなところに、悟空は彼を撫でながら顔色? ……を、伺う。

 

「……わかんねぇや!」

【…………】ぷしゅ~~

 

 どことなくコケが入った風な筋斗雲だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。

 目の前の少女はいま、筋斗雲に説教を垂れるかのようにその背をバシバシ“叩いて”居るのだ。 まるで居酒屋前で大声を出す上司と部下の様な絵面に、どうしてかうんうんと同情を禁じ得ない管理局員たち。 そんな彼等も知らないであろう、以前彼女が、筋斗雲に乗る資格を有してなかったことを。

 

「あれ? アルフおめぇ、筋斗雲に触れてんじゃねェのか?」

「あん? 何言ってんだい……そんなの……あれ? そういやアタシあの時……」

「そうだ! まちげぇねぇ!! おめぇ初めて筋斗雲見た時は触ろうとしてもすり抜けてたはずだぞ!!」

「そ、そういやそうだったね。 何がどうなってんだい」

 

 その彼女が今、なぜか筋斗雲に触り、なおかつまたぐごとができているのだ。 そもそも、なぜ筋斗雲人乗れない人間が居るのか? それはとある条件があるからである。

 

「筋斗雲ってな、心がきれいな奴じゃねぇと乗れないって――「あたしゃいつまでも心はキレイのつもりだよ!!」……なんだけどなぁ。 なのはの邪魔してたから悪い奴だって思われたんじゃねぇのか?」

「そうなのかな……でもなんで今は?」

 

 心が清らかな物しか乗れないからである。

 その点でいうなれば、所謂神具ともいえるこの不思議生物。 それに目を丸くしながらツンツンとつつくアルフは、自身の胸に手を当て、今までの所業を思い出していくのだが、これまでといままで、いったい何が違うんだろうか?

 

「そりゃあやっぱり、今一番アルフが真剣に“みんな”を救いたいっておもってるからじゃねぇんかなって、オラは思うんだけどさ」

「……真剣……でも、一番はやっぱり――」

「それも含めて……だ。 フェイトを助けたいっていうおめぇの気持ちは、全然悪いもんじゃねぇんだ、当たり前だけどな。 そんで他の奴に悪い事する気はねぇんだ、だったら筋斗雲だって乗れるさ!」

「そういうモン……なの?」

「そんなもんだ」

 

 かなりの強引な力説をとなえる悟空。

 悪いことをしなければ純粋? という難しい質問に、当然と胸を張って言えるのは彼がその体現者だからだろうか。

 思いもかけない発見だが、ここでまた仲間を増やした悟空は少し、アルフに聞きたいことができてしまう。

 

「ところでよ。 なんでおめぇ筋斗雲に乗りたがんだ? 空ぐらいじぶんで飛べるだろうに」

「そりゃあ普通の場所だったら平気さ」

「だったら」

「違うんだよゴクウ。 これから行くところは“虚数空間”っていうところがあるんだ。 モニターで確認したから間違いないよ」

「きょすう?」

 

 彼女が筋斗雲を欲しがる理由。

 それは眼下に広がる虚数空間にある。

 

「虚数空間。 あそこに踏み入れたら最後、魔法の発動はかき消されて、変身魔法はもちろん、飛行魔法だって使えなくなっちまうところさ」

「するってぇと? おめぇたちは空を飛べなく何のか!」

「そうだね」

「マジぃぞ。 魔法がなけりゃ、なのははただの“うんどうおんち”だしなぁ……ん? そうか、わかったぞ! そんで魔法が使えないから筋斗雲に乗っていこうって腹だな!!」

「まぁね」

 

 正解した悟空に、小さな舌をチロリとだして答えるアルフ。

 この土壇場でよくもそんな横道を見つけたと言えるのだが、こればっかりはおそらく偶然の産物だろう。 筋斗雲が無ければ、この解にたどり着くことなどできなかったのだから。

 

「よし! 話はまとまって来たな。 アルフ――」

「まかせな。 転移系ならアタシにだって使えるよ。 だから……」

「……あんましあぶねぇとこまでは一緒に着たらダメだかんな。 それを守ってくれんならついてきてくれ」

「あいよ!」

 

 そうして交わされた言葉を大きく飲み下すアルフ。

 悟空の考え何てわかりきっていたのだろう。

 彼が、たった一人で……まるで自分だけ犠牲になる感覚でこの船を飛び出すという事を……

 

 それを良しとせず、何かやれることはないかと探っていた彼女はついに、目的を遂行し……

 

「行くよ! 転送!!」

「いっけーー!!」

 

 次なる目標に、彼と共に飛び出していく。

 管理局の皆を出し抜く形で……彼は、友を救いに今を駆け抜けていく。

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!!」

なのは「はじまったターレスとの決戦。 その中でわたしたちはもてる限りの力を使い、必死に抗うことを決めました」

フェイト「もてる限りを、たとえ通じなくっても決してあきらめない……それを――」

ターレス「あきらめなければ負けない? 信じればいつかわ……フン。 甘い妄言はそこまでにしておくんだな。 貴様らの運命はこのオレに逆らった時点で決していたのだ」

クロノ「奴は嗤い。 ことごとくを蹴散らしていく」

ユーノ「すべてがあきらめ、あるものは息をとだえさせるその刹那――悲劇は起きたのでした」

???「ごめんね……」

???「うそだ! うそだああああああ!!」

悟空「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第27話 邂逅せし者たち」

クロノ「……あ、アイツ今……なんだって!?」

悟空「オラ、もういい加減我慢の限界だ!! ケリをつけてやる!」

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