その彼の目的は自らの過ちを是正するためのものだった。
しかしその途中で膝をつき、倒れ、もうダメと言いかけた時に……その人がいたのだ。
大きな声におなかの音。
いつもなにか足りない考えで……でも、大きな笑顔は本当にまぶしくて。
いつの間にか、そんな彼を慕っていた。
気付いたら、彼の近くに自分が居た。 そんな彼の背中を見つめながら、いつかいつかと、ひそかに目標にもしていた。
そしてその横にいる女の子。
彼女も、彼にとって重要なウェイトを占める存在である……憧れ、というのもあるのかもしれない。 年相応な個人的感情なのかもしれない。
でも、それでも彼は、少年と少女を”同じくらい”に好きなのだ――その感情、ヒトそれを……絆という。
だが、それを笑うものが居た。
それがほんとに許せなくて……許せなくて――
彼……ユーノスクライアは、その脆弱なこぶしを力任せに握るのでした。
それがたとえ、どんなに無謀だと嗤われようと。
「ほ、ほんとにヤル気なんだな」
「クロノ……」
確認を取ること、それはこれから行動を起こす集団には必要不可欠な工程であり、怠り軽んじればとんでもないしっぺ返しを喰らったりする。
クロノは管理局員である、働いているのである。
故に仕事柄それを深く理解している。 それは今回の作戦を言い出した彼女にも十分備えられている感覚でもある。
「えぇ、本気よ。 あのターレスを叩くならこれくらいしないとダメだわ」
だから何の躊躇もなく答えられるのだ。
そりゃもう、迷いも戸惑いもない清々しいくらいの返答である。
「か、考えを改めるなら――」
「必要ないわ」
「いや、でもしかし! もとはあなたの帰るとこ――」
「もともと崩壊させる気だったし関係ないわね」
「な!? なんだと……?」
やや説得口調のクロノに対して、思わず聞き返したくなるような発言を繰り出したのは、もうすぐ“本卦還り”であるプレシア女史。 彼女の紫の目は何の戸惑いも曇りも迷いもないままにクロノは見返し、そのまま視線は自身の足元に居る『小動物』に向かって……
「ねぇ?」
「……え」
「あなたも……」
その、鋭すぎる目線を……
「そう思うでしょ?」
「ひぐっ!!」
打ち下ろす!!
決して見下ろすではない。 というよりそれを大きく超越したプレシアの何かは、ハイライトの無い眼光となってユーノにぶつかっていく。
イメージは、段ボールに入れられた捨て犬が気付いたら箱ごと川に流されていた図。
これだけで、いまの少年の心象風景は掴んでいただけたと思いたい。
正直、これ以上はただの虐待である。 罵倒も体罰すらしていないのだが。
「“いい仔”ね。 それじゃ多数決も終わったことだし、このまま魔力炉の方まで行きましょう」
「……たすう……けつ? いまのが」
「ごめん……クロノ」
「い、いや……仕方ない。 僕にも似たような経験があるからよくわかる。 こうなった女性は普段の数倍の発言権を持ってるってことぐらい……よぉくしっている」
無残に決まってしまった今回の作戦。
それは――
~数分前~
それはふとした切っ掛けだった。 自身の頼みを聞いてくれた『少年二人』を見ていたプレシアが何かを思い出したかのように呟いたひとこと。
―――――そういえばソン・ゴクウという子は?
そこから数分にわたる話し合いが始まる。
「悟空さんを知ってるんですか!?」
「えぇ、フェイトの報告と『アイツ』からの話で大体ね」
「アイツあのターレスとかいう『サイヤ人』か?」
似た容姿にこれまた似通った声。
”下級戦士はタイプが少ない”らしい故に親兄弟とも取れかねない『あの』二人の話に突入していく。
そこでクロノからの質問に『ついこのあいだ』のことを思い出したかのように、上を向き、『あぁ』と呟いたプレシアは語りだす。 その顔を、若干の苦悶に染めながら。
「そうよ、映像を見たあいつは『カカロット』と叫んでいたけど。 今思えばすごい驚愕ぶりだったわ」
「驚愕……悟空さん、あいつに何かしたのかな?」
「……」
「とりあえず私が知っているのは『二人』がとても『つよい』ということしか、それに――」
そこで苦悶を浮かべた表情は成りを潜める。
だがその代わりに現れたのは魔導師、または研究者としての顔……年を取り、老い、既に少年達の数倍は生きてきた彼女に現れる『好奇心の顔』
『……?』
「あの子……いいえ、『彼ら』に矛盾点が多すぎる」
「彼等?」
「矛盾点? それはいったい(なぜ今言い直したんだ……?)」
『謎』があった。 彼らのあいだには“自分たちが感知しえない何か”がある……一時はどうでもいいと切り捨てていたその思考は、今このタイミングで浮き上がろうとして―――
「やめましょう、こんなところでいつまでも話し込んでいる場合じゃないはずよ」
けれどそこで思考を切り替える。 首を振り、その腰まで届くグレーの髪を揺さぶりながら、眉間を押さえるように目元をほぐしていく。
その姿は『言い聞かせる』ようにも思えて――そんな彼女を見たクロノは、特に何も言わずに周囲に告げる。
「それもそうか。 いろいろ気にはなるけど」
「いまは『アイツ』をなんとかするのが先決」
そう、自身が、自分たちが『ここ』に来た最大の理由。 その片方が済んだ今、あとはあのサイヤ人の男を拘束するなり、戦力を奪うなりするだけ。
だからこそ目の前のドアを開けようとするクロノ達に……
「それもちがうわ」
「え?」
彼女は否定の言葉を放り投げる。 その声はとても冷たく、まるで『すべてをあきらめた』風な彼女の目からは『色』が消えかかっている。
「なに言ってるんだ! それこそ違うだろ。 ここに来たのは……」
「そうですよ! ボク達が来たのはあなたの救出と『アイツ』を」
そんな弱い瞳と声からの訴えに反論するクロノとユーノ、すでに十分に近い距離をさらに縮めんと詰め寄る二人だが、それでもプレシアの声は淡々と。
「違うわ、それこそ大きな間違い。 『私たち』魔導師風情が太刀打ちしようとすること自体が間違いなのよ」
ただそれだけ、たった一つの事実を言う。 それを―――
「そんな! 確かにあの悟空さんが手も足も出せなかったっていう話だったですけど。 みんなで協力すれば何とか」
「そうだ、いくら強いと言っても4人がかりなら」
――――当然信じることなどできない二人。 いかに強い力を持っていたとしてもひとりは独り。 聞こえは悪いが多勢に無勢で攻めればなんとか。
「無駄なのよ。 あなたたちが……いいえ、管理局が総出で向っていったところで『アイツ』には敵うどころか相手にすらならないわ」
「そんなこと」
「いくらなんでも」
それでもと、そんな『小細工』が通用するものではないと。 一笑にすらできないと表情を崩すこともできないプレシア。
彼女は少年たちを一瞥するとその長い髪をかき上げながら言葉を続ける。
「私は、条件付きなのだけどSSクラスの魔導師として認定されてたわ」
「え?」
「SS!? 上から……2番目!? そんな魔導師ボク初めて見た! すごい」
「ふふ、ありがとう。 けどね、そんな私も……」
「え?」
ユーノにほめられ、若干だが声に色が乗るプレシア。 しかしつい開いてしまう『間』 そのあいだにも表情を自嘲に染め上げていく。 『あの日』も『あの時』もいつだって―――――
「『アイツ』には片手であしらわれて終わったのよ……ものの数秒のあいだに」
『!!?』
自身の『力の無さ』をあきらめ半分に笑うプレシア。 その目は遠い過去を見ているようにも思えるが、少年たちにそのようなことなど判るはずもなく。
「ここまで言えばわかるでしょう? そもそも次元が違うのよ、あの化け物は(そのおかげで『目』が『醒めた』のだけれど)」
「強いと思っていたけど、そこまでだなんて」
正確に測ったわけではないが、なのはたちの魔力ですらSランクには届かないはず。 そんな彼女たちを遥かに上回るプレシアがいとも簡単に――その事実はクロノに。
「ここはいったん引き上げるしかないのか。 時間だって限られてるのに……くっ!」
撤退を促させる。
完全に計算違い、そしてそんなミスで民間人の彼女たちの命を脅かしている自分に苛立ち、歯を食いしばる。 それを見たプレシアは。
「時間がないってどういうことかしら?」
まるで話を変えるように、たった今クロノが言った言葉について質問する。
「悟空さんと『アイツ』――サイヤ人は満月の夜になると」
「大猿の化け物に変身するんだ、強さはおそらく変身前から数倍以上とみてもいい」
「なんですって!? そんなことが……まさか」
――――月が真円を描くとき、それがオレたち戦闘民族が本領を発揮する時だ。
大猿……その言葉に一瞬だが怪訝な顔をするプレシア。
―――狼男じゃあるまいしと思う前に、クロノから言われた圧倒的な威力を持った情報である戦力の倍加。 さらにターレスがつぶやいていた言葉がフラッシュバックしてくると、思わず顔面を蒼白に戻していく。
通常態で凄まじい戦闘能力を持った『アイツ』がもしもそんなことをしたら――プレシアの脳裏に凄惨な光景が映し出されていく。
「信じられない、できれば嘘であってほしいところだけど」
「残念ながら嘘じゃない。 現に悟空はあいつにやられた後、大猿に『変身』させられてしまった」
「……」
「そういうことだったのね、だから時間がないって」
そこで今までの『子供たち』の無茶振りを理解していく。 たった4人、それも装備は最低限でろくな援護も期待できない状態の彼ら、誰もがふざけるなと漏らすであろうこの状況下でそれでもここまで来たこの子達。
「だから僕たちはここまで来たんだ、悠長に過ごして次の満月が来てしまったらすべてが終わってしまうから」
「だから……だからボク達」
その彼らの目を見ることおよそ5秒、プレシアはクロノ、ユーノの順に顔を見て……答えを返す。
「わかったわ」
「え?」
それは『了承』の意味を持つ言葉。 冷めていた目は徐々に『醒めて』いき
「そういう事情ならこっちも手を尽くすしかないみたいね。 ちょうど『準備』も終わっていたところだし」
「準備?」
先ほどまで半死人も同然だった白い顔は、血色を取り戻し、口元は妖しく艶(つや)のある『笑み』を浮かべていく。
「えぇ、あとはちょっとした調整だけの筈だから……」
「あ、あの~~?」
その笑顔は笑うというよりも『嗤う』ようで。
「――――ここの」
「ここ……?」
「嫌な予感がする」
その『悪戯を実行する子供』にも見える笑みを浮かべているプレシア。
それを見上げるクロノに大粒の汗が浮かんでくる。 この笑顔はマズイ……何が不味いかというと――
「だ、ダメだ。 この笑いかたは『彼女達』に通じるものがある」
「彼女達……?」
クロノの懸念にユーノに疑問。 確かついさっきも言っていた『彼女達』という単語はなんだろう?
そんな疑問を目線に乗せてユーノはクロノを見る。 それに答えようとするクロノは思い出す。
――――片やロングヘア、もう片方はショートヘアのネコ娘たちの笑い声……同時に。
「この時の庭園の―――――」
『ゴクリ!!』
――――――魔導炉を爆破させるわ!
聞こえてきた単語に……
『……はは!』
思わず心が耳をふさぎこむこと2秒間。
イメージは体育館隅でガクブルしてる小学生。 そんな彼等は次の瞬間。
『ひっ、ひーーーー!!』
事実を受け止めた身体が悲鳴を上げる。 心がこもっていない腹から出した叫び声、それは部屋全体を覆いに揺らし。
「やっぱり師匠(かのじょ)達といっしょだーー!」
床に両手両ひざをつけていたとか。
その床には、小さな小さな水たまりがあったそうな。
そうして時間は元に戻る。
「あの男は言っていたわ。 今までいくつもの星を征服し、時には破壊してきたが……と。 それを考慮するなら、およそ通常兵器では歯が立たないと踏むべきでしょうね」
「ほ、星……いや、悟空さんも本来は地球を制圧するために送り込まれたんだ。 だったらありえないわけじゃないか」
故にどんなものよりも物騒な手段を提示するプレシア。
そのときの彼女の複雑さは推して測れはしないだろう。 この忌まわしい手段で2度も誰かを――手にかけるだなんて。
「プレシアさん?」
「……なんでもないわ」
それは、今は語れることのない物語である…………
「……!?」
「な、なんだ……外から振動音が……?」
「――!? い、イケナイ……アイツが来たんだわ」
「アイツ?」
そして、今ある物語は……
「決まってるでしょう。 あのサイヤ人……ターレスよ」
「!!?」
「マズイ! それじゃあ、いま外では高町とテスタロッサが――」
激しく、その歯車を回し始めていた。
~扉の外~
暗い暗い通路の中。
そこでは様々な思いを胸に抱き、少女二人と強戦士が一人遭遇を果たしていた。 やってきてしまったこの時間、できれば避けたくもあり、しかしいつか渡らねばならないこの事象。
それを覚悟してきたはずだった、だがいまはどうだ?
あの黒い目を見た時から、子どもたちはその身を硬直させていた。
「貴様ら……カカロットの奴はどうした」
「……し、知らない」
「ふん……あのままくたばったか」
「そんなこと!」
そして男は彼女たちを見ない。
当然だ、道端に転がっている石は所詮は石。 またぐも踏みつぶすも関係ない。 なんなら蹴飛ばしてやるのもいいだろうし、何よりそんな面倒なことは今の彼にはやってやるいわれもないのだから。
「と、まぁ……冗談はさておき」
「じょ、冗談?」
「あの程度でオレたちサイヤ人がどうにかなるとは思わんことだ。 もっとも、あの程度にまで力を落としたカカロットじゃもしかしたら……」
「うく……」
「……フン」
妖しい笑い声。
いったい何を考えているのかがわからない。
「あ、あなたは悟空をこ、……殺したかったんじゃなかったの!」
「あぁそうさ。 出来ることならばあのときの借りを徹底的に返したいさ」
「か、かり?」
「……まぁ、関係ないな。 ここで消える
『!!?』
震えた。
空気が震え、なのはの心が叫び声を上げそうになる。
明らかに向けられた殺意……その断片ですらこの始末なのだ、これを一身に受けた悟空はいったいどういう生き方をしてきたのだろう。
……いいや、知っていた。 高町なのはは、あの少年の生きざまを知っていた。
こういう時、彼はいつも。
「…………」
「ほう、今のでまだそんな目をできるとは……それもカカロット譲りというやつか?」
「なのは……」
笑うか、こうして睨み返してはいなかっただろうか?
握った手はレイジングハートに光を灯す。 それが魔力の集積だと理解したフェイトは、遅れながらにバルディッシュをサイズフォームに変形。 そのまま黄色い魔力刃を展開する。
「来るか。 おとなしくオレの前にひざまづき、さっさと石を渡せばいいモノを」
「そんなこと……できない! あなたみたいな酷いヒトになんて!」
「それに、どっち道わたし達を放っておくことなんてしないはず!」
「……フン」
その姿すら、彼からすれば滑稽に映っただろう。
薄く笑ったのはターレス。 だがそれは喜怒哀楽で言えば『怒』の感情に近いだろうか。 分からず屋を見るのはこれが初めてではない、それはつい最近であり遠い昔に起こったあの最終決戦でも見た光景なのだから。
「カカロットのように息巻くのはいいが……」
そうして彼は。
「実力が伴わなければ死ぬぞ」
『!!?』
彼女らにあいさつをする。
唐突に背後に回ったターレスは、そのまま……動かない。 圧倒的な実力差を見せつけるその行動に、フェイトは“彼等”からしたら数10テンポ遅れて反応。 同時、なのはの片手を掴み、大きく距離を取る。
「遅い……仕方のない奴らだ。 ならばこれでどうだ」
その姿に落胆を隠さないターレスは腕を組む。
そして動かず、ただ少女たちに――
「先制攻撃のチャンスをやろう。 その脆い武器でこのオレを切るのも、妙なエネルギー弾で攻撃するのもいいだろう」
「な……なに?」
「…………」
余裕を見せる。
その顔はやや鋭さを見せ、半ば品定めをするかのような言葉尻はそのまま彼らの立ち位置を表すように突き刺さる。
それに、しかしそれでも冷静さを失わないのは……なのは。
彼女は今、悟空から言われたことを忠実に再現しようとしていた。
「あせって力任せになっちゃだめ……心を……静かにおちつかせて」
そう呟いた時である。
なのはの握るレイジングハートはさらに輝きを増す。 このタイミングで行うものと言えば“溜め”なのであろうが、その時間、その輝きは既に常軌を逸しようとしていた。
「どうした? 来ないのなら……」
「ディバイィィン!」
「!?」
「バスターーーー!!」
解き放たれた。 その光は桃色。
魔力の光りが閃光となり、黒い男目がけ飛んでいく。
「はあっ!」
だがやはり、それは男に通じない。
振られた腕にバスターの軌道は強引に捻じ曲げられ、天上に大きな穴をあける。
しかし――しかしだ。 そんなことはなのはも承知の上での攻撃だ、そう。 彼女たちの先制攻撃は、まだ終わってはいないのである。
「アークセイバー!!」「ディバインシューター」
少女たちの叫び声。
それが重なり合う中で放たれた中距離攻撃と遠距離操作の攻撃。 それが男に再度向かっていく。
「悪あがきを」
『…………』
刃は右手の籠手で弾き、迫る魔力弾はスウェーで躱していく。
その中で黄色の光りがもう一つ。 その者がターレスに迫りくる。
「はああ!!」
「ほう、交互に攻める気か」
飛びしたフェイトはそのまま横一線。
切れ味鋭く研ぎ澄ませた黄色い刃は、そのままターレスの籠手を切り裂いた。
「傷をつけたか……なるほど」
「はぁ……はぁ」
「ま、まだまだ!」
その攻撃に若干ながら感嘆するターレスはそのまま腕を上げ――
「がっ!?」
「フェイトちゃん!!」
なのはのシューターを弾き、それをフェイトの肩にあててやる。
思わず動きを止め、しかしすぐに高速の攻めを再開する彼女。 金のツインテールが宙を舞う中、ふたりはなのはの視界から消えていく。
「ふっ! はあ!! せぇぇい!!」
「おそい……遅いぞ! 何をちんたらしてやがる!」
空間を叩く音があたりに響く。
それがなのはのバリアジャケットに当たり、そっとその威力を霧散させていく。 見えない二人の戦闘に、最小限の注意を払いながらなのはは最大の呪文を唱え出す。
「スターライトブレイカー……フェイトちゃんがその軌跡を作ってくれてる……いくよ、レイジングハート」
彼女の周りに、桃色の微粒子が輝きだす。
「まずは牽制!! シュート! シュート!!」
「ちぃ……こざかしい――「あなたはこっちを見て――!」なんだと?」
「サンダーレイジ!!」
「なに!?」
次が黄色。
フェイトのクロスレンジからの砲撃は、かつて悟空から戦いの中で教わった戦術。 だが威力を殺したその砲撃はターレスに傷をつけること叶わず。
「――うぐ!」
「ちぃ……」
フェイトは一撃を貰う。
それでもターレスの口から出るのは舌打ち。 “仕損じた”と言わんばかりのその態度は、言わずもがな……まさにその通りであった。
「見よう見まね……残像拳!!」
フェイトの姿が蜃気楼のように霞んでいた。
通り抜けた男の右腕、それを感触だけで理解したターレスは、今度は左足を横払いに振りぬく!!
「甘い」
「ぐはッ――で、でも……それは承知の上」
「なんだと? ……フン」
姿を現したフェイトは、杖を両手に男の足を受け止めていた。
その姿に笑みをこぼすターレスは、思わずつぶやく……よくぞ今のを受け止めたと。
「褒美だ、これをくれてやる」
「――――!!」
そうして、まだ攻撃に使っていない方の手で、彼は灰色のエネルギーを集めていく。
その輝きは彼女達からすればおそらく必殺と呼べるものであろう。 その手が近づき、空中で制止したままのフェイトの顔面へと持ってこられていく。
なのはの援護はない。 当然だ、それが今来たら作戦は完璧におじゃんなのだから――だから。
「させるかああああああ!!」
『!!?』
少年が助ける以外、手段はないであろう。
上がった雄叫びは、決して力強いモノではなかっただろう。 それでも、それだからこそ、この少年の必死さを皆に伝えるのは十分すぎる。
「チェーンバインド……っく!! もう数秒も持ちそうにも――」
「スクライヤ! ……なら、さらに底上げだ!!」
「わたしも行くわ」
バインド、バインド……そしてさらにもう一回。
緑、水色、紫と、三重の抑えが彼の“右手”を大きく抑える。 そう、右手だ、右手の動きだけを抑えることに成功したのだ。
その間にフェイトは危機を脱出、もう一撃と振りあげたその横合いに置いてあったフォトンスフィアからの追加攻撃を放ちながら、彼女は再度、男に一線を打つ。
「ちぃ……ぞろぞろと!」
「いける……これであとは――」
『なのは!!』
「みんな避けて!!」
「な!? なんだあの光は――ま、まさか!!」
男は気付かなかった。 彼女の目が、どことなく自分を倒した男に似通っていたことに、そしてダブらせてしまった。
あの小娘がつかっている技が、かつて自分を葬ったあの輝きに似ていることを――
――――受けてみろ!! ターレス!!!!
「あの時カカロットが使った……なぜあんなガキが――!!」
鮮烈というのは、こういう時に用意された言葉だったのか。
走る光景に、一気に憎悪を煮えたぎらせた男は……だが今度は彼が遅かった。
「全力全開――スターライト……ブレイカーーーー!!」
「うぉ……うおおおおおおおお!!」
過去に浸かった男の致命的なまでの遅れ。
それをカバーする間もなく、男は迫る桃色の光りに包まれていく……刹那。
「舐めるなああ!!」
『な!?』
振りあげた右手を……押す。
それがそのまま閃光にぶつかり、両者が激しくせめぎ合う。 始まる力比べに、思わずなのはは歯噛みする。
届け……届け!!
食いしばるその口を震わせながらも吐き出されるのは最早悲鳴に近いだろう。 彼女は、高町なのははいま、文字通り全力全開の攻撃は、彼女の身体に当然として負担をかける。
それでも……だからこそ、このチャンスを簡単に手放せないなのはは、ここで更なる力を込める。
「行って!」
「うおおおおおお!」
「お願いだから――」
「こ、こんなもので――こんなことで!!」
『はあああああああ!!』
両者は今、あらん限りの雄叫びを上げていた。
痛い……身体が悲鳴を上げてるみたい。
特にレイジングハートを握ってる手は、まるで焼けた鉄棒を掴んでるみたいにジンジン痺れてる。 ……もう、限界だよ。
「ま、負けない!!」
もう駄目だよ。
あの人つよすぎるもん……いくら頑張ったってできないことはあるんだよ。 だから……
「ヤダ!! このまま終われない……だって――だって!」
あの子のこと? 終わったらみんなで探そうっていう?
無理だよ、見つかりっこない……それに。
それに自分でやったことだよね? あの子を冷たい海の下に落としたのは。 知らないなんて言い訳……まさか、するわけないよね?
「だから……わたし!」
もうあきらめなよ。
「それこそ……できない!!」
こんなに頑張ったんだ。 あの子もきっとほめてくれるって……
「あるわけない!!」
あのこだったら……
「悟空くんだったら――」
きっと……
「きっと怒るもん! 負けんじゃねぇ……って、いっぱい怒るはずだもん!!」
…………分からず屋。
「いけないことをしちゃったんだ、謝りたいの! ごめんねって……悟空くんに言いたいの! 会いたいの!! だから――」
…………無駄だって、自分でもわかってるくせに。
「でも……出来ることをしないで、あきらめるよりは全然いいことなんだから……おねがいだから届いて!!」
そう、……だったら届くといいね。
……でも。
「ふぅ……ふぅ……ふふ――」
「……………………え?」
そんなものが届いて、何がどう変わるっていうの?
「そ、そんな……こんなはず」
「ふはははははは!!」
…………ほら、何にも変わらない。
だからいったんだ。 “あきらめろ” って。
少女の桃色の閃光。
それは確かに届き、周辺地形を大きく変えていく。
天井は既に見当たらなく、横の壁面は盛大に抉られている。 この惨状だけでも、今放たれた砲撃の威力を体現していた。
これがAAランクと言われ、局員のほとんどが恐れ、おののいた力なのだと……皆は思う中で。
「まったく驚かせやがる。 まるでカカロットの技に似てやがったが、喰らってみて分かった」
「……!!」
「……こいつは危険だ」
遠くに離れていたはずだった。 かなりの距離が筈だったそれを、まるでページ送りのようになかったことにして見せ、なのはとの距離を可能な限りゼロにする男。
彼女の……少女たちの命運が尽きようとしていた。
開戦当初からは想像もつかないほどに警戒の念を強めた男。 無理もない、たかが戦闘力数百と表示されたモノの一撃で、自慢の戦闘服の右半身がきれいに吹き飛んだのだ。
「貴様らが使う魔法というのはこの“スカウター”ではどうやら計測できないらしい。 それを差し引いても今のは驚かされた。 まさかここまでのダメージを貰うなんてな」
「あがあああ!!」
『なのは!!』
掴みあげる。
それと同時あがる悲鳴を聞きながら、自身の蟀谷あたりを叩いて何やら説明するターレス。 しかしなのははその話の大概を聞いてはいない。
首に襲い掛かる圧迫感に、吐き気と共に催す死への恐怖。
今までこんなに間近で見なかったこの男のなんとおぞましい目の光りか。 見ているだけで魂をかき消されるのではないかという錯覚さえ禁じ得ない。
なのはは、完全に戦意を喪失していた。
「もう終わりか……なんとも情けないことだ――ッ!」
「な……にを――」
「しっているか? この床の下、そこに広がる虚数空間というものは貴様らの魔法というやつを“発動不能”にするらしい」
唐突に大穴が開く床。
その大きさ実に直径1メートルというところか。 子供程度ならば簡単に入りそうなその穴から七色に光る幻想的な光景が広がっていく。
それを確認したターレスは笑う。
これから見せつける最高のショーに、彼らはいったいどういったリアクションを見せてくれるのかと……
「あ、あいつ……まさか!!」
「おい! やめろ!!」
気づいた。
ユーノとクロノは同時に走り出す。
置いてきぼりを喰らうフェイトとプレシアは、互いにダメージが抜けていない故に動くに動けない。
『うおおおおお!! 離せえええ!!』
上がる雄叫びに、なのはは次第に理解する。
今自分がどれほどに危機的な状況に陥っているのかと。
少年達の突撃は――
「邪魔だ」
無情にも、男の傷ついた腕一本で振り払われてしまう。
吹き飛ばされるふたり。 彼らは塵芥のように転がると、そばにあった瓦礫の山にダイブさせられる。 何気ない一振りだったはずなのに、それでも彼等にとっては致命的な一振りだった。
「フフッ、いい、実にいい顔だ。 それじゃあこういう風にしたらどうなるかな?」
「あぐ……」
「なのは!!」
歩き出した。
なのはの首を締め上げたまま、ターレスは黒いブーツを鳴らして……音が消えていく。
向かうのは先ほど開けた孔の上、そこで魔法を使わないで飛ぶことのできる彼はそのまま制止する。
なのはとターレスは、虚数空間上空で停滞していた。
……そのときである。
【マス……ター】
「れ、れいじん……ぐ――ぐああ!!」
「フン……」
レイジングハートの機能が停止する。
それと同時、なのはの体を包む戦闘服が――バリアジャケットが光の粒子となっていく。 見えてくる普段着は、彼女に今起こっている事態を把握させていく。
先ほど、ユーノも言っていたが、この虚数空間では魔力がなくなっていくのではない、魔法の発動を禁じるのだ、故に魔力で作り出した彼女の衣服が消えるのは道理に沿ったもの。 そしてそれは、彼女から頑強の守りと大威力の攻撃をも奪い去っていくことを意味する。 ……高町なのはは既に、ただの一般人よりも脆弱な子供と成り果てた。
「先ほど貴様ら、面白いことを言っていたな? たしか――」
「お、おい……うそだろ」
「や、やめろ!!」
「この手を離せ……だったか? えぇ?」
一気に青ざめた。
この男はナニヲしようとするのだろう。 いいや、これから何をしようというのだ……ちがう!! 奴の狙いはもうわかっている。
あいつは――
「な、なのは……殺され……」
「う、動け……!! まだ何もしてないじゃないか……なのに!!」
「ははははは!! さすがに気付いたか。 どうだ、最高に面白いだろ? この腕一本で、このガキの生き死にが決まるんだ。 ……普通じゃ味わえない見物だぜ? もっといい顔をしろよ」
にやりと、奴は嗤う。
その顔を見た瞬間、ユーノの中にはこの世界に来てからの出来事が蘇ってくる。
「やめろ……」
最初に会ったのは悟空だった。
彼はいつも笑顔で、その顔に何回自分が救われたんだろうか? おっちょこちょいで、まるで恥というのを知らない場面も、常識すら欠如している節もあったが、それでもユーノにとって、自分に光を与え、落ち込むだけだった少年の在り方を変えてくれたヒトだった。
次がなのは。
最初はとてもか細い子だと思ったのは、一番先に見た悟空が逞しすぎたから。
でもその考えはすぐさま否定された。 彼女は力はなくとも、とても強い
その彼らのことを、ユーノはとても大事だった。
いつまでも一緒に居たい。 そんな感情まで芽生えていた……それを、そんな小さな願いすら、奴は嘲り、あまつさえ――
「やめろおおおおおお!!」
踏みにじったのだ。
うっすらと涙さえ浮かぶのはカラダの痛みからではない。 ただ、本当に情けないからで、許せないからだ。
今満足に動けない自分に――戦う力を持たない自分に――皆を傷つけたアイツを――――
「ほう、戦闘力がわずかに上がったな。 味な真似を」
「お前だけは許さない!!」
ユーノはまたも走る。
彼に戦闘技術はない。 魔法を使えない場所に留まるターレスに、バインドも使うjことすら出来ない。 ならばどうする? そんなものは決まっている。 いまはただ、己の身体を武器に変え、力の限りを尽くすまでなのだから。
「でああああああああああ!!」
「いい気迫だ……だが――」
けど、それでも。
「ぐぉ……おおお……ゴホッ!!」
届かない壁は……あってしまう。
「所詮、平和ボケした下等な生き物だ。 そんな貴様らがほんの少し感情を爆発させたところでいったいなんになる? 仲間が傷つけば立ち上がる? 怒りで圧倒的に強くなれるのか? 甘い……むしろ傷つけば強くなるのはオレ達のほうだ」
「かはぁ……ひゅ……ひゅう……」
「ゆ、ゆーの……くん……」
「ははははは! お姫様が助けを呼んでるぞ? どうした、反撃しないのか?」
めり込んだ腹にあるのは男の手。
どうにか貫通だけは避けてあるそれは……ただそれだけである。 骨は折れ、内臓は深く傷ついていく。 そこから動こうものなら、ひびの入ったアバラは痛みを訴え、その先端を内臓へと向けていくのである。 あまりにも激しい痛みにユーノは、数秒間のあいだ意識を手放す。
「さて……そろそろお別れの時間だ」
「や……やめろ……」
「なのは――うくっ!!」
「からだ……この身体が病にさえ侵されていなければ……」
なのはの気道に、ほんの少しの空気が入る。
それは男の手から力が抜けきったことを意味するもの。 それは彼女を支える力の消失につながり、同時、なのはの運命を決定づけさせるものでもある。
その間に重なる視線。
なのはは、ユーノに向かって苦痛……ではなく、力の限り微笑んだのである――その、最後の言葉は……
「ユーノくん……ごめ――――」
聞くことさえ……できなかった……
『――――――』
「あははははははははははははははははは!!」
「なの……は」
ゲラゲラと響く耳障りな男の声。
それを聞くたびに、その音が鳴るたびに……皆の心に深い“黒”が差し込んでいく。
「くそう!!」
「そんな……こんなこと……」
「また……守れなかったというの……わたしは――」
「なの…………は」
もういない。
微笑がまぶしかったあの女の子は地の底へと落ちていった。 もう……いない……もう――耐えられない!!
「いやだあああああああああああああああああああああ――――うああああああ!!」
「なんだ……」
「じぐじょう……よぐ……も」
彼の悲壮な叫びは男にはまだ届かない。 ただ、何かが喚いているとしか感じてないターレス……それは、とても許されたものではない。
くぐもった声はユーノのモノ。
その声には怒りだけではない。 深く根付いたドス黒いものが彼の胸中に渦巻いていく。
「こ、殺してやる……おまえなんかああああ!!」
その正体は殺意。
たった今大事なヒトを奪われた彼は、その心を復讐心で満たしていく。
強く食いしばる八重歯に、赤い血をにじませながら――彼はターレスへと再度走り出す。
「よくも!」
振るう。
「よくも!!」
躱されていく。
「ちくしょう!! 当たれ……あたれよ!!」
無様だと嘲笑う。
「うるさいガキだ。 いい加減……くたばれ」
「ぐぅぅ!!?」
振り下ろされた黒い籠手。
男の左腕がユーノの後頭部付近を叩き――
彼の首から……なにかを砕く音が聞こえた。
「い、いま……ユーノの首から――」
「あ、アイツ……いま」
「なんで……こんなことに……!!」
まるでそこいらに転がる小枝を踏みつぶしたかのような音。
あまりにも軽い音は――人の命が刈り取られた音とは思えないものであった。
フェイト、クロノ、プレシアの三人はそろって顔をそむける。 この事態に陥って誰もが希望を手のひらから零していく中で……
「お、……おまえ……けは――」
「……ち。 まだ生きてやがる」
ユーノは、男の足を掴む。
普通なら動くことは愚か、声を出しただけでも襲ってくる激痛があるはずだ。 それをもいとわず、自分を笑うアイツに向かって、ユーノはとにかくもがきだす。
握る手の平からは血が流れ、砕け散り、廃墟となった大地を掴んでは爪が剥がれ落ちる。 満身創痍の彼の姿……だが、それすら男は称賛も何もしやしない。
ただ、さげすんだ声をあたりに響かせる。
「この死にぞこないが……」
「はぐっ――ぅぅぅはぁ……ふぅ……ごふっ……」
持ち上げられていくユーノは……吐き出した。
ユーノの口元から、何か赤い塊が吹き出されていく。 それがターレスの黒い鎧に降りかかり、それを見た彼は、大きく振りかぶり――
「消えろ」
『ユーノ!!』
遠くの瓦礫へと投げ捨てる。
その速度は時速でいうなれば5、60キロという遅いモノであろう。 これくらいならばまだ死にはしないかもしれない。 だが、そうでなくても最早少年の命は風前の灯だ、何もしなくても死ぬカラダなのだ。 もう、早いか遅いかの違いしかないその“死体”は、放物線を描いて落ちていった。
「…………」
だめだった。
ごめんなのは……カタキ、取れなくって。
「…………」
ボクがみんなにお願いして、キミを巻き込んでしまったから……あんな石を発掘してしまったから。
ちがうな……ボクなんか、最初からいなけりゃよかったんだ。
そうすればきっと、こんなことになんかならなかった。 ボクなんか……あの時ひとりで死んでしまってたらよかったんだ。
「…………は…は…」
なんか目の前が暗くなってきた。
けど全然つらくないや。 身体も軽くなってきて……あぁ、これが死ぬってことなんだ。
なのはも……こんな思いで―――――
「いま……いくか……ら…………の……は――」
だから少しだけ待ってて。
もうすぐキミと同じところに行くから……そしたら“むこう”でいつもみたいに騒いで……
「さ、……わい……で」
「アンタ、しっかりしな!」
……あったかいなぁ。
なんだかポカポカしてきた。 まるで悟空さんと一緒に――――で飛んでるみたいだ。
あれって何て名前だっけ。 悟空さんの大事なトモダチなんだから……ちゃんと思い出さなくちゃ……えっと。
き……き……あぁそうだ。 筋斗雲だ、あれに乗ってるみたいなんだ………………
「しっかりしなよ! まだアンタやり残したことがあんだろ!!」
「…………え? あ、……れ?」
違う……え?
おかしいよこんな……だって、この感触は……筋斗雲そのものじゃないか!!
間違えるわけない……わからないはずない!! だって、この世界で最初に出会った大事な“ともだち”と一緒に居た思い出なんだから――でも……
「だれ……き、みは……」
「いいからもう喋るのはよしときな。 寿命を縮めるだけだよ」
「……はぁ……はぁ……」
オレンジの髪の毛……でも、ボクよりも小さいヒト……いったい誰?
わからない……わからない…………
「なんだあれは……?」
「あんなもの、ミッドチルダにも存在しない……いったい」
「…………どうなっているの」
この場の誰もが驚愕していた。
放り投げられたユーノを、地面に落ちる寸前で抱きかかえた奇妙な物体。
魔法世界に居るはずなのに、思わず
そして放り投げた本人もこの事態に眉を動かす。 あのファンシーな生き物とも無機物とも取れる物体は何者だと――そしてその上にいる人物。 見た目は今まで相手をしていたガキと形容した者たちと同程度……そして長いオレンジの頭髪。
その姿を皆が知らないでいた。
ただ一人、漆黒の少女を除いて。
「……あ、あれは……あれは!!」
彼女は震える。
それは恐怖なんかじゃない――希望を目にした歓喜の震え。
あれを彼女はよく知っている。 非常識でありえないを体現したような人物で――その彼がいつも乗り回しているその物体を。
「筋斗雲!!」
『キントウン……?』
黄色の彼。 それはいつもの不可思議な音を響かせて宙に止まっていた。 その背にふたりの人物を乗せたままに。
一人はユーノだ、それはわかる。 だが、もう一人は……
「フェイト!! やっと会えた!!」
「……え?」
見知らぬ少女……だが、どこかで見たことがあるフェイトは記憶を巡る。
こんな元気でハツラツとした女の子を数年前に見たことはなかっただろうか? 彼女は、蘇らせていく思い出の中で……ついに見つける。
居た……確かにいたその少女の名前は――
「あ、アルフ!? なんで、どうして――」
「なにって、助けに来たに決まってるだろ?」
「たすけって、でも――」
自分のパートナーである、狼を素体にした使い魔……アルフその人であった。 いくらかサイズダウンを施された姿に、若干の疑問と戸惑いを見せながらも再会を喜ぶフェイトとアルフ。 だけど、幾らなんでもとフェイトは思う。
彼女じゃ、あんな悪魔のような男には敵わないと……
「貴様が……か? このオレをコケにするのも大概に――「安心しな、アンタみたいな奴にあたしなんかが敵わないのは百も承知さ」……なら、なんだというのだ」
「あんたの相手は――」
アルフの指が伸びる。
その先を刺したのは先ほどの穴。 何もなく、なのはが重力の井戸に引きずり込まれたと“された”大きな穴。
その先をさすアルフの顔は、ここに来て最高の笑みを浮かべる。
見よ! 驚け!! あいつは――この者は――――!!
貴様を倒すために、地獄から蘇ってきたのだと。
「あ、あれは……」
見覚えがあった。
それは先ほどから立ち向かっていたあの男と似た容姿。 しかし肌の色は明るく、健康的なその身体は、似ても似つかない印象をフェイトに持たせる。
「…………」
「ふん……ついに来たか……」
その者は徐々に穴から登ってくる。 いいや、正確に言うのであれば穴から浮いて出て来るであろう。
その“山吹色”をした道着に『悟』と書かれた丸印は、あの少年を彷彿とさせる。
でも、それでもフェイトにはもう少しの確証が欲しかった。 それほどに、その青年はあの男に似通りすぎていたのだ。 容姿も、表情も――
徐々に露わになっていく男の全体像。
その彼の胸元を見たこの場にいる味方全員から歓喜の声が上がる。
「あ、あれ……」
「……!? な、なのは!!」
少女が居たのだ。
既に絶望的だと思われた少女の安否を確認した皆は、それだけで全身から力を抜いていく。 敵はまだ去ってはいないのに、どうしてかこの場面で心底安堵の感情に包まれてしまう。 この気持ちは、いったいナンデアロウカ?
「…………」
「…………え?」
その間にも益々全貌を露わにしていくその青年。
蒼い帯にブーツ状の靴。 そのすべてを見せた時、彼の背後から出てくるものがひとつ。 それは尾、長く茶色いそれが、ふらりと自由に宙を舞う。
だがその様は、決して主人の内心を表したものではない。
「…………あ」
「…………」
その姿を、その全容を見ることが叶わないなのは、だがそれでも彼女にはわかってしまった。
「ご……」
「……ん?」
最初に言葉にできたのはその一言。 当然だ、あまりにも突拍子で、荒唐無稽で、信じられない事なのだから、それでも彼女が“そうである”と思えるのは……
「ごくうくん……悟空くんだよね……」
「お?」
彼の背を、ずっと追って来たから。
なのはの小さな声に、今までおそろしく怖い顔をしていた悟空はその表情を――
「さすがなのはだ」
「……ふぇ?」
思いっきり崩す。
ありったけの優しさで微笑んだ彼の顔。 それに見とれ、なおかつ今の言葉を測りかねるなのは、彼女はついつい内心とは正反対な困った顔をしてしまう。 会えてうれしい、言いたいことがたくさんあった……それらの思いが絡まりあって、のど元でつかえて出てこれない。
そんな彼女に、悟空は続きを語りかける。
「今まであった奴ら、みんなしてオラの事わかんなかったってのに、おめぇはちゃんとオラだってわかったな……はは!」
「当然だよ……そんなの……だって、だって――~~~~っ!!」
「……よしよし」
「……ずっと、ずっと……合いたかったんだよ……」
「遅くなってすまねぇ」
そうして強く握られた悟空の道着。
小さな手で精一杯につかんだそれは、もう決して離れてほしくないと代弁するかのようで……そのときであった。
「なのは、そのまま捕まってろ?」
「うん……」
「…………いくぞ」
悟空はなのはを強く抱く。
同時、聞こえてきた注文に深くうなずいたなのはは、これから起こることを何となく予想する。 きっとみんなが驚くようなことをする……だって、彼は孫悟空なのだから。
「あ、あれが……悟空。 いったい……」
その光景を見ていたフェイトは、やはり感想はリンディと同じ。
信じられず、思わず夢かと誤認して……そんな彼女の背を、そっと誰かが叩いた。
「フェイト、おめぇもこっち来い。 ちょっとばっかし話がある」
『!?!?』
悟空である。
それに息をのみ込み、むせるように屈んだフェイト。 同時、彼の出現に驚いたのは、ターレス以外のすべてのモノであった。
「え? ……えぇ?! いま、悟空が一瞬で……」
「残像拳の応用ってやつだ。 今度おめぇにも教えてやる……さ、ついて来い。 ユーノのとこに行くぞ」
「……はい…………」
それらすべてを置いていくように、悟空はまたも移動する。
今度は歩いて、彼の歩幅5歩分先にいる筋斗雲のもとにゆっくりと、しかしどこか迅速さを思わせるはやさで進んでいく。
「ゴクウ、こいつ――」
「わかってる。 ユーノ、しっかりしろユーノ!」
「…………うぅ」
たどり着いたその先で聞こえてくるアルフのこえ。
明らかに危篤であるユーノを見ると、一瞬だけ強張り、そのまま懐からあるものを取り出す。
「悟空、ユーノは……もう。 首の――「マズイな、首の骨を折られてやがる……うっし、今オラが食わせてやっからな」……ご、ゴクウ!?」
“それ”を手に取り、片手でパキンと音を立てる。
すると真っ二つになってしまったソレの片方を握り、ユーノの口元へと押し込んでいく。 少々強引な行動、だが、手段をあーだこーだと選んでいる間に彼の息の根が止まってしまっては元も子もない……この選択は正しいだろう。
咀嚼の音もなく、何とか喉の奥まで無理矢理飲み込ませた悟空は、そのままユーノに向かって手を差し出す。
「立てるか? ユーノ」
「ご、悟空……?」
其の行動はフェイトの目にはどう映ったであろうか?
異常? あまりの事態に気が動転している……? それは普通なら正しいだろう……そう、正しい推察であっただろう。
悟空が手を差し出すなか、いまだ虫の息であったユーノの目は……見開かれる。
「!!? ……あ……れ?」
『なッ!?』
「カカロットの奴、何をしやがった……」
「ぼ、ボク……アイツに殺されかけて……え?」
「ユーノ、元気になったか?」
「はい……ありがとうございます悟空さ――――あれ?」
驚く周囲。
それは今回ばかりはターレスも例外ではない。 あれは明らかに死に体だった。 どんなことをしても助からんように、なおかつ最後まで苦しめるようにとどめを刺し損なっておいたものが……どうして息を吹き返したんだと。
そしてこの驚愕を打ち消すように――
「ご、ごごごごごご悟空さん!! 悟空さん!! 悟空さんだ!!!!」
「おっとと……はは、久しぶりだな」
「ご、悟空……さん、なんだ。 よかった……よかっだ……うぐっ」
「……遅くなっちまったな」
「そんなこと……」
ユーノの歓喜の声が上がる。
彼の時間からしておおよそで72時間。 悟空からみて大体にして70080時間と少し。 実に8年ぶりの再会と相成った……はずである。
「なのは、おめぇもこれ食っとけ。 こんなかじゃ今一番“気”が減ってんのはおめぇだからな」
「あ、うん……」
言われるがまま、悟空から差し出されたもう半分を口に含んだなのは。 素早く飲み下すと、彼女の身体に桃色の輝きが再び現れる。
「すごい……さっきまであんなにヘトヘトだったのに……」
「うん。 ボクもケガが全部治っちゃった」
「どう……なってるの。 ねぇ……ご、悟空?」
スターライトにより消費した魔力を全快させたなのはと、勢いよく筋斗雲から飛び降りたユーノ。 彼らの回復具合のあまりの異常さから、フェイトは我慢できず悟空に尋ねる。 ……いまだ、恐る恐るであるが。
「仙豆っていってな。 どんな怪我でもあっちゅうまに治しちまうマメなんだ」
「どんな怪我でも……」
「そうだ。 けど、大怪我してたユーノには、半分じゃ足ん無かったみてぇだな、気が半分も回復してねぇ」
「???」
その、あまりの難解さに、彼女の優秀な頭脳は早くもオーバーヒートぎみ。 なんにしても、重症患者が全快したことにただ喜べばいいのだという結論にたどり着いた彼女は、そのままなのはの手を握る。
「ほんとによかった。 わたし、なのはが落ちた時、もうほんとにダメなんじゃないかって思ったから……」
「うん。 わたしももう駄目なんだなって思ってたけど、気付いたら悟空くんに……」
再開を喜ぶ。
ほんのちょっとの、だけど果てしないほどに長い別れになるところであった彼女たちは、その救い主である悟空を改めてみる。
もう、目線が合うことの無いほどに差が付いた背丈。 何があったかわかりはしないが、彼が無事であったことに、彼女たちは心の奥から安堵する。 ホントに……よかったと。
「なんにしてもおめぇたち、良く生きててくれた。 ホントのところ、オラもうダメだと思ってたぞ」
「うん。 こっちも、もうダメだと思ってた。 悟空が助けに来てくれなかったらどうなってたか」
「あぁ、ホントに間に合ってよかった」
「…………孫悟空」
その彼女たちに割って入るように、悟空に声をかける者が一人。
それは瓦礫の下から這い出てきた……
「お、おめぇは……」
「……」
「なんだっけ?」
「…………クロノ。 クロノ・ハラオウンだ」
「そだった。 で、どうした?」
クロノである。
彼は悟空を見ると強く笑い出す。
理解したのだ。 今の高速移動を見て……彼はいま、あの凶悪なほどに強いサイヤ人と同じ土俵に立ったのだと。
「孫悟空……せっかく来てもらったところ悪いが、さっそく手伝ってほしい。 ……残念ながら僕たちじゃ手も足も――「いや、それはダメだ」……?」
そうして出された言葉を、悟空は静かに首を横に振る。
それは違うと、静かに言い聞かせた彼の視線の先には黒い鎧が映っていた。 その男を見ること2秒、悟空は今まで通りの言葉を、ついにこの世界に持ち出した。
「…………あいつとは、オラ一人で戦う」
『…………』
絶句した。
この場の誰もが、今の悟空の言葉を測りかねた……何かの作戦? 隙があれば援護しろってこと? そうとろうとしたのだが、彼の目の輝きは訴えかけている――この場は、もう手を出さないでくれと。
「それでこそだ……カカロット」
「…………」
それを称賛するのはただ一人。
同じ容姿の男だけ。 他はもう驚きとどよめきの声以外は出せていない。 納得しているのはこの場にいる戦闘民族だけなのだ。
そう、サイヤ人を最強の戦士と謳うなら、それを倒せるのもまた……サイヤ人。 彼は、それを実行に移す。
それを、男は大いに笑う。
「やはり戦いの誘惑には勝てんのだ。 貴様も所詮サイヤ人……いい加減認めるんだな」
「そ、そんなこと――」
「そうだな。 オラやっぱり戦いが好きだ」
「悟空くん!?」
「戦いたくて……戦いたくて……そんなホントにどうしようもない人間の血がオラにも流れてんだ」
「そんなことないよ!」
「認めたか……そうだ! 貴様は――「けどな!」……なに?」
毅然と否定の声を上げるなのはと、調子づいていくターレスをとどめる声。
この時、悟空は確信に至った。 すずかとの約束と、いままで胸の内で思い描いていた自分の立ち位置というものを。
幼いころから戦うという事が好きで、その理由がこんなやつらと同じ血の
「オラは……」
かれは――悟空は――
「オラは“地球育ちのサイヤ人”だ! おめぇなんかと一緒にすんな!!」
「地球……育ち……」
「ご、ゴクウの奴。 いってくれるじゃないのさ」
「…………ちっ……」
その定められた宿命を受け入れながら、彼に反抗するのである。
大事な物たちを傷つけ、なおかつ、遊ぶように自分の事も利用して、彼らを傷つけさせたアイツが許せないから。
「おめぇたち、今からとんでもねぇくれぇに暴れるからよ、巻き添え喰らわねぇ様に遠くに離れててくれ。 なんなら筋斗雲に乗っかって逃げてもいいからよ」
「逃げる……そんなこと――」
「なのは」
「クロノくん?」
「ここは彼に任せるんだ。 下手に近くにいて足を引っ張りたくないだろ」
「……それは…………」
だから彼は促した。
これからおこる決戦に、いまだ小さな命を巻きぞわせないように。 それに戸惑い……止められて。
今の事態とやるべきことを把握させられたなのはは……悟空と一つ、約束を取り付ける。
「もう、いなくなったりするのはやだよ?」
「大ぇ丈夫。 オラもう死なねぇ。 ……そうだなぁ……そうだ。 もしも無事に帰ってこれたら、また“おんせん”に行こうな」
「……うん」
「もちろん、みんなでだ……あと」
「え?」
それはこれから先の未来を願う言の葉、迷うことなく紡ぎ、そして彼はもう一人……忘れてはいけない約束を交わすのである。
「フェイト!」
「は、はい……?」
「おめぇにはいろいろと悪ぃ事しちまったかんな。 今度、どっか遊びに行こうな」
「……うん、そうだね」
「プレシア! おめぇもだかんな!!」
「え!? わ、わたしも……?」
「当たり前だ! おめぇもいろいろと言わなきゃなんねぇことがあるはずだ!」
「……そうね」
これで最後。
もう、言い残しはないはずだ。 だから彼は背を向ける。
「さぁ行ってくれ。 来た道を戻ればアースラがある。 道案内はアルフにしてもらってくれ」
「大丈夫だ、いざとなったら転移する」
「そうか。 そんじゃ任せるぞクロノ」
「……わかった……みんな、行こう」
『…………』
ふわりと浮いて、彼の背を見ながら離れていくなのはたち。
そこに刻まれた『悟』という文字に沿うかのように、彼らはいま、確信する。 これから先、この場は本当の地獄に変貌するのであると。
「話し終わるまで待ってくれるなんて随分気が利くじゃねえか」
「これくらいはしてやらんとな。 なにせ最後のあいさつになるんだ」
「……オラがいない間に随分とやってくれたみてぇだな」
「礼はいらんぞ。 やりたくてやったんだ、こっちは」
「あぁそうかよ……けどな――」
睨みあうふたり。 その中で悟空の周囲は激しく揺れる。
庭園を、次元世界を震えさせるかのように、彼の怒りは深く浸透していた。 もう、限界だ……悟空はついに、力を解き放つ。
「おめぇがその気でなくても、こっちはもう我慢なんねぇんだ!! いい加減、ケリをつけてやる――ターレス!!」
「それはこちらのセリフだ。 今度こそ殺してやるぞ……カカロット!!」
同族同士による。 凄惨たる清算をいま、つける時が来た。
悟空「オッス! オラ悟空!!」
リンディ「来てしまった、始まってしまった――彼と、あの男の会いまみえるときが。
その時にわたしたちができることは……見ていることだけ。 それはとても……無力だと思い知らせる」
なのは「やっと会えたのに……ようやく声が聞けたのに。 それでも悟空くんを止めることが、わたしたちにはできなくて」
フェイト「この次元世界にある時の庭園で、悟空とターレスは、お互いが持つ因縁に決着をつけようとしていました」
悟空「次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第28話」
なのは「限界突破!! 悟空VSターレス」
ターレス「どうした!? 前に戦った時はこんなもんじゃなかったはずだ!! ”カイオウケン”というやつを見せてみろ!」
悟空「まだ実力を出してやがらねぇ……見せてやるよ! これが――――」