故に人は死ぬことを恐れる。
そしてそれは悪いことでも恥ずことでもない。
だが、戦闘民族である彼らはどうなのであろう。
戦えればそれでいい?
死んでしまっても、戦場でなら満足か?
ベジータやターレスを見て、悟空を見ると、その考えが揺らいでしまいそうな……そんな今日この頃です。
りりごく28話、どうぞ。
戦士が居た。
彼は遠い昔から戦うことを生きがいとしてきた部族の末裔……その最後の生き残りである。 残忍で、狡猾で……他者の犠牲をいとわない、血で血を洗うような生臭い人種――であった。
だが、彼は違った。
……いいや、正確には違うものとなったのだ。 ある日を切っ掛けに、壊れてしまった彼の中にある戦闘への飢え。
他者を貶める……困っている人が居たら放っておけない。
殺して奪う……奪いたいと思うほどに欲しいものなどあまりない。
飽くなき闘争心……常に上へと登ろうとする向上心。
そのすべてが『他のモノ』とは正反対で、獰猛だった彼の血は、今や何かを助けるために自身の犠牲をいとわない高潔さすら見られる“血統”へと昇華していったのである。
そんな彼がいま対峙するのは、自分とまったく変わらない容姿の人物。
だが、その男はまるで鏡に映したかのように彼とは正反対の行動と思想の持ち主で……まるで――――その男こそが、彼が本来あるべき姿なのだと思えるくらいに、ふたりは似てしまったのである。
特に理由はなかったのだろう。
男が言う通り、ただ、種族としての仕方のない現象だったのだろう。 それでも、誰もが思う。
この二人が対峙するのは、何か人智を超越した力が働いてできた光景なのではないか……と。
「だあああああ!!」
「甘いぞカカロット――」
ぶつかり合う男たち。
両者の右こぶしが合わさり、空間を激しく振動させる。
震える世界は彼らを恐れるかのように、その鼓動を速めていく――その振動ですらも追い抜いて、彼らはぶつける拳を強めていく。
「まだだーー!!」
「こんなもんか……いいや、貴様の力はこんなものではないだろう!」
悟空は右こぶしを連打する。
それを首だけで避ける男は、まるで涼風にあたるかのように口元を緩め、なおかつ悟空に向かって更なる追加注文をかけてくる。 こんなもんではないだろう……出し惜しみはするな、と。
「どうしたカカロット! 地球育ちのサイヤ人というのはこんなもんか? あの“カイオウケン”という技を使ってみろ!」
「――――な!? なんでおめぇ……ぐああ!!」
打ちぬかんと振りぬいた悟空の右足。 それを左の籠手で防いだと同時、ターレスの右腕が悟空の頬にめり込む。
飛ぶ、飛んでいく――飛ばされていく。
その中で悟空は騒然とする。
いま、ターレスが出した単語。 それはいまだ悟空が使っていないはずの技、なのにどうしてかヤツはその名を言い放ち、正確に当てて見せる。
見ていないだろう技。 名前も、どういう現象が起こるかもわかっている風な男に――しかし!!
「いや、気にすんのはヤメだ……余計なこと考えて勝てる相手じゃねぇだろうしな」
「だろうな……つまらん理由で死にたくなければ、さっさと本気を見せてみるんだな」
「強ぇ……信じらんねぇくらいに――強ぇ」
歯噛みする。
悟空はこの数回の打ち合いで確信した……やはりこの男の実力は、70倍の重力に耐えた自分の力を、遥かに超えていると。
ここまでついている力の差に、後悔の念が……膨らむことはなく。
「けどよ。 こんなマズイ時だってのに」
握りこぶしを作る。
片手だけのそれは、力の限り握られていく――今ある自分の気持ちを、盛大に表すかのように。
そうして彼は、ついに悪い癖を出すのである。
「ワクワクしてきやがったぜ」
「……フン」
これが彼だ、そうさこの不気味なほどに戦いを好むのが彼なのだ。
ただ純粋に強者と拳を合わせるのが好きで……堪らなく楽しみで、それがたとえどんなに悪に染まったものでも、この高ぶる気持ちは抑えられない。
ただ普段と違うことがあるとすれば、目の前の男に対し、悟空はかなりの憤りを感じているという点であろうか。
「寝言は終わったか? それともまだ居眠りでもしてるのか! だったらこのオレが叩き起こしてやるぜ?」
「いらねぇよ! そんなもん――」
薄く笑うターレスに、悟空は口を結ぶ。
そこから一瞬だけ時間が流れ、彼らの周りを生暖かい空気が過ぎ去っていく。 戦場で起こった熱と、周囲との温度差で生じた空気の流れは、不気味なほどにやさしい風となって吹き抜ける。
それが、遠くに消えていった時である。
「わかったよ! みせてやるよ!!」
「ん? 戦闘力が跳ね上がっていく……来るか」
身構える悟空は息を吸う。
総じて高い相手の実力に、彼はいま、己が“出せるだけ”の力をぶつけようと……
「これが……」
足を開き、深く腰を据える。
これにより丹田からの力を全身に送り届けやすくし、力の流れをスムーズにする。
ちから……『気』を身体の奥深くからくみ上げると同時、悟空はそれをひとつの流れに乗せ―― 一気に爆発させる。
「…………界王拳だ!!」
「――――!! せ、戦闘力8万?! ……まだ上がるのか!?」
そうして、赤い炎が出来上がる。
身体をくまなく巡る力の光り。 赤い色がそれを強く意識させ、
迸る――かつてないほどに彼の中で巡っていく多大な気。
その迸る力の流れを、悟空は見事、制御下に抑えると……奴を視線でとらえる。
「でぁぁぁあああああ!! ――――だああああああああああッ!!!!」
「せ、戦闘力――18万!!!?」
飛ぶ。
蹴られた地面は抉られ、彼の踏み込みの深さを身をもって表す。 その犠牲を出させた悟空はそのままターレスへと跳んでいく。 翔けぬけるように、弾かれたように……
「ぐおお!!?」
「まだだ! ユーノにやった痛みはこんなもんじゃねぇ!!」
決まる右ストレート。
首根っこを吹き飛ばさんと突き抜けた悟空の腕は、その衝撃を次元空間の彼方へ飛ばしていく。
音のない世界を塗り替えていく様に、悟空はさらに拳打を繰り出す。
「もう一発!!」
「ぐふっ!?」
打ち出した右を収める刹那、その肘を大きく外へ引きつけて、その反動と、足、腰、背中を使い威力を伝達、増幅させた左腕を打ちだしていく。
怒涛の『ワン・ツー』は強烈至極。
ターレスの鎧に大きなひびを作るに至る。
たまらず膝をついた彼に、それでも悟空の気は静まらず……昂ぶっていく。
「まだなのはにやった分が残ってるぞ。 さっさと起きろ!!」
「さっきよりも動きが格段に良くなりやがった……だが!!」
「くっ――ぐあ!!?」
「それでもこのオレには届かん! 調子づくのもここまでだカカロット!!」
それを覆すように、高速のブローを繰り出すターレス。
右胸を打たれ、悟空の呼吸はわずかに止まる。 一瞬の血流の混乱は、彼の思考を激しく鈍らせる。
「そらそら! さっきまでの勢いはどうした!? スピードが落ちてきてるぞ!!」
「ぐはっ! おご――ぐぅあ!?」
その間にも続く反撃のラッシュ。
右頬へストレート。
左胸に肘鉄。
胴に渾身の膝蹴り。
全てが吸い込まれるように決まっていく様は、先ほどまでの怒涛を忘れさせるかのような勢い。 それほどまでに悟空とターレスの間には分厚い壁と、長い距離があることを実感させる。
「はぁ……はぁ……なんてこった。 ここまで差がついてるなんて……」
「もう終わりか? あの白いガキの分とやらはどうした!」
「……っく!」
それでも、彼には引けない理由がある。
いいや、そもそも引くという選択肢事態今はなく。 だから悟空は力をみなぎらせ、再度、赤い炎をその身に纏わせる。
「来ないのならこっちから行かせてもらうぞ! ――――はあ!」
「言われなくても、やってやる!! 界王拳―――!!」
『であああああ!!』
響く衝撃音。
もはや庭園内では――というより、先ほどから時の庭園は見るも無残な形へと変貌しつつある。
在った城壁から研究室まですべてが倒壊、良くて半壊まで崩れ去っているのだから。 その中で雄叫びを上げる二人の男はさらに熱を上げていく。
「ぜあッ!」
「遅い――!」
「…………――――!!?」
蹴り上げ、躱され……背後を取られる。
それと同時に振りあげあられたターレスの腕。 ショルダーアーマーを大きくしならせながらの手刀が、悟空の背を一刀両断にすべく打ち下ろされる。
「――っく!?」
「躱したか……」
紙一重だった。
薄皮一枚が切れている悟空の胴体。 それはもちろん彼の道着をも切り裂いたという事。 そこから見える青いアンダーも、もろともに引き裂かれ、ダラリと大きく擦れ落ちていく。
服として機能しなくなったそれを、どこか申し訳なさそうに一瞥し……その犯人へと睨みつける。
「……せっかくはやてが作ってくれたってのに、もう駄目にしちまった」
つぶやく言葉。 それと同時に彼は右手で肩口を掴みだす。
この服をくれた人物の微笑を幻視しながら、彼はかけたその手大きく“切り開く”
「あとであやまんねぇとな。 そのためには――」
「フン」
露わになった上半身。 引き締まりつつも、この数日間でマッシュアップされた体躯は全体的に大きさを増している。
そしてどこか余裕が見られるその身体は、まだ、悟空が界王拳を反動が来るまで高めていないという決定的証拠となる。
「アイツをぶったおさねぇと……けどよ」
「…………」
そんな彼の、今現在の界王拳は――
「へへ……6倍の界王拳でなんとか済まそうと思ってたけどな。 やっぱそうもいかねぇか」
ベジータと戦っていたときの、標準とされていた3倍の数値であった。
この時点でも彼の疲労は微々たるもの。 “流し”を終えた運動部のような振る舞いで佇む彼は、ターレスを睨む目を強くする。
「死んじまっちゃ元も子もねぇ……やれるのか? 7倍以上の界王拳なんて」
一瞬の戸惑い。
「――いや」
それを振り払うように握る拳。
「迷ってやることなんかねぇはずだ。 どうせ出来なきゃ死んじまうんだ――だったら!」
蘇るかつての失敗。
大きすぎる力を手にするために行った一大決心は、文字通りハイリスク・ハイリターンとなって彼に巨大な力を与え、同時、悟空にとてつもない代償を“死払らせた”のである。
その光景を思い出いし、それでも今は、もう一度同じことを繰り返せねば、目の前の男に敵わないと確信した悟空はいま。
全身全霊をかけて……叫ぶ!!
「身体がぶっ壊れても構わねぇ!! 7倍……いや! 8倍界王拳だ!」
「……――っ!?」
そうして世界は、もう一度その身を振るわせていく。
孫悟空は、大博打を切ろうとしていた。
~アースラ艦内~
悟空と別れたなのは一行。
彼女たちはその足でアースラを目指そうとするも、けが人と病人を抱え、尚且つ、筋斗雲に乗れないものが数名いたためにそれを断念。
仙豆の力により、体力と魔力を回復させたユーノにより、早急にアースラへと帰還していた。
その彼女たちは、転送ポートに着くなり、駆け足でブリッジへと走っていった。
「リンディさん!!」
「あ、あなたたち……無事だったのね」
「はい、クロノ・ハラオウン以下数名、無事帰還しました。 ……それより」
「わかっているわ。 そろそろ“ドローン”からの映像が来るはずだから」
たどり着いたその先に待ち受けていた桜吹雪を一身に受け、数時間振りの、だが数日振りともいえる再会を果たす彼女達。
その者たちの思考は今、たった一つの事に向かって収束していた。
置き去りにしてしまった、大きな物を背負わせてしまった……彼。
孫悟空の戦う姿を、いま、この目でどうしてもおさめたかった。 好奇心じゃない、誰かに言われたのでもない。
全てを押し付けてしまったことを責務と感じたらこそ、彼女たちは、退かず離れず、この同じ次元世界で全てを見届けると決めたのだ。
それは、この世界に来てからいまだに艦から降りれなかったリンディも同じである。
「……映像きます!」
『…………』
響くエイミィの声。
コンソールをひっきりなしに操作していく彼女は、戦闘に携われない自分を呪うかのように険しくも、だけどいつも通りの作業を継続している。
そんな彼女の開始の合図が――
[言われなくてもやってやる! ――界王拳!!]
「悟空くん!!」
「悟空……苦戦してる」
「アイツ、あんなになって――」
彼を繋ぐ合図となった。
聞こえてきた声に、安堵を浮かべるのもつかの間。 悟空の声色から、戦闘が困難な方向に向かっていると推察したクロノは歯噛みする。
そうして、悟空が何やら構えを低くすると――先遣隊組は大きく動揺する。
[だあああああああああ!!]
「悟空くんが……燃えてる!?」
「赤い光……なに、あれ」
「……悟空さん」
「彼はいったい……」
そのすがたは何時ぞやの狂った彼とは違う色。
大きく燃え盛り、この世界を照らしだす色は……赤。 轟々と輝いては、悟空の肉体に微量な変化をもたらしていく。
その姿に、どこか呆けていたなのは以下数名は、そろってリンディたちに顔を向ける。
「わたしも詳しくないのだけど、あれはカイオウ……こほん。 “界王拳”という、一種の肉体操作に類される術らしいわ」
『肉体……操作?』
「そう…全身を流れる、“気”というものを操作して、尚且つ増幅させるっていう話らしいけど」
「増幅……つまり増えてるってこと?」
「そうよ。 彼が言うには、界王拳を使えばパワーもスピードも……破壊力も何倍に増やせるって話よ」
『な、何倍!!? す、すごい!!』
感嘆する子供たち。
当たり前と言えばそうであろう。 嫌でも人外魔境の領域に突っ込んでいった悟空の実力、その片鱗ですら驚いたのにそれすらも超える更なる力があるのだから。
ところが、それを踏まえても表情が暗い人物が一人。 それは、フェイトの母親であった。
彼女は悟空を見るなり、そのまま顎に手を置き考える。
遠い昔、文献でのみ覗いたことのあるあの資料……その内容を薄く思い出した彼女のかおは、更なる影を射しこませていく。
「増幅……それじゃまるでベルカの技術に使われてる……」
「プレシアさん?」
「リンディさん? もしかしなくてもあの子が使ってる技には副作用があるんじゃ……」
「……よく、おわかりに」
「これでも長生きしている方なのよ、それくらいは……それで、こたえは?」
「あります」
『!!?』
その予測は、現実という言葉で返ってくる。
重く答えたリンディは、悟空が言っていた注意事項に胸をきつく締め付けられる。 それは確かに実感がなく、それでも、彼の修行をその目で見ていた彼女にとって、想像することなど容易いモノなのである。
そんな彼女に、やはり子供たちは――特になのはは……
「ど、どうして! だってそんなに強い技だったら!!」
……と。
言われてみればそうなのであろう。
防御と攻撃の双方を上げるのならば、それはとてつもなく強くなれるんじゃないか……と。
それに、思いついたかのようにクロノは手を握る。
「そ、そうか」
「クロノくん?」
「考えて見てくれ。 あれは所謂ブースターなんだ」
「??」
「……たとえば、重いモノを持つとき、キミは意識して普段より力を込めるだろ?」
「うん」
「あの技はその拡大版だ。 かなり大雑把にいってるけど」
「ということは……」
ここまで言われ、ようやく思い知る界王拳のメカニズム。
ようは――自動車に飛行機のエンジンを載せるようなもの。
そして、力の増幅は膨らませた風船と同義。
「今の言いかたで違いがあるとしたら、彼はあくまでも魔法とは違って“自分が持っているモノ”でしかそれを行ってるに過ぎないという点だろうか。 そして、無理を過ぎれば膨らませ過ぎた風船はいつか必ず――」
「破裂する……」
「それじゃ悟空くんは!?」
「そう、あのカイオウケンというのを力量以上に使えば最悪……自滅する」
『…………なんて……』
急に危機感に襲われる艦内。
その空気を換えるべく、リンディはひとつ咳をする。 コホンとつぶやかれたその顔に、この場の雰囲気とは違えるような微笑みを携えながら。
だが勘違いしてはいけない。
この微笑だって、彼女お得意の仮面の笑みだという事を。 彼女は今、不安な心を仮面で覆い隠しているのだ……少女達を、励ますために。
「大丈夫よ……彼だってそれくらいはわかってるはずだもの」
「でも――」
「言っていたわよ彼。 『いまのオラにだったら界王拳を6倍まで上げても平気だ』……って。 今の彼がどこまで上げているのかはわからないけど――」
さすがに自身の身体能力を2倍も3倍も上げるような出来事、そんな簡単に起きるわけも……そう言おうとした彼女に、画面の外の悟空は――叫ぶ!!
[カラダがぶっ壊れちまっても構うもんか!! 7倍、いや! 8倍界王拳だああ!!]
「8倍……!!」
「リンディさん!?」
「なん……ですって……!」
「悟空!!」
モニターの向こうで行なわれようとする、一世一代の無茶振りに向かって叫び声を連呼する彼女達。
一気に否定された。
呆気なく限界を超えることを選んだ。
信じられない出来事の連続に、アースラが確かに揺れる。
「ゆ、揺れ……」
「お、おい!? なんか船全体が――」
「きゃっ……な、何が起こっているの?」
いいや、比喩でもなんでもなく、確かに揺れていたのだ。
地面の無い次元空間で浮遊しているアースラが、地震という現象に遭遇するなんてことがあるはずもなく。 なればこれは、人為的に引き起こされた災厄であると、いったい何人の者が察知できただろうか。
[かはぁぁぁぁぁぁぁ…………]
「み、みて! 悟空くんが!!」
急激に膨らみ始める悟空の肉体。
二の腕から大腿筋から胸筋から腹筋から……ありとあらゆる筋組織が活発化し、その体積を異常なまでに発達させていく。
既にひと回りほど大きくさせられた悟空の肉体。 そのすがたは、見た者に明らかな無理をさせていると気付かせるほどに……惨い。
[ぐぁぁぁぁぁあああああああああ!!]
「お、おい……なんなんだアレは……身体がおかしいくらいに――」
「あの子の身体、信じられないくらいに異常な張り方をしてる……普通なら尋常じゃない高血圧で心臓が持たないはずなのに」
[だあああああああああ!!]
震わせていくその声は更なる威力を持ち始める。
画面から見える範囲で、悟空の足元の大地は沈没し始め――彼自身、まるで血のそこへ向かうかのように沈んでいく。
その様に驚き――
[8倍界ぉぉぉおお――――けえええええん!!]
『!?!?』
嵐のように巻き起こる暴風と共に現れる豪炎を目の当たりにした彼女たちは、文字通り、閃光となった彼をただ――見守ることすら出来なくなってしまうのであった。
~戦場~
「8倍界王拳――――!!」
「な、なんだと?!」
機械音が鳴り響く。
どことなく数字をカウントし、それが激しく上昇しているとわかる音を、五月蠅いくらいに打ち鳴らしていく彼の耳元。
その機械と、悟空の叫びが木霊するとき。
ターレスの表情には、いままで見たこともないほどの衝撃を浮かび上がらせていた。
彼は、今のいままで“徴収”してきたジュエルシードにて、その戦闘力を大きく上げてきた。
ただの下級戦士である1700程度から、ジュエルシードを3つ取り込んで16000に。 そこから三日、ジュエルシードを一日一個、つまり3つ取り込んでからはその戦闘力は急激に上昇。
それがジュエルシードが持つ『共鳴現象』だという事に気付かぬまま、ターレスはその手に持っていた石の力を享受したのだった。
そうして、悟空との初陣を終えたベジータやその他を遥かに追い越し、今ではその戦闘力は――
34万にまで上げていたのだ。
……それが。
「そ、それが……それが――どういうことだ!!?」
8倍界王拳を使った悟空は――
「カカロットの戦闘力が――……38万だと――!?」
自身を大きく、超えていったのだから。
「ぜあああああ!!」
「こ、このオレを大きく上まるなどと―――!?!」
気合一閃。
猛る悟空が放った掌底に、ターレスの真横にあったはずの庭園跡がまたも吹き飛ぶ。 いい加減原型が消えていくそれらなど気にすることもなく。 悟空は次の行動を開始する。
「こ、これがあ――」
「ぐぉお!?」
「さっき言った!!」
「がはぁ――!?」
膝蹴りで相手を二つに折り、 両腕を組んだ打ち下ろしで一気に叩き落とす。
人体から大砲の発砲音が鳴り響く中、悟空の快進撃は収まらない。
高速の急転回。 彼はターレスの背中に残像拳を決め込んで入り込む。
黒い影を踏みこんで、ガシリと音を立てて腰に手を回し――大きく炎を吹かす。
「なのはの分だあああああ!!」
「ごはああ!!」
脚、大腿筋――上腕筋。
その順で力を伝達し、勢い付けて青年は男を持ち上げる。 柔道界では“一度抱きつかれたら最後”と言わしめた技の一つ――――裏投げ。
別名を、バックドロップなどというそれをもってして、ターレスを建造物目がけて落としていく。
豪快に崩れていく庭園。 刻まれていく轟音と相まって、悟空が叩き出したダメージの大きさを身をもって表現するターレスのダメージは痛恨。 頭部からの激突は、そのまま周囲にクレーターを作りだしていく。
「――はっ……はぁはぁ」
「…………がは――」
よろりと、2,3歩後ずさる悟空。
今の攻撃と言い、胴にも攻撃が大雑把に携行しがちな彼は今現在、全身を蝕む筋肉の痙攣で気を失いそうになっている。
失いそうで……でも、それを叩き起こすような痛みでまぶたが下がることがなく。
狂ってしまいそうな無限ループは、悟空の精神を深く抉っていく。 彼は、速くも体に“ガタ”が来ていた。
「イギぃッ!! ―――かはぁ……はぁ――はぁ」
右腕が勝手に……跳ねる。
これが筋肉が痙攣し、よじれたとわかった時には既に激痛が悟空を襲っていた。 腕に棒か何かが串刺しにされた感覚。
あまりの違和感、余りある痛覚に、悟空の表情が歪んでいく。
「こ、こりゃあマズイ……な。 さっさと終わらせねぇと――あがが!! オラの方が先に死んじまう……」
「こ、コイツ……!!」
瓦礫から這い出るターレスはそのまま唾を吐き捨てる。 赤く濁っているのは口の中を切ったからか。
それを確認するまでもなく、男の口から軋む音がする。
いまだ冷酷で、それでも怒りの濃い顔をするのは、目の前に居る悟空の戦闘能力上昇が目障りだから。
あれほどまでに力をつけたこの展開は、かつての戦いと同様で――――
「な、なんのおとだ……?」
「――っふ」
そして『これ』も、そのときと同じ道を辿るのであった。
「どうやら時間の様だ」
「な、何言ってんだアイツ……」
同時、鳴り響いた電子音。
男の持つスカウターが、何やら意味ある文字を映し出しては点灯している。
どこかタイマーだとかアラームだとかを思わせるそれを、悟空は強く警戒し、ターレスは口元を吊り上げる。
待っていたぞという声を口ずさみ……鎧の中、自身の懐から“ソレ”を持ちだしていく。
「前に言ったな。 このオレがジュエルシードの力で戦闘力を増していると」
「そ、それがなんだって言うんだ……」
「おかしいとは思わんか?」
「なにがだ……!」
「このオレが持っていた7つのジュエルシード。 それをこの数日かけて6つ消費してここまで力をつけた。 だがそれが変だと思わんか? 力が付くというのならば、さっさと使ってしまえばいいのではないか……と」
「何が言いたい!」
青く光る幸運の石。
それを手のひらで転がし……中空に放り投げる。
「わからんか? 一回に取り込めるジュエルシードの数に限りがあると言ったのだ。 1日一個。 それを上回れば意識を失い、それから数日間は激痛でまったく身動きが取れなくなる」
「…………」
「そしていま……」
「……!! ま、まさか!!」
「その約束の時間が来たところだ――」
投げた石をコイントスのように掴み、手で弾く。
石つぶてのように飛んでいくそれの行先はターレスの口元に飛び込んでいく。 軽く舐め、含み……のどに通していく。
聞こえてきた飲み下していく音はあまりにも静か……静寂が支配する彼らの間に、生暖かいにやけた声が聞こえてくる……気がした。
――――これで、終わりだと――
「な!! なんだ!!?」
「くははははは!!」
跳ね上がる。
強く、硬く……逞しい。 ターレスの身体が、悟空の界王拳とそん色ないほどにまで膨れると、そのまま拳を握りだす。 あふれる力を……だが、悟空のようにうまくコントロールしきれていない訳じゃない。
男は、多大な力を手に入れつつ、悟空を大きく上まって見せたのだ。
恐ろしいほどに膨れ上がったターレスの“気”
嫌でもわかってしまう8倍界王拳との力量差。 なぜこれほどまでに力関係が崩れるのか……悟空は今初めて戦慄した。
「であああああああ!! 死ねぇ!!」
「――――っが!!?」
「……」
「こ、こんな……こんなはずじゃ……ぅう!?――ゲホ!!」
「…………フン」
あまりの大きさ、卑怯に思える急激さ。
この辛い状況、悟空は自身が抱える絶大な痛みさえ消し飛んでしまうぐらいに驚愕したのだ。 言葉通りの心境。
やってやれないと感じていた相手に、こうまで力で圧倒され、青年に一時の失意を見せ――
「いい顔だ……くくっ。 よぉし、ならばその顔をもっと素晴らしいものに変えてやろう」
「な、なにするきだ……!」
男の浮上に、一抹の不安が脳裏を駆け巡る。
嗤う男の視線の先、それは悟空が高速で駆け抜けてきた道のりであった。
見て、気付き、痛烈する。
「ま、まさか……――――!!」
「……気付いたか……さぁ来いカカロット。 その無駄なあがきでオレを楽しませてみろ」
高高度にまで上昇し、笑いの深みを増していくターレス。
それに追いつき……追い越した悟空は一気に叫ぶ。 表情を焦りに変え、まるで願うように一声を絞り出す。
「オラはここだーー!! こっちに撃て――」
「…………嫌なのなら止めてみろ」
「――ッ! こ、コノヤローー!!」
それに見向きもしないターレスは……両腕を振りあげる。
盛大に上げたその腕に、灰色の光りが集まり……凝縮されていく。 曽於の輝きの禍々しさ、見た者に死を与えんばかりの閃光があたりにちりばめられていく。
「ち、ちくしょう! ベジータと言いコイツと言い!! ――――こうなったら!!」
その男の向かう先、そこに立ちふさがるようにして悟空は両腕をそろえていく。
男に向かい伸ばしては、即座に力強く引き戻す。
絶対の自信を持った男と、不退転の決意を抱いた青年はいま、互いの業を目の前に向かい放ってやろうと、烈火のごとく燃え上がっていくのであった。
――――ターレスの視線の先。
「あ、あの……」
「どうかしたの?」
「いえ……二人が戦いの場を変えたようなんですけど――」
「それがどうしたっていうの?」
「いえ……それがどうにも」
「???」
熾烈で激烈な命のやり取り、それをモニター越しで見つめていたなのはたちは、ただひたすらに叫び声を上げる――こともできずにいた。
壊れていく悟空の身体に「やめて……」と呟き。 聞こえてくるうめき声に体が震えてくる。
激しく入れ替わる攻守も彼女たちの不安を揺さぶるには十分すぎて、手に汗を握り固唾をのむ中で、エイミィが一人気が付いた。
「――――!! 艦前方に巨大な光源を確認!? ――悟空くんと同じ質のエネルギーを感知しました!!」
「なんですって!?」
「あ、…………ああああああアイツだ! あいつがこっちに向かって――」
『なに?!』
その声にモニターを確認したユーノが慌てふためく。
同時あがるざわめきは、一種の諦めすら含んでいた。
黒い鎧がこちらに向かって笑いかけているのだ。
その顔に思わず身をかがませるなのはとユーノ。 当然だ、一度は殺されかけた相手なのだ、発狂して泣き叫ばないだけでも十分に彼らは強い人間である。
そんな彼等に向かって浮かび上がる光……闘気は、妖しく輝き――
[オラはここだ――! こっちに撃てーー!!]
「悟空くん!!」
それをかばうように現れた紅い閃光。
纏う闘気を全開に吹かして、奴よりも上空に舞い上がる。
「だ、だめだ! アイツ悟空さんを無視してこっちに――」
「悟空くん……」
「……悟空」
ユーノが嘆き、なのはとフェイトは彼の名をつぶやく。
これからおこる事などもう、奴と視線を合わせた人間ならば聞かれなくても答えられる。 ここにいる人間は、ひとりも残さず殺されるのであると――[そんなこと!!]
「え?」
「……あ!」
[させねぇぞ!]
絶望の中で、それをも否定するかのように、舞い降りたのは……彼であった。
射線上に立ちふさがり、悟空はそのまま必殺の構えをとる。
唸り、噛みしめ――吠える!
「8倍界王拳のおおお!! かめはめ波だあああーーーー!!」
戦咆轟くこの世界で、赤い闘気が火力を上げた。
力任せに、この先の事も考えずに――ここが最後だ、力の出し惜しみなどむしろやっていられない!!
「はぁぁぁぁああああああ――だああああああああああーーーー!!」
「……フン、貴様らお得意の義理人情というやつか。 つくづく愚かな奴め」
「かあああああああああ!! めぇぇぇぇええええええええええ!!!」
壊れてしまいそうな叫び声。
必死――それは相手を必ず殺してしまうようなものではなく、しくじれば自分が必ず死に絶えるという意味での言葉。
怯えも震えも悟空には無く、いま、その背に存在する仲間を……友を守るために――両の掌に渾身の力を収束していく。
「はああああああああああああああ――――めええええええええええ
!!!!」
収束は圧縮になり、それが今度は更なる力を籠められ“凝縮”へとプロセスを変えていく。 まだ足りない、これでもかというこの気合は、依然ターレスの荒ぶらん限りの力には太刀打ちできない。
「ぐっ! ぎぎぎ……――――!!」
「このまま仲良くこの世界と共に滅びろ――カカロット!」
それでも、見下す男を許せない。
これ以上、好き勝手は許すわけには絶対に行かない!! 悟空の闘気は更なる燃焼を遂げ、界王拳の輝きはボルテージを熱くする……そして。
「死ねええええ!!」
「波ああああああああああああ!!!!!」
両者の輝きは、この次元にある世界を焼き尽くす―――――
「ご、ゴクウ!」
「悟空さん!」
激しい閃光が二つ、遠くの場所で確認できる最中、その赤い光の中に青い光球を確認できたアルフとユーノは一気に叫ぶ。
あの、何度も放たれた悟空の最大砲撃……かめはめ波に、この船の命ぜんぶを預けるように。
「悟空……」
それはフェイトも同じである。
ここからでも聞こえてくるモニターのモノではない、本物の悟空の叫ぶ声。 毎朝聞いてきたその声よりも激しく、強く高らかに上がるそれに、胸元で両手を握る。
「……」
そしてなのは。
彼女は閃光を見て思うことはただ一つ。
いつも後ろで悟空を見ていた彼女の、その最初に思ったことと今、思考は同一のものとなった――――
「負けないで……」
勝って。
死なないでという単語より、これが出てしまうのは何も彼女がそういう心配をしていない訳じゃない。
何より、悟空とは約束したのだ――絶対に生きて帰ってくると。
……だから。
「悟空くん!!」
高町なのはは……それしか言わなかったのである。
そうして光は、放たれる。
…………光が。
「グ……ぐぅ!!」
「…………」
「……そんな」
押し迫ってくる……
あふれかえる絶望。
青い閃光が灰色の光りにぶつかったと思うと、それらは大挙してこちらに迫ってくる。 断たれた希望、もう駄目だと膝をつくエイミィに……それでも、子どもたちの表情はまだあきらめを持たず。
それは、悟空も同じであった。
「ぐああああああ――うく! ち、ちくしょおおおお」
飛ばされていく悟空。
かめはめ波の放出はまだ納めていない、界王拳だって8倍を保ったままだ。 それでもターレスのエネルギー弾は――激流のように悟空を呑み込むべく、灰色の光りがかめはめ波を食いつぶしていく。
迫る迫る……もうすぐそこまで来てしまった戦艦アースラの艦橋付近。
そこに弾丸が如く吹っ飛んでくるターレスの気弾と悟空、さらに手のひらから先ほど程度しかない青年のかめはめ波。 それでも、いや、だからこそ悟空はここであきらめることをしない。
「――――き、き……――!!」
足りない……足りない!?
だったら簡単だ、足せばいいんだ。 思い立ったが即実行……出来るはずもなく。 彼の身体が、全身が――細胞の一つ一つが大きく軋む。
まるで悲鳴のようなその断末魔は、悟空にしか聞こえない声。 もうやめろ! これ以上の酷使はただ寿命を削り取っていくだけだぞと責め立てる。
それを。
「9倍だあああああああ!!」
投げ捨てるかのように、彼は天に叫び声を上げる。
「と、止まった……」
「悟空さんが……受け止めた?!」
アースラの中で波紋が広がっていく。
迫っていた灰色の奔流が、その勢いを殺さずにアースラまであと4メートルという、人間二人分程度にまで流れ込んでいたそのときに突如上がった巨大な咆哮。
それが止んだ時、迫っていたはずの光の波がそのまま停止していたのだ。
「悟空くん……――――!!」
「が、画面が……真っ赤に……」
そのときであった。
今まで見ていたコンソールに映し出された世界が赤く染まる……いいや、鮮血に染められる。
その眼前にある大きな背中、悟空の上半身から吹き出る血だと気づくまで、そう時間はかからなかった。
[ギ――ぎぎぎ……がああああーー!]
「悟空さん、あんな……ボロボロになって」
「もう限界だろうに、アイツ……」
誰かがつぶやいたのは案ずる声。 同時、ここまで足りない自分たちの無力に押しつぶされてしまう。
ここまで来て、彼に押し付けるように逃げて――その先でもこのような形で足を引っ張って。
言いたいことも言えないで、応援すら悟空の耳には届かない。
それでも……身体に鞭を打ち、消えそうな自分たちを守る彼に、いったい誰が声をかけないでいられるであろう。
「悟空!」
「負けるな!!」
「あんな奴ぶっとばせ!」
「死ぬんじゃないよ!!」
「悟空くん!!」
そのどれもが彼を舞妓する言葉。
それに答えるように――その“願いを叶える”ように、彼の闘気は更なる爆発を見せていく。
そして、青い閃光が押し返していく。
灰色の光りをはねのけて、その差し出したる邪悪を打ち砕かんと――
「な、なに!? ……ちぃ」
「だあああああ!!」
上がる叫び声。
聞こえないはずのその声に、ターレスはちいさく舌を打つ。
「悪あがきを……」
「ぐ、ぐぅぅぅ」
勢いが止まる。
その距離は確かに敵に近づいた。 大きな前進であった。 それでも、まだあの男には届かない。
半分の距離で停滞している青と灰色。 それが押しては引くを繰り返していく最中で、悟空はまたも歯噛みする。
「ち、ちくしょ……こ、こんだけやって――まだ!」
つらい。
身体が引きちぎられそうだ。 もう、息をするのだって耐えられない――肺が焼けそうだ。
全身から沸騰した血液が噴き出すなか、悟空は己の限界を悟りだす。 これまでだ――
「まだだ……!」
力はこれ以上持ってこれない――
「約束したんだ……まけねぇって――!!」
だったら。
「これで……かてねぇんなら――ぐっ――ぐおおおおおおおおお!!」
もう、――――ることをあきらめればいい。
「か、かい……おう……」
悟空は唱える。
その言葉に意味はない。 ただ、己が強さのレベルを把握するためのその叫びはただ何となくで、気合が入るからやっているもの。
それをやってのけ、丹田に力を籠め……体中の“力”の回転をもう一段階早くする。
もう上げれないと思った力。 それがどうだろう、いざ■■ることをあきらめればどうってことはない……こうも簡単だったとは。
もう何も残らないかもしれない。
けど……これしか手段がない彼は――叫んだ。
「界王、拳………………――――10倍だあああああああああああああ――――――!!!!」
『!?!?』
「悟空君!? む、無茶よ!!」
「あの子……死んでしまうわ……――っく!」
この声を聞いて、でも、誰も希望を胸に抱くことはなかった。
当然だ……
「な!? なんだと――!! お、押され――」
この男にだって。
在りはしないのだから。
「がああああああああ!!」
「こ、このオレが――このおれがあああああああぁぁぁぁぁ――――……………」
「い、……いっちまえーー!!」
放たれた10倍界王拳により、まるで矢の如く駆け抜けていった悟空のかめはめ波。 その威力はまさしく絶大。
激流うずまくその中で、ターレスのつけた装飾品は、そのことごとくを破壊されていく。 耳に付けたスカウターも、両肩のショルダーアーマーも――すべてを吹き飛ばさんと、彼と共に次元空間の彼方へと消えていく。
消える閃光。
悟空の手のひらから光が消え去った……
「……うぐ……ぁぁ」
だが、犠牲は――代償はあまりにも高い。
左腕の感覚が……完全になくなっている。 いや、無いだけマシなのかもしれない、後に残る、針のむしろに抱かれた痛みに比べてしまえば。
「よ、……よくやったほう……だよな」
それでも、と。 悟空は小さく笑った。
あの時以上の威力と、もう感じることが無いターレスの気。 そのことに深く安堵して、彼は……悟空の視界はほんのりとぼやけていく。
「またこれか……ここに来てから落っこちて――」
ばかりだと、続く言葉すら出やしなかった。
「悟空くん!」
「悟空!」
「………お…?」
落ちそうな彼を、しかし助けた者がいた。
それはちいさな手だった、幼い身体であった。 悟空の数倍は小さいその年齢は、いまだあどけなさと未熟さを垣間見せるが、彼女達の何たる意志の強さか。
壮絶なまでに身を粉にした姿に、なんの気後れもなく支え、眼下の甲板にまで降りていく。
「無事……じゃないよね」
「はは、まぁな……でも死ぬよか全然いいや」
「……けど」
落ち着いて、悟空の傷の深さを改めて思い知るなのはと、彼の言葉に異議を唱えようとするフェイト。 死なないでくれたのはありがたい、けど彼の傷は重症なんて言葉じゃ片付けられない。
身を案じる彼女たちに……
「悟空さん!!」
「ゴクウーー!!」
ぞろぞろ集まりだす者たち。
その中で一際元気な仔犬が一匹。 それが宙に飛び出すと、悟空に向かって落下して……しまう。
「うぎゃああああああッ!!」
『!!』
上がる悲鳴に、思わずアルフを放り投げるなのはとフェイト、それにユーノ。 ポーンと弾き飛ばされたアルフは放っておいて、ユーノの回復魔法の光りが悟空を包む。
「アルフ! 今の悟空にあんなこと……ダメだよ?」
「……ごめんなさい」
「アルフさん……」
「はは。 アルフも悪気……なかったもんなぁ。 それくれぇにしてやれ……てぇ」
「悟空さん、今、治して見せますから」
「頼むよ。 ……おぉ?! あったけぇ……すっげぇ、あったけぇなぁ」
集まるあのころの顔ぶれ。 そこにあるのはやはり笑顔で、朗らかな……空気。
先ほどまでの戦闘が嘘のように晴れたすさんだ空気も、今はもう散見されない。
終わったんだ。 そう誰かがつぶやいて、アースラの艦橋に笑い声が響いていく。
「よおく生きてたもんだよ! あたしゃアンタが『9倍だー!』って叫んだ時にはどうしようって思ってたよ」
「オラもだ……9倍界王拳のかめはめ波が通じなかった時は、オラもう死んじまうんだなぁって、思ったくらいだしな」
「でも、悟空くんあきらめなかったんだよね?」
「まぁな。 オラ、この歳になっても、あきらめが悪いのはかわんねぇかんな――はは!」
『はははは!』
笑い声が甲板に響いていく。
皆が笑う。
大きな声であたりに響かせていく。
笑う……笑う……わらう。
「……くく」
――――嗤う。
「はは……は……あ……」
笑い声が止まる。
その声に皆が振り向く。 疲れたのかな? などと思い、そっと彼の顔を覗き込んだなのはは思う。 どこかおかしいな……と。
せっかく終わったのに、こうやってみんなで笑いあう未来がやってきたのに、どうしてそんなに――こわい顔をしているの?
「お、おめぇたち――」
『???』
悟空は叫ぶ。
同時、その身体に鞭を打ち。 子供たちを遠くへ弾き飛ばす――
「は、離れろーー――――ぅぐ?!」
「悟空くん!?」
瞬間に光る何か。
それが悟空を通過したと思いきや、彼はそのまま声にならない叫びを噛みしめる。 何が起きた? 敵はいなくなったはずだ……気だって、もう感じなかったはずなのに。
「ご、ゴクウ!? あ、あんた――」
「……なんでもねぇ」
「悟空くん! でも……でも!!」
「さっきから感覚がなかったんだ、こんなもん、一緒さ」
「悟空……腕に……穴が――」
なぜ悟空の左腕の、大木のように大きい二の腕あたりに、ピンポン玉大の大きさになる風穴があいてるのか。
「はぁ……はぁ……」
荒い呼吸は悟空のモノではない。
けど、その声質はなんとも似通っていて、一瞬ホントに悟空が苦しんでいるように思えるうめき声。
「よ、よくもやりやがったな……」
「ウソだろ! あ、あんな攻撃喰らって――」
「……どんだけタフなの!?」
その主は……ターレス。
彼は悟空を一瞥すると、そのまま舌打ちをする。
「こ、このオレを一度ならず二度までもあんな目に合わせやがって――」
「……この感じ……前にどこかで」
「貴様ら全員……血祭りにあげてやる!」
「ま、まさか!!?」
その音が響く中、悟空にある出来事がフラッシュバックする。
上げられた男の右腕、そこに集まる微弱な気。
それが不自然に球状となると、淡く輝く力の塊になる。
「さ――させねぇ!!」
「悟空――!?」
弾かれたように飛び出した。
アレを打たせてはならない。 あれを爆発させてはならない――!!
悟空の中で駆け巡る警告音は、その激しさを増していた。 させるな――何があっても阻止するんだ!! 悟空の必死の行動は、8メートル弱の距離を一瞬でゼロにする。
「うりゃああ!!」
「バカが。 死にぞこない風情で――!」
「ぐああ!?」
それでも、その突撃はいなされ、悟空は大きく距離をあけられてしまう。
上げられてしまうターレスの腕、その手に浮かべられている光の球体をいま、遠い彼方へと――放つ。
「なんなのあれ……攻撃するんじゃ」
それは誰もが思ったこと。 ターレスの不可思議な行動に疑問符が取れないなのはたち。 思いもしないだろう。 今この時、彼らの――
「し、しまったぁ……」
「ふふ……終わりだ」
最悪に恐れていた事態が訪れてしまったなどと。
「せいぜい目をつむっているんだな、カカロット。 さもなくば――」
「ち、ちくしょう!! アイツもあれが使えたなんて……チクショおお!!」
「貴様“も”あいつらを殺すことになるぞ? ふはははははは!!」
投げた方の手をそのままに、ターレスはあざ笑う。
あの戦いでもここまではしなかったのは、する必要が無いと思ったからだ。 だが、今回は違う。 自身を追い詰め、何度も立ち上がり、最後にはあんな思いをさせたのだ。
あの技のための“予防策”も、憶測ながらにやってのけた男に、今回、既に死角はない。
そうしてターレスは、絶望への呪文を宣告する。
――――――弾けて……混ざれ!!!
…………爆発が起き、そのエネルギーが、周囲の酸素と結合していく。
「おめぇたち……今すぐリンディたちのところに行って地球に帰るんだ」
「……え? ご、悟空くん?」
「聞こえねェのか! 今すぐここからいなくなれ!! そろって死にてぇのか!!?」
『!?』
荒げた口調は、今まで誰一人として聞いたことのない。
暴言をも挟んだ必死の警告は、なのはたちに素早く浸透していく。
「いきなりなんなの!? あの変な……へんな……え?」
なのはの反論に、答える声はなく。
それに同調する者もすでにいなくなっていた。 空に上がった白銀の光りが、彼を――ターレスを眩く照らしたときであった。 彼の身体に、大きな変化が訪れる。
「ふぅ……ふぅううう……」
――――トクン。
鼓動音があたりに響き渡る。
それが聞こえたのであろう。 なのはは悟空を責める声を静め、音がする方向へと視線を向ける……向けてしまった。
「ぐぉぉぉぉ……ふぅぅぅ――はあああああああ!!」
『な!?』
「…………どうして――」
気づけば驚く声は、3重になっていた。
だがしかし、しかしだ……その中に置いて、悟空と同じく顔面蒼白、自意識喪失となった少女が一人いた。 彼女はこの中で悟空以外に唯一、この現象を知っていたのだ。
だからこそ身を震わせ、恐怖に顔をゆがませる。 あのときの悪夢が今、最も恐れる形で再現されたのだから。
「どうして……」
「き、牙が……それに」
「な?! あ、アイツの身体が――巨大化してく!!」
「……くっ!」
聞こえてくる喧噪。
それを“聞くだけ”である悟空は、いまだに一歩も動くことができない。
「…………ぁぁぁぁぁ」
――――トクン……ドクン!!
鳴り響く鼓動が、その勢いをより一層増した。
「おおおおおおお――――ぐぅぅぅぅぅうううううううおおおおおおお!!」
「なにが起きてるんだ――!?」
「あ、あれは――」
「フェイトちゃん……?」
起こる変異はいまだ続き、その工程に更なる怯えを見せる少女を気遣うなのは。 彼女は知らないからこうしていられるのだ。 今起きている最悪の事態、その真骨頂が今……彼女たちを襲う。
「………………!!」
――――ドクン、ドクン、ドクン…………ドクン――――
「!!?」
「こ、この声……この叫ぶ声は――まさか!?」
男のうめき声が、獣の咆哮に変わる。 その音を聞き、いまだにそれを視認しない悟空は……目をつむっていた。
決して見てはならないあの“星”の光り。 対策ならできるかもしれないが、それを実行するには、あまりにも悟空の体力が低下していた……だからもう、アレを止めることなどできなくて。
「グオオオオオオ!! ガアアアアアアア!!」
「なんで!? だって……だってここには月が無いのに――どうしてこんな――」
「……こんなことって」
溢れかえる絶望。 湯水のごとく湧き出る死への恐怖。
こうさせないために来たはずなのに、ここに来て、まさか今までの苦労が水泡に帰すとはだれもが思わず、自然、アルフが両ひざをついてしまう。
「ご、ゴクウ……アイツ、なんであんな――!!」
「すまねぇ……オラがいけなかった……とどめを刺しきれなかったオラが――」
「そうじゃない!! そうじゃないんだよ……アタシがいいたいのは……」
目の前で大きく姿を変えていくターレス。 その変身はもう引き返せないところまで来ていた。 小さかった犬歯は大きく尖り、歯が牙へと変わる様ですら身震いをさせる。 聞こえてくる重量が増える音は、この世の理を打ち破るかのように増大していく。
それをじぶんのせいだとつぶやいた悟空に、アルフは叫ぶ。 慰めるわけじゃない彼女が知りたいのは……いま、どうして男が大猿になり変わろうとしているのかという事。
「どうして満月でもないのに……大猿に変身できるんだい!!」
グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
「……こうなったら最後の手段だ」
その問いに、悟空が答えずとも。 黒い脅威が戦哮にて返事をしてきた。 崩れ去る世界の上空でいま、最終ラウンドのゴングが鳴らされようとしていた。 その中でつぶやかれる一言、それは満足に身体が動かせない彼の、最後の攻勢を意味する一言だった。
……それは。
「もうこれしかねぇ……元気玉だ――」
最後の頼み、星の輝きをぶつけるその技を……果たして悟空は使うことができるのか。 いまだに自我を見せない咆哮を聞きながら、傷ついた青年は今、命の無い世界で無謀な賭けに打って出る。
悟空「オッス! オラ悟空!」
なのは「着いたと思った勝負の行方。 だけどターレスは最後の手段に打って出たのです」
悟空「おめぇ達ここから逃げろ! ここはオラが――」
フェイト「その身を粉にしている悟空が、わたしたちの撤退を仰いでいるとき、空から魔女が下りてきたのです」
プレシア「ここは私たちが食い止める場面よ、あなたはそのまま集中していなさい」
悟空「で、でもよ……」
プレシア「今、なにかいったのかしら……」
悟空「……なんでもねぇ…………おう」
娘二人「……えっと?」
クロノ「コホン! ……圧倒的な力をふるうやつ相手に、悟空は最後の手段に打って出る」
ユーノ「次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第29話!!」
???「『 』」
なのは「あれ? 見えない……?」
フェイト「どうしたのかな?」
ユーノ「なんだか胸騒ぎがする」
悟空「……オラもだ!」
アルフ「まぁ、次でわかるだろ? そんじゃね」