今回の話で、悟空で恋愛モノを書くことが不可能ということを悟りながら、遂にそういった行動を書いた自分。
あぁ、なんだか育児日記でも書いた気分。
さて、美由希氏のリベンジと、意外な逆襲成功と大失敗が書かれた31話。 よろしければ目を通してやってください。
今回はバトルなしです。
家と言うのは住むためにあるものなのだろうか。 ……なにを当然のことをと思うかもしれないが、遠い異郷の地をただ進み、それでも何とか生還してきたものにとっては、この見慣れた玄関先というのはなんとも感慨深いものを心に落とす。
なんだか心が安らかになる。
そう言って離れない帰郷の思いが子供たちの弧線に触れ、そっと目頭を熱くする――まさか、こんな気持ちでこの地を踏むなんて誰が予想できたであろうか。
「すっかり暗くなっちゃった。 きっとみんな心配してるよね……ずっと黙って出て行っちゃったんだし」
「うん……」
そのなかで思うのは理由はどうあれ、勝手に家を空けてしまったことに対する家族への不安。 きっと心配をかけただろう、大変な思いをさせてしまっただろう。 自身が怒られるという心配よりも、まずそれが出てきてしまうあたりなのはは聡明な子だ。
「その心配はねぇぞ」
「え?」
「悟空さん?」
その中で声をかけるのは、結局少女よりも低身長になってしまった悟空。 彼は管理局の制服――クロノのおさがりを着込んで尻尾を振っていた。
その姿に何ら罪悪感がないのは、恭也と士郎との約束を曲がりなりにも果たしたから。 かなり不味い事態は在ったものの、それを切り抜けてきた彼らは、だからこそ揃ってここにいる。
そうして彼は、小さく浮いて、手の届かないインターホンに指を触れるのであった。
「……はーい」
「ん…………」
『……』
聞こえてきたのは美由希の声だった。 何にも知らないというのはこうも幸せなことなのだろう。 彼女はいともたやすく玄関の戸を開くと、そのまま足元に視線を向ける。
「あ、なのは、悟空くんにユーノくんもお帰り!」
「ただいま!」
「た、ただいま……」
「キュウ……」
「あれ?」
悟空は普段通りだとして、なぜか俯いているなのはと小動物に首を傾げる美由希は、なんとも不思議そうな目をしている。 何があったかは知らないが――
「悟空くんの知り合いって人のところに遊びに行ってたんでしょ? 何かあったの?」
「え? わた――「こいつよ、向こうで大失敗しちまってよ。 だから少しへこんでんだ」 悟空くん!?」
「あ、そっか。 うんうん、わたしも稽古が上手く身につかないときとかそうなるからわかるよ。 なのはも大変だ」
「おねぇちゃん……?」
何となく話が変にとおっているこの事実。 実は前にリンディが上手く誤魔化し、それをなのはが寝ている間に悟空へ必死に教え込んだ賜物なのであるが、当然そんなことは知らず。 向こうもこっちも疑問符を作成していく。
「とにかくオラはらぁ減っちまったぞ。 モモコのメシがくいてぇ!」
「あ、ごめんごめん。 ほら、早くはいって~~」
「え、うん」
ここでも軽く流す悟空に、流されるように家へと入っていく皆の衆。 聞こえは悪いが上手く誤魔化すことができた第一関門にそっと胸をなでおろすなのはとユーノ……だが。
「……おそかったな」
「お帰り、みんな」
最終関門が早速やってきてしまった。
この家に住まう男衆が、そろいもそろってリビングに続くドアの前に立ち往生。 まるで仁王立ちで阿修羅で阿吽な彼らたちはとにもかくにも、秘密を持った子供たちには刺激が強すぎる。
そう、それがホントに知られていない秘密なのであれば……だが。
「……!? ご、悟空、おまえ」
「はは、まぁいろいろあってよ。 なんか元にもどっちまった――らしいな」
「ずいぶんと小さくなって」
『……え?』
正確には“元の”ではないのだが、それでも彼等、高町の人間から見たらこの姿こそ本来の姿であり、彼が一番彼らしいと思える形である。 それを、何となく触れてしまった悟空は珍しく『気を遣う』
「とりあえず話はさ」
「え?」
「モモコのメシ食ってからだな。 オラずっと仙豆だけで持たせてきたから、しばらくうまいもん食ってなくってよぉ」
『…………』
汲んだ彼らの思いを、だが決して表に出さない悟空は両腕を後頭部に組んで歩き出す。 しっぽをフリフリ揺らして進む彼に、無言で道を譲る彼らはどこか肩を震わせていた。
おかしい? なにが? ……いいや、ちがうだろう。
怒っているわけじゃないのに、それでも震える彼らの気持ちは推して測れるものではないだろう。 なにをしてきたかは想像すら及ばないし、おそらく相当につらい事であったと、なのはを見ただけでわかってしまう。 それでも彼らは今思う、よくぞ帰ってきてくれた……と。
「あら? 悟空くん、おかえりなさい」
「たでぇま、お? 今夜はから揚げか!! おら揚げ物も好きだぞ!!」
「うふふ。 何となく今日は悟空くんがおなかすかせてる思ったけど――どうやら正解だったようね」
「おいなのは! なにぐずぐずしてんだよ? 早く席に着いて飯食うぞ」
「あ、悟空くん――」
震える男たちを通り過ぎ、あたたかい笑顔を輝かせる桃子の居るリビングへ入ってくる悟空は、テーブルの上にあるものに向かって飢えを抑えきれず、サイレンのような腹の虫を全開にする。 聞こえてくるそれに微笑、さぁどうぞ――とは言わない桃子は悟空を見る。
「そのまえに」
「え?」
「ちゃぁんと、手を洗ってこないとね」
「そうだったな。 帰ってきたらきちんと手を洗うんだったよな。 ほれ! なのは、ユーノ、おめぇたちも一緒に来い。 オラと一緒に手ぇ洗うぞ?」
『……はーい!(キュウ)』
すっと席を離れる悟空はそのままなのはの手を引っ張る。 どうにも引率が多い彼にどこか違和感を覚える桃子さん。 そっと頬に手を置いて、首を傾げる事1秒チョイ。 彼女はここで思い知る。
「~~? おかしいわね。 いつもだったら「手なんか洗わねェでも平気だい!!」ってガツガツ食べてるはずなんだけど……」
悟空が、妙に
――――30分後。
ついぞや終わった夕の食卓。 それに腹をさすって「けふり」と声を上げる悟空はご機嫌に尻尾を振っていた。 何事も……そう、本当に何もなかったかのような振る舞いでこの家に居る悟空。 そんな彼に近づくものが一人、彼は身長176センチの青年――高町恭也であった。
「なぁ、悟空」
「どうかしたんか?」
「いや。 あのさ、お前のあのときの姿って……」
どうしても、本当にどうしても気になったことを聞きに彼はやってきたのだ。 美由希はランニング、なのはと桃子は入浴中、そして士郎は後ろで。
「……ごほん」
わざとらしくせき込んでいた。 そのときに手にした新聞が、昨日の朝刊であり尚且つ上下が逆というのはあえて突っ込まない恭也。 それほどに、彼は今真剣に悟空へ質問したのだ。
いま、この世界に何が起き、お前に何があったのか――と。
「おらか?」
「ああ」
「ん~~」
その真剣さに答えようと、しかし間延びした声はどうしても能天気。 良い加減にいい加減な彼にどことなく焦りの影が差す中で、悟空はそっと頭をかく。 どう説明すればいいのか、というよりこの場合、彼の方が聞きたいくらいの事態なのだが……
「そうだな。 オラ、一回おめぇたちと会った後にさ、いろいろあってなのはたちに会って。 そんでターレスっちゅう“サイヤ人”と戦って……死に掛けて……目が覚めたらこうなってたんだ」
『…………はぁ』
それでもひねり出した答えに、やはり親子は首を傾げるだけ。 その中でも注目された単語は“サイヤ人”と“死に掛けた”という2つのモノ。 前者はついさっき聞いたばかりで、後者はおそらく嘘じゃなく本当の事……あの屈強な身体をもった彼が死にかけ闘いが繰り広げられたことに、どうにか頭だけで理解した士郎たちは、そろってしゃがみ込む。
「いろいろ、なのはが世話になってしまったみたいだね」
「そんなことねぇぞ。 あいつが居なかったら、オラきっと死んでたかんな」
「なのはがお前を? ……そうか」
「そだぞ。 みんなが居なかったら、きっとこうなってなかったと思う」
合わさる視線の中に、どこか物悲しげな光を見つけた父子はそろってあさっての方向を向く。 これ以上はいい。 いつか、あの子が話してくれるまで――そう、心の中で思い描くと、そっと席を立つ。
話し合いはここまでと、拙い説明しかされなかった彼らは悟空を再び見る。 「なんだ?」という顔をさらけ出している彼に、ほんのりと微笑を携えた笑いを浮かびあげると……
「お風呂空いたわよー」
「おまたせー」
「……悟空君。 キミも疲れたろう、お風呂に入ってきなさい」
「そっか? ……んじゃ、おことばに甘えさせてもらうぞ」
「うん」
遠くから聞こえる呼び声に、そっと悟空を送りだすのであった。
彼らはまだ知る必要がないのかもしれない。 悟空の事、なのはの事、ユーノの事。 3人が抱える問題も課題も、今はきっと自分たちで解決しなくてはいけないモノなのかもしれない。 いつか……本当にいつか、自分たちを頼ってくれる。 そんな日が来ることを信じて……
「さってと。 ここの風呂に入るのはえらく久しぶりだなぁ。 はは、そういや今までドラム缶風呂しか入んなかったもんな!」
バスルームで服を脱ぐ悟空。 小難しい服装に多少苦戦しているものの、ズボンのベルトを取ってしまうところまで行けばこちらのモノ。 彼は茶色い尻尾を大きく振るとズボンを放りなげ、洗濯かごにスリーポイントシュート。 さっそく浴室のドアを開――かない!!
「で、オラになんか用か? ――ミユキ」
「あ、あれ?!」
誰もいないと思われた脱衣所の向こうにある廊下に、唐突に話しかけた悟空はそっけない顔。 まるで当然のように壁1枚挟んだ相手を言い当てた彼に、若干の戦慄を覚えつつ、それでも彼を『武道家』と認識している彼女は特に考えずドアを開けて見せる。
「先週は、結局何にも出来なかったからね」
「なにいってんだ? 先週?」
「うん。 あのとき背中洗ってあげるっていったのに何にも出来なかったのはダメだと思うの」
「……なに言ってんだ、おめぇ」
どことなく……そう、いつかのように悪戯心を刺激された意地悪なおねぇさんのモノとは違う。 下を向き、なにか一大決心する彼女はメガネをはずす。
士郎の家系はどこか義理堅い。 言ったことを守れなかった時は深く後悔し、遠い未来にまで引きずっていく――所謂“頑固”というわけなのである。 それが……この娘にも脈々と受け継がれていただけの話。 それがわかるはずもない偽少年悟空は首を傾げる。 というより、この男、彼女がいつの話をしているかもわからん始末な物であって――
「おら別におめぇに身体洗ってもらわなくってもへいきだぞ? 一人で出来るからいらねぇぞ」
「……そう?」
極とうぜんにかえして……
「それにおめぇの裸なんて見たって、オラ得しねぇもんな!」
「――――カチン!」
決して、言ってはならない事をはじき出してしまう。
「下手すっとシロウかキョウヤの奴に今度こそ殺され――ん?」
だが、勘違いしてはいけない。 これが今までの無神経からくる発言ではなく、彼なりの配慮と遠慮からくる気遣いなのだと。 息子しかいない彼は、だからこそそうである者に対して慎重になったのだ……完全に言葉選びを間違っている事を除いてだが。
「そう……」
「なんだミユキ。 おめぇ気が急に膨れ上がったんじゃ……!!」
氷河期が到来した。
それは孫悟空が苦手な季節……冬を連れてくることを意味し、彼が目の前の驚異から逃げ出せないことの暗喩として成り立ってしまう。
「悟空君、いま何て言ったの?」
「え? 下手すっとシロウ――「その前!」……なぁ? いきなりどうしちまったんだよ」
「私の……」
「お、おい」
震える悟空。 こんな殺気はピッコロにですら向けられたことはない。 凍えるハートに火は点かず、消えゆく闘志に美由希は追撃の手を緩めない。
「私の胸は残念なんかじゃなーい!!」
「オラそんなこと一言も――!! うぎゃああ! は、はなせーー!! 尻尾掴んでふりまわすなあ!?」
「こうなったら意地でも全身洗ってやるんだから!」
「こ、こういう変なところで怒りやがって、そういうとこおめぇたちそっくりなんだからよ……あ! ちくしょ! うわーー!!」
自他ともに認める16歳の女子と、他称16歳の孫悟空は、喧噪を振りまきながら湯煙の中へと消えていくのであった……南無。
それから10数分間の戦いがあった。 ほんの少しキレた美由希がバスタオル1枚で悟空の背後を取り、それを残像拳で回避され。
「それは恭ちゃんとの特訓で――『心』!!」
「お!? 本体だけ狙ってきやがった!!」
手刀、抜き手を繰り出し悟空をさらに追い詰める。 ……正直、今の美由希は稽古よりも実力を発揮していた。 それがひとえに悟空のもつ、ある種の『対戦相手と共に力を増していく』という、厄介な性質の賜物なのであるが、そうとも知らずに彼女たちの攻防は続いていく。
「この!? なんてすばしっこい――」
「へっへーん! 目ばっかりに頼るからそうなるんだ」
ここで得意の気の講座。 美由希の怒涛を躱しつつ、悟空がゆっくり語りだすその刹那。
「ぐえ!」
「……いま、何かを掴んだ気がする」
美由希の中に芽生えた何かが、悟空の動きを捉えさせて右の足を彼の頬にフィットさせる。 踏みつぶしたカエルの様な鳴き声を上げた悟空はそのまま湯船にダイビング。 大きな柱を築き上げるとそのまま潜水艦のように沈んでいく。
「あ……すこしやりすぎちゃったかな」
それを見た美由希は、なにやら右手を開けたり閉じたり……掴んだ感触を離さないように、それでも悟空を心配しながら湯船に近づく。 ちょっと大人げなかったか? 同年代の筈なのに大人げとはこれいかに、そんなことを思う美由希氏はここで異変に気付く。
「!!? お、お風呂が――光ってる!?」
「ぶぐぶぐ――」
「え? ……ええ!?」
膨れ上がる水かさに、いきなり現れる大きな背中。 それが湯から這い上がると、それは……その『男』は声を上げる。
「はー! 今のは効いたぞ!!」
「……」
「なんか一瞬だけキョウヤが使ってた技みてぇだったけどな……でも、少しだけ荒いな。 あいつのはもっと『すっ』と入ってくる感じだったはずだ」
「…………えっと」
そのすがたは屈強なる鋼の戦士。 鍛え抜かれた全身は、それそのものが強力な武器となり鎧となる。 どうしてか傷一つなく、明るい肌の色は健康的な輝きを周囲に放つ。
美由希は……一瞬だとしても心を奪われてしまった。
こんな、きれいな身体を作り上げることが出来るのかと。
「…………はぁ……」
「ん?」
あたまの上からつま先までを、ゆっくり辿ろうとする美由希の目線。 黒い頭髪に、張った大胸筋、引き締まった腹筋と、たくましく根付いた脚部には…………行か――ない!!
腹筋から太ももに視線が移動するときであった。
そのとき! 美由希の視線が一点集中!!
腹部から下に向けられたそれは、その衝撃と絶妙な視界具合とが相まってしまい、彼女の内で激しいまでの恐慌を生んだ。 それでもあまりにも強い刺激と不可思議さがぶつかり合い、彼女の心の中で『正』と『負』の感情が渦巻いていく。 つまり! いま、彼女の中はプラスとマイナスの感情で『ゼロ』に――美由希が放心状態になるのは必然であった!
「お、おーいミユキーー?」
「…………ほ」
「ほ?」
そんな彼女の状態に気付けなかった悟空はここで最大の痛打を行う。 触れなければよかったものの、既に手遅れ。 彼女の、まるで均衡が取れていたヤジロベーを思わせる心の内が、プラスかマイナスか……どちらかに力が傾いてしまう。
開けられたままだった口から、盛大な声が放たれるのは仕方のない事であった。
「ほぎゃあああああああああああああ!!」
「まいったなぁ」
「いいいいいやあああああああああああ…………―――――!!」
「こりゃオラ死んだな。 はは……」
密室という絶対に逃げ場のない空間の中で、身長を50センチほど伸ばした孫悟空は、自身より10ほど年下である彼女の悲鳴をバックミュージックに、床を強く叩く足音を感じて背筋を凍らせるのであった。
鬼が3匹、飛んでくる。
「美由希! いったい……なにが」
「おい悟空! おまえ……また……」
「おねえちゃん!! どう……した……ふしゅ~~」
鬼が3匹、機能不全で固まっていく。
なんとか事態が冷めていく風呂場にて、自意識を喪失していく高町の面々を置いて、悟空はそっと足を運ぶ。 空中に制止したかと思うと、そのまま空間を蹴って次の歩を進めていく。 武空術のなんと無駄な運用方法か、こんな彼の姿がなんと無様か……
「おら……しーらね――っと」
そんな無様な最強の戦士は、いま、そっと風呂のドアを閉めるのであった。
…………数分後。
「んくっ……んくっ……ぷはあーー! うめぇ!!」
「牛乳をあおってる場合じゃないだろッ!!」
「……すまねぇ」
「まったく。 おまえが“あんなもん”見せるから美由希もなのはもショックで寝込んじまったんだぞ」
「正直、すまねぇと思ってる。 今回はオラが完全にわるかった」
牛マークの入った白い瓶を透明にしている悟空に、獅子が如く咆える恭也の図が出来上がっていた。 それも当然であろう、あの幼い体型ならまだしも、こうも逞しく完成された肉体の成人男性が自分の妹と入浴していたのだ。 これに驚愕し、怒号を上げない兄は兄ではない。
そんな彼に、やはり今回は申し訳がないと思っているのだろう。 悟空は持っていた牛乳瓶を半分だけ空にすると、そのまま椅子に座りだす。 ちなみにこの時の彼の服装だが、士郎の着ている服の一番大きいサイズを桃子が駆け足で取ってきたとだけ明記しておこう。
「いやー、それにしてもあんなタイミングでオラの身体が元に戻るとは思わなかった」
「もと……?」
「という事は悟空君、キミはその姿が本来のモノ――ということかな?」
「ん~~そうなんのかな?」
『……?』
いまいちハッキリしない悟空の言葉に、そろって首を傾げる高町の男衆。 構うことなく流れていくテレビの中の雑踏が吹き抜けていく中、悟空がおもむろに指を立てる。
「実はオラ自身もよくわかんねぇんだけど……」
「いいよ。 キミがわかるところから話してくれれば」
「すまねぇ。 そんじゃまずよ、オラがおめぇたちと初めてであったんが16のときだろ、そっから3年後の天下一武道会で優勝して、そんでさらに4年経った」
「つまり、7年?」
「……あ、そっから更に1年経ったんかな。 でも、その1年経つまでがまた複雑なんだ」
「ん」
ゆっくりと遡る自身の記憶。 士郎のフォローが入りつつ、悟空は上げた指の数を『3』『4』と変えていくとその手で前方を仰ぐ。 変わる仕草と表情と、身を包む雰囲気が一気に強張っていくのを士郎はおろか恭也にですらわかる。 ……これから、とんでもないことを聞かされるのだと。
「まず、サイヤ人っちゅう奴らと戦うことになってさ」
「サイヤ人?」
「そだ。 そいつら、とってもわりぃ奴らでさ。 そんでそこからだな、オラの周りが急激に変化したのは」
「……急激に」
「あぁ」
それはとある最強部族の名前。 流浪の民である野蛮な猿の末裔であり、一説には大猿が知性をもって、より自身の本能を全うできるように『進化』した姿とも言われるその者たち。 彼らの襲撃により、孫悟空の戦いは確かに一変した。
その話だけでも、士郎たちには既に重すぎた。 おそらく宇宙に生きる者たちの襲撃を彼はきっと何とか凌いだんだと……そう、勝手の思いこんで。
「最初が、オラの兄貴っちゅう奴が来てよ。 そいつと戦うのはよかったけどな、そん時のオラとアイツの実力に差が付きすぎてた」
「悟空の兄貴……!?」
「兄弟でまさか――」
「まぁ、士郎が思った通りだと思う。 話を戻すぞ? 最初に対峙した時は完敗だったが、そこにピッコロが手を組もうやってきたんだ。 前ぇに話したろ? オラの命を狙って、天下一武道会で戦うって言ってた奴だ。」
『…………』
段々と薄暗くなる話に、思わず手に汗を握っていた士郎と恭也。 悟空の顔が、あの天真爛漫だった顔がここまで真剣になるとは思わなかった彼らは、自身が考えていた『予想』という安易な考えを徐々にかき消していく。
「そんでピッコロと手を組んでなんとか倒したんだ」
「二人がかりで……やっと」
「そうだ。 けど、オラが道連れにしてなんとか――なんだけどな」
「みちづれ……? ――道連れ!?」
「と、という事はキミは!!」
「ははっ! オラさ死んじまっただ!」
『え? ぇええ!!?』
笑ってる場合なのか? 悟空があまりにもあっけらかんと言うもんだから、一瞬なにかの冗談だと受け取り、しかし悟空がそんな冗談をひとに言うとは思えない士郎は思わず立ち上がる。 ガタリと鳴らした椅子が、大きく後方に飛ばされていく中、悟空はきっと空気を読んだのであろう。
「ま、それからいろいろあってさ。 ナメック星っちゅうところで、“フリーザ”ってヤツと星が爆発する寸前まで戦ってたんだ。 あいつは結局オラが見逃しちまって、別の奴が倒したんだけどな」
『星……爆発……?』
かなりの大事を、かなりの速さで省略した悟空に悪気はない。 ただ、こんな暗くなりそうな話をさっさと切り上げてやろうという考えのもと、右手を上げ、後頭部をかく。
「ちょっと待て!」
「お?」
「お、おまえ……死んだんだよな」
「そうだけど、それがどうしたんか?」
「い、いや――なんで生きてんだよ?!」
「た、たしかに話がおかしい。 道連れになったというのならば、今ここにいる悟空君はどういうことなんだい?」
「ん、それはな――」
『ゴクリ』
そんな悟空に盛大なツッコミを入れる親子に、「実は――」などと得意そうな顔になる悟空。 その彼の答えは至極簡単だ。 彼は文字通りに……
「生き返らせてもらったんだ」
『生き返る……』
「そだ。 ドラゴンボールってのがあってな、こんな拳ぐれぇの大きさの中に赤い星が入った球があってさ、それを7つ集めて出てくる『神龍』っていうデカい龍いてよ? そいつは“どんな願いでも1つだけ叶えてくれる”んだ」
「ど、どらごんぼーる?」
「シェンロン? ……龍!?」
答えて見せる。
だんだんと見えてきたからくりは、途方もないくらいに荒唐無稽。 ありえないという話題だが、それでも彼らは信じることが出来そうで……それは、『初まりの朝』にみた不可思議がすべてを結果へと収束させていく。
「そ、そうか!?」
「シロウ?」
「あ、あの時の――あの朝の龍が……神龍!!」
「……え?」
「キミをこの家に招いたとき、あの朝に僕たちは出会っていたんだ。 あの緑色の巨大な龍……あれがきっと神龍というものなんだろ!?」
「緑……た、確かに色はあってるけどよ――でも」
跳ね上がる士郎に後ずさる悟空。 いきなり大声を上げる彼に対して悟空は少しだけ困惑の色を見せた。
「でもよ、幾らなんでもさすがに神龍はないと思うぞ。 もしもこんなとこに現れたら、それこそ大騒ぎだしさ――」
「ああ!!」
「……今度はキョウヤか。 いってぇどうした?」
「お、俺――おまえが言ってた球を持ってるかもしれない!!」
「――いい!?」
ついに、ついに思い出し告げられた重大事項。 ドラゴンボールがこの世界に存在するかもしれないというその話は、さしもの悟空ですら驚嘆し、狼狽する。
「ど、ドラゴンボールが!? ど、どこにあんだ、見せてくれ!」
「お、俺の部屋に―――いま、持ってくる!」
「こりゃあもしかすっと――」
「悟空君?」
走る恭也を見送りながら、悟空はそこで少しだけ微笑んだ。 見えてきた光明を、そんな表情を醸し出す彼に士郎は少しだけ置いてきぼりを喰らう。 それもそのはずだろう、いま、悟空が考え付いたそれは、なのはとユーノですらその事実を知らない『とある女性』を救うための策なのだから。
「持ってきたぞ」
「すまねぇ……こ、これは!?」
「ホンモノ……なのかい?」
「……」
見つめた先には待っていた。 青年が、悟空が見つけ見つめるその瞬間を。 オレンジの水晶に、赤く添えられた4ッ星が、それが間違いないモノであると証明させていく。 彼になじみが深すぎるそのモノの名は――
「四星球! じっちゃんの形見の四星球じゃねぇか!!」
「スーシンチュウ……これはそう呼ぶんだね」
「スー……4か」
「よ、呼び名なんかどうでもいい! キョウヤおめぇ、これどこで見つけたんだ!」
それを叫ぶ悟空は思わず恭也に駆け寄った。 この形、この輝き、どれをとっても偽物には思えない……そう、長年共にしたこの
「お、お前が初めて俺たちの前に現れたところに落ちてたんだ」
「初めて……?」
「そして悟空君、キミを見つける前に僕たちはおそらく神龍に遭遇している」
「……そんなことが」
「これは、どういうことなんだろうか」
「どうって、それはオラも知りてぇよ……」
神龍、悟空、ドラゴンボール。 この3者を同時刻に見つけた彼らの懸念は大きくふくらむ。 なにか大きな力の作用を肌で感じつつ、それでいて何もかもがわからない状況は実に気味が悪い……しかも。
「それでもこれはおかしいぞ」
「どういうことだい?」
「か、仮にオラがこうなって。 ここに来たのがドラゴンボールのせいだとしてもよ。 願いを叶えたドラゴンボールは本来、一年間は石になっちまうはずなんだ」
「だ、だがこれは――」
「そうだ、ただの普通のドラゴンボール。 これ自体がまず、おかしい」
『ううむ……』
あまりにも“制約”を外れたこの状態を悟空は疑問に思う。 恭也から四星球を受け取ると思わず天にかざして向こう側を透かして見てみる。 これで何かが判るわけではない、それでも、何となくとってしまうこの動作は、なぜか悟空の気持ちを落ち着かせる。
「前に一度だけ“例外”があったんだけどな、今回もそれが起きてる……わけでもなさそうだし」
「??」
「こんな時に界王さまに聞ければ――!! あ、そうか! 界王さまだ!!」
「え?」
そして気付いた打開策。 そう、分らないのならば聞けばいい! そう思い、右手人差し指をコメカミに当てて、ゆっくりと深呼吸。 あたりいn自身の気を張り巡らせると、天に向かって飛ばしていく。 ――――そして。
「あ、あれ!?」
「悟空……?」
「か、界王さまの気を感じねぇ――どうなっちまってんだ?」
ここでもまた、彼は大きくつまづいてしまう。
「いくらなんでもあの世にいる界王さまと話ができねぇなんて……そんなわけが――」
「おい、悟空。 少し落ち着け」
「――あ、お、おう。 すまねぇ」
狼狽する回数が明らかに多い悟空に対し、制止の掛け声をあげる恭也に、すこし、機を落ち着かせる悟空。 遠い宇宙ではなく、壁を隔てた天界に住まう住人の方が遥かに会話がしやすいのは彼自身、ナメック星にて経験済みである。 それがこうもうまくいかないのだから彼の落ち着きのなさは仕方がないと言えよう。
「さっきからどうしたんだ。 おまえらしくない」
「実は、界王さまっていうオラがあの世で世話になった人なんだけどさ、さっきから話ができねぇんだ」
「はなし? そりゃこんなところからじゃあの世なんて――【こんなふうに心で会話ができるんだけどよ、それがどうにも……】――うぉ、びっくりした」
「い、いまのは……もしかして心に直接――(まるで“あのひと”のような事を……)」
「そうか、それでさっきからそれをやってるけど――」
「ああ、全然はなしができねぇ」
悟空の業に驚愕した恭也と、どこか懐かしいモノを感じた士郎もここで声を途切れさせる。 3人そろって首を傾げ、打開策を講じているさなか、悟空の中にとある声が響いてくる。
【悟空君……聞こえるかしら?】
「ん?! この声……リンディか。 どうかしたんか?」
【念話の扱いは可能……と、魔力の源であるリンカーコアが無いのになんてまぁ……】
「……話してぇことがあるんじゃねぇんか?」
【あ、ごめんなさい。 まさかホントにできるとは思わなかったものだから。 普通、次元空間を隔てた交信は出来ないはずだし……ね?】
「お、おい。 悟空、おまえさっきから誰と話してるんだ?」
「悟空君?」
それはリンディ・ハラオウンの声であった。 悟空が使う会話……所謂テレパシーとはまた違う、自身の中から響いてくるような感覚に妙な思いを抱きつつ、彼はそのまま片手を士郎たちに向ける。
【リンディ、少しだけ待っててくれ。 いま、士郎たちも一緒に話に入ってもらうからよ】
【え!? ちょっと――】
ブツリと強制的に念話を切った悟空は、そのまま恭也たちに背を向ける。 指をコメカミに当てたまま、意識を集中させながら……
「おめぇたち、オラの肩に手で触れてくれ。 一緒に話しすんぞ」
「お、おう?」
「……わかった」
彼らを交えて、テレパシーを飛ばしていく。 まるで界王がやっていたモノに近いこの技法は、おそらく彼女との距離が近いからこそできる手段。 それを今、悟空はやってのける。
「またせたな、これで普通の会話とさほど変わらないはずだ」
「……これはまた驚きね。 こんな風に声が届くなんて」
「この声はこの間の」
「ハラオウンさん……でしたか。 なぜあの人が」
始まる4人での会話。 初めて会った時もそうであったが、彼女のなんてきれいな声だろうか。 そう思うのもつかの間、悟空は手っ取り場約話を進めていく。 そう、これもまた彼女と青年が初めて会った時のように。
「オラになんか用だったんだろ? どうかしたんか」
「え、えぇ。 実はあなたにやってもらいたいことが出来てしまいそうなの」
「しまいそう……やけにはっきりしないですね」
「まさかまた、悟空が何かと戦うんじゃ――」
何やら難しそうな事情を帯びた声だったが、それに容赦しない士郎たちは少しきつめに声を出していた。 当然だろう、悟空が死に掛けたという話は既に聞いている。 そんなことをまたさせてしまうのかという自責の念にも似た感情が沸々と湧いて出てしまったのだから。
「あ、それは心配なさらないでください。 戦闘とは無縁なものですので……もっとも、面倒な事ではあるのですが」
「は、はぁ」
「で、オラに何してほしんだ? こういう前置きがなげぇのはおめぇの悪いところだぞ。 界王さまよりもなげぇんじゃねぇンか?」
「…………もぅ」
心配するなという声と、結局面倒事――という言葉に若干ながらため息を吐いた士郎をそのままに、悟空は続きを促した。 彼女から出た嘆息にも気づきもしないで……
「この間の事件、本来ならばそれ相応の事をしてしまったプレシアさん親子に、それなりの“対応”がされるのだけど、今回はなんといっても黒幕があぁなってしまったでしょう?」
「……ターレスの事か」
「えぇ。 本来だったら裁判やら何やらが起こる事件そのものの記録事態が抹消――だなんて話も上がりそうなの。 正直、わたしからしたら何を考えてるかわからない処置ですけど」
「……別にいいんじゃねぇんか? みんな無事だったんだしさ。 だったら――」
「悟空、お前意味が解ってないだろ」
「お?」
「裁判はいいとして、記録が抹消されるという事は、お前やなのはがやってきた頑張り事態がなくなるってことなんだぞ」
「……なんでだ?」
「なんでって悟空君……」
皆が呆れる中で、悟空は一人“わからない”という顔をした。 だってそうだろう、どうしてそんなことを言うんだ? 悟空の問いは、皆の心に浸透していく。
「アイツ等がやった事自体はそのままあいつらの中で“生きる”はずだ。 この先何年、いくつになってもだ」
「……あ」
「それだけでも十分だとおもう。 それでも足りねぇってんなら……そうだな。 オラができる範囲で、あいつ等になんかしてもいいって、オラおもうんだ」
「そう……か」
「なるほど、キミらしい」
「ふふ、悟空君ったら……随分と大人らしい対応ができるのね」
「まぁな。 一応、それなりに歳食っちまったしな」
『ははは!』
その中で「悟空自身の分は?」という声も上がりそうだったが、そこはあえて皆は伏せたようにも見えた。 彼自身、きっとそんなものは求めていないのだろうと、いったい何人の者たちが理解できただろうか……おそらく、ここにいる者ならば皆がわかることであろう。
「……ふふ。 とりあえず、話しをもどすわね」
「おう」
「今回、一応、プレシアさんとフェイトさんが証人という立場に、そしてあなたには“サイヤ人”というものが実在するのか、という生き証人になってもらいたいの」
「生き証人? どうすりゃいいんだ?」
「それはまた今度じっくりと。 ……それで実はあなたにはこちらの世界に来てもらいたくて。 それで今回連絡させてもらったの」
「こちらの? おめぇたちのって事か?」
「ええ」
「悟空が……異世界にってことですか?」
「そうね恭也さん、あなたの言う通りになるわ」
「……」
ようやく入る本題はまさかの別れの話題となって。 いつからいつまで? という言葉が即座に浮かんでくる士郎たちは、それほどに悟空の身を案じていたことがわかる。
「だったら早く済ませちまうぞ。 いますぐ――」
「あ、さすがにそれは出来ないから。 そうねぇ早くというのなら、明日にでもクロノを迎えによこすわ。 そしたら転移でこちらにまでやってきてもらうから」
「迎えが来んのか? ……そんじゃ、いっか」
「……?」
一瞬、悟空がさらに意識を集中するときに出た言葉は、そのまま彼をその場に留めるに至る。 いくらなんでも性急すぎて火急に過ぎる彼に、どうかそのままでと押しとどめたリンディは背筋に汗を流していた。
「これはスケジュールの前倒しを……」
「なんかいったか?」
「いいえ? なんでもないわ」
『?』
その彼女の呟きをそろって聞き逃してしまう男どもは、実はかなり根本の方が似通っているのかもしれない。 そんな彼等にほんのりと笑みを浮かべ、リンディは話を終わりに向けていく。
「それでは明日の朝10時ごろ、クロノをなのはさんの自宅へ向かわせます。 それまでに必要な荷物を――と、あなたは特に用意するものなんてないわよね?」
「はは、まぁな。 手荷物なんていつも持たねぇしな、ゆっくり待たせてもらうさ」
「そうね。 それじゃあ今日はここまでにしましょうか。 もう、夜も遅い事ですし」
「そうだな」
「では、また明日」
「おう!」
ついに終わるテレパシー。 そして悟空は士郎たちに向き直り、笑顔をもって声を上げる。
「ってことだからよ。 明日、なのはたちにあいさつ済ませたら、オラむこうに行ってくる」
「行ってしまうのか。 随分と寂しくなるね」
「お前が居ない3日間はとても家が静かで。 なんというか、妙な気分だった――正直、俺はああいうのは苦手だったんだけど……な」
「大ぇ丈夫。 すぐ帰って来るさ。 なのはたちとの約束もあるし――な!」
同じ語尾で返した悟空は、そのままゆっくり席に着く。 ふわりと揺らした長い尾を、自由に宙に浮かべたままに彼はそっと部屋中を見渡す。 まるで焼き付けるかのように、まるでもう一度帰ってこようと決めていく様に。
「…オラも、いろいろとやり残しがあるしな――3年後、か………」
「悟空君?」
「――ん? いや、なんでもねぇ」
孫悟空は、いま、来るはずの“そのとき”を夢想し、遥かなる空を窓から見上げていた……夜は、更けていく。
翌朝――8時。
朝、差し込んでくる日差しが窓枠から溢れ出し、その輝きが部屋の中を大きく温める。 日向ぼっこに似た感覚を作り出すソレは、中にいる人物の睡魔を益々増進させていくには十分であった。
聞こえてくる鳥のさえずる声が、まるで子守歌のように耳に届くのもなんと風流なことか。 学校もない、用事もない、高町なのはは今、最高に気持ちのいい夢を見ているのである……それを。
「――……っと、やっぱ歩いて来るべきだったかな? ま、いいや」
「んにゅ~~」
「……キュ」
まるでコマ送りのように現れたものが居た。 身長175センチの山吹色のジャケットを羽織る青年が、風を押しのける音を奏でながら“そこにいた”
「なのはとユーノの奴、いつにも増してネボスケなのな……疲れてるし無理ねぇか」
「……んん」
「ムキュ……」
「……はは」
実はかなり犯罪ギリギリのこの手段、しかしなんでもないようにこなす青年はおかしそうに笑う。 だが彼の視線の先に居るこの娘、こんな大きい笑い声にすら微動だにしない。 どことなく苦戦を予感させる寝つきに、悟空はおもむろに両手を開く。
「――」
パン……と、空が爆ぜる音があたりに響く。 両の手の平を合わせただけのこの音に、しかしそれがどうしてだろう。
「……むぅ」
「お、目ぇさめたか?」
「んーー」
「ありゃりゃ。 まだ目が開いてねぇなこりゃ」
高町なのははゆっくりとその身を起こす。 上半身だけの起立だけの彼女は、そこで動作の一切をやめる。 まだ、夢の世界に両足を突っ込んでいると見るや悟空は……彼女を抱き上げる。
「もう、起きねぇとな。 さすがにオラもまてねぇし」
「もうちょっと……」
「だめだ、ほら、今日着る服を選ぶんだ」
「は~~い……」
洋服を選ばせ、悟空はそのまま部屋のドアノブを握ろうとする。 ここからはレディの時間だ……砂漠のオオカミが居ればそんなキザなセリフを吐くのだろうが、悟空はただ、彼女が自分で出来るであろうという確信のもとに動いた……はずだったのに。
「むぐぅ……」
「あ、あいつ。 立ったまま寝てやがる……こりゃダメだなぁ」
見事外され、そのまま彼女のもとに歩き出す悟空。 そうしてしゃがみ込んで頭を撫で、ゆっくりと少女の両手を握ると。
「ほれ、バンザーイ!」
「ざーい……」
なのはのパジャマを、ゆっくり脱がしていく。 ボタンにあくせく、器用に脱がすと今度はキャミソールをベッドに放っていく。 なのはの手を自身の肩にかけさせ、片足を上げさせればズボンを脱がす。 ……なにげ、かなり慣れた手つきである。
「……これで、良し」
「んむむ……」
そうこうしてる間に、新しい衣服に手と足を通したなのはは、リボン以外は外出用のそれとなる。 結ってない髪型は、母親である桃子をそのまま小さくしたようであり、将来性を感じさせる。
そんなことですら悟空は微笑ましく。 いいや、それとは別の意味で微笑んでいる彼は、そのままユーノを掴みあげると。
「――――……」
空間を、小さく鳴らして消えていくのであった。
「到着!」
「お、悟空!? おまえいきなり消えたと思ったら……」
「悟空君。 いままでどこに――あれ? なのは?」
彼は、高町家一階のリビングに現れていた。 一緒の早朝のランニングを行なっていた彼が、折り返し地点でフラッといなくなってから30分過ぎ。 ようやく見つけた彼は、なのはとユーノを文字通り携えていた。
「いや、こいつらにもやっぱ、一言くれぇなにか言っておかねぇと思ってよ」
「……あ」
「そうだね」
「悟空君?」
納得する彼らに、朝食を作っていた桃子だけが首を傾げていた。 無理もないだろう、事実を知っているのは男衆だけ、その中にどうやって入れるものか……桃子はただ、フライパンの中身を宙に投げるだけである。
「ごちそうさまでした!」
「でした……あれ?」
「お、ようやく目ぇ覚めたみてぇだな」
「悟空……くん?」
食事も終わり悟空が片手で腹をさする中、小首をかしげるなのはは目の前に居る男に視線を飛ばす。 霞がかっていた脳内も徐々にクリアになって、今現在、自身が置かれている状況を理解し――
「あれ? ごはん食べ終わってる……いつのまに」
「ずいぶんとノロノロ食ってたけどな。 目玉焼きなんて皿の上でかき混ぜられてたぞ」
「そうなんだ……」
やけに黄色がかっている皿を理解し。
「もう9時か。 結構遅くなっちまったな」
「え?」
「今日な、少しばっかり出かけんだ」
「そうなんだ」
2回目になる「そうなんだ」をつぶやいて、彼女の視線は上を向く。 ホントに大きくなったんだとつぶやいて……呟いて……
「あ、あれ!?!? 悟空くん!!」
「どうした?」
「お、おおおおお――大きくなってる!?」
「そだな」
「……そだなって……えぇ~~」
肩口を大きくズラシ、悟空に向かってご飯粒を飛ばすなのは。 首を振ってそれを躱し、席を立ちあがって冷蔵庫まで歩いていく悟空。 扉を開け、中から紙パックを取り出すと、そのまま透明のコップを白く染めていく。 それをなのはの前にコトリと置くと、彼はそっと微笑む。
「なんかよくわかんねぇんだけどな。 どうしてかこうなっちまった」
「……はぁ」
「“これ”含めて、今日はリンディ達が居るところに行くことになったんだ」
「……え? リンディさん?」
何となく、なのはの声のトーンが下がったかもしれない。 1音階のそれは確かにはっきりと周りに伝わる。 彼女は感づいたのだ、この瞬間に……彼が、この家からいなくなってしなうのであろうかと。
「そ、それじゃあ! 悟空くん、ここからいなくなっちゃう――「あ、モモコ! 今日の晩飯は魚がいいな。 あんとき食った……ホッキ? が食いてぇ」……あえっと?」
「ふふ、ホッキじゃなくってホッケ……ね?」
「そうそう! それそれ」
「悟空……くん?」
「どした?」
「どしたって。 悟空くん、リンディさんとこに行っちゃうんでしょ? それだったら――」
「行くだけでなんでそんな顔すんだ? 大ぇ丈夫、すぐ帰って来るさ」
「…………」
どこからあふれて来るのか、確かな自信を持って答えた悟空に、既に不安の色を消したなのは。 それでもと、残りわずかにくすぶってしまう暗い影を……
「オラがおめぇと約束して、破った事なんてねぇだろ? さっさとそれ飲んじまって、歯ぁ磨いちまうぞ」
「……うん!」
颯爽と追い払ってしまう眩しいくらいの笑顔が、なのはの心を大きく照らすのであった。
そうして1時間が経ち、高町のインターホンの音色が家中を駆け巡る。
「おっす! クロノ、お疲れ様だな」
「……あ、あぁ」
「どうかしたんか? 死人でも見たような顔してよ……いや、半分は間違ってねぇんか?」
「……おまえ、背丈が……」
「昨日な、風呂に入ったら元に戻ったんだ」
「……お湯被って変身? そんなの余所でやってくれ」
「?? 何言ってんだおめぇ」
「なんでもない」
やってきた黒いスーツの男の子に、朝一番のあいさつをしてやった悟空。 あらかじめ予想していた背丈の1.5倍ほどの高さに思わず後ずさった少年は、そのまま見上げてため息を漏らしていた。
「奇想天外にも、程を作ってくれ……たのむから」
彼の疲れは、朝一番からクライマックスであった。
「さってと、そんじゃなのは、ユーノ、出迎えはここまででいいぞ。 オラたちはこっから一気にリンディ達が居るところまで行くからよ」
「うん、気を付けてね」
「悟空さん、ボクもついて行った方が――」
「なに言ってんだ、面倒事はリンディたちに任せて、おめぇたちはここでゆっくり待ってりゃいい――な?」
「はい」
「ここで「オラたち」と言わないところ、押し付ける気満々だな」
「……まぁな」
「臆面もなく……まったく」
さて……と。 コホンと鳴らしたクロノの喉に、そろって視線をのばす3人と、後ろにひかえる高町の一行。 既にある程度の事情を理解し、それでも黒いスーツを着た男の子の正体を知らないモノもいるこの中で――
「さてと、そんじゃ早く行こうぜ。 晩飯のホッケを食いそびれちゃ、それこそ死んでも死にきれねぇしな」
「……なにを言ってるんだ?」
「え?」
クロノは、悟空の発言に眉を吊り上げていた。
「“向こう”に行ったら、手続きから説明やら会議やらで……少なく見積もっても半年は帰ってこれない。 ……もちろん、キミだからって特例で次元転移もおそらく認められないだろう」
「そんな!?」
彼から言われたのはなのはにとって衝撃が強く、より一層効いたのはやはり奥の人間に聞こえないように小声で言われた“そっち側”の会話であろうか。 半年、それを聞いただけで少女の胸が締め付けられる。 3日で不安につぶされそうだったのに、其の何倍の時間がかかるなんて……そんなクロノの言葉に。
「……ん? それがどうしたんだ?」
『え?』
悟空はただただ、不思議そうな顔をしていた。
「悟空……くん?」
「いやよ、おめぇたちの“事情”ってのは何となくわかっけどさ」
「……あぁ」
「でも、オラが勝手に帰る分には何の問題もねぇんだよな?」
「まぁ……出来るのならば、だが。 しかし“むこう”と“こちら”を行き来するなんて、魔導師ですらないキミ個人ではまず――」
その悟空に、現状を理解してほしいクロノは思わず両腕を組んで青年を見上げる。 できないと、言い聞かせるような彼の言葉は確かに正論だ。 “魔法以上のなにか”を持ってこない限り、キミがやりたいことなど到底不可能だ――と、告げようとしたのだろう。 クロノは若干暗い顔をして――
「へへ……オラ、新しいワザ手にいれたんだ」
『あたらしい……わざ?』
「おい悟空! それはいったいなんなんだ!?」
悟空は正反対の笑顔を振りまいていた――それもとびっきりの。
ウルトラC? いいや、Z級の何かを携えた悟空の笑みに、どこか感づいたのであろう。 「まさか」などと呟いたクロノに、悟空は指先を天に向けて説明を……
「聞きてぇ?」
「……あぁ」
「ああいいよ」
口にし始める。
「オラが前ぇに流れ着いた、“ヤードラット”っていう星で教えてもらったんだ。 あいつ等、力は大ぇしたことないけど妙な技を使ったりしてさ。 そんで1個だけ出来るようになったんだ、えらく苦労したけどな」
「……ごくり」
思わず固唾をのんでしまった。 もしかしたらこれからの管理局の歴史を左右しかねないことをこの男はするのではないか……いいや、既にしているのだが、そんなことですらんも霞んでしまうような雰囲気を感じたクロノは思わず片手を強く握っていた。
えらく静まり返る周囲に、悟空は得意げな表情。 そうして彼は、ついに今までの不可思議な現象を口にする。
「“瞬間移動”ってヤツが出来るようになったんだぜ?」
『瞬間移動!?』
ま、まさか……などとのたまうクロノ。 それに合わせるかのように周囲がどっと沸く。 磨きがかかった彼の超人振りと、その既に武道家から逸脱し始めた『業』に興味を抱いた高町の恭也さんは――
「どんな技だ、やって見せろ!」
「みてぇ? わかった」
ほんの少し、言葉が乱暴になっていた。 それでも気にせず、悟空は人差し指と中指を立てて、それを額にくっつける。 これにより頭部へ『点』の刺激を与え集中力を高めていく……そして悟空は――
「よし、そんじゃあ……そうだな。 アイツのとこにいってみっか」
「……」
「そんじゃバイバーイ!! ――――……」
『あ、消えた!?』
彼は、わずかな音と共にこの世界から消えてしまった――と、思いきや。
「ただいま!」
『!!?』
ほんのわずかな時であった。 彼はまた、もとの位置で手を振っている。 はた目からでは錯覚かと思えたこの現象に、恭也はたまらず指をさす。
「おまえ、今のは高速で移動しただけなんじゃないのか? それだったら俺にだって――」
「へへ……さて、この人はいったい誰でしょう!」
「孫くん? これはどういうことなのかしら……」
『……いや、だれ?!』
その彼に、知らない女性の声が聞こえてきた。 どこか高圧的で、威圧的で……それでも気品さを醸し出す彼女は白衣を着ていた。 まるで学校の保険医みたいな恰好で佇む彼女は、悟空に肩を掴まれたままに彼を見上げる。 その彼女に――
「プレシアさん!? ど、どうして」
「か、彼女は向こう側でかあさんと話をしていたはず……まさかホントに!?」
「へっへーースゲェだろ?」
「……どうなってるの?」
置いてきぼりな彼女をさらに置いていって、悟空の業に周囲は驚嘆を隠せない。 今そこに居た人は、確かにここにはいない知らない人。 さらにクロノからすれば次元の向こうから来たという確証を叩きつけられたショックで、目と口が開いたまま塞がらない。
「瞬間移動……ご、悟空くん、もうなんでもできちゃうよね……」
「そうでもねぇさ」
「え?」
「これはよ、場所じゃなくって『ひと』を思い浮かべてそいつの気を辿るんだ、もしくは感じた気でもいい。 とにかく気を探ってそれを辿る、だから気がねぇ場所なんかにはいけねぇんだ――プレシアの場合は、また“違うモン”で探したけどな」
「……つまり人が居ればどこにでも行けるって事か?」
「あんまし遠いところなんかは無理だな。 こっから宇宙の果て……なんて言われてもできねぇし。 そんでもここからリンディたちが居る所なら随分余裕がある、なんて言っても、持ってるもんがデケェし見つけやすいしな」
「……はぁ」
距離よりも次元の壁をすり抜ける方が簡単なのか? という疑問は、彼がやったであろう現世から
「とにかくこれで問題ねぇだろ?」
「あるが……ない」
「こっちに帰るときはなのはの……魔力ってやつをさ、辿っていくからよ」
「あ、あぁ」
急にコソコソと話し込んだ悟空とクロノ。 悟空にしてはかなり気の使った内緒話は、既にそういった話題をライバルの息子の“彼”と交わしたからであろう。 とにもかくにも、悟空は片手をあげて高町の家に手を振っていく。
「もしかしたらほんの少し留守にするかもしんねぇ。 それでもすぐ帰ってくるようにする」
「うん」
「お元気で」
「ああ」
「気を付けるんだよ」
「変なもの、食べちゃダメよ?」
「いってらっしゃい」
「行ってくる」
そうして悟空は、しばしの別れの挨拶を口にしたのだ。 ――いや、晩飯には帰る計算なのだから正確には『いってきます』のあいさつだろう。
「そんじゃおめぇたち、オラに掴まれ。 このまま瞬間移動でむこうにいくぞ?」
「まさか送るつもりが連れて行かれるとは……」
「私は何のためにここにきたの……」
「まま、あとで埋め合わせはするさ! 行くぞ――……」
そうして彼は、ついにこの地球から姿を消してしまう。
消えゆく彼に向かって吹いた風。 それは決して悟空に触れることなく遠い空の彼方へ吹き抜けていく。 途方もない大空へ、まるで自由を求めて消えていく。
それが、これからの『彼女』の身を暗喩した現象なのか……それともすれ違うという隠喩なのか……この世界にわかるものなど――――3人しかいない。
彼らが消えた海鳴市の大空の中、誰にも見えないその高さに今の光景を見て微笑んでいる者がいた。 彼は――彼女たちは――それを見送ると、まるでいなかったようにその場から消えていった。
……金色のフレアを散りばめて。
悟空「おっす! オラ悟空」
プレシア「……ふふ。 次元世界をほぼノータイムで行き来するレアスキル……ね。 管理局の頭でっかち共が見たら腰を抜かすわよきっと」
クロノ「ぜひやめてくれ。 そんなことになったら世界の安定そのものがひっくり返ってしまう」
悟空「そんなもんか? 案外何が起きても”へのカッパ”――なんじゃねぇんか?」
クロノ「……そんなわけないだろう」
リンディ「さぁて、次はとうとう悟空君がこっちの世界に足を踏み入れるわよ。 あなたも緊張ばっかりしてないで、しっかり相手にならないとだめよ?」
???「は、はい! ……そ、その、よろしくお願いします!」
悟空「お? なんだおめぇ。 オラと戦うんか?」
???「そうみたい」
悟空「そっか――そんじゃ!」
プレシア「超サイヤ人は無し、それに界王拳も禁止よ。 あくまでも『素』の状態でお願い」
悟空「え?」
クロノ「とうぜんだろう」
リンディ「当然よね」
悟空「そうか、当然か……ま、いっか。 そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~」
プレシア「――『賭博戦士カカロット』『罰ゲームは超神水』『悟空、キャバクラに行く』――の、3本よ」
クロノ「ふ ざ け る な!! あなたがそういう類の冗談を言ったら収拾がつかなくなるからやめてください!!」
リンディ「あはは……それじゃあ第32話! ここがミッドチルダ? 悟空異世界闊歩」
悟空「はぁ……おめぇちいせぇのに強ぇな。 なんていうんだ?」
???「うぅ……わ、わたし ……ジマ」
悟空「島? 声が小さくて聞こえねぇぞ」
リンディ「きっと緊張してるのよ。 また今度ゆっくり聞きましょう」
悟空「そっか。 そんじゃまたこんどな!」
???「……あ、……うん」