ここで様々な出会いをし、未来への布石とするかは悟空しだい。
さてさて、いろいろと設定をねつ造していくこれからの話、気に障ったら……あやまることしかできねぇっす。
では、りりごく32話です。
背の高いビルが建て並ぶ。 大空まで侵食していく建物が連なるコンクリートジャングルは、自然の少なさを嫌でも訴えかけてくる。 その中にある小さな喫茶店、どこか翠屋に近い面持ちのそれに、ミントグリーンの髪を後ろで結った女性が一人、カフェオレに砂糖10倍増しという拷問を慣行していた。 もちろん、本人が好きで行っている妙技であると明記しておこう。
「どこにいってしまったのかしら……」
ぽつりとこぼされた溜息は、対面の席に置いてあるブラックコーヒーに向かって流れ去っていく。 明らかに2人でお茶していましたよという雰囲気を醸し出す中でも、いまだ彼女は一人だけ。 決して幻想でも病気でもないのだが、はたから見てると、彼女の行う行為はなんとも奇妙。
「もぅ……悟空君ったらいきなり現れたと思ったら――」
消えてしまったのだから。 そう呟く彼女はいま、様々な憶測が脳裏で翔けぬけていた。 こんなに忙しい考え事はいつものこと、それでも楽しいと感じるのはいつ以来であろううか? なぜこんな感情が出て来るのか……興味本位? それとも別の理由? 彼女の薄れてしまったその感情をくすぐるのは――やはり最上の笑顔を携えた彼であろう。
そんな彼女に……――
「よ!」
「ひぐ――!?」
「どうした? カエルを引っ張ったときみてぇな声なんか出して」
「お、おどろくわよ!? 突然うしろ……から……あれ?」
「ん?」
山吹色のジャケットを着込んだ青年が声をかける。 その後ろに見える知人と息子をさておいて、ここでリンディは今までの疑問を答えに直結させる。 どうにも違和感があったさっきの出来事、それが『彼』を見た瞬間に一気に氷解したのである。
「悟空君! あなた元に戻ったの!?」
「まぁな、昨日風呂に入ったらこうなったんだ」
「風呂って……お湯被ったら変身するんじゃないんだから……」
「ん? なんのことだ?」
「なんでもないわよ、なんでも。 ――と、プレシアさん大丈夫でしたか? それにクロノも」
「はい、大丈夫です」
「問題ないわ。 むしろ彼に対して興味がわいてきたところよ」
『え?』
「うふふ……」
「……なんか寒気がすっぞ。 結構着込んでるはずなんだけどなぁ」
モルモット手前30センチ。 悟空の命の危機が秘かに展開されていたとさ。
「とりあえず言われたとおりに来たけど……なんか随分とデケェ建物がならんでるんだな、西の都みてぇだ」
「そうね。 ここは都心部だし、人の出入りも多いから」
「はー……そうけ」
都心と言われてもあまりピンとこない悟空は改めてあたりを見渡す。 優れた科学技術の集結を思わせる灰色の街々は、昔馴染みの住む家を思い出させていく。
「それじゃあ、みんな揃ったことですし、そろそろ目的地に行きましょうか?」
「目的地?」
「えぇ。 いまから行くところは今回の事件を担当するかもしれない人たちが集まるところ、“陸士108部隊”の隊舎よ」
「りきし……?」
「り・く・し。 そこにはアルフとフェイトもいるわ。 だから孫くん、できれば――」
指一本立てて左右に振ること3回半。 流し目で悟空に注意するプレシアのなんと保護者色が強い事か。 それでもと、構わずあたりを見渡す悟空はニコリと笑う。 そして――
「なんだ、あいつ等もいんのか……よし、だったら早くいくぞ? ……フェイトの気…いや、魔力の方がわかりやすいな――」
「え? だから手土産――」
「ちょっ!?」
「悟空君?!」
「うっし! いくぞ――――……」
できれば……と、呟いたプレシア達をとっ捕まえて、片手を額に当てた悟空は、またもこの周辺から消えるのであった。 非戦闘時における魔法の使用を禁止しているこの街で、果たしてこの行為がそれに触れてしまうのだろうか……それは今後の課題として残るかもしれない――少なくとも、後にリンディはそう考えたらしい。
――隊舎。
煌びやかな新築と思わされる広大な施設、白い廊下が印象的なこの空間に、女性が3人早い昼食を取っていた。 色とりどりの主食主菜がならぶその皿を、次々に空にしていきながら……
「はぐっはぐっ!」
「アルフ、お行儀悪いよ?」
「ふふ、ここの料理がそんなに気に入ったのかしら」
一匹のオオカミが腹這いになって喜びの遠吠えを上げていた。 聞くほどに幸せの度合いを増していくかのようなその声は、彼の最強の戦士を彷彿とさせる食べっぷり。 そこにフェイトも気付いたのだろう、叱りつつもやはり彼女の行為を止められない。
「それにしても、あなたみたいな歳の子がAAランク相当の魔導師なんて――最近はとんでもないことが起こるのね」
「え、えっと……その」
「ああ……そんなヘンな意味で言った訳じゃないのよ? ただ単純にすごいなって思っただけなの」
「あ、それは……大丈夫ですけど」
「そう? ありがとね」
「はい」
なんとなくぎこちない会話。 無理もないだろう、お互いに知り合って数時間の間柄だ、それに付け加えてフェイトが人と接する機会の少なさも相まって、まるで一線ひかれたかのように、互いの距離は空いていた。 その距離を――
「かあさん……悟空……」
「……――呼んだか?」
「うんん、やっぱりここは自分の力で頑張ってみるべきだよね」
「お、よくわかんねぇけど自分で頑張るってんなら応援すっぞ」
「うん。 ありがとう……?」
一気に縮められる人物が、そっと彼女の肩を叩く。 揺れたツインテールが、彼のジャケットにあたってきれいに流れていき、それと同時にフェイトと話していた人物の視線もそこへと向かう。
「あ……れ?」
「どちらさま?」
「おっす!」
同時、軽く上げられた右手と、見開かれていく深紅の眼。 その持ち主たるフェイトの頬が瞳の色と同じく染まったときであろう。 彼女の声は……
「ご、悟空!!」
「……ガウ!? ご、ゴクウだって!!?」
「昨日ぶりだな」
「な、なんで――いつの間に!?」
傍らのオオカミを起こし、そのまま隊舎の隅々まで轟いていく。 素っ頓狂を絵に描いた構図に、今まで大人しい子供らしくない子という評価を下していた隣の女性は表情を崩す。
それは悟空の後ろに居る大人たちも同様であるのだが。
「わんわん!」
「おっと。 あぶねぇからあんましはしゃぐなよ……おい、アルフったらよ――」
クルリと回って3回半。 トリプルアクセルを決め込んだオオカミは、そのまま悟空に体当たり。 全身で喜びをにじませ爆発させる彼女を止められるのは――
「こしょこしょ!」
「きゃんきゃん!!」
悟空しかいなかったであろう。
抱きつき引き寄せ拘束する。 どこにもない逃げ場にアルフは嬉々の遠吠えを上げ、狂おしくやって来るこそばゆさを口から喚き散らせていく。
次第に地面に背中を着け、腹をさすられ息を漏らす――もう、やめて……と。 漏らした吐息は大気に霧散していく。
「わ、笑いじぬぅ」
「そぉれ、これでおしめぇだぞ!」
「ぎゃはは! はは――ひーひっひ!」
『アンタら、いい加減うるさいんですけど』
周囲の人間からつぶやかれる、所謂ツッコミの小声は――周囲を凍えさせるかのように涼しげであった。
「い、いつからここに!? さっきまでは確かに――というより背が!!」
「あんたちびっ子くなったんじゃなかったのかい! せっかく元の背丈になって見下ろしてやろうと思ったのに……く~~!」
「やはりそういうアクションを取らされるだろうな。 僕もそうだった」
「へっへ、昨日いろいろあってな。 それと今のは超サイヤ人になった時に、いろいろ思い出したことがあってさ、そのときからなんでか出来るようになったんだ」
「スーパーサイヤ人……」
「あのおっかない言動のアレ?」
「おっかないはわかんねぇけど、そうだ。 それと今のがどんな技かはまたあとで教えてやる……ところでよ?」
「え?」
「そいつ誰だ?」
その中で指さし、呼称を求める孫悟空。 彼の視線の向かう先には、ひとりの女性が居た。 色合い的には月村すずかの髪を若干薄めた風な髪を、リンディのように後ろで結って、長い尾のように下げた人物。
外見“だけ”なら、今の悟空と同年代かというその人物は、悟空を見るなり軽く会釈。 そっと微笑むと、次の瞬間には鋭い視線を飛ばしていた。
「わたしはこのたび、108部隊へ補充員として派遣されてきた『クイント・ナカジマ』です。 よろしくお願いします」
「おっとと……孫悟空だ、よろしく」
「……あ………こほん」
「お?」
そのあいさつに答えるよう、彼女に向かって右手を差し出した悟空。 それを見て、悟空の顔色をうかがい……そっと合わせたクイントは、緩みそうだった頬を引き締めて言葉をさらに連ねる。
「このたびは、わざわざご足労下さり申し訳ありません」
「え?」
「本来ならば、正式な場を設けての会見などを行うはずでしたが、とある事情によりこうなってしまったことをお許しください」
「お、おい……いきなりなんだよ?」
急に畏まる女性に悟空は右手をそっとあおぐ。 気味が悪いと言わんばかりの彼の表情に、女性は今度こそ表情を崩す。
「だめよ、クイント。 彼、こういうのは本当に慣れてないから」
「すみません。 報告でもそう伺ってはいたのですが……どうも緊張してしまって」
「緊張……? オラおめぇになんもしてねぇだろ?」
「そうなんですけど、そうじゃないんですよ」
「え?」
リンディのフォローに、それでもと零す彼女……“クイント”と呼ばれた女性は悟空に改めて向き直る。 見上げた視線の先にある純朴は、それからは想像もつかない激戦の数々を潜り抜けてきた最強の戦士。
「あなたはご存じないでしょうけど、ここ数日、このミッドチルダにもそれなりの規模の次元振が観測されていたんです」
「じげんしん……? あぁ! オラたちが戦ってる時に起こったっていう?」
「そうです。 それでその原因を調査するための増援としてわたし達が行くことになったのですが……その折に提督からの報告が来て……」
それを『観て』『聞いた』彼女は、だからこそ悟空を見る目を輝かせる。
「幾度もなく傷ついて、それでも立ち上がって……仲間の危機には身を挺して守り抜く。 ――立派です」
「な、なんかずっと前ぇにも言われた気が……でもまぁ悪ぃ気はしねぇかな」
「なに言ってるの孫くん。 あなたいま、とんでもなく褒められてるのよ?」
「そうだよゴクウ。 ここはもう少し『びしっ!』っとなんか言ってやんなよ」
「びしっていったってよ……別にオラ言いたいことなんて、なぁ? オラよりも頑張った奴がいるしさ」
「はは……」
そんな彼女の発言がどこか誇らしいのか、狼形態のアルフが『わん』と咆える。 伏せった彼女の顎を触り、そのまま前後に動かす悟空はあまり実感がない表情。 何となく振り向いた先に居たフェイトに向かってハテナを飛ばしてあはは! と笑う。
「んで、それ言うためにオラを呼んだんじゃねぇんだろ?」
「……はい、そのとおりです」
「今回、悟空君に来てもらったのは他でもないわ。 彼女と模擬戦をしてもらいたいの」
「もぎ煎? もよぎのセンベイか?」
「煎餅……?」
「孫くん、あなたわざとやってるの?」
「お?」
「悟空、おせんべいじゃなくって、『模擬戦』 ――悟空風に言えば組手をしようってことだよ」
「組手? てことは――」
「……え?」
急に、戦士の顔が日本晴れになる。
「オラ、おめぇと戦うんか!」
「そ、そうですが……」
戸惑う彼女との気分は天地の差。 まさしく天晴な悟空の背景に昇るお日様が、周囲を眩く照らしていく。 その輝きに目をくらませる関係者一同はそろって、こう唱えたそうな。
『…………あぁ、なんてうれしそうな――』
これだけで、彼が一体何を考えどう行動しようとしてるのかお分かりいただけるはずである。 それはもちろん、この場に居ない高町の侍たちも同様である。
「そんで、いつやんだ!」
「この後、ゼスト隊長が来る――筈だったんですけど、急用で来られないという事で、代わりの者が観戦しながら証拠用の映像撮りを。 そのあとにとあるレアスキルもちの子に会ってもらう予定です」
「……レアスキル?」
そこから流れるように続く悟空の質問に、何とか冷静な対応で返せたクイント。 だが、彼女から聞かされた単語に悟空が立ち止まると、そのままクロノに向かって視線で問う。
「こういう難しいのはおめぇの領分だろ?」
「扱いがユーノと混同してる気が――」
「まぁまぁ」
――なんてにっこり笑う悟空に、ほんの少しだけ肩を下げると、仕方なく少年は口を動かしていく。
「レアスキルというのは、魔法を行使するうえで重要な要素で。 技法だったり素質だったり――たとえば、なのはの使うスターライトは『収束』のレアスキルを駆使して使われてるんだ」
「へぇ、そういうんがあるんか。 収束ってのはいまいちわかんねぇけど、あれはどっちかってぇと『集める』って感じだったとおもうぞ?」
「それはキミの“元気玉”という技と重ねているからだろう。 あれとは違って、なのはの技は、集めたらそこから砲撃呪文で撃ち出すように威力を束ねるからこそ、あの威力を発揮する。 強いて言えば“元気玉で集めた力をかめはめ波で撃ち出す”と言えば分るだろうか?」
「……あいつ、そんな面倒なことやってたんか。 それはそれでスゲェな」
「なにいってるんだ。 キミだって『惑星レベルでの探知』『身体能力の倍加』『収束砲撃』『隣接次元世界から力を収集』『次元世界間を単独での瞬間移動』……それにあの変身だってあるじゃないか。 それこそすごいなんて言葉じゃ片付けられない」
「…………えっと」
そこから出てくる言葉の羅列を、理解できるからこそ硬直するクイント。 なんか、次元のおかしい話題をしているような気がするのだが……という表情をすると、同時、悟空は後頭部をかいている。
大きな笑顔をしているさなかに繰り出された数々のレアスキルは、プレシアからすれば――
「あなたのそれは、既に“エクストラスキル”……存外の技法と言ってもいいはずよ」
「え、えくすとら――」
とんでもないという一言しかなかったのである。
「ん……でもさ、気で相手を探るのはオラたちからすれば結構“じょうしき”ってやつなんだけどな」
「今確信した。 たとえどんなことがあっても、アンタの世界にはいきたかないね」
「……うん。 悟空の世界に行くとしたら、重武装で突撃するくらいの決意が必要かもしれない」
「そ、そんなことは――あるんかな?」
『あんのかい!?』
「ま、まぁみなさん。 とりあえずお話もそこそこに……本題に移りましょうか?」
「お? ここから出るんか」
「はい」
そんなこんなでクイントの締めが行われる中、やっと話題は次に進もうとしていた。 食事も終わり、食堂から出る彼らはそのまま外に出ていく。
「へぇ、結構広いんだな。 天下一武道会の武舞台の3倍ってとこかな?」
「……大きさの基準がわからないわよ」
「そうか……そうだな」
「悟空?」
「……なんでもねぇ」
いきなり遠くを見た悟空に、そっと見上げたフェイトが声をかける。 なぜかさびしそうなのは気のせい? 気になる彼は、だけどそっと離れるように歩き出していた。
「舞台とか、そういうのはないんですが。 とりあえずここである程度『ちから』を見せてもらう手筈です」
「ちから? つまりこのまま戦うって事か?」
「はい」
「そっか」
右を見て、左を見る。 一辺が100メートル四方のそこは、あたりに人がおらず思いっきり暴れても平気なくらいには、周りに建造物の類は見られない。
「そこらへんに浮いてる変な奴は打ち落としちゃまずいんだよな……?」
「あ、そうですね。 あれでデータ取りもしているので」
「よくわかんねぇけど……わかった」
「すみません」
悟空が言った変なヤツ。 それは監視用のドローンであり、それを200メートル先にあるのを確認した悟空の視力はそれだけで驚異的。 若干額に汗を浮かばせたクイントは、そのまま悟空に頭を下げ……構えを取る。
「それでは、そろそろ……」
「そうだな――」
それに対して悟空は直立姿勢となり、右手で拳を作り、それを胸の前で手の平に合わせる。 『礼』の態勢になったかと思うと、そのまま頭を下げて――
「おねがいします」
「お、おねがいします」
昔、祖父に教わった礼儀を行ない、相手にも自然と促した。
「――セットアップ!」
「お? なのはみてぇにアイツ変身したな? ……なら、ちっとばっかしやりすぎても平気か」
闘うための呪文をとなえたクイントに対し、悟空がその驚異的な動体視力で彼女を見守る中、それがなのはと同じく身体能力のそこを上げる類と判断した彼は、『ほんの少し』だけ握る拳の硬さを強くする。
「……手加減はしてくださいよ?」
「そうだな。 でも、そんなことしなくても、おめぇなら大ぇ丈夫だろ。 あとな、今回の事なんだけどさ」
「……え?」
「おめぇたち、見る人間を間違えてるぞ」
「どういう――いいえ、今は眼の前の事に集中しましょう」
悟空の意味深な警告ともいえる高さの声。
それに不安を口にするクイント。 彼女は両腕に武装したガントレットを鈍く鳴らすと、そのまま悟空に向けて構えを取る。
どことなく静まる広場に、一陣の風が吹き抜けると……藍色の髪がたなびく。
「だあ!!」
「はあ!」
「……」
地面を蹴って、右腕を振りかぶった彼女はそのまま悟空に身体ごと向かっていく。 フェイトよりも近い距離での近接戦闘。 これはすなわち――
「やっぱ思った通りだ」
「え……?」
「身体の作り方、歩き方から息遣い……おめぇ、何となくオラたち武道家のそれにちけぇと思ってた」
「……最初からわたしの戦闘スタイルを見抜いていたってことですか」
「まぁな」
悟空たちと同じ距離を保つという事。 そんな彼女に、どことなく親近感を覚える彼。 其の一言に更なる驚愕を心に刻み、それでも今ある姿勢を崩さないのはさすが現役管理局員と言えよう。
さて、放たれたクイントの右拳だったが、それは悟空にあたることなくそのまま『透過』していく。 その光景に息を漏らしたフェイトは、知らずの内に胸元で両手を握っていた。
「あれが、本当の残像拳」
「……すごいわね彼、ああもハッキリとした残像を残すなんて」
「これでも実力の1割も出てない……重力修行時よりもさらに動きがよくなった……?」
それは周りの皆も同じ。 昨日までの動きとは明らかに一線を越えた悟空に、一種の戦慄を覚えるリンディではあったが、そのあとの悟空が起こした――
「次は多重残像拳だ――」
「あ、え? うそ!?」
『さぁて、誰が本物かなぁ? ――あててみろ!』
「ぶ、ぶぶぶ――」
右に悟空、左に悟空。 それが次々に増えていき、次第に周囲をかこっていく。
総勢76人にも及ぶ残像拳の歓迎に、クイント共々腰を向かす始末である。 乾燥わかめに水をかけたかのように増えに増えた悟空の虚像はクイントをぐるりと囲む。 構えては横を向き、また構えては横を向く。
「分身なんてずるいですよ!?」
「一応これは、オラたちの間では古い手なんだぞ?」
「ふ、古い……これが!?」
狙うとかそんなこと以前の問題として、この不可思議現象に彼女は今、心拍数を大きく上昇させていた。 トクントクン……鼓動の高鳴りが頂点に達したそのとき、悟空はまるで聞こえていたかのように。
「そんじゃ――行くぞ!」
「――っ!?」
一気に攻め込む。
「ふっふ――はぁあ!」
「み、右!? ――今度は後ろから……っ!!」
悟空が回し蹴りを打てばガントレットで防御して、……それがすり抜けたと思ったら後ろから鈍い衝撃が伝わる。 既にいじめとも言えかねない光景が繰り広げられるのだが、その実。
「お? なんか動きが柔らかくなってきたな、だいぶ反応出来てきたじゃねぇか!」
「なぜでしょう、身体がとっても軽い……さぁ、今度はこちらから行きますよ!!」
なんだか、悟空の動きに合わせられるようになっていた。
たしかに加減していたのかもしれない悟空の動き。 それでも、実力は遥かに離れているはずなのに、良くわからない“なにか”が、彼女の動きを速くと突き動かしていく。
「リボルバー……!」
鋼鉄を打ちつける音が聞こえる。 同時、彼女のガントレットから火花が散ると、2個連なっている装飾部分の輪が互い違いに回転していく。 回る回る――すぐさま最高速度にまで達したそれに、高威力を伴う力の流れが完成する。
「ナックル!!」
そうして彼女の号令のもと、右腕に貯められた回転の力は悟空に向かい放たれる。
轟!!
吹き抜ける風と共に、クイントの右こぶしが悟空の胴体に――ヒットする。
「ぐぅ――!!」
「ゴクウが吹っ飛んだ!?」
「あの子あそこまで?」
「……うく、これも魔法なんか。 よぉし、なんかやる気出てきたぞ……来い!」
「言われずとも――はああ!」
次いで回転させた左側のガントレットを悟空に突出し、しかしそれを簡単にもらってやる悟空ではない。
「同じ技を2度も出すな――よ!」
「からめ捕られた!? しまっ――」
気づいたクイント、だが時すでに遅く。 ガントレットが及ばない二の腕を掴まれるや早々、悟空は姿勢低く彼女の懐に背を向ける。
「飛んでけーー!!」
「きゃあああああ」
「いけない!!」
そこから一気に背伸びした悟空は、思い切り遠くへ彼女を飛ばしていく。 所謂一本背負いと呼ばれるこれに、クイントはたまらず空中で悲鳴を上げる。
「……まだまだあ!」
それでもと。 悟空は追撃の手を止めない。 上がる悲鳴を聞き流し、『数百メートル上空』にまで放り投げられた彼女を見て“どうせ魔法でその場にとどまる”と予測を付けた悟空が舞空術で迎撃にでる。
……そう、どうせ魔法で空を飛べると勝手に思い込んで。
「きゃあああああああああ……」
「ん?」
上がる悲鳴のボリュームが上がった気がした。 まるでこの世の終わりみたいなその声に、浮くことすら忘れて悟空はひたすら彼女を見つめる。 太陽がまぶしい、……あ、鳥が二羽飛んで行ったな……
関係ないことを思っている2秒の事である。
「いやあああああ!」
「孫くん!」
「なんだプレシア?」
「彼女を助けてあげなさい!」
「え?」
プレシアから上がる非難にも似た声。 それに向き直り、尻尾を2,3回振った悟空はいつまでも能天気に構えていた。 その間にも上から聞こえてくる悲鳴はボルテージを上げていく。
「いままで当然のように構えてたようだけど、魔導師のみんながみんな飛べるわけじゃないの!」
「……え?」
「あの子、たぶん飛べないわよ――」
「そうか、あいつ飛べねんか。 オラそうとも知らずに随分とおくに投げちまったなぁ…はは!………い゛い゛!!?」
「リアクションは後! 早く!!」
「お、おう」
一声奮起! プレシアの指摘でようやく現実を知った悟空は、そこから不可視のフレアをまき散らすと大空へ舞い上がっていく。 当然、近づく彼女を目標にして飛ぶ彼は焦り顔――なのだが。
「う、ウイングロード!」
「なんだ!? いきなり空中に道が――!?」
クイントが何かを唱えた瞬間に光り輝く空。 一瞬の後に見上げると、そこには藍色に輝く道が出来ていた。 横幅おおよそ90センチ、長さは……おおよそで60メートル前後くらいだろうか。
それが悟空の頭上に出来上がり……
「うげ!?」
「ご、ゴクウ!」
「いちちーー! なんだいきなり!? あたまの上に壁が出来たみてぇだぞ」
高速で壁に激突した悟空の絵が完成していた。 それに溜まらず頭を撫でた悟空に差し掛かる黒い影。 みるみる大きくなるそれに悟空は反射的に――
「――っふ!」
「避けられた?!」
身をかがませ、空中で半回転する。
「出来た壁見てぇのを足場にして、そこから蹴りを落としてきやがったな」
「壁ではなくって、ホントに道ですけどね」
「ふーんそっか。 これもやっぱり魔法なんだよな?」
「今のランクでも飛べないわたしが考案したものです。 あまり有効活用は出来てませんけど」
「そうか? オラなんて今のだまし討ちで結構驚かされたけどなぁ」
「……本来の活用目的はそういうのじゃないんですよ」
「そうなんか」
「はい」
そこから続く会話で互いに一時停止。 悟空は空に、クイントは新たに作り出されたウイングロードと呼ばれる道に立ち止まる。 自虐的に己の魔法に視線を送るクイントに、それでも悟空は否定する――結構面白い攻撃だったぞと笑う彼は、そのまま彼女と立ち位置を同じにする。
「そうだなぁ……よし! おめぇ、地上戦と空中戦どっちがいい?」
「もちろん地上です……飛べないですから」
「奇遇だな。 オラもだ」
同時、悟空からの質問にうつむき姿勢で答える彼女のなんとか細いモノか。 そんなに飛べないのが恥ずかしいのか? などと言う声が聞こえてきそうなこの瞬間に、悟空はそっと――
「なら、一時休戦だ――……」
「え?! な、なにを 」
彼女の腕を掴んでは、フェイトを思考に描き『跳ぶ』
「――っし、これでお互い条件は一緒な」
「あ……え? い、いま確かに上空に……?」
「まただ、また悟空がいつの間にか――」
「アイツ、いったい何をどうしたんだい!」
いつも通りのコマ送り。 フェイトの前、おおよそで3メートル強に現れた悟空はいきなり遠くに跳んでいく。 その場にいるクイントから離れると同時、彼はそのまま姿勢を低くする。
その光景に、いまだ“種明かし”をされていない彼女たちは、悟空に只、不可思議さをふんだんに混ぜ込んだ視線を放り投げることしかできなかった。 そしてそれを待ち続ける――悟空ではない。
「続き行くぞ! オラやっと体があったまってきたんだ。 もう少し続けさせてもらうぞ!」
「は、はい……!」
気合一声!! 悟空が叫ぶと彼女も咆える。 徐々に上がる熱気は周囲を巻き込んで、いつの間にかこの試合に目を奪わせていく。
悟空が蹴り上げればクイントが後方に宙返り。 彼女が殴れば彼は受け流す。 実力に差が付きすぎてるはずなのに、なぜか接戦しているこの現象は果たして悟空が手を抜いているからか? ……いいや、確かに抜いてはいるのだろうが、それでもクイントの戦闘レベルはいま、この瞬間だけ遥かに高い位にまで上がっていたのだ。
遠い遠い、目標に駆け上がるかのように。
「ま、また分身での回避――左!」
「うぉ!? 当ててきやがったな? ……なら、もう少し早くいくぞ!」
「はい!」
悟空が放つ蹴りの2連打。 それを横に動かした体捌きで回避し、その運動を生かしたままにカウンターを当てるクイント。
その彼女に、「にやり!」と笑う悟空のなんと嬉しそうなことか。 それに頭を抱えつつ、フェイトとアルフは彼らの戦闘を深く注視していた。
「ゴクウの動き、アレって一応手加減してるんだよね?」
「うん、たぶんまだまだ“これから”なんだと思う……けど」
「そうね。 あのクイントって子、孫くんの動きに十分迫って行けてるわ……どうしてかしら?」
疑問をこさえていくテスタロッサ家の面々、既に本筋から離れていく様に思える目の前の戦闘の不思議さがわかるが故に、彼女たちは揃って視線を集中する。
飛び散る汗の粒がまぶしく輝く中で、悟空はまた一つギヤを上げていく。
「だりゃ!」
「――うぐっ!?」
「あちゃーー!! あれはもろに入ったよ」
「い、痛そう……」
唸る悟空の右腕が、クイントの腹に深くめり込んでいく。 くの字に折れ曲る彼女に、しかし悟空は手心を加えない。
「もう一丁!」
振りかぶった左足を大きくしならせ、溜め、溜め……大きく溜めて、弓なりに曲げられたその足を一気に解き放ち――
「だあ!!」
「はぐ――!!」
『お、おいおい!!』
クイントを彼方へ飛ばしていく。 冗談のような冗談ではない攻撃に周囲はどよめき立つ。 なにか弾丸のようなものが高速で打ち出されたかのように聞こえてくるソニックブーム。 衝撃波があたりを襲い、突風が観戦者の髪を巻き上げる。
「あいたぁ……はぁ……はぁ。 こ、これはかなり――」
「効いたろ? でも、このあいだターレスのヤツにクロノが喰らった一撃よりはウンと押さえてあるはずだ。 ……実際には見てなかったけどな」
「こ、こんな攻撃をクロノ執務官は……」
「これ喰らってもあいつらはまだ立ち上がっていたんだ」
「――はっ!」
「気付いたか? そうだ、今回見てやるべきはオラじゃねぇ。 最後まであきらめないでオラに繋いでくれたあいつらを見るべきだ……と、オラ思う」
「……これはまた、いろんな意味で一本取られたというか」
「だろ?」
「えぇ」
心とカラダに、深く染み込む一撃を貰ったクイント。 そんな彼女はダメージが深いのか片膝ついて脇腹を押さえている。
苦く笑う彼女は思う。 たとえ今回、存在の証拠を得るためとはいえ、『彼』にしか目線がいかなかった自分達の狭量さ。 一番奮戦したのが彼であると同時、それに追随してきた者たちが確かにいること――現場にいなかったが故に、見落としていたことを今、彼女は思い出すかのように悟空から告げられた。
「立てるか?」
「すみません」
気づけば、差し出された彼の手を、そっと握り返していた自分が居た。 ……その光景が、この少女にどう映ったのだろうか?
「やめろおおーー!!」
「……お?」
「この声……え、うそ!?」
響く幼子の叫び声。 まるですべてを振り絞るかのようなそれは、周辺の空気をわずかに“振動”させた。
うごめく大地は彼女におびえているかのよう。 いま、『衝撃』を携えた力を振るうモノが悟空に突貫する!!
「おかあさんを――いじめるなああああ!!」
「お、……おお!!」
「やああああああ!」
いきなりの来訪者。 それはクイントよりも色素の強い髪をした小さき者。 その者が悟空に向かって走り出し、飛んで、彼に対して拳を――撃ちぬける。
「――――!!」
「悟空!」
「ゴクウ!?」
揺れる広場に赤い……炎。 燃え盛るそれは一瞬で鎮火し、元の山吹色のジャケットが姿を現す。 悟空が咄嗟に守らなければ、背後の彼女は甚大なるダメージを負っていただろう。 故に使われた今の技……
「…………界王拳――ふぅ」
「え?」
世界の王を名乗る拳!! 舞い散る紅のフレアが桜吹雪のように散っていく中、幼き襲撃者を悟空は抱き上げるように阻止する。 その光景に目を奪われ、尚且つ言葉まで消えてしまったクイントは彼が抱いた者を確認するなり、抜けそうな腰に喝を入れて起立する。
「スバル!」
「およ? おめぇ、コイツ知ってんのか?」
叫んだのはクイント。 彼女はそのまま悟空に駆け寄ると、そのまま幼子を受け取っていく。 抱き寄せて、髪を梳き、胸の中に顔をうずめさせていく。 フヨンと音を立てた気もしなくもないが、それでも幼子から聞こえてくる物音はない……と、おもえたが。
「ひっぐ……ぐす――っ!」
「あらあら、もう、また泣いちゃって」
「うええええ~~」
「お、……おぉ?」
気の抜けそうな音色に、思わず後ずさる悟空。 それもつかの間、どこかで聞いたような鳴き声に、彼はゆっくり近づいていく。
「……そっか」
「うぇ……?」
「おめぇ『スバル』っていうんか」
「……?」
そっとクイントから幼子を抱き上げる悟空。 彼はそのまま腕を高く上げ、スバルという少女をじっくりと見つめていく。 キラキラと輝く黒い瞳に、泣きじゃくっていたその子の表情を写す彼は数年前を思い出していた。
「……はは」
「……ん」
「あら?」
ニコリと笑う悟空に、まるで釣られるように泣き止むスバルは、そのまま青年を不思議そうに見つめていた。 なんで? どうして? 声に出さないものの、疑問という感情が彼女の表情からあふれているようで。 ……悟空は、そんな彼女に答え合わせをすることにする。
「おめぇ、いまクイントとオラがケンカしてると思ったんだろ?」
「……うん」
「え、そうなの?」
ゆっくりうなずくスバルに、ほんの少し驚くクイント。 そんなことはないんだよと、言い聞かせることもできないままに、悟空は次の言葉を紡いでいく。
「実は――その通りだ!」
「う~~」
「はは! そんなヘンな声出すなよ。 半分だけ、半分だけだからよ」
「はんぶん? ケンカなのに半分なの?」
「そうだな。 もう半分は――楽しかったからかな」
「たのしい?」
「……ぅ」
其の一言に、どこか尻込みしてしまったクイントは果たしてどういう心境だったのであろう。 白熱してしまった今までを、そっと思い出してすぐに消す。 悟空と目と目を合わせながら拳を交わしたその
「そだ」
「……悟空さん」
「今まで築き上げてきた自分が持ってるモン全てを相手にぶつける。 それってよ、とっても気持ちがいい事なんだぞ?」
「そうなんだ……」
「あぁ、そうさ。 うりうり――」
「あはは! くすぐったいよ~」
何が何だか。 そういったリンディたちを敢えて置いていき、悟空は襲撃者だったスバルの頭をかき乱していく。 ボサボサと、音を立てて崩されていく彼女の髪型は、まるで今の事態をうやむやにするかのように乱されていく。
……そう、この娘が、悟空に界王拳の使用を強要させた事実を、忘れさせるかのように。
「……ん。 あ、ところでクイント」
「え?」
はっきりと、スバルに唱えた悟空は彼女を地面に降ろす。 彼のひざ下くらいの頭頂部はいまだ幼いことを認識させて、どこか似ている容姿は、やはり悟空の隣に居る黒いガントレットを付けた彼女を小さくした印象を持たせる。 だから。
「こいつ、おめぇの子か?」
「あ、はい。 紹介が遅くなってしまって……次女の『スバル・ナカジマ』です」
『え゛!?』
「やっぱな」
「ほら、スバル、あいさつして?」
悟空は、思ったことだけを口にする。
それに、のたまうように背を後に曲げた管理局組は視線を行ったり来たり。 スバルとクイントを往復させること4回程度で、首を縦に振って落ち着いていく。 髪の色も、面影も、言われてみれば似ている二人に、いち早く気付いた悟空は……やはり過去にこういった経験があるからだろうか?
――――ボクは、20年後の……
『ほんの数か月前』を思い出したはずの悟空は、そのままゆっくりと自分を見上げてくるスバルと視線を交わらせると……
「こ、こんにちは」
「おっす!」
手のひらを向け、いつものあいさつを交換する。
「スバルーー!」
「なんだ?」
すると、どこか緊張がほぐれたスバルを思いっきり呼ぶ声がひとつ。 それもまだ、幼さが抜け切れていない女の子の声。 スバルよりも大きくて、だけどフェイトよりは小さいであろうと思えるその声の持ち主は――スバルと同じ髪の色をしていた。
「あ、おねぇちゃん!」
「ねぇちゃん?」
「はぁ……はぁ……もう! 勝手に行っちゃダメだって言ったのに――あ、すみません」
「お、おう」
その子は駆け足で悟空まで近づくと、その場で一回お辞儀をする。 クイントの上司かなんかと勘違いしているらしいその子は表情硬く、姿勢正しく青年を見上げて視線を外さない。 そんな彼女に、彼はそっと近づいて……
「そんな緊張することなんかねぇんだぞ? オラ、リンディやクロノみたいに“管理局”ってとこのモンじゃねぇし」
「……え? そうなんですか? でも……」
少女をひと撫で。
すると明らかに肩から力を抜く彼女は、そのまま悟空の背後を見る。 すぐ後ろ、そこから出てきている長い“ソレ”を見て、どこか納得した顔をして――
「じゃ、じゃあ使い魔の人で……?」
「ん?」
「こ、こらギンガ?! なんてことを言うの!」
「え? ……え? でも尻尾が……あ、ご、ごめんなさい!!」
「……はは」
クイントの背筋に、冷たい汗を流させるのである。 とてつもなく失礼極まりない勘違いは、この際仕方がないのかもしれない。 魔導師とはかけ離れた身体能力に背後の尻尾は、遠くにいるオオカミ女と同質性を見出しかねない事この上ないのだから。
「なぁクイント、こいつもおめぇの子か? もしかしてスバルの“おねぇさん”だったりすんのか」
「えぇ、そうです」
「はぁ……こんなとこまでわざわざなぁ。 スバルなんか、かあちゃんがあぶねぇと思って駆けつけてきたもんな~」
「な~」
『あはは!!』
「す、スバル……もう」
ともに笑い出した天真爛漫sは大いににぎわう。 それにため息を出してしまった母と長女、それから数秒の後、目だけで「こいつらもここで働いてんのか?」などと尋ねてくる悟空に、クイントは汗を流しながら両手を動かす。 ……このひとの相手は、結構大変ナンデアロウカ? 幼いながら、それを理解する長女は賢い子である。
「その……いまは夫共々働きづめで、今日も急なことだったのでいっしょにつれてきてしまったものだから……」
「そうけ。 おめぇたちも大変なんだな……あ、そういやコイツなんて言うんだ?」
「スバルの姉で、ギンガっていいます。 ほら、ギンガも」
「あ、はい。 ギンガ・ナカジマです。 えっとその、いまのは……」
「ん? なんか言ったっけか?」
「え? えっと……あの」
自己紹介もそこそこに、今度は悟空に頭を下げるギンガと呼ばれた少女。 この年にして中々の常識人は、どこかの他称16歳だった偽少年にも見習ってほしい部分であろうか。 いまだ緊張の解けてないギンガを見下ろし、どこか後ろに居る彼女に……
「え? 悟空?」
「いんや、なんでもねぇぞ?」
「そう……?」
金のツインテールを揺らす少女に似ているかもしれないと、ふと思う悟空は、そのまま彼女に視線を合わせ、後ろから出てくる尾っぽをゆるゆると動かしていく。
「あ、あぁ……」
「これが珍しいんか?」
「え、あ! そ、そんなこと」
「はは。 そう、かしこまる必要なんかねぇ。 これだって、サイヤ人の特徴ってやつ……なんだしさ。 見慣れねぇのも無理ねぇさ」
「……はぁ」
「とにかく気にすることなんかねぇかんな?」
そうして彼は、やはり『彼女』に対するときと、同じ対応を取るのであった。 優しく話しかけ、緊張をほぐし、ゆっくりと理解させていく。 出てくる単語の説明はないのだが、それでも悟空の雰囲気に触れて落ち着きを取り戻したのだろうか……
「……はい!」
まばゆい笑顔を、悟空に向かって咲かせていく。 そう、まるで晴天の空に開く花たちのように。
「さって、いい感じに戦ったと思うんだけど」
「あ、はい」
「どうする? このまま“第2ラウンド”に入っちまうか?」
「……えっと」
そのあとから放たれた悟空のお誘いに、そっと頬をかいたクイントは「あはは」と笑う。 同時、彼女の膝も同様に笑い出したのは背の小さいスバル&ギンガ姉妹だけの秘密……その姿に悟空も微笑むと、そっと彼女“たち”の手を取って……
「それじゃ、“次の”はまた今度だな――……」
『うぉ!?』
「え? あ、また!!?」
「なになに~……?」
「あれ? いまあそこにいたのに……!」
周りの景色を変えてみせる――
本当は自分たちが移動したのだが、そう感じさせない速さで――『瞬間』で移動した彼らの感覚は正にそれ。 ついぞや遠くに居た彼らが、またも観戦者のすぐ目の前まで移動したこれに、皆の目は何度だって驚きに満ちる。
フェイトとアルフは悟空を見つめたまま口を開けるし、リンディとクイントはうっすら汗を浮かべ、クロノとプレシアは興味という感情を視線に乗せ、小さな姉妹はあたりをキョロキョロ……三者三様という感じに、ばらけたリアクションがこの場に広がる。
「ねぇ悟空」
「ん?」
「そろそろ教えてほしいんだけど」
「……っと、いけねぇ。 そういやおめぇたちには教えてなかったんだよな、いまのは……」
『……ごくり』
フェイトの質問に悟空はそっと周りを見て、あっけらかんと――
「瞬間移動ってやつだ」
『瞬間移動!?』
「そだ。 いまじゃ簡単にやってるけど、覚えんのに結構苦労したんだぞ? 大急ぎでやっても半年くれぇかかったもんなぁ」
「そ、そうなんだ」
「なんでもありかい……」
「このひと、そんなことが……でも報告では――」
「ねぇ! おねぇちゃん、“しゅんかんいどう”ってなに?」
「いっしゅんで遠いところに移動することかな。 ほら、転移の魔法ってこのあいだテレビで――」
「ん~わかんない!」
「……もう」
みんなに告げる。 これって、思いっきり魔導師の常識を叩き潰してませんか――なんて、クイントがプレシアに視線だけで訴えるのだが、「この子に常識を持ち出そうとした時点で
重要作戦から忘年会の一発芸まで、幅広くこなせるその『業』にひとしきりの驚きを繰り広げた彼らに――
「あ、あの……」
『え?』
またしても来訪者が来るのである。
緑の髪。 線の細い感じのひょうひょうとした男の子。 その彼が山吹色のジャケットを着込んでいる悟空に向かって声を投げかけていた。
「今日はいろんなヤツに会うなぁ」
「はい?」
「ん、いや、なんでもねぇ」
「は、はぁ」
子供ばかりになっていく広場の中央で、悟空は現れた男の子に視線を流していく。 あまり強そうでもない身体に、それでも中々に大きい気とは違うちからを感じ取り――
「もしかして、コイツが最初に言ってた“レアスキルもちの子”ってヤツか?」
「そうです」
先ほどの会話ログを脳内で巻き戻した悟空。
――もぎ煎?
――おめぇと戦うんか!
――いつやんだ!
――レアスキル?
そんなに詳細を覚えていない彼が覚えていたのは、前後に戦闘と関連した単語があったからであろう。 偶然ながら、こんなふうに会話が進むのは中々にいいこと……であるはずだ。
悟空が意外な記憶力を発揮した中で、屈みこんで新たに来た少年に笑顔を向ける。 母の仕草をふんだんに使ったこの攻撃に……
「ごめんね。 結構待たせちゃって……ヴェロッサくん」
「……いえ」
「ん?」
あまりに反応がないのは隠しているのか、何も感じていないのか。 わからないことだらけだが、悟空は何となく察知する。 この少年――
「腹でも減ってんのか?」
『そんなわけが……』
「……はい」
『あるんかい!!』
空腹で目が回っているのであると!
さぁさぁいざ行かん食堂へ――悟空がそう言って彼の手に触れて、少年を引っ張ろうとしたそのときである。
「あ、いえ。 僕は仕事を終えてから済ませますので」
「仕事?」
「この子は教会に――「……なかなかに面白そうな“人生”を歩んでると見えます――これは覗き甲斐がある」……え? ちょっと待って!」
「??」
彼は、周囲に緑色の光を照らしだし……自身が持つ力を行使する。
「ちょ!? いったいなにが――」
「彼のレアスキル――『思考捜査』が発動したのね」
「しこうそうさ?」
驚くアルフ達に、その実平静を装っているクイントは今回の大詰めを説明していく。 かなり手筈が狂い、悟空への承諾すら取れてないこの現象。 それがヴェロッサと呼ばれた少年が、悟空に対して抱いた『好奇心』からくる先走りなどと理解する暇もなく。
「さぁ、見させてもらいます――あなたが、今まで何を成してきたのかを!」
「そういうことか。 いいぞ、勝手にやってくれ」
「……へんなヒトだ。 勝手にやろうとした僕が言うのも変ですが、普通こういうことをされるのは嫌悪の対象になるのに」
「なんでだ?」
「見られたくないモノ……人はそういう醜いモノを隠したがる存在ですから」
「そっか」
大人びた少年に言われた言葉に、心得たけれどどうでもよさそうに……そっぽを向いた悟空も光り出す。 少年と同じ緑色と――彼の内に潜む『石』の青色に……
そうして少年の意識は、孫悟空の中に潜り込んでいく。
ゆったりと……海の中に居るかのような感覚の中――――
ここはこの人の深層意識か。 ……驚いた、ここまで澄み渡っていて居心地がいいのは見たことがない。 こころが魂レベルで清らかなのか、何も考えてないのか……まぁ、それは後で考えましょう。
「……随分と薄ぼけた記憶だ。 まるで数十年も前の出来事のように――」
人の記憶を覗くときに、それを見やすくするためイメージするものがある。 それは本だ。 書物として見開きすることでその人の始まりと今までを閲覧することが出来るけど……この人はなんていうか――百科事典をさらに分厚くした本というかなんというか。
……普通はもっと薄くなるのだが、どうにも彼は経験してきた人生の“密度”が他を圧倒しているのであろう。 では、彼の幼きころは飛ばし飛ばしで……と。
「じいちゃん……なんでうごかねんだ?」
「おめぇ! さては妖怪だろ!!」
「じいちゃーん!! あいたかったよ……」
「亀仙人のじっちゃん殺されて――ほっとけねぇよ!!」
「勝ったぞおおおお!!」
……ううん。 これはなんていうか……とてつもない。 まるで激流のような毎日だ。 出会い、別れ……また出会って別れて。 そんなことを繰り返して、仕舞いには世界を救う、か。
「幼少の時からこの人は……なるほどこれは、とても」
続きを見てしまいたくなる人生だ。
さて、どうやらここから先は次の章に行かないと見れないみたいだね。 ……なるほど、この次に彼はそれまでの因縁にあらかたケリを着けるわけか。 それがこの『3年後』と書かれた章。
まるで週刊誌の発売を待ち望む気分で僕は、彼の『3年後』というのを開いていく。
「――わりぃけどわがままを聞いてくれ。 武道家の意地なんだ!」
「神さまが嘘ついていいのかよ?」
「オラには、宿敵が居なくなっちまうのも少しさびしくなっちまうもんな」
これが彼の世界の戦い。 そして彼を表す言葉の羅列……正直、僕の理解の範疇を超えている。
幾度もなく、幾度もなく……それこそ、右肩を貫かれ両足の骨を折られ、左腕を焼かれて……それでも立ち上がって――だけどまた闘おうだなんて。
「このひとは、やはり僕たちとは生き方や在り方そのものが激しく違う。 ……でも」
でも、だからこそ彼の眩しいくらいの生き方に、周囲の人間が影響され、寄ってくる。そしてこの僕も気になる。 この先が、彼が進んでいき、辿ってきたという道が――途轍もなく。
やめておけばいいモノを、あとでそう後悔したとしても――僕は次のページをめくることを止められなかった。
「さ、サイヤ人!?」
「関係ねぇ!! オラ地球人だ!!」
「お父さあああん」
「ご、悟飯……!」
「明日のこの時間までに――――この星の人間を100人ほど殺して、ここにその死体を積んでおけ!」
……騒然としてしまった。 なんだこの記憶は――まるで地獄のようじゃないか!!
「あ、兄があらわれたと思ったら……いきなり息子さんを人質に捕られて」
し、しかも自分が育った星の人間の死体を持ってこいだって?! 悪魔だ……コイツ。 ついのめり込んでしまう彼の過去。 それと同時にフィードバックするかのような感覚と心の機微は、ボクをもっと先へと促していく。
いままでも乗り越えたピンチだ、きっと驚くような出来事で潜り抜けてくれると、どこかヒーロー物の特撮番組を見ている気分で、ついにそのページを……めくってしまう。
「あ、アバラが折れてんだ! はやくしてくれ!!」
つ、次……は。
あ、あの人が……あの人が……かなわないと知ったあの人はいま、自ら犠牲に……?!
「ぴ、ピッコロ……はやくーー!!」
だ、だめだ……この先は……いけない……!
流れ込んでくる絶対不可避の黒い感覚。 このひとが――この方がいま、多大な決意をもってしてその行動に出たのは大いに褒められたことだけど……でも!
「撃てええええええ!!」
く、くるな――!
やめてくれ! それを僕にも味わわせないでくれ――そんな……そんなものを撃たれたら……――!!
「――うぐっ!? おごおおお!!」
う、うぐっ……――――っ! やめろおおおお!!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――!!」
『!?!?』
ヴェロッサと呼ばれた少年はおもむろに飛び跳ねた。 床に伏せ、おえつを漏らし、片手で口を、もう片方を胸部に持っていって何かをまさぐるように掻き毟る。
「ある――ある!! ――――うぅう!?」
「ヴェ、ヴェロッサくん?!」
そこに当然のように存在する胸元に安心したのもつかの間、彼に唐突に襲い掛かる嘔吐感。 それを抑え込み、何とかやり過ごそうかという彼は――
「――――っ」
「お、おい……いっちまった」
まるで死の危険を察知した密林の動物が如く、その場から消えていくのである。 そう、まるで本当に“自分が”死んでしまうかと思った者のように。
「アイツなにしたんだ?」
『……?』
その場に残る者全員に、疑問の嵐を巻き起こし。
「ど、どうしよう……このこと全部、報告書にまとめるの? ……わたし」
「一週間はあるんだから頑張りなさい。 わたしは『帰ってくるまでの三日間』で、すべてをまとめたんだから」
「……はい」
クイントの情けない声と、情け容赦ないリンディの声を残して、今日の昼は過ぎていく。 気づけばなっていた午後の鐘。 それと同時、トイレの個室では少年が一人洗面台に頭を突出し、濡らしていた。
「……あ、あんな……なにかに命を賭けれる人がいるなんて」
知らなかった世界。 見たことが無かった強大な人物。 その片鱗を見て――かれは……
「決めたよ。 僕は……僕は――」
ひとつ、大きな決意を胸に秘めるのであった……
騒然となる隊舎の中で、ついに時間となってしまった悟空一行。 とりあえず今日はここまでと、次があることを告げられて彼らはそっと歩き出す。 また今度、そう言って別れた彼女達と――そう、また会うのだと約束を交わすこともしないで。
悟空「おっす! オラ悟空」
フェイト「いろいろ反則すぎるよね悟空。 今回は残像拳ぐらいで勝っちゃったし」
クロノ「あぁ、結局かめはめ波も使わずに終わらせてしまった……彼女はかなりすぐれた魔導師だったのに」
悟空「しかたねぇさ。 おめぇ達とオラじゃ、やってきたことに違いがあるし、オラの場合、好きで強くなってるってのもあるかんな」
アルフ「趣味と実益を兼ねて世界を救うなんてこと、あんたくらいしかやらないよ……まったく」
悟空「はは! そうほめんなよ」
全員『はぁ』
リンディ「さてと。 とにかく、第一回目は何とか隠し通せたけど……次はこういくかしら?」
プレシア「そうね、あの子が突発的に”成る”前に、こちらの予想が正しいかきちんと確かめなくてはね」
悟空「なる? 何言ってんだ?」
アダルト2名「何でもないわ」
悟空「そうか……そんじゃいいや」
フェイト「いいんだ。 ……それじゃ次回!」
悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第33話」
リンディ「奇跡を知った愚か者」
プレシア「このトウヘンボク! いうに事欠いて生命の蘇生だなんて――そんなことできるなら私が――――!!」
悟空「お、おい! なに怒ってんだ……プレシア!」
アルフ「なにかひと波乱あるのか……静まったと思ったらアイツまた……」
フェイト「悟空……かあさん……」
クロノ「いろいろあるんだ、彼女にも……では、また次回だ」