それが顕著なのが、今回とうとうおこってしまったあの方……
積み重ねてきたものがダメで、あきらめたと思ったら笑うかのように覆していたものが居た。 正直、相手が『彼』でなかったらどうなっていたか……
ミッドチルダの1日目が終わる第33話です。 では。
「おじちゃーん! ばいばーい!!」
「お元気で……悟空さん」
「おう、またなスバル、ギンガ! いっぱい食って、元気に育つんだぞ!」
『はーい!』
元気よく、胸いっぱいに別れのあいさつを済ませていくアンダーナインの子供ふたり。 その後ろで母親が暗雲漂う不健康な表情を隠そうともしないで歩いていくことを除けば、なんと平和的な別れであったであろう。
お日様がいまだに天を降りないこの時間、孫悟空は、いつの間にか半分ほどになったメンバーで、隊舎の外へと歩いていく。 今朝見たコンクリートジャングルが彼らを迎え、照らされた日差しが悟空の黒髪を温める。
ゆっくりと歩き出した彼らは、プレシアの仮住まいへと向かっていた。
「さて、うちの飼い犬の散歩がてら、ここまで来たのはいいのだけど」
「……だれが飼い犬だって?」
その中で零れる凍結レベルの冷たい言葉に、活気よく咆えるアルフは四足歩行のままで因縁をつける。 牙をむき、気に食わないんだよと漏らす彼女に――
「働きもしないで無駄飯ばっかりむさぼってる大型犬が何を言うのかしら?」
「うぐ――!」
「す、すまねぇ」
「え?」
「……悟空?」
無駄飯ぐらい2匹は、素直に頭を下げたんだとさ。 なぜこの男まで下げるのかは、まだ、プレシアさんにはわからない事実で在ったりする。
「……いろいろわからないけど、取りあえずこれからは“わたし達だけ”で確かめたいことがあるの」
「オラたち? ここにいるみんなの事か?」
「そうよ孫くん。 あなたの……正確にはあなたの中にある『ちから』を再確認したくて」
「ちから? それはさっき見せたじゃねぇか」
「ちがうのよ悟空君」
「??」
話題を変え、そのまま悟空へと視線を固定したプレシアとリンディは、そのままゆっくりと歩き出す。 悟空の歩幅は大きいけれど、決して速い歩ではない彼について行くのは苦ではなかった。
「ねぇフェイト、悟空の力ってどういうこと?」
「なんだろう。 クロノはなにかしってる?」
「僕にもわからない。 母さんは悟空が来るまでの内緒だと言っていたし」
『……なんだろう?』
その間行なわれる子供同士の円卓会議は、悟空たちのように歩を進めず止まるばかり。 彼の力と言えば……多々あるが、それでも自分たちが知りえない何かがあるというのかと、胸中に不安を渦巻かせるフェイトたちである。
そうして彼らは、テスタロッサ博士殿お抱えの『工房』という場所にたどり着くのであった。
「――って! ここ普通にお家だよね、かあさん」
「そう細かいことは言いっこなしよフェイト」
「ひぇー! ここがフェイトたちの住んでる家か! 士郎の家とおんなじくれぇでけぇんじゃねぇか?」
大きさにして、2階建ての一般住宅程度の大きさと言えば分るだろうか。 そこに小さくない庭と、犬小屋、さらに『下へ行く』階段まで設置されている。 ……どうやらここは、地下室があるようだ。
「……ねぇ、こんなのあったけ?」
「あたしゃ知らないよ? 前からあったんじゃなかったっけ?」
住人の過半数が知らない機能のようではあるが……
「ふふ……フェイトの驚く顔が見たくて――内緒にしてたの」
「かあさん……」
見つめ合い、どことなく微笑みあう娘と母親。 今までとは正反対のそれはアルフから見たら違和感の塊であり、それでもずっと望んでいたこと。 やっと叶ったこの光景に、そっと微笑むと、悟空に少しだけ近づいていく。
「あの二人、ものすごく仲が良くなったんだけど…あんたナニカしたんだろ…?」
確信を突きながら、やはり確認してはいられないそれをわざわざ聞いてくるあたり、アルフが今までそういった心境でこの二人を見ていたのかがわかる。 そんな彼女に、悟空は少しだけ表情を崩して――
「さぁな。 なんかいい事でもあったんだろ?」
「……ふーん」
ただ、なんでもないといい放つのであった。
「お茶菓子なんかは出せないけど」
「え? なんだ、でねぇんか」
「……少しは遠慮って物をなさい。 それで、みんなにはここに入って……見てもらいたいものがあるの」
その階段の前で華麗に白衣をたなびかせ、片手を腰に当てて皆に言い含めるプレシアはどこか嬉しそうな顔をしていた。 まるで秘密基地に招待する童心のような彼女の胸の内は、果たしていったいどれだけの人間に理解されようか。
『見てもらいたいもの?』
それはさておき、ここで皆の……リンディ以外の子供たちの疑問は最高潮に達していく。 深まるばかりで先が見えないその謎が、やっと説かれる時が来たのだ――そう、孫悟空に現れた、彼が居た世界では決して身に付くことが無かったものが……
「なぁ、早く教えてくれよ」
「そうね、取りあえず入ってちょうだい」
「おう、……暗ぇな。 みんな、足元に気ぃつけんだぞ?」
『はい』
悟空とプレシアが先行する中、暗い足元を注意深く降りていくリンディたち。 段を数えること36段目、そこで合いまみえる茶色い洋風のドアにある金色のノブを回し、中に入るとエレベーターが設置されていた。
そこに入り、また更に下へ行くこと――数分後。
「……時の庭園でもこんなところがあったような」
「当然。 あれはわたしの工房でもあったのだから。 それに似せるのは当たり前よ」
クロノの第一感想に、そっけない風な答えのプレシア。 彼女はそのまま奥へと進んでいき、皆を招き入れる。 一面白い部屋、広さにして……数百メートルあろうかという広さはある。
「これ、許可はとってあるんですよね? プレシアさん」
「…………さて、孫くんには――」
「あの、聞いてます?」
「リンディさん、魔法科学の発展には常に犠牲はつきものよ?」
「あとでわたしが何とかしろと?」
「ふふ……」
「うふふ――」
微笑む彼女たちは紫電をまき散らしては眉をケイレンさせていく。 深まる溝に、一瞬の戦慄を感じたクロノは後ろに下がる。 ……こういう時の男の持つ権力の低さは正直言って異常であろう。
「なぁ!」
『いけない……』
「よ、よかった。 おさまってくれた」
そこに悟空の一声。 すっと消えていく怒気の嵐に胸をなでおろすクロノ。 そんな彼は部屋の隅に立ち、壁にそっと寄りかかり、呟く。 ――やるなら、早く済ませてくれ……と。
「わたしったらつい……だめね、歳をとると怒りっぽくなってしまって」
「話がなげぇのもだな。 そういうところはリンディと一緒なんだもんな。 そこだけ見ると実はおめぇたち、結構仲いいんじゃねぇか?」
『……それは――否定できないけれど』
『しないんだ……』
朝方に同じカフェテラスで紅茶とブラックを飲んでいたところで、彼女たちの間柄は大体理解できようか。 着かず離れずの絶妙な馴れ合いは、大人だからこそ測れる距離感の賜物。 故に彼女たちは、きっとこれから先も親交が途切れることはないだろう。
さて、関係ないことがだらだらと続いたが、ここで悟空を見る目の色を一変させるプレシア。 彼女は“あの時”の光景を思い浮かべると、空中に紫のウィンドウを開き操作する。
「それじゃ、孫くん。 あなたには突然だけどなってもらうわ」
「なる? なんにだ」
俯き加減の彼女は長い髪を重力に従わせ、それが邪魔なのだろう、そっと書き上げるとやはり元の位置に戻っていく。 それでも作業を進めていく彼女の手元には、キータッチの音が忙しそうに鳴り響いていき……エンターを押したと思わしき音で締めくくられると、次いで悟空に注文を言い渡す。
「あの時なった……金色の姿によ」
「……ん? ――超サイヤ人にか?!」
「そうよ。 あれになって、いろいろと調べたいの」
悟空に促される『超化』の注文に、あたりの人間は緊張の糸を引き延ばす。 あのときの戦神を、またこの目で見ることが出来ると――そう荒れ狂う心を押さえつけながら。
「スーパーサイヤ人。 あのときの姿……」
「金髪になるあれだよね、フェイト」
「うん。 そして悟空が怖くなるアレ……」
子供たちの印象は、決していいモノとも言えなくはないのだが……――そして。
「もしかして、もう出来ないわけじゃ……」
「前はそうだったけど、苦労してコントロールできるようになった。 だから大丈夫だ」
「……そう、やはりね。 それじゃ、お願いできるかしら」
「ああ」
『…………』
悟空の『前』という発言で、どこか影を射したプレシアはそのまま彼を促していく。 種族を超えた姿に――すべてを超えた姿に――
「行くぞ――」
『!?』
「はああああああああ……」
唸る彼は大きく構える。 両拳を握り、腕の筋組織からすべてを爆発的に膨らませる。
「はぁぁぁぁああああああ――――だああああああああ!!」
『――――!!?』
それが、それが――ある一定の形に安定すると、彼は大きく輝きだす!! ……そう、黄金色に。
「…………」
「な、なった……悟空があの時の姿に」
「鋭い目。 さっきまでとは別人のように雰囲気までも変わった?!」
あたり一面を照らす黄金のフレア。 それが煌びやかに散っていく姿はまるで幻想。 目も、声も奪われ……しまいには心さえ掴まれるその光のなんと美しい事か。
「…………さぁ、なったぞ」
「――あ、ご、ごめんなさい。 あまりにも驚いてしまったから」
「やることがあるのなら早くしてくれ」
「え、えぇ……」
上がる声は冷徹そのもの。 まるで氷河にそびえる山を連想させる鋭さは、さしものプレシアですら戸惑いの声を上げてしまう。
「ご、ゴクウなんだよね……?」
「あぁ、そうだ」
「か、感じが全然変わっちゃうからわかんなくなるところだったよ」
「そうだな。 この姿になるとオレも時々、自分を抑えられなくなってダメだ」
「…お、押さえられない………」
「……」
アルフ、フェイト、クロノ、リンディも同様で、彼の激変に驚き尚且つ、その鋭い碧の眼光に足がすくむ。 戦闘でもないのにこの迫力だ、彼等に掛かる重圧は相当なものであろう。
「それじゃあ、始めるわ……そのまま力を上げて行ってくれるかしら?」
「ちから……気を上げればいいんだな?」
「えぇ」
新たにキーを押していくプレシアは悟空に再び向き直り、彼にさらに追加の注文をする……それが――
「後悔するなよ……」
『…………え?』
不用意な注文だと思いもせずに。
「はあああああああああああああ――――」
「うぉ!? ゆ、揺れ――」
「た、建物がここ――壊れそうに!?」
「な!? こ、こんなふうになるなんて」
「地下で地震なんて最悪なんじゃ……!」
唸る彼が巻き起こす自然災害。 地下で巻き起こるそれに鮮烈を隠せない皆は、悟空からあふれ出るフレアの燃焼に恐怖する。
「だああああああああああ!!」
『!?』
……したのもつかの間、それは正に氷山の一角でしかなかった。 更なる豪炎を上げる悟空に、揺れる建造物は悲鳴を上げていく。 その中で、何かを測定するかのように動き出す機械がひとつ。 さらに“それ”を見たプレシアは言葉を失っていく。
「ありえない」
「プレシアさん――?」
紫のウィンドウに映し出されたのはある数字。 2、3、5、8――グングン上がっていくそれは……
「ま、魔力値5000万!? まだ上がっていく!」
『魔力!?』
悟空からあふれ出てくる『気』以外の力。 フェイトたちになじみ深いそれは、確かにかつて悟空からは発揮されることが無かった力の名称。 それがなぜ!? 疑問渦巻く中で、悟空はさらに注文に答えようと……
「あげられる気はまだこんなもんじゃねぇ。 やろうとすれば今の倍以上は出せるはずだ」
「ばい!? そ、それはダメよ! いい加減、工房が木端微塵に吹き飛んでしまう……もう結構よ」
「……そうか――――ふぅ」
否定の声を急ぎあげるプレシア。 やめて、よして、変わらないで、ここが崩れるから~~ 彼女の声に、金色の輝きは一気に霧散していく。 それと同時、悟空の目から碧の光りが消え、鋭い雰囲気も急激にやわらかいそれになっていく。
「も、もとにもどった……いつもの悟空だ」
「……ていうか」
「ゴクウ、アンタいつから魔力なんて身に付けたのさ?」
「そうよ悟空君。 いままでそんなそぶりも見せなかったのに……あなたの事だから、身に付けたのならすぐに言うと思ったのだけど……?」
「……え? まりょく?」
同時、彼に近づく彼に募る質問。 当然だ、彼が持った力に驚かない人間はこの場にはいない。 皆が丸い目で彼を見つめる中、プレシアはそっと悟空に寄って行き……
「今のは“彼が持っている魔力”じゃないわ」
「ん?」
そっと、悟空の胸元に手を添えていく。 触れたそこに感じ取る彼の体温は、先ほどの超化の影響だろうか、平熱よりもあたたかく、それがプレシアの手のひらに伝道していく。 まるで日の光りに照らされているような心地よさは、彼女の口から……
「はぁ」
「おい?」
「ふふ……ごめんなさい」
「ん?」
そっと、ため息を吐き出させる。
「続きを言うわ。 今のは彼の魔力ではない……そう、彼がターレスとの初戦で呑み込んでいたという“ジュエルシード”が出力をつられるように上昇させ……フルドライブ状態になろうとして、それが“漏れた力”なのよ」
『……え?』
「なんのことだ?」
プレシア女史の言葉に、管理局の二人組が凍り付いた。
いま、この人はなんていった……
「じゅ、ジュエルシードのフルドライブ!?」
「それはかなり危険な状態ではないのですか!!」
そうなのである。 仮にもロストロギアの最高稼働状態、それはすなわち次元世界の驚異を意味し――次元振の発生を……
「……ああ!」
「そうよ、次元振! そういえばターレスもジュエルシードでそれと同じことを」
「正解よ。 つまりこの子とあいつは、ジュエルシードの力を限界まで引き出すことが出来るという事よ」
「ゴクウが?」
「ジュエルシードを……」
意味したところで正解を導き出していく。 今回の悟空が行って見せた謎の現象、それがジュエルシードが持つ膨大な魔力と……
「こんなところで見るとは思わなかったけど、もしかしたら『願いを叶える』という特性も効果的に発揮しているのかもしれないわ」
「……どういうことだ?」
その石が持つ。 “幸運を呼び寄せる”という力が、なぜか正しく発揮された現象を彼女は見抜いてたのである。
「孫くんの中にあるのは、前にフェイトが回収してアイツに盗られたモノよ。 それはまぁどうでもいいのだけど、この石が今まで誰かの願いを叶えたことってあったかしら?」
「……あ」
プレシアの言葉に、深い実感で思い出されていく今までの騒動。 あの青い石が起こしたのは只々はた迷惑な事件だけではなかっただろうか? 何が幸運の石だと、罵ったものさえいるかもしれないそれに、フェイトは自然、悟空の胸元に目が行く。
「そ、そういえば」
「フェイト?」
「あの時、悟空が大猿になったとき……」
「おらが?」
そこで思い出したかのように顔を上げたフェイト。 彼女にも心当たりは在ったのだ、悟空がジュエルシードを呑み込み、大猿になったアノ夜に――彼はフェイトにどう反応をしたのだろうか?
「握りつぶされると思ったら、突然苦しみだしたの。 そしたら全身が青く輝いて」
「……」
「しかもそのあと、どうしてかわたしをそのままつぶさないで、なのはたちがいる方に投げ飛ばしたんだ。 まるで――わたしを逃がすように」
「それは偶ぜ――――「おそらく、孫くんにほんの少し理性が戻ったのね」……プレシア?」
そうだ、悟空はあの時彼女を放り投げたのだ。
そう、焦るようにはじき出したフェイトに、プレシアの中にある答えは確信へと近づいていく。
「プレシアさん、もしかして悟空君に起こった現象はもしかして――」
「そうね。 大きくなったことと言い、小さくなったことと言い。 おそらく……」
「ジュエルシードが、何らかの干渉を行なっている……?」
『…………むぅ』
「??」
彼に起こった数々の奇妙な出来事は……この石が関係しているのではないか――と。
「それじゃスーパーサイヤ人になったのもあの石の――」
「それは違うと思うぞ?」
「悟空?」
それもこれもと……どこか解決の兆しが見えてきた最中に、悟空はついに、今までの疑問を言い放つ。 深く刺さり、取れないでいた喉元の魚の骨をかきだすように。
「オラが“初めて”超サイヤ人になったのは、実はターレス相手じゃねぇんだ」
『はい!?!?』
「ど、どういうことだよゴクウ! あんた、まさか出し惜しみしてたんじゃ――」
「そういうんじゃねぇんだ。 ただ、あんときは出来なかっただけでよ……ん、なんていえばいいんだろうな……」
それは信じられない事実であると、誰もが彼に詰め寄った。 その中で服を掴んで、揺さぶるアルフは鬼気迫る顔にまで表情を鋭く尖らせる。 あんな目に合っていながら――知らない彼女はまくし立ててしまう、悟空にだって、分らないことが多く在りすぎるというのに。
「ゆっくりでいいわ。 時間は取りあえず多めにあるもの、あなたが体験してきたことをそのまま話して頂戴」
「……わかった。 ま、まずよ。 リンディには言ったけど、ターレス以外のサイヤ人がオラの地球に攻め込んできたんだ」
『…………はい?』
そうして話された第一声から、リンディ以外のすべての皆が、一斉に目を丸くする。
「……やっぱりそうなるわよね」
「あ、あんな化けモンがまだ居たのか!! そ、それで――」
ありえないと声を上げていく皆……それはもちろんプレシアだって例外ではない。
「あんなのがもうひと――」
「あぁ、3人きてさ」
「……さ――!?」
出そうとした声を、更なる恐怖で埋め尽くしていく。 既に泡を吹いてもおかしくない心境の中に、これでもか! と、悟空はまるで蒸気機関車の機関部で石炭を放り投げるかのように話題を燃焼させていく。
「まず、オラの兄貴だって言う奴。 これは――」
「ちょっと、落ち着きなさい孫くん」
「そうだよ? 悟空、いま、とっても大変なことを言ったんだよ?」
「……?」
爆発が……止まらない。 いま悟空から言われたもう一言は、更なる波紋を……いいや、もう彼らの脳内はいっぱいいっぱいだろう。 その証拠になぜか悟空を論し始めたフェイトは目が虚ろだ。
「だって……だって悟空のお兄さんっていったんだよ? そっ、それってつまり……きょ、兄弟で……」
「…………」
これには、あらかじめ聞いていたリンディも青ざめた。 まさか最初の相手が自分の兄貴だというのは――どこかしらの物語でしか聞いたことがない話だ。 しかも悟空の態度から、やはりその人物もサイヤ人の例から漏れなかったのであろう。
「それじゃ……あなたは――」
「そうだ。 闘った」
「それで、決着は……?」
「ん……」
だから気になり、聞いてしまう。 それは昨日、士郎と恭也が聞いていたこと。 だからいつかはと考えていた悟空は、なんともあっけらかんと……
「全然敵わなくってよ――結局、ピッコロと協力してなんとか相打ちにもちこんだんだ。 いやー、アイツ強いのなんのって……「……まちなさい」……ん」
言ったそばからプレシアが冷たく留める。 閉じた目はどことなく疲れた表情を作り出し、開かない口元は苦々しさをかみしめているかのよう。 言い方はなんともフランクだった悟空に、だからこそプレシアの指摘は鋭くなっていく。
「あなた今……相打ちって」
「あぁ、いったぞ?」
「なら……」
「その質問なら……昨日の内に全部士郎に話したんだ」
「……はい?」
その視線を、受け流せる答えを彼が持っているとも知らずに。
「リンディたちには言ったっけかな? オラ、確かに一回死んじまったけど」
「え……?」
「あんた……うそだろ」
「そんな顔すんなよ? 現にいまここで生きてんだからさ」
「け、けど悟空!」
「……そういうことね」
「リンディさん?」
それが出されるまでの数秒はなんと暗い表情をしていたのだろう。 テスタロッサの一家はもちろん、ハラオウンの母子だって同様で、でも、『それ』を知っているリンディは、納得するようにうなずいて見せる。
「あなた、生き返ったのね?」
「さすがリンディ、その通りだ」
若干の戸惑いを残しながら言い放つリンディに、クイズ番組の司会者よろしく。 パチンと指を鳴らして「へへ!」と、笑って見せる悟空。 その答えに『知っていた』皆が納得していく中で――
「ふふ、あなたでもそんな冗談が言えるのね?」
「ジョウダンなんかじゃねぇぞ」
「もう……顔に似合わずサマ師なんだから…………」
「いやよ、だから――」
「…………ウソなのよ……ね?」
「……え? お、おい?」
ひとり、激情に身を任せる者がいた。
「ふざけないで!!」
「……お、おお?」
「なに!? 生き返る? バカなことを言わないで!! そんなこと――出来るわけがないじゃない!!」
それは己がすべてを振り絞るかのような憤怒の声。 己を、今まで進んできた道を、それでも裏切られてきた努力のすべてを踏みにじられたかのように、感情を爆発させたのは当然、プレシア・テスタロッサである。
「い、いや……それがよ」
「なに? あんな暗い話をしておいて、結局私をからかうつもりだったわけ? ――最低ね。 もしそのままつまらないことを言うのなら、ここで切り裂いてあげるわよ――」
「お、おい」
たじろぐ悟空に、それでも引くそぶりを見せないプレシア。 事情も、その他もろもろを知らない彼女は叫ぶ。 まるで、今までの失敗を、目の前でへらへらと笑う分からず屋の子供にぶつけるかのように。
「か、かあさん……」
「どきなさいフェイト、いま私は頭に来てるの。 このトウヘンボク、言うに事欠いて生命の蘇生だなんて――そんなこと、出来るのなら私が――――!!」
その姿が嫌だったのであろう。 『事情』を説明しようとしたフェイトを、わが子を押しのけこれでもかと悟空を罵るプレシア。 彼女の怒りは限界を超えていた、そう、何もかもが上手くいかなかったあの頃を、真っ向から否定したのだから――だからこの男は……
「お、落ち着けよ」
「出来ないわ」
「なぁ、何怒ってんだよ」
「あなたみたいな子供に何がわかる!!」
「言われなきゃわかんねぇよ!」
「だったらその口をもう開かないで! そして死者蘇生だなんてたわけたこと、2度と言うんじゃない!!」
荒げる声は、心の内を吐露しているから。 彼女の性格上、どうでもいいことにここまでの労力は使わない。 それを、いいや、『事の真相を理解している』ハラオウン母子は、やはり見守ることしかできない。
そう、いまは、彼女の中にある憤りを――吐き出させるしかないと割り切って。
そして悟空は、そんな彼女の“事”を知ってか知らずか……
「けど……ホントの事だ」
「~~~~っ!!」
彼女の心の内に、土足で突っ込んでいくのである。
「ふざけるなぁッ!!」
紫に輝くプレシアの身体。 白衣から妖艶なドレスへと鳴り変わり、手元から長い杖を出しては紫電を収束させていく。
いつか見せたロングソードと同等の長さを誇る武器を手に、彼女は悟空に対峙する。 振りかぶり、身体ごと大きくしならせ――落としていく
「プレシアさん!?」
「お、落ち着いてください!!」
「悟空!」
「ちょっ――このババア! いい加減に!!」
風を切り、空を裂かんと唸らせた紫電の一擲は……
「…………ウソなんか言わねぇよ」
「――――うくっ!?」
悟空の前髪をわずかに切るだけに終わる。
だが間違えないでほしい。 彼女に戸惑いもなければ、寸止めの意思もなかったことを……そして、悟空に避ける選択肢もなかったことを。
彼は今、プレシアの激高を受け止めているのだ――たったの“2本の指”で……
「こ、この――!」
「おめぇがなんでそこまで怒るのかはわからねぇよ」
人差し指と中指。 そのたった2本で挟んだ紫の魔力光は微動だにしない。
力任せに押し込んでいこうとする。 それでも彼にコンマ単位でだって刃は近づかない。
「動かせない――」
「けど……」
押せど動かず、退けど戻らない。 一進も一退もないこの現状に、分っていたとはいえ届かない刃に歯噛みするプレシア、それに対して悟空の黒い目は鋭さを増していく。
「言ってくれるまで、待つことぐれぇならできる」
「……」
自身を射抜いてくる黒い眼光は、ただひたすらに真っ直ぐで……眩しい。 この中で一番距離が近い彼女は、それが何よりもわかってしまう。 杖を握る力をようやく緩めていく。
「ふぅ」
「…………」
一気に鎮火していく熱に、悟空は二本指を解く。 ガチャリと重い音を鳴らして、冷たい床に落とされた杖から紫電が消えていく。 同時、彼女の服装は足元まで届く白衣の姿に戻っていく。 ……消えていくプレシアの戦意を表すように。
「落ち着いたか?」
「……ごめんなさい」
「いや、いいんだ。 おめぇがあんなになるんだ、よほどのことがあったんだろ?」
「……えぇ」
うつむく彼女はどうしてだろう、悟空の背後に居る少女に瓜二つ。 自分の思いを隠し、誰かのためにすべてをなげうってしまうことが出来る彼女達、そう、できてしまうから……崩れるときは本当に酷いモノで……
「ここじゃ喋れねぇよ……な?」
「……そうね」
「そんじゃ――オラの話を続けてもかまわねぇか?」
「お願いするわ。 こんなにかき回しておいてなんだけど……」
それを知るまでには、まだ、ほんの少しの時間を要しそうだ。 ほんの少しだけフェイトを見た悟空は、そのままプレシアに振り向く。 そっと出した言葉、どこかいつもと違う彼の雰囲気に、先ほどの時とは違う反応をするプレシアはそっと肩を落としている。
話は、やっと元に戻っていくのであった。
「えっと? たしか……ベジータと戦ったとこまでだったか?」
「違うわ、あなたが……死者蘇生の話をしていたところよ」
「そだった、すまねぇ」
「いいわ」
何となく軽くなったプレシアの態度は今までよりもさらに朗らか。 なぜか優しい目をする彼女に、悟空は“奇跡”の物語を紡いでいく。
「オラ達が居る地球にはな、7つそろえると、どんな願いでもかなえてくれる球があるんだ」
「どんな……願いでも?」
『…………』
それに、ただ一人知らないプレシアはドンドン話しにのめり込んでいく。 先ほどまでの感情は既にない、冷静に聞いていけると両手を握り、悟空の言葉を受け取っていく。
それに周囲は、ただ見守ることしかしない。
「“ドラゴンボール”っていってよ? 昔、ナメック星ってところからやってきた今の神さまが作ったらしいんだけど、そいつでオラは生き返ることが出来た」
「……そんなものが。 あなたといい、そのドラゴンボールといい――神様といい、ホントに非常識な世界なのね」
「そうか? ……そんなことねぇとおも――『いいや、非常識だ!』……うんだけどなぁ」
次々と語られていく単語に、前に聞いていたリンディと同じ反応をするプレシア。 そんな彼女に次いで、悟空に非難の声を上げる皆はとんでもないチームワークであった。
「それで、あなたは生き返ることが出来たのね?」
「そうだ」
「……だったら」
……と。 ここでプレシアに不吉な影が射そうとしていた。 どす黒く、狂気を孕んだそれは黒い焔――まるでつい数日前のリンディと同じ考えが、彼女の脳りに流れるさなか!
「おめぇが何考えてるかは大体予想はつくけど。 きっとダメだと思う」
「……」
「……どういうこと?」
悟空の問いが飛び、それにプレシアは無反応。 それでもと、尋ねたフェイトに悟空は人差し指を天に向けて知っていることを話してやる。
「これも、前にリンディたちに言ったかもしれねぇけど……ドラゴンボールも、案外できんねぇことが多くってよ」
「できない……こと?」
「そうだ。 まず、神さまの力を超えた願いは叶えられない――たとえば、神さまより力が上回るサイヤ人を、この世から消してくれー……なんて願いはかなわねぇ」
「……そうなの?」
まず、ひとつ。
「つぎが、そうだな。 死んだ人間を生き返させられるのは、そいつが死んでから1年以内ってのかな」
「…………そんな」
「その反応を見ると、おめぇ」
「……そのとおりよ」
次の言葉に、やはり方から力が抜け落ちていく。 あきらめたはずなのに勝手に期待して……そう呟いた彼女の顔のなんと自虐に満ちたものか。 見たこともない顔に、フェイトは愚か、アルフですら心配して顔色を窺っている始末である。
「まぁ、その話もあとで聞くさ」
「ごめんなさい」
「……えっと? そんで、取りあえずオラの兄貴っちゅう奴を倒したら、その1年後にもう二人来ることが判ったんだ。 それで神さまの提案でオラ、あの世で修業することになった。 ほら! 界王拳ってあんだろ? それを教えてくれた“界王さま”って人のところに、オラ行ってたんだ」
『あ、あの世』
「死んでも戦う……まさに修羅道ってやつかしら?」
「はは、なんかシロウにもそんなこと言われた気がするな」
転んでもただで起きない彼の行為に、皆がなぜか納得する。 何となく、こういうことですらやってのけるのだと、あきらめ気味に自分たちを説得させた皆の衆は、悟空の笑い声をただ聞き流していく。
「まぁ、そんなわけで強くなって……ベジータを何とか追い返して」
「そこからね。 たしか、4人の仲間が殺されたのだったわよね。 それに神様も」
「……はい?」
「神が……死ぬ!?」
次いで投げ出されたリンディの不用意な投下に炎上する周囲。 あーあ、なんてプレシアが見上げたところで既に手遅れ。 混乱が支配する最中で、悟空はそっと手をかざし「まぁまぁ」となだめていく。
「神さまが死んじまって、同時にドラゴンボールもただの石ころに戻っちまった。 けど、仲間のクリリンの提案で、神さまがもともと居た星――ナメック星に行くことになったんだ。 そこにある“本場のドラゴンボール”を求めてな」
『ついに宇宙進出ですか……そうですか』
「そんな顔すんなよ。 ……そしてだ、先に行ったクリリン達を追いかける形で、オラも修行しながら向かったんだ――もちろん、その修行が……」
「あの、超重力の修行ってわけね」
「そうだ。 それを100Gまでこなした……はずだ」
『……なるほど。 大体読めてきたわ』
悟空が話を進めていく中、同時に上がる大人たちの声。 その間に、悟空が言い放った100Gという単語に、ツインテールの片方が解けるという妙技的なリアクションを取ったフェイトは硬直から抜け出せない。 ……なんなの、そのフザケタ数字は……と。
「そっからいろいろあって……フリーザってやつと闘ってさ」
「……」
「クリリンが」
「…………」
重い空気が流れていく。 唐突に、本当に切り替わったのは悟空が妙に涼しい顔をしだすから。 怒りも悲しみも……一緒くたに混ぜ合わさっていくかのようなそれに、冷静さを失わないクロノも、活発なアルフも……
「殺されたんだ」
『…………』
ただ、彼の言葉をかみしめていた。 なぜあんな顔をしたのか……いいや、普通だったらもっとひどい顔をしていただろうそれは、怖いくらいに澄んでいた。
「アイツは、すでに一回ドラゴンボールで復活してる。 ドラゴンボールで一回生き返ったヤツは、2度と生き返らんねんだ……だから」
『……』
「オラ、頭が……かぁ――となってよ」
『………………』
「気付いた時には、超サイヤ人になってたんだ。 今にして思えば、あんなに怒ったんは生まれて初めてだったのかもな。 ガキん頃、最初にクリリン殺されたときはさ、どっかでドラゴンボールで復活できると思ってたはずだったんだろうな……」
「悟空……」
その寂しげに映る目が、なんときれいに光るのだろう。 不謹慎とさげすまれようと、そう思わずにいられないのは、今の彼から哀しみより深い感情を受けてしまったから。 それを知ってか知らずか……
「そのあとも結構ヤバい戦いだったけどさ。 なんとか終わらせて、ヤードラットってとこで『瞬間移動』を覚えて、脱出した時につかった宇宙船に乗ってそのまま地球に帰ってきたんだ」
「そうだったのね」
「星の爆発に巻き込まれそうになったときは、さすがのオラも死ぬのを覚悟したけどな! はは!」
『星……爆発?』
「……まぁ、それはいいわ。 あまり深く聞くと精神を病んでしまいそうだから」
「そうか? フリーザの奴が――」
「しゃべらないで悟空君。 まだ、わたしはそっちに行く準備は出来てないの!」
「そうか? リンディが言うならいいけどさ」
「……はぁ」
ホントに、ホントに重い溜息が流れていく中で、悟空は尻尾をゆっくり動かし、まるで他のサイヤ人のように腰に巻いてみて……慣れないからすぐに戻す。
「いろいろあったけど、界王さまの機転で、本場のドラゴンボールでみんな生き返らせてもらったらしい。 そのことは界王さまから聞いて、オラすっげぇ安心してたから間違いねぇ……」
「……そう」
「あぁ、そうなんだよな、やっぱり」
『……?』
ここでついに核心に迫る。 悟空が今まで感じていた違和感。 ターレスが、彼ら以外のサイヤ人が――なぜここにいるのかという事を。
「アイツ……ターレスの奴とはオラ、やっぱり会ってねんだ」
「え?」
「それはどういう……?」
「…………」
沈黙は金。 重苦しくて辛い空気の中に置いて、ついに言われた悟空の告白。 あいつは、あのサイヤ人は……在るはずがないのだと。
「ベジータっちゅう、オラと同じサイヤ人が居んだけどさ。 そいつが言ってたんだ。 生き残った“純血”のサイヤ人はオラとベジータのふたりだけ。 残りは絶対に居ない――てさ」
「……男二人。 つまり」
「途絶えることが決まった種族……ね」
「……そういやそうだな」
「そういやって……ゴクウあんた」
「まぁ、とにかく。 あんなサイヤ人はオラ知らねぇ。 界王拳をつかえて超サイヤ人になれないときなんてナメック星の時ぐれぇだろうから益々ありえねぇ。 あんな奴、オラが忘れているわけねぇからな――絶対に」
『……はっ!』
ここまで言われて、やっと気づく周囲の人間。 そうだ、知らない……小さくなる……覚えていない――忘れている!!
悟空の身に起こっている不可解な事象のひとつを、やっと知り得て理解する。
「ゴクウ、あんたまさか――」
「……ん」
「記憶喪失……なの?」
「……どうだろうな…………」
自覚もなければ自信もない。 それは確かに覚えていて、だけどできなかった……『知らなかった』こともあったから。
「理由はわからねぇけど、最初にデカくなったときはベジータと戦っているときのことまでしか知らなくて。 そんで超サイヤ人になった途端、一気にヤードラットから帰ってきたぐれぇまで……こう、頭の中に流れてくる感じで思い出したっていうかさ、そんな風に思い出していったんだ」
「……どうなってるの?」
「それはオラが知りてぇ」
「そうよ…ね…」
フリーザに超サイヤ人に……2度目の死を迎えたクリリン。 そのどれもが悟空の脳内に稲妻のように駆け巡ったアノ感覚は酷く気味が悪く……違和感の塊であった。 知らなかったことなのに、いざ受け容れたら今度はなぜ忘れていたんだとつぶやいていた自分が居て――まるで、“今の自分が本当の自分じゃない”感覚はただ、不信感を募らせていくだけであった。
「とにかく……」
「ん?」
「いま、孫くんに起こっている異変は3つ」
・謎の年齢逆行?
・記憶の喪失?
・超化した際に起こる魔力の発生!?
「この通りかしら? ――ターレスの言うことが本当なら、フェイトが初めて会った時点で彼は今の年齢だったはずだけど」
「……そ、そんな」
「そいつはなんか複雑だな」
「そうね。 初対面の時点で大人と子供だったのだから……こほん! けどね、もしかしたらそうじゃないかもしれないけど」
『……?』
つい、苦悶を浮かべてしまうフェイトはどこまでも複雑なのであろう。 当然か、いまだに“あの時の悟空の年齢”を知らなかった彼女は、まさか自分と同じくらいの男の子が、あの時から数倍先を生きていた人間だとは思わないのだから。
それは母も同じ思い。 それでもと、小さく鳴らした喉の音が白い部屋に響くと、彼女は小さく指を振る。
「そんな顔をしないの。 この子がいくつになってもこの子のままっていうのは、あなたがよく知っているでしょう?」
「……はい」
「ふふ。 それがわかっているならいいの」
「うん……」
どこか論すようにフェイトを撫でたプレシア。 先ほどまでの悪鬼は既に抜け落ち、もはや黒い影すら見当たらない彼女はまるで『悟り』を開いた賢者のよう。 金の髪を流していくその手を、そよりと戻すと、そのまま視線は悟空を向いていた。
「そしてこれからつながるのがあなたに生じた変化――魔力の生成」
「……そこなんだよ、オラが納得できねぇのは。 そんなもんがホントにあったとして、オラ自身どこもパワーが上がってねぇと思うんだけどな」
「それはほら――」
どことなく。 ゆっくりと右こぶしを作る悟空はその手を発光させていく。 青色に光るそれはすぐに消え、何かを残すこともせずにもとの何もない拳に戻っていく。 特に意味がないそれは、ただの確認のためにされた行動。 悟空はいま、確かに力を見つめなおしたのだ。
そんな彼に、プレシアの仮説は止まらない。
「ジュエルシードの魔力が……あなたの力にプラスされてないから……――ッ!」
「ん?」
「そうよ、こんな簡単なこと――これなら」
つぶやいたたったの一言で、新たにつながっていく自身の考え。 単純で、でも、一度根付いた考えだからこそすぐには掃えず、皆を真実から遠ざけた――
「孫くん」
「なんだ?」
「あとで、えぇ、この後であなたに話したいことが出来たわ」
「あと? いまじゃ――「ふふ…こんな人が多いところじゃ恥ずかしくて……女に恥をかかせる気なの…?」……ん?」
『………思わせぶり…ですよね?』
「さぁ、どうかしら?」
だからプレシアはいま、そのことを『誤魔化した』のである。
「……余計な混………の際避け……き」
「?」
そしてその呟きは、やはり近くにいた悟空にしかわからなかったのである。 聞き取れない声は、どこか暗い音を奏でながらも、その実クロスワードが解けた主婦のようなノリの軽さをかもしているアンバランスさを持ち合わせていて……正直、不安である。
「まぁいいや。 とにかく、オラの中にある石っころが、オラに何らかの影響を与えてる。 これがわかっただけでも大分ましだ」
「……それでいいの悟空?」
「そうだよアンタ。 緊急事態だったとはいえ、腹ん中にロストロギア突っ込んだ人間なんて聞いたことがないんだよ? この後も平気って保証はどこにも――」
「そうだな、でも……」
その不安をあおるように、つい悟空に向かって咆えてしまったフェイトとアルフに、それでも悟空は落ち着きを崩さず、そっと彼女たちに視線を配る。 どこにも影を射させない大きな笑顔に、皆が呆ける最中。
「おめぇたちと、おめぇの母ちゃんが頑張ってくれるかんな。 それだけでオラ、不安とか全然ねんだ。 何しろ、心強い味方が『フェイトの母ちゃん』だからな……はは!」
「……あ、うん…………」
「こ、この子は――持ち上げてくれるじゃない」
知らず知らずのうちに、彼女たちの心に火をつけていくのである。
「悟空の発言で、プレシアさんが完全にヤル気になった?」
「おそろしいヒト。 狙ってるわけじゃないでしょうに……」
「かあさん?」
「わからないクロノ?」
「……はい」
その理由、その源、いまだ子供を抜け切れていないクロノ・ハラオウンにはまだ想像もつかなかったであろう。 親というのは……こと、わが子をかわいがる親に至っては――
「裏切れないのよ、子供の期待には……ね」
「……!」
引けないときというのが必ずあるという事を。
「さって、話は大体終わりでいいんか?」
「そうね。 ……これ以上はただ、無駄な時間かしら? 記憶も体の変調も魔力も、じっくり探っていくしかない」
「そうか」
どことなく。 話を終わりに導いていく悟空はその場で少し伸びをする。 つま先から腰から腕から頭から全身に至るまで、ガス抜きをするかのように気を落ち着かせる彼は、そのまま尻尾を軽く振っていく。
「よし!」
振り子のような運動を3往復。 それに目が行っていたフェイトに気付かぬまま、悟空は両手を軽くたたく。
「とりあえずこのままプレシアの家でお茶でも貰わねぇか? オラなんだかのど乾いてきちまったぞ」
「それはいいけど……プレシアさん」
「……仕方ないわがまま坊やね。 いいわ、コーヒーくらいなら御馳走するわよ」
「ぇえ!? あれはニガイから嫌ぇだあ」
「大丈夫よ悟空君。 ブラックでも、練乳と砂糖を用意すれば――」
「リンディさん、それはそれで絶対に健康に悪影響が出ると思う」
「ああ、間違いないね!」
「……そ、そうかしら?」
「かあさん……」
終える話に周囲の人間はそれとなく部屋の外に出ていく。 エレベーターに乗り、そのまま『上矢印』のボタンを押そうというところで……悟空は少しだけ下を向き――
「あ、おめぇたちに言わなきゃなんねぇことがあったんだ」
『??』
本当に今まで忘れていたかのように、悟空は、彼は……昨日の大発見を口にするのである。 それは先ほど上がった“奇跡”のお話。 そしてなのはが眠っていた三日間で知った……プレシアに残された刻限。
それを覆せる秘宝と方法を得た今、孫悟空は臆面もなく――
「昨日な、なのはんちで『四星球』が見つかったんだ」
『スーシンチュウ?』
「そだ」
「えっと……」
「さっき言ったろ?」
「?」
悟空が言ったそれは、皆にとっては聞き覚えのない単語。 意味が解らず首を傾げる全ての者に悟空は気付いたのであろう。 その、“正式名称”をついにさらけ出してしまう。
「ドラゴンボールの事だ」
「……!!」
プレシアが、飛び跳ねた。
垂直跳びでおおよそ47センチ……おしい、あともう13センチで優秀の部類だった――などと、どこかの艦長さんがある意味で冷静にそれを見つめる中、後ろにいるフェイトにも衝撃が伝わったのだろう、彼女のツインテールも激しく揺れて、近くのアルフにぶち当たっているのである。
それをみて、だけど悟空に叫ぶのを皆はやめない。
「いやいやあんた! ど、“どらごんぼーる”ってのはそっちの世界の産物なんだろ!? なのにどうしてこっちの世界で見つかるんだい!」
「そうよ孫くん。 それはいくらなんでも……けど」
「“じょうだん”なんかじゃないんだよね」
「……まぁな」
テスタロッサの一家が総出で入れるツッコミに、文字通り涼しげな対応で返す悟空はなんとも自然体。 彼のその態度に、次第と事の事実を掴んでいく彼女たちは自然、背筋に汗を流していた。
そんな彼女たちに、ハラオウンのふたりはなんと暗い表情であろうか――まるで、来るべきものが来てしまったかと言わんばかりに……重く、辛い。
「確認したいのだけど」
「どうした? リンディ」
「あなたが言う、そのドラゴンボールは……オレンジ色の水晶に……その、赤い星が入ってるのよね?」
「そうだ、そんでその星の数で“一星球”“二星球”……てな感じで、呼び方もかわ――「それじゃこれは“イーシンチュウ”と呼ぶのかしら」……! お、おい。 リンディそれはおめぇ」
在ったのだ、彼女の懐から出されたオレンジに輝くその龍球。 手のひら大、天然ゴム並みの硬質、輝く紅の一番星。 そのどれもが悟空にとって見覚えがあるものであり――彼を最後まで追い詰めたものである。
それを見た時、プレシアは思い出したかのように顔を上げていた。 そう、わたしも数日前に見たはず……と。
「そ、それがドラゴンボール。 あのとき孫くんの近くに転がってきた……これが?」
「何もしてねぇのに、もう2個もそろっちまった」
「……偶然、にしては出来すぎると思うわよね」
『うむむ……』
唸る子供たちをしり目に、悟空と大人たちは淡く輝き始めた龍球を見つめて小さく息を漏らす。 この輝きが、既に「実は偽物なのでは?」という悟空の懸念を払いさり、その反応がリンディに確信を持たせる。
いま、目の前に、特大レベルのロストロギアが存在している……と。
「いいえ、滅んだ世界ではないのだから、正確には違うのかしら?」
「リンディ?」
「ごめんなさい、こちらの話よ」
「そうか」
それすら訂正しなければいけないこの神秘を前に、手に汗握って片手で髪を書き上げる。 どこか不規則な呼吸は、やはりこのアイテムに題された『どんな願いでも~~』という事実が、彼女をどこか圧迫させているからだろうか?
俯いた彼女に、悟空はようやく本題に映ることが出来る。 ……そう、これで――
「これで何とかできるかもな」
「悟空?」
「も、もしかしてあんた、それ使って――」
「……」
フェイトとアルフの脳裏に、『帰還』という単語が飛び出てくる中で、悟空はただプレシアを見つめている。 「よかったな」そう呟いて笑ってみせると、それを向けられた彼女からは一言、たったの一言が口元からささやかれてしまう。
「いい……の?」
「ああ、こういう時のためにあるんだって……オラは思ってるからな。 使えるもんなら使っちまおう。 なにも悪い事するんじゃねぇんだからさ」
「ありがとう」
『……?』
ホントは……などと、どうしてか後ろ髪をひかれるように見えたのは皆の気のせい? それでも悟空の言葉を、まるで涙を流すように受け取るプレシアと、それの意味が解らない子供とオオカミ。 彼女たちはまだ知らなかったのだ。
プレシアが……
「おめぇの病気、さっさと治してやんねぇとな」
「そ、孫くん! それは――」
『病気!?』
「あ、そ、そうだった……すまねぇ」
重度の気管系の病に伏していたという事を。
彼の口ぶり言葉振りを察するに、おそらくフェイトたちには内緒にしていたであろうこの事実。 なぜ、悟空が? 漏らした言葉はフェイトのモノであり、当然のように視線は悟空に向かって弱々しく向かっていく。
「初めてコイツを見た時から気になってたんだ。 一向に上がらない気に、どこか無理してるように見えた身体の動き。 もしかして怪我してんのかって、リンディのところに連れて行こうとしたら……」
「仕方なく説明したわ。 あんなちいさな姿でいちいち騒がれて、周りに知られるわけにもいかなかったのよ。 だから、口止めもかねて……ね」
「そうだったんだ……でも!」
「フェイト、プレシアはおめぇにだけは心配かけたくなかったんだぞ? いままで、とってもおめぇの事を悲しませちまったから……って」
「……かあさん」
「……こほん」
その視線が、ぐらぐら揺れるのに、そう時間はいらなかっただろう。 こぼれる雫の意味は何? そんなこと、聞かれずともわかってしまう親子とオオカミはここでまた一つ歩みあうことが出来たのかもしれない。
まっすぐなのだけど、それ故にどこか不器用な彼女たちは本当にそっくりな在り方。 だからこそ、こうやって正直にしか生きられない男が手を引っ張ってやっても、きっと誰も文句は言わなかったであろう。 彼女達にはまだ、やり直す時間が必要なのだから。
……だから。
「オラはな、実のところ、ドラゴンボールでコイツの病気を治すことは考えてねぇんだ」
『……はい!?』
彼は、皆の予想のさらに先を見据えることだってやってのける。
「プレシアが病気になる頃……違うな、大体今の桃子くれぇにまで――」
「モモコさん?」
「若返らせてもらおう……オラ、そう考えてんだ」
『…………え?』
静寂が、あたりを支配する。 この孫悟空という男、いま、さらっととんでもないことを言ったのではないか?
「これはよ、オラじゃなくってクロノの考えだったんだけどな。 それにプレシアが――「待ってよゴクウ! あんた、いまこのババアがなのはの母親並みに若返るって……」ああ、いったぞ」
「そ、それじゃ今のかあさんは……?」
「さて、いくつだろうな? ちなみに、始めて聞いたときはオラ、今までで3番目くらいにおでれぇた」
「……微妙ね、その3番目っていうの。 いままでどんな驚きが彼にあって、なにがわたしの年齢に勝って劣ったのかしら」
はっはっは! 悟空が腰に手を当て笑うなか、知恵熱張りの湯気をアタマから登らせているフェイトはウンウン唸っている。 それはアルフも同様なもので、彼女も尻尾を垂らして頭を唸らせる。
こいつは、いま、いくつなのかと。
「さ、――」
「残念」
「……よっ――!」
「違うんだな」
「嘘……だろ」
まるで早押しクイズ。 一子を持ち、それを10歳まで育てるとして、妥当な年齢のことごとくを悟空に薙ぎ払われていく彼女たちに、何となく視線をそむけてしまうプレシア女史。 彼女のその姿に、同じ女としてフォローするものが一人。
「悟空君? 女性の年齢をひけらかすのは――感心しないわよ」
「……わ、わるかった」
髪を揺らし、まるで超化前の悟空と同じ雰囲気を醸し出す彼女に、思わず後退する悟空であったとさ。
さて、それたこの話題も、どことなくうやむやで終わっていく。 「まずは、これをどう探すかだな」と、本日最大の課題を残しつつも、既に15時を回るかという時間に来ると、悟空はそっとエレベーター上矢印を押すのである。
着いた地上に燃えていた夕焼けがまぶしいと、思わず腕で日傘を作る悟空。 彼はそのまま振り返り、あとから出てくるみんなを見ると、そっと動き少なくしっぽを振る。 何気なく、本当に意識しないで行われたそれは、“こんにち”この時間の幕引きを意味する行動と相成るのでした。
「結構日が暮れてたんだな……そろそろもどっておかねぇと」
「悟空、行くの?」
「そうだな。 なんだかんだで、まだ、あいさつしてない奴もいるし」
「……そっか」
お別れ……その言葉をのど元にまでつかえさせ、まるでイヤイヤをする幼子のような目で地面を見ているのは金の髪を持つ女の子。 年相応なこの対応は、普段の彼女からは想像もつかない仕草であって心境である。
それほどに、今回の話し合いで知りえたことは彼女を変え、元の年齢までに引き下げるかのように心を揺さぶっていた。 ……そして、それがわからない『母』は居るわけがなく。
「フェイト」
「……あ、な、なに? かあさん」
「今日は――」
そっと近づき、フェイトの髪をゆらりと梳く。 流れる金色は夕日に照らされまるで黄金色に輝いて……どこか悟空のもう一つの姿を連想させる輝きは、プレシアの目に強く焼きついていく。
「あの御嬢さん……なのはちゃんのところで御厄介になりなさい」
「え?」
「事情は――孫くんがなんとかしてくれるはずだから」
「……へ? おら?」
目を奪われ、ついて出たのが今の言葉。 気づいたらそう言っていたのは、やはりフェイトに今必要なものがなんなのか、プレシア自身もわかっているからであろう。
【孫くん】
【おっと。 念話ってやつか……どうした? 内緒話か?】
【そうね】
故に彼女は、娘に内緒で彼に託す。 今一番に必要なのは親の愛、それは悟空に指摘され、彼女自身も理解している。 だけど、今のフェイトが欲しがっているのは……?
そう聞かれて、つい浮かんだのが『あの子たち』と一緒に居るフェイトの笑顔。 自分もいっしょに行ければいいのだが――
【やらなければいけない事がたくさんできてしまったから。 その間、あなたたちにフェイトをお願いしたいの】
【……それはいいけど】
【あ、誤解はなしよ。 あの子のことを、離したりとかそういうのではないの】
【そっか。 ならいいや】
彼女にだって、いま、果たすべき役割がある。
誰かに言われたことじゃない。 だけど、だけど自分達親子を救ってくれた“彼”に、ありがとうの一つで済ます気も今はなく……
【いつか、きっと“お礼”はするつもりよ】
【……だったら、めいいっぱいアイツと遊んでやってくれ。 それで十分だ】
【……もちろん、それも含めて――よ】
「わかった」
「悟空?」
その意気に心よく了解をする悟空の顔は、まるで晴天の空のように青々としていたそうだ。 夕暮れに置いても見えるその色を、迎えるように送り出す彼女たちは、そっと手を悟空に向ける。
「また、会いましょう」
「気を付けて」
「フェイト、アタシもいろいろ手伝うことが出来たからここで留守番するよ」
「行ってらっしゃい」
送り出すものは4人。 そして。
「いって……きます」
「オラが来ねぇといけなくなったら、また連絡してくれ。 こないだみたいにやってくれれば、たぶん問題はないはずだからさ」
去る者は2人。 彼と少女は皆の顔を焼き付けると、そのまま姿勢を変えていく。 フェイトはそのまま悟空に寄り添い、彼は少女の頭に手を乗せ、自由になった手を自身の額にかざしてそっと触れて……精神を統一する。
思い浮かべるのは栗毛色の白と桃色が似合う幼馴染。 彼女を脳裏に描くと――――……
「行ってしまったわね」
「えぇ」
「随分と問題を抱えてるはずなのに、彼自身は当然として周りにいる僕たちだって不安を感じない。 不思議な奴だ」
「……フェイト」
消えていく彼らを、残る者たちはそっと見送るのであった。
「気を付けてね孫くん」
「プレシアさん?」
そうしてプレシアは消えていった彼の残した足跡に近づく。
「あなたのいた世界ではどうでもいいことが、ここではとてつもない混乱を生む」
踏みしめたそれは、やはり自身とは二回りくらいの大きさで。
「リンディさんはそうでもないけど、管理局――」
その大きさを再確認して、託したモノと預かるものの大きさを見つめなおし。
「この私は、完全に信用していない……」
小声で、風が吹きすさぶ中でつぶやくのである。 この場にいる誰もが、決して拾いきれない小さな声で。
「本当に……気を付けて」
彼女は、自身を“2度”救った黄金色の戦士を、そっと思い描いて消していくのであった。 そう、彼を支えるために、今できることを成すために。
悟空「おっす! オラ悟空!!」
なのは「あ、アリサちゃーん。 すずかちゃーん!」
二人『なのは(ちゃん)!?』
なのは「にゃはは、ごめんね、心配かけちゃった……よね?」
アリサ「ほんとよ。 あんたが急に風邪なんか引いたっていうから心配だったわよ」
すずか「でも、なのはちゃんが風邪なんて珍しいよね? なにか大変なことでもあったの?」
なのは「そ、そんなことはなかったことも……ないのかな?」
ふたり『??』
なのは「……リンディさん、ごまかしてくれてたんだ」
すずか「?」
なのは「あえっと……なんでもないの、何でも! さ、さって! もうこんな時間! 早く次に行かないと――……」
悟空「次はオラが世話になったやつに礼をする話なんか? てかよ、いつになったら温泉にいくんだ?」
フェイト「大丈夫だよ悟空。 いろいろ落ち着いたら、かあさんが手を打つって言ってたから」
悟空「そっか。 それだったら平気だな」
アリサ「えっと?」
すずか「この子……だれ? というより今、悟空さん……あれ!?」
なのは「わー! わーー!! 気にしない気にしない! じ、……次回!!」
悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第34話」
フェイト「感謝感激!? 悟空、お礼参りする」
悟空「なぁはやて? この本ってさ……」
はやて「これ? これはな、わたしが小さいころから置いてあってな――……あれ? ごくう?」
???「――!? あ、あなた。 いったいどうやってここに!?」
悟空「はは! おめぇにもいろいろ世話になったからな、礼に来た」
???「あ、ありえない……この”空間を感知”できるなんて」
悟空「?? なんかよっくわかんねぇけど、話はまた今度だ。 そんじゃあとでな!」
???「は、はぁ」