魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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世話になった、助けになった、励みになった……そんなみんなに、いま、感謝したい。
だから彼は動いて、踏み込んでいく。 そこにあるのがたとえ闇だったとしても、それすら気づくことなく、彼は会いたい人物を思いだして進んでいく。
我が道をゆき、あとに続くものへ示していく彼は、これからをどう進んでいくのか。

ASへのフラグをぶったて、ついに出てきてしまった悟空以外の――――そんな34話です。 


第34話 感謝感激!? 悟空のお礼参り

 

 正午の日差しがコンクリートを温める。

 喧噪響く学び舎の屋上で、各々が手塩にかけられた弁当やらランチパックやらを広げている。 それは、この物語の要訣たる人物……高町なのはも例外ではない。

 

「なのは、風邪はもういいの?」

「え? あ……うん。 平気だよ」

「よかった。 なのはちゃん、滅多に風邪なんかひかないからみんな心配してたんだよ?」

「にゃはは、ごめんなさい」

 

 今日、本当なら学校を休んで養生しなさいと、妙に気を遣う士郎から言われていたのだが、それでもどうしてか制服に着替えたなのはは、母の了承のもとに2限目からひょっこりと顔を出していたのだ。

 その時の光景が、どこかの世界にいるグレートなサイヤの男にそっくりだったとは、いったい誰がわかるものか。 おそらく悟空にだってわかりはしない。

 

「そ、それでなんだけど」

「どうしたの? アリサちゃん」

「ちょ、ちょっと聞きたいんだけど……」

「??」

 

 なんだか、今日のアリサはぎこちない。 それがなのはの第一印象であった。 すずかも言われてみればどこか落ち着かない雰囲気だし――なのはは、それに気づいていながらあえて触れないでいた。

 そう、彼女にだって触れてもらっては困ることが、つい最近できてしまったのだから。

 

 それでも彼女たちは、会話を進めない訳にはいかない。 事実というのは、探求せざる得ないモノなのだから。

 

「ご、悟空って、今はなのはの家にいるのよね?」

「そ!? そ……そうだけど?」

『……どもった』

「え? そんなことないよ!」

『あ――』

「……あ」

 

 ジト目となるすずかとアリサ。 それに思わず立ち上がるなのはの対応は本当に最悪であった。 しつこいかもしれないが、今この時間は昼食時だ、故に女の子である高町なのはは、かわいらしく膝の上に小さなお弁当箱を置いて食事をしていたのである。 だからこそ、今取った行動は途方もないくらいに大失策。

 飛んで行った午後の食事達は、いまだ箱の中から飛び出ていないものの――末路なんか、誰にでも予想が出来てしまうのである。 そう…………―――――

 

「お? なんだこれ?」

『……』

「いつもなのはが持ってく弁当か? なんでオラに向かって飛んでくんだ?」

『…………あれ?』

 

 彼があらわれない限りで、そう言う前提条件を含めてであるのだが。

 

 疾風迅雷!!

 不意に現れた黒髪の彼は対照的な山吹色のジャケットを揺らして、自身に飛び込んでくる小さな箱を掴み取る。 中身を見て、匂いを嗅ぐ。 それだけでなのはのモノと判断した彼の野生はいまだ健在。

 すぐそばの少女から手をはなすと自然、彼は栗毛色の髪の子に、それを返してやる。

 

「なにがあったか知らねぇけどな」

「……あ、うん」

「食べ物を粗末にしたら――モモコのヤツにウンと叱られちまうぞ? もう、二度としちゃダメだかんな」

「ごめんなさい……あ!」

 

 驚きに目を白黒させる少女達を背景に、青年はニコリと笑いながら持ち前のマイペースで全てを置いていく。 ついて来れるもんか! なんて言うことすら出来ないすずかとアリサは3秒のあいだ、青年の頭の上からつま先までを見下ろして……身体を大きく奮わせた!

 その彼女たちを、“知らなかった”なのははフォローしようとしたのであろう……それを!

 

「あ、あの~~これには深い事情が……」

「悟空!!」

「悟空さん!!」

「え……え?」

 

 大きな声をもって、真っ向から切って捨てる彼女たちは今日も元気なものである。 梅雨が到来したこの季節。 大きな青年と、小さな女の子たちは再びこの街で遭遇するのであった。

 過激なまでの非常識と共に。

 

「昨日はあれからどうしたんですか!?」

「そ、それにその――後ろにいるのは?」

 

 そうこうして。 ついに始まる質問攻め。 悟空は後頭部をかきながら尻尾を揺らして考え中。 その後ろで縮こまっている少女になのはが視線を送ると、彼女はそのまま表情を緩める。 知っている顔がもう一つあることへの安堵の表情は――

 

「……いったいなにモン?」

 

 アリサの“ぷらいど”に若干のヒビを作りつつ。

 

「そっか。 おめぇたちは会うのは初めてなんだよな。 コイツはフェイト、オラの友達だ、仲良くしてやってくれ」

「ふーん……まぁ、アンタの関係者だって言うんなら――いい奴なのね。 ……よろしく」

「……うん」

 

どうしてか保護欲を駆り立てていた。

 

「あ、あの。 みなさん?」

「どうした? なのは」

 

 そんな姿に、またも完全に置いてきぼりを喰らっている者が一人。 彼女は残った食事達と決着をつけると、そのまま疑問符を作成。 皆に飛ばしていく。

 

「悟空くんが大きくなってることに、どうしておどろかないのでしょうか?」

『なんで?』

「……えぇ?」

 

 それすらも、なぜか疑問のカウンターで跳ねっかえされることになるのではあるが。

 

「あ、そういやいってなかったなぁ。 オラ、おめぇたちに会う前にさ、一回だけこいつらと会ってたんだ」

「え!? そうなの!」

「うん。 あのとき、悟空さんが誘拐されてたわたし達を……」

「誘拐!?」

「えらく颯爽と現れて、ささっとゴミ掃除みたく片付けちゃったのよ」

「あ、はは……悟空らしい」

「犯人さんには同情しちゃうかも」

 

 驚く声は慈悲の声へと早変わり。 何をしたかを聞くまでもしないのは、それほどまでに悟空がやることが理解できるからであろう。 遭遇して1分足らず、なのはの疲れは既に8合目である。

 

「というより悟空くん」

「なんだ?」

「もう、用事は済んだの?」

「そうだぞ。 案外短くて……あり?」

「?」

 

 早い帰還に安堵のため息。 その意味を理解する暇もなく、悟空は周囲を見渡していく。 晴れ渡った空にひとつだけ思うことが出来てしまう。 それを認識するや否や、彼はそっとフェイトに振り向き……首を傾げる。

 

「さっきまでは夕方だった……よな?」

「夕方? 何言ってんのよ」

「悟空さん?」

「あ、えっと……ど、どうしよう」

 

 不意に呟かれた言葉は盛大な機密漏れ。 情報漏えいは厳禁な世界に上等なケンカを売っている悟空に、思わずツインテールが逆立つフェイトはオロオロあたりを見渡し……

 

「……! さ、さっきまで外国に居たんだもん。 と、とうぜんだよ!」

「……がいこく?」

「か、かあさん達が居たところ!」

「あぁ、あそこか。 ってことはあれか? こことあっちじゃ時間の流れが違うんか? ……なんかややこしいんだな」

「そうじゃなくって……どういえばいいんだろ」

 

 喉もとで使えて出てこないあの単語。 えっとえっとなんてつぶやいたフェイトに、悟空はなんと不思議そうな目線を送るのか。 まるで生まれたばかりの仔馬が、初めて大地を踏みしめるさまを見守るかのようなその視線は……正直、フェイトを本気で困らせる。

 既にクヨクヨと弱気な姿を見せ始めた彼女を、救い上げるかのようになのはが声を上げる。

 

「あ、ほら! 時差! 時差があるから――」

「そ……そうだった。 そう! 時差! 時差だよ悟空!」

「じいさん?」

『時差!!』

「お。……お?」

 

 それに相乗りし、共に悟空へ説得する彼女たちはかなり必死。 知られては困ることが多い彼女たちは、そんなことを気にしない彼にあくせく。 全てを隠そうとはせずに、一般人であるすずかとアリサにわかるような単語でもって一部の情報を公開し、致命的な事柄は死守する……一瞬のチームワークはかなりのできであろう、

 なのだが!!

 

「……ていうかアンタ」

「いま、いきなり現れませんでした?」

「そうだな」

「……あ」

「あちゃぁ~~」

 

 時すでに遅し。

 思わず抱えた頭をゆすっていくツインテールsは揃って膝をつく。 呆気ない肯定をした悟空をまるで恨めしそうに涙ぐむ少女二人はそろって拳を握る。 嗚呼、この苦労の爪の先だけでも理解してほしい……彼女達の心は見事にシンクロした。

 

「ん、そういや『こういうの』はすずか達に知られちゃまずいんか?」

『……いまさら――!』

「……あ、遅ぇか」

『はあぁ~~』

 

 “重い想い”のため息を出すのに、そう時間はかからなかったとさ。

 

「まぁまぁ。 いいじゃねえか。 こいつらに知られたって――友達なんだしさ」

「でも……ん~~」

 

 そこはかとなく片目をつむって見せた悟空に、まるで電話のコードのようなもやもやを背後に浮かべて唸るなのはは渋々だ。 いいのか? 本当に? そう呟くや否や、悟空の『ともだち』という発言は――

 

「しょうがない……か」

「……そうだね」

 

 なのはとフェイトを折りたたんでいくのである。

 

「あ、あの」

「どうした?」

 

 その中で声を出すものが一人。 あまりにもか細く、凍えているのではないかと勘違いさせてしまいそうなそれは、藍色の髪を流しているすずか嬢。 彼女は悟空の足元まで近づき、そっと彼を見上げると『あの日』から……彼女達からすると昨日から気になっていたことを告げるのである。

 

「悟空さん、ケガの方は――?」

「あぁ、そういやしてたな。 ……あれはもういいんだ、全部治っちまった」

「……え?! で、でも!」

 

 それは白髪の女医から言われた全治4か月という言葉。 それを昨晩から気に留め、ベッドに入る中でも何度も頭の中に流れていた事。 でも……

 

「おら、とっても頑丈なんだぞ? なんてったって100倍重力で修業してたもんな。 だから大丈夫だ」

「……はい!」

 

 悟空の言葉に、なぜか簡単に説得されてしまうのである。 本当なら訳が分からないのに、どうしてか彼から言われると納得してしまう。 彼女は、既に”それなり”に悟空の事を理解しているのであろう。 それが読み取れる会話である。

 

 さて、悟空が何となくこの場をかき乱しては沈めていく中で、彼は唐突に空を見る。 あけっぴろに開けたそこはどこまでも青い。 快晴と言われる天候は、いつまでも彼に似合っていて……あたたかい。

 

「……はは」

「悟空くん?」

 

 聞こえてくる喧噪は運動場で遊んでいる子供たちのはしゃぐ声。 わーわーと咆えては、勉強机の前でため込んだうっぷんを晴らしていっている。 この風景は――孫悟空が守ったもの。 だから……いいや、それすらも意識せずに……

 

「オラ”がっこう”ってとこは初めて来たけど、いいとこだな」

「そうかな?」

「学校なんてそんなにいいとこじゃないわよ」

「それは……どうなんだろ?」

「……ん」

 

 この地を遠くまで見通していく。 白い校舎は太陽の光を照り返し、茶色の運動場から水分を蒸発させて、乾いた大地にスプリンクラーが水を撒く。 クモの子散らしたようにそこから逃げ惑う子供たちのなんと微笑ましい事。 ……それを見ていた少女はどこかものほしそうで…………

 彼女と同じ風景を見ていた悟空は、気が付けばフェイトを視線に入れていた。

 

「みんなが元気に走り回ってさ、オラまでいい気分になってくるみてぇだ」

「それは、否定できないわね」

「だろ? ……そうだな。 やっぱりおめぇたちは……」

「え?」

 

 彼はそこで言葉を切っていた。 その目はどうしても大人の目で、いつもの”友達”に対して向けていた目とは一線を越えるもの。 優しくて、あたたかくて……すべてを語ってはくれないのだけど、それでもどうしてか考えが読めてしまいそうで。

 

「フェイト!」

「はい――!?」

 

 だから、だけどフェイトは予想できなかった。 悟空がいま、彼女に迷惑をかけたお詫びをしようだなんて――

 

「おめぇ」

「わたし?」

「今度からなのはと一緒に―――このがっこう行って来い」

『…………ええええ!?』

 

 それは、とても素敵な相談だったのだが、彼女達には何とも刺激が強かったらしい。 なのはを筆頭にフェイトまでその場で垂直跳びしていたのである。

 

「で、でも――」

「イヤか?」

 

 トントン進んでいく事に、遠慮をやめない彼女に悟空は揺さぶりをかけて……

 

「――! そ、そんなこと」

「じゃあ決まりだな」

「ご、悟空」

 

 ものの見事に、一本釣りを決めてしまうのであった。 欲しいなら、我慢することはないんだと……そう彼女に言い聞かせるように。

 

「悟空くん、えらく簡単に言っちゃうけど……どうするの?」

「ん? こういうときのためにリンディたちが居んだろ?」

「……あの人たちの仕事ってこういうことをするためのモノだったっけ?」

「ちがうんか?」

「……どうなんだろう」

 

 このあとに大量の書類とニラメッコすることになるリンディの身を案じたなのはの呟きは、そより……小さな風にゆられて消えていく。 むずかしいことを何とかするモノ、単純だが手に負えないことを片付ける者――なんと見事な役割分担であろう。

 次元世界消滅を防いだ報酬にしては、随分と安かろう。 彼女もきっと、笑顔で涙を呑んでくれるはずである。

 

「って、いうか。 いきなり現れて、話がどんどん進んで……」

「ちょっと置いてけぼりだよね?」

「……そうね」

「にゃ、にゃはは」

 

 コロコロかわる悟空の考えと発言に、思わず肩口ずらすアリサとすずかはほんのりと疲労をため込んでいた。 既に瞬間移動の事すら流されている事実に気づきもしないで、会話はさらに奥へと進んでいく。

 

「そうだ忘れてた。 なのは!」

「はい?」

「今日な、フェイトがおめぇんちで泊まることになったから――よろしくな」

「……なんですと」

 

 そして始まるキャラ崩壊。 調子を完全に狂わせたなのはをさらに置いていく悟空はどこまでも自由人。 すずかもアリサ目を丸くし、悟空がつぶやいていく言葉のすべてを聞き逃してしまう。 かなり重要だったものなのに、既に頭の中の容量はカツカツである。

 ……しかも。

 

「さて。 フェイトへのお礼ってのはこんなもんかな?」

「え?」

「リンディの奴に聞いたんだ。 おめぇには色々と迷惑かけたかんな、そんでお礼したいってリンディに相談したらよ? 『フェイトが喜ぶことをやってあげればいい』って、言われたんだ」

「……あぁ、自分で首を絞めてしまって…………」

「とにかく、今オラに出来んのはこんくれぇかな? あとは」

「え?」

 

 フェイトと交わしていた視線をずらす悟空。 不意に向けたの先に居るのはすずかで、彼女はなにか分らず傾げるだけ。 同時、ゆれる髪はそよりとさざ波のように流れていく。 それを見送り、さらに胸元に持っていった右手の平を上に向け、そこに握りこぶしを乗せた悟空は声を上げる。

 

「すずか」

「は、はい」

「おめぇたちにもなんかしねぇとな。 アリサにすずか――特になのはは今回、思いっきり頑張ったしな。 ……どうすっかな」

『……なにをなさるおつもりなのでしょうか?』

 

 つい、丁寧口調になってしまった。 悟空が必死に考える中、「え?! わたし何かした?」と呟くアリサとすずか。 なのはは反対に、そんなこと……なんて言いながら、その実もたらされるご褒美に頬を緩ませる。

 何を期待しているのかは彼女だけの秘密なのだが……それを知ってか知らずか――

 

「そうだな、こんど、おめぇたちと“でーと”ってやつをやっか!」

「うんいいね」

「アンタにしてはずいぶん……」

「……え?」

「……悟空?」

 

 何やら、とんでもないことを口走る。

 

 言葉から冷静さを失う少女達。 凍り付き、3秒以内の会話ログを巻き戻し、そこに刻まれた3文字を赤く照らしだす――なんと!? いま、彼はなんといった!

 

「さって、次ははやてだな……はやての気、はやての気……あっちか」

『ちょっと!?』

「んじゃ、また今度だな。 フェイトとなのは、おめぇたちはあとでな」

『いやいや、そうじゃなくってですね?!』

 

 吠える少女達。 それに意を介さない悟空は片手でもって精神集中。 儚い少女を思い浮かべると、そこに向かうべく思い――馳せる。

 

「――――……」

『き、きえちゃった……』

 

 見送ることしかできない彼女たちは、そのまま消えていった悟空を探すかのように晴天の空を見上げた。 そこには何もいないのだが、どうしてか彼がそこにいる気がしたのはどうしてだろう?

 

「――って! そんなきれいにまとめようとしないでよぉ」

「で、デート……さっき確かに」

「……あいつ、デートに行くって」

 

 ……その想いすらかっ飛ばし、皆は思い思いを胸に抱く。 その中に不安がよぎり、何やら“落ち”というのが見えてしまった金髪お嬢様は独りごちるのであった。

 

「デートの意味、分ってんのかしら」

「…………それは」

「さすがに……」

 

 思わず否定を――できない彼女達。

 

「ないとはいいきれないよね」

 

 そしてフェイトの締めで、この場は終わるのであった。

 彼がこの後起こす騒動で、遠い異郷の地が大きく揺れるのだが、それはまたあとの話で苦労するのは悟空ではない。

 

 ……ちなみに、この後フェイト・テスタロッサは誰にも見つからないように、空を飛んでその場から消え、放課後に合流して高町の家に行くのでした。

 

 

 八神家。 PM12時40分。

 

 お昼休みももう終わり。 だけど学校の無いモノにとっては、タダ、時計の針が進んでいくだけの時間滞。 今日も今日とていつもを繰り返す彼女と家族たちは、各々思うたとおりの毎日を過ごすのであります。

 気が付けば違うことをやってみて、それを過ぎればまた元に戻る、この日常はいま、本当に“彼女達”にとって幸せなのである。

 

「お昼ご飯の片付けも済んでもうたな……お夕飯の買い出しまでは時間があるし。 何してよか?」

「……がう」

 

 そのなかにおいて、やはり中心となる人物は……

 

「……あれ?」

「?」

 

 人物は……

 

「あぅ」

「がっ!?」

 

 唐突に……そう、なんの前触れもなくよろけて。

 

「ぅぅ!?」

「主!」

 

 座っていた車椅子に、身体を深く預けるのである。 深い眠りとは違う、苦しみの表情を浮かべて……

 

 もがくこともせず、只、胸元に手を這わせて息を荒げる彼女を見たのはザフィーラ。 驚きと共に全身を輝かせると、彼はアルフのようにヒト型へと変身していく。 そうして軽々と抱き上げる彼、まるで悟空のように鍛え上げられた肉体ならば当然の帰結であろうが。

 だけど……

 

「なにが起こっている、主の苦しみ方……これは尋常じゃない!」

 

 ヴィータは趣味で、シグナムは日課、シャマルは料理の鍛錬。 故に今はこの場に自分しかおらず、その事実はザフィーラを苦しめ、さらに焦らせる。

 普段からでは想像もできない苦悶の顔を助けられるものなど誰もおらず。 いないとわかっていながらも、彼はただ――

 

「病院……あの時の――」

「ふぅ……ふぅ」

「主よ、もう少しだけ」

 

 神という存在に、彼は今、生まれて初めて祈りを込めるのである。 戦いなら出来る、だが、ただそれだけの存在である自分を深く呪うかのように。

 

「……―――」

「主……」

「うぅ」

「……」

「……! な、何者だ――」

 

 そんな彼と、彼女の背後。 そこには誰もいなかったはずなのに、たった一つだけ、大きくもなく、されども小さくもない影が出来ていた。

 それは大体にして180センチ以上の高さであっただろうか? それと、立つことのない物音はどうにもこの世のモノとは思えない雰囲気を醸し出すのを増長させている。 なにを言いたいかというと、『彼』はまるで人間ではないかのような――

 

「に、人間……なのか?」

「ふふ」

「…………」

 

 神々しい輝きを放つモノだったから。

 あまりにも浮世に離れていて、それでも現実だと嫌でも認識させられるザフィーラはここで大きく距離を取ることもできず。

 

「そう身構えないでください。 なにも怪しいモノではありませんから」

「どうだかな」

「……こまりましたねぇ」

 

 彼の接近に、只、持ち前の鋭い牙を立てることしかできない。

 

 雰囲気だけでなく、その、恐ろしいまでに肌で感じる彼の実力に今、ザフィーラは確かに後退を余儀なくされたのだ。 この、ここまで感じた力はまるで――

 

「孫悟空さん……のようですか?」

「!!?」

 

 あの山吹色の青年、彼を彷彿させると言いよどもうかという最中に出された言葉に、またも一歩、後ろに足を配る。

 あいつを知っているとか、いつまでも雰囲気が変わらない不気味さとかではなく。

 

「こ、心を読まれた……」

「ふふ……」

 

 自身の胸の内を、寸分くるわず言い当て、遥か上空から見下ろすかのようなその眼差しに恐怖したから。

 例えるなら、釈迦の手のひらで踊る孫悟空。 その言葉自体は彼が知る由もないが、まるで本当に踊らされているかのような違和感は、確かに感じているモノであり。

 

「――っく!」

「はぁ……はぁ」

 

 荒げる主の呼吸音も、焦りをより一層前へと押し出していくのである。

 

「ど、どうすれば」

 

 迷う彼はこの先の選択肢を見失う。 なぜか見てしまう目の前の不審者を、再度確認するかのように上から下まで視線を下ろすのは、もはや条件反射の域だったのであろう。 見慣れない洋服、まるで異教の民族衣装を思わせる黄色い淵がある赤い羽織、水色のインナーに、オレンジの腰巻、見たこともない衣装に身を包む色白の肌。

 だが、その肌はどうにも人間とは思えず、警戒の念を限界まで上げてしまったザフィーラは既に、目の前が上手く見えてはいなかった。 垂れる汗が、自身の目を覆い隠すからである。

 

「さて」

「あ、あるじ!!?」

 

 一瞬の事であった。 涼しげな風鈴のような音が「チリン」とならされた方と思うと、先ほどまで抱き上げていた少女の重みが消えていた。

 

「これはいけませんね。 このままでは彼女――死にますよ?」

「き、貴様!」

「そう怒鳴り声をあげてはいけませんよ。 彼女の身体に響いてしまう」

「……!」

 

 消えた重みはいま、目の前の男が抱き上げていたのだ。 ただ微笑んで、彼女の身体を見ていたその男は表情を引き締める。 まるで先ほどとは違う顔に、思わず緊張が走るザフィーラはその場から動けない。

 それを見て、彼女を見て、まるですべてがわかってしまったかのように……いいや。

 

「今回、本当なら私が出てくることはなかったのですが……悟空さんがお世話になりましたからね、ほんのお礼です」

「な、なにを?」

 

 全てを見ていたかのように、彼女を抱き上げる力をより一層強くする。

 

「……あ」

「あ、主!」

「楽にしてください。 あなたにほんの少し……時間を差し上げましょう」

 

 輝く身体は生命の息吹を感じさせる。 まるで悟空がなのはに使ったものと同質……いいや、それ以上の光りは眼の前の男が持つ『ちから』 そのこともわからないザフィーラは……

 

「この事は、どうかあなただけの胸の内に……特に悟空さんには御内密にお願いします」

「……なぜだ」

 

 救われた主を受け取り、抱き上げつつ、男から視線を外さない。

 

「いま、彼は本来ならば私たちが果たさなければならないレベルの務めを果たしているところなのです。 それは『いまの彼』にしかできない、今までの代償を払うための……儀式、とでも思ってください」

「?」

「あぁ、聞いてもらいたいだけでしたのでわからなくとも結構です……どうせ愚痴のようなものです。 わかってもらっても困りますし、何より、彼には――今を楽しく生きてもらいたいのです。 それが、例えみなさんを置いて逝ってしまったのだとしても」

「行った? さっきから……なにをいっている?」

 

 男の独り言が止まらない。 でも、どうしてかザフィーラにはその男が嗤うように見えてしまった。 口調も、表情も、どこもおかしくないのに……なにか、自分を責める懺悔室に閉じこもった罪人のように。

 

不確定要素(ジュエルシード)には驚かされましたが、不安要素(ターレス)を打ち倒すことが出来たのは不幸中の幸いでした。 もう、これ以上の心配事が増えなければ、このまま私がこの世界に干渉する事もないでしょう」

「おい」

「さて、ここら辺で消えさせてもらいましょう。 どうもこちら側への移動は神経を消耗していけません、帰ったらしばらくの休養を取らなければ。 では――決して、悟空さんに私の存在を明かさぬように」

「まて!」

「カイカイ――――……」

「き、きえた!?」

 

 謎多き男はその場から、この世界から消えていく。 謎の威圧感も圧迫感もなくなった八神の家、そこにあたたかさが戻るとき、ザフィーラの背筋には遅れて……ドっと汗が吹きあがる。

 滝の様に流れては、衣服を身体に張り付かせて気味が悪い感覚を覚えさせる。 まるで、あの男を海岸で初めて見た時のように……――――

 

「お、いたいた」

「おお!?」

「ん?」

 

 不意に、現れた男が居た。

 不信な男がいなくなったと思ったら、またも同じようなところに居たのは山吹色のジャケットを着込んだ黒髪の男。

 176センチの男の名は――

 

「そ、孫…悟空…」

「どうした? そんなおっかなびっくりしちまって」

 

 現れた彼に吹き飛びそうになるザフィーラは、そのまま主を抱き上げる力を強めていた。 それも少しの事、見知った顔だと気付くと、額から汗を浮かべつつ。

 

「お、おまえ、今どうやって」

「はは、新しい技ってやつさ……それよりも」

「――!」

「なにがあった?」

 

 悟空の視線の先にいる自分の主を抱えたままに、2階のベッドへ走り出すのであった。 そのあとも、数分間だけチャンスはあったはずなのに、悟空には先ほどの出来事を話そうと思うことは……いいや、打ち明けることを戸惑わせたのだ。

 

「あんな迫力、違うな、“風格”を持った者がこの時代に居るとは。 まるで王か神のようなものと対峙したかのような圧迫感。 あいつはいったい何者だ……」

「??」

 

 自身の考えが、かなりの具合に確信に迫っていたとも思わないままに。

 

 さて、ザフィーラがはやてを2階の部屋に連れて行き、ふとんの中に潜り込ませた17分後の事であろう。 悟空はどうにも消耗しているザフィーラの気を感じ取り、彼を休ませることを促し、それを渋々受け取ることと相成っていた。

 本来ならあり得ない、主を他人に預けることを選んだ彼はそれほどに消耗していたからか? それとも悟空をそこまで――答えは、ザフィーラの中にしかない誰も知らない事である。

 

「……すぅ」

「まいったなぁ」

 

 その中で悟空は、ほんの少しだけ頭をかいていた。 困ったと、誰もがわかるくらいにとられたこの行動は、外の風景を見ての事だった。 紅がアスファルトを射すこの時間帯、彼はもう、帰らなければならなかった。

 

「そろそろ、なのはのとこに行かねぇとなんねぇのに……シグナム達が一向に帰ってこねぇ」

「すぅ……すぅ」

「このまま置いてく、訳にもいかねぇもんな」

「んん」

 

 待ち人こず。 いまだに街のどこかを歩いていると、気による探知でシグナム達の居場所を把握している悟空。 すぐさまに迎えに行くべきだと思うのだが。

 

「ザフィーラに『頼むぞ』……って言われちまったもんなぁ。 離れるわけにもいかねぇか」

 

 それすらも、今の状況じゃできない訳で。 既に整った寝息を立てる少女を横目に、悟空は尻尾を振って退屈凌ぎ。 マル、サンカク、シカクにハート、様々な形を模していってはすぐにやめ、後頭部に両手を持っていって口笛ひとつ。 『なんだかわくわくするイントロ』を吹きすさぶと……

 

「……んん」

「お?」

「あれ? わたし……」

「起きたか」

「え? ごくう……?」

 

 家の主が、ついに目を覚ましたのである。 起き上がらず、首を左右に振って自分の状態を確認する。 下半身が動かせない彼女にとって、慣れた動作なのだろう、とても落ち着いたものである。

 そして目が合うふたり。 少しだけ合間を置くと、首を傾げ、そっと声に出して心の中の問いを出してみた。

 

「どうなってもうたんや?」

 

 ここはどこ? わたしは……ということを言わないのはどうして?

 

「さぁな。 オラもこっちに瞬間移動したら、いきなりザフィーラがおめぇの事を抱えてたかんな。 よくはわかんねぇ」

「そうなんや……」

 

 それも追及しない悟空はひたすらに思ったことしか言ってくれない。 きっと、“こういう状況が初めてじゃない”彼女の言動に、それでもいつも通りを崩さない彼はどこまでも鈍感なのか……

 

「ま、今日はこのままゆっくりしてりゃいいさ」

「え?」

 

 そう、見る者に思わせる刹那であった。 悟空は唱える、彼女の髪を梳きながら、小さい額を撫でながら。

 

「いつも家のこととか、いろんなことやってるんだもんな。 たまには休まねぇと」

「でも――」

 

 起き上がろうと、横を向こうとするはやて。 それを額に手を当てたまま制止させる悟空。 脚が使えないモノにとって、その一点を抑えられるのは身動きを完全に抑えられたという事、それを知っている少女はどうしてと喉を鳴らすのだが。

 

「……ん。 おめぇ、いまいくつだ?」

「え? ……きゅ、9歳やけど」

「そうか、悟飯よりは上か……けど、おめぇはまだ小さいしさ、そんなに頑張ってばっかいねぇで、たまにはシグナム達に任せとけ、あいつらも、きっとそれを望んでる」

「……うん(ご飯?)」

 

 否定、肯定……繰り返していたループは、やがて確信を突いた悟空の一言で決着がつく。 フサリと、かぶせられた布団を両手でかぶり、目元だけ見せた彼女は、まるで甘えた娘のように悟空を見やる。

 まるで、いなかった父親にでも甘えるかのように。

 

「頑張るのは“どうしても自分がやらなくちゃいけないとき”でいい。 ……なんて、オラが言っても説得力はねェかもしんねぇけど」

「……?」

 

 それを受けたからか? 悟空はほんの少しだけ視線をそらした。 遠い未来? それとも近い将来。 教えられた未来のために、自分の息子を鍛えているのはいったいだれか? 突かれると痛い事実は、それでもやらなければならない事だから。

 やる気になった息子に、力を付けさせたい親心が在ったのも事実ではあるが。

 

「今日はもう少し寝とけ。 なんならオラが絵本でも読んでやっから」

「え、それは……」

 

 不意に立ち上がる悟空はこの部屋の奥へと足を運ぶ。 そこに置いてあった数冊の本とニラメッコ、彼は少女から上がる遠慮の声に足払いをしながら、指先を迷わせて本を選ぶ。

 

「……?」

「ごくう?」

 

 えらぶ……選ぶ?

 

「なんだ……?」

「え?」

 

 選んだのは果たして悟空だったのか。 何やら不可思議な雰囲気を醸し出し、まるで誘うかのように光ったのは気のせい? おもむろに伸ばした手で、悟空はハードカバーの本を一冊だけ取り出した。

 

「はやて、こいつ」

「あ、それ? それは――どういってええんやろ。 それは……「なんか不思議な力を感じる。 それに『アイツ』の気もだ」……え? 気?」

「……」

 

 またも光るそれは、まるで悟空が見つけてくれるのを待っていたかのよう。 なぜ、このようなことが? 見たものがシグナム達ならば、おそらく驚愕では済まないであろうこの現象はまさしく不可思議。

 そんなことは知らない悟空は、そっと本をはやての横に置く。

 

「すまねぇはやて」

「はえ?」

「そういやオラ、もう一人、礼をしなきゃなんねぇ奴がいたのを忘れてた」

「れい……?」

「たぶん、今を逃したら次がいつになるかわかんねぇからさ。 行ってくる」

「ごくう?」

 

 そう言って、彼はその気を探り出す。 すぐそこにあって、遠いどこかに居るはずの『彼女』 名まえを知らず、聞くこともなく去ってしまった月のようにきれいな髪を伸ばしたあの女の子。

 迷い込んだ悟空に道を示した彼女はどこにいる?

 

……いいや、“今の悟空”にとって。

 

「“そこ”か……よし、行くぞ!」

「え? ちょっ!」

「――――……」

「き、きえた?」

 

 『場所』など最早関係ないのである。 ただそこに、そのモノさえいれば――彼は飛んで行けるのだから。

 

 

 

――――暗闇の世界。

 

 

 そこはどこまで何もない世界。 暗く重い、一筋の光りさえ差し込まない天岩戸(あまのいわと)の伝説を思い起こす闇の中。 正気を失いそうなほどに何もない無の世界に、たった一人……独りでいることを望んでいる者がそこに居た。

 白銀の髪に、透き通るような肌。 それはこの世界には不釣り合いなほどに美しく……儚い。

 人の夢と書くその字だが、果たして人ざる彼女が閉じしまぶたの裏で見るのは夢か幻か。 それは本人にだってわからない。

 

「主……申し訳ありません」

 

 紡いだ言葉は贖罪。 流せるのなら零していた涙は、既に悠久の彼方で枯らしてきてしまった。 だから言葉しか流せない彼女は本当に苦い表情をするかのようで……――――

 

「誰に謝ってんだ?」

「我が主……■■の主たるあの少女に……」

「ん? 聞こえにきぃな。 でも、前とは違って口がきけるのな。 元気が出てきたんか?」

「それはあなたが鎖を……っ!!!」

 

 それは、悠久よりも遠い彼方へと飛んで行ってしまった。 まだ、数多くの鎖で縛られている女性は、いまだに目が開かないが口だけが開くことが出来るようだ。 その様子に、にんまりと微笑んだ悟空は、自身の腰に手をやり、片手を後頭部に持っていき上下させる。

 

「はは、驚かしちまったみてぇだな」

「あ、あなた……どうやって」

「今度は夢じゃねぇぞ? おら、自分でおめぇが居るとこまで来たんだ」

「……は?」

 

 そこから出る言葉に、思わず素になり返してしまう女性は後頭部に大汗をかいたように見える。 どうしても崩れてしまうシリアスを前に、コメディが彼女を襲う瞬間であった。

 

「へっへ! 瞬間移動ってやつでさ……」

「瞬間移動? 転移の魔法の一種……? それでも! この“場所を見つける”ことは出来ないはず――そもそも!」

「ざんねんでした」

「?」

 

 嬉しそうに笑ってみせる悟空は人差し指を一本立ててやる。 アンテナのように伸ばした指をくるりと回して彼女を誘う。 面白おかしい彼の世界へ。

 

「こいつは場所じゃなくて人を思い浮かべんだ」

「ひ、人?」

「そんでそいつの気を辿る。 だから、さっき感じたおめぇの気がある場所まで瞬間移動したんだ。 何となく、界王さまがいたところと感じが似てるけど……結構違うとこみてぇだなここは」

「……もう、なにがなんだか」

 

 引っ張られるように魅せられた世界に困り果てる彼女。 でも、どうしてだろう? それがとてもうれしそうなのは。 誰にも見つけてほしくない、気付いた時にはすべてを傷つけ破壊する――そんな自分ですら笑顔にしてくれる彼に、いま彼女は孤独をわすれていたのだ。

 かなりの困惑を代償にしていることには目をつむってだが。

 

「まぁ、なんだ」

「はぁ」

「今日はさ、おめぇにも礼を言いに来たんだ」

「礼? なにかしたでしょうか」

「したじゃねぇか! オラに仙豆がある場所を教えてくれたのはおめぇだろ?」

「……?」

「ん?」

 

 あのときの礼をする悟空に、果たして彼女は自覚があったのだろうか? まるでフェイトのように困った顔をするのは、彼女が「そんなつもりで言った」訳ではないはずだから。

 

「あ、あの時は――」

「おかげでリンディとも会えたしさ、オラも仙豆で何とか命を繋いだし……なのはもユーノもだ。 いやー、ほんと助かった」

「……あ、はぁ」

 

 まるで川下りのような会話に流されてしまう女性に、更なる追い打ちをかけるべく、悟空はそっと彼女の身体に触れて見せる。

 

「え! な、なにを……」

 

 思わず零れる細い声に、それでもやめない彼は目を鋭く、力を壮大に逞しく高める。

 

「おめぇに礼を考えたんだけどよ、これしか思いつかなかった」

「はい?」

「“これ”全部取っ払って、一緒に外行くぞ? こんなところじゃ、その内カビが生えちまう」

「それは余計なお世話です。 っと、言うよりそんなこと……あの時だって1本がやっとだったのに……そうじゃなくって! そんなことしたら――」

「行くぞ!」

「待っ……」

 

 制止の声もなんのその、鍛え上げた自らのパワーを頼りに、その手に持った鎖に力を込めていく。 あの時からは既に比較にならない程に上げた彼の力。 故にこの程度……

 

この程度……

 

「あ、あり?!」

「だから言ったでしょう、それは人の手で砕くことはできないのです」

「おかしいな。 確かにあんときよりも力は上がってるのに……?」

「それは日ごとに呪いの効力が……それにあなたが砕いたのも原因の一つ。 そのときに漏れた力が、“コレ”の効力を引き上げ――」

「なら――」

「だから――」

 

 話を聞いてと、まるで子供のような“ダダ”をこねようかという彼女をしかとシカトする悟空はここで息を吸う。 力が足りないというのなら、見せてやる。

 

「一気に引きちぎってやる! みてろぉ……」

「な、なにを」

 

 悟空に巻き起こる変化。 それはとても静かな空気であったと、女性は目をふさぎながら思う。 目が見えないからこそ、肌で感じる彼の力は途轍もなさを思い知らせ、これから先起こる変化を予感させる。 なにか、とんでもないことをする……と。

 

「だああ!!」

「!!?」

 

 なる。 鳴る。 成る!!

 

 孫悟空はいま、金色に成る。

 

 逆立つ髪は黄金に輝き、鋭い眼光は碧に染まる。 縛られた彼女を月と形容したが、彼は太陽? ……もしかしたら満月の輝きの方が正しいかもしれない。 彼らに、絶大な力を与える輝きの色は確かに金色なのだから。

 

「……これでできねぇことはないはずだ」

「なんという力の波動……今までに見たこともないくらいに――」

 

 冷たい声、それすらも聞き流してしまう雄々しき力を感じて、彼女は自然、身体を奮わせる。 見えない目は彼の変貌を察知することを阻むが、それでも何かが変わったと思えるのはそれほどに全身を刺激する力が強大だから。

 

「全部――ぶち壊してやる!!」

「ま、待ちなさい!!」

「でああああああ!!!」

 

 止めるものに逆らう悟空。 まるで破壊衝動のおもむくままの声は畏怖の念を抱かせる。 握り締めた十数の鎖が悲鳴を上げる中、女性からは非難にも近い声が上がる。

 

「これを解いたら――」

「はあああああ」

「あの方が!」

「ああああ……ああぁぁぁ」

「……?!」

 

 もう引きちぎれかというその刹那、悟空の輝きが急速に奪われていく。 弱まる黄金色に、彼は唐突に身をかがめる。 揺れる金髪はそのままに、力が失われていく様は枯れていく花のように力ない。

 

「どうしたのです」

「ぱ、パワーが……消えていく!?」

「え?」

 

 荒げる吐息は闇の中に消えていき、消え去る力はもう戻らない。 彼に起こった異変はいったいなんなのかと、答えてくれる者もいない。 今はただ、なくなるという事実を享受するしか出来ることはなく。 悟空は冷たい眼を鋭く吊り上げ、ついに鎖から両手を話してしまう。

 

「はぁ……はぁ……うぐっ!」

「し、しっかりしなさい」

「すまない。 ――どうなっちまってんだ、こいつに触った途端、まるで全身の力が消えちまったみてぇだ」

「こんな機能、今までなかったのに」

「……ふぅ」

 

 つぶやく女性の言葉は悟空に取って意味の測りかねる代物。 ここがなにでどうなっているのかなんて知る由もなく、力が落ちた悟空は金髪を黒髪へと戻していく。 筋肉の膨張は元に戻り、荒々しい雰囲気も完全に霧散していく。

 

「なんかよくわかんねぇけど、すまねぇ。 今のオラじゃこいつは壊せねぇみてぇだ」

「……それでいいのです」

「なんでだ。 こんなもん巻いてたんじゃ息が詰まっちまうだろ?」

「それはそうでしょうけど、それでもこれが解かれてあの方が苦しむくらいなら……永劫にこのままの方がいい」

「えいごう?」

「ずっと、永遠にという意味です」

「ずっと……か。 んじゃあ、あの方ってのは」

「あなたはもう会ったはずです」

「へ?」

 

 難しい言葉の羅列。 どこか古風な物言いの彼女に、目を丸くして質問する悟空は思い当たる節を探す。 あーでもない、こーでもない……それでも、誰よりも気になる“力の在り方”をする彼女を思い出すと、悟空は小さく声出していた。

 

「もしかして…………はやての事か」

「そうです。 あの方が今代のわたしの所有者……我が主です」

「わがあるじ。 なんかどっかで聞いた言い方を――」

 

 その少女を思い出し、正解だと聞いた悟空はさらに思考を遡る。 そこに居るのはピンクの髪を後ろで結った、サムライのような面持ちの“面白いヤツ”

 

「あ! そうか、シグナム!! おめぇもしかしてアイツの関係者なんか?」

「……関係者と言われればそうですが、どういっていいのでしょう?」

「ん~~?」

「はぁ」

 

 生物的にはどう表現できようか? 娘? 姉妹? そのどれでもない彼女達を、どういえばいいかと悩む彼女は見た目相応の少女にも見えて、そんな姿をどこか自分の息子を見るような彼は、ちょっとだけ視線を外して。

 

「ま、いいや」

「……いいのですか」

「ああ」

「……」

 

 そのまま問題を切り上げる。 自分が聞いたことならば、自分で取り下げてもいいはずだ、そう言うかのように終わらせたこの会話。 果たして本当にそれでいいのかと、きっと魔導師の仲間たちなら言うであろうが、この娘の表情を見てしまったらそうも言えないであろう……表情に、大きな変化はないはずだが。

 

「どうすっかな、これがダメだと後が思いうかばねぇ。 おめぇ、なんか良い案ねぇか?」

「……礼の内容を相手に尋ねるのですか? あなたは」

「だって考えてもわかんねぇしよ。 だったら聞いた方が早いじゃねぇか」

「…………甲斐性なし」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもありません」

「そっか」

 

 彼女は確かに今、悟空に向かって冷たい言葉を投げたのである。 どこか親愛を込めた風な、そんな矛盾をはらんだ冷たい声を……

 

「わたしに礼を、もし本当にそういうのでしたら」

「おう」

「どうか、このまま騎士たちと主をお願いします」

「きし?」

「シグナム、彼女たちの事です」

「あぁ、騎士! 騎士な。 あいつがたまに口にするあれか。 ……てか、お願いってなんだ? なんかあんのか」

「……どうでしょう」

「はっきりしねぇな」

「すみません」

「……ん」

 

 そこからつづられるまさかの『お願い』と、やけにはっきりしない銀髪娘に思わず腕組み。 考えること10秒と少し、今回はやけに長い思考はそれだけ悟空が悩んだから。 そこから思い浮かんだことは――

 

「わかった、おめぇがそういうんならあいつらの事は任せとけ」

「……」

 

 肯定することだけ。 今はどうにもできない事なら、だったら今やらなければいい。

 

「でも」

「?」

「おめぇの事、ほっとくつもりもねぇかんな」

「え?」

 

 その言葉に、どうしてか内側が温まる女性は思わず声を出していた。 小さくて、聞こえないくらいの音量で、でもこのなにも無いところに確かに響いて。 意識してしまったらなぜか恥ずかしく、彼女はその鼓動を沈めていく。

 

――――いまさら助けなんて。

 

「プレシア治してさ」

 

――――もう、どれほどのものを傷つけてきたか判りもしない自分なんて。

 

「んで、また1年経ったら、今度はおめぇの鎖を取ってもらうようにしてもらうさ」

 

――――そんな奇跡、遠い昔にあきらめて……

 

「そんで、3年後に来る人造人間に勝って、また、こっちに報告に来るさ。 勝ったぞー……って」

 

――――どうして、あなたたちはそんなに。

 

「……わたしの心を惑わせる」

「?」

「――ッ! なんでもありません」

「そうか? なんかオラ、おめぇが怒るようなことやったんか?」

「ど、どうしてですか?」

 

 どもり口調の娘に、男は首を傾げて見せる。 どうしてと聞かれれば『これ』しかないと、独り指さす悟空は見ているだけ。 まだ、開くことを許されない彼女の目に……

 

「なんかおめぇが泣いてるようにみえたんだけど……気のせいか?」

「…………」

 

 一筋だけ、小さな雫が流れ落ちたように思えたから。 どこかキザで、軟派なセリフで、矛盾した言葉で。 でも、彼は本当にそう思ってそう見えたから言うだけで。

 事実しかない言葉を宛がわれ、思わず言葉を飲み込んでしまった女性はそのまま喋らない。 ……どこかへ追いやった気持ちが戻って来る前に、いつも通りを繰り返そうとする彼女はまるで――自分なんて幸せになる資格がない。 そう振る舞うかのようで。

 

「遠慮することなんかねぇかんな」

「え?」

「オラ、あきらめが悪いんだ」

「……」

「いつか――おめぇを外に連れ出してやる。 それが、オラがやってやれることだと思うし」

「……」

「それにプレゼントとか用意なんて、逆立ちしてもできそうにないしな! だから……少しのあいだ、そのまま我慢しててくれ」

「…………はい」

「はは!」

 

 取り付けてしまった約束。 うなずいてしまった彼女。 人の夢、確かにそれは儚いのかもしれない。 でも、そんな折れそうなほどにか弱いからこそ、人はそれにすべてを賭けられるのではなかろうか。

 そう、誰もが見失いがちなことを只、一生に懸命を賭す彼はひたすらに真っ直ぐすぎて……眩しい。 この闇の世界をも照らさんとする光は、どうにも居心地がよすぎて。

 

「お願い……します」

「まかせとけ!」

 

 ドン……と、胸を叩く彼に思わず委ねてしまう。

 

「さってと、なんだかんだで寄り道したな。 早くなのはの……じゃなかった、はやての所にかえんねぇと」

「それならば、もうすぐシグナム達が来るはずですが」

「ほんとか? ……まぁ、一回顔くれぇは見せとかねぇとな。 あとで何言われるかわかんねぇし」

「そうですか」

 

 どこか子供じみた理由で会うことを決めた悟空は、戻る準備を即座に行う。 思い描くは最初と同じ……儚い気を持つ少女ただ一人。 ここから出る、というよりはあそこに戻る感じだろう。 悟空はいつものポーズをとると神経を集中していき……

 

「機会があったらまた会おうな」

「はい。 あ、それと……今日、わたしに会ったのはあなたの胸の中だけに留めておいてください。 もちろん、騎士たちにも」

「え? あいつ等にもか? ……わかった。 そんじゃ……――――」

「…………」

 

 消えた青年を見送る女。 2回目となる別れ、それは彼自身が望んだ事象であって、また今度会うという約束のもとによる一時の別れ。 その言葉を胸の内にしまう女性は今まで、作られてから今日までにない感覚を弄びながら、そっと意識を深く沈めていく。

 彼との約束……一番は主の少女、二番はシグナム達、そして最後は……

 

「皆のついででもいい……ただ、もうあのような悲しい結末を――――迎えさせないで」

 

 悠久を彷徨うしかできない自分に、あの大きな手を差し伸べてと……彼女はついに弱気を吐き出すことが出来たのだ。 硬い言葉で固めた心の鎧を、そっと解くかのように。 それは叶う願い? 叶えるのは誰? 今はわからない数式も、ただ、待ち遠しさを増幅させるだけ。

 今代の変わった主に、出会ったことのない輝きを持つ客人。 彼等をみた女性の心境はいま、自身に付けられた“名”とは正反対の道を見始めたのである。 そう、光射す世界へ――――

 

 

 

 

 

 そんな彼女が居る世界の、最奥に巣食うとある場所。 そこにうごめく不穏を知りもしないままに。

 

 

 

 

「ほう。 随分と懐かしいモノを感じたが――まさかアイツがこんなところにいるとは」

 

 身体など、とうの昔に失くしたものが居た。

 

「あのとき飲まされた辛酸を返す時が来たようだな」

 

 見返すは遠い過去。 永久凍土にも似た闇の世界に消えていった成れの果て。

 

「太陽は熱く、宇宙はとても冷たかったぞ――――サル野郎……いや」

 

 2度の敗北。 憎き黄金の輝きを纏う戦士を残った脳髄に刻み込み、もはや生物ですらない彼は怨嗟の声をただ、漏らす。

 

「超サイヤ人……」

 

 虫のように、機械のように、あたりにある闇を食いつぶしながら……足りない身体(すべて)を補っていく。

 

 『それ』は――次会う機会を確かにうかがっていた。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空」

なのは「えっと、悟空くんどこ~? トントン話を進められるとそのぉ……片づけするのが大変なのですが……」

フェイト「……ねぇ、なのは」

なのは「え? どうかしたのフェイトちゃん」

フェイト「デートって」

なのは「デートって……?」

フェイト「なんだろう」

なのは「え?」

フェイト「え、あ、ちがうの。 意味は分かるんだよ? でも、何をするんだろうなっておもって」

なのは「……あ」

フェイト「ご、ごめん。 やっぱり何でもない」

なのは「……うん」

???「お困りのようね」

少女二人「え!?」

???「助けになるとは思えないけれど、よかったらこの人生の先駆者がいって――――」

悟空「……――――さってと、そんじゃ次の話だったか?」

???「まちなさい孫くん、まだ私の話が――――」

悟空「おめぇとの話はもうちょい後だ、それに話するやつがいるしな」

???「なんですって?」

悟空「そんじゃ次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第35話! 騎士と魔導師と拳闘士」

フェイト「デート、逢引き、逢瀬……言葉は難しいな」

なのは「う~ん。 悟空くんのことだからそんなに深く考えなくても」

二人して「う~~ん」

悟空?「さっきからなにやってんだよ。 さっさと飯食って寝ちまうぞ」

少女たち「え!? そ、その姿――!」

悟空?「理由はまた今度だってよ? オラにもよくわかないや。 じゃあなあ!」

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