魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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なにげ、登場人物がかなり多い今回。 その中でも群を抜いて目立つのはあの引っ込み思案。

デートを控えているその間に起こるのは幸か不幸か……彼女の苦難が幕を開ける季節です。 りりごく35話……では。



第35話 騎士と魔導師と拳闘士

「たっでぇま!」

「びくっ!」

 

 孫悟空は風を切る。 正確には空気の層を引き裂き、そこに自らの存在を置き換えて……むずかしいことは術を使った彼にもわからないが、とにかく瞬間移動により、今のいままで在った空間を押し出して彼は再度登場していた。

 この家の主を大いに驚かして。

 

「ごくう、今までどこにおったん?」

「はっは! ちぃとばっかし、知り合いの所にな」

「しりあい?」

「ああ」

 

 寝かせたままの少女に、若干の疲労の色を残す悟空。 それは先ほど在った不可解な力の消失にあるのだが、それを知らない少女はいつも通りに悟空へ接する。 気を使いすぎる彼女が気付かない、それほどに彼はいつも通りを歩いていた。

 

「……お?」

「え?」

 

 そうこうしてる間に、悟空は床を……正しくは一階玄関の方に気を配る。 同じく聞こえてくる音に反応したはやては、そこから聞こえてくる声たちに、思わず立ち上がろうとして。

 

「ごくう?」

「……にい」

 

 人差し指をたてて、小さく笑う悟空に押しとどめられてしまう。 聞こえてくる声たちをしり目に、悟空は彼女に先ほどのことを思い出させる。

 

――――たまには、ゆっくり休んどけ。

 

 それを忠実にこなすべく、彼は部屋のドアに手をのばす。 ゆっくり開けられるソレは、音を立てないように静かな開閉を行う。 スッといなくなる悟空に、思わず息をのんでしまったはやて、それは彼があまりにも――

 

「なんやろ。 前に会うた時より、静かな気がするんやけど……?」

 

 1回目は当然として、再会した時よりもはるかに大人然としていたから。

 

「どうしたんやろか?」

 

 彼女は知らない。 体質的に年齢の経過が判りにくい彼が過ごしたであろう年月と、経験した怒りと悲しみを。

 

「さってと、ああいっちまった手前、こっからどうすっかなぁ。 ……ボールさがしもあるし――」

 

 それを乗り越えた彼が身に付けたささやかな変化を……まだ、知ることはない。

 

 

八神家 一階。

 

 

 いつもより遅くなった帰宅時間。 駆け足で玄関のドアを開けた彼女はいの一番にリビングへと向かっていた。 もう、いつもと言っていいこの習慣は生きてきた中で最も心地の良いモノ。

迎え入れてくれるあの笑顔、その光景を幻視して、今日も彼女はその戸を開ける……そこには――

 

「どういうことだ」

 

 だれも、いない。

 

「主?」

 

 そこにない何時もの笑顔。 日が傾くこの時間なら、シャマルと一緒に洗濯物を畳んでいるはずの姿が無いことに。

 

「……」

 

 言い知れない不安が湧いてくる彼女。 不意に揺れたのは心、風に吹かれるのは後ろで結った長い髪。 細いリボンが共に流れ、空気の流れを視覚化する。 ……ここに、自分以外の誰かが居ると彼女に知らせる。

 

「……敵……いや、殺気を感じない」

 

 蠢く気配は誰のモノ? 彼女は気付けば胸に下げてるペンダントを手にしていた。 小さな西洋剣を模したそれはかわいらしいと言えばそうなのであろうが、驚くことなかれ、これこそ彼女にとってのレイジングハート……つまりは魔法器具(デバイス)なのである。

 コンパクトにされたそれを持つ、つまりは戦闘態勢を整え、陸上選手のように戦いのスタートラインに立つ彼女の目は鋭い。

 

「…………階段を下りる音」

 

耳で聞くのでなく肌で感じる。 空気の振動と家屋を叩く足の音とで敵との相対距離を把握し、彼我戦力のおおよそを見当づけていく。

 

「音の大きさから察するに体重は60キロは超えるか? ……とすれば男である確率が高い」

 

 しかも、かなりの筋肉質。

 仲間であるザフィーラと共にいなければ分らなかったであろうこの情報。 いつの間にか身に付けていた目以外の情報収集はこの世界に零れ落ちて教わったもの。 教えてくれた彼に感謝しつつ、まるで侍の居合のように空気を鋭利にする彼女は鳴り響く音をさらに細かく聞きわける。

 

――ドン。

――――ドン。

 

……ぴかーー

 

「ん?」

 

……とん、とん、っとっとっと――――

 

「な、なんだ? 音が……軽くなった……?」

 

 その中で起きる些細な変化。 聞こえる音の軽量化に戸惑う彼女はついつい閉ざされたドアに耳を寄せる。 目標との距離の最適化を図る素早い行動はさすがだろう。 ……あぁ、相手が彼女が想定しうる常識内の行動を起こすという前提条件を満たしたままならばだが。

 

「うわ! な、なんだ!? からだが――」

「なに? 子供の声?」

 

 起こる不自然はいきなりであった。 軽くなる足音に、騒がしくなる空気。 奏でられていくハツラツな大声に身体ごと反応する彼女の驚きは相当のモノであった。 次いで起こすアクションは更なる情報収集をすること、すばやく耳をドアに当てて、現状を確認すること約……0.01秒の事であった。

 

「うぉおおおお!?」

「――ふぶっ!?」

 

 ピンクの髪を持つ彼女は……3メートルほど吹き飛ばされていた。

 

 回る回る景色が廻る。 その先に見える茶色と山吹色が見事なマーブル模様を描くさまは気味が悪くて気色悪い。 嗚咽と悲鳴も混ぜ合わさって、すべてがグルグルかき混ぜられていく中で、彼女からマウントポジションを奪う存在が居た。

 

「か、身体のバランスが……うぐぐ」

「な、なんだこいつは」

 

 身長にして110センチあるかどうか、おそらくはやてよりも小さいであろうそれは、女性に抱きしめられるかのように受け止められ、リビングへ落ちるのを未然に防がれていた。 この人物にそんな加護がいるかと言われればまた疑問だが、こうなったものは仕方なく。

 鋭い表情が特徴的な彼女からは想像もできない、柔らかな肢体に身体をうずめる少年は若干、息が苦しそうでもあった。 それが我慢できなかったのであろう。

 

「よっと」

「……随分身軽な」

「はは、すまねぇな」

「いや、私は構わんが……?」

 

 飛び跳ね、軽いストレッチをその場で行う。

 立ち上がる二人は、ここでやっと視線を交わす。 斜め下と直上とで違いはあれど、お互い思うことは同じであろう。 ――なぜ、そんな不思議そうにこっちを見るのか……と。

 

「おまえ、いや……貴様――ちがう」

「ん?」

 

 つぶやく彼女は顔を横に振る。 こうでもないあーでもない……何度か繰り返された問答の中、まるで見えない鏡とニラメッコするように表情をわずかに変えていく様はなんとも彼女らしくない。

 緊張でもなく、緊迫でもない――そう、挑戦する者の目をしたまま、彼女はそっと表情を崩したのである。

 

「きみ、あぁ、これだ」

「?」

「キミは、いったい誰だい?」

「お??」

 

 微笑んだ彼女はまるで女神のよう。 何を思いこのような表情をしたのかはわかりかねるが、おそらく彼女自身、何か思う事でもあったのであろう。 “目の前の子ども”に対して、まるで公園で戯れるおねぇさんのように接する様は正に保育園。

 その相手がだれかというのはさておき、このような対応をさせるのはひとえに彼が、彼女の主よりも見た目だけなら幼く見えるからだろうか。

 

「なんだ? おめえ雰囲気変わったか?」

「……?」

「なんか前はもっとツンケンしてた気がしたけどなぁ……まぁいいや」

「まえ?」

 

 それに気づいた彼……少年はすぐさまそれを隅にどけていく。 気づいてあげてよ彼女の変化! どこかに置いてある本が白く光る中、少年を見る女性はもう一度質問を繰り返す。 とげが無いように、怯えさせないように――と。

 

「キミの名前はなんていうのかな?」

「オラか?」

「……ん、うん」

 

 どこかで、聞いたことのあるような喋りかた。 それが彼女の第一印象である。 この時点で気づける人はおそらく数名。 なのはとその友達と、フェイトにユーノ、さらにアルフとリンディ……プレシア女史はどうだか分らないが、それはまた別の話。

 とにもかくにも、今既に、彼女は少年の事を一切合切――わかっていないのである。 ……それを。

 

「なんだよおめぇ、おぼえてねぇんか?」

「なんだと?」

「前に会ったじゃねぇか」

「……なに?」

 

 さびしかったのか、嫌だったのか。 それとも残念だったのか、少年は眉をねじって彼女を見据える。 その瞳に若干気圧されたのは後にも先にも彼女だけの秘密なのだが、そんな迫力を持った彼に、どうしてか見覚えがあったのだろうか。

 

「……キミと私は会ったことがあるのか?」

「あんだろ? しかも組手もしたぞ」

「そんな、いや、あの道場……ちがうな、こんな子供がいれば忘れないはず――」

「こりゃホントに覚えられてねぇようだな。 なんかさびしくなっちめぇぞ」

「……すまん」

「いいけどさ」

「すまん」

 

 過去を振り返り、絞ってきた道場の数をカウントしては心当たりがないことに不安を上乗せしていく。 何が起きて、何があったのか。 募る心配を態度に表すなか、そんな彼女がどう映ったのか、少年は腕組みしながら首を傾げて見せる。

 

「まぁ、一日しかいなかったし、覚えてねぇのも無理ねぇか」

「そうなのか?」

「そうだぞ。 しかもすぐにどっかいっちまったからな」

「そうか」

 

 謝る彼女を嗜める姿は、どこか大人びていた。 小さい背なのに大きい懐へ感謝しながら、彼女は少年を見続ける。 やはり知らないわからない、このような“子ども”には会ったことはないはずだ。

 ……それでも、と。

 どこか、少年を見る目を変えていく姿がそこにはあった。

 

「……あぁ」

「ん?」

 

 小さな呟きは女性のモノ。 微かに香る悩ましき色の空気は、彼女の心情を表すかのように、柔い。

 

「キミを見てると」

「オラを?」

「あいつを思い出す」

「……アイツ?」

 

 普段から硬く、鋭い、ツルギのような彼女からは想像もできない弱い溜息から出たのは――

 

「最近知り合った――つよい男だ」

「……男?」

 

 あの、やさしい笑顔を携えた青年であった。

 

「どんな奴だ!」

「知りたいかい?」

「おお! おめぇが強いって言うんだから相当なんだろ!? だったら知りてぇぞ!」

「ふふ……」

「わくわく」

「あいつは、それはまぁとてつもなく変な奴だ。 私のように戦にその身を置くのを望んでいながら、血なまぐささを感じさせない。 強いて言うなら、アイツとは戦いたいが争い事では対峙したくない、そんな感じだろう」

「……」

「今までのどの人間にも該当しないモノで、そして会ったことのない人間だ。 主とは、また違ったあたたかさを携えた男。 ……あいつのそばは、とても心地がいい」

「へぇ~~」

 

 はしゃぐ少年がどのように映ったのだろうか? 女性は軽やかに笑うと薄く目を閉じる。 あの時を思い出して微笑み、あったことを浮かべては心を弾ませる。 そうさせるに容易い男であると、彼女は少年に笑いかける。 それを、どう読み取ったのか。

 

「良い奴なんだな」

「……そうだな。 アイツのことは、皆、憎からず思っているはずだ。 ――もちろん私もな」

「そっか」

 

 少年は、なぜかやんわりと微笑んでいた。 ワンパクではないそれは歳不相応、見る者首を傾げさせるほどに静かな目は、そのままに彼女を射抜いていた。

 

「……あ」

 

 漏らしてしまった声は誰にもすくえず。

 

「え?」

 

 こぼれた疑問に彼は答えない。 ふと気づいたのは偶然であった。 どうにも見たことが無い――それでいて特徴がありすぎる外観はどこかで見たようで。 それでも分らない彼女を後押しするかのように、事態は次へ進んでいく。

 

「正直言って、オラ安心してんだ」

「なんだって?」

 

 まるで遠くを見据える目だと、後に彼女は語ったそうだ。 そんな達観とも言える眼差しの先に、少年は何を見ていたのか? 聞くこともできず、彼は話を先へと進めていく。

 

「もしかしたら、これから先よ? 会うのが難しくなりそうなんだ」

「……そうか」

「もちろん、あいつとの約束もあるし、たまにはこっちに顔出すさ。 それでも、いま、やんなきゃなんねぇことが出来たからよ。 今はそっちを先に片付けなきゃいけねぇ」

「……」

 

 揺れる黒髪と、明るい色のジャケット。 正反対の色素がたなびく中で、少年はそっと上を向く。 その視線の先にいるか弱き少女を思い、浮かべると、ほんのり息を吐き出して女性と目を合わせていく。

 

「はやての奴、今が一番大変な時期だと思うんだ。 気も魔力も、妙な力でごちゃ混ぜにされてうまく動けてないっていうかさ、なんていうかとっても不安定なんだ」

「気? ……それはどういう――」

「それでもあいつは我慢して、平気な顔ばっかするかもしんねぇ……だからおめぇたち、あんまし無茶ばっかさせんなよ?」

「キミはいったい……?」

 

 不思議と、怪訝な顔をする女性が出来上がっていた。 少年が言う異変は身に覚えがない、はずである。 そんなことをつらつらと述べて、こっちの言葉も聞いてくれない彼は、だけどどうしても確信めいた瞳は得も知れない脅迫概念めいた恐慌を彼女に与えていく……このままだと、いつか大変なことになるぞ――と。

 

でも。

 

「でもまぁ、おめぇが言うその“強ぇ男”ってのが居れば、オラ一安心かな? さっきまでここに居たのがそうなんだろ?」

「なに?」

「あんな強ぇ気を持った奴がいるのはビックリだったけど、あんなのが付いてんなら、オラが居なくっても平気だよな?」

「だからなにを言っているんだ」

「……? ちゅうかよ?」

 

 絡まぬ会話を行く少年を、若干非難めいた視線を送る彼女の反応は正しい。 それを感じ取ったからだろう。 彼は一振り、自身の尾を振ると、そこでとうとう今までの疑問に終止符を打って出る。

 

「オラの事、ホントに忘れちまったんか?」

「……さっきも言ったはずだけど、キミの事は知らない――!?」

「そうか、そいつは残念でならねぇな……」

「お、おい……!」

「ん?」

 

 それを見て、これを見て……彼女の中にある複数にちぎれた情報の糸が確かな一本線となって紡がれていく。

 

「キミの後ろから伸びているそれは!?」

「それ?」

「ああ、それだ」

「尻尾だぞ?」

「そ……そうか」

 

 それは、少年――今は“青年”と呼ばれるであろう中身を持った彼も同じであろう――と、おもいたい。

 

「……すまない。 キミの名を、もう一度教えてほしい」

「なまえ? いいけどさ。 もうわすれないでくれよ?」

「……約束しよう」

 

 結ばれようとする約束はどこか急ぎ足。 ようやく見えてきた答えを前に、なぜか彼女の頬は表面温度を駆け上がっていく。 彼女の、二つ名と同じように。

 

「…………アイツの子供? いや、それにしては……」

「?」

「あぁ、いや、なんでもない」

「そうか? そんじゃ、今度はちゃんと覚えててくれよ? オラ――」

「……ゴクリ」

「孫悟空だ」

「……」

 

 同時。 彼女の二つ名とは正反対の季節が舞い降りる。 季節なのに舞い降りるとはこれいかに? いいや、凍結という意味でなら、雪がかかっているから正解であろう――などと、独り脳内でツッコミを入れる彼女は動かない。

 

「そ――」

「あ、いけね! オラもう帰る時間だ」

「ん――」

「筋斗雲の方が早いな。 そんじゃ……」

「ご――――」

「またな、シグナム」

「…………くぅ……」

 

――――筋斗雲ーー!

 

 揺れる影は誰のモノであっただろう。 少年――孫悟空と名乗った不思議な男の子が玄関口で大声を上げる最中、揺らしていたピンクのポニーテールが宙を揺蕩う。 それは、まるで彼女の心象風景を具現化しているかのように。

 

「――はっぐ?!」

 

 唐突に、天へと舞い上がる。

 

「おおおおおおお!?」

 

 タトエルナラ、臨戦態勢となった野良猫たちであったか? 普段からクール&ドライで格好がついてしまっていた彼女からは正に想像もできない乱れっぷりは、“見る者たち”に大きな衝撃を与えていた。

 

「な、なぁシャマル。 シグナムのヤツ、どうしちまったんだよ」

「あ、あはは……たまにはこういうこともあるんじゃないかしら?」

『むぅ?』

「ちがうちがうちがう!!」

『……しぐなむ』

 

 狼狽え、遠吠えを書きだしていく彼女は今、たった数秒前の会話ログをモノローグチックに思い返してしまった。

 

「そうじゃない! そんなんじゃないんだああ!!」

 

――アイツのそばは、とても居心地がいい。

 

「ああう!!」

 

 フローリングを大の大人が転がりさっていく。 まるで掃除のときに使う道具のような体裁を見せた彼女は顔面を手で覆う。

 

「そんな意味で――そんな意味で……」

 

――もちろん、私もだ。

 

「そんな……いみで」

 

 否定するのは恥ずかしいから? ――でも、彼女の感情は本当に……

 

「どんな意味、だったのだろうか」

「?」

 

 何を指し、どこを目指した言の葉だったのか。 今はまだわからない。 これからきっとわかるはずのその感情をいまはまだ彼女は弄ぶことしかできない。

 こんな、平和だからできる想いなんて、騒乱の時代を渡り歩いてきただけの彼女が判る筈が……ないのだから。

 

 薄くも、黒い影が……刺そうとしていることも知らないで、この後の騒動をこなした彼女たちの今日という日は幕を閉じるのである。

 

 

 

 

 PM18時30分 高町家 玄関。

 

 夕の日差しがあたりを赤く燃やしていく。 実際には燃えてはいないのだが、そうとっても差支えないくらいにあたりは真っ赤に燃え、盛っていた。

 

「大丈夫だよ、フェイトちゃん」

「……うん」

「うんって、そう言ってもう15分くらいはこうなのですが……」

「……うん」

「こ、これは――どうしたものか」

 

 盛り上がっていた……とはいえないのだが。

 

 何時ぞやの強い眼はどこへやら。 初めての友達の家訪問に飛び切りの硬直を見せつけていたフェイトは、純和風の玄関どころか、正門まえの敷居すらまたげずにいた。 どこか大空を飛行中である元気の塊にも分けてほしいくらいの怖気ようである。

 

「わかってる、分ってるんだよ? なのはのご家族はみなさん親切でありましてその――」

「敬語がおかしいよ……フェイトちゃん」

「はうはう」

「どうしよう」

 

 他人の家に預けられた子ネコのよう。 ツインテールを大きく振って、右へ左へ彷徨う迷い子に思わず嘆息を出してしまった高町の末っ子、なのはさん。 彼女は下を向き、今後を検討しようと思い、悩む。

 

「も、もう少し。 あともう少しで落ち着くから――」

「……うん」

 

 でも、頑張る彼女が儚く映る今、無理やり引っ張りこむというのはどうにも気が引ける。 片手のひらをなのはに向けて、「待って」と制止をかけるフェイトの顔はどこまでも頑張りを見せていた。

 その様を見届けてあげたい。 そう、思ってしまうからこそなのはは悩んでいるのである。 邪魔を、するべきではないのだと。

 

 ……そーーい!

 

「うん、そうだよね。 こういうときは本人が――」

「……ごめん」

「へいきだよ。 こういうの、わたしもあったし」

「なのはも……?」

「うん」

 

 ……あ、あり?

 

「初めてすずかちゃんのお家に招待されたときなんかは緊張したし、それとおんなじだと思うから」

「なのは」

「にゃははっ」

「ありがとう」

「どういたしまして」

 

……やべっ! ど、どいてくれーー……

 

「がんばろ?」

「うん」

 

 華が咲いたように笑う彼女達。 夕が暮れ、既に薄暗くなる周りが月明りで照らされていく。 それほどの時間がかかったと、思うこともしないで笑いかけ、そっと自分の前まで歩いてきてくれたなのはの優しさに、そっと心を温められる……その刹那であった。

 

「それじゃ、行こ?」

「わたし、がんばる」

「う――――ふみゃあ!?」

「うぎゃあ!」

「な!? なのは!」

 

 空から流れ星が降ってきた。 夜空を切り裂くその色は――山吹、それが垂直に栗毛色の少女を叩き伏せる。 漂う煙は常軌を逸している量であり、視界を完全にシャットダウンするのは確実に常識外。 ありえないよ……そう、フェイトが漏らすのは自然なことであった。

 

「痛~~い! もう、悟空くん何するの?!」

「いってて、おめぇが急に動くから着地に失敗しちまったんじゃねぇか」

 

 ベチン。

 

 そんな効果音で彼の下敷きにされたなのはは、なぜだろう。 後頭部に絆創膏を張り付けられ素早く復活。 こんなことをするのは……と、即座に言い当てた彼女はもう『慣れ』の境地か。

 犯人を両手でどかして、立ち上がり――見上げようとして。

 

「……悟空?」

「……あれ?」

 

 少女たちは、欠けた月夜を見上げるだけであった。 白銀に輝くそれは透き通るかのように美しい。 数日前は黄金に輝いていたそれを、2秒ほど見た時だろう。

 

『!!?』

「ん?」

 

 少女たちは、垂直跳びを敢行する。

 

「ご、ごごごご悟空くん!?」

「なんだよなのは? 腹でも痛ぇんか?」

「そ、それはもう治ったから平気――じゃなくって!」

「こんな時間に大声出したら“ご近所メイワク”だぞ? あんまし騒ぐなよ」

「~~~~ッ!!」

 

 そこから流れ出る悟空節はなのはの中枢神経を刺激する。 思わず作り上げられた右こぶしからは桃色の光りが溢れ出す。 気のせいか? どことなく、真横のコンクリ製の壁がグラリと揺れたのは。

 一気にテンションがクライマックスななのはに対し、今までがマイナスであったフェイトはなんとか抑えられたのだろう、悟空に対し、正確な答案を返して見せようと試みる。

 

「悟空」

「なんだ?」

「背が……お昼とは違うみたいなんだけど」

「そういや縮んでんな? なんでだ?」

『それはこっちのセリフなんですけど』

 

 結局帰ってきたのは『不明』の2文字。 着かないケリに、着かない答え。 どれもこれもと悩む彼女達とは対照的に、何も気にせず素通りしていく様はどこまでも突き抜けていよう。

 常識という縛りに束縛されない。 どこぞの艦長が聞いたら、頭を抱えそうな話であろう。

 

「まぁ、なっちまったもんは仕方ねぇだろ? それよか早く家に入っちまうぞ」

「そ、それが――」

 

 それでもと、悟空が帰還を促す中でなのはは事情があると立ち止まる。 いま、小さな勇気を振り絞ろうとしている者がここにいるのだと告げようとして――

 

「……あ」

「今日はな、“ホッケ”っていう魚だぞ? すっげぇうめぇから、おめぇも食ってけ」

「ご、悟空……あの!」

「モモコー! 腹へったーー!」

「む、無理やり引っ張ってっちゃった」

 

 ズリズリと、引きずるように玄関へ飲み込まれていく。 天岩戸(あまのいわと)の伝説も仰天な強引さに、若干ながら引き気味ではあるが、なのははそれに続いていく。 今宵も大きく騒がしくなると、胸の内で微笑みながら。

 

「――――んで? 悟空、お前また小さくなったのか」

「そうなんだよ、なんでだろうな?」

「……ホントはその姿がもとの姿なんじゃないだろうな」

「それは――どうなんだろうな」

「どうなんだろうなって、おまえ」

 

 迎え入れるは高町の長男坊。 今はもう悟空よりも歳が“幾ばくか”下に離れたはずの恭也が、彼等彼女たちを迎え入れる。 ……のだが、悟空と目線を合わせたかと思うと、そのまま彼は頭を抱えるのであった。

 

「デカくなったりチビに成ったり……人間の身体の構造を舐めとんのかお前は」

「んなこと言ってもこうなるもんはこうなっちまうんだ、しかたねぇだろ」

「……はぁ」

『あ、はは』

 

 抱えたうえで、どこか笑いをこみ上げさせるのは最早恒例行事。 お約束として流していくのだが。

 

「……ご、悟空君おかえり」

「お、今帰ったぞミユキ……なんだおめぇ? ずいぶんと“気”が落ち込んでるじゃねぇか」

「……うん。 そっとしておいてください」

「? そうしろっていうならそうすっけど……なぁ、キョウヤ?」

「今回は俺も悪いから何も言えん。 すまないがそっとしといてやってくれ」

「……わかったぞ」

「すまんな」

 

 通りすがりに視線をくれ、リビングへと歩いて行った悟空、フェイト、なのは。 この順番で顔を出して、皆の表情はやっと驚愕から疑問の域に落ち着いていく。 ……落ち着くという単語で在っているかと言われれば不明だが。

 

「ところで悟空?」

「お?」

「お前の後ろにいる子……どうしたんだ?」

「こいつか?」

「あぁ」

 

 やっと出た彼女の会話。 それが自分だと早々に気付いたフェイトは小さく会釈する。 何となく先ほどまでの硬さが抜けているのは、悟空が起こしたとんでもなさのせいか否か。 とにもかくにも、ようやっとここまで進んだ会話、なのはは友達を家族に紹介することとする。

 

「この子はフェイトちゃんっていって、最近お友達になったの」

「フェイト? ……どこかで聞いたような?」

「え?」

 

 その名に、聞き覚えがあるのはキョウヤ。 少しだけ傾けた眉が動くこと4回、まだ、悟空が8歳程度だと思われていた日々のことを思い出していく。

 

「あぁ! 前に悟空が言ってた“トラ娘さん”って、キミの事か!」

「と、とらむすめ……」

「にゃ、にゃはは」

 

 その時の悟空が漏らした単語は、これが一番インパクトがあったのだから仕方ない。 確かに黒い私服に金色の髪は、脳内にソレを投影させるのだが、何も本人に向かって……なのはが汗を垂らしながら視線で訴えかける。

 

「ああすまない、ごめんな。 なんせあの時の悟空がとんでもなくうれしそうだったからさ」

「う、嬉しそう?」

「あぁ、そう言えばそうだったよね。 『あんな強いヤツがいるなんてなぁ、今度はいつ会えるんだーー』って、如意棒を振り回してたかも」

「そ、そうなんだ」

「はは、そういえばソンなこともあったっけかなぁ」

 

 後頭部に腕を持ってき上下に動かす。 すまないのポーズをとる恭也と、上を見上げて遠い過去を思い出す悟空。 どことなく、彼等の仕草が似通りつつあるのは気のせいか。 なのはの心配事が増えた瞬間である。

 さて、自己紹介もほどほどに、皆の歓迎を受けたフェイトを囲むように食卓に着く皆の衆。 机の短い方の面になのはとフェイトが隣り合わせに座り、そこから対面に座るかのように、出遅れたユーノをあたまの上に乗せた悟空が箸を持ちながら両手を合わせていた。

 

「キュウ(悟空さん、今日もノルマを達成してきましたよ)」

「ほんとか。 段々と余裕出てきたじゃねぇか、次は今の倍だな」

「……きゅう(倍……!)」

 

 知らぬ間に課せられたのは少年が誓った課題。 それを見ていた桃子は、動物と会話する悟空にやさしく声をかける。

 言葉がわからない、そう思うものの、悟空なのだからわかるのであろう――と、微笑を携えながら。

 

「あら、悟空君、何話してたの?」

「ん? こいつな、ずっとめぇに強くなりてぇって言ってきたかんな、特訓積ませてんだ」

「修業じゃないの?」

「修行ってのはもっとつれぇぞ。 今コイツがやってんのは“準備運動”だからな、だから修業じゃねんだ」

 

 出てきた言葉に思うのは「動物に修行?」を通り越して、普段から聞かされるものとは違う単語への疑問。 悟空と言えば修行!! どこかそう直結させていた面々に対して言われた言葉は……

 

「……ぎゅ」

「ユーノくん、落ち込んじゃった」

「なんでだ?」

「そ、それはおまえ……まぁ、あとで教えてやるよ」

「?」

 

 ユーノを涙目にして、恭也に同情の念を持たせる。

 

――――毎日、こっからすずかの家に行って、ネコから1本取ったら、また帰ってくんだぞ?

 

 悟空が考えた動物形態のユーノに与えられた試練は相応のモノであった。 力が欲しいと、頼んだのは彼なのだから非難のしようが無く。 力が付くと信じ、一日一日を必死にこなしていくのである。 ちなみに、高町家から月村邸まではおおよそにして20キロ以上離れていることを明記しておこう。

 

 ……これだけで、なぜ恭也がユーノにやさしい瞳を見せるのかが、お分かりになるであろう。

 

「はい、おまたせー。 今晩のメインディッシュよ」

「おお! きたきたーー!」

「おいしそう……」

 

 涙目小動物をあたまに乗せたままに、桃子が持ってきた大皿に唾液の分泌量を「3倍だあ!」……にまで上げ、香る魚の恐ろしいまでの焼き具合はフェイトの目をやわらかい形にほぐしていく。 もう、我慢の限界だ――最強のお子様が唸る中。

 

「それではみなさんご一緒に」

『いただきます!!』

「いっただっきまーす!」

「キュウ!」

 

 団欒は、最高潮を迎えるのでした。

 

「あ、キョウヤ! それ食わねぇなら貰ってやっぞ」

「いらん心配などするな。 これは俺が暖めておいた――」

「もふもふ――んめぇ!!」

「……なん……だと!?」

 

 走る悟空の右腕を、目で追いきれなかった時点で恭也の負け。 悟空は、恭也が小皿にひかえさせていた3個あった“から揚げ”の1.5個が消えてなくなっていた。

 

「はんふんはほをひへほいはほ」

「汚いだろ! いっそのこと一思いに――じゃなくて! 悟空、お前よくも!!」

「食わねぇモンだとばかり――「この世に! から揚げが嫌いな男の子は存在しない!!」……それもそっか」

「す、すごい喧噪。 なのはの家っていつもこうなの?」

「今日は何となくいつもよりは騒がしいはず……だとおもう」

 

 男共のケンカが始まる中で、少女二人は苦笑い。 それでも、笑うことが出来るこの時間は、彼女の母親が望んで、悟空に託した“願い”であったのだ。 気づけば果たされていたそれは、彼自身、決して狙った訳ではなかったであろう。

 

「フェイトの甘いニンジンいただき!」

「それはだめ」

「む!? 知らない間に腕を上げたな?」

「……ありがとう。 でも、ニンジンはダメ」

「フェイトちゃん……あはは!」

 

 全てが自然で、何もかもが当然のように流れていく時間の中、本日今宵もついに更けていくのでありました。 激しくも楽しい食事の時間は――

 

「あーー! 悟空くん、わたしの卵焼き取ってったーー!」

「美味そうだったからつい……オラのブロッコリーやるからゆるしてくれよ」

「わたしブロッコリーさんは嫌いだよ!!」

 

 まだまだ続きそうである。 時間は、あっという間に2時間が経つのでありました。

 

 

 二階、なのはの部屋。

 

 ベッドと勉強机が鎮座する子供部屋、柔らかなカーペットが敷き詰められ、明るい雰囲気を醸し出すカーテンは暗い夜空をシャットダウンしている。 今はまだ、騒いで痛い時間だと語るように。

 

 その主である少女は、一応は9歳の女の子。 華も恥じらう乙女の彼女なのだが、それすらも蹴り飛ばしてしまうかのように――

 

「狭いとこだけど、遠慮しなくていいからな」

「失礼だよ!?」

「……あ、はは」

 

 他称16歳の見た目小学生が、ズカズカと踏み荒らしていくのでした。 それはもう、思春期の男の子が分けてもらいたいくらいの大胆さを溢れさせて。

 邂逅一番! 初めて入る『友達の部屋』にかおが赤くなるのは恥ずかしいからか? 声も小さく笑うフェイトは、普段からさらに大人しめだ。 まるで、そんな彼女と対を成すかのように、五月蠅い大人が一人いるのだが。

 

「でも、ホントの事だろ?」

「むぅ~~」

「ご、悟空」

「ギュウ」

 

 無神経を遠慮なく繰り出す彼に、ほんのりと非難の眼差しを掘り投げるなかで、そっと腕を後頭部で組む悟空。 にしし――と、笑うと尻尾が揺れる。 なんでそんなにおかしそうなのはさておき。

 

「……あ」

「え?」

「悟空さん?」

 

 ここで一つ、彼は“見落し”を発見する。

 

「ん、いや、結構どうでもいいかもしんねぇんだけどな」

「どうしたの?」

 

 その姿があまりにもそっけないから、なのはは本当に気軽に聞いていた。 まるで、学校で「なのは、次の授業ってなんだっけ」などと、興味もなさ気に聞いてくるアリサ・バニングスのように……ひたすらに軽く聞いたのだ。

 

「この姿ってよ」

「う、うん」

「テレパシーや瞬間移動とかがよ、まったく使えねぇみたいなんだよな」

「……そうなんだ」

「そうなんですか? ボクはてっきり使えるモノかと。 舞空術というのも、軽くなら使ってませんでしたっけ?」

「そういえばそうだよね。 ――あれ? なんか引っかかるんだけど」

 

 うなずくだけがなのはで、考察するのがユーノ、そして気付いたのが……

 

「――!? ご、悟空! それじゃ母さんたちとの連絡は?!」

「そうだ、そこなんだよな」

「……え」

「……は、はは」

 

 フェイトであった。 彼女は優秀だ、そしてなのはと同じく聡明で頭脳も明るい。 故に、自分達にできない事……次元世界間における“単独での”通信技術を有するらしい悟空が、こうなってしまったことがどういう意味か。

 

「にゃ、にゃはは。 」

「笑ってる場合じゃないよ! 悟空はいま、勝手に抜け出している状態なんだよ? そんなときに音信不通になったら――」

「お、おう」

「ど、どうしよう」

 

 いの一番にわかるのである。 大きく揺らされる二房の金髪は、悟空にあたるんじゃないかというくらい大きなアクションを取ると、そのままゆっくり垂れ下がる。 気分大きな落差を露わにするこれに対し、やっと事の重大性を理解したのであろう。

 

「こまったなぁ、これじゃクイントとの第二ラウンドができねぇぞ……」

「そうじゃないよね?!」

「ちがうんか?」

「もう……」

 

 それでもそれしか浮かばない悟空に、更なる失墜を見せるフェイトの姿勢は既に両手両ひざがカーペットを踏み込んで止まないでいた。 もう、こういう時のだらしなさは……などと漏らす姿は、どこか保健医姿の彼女にそっくりである。

 

「な、なんかプレシアさんみたい」

「え、そうなの?」

「うん。 なのはが眠ってるあの3日間でも、こんな感じのやり取りがあったから」

「そうなんだ。 ……大変だなぁ、フェイトちゃんとプレシアさん」

「うぅ……」

「わ、わりぃわりぃ。 おら、困らせるつもりじゃ」

 

 それが、手に取るようにわかるユーノはほろり、うっすらと同情の念を隠せないでいた。 彼の周りは、常識人ほど苦労する……すでに常識レベルにまで達しそうなジンクスであろうか。

 

「クイントの事は置いておくとしてさ」

「……クイント?」

「ん? そういやなのは達はしらない――」

「…………」

「わ、わかってるって。 だからフェイト、そんなヘンな顔すんなよ……とにかくさ、このまま何にもしなかったとしても、きっと『あいつ』ならすぐ――」

『???』

 

 おもむろに窓を見た悟空はゆっくり歩き出す。 全てがSD……スモールデフォルメされたかのように小さい彼の歩幅はあまりにも小さいし短い。 それでもやっとこさ着いたそこには明るいカーテンが闇を全て遮っていた。

 それを、何を思ったのであろう。 悟空はかわいらしい手で握ると一呼吸。 合間を置いたら唐突に開く。

 

「…………」

「……よっ」

「…………ひくっ」

『あ、あわ……あわわわ』

 

 そ、そこには――妖怪変化がいた!?

 

「…………」

「ずいぶん早いじゃねぇか? こっちにはさっき着いたみてぇだけど」

「…………」

 

 それに向かって、ははっと笑う悟空のなんと微笑ましい事か。 しかし、しかしだ、それはやはり彼だけの温度、他のモノと言えば。

 

「ひぐ!?」

 

 ベッドまで下がり、つまづいて、後ろから倒れてしまうものが居た。 なのはは立ち上る恐怖に腰を抜かしているようだ。

 

「……ぎゅ」

 

 壮絶なる恐怖を前に、目からハイライトが消えていくのは飼いならされた野生を持つユーノ。 もとが人間なのだからおかしいと思うものがいるかもしれない。 だが、だがしかし、今このとき確かに、彼のすべては『彼女』に鷲づかみされているのだから致し方ないだろう。

 

「前の時よりも……」

 

 染まる絶望は彼女の金髪からツヤをなくしていく。 狼狽えていると、ひと目でわかるのはフェイトだ。 彼女はほんの少しだけあった嫌なことを思い出すと、それすらも凌駕する絶大な狂気を前に、ただ、内またになってガタついているしかない。

 

「はは……お?」

「…………」

 

 にぃらめっこしましょ、動いたら負けよ、あっぷっぷ~~

 

 微動だにしない女と、いまだ何があったかわからないとする偽少年。 それらは互いに視線を交わらせるとそのまま硬直状態となる。 動かない、動こうとしない事態に、段々と恐怖心が増大したのであろう、子どもたちは小さく些細に内緒話を展開する。

 

【フェイトちゃん、どうしちゃったの……あれ】

【怒ってるのは間違いないと思う。 だけど、それを顔に表すことをしない人だから……】

【悟空さん……死んじゃわないよね?】

【だ、大丈夫……たぶん……きっと……どうだろう】

【自信なさ気!? で、でもいくらなんでも……】

【わかんない。 さっき、向こうでひと騒動あって悟空に切り付けてたけど……】

【なにがあったの?! ……ホントに大丈夫なのかな……】

 

 三人が心で念じあっている中、さっき在ったことを聞いて気が飛びそうになるユーノ。 あのおぞましいほどに強烈なヒトに殺気を向けられたのであったのだからよほどのことがあったと思う上で、そのときのことを想像し、夢想したユーノは……

 

「ぎゅ……うう?!」

 

 身震いが、止まらなくなっていた。

 

「……か」

【う、動きが!?】

「……か?」

 

 そうこうしている間についに事態は進展。 紫のドレスを羽織り、妖艶さを醸し隠そうともしない彼女は、悟空を見つめたままに手を差し出す。

 

「い、イケナイ! 悟空さんが殺さ!?」

 

 手を出す気――いろんな意味でとらえられる思いをその声から先びだしたユーノの、その判断は間違いではない。 そう、ある意味で間違えではないだろう。

 

「…………かわいい」

「なにすんだ! は、はなせよ――むねが当たってく、くるしぃ……」

「れる?」

「……あれ?」

「――」

 

 女は文字通り、悟空に“手を出そう”としていたのである。

 

「こんなに小さくなってしまって。 あのときはわからなかったけど、こうまじまじ見るとあなたって結構“男の子”なのねぇ」

「なにいってんだ! そんなの当然だろ! ていうかいい加減離せよ、くるしいんだって」

「あら、遠慮することなんてないのに」

「あ、……ああ」

 

 抱き上げ、締め上げるかのように腕を巻きつける女。 そのときに悟空の頭部が完全に彼女の“豊満な部分”にうずめられ、頭の上で長い髪と細いあごとをさするように当てられた偽少年はもがくこともできず、完全にロックされる。

 

……それに。

 

「かあさん!!」

「あらなに? フェイト」

「どうしてそんなに平然とした答えが出来るの! 悟空は……悟空は!」

「ふふ」

 

 ついに襲撃者の正体を言い渡し、怒鳴りつけるフェイト。 震える右手で指さし呼称。 一気に咆えた彼女の声量に、片耳をふさぐ女……プレシアの対応はどこまでもぞんざいであった。

 

「悟空は!」

「孫くんは……なにかしら?」

「悟空……に!」

「……オラがなんなんだ?」

 

 ついに声までも震えてしまい、もう、半分泣いてしまっているのではと心配するのはなのは。 その彼女の、小さくもやさしい気遣いは当然フェイトにも伝わり……

 

「悟空に! “へんな事”おしえないで!!」

『……え』

「へんな」

「こと?」

 

 それを彼女は遠い地平へ投げ飛ばしていくのである。

 

「ご、悟空はまだそういうことを知るのは早い気がするの!」

「……なんですって?」

 

 両手を胸元に持っていって精一杯だというポーズをとるフェイトの叫びはどこまでも遠い次元に聞こえていく。 きっと老人が薄ら笑いしていることであろう。

 

「悟空は誰よりも純朴で……天――素直で! ……だからそういう変なことは知っていてほしくないの!」

「なぁ、あいつなにいってんだ?」

「わたしに聞かれても」

「おめぇの子だろ? 責任ぐれぇもってくれよ」

「……」

 

 確実にずれたことを言いはじめるフェイトに、困惑が隠せないアッパーtwentyのふたりはにじみ出る汗が止まらない。 完全におかしな方向に突き抜けた我が子にため息ひとつ、プレシアは悟空をぬいぐるみのように抱きしめながら、ぼそり……真実だけをつぶやいた。

 

「この子、中身は20代後半寸前なのよ?」

「年齢だけならそうだけど! あのときと大差ないもん!」

「あのとき?」

「悟空が8歳くらいのあのとき!」

「……え?」

 

 それでもと、食って掛かるフェイトに疑問の声はなのはのモノ。 そういえばと漏らして、ついにもたらすのは彼女が知らない驚愕の真実。 ……それは。

 

「フェイトちゃん」

「……なのは」

「あ、あのね」

「え?」

 

 どことなく、シリアスをただ寄せるなのはに思わずたじろぐ。 いったい何があるのだろう、困るフェイトに、ついになのはは。

 

「おちついて聞いてほしいんだけど」

「うん……?」

 

 どことなく、葬儀の喪主みたいな表情。 それはこの先の展開が読めてしまったからする表情で。

 

「悟空くんはね」

「悟空?」

「あの」

 

 そこで止めてしまう。 あと一歩で到達するのにと、焦れるフェイトは歩み寄る。 詰め寄るとも表現できるそれはまるで彼氏彼女の修羅場とも言いかねない雰囲気を醸し出す……9歳同士のくせになのだが。

 

「ご、悟空くんは――」

「……」

 

 震える空気、それはカラダも同様で。 この先は絶望しかないと知っていても歩くしかない高町なのははついに――

 

「16歳だったの!!」

「……」

 

 いった。

 

「……え?」

「なんだ?」

 

 悟空を見て。

 

「16歳?」

「たぶんな」

 

 首をコクリ……確認しあって。

 

「…………にぃ」

『……!!』

「うわわわ! お、おい! おめぇなんだよその目は!!? き、気色わりぃ!」

 

 彼女の赤い目から、完全にハイライトが取り払われていた。

 

「ホントなの?」

「そ、そのはずなんだけどさ……それがいったい――!」

「そうなんだ」

「あ、……ああ」

 

 凍える声は誰のモノ? その戦慄が皆に襲い掛かる中、なのはたちはもちろんの事、悟空でさえ動けない。 これは――殺気と形容できようか。

 なぜこんな威力のあるのもを子供が扱えるのか……悟空は、いまだ理解が及ばない。 そんな彼とは正反対に、フェイトの“それ”は鋭さを増していく。

 

「じゅうろくさい……てっきり――だと……うとのよう――」

「な、なぁふぇいと?」

「はっ――」

「いぃ!?」

 

 バックリと、少女の口が大開きになる瞬間であった。 あぁ、またこれか、またもこんなのが訪れるのかと……惨劇の時は来たれり!!

 

「ははははははははははははははははは――――――あーーはははははははははははは」

「……フェイト」

 

 けたたましい笑い声は何に対して。 わからない、分るはずもない……わかってやっても救われない。 誰もわかりはしないだろう……これが、彼女自身が自分に向けて放つ羞恥を隠すベールなのであるなどと。

 

「ユーノくん! フェイトちゃんが!」

「……いまさらこれかぁ……もう、どうしようもない」

「えぇ!? 放置なの!?」

「しかたないよ、なのはも美由希さんもこうだったし」

「でも!」

「あは……げらげらげら!! ――――あははははははは」

『か、怪物みたいなこえが……』

 

 完全に崩壊した彼女の心はどうしたものか? いやいや、悟空が初めて会った瞬間には既に遠い年齢だというのは昼のプレシアの解説で知ってはいたのだが、それでも彼女の暴走は止まらない。

 

「ああああははははははははは――――――うふふふふふふ!!」

「なんだよあいつ、オラが結構歳いってたの知ってたんじゃなかったのかよ?」

「それはそうなんだけど……」

「どうした、プレシア?」

「それはあの時のあなたが“自分達よりも相当年下”だという状態まで記憶も体も退行していたと認識できたから――まさかあなたが……あの時のあなたが正真正銘、自分よりも年齢が上だったなんて夢にも思わなかったのでしょう」

「それでああなっちまうのか?」

「……えぇ」

「……けどよ? オラ――」

 

 悟空の疑問は確かなもの、それでもと、語るプレシアはどこまでわかっているのやら……そんな中で、更なる追及を自ら繰り出そうとする少年が居るのだが――

 

「それ以上は……」

「むぐ!」

「今日は無し……かしら」

「……むぐ」

 

 抱き上げていた手の片方で、悟空の口を紡ぐプレシアさん。 優しく柔く、羽毛のように添わせるそれに思わず見上げ、あまりにも優しい顔をする彼女に対して、どこか納得させられたのだろう、うめき声ひとつ鳴らすとそのまま静かになる。

 

 …………この時の選択が、後々に最大級の危機をもたらすとも知らずに。

 

「ところでよ」

「……なにかしら?」

「あいつはどうすんだ? 収まるところを知らねぇみてぇだけど」

「……そうねぇ」

 

「がおーーーー!」

 

「どうすんだ?」

「それじゃ……にでも……してもらいましょう」

「え?」

 

 段々と“きょうぼう”になる少女を前に、ため息ひとつで悟空を下ろすプレシア。 そこからくる内緒話に、悟空は思わず聞き返す。 渋くなる表情筋、見返してしまうプレシアの表情。 どこまでも、どこまでも優しい彼女の顔は訴えかけている。

 

「おねがいね」

「……オラしらねぇぞ」

『え?』

「がおう……がおお! ―――がっ?」

「一丁上がり」

『えぇええ!?』

 

 

――――娘の意識を刈り取っておくれ……と。

 

 

「い、いま悟空くんが――瞬間移動!?」

「さっき言ったろ? オラいまは瞬間移動使えねぇって。 それにそんなもん使わなくても、変身してねぇおめぇたち相手なら今くらいは簡単だぞ。 それと、今のはただ回り込んだだけだかんな?」

「そ、そんな……すごすぎ」

 

 倒れ込んだのはフェイト、そして彼女の背後から顔を出したのは、右手をのばして手刀の形をとっている孫悟空。 彼は刀剣のように鋭いまなざしを見せたかと思うと、いつもの気が抜ける顔に戻す。

 

「ごめんなさい孫くん。 汚れ仕事を押し付けて」

「別にかまわねぇけど、これからどうすんだ?」

「……フェイトは寝かせておくとして……あ、なのはちゃん、お布団を借りてもいいかしら、この子を寝かせてあげないと」

「あ、はい、それは構わないですけど」

 

 同時、横たわるフェイトをお姫様抱っこするプレシアは、そのままなのはのベッドに寝かしつける。 横にさせ、掛布団を上にかぶせ、整えさせると手で髪を梳く。 よどみなく行われる一連の動作は、彼女の心境を移すかのようにきれいに行われていく。 もう、何十年も行われることが無かったことなのに。

 

「さてと、それじゃ孫くん」

「……ん?」

「少しだけ……おはなしをしましょうか?」

「――――!!」

 

 この時! ユーノ・スクライアからあたたかな雰囲気が消え去った!!

 

 なにか底知れぬ……いうなれば心臓を握られた感覚といえばいいだろうか? そんな脳髄直撃の黒い気配を発するのは、いまだ柔い微笑みを浮かべる女神から――の、筈である。

 

「はわ……はわわわ!」

「ユーノくん?」

「ご、悟空さ――」

 

 思わず、声をかけようかという少年はそこで全機能を……

 

「……ふふ」

「かひゅう……かひゅ――」

 

 停止する。 まるで電池の無い機械人形のよう。 ユーノはいま、すべての感覚器官を恐怖で埋め尽くされてしまう。

 もう、彼は動くことが出来ない。

 

「はなしか? ――あ、そうかさっきのつづきだな?」

「……えぇ」

「さっき?」

「そうだぞ。 オラにいろいろ聞きてぇことがあるって、コイツいってたんだ」

「そ、そうなんだ。 ……そういう風には見えないけど」

「??」

「が、がんばってね」

「ん? なにをガンバンだ?」

「……わかんない」

 

 その彼に変わるように悟空を送り出すなのは。 いうなれば、特攻隊に選ばれたモノを秘かに送りだす港町のように、彼女は静かに悟空へ手を振る。 いま、確かに偽少年は送り出されるのであった。

 

――――高町家の屋根の上へ。

 

 

 

「ちぃとさみぃな、身体の具合はへいきか?」

「あら、あなたにもそういう気遣いが出来るのね」

「……おめぇ、オラの事勘違いしてねぇか?」

「戦いが大好きなわんぱく坊や……わたしからしたらそうとしか見えないけど?」

「……まちがってはねぇか」

「ふふ」

 

 冷たい瓦が小さく鳴らされる。 飛行魔法と舞空術とで上って来た悟空とプレシアはそのまま、屋根の上に座り込んで夜景を眺める。 未だつめたい夜の空気は、それだけ空気が澄んでいるから、そこから見える星々は、まるで笑いかけるように輝きを放っていた。

 

「そんで」

「……」

「なにか大事な話があんだろ? ここに来たのも、単にオラがテレパシーを使えなくなっただけってわけでもなさそうだし」

「察しも鋭いことで……助かるわ」

「そりゃあんな悪人面して待ち受けてんだ、分らない方がどうかしてっぞ」

「……余計なお世話よ」

「そうか? そっか……」

「ところで」

 

 その輝きに不釣り合いなくらいに、後頭部に青い筋を浮かばせるのは最早ご愛嬌のレベルなのだろうか。 さて、今回この方がいらした理由、それは今悟空が言ったのもあるのだが、やはりそれ以外にもあるのであろう。

 小さく息を吐き、長い灰色の髪を流す彼女はそのまま悟空を射抜いて見せる。

 

「あなた、今日、この世界に帰ってきてから超サイヤ人になったわね?」

「え!?」

「しかもフルパワーにまで力を上げたうえに、そのままガス欠を起こした」

「お!?」

「……やっぱり」

「おめぇすげぇなぁ、そのとおりだぞ。 超能力か?」

「どちらかというと魔法かしら?」

「そうか、魔法か」

「……はぁ」

 

 吐き出される溜息は何よりも生暖かく、艶めかしい。 それがやがて周りの空気と同化して、二酸化炭素の塊になる頃……2秒にもならない時間の中で、プレシアは肩頬に手を添わせる。 もう、何度も行われるこの仕草は、悟空が引き起こす騒動に困ったときのポーズ。 それをするという事は……

 

「あなたについてだけど、分ったことがいくつか」

「オラについて?」

「えぇ、そのかわいらしい……コホン、坊やたちよりも背が低くなってしまった現象と合わせて計4個」

「――4?」

 

 この坊主の事について、思う事と見えてきたことがあったから。 前者はともかく、後者は特に重要な事項。 故にプレシアは切れ長の視線を悟空へ渡しながら反らさない。

 

「そうねぇ、こういう感じかしら?」

「すげ、空中に文字が出てきた!」

 

 軽く右手を振るうプレシアはそのまま、紫色の魔力を宙に浮かび上がらせる。 そこに書きだされていく文字の羅列は、やがてさまざまな意味をもたらす文章となる。

 

 

――それが、これだ。

 

・ジュエルシードの発動は常時。 感知されないのは反応が本当に微弱だから。

・それが顕著になるのは超化した時のみ。 そしてその反応は悟空がパワーを使うたびに小さくなっていく。

・ガス欠で子供に戻る。 ……というより、大人の時から小さいながらもジュエルシードは発動していて、それが消えると今の姿になるというのなら、本来はこちらが正しい姿か?

・界王拳使用時ではその反応が見られないため、あくまでも超化時で急速に魔力が消費されていく模様。

 

・結論。 まるで悟空が大人の姿でいられるようにジュエルシードが発動している点から、やはりなにかの封印、もしくはそれに準ずるなにかを彼が受けているのではないか……?

 

 

「なんだよ? 封印って」

「そういう言葉しか見つからないわ、他にあるとすれば……いえ、やはりないわね」

「……う~~ん」

 

 以上を受け止めて、納得いかない悟空はそのまま転がる。 ごろりと見上げたその先は星々が先ほどと変わらない光をちりばめていた。 綺麗な光は、そのまま悟空の黒い瞳に映し出される。

 

「まぁ、いっか!」

「やっぱりそういうのね、あなたは」

「なっちまったもんにどうケチ付けたってかわんねぇモンな。 だったら、この状態でやってくしかねぇし。 それにこのあいだみてぇに、案外ぽっと戻るかもしんねぇぞ?」

「あら、あなたにしてはいい推察じゃない」

「……?」

 

 その光を見たのはプレシアも同様。 まばゆくはないのだが、夜の闇を精一杯照らそうとしているのはかつての自分を彷彿とさせて……悩ましい。 それを、そんな思いを流すかのように、悟空の言葉に彼女は乗っかるのである。

 

「このあいだの決戦で“もどった”あなたは、3日間の次元航行を得て、ここの浴槽……大体70時間以上の後に大人へと変身した」

「おう、そうだけど?」

「そして研究所で観た時のジュエルシードの反応は、全くの通常常態」

「?」

「つまり、あくまで推察で言わせてもらえば、今のあなたは魔導師で言うところの“リンカーコア”が疲労している状態なの、だからもしかしたら魔導師と同じように、養成してればその内……」

「りんかーこあ?」

「えぇっと」

 

 本日あらたに聞いたその単語、それはやはり悟空が知らない単語である。 同時、プレシアが自分の胸元に手を置いて、ゆっくりと口を開く。 彼女の、説明の時間である。

 

「リンカーコア。 これは魔導師が持っている所謂『器官』とか臓器だとおもっていいわ。 どこかにあるのではなく、身体や魂、それらに強く結びついているものって考えてちょうだい」

「うむむ」

「とにかく、それがある人間は、そこから魔力を自分で作り出すことが出来るの。 詳しい話はまた今度にするけど、普通の人間で言うと、血液を全身に送る心臓――とでも思えばいいかしら? それくらいに重要な器官なのよ」

「ふぇー! そういうのがあんのか……ん? ちゅうことは、オラにとってあの石っころはそんなにスゲェもんになっちまったんか?」

「おそらくね……たぶん……どうかしら」

「……随分はっきりしねぇのな」

「ジュエルシードの潜在能力は未知数よ、それにターレスが言っていたのを思い出して。 あいつは研究所に居た他の奴も同じようなことをしても変化はなかった、こう言ったのよ」

「サイヤ人だから出来たっていいてぇのか?」

「違うわよ」

「……」

「……もしかして」

 

 難しい話にどうにかついて来る子供は不勉強であろう。 それでも、必死に事の重大さを受け止める姿勢に気分は悪くないといったプレシアはここで、話しを少しだけ区切る。 羽織る紫のドレスが夜風に当てられ小さくたなびく。 動きにくそうな格好は、まるでもう少しここに居たいと自己主張するようにその場に落ち着く。 プレシアは、またも息を吸い込んでいた。

 

 この世に、この次元世界に――存在すら怪しいとされる珠玉の果実の存在を、ついに思い出すのであった。

 

「神精樹」

「しんせいじゅ?」

「ターレスが自慢げに語っていたもの……らしいけど、小さいころのあなた、そしてフェイトの方が詳しい話は聞いていると思うわ」

「……はは」

「思い出せないって顔ね」

「まぁな」

 

 それは伝説であった。 それは同時、禁忌でもあった。 神々だけが食すことを許され、ひとたび喰らえば伝説レベルの力を手にすることが出来る最高峰の果実。 ……その生成方法はズバリ――星を犠牲にすること。

 星ひとつのエネルギーを吸い取り凝縮した実を、そのすべてを知っているわけではないのだが。

 

「わたしは、その神精樹というのが何らかの影響をアイツに与えたと睨んでいるわ」

「……オラそんなもん食ったことねぇぞ」

「…………おかしいわねぇ」

「おいおい」

 

 プレシアのその考えは……

 

「……あ」

「はぁ……どうしたの?」

「神精樹ってのは知らねぇけど」

「?」

「超神水って奴ならのんだことあっぞ」

「ちょう、……しんすい?」

「あぁ」

 

 かなりの近いところまで、踏み込んでいたと形容できようか……?

 

「なんだか随分と仰々しい名まえね。 なに? それを飲むと神にでもなるのかしら」

「そんなんじゃねぇぞ、ただ、コップ一杯飲み干すとな、潜在能力が引き出されるんだと」

「潜在能力」

「でもまぁ、アレは切っ掛け程度だと思うぞ? あんな小さな変化は――ていうより、オラ自身あんときからとてつもなく強くなってるし」

「そう……」

 

 その副作用までは知ることもなかっただろうが、あんな毒を切っ掛け程度と言える悟空の強さは限りなくバケモノ。 一晩中の戦いを思い出し、引き出された能力を小さく笑う……今にして思えば、なんとリスキーな選択だったことか。

 想い更ける回想に、歯止めをかけるかのように風が吹く。 春真っ盛りなのにとても冷たい風は、病人相手には酷く優しくないモノ。

 まるでもうお帰りと言わんとするそれに、逆らう理由がない彼らはもう話をすることをやめようかと目線で語る。 うなずき合い、小さく笑い……女が一人、警告を口にする。

 

「今回のこれは、まだあなたにしか言ってないわ」

「突然どうした?」

「特に超サイヤ人、アレは絶対に言いふらさないで。 何が起こるかわからない」

「……なんなんだよ」

「い い わ ね?」

「……わかった、分ったからそんな怖い目でみんなよ……びっくりしちめぇぞ」

「……ふぅ」

 

 なんだか、随分と強引な話の締め。 彼女が髪をかき上げると、そのまま悟空は空に浮く。 不器用な舞空術は、それだけ彼が弱くなったことを表すかのよう。 それでも、そんなことと切り捨てる彼は天然なのか……

 

「まぁ、その内もどるってんならそん時はそん時だな。 あいつ等には適当に言っとけばいいと思うし」

「……ふぅん」

 

 ……彼なりの気遣いなのか。 わからないプレシアは小さく鼻を鳴らす。

 

「ところでおめぇ、どうやってこっちに来たんだよ?」

「え? えぇ……所詮SSクラスの魔導師のわたしには、無断で次元世界を行き来する程度の事しかできないのよねぇ……だから困ってしまって事務関係諸々はリンディさんに任せてきたわ」

「オラが言えることじゃねぇけど……いいんか?」

「さぁ?」

「プレシア……」

 

飛んでいく悟空、それに続く彼女はいたずらした後のようにクスリと笑う。 

 

 困惑で終わる今日。 それはこの後、無理やりもゴリ押しも驚く具合に悟空がプレシアを高町の面々に紹介するから。 悟空の関係者は皆とんでもないモノばかりか――などと、人のことを言えない恭也の叫びが木霊する中、その日このひと時は幕切れとなるのでした。

 

 プレシアが警戒することがなんなのか、悟空の身に起きた出来事とこれから――そのすべてをうやむやにしながら。

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

フェイト「……すぅ……すぅ」

プレシア「うふふ。 いつみてもかわいい寝顔ね、誰に似たのかしら」

悟空「そりゃあおめぇの子なんだからおめぇに似たんだろ?」

プレシア「……あなた、それは口説いているのかしら?」

悟空「なんのことだよ? おら、事実を言ったまでだろ?」

プレシア「まぁいいでしょう。 ところであなた、今度子供たちとデートするっていうお話……ほんとなの?」

悟空「ほんとだぞ。 そんでやりたいことをやらせてやるんだ」

プレシア「……どういう意味かしら」

悟空「でーとって、そういうことなんだろ?」

プレシア「……まぁ、小学生のそれなら問題は――あるのかしら」

悟空「なにいってんだおめぇ? とりあえず次回はユウエンチってとこに行くぞ!」

なのは「遊園地!? 確かに悟空くんが言ってる日は休日だけど……でもいいのかな?」

悟空「言いに決まってんだろ? おめぇ達のご褒美ってやつなんだからさ。 いかねぇならほかの奴らとどっかいっちめぇぞ」

なのは「あああ! いく! 行きます! だからちょっとまってぇ」

ユーノ「……ご、悟空さん、デートの意味わかってるんだろうか……まぁいいや、次回!」

プレシア「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第36話」

悟空「悟空が一番好きなこと」

なのは「悟空くん、小さくなったのはアリサちゃんたちのどういえばいいの?」

悟空「そりゃおめぇ……たのんだ」

なのは「ふぇ!? まさか丸投げする気なの!!」

悟空「あ、もうこんな時間か……ばいばーい」

なのは「ああ! にげたああ!! まってよお」



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