魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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今回、父兄参観と銘打っておきながら、やっていることは少し違うモノでした。

あと、ちょっとだけ彼の話し方が違うのも、仕様なので何かあればお教えください。


…………5の月が始まったあの子たち。 梅雨入り前のその月は、出会いの季節から一歩遅れた月日であった。
出会いの後の出会い。 つまり、再会を祝すのは誰の役目か……孫悟空は、今日も世界を歩いていく。

りりごく38話です。


第38話 転入生と父兄参観――悟空、一日学校訪問する

 高町なのはは小学三年生である。 私立の小学校にバスに乗って通い、日が傾くまで机の前で黒板に向き合い、カラスが泣くころには家で宿題をやる。 そんな、ごく普通な生活を彼女は――やっと取り戻すことが出来たのである。

 

「――――!?」

「ん……ん?」

「ぐがあああ……んむむ……ぐおお」

 

 朝焼けがまぶしい。 射しこんでくる木漏れ日が心地が良すぎる。 二度寝を敢行するにはもってこいのこの環境は、どうしてだろう、天然自然の産物ではなかった。 奇跡的なまでの確率で訪れた気温の低下と、それを覆そうとしている日光の照り返し。 それらが今を作っているのだ。 ……それを享受していたのがこの子の罪ともわからないで。

 

「…………うそ」

「ふごおおおお……はは、丸焼きにしてやる」

 

 少女は愕然となる。 まるで朝起きたら全裸でベッドに入り、尚且つ昨日の記憶が無くて、隣に知らない異性がいたかのような成人の反応をする。 まさに、かなりのっぴきならない事態という事なのだが……彼女はそれ以上リアクションを取らない。

 

「悟空くん……別の部屋にいたはずなのに」

「うごおおおおお」

「どうしてここに? ……あれ?」

 

 ここでやっと動きを見せる。 敷布団から体を起こすこと数秒。 布団をまくり上げ、服装を確認して、完全装備なのにどこかほっとして……それでも納得いかないのはそう、“今自分が敷布団で寝ている”という事実。

 

「ベッドは? ……ここどこ?」

「ゆーのぉ……ライオンってのはネコの友達みてえなもんだんだって……よ……あとは言うまでもねぇだ……ろ」

 

 ふとしたことで均衡は崩れる。 心の安定がおととい来やがれと、少女の心から飛び出していく最中、隣にいる男の眠り声は消えていく。

 

「ん?」

「……は!?」

 

 びくりと跳ねそうになる心の臓を、胸に手をやりやり過ごす。 おそらく生きてきてホントに一番驚いたのではないかと、口に手をやり吹き出る汗に手の甲を持っていく。 喉が渇き、二房を解いた栗毛色のショートカットがふわりと揺れる。

 

「なんだ……なんだ? なんでおめぇ」

「あ、いや……その。 わたしにも――」

 

 わからない。 そう言おうと布団を被りなおそうと、両手で握った布団が柔く沈んでいく。 そのときにできた波は小さく悟空に伝わり、見ていた彼はすかさず……

 

「昨日はトイレに行ったんじゃなかったんか?」

「…………はい?」

 

 特に気にもせず在ったことを言い放つ。 いつものように真実一番搾り! 悟空が眉を『ハ』の字にしていると、それはわたしもだよとなのはだって言い返す。

 

「昨日はちゃんとあの後お部屋にもどったよ!」

「なに言ってんだ、オラが言ってるのはそのあとだぞ?」

「……あと?」

「そだ。 おめぇトイレが済んだらまた「トイレぇ」ってここに来たじゃねぇか。 そんで終わったら話が聞きたいって言ってさ」

「……なんだかそう言った覚えが。 でも! だからってなんでこんなところで寝てるのわたし!?」

「そりゃオラが聞きてぇけどな。 どうせオラが寝てる間に寝ぼけて力尽きたんだろ?」

「そうなのかな……?」

 

 言い返されてしまう少女はここで一気に後退する。 いやいや、物理的にではないモノの、やはりそこは女の子。 いっぱしにも男性相手に緊張は有ったのだろう。 ほんのりと汗を浮かべて口を結ぶ。

 

「まぁ、とにかく今日はもう起きるか」

「……うん」

 

 それでも彼は、いつもの通りに布団をなげうつ。 広げ、たたみ、部屋の隅に追いやる。 既に習慣づいているのは最初に言われたモモコの言いつけを守っているから。 どうしてか逆らう気が起きない、というより、守らないと、と思わされるのはひとえに彼女の持つ雰囲気がさせるのであろう。

 

「さってと、とにかく着替えちまうか……なのは、今日も学校に行くんだろ? なんなら瞬間移動で連れてってやろうか」

「あー! 何その顔!? どうせ遅刻するって思ってるんでしょ?! 大丈夫だよ別にそんなこと……」

「でもよ?」

「え?」

 

 にやにや……ちょっとだけ意地悪な悟空の顔はいつもの笑顔に若干のスパイスを加えたものだと思えばいいだろうか。 しかし次に彼が人差し指を立てて、壁を指して見せた後のなのはの顔は一気に見る見る青くなる。

 

「ほ?! ……ほ、ほおおお!?」

「な? 結構ピンチだろ?」

「な、なんなのおおお!? もおおおーー!」

 

 

 

AM8時20分――――高町家1階リビング。

 

「遅刻!? 遅刻だよ――」

「朝めしは食わねェのか?」

「そんなこと言ってらんないよ! ホームルームが始まるのが30分で、学校に着くのが40分かかって……20+40が60だから確実に遅刻なんだよぉ」

「だからおらがいんだろ? ここで瞬間移動しちまえば21分には着いちまう、9分ヨユーあんぞ?」

「……うく」

 

 ここで高町なのはは大きな天秤に揺らされる。 量るものは言うまでもなく、たかが遅刻と悟空の世間体。 その間にも迫る時間は、無情にも秒針をひと回りさせていく。

 

「う~~」

「ふふん」

「う~~ん」

「よっほっはっ」

「……悟空くん、緊急出動おねがいします…………」

「ん? うっし……わかった」

 

 高町なのはの、ある意味で心が折れた瞬間であった。 つかまるは悟空の道着、佇むは彼の横、その間に行われる悟空のポーズは……側頭部に添えられたテレパシーの構え。

 

「……あ、すずかか? いま、おめぇの所に行くからさ、ちぃと周りに人がいないところに行って……おう、おう、そうだ、なのはも一緒だ――はは! そうそう、あいつまたお寝坊さんなんだ」

「すごいな。 け、ケータイよりも便利かも……」

「お、いいのか? えぇと? すずかの気――ここか!」

「……」

「行くぞなのは? なのは?」

「あ、え!? う、うん! 行こう!」

 

 注意して、気を遣い、笑ってしまえば話に花が咲く。 それにちょっとだけ“ぶーたれた”の理由は知りはしない。 さて、ここで悟空が側頭部に構えた指をスライドさせて額に構えては意識を集中する。

 

「変わった気だからすずかはホントにわかりやすいなぁ……――――」

 

 彼女の持つ、人ならざる気を見つけた悟空はそのままこの家から消えていくのであった。

 

 

ほぼ同時刻――なのはたちが通う学校。

 

「――――……到着!」

「きゃ!?」

「あ、すずかちゃん!?」

 

 藍色の髪が大きく揺れる。 風に遊くれ、空を仰いで、男に触る。 その姿に若干心で謝りながら、悟空は片手をあげて一声を上げるのであった。

 

「おっす!」

「悟空さん」

「お、おはよー……」

「なのはちゃんも……あ、あっという間なんですね」

「まぁな、なにせ瞬間移動っていうだけあるからな」

「は、はは……」

 

 そのあとがなんとも俗世からかけ離れているというかなんというか。 後頭部で滝を作るすずかはここで態勢を持ち直す、さぁ、後はもう8分しかない朝のホームルームまでの道のりを、さっさと行ってしまおう……そう思い、悟空に背を向けたそのときであった!

 

「……あり? なんでだ」

「悟空さん?」

「どうしたの?」

 

 後頭部をかき、どうしてか校舎の方に視線を送る悟空に二人は疑問符。 ちょっとだけ汗かいて「たはは」と笑う悟空はそのまま視線を返す。

 

「そういう事か。 相変わらず仕事が早ぇな、さすがだぞ」

『??』

 

 何も見えないはずの3階壁に話しかけた彼に、なぜだと傾げた少女たちは只見守るだけしかできない。 当然であろう、分る筈がないだろう。 彼がカバーできる探知はおおよそで地表全土、ならばその数万分の一にも満たない子供たちにわかる理由も道理も無かろう。

 

「……おめぇたち、今日は覚悟しといたほうがいいかもな」

「覚悟?」

「あぁ」

「どういうことですか?」

「ん? ……そりゃあ」

 

 一気に溜める悟空はやはり少しだけイジワル。 ほくそ笑んで、ニヤ付いて、ふふんと鼻を鳴らすと、指先一本立てて片目を閉じる。

 

「ひみつだぞ」

『……いじわる』

「はは! そういうなよ。 けど、とってもびっくりすっぞ? それは約束する」

「……もう、さっさと教えてくれればいいのに」

「そういうなって。 ほれ、もう時間がねぇだろ、さっさと行って来い」

『……はーーい』

 

 駆けだす少女たちのスカートが揺れる中、悟空は同じように青い帯を風にゆだねて遠い異郷の地を見る。 そこに浮かぶのは見知らぬ世界に知らない気、それらすべてを思い描くと……

 

「オラもそろそろ本腰を入れねぇとな。 修行と――ボールさがし」

 

 ……――――この世界から、またも消えてしまうのであった。

 

 

 AM8時30分――なのはのいるクラス。

 

 孫悟空がこの世界から姿を消し、瞬間移動を積み重ねて遠い異郷を渡り歩いているさなか、平和の道を行くなのはその他の日常は開始されていく。 始まるホームルームはいつもの通り、先生の最後の締めが言われ、皆が席を立とうかと下腹部からふくらはぎにかけて力を入れようかというときであった。

 

「今日はね、大事なお知らせがあります」

『……?』

「もうすぐ1学期も半分が過ぎるころだけど、みんなに新しいお友達がふえることになりましたー」

『お友達!?』

 

 一気にわいた教室内。 いつもとは違う今日という時間に、退屈そうにしていたアリサも体を乗り出していた。 それだけで、今ある皆の興味の度合いを引き合いにするのは十分だったようで。

 

「すごい反応……んん! みんな、静かに。 ほら、そっちのみんなは席を立たないで――ほらほら座って座って」

『はーい』

 

 いきり立つ男衆女衆をそれぞれ制して、教壇に立つ者は、やっと本題を先に進めていく。

 

「それでは入ってきてもらいましょうか……テスタロッサさーん」

『!!?』

 

 その先をみて、真っ先に席を立った者がいたのは、もはや言うまでもないであろう。 その内のふたりが思う。 あぁ、悟空が言っていたのはこのことだったのだと。

 

「…………」

「……おぉ」

「すげぇ」

 

 男衆は視線を奪われる。 端麗にして可憐、ゆれる金の髪はまるでこの世のモノとは思えない輝きを照り返し、それを目に焼き付けてしまった数名は、視線だけでなく心までも奪われていく。

 

「……えっと」

「――きれい」

「外国人って言ってたけど……それでもトップクラスなんじゃないの……」

 

 女衆は常識を奪われる。 同じ性を持つモノ、それがああも流麗な所作で、そして綺麗さで生きているのだ、ふつうは嫉妬の一つも持つのだろうが……持てない。 身体が、ココロが訴えかけてくる、彼女は、絶対に…悪い子じゃない…と。

 

「…………」

『ごくり……』

 

 息をのみ、つばを下したのは果たして何名だったか。 数えるのも億劫な人数の中、彼女達はひっそりと視線を交わしていた。 ……ふふ、みんな驚いてる――と。 まぁ、自分達もかなり驚愕はしているのだが。

 

「こういう時は……黒板に……」

 

 つぶやく声はまるで小鳥のさえずり。 小さいながら身体の内側に響くそれは教室中に響いていく。

 目標物まであと数センチ。 そこまで歩いて、黒板前の段差――子供用に高さを合わせるために置いてある高さ30センチ程度の踏み台にまで来たとき。

 

「――――きゃあ!?」

 

 さえずりは悲鳴に相成った。

 

「…………」

『…………えっと』

 

 顔面から――額から床にスっ転んだ新入り。 彼女は持っていたカバンをあさっての方向に飛ばして、そのまま両手を前に突き出しながら、微動だにしない……そして、15秒の沈黙を流して。

 

「……うく」

『が、がんばれ』

「すみません……」

 

 皆の応援を背に受けながら、少女は一人、お立ち台で礼儀正しく姿勢正して黒板に向かい合う。

 

「…………」

 

 黒い盤面に、白いラインが流れていく。 一片たりとも迷いなく、書き連ねていくのは……自身の名前。

 

――――Feito tesutarosa

 

 若干ながら字が違うのは、ここの世界――いわゆるローマ字に合わせ、さらに空港などのパスポート申請の“一応の手続き”で習った書き方を本人が実施しているからである。

 ……まぁ、ここでこの字を披露する時点で――

 

「フェイトちゃん……ひらがなでいいんだよ」

「え? そ、そうなの?」

「うん」

『…………』

 

 ――――結構間違いなのだが。 あまりにもナチュラルに過ぎる彼女の振る舞いと書き方。 さらにそこからくるなのはとの会話で、周囲は第二の炎上を開始する。

 

「すごーい! 本物のネイティブさんみたい!!」

「……いや、名前からしてホンモノだろあれ」

「ねぇねぇ! どこから来たの?」

「何人家族?」

「趣味は――」

「特技――」

「なんで今ズッコケ……「それはいいんだよ! おまえは少し黙ってろ、かわいそうだから触れてやんなよ」……ごめん」

 

 ホームルームなのに、もはやそれを成してない現状に教師は嘆くよりも納得する。 仕方ないと、少しだけ投げやりなのは、この事態をある程度予測に収めていたからか。 それはともかく、フェイトの周りに集まる人だかり、その中の質問に、答えられないのはいくつかあるものの。

 

「えっと、家族はかあさんと二人で、趣味は……」

『……』

 

 何とか冷静に、言えることだけを述べていく彼女は実は手に汗握っていた。 どこか不手際はないだろうか、そして次に言える言葉はナンデアロウカ……と。 若干の思考の末、出てくるのはやはり、頼もしきツンツンあたまの凄いヤツ。

 

――――はは! そういうときはな?

 

「趣味は……」

 

 なんといったか。 彼がアドバイスしてくれたこういう場を凌ぐ一言。 それをフラッシュバックのように浮かび上がらせ、口の中で言葉に紡ぎ、ようやく外へと吐き出そうとする。 吸った息は小さくて、それから吐き出される言葉はえらく――

 

「読書とスポーツです」

「がくッ?!」

『……清楚でいながら活発とは…………』

「あ、あの子は――どこかの夏期講習の面接にでも使われてそうな……んん……本当の事なのかな?」

 

 ――模範的でそっけないような言葉。

 

 アリサがコケを入れつつも、周りのみんなはアヒルのようにうなづき合ってフェイトを見る。 今の言葉がどれほど似合っているか――彼らは信じること以外をしないでいた。

 

「フェイトさんはご家族の都合で日本に越してきたらしいので、みんな! なにか困ってたりしたら、ちゃぁんと助けてあげてねぇ?」

『はあああい!!』

「――びくっ」

「にゃ、はは……」

 

 聞こえる喧騒に若干及び腰。 確実にこまったよぉ……と、声を出すまでも行かないが、それほどにおびえて見せたフェイトに、堪らずアリサは手招きしながら声を出す。

 

「ねぇ! こっちきなさいよ」

「……うん」

「あら、アリサちゃんは知り合いなのね? ……それじゃあ、任せちゃおうかな?」

「いいですよ。 なんならトイレから高等部までの抜け道までしっかり叩き込んであげるんだから」

「……そこまではいらないですよぉ?」

「ふふん」

「……はぁ」

 

 それにため息ひとつ。 ……どうして抜け道を――という声が上がらないところを見ると、彼女はもう完全に何かをあきらめているのかそれとも別の理由があるのか。 きっと知らない“重圧”がかかっているかもしれない先生と呼ばれた女性は、ここで話を強引に変えていく。

 

「さて、1学期も半分すぎたっていうのはさっきも言いましたね? そこで、そろそろみんなが慣れてきたという事で、今度、授業参観があります」

『え~~!』

「そんなにいやそうな声を上げないで……ね? 普段みんながどんなふうに学校で過ごしてるか、お父さんやお母さんにみてもらうだけなんだから」

『それがいやだーー』

「……うぅ」

 

 子供の元気さに後ずさる。 そんなに嫌なのかと汗流して涙をこぼす。 嗚呼、泣けるものなら泣いてやりたいと、思ってもできないのが大人が大人である所以。 彼女はただ、次の瞬間に鳴った学校のベルにすくわれるまで、小さき者たちの喧噪にとらわれるのでありました。

 

 フェイト・テスタロッサ、学校初日はかなりのモノであった。

 

「さんすう……あ、算数?」

「数学じゃないのよ、まだここはね」

「そうなんだ」

「あ、あのぉ。 もしかしてフェイトちゃんは、アリサちゃん並みに跳び抜けてらっしゃるのでしょうか?」

「そしたらとんでもなく頭がいいって事になるよね……?」

「どうなんだろ?」

「じゃあ、この問題を……フェイトさん」

「はい!? ――っと」

 

 指された後の問題、それを難なくやり過ごし。

 

「キミはなかなか面白い式の使い方をするねぇ……」

「ここを……こうやって」

「おお! なるほど、そう言う風に……うむ、ではこれは――」

 

 いつの間にか関係ない分野に足を突っ込みどこかへ消えていく。

 

「家庭科……お料理とか裁縫とかするの?」

「うん、フェイトちゃんはそういうのは平気?」

「この前までアルフと二人暮らしだったし……そういうのは昔結構教わったから」

「そうなの? へぇ、腕前拝見ってとこね」

『…………』

 

 皆が見つめるなか、4人一組の班分けで一緒になったなのはたち4人娘は、それぞれ包丁と鍋を使いこなし……

 

「今日は中華で攻めてみました……」

「プチ満漢全席?!」

「こんな量、誰が処理すんのよ!!」

「え? え!? だめ、だったかな」

「というより、こんな材料どこから調達してきたの……」

 

 できてしまった“彼”に対応した料理達に、よそのクラスまでもが舌鼓を打ち鳴らし。

 

「体育……運動だね?」

「なのはの不得意分野ね。 悟空いわく“うんどうおんち”だからしょうがないけど」

「むぅ! 最近は結構動けるようになったんだから!」

「次のペア、テスタロッサさんと月村さん、コースに入って」

「ここを走るの?」

「うん、50メートル走だから、あそこのラインまでだね」

「競争……だね」

「そうだね。 わたし、こう見えても運動に自信あるんだ。 負けないよ?」

「わたしも」

「よーい、どん!」

『…………!?』

 

 午後の休憩の後では運動場でみなと協力し、競い、ほめたたえながら――

 

「……は?」

「50メートル……6秒3……同着」

「すずか、すごい……」

「フェイトちゃんもすごいよ……あはは」

『日本の平均タイムって8秒程度なんですけど……』

 

 周囲に風をまき散らせていくのでした。

 

 

――――放課後。

 

 終わりを告げる鐘の音が、白い校舎を行き渡る。 同時に変わる日の光りが、茶色のグラウンドを茜色に染め上げる。 今日は、もう帰る時間の様だ。

 

「フェイトちゃん、楽しかった?」

「……うん」

 

 その顔を、同じく茜色に染めた少女は、ツインテールを揺らして帰り路を皆で歩いていく。 むかし、悟空と初めて交わした視線とは正反対の、柔い光を包みながら。

 

「にしてもあんた、悟空の関係者だから何かあるとは思ってたけど……なんでもありねぇ」

「そんなこと……あ、どうしよう。 目立ったかな……」

「その点はもうあきらめなさいよ、ひと目見た時からアンタはもう目立ちまくりなんだから。 簡単には忘れらんないわよ、絶対に」

「……うぅ」

「にゃはは……アリサちゃん、てきびしい」

「あ、はは……」

 

 聞こえてくる彼女達の会話は、今日のハイライトを巡りゆくもの。 すごかった、たったのそれだけに尽きるモノばかりだが、それでも奇異の目で見られることが無いのはひとえにフェイトの人柄か……それともなのはたちが通い、成長していった学校の器がすごいのか。 もしかしたら全部かもしれないが、それは彼女達には関係ないモノ。

 子どもなんだから、つまらないことを考えないで、今を必死に生きてくれればそれでいい――筈。

 

「そういえばみんな」

「なに?」

「今日渡された授業参観の案内があるけど、どうするのかな?」

「あ、あ~~」

 

 なのはの呟き、それに後頭部をかいたのはお嬢様の二人組。 仕方ないよねと、どこかで言い訳するかの表情は、既に去年にも行われたいわば通過儀礼というモノなのだろうか。

 

「そっか、今年もダメなんだね」

「うん、まぁ。 うちはノエルが来てくれると思うけど」

「こっちも全然ね。 鮫島……あ、ずっと勤めてくれてる執事の事ね……が、駆けつけるはずだけど。 そっちは?」

「……わかんない」

『そっか』

「……」

 

 この子達の親子は忙しすぎた。 ただ、それだけの事なのだ。 決して、愛が無いわけではない、それでも、皆が笑顔でいるためには、今を貫かなくてはいけないときがある。 それがわかるからこそ、聡明な彼女たちは言いたい文句を胸に秘める。

 大丈夫だよ――と、そっと言葉で心を隠して。

 

「フェイトちゃんは……?」

「わたしは……その」

「?」

 

 そしてそれはフェイトも――じつは同じだったりする。

 

「え?! “あの”プレシアさんがこれなさそうなの!?」

「うん。 最近むりばっかり……ていうか、ほとんど自業自得なんだけど、急に体調崩して……」

「そう、なんだ……ごめんね」

「いいの、だいじょうぶだから」

『…………はぁ』

 

 ついて出た……ため息。 いくらなんでもと、子どもながらに思う彼女たちはそろそろわがままを言ってもいいくらい。 そんなところでも踏んばってしまうのは、なんだかかわいそうなくらいに大人びているというかなんというか――――…………

 

「来て――って、言えればいいんだけど」

「?? 言いたきゃいえばいいだろ?」

「そういうわけにはいかないよ。 お父さんたちだって、喫茶店のお仕事とかで忙しいはずだもん。 また今度、お願いしてみるよ」

「そうか、シロウもモモコも、結構家開けてたりするもんな。 ところでよ?」

「なに?」

「いったいなんの話なんだ?」

「あぁ、それはね……」

 

 顔を見て。

 

「……」

「ん?」

 

 全身みて。

 

「……! ……!!」

「なんだ?」

 

 思わず2度見して。

 

『悟空(さん)(くん)!?』

「おわっと!? ……とと、驚くじゃねぇか、やめてくれよいきなり叫ぶのは――」

『いきなり現れる方こそやめて!!』

「……お、おぉ」

 

 乙女の全力が飛散する。 巻き上がる非難の嵐は、大乱となって悟空の前髪をそよりと揺らす。 ……あぁ、ほんの少しだけ揺らしていた。

 

「女ってのは集まるとこう厄介で――」

「……むぅう」

「わ、わっ……そ、そんな睨むなよな。 どうしたなのは?」

 

 それは唐突だった。 悟空をまじまじみていたなのはは、一回だけフェイトと見比べて、目をつむること4秒半、いきなりうなずいて両手を叩くと……

 

「……!」

「?」

「あああああ!」

「??」

 

 指さして、大声を上げて。

 

「いた! プレシアさんの代わり!」

「プレシア?」

『??』

 

 今回の大事件を巻き起こしていくのです。 ……そうとも知らず、なんていう適材適所だと、各々が勝手に夢想していく中で、当の本人達の方が実はまだ、何が起こったか把握できてはいないままに。

 

「なんなんだよ?」

「わかんない」

 

 今日は、素早く消え去っていくのでした。

 

 

それから、数日が経過して。

 

「ふぇ、ふぇいとの……じゅぎょうさんかん……」

「お、おぃ……やめとけって、フェイトを学校に行かせるのに無理したり、研究にばっかり没頭して一回倒れたんだろ? そんなんで動けるわけねぇだろ」

「こ、ここでいがなぐではぁぁぁぁ――ごほっ」

「ほれみろ! 無理しようとスっから咳が出る。 ……今日は、なのはたちの言う通り、オラと恭也に任せて寝とけ? な?」

「……せめて……せめてビデオだけでも……」

「わかった――わかったからいい加減ねてろぉ。 病気でそのままくたばっちまったら、幾ら神龍でも生き返らしてくんねぇぞ」

「………わかったわ…――ぺっ」

「よっと」

 

 孫悟空は、死人の看病を朝からしていた。 ここ数日間、何とか悪かった体調を戻そうと、躍起になって健康に務めたプレシア。 だが、それが逆に不味かったのか、今までとは何かがおかしい生活に身体が妙な反応を起こして……今に至る。

 まるで何かの呪いでも受けた彼女の受難に、孫悟空は縛り付けるように彼女を布団へ寝かし、氷のうをあたまに乗せて、体温計を口に突っ込む。

 

「うわ! 40℃だってよ、おめぇなにしてたんだよ」

「ただ、いままで大量にとってたカフェインを押さえて……野菜ばかりだった生活を何とか改善して――なるだけ栄養を多めに……」

「それでどうして不健康になるんだ? オラさっぱりだぞ」

「わたしもよ。 ほんと――けほっ……病気とは関係ないのでしょうけど」

「……まぁ、大事にしとけよ? さっきも言ったけど、ドラゴンボールは自然死を回復させることはできねぇ、だからこんなつまんねぇことで死んだら、今やってることが全部台無しだかんな? わかったな?」

「わかったわよ……ところであなた」

「なんだ?」

 

 噴き出した体温計を2本指で受け取り、その温度を見て驚き、苦笑いしながら去ろうとする悟空をみたプレシアは違和感を吐きだす。 なんで? どうして? 疲れた目で訴えかける彼女に、悟空はまたも苦い顔をする。

 

「それ、ほんき?」

「あいつらが着ろってうるせぇんだ」

「……そう。 でも……」

「わかってるからその先は言わなくてもいいぞ。 おら、こんなゴワゴワな服やだし」

「そう。 それと貴方、今日は向こうで雨が降るって話だから、これ、持っていきなさい」

「傘か? 随分ちいせぇな」

「いいから受け取りなさい」

「おぉ……はは、すまねぇ」

 

 彼の格好。 それがどうにも腑に落ちない彼等はそのまま視線を切っていく。 話はここまでだ後は任せておけ……背中で語る悟空を見送ると、プレシアはそのまま目を閉じて……――――

 

「いってらっしゃい」

 

 既に誰もいない空間に言葉を落としながら。

 

 

AM8時30 私立聖祥大学付属小学校……なのはのクラス。

 

 5月の陽気が教室に照らしだされていく。 あたたかな光をまき散らせるそれは、しかし確実に対照的なピリピリとした空気が教室内に渦巻いていた。 まさに開戦前の闘技場。 子供が教えを乞う場所とは思えないくらいにこの場は戦意に満ちていた…………

 

「なんなの他の奴ら。 そんなに親に授業みられるのが嫌なの?」

「それはどうなんだろう? ただ、恥ずかしいだけだと思うよ」

「そうなの? よくわかんないわねぇ。 どうせいつもの生活なんて家でばれてるのに」

「アリサちゃん、それを言ってしまうと身もふたも無いような……」

 

 その空気を教室の端から眺めている子供たち4人は、各々親が来ない組と相成っていた。 そんな彼女たちのため息ひとつ、教室内に充満した頃合いだろうか? ついにこの日かと、担任の教師が入り口から入ってくる。 ……ホームルーム開始の合図だ。

 

「起立」

「気を付け」

「礼」

『おはようございます』

 

 学校開始のテンプレート。 それをそつなくこなした生徒たちは一斉に席へと座っていく。 背中がかゆくて汗がにじみ出る。 子供たちは、やはり落ち着かないというのが印象に深いだろう。

 

「さぁて、今日はみんながまちに待った――「まってないよー」……授業参観の日、ですが……」

「そこ! へんなちゃちゃ入れないの! 先生困ってるでしょ!」

「先生より先生してる……さすがアリサ」

 

 落ち込む彼女に若干の苛立ち。 小学生パワーを爆発させたアリサは、まるで獅子が如く横やり刺した男子を睨みつける。 何となく、気合砲バリの気合の入った眼力は男の子を縮み上がらせ、その場をこのまま流していく。

 

「そ、それじゃあ、もうそろそろ保護者の方にはいってもらいましょうか?」

『…………』

 

 静まりかえる周囲から迸る緊張感。 次いで、開け放たれた出入り口から続々と入ってくる大人たち。 このモノたちすべてが子供たちの保護者であり、今日の観戦者でもある。

 

「あ、おにいちゃん」

「……」

「ノエルも」

「……お嬢様」

「鮫島」

「……ごほん」

 

 その中に、見知った顔を見つけた彼らはお互い小さく手を振っていく。 これで主要な人間が3組揃う……そう、“4人いるうちの3人”は出そろうのであった。

 

「……はい、それじゃ、みなさん入室されたことで」

 

 そこで終わる。 もう、これ以上人の出入りはない。 それがわかった途端、二房の金髪頭が独り、小さく頭を垂らしていた。 そっと、唇をかみしめながら……そのときであった。

 

 

「まってくれ!」

 

『…………!?』

 

 締まるはずのドアに、とてつもない速さを携えた手のひらが、そっと押しのけ割り込んでくる。 これには堪らず、締めようとしていた教師も慌ててその場から離れる。 冷や汗が、ほんのりと背筋から垂れる中、割り込んできた手の平は次々に教室内へと侵入してくる。

 

「すまなかったな、ここの作りが分りにくくて、つい、時間を食っちまった」

「……あ、はぁ」

『…………おぉ!?』

 

 皆が、呆気にとられた声を漏らす。

 

「……な、なんなんだあいつは」

 

 武に生きる恭也は、ここで彼の異常性を感じ取る。 なにか、とてつもないモノを秘めた体躯は、それだけで、ただいるだけで周囲に影響を与えるかのよう。 こんな人物、一度見たのなら忘れないはず。 ……なのに。

 

「今まで見たことも……いったい誰なんだ」

 

 彼は知らない。 その、いま、ギリギリで教室内を入ってきて、薄く笑いながら自身の目の前まで歩いてくる“男”など。

 

「悪いが、ここで見ていても構わねぇか? ちょうど、あそこにいるのがうちのなんだ」

「あ、あぁ……構いませんが……」

 

 情けない話、下手をすれば腰を抜かしていたかもしれない。 そう、恭也は知らないのだ、“彼”が自分の知っている人物だなんて。 いま、最強を誇る超戦士が目の前で……目の前で。

 

「……よ」

「……うん」

 

 黒いスーツを身に纏い、赤いネクタイで締め上げ、独りだった少女と同じく、金色の頭髪を天に向かって逆立てて、授業参観に出席している者が……自分がよく見知った顔だなんて、知りもしないし、ひらめきもしないのだ。

 いまだに口から言葉が出ない周囲を余所に、子どもたち4人は秘かに今起こったあいさつに微笑みあっている。 ……あぁ、みんな驚いている、と。

 

「いろいろすまなかったな……それじゃあセンセイ、すまねぇが始めてくれ」

「……」

「? ……おい?」

「あ、え!? は、はい!! で、では教科書32ページから――――」

 

 仕切る立場にいた先生に、碧眼で見つめて一声を掛ける。 それだけで場が引き締まり、彼を中心に緊張が走る。 眼光鋭き男に、ほんの少しだけ体温が上昇したのはいったい誰だろうか。 それほどに、彼が周りに与える影響は途轍もない。

 

「結構気軽に言ってたけどすごいわね」

「うん。 初めてあぁなった時も思ったけど、ホントに別人みたい」

「……かっこいい」

「……はぁ~~」

 

 それをはた目に、どこか傍観者のような振る舞いの少女たちは感情それぞれに座っている。 片眉あげる者、ふやけるモノ、驚きを再確認する者、三者三様でありながら、その実、自分達の作戦が成功したことに確かな喜びを見出しているのが大きいかもしれない。

 

 

―――――悟空くんってスーパーサイヤ人になると外国人さんみたいだよね?

 

 

 全ては、なのはのこの一言から始まっていたのだ。 賛同しかねたのは悟空、それでも押し切ったのは小さな子供たち。 たった一人がさみしいのは嫌だと、願い賜る彼女たちに、後頭部をかき乱して、プレシアへテレパシーを送り、了承と謝罪、それに注意点を承ることをさせたのは……フェイト。

 自分のために彼が困るのはイヤだと、思いに想った結果、こうして彼の学校訪問は相成ったのであった。

 

「あ、あの」

「……どうした」

「いえ、その、結構ぶしつけなんですが、あなたは武術をされるんですか?」

「……? なにいって――――あ、いや、武道ならするかな」

「…………は、はぁ」

 

 そんな少女達のうしろで誤解を開始したのは高町の兄。 彼は超戦士をひと目で次元の違う男と看破すると、興味を隠しきれずに接触する。 既に、見知った顔だとはさすがにわからないで。

 

「いつごろから戦闘とかの訓練を……?」

「オレが12のころ、いろいろあって世界中を回ることになったんだ。 そん時に会った人に弟子入りしてな、それからずっとだ」

「もう、何年ぐらい?」

「いまが大体で25だから……そうだな、13年はこうなんだろうな」

「大体?」

「あぁ、実は訳あって自分が生まれた歳とかがわからないんだ、だから大体の目安……でな」

「あ、それは悪いことを」

「いい、気にはしねぇさ」

「すみません」

 

 …………なぜか、余所余所しい二人の会話。 片方は誤解からなのはいいとして、もう片方……孫悟空が彼に対して他人行儀なのには理由がある。

 

「ふぅ(プレシアからの警告か。 他の奴、今知っている奴以上に、オレがこの変身が出来ることを知られるな……か)」

 

 プレシアからの警告がそうである。 別に恭也くらいなら、そう言おうとした悟空に向かって眼光鋭く飛ばした彼女はまくし立てていたのだ。

 

 

「あなたは、このあいだその姿で大暴れしたでしょう? だったら、うかつにあなたが変身できることを知っている人間を増やさないでちょうだい、例えそれが、見知った人間でもよ」

「……わかった、約束する」

 

 

 ……以上のやり取りが行われて、それをただ、忠実に守っているに過ぎないのだ。

 

「……ん?」

「もう、午前中の時間が終わったのか。 いかんな、なのはの授業をほとんど聞き逃してしまった」

「そうか、もう、メシの時間か」

 

 鳴らされる鐘と、一斉に席を立つ子供たち、次いで小鳥のように保護者たちのもとへ集まる彼らは一気に話に花を咲かせていく。 何があった? どうだった? 先ほどまでの嫌そうな顔が嘘のように、今までの授業を話し合うところは、さすが小学生と言ったところであろう。

 

……そんな中。

 

「あの!」

「……オレか?」

「はい!」

 

 ひとり、保護者が集う場所にて子どもが悟空のもとへ歩いてきた。 膝元までない身長で、精一杯の背伸びをした女の子は彼に問う。

 

「もしかして……フェイトちゃんの保護者の方ですか?」

「…………ん」

 

 それは、彼にとって答えづらいモノであった。 はっきりと言えばそうなのだが、正確に言えば違う今回の役割。 しかも詳細を言うと隣にいる剣士にばれてしまう危険性がある。 ……彼自身、ばれてしまっても構いはしないのだろうが。

 

「そうだ」

「やっぱり」

 

 だからだろう、ほんの少しだけ真実を話すと決めた彼。 目の前の小人を刺激しないように、口元だけを緩めた笑いで少女を見下ろす。 そのときであった。

 

「ね、ねぇ」

「……フェイトか」

『…………』

 

 彼の、今日の与保護対象が接近してきた。 ここにそろいし金の頭髪は、見る者たちに彼らが近しい存在だと誤認させる。 わかっているはずのすずかやなのはも例外ではなく、思わず呑んだ息は只、喉を鳴らすだけにはとどまらなかった。

 

「お昼、食べにいこ?」

「……そうだな。 前に行った屋上でいいのか?」

「うん、みんなもそこでいいって言ってたから……」

「そうか」

 

 逆立つ髪がわずかに揺れる。 紳士服を着込んだ金髪の戦士はここで、少女の手を取りドアをくぐる。 その後ろで、指をくわえてうめき声をあげている子供たちの存在を知りもしないで。

 

 

 

――――屋上。

 

 空気の濃度が変わる時間帯。 涼しい風に吹かれながら、それでも低気圧の無い空はどこまでも晴れ渡り、澄み切った印象を地上の人間たちに与えていく。 それは、この時間がどこまでも続くと錯覚させるかのようでいて……

 

「…………」

『…………あ、はは』

「ふぅ」

 

 孫悟空の緊張が、いつまでも終わらないことを意味する。 超化した彼は確かに人が変わったようである。 それは、彼が本来のサイヤ人が持つ凶暴性と残虐性、さらに戦闘への興奮を極度に抑えようと無理矢理平静を装っているから。 そうでなくてもそわそわして落ち着かない彼は、しかし逆にそれが“寡黙”と見えて、周りの者たちは不思議な目で見始める。

 外見に反して、なんて静かなヒトなんだろう……と。

 

「すこし、よろしいでしょうか?」

「……なんだ?」

 

 そんな彼等が座る場所。 それは屋上にてノエルが設営した簡易の食事場であった。 青いシートにバスケットという、ホントに簡単な場は、それだけで和やかさを醸し出すには十分な代物。

 

「申し訳ございませんが、以前、どこかでお会いしたことはございませんか?」

「さぁな」

「…………」

 

 それを用意してくれた彼女の声にも、依然として寡黙に躱していく彼は最早冷徹。 切って捨てるかのそれは、まるで御神の虎乱にも思える切れ味を醸し出していた。 その空気が、結構気まずいと感じた子供たちは、ここでやっとフォローに入る。

 

「が、外人の顔なんて案外わからないモノよ!?」

「……いいえ、わたしはそれなりに多くの人を見てきたつもりですが、このような方は見たことが――」

「ほ、ほら! このひと“少数民族”の出だから――」

「フェイト様もでしょうか?」

「それは……ちがうけど」

 

 だんだん崩れていくたかが子供の防御壁。 言葉も経験も何もかもを上に行く高性能メイドさんを相手に、10分持たせたのはむしろ頑張った方か。 ちょっとだけ後ずさる子供たちに、それでも悟空は表情を崩さず……

 

「そもそも、あなた様はなんという名前で? わたしが知る限り、あなたのような人物はこの近辺では確認されません」

「…………」

 

 彼女の質問に、答えない。

 まるで意地悪をするかのような問答は、その実彼女が自身の主の身を案じた防御策。 身元が完全に不明な男に対して“3度目”となる出自の問い合わせは、どうしてだろう、悟空はそっと笑う。

 

「相変わらず、おめぇは硬いな」

「はい?」

「いや、なんでもねぇさ。 ……えっと? たしか、フェイトとは血縁関係ってのは一切ねぇンだ、ただ、コイツの母親と知り合いで、あいつがこれねぇからオレが来ただけでよ」

「…………え?」

 

 まるで、決められたかのようにつらつらと述べる悟空。 それは当然だ、この日のために、最低限の受け答えが出来るようにプレシアから“電撃ムチ”つきの特別講習が行われていたのだから。

 

「生まれた場所は知らねぇ、ただ、遠い場所ってのは確かだ。 育ったのは山奥で……最近、常識ってやつを教えてもらったから、結構世間知らずなところがあるかもしれねぇかな。 あぁ、ちなみに趣味は読書とスポーツだ」

「は、はぁ」

 

 ここまで、悟空は嘘を何一つ言っていない。

 この世界での常識も、この世界での情勢も、この世界での何もかもを、彼は最近知ったばかり。 正真正銘の真実は、彼に一欠けらの迷いも生じさせない。

 

「そうですか。 では、……えぇ、おそらく一番みなさまが聞きたいであろうことを」

「は?」

「……こほん。 あなたと、フェイト様の“御関係”は……?」

「…………」

 

 言った。 言いやがった。 このメイドは、今のいままでつい先ほどの教室ですら起こらなかった問答を、何の捻りもないままに、関係もないはずなのに聞いてきた。 これには、まぁ悟空の方は目をつむって人差し指でコメカミをかく。 困った――と言うよりは、あきれているようにも見えるそれは、若干の迷いがあるから。

 なぜこんなことを聞いたのか。 それは従者の関係にあるすずかにだってわからない。 そう、彼女、いまだにグズグズしている主のために、“この、目の前に居るトウヘンボク”に向かって、今のいままで聞いてきた質問をフェイクにしてすら、所謂女性関係というモノを訪ねていることなど、当然すべての人間にはわからなかった。

 

――――つまりは彼女。 彼の正体を…………いや、それは後に語られることである。

 

「それは……」

「え?」

 

 その、思考の裏が読めるはずがない悟空は、フェイトに向かって碧眼を飛ばして見せる。 鋭くない眼光は、それでも言いよどませるには十分。 それでも彼は訴えかけていたのだ…………この質問は、おめぇが答えてくれ……と。

 

「そんなの……だよ」

「フェイト様?」

「え? あ、えっとぉ」

 

 まるで意地が悪い質問内容は、それだけで少女を困らせる。 うつむいて、スカートを握り締め……悩んだ先に出た答えは――

 

「……ん」

「え?」

 

 聞こえない。 だからこそ、皆は――この屋上にいるであろう総勢30名の観戦者は耳を傾ける。 良く聞こえるように、よく、記憶しておけるように。

 

「……あぅ」

「…………」

『…………』

 

 静まりかえる屋上は、皆の緊張の度合いを示すかのように肌に突き刺さる感覚をもたらす。 いつまでも続きそうだった、そう、誰もが思い、固唾をのんだ頃だろう。

 

 

 

「………………おにいちゃん。 ……です」

「……はい?」

 

 

 

 聞こえてきた単語に。

 

「……かふっ!?」

「!!?」

 

 遠くの観戦者が……“感染”した。

 

「え? お、おにいさん……ですか?」

「はい、そう……です」

「ずいぶんと歳の離れた、そうですかそうですか」

 

 その変化にまだ気づかない。 彼らは安穏とした雰囲気で子供たちをやさしい目で見守る。

 

[くそ! なんだ突然!? 急に隣の奴が倒れ――]

「ね? そうだよね、……おにいちゃん!」

[ごはぁ!?]

「ん? あ、あぁそうかもな」

 

 ……また一人。

 

[なんなんだ!? みんなの様子が……]

「ご、――おにいちゃん……」

[うぶぅ? や、やられた……!?]

「おい、そんなに引っ付くなよ? 動きにきぃだろ」

 

 また、ひとり。

 

 聞こえてくる討たれた声は、段々とその質を凶悪な物へと変貌させていく。 まるでゾンビゲームをやっているかのような呻く声は、それだけことが深刻だからであろう。 ……それを知らない少女は。

 

「えへへ…………おにいちゃん」

 

[…………くっそ――やられたぜ]

 

 たったいま、完全にとどめを刺した。

 屈託ない笑顔、花のように咲き誇る眩い彼女は、見る者すべてに永劫の枷を取り付ける。 それに耐えられるものは3種類の人間のみ。 彼女と同姓か、言われなれたモノか……

 

「なんだ、おかしな気が充満し始めた……?」

 

 とてつもないほどに、そう言った方面に興味が無いモノか。

 

[ぐげげげげげげ!!]

『!!?』

 

 化け物の声が響き渡る。 恐ろしくも恐々しい、 戦闘前夜のような静けさも一変する鳴き声は、驚くことに人の身から成せる声。 苦しいと、泣いて叫んだ男子生徒の成れの果てである。

 

「ぐおおおおおおお」

「なによアレ?」

「前に会った怪物みたいだな」

「恐れることはありません。 所詮、人の身です」

「そうだな、気も全然大したことはねぇ。 なんならオレが一発で正気に戻してやるぜ?」

『…………えっと』

 

 ……その瞬間。 あまりにも大人気が無い彼らの代わりに、子どもたちが一気に走り出した。

 

「正気に……」

 

 踏み込んだのはアリサ。 彼女は振りかぶった右手を強く握ると、弓なりにしならせ……振りぬく。

 

「ぐぁあ」

「もどりなさい!!」

 

 文字通りに吹き飛んだ男共は、そのまま床に落ちて動かない。 アリサのストレートが光る中、ほほえみ携え、スカートを両手で持ったお嬢様は藍色の髪を揺らしながら謝辞をひとつ。

 

「ごめんなさい」

「……ぐふぅ」

 

 親指で抑えた中指ひとつ。 それが限界まで“ため”られた後に空気が震える。 いま、人ならざる彼女のちょっとだけの力が唸りを上げた。 砕いて言うと、デコピンが男の子連中を蹴散らす。

 

 なんだかんだで、面白おかしく過ぎていく時間。 どことなく10年以上前の悟空の活躍にも似た彼女たちの奮闘劇は急速に幕を閉じる。 鳴り響いた鐘、聞こえていた喧噪の収束の時間。 次の授業は何かと、居なくなっていく生徒たち。

 お昼の時間は、ついぞや終わろうとしていた。

 

「……あいつら、なかなかやるじゃねぇか」

「当然です。 ああ見えても世間を揺るがせるほどの大企業のお嬢様方、護身術の一つや二つ、持ち合わせない道理はございません」

「……そうか」

「そうなのか」

 

 大人たちの、納得と言った声と共に。

 

 

――――本日、最後の時間。

 

 

 先ほどまでの教室とは違う環境。 大地があり、空があり、きれいに並んだ白線がある。 そこに立ち並ぶ子供たちの姿は……体操服。 白と紺色の奇跡的なバランスは、この場に魔女がいたらおそらく誘拐事件が起きてそうな色合いであっただろう。

 

「今日最後が体育ねぇ。 なんだか不安にさせられる授業だわ」

「うん……特にわたしなんて他のみんなに比べたらアレだから……」

『それに引き替え――』

「わくわく」

「うずうず……」

『はぁぁぁ~~』

 

 その中で、普段から見せない“わんぱくさ”を可能な限りに放出する大人しい彼女達。 それがやはり普段からかけ離れるたびに、アリサはもちろん、なのはだって気が重くなる……2重の意味で。

 

「えー、みんな! 今日の体育は、2チームに分かれて“ドッヂボール”をやりまーす」

『わあああああ!』

『やったあああ!』

「……ドッヂボール?」

「なに、それ?」

 

 ここで、分らないと、首を傾げる金髪の二人組。 観客席と、選手側で違いは有れど、それぞれが同時にうなづくさまはまるで親鳥を追いかける小鳥の構図を連想させる。

 

「なぁ、あいつ等これからなにをする気だ。 オレにはさっぱりわからねぇんだが」

「え? ……あ、あぁ。 ドッヂボールっていうのは、簡単に言うとボールのぶつけ合いで……」

 

「…………内野の人数がなくなれば勝ちなのよ」

「そうなんだ。 身体のどこを当てられてもダメなの?」

「うん。 基本的には避ける。 あ、でもたしか顔面に当てられるとセーフってのがうちのルールだったはずよ」

「……へぇ」

 

 知らないことに興味津々。 スポーツという名の格闘技に、さっそくのめり込んでいきそうな戦闘民族他一名に、そっと冷や汗を流すのは誰の役? そんなものは知らないと、皆が小さな箱に集まっていく。

 

「それじゃくじ引きをしまーす! みんな一枚ずつもっていってね! 一枚ずつだよーー」

「どれどれ……あたしは赤組ね」

「あ、わたし白」

「すずかちゃんはわたしと一緒だね」

「アリサといっしょ……」

 

 それぞれがある意味順当に組み分けされていく。 強者と弱者、超越者と常識人。 違いは有れど、悟空たちで言うところの戦闘力数的にはなかなかどうして……今のところは互角ではあるはずだ。

 

「はい、先攻後攻はコイントスで決めるわよぉ。 えっと……フェイトちゃんとすずかちゃんはそれぞれ前に出てきてね。 ちなみに、数字が書いてある方をオモテとします」

『はい』

 

 この人選はどうなんだ。 周りが異を唱える中、教師が持った100円硬貨は盛大に宙を舞う。

 

「さぁ、どっちですか?」

「……ウラかな?」

「オモテです」

 

 藍色の子が、どこか得意げに答える中、自身が無いのだろう。 フェイトは少しだけ苦笑い。 もしかしたらと、小さく揺らした金の髪が、そのまま斜めに重きを置くころであろうか。

 

「…………残念だったな、フェイト」

「え?」

「――見えたのですか?」

「……さぁな」

 

「オモテですね。 という事で先制はすずかちゃんのチームから!」

『おぉぉ』

 

 悟空の未来予知ばりの発言が場を沸かす。 たったの20メートル、されど20メートルなその距離で、間違いもなく言った彼はそのまま観戦の姿勢を取るに至る。 まるで、昔に行われた天下一武道会を見ていたあの頃のように。

 

「おめぇら! 勝った奴にはオレがどんな願いでも“可能なかぎり”叶えてやるぞーー頑張れよー!」

『…………!!』

「……かのうな……かぎり?」

「え、おい、あんた?」

「さぁ、はじまるぞ」

「あ、はい」

「……このような貌もなさるのですね」

「?」

「……いえ」

 

 かれは、彼等は――――

 

「いっくよー……それ!」

「――――――    」

「ん? なかなか早いな」

『!?!?』

 

 いきなりの大惨事に言葉を失う。

 

「……アリサちゃん!!」

「……や、やるじゃないすずか……また、腕を上げたわね――ガクっ」

「あ、アリサの気が……消えた!?」

 

 場は一気に。

 

「総員退避―!! あれを喰らったら一発で落とされるぞお」

「なんてことなの。 ガードの上から無理やり落としに来た……普段のすずかからは想像もできない――」

「……攻撃的な気だな」

「そうなんですか……? というより、あなたはいったい……」

「ん? あぁ、まぁ、気にするな」

「はぁ」

『…………』

 

 重苦しい沈黙が支配する。 唐突に摘まれた一つの命。 犠牲者1を刻んだすずかは、どこかいつもよりも、そう、刈る側の目をしていた。

 

「まず、独り……」

「目の色が変だよ?!」

「っく。 悟空に言われた一言で明らかに戦闘能力が向上した!? ……明らかに人間の限界を超えてる……悟空を除いて」

「ふふ――つぎつぎ」

 

 恋する乙女は盲目なのだ。 それを見事実戦する彼女の狂いようは、もはや戦闘民族に匹敵するほどの貪欲さか。 思い出してみてもらいたい、彼女はいままで、かなりの我慢をしてきたのだ。

 一回目がアリサで、二回目がなのは、もう、そろそろ――自分がしてもらってもいいのではないか?

 

「……悟空さんに……肩、ぐるま……」

 

 其の一言を言う彼女は、明らかに奪略者(プレデター)であった。 もう、誰にも抑えられない。

 

「このままじゃこっちは全滅。 とりあえずアリサが命に代えて守ってくれたボールで……反撃」

「負けないよ?」

「うぅ……どうしてこうなっちゃったのぉ。 悟空くんのばかぁ」

 

 涙目でしゃがみ込んだなのは、彼女はこの混沌を生んだ金髪戦士を深く呪う。 コートのはじっこで、イモムシのように縮こまりながら。 そうこう言いながら、なのはの敵側であるフェイトはここで大きく構えを取る。 独特な構えからくる、その回転を咥えたボールは――

 

「ファイア!」

「あ、あれは!!」

変化球(ドライブ)!?」

 

 壮大な半円を描きながら、射線上の雑魚どもを一掃する。

 

「フェイトって子、どうしてあのまますずかちゃんと対決しなかったんだ? あんな変化球、最初のだまし討ちで案外行けたかもしれないのに」

「甘いなキョウヤ。 アイツの狙いは“余計な壁を減らす”ことにある。 もしも余計な奴にあたりでもして、威力を半減されれば、それでもうフェイトの球は取られちまう」

「……な、なるほど」

「――実況と解説が自然と出来上がりましたか」

 

 実況席からのコメント揺蕩うなか、零れたボールを拾うのは……白組の巨砲――月村すずか。

 

「またあれがくるぞおお!」

「みんな散れ――! 貫通ダメージで全滅させられるぞ!」

「……こわいよぉ、これじゃまるで戦場だよぉ」

「……っく! すずか……」

「えい!」

 

 気の抜けた投擲音が鳴り響く。 しかし――そのあとに流れるのは破滅へのBGM。 ブレイク・グランド・ミュージアムは、観戦席にまで鳴り響く。

 

「おい、いま地面が抉れなかったか……」

「今ぐれぇなら、車ぐらいだったらへこませられる程度だな」

「あ、あれで……」

「それよりも、どうやらフェイトは頭を使ったようだな」

「……はい?」

 

 そう、鳴り響いたのは途中まで。 そのボールはなんと、紅組のコート最奥にて制止していた。 どういうことだと、思う間もなく見据えた恭也からはいつの間にか汗が流される。

 

「はぁあああ」

「か、身体ごと回転して……跳ね返しやがった!?」

「オレの真似だな……やりゃ出来るじゃねぇか」

「……これ、ドッヂボールですよね?」

 

 金のツインテールが円を描く。 まるで風車のような回転は、そのまますずかから放たれた砲弾を巻き込んで、一気に敵陣地へと飛んでいく。

 

「しかしこれは……放っておけばフェイト様のアウトなのでは――」

「いや、それはわかんねぇぞ」

「……いやいや」

 

 結果は見るまでもないと、切って捨てるかのようなメイドの一言に、それでもと言い切る悟空は外野を見る。 すると、ボールは急速に威力を弱めていき……外にいた子供のふたりが、重なり合うかのように受け止める。

 

「……子供が使う手ですか、これが?」

「最近の小学生はすごいんだな」

「そんなもん、昔っからかわんねぇさ。 アイツ等は、すげぇ!」

 

 とったボール、それをすかさずに他の無事な外野に渡すと、その子供は軽く放り投げる。

 

「あいた!?」

「あーあ。 なのはの奴め、すんなり負けやがった」

「我が妹ながら情けない」

「……随分と手厳しい」

 

 あっという間に白組はすずか独り。 それに比べて、紅組陣営は残り8人、しかしそれはフェイトにとっては動きにくいモノであり。

 

「えい!」

「またきた―――――   」

「たぁ!」

「くっそおお! おぼえてやが    」

「そーれ!」

「し、しろいあくまがああああぐぇ    」

「ちくしょおおおお」

 

 まるで願ったりかなったり。 そこからのすずかの猛反撃で、あっという間にフィールドは空っケツに。 そして勝負はサシに持ち込まれていく。

 

「えっと、この状況はもしかして彼女たちにとっては望むところだったのでしょうか?」

「どうだろうな、強いて言うなら、フェイトの方はこれで存分に動き回れるはずだ。 あとは、どうやってすずかが持っているボールを取り返すかだな」

「な、なるほど」

 

 まるで荒野のガンマンだ。 お互いに睨みあって佇む姿は、まさしく戦士のそれ。 報酬目当てにいま、ふたりは全力も全開……最大パワーを発揮する。

 

「えぇぇい」

「く、くる……はやい!?」

 

 今まで以上の初速、これ異常にない弾の伸び! それにたいして、ついに足がすくんでしまったフェイトはそのままボールを睨みつける。

 

「うごけ……くぅううぱ、パワーが――」

「か、勝った!」

「はああああああ」

 

 唸る女の子は足を叩いていた。 瞬間の判断力で出した次の行動は避けることではなく励ますこと。 これにより、マヒしたフェイトの感覚器官は一気に爆発的な電気信号にて更なる行動を行う。

 膝を深く曲げず、全身のバネを必要最小限に活用した彼女は……一気に力を解き放つ!!

 

「あぁ!? フェイトちゃんが――」

「……へぇ、やるな」

「と、とんだ……」

 

 ただの跳躍。 それをこの短い瞬間で成し遂げて見せる。 これ以上にないタイミングでの回避。 これには堪らず、敵も味方も身を震わせた――よくぞやった、と。

 

「え? え?」

「いけない! にげて!!」

「ふぇ!?」

 

 しかし、何事にも代償はつきものである。

 

「おおおーと! いま放たれた弾丸が、そのままフェイトちゃんを通過して、さらに真後ろにいたなのはのところへ一直線だああ!」

「まずいなぁ……しかたねぇ」

「……?」

 

 いつの間にか乗り出した恭也の熱い実況の中、白いボールが眼前に迫るなのは。 無理だ、あんな運動神経なしオンナには到底相手取ることが出来ない――そう、皆があきらめの境地に達していたときであった。

 いいや、それはなのは本人も同じ。 不屈の闘志はいまだ燃焼されず、彼女は、勝利を一気に手放す。

 

 

【跳ね返せなのは!】

【……え?】

【そいつは味方だ! おめぇにやる気があって、悪の気が無ければ跳ね返せる“はず”だ――】

「【悟空くん……うん!!】すずかちゃんは友達……だったら――――まけないんだからあああ」

 

「!!」

『!!?』

 

 巻き起こる自身の内に響く励ましの声。 彼からの必勝法を感覚で掴んだなのはは、そのまま跳ねるように両手を突きだしていた。 そう、ここだ! ここでもしも自分がフェイトのようにカウンターを決めることが出来れば……

 

「決まって!!」

「……なッ!?」

 

 勝負は……きまるはずなのだか―――――――――――ら?

 

 

 

 

……2分後。

 

「タンカー! タンカー!!」

「急げ、容体はいろんな意味で重いぞ」

「……泡吹いてる……これはアカン」

「…………ミンチよりもひでぇ」

「バイタル低下……?! 先生! 急いで保健室へ」

『えっほえっほ――――』

 

 

 高町なのはと言う人物は確かに頑張った。 それでも、確かにできないことはあったわけで。 いうなれば、幾らかめはめ波が通じない天津飯ですら、“20倍界王拳のかめはめ波”を喰らえばひとたまりもない、つまりはそういう事と一緒なのである。

 

 頑張っても、無理は無理、である。

 

「し、死んでいませんよね?」

「大丈夫だ、アイツ、当たる直前に無意識ながらに急所は外してる……さすがシロウの子だ」

「たかが子供の遊びのドッヂボールで、どうして急所を外す運動が行われるんだ……ん?」

「それに両鼻から鼻血なんて、女の子にしてみれば十分致命傷です」

「……そうか」

『そうです』

「…………だが、ルールだと顔面はセーフだとさっきお前が――」

『生命維持的には完全アウトです!!』

「……そうか」

「…………?」

 

 軽く金髪を揺らす悟空は、それでも送るのである。

 

「まぁ、今日はなのはの大金星だったな」

「?」

「え?」

「フェイトさんアウト―! よって、白チームの勝ち!!」

『…………どういうことでしょうか』

「なのはが顔で受け止めたボールは、確かにそのままどっかに行った。 でも、その行き先が今回よかったんだ」

「まさか――」

「そう、あいつから跳ね返ったボールはそのまま当初の予定通りに空中のフェイトに当たったんだ。 ……かすかにな」

「す、すごい」

「なんて根性だ……」

 

 酷い顔して横たわる、小さき眠り姫に向かって……“柔い笑み”を。

 

 

 

――――放課後。

 

 ユーノさんによる治療魔法で、ひっそりと復活したなのは。 彼女のあまりにも早い回復に、後々、この学校には“地獄から追い出された化け物”とか、“閻魔が煙たがる小学生”だとか“ゾンビ高町”などという逸話が残されるのだが、それはまぁ、どうでもいい事である。

 

 保護者の皆々が、子どもたちを連れ帰った放課後の事である。 それは、やはり唐突に訪れる。

 

「……あ」

「やはり降ってきやがったか、フェイト、傘もってきたか?」

「ううん」

「……オレのだけか」

 

 いまはただ、変わってしまった天候をにらみつけるだけ。 天からの恵みも、今はただ、疲れた身体に余計な重しをする邪魔者にしかならず。 軽く息を吐いた悟空は、そのまま額に手を差し伸べる。

 

「ほとんどのヤツは帰ったみたいだな。 だったら瞬間移動で……」

「あ、まって!」

「……?」

 

 その動作の意味を知っているフェイトは、ここで待ったをかける。 その手は本当に弱い力。 そっと持った彼の服の裾を、少しだけ引っ張るフェイトはそのまま悟空を見上げてくる。

 

「……そういや、おめぇと二人で買い物してといってたな」

「誰が……?」

「プレシアがだ」

「……」

 

 其の一言が急に不安になるのも少しの事、悟空の、次のセリフを聞いた彼女は……

 

「なんでも、“少しだけ遠回りして帰ってきて”……だとさ。 意味が分かるか?」

「……わかんない……ふふ」

「なに笑ってんだ?」

「ないしょ」

「……?」

 

 悟空と同じ金髪を、そっと優しく振るのであった。 ふわりと流したそれはツインテールと言う名の通り、まるで御機嫌のいい子ネコのように悟空の横を歩くのでありました。

 

「ねぇ、今度ね、学校でプール開きがあるんだって」

「……泳ぐのか」

「うん、それでね、その買い物も……」

「ああ」

 

 彼が差した傘のなか、お互いの肩がほんのりと濡れていく中を、目的の場所を目指して歩いていくのです。 母に言われたとおり、ほんの少しだけ遠回りして……彼とそれだけ、ふたりきりでいられるように……と。

 

 5の月が終わる今週末。 梅雨の季節、到来である。

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

すずか「勝った! ……って、喜んでいいのかな?」

悟空「いいと思うぞ? あれは確かにおめぇの力なんだし……かなり反則くせぇけど」

すずか「うぐ!? ……どうしよう。 景品、やっぱり断った方がいいのかな」

プレシア「なら、その景品はみんなでおすそ分けね」

すずか「え?」

プレシア「前に言ったでしょう? 今度、温泉に行く……って」

すずか「そうなんですか?」

悟空「そういやそうだったな……でも、それもまた今度だな。 次は久しぶりに”あいつら”と出かけるらしいから、おめぇ達はまた今度だな」

珍しい組み合わせ『あいつら?』

悟空「ちぃとな、温泉よりも先に海に行くんだ。 そんじゃ次回!!」

はやて「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第39話」

シグナム「ボール探しはついで!? 騎士たちと瞬間移動旅行記」

悟空「シロウが言ってたんだ。 もしかしたらおめぇの足にも効果があるんじゃねェかって」

はやて「はぁ……フカフカやわぁ」

シグナム「孫、後で話がある」

悟空「なんだよ、真剣な顔してさ……とりあえず次でだな、じゃなあ!」



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