魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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久し振りの顔合わせ。
それを迎える視線があるなどと、思いもよらない一家のもとへ、特に考えなしのあの男が次元を超えてやってくる。

しかし、皆は知らない。 ”そんなこと”は数か月前から見抜いていたものが存在していたことなど。
そう、彼が地表全土ならある程度を探れるとも知らないままに。 それらは近づこうとしていた。


布石回のこの話。 ついに不安を口にするのはやはりあの人でした。
では39話どうぞ。


第39話 ボール探しはついで!? 騎士たちと瞬間移動旅行記

 孫悟空が、波乱に満ちた授業参観を終えて、1週間が過ぎようかというところである。

 

 それは、やはり突然訪れた。

 

「はあ~~」

「シグナム?」

 

 時はお昼すぎ、場所は海鳴のとある一般家庭。 そこに住まう“一家”が、珍しく全員そろってお茶の間で過ごしている頃。 あたたかな湯呑みを持つのは、この中で3番目に年齢が高いらしいシグナム。

 彼女はそれを置くと、ため息ひとつ……愁い多き顔で、ゆっくりと景色を見渡していく。

 

「どないしたん?」

「……」

「??」

 

 大切な主の声にも生半どころではない反応をして、いい加減、後ろでひかえているザフィーラが、一発シバくかと腰を上げようとした、そのときである。

 

「――――…………」

『!?!?』

「孫……アイツは、まったく」

「なんだ?」

「いや、どうしてお前はそんなにも平然と誰かに好意を振りまいて――――!?」

「なんだ? オラがナニカしたんか?」

『…………えっと』

 

 彼女の隣に、尾の生えた青年が佇んでいた。 あまりにも唐突に、どうしても忽然に、誰もがまねできないくらいに颯爽と現れた彼は、やはりどこまでも自然体を突き抜けていた。 その姿に、というより彼に対して、既に口から言葉が出せないシグナムは……

 

「あ、……ああ」

「なんだよ」

「…………い、いや」

「ん?」

 

 湯呑みを持ったまま、そっとその席を離れるに至る。 彼から距離を取ること2歩、シグナムの表情は長い前髪でよく見えない、だからだろう、悟空はそんな彼女が気になってやはりおもむろに顔を寄せる。

 

「どうしたんだ? おめぇらしくねえ」

「――!? い、いや! きにするな」

「そうか?」

 

 それを受けて、しかしもう逃げ場がないシグナムはそのまま背筋を反らす。 もう限界だと、だんだん頬に熱が集まる様は、リンゴを通り越して既にトマトのようになっていく。 それを置いていく様に、ひとり、悟空に対して驚愕を隠せないモノが居た。

 

「というよりゴクウ」

「どうした? ヴィータ」

「おまえ……いまいきなり現れなかったか」

「あ、そうか。 おめぇにはまだ言ってなかったんだよな……へへ、瞬間移動ってやつでよ? 修行の成果ってやつだ」

「……修行でそんなもんが使えるようになるのかよ」

「あー! なんだよその顔。 魔法使いのおめぇらには言われたくねぇぞ」

「んなもん関係ねぇだろ! あたしが言いたいのは、なんで今、ここにお前があらわれたかをだな――」

「おーい、シャマルーーおらハラ減っちまったーー! なんか茶菓子くれねぇか? おめぇの修行の成果ってやつを見せてくれーー」

「こ、こいつ……!」

 

 それを組み合わせることすらしてくれない悟空は、ほんのり香る甘い匂いに、そっと台所へと歩いていく。 そこにいるブロンドの髪をなびかせ、エプロン装備でオーブンとニラメッコしている湖の騎士に向かい、“約束”をいま、果たす時だと近寄っていく。

 

「あ、悟空さん。 こんにちは」

「おっす! ……んで、おめぇがこのあいだ言ってた、“うでまえ”ってのは上がったのか?」

「それはもちろん――」

「……騙されるなよ、そいつの言葉に。 あたしやシグナムが何回床に転げたか……」

「おめぇも相変わらずなのな。 んでも、その表情を見るに、今日のは一味違うみてぇだな」

「そうなんです。 今日のは自信作なんです」

「…………撃墜数増加の自信か?」

「こら! ヴィータちゃん! いい加減に変な横やりは止めて!」

「うるせぇ! 全部ホントの事だろ!!」

「……う、うくぅ」

「はは……」

 

 それでも、できないことはあるのだろう。 そう打ちつけるヴィータの怒気は迫るものがあったそうな。

 

「ていうかゴクウ、お前いきなりどうしたんだよ?」

「いや、急に小腹が減ったからよ」

「……まじか?」

「マジマジ」

「……はぁ」

「はは!」

 

 そこはかとなく残る疑問に、ヴィータを含め、はやてとザフィーラまでため息を吐く。 キュッとVサインしてみせる悟空に、後頭部で汗をかくヴィータはそのまま彼を見上げる。 どことなく、身を案じてみた今の視線。 それに気づいたのだろう、彼はそっと笑って見せる。

 

「そういや……このあいだはすまなかったな」

「……あ」

 

 かけられる声は本当に優しかった。 悠然とありながら、草原にいるかのような心地よさは具体的な例を上げれない程に不可思議さを醸し出す。 それが、彼の持つ独特な感性と雰囲気だと理解できた瞬間に――

 

「おめぇのアイス、食ったまんまで返してなかったな!」

「……ぐあぁあ!?」

「おい? なにズッコケてんだ?」

「……あたしの感動を返せ」

「??」

「くぅ~~」

 

 そのまま床にうつ伏せになっていたんだとさ。 何となく論点と、見る視点がおかしい二人のあいだ、それに悪気が無い“剣士”はその場を去ろうと……

 

「あ! そういやシグナム、おめぇなんでさっきからコソコソとしてんだ? はやてが困った顔すっからそういうのは止めとけよ?」

「……誰のせいでこういうことになっているのか……こいつは」

 

 いきなり回り込んでいた悟空に退路を断たれていた。 不意の行動も、ソレなりに有った手合せで慣れていたのだろう。 そこそこに驚きの表情をした後で、彼女は右こぶしを作りながら視線をそらす。

 

「なんだ?」

「……なんでもない! ――それより孫、貴様先ほどもヴィータに言われたように、ほんとにそのようなくだらない事でここに来たのか?」

「く! くだら……」

 

 そのあとに言われた事実に、本気で泣きそうなシャマルを捨て置いて、彼等の話題は……

 

「……まぁ、理由はホントにくだらないんだけど……な?」

「なに?」

「まぁまぁ、それよか忘れてたことがあったんだ」

「なんだ?」

「…………」

「孫?」

 

 別の路線へ進路を変えようとしていた。 その際、悟空が庭先に視線を送り――ほんの一瞬、わずかににらみを利かせたのはこの場の誰にもわかりはしなかった。 そう、闘いに生きる者すべてが、彼の行動に気付けなかったのである。

 

「いや、なんでもねぇ……えぇと? あぁそうだ、ずっと前に、いや、おめぇたちからしたら2か月ぐれぇ前になんのか。 そん時にいろいろ世話になった礼がまだだと思ってよ」

「……礼?」

「そうだぞ。 いうなればあれだな……」

「ごくう?」

 

 その表情を一気に緩めた彼は、一つだけ間を置き、顔の前に両手を置く。 いないいない……などというポーズのそれは、顔を隠すというより、相手からタネをバラさせまいとするマジシャンのようである。 それが、いい感じに溜めが終わったころ。

 

「んん!――『どんな願いでも一つだけ叶えてやる、さぁ、願いを言え』……ってやつだ」

『…………はぁ』

「……あり?」

 

 皆の反応の悪さに、外のカラスが一羽鳴く。

 

「い、いまどきどんな願いでも――って、はやんねぇって」

「……そういうのは、な」

「そうだ。 そういうのはよくない。 孫、この世にはできないこともあるのだぞ?」

「あ、お、おう?」

「みんな?」

 

 そこからはなんとも言い難い雰囲気であった。 まるで腫れ物に触れるかのようなそれは、見るに痛々しい景色である。 それが嫌だと、ひと目でわかるくらい困惑するのは……はやて。 それを見た悟空は、おもむろに後頭部をかいて……

 

「なんか、すまなかったな」

「え? ……あ、いや! 特にこれといった事は無いんだ! いまのは……そう、お前にしては随分な発言をするから」

「そうなん?」

「そ、そうです主。 こんな甲斐性なしが服着て歩いているような戦闘凶――「シグナム、そりゃおめぇ言いすぎだぞ」……こほん。 とにかく、まさか孫が“礼”をするだなんて思わなかったモノですから」

「……そうなんや」

「えぇ」

 

 はやし立てられつつ、言い訳がましい彼女たちの言を、そのまま受け取る彼はまた頭をかいていた。 妙な反応だと、思うことはあるものの……

 

「……」

「まぁ」

 

 横にいた少女(はやて)を見て。

 

「いっか!」

「……うん」

 

 こともなげに、言葉を投げていた悟空であった。

 

「んまぁ、さっきのはジョウダンだとして」

「え?」

「はやて。 おめぇにはたくさんのメシや亀仙流の道着とかさ、いろんなモン貰っちまったし、何か返したいってのはホントの事なんだぞ?」

「そうなん?」

「あぁ、ほんとだ」

「そんなん気にせんでもええのに」

「そういうなって。 色々あってすぐには出来なかったけどさ、そろそろ返しておかねぇとたぶん、“えいごう”に忘れそうだったかんな」

「永劫? なんやごくう、えらく難しい言葉しっとんのやな」

「ん? ん~~まぁな」

 

 ぐいぐいと、まるで訪問セールス張りに彼らを誘う悟空は、取ってつけるように彼女のセリフを重ねてくる。 最近覚えた、彼女たちを思うモノから聞いた言葉、それの意味を深く考えずに放つ彼に若干戸惑うはやては不意に、リビングに置いてあるテレビへと顔を向ける。

 

「……そうや」

「お?」

「ごくう、どうしてもその恩返しゆうのは、やらな気ぃ済まへんの?」

「そうだな。 結構、重要なところでおめぇたちには助けられたしな。 それに、あいつとの約束もあるし」

「アイツ?」

「あ! あ、あぁぁいや! なんでもねぇんだ。 まぁ、おめぇたちがいらねぇっていうんなら、オラ、このままむこうに行って修行の続きでもしてるけどな」

「ん~~」

 

 それを見て、悟空の撤退の声を聞いたはやては、何となく顔を下に向ける。 ちょっとだけ反らした視線は何の意味があるのだろうか。 彼女はここに来て、よもや自分に遠慮をしているのではと、悟空が首を傾げる事数秒の事だった。

 少女は、ついに――

 

「そんなら、ごくうに甘えさせてもらってもええ?」

「……いいぞ」

「ならな、わたし――」

『…………』

 

 騎士たちが見守る中、彼女は悟空に初めて……わがままを告げるのであった。

 それは、果たして我が儘と言えるのかはさておき、悟空が聞き、はやてが告げるその間、この家は不思議と静かな空気があたりを支配する。

 

――――まるで、嵐のような静けさのように。

 

「んじゃな……――――」

『おお?!』

 

 そうこうしてる間に、悟空は来た時と同じように瞬間移動で消えていき。

 

[降水確率は70パーセント、もう、梅雨の時期ですね]

[海の様子はまだ穏やかですが、雨量が激しくなればその分だけ波も荒くなります。 みなさん、海岸の近くに行くときはなるべく気を付けてくださいね]

 

 リビングで付けっぱなしにされたテレビの声が、事務的に天候を予測する。 気を遣う気もないのに丁寧な言葉を並べていくそれは、耳障りでありながら、やはり重要な言葉の羅列なのである。

そう、この箱から流れる情報は、これからの事態を予想するかのように……正確だったのだ。

 

 

数日後 AM7時まえ 八神家玄関前。

 

 あいつはいつも突然だった。

 

「シグナム、ごくうから連絡があった日って今日?」

「えぇ、そのはずですが……んん」

 

 そう、一昨日いきなり頭の中に声が聞こえ、周りを見た私を笑うかのように言葉を続けるアイツ……孫は、本当に唐突に言い放ったのだ。

 

「主の注文に見合った場所が見つかったから、今度の日曜に……と」

「時間も今ぐらいなんやろ?」

「えぇ。 7時くらい……と、かなり適当には言ってましたが」

「う~ん。 ごくうのことやから、言ったらそのまま消えるってのは――」

「ない、とは言い切れないのがまた」

「……あはは」

 

 なのに奴はまだ来ない。 そろそろ約束の時間だ、いったい何をやっている――主を、不安な顔にさせるのではない……そうでなくても。

 

「私もたまには……」

「シグナム?」

「いいえ、なんでもありません」

「そう? なんやえろう不安そうな顔やったからな……ごくうの事?」

「……主には嘘はつけませんね」

「そんなことあらへんよ」

 

 はぁ、ここまで見透かされてしまうとは。 しかしこれもひとえにアイツの奇怪な行動のせいだ。 あぁ、きっとそうに違いない。 それに、主が他人の落ち込んでいるときの機微を細かく把握するのが得意なのは今に始まった事ではないからこれは仕方がないのかもしれない。 それが彼女のいいところでもあるのだから。

 

 ただ、ご自身の辛いところを隠すのが上手いのは、どうにも目をつむりきれない難点でもあるが……これは、いつか解決できればいいのだが……それにしても――

 

「孫の奴め」

「――――……」

 

 いったい何をぐずぐずと。 こんなに我らを焦らせて何が面白いというのだ。 ……確かに、我らにとって時間という概念は微々たる影響しかない些末なものだ、だが主は違う。 我等とは違う時間を生きるこの方に、こうも無駄な時間を過ごさせて。

 

「これでへらへらとして現れたら……」

「……フ、わがケンのサビにしてやろう――ってか?」

「わかってるではないか。 そう、自分から誘っておいてこうまで待たせるのだ。 皆が止めても将たる私が示しを……」

「しょう? ショウってなんだ?」

「……ん?」

「お?」

「ん……」

 

 なんだコイツは、将の意味も分からんのか。 図体ばかりデカい癖に、それに見合わぬ学の無さだまったく。 少しは主を見ならって自主的に……

 

「……勉……きょう、でも――」

「おい、シグナム?」

「――――!?」

「うぉ!?」

「な、なななな孫!! 貴様いつの間に?!」

 

 は、背後を取られてた!? いつだ! いつから私はコイツに背中を見せていた……ちがう、コイツはいつから私の域を占領していたのだ!? まったく気配を感じなかった。

 

「ごくう、びっくりするからいきなり現れるのはやめてな?」

「おどろかせちまったか? そいつはすまなかったな……うりうり」

「あはは。 くすぐったいで、ごくう」

「……ん」

 

 あ、主よ。 どうしてそのように自然体で構えていられるのですか……おかしいのは私の方なのか? もしかして過剰に反応し過ぎなのか?

 

「……うむ、わからんな」

「なにがだ?」

「お前の事全部だ」

「……お、おう?」

 

 はぁ、どうしてこいつはこうも私の……をかき乱す。 いつもいつも、変なところでやきもきさせて。

 

「さってと」

「え?」

「なんだよ?」

「がう?」

「悟空さん……?」

「……?」

 

 いきなり何をする?

 こうも皆をそばに寄せて……というより寄りすぎだ! これでは主の車椅子を押すことも――おい、孫!?

 

「みんな、しっかり隣にいるヤツを掴んでるんだぞ」

「なにしてんだよゴクウ! こんなんじゃ歩けないだろ」

「まぁまぁ」

「ごくう?」

 

 額に……手を当てた? なんだ、孫の表情が一気に鋭く……こんな表情もできるのかコイツは。

 ……まるで今までとは真剣みが違う。 こう、研ぎ澄まされた刀剣のような。

 

「なにを……」

「まあ、みてろ」

 

 声にも若干の凄みが。 これがコイツの“素”というやつなのか? いいや、違うな。 いうなれば切り替えたという方が適切か。 なるほど、これは普段の姿からでは想像もできないくらいに……――――

 

「さぁて、着いたぞ」

「なんや? いきなり景色が変わったで?」

「お、おいおい。 今のってもしかして転移の魔法かよ?! おまえいつの間にこんなの」

「このあいだ瞬間移動がどうのこうのって言ってたけど、この事なんですか?」

「……ぐる」

 

 なんと真剣な貌だ。 あまりにもあんまりで、背筋が凍りつきそうにもなりそうなのだが……いかんせん、普段のコイツを知っている身からすれば違和感しかないのもまた事実。 孫、お前は一体……

 

「さって、次々――」

「ふむ。 貴様は時折そういう顔をするが、そんなものは大体の割合で死線を越えてきた者のする顔だ。 ……お前は、いったい今までどのような修羅場を潜り抜けてきたん……だ……?」

 

 なんだ? 皆の様子が……?

 

「おあおあ……、おいここって――」

「なんだか妙にあついなぁ? 季節的には夏なんやろか、どこの国やろ?」

「まさか……管理外世界!?」

「……がう」

 

 ん? 景色が変わったのか? 何が起きている、孫、いったい何をした!

 

「あ、ああああああ――アレ!」

「おいおいおいおい! あれは洒落になってねぇよ!!」

「なんだ、何をそんなに慌てて……」

 

 皆が私の方を指さし騒ぎ立てている? いかんぞヴィータ。 そんな風に仲間を指さしているのはいただけない行為だ。 主の前でもあるのだから、そういった行為は――ん?

 

「……雨? 天気は悪くないとは思ったのだが」

『…………あ、ぁぁああ』

「?」

 

 しかも何やら生臭い……? 生水か? さすれば近くに川があるという事か……

 

「うぁ……し、しんだ」

「シャマル?」

「もう、おしまいだ――!」

「おいヴィータ!」

 

 いったいなんだというのだ! さっきから妙にソワソワしたかと思ったら、急に葬儀のような顔をして……せっかくの遠出を……?

 

「なんだ? 急に周りが暗くなって……? 日はまだ出ているな」

[グルウゥゥ]

「ぐる?」

 

 誰の声だ? まったく騒々しい。 久しぶりの遠出だからと、少し浮かれすぎ……おい、誰ださっきから後ろで熱気をまき散らせている阿呆は。 シャマル、は、居るな。 ヴィータ? はこっちを向いてるし……後の者もいる。

 

「だれだ?」

[グルウウウウ――ゥゥゥウうう!!]

「……うむ」

 

 なんだろう、実に遠い昔、見た覚えがあるようでない存在が……そうか、やっとわかった。 先ほど私の頭にかぶらされたのは水であって水ではないのだな。

 

「生臭いとは思ったが……やれやれ、まさかキミの唾液だったとは」

[ハッハッハ――]

「気を付けろ。 次はないからな――」

 

 まったく。 あとで川にでも行って洗い流さねば。 せっかくの衣服も台無しではないか…………ん?

 

「……ふむ?」

[…………ガルゥゥゥ]

「ふぁっ!?」

[ォォォオオオオオオッ!!]

 

 な、なんだこいつはああああああ!!!

 いったい何が起きた!? 大きさにして全長100メートル超のか、怪物!?

 

「ブラキオだのティラノなんだのを混ぜ合わせたような……いくら管理外世界でもこんなもの――!!」

[――――ッ]

「うっぉぉ!?」

 

 風がすごい!? いきなりしっぽを振り回したと思ったらこれか……あ、主を……皆のモノ――いかん、ヴィータがあまりにも突然の事態に衣服をずらして往生している。 シャマルは言うまでもなく、守護獣ですら腰が引けている。 まるで服従一歩前の番犬状態というやつだ……あれ相手によくも耐えていると言ったところか。

 かく言う私もレヴァンティンを握る手がかなりふるえていたりする……在りえん。 こ、こうなったら、あまり嫌だが最後の希望にすがるしか……

 

「おい孫」

「こっちの方だったような……」

「おい!」

 

 こっちってなんだ! あの世の方向か!? 迷っている場合ではないはずだ、でなければじきにここがあの世になってしまうぞ! ――おい孫!!

 

[ウォォォォオオオオ]

「いかん」

「あかん」

「おわった……」

 

 無意識に、主が胸で十字を切っていた。 嗚呼、ここが今代最後の地になるとは……

 迫るアギト、大開きで剃り立つ牙、むせ返りそうになる血の匂い。 もうすぐわれらもこの匂いの一部に……――――

 

 しかし、いつまでたってもそのときは訪れない――――……

 

「なにがあった?」

「あっちゃあ。 ここは違うとこだなぁ。 似たような気があるからつい間違えちまう」

「は?」

 

 先ほどまで居た恐竜が消えている? しかも周りの荒野は消失し、温暖さもなければ日の光りもさえぎられている……れて……というより!

 

「寒ッ!!」

「あぶぶぶ――こ、凍えてまう!?」

「吹雪!? なんでいきなりこんな――まさかまた次元移動を!?」

「それにしては発動時間があまりにも早いわよ! こんなの、普通じゃない」

「普通じゃない……まさか」

『…………』

 

 皆の視線が、道着姿の男に向かう。 あぁ、またおまえか。 いったい今度はなんだというのだ、幾らなんでもここは遊ぶには最低の環境ではないのか? 気温も、視界も、そして――

 

[ォォォオオオオオン]

「遠吠えもする」

「ほら、ザフィーラ、お友達よ?」

「……俺はオオカミなどではない」

「だよな……説得は無理そうだよな」

 

 この劣悪な環境でこれはマズイ。 武器はあるが展開する隙を、はたしてあの狩猟者どもが与えてくれるのか? 腹が空いてるやつらは、一片の情もないことを知っているのか……こいつは。

 

「よっし! 今度は間違いねぇ。 行くぞ……―――」

[ォォォオオオ!!]

『うぉお!?』

 

 景色が、またも一変する。

 

「ついたーー!」

「……おお」

「こんなところが」

「地獄を巡って着いた先が天国……というやつか」

「腰が抜けてもうて立てへんわ。 ごくう、おぶって?」

「おめぇ立てねぇのは初めからだろ? なんだはやて、それってもしかしてギャグか?」

「えへへ……半分な」

『…………洒落(ギャグ)で済んでません、あるじ殿』

 

 あまりの急転直下ぶりに、我らの主も若干ながら目をまわしているようだ。 慣れないことを2、3繰り返すと、そのまま孫に抱き上げられていく。 そうだな、こんな――ああ、こんなきれいな砂浜と、そして澄み渡った海の見える場所では車椅子はむしろ邪魔になるだろう。

 

「だが、それでは自由がきかないのでは?」

「そうなんや。 せやから、最初は結構迷ったんやで? でも」

「はぁ……?」

 

 どうしたというのだ? 主のあの嬉しそうな顔は。 まるで……まるで……こういうのをどう表現すればいいのかはわかりかねるが、本当にうれしそうなのはわかる。 いったい何があの方をここまで喜ばせるのだろう。

 

「ごくうがな? とっても素敵な解決策をもってきてくれたんや」

「孫が? それは一体」

「えへへ……ごくう、おねがいな?」

「おう」

 

 孫が空を見上げはじめた。 ふふ、なんだかわからんがとても良い笑顔をする。 まるで公園でヴィータと戯れていた子どものように……子供のように……うぅ。

 

「いかんな。 あのときの事はなかったことにしたはずだ」

「?」

「いや、なんでもない」

「……?」

 

 あのときの事は忘れてしまおう。 そう、何度も考えてきたではないか。 アレは、そう、間違いだったのだ。 私とコイツの間柄なんて……ただの組手仲間程度のモノなのだから。

 

「なぁ、そうだろ……そ――」

「筋 斗 雲 やああああい!!」

「……」

「なんだシグナム?」

「……なんでもないさ。 あぁ、なんでもない」

 

 雰囲気、ぶち壊しだな。 はぁ……

 

【…………】もくもく

「すごい! ホンマにきた!」

「あっちの世界から来たのかよ、何気にすごいなこの雲」

「いや、筋斗雲は前に来たときに置いてきたんだ。 さすがにこいつは“セカイ”を超えたりとかってできねぇし。 あらかじめ……な?」

「……何気に考えてるんだなお前」

「はは、まぁな」

 

 なるほどそういう事か。 孫の考えがだんだん読めてきた。 この不思議な雲を、主の車椅子替わりに使うという算段なのだな。 主の足代わりも出来、目的の場所にも着き、やっと……落ち着くことが出来そうだ。

 あぁ、そうだ。 まずは唾液にまみれた身体を洗ってしまわねば……ふむ。

 

「孫、少し、独りで回らせてもらうぞ。 主の事を頼む」

「え? なんだよおめぇ、いきなり離れんのか? オラだっていろいろと――」

「い い な?」

「……おう」

 

 釘も差し終えた。 さて、向こうの静かそうなところで、ゆっくり身体を流すとするか。 ほんの少しだけ、昔を思い出しながら……な。

 

 

 

 とある管理外世界――AM11時半。

 

 そこは青い空、透き通る海、白く輝く砂浜。 そして桃色のサンゴ礁が万遍なく行き渡る、地球に比べて海の比率があまりにも多い世界。 大地の少ないここには、やはり原生

生物しか生息してはおらず。 管理外というのも相まって、かなり伸び伸びと自然が己を生かす場となっていた。

 

 そこは当然のように、野生児であった悟空にはなじみ深き場所の様で。

 

「いやっほーー!」

 

 彼は、まさに童子のようにここの生態系とあいさつをしている最中であった。 そんな彼は、不意に背後を振り向いて見せる。

 

「ん? シャマルか」

「がう?」

「悟空さん、お待たせしました」

「……フン」

 

 白いワンピース。 赤いフリルのついたそれは、彼女の歳を把握させるに十分な装備。 肩口が紐状で、交差させるように結ばれる形状なのも、大人への背伸びを思わせるかのようでけなげに見える。

 ミントグリーンのチューブトップ。 彼女のパーソナルカラーに染められしそれは、センター部分から伸びる紐に吊るされながら、彼女が持つ豊満さをかろうじて隠し、大人の持つ妖艶さとは別の、健康的な魅力を周囲へと見せつける。

 

「お? おめぇたち、やっと着替えてきたんか。 さっさと遊ぶぞ」

『水着に着替えてきた女性に対して、それは無いと思う』

 

 しかし――そこから見せられた悟空節はやはり、あきれるばかりの代物。 そんなことはわかっていると、両手でポーズを作るヴィータは首を左右に振る。

 

「まぁ、分ってはいたけどよ」

「なにがだ?」

「期待なんかしてねェよ――っていみだ!」

「あいた!? なんだよおめぇ……ん? ボール?」

「ビーチボールだ、コイツで遊ぶってはやてが」

「……お」

 

 その彼女が投げつけたモノを頭部で受け取る彼は、投げつけてきた人物の背後で黄色い乗り物に揺られる少女を発見する。 

 

「えへへ……」

「はやて……すげぇなぁ」

「え?」

「なんで?」

 

 それを見て、前ふたり以上に関心を示してやる悟空。 思わぬ彼の反応に、どうしてと傾げるのは最初に披露した女子二名。 それはそうだろう、こんなトウヘンボクがボクサーパンツ履いている筋肉だるまだ、女子の事など興味がないのでは……と、思ったそのときであった。

 

「おめぇ随分手慣れてきたなぁ、筋斗雲の操縦」

「うん!」

「……あぁ」

「そうですか」

『?』

 

 やはり彼は彼なのだと、思わず砂浜に大の字となる騎士たちであった。

 

「なぁ! シグナムこっち来なかった? どこ見渡しても見つかんねんだけど」

「そういえばそうねぇ。 どこ行っちゃったのかしら」

「がう!」

「そうやなぁ、シグナムの事やし危ないところなんか行かないとは思うんやけど……」

 

 時間はあれから数分が過ぎ、そよりと砂浜に風が舞う。 その中で一人、彼女たちの大将がいないと主張するヴィータに釣られ、皆が遠くの方に目をやる中。

 

「大丈夫なんじゃねぇか?」

「ごくう?」

 

 彼は一人、屈伸運動を始めていた。

 

「なんだよゴクウ、随分と冷たいな」

「そんなんじゃねぇよ、ただ、アイツならこっから500メートル離れた滝壺に居るのがわかってるからな。 だから心配とかは――」

「……おまえ、なんでそんなもんがわかるんだよ」

「なんでって、こんな距離なら、おめぇたちが持ってる魔力を探れば一発でわかっちめぇぞ」

「そうか……そういやお前、とんでもない探知の能力があったんだよな」

「まぁな。 結構、オラたちの仲間内じゃ当たり前のモンだけど」

「……怖いとこだな、お前がいたところって」

「みんないい奴なんだぞ? 盗賊(ヤムチャ)とか、殺し屋(天津飯)とか、大魔王(ピッコロ)だった奴もいるけど」

「大魔王…………どんな人間関係ですか、悟空さん」

 

 ひざ、腰、腕。 徐々に上半身へ移りゆく柔軟は、ただゆっくりと流れて行われていく。 締めの伸びをする頃には……

 

「すまん、遅くなった」

「ちぃと遅かったなシグナム。 はやて達が心配してたぞ?」

「……悪かったな」

 

 本日最後の入場者が、悟空たちに向かって手を振っていた。 小さい動きのそれは、彼女自身の心を象徴するかのようにささやかである。

 

 所謂、三角ビキニと呼ばれるそれ。 色はやはり彼女のパーソナルカラーを採用し、水着の型と、彼女の容姿が相まって、より一層の大人の雰囲気を醸し出す。

それでいてどことなく、まだ子供の色が見えるのはまだ10代である彼女の歳のせいなのか……それとも――そんな彼女に、悟空は尾を振り見つめて。

 

「お、シグナムおめぇ」

「……どうした?」

 

 そのささやかさに、同調するかのように彼が疑問の声を投げかける。 少しのそれは、果たしてそれほどに彼が興味を示さなかったから? 思うことに、それでも気になる彼女は小さく問う。

 ……いったい、貴方は何に興味を持ったのかと。

 

「おめぇよ」

「あ、あぁ」

 

 

 

 

「色がヴィータと被ってんじゃねえのか?」

 

 

 

「私のはピンクだ! 少し、赤に近い程度の!!」

「そ、そうか。 そいつはいらねぇこと言っちまったみてぇだな……はは」

「まったく貴様は」

「は、ははは……」

 

 彼は所詮、彼だった。 鈍感とかではなく、どうにもそう言った方面で小学生(はやて)より小学生している悟空は、そのまま黒いボクサーパンツのひもを引き締める。

 

「なんにしても、これで全員そろったことだし……あそんじめぇか!」

「遊ぶ? なにをするつもりだ」

「“びーちばれー”だってよ? こんな軟っこい玉つかうんだと」

「なるほど――つまり戦いだな?」

「……む!」

 

 そのとき! ふたりの闘士があらわれる。

 

「はいはい、そういう戦いはまた今度やってくれよ~、今日はただ遊びに来たってことを忘れんじゃねえよ」

「うくっ?」

「いてっ」

 

 そして火消しの鉄槌が行われ、仲の良いビーチバレーに入り、はやてが筋斗雲を唸らせる中で悟空は……

 

「あ、すまねぇ!」

「構わん」

 

 少しだけ間違えた力加減、遠くへ飛んでいく極薄のプラスチック製ボールはそのままシグナムの後ろに落ちていく。 さざなみにさらわれて行くそれを、ぱしゃりと水しぶきを上げながら近寄る彼女。 そして背後から……

 

「はは! わりぃな」

 

 謝りながら近寄る悟空に。

 

「……フっ」

「……お、おぉ? ……おめぇ――」

 

 シグナムは静かに笑い。 右足で海水を拾いながら悟空の前で振りぬいていく。

 

「やりやがったなぁ?」

「礼はいらんぞ。 ただのおかえしだ」

 

 かかる水しぶき。 濡れるツンツンあたまは、さしずめワカメのように垂れ下がる。 首を左右に振り、水気飛ばしてにやける悟空はそのまま。

 

「へぇ……それ言うなら仕返しだと思うんだけど…………な!」

『!!?』

「うぉ!」

 

 高速の蹴打。 シグナムと同じく右足でのそれは、既に股関節より先が消えてしまったかのような高速蹴。 当然、それに見合った威力ではあるのだが……結果はいまだ訪れず……

 

「な!?」

『お、おぉ』

 

 首をひねった瞬間に、大きく割れる海面。 さしずめモーゼを思い出させるそれは、全長にして悟空を先頭におおよそで――500メートルは続くだろうか。 もはや超常現象のそれに、きっと驚いたのであろう。

 

[―――――]

「……お、おい」

「うそだろ……」

「いやいやいや」

 

 割れた海面の沖合、ちょうど深さが極端に酷くなったところであろう。 そこから一匹だけ、追加ゲストが顔を出す。

 あまりにも悠然に、どことなく怒気を携え、迫りくるそれは途轍もなく……

 

「うひょーー! でっけぇなあ!」

「デカいなんてもんじゃないだろ孫。 さっきの恐竜がかわいく見えるほどの全長なんだが」

「おっす!」

「挨拶してる場合じゃ――」

[―――――]

「ほれ見ろ! 首振ってこっち見て……挨拶してくれたみてぇだぞ?」

『…………そうですか』

 

 悟空“に”対して、かなり友好的であった。

 これがひとえに、彼が先ほどの集合前に行っていたお遊びが原因なのだが、それがわかるはやて一行ではなく。 仕方ないので皆も巨大生物に手を振る中、彼は―――

 

[――――]

「え? お、おいキミっ……」

 

 シグナムの前に、長い首を垂れ下げ。

 

「なにをする――」

[…………あむ]

『!!?』

 

 その上半身を“甘噛み”していく。

 

「ひ、ひぃぃぃいい!!」

「シグナムが食われた!?」

「し、死んだ!!」

「シグナムウウ!!」

 

 半狂乱になる八神の面々。当然だ、いきなり自分たちの家族の、それも上半身が得体のしれない怪物の口元へ消えていくのだから。 アドベンチャーのホラー寄りのそれはものの見事に彼女たちの心を傷つけていく。

 

「あ、ぁぁ主」

「シグナム!!」

 

 聞こえて切る彼女の声は、既に下半身しかみていないところを見ると不気味以外何者でもない。 それでもと、あるじを気遣う彼女はまるでニコリと笑うかのように語りかける。

 

「とっても……その、生臭いです」

「死にそうなのに第一感想がそれだけかぃぃい!!」

「はは、なに、そう案じたモノではありませんよ。 ただ、真っ暗で不安になるというのは…………」

[――――ごくん]

「ほげえええ!!? 飲み込まれたあああ!!」

「おーー」

「ゴクウ! おまえボーっと突っ立ってないで助けろよ!!」

 

 そうして口部へ消えていく彼女。 怪物の長い首、例えるならブラキオザウルスのようなそれに彼女のヒト型が見えるのは恐怖以外の何物でもない。 遊んでいたら大変なことになったの究極系がいま、可能な限りの混乱を引きつれておとずれていた。

 

「でもあいつなら魔法で……」

[――――ぺっ]

「ん?」

 

 それでもと、やけに落ち着いていた悟空には算段があったのだろう。 でも。

 

「これ、あいつが持ってたおもちゃの剣か?」

【……OH】

『レヴァンティン!?』

 

 怪物から降ってきたそれは、彼女の無防備を意味し。

 

「うお!? 急に暗く……なんかが落ちてきたんか?」

「し、シグナムの……」

「水着……」

「マズイな」

 

 三角ブラが悟空の突っかかりに引っかかると、彼の顔は真剣みを帯びていき。

 

「アイツ今、上半身素っ裸だぞ。 このままだと風邪ひいちまうなぁ」

「論点が違うよな!?」

「生きるか死ぬの問題!」

「早うせんとシグナムが大変なことに――」

 

 確実にずれたことを言い放つのであった。 ――しかも。

 

「悟空さん、例の瞬間移動で何とかしてくださいよ!」

「え? それなんだけどな」

「はい?」

「あのデカいのの気が邪魔して、シグナムの気が追えなくてさ。 瞬間移動できねぇ」

『……はは』

 

 凍りついた笑顔をくれる事実をひとつ。 最悪を重ねたような展開に、この世の不幸を一身に受けた覚えはないと、黄色い雲の上で座っている少女は目をまわす。 うねりを上げる不幸の連鎖に、かくも悟空ですら苦笑いを禁じえず。

 

「しかたねぇな」

[――――]

「なぁ! オラと少しだけ遊ぼうぜーー!」

[――――!]

 

 彼と一つ、勝負を講じることとなったのです。

 

「いまお前と遊んでた奴、オラの仲間なんだ。 だから返してほしくってよ」

[――――すん]

「え? やだ? ……それは困るぞ。 あいつだって明日の朝、クソと一緒に出てくるのは嫌だろうし」

「恐竜と会話しとる」

「常識はずれめ」

「というより、どうしてこんなに呑気な会話が成立するんでしょう……?」

 

 それでもと、どうしてかイヤイヤをする海龍を前に、悟空は少しだけ眉を寄せると全身で気をコントロールする。 舞空術を発動する手順のそれに、彼はゆっくりと身体を浮かせていく。

 

「ほら、さっきみたいに口開けて」

[――――ぁあ]

「おぉしいい仔だ、さってと、そんじゃあ行ってくっかな? かあー! おめぇ息くせぇぞ……」

「ご、悟空さんも……」

「飲みこまれてもうた……」

 

 静かにあけさせた口の中に潜航していく彼。 どことなく遊園地のアトラクション張りのリアクションに皆が凍り付く中、それでも彼は進むのをやめない。 そこから、数分の体内冒険が始まるのであった。

 

「バカンス……どうなるんや?」

「わかんねぇ」

「がう」

 

 数人の見物人を置いて行きながら。

 

 

PM2時半 海龍の体内。

 

 うねる臓物、漂う腐敗臭。 鮮血とも言える色の食物壁。 その中に置いて、彼は、孫悟空は一人歩いていた。 ここまで来たけどどうするか、考えがなかったわけではないのだが。

 

「こう暗くちゃなんもさがせねぇな」

 

 気で探せない現状、彼女を探す方法はやはり手さぐりしかないと、困り果てていたのでありました。 その中で、明かりが欲しいと思うのは当然の事、故に悟空は周りを見渡して……

 

「……ねぇな」

 

 あきらめ。

 

「――――ふっ!」

 

 周りを、金色に照らし出すのであった。

 

「おぉ、明るい明るい。 やっぱり思った通りだ、超サイヤ人が明かり代わりになったな」

 

 逆立つ髪、エメラルドに染まる瞳。 彼が変異したのは本当に一瞬である。 迷いがないそれは、面倒だからと切り捨てた考えからか。 悟空は若干膨れた筋肉のまま、シグナムの捜索を開始するのである。

 

「どこまで飲まれやがった……あんまり下手なところに行かれるとオレでもお手上げだ」

 

 鋭い目で周囲を睨み、そのまま――

 

「シグナム! どこ行きやがった!! 生きてるんなら返事ぐらいしろッ!」

「…………」

「ちっ」

 

 流し目となる碧の光り。 それでもと、仕方がないと呟いた彼は歩いていく。 周りを見るだけの捜索は、かなり難航を極めようとしていた。

 

「どこだー」

「……」

「どこ行きやがったーー」

「…………」

 

 見つからないピンクの彼女に、少し苛立つ姿を見せる悟空はやはり超化の影響で若干ながら精神にも影響を与えているのだろうか。

 魅せたこともない貌をするとそのまま、彼は精神を集中していく。

 

「周りにある龍の気とは違う、寝ている間でもある程度漏れてくるアイツの魔力を探せれば……」

「…………」

 

 目をつむり、周囲を漂う彼女の気と魔力、双方を肌で感じようと息を吸う悟空。 吐き出して、吸って、繰り返されるそれは次第に鋭さを増していく。

 

「……………ッ」

「これは……シグナムともう一つ、不思議な気がある。 どういうことだ?」

 

 ついに見つけ出した彼女。 それでも、何やら奇妙だと感じる自分の肌を、そっとなでると彼はまたも歩き出す。 そこから40メートル少々、着いたところには……

 

「こんなところまで……」

「う、うぅ」

「よかった。 気を失ってはいるが、別段命にかかわる怪我はねぇみてぇだ……む?」

 

 抱き上げようとする悟空。 ほとんど裸の彼女に対しなんら遠慮が無いのはひとえに種族としての血の弊害か。 それよりも何よりも、悟空が見つけたもう一つの探し物……そう、彼が最近探すのを再開したとある秘宝……それは。

 

七星球(チーシンチュウ)……なのか?」

 

 龍球(ドラゴンボール)のほかに、いったい何に見えたのだろうか? 一番最後の数字である七ツ星は薄く光ると急速に輝きをなくす。 その点滅が意味するのは謎なのだが、悟空はそれでも思案気に眉をひそめ。

 

「そうか、コイツに食われてたんだな? まったく、口癖の悪いヤツだ……」

「……ん」

 

 同時、横たわるシグナムを抱え上げ、垂れる頭部を揺らしながら彼は小さく息を吹く。

 

「ふぅ、やれやれなんとか見つかった、と言ったところか」

「うぅ」

「早くシャマルに見てもらうのがいいか。 特に悪そうなところは見つからないが」

「……」

「ふっ、人の苦労も知らずに気持ちよさそうに寝やがって……さて、ここから出なくてはな」

 

 口調も何もかもが別人のような彼、こんな姿を皆が見たらどう思うのか、知りたいとは思うところなのだが。 彼がそうしようとしない限りそれは無理、悟空は精神集中を行うと、片目開けて柔く笑う。

 

「おめぇたちには……いつか、教えてやるからな」

「……」

「だから、いまはこのまま良い子に寝ててくれよ。 ……シグナム」

「…………」

「ふぅ……――――」

 

 つぶやいた独り言を受け取るものがいない中、彼は深呼吸をひとつ。 雰囲気全体が穏やかさを取り戻すと、即座にこの場から消えていくのであった。

 

 

「おいどうすんだよ、ゴクウたち出てこねえぞ」

「どうするって言っても……」

「……ごくう」

 

 そのころ、海龍がお空とニラメッコしている真っ只中で、八神の面々は不安に押し潰れそうになっていた。 龍が漏らした切なげな声は、まるで消えてしまった友を思い出す老人のように儚く、深い。

 それに気づけるわけもない、人語以外を理解できないモノたちは海龍の腹を見るだけ。 助けには行けるのだろうが……

 

「自分から進んで腹に収められるのは……」

「いやよねぇ」

「がうがう」

 

 場所が場所なだけに、戸惑う彼女たちの反応は当然であっただろう。 それでも、心配でたまらないのは変わりなく、気付けば、時間はもう1時間は経過していた。

 

「ゴクウ……」

「―――……呼んだか?」

『!!?』

「ほい、ちゃんと助けてきたからな。 オラ、ちぃとむこうに行ってくるから、看病とかそういうの任せた」

「お、え? あ、ゴクウ! おい!」

「……いっちゃった」

「…………がう」

「え? ザフィーラもいくん?」

「ぅ」

 

 またも始まる彼のリズム。 砂浜に持っていた女体を転がすと踵を返して歩き去っていく。 それを、まるでコーラ飲んでゲップした犬のような返事で追いかけるザフィーラも、同様に消えていく。

 何とも、珍しい面子で歩き去っていく二人を見て。

 

「どうしたんやろ」

「あまり見ないメンバーだよな」

「男同士、話したいことでもあるんじゃないかしら?」

 

 などと、介抱がてらに話に花を咲かせつつある女性陣であったとさ。

 

 

 男達の場――

 

「ふんふーん」

「……」

 

 手にかけるはパンツ。 引き下ろすは自身の手。 何を言うかと思うことなかれ。 悟空はいま、いつもの道着に着替えようと、女性陣に気を使って場所を移していたのだ。

 

「なーにーがおーきーてーもー」

「……」

「ユーノはー」

「……」

「ばーんめしくえーなーい」

「…………なんという歌を歌うんだコイツは」

 

 その歌詞に、若干の同情の念を送るのは内緒。 名は知っているが顔を知らぬものに、ささやかな言の葉を送ると……

 

「で?」

「……」

「オラになんか話があんだろ?」

「主もそうだが、おまえにも隠し事はそれほどできそうにはないな」

「そんなことねぇさ」

「フン」

 

 鋭い目で、下半分だけ山吹色に染まっている悟空を見つめ、見上げる。

 

「おい、……“悟空”」

「え?」

 

 静まる空気を、殺すかのような切り裂く音。 裂かれたのは空間で、訪れるのは真空を満たすようにあふれかえる空気の波。

 何があった……? などと、混乱する者はこの場にいない。 当然だ、今この場には守護するものと――

 

「……」

「…………随分といきなりだな」

 

 生まれながらに奪う側だった男しかいないのだから。

 

「なぜ」

「?」

 

 褐色の肌、以前悟空と対峙したサイヤ人ほどではないその色を持つ男は、静かに問う。 この、いまや宇宙最強を名乗れる青年に対して……拳を向けながら。

 

「なぜ今のを避けなかった」

「そいつは……」

 

 更なる問いかけ。 それを例えるならば、情けを掛けられた武士のような声だったろうか。 いいや、この場合は例えでもなんでもなく、もしかしたらその通りであるかもしれないが。

 何しろ答えなど。

 

「おめぇから殺気を感じなかったからだ」

「……」

「必ず止めるとわかっていた、目を見ればわかる」

「は……はは。 全てお見通しというわけか」

「まぁな」

 

 ある意味で予想通りのモノしか返ってこないのだから。

 

「突然すまなかったな」

「謝るんならパンチを引いてからにしてくれ。 着替えをしようにもコレじゃできねぇぞ?」

「あ、あぁ」

 

 その姿を人の身に変えていたザフィーラの、鋼鉄よりも固い拳を引かせること2分。 青い帯を結び終える悟空は、気付けば自身と同じ背になった彼を見ると。

 

「ん……ああッ、ザフィーラ! おめぇも“へんしん”できたんか!!」

「……いまさら何を」

「で、でもよ。 まぁ、いっか」

「いいのか……」

「ああ、いいさ」

 

 驚きを帯びながら、それでいて冷静に対処していくのである。

 

「そんで? どうして今みたいなことやったんだ、おめぇらしくない」

「いろいろと相談事があってな。 それに合わせてお前という男を知りたくなった」

「へぇ……それで結果は?」

「満点だ」

「はは、そいつはうれしいぞ」

 

 鞘に納めた剣のごとく、直立姿勢になるザフィーラの言葉に、笑って答える悟空は遠慮なしに面白いと声を出していた。 その顔を、裏も表もない雰囲気を感じ取るザフィーラはここで、ついに腹を決める。

 

「……すべてを語ることは出来ないが」

「……」

「不安なんだ」

「ふあん? どうした、ホントにおめぇらしくねぇぞ」

「俺でもそう思う。 だが、最近妙に引っ掛かりを感じるんだ……なにか、本当に重大なナニカを忘れているんじゃないかと」

「……」

 

 悟空、2度目の沈黙。 どうにも反らしがちなザフィーラの視線、それに、そう、それに心当たりがある悟空は思い出す。

 

「それはもしかして……」

「?」

「おめぇたちの周りをうろついてる、変な奴らと関係あんのか?」

「――!?」

 

 それは、ザフィーラにとっては思いもかけなかったのであろう。 身を強張らせ、引きつるように悟空に迫る。

 

「何のことだ! まさか……何者かが我らを探っているとでもいうのか!!」

「お、落ち着けよ。 ……んまぁ、気は大したことはねぇけど、感じからしておそらく」

「なんだ」

「アイツ等、人間じゃねぇぞ」

「!?」

 

 迫る力が倍になる。

 

「いったいどれくらいの人数なんだ!」

「ざっと数えても2つぐらいか? 感じるだけで姿をみねぇところを見ると、たぶんおめぇ見てぇに使い魔ってやつなのかもしれねぇ。 感じも似てたし」

「なるほど……ちなみに俺は守護獣だ、使い魔ではない」

「え? あ、あぁ、そうか」

 

 思ったよりも少なくて、悟空のあまりにも落ち着いた態度から、彼の気勢は収まりを見る。 悟空の言う、“大したことない”というレベルがいかほどのものはさておき。

 

「おめぇがそこまで驚くってことは、今のは誰にもわかってねぇってことだな?」

「あぁ、恥ずかしながらな。 良く分かったなと逆に聞きたいぐらいだ」

「へへ、“オラたち”から居場所を隠したかったら星の外に逃げるか、とんでもなく気を弱くする程度しなくちゃダメって事さ」

「……なんと恐ろしい奴め」

「まぁな」

 

 その悟空自身の強さとスケールの壮大さに、思わず後頭部に汗を浮かばせるザフィーラである。 気づけば霧散していた心の霧は、それ以上の驚愕が彼を襲っていたから。 それに気づかず、己を責めようかと苦悶を浮かべる刹那。

 

「おめぇたち、だらしがねんだからよ? ちゃあんと気付かねぇとダメだぞ」

「うぅ」

「オラなんか最初に会った時から気付いてたんだぞ?」

「……そうか、だから最初にあんなこと」

「もう少し、別方向に気を使わねぇとダメだ。 じゃねぇといつか、オラみたいな変わりモンに『足元がお留守だ』なんて言われて転ばされちまうからな?」

「肝に銘じておこう」

「おう」

 

 狼だけにな――などと茶々を入れることもなく、悟空の会話はそろそろ幕切れになりそうだ。 伝えることは言った。 足りないことは前にシグナムに言ったはずだ。 だから悟空はこれ以上聞かないし言わない。

 いま、自分が反らしてしまった会話が、後々の遺恨となることもわからないままに。

 

 

 

「……む?」

「あ、シグナム!」

「やっと目が覚めた。 よかったぁ」

「う、うむぅ……?」

 

 そう。

 

「なぁ、お前たち」

「なんだよ? お約束なら聞きたくねえからよせよ?」

「そんなものは知らん。 そうではなくて」

「?」

 

 たとえこの先。

 

「孫以外に知らない男がいた気がしたのだが……」

「はぁ? そんな奴いるわけないだろ? あたまでも打ったのかよ」

「え? あぁ。 もしかしたらそうかもしれん」

『……?』

「なんだったのだろう……あの不思議な雰囲気の男は……」

 

 悟空が言わなかったことすべてが、マイナスに転がろうとも。

 物語は、今までの幸福をかなぐり捨てるかのように進もうとしていたのだから。

 

「強く、冷たい目をしたあの者は……いったい」

 

 

 ついに6の月が終わってしまう。

“そのとき”は、まだ訪れない。

 

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「あの! 悟空くん!!」

悟空「ダメだ」

フェイト「お願い!!」

悟空「駄目ったらだめだ」

なのは&フェイト「……うぐ」

悟空「そんな泣きそうな顔しても、ダメなもんはダメだ」

二人「なんで!」

悟空「……そりゃオラだって知りてぇぞ」

なのは「?」

悟空「詳しくはまた今度な。 そんじゃ次回!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第40話」

悟空「元凶の装置と、魔導師たちの弟子入り」

なのは「ユーノくんには教えてるくせに!」

悟空「あれはそういうのじゃねぇだろ? それにオラがガキの頃からの話なんか持ち出すなよ」

フェイト「悟空の頑固!」

悟空「頑固なのはどっちの方だよ……まいったなぁ」

リンディ「これは……」

プレシア「困ったものねぇ……頑張りなさい」

悟空「仕方ねぇ、どうすっかはまた今度だ。 んじゃな!」
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