魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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弟子を取るって難しい。
見られる、真似られる、尊敬される。
それらすべてにこたえられる器があって初めて、師匠と呼ばれると考えると、よほどのできた人間じゃないとできないんじゃ……

そんなこんなでりりごくも40話。
悟空が彼女たちに教えられること、それはいったい……では!


第40話 元凶の装置と魔導師たちの弟子入り志願!

紫電轟くとある一室。 ついたり消えたり、繰り返される雷鳴は誰のモノ? こう言われている時点で、これが天然自然のモノではないと言っているも同然なのだが、そう問わずには言えない程に、この雷には意思というのが介在していたのであった。

 

「……ふふ」

 

 そのなかで漏らすのは狂気から漏れたすすりワライ。 良いぞイイゾと高揚感すら手に取れるそれは、気味が悪いを通り越して不吉と言われる領域に突っ込んでいた。 雷がまたもなる。 大空から落ちるそれは、まるでいま生まれたばかりの完成品に祝福の惨事を詠うかのように世界へ響いていく。

 

「でけた……」

 

 そう、彼女は、ついに作り上げてしまったのである。

 

「ふふ……ふふふ」

 

 唸る声はまるで呪言。 それが度を越したとき。

 

「あはははははははは!!」

 

 彼女の壊れ具合は、天にも昇る歓声と共に、まさに有頂天を極めていく。

 

「いいわ、いいわよ! まさか私が今まで開発していたモノが根本から違ったのは驚きだけど、えぇえぇどうしてこうも見方を変えるだけですんなり道が出来てしまうのかしら。 これだからこの道は止められない、難問であればあるほど気付いてしまった答えを理解した時の興奮が絶頂になっていく。 この気持ちだけは何モノにも代えがたいはええ本当に恐ろしいくらいに自分の才能が恐ろしい。 よもやあのドラゴンボールの識別方法がわずかに放射されていた特殊な磁気にあるだなんて誰が思うモノですか、こんな摩訶不思議なものが魔法的ではなく純科学で解決できてしまうあたりさすが孫くんの住んでいた世界の産物と形容できましょうかえぇ、きっとそう言ってもいいはずだわ間違いないわね。 あーあーこの胸の高まり、弾みそうな思いの丈をどうやって沈めればいいのかしら……フェイト、フェイトおおーーもしもあの子が近くにいたなら抱きしめていたところだわ。 抱きしめたいわああフェイトおおおおお」

 

 見るんじゃなかった……汚いモノにはふたをしよう。 きっと、この事態を恐れていたどこぞの年老いた世界の神様もおっしゃっているはずなのだから。

 

[どうしますか、――――さま]

[しらん。 あとは“あやつ”がなんとかするのに賭けるしかなかろう。 それに、あんなクソばばぁにちょっかい出しとおない]

[……そんなぁ……また繰り返しでもされたらそれこそおしまいですよ!?]

[そんときは……そんときじゃ]

[えぇ!?]

 

 …………筈なのだから?

 

 

 

 

 

 AM?? ――???

 

 そこは、いつまでも暗闇が支配する不吉な場所であった。 掃えども掃えども、消えることが無い気味の悪さは、まるでこれを見ているモノの魂ですら汚すかのようにおぞましいモノを見せつけていく。

 

―――――8倍界王拳のぉぉおおおお!! かめはめ波だあああ!!

 

 見るも無残な身体で、それでもと戦い続ける男が見えてしまう。 もう駄目だと、あきらめることすらしないそれは立派の一言。 なのに、それでもその姿が怖いのはなぜ?

 

――――よくも……よくも。

 

 そして聞こえてくる怨嗟の声は、地獄の底へと引きずられてしまう感覚御を、夢の主に与えていく。 こんなに、これほどまでに辛い感情を内に芽生えさせたのに、それでも彼は戦うことをやめず、失意を祓い絶望を打ち崩そうと足掻き、もがく。

 

「なんで?」

 

 答えは知っているのに、それでも聞かずにはいられない。 もう、今まで何度も見てきたこの映像。 知らないはずのものまで入り込んでいるのは、きっと彼の中にある“いし”が見せているのだと、自己回答を出したのは2か月も前の事。

 

「……どうして、あの子だけ」

 

 それは様々な意味だった。 傷つくのも、耐えるのも、先を行くのも、いつだって目の前に映る彼であって。 それに追いつくどころか、同じ道に立つことさえ赦されないのは辛いの一言。

 追いかけたい、でも、何をすべきかわからない。 少しでもあの子の負担を、傷を減らせればと思う少女の志はいつだって立派なのだ……でも。

 

――――邪魔しねぇでくれ、いいとこなんだ!!

 

 いつか言われたその言葉が、小さなその子の胸を縛り付けているのでありました。 何気ないそれは、今に思えば本当に我が儘な発言であった。 なのに、今の立場で言われると、どこまでも傷ついてしまいそうで……正直、何度心を折られそうになったかは数えるのも億劫だ。

 

「わたし、邪魔なのかな」

 

 其の一言を呟いた彼女は、そのまま意識を手放していく。 忘れよう、次目が覚めたらいつも通りだと、なだめるかのように言い聞かせて。

 

 

 

AM9時 海鳴、悟空の修行場。

 

 世界の果てで、魔女が禁断の果実を作り上げた後のころ。 孫悟空は、昔に発生した密林の中、ひとり黄金の姿で手足を振り回していた。

 

「多重――残像拳!!」

 

 重ねられた姿は、幻のように増えていく。 蜃気楼のようについたり消えたり、見るモノを幻惑するそれは、気付けば周りに20と広がっていた。

 

「ふっ――」

 

 その中から飛び出す影がひとつ。 空目がけて一直線に上がる金色の柱は、先頭に人影が見える移動痕。 流れ星みたいに駆け上がると、今度は急に降ってくる。

 

「はあ! だりゃあ!!」

 

 地上すれすれで身をよじり、林を抜け、このあいだ作られた荒野へたどり着くと、そのまま拳を乱打する。

 

「はぁぁ……」

 

 構え、唸り、轟かせると。

 

「はあああああああ――――!!」

 

 両腕を全開に広げ、周囲を塵芥の世界へと堕していく。

 

「…………ふぅ」

 

 巻き上がる粉塵。 吹き飛んでいく少女達。 同時、彼の頭髪が黒に染まると、荒々しい雰囲気は急速に霧散していく。 孫悟空は、いつもの姿に戻っていた。

 

「ダメだな……ん?」

 

 そこで出たのは納得成らないという苦悶の表情。 なにが? どうして? 見ていた者全員が言うであろう今の武踊は、それだけで絢爛豪華だったと思ったのに。 しかしそれでも首を横にしか降らない彼は、後ろから生えている尾を揺らすと、表情一変。 片手をあげて迎え入れる。

 

「おっす!」

「あら、気付いていたのね」

「こんにちは」

「お? プレシア、リンディ!」

 

 その顔は、常人からすれば久方ぶりのモノであったろうか。 見目麗しき年上二人に、眉だけ上げた悟空は声を出す。

 

「えっと? 1週間ぶりだったっけか?」

『もう、1か月は過ぎたわよ』

「え? お、もうそんなに経つんかぁ。 時間が過ぎるのは早いな」

「……はぁ」

「まったく」

 

 あきれ返る二人。 奇妙な沈黙が流れる中、片手を頬に持っていったリンディが静かに喉を鳴らす。

 

「そういえば悟空君」

「どした?」

「フェイトさん、こちらに来ていないかしら」

「フェイト? あいつがどうしたんだよ」

「あの子、学校から帰ってきたと思ったら突然どこかへ行ってしまって」

「まるで不正が見つかった時のプレシアさんのような走り方だったものだから。 ……つい」

「……よくわかんねぇけど、いろいろあったのはわかった。 だからよ?」

『…………っ!!』

「ケンカすんのはやめろよな、面倒だから」

『善処するわ!』

「だったら魔力を飛ばしあうのは止めろって……」

 

 先制はリンディ、カウンターはプレシア。 主婦二人がドッグファイトを繰り広げようかというところ、悟空はおもむろに……

 

「あ、しまった」

「え?」

「どうしたの?」

 

 口を開けて、若干ながら汗さえも吹き出す彼の絵。 そこはかとなく焦っていると、分らせるには十分なその姿はあまり見ない貴重なもの。 しかしどうしてか落ち着いている彼を見て、それでも不安が押し寄せる女性陣はわかっているのであろう。

 

「さっきまで二人がいたかもしんねぇ」

「なんですって?」

「しかも、さっきの修行中に吹き飛ばしたぞ……どうすっかなぁ」

「――すぐに拾ってきなさい」

「お、おう」

 

 言われるがまま、流されるがまま、額に手を持っていった彼は一瞬だけ身体がぶれて……――

 

「――……ただいま!」

「相変わらずの神業」

「尋常じゃない索敵能力……」

『あ……れ?』

 

 もどった姿には、やはり手荷物が二つ抱えられていた。 金と栗、長髪と短髪に見えるそれらを担いで佇む青年は、しかしクスリともしない。

 

「おめぇたち」

「え?」

「ど、どうしたのでしょう……か?」

 

 そっと言い、かけ与える声は酷く落ち着いていた。 別に、心を乱されるようなことはあったのだが、そんな彼とは正反対に彼女たちの心は大きく揺れる。 かき乱され、狂わされて。 仕舞いには豆板醤のように赤くなると、もう、少女たちは一言もしゃべらなくなり……

 

「どうした? おーい?」

「……あの」

「その……」

 

 喋らない。 喋りたくない訳ではないのだが、そこには当然として甘酸っぱさと切なさと、やるせなさが見事なまでに交差し、掛け合わさっていく……そして。

 

「はぁ……あなた、抱え方が悪いのよ」

「お?」

「ね、ねぇ、気付いてあげて?」

「へ?」

 

 まるでタバコを吹くかのような軽い仕草で言い渡すのは魔女。 補足するのは女提督。 各々遠い眼差しで、悟空の小脇で震えている少女達に視線を配ると、そろってため息ひとつ……零した空気は空へと霧散する。

 

「丸見えなのよ、娘のパンツが」

「あぁ、そういうことか。 ほれ、これでいいんだろ? さっさと降りてくれ」

『…………とうへんぼく』

「なぁにいってんだ? オラ、ちゃんと“しつれい”が無いようにしたろ?」

「うぅ」

「ばかぁ」

「……?」

 

 白と桃色が風景から去る中、悟空の山吹色だけが周囲の自然に溶け込んでいく。 こうでもない、ああでもない、呟いた声は誰のモノと、皆が聞くまいとする中で。

 

「あ、そう言えばおめぇたち、そろいもそろってこんな山奥まで何しに来たんだ?」

「あぁ……」

「えっと」

『……』

 

 どことなく聞いた彼に、それぞれ各々誰もが思い想いの顔をする。 困惑、警戒、焦り顔。顔には色々あるけれど、こうもばらけた表情を取るとは思っていなかった悟空は困ったのだろう。 ちょっとだけ髪を揺らすと、そのまま一緒に尾も揺らす。

 

「まぁ、言いたくなかったらいいんだけど――さて、修行の続きを……」

「まって!」

「悟空!」

「……?」

 

 それらと一緒に揺れたのは少女達の心。 今にも消え入りそうなのはまるでロウソクのよう。 それでも、どこか芯のある眼差しは悟空の歩を抑え込んでいた。

 

「どうした、さっきから変だぞ」

「あのね」

「……」

 

 うつむき加減の少女達はなにを言いたいのか。 分らないとしか言えない悟空はそのまま腕を組む。 軽く唸り、息を吐き、小さく空気を震わせる。 その動作わずかな時間ではあったが、なのはとフェイトからすれば数えるのも億劫な時間だったのであろう。

 額から汗がこぼれると、そのまま顎まで伝わって……足元で音を鳴らしていた。

 

「昨日、嫌な夢を見たの」

「ゆめ?」

「うん。 内容はよく覚えてないんだけど、なんだかとっても嫌だったのは覚えてる」

「わたしも。 それで学校でなのはと話していてわかったんだ」

「なにがわかったんだ?」

「うん……」

「あのね?」

 

 腕を組んだのは悟空。 彼は一生懸命に“自分達”を伝えようとする彼女達に目線を合わせて反らさない。 何を言おうとも受け止めてやるぜと、はた目から見てもわかる対応は保護者達に一時の安心を覚えさせていた。

 

「このまま、只自分達だけ幸せになっていいのかなって。 悟空に全部押し付けるようにしていいのかなって……思ったの」

「悟空くん、やりたいから修行するって言ってたけど。 だからってこのまま任せきりなんて言うのはイヤなんだよ!」

『だから!』

 

 だけど。

 

「わたしたちに……わたしたちを強くして!」

「もう、悟空の足手まといにならないくらいに――後ろばかり歩いていたくないの!!」

「そうか、おめぇたち……?」

 

 それでも。

 

「……」

「……」

「ん……」

 

 だからこそ。

 

「ダメだ」

『……え?』

 

 悟空は、彼女たちの一世一代の決心を足で払う。

 信じられない――口にしたのはどっちだったか。 聞こえない声で震わせた声帯は、無理な運動で若干の消耗を強いられていた……喉が、痛い。

 

「な……なんで!」

「どうして――ッ!」

 

 迫る彼女達。 引かない彼。 今なお、痛みを訴える喉を酷使する彼女達はそのまま悟空に掴みかかろうとして……

 

「どこ見てる――!」

「え?」

「……瞬間移動?」

「……はぁ」

 

 遠くの林で彼女たちにため息を吐くサイヤ人が独り居た。 それを見せつけられ、ついて出た悟空の技名を言うなのは。 しかし。

 

「今のはただ回り込んだだけだ。 超スピードの誤魔化しとでもいえばいい」

「技でもないの?」

「ただの、いどう……」

「あぁ。 そして――」

 

 彼は、冷たく言い放つのである。

 

「こんな程度が見切れないぐらいじゃ……いくら修行をつもうとしても時間の無駄だ」

 

 冷酷と、罵れるのならばそうしていただろう。 だが、それを言い返せる言葉がひとつもない。

 

「わかったろ。 “どんなに努力しても落ちこぼれがエリートに敵わない”ってヤツと一緒だ。 おめぇたちが、こっから先、オラが相手するような奴と対等に戦えるようになろうとするのは正直言って時間の無駄なんだ」

「ッ!」

「……そんな」

 

 さらに畳み掛ける悟空は、なんだか酷く冷たい。 彼らしくないと、思うはずのこの場面だが、それに気づける余裕がこの少女達にあるはずもなく……不意に顔を上げたなのはは彼を一直線に見据えていた。

 

「悟空くんの馬鹿!! 最低!! わたし達の気持ちも知らないで!!」

「……いこ、なのは」

「…………」

 

 吐き出される罵詈雑言。 それに意も介さないくらいに表情がそのままなのは孫悟空。 まるで目の前の者たちの気勢を、心意義を、思いを摘むかのような虚しい視線は、はるか遠くから見下すかのような目に見えた。

 そう、間違いなく少女達にはそのように見えてしまったのだ。

 

「……ぅぅ」

「…………バカ」

「……」

 

 そっと、逃げるように遠ざかっていく。 当然だ、憧れにも似た感覚を胸に、やってきたらこの仕打ち。 泣かないのが不思議なくらいに、いま、彼女達には大きな溝を作られてしまったのだ。 ……彼との間に。

 そんな、弱々しいまでにいたいけな彼女たちの背中を見送り、見えなくなってきた頃であろうか。

 

「…………あーあ」

「ごめんなさいね。 嫌な役を引き受けさせて」

「泣きそうな顔だったわ。 やりすぎじゃないかしら」

「かもな……はぁ」

 

 孫悟空は、前髪を垂らしながらうなだれていく。

 

「嫌だった?」

「そりゃな。 あいつら、オラからしたらガキん頃からの友達だし」

「……」

 

 参ったと、例えるなら約束していた休日の遊園地を前日キャンセルせざる得なくなったお父さんのよう。 どこかというより、完全にそう見えるのは既についてしまった歳の差がそうさせるのか。

 抱えたアタマをそのままに、悟空の胸の内が開幕する。

 

「あいつら、魔法を使ってるのもあっけど、あの年にしては見どころはあるからよ、鍛えてやりゃ結構いい線行くと思うんだ」

「やっぱりそう言うのね」

「強くなりてぇって言って来たときはうれしかったし、言う通りにしてやりたかったなぁ……そんで、強くなったら昔みてぇに闘ってみたかったかな」

「それが本音かしら? 実は世界の平和よりも重要なんでしょう」

「はは、まぁな」

 

 やっぱりと、後悔している彼は地面に視線をくれてやる。 切れの無い動きで歩きつつ、ブーツを鳴らした途端に動きを止める。 同時、またも吐き出される溜息は、先ほどまでのそれより深刻な空気を醸し出していた。

 

「……にしても、どうしてアイツ等鍛えてやっちゃいけねんだ、いきなり念話で止めてきやがってさ? オラそれがイマイチわかんねぇ。 良いじゃねぇかとんでもなく強くさせてやっても」

「……それはね」

「ん?」

 

 やはり彼は、彼女たちに甘い。 むかしなじみの大魔王が地獄から見ていたら、きっとこう言ったかもしれない。

 

「このあいだまで協力してもらってた件。 サイヤ人の立証と言えばいいのかしら? それに決着がついたのよ」

「あぁ。 あの無駄に話がなげぇおっちゃん達、やっと終わらせたんか。 3か月もかけて何話してんだろうな」

「それは知らないけど、でも、今回決まってしまったのは……悟空君、貴方にとってはおそらく最低の結果よ」

「……へぇ、どうなったんだ?」

 

 そんなことはつゆ知らず、いまだ異世界の不自由さを知らない彼は呑気。 落ち込み具合もほどほどに、リンディに問いを投げ返す。

 

「このあいだの事件……言わば“サイヤ人事変”と銘打たれたこれは一応“あった事”にされたわ」

「……?」

「けど、これを解決したのは……その……」

 

 思わず、目をそむけてしまった。

 くだらない結果。 来てほしくない通知。 いらない現実。 従いたくない命令に、それでも大人であり、“守るべきもの”があるが故の身動きの取れなさに、彼女は……彼女は――思わず下唇を噛んでいた。

 

「彼女達、リンディさんと御嬢さんたちの部隊」

「そして――くっ」

「お、おい?」

「サイヤ人は、あの事件に置いて全滅――もう、“この世界にはサイヤ人がいない”ことにされたわ」

 

 なってしまった事実は、聞くものが聞いたら憤慨レベルもいいところであろう。 それを証明するかのように、今日はあのオオカミが留守番を喰らっているのは今はどうでもいい話だろうか……

 視線ひとつで大暴れしようとした彼女に、どう話すかと悩むリンディの苦労もひとしお。 しかし……いや、やはりというべきか。

 

「へぇー でも、それがどうしたんだ?」

「えっと……」

 

 張本人はどこか、本当に他人事のように返してくる。 

 

「わからないわね。 あなた、地球育ちだと銘打っても結局はサイヤ人なのでしょ?」

「そりゃな。 それはそうだろうけど」

「……アイツ等、あの頭でっかちどもはこともあろうにあなたの存在までこのまま闇に葬ろうとしているの! サイヤ人はすべて管理局が『対処』した、そう言うことにしてね」

「このあいだの記録映像もすべて抹消、悟空君に関する資料はすべて取り上げられたわ」

「……そうか」

「なにも思わないの……!」

「ん……よくわかんねぇしなぁ」

「孫くん、貴方という子はどこまでお人よしなの……」

「そうでもねぇとおもうけど」

『そうでもあるわよ!!』

「お……おぉ」

 

 この流れであろうか。 悟空がとぼけて常識人たちの集中砲火を喰らう。 これによりプレシアのフラストレーションが静まりつつあるのだが、いかせん、にじみ出るように放たれる電流には、さしもの悟空も汗ひとつ飛ばしていた。

 

「でも、それとあいつらを鍛えちゃなんねぇってのがどう関係してるんだ?」

 

 次いで出た質問は確かなこと。 それはふたりも予想はしていたのだろう。 間髪もいれず、悟空を見ていたリンディは悲しげに言い放つ。 ――いくら自分たちが歓迎しても。

 

「悟空君。 とても残念ではあるけれど、今回を皮切りに管理局は益々魔法以外の戦力を否定してきているわ」

「というと?」

「あなたが使う【気】 これに脅威を抱いたのでしょうね。 デバイスも術式も呪文もなく、ノータイムで行われる高速戦闘の数々。 いざ呪文らしきものを口にすれば世界崩壊クラスの攻撃を……さすがに超サイヤ人は報告に入れていなかったけれど、それでも確実に相応の反応をしたはず」

「……?」

「つまり、貴方が怖いって事よ」

「オラが? ……オラなんもしてねぇだろうに」

「……」

 

 こちらの世界が彼を否定する。

 

「そうね。 悟空君の言う通りよ。 でも、それでも管理局は今までの常識を覆されるのは阻止して置きたい」

「その一心で今回のねつ造を行なった……あなたの作った傷を見ないふりまでして」

「だから、その……そんなあなたの技とかをあの子たちが使えると――」

「……そっか。 あいつらに良い目なんかしねぇモンな。 なるほどな」

 

 鬱屈な空気が間を流れていく。 それにはさすがの悟空も苦い顔をして、それでも彼は下を向かない。

 遠くから吹いた風が、彼の髪を撫でていく。 自由に闊歩するそれは、まるで悟空の生き様のように何物にも囚われない。 そう、彼は何物にも囚われないのだ。 だから……

 

「結局、4月にキョウヤが言ってた通りになったか」

「……そういえば」

「まぁ、なんだかんだでオラの答えもあんときとかわんねぇ。 たとえ無かったことにされてもオラはここにいるし、起きたことはそのままあいつらにプラスされる。 だからこれでいいんだ、きっと」

「でも……」

「……それにな」

「はい?」

 

 引くはリンディ、追うはプレシア。 会話もこれで終わりかと思いきや、ここで悟空は一拍置く。 それは迷い? それとも深呼吸? どうとも取れない間奏は、そのまま目の前の女性たちを不安にさせて……

 

「もしもここの奴らが出てけーー……って言ったとしたら、オラそのまま従うつもりだ」

「……なに言ってんのよ」

「いやな? 良く考えれば、もともとオラはここにいるはずのねェ人間だ」

「でも今はここにいるのよ悟空君――」

「それはそうだ。 でもな」

「でももカカシもあるもんですか! 孫くんはここにいて、こうやって話をしているの。 これで十分の筈」

 

 その予感が示す通り、悟空は気弱な発言をしていた。

 見たこともないほどに澄んだ顔をする彼は、まるでいままでとは別人のような博識さを醸し出す。 表情も、姿も何もかもが同じだったはずなのに、何がこう思わせるのかはわからないが。

 

「おもうんだ……もしかしたらあのターレスは、オラが居たからでてきたんじゃねぇかって」

「バカらしい」

「ホントよ」

「そうひと蹴りで返すなって……でもそうじゃねぇか? オラとターレスが居なかったら、案外、全部が全部うまくいってたかもしんねぇ、って」

『…………』

 

 悟空の言うことに、一理を見出さずにはいられないのは、今回の事件を何度も幾度も検証していたから。

 

「確かにおかしくなったのはあなたたち……むこうの地球に居る人物が絡んでからだけど……」

「けど」

「それに」

「……」

 

 区切る悟空の顔は涼しい。 どことなく笑っている風なのはそんなに気に留めていないから? 彼は、否定の声を上げようとしたリンディに向かうと昔を“思い出す”。

 

「むかし仲間のブルマに言われたことがあるんだ、このオラが悪いヤツを引きつれてるって」

「……」

「それ考えると、今回の騒ぎももしかしたら、オラが居たから無駄にでかくなったんじゃないかって思うんだ」

「…………」

「このまま、居なくなるのも手かもしれねぇ。 何となく、そうおもったんだ」

『…………』

 

 かつての戦いの合間。 三年後をと目指した彼に向けた仲間の一言。 そこから発展していく思考はどうにも後ろ向きで……悟空には似合わない。 そんなものはわかっている、だからこそ不意に思ってしまう。 リンディとプレシアは歯噛みするかのように黙ってしまう。 だけど。

 

「でも、実際問題あなたが居なければターレスの行動は止められなかったのも事実」

「えぇ。 それに居ようが居まいがアイツはこの世界に“来てしまった”のよ。 理由はわからないけれど……でも、それとこれとはあなたとは無縁なはず。 だからそんなヘンな話は言わないでちょうだい。 気が滅入るわ」

「……すまねぇな」

『ええ。 ほんとよ』

 

 口にした謝罪はどういう意味で? 聞くというよりは確認させる風な知性派ふたりは、分っていても質問をやめない。 タバコがあるなら吹かして、本があるなら音を立てて閉じる。 そのようなイメージがよぎる中、彼は只々、頭をかくことしかできなかったのである。

 

「にしても」

「え?」

 

 区切りをつけた会話。 次にあげるのは青年の顔。 ぐぬぬ、とプレシアに視線を配ると、意地が悪いと腕を組んで首を傾げてやる。 空気は、そっと軽くなろうとしていた。

 

「プレシア。 おめぇいきなり『罵声を上げなさい。 思いっきり涙目になるくらい――』なんて無理難題吹っかけてきやがってよ? あれでアイツ等が本気で落ち込んだらどうすんだ」

「あら、言ったのはあなたよ? 何もあそこまで言ってほしいなんて思わなかったモノ」

「プレシアさん、それはあんまりですよ……それにしても悟空君、良くもあんな挑発にも似たことを。 どこで覚えたの?」

「ん? ……あぁ、あれな」

 

 その軽い雰囲気で、今度は遠くを見つめる青年。 むかし昔を思い出す老人のようなまなざしは、どうしてだろう、かのプレシアでさえ『先人』を見るようなまなざしになっていた。

 

「前に言ったろ? ベジータっていうサイヤ人に言われた言葉なんだ」

「あの王子って言ってた?」

「あぁ、とっても嫌ぇな野郎だけど……」

「?」

「なんでかなぁ、どうしてか憎めないって思っちまうんだよな。 どうしてだろうな」

「はぁ……?」

 

 それは、彼が持て余していた感覚であろう。 そこに至るまでの経緯はいまだもたらされず、ただ、彼は今までの事しか知らないし覚えていない。 そう、あのプライドの塊がまさか――――

 

 遠い目をしたままの悟空に、プレシアは空気を換えるべく喉を鳴らす。

 

「そういえば孫くん」

「お? おぉ!」

「え?」

 

 そこに驚きの声を上げるのは悟空。 突然に、唐突に。 どうしたことかと困った顔をするのは艦長さん。 彼女が知らないのは無理もない。 だってプレシアが悟空に突き出している『機械』の意味など判りもしないのだから。

 

「お、おめぇコレ!」

「ふふふ……そうよ、私はその顔が見たかったの――あなたが驚天動地にスっ転ぶその顔」

「悪どいにもほどがあるので、その顔は止めましょうね? プレシアさん」

「うふふふ――」

「えっと……」

 

 笑い声がとまらない。 イタズラに成功した幼子のように微笑むプレシアに、いまだ状況が読めないリンディは結った髪を小さく揺らす。 何事? 何が起こったの。 声にならない質問が駆け巡る中。

 

「出来たんか!!」

「えぇ」

「…………………ドラゴンレーダー!!」

「えぇえぇ……うふふ」

「…………?」

 

 それを受け取る悟空は久方ぶりに触ってみる。

 丸い懐中時計のような形状。 手のひら大の大きさ、たった一つあるボタン。 大体言っておいた通りの出来に、思わずその性能を試そうと。

 

「お、ここに2個。 一星球と三星球か、あとはなのはの家に置いてきた四星球と七星球。 はは、ホントにできてらぁ!」

 

 いつも通りにボタンを押してやる悟空。 鳴らされるカチリという音に、興奮を隠しきれない彼は表示される表記を唱えてやる。 ……お見事。 そう、彼女に伝えるかのように。

 

「当然よ、この私を誰だと思っているの? 稀代の大魔導師――プレシア・テスタロッサなのよ」

「で? どこまで再現できたんだ」

「…………聞いた性能の五割。 なんとか国一つ分カバーできればいい位」

「……それってとてつもない範囲じゃ……」

 

 すごいのかそうじゃないのか。 あまりにも高い技術力に汗かくリンディはそそくさとツッコミを入れる。

 それを流した彼ら彼女たちは、そのまま真剣な顔してこの話の……

 

「まぁ、さっきは出ていくって言ったけど、それはともかくまずはプレシアの病気を何とかしねぇとな。 話しはそっからだ」

『えぇ』

 

 取りあえずの決着をつけ、笑いあう。 その間にも遠い異郷で深い溜息とこれからの危惧が行われているとも知らない彼等は、今日の話し合いを終えていく。 無理に考えず、ただ、これが正しいと信じて疑わず。

 それがただの問題の先送りだとは思いもよらないで。

 

 

 翌日 AM8時……に、なるまで。

 

朝の日差しが道路を照り返す。 心地よいそれは空気を透り、晴れやかな道を作るに至る。 その中で青いブーツを鳴らすものが独り、今降り注ぐ陽気と同じ雰囲気を周りに張り巡らせていく。

 今日も、いい天気だ。

 

「……」

「じぃ~~」

 

 悟空の背中が……かゆい。

 

「おいっちにぃさんしぃ」

「じぃ~~」

「ん……」

 

 突き刺さる視線を感じた時、彼は後ろを振り向いた。

 

「…………」

「あり?」

 

 けど、いない。

 

「じぃ~~」

「……んん?」

 

 それでも感じる謎の視線。 突き刺さるかのようなそれは悟空に取って不自然の塊であった。 でも。

 

「おめぇたち、幾ら追いかけてもダメなもんはダメだからな」

「うぐぅ!?」

「に、逃げよ!」

「うん!」

『わっせわっせ』

 

 彼に対してかくれんぼを敢行する彼女たちの滑稽さは見ていて痛々しい。 そう言わんばかりの指摘の声に、脱兎のごとく逃げ出す子ネコが2匹。 ……件の彼女たちは隠れていた電信柱から遠い余所へ散って行く。

 

「まったくあいつらとき――」

『じぃ』

「……いい加減にしてくれよ……はぁ」

 

 ……3本離れた電信柱から見守っている。

 灰色の柱から覗くアタマの色は栗と金。 ナマモノのように揺らされるツインテール4本は見ていて悩ましい気持ちにさせてくる。

 

「まぁ……いいけどよ」

『じぃ~~~~』

 

 ハイライトの無い目が彼を射す。 その刺激の無い攻撃に背筋を張ると、思わず怖気が全身を走る。

 

「いや、やっぱ困った。 こりゃあホントに困ったぞ」

「むぅ」

「うむむ」

「……ん~~」

 

 不意に上げるのは右腕。 それを空回りさせると同時に肩をまわす。

 

「……よし。 逃げるか」

「あ!」

「いない?!」

 

 そうしてかくれんぼは鬼ごっこへと相成っていく。

 

「手加減しておくか……」

『え?』

「筋斗雲――ッ!!」

『それってホントに加減なの!!?』

「はは! 追いつけれんなら追いついてみろ――」

『まてーー』

 

 マッハ超えを容易いとする雲に乗る青年に非難の声多数。

 

「レイジングハート!」

【Is it earnest? (本気ですか?)】

「バルディッシュ!」

【Please become calm!! (冷静になってください!!)】

 

 その声にすら上がる非難が含まれると事態は既に手に負えなくなる。 輝く少女達、お色直しにて戦闘態勢となった乙女が今、世界最速へと挑み翔ける――!!

 

 結果。

 

「あぁもう、見失ったーー!!」

「どこにもいない……5分と持たないなんて」

 

 もういない彼の後を、追うこともできない少女達がそこにいる。 遠い彼方へ消えていく青年に追いつくこともできない。 “手加減”といった彼の言葉がジワジワと耳に木霊し、ぬかるんだ地面のような気色の悪さが彼女たちの心に這いよってくるようで。

 ……言い知れぬ不安に、足元をすくわれかける。

 

「なのは、ここは手分けして探そう」

「え? う、うん」

「わたしは海の方。 なのはは一旦家に……」

「あ、犯人は現場に――ってヤツだね」

「うん」

 

 それでも、あきらめが悪いのが彼女たちのいいところ?

 誰かさん譲りの踏ん張りは、その実彼女達が本来持つ性根の発展型とも言えるのだろうが……それがこうも悟空を悩ませるとはだれも思いはしなかったのである。

 

 そうして、ときは一刻と過ぎていく。

 

AM 11時 高町家

 

「悟空くん、ここにいたんだ」

「どうした? いきなり」

「その……」

「修業はつけてやれねぇからな」

「わかってるよ。 それはもういいの、ホントだよ?」

「ん……そっか」

 

 その声は唐突だった。 昼前、最後のストレッチを始める悟空の背中からかけられる小さな呼びかけはなのはのモノ。 両手を硬く握り、震わせていく様は親に怒られた後の子供のよう。

 

「それじゃあいったいどうした?」

「一晩、考えたんだ」

「……」

「悟空くんの事、もう、結構知ったつもりだから勝手に言うんだけど……あれって、本音じゃないんだよね?」

「…………さぁ」

「仮にそうだとしても、悟空くんのことだもん。 強くなりたいって言ったら、きっと笑って鍛えようとして来るはずだから。 四月で起こったあのときも、そうだったから」

「…………そういやそうだったな」

 

 ずっと追いかけてきたんだから。

 漏らした呟きは空気に霧散していく。

 冷たい雰囲気の中、短いツインテールを震わせた彼女はそのまま悟空へ視線をなげうつ。 嘘は、つかないでと言い渡すかのように。

 

「何かあったの?」

「え? ……あ、あぁ……どうだろうな」

「言えない事?」

「そうでもねぇけど……つまんねぇ話しだしな」

「ほんと?」

「ホントホント。 なのは達が気にするような事じゃないって……な?」

「……わかった。 でも――」

 

―――――身体がぶっ壊れちまっても構うもんか!!

 

「でも……」

 

―――――おめぇたち! ここから逃げろ!

 

「イヤなの……」

 

―――――そろって死にてぇのか!!

 

「もう嫌なの!!」

「――っ?」

 

 そうして彼女のこころは、張り裂けるギリギリまで緊張する。 響く声、それでも、家にいるモノは誰一人そこへ向かおうとはしない。 その中で少女と青年の話し合いは終わりを見せず激化する。

 

「ずっとずっと黙ってドンドン勝手に進んで、気が付いたら全部終わってて……それで悟空くんだけ傷ついて……ッ、それでも笑って!!」

「お、おい」

「だから力になりたかったの! もう、後ろばっかりついて行くの嫌だよ!」

「……けど、それは」

「わかってるよ! わかってるの。 でも! それでも一人に任せて自分達だけなんて……出来るわけないんだよ!!」

「なのは……」

「イヤなの…………」

 

 それは、一瞬の爆発だったかもしれない。 いままで、途方もないくらいに深く考えたなのはは、ある意味で心が限界だった。 罪滅ぼし? 力になりたい? 見つからない答えは、それだけでここから先へと向かうことを躊躇わせて惑わす。

 

「う、ぁぁう……うぅ」

「…………」

 

 もう、震えるのは髪だけではない。 肩も手も、次第には身体全体が臆病に震えながら嗚咽を漏らす少女が……どう映ったのだろうか。

 

「……辛いぞ?」

「え?」

 

 彼は、そっと上を見上げて後頭部に手を添える。

 心で思い浮かべるのは、真っ赤な顔して怒鳴りつける保護者達。 あぁ、これじゃあどっちの言うことを聞いても同じだと、あきらめ濃い顔を作ると2秒だけ間を置く。

 そして。

 

「修行だもんなぁ。 やっぱり、とてつもない位にしんどいぞ?」

「ごくう……くん?」

「なんだよ、やるんだろ? 修業」

「え? えぇ!? でも――」

「……やるのか、やらないのか」

「や、やる! やります!!」

「うっし! そんじゃ今すぐフェイト呼んで来い。 みっちりと基礎を叩き込んでやっからな」

「あ……うん!!」

「おぉし」

 

 花が咲いたように笑う彼女は颯爽と翔けだす。 零れ落ちた水滴の意味は既に変わり、大空へと舞い上がっていったなのはを見上げると一言。

 

「これでよかったと思うか?」

 

 “背後”に居る彼らへと呟いていたのは……悟空。

 

「僕はこういうのは嫌いじゃないよ」

「俺もだ」

「……わたしもかな?」

 

 軽い普段着にて、鉄よりも鋭い刃金を腰に差した三人組。 なのはは最後まで気づかず、悟空だけが最初から存在を確認できていたのは彼女達には言えない事。 だってそうであろう、もしもそれがわかっていたのなら……

 

「キミが、そうしたかったんだろう?」

「……まぁな」

「なら、それでいいじゃないか」

「すまねぇ」

「いいよ。 なにが在ったかは知らないけどね」

「……おう」

 

 彼が自分の意思で、今の選択をしたとは到底思えなくなってしまうから。

 

「お、そうだ。 ついでにキョウヤとミユキも鍛えてやろうか?」

「それはいい。 美由希はいわずもがな、恭也も最近キミに触発されてやる気が上がってるからねぇ」

「と、父さん!」

「でも、それもいいかもしれないのかな?」

「おい、美由希……それで死んでも俺はなんにも言えんぞ?」

「それもそっか」

「大丈夫、大丈夫。 もしも死んじまったら、閻魔のおっちゃんにオラの名前出せばきっと向こうでも修行つけてもらえるぞ?」

『なんかねぇ、スパルタ通り越して修羅道に突っ込んでませんか?』

「ははは!」

「それもそうか!」

 

 父親二人が豪勢に笑う中、悟空曰く発展途上のふたりが冷や汗をかく。 彼の修行というか苦行の数々は隣で見ていてお腹いっぱい。 吐き気を催すことすらあるそれに、オーダーストップの声を遠慮がちに打つのでありました。

 

「お、もうすぐなのはが帰って来るな」

「そうかい? それじゃあ僕たちはここで一回消えよう。 キミたちの邪魔をしないように、ね」

「そんなことねぇと思うんだけどな。 どうしても行くんか?」

「あぁ」

「そか……頑張れよ」

 

 父親同士の会話はここまで。 刀を腰に携えて、回れ右をした一家はここで全速前進。 彼らなりの修行をやってやろうと、今日も今日とてツルギを研鑽していくのであった。

 

「悟空……?」

「悟空くん?」

「……よっ!」

『…………?』

 

 その姿がうらやましいと感じた彼は、後ろからくる小さな頑張り屋たちに笑顔を向ける。 先ほどまでの意地が悪いとまで感じた雰囲気が無い彼に、若干の気おくれをしてしまうのはフェイト。 でも、それもやはり。

 

「そんじゃ、オラたちも頑張るぞ――おーー!!」

『は、はい!』

「……ちがうぞ? こういうときは『おー!』ってやんだ。 もう一回」

「……お、おーー」

「おー!」

「ちがうって。 ……おーーーー!! だ。 ほい、せーの」

『おおおおお―――!!』

 

 

 彼の前では、何ら意味のないアクションであるのはもはや言うまでもないだろう。 飲み込まれる警戒心と共に出された声は天を穿つ!! ここに、最強への道を行かんとする猛者が、新たなる一歩を踏み出そうとしていた。

 

 

 

…………数時間後。

 

「踏み込みが甘い!!」

「切り払われた!?」

「……剣も棒もないのに切り払いって……理不尽」

 

 彼女たちはいま、別次元の戦闘を目の当たりにしていた。

 フェイト&バルデッシュサイズフォームの特攻一発。 それを足だけで受け流す彼は、足刀にて彼女をなのはの方向へロングパス。 すかさず高速の切り替えで悟空が描く予想とはあさっての方向へのがれたフェイトは、持った杖を狙い撃ちの構えに持ち変える。

 

「サンダーレイジ!!」

「ふん!」

「ディバインバスター!」

「ふんッ!」

 

 左右に散ったなのはとフェイトの砲撃魔法。 クロスする軌跡にある悟空は右足での足刀ひとつ。 黄色い閃光が遠くへ消えていくと、今度は迫る桃色の輝きをカカト落としでかき消す。

 

「酷い! 戦力差があんまりだよ」

「悟空。 もう少し手を抜いてもらえると助かるんだけど……ついて行けなさすぎて参考にならない」

「なに言ってんだ? 手ならもう抜いてんだろ?」

「……?」

 

 悟空が、わけのわからないことを言っている。 ふたりのシンクロした思考、しかし、しかしだ。 彼は嘘はつかないイイヤ、ヘタクソなのだからとわかる御嬢さんたちはここで汗をかく。

 

「オラさっきから“手ぇ抜き”で相手してんだぞ? もう少し根性見せろ」

「……そ、そういう」

「ことですか……あ、はは」

 

 彼の常識外を改めて思い知るこの子達は、眼の前で“腕を組んだまま”なその人に息をのむ。 嗚呼、これがよく物語で聞く次元の違いというやつなのだと。 そこからは急ぎ足で在った。 残像拳に太陽拳、サービスで光らせた紅のフレアや……

 

「そら、さっきのお返しだ!」

「……はい?」

「かめはめ――――」

「ちょ! ちょっと!!」

「ウソだめ! ほんとにダメだってば!」

「波――ッ!!」

「いや~~ッ!!」

「もうやだぁーー!!」

 

 閃光の中に消えたりと大忙し。

 修業は大変だなと、改めて思い知らせる悟空の絵であった。

 

 ……けっして地獄絵図なんかではない――はずである。 きっと、まだ……

 

 

「よぉし。 次はスーパー……」

「ダメ!」

「ぜったい!!」

 

 本当の地獄はこれからだ!!

 悟空が超化の安売りをしようかという中、半分涙目で止める彼女たちは必死そのもの。 踏ん張りを効かせようとしていた彼の足元に、張り付きながら身体全体で止める姿は小動物のよう。

 その姿に、しかし悟空は無慈悲であった。

 

「はあ!!」

「ッ……」

「あは……うそ」

 

 その瞬間。 高町の家に居る桃子は、テレビから聞こえてくる地震速報の数値に驚いたそうな。

 

「はああああああああ!!」

「あ、わわわ」

「ご、悟空!?」

 

 増えるマグニチュード、地震観測のオフィス。 震源地はどこだ! 震源地は……どこなんだ!!

 叫ぶそれらの存在など知りもせず、声で世界を恐慌に落としていく悟空はそのまま気力を高めていく。

 

「ッ!!」

「悟空くん……マッチョさんになっちゃった」

「界王拳を使ったときみたいな形態変化……どうなっちゃったの? 悟空!」

「はあああああ!!」

 

 嵐のように風が吹き乱れ、周囲の地形を自分のモノへと変えていく。 気に食わないんだと言わんばかりに侵食していく彼の力。 それがピークを通り過ぎた頃であろうか。

 

「ぐあああああああ――だあああああッ!!」

「……」

「ほえ……」

 

 唸る筋肉は叫び声を途切れさせる。 もう、これ以上は上がらないのは力も同様。 今のピークを発現させた悟空の全身に、一瞬の蒼電が走ったように見えた時である、彼は冷たい声のままになのはたちを見下ろす。

 

「…………これが、今までの修行の成果だ」

「す、スーパーサイヤ人ってこんなこともできるの? もう、単純なパワーアップからはかけ離れてるんだけど」

「身体もさっきのよりも断然大きくなっちゃったし。 どうなっちゃってるの?」

「…………」

 

 凄みの増した超サイヤ人。 このあいだユーノに見せたそれよりも遥かに大きい変異に、思わずへたり込む魔導師二人。 寡黙さが増した悟空は自身の体を見るなり呼吸を整える。

 これでは……と、呟きながら。

 

「ど、どこか不満なの?」

「ん?」

 

 その表情に鋭く反応して見せたのはなのは。 彼女は疲れた身体を気にもしないで、おおきく筋肉を膨らませた彼のそばに……近寄れない。 それでも声だけかけて、それに答えてと首を傾げる。

 

「……いや、なんでもねぇさ」

「そうなの?」

「あぁ」

 

 いまだ確証の無い感覚を弄びながら、緑色の瞳を柔く揺らす。

 

「さぁて、ここからだな。 お前たちがあんまりにもだらしがねぇから、オレが合わせてやる」

『どういうことでしょうか……?』

「まぁ、見てろ」

 

 一気に吊り上げた眉。 片腕を引き絞り、腰を深く据えると――一気に叫び声を轟かせる。

 

「―――――――ッぜあああ!!」

「お、おおおお――ち、ちきゅうがーー」

「ちきゅうそのものがあ――!」

『悟空(くん)!!』

 

 自然破壊もいいところ。 周囲の地形をまたも変えていきながら、勝手に地面に陥没していく孫悟空。 金髪が更なる鋭さをもって輝くと、膨れ上がった筋肉の膨張そのままに、“いま出せる”フルパワーを振り絞っていく。 限界まで、己をさらけ出すように。

 

 そのまま、2分間の地球いじめが敢行されたとき。

 

「…………もう、限界か」

「え?」

「なにが?」

 

 吐き捨てた声をわざわざ拾うこの子たちはどこまで律儀なのだろうか。 そうこうしてる間に変わる景色は青色。 ジュエルシードと同じくするその色は、まるで消える前のロウソクのような輝き方で悟空に灯されると。

 

「……ふぃ~~もどっちまった」

「あ……れ?」

「悟空が……かわいい方になっちゃった」

 

 彼の身長はマイナス50センチほどアップする……?

 

「はは! やっぱりあの状態の超サイヤ人は無理があるみてぇだな。 ジュエルシードがスッカラカンだ」

「どういうこと?」

「なんで子どもモードになってるの!?」

「なんだ? こどももーどって」

「あ、え? その、何となく種類っていうか名称っていうか……その方が作戦がごにょごにょ…………」

「な、なんでもないよ、なんでも。 でも、いきなりどうしちゃったの? なんだかわかってやった感じだったけど」

「ん? それはな」

 

 自分達よりも子供し始めた悟空におめめぱちくり。 疑問符の嵐を解き放たんとする彼女たちに、悟空は尻尾を振ってあたりを見渡し……人差し指立てて左右に振る。

 

「ヒミツだ」

「ええ~~」

「どうして?」

「なんでもだ。 さて、これでタッパもそろったろ?」

「あ」

「そういえば」

 

 小さなお手てを盛大に振り上げると、その衝撃で天が……鳴かない。

 

「パワーも断然落ちて、スピードも今のフェイトより下でなのはよりも上。 大体でアルフとどっこい。 こんくれぇならさっきみてぇにはなんねえハズだ」

「……とんでもない手加減」

「でもその姿になると瞬間移動が……そうするとリンディさんたちが困るんじゃ」

「え? あ、あぁ、それな、もういいんだ」

「……?」

「それよか早くやんぞ! よーいどん!」

「え? ええ!」

「待って悟空!」

「またないもんねー! こうなったオラに追いつけなかったら、今晩のおかずは全部オラのだかんな?」

『それは酷いよ!! まてーー』

 

 両手を叩いてスタート音とした悟空。 その音は空気を伝わる鈍いもの。 その鈍さはまるで今日、彼女たちが知りえない事態を悟らせないかのような音であり……普段なのはたちが持つ、状況への鋭さを鈍らせる。

 

「オラとしたことが、こいつらがうれしい事ばっかり言ってくるもんだから、ついはしゃぎ過ぎちまった」

 

 小さな強戦士は、しかし大きな失敗をしていたことに心を揺らしていた。

 

「……見られちまったかな」

 

 いま、彼が一瞬反らした視線の先。 そこにいた監視者の存在に気づいていながらも。

 

「まぁ、今回はいいや。 なのはたちの修行が優先だな」

 

 それを些末事と、どうでもいいと、何でもいいやと……気にしないのは彼のいいことではあるが、幾分今回は相手が悪かった。 積み重なっていく“ボロ”は、次第に巨大な墓穴となることも考えず。

 今日は……

 

「お、おお! もう追いついてきやがった。 こりゃウカウカしてっとオラの方が泣きを見ることになっちまう……それーー!」

『まってええ!!』

 

 晩御飯をかけた競争にて終わりを迎える。

 誰が見ていようが、何を仕向けていようと関係ない。 それがきっと、彼の答えなのだろうから。

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

???「…………」

悟空(小)「誰だ? そこにいんのは」

???「!?」

悟空(子供)「? 奇妙な面つけて怪しい奴め! オラがとっちめてやる!!」

???「……どうして見つかったんだ。 気配は完全にッ…」

悟空(ちび)「そんなもん! オラには一切通用しないもんね。 わりぃけど鬼ごっこはミスターポポとやりまくったから、腕には自信あんだ」

???「……」

悟空「なんだこいつ? さっきからしゃべんねぇでそうしちまったんだ? つまんないやつ」

???「……うるさい」

悟空「?? まいっか! そんじゃ次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第41話」

???「訪れるは冬の季節、忍び寄る鉄の足音」

悟空「散々周りをうろつきやがって……アイツの“具合”が悪くなったらおめぇたちのせいだからな?」

???「達? まさかこちらの戦力が――」

悟空「お? もしかしたらと思ってハッタリ効かせてみたけど、随分すんなりいったな」

???「……こ、こいつ!」

悟空「そう怒るなって。 続きはよそでやろうな。 そんじゃ!」

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