ついに始まる激闘。
この結果が、「えぇ~~」となる方もいましょうが、すべての答えはこう代えさせてもらいます。
亀仙流の修業は人外魔境!!
……恐竜の速力に勝つってどんなもんなのですか。
では、りりごく41話です。
なのはとフェイトが悟空に師事して季節がひとつ過ぎる。 常識内で抑えた彼の鍛錬はかなりの高効率。 我流を地で行く少女達にはよい矯正になったようで。
「フェイト、足元が留守になってんぞ! これで4回目だ!!」
「……はい!」
「返事ばっかりか? そらそら、でりゃあ!」
あえて遅く出したケリを受けるフェイト。
がっしりと掛けられた体重に歯を見せると食いしばる。 その姿を目で見ることなく、乗せた右足を軸に宙を舞う悟空。 彼はフェイトの武器を中心にムーンサルトを決め込むと、そのまま左足で背後を叩く。
「ぐぅう!?」
「どうした、今度は背中が丸見えだ。 ダメだぞ、意識を一方に向けたまんまなのは」
「うく……はぅ」
片膝ついた彼女に勝機はない。 速度が命の彼女のスタイルはこの時点で負けを認めるも同然ということ。 フェイトの試合、終了である――同時。
「次はわたし!!」
「来やがったな……相変わらず狙いがヤラシイ奴」
「余計なお世話だよ!?」
桃色の閃光に背を反らす。 通り過ぎていく光りを見もしないで、彼方に照準定める悟空は手のひらをそこへ向ける。
「それ!」
「わわわ……障壁――」
「判断が甘い! そんなんじゃ一瞬先には殺されてんぞ!!」
「え? 後ろ!? こんな遠くを一瞬で――」
そこからは流れるような戦士のコンボ。 殺しに殺した低威力版気功波、高速移動、残像拳と気合の併用による相手への攪乱。
かなり贅沢を尽くしたそれは、遠距離主体のなのはにとって苦手の連続。 防いで視界が悪くなり、ぶれた身体は狙いを外させ、アンロックされた隙は接近を許す死亡行為となる。 それを、見逃す悟空ではなく。
「後ろ……取られちゃった」
「相変わらずこれに弱い。 でも、今までで一番長生きだったぞ?」
「どれくらいでしょうか……?」
「5秒だ」
「ッ……」
「ほい、一丁上がり」
一瞬消えた彼の右腕。 その次に上がる風船が割れたような音の後、なのはは誘われるかのように大地に伏せる。 吐息軽いそれは寝言を伴う睡眠の音。 彼女は、さっそく睡眠学習に入ろうとしていた。
「やっぱり気の修行なしじゃこんなもんか……約束もあるし、あいつ等の将来を考えるとおしえらんねぇしなぁ。 もったいねぇ」
「……ZZz」
「大体の体力づくりはこんくれぇか。 オラたちよりも身体の作り方ってのがままならないのは、やっぱりセカイが違うからなのか? まぁ、よくわかんねぇけど」
その後ろで師匠らしく今日の反省をする悟空。 もう、結構な日数を彼女達への修行に費やしていた彼だが、それとは比較にならないほどに遅い彼女たちの成長スピード。 それに納得いかない顔をしながら……
「悟空たちの世界がおかしいんだよ……そもそも“あんな亀の甲羅”なんて背負って修行が出来るわけないんだよ」
「そんなことねぇって」
「あるよ……」
「そうかなぁ? おら、アレ背負いながらアルバイトもしたんだけどな」
「……はぁ」
それよりも深い感じにため息を零したフェイトに、そっと後頭部をかくのであった。
「今日はこんくれぇか? そろそろオラの修行を始めようと思うんだけど……」
「あ、うん。 わたしはなのはの看病をしてるから、気にしないでやってて」
「そっか。 わかった」
「むにゃむにゃ……むふふ……」
幸せそうな寝言を背景音に飾り付け、悟空は構えて空気を鳴らす。 不可視の闘気が振るわれていく中、彼は空へと駆け上がる。 今日も、型の練習から入るようだ。
このような日常がずっと続いていたのだ。 来る日も来る日も組手、準備運動と謳われるのは地獄のような筋トレと、それを和らげる程度に行われる柔軟。 日々鍛錬で地道に気長に、割と身体に気を使っているのは、実力差からくる慎重さだったりするのだが、それを少女達が知る由もなく。
「今度は……うんん、今度も頑張らなくちゃ」
「はああ!! せいッ!!」
「……悟空」
「やだよぉ……もう、崖から落ちるのは……むにゃ――イシコロなんてみつからにゃんだって……むぅ」
自分たちを置いていく様に、みるみる力を付けていく悟空を只、昇った日差しのように見上げるだけであった。
PM23時 悟空の修行場
欠けた月が戦士を照らす。 まだ、そのときではないと、背中で遮る彼はいつものように柔軟をこなしていた。 関節を伸ばし、筋をほぐし、身体全体のストレスを抜いていく。 明日に残さないように行うそれは、身体へのダメージを残さないようにする彼なりの特訓方法。
様々な人物に師事して、一番重要だと教わったのはこの修行の継続率。 どんなにうまくやっても、ケガをして動かせなくなればそこから歪が生まれて修行の完成は3割遅れる。 それは武道家としては致命的な遅れ、それを回避するためのそれ……なのに。
「おい、やっと一人になってやったぞ?」
「…………」
「隠れてるつもりだろうがオラには無駄だ。 観念して出て来い!」
「………これは参った…完璧に気配を消したと思ったのだが」
それを妨げる無粋な“男”が独り、彼の前へ現れる。
背丈はおおよそ悟空より低い程度、中肉であるものの、悟空には気配でわかる、この者はそれなりに……出来ると。
「そんな程度、隠れた内に入らねぇ」
「なるほど……これは情報以上の強者だ」
「情報?」
「いや、なんでも」
「……?」
どうにもきな臭い男は一礼すると後ろに下がる。 明らかにとった距離に、姿勢そのままで視線だけで動きを観察する悟空。
群青色の短髪に、髪と同じラインの入った白いコート、そこから浮かび上がる肉質は……おそらく。
「へぇ、そう(オラたちと同じタイプ、武道家の身体つきだな。 気も普通の人間よりも大きい……けど)」
「なに?」
「いや別に」
スタイルは悟空と同じくするソレ。 そして同タイミングでつぶやいて見せた悟空は意味深に口元を歪める。 誘い、含み、挑発――どれもを併せ持つそれはまるでターレスに通じるものがある。 それが分らぬ男は、しかし動かない。
悟空の表情はいまだ崩れない。 “表情が見えない”彼を揺さぶるかのようなそれ……というより、なぜ男の表情が分らないのか、それは……
「只思ったんだ」
「……?」
「おめぇみてぇな仮面被った、妖しい“使い魔”なんてもんが居るんだな……ってよ」
「――――ッ!!?」
彼が、白い仮面で自分を隠していたから。
それを指摘し、薙いだ“カマ”は根拠があったのか……いまだ言葉攻めを行う彼に、いいや、彼が言った後半のセリフにいま、仮面の男は額から水滴を零す。
しかしそんなことを見逃してくれる彼ではなく。
「たじろいだな?」
「……き、貴様!」
「あぁそうさ、悪いが“カマ”を掛けさせてもらったぞ」
「言動の割に随分と頭の切れる……!」
「伊達に神さまのウソを見抜いた事があったわけじゃねぇさ。 さて、おめぇの正体がだんだん見えてきたところで……――」
男にとって、今まで遠くより聞いていた悟空の声が……
「な……に!?」
「聞かせてもらうぞ。 なぜ、はやての周りをうろついているのかを」
「こ、……コイツ!?」
耳元から聞こえ始めていた。
いつから!? どこから!? 考える余地もない心の内情は、それほどに強く乱されているから。 男は悟空から離れようとして――「痛ぅ!?」
「逃げられると思ってんのか?」
「は、はなせ!」
「散々周りをうろつきやがって……アイツの“具合”が悪くなったらおめぇたちのせいだからな?」
「こ、この……!」
悟空が“やさしく”つかんだその肩から、大理石を擦り合わせたかのような音が聞こえてくる。 男にとっては緊急事態も、悟空に取ってはただの質問。
激しく違う温度差に、それでもと身体をもがく男は……逃げれるわけがなかった。
「……まて! 貴様いま“たち”って――」
「言ったぞ? あと一人、はやての家の周りをうろついてる奴がおめぇの仲間だろ?」
「……な、なんて奴だ」
「お、そうなんか? はは! また当たっちまったぞ」
「…………く、くぅ」
「わりぃな。 聞く気はなかったんだけど、おめぇの方からドンドン言ってくれるもんだから、つい」
「なにが……“つい”だ」
暴かれた仲間の居所に、男の仮面が不規則に揺れる。 ありえない程の墓穴の数々、それがこの危機的状況を脱しようと、その作戦に思考の半数を持っていった代償だとは気付いている男は歯噛みする。
胸中に何を秘めているかは知らないが、食いしばる男はそのまま全身に光を集中させていく。 何が何でも!! 震えるカラダで悟空に立ち向かおうと、決意を固めて仮面を揺らす――
「こうなったら刺し違えても――」
「――ほい、もう帰っていいぞ」
「…………はあ!?」
後に悟空が言うには、その時の声はどうにも男らしくなかったらしい。 崩れ落ちた男は嘆くかのように月夜を見ていた。 照らされる光は柔いモノの、それがいかに今の雰囲気にはずれたモノかも理解できる。
そう、この目の前の青年のように場違いな光は、どうしてか男の苛立ちを掻きたてる。
「な、情けをかける気か」
「いいや」
「なら、だましうちでも――」
「殺すのなら、最初の一撃で決めている」
「……っ」
その苛立ちも、すぐさま鎮火する。 凍るような目と発言。 冷静に過ぎる悟空の声は、まさにそれを日常にしてきたかのような冷淡さ。 あからさまに生きる世界が違うと感じた男は、ここから先、悟空に対して挑戦的な雰囲気を取り払っていく。
「なら、なぜだ」
「おめぇとはこんなところじゃなくって、もっと別の場所で心置きなく戦いたいからだ。 見たところ万全じゃないらしいしな。 寝不足か? 肩こってたもんな」
「……!? そういえば、肩の凝りが――ではなくて!!」
「まぁまぁ。 とにかく、また今度来いよ? オラ今すっげぇ楽しんでんだ、今度混ざって“やろうぜ?” おめぇくれぇだったら、なのはたち二人掛かりならいい勝負だろうし。 どうだ?」
「……」
「なんだよ、だんまりか」
「……ッ」
つまんねぇ~。 眉を八の字にした悟空はそのまま男の両肩を叩く。 一瞬見えた素の顔を覆い隠すかのように今度こそ距離を取る男は――……
「だからよ?」
「!?!?」
飛んだ先で、またも背後を取る悟空にそろそろ戦慄し。
「あんまし“あいつら”にちょっかい出すのは止めにしねぇか? なんならオラに出してくれていいからよ」
「……」
「あいつら、いまが一番楽しいって言ってたんだ」
「…………」
「ずっとこのままでもいい……って、すっげぇいい顔して過ごしてたんだ」
「………………」
向けられたわけでもない視線に、思わず息をのむ。
聞いたことがないくらいに澄んだ声。 その中に感じる力強さは、彼が経験してきた物語の難題さを醸し出すには十分。 生きてきた道のりの質が明らかに上等な悟空は、だからこそそれが嫌だとする彼女たちを必死に理解し……
「修行漬けのオラには少しわかんねぇけど、ゆったりとした毎日が幸せだって言ってたんだ」
「……」
それを監視者にも言い渡す。
これ以上の邪魔をするな。 言外の警告は、そのまま不可視の衝撃と相まって、地表に柔らかな風が吹き乱れる。 男の直感は告げる。
「……そうか」
「あぁ」
もしも今吹く風が、鋭さを持ち始めたら。
「このまま引けば、貴様は我々に危害を加えない……そういうことだな?」
「さきに吹っかけたのはそっちだ、ソレ忘れんなよ?」
「……あぁ」
自身の命など、畑で耕される野草のように無残と摘まれてしまうのだと。
「にしても」
「……?」
悟空がつぶやく。 そのトーンの軽さに仮面を揺らす男は、そっと視線だけ彼に向けた……気がした。
「強いヤツが男でよかったぞ」
「……」
「なんせここじゃ、キョウヤとザフィーラ達以外みんな女が強いからな。 たまには男相手にタイマン――ってのをやってみたいと思ってたんだ」
「…………そ、それは……ごめんなさい」
「え?」
「い! いや、何でもない」
「?」
どうしてか、悟空のトーンよりも重くなる男の声。 若々しくも逞しい、そんな声の筈なのに、どこか約束を守れなくなった母親みたいな風に聞こえるのはどうしてだろうか。 どことなく気になって、でも、追求しない彼はそのまま。
「もしかしたら敵になるような奴に言うのも変かもしれねぇけど、気を付けて帰れよ」
「……そうさせてもらう」
「あ、何度も言うけどよ、2度とはやて達にちょっかい出すなよ? こう見えてもオラ、怒るとモノすんごく怖えって言われてんだ。 約束破ったら承知しねぇぞ」
「あぁ……」
いつの間にか交わしている約束がそこに在った。
断るという選択を、取らせてもらうこともできないままに首を縦に動かされた仮面の男は、そのまま後ろを振り向き……飛んでいく。
「まったくあの野郎。 聞かせてもらおうとしたらいきなり死を覚悟した雰囲気出しやがって」
彼はそのまま肩から力を抜く。
「おかげで理由聞けなかったじゃねぇか。 まぁ、次会う約束みてぇのはしたからいいのか」
揺れる尾は不規則に動き、この後を想像するとその速さは勢いを増していく。
「ここに来て数か月。 また一個楽しみが出来たな。 なのはたちのこと、今の奴の事……さぁて、用事も済んだことだしオラも帰るか」
そして悟空は、彼とは正反対の方へ飛んでいくのであった。 まるで、袂を分かつ者たちのように――そう、見えなくない軌跡を描きながら。
同時刻――???
「なんなの、あいつは……」
冷たい空気の中、わたしは空を飛ぶ中でさっきの事をあたまの中で反復する。
「大体報告通りで調査通り。 でも、聞いていた以上に……」
切れのある目つき、その中から見え隠れする光はおそろしいくらいに澄んでいた。 お父さまの使い魔になってかなりの年数がたつけど、あんな目をした人間は見たことがない。
「きっととてつもないくらいの修羅場を潜り抜けてきたんだね、あの坊や」
追ってくる気配を感じないところを見ると、言っていたことのほとんどは信じてもいいみたい。
「サシで云々はちょっと無理だけど……あれ?」
……わたしいま、あの坊やに謝ろうとした? ……不思議だ、そんなつもりは微塵には無かったと思ったのに。 あいつが―――のように子どもっぽかったから? ……タイプは全然違うのに。
「……ほんと、変なヤツ。 あ」
唐突に頭の中に響く声。 定時報告の時間だ。 相手は……わたしの姉妹のあの人。 そっとさっきの事を思いだして、のど元まで溜めたそれを思考の中で整理して、心の中で文章にしていく。
何年もこなしてきた事務的作業に、若干の嫌気。 あぁ、結構こずるいなって罵っても、返って来るのは特にない。 ……今回はそれを。
「あ、うん……うん、そう。 うんん、こっちは大丈夫“見つかってないよ” うんうん、あ、でね?」
少しだけ変えてしまったけど。
「――が考えていた作戦なんだけど……あれね、少しだけ変更ってできないかな? え? あぁ、違うって、ちょっとだけ見てて思うことがあったんだよ」
どうしてそんなことをしたのか。 “あの子”への同情心? そんなものは数年前から薄れてしまって角砂糖ほどにも残ってない。 お父さまのため、そう思ってここまで来たんだから当然だ。
「今回、というより、これからの動向は……あのサイヤ人に任せてみようと思うんだ。 うん、出来るだけ限界まで……ダメかな?」
それでも、わたしは躊躇してしまったのだろう。 半分はアイツが怖かったというのもあったのかもしれない。
「アイツならなんとかなるかもしれない……案外簡単に……」
そうひとことつぶやくと、向こうからは一言『わかったわよ』と、返ってくる。 ほんのりと呆れ声が混ざってるのは今回に限っては微笑ましい。 わかっているのかもしれない、――も、あいつならどうにかできるんじゃないか……と。
「約束どおり、“わたしたちから”は手を出すことはしないよ。 だから……頑張んなよ――孫悟空」
願うのも思うのも自由。 いまは、そんな軽い心境で思ってもいいのではないか。 そう思って見上げた空には、白銀の月が天井から落ちていくところであった。 ……今日は、いつの間にか終わっていた。
――――時間は流れていき。
紅葉散りし山際の、熟れた果実が地に落ちて、雪が降るよと、動植物が消えてゆく……
季節は順当に進み、その分だけなのはたちの育成プログラムも次の段階を目指していた。 確実に高くなる技量に、彼等の相棒は知らず知らずのうちにフレームからは軋み音。 システムからはフリーズ寸前の警告音が鳴るという異常事態が起こるのでした。
「悟空君との修行。 気を学ばなくても、やっぱりそれ相応の成果はあったみたいね」
「はい。 でも、そのせいでレイジングハート達に無理をさせちゃったみたいで……」
「そうねぇ。 誰かさんがやたら乱暴に叩いたりするものねぇ、無理が来るのも当然よ」
「……すまねぇ」
「ほんとよ」
「……は、はは」
サイヤ人に手加減なし。 そう言わんばかりに、彼の攻撃の粗さを全面で防ぐデバイスたちに、当然のごとく溜まる負荷。 点検整備だけでは追いつけないと、ついに根を上げたからこその警告音に、悟空は急ぎ足でリンディたちのもとへ、なのはとフェイトを瞬間移動にて案内していた。
「これらは後でプレシアさんにみてもらうとして。 なのはさん、最近どう? 修行の成果というのは実感できたかしら?」
「あ、はい! ここのところ体が軽くて軽くて……苦手だった体育の授業も最近は楽しみになったくらいです」
「それはよかったわ。 それでフェイトさんは?」
「同じ、だと思います。 ただ……」
「ただ? ……あぁ、それね」
まるで面談のように並ぶ4人は、それぞれ話を盛り上げる。
その中でうつむいたフェイトは若干暗い顔を……それを見たリンディは、なぜだか納得といった顔をする。 なぜ? どうして? そんな顔をするのは誰もいない。 なぜなら“ひと目見ただけでわかる異常”が、彼女たちの背中にぶら下がっていたのだから。
「10キロ程度だったかしら? “ソレ”」
「はい。 最初は20キロにするって悟空が言ってたんですけど……その」
「背負ったら動くどころか起き上がれなくなってしまって……あの時は動物園の亀さんの気持ちが痛いほど分かったかもです」
「そ、そうね……そりゃあ、そんなものつけてたら誰だって……」
同情心丸見えで向けられたリンディの視線の先。 そこには紫色の物体があった。
甲があり、光沢があり、鋼にも負けない重さがある。 それは確かになのはとフェイトの背中に今もぶら下がっており。
「と、とにかく。 修行中はとってもその……はずかしいです」
「この亀さんの甲羅」
苦めに笑う彼女たちは、ずっしりと来る重みを確かにリンディに伝えるのでした。
「なんでだ? それ付けてりゃ今までの倍の効率で強く――」
「はいはい悟空君、少しは乙女の心境も理解しましょうねぇ~ というよりあなたはどうやってこんなものを手に入れたのかしら?」
「プレシアが――」
「あぁぁ……もう言わなくていいわ。 なんだか頭が痛くなってきたから」
「そうか? でも……」
「いいのいいの。 それより悟空君、ここにいることはあまり外部には――」
「任せとけ、“あんみつ”ってやつだろ?」
「……内密ね」
「そうそう、それそれ」
「はぁ……ミッドチルダの辺境ならともかく、よりにもよってアースラがドッグ入りした今に来てもらったからこっちも大変だったわよ。 もう、今までで一番ウソをついたって感じにね。 今度は事前に報告して頂戴」
「おうおう」
「……はぁ」
それがしっかり伝わるあたり、彼女の心境は複雑至難と言ったところか。 そうして魔法の道具……もとい、少女達の相棒を預けた悟空たちはそのまま……――――
「――――……とと、そうだった」
「!? き、消えたりあらわれたり……」
「すまねぇ。 いやよ? このあいだレイジングハートたちに言われたんだ。 あいつ等も強くなりたいって……」
「え? デバイスが?」
「なに驚いてんだ? 作られたって言っても、アイツ等だって意思があんだ。 むかしに会った人造人間の“ハッチャン”とおんなじだとオラ思ってる。 そんなアイツ等が珍しくお願いしてきたんだ。 この際さ、うんと強くしてやれねぇかな」
「……そういっても、あの子たちはあれで完成しているし……いくらなんでも」
あとは細かな調整しかできないと、あるだけの知恵を捻りつくしていくリンディに妙案はない。
悟空のそばにいない子供たち。 おそらく向こうに置いてきたんだろうと素早く推察した彼女がため息をついているそのとき、彼等の後ろのドアが盛大に開く。
「誰!?」
振り向くリンディ。 揺れるポニーテールが盛大に広がる刹那、ひとつの雷光が室内に侵入する。
「……誰もいない…………?」
光は一瞬。 そしてドアの向こうには誰もいない。 思わず傾げたリンディの首――それに、冷たい手の平が触れていく。
「~~~~ッ!!」
「うふふ」
「……趣味がわりぃぞ」
思わずあげた悲鳴はどことなく官能的。 デリケートなところに触れたのであろうことを、悟空ですら理解している中で、灰色の髪がユラリ……室内で高慢に揺れていく。
「話は全て聞かせてもらったわ」
「プレシアさん! ……もう、突然驚きましたよ」
「うふふ、ごめんなさい。 ちょっとした老婆心というかいたずら心?」
「……おめぇほど『ばあちゃん』って言葉が似合わねぇヤツもいねぇけどな」
「ありがとう。 褒め言葉として受け取るわ」
『…………』
有り余るほどに元気な魔女に思わずため息ひとつ。 呆れてしまう二人はそのまま彼女の次の言葉を待つ。 さぁ、いったい何を考えついてくれたのかと、世紀のトラブルメイカーに視線をくれてやる。
「まず前置きに、孫くん、娘を秘かに鍛えてくれてありがとう」
「礼はいいさ。 オラがやりたくてやってるんだし」
「そう? でも、あんな甲羅を背負ったかわいらしい姿をみせてくれ――」
「いい加減にさぁ、次に行ってくれるとうれしいんだけどな」
「授業参観のビデオ、とってくれなかったくせに……」
「うく!? そ、それは何度も謝ってるじゃねぇか」
「こほん。 いけないわね、つい私怨が……」
「は、ははは」
「うふふ……さてと」
熱い親子愛に珍しくツッコミひとつ。 悟空が背中の『悟』の字にシワを作ると、プレシアはそのまま部屋の中央に魔力で編み出したスクリーンをひとつ投影する。 灰色の枠に収まる風景は……
……死線であった。
「これってオラがターレスと戦ってる時の奴か?」
「そうよ。 あなたが使った技、あれに大きく興味が出て……それで最近はそれの解明をね」
「こんな映像じゃなくても、直接オラにいえばじゃねぇか」
「それも考えたけど、やっぱり修行の邪魔は出来ないから……ね」
「へぇ、おめぇもおめぇで考えてんのな」
「当然」
赤いフレアを醸し出し、全身から血を吹く戦士の絵。 それが常識外の世界へいざなうところで映像は停止。 そこには悟空が界王拳の倍数を3~5に高めているシーンが描かれていた。
「端的に言うと、今回目を付けたのはソフトやハードの単純な強化ではなくて……変化。 つまり、新しい機能を取り入れようっていう計画なの」
「……もしかしておめぇ」
「なかなか察しがよくて助かるわ」
「……どういうこと?」
何となく、この先が読めたのはなんと悟空。 それもそのはず、これは自分の技なのだからすべてを把握している。 出来ることと、使用方法、それに――副作用も。
それにまだ追いつけてないリンディのハテナはまだ一つ。 それを確認しないままにプレシアの話は次の段階へと持っていく。
「前に孫くんが使った“界王拳” あれをみて一番に思った機構があるのよ」
「へ?」
「そんなもの……まさか!」
「今度はリンディさんね。 さすがに知っていたかしら?」
「それは……ですけど」
「そう。 これは危険を伴う言わば『狂化』となる代物」
指をそっと頬に持っていくと、呑んだ息がひとつだけ喉を鳴らす。 それが、これからいう代物がどれほどのモノかを想像させるには容易いと、汗を流すリンディの視線は極端に鋭い。
「名称を――カートリッジシステムというわ」
「やはり」
「……?」
今度は悟空にハテナがひとつ。 同時、スクリーンの絵が切り替わると、そこに奇妙な筒状の物体が投影される。 例えるならば拳銃の弾薬。 それが悟空の目の前にちらちらと舞っていた。
「其の昔、“ベルカの騎士”という使い手が用いた戦闘技法。 手っ取り早く言うと戦闘時における魔力の増加――つまり孫くん、貴方の界王拳と道を同じくする代物よ」
「ひぇーー! 驚ぇた、そんなもんがあんのか! へぇ……こんな小さな弾っころでな」
「この中には魔力が蓄積されていて、魔法の発動時にこれを追加に開放。 上乗せすることで、通常よりもより強力な魔法の行使を可能としたものよ……まさに戦いに特化した技術というところかしら」
「戦い……にかぁ」
驚く声は悟空のモノ。 なんか、ずるいと思うこともせず、まじまじと画面にニラメッコかます彼は、テレビアニメにかじりつく子供のようである。 それがおかしかったのか、ひっそりと頬を緩める大人の女二人が居ることも知らず、彼はおもむろに唱えるのである……異議を。
「その蚊取り線香だのなんだのはわかんねぇけど、リンディの顔色を見るに相当のリスクがあるんだろ?」
「えぇ。 現代で普及していない大きな要因の一つなのだけど、これには術者に多大な負担を強いるという欠陥があるの。 おそらくだけどね」
「そんなとこまで界王拳とそっくりなんか。 こまったもんだな」
「えぇホントに。 でも、これはわたしたちの技術レベルが不確かなだけ。 研究が進めば、あなたのように完全なコントロールが実現できるはずよ」
「そっか」
だんだん読めたこれからの落ち。 話の句読点を見つけた皆は、想像をする……もしもこんな――
「こんな急激に強くなれるもん、あいつ等に見せたらどうなるか――なんて心配はしてねんだ」
「え?」
しかし彼の発言は、彼女たちの想像をはるかに上回り。
「強くなれるんならしてやればいい。 無茶なことが起こってもなんとか……仙豆でどうにでもなる。 苗があるってことは、1年経てばまた7粒手に入るんだし」
「そ――それはしらなかったわ」
「まぁ、それはいいとして。 身体に多大な負担が~~っていうのはなんていうか、オラの専売特許みたいなもんだし、ホントに無茶だったらオラがわかるから、そん時に止めさせればいい。 無理でもやるってダダこねはじめたら、頭ぶっ叩いてでもやめさせる。 それでもっていうんなら、オラはアイツら本気で叱る。 ……前にプレシアが言ってた方法でな」
「……え?」
その方法に疑問を持ち。
「超サイヤ人でひと睨みさせりゃあ、幾らなんでも涙目で謝る~~なんて、そいつが言うからさ」
「……なんてひどいことを思いつくのかしらこの方は」
「おほほ。 そんなことも言ったかしらねそういえば」
出てきた対策に頭を抱える。 あんな恐ろしい形相をする彼に、罵られれば嫌でも。 それこそ夢にでも出てきて来るレベルなのだから、効果はおそらく盤石であろう。 さて、中々にこれからのやることが見定められてきたところで、悟空はひとつ、両手で手を叩く。
「それに、相棒たちの初めてのワガママだ。 オラが聞いてやらねぇと、後でクリリンやピッコロたちになんて言われるか分かったもんじゃねぇしな……」
『……?』
「……ふふん」
ちょっとだけ思い出した昔に、こぎみ良い鼻歌をひとつ。 背に両手をまわすと、そのまま鼻歌を続けながらブーツを鳴らす。 歩いていく先は行き止まり……でも、そんな壁に意味がないのは皆が承知している中。
「オラもう帰るな」
「あらそう? お茶でも飲んでいけばいいのに」
「そうねぇ……と、言いたいところですけど、そろそろ誤魔化しが限界かしら? アレックスから“巻き”の指示が……」
「あら残念」
「まぁまぁ、次はちゃんとした時に変装でもしてくるさ。 そしたらたんまり飯を御馳走してくれよな」
『それはご遠慮願うわ』
「……ちぇ」
軽くいなされた悟空。 それに微笑を禁じ得ない女性ふたりは彼の姿を見送る。 いつもの通りに行われる移動のポーズ。 両手の指を額に合わせたそれは……――――
文字通り、瞬間にはこの世界から消えていくのであった。
「改造……いいえ、改良の方はどうなさるおつもりで?」
「まずは試験的になるから、そうねぇ……やはりフェイトのバルディッシュからになるわね。 開発は昔いた使い魔に任せきりだったけど、系列的にはやっぱり私と同じだから、技術的に見てやりやすいと思うし」
「そうですか……なにか必要な機材があれば言ってください。 出来る限りは力になりますから」
「いいの? こんな田舎科学者相手に――」
「御冗談を……それにわたしはあのヒトの力にもなってあげたくて。 さっきの言葉は、なんというか親という立場から聞くと、結構痛いところを突かれたというか。 だからというかなんというか……」
「ふふ、そうね。 確かに、子に無理をさせてばかりいるわたしたちには耳が痛い話ね」
「……」
「……」
『どうして、こんなことを的確に言えるのかしら?』
そのあとの会話、そして答えはまだたどり着かない遠い壁。 在りし日の彼を知ったらわかるであろうそれは、とてつもないほどに威力を秘めた時限爆弾にも相当するものであるのだが……今はまだ、触れることがなかった物語である。
翌週――――悟空の修業場。
「悟空、わらって?」
「……に」
「違うよ……ほら、こう、もっとにっこりじゃなくって、ほほえむ感じで」
「…………キッ!」
『びく!!』
なのはとフェイト、ふたりはかなりの苦戦をしていた。 修行、ああそうさ確かに修業に苦戦している。 しかしこの修行、驚くことなかれ……なんと生徒は悟空である。
「……ム」
「それじゃいつもより怖いよ!」
「もっと力を抜いて……」
輝く全身。 気の発行の色は黄金色。 戦士の姿で棒立ちになる彼は今――手加減の特訓に励んでいた。
「……お前たち、あんまり無理を言うな」
「無理って、悟空くんが言ったんだよ?『いままでの修業じゃたぶん、超サイヤ人の壁ってやつを越えられねぇ。 あんだけのパワーだけの変身は、かえってスピードがなくなって攻撃が当たらなくなる』――って言って」
「別方向の修行がしたいからって、まずはいろいろやってみることにするんだよね?」
「……そうだが」
頭髪金色に揺らす悟空は、そのまま少女達に非難の視線をくれてやる。 それもすぐに止み、凄みが抜けない碧の瞳で見下ろす中、右腕が一瞬跳ねる。
「ほら、まだ緊張が抜けてない」
「むぅ……」
「落ち着いて……ね?」
「あ、あぁ」
そんな彼を、なだめるかのように笑いかける少女達はどこか楽しそう。 逆転した立場はこうも人の心を弾ませるのか。 ちなみに、なぜ、悟空が彼女たちに師事したかというと……
「オレとは違う発想でとおもったが……まさか最初の修行が笑うことだとは思わなかった」
自分にない、ある種の子供だからこそできる視線の在り方に、一縷(いちる)の希望を見出したから――ちなみに報酬という名のおねだりがあり、彼女たちの熟考の末、普段から身に付けてある髪留め、つまりリボンを新調する際に一緒に買いものにいったのだが……それはまた別のお話。
しかも発案理由が怖いからというなんともお粗末な思考であったなんて、間違ってもあの恐ろしい魔女には口外出来ない。
これらのことすべてが成功なのかどうなのかはさておき。
「……ごめんね悟空、やっぱり変だよね?」
「なにがだ?」
「だって、修業だって言うのにこんなこと」
「いや……」
落ち込むフェイトに。
「……これが間違いだったらどうしよう」
「そんな顔するな。 オレだって手さぐりなんだ、超サイヤ人を超えるなんてのは……な?」
戸惑いを隠せないなのは。
彼女たちの姿がいたたまれなくなったのだろう。 ため息ひとつで身をかがませた悟空は、そろった髪をした彼女たちをひと撫で―――そこに。
「あれ?」
「今悟空……」
「どうかしたか?」
『…………笑った!』
「なに? ほんとか?」
微笑がひとつ、彼に舞い降りるのでした。
言われなければ気づかない変化も、彼女達からしてみれば分らないはずがないと胸張って言い触れられる大きな変化。 ずっと見てきたと言い張る彼女たちの、その小さな訴えに立ち上がりざまに全身をながめる彼は……圧倒的な大進歩にもう一回微笑を持ってくる。
「なんだか、全身の力が抜けてきた気がする」
「ほんと?!」
「あぁ。 きっと、おめぇたちが泣きそうになったからだな。 それで気分が落ち込んだからだと思う」
「そんなことで?」
「なるはずだ。 気というのはその人が持つ感情にも、もちろん左右されるものだからな」
『ほえ~~』
「はは……」
小さく、本当に小さく笑う悟空に、ふたりがつられて微笑んでいく。 いつも以上の開花は、それだけ苦労が多かったからの笑う顔。 雰囲気明るい彼ら、そこに息も絶え絶えな男の子がやって来る。
「悟空さーん!」
「……おお、ユーノか」
「はぁ……はぁ……10キロの重りを付けたまま――うぅ、隣の駅まで往復してきました」
「よくやったぞ。 これでもう、今の段階はクリアだな」
「は……はい!」
『い、いつの間にそんなハードなことを……』
頑張れおとこのこ!!
ユーノの背には紫色の亀甲羅。 それに括り付けられている肩ひもは、何度も背負って来たからか擦り傷が目立つ。 それは、ユーノが今まで積み重ねてきた努力の成果であり証明。 胸張って誇らしげに悟空に撫でられた彼は……
「お疲れ!」
「はい!」
差し出された悟空の手を見ると、すかさず片手を出してみて……
『いぇい!』
一気に振りぬく――――
瞬間、空気の層から特大の悲鳴が唸りを上げる。
「ひぼぼぼおっぼ―――――………… 」
「あれ?」
「ユーノ?」
忽然と、唐突に消えていた少年の姿。 そこにはさっきまで確かにいたはずなのに。 なのはとフェイトは思わず目を凝らす中で……
「…………やっちまった」
『え?』
「これでチチに続いて二人目だ」
『…………?』
悟空の呟きが、少女達の耳元を通り過ぎる中。 悟空は隣山の方へ視線を向けると……
「!!?」
「ば、爆発!?」
「……派手にいったな」
山頂下、大体中腹あたりが一気に爆発四散する。 轟く爆発音が木霊する中、そっと両手を合わせる悟空は修行僧にも負けないくらいな澄んだ表情をしていた。 南無。 そう言った声が聞こえないまでも、彼はそう言わずにはいられない。
なぜなら。
「今の音あんだろ」
「はい?」
「あれな、ユーノが飛んで行った音だ」
「……えっと」
事情が、分からないとする顔を見せる魔法少女達。 それもそのはず、まるでスターライトブレイカー喰らったかのように粉みじんになった隣の山だ、あんなのが悟空以外の人間の、それも肉体だけで作られたなどと――
「いかん、ユーノの奴虫の息だ……気がドンドン落ちていきやがる」
「本気?」
「ウソだよね?」
「…………」
『うわああああああッ!!』
それでも、語る目つきが真剣すぎて、あっという間にパニックを作り出していた。
「ユーノくん!」
「ユーノ!!」
「オラとしたことがつい手加減が……まだまだだな」
『反省は後!!』
「お、おう!!」
そこからのダッシュはとんでもなく。 一気に隣山に飛んで行ったなのはたちは、出来るだけ安静にしたうえで、悟空のテレパシーで緊急出動したクロノの、にがい笑いのもとで無事治療を終えたとか。
「……悟空さんの修行を受けてなかったらどうなっていたか」
「もう少し修行のランクが低かったらどうなっていたことか」
『…………そういう問題?』
その後に聞かされた今回の反省会に、思わず渋茶を飲んだ表情を取らされたなのはとフェイトであった。 こんなことが続いて……時間はあっという間に過ぎ去っていく。
「悟空、髪……梳いて?」
「お、おう……案外難しいな」
「ふふ――あん! もう、首筋……触らないで」
「お、……おう」
解いたツインテールの少女の金髪を梳いたり。
「悟空くん、前みたいに一緒に寝よ?」
「なんだ、それくらいなら――」
「でも、ずっと抱きしめたまんまだよ?」
「…………」
「修行だもん。 修行のためだからしかたないんだもん。 だから……ね?」
「……たのむ」
「え?」
「死なないでくれ」
「寝ぼけて抱きつぶしちゃうって事?」
「あぁ」
「平気だよ? ずっとバリアジャケットでいるし」
「……おまえは寝ないのか?」
「うん!」
「…………なんかおかしくねぇか」
加減が効かない中、ガラス細工よりも繊細な作業に冷や汗をかいたり……この中に少女達の欲望が混じっていると認識できなくもないが、これは修行だと、従来の生真面目さを発揮している悟空には判別がつく訳もなく。
「一緒にテレビ見よ?」
「わざわざプレシアの家にまで来てこれ――」
「悟空は……あぐらかいて、その上にわたしが座るの」
「……おい」
「それー!」
「お、おい!」
「ぬふふ~~」
段々、黄金色の戦士に物怖じしなくなる金髪の娘が出来上がっていき。
「悟空くん悟空くん」
「今度はなんだ」
「うでまくら……」
「お前の腕じゃ折れ――」
「して?」
「…………あぁ、そういうことか」
甘え方がエキサイトしていく栗毛の娘が定着していき。
「まったくコイツら……仕方のない奴らめ」
段々と笑い方が自然になっていく戦士が見え始めていき……季節は、さらに進んでいくのでありました。
海鳴市 12月2日…………AM1時半。
ユーノが爆発四散……もとい、ユーノが爆発四散させた山を、管理局がこっそり修復させているのが十数日前だった今日の朝。 トイレに行こうと、廊下の隅をのたうちまわっていた少女が独り居た。
背筋の筋肉痛と、神経集中のしすぎによる視力の一時的な低下。 ほんの少しだけボヤが入るその視界に目を擦りつつ、彼女は呟く。
「……もにゅ」
日本語以外の何かを。
それを呟き終わったころであろうか? ――――違和感が彼女を突き刺す。
「…………むぅぅ。 ごくうくん、そこはさわっちゃだめだよぉ」
明らかに変わったのは世界。 彼女に変化はないし、いまだに幸せな世界で妄想という名のぬるま湯につかっているのは微笑を禁じ得ない。 しかし、それどころではないという展開で、今の姿は激しく危うい。
「いじわる……わたしも……しちゃうんだから。 くぅ~~」
イモムシのような少女の呟きから察するに、状況はクライマックスと言ったところか。 現状もそろそろ大変なところに突っ込んでいるのだが、いかんせん能天気が彼から伝染したなのはにあらがう術は無し。
「……ん」
それでも。
[Master]
「ほえ?」
[Please get up! It is state of emergency(起きてください! 緊急事態です)]
知らせてくれる相棒が、サイレンのように周囲を照らしだす。 それを見せられた彼女は……なのはは力なく立ち上がる。
「でも……おトイレにはいかせて~」
[…………Resembled whom(誰に似たのか)]
「ごくーくん」
[……]
この話の通らなさ、この、いっこうに物語が進まない感はまさしく彼。 赤いデバイスも、彼のことは重々承知のことだ、故にこの行動を制止することなどできない……そこから、1分が経過する。
「それでどうしたの? ……って、これって結界?! どうしてウチに! それに外も!?」
一人状況判断が完了したなのは。 緩んだ心を引き絞るように、ついさっき持ち上げたパジャマのズボンをずり下げていく。
「ご、悟空くん! ……は、修行で恐竜さん達が居る世界に居るんだった……ここは一人で――あぁと、御守りお守り!」
着替え完了。 買ってもらったリボンと共に普段着になった彼女は、そのまま相棒片手に外に出る――前に。
「こう! ……ちがうなぁ。 こうやって、こう! ……なんかバランスが」
女の子のお出かけには時間がかかるの! そんな雰囲気全開のなのはは、両サイドのシッポを御守りと称した”ご褒美”で整えることおおよそで10分。
「セットアップ!」
ようやく出撃していくのである――窓から。
「誰がやったのかはわからないけど、こういう時は落ち着いて――全戦力を徹底的にぶつけるのみ!」
[…………]
あまりにも武闘派に過ぎる少女に一抹の不安が隠せない宝石は言葉少ない。 これも修行の成果? 闘う相手に躊躇は見せないと……言うより。
「悟空くんの失敗談を聞く限り、こういうわけのわかんないときは冷静になって…………全力で事に当たればいいんだよね!」
[……………………]
おそらく、ピッコロ大魔王での件を持ち出した高町なのは。 正確には彼の配下であったタンバリン相手に、実力の大半を出せなかったことを聞いていたのだろうがいかんせん、今との状況はあまりにもかけ離れている。
疲れが冷静な判断を削り取っていることは明らか。 彼女は、最悪のタイミングで襲撃にあってしまった。 とにもかくにも言葉よりも拳を選択するあたり、なんとも危険な橋を渡る女の子である。 この時より、レイジングハートは突っ込む声をミュートモードに切り替えたそうな。
「ここらへん? 随分都心部だけど……!」
降り立った地上。 白いワンピースで武装するなのはは周囲を警戒する。 肌で感じて気配を、耳で聞いては周囲を――彼女は今、世界と一体化していた。
「――――!」
その彼女の、独特な感覚センサーに機影が一つ引っかかる。 大きさにして人間の子供大、それが高速で接近してくる……と、同時になのはは両手を左右に開いて力を行使する。
「こいつ、感がいいのか!?」
「こういうひっかけは、いろいろと……気を失うまで教わっていたからね」
「そうかよ」
目前にあるのは……見たこともない少女の顔。 口ぶりは乱暴で、粗野が目立つそれはなのはと同じかそれよりも低い、強いて言えば悟空の子供モードなみの大きさであろうか。 そんな彼女の、驚くべき力強さの”鋼鉄”が、なのはの結界……プロテクションを激しく鳴らす。
その反対側に、ホーミングをもった鉄の弾丸からの奇襲を防ぎながら。
「いきなりなんなの!? 目的はなに!」
「話すことなんかねェよ! おとなしくやられとけ!! (こいつ、とんでもなく硬い)」
「……あ」
「ああん?」
やっと始まった交渉。 それを一蹴する奇襲者に、なのはの髪留めが片方だけ飛んでいく。 サイドテールとなる少女の、小さくも深い瞳が……開かれる。
「これ、――くんが買ってくれたリボン……」
「あんだって?」
「よくも……」
「ちぃ! めんどくせぇ。 けど、こういう防御に徹した能力ってことは、おそらく遠距離からちまちまやるタイプって事だろうな……だったらこのまま接近――」
……戦で。 その判断はさすがの一言。 見事彼女が苦手”だった”フィールドを看破したと、褒めてやりたいというところ。 そう、もう少し出会うのが早ければ、この手の戦法は王手を取ったも同然なのだったが。
「くらっ――はぶ!?」
「……」
気が付いたら、襲撃者の少女の顔面に、なのはの”右”が突き刺さっていた。
「うげ……うぅぅ。 い、いいもん貰っちまった」
「…………」
「こいつ、雰囲気が変わった……?」
焼け野原で死体を荒らすもの。 黒い猫。 13日。 戦場で刀を叩き折る。 割れた鏡。
数々の暴言と不吉な言葉が湧き上がる中、襲撃者はのたまうかのように後ずさる。
「よくも――」
「……コイツなんなんだよ! 遠距離主体だと思ったら近接戦だってか!? クソッ、いっかい距離を取って……」
そうして飛んでいく襲撃者は、しかしそれを見て口元を緩めていたのはなのは。 彼女は、バリアジャケットと同じ色の犬歯を見せると、レイジングハートに込める手の力を最大限に高める。
「…………ゆるさないんだから」
「……やべぇ!?」
コクリ。
音がした気がするのはなのはの首元。 それくらいの挙動で斜めに動かされたそれは、まるで糸の切れた人形のよう。 でも、胸の内に渦巻く感情は既に機械的とは随分とかけ離れたものであると明記しよう。
「ディバイン……」
「あ、あれって遠距離魔法!? アイツやっぱり――ッ!」
静かに唱えられる必殺の言の葉。 桃色に輝く周囲は、まるで世界を侵食しているかのような輝き方。 少女は知らない、ここ数か月で鍛えられた身体スペックは、己が使える魔力の絶対量を3割ほど底上げしていたことなど。
亀仙流の修行方法は伊達ではないのだ――
「バスタ―――ッ!」
「こ、こなクソッ!!」
迫る桃色の閃光に、襲撃者は回避は無理だと叫ぶや否や、片手を正面に置くとそこから赤色の障壁を生成する。 鉄壁――自身の二つ名と1文字違いの言葉を、見せつけるかのような硬度は……
「ぐぅううう!?」
なのはの砲撃を、見事防いで見せる。 しかし、代償は高くついたようで。
「な!? いまのでひびが……アイツバケモンかよ!?」
「……一回がダメなら……何度でも」
「完全にトチくるってやがる。 正気じゃねぇ!」
若干涙目なのは――実はお互い様。 その感情の意味は正反対の道を行くのだが、いかんせん、なのはの方は怒気が強くなる一方で、襲撃者の混乱は増すばかり。 戦い慣れしてきたはずなのに、ここまで常識から外れたおかしなやつは見たこと――いいや、あるのだが。
「……あいつ、ゴクウじゃないんだから、いい加減!!」
ぼそりと呟かれたそれは空気に霧散していく。 聞き逃し、すれ違うように会話の無いとある男の友人二人は、そのまま戦線を拡大していく。
「はああああ――アイゼン!!」
襲撃者――赤いバリアジャケットの少女が持つ杖……工事現場でよく見かける“大ハンマー”並みの大きさを誇り、柄の部分、特に鋼鉄部分付近には、排気口のように複数開けられた自動車のマフラーに思える部品が、彼女の持つ武器の異様さを醸し出している。
明らかに装甲としては意味をなさないであろうその部分は――だが。
「カートリッジロード!」
「……――!? なに?」
その実、装甲とは違う意味合いを持つ重要部品なのである。 赤い少女の一声により、戦局は極端に傾く。 伸長するようにスライドする排気口。 見えたその内側にはライフルの弾丸にも見える物体が4個。
[Explosion]
赤い杖の一声は、撃鉄が落ちる合図だったのか。 一気にもとの長さになる彼女の杖は、激しい激突音と同時、排気口から白煙を吹きだすとその姿を再構成していく。
「ラケーテン!」
「な、なんなの!?」
ハンマーとは、本来は打撃として“打ち付ける”ために、追突めんは平らになっている。 それは赤い少女も同様で、持った武器はその原則にのっとった形を――していた。 それがどうだ、杖と少女の一声で変形したそれは、既にハンマー本来の役割を放棄しているではないか。
「くらえ――ッ!」
「うく!?」
鋭角な突起に、もう方側はロケットのようなブースターが一丁。 それが火を噴くと、見たまんまな挙動を行う……つまり、高速で射出される人間鉄槌が完成する。
「はやい?!」
「防げるもんなら……防いでみやがれ!!」
加速は一瞬。 即座に最高速となったそれになのはは身構え……ない!
「はやい、確かにすごい速度だけど」
目線を固定。 身体はフリーに。 脳内で思い浮かべるのは……今までの
「フェイトちゃんはともかくとして……悟空くんに比べたら遥かに遅い!!」
迫りくる凶器の鉄槌を前に、これでもかという風に動かないなのはは思い出す。 彼の言葉、神の宮殿にて身に付けた武道の基本であり真髄を――
「うおおおおおお!!」
「空のように静かに構えて……」
「な……に!?」
「雷のように……」
唱えた呪文は魔法の言葉ではない。 志し、進むべき道を照らす案内のようなもの。 誰に訴えるのではなく、自身に語りかけるそれは深く胸に杭を打つ。 決して、取り乱さぬように。
その結果。
「右足から……次に腰……最後に上体を動かして――」
「こ、コイツ!?」
「一気に全身を攻撃の軸線から逸らす!!」
「体捌きだけで避けやがった!!?」
驚くべきことだ、驚嘆に値するべきだ。 おそらく、戦力では圧倒されていたであろう襲撃者の、威力をあげ、速度すら格段に上昇した攻撃を、目も瞑らずに冷静さだけでかわしてしまったのである。
決して素早いとは言えないなのはの動き。 しかしそれはやはり修行の成果なのか、的確にさばいてしまった彼女は内心でほくそ笑む……遂に出来たと。
「これがよく言う……隙ってやつだね!」
「……こ、こんなはず――ッ!」
「後悔したって……遅いんだよ!」
「うおおおおお!!」
高速の移動中に見せた赤い服の背中。 それはなのはからしてみれば格好の的にしかならず、よく言われていた『お留守』という言葉が脳内で響くと同時、手に携えたレイジングハートに魔力を注ぎ込む。
「2発目! ディバインバスター!!」
「こ、硬直がとけねぇ――ぐあああ!?」
直撃。
「3発目!」
「グァ!?」
直撃。
「もう一発ぁーつ!!」
「――――!?」
撃墜。
時間軸をずらされ、人の気配がないビルに激突した赤い影。 なのはの砲撃3連続が夜空にうねる中、ついに勢いの消えた赤の女の子はそのままコンクリートに片膝をつく。
「どうなってるんだ……騎士が一対一でこんな有り様なんて。 お前ホントに魔導師かよ!」
「半分そうかな?」
「はあ!?」
「今は武道家の友達に弟子入りしてるから……」
「……こいつ“も”ブドウカってヤツかよ。 ついてねぇ」
「……?」
その子から聞こえてくる言葉に若干の疑問。 どうしてか憎めない言動が多い彼女に微笑に半分のなのははここで杖を下に向ける。
「なんだよ」
「さっきはちょっとだけ怒っちゃったけど、ホントは戦う気なんてないんだよ。 ただ、どうしてこんなものを張ったかを知りたくて」
「……」
「だ、だんまりさんかな?」
「……ちっ」
「え?」
終わらない悪態。 それに冷や汗ひとつのなのはは見る。 少女が自分ではなく、遠くもなく近いわけでもない背後に視線を送っていることを。 目つきは悪いが、その中に安堵が見え隠れしているそれを瞳の中から見つけ出すと――上半身だけを前方に傾ける。
天井に向けた背中に、空気の裂ける音がぶち当たる。
「今のを躱すのか……!」
「何て野郎だよ……」
「増援!? ――ッ!」
次なる行動は真横へのダイブ。
前後を取られたなのはの緊急回避は、まさに脊髄反射の領域に入っていた。 まるでこういうときの対策を何度も行い、痛い目を見てきて、“優しく”指導された軍人の様な対応に、敵対者二人が舌を巻く中。
「……誰なの!?」
「……」
「……」
合流した襲撃者を見る。 最初の少女とは正反対のシルエットは、どこぞのモデルを彷彿させる身体的特徴。 スレンダーでありつつ、絞られたというよりは引き締まったという身体から察するに、おそらくフェイトと同じく近接メインの人間だと、軽い推理を終わらせたなのはは……聞く。
「あなたは……いったい」
彼女の返答を、彼女の目つきを、瞳に宿らせた決意の塊を……そして知る。
「……仲間だ」
そのものの返答を、これまで築き、未来へと続こうとする、悲劇への螺旋階段を昇ろうとする彼女たちの答えを知る。
孫悟空不在の中に始まる接戦はいま、激戦へと相成ろうとしていた。 敵の数は2人、なのははここで疲れが出始めたのか息が切れてきている……ここに来て、そう呟いた彼女の言葉が冷たい夜空に霧散する中。
「貴様には悪いが……ここで倒されてもらう」
「……そんなの」
氷よりも冷たい宣告を言い渡され。
「……やなこった――ってね」
誰かさんの真似をして、なのははいま、レイジングハートを握りなおすのであった。 人気のないビルにて始まる戦闘はたった今をもって次のラウンドに進む。 夜は……まだ終わらない。
悟空「おっす! オラ悟空!!」
なのは「最悪のタイミングで現れた襲撃者さんたち。 この人たちの目的はいったい? そして一対多数になっていくわたしの運命は!?」
フェイト「……んん……ごくー、そんなところつかんじゃ……めっ! なんだって」
なのは「救援は!? 味方の増援は!? もしかして孤立無援なのですかーー!」
悟空「あれ? 地球に帰ろうとしたんだけど……なのはの魔力を感じねェ……しかたねぇや、近いとこまでもう少し瞬間移動で――」
なのは「そろそろ体力の限界だよぉー! 余裕そうな顔つきもポーカーフェイスなのーー!」
リンディ「あぁ、その機器はそうやって……」
プレシア「後は強度の問題ね。 さて、どう解決しようかしら」
なのは「だれかー!!」
強襲者二名「なんだ? あいつの雰囲気がころころ変わる……罠か?」
なのは「うわーん!」
強襲者たち「アイツの例もある。 もう少し様子を見よう」
悟空「ん? そういや時間か。 今日はオラがやっかな? --次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第42話」
なのは「油断?! 生き残るのは二人に一人」
悟空「な!? なんだ! なのはの背後から妙な気が……は、離れろ!!」
なのは「……え? え?? ごくうくん?」
悟空「と、遠すぎる!? ま、間に合えーー!!」