魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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戦士目覚めるとき、大いなる災いがうごめきだす……
卵が先か鶏が先か。 果たして今回、悟空が来たから悪が来たのか、悪が居るから悟空が来たのかがわからない展開……になるのでしょうかな。

さて、いろいろ今回やらかします。 戦闘力について納得いかない者が絶対あるのですが……それは次回以降に解説が入るところです。

……けど、予想がつく方は大体アイツのせいだろうと思っているんでしょうけど。

ではりりごく43話です。




第43話 激昂の戦士、静けさを取り戻すとき

――12月2日 AM6時半。 高町家なのはの部屋。

 

「悟空くん……」

「くぅ~ん」

「……うぅ」

 

 少女はうつ伏せになっていた。

 身体は痛いし、頭もだるい。 心は疲れ果て、瞳は既に潤いをなくしていた。

 

「悟空くん」

「がう!」

 

 その傍らで身を寄せる子犬が一匹。 オレンジの体毛は世間的に珍しく、さらに額の赤い宝石は、まるでこの世のものではない輝きを秘めていた。 それが少女に寄り添うと、そっと涙を長い尾で拭っていく。 

 

「ごめんなさい……アルフさん」

「いいんだよ。 あいつのことが心配な気持ちは、アタシにだってわかるし」

「……うん」

 

 子犬と少女が布団の中で身を縮こまらせる。

 帰ってこなかった彼。 それだけで心は陰り、身体の温度は2度下がる。 寒いよと、覆った布団は体を温めるだけで……まだ寒い。

 

「どこ行っちゃったの……」

「あいつ……あんな体で」

 

 少女は思わず子犬の身体を抱きしめて……

 

「心配だよ……」

「このまま……なんてこと――」

 

 つぶやかれる言葉たちは、ただひたすらに温度が低い。 寒さをしのぎ切れず、白い空気が出入りする口元は今も、戦士の帰還を願う言葉であふれていた……彼が今、ある意味で一番近しい場所にいるとも知らないで。

 

 ミッドチルダ AM――7時。

 

 

 朝、窓枠に止まる小鳥たちが、木漏れ日を浴びながらあさの踊りでにぎわっていた。 歓喜に求愛。 どれもをと、手に取れるようにわかるそれらは、これからいいことが起こるのかなと、見る者に頬を緩めさせる。

 

 そんな、楽しい時間が果たして訪れるのかはわからないが。

 

「……ん」

「…………」

 

 窓枠のある部屋。 その主が目を覚ます。

 アラームの鳴る時間までは後4分というところか。 ちょうどいいかなと、二度寝を強行しないのはしっかり者の証しだろう、彼女は、解いた金髪を自由に流しながら起き上がり――

 

「    」

「…………」

 

 言葉という概念を、どこかへ放り投げてしまう。

 

「こ、こういう時は落ち着いて、まずは昨日あったことを思い出してみよう。 うん、何にも思い出せない――なにがどうなってるのか……ああう」

 

 テンションが明らかに狂っているフェイトはそのままふとんを持ち上げる。 いつもの黒いパジャマに身を包んでいたことに、内心残念がりながらもつい、隣を見る。 逞しいを地で行く彼の身体に、片手だけで触れると自然……頬の温度が上昇する。

 

「どうなっちゃってるの? ここ……は、わたしの部屋だし。 ……しかも、着ている服が寝間着じゃないよね?」

「…………」

 

 それでも、このような状況で冷静でいられるのは、ひとえに母親の血が濃いためか。 隣人をながめた分析は、そのまま事態が異常なのであるという結論に至る。

 

「何かあったの? でも、それでどうしてこんなとこで……」

 

 寝てくれているのは構わない。 そう、呟いた声は誰にも聞こえなかっただろうか。 一瞬の視線の迷いは、そのまま思考を鈍らせる要因となる。 彼女は、困った顔をしながら布団から出ることにした。

 

「……あれ?」

「…………」

 

 そのときに気付いたのは彼の顔。 どうしても気になるのは、不自然にもほどがある汚れ。 なんだか、口元に赤い化粧めいたものが付着している……そう思い、不意に近づくフェイトは――

 

「な、何考えてるのわたし!?」

「……」

「ね、寝ている相手にこんな……」

「すぅ」

「……あぁ」

 

 思考をあさっての方向へとかっ飛ばす。

 

「でもほんとにどうしたんだろう。 ……あ、よく見たらこの服とっても高そう。 もう、悟空、こんなの着て寝てたら後が大変だよ……」

 

 どこか桃子のような事をいう少女は、彼の腕に触ると揺らしていく。 ぐいぐい……揺さぶられていく悟空の身体は……それでも一向に変化が無い。

 

「ねぇ」

「……」

 

 強く。

 

「悟空……!」

「……」

 

 激しく。

 

「悟空ったら!」

「……」

 

 めちゃくちゃに。

 ベッドが軋む音を周囲にぶつけると、フェイトは思いとどまる。 こんなに、寝起きの悪い人物だったろうか?

 

「少なくともわたしよりは断然いいはずなのに……どうしちゃったの?」

「……すぅ」

 

 始まる疑問。 そんなことを知っている彼女に疑問を感じる者がいるかもしれないが、いまはその様な人物など居らず、気にせず推理を展開する。

 

「整った、というより乱れない呼吸も不気味……ホントにおかしいよ」

「……すぅ」

「どうすれば」

 

 気づけば、既に看病の態勢になるフェイト。 寝間着姿で、大の男から衣服を……はぎ取る。

 

「ブレザーだけでも……いき、苦しそうだし」

「……すぅ」

 

 それでも覚醒の気配がない青年の、静かな寝息を聞くフェイトは次の行動に出る。

 

「えっとえっと。 このままでいるわけにはいかないから着替えて……きゃあ!?」

 

 タンスに頭をぶつけ。

 

「痛っ!?」

 

 ドアに身体をぶつけて。

 

「わわわ!?」

 

 着替え途中で床にスっ転ぶ。 ……というより、男がいる室内で着替えているあたり、彼女の慌て具合はかなりのモノなのか……それともそれを気にしないくらいに無頓着なのか。 “ドア越し”の人物はひっそりと前者を期待してやまない。

 ……そうして、彼女の悪戯が開始されるのでした。

 

「フェイト~~あさごはんよ~~」

「はひ?!」

「あら? どうしたのー?」

「な、なんでもないよーーすぐ行くから!」

 

 くすくす――聞こえない笑いに背を向けて。 フェイトの精一杯の問答が始まる。

 

「どうしよう。 仮にこの状態が露見したらそれこそ町中にかあさんが言いふらす可能性が……今夜は赤飯だなんて言い出すかもしれないし、彼氏が出来たのよーー……なんて騒ぎ立てられたらそれだけで……うぅ」

「はやくしなさーい」

「ああああ……どどっど、どうしよう……!」

 

 抱えるあたまを左右に振る。 考えればすぐわかるのに、それが浮かばない時点で彼女の負け。 こういうときの機転の働かなさは所詮こどもという事なのだろうか。 フェイトは、部屋の隅で往生する。

 

「どうにかしないと」

「もう、出てこないなら孫くんに頼んで無理矢理連れ出すわよ?」

「そ、それは出来ないんじゃないかな?」

「……あら? どうして?」

「あ、え、……うぅ」

「……」

 

 言葉を発すれば墓穴を掘り、黙りこくれば首を絞める。 進退窮まったフェイトは既に全身から汗を拭きださせている。 もう、観念の時がきたのではないか……と。

 

「でもやっぱり!」

「……なにが、やっぱりなの?」

「……あれ?」

「うふふ」

「~~ッ!?」

 

 その背後に、イジワル魔女が出現する。 まるで悟空の瞬間移動のような神出鬼没っぷりは、娘の心臓を、あわや悟空の死因と同じ末路に落とすところであって。 それが分らぬ親子は、朝イチのあいさつもままならぬうちに……

 

「ほほ~~う」

「か、かあさん! これはね!?」

「へっへ~ん?」

「違うの違うの! ……そう! このあいだからの修行の続きで!!」

「でも彼、パーティにでも行くような恰好よ?」

「あうあう」

「フフフ」

 

 もう、親の表情も見えません。 どうやっても遊んでいる風にしか見えないプレシアの、小気味良い微笑む声に、フェイトの焦りはピークを迎える。

 

「さぁ、さっさと朝ごはん食べてきなさい……下に作っておいてあるから」

「……はい」

「ふふ」

 

 火消しの水を掛けるようなプレシアの、ほんの少しだけ冷たい一言。 若干の疑問を持ちながら、首を引かれるように……

 

「……うぅ」

「ほら、はやくしないと学校に遅れるわよ? 孫くんは私が起こしておいてあげるから……ね?」

「あ、はい!」

 

 悟空をついつい2度見する。 それに今度こそ優しい顔で、一回のリビングへと促すプレシア。 彼女は、ここで一つ嘘をついていた。

 

「…………」

「すぅ……ふぅ……」

 

 起こしてあげる……彼女は果たしてその公言を――果たすことが出来るのであろうか。

 

――――も、もうこんな時間!? かあさん、行ってくるね!!

「気を付けるのよー、転送ポートは設定してあるから、そのまま向こうへ行ってきなさい……」

――――いつも思うんだけどコレっていいのかな……あ! こんなことしてる場合じゃ……いってきまーす!!

「……いってらっしゃい」

 

 どっと、疲れの含められた息を吐くプレシア。 肩から胸からお腹から……全身から疲労を吹きだす彼女の心象は複雑不安定。 正直、良いと言われればもうひと寝入りしそうなほどであるのだが。

 そっと掛布団を整える彼女。 長い髪を後ろで結って、リンディのような後ろ姿はまるでどこの家庭にもいる主婦のよう。 いや、間違ってはないのだが、どうにも違和感があるその姿は……

 

「あなたに、似合わないって言ってほしかったのに。 ……ふふ、まさかわたしがあなたの服装にケチをつけるような展開になるだなんてね」

「……」

「さてと……まさかこんなに深いダメージを負っているとは夢にも思わなかったわ。 ……ごめんなさい、孫くん」

「…………」

「起きない……わよね。 どうしたモノかしら」

 

 頬に手を持っていくこと20秒。 これだけ考えて、何も浮かぶどころかかすりもしない解決への糸口。 だから彼女は思考を次へとつなげていく。

 

「出来ないとわかれば、次の手順を構築するのは基本よね――【リンディさん】」

【はい?】

【朝早くからごめんなさい。 実は、相談したいことが……】

 

 人手の追加発注。 いきなりの事におどろきつつも、もう慣れた感があるリンディの苦労人度数は結構の値であろうか。

 

【また増築の申請ミスですか? それとも新薬の実験ミスでしょうか……それとも――】

【え、えぇ随分と面倒なことが……】

【はぁ……今度はいったい何をしたんですか? さすがにもう、そんなに驚きませんが。 どうかしましたか? 今度は次元の壁でも炸裂なさったんですか……はぁ】

【え、えぇ……それは】

 

 もう、何があっても驚かない。 彼女は確かにそう言った。 疲れ果て、困惑すら出ない心の中からの一言に……

 

「よかったわ」

 

 プレシアは秘かに安堵した。

 

【実は孫くんが謎の敵にやられて虫の息なのよ。 できれば――】

【ぶふ――ッ!?】

【あら?】

【す、すみませんグレアム提督! す、少しだけ用事が…いえ………あ、そうだクロノが危篤で! そ、そうです……最近友達になった男の子とプロレスごっこしてて――そうなんですよ、タンスの角に頭ぶつけてもう】

【…………なんてひどい言い訳。 あの子のキャラじゃないわよ既に】

 

 聞こえる喧騒は酷いのなんの。 既に念話と会話がチャンポンしている時点で、リンディの乱れっぷりは想像できるであろう。 吹き乱れたり、五月雨たり……なんだかわからない彼女の言い訳に、そっと持っていたコーヒーを口に付けて……離すと。

 

「……まぁ、良いでしょう」

 

 貫禄あるおことばを、誰も聞いていない部屋に落とすのでありました。

 

 

 ――――数時間後。

 

「なに? うるさいわねぇ」

 

 テスタロッサ家の呼び鈴が火を噴いていた。 愛と怒りと激震の強襲者、ここに極まる。 その音に、持っていた本から目を離すと、外を見下ろした彼女の頭上にカミナリ雲……

 

「孫くんが起きたらどうするの!」

「はぎゃ!?」ばちばち

「……ふぅ、これで寝顔を堪能しながら読書を――」

「ぷ、プレシアさん……あ、あなたという人はねぇ……」

「あ、つい…………正直、申し訳ないとは思っているの。 ごめんなさいね」

「……うぐ……うぐ!?」

 

 ピカっと轟いたと思ったら、ライトグリーンに轟雷が飛んでいく。 筋肉をケイレンさせながら文句を言う姿はどこまでも不憫! リンディ・ハラオウン、到着早々に閻魔界を見る……と。

 

「なんだか見たこともない赤い巨人に、管理局のお偉い方と同じようなことを言われた気がするわ」

「……参考までに、なんて言われたのかしら?」

「……たしか、余計な仕事を増やすな。 だったかしら」

「あの世の番人かなんかだったら、適当な上に最悪な一言ね……」

 

 あの世の方が役人の仕事は苛烈。 そんなことなど判りはしない、管理局務めのリンディさんであった。

 

「いろいろ迷い道をしてしまったけれど、さっきの話……ホントでしょうか」

「えぇ、信じられないでしょうけど事実よ。 ……今朝、突然こっちに瞬間移動してきたと思ったら、今のいままで寝たきり。 起こしても反応がないのが不気味を通り越して不安になるくらいよ」

「……」

 

 風に遊くれる黒い髪。 相変わらずの四方八方は、知っている者に心底からくる安心感を与えるはずなのに、今ある感情は……愁い。 彼を見て、思わず黒髪に触れたリンディは、その手を前後にさすっていく。

 

「思ったよりも安静でよかったわ。 虫の息なんていうから、もっとひどい……それこそ“あの時”以上を想像してしまって……」

「そこらへんはこちらが悪かったわね、ごめんなさい。 けど、ああいわなければこんなにも早くには来なかったでしょう?」

「……それは、そうかもしれないでしょうけど。 ……あら?」

 

 揺らした髪が、もとのスタイルに戻っていく中、そっと悟空の上に覆いかぶさるリンディ。 ライトグリーンの髪の束が彼の頬をくすぐると、そっとふとんに手をのばして見せる。

 

「いま、身じろぎしたかしら?」

「どうかしら、わたしには何も見えなかったわよ?」

「……そうですか」

 

 わずかに動いた布団に、一縷の期待を寄せる彼女。 それを、冷静に否定するプレシアは、そっと息を吐くと人差し指を立てて中空に窓枠を描きだす。

 

「さてと、今の孫くんだけど。 あなたが来るまでにいろいろと調べさせてもらったわ」

「……それで、結果は」

「慌てないでリンディさん。 これから話すことはあくまで推測……そう心構えて聞いていただきたいの。 良いかしら」

「わかりました」

 

 まるで素潜りを限界時間まで行った後の呼吸をするリンディ。 激しく、深い吐息はそれほどに彼が心配だったから。 何が起き、どうしてこのような事態になっているかを把握する。

 悟空が対象故に、管理局(バック)が付かない状況は酷く心細い。 そんな彼女たちの秘かな戦いは――始まる。

 

「まず、この子の中にあるジュエルシードだけど、損傷が確認されたわ」

「……どういう事!? アレは悟空君の中に半アストラル状……つまりリンカーコアに限りなく近い状態で取り込まれているのではなかったんですか!」

「そうよ……そう、思っていたわ」

「……」

 

 いきなり難題に突入する会話。 魔導師で言い表せば、所謂“急所”に該当する部分。 それが損傷してしまったと言われれば、誰だって大きな声は上げてしまう。 リンディは立ち上がった身体をそのままに、プレシアへ続きを何とか促していく。

 

「彼とジュエルシード、これらは深く結びついた関係なのは確か。 今まで、どう理由を探ってもわからなかったから、便箋的にそういう解釈をしてきたけど……ことはそう簡単ではなかったのよ」

「では、いったい彼の身体に何が起こったのですか?」

「……備わるというより……“癒着”と言ったところかしら」

「ゆちゃく?」

 

 其の一言と同時、紫の窓枠に風景がひとつ。 黒――塗りつぶされた色は何も例えだとか比喩ではない。 本当に真っ黒のそれは、一つの怪異を映し出していたに過ぎない。

 

「こ、これは……!」

 

 それに、思わず腰を引くリンディ。 思い出したくはないが、忘れることもできない現実に気付けば額から汗が流れていった。 制服のYシャツは肌に張り付く、この時初めて、自分が汗をかいていることに気付いていた。

 彼女をここまでにするモノの正体……それは。

 

「お、大猿……?」

「その通り」

 

 サイヤ人の真の姿――その一言に尽きようか。

 

「こんなものが一体どうだって言うんですか。 確かに、悟空君たちサイヤ人のコレは驚異ですけど……今は関係が……」

「ない、というわけではないわ」

「……?」

 

 映像の中で猛威を振るう大猿……悟空のウラの姿に気後れという感情渦巻く中、否定の声を上げようとするリンディに、プレシアは、だからこそ肯定の発案を展開していく。

 

「孫くんは幼少のころに……つまりターレスとの初戦時にジュエルシードを呑み込んだ。 ただ、それだけだったら普通の飲食で済んだのでしょうけど、そのあとに起こったこれ」

「……これは?」

 

 画面が一気に明るくなる。 夕焼け空に燃える一つの炎にリンディは目を見開く。

 

「す、超サイヤ人?」

「……」

 

 幼少時における、孫悟空もう一つの変異。 ターレスからの一方的な攻撃と、フェイトの生命の危機の際に起こった不可思議な現象。 その時の映像が流れ始める。

 黒い髪が逆立ち、目には理性無く、ただ、感情が赴くままに破壊の衝動に身を任せるそのすがたは……まさに獣。 それを確認した彼女は、思わず手に汗を握っていた。

 

「わたしはこれを前段階…偽……疑似…えぇそうね、疑似超サイヤ人とでも呼称しているけど」

「疑似超サイヤ人……」

「リンディさん、貴方が前に言っていた報告では、ターレスと戦う前にも彼はこれになったと言っていたけど……ホントかしら?」

「……あ、ああ! そういえば――確か隠し持っていた資料の中に……これです!」

 

 唐突に映し出したミントグリーンの窓枠。 それの中身に向かって指を置いて、横へスライドさせること十数回……それは不意に映し出される。

 

「…………なるほどね」

「プレシアさん?」

 

 最初は正面から、次が下から。 視線を変えること3回ほど、一分間だけ見つめたプレシアは一言だけ零す。 おもった通りだと……

 

「よく見て? 始めてこちらが発見した時の彼と、ターレスとの戦闘時の彼」

「……? は、はぁ……」

「目を凝らすのではなくて、全体を見渡してみて。 そうすればわかるはずよ」

「……!」

 

 プレシアの些細な助言。 それだけでリンディにもようやくわかる。 彼が、孫悟空が辿った“壁”への軌跡が。

 

「最初の頃は全身を覆う……黄金の光りが見当たらない?」

「そうよ」

「でも、これは超サイヤ人状態でもありました。 それならこの時の悟空君にだって……」

 

 出来るはず。 どこかわかった風な彼女は……その実何も知りはしなかった。

 

「よく考えてみて? あのときの彼は理性の理の字もなかった。 つまり、常に出力は全開の筈よ」

「……そ、それってつまり」

「そう、あの光は孫くんが気という力を、可視レベルまで放出できるほどに上がった……それを表していたということ」

「それが……ジュエルシードを呑み込んだ後ということですね」

「そういう事」

「けれど、どうしてジュエルシードは悟空君に……今までの情報ならば、所有者に幸運をというのは名目で、その実結構はた迷惑な事象ばかり引き起こしてますよコレ」

 

 思い起こされるのは、かなり危ない事件の数々。 悟空曰く「はは! またへんてこなことしてんのな」などと笑って流せる事件も、彼女たちにとっては難しい案件に他ならず。 それを数えはじめる手は、やがてすぐになくなっていく。

 考えるのも億劫……リンディは、すぐさま思考を元に戻す。

 

「このジュエルシードの特性は、今あなたが言った通りよ。 でもね、これはうまい具合に制御すればコントロールは出来るのよ」

「!?」

「実際、これを使ってわたしは時空間跳躍を敢行しようとしていたことだし」

「!!?」

「でも、ターレスを見ていたら怖気が走ってね。 あのとき割った鏡の枚数は覚えてないわ」

「…………」

 

 戻した先に待ち受けていた昔話に肩を落とし、気分すら落としたリンディは家の窓を見る。 外に映る景色を一望し、胸の中の靄を払うとそのままプレシアに向き直る。 ……準備は、できましたよ――と。

 

「ふふ……ごめんなさい気を遣わせて。 コントロールの話よね、さっき言った方法とは他にもう一個、わたしがやろうとして取りやめたものがあったのよ」

「……」

「ジュエルシードを……体内に取り込むこと」

「!」

 

 ついに出た本題。 だがこの時のプレシアの顔は妙に落ち着いていた。 まるで、力の入っていない双肩は、その実本当に何も力んではいなかった。

 

「これはダメだったわ」

「やってみたのですか?」

「違うわよ。 さっきも言ったけど、アレはただの石ころなの。 遠い昔の文献で書いてあった別件を思い出しただけで、実際はやれないとわかっていたわ。 そもそも、あんなものを体内に入れでもして、もしも爆発でもされればそれでおしまいじゃない」

「……た、たしかに」

 

 それでも、次に続く声はプレシア。 彼女は今度こそ肩から背中から全身から力を出すと、声を硬く言い放つ。

 

「でも彼はちがう……咄嗟とはいえのみ込んだジュエルシードをそのままに、大幅な身体構造の変更をしたのよ」

「……あ」

「もうわかるわよね。 大猿への変身で、彼は大きく体積を変化。 そのあと、変異が解けたことにより、一緒に戻るかのような変化をしたものの、それが不完全の状態で行われて……」

「彼の身体と、物理的に一体化を果たした……と?」

「そうよ。 たぶんね」

 

 不確かな事この上ない。 今までどの歴史を読み解いても、満月を見て全長10メートル超過の大猿へと身体を変異させる人類など存在しない。 だからこその推察、故の憶測。 プレシアは、眉間に2本指を立てると前後させる。 明らかに疲れたという態度は、そのままリンディにも移っていく様であった。

 

「それともう一つ」

「まだ……」

 

 ほぐし終えたプレシアの表情は厳しくも朗らか。 一瞬だけ見た黒髪の青年はどういう意味だったか……

 

「彼自身、とっても悔しかったのだと思うわ」

「……は?」

「考えてもごらんなさい。 普段あれだけ優しさと朗らかさを濃縮した子だったのよ? それが友達をあんな風にされて怒りに燃えない訳がないわ」

「……もしかして」

「そのときの感情はなによりも純粋だったはずよ。 ……そう、“純粋なる怒り”……思いが、きっと、ジュエルシードを正しい発動に導いたのよ」

「……」

「――そう考えた方が美談でしょ?」

「はい?!」

 

 だんだん見えてきた真実。 解けてきた疑問。 ひとつになっていく欠片たち。 孫悟空に起こった奇妙な現象。 それがやはり石の力だと、思ったリンディにプレシアは水を差す。 この話は、冗談半分で納めてくれと、半ば説得するかのように。

 

「あら?」

「また、客人かしら? 満員御礼よ、今日はもう」

 

 そこで鳴り響く音に、プレシアがそっと玄関に歩を進める。 その先にある喧噪を知らないで、何も考えずにただ、金色のドアノブを開放すると――――

 

 

 

――――地球。 私立聖祥大付属小学校……3年生とある教室。

 

「え!?」

「え、ええ?」

「こらそこ! 授業中だぞ、静かにしろー?」

『す、すみません……』

 

 隣同士の内緒話。 今日、驚くことがあったんだと、言った矢先のことであった。

 

「……それってほんと……なの?」

「そうだけど……どうかしたの?」

「……」

「なのは?」

 

 昨日の今日。 皆に心配はかけたくないと、家で熟睡という名の緊急自主治療を行っているアルフを後ろ髪引かれながら出かけて行ったなのは。 少女は、皆に話せぬ話だからこそ、ここにいる同じ側である人間に相談したところ……驚愕はここに極まる。

 

「その話、もっと詳しくお願い!」

「いいけど……でも、後2限も残ってるけどどうするの?」

「あ、……そうだよね。 どうしよう」

「……」

 

 食いつき良好の高町なのはさん。 彼女はフェイトから聞いた“話”に椅子を転がすと、そのまま頭にタンコブを作っていた。 片手に手袋をした男性教師が振り投げたチョークが、的確な位置にあたったからである。

 威嚇射撃そのままに、続きを促そうにも場所が悪い。 しかし、その中に置いてフェイトの脳裏にはとある先人の神託が鳴り響く。

 

 ――――フェイト。 もしもどうしても困ったら“こう”言うのよ。

 

「よし、あの手で行こう!」

「フェイトちゃん?」

「……うん、ちょうどアルフも来たみたい。 なのは、これからわたしの言う通りにして。 そうすればすべてうまくいくから」

「……うん?」

 

 その言葉、その微笑。 全てをひっくるめて飲み込んだフェイトたちは念話を開始。 そこから先の会話はなぜか傍受不可能の神秘が立ち込め……20秒の後、ようやく終わった会話から見える眼光ひとつ。

 フェイトの、小芝居が始まろうとしていた。

 

「先生……あの」

「どうかしたか、テスタロッサ?」

「……実は……その“来ちゃった”んです……それで……その」

「なんだと!? この歳――いやいや……し、仕方ない。 保健室に行った後、保護者の方に迎えに――」

 

 “そういう事”に不慣れな男性教師は、ありえないという声を上げていた。

 しかし、そのあとに続く……

 

「先生!」

「なんだ、今度は高町か……なんだ?」

「実は……わたしも――」

「――――ッ!? なん……だと」

 

 なのはの訴えに、腰をリアルに抜かしていた。

 

「さささ、最近の小学生は進んでいると聞いてはいたが……なんなんだこれは!? 幕末じゃないんだぞ……」

 

 つぶやく言葉は小学生には少し難しい方面。 金髪ツインテールっ娘が、彼の担当はきっと社会なのだろうなどと呟く刹那。 なのははここで作戦をもう一段階繰り上げる。

 

「もう、痛くて苦しくて……」

「わ、わわわわかった! ふたりは早く帰るんだ! いいな! いや、先生、ついてやってもいいぞ!?」

 

 片目をつむり、わざとらしくうつむいて見せる。 それすらも、不可侵領域に片足突っ込んでいると勘違いしている教師の背中は、既にナイアガラの滝を超えている。 まるで時限爆弾の解除のような慎重さで、言葉を選んだ彼の対応は正しかった。

 

「……ついて来るんですか?」

 

 うつむいてからのぉ……

 

「男の人は……その」

 

 上目使いwith涙目。

 

「~~!? わ、わかった! そ、それじゃあ二人には悪いがこのまま保健室に行ってもらう……これで平気……なのか?」

『……はい!』

 

 最強の二段攻撃は、正論すらクロにする。 教師の心はここで折れる。 彼が盛大な勘違いの声を上げながら、フェイトとなのはは下校支度を10秒で済ませると……

 

「なのは……アンタっていったい……」

「フェイトちゃん……恐ろしいヒト!」

『???』

 

 たった二人の理解者を置いて行きながら、颯爽と教室を後にする。

 

「なのは! 近道!!」

「うん! あそこの窓が開いてるから――それ!」

 

 フェイトが指さす方向へまっしぐら。 何の躊躇もなく、枠に手をかけレールに足を引っ掛ける。 指先で引っ張り、足で踏み越えていく力の流れは鉄棒の逆上がりに似ていると最近のなのはは思ってみたりなんかしたり。

 

「は!」

「いっけー!」

 

 とにもかくにも、自然体で彼女たちはそこから飛び立つのであった。 ……3階の窓から…………ダイビングをかましながら。

 

「ところでフェイトちゃん、さっきのってどういう意味なの?」

「アレ? うーん、母さんが言うには、女の武器らしいけど……よくわかんない」

「え? そうなの!?」

 

 スタリと地面に足を付ける。 全身のバネを利用しながらの着地は、なんと周りに物音立てずにやってのける忍びのもの。 確実に方向性がおかしい彼女たちの強化は、ひとえに悟空というファクターがあっての物種だろうか。

 

「でも、実際アルフが“校門前に来てる”のはホントの事だし、これでいいんじゃないかな」

「……最近フェイトちゃんのゴリ押しが、悟空くんが来た頃のわたしを超えた気がする」

「え?」

「なんでもございません……」

 

 ……きっとそうである。 そう信じたいなのはであった。

 

「フェイト! なのは!」

「あ!」

「アルフ!」

 

 そうこうして、そそくさと裏庭を超えて校庭から離脱した幼女たちは、オオカミ女状態のアルフと合流。 互いに視線を合わせると、特に打ち合わせもなく遠くへと……学校の目から遠ざかっていく。 そして、なのはから告げられて言葉に、彼女は尻尾をふり乱す。

 

「――――悟空の居場所が分かったって本当かい!」

「う、うん」

「どこなんだい!」

「……うち」

「…………」

 

 急に、彼女のシッポが大人しくなる。

 

「なんだって……?」

「今朝ね? 悟空がウチで寝てたの。 それで、起こそうとしてもなかなか起きなかったから、事情とかは聴けなかったけど……」

「……ちょいまち。 フェイト、あの“くそばばぁ”はなんか言ってたのかい?」

「え? なにも……」

「……それって」

「だよねぇ」

 

 耳が立ち、もぞりと動き出し。

 

「アイツ……知ってて話さなかったな……」

「え!?」

「きっとフェイトちゃんに心配かけたくなかったんだよ。 それにあの状態の悟空くんが悠長に状況を説明できたかも妖しいし」

「……それもそうか」

「かあさん……悟空……」

「でもね」

『?』

「ちょぉっと……気に食わないんだよねぇ」

 

 やがて元に戻っていく彼女の感情。 尾も耳も、隠すように消えていき、普通の人間とそん色ないぐらいな自然さで、長い髪をたなびかせていく。

 

「さぁて」

「え?」

「アルフ!?」

 

 バチン! 鳴り響いたのは乾いた音。 右手を強く握り、グローブのついた左手に叩きつけていたアルフは、いきなり戦闘態勢であった。 もう待たない! これ以上の譲歩は断固として許さない!!

 

「あのばばぁ! 好き勝手にして。 悟空に免じて今まで目をつむってはいたけど――今度こそ引導を渡してやる!」

「あ、アルフ?」

「アタシたちをここまで心配させておいて、その実自分は全部知ってますよ的な態度が気に食わない! どこのラスボスだあいつは!」

「……わたしたちの世界じゃないかな?」

「少なくても悟空くんのところではないのは確かだよね……パワー系じゃないし」

「わおぉーーん!!」

『どうどう……』

 

 引っ張る手綱が切れそうだ。 必死に彼女をなだめる幼子たちは、冷や汗を止められない。 まるでダイナマイトのように爆発しそうな彼女は、その名の通りに火が付いたら引き返せない道を翔けぬけたいと必死である。

 主人たちの苦労を置いてけぼりにしたままに。

 

「ふふッ! ここまで燃え上がったアタシは止められない!! このまま一気に家まで転送して――?」

「アルフ?」

「……あれ?」

 

 しかし発進しない彼女。 動かした全身をそのままに、汗の量が滝のように変化していく様を見せつける。 おかしいと、思った子供たちは見上げたまま、彼女の発言を5秒だけ待つ……その結果。

 

「座標……アクセスできない」

「え?」

「ロックでもされてるの?」

「……分らない。 でも、外部からの受付が……」

『??』

 

 悟空と違う転移を行う魔導師たち。 彼女たちは、指定された数字で行く場所を決めることが出来るのだが、いかんせん、その場所に特殊な防壁を掛けられると飛べないという欠点が存在する。

 かつての時の庭園でも、そのようなことがあった……だが。

 

「あのときはわたしが座標を教えたし、それにロックの解除方法も知ってたから……」

「けど今回はそれでもダメなんだ。 どうなってるのさ」

「……家にいる人がドアを抑え込んでるんじゃないかな?」

 

 なのはの一言に……幼子とオオカミが震えた…………

 

「あのクソばばぁ……ゴクウに何をする気なんだい……?」

「かあさん……ダメだよ。 病気なんだからあんまり“おいた”しちゃ……ふふ」

「……ふ、ふたりが今までで一番怖い。 初めて会った時を遥かに超えた制圧力をかんじるかも」

 

 吹きすさぶ風に、なのはのスカートが揺れ動く。 あわや中身が露出するところで抑えたそれは、しかしフェイトたちの暴走を止める手をなくすという事につながってしまい……

 

「フェイト! 緊急用の侵入口!」

裏口(いぬごや)だね! 了解!」

「なんだか二人の性格が……金髪になった悟空くんみたいな変貌を……」

 

 やけに落ち着いたなのはは分らない。 他人なら許せる、けど、肉親だからこそ引けないラインの存在を……

 兄弟ケンカ少ない家庭のなのはだからこそ理解不能の現象は、更なる業火に包まれる。

 

「転送までの手順……5項目カット! 転送開始まで残り10秒」

「カウントダウン! 5!」

「4!」

「あ、あの~~やっぱり今日は、一回戻って冷静に……」

「転送!!」

「あと2秒は!? きゃーー!?」

 

 人気少ない路地のなか、犬と少女と常識人が異世界にたび立つ。 ……時間は、やっと元の軸にジャンプする。

 

 

 

「はいはい……どちらさまぁ?」

「…………!」

「~~ッ」

「……ふむ」

 

 ついにあけられたドア、その向こうには……地獄が居た!!

 

「……」ばたん。

『!!?』

 

 響く音は閉めるもの。 何を? などとは言わない。 彼女が閉めるのはただ一つしかないだろう。

 

――ちょっと!? ここ開けな!

――母さん! 今のとっても面倒くさそうな目はどういうこと!? 説明をして!

――にゃ、はは……

 

 壁一枚隔てたむこうから聞こえる喧騒に耳をふさぐプレシア。 あーあーなんてわざとらしく声を上げたりなんかして、シカトに無視を重ねた高等技術で……この場を凌ぎ切る。

 

――鉄拳粉砕!!

――疾風迅雷!!

「――バリアブレイク!!」

「どぅわ!?」

 

 事もできず、プレシアは宙を舞っていくのでありました……粉みじんになったドアと共に。

 

「こ、このバカ娘たちは……うちの家財は全部手製なんだからもう少し丁寧に扱いなさい!」

「て、手製なんだ……」

「知らないよそんなこと!」

「そうだそうだ!」

 

 なのはの呟きに、覆いかぶさるフェイトたちは必至である。 汗もかかずにそれを躱して見せるプレシアもさることながら、この子たちの反抗の強いのなんの。 母は一人、娘のやんちゃに髪を揺らす。

 

「ちょっと!? いったいなんの騒ぎですか!」

「リンディさん!」

「どうしてアンタがこんなところに……?」

「あ、もしかして悟空の!」

「え? えぇ……そうですけど」

 

 そこに、もう一人の現役ママが登場。 階段を下りて、玄関へと歩くさまは本当に主婦を彷彿させる足取り。 おかえりなさぁい……なんて、言ってもいない呟きが聞こえるのも、彼女の雰囲気のなせるわざであろうか。

 それについつい……

 

「リンディさん、ただいまです」

「え? えぇ、おかえりなさい?」

 

 幻聴を現実に変えるなのはさんであった。

 

 ようやく集まる皆の衆。 リビングに置いてある机を囲むと、出されたおせんべいを皆で噛み砕く。

盛大な音が響く中、ここぞとばかりに交わされる情報は興味と驚異を巻き起こす。 其の中で、ようやく昨日の真実が見えてきた子供たちは……納得する。

 

「そうか……仙豆を求めてここに来たのか、ゴクウは」

「確かにあれほどのケガは治療魔法でも無理そうだもんね……わたしたちを守ったり、逃がしたり。 戦ってる途中でそんなことまで考えてたなんて」

「あの子のアレはもう、長年培ってきた戦闘経験というやつと……やっぱり戦闘民族としての血がなせるものだから、気にすることではないでしょうけどやっぱりすごいわよ、彼」

『は~~』

 

 彼の戦闘能力と、実戦慣れに。

 おせんべいを入れた器を空にしていた彼女たちはそのまま茶をすする。 熱いと感じる温度がちょうどいいと、兄が言っていたことを思い出したなのはは少しだけ頬を緩めてみたり……

 

「う~ん。 あと、もう4個は入れておこうかしら?」

「リンディさん。 あなた、それ以上入れたら怒るからね?」

「え?」

「いれすぎですよぉ……」

「そうかしら? でも――」

「い い か ら!」

「……は、はぁ」

『あ、はは』

 

 隣でリンディが緑茶相手に実験場を展開していたのはご愛嬌である。 

 その間に息を吸うモノが独り。 彼女は静かに腹の内に“リキ”を込めると、そのまま急激に全身へと送り出す。 体中に行き渡るそれが、筋肉以上のバネを作り出し……常人では感知できない速さで拳を鳴らす。

 

「さぁてと。 ゴクウのことはだいたい理解できたけど、問題はアイツをあんなにまでした連中さね。 昨日は油断したけど、次会ったら絶対にボッコボコにしてやる!」

「あ、アルフ、落ち着いて……ね?」

 

 拳を打ちつてたのはオレンジ色の彼女。 アルフは、フェイトの制止をその背に受けて、悟空が寝ているであろう寝室に視線を配る。 それを前にしても冷静に対処して、持った湯呑みに砂糖を入れ続けるリンディ。

 彼女は、眉ひとつ動かさず、事の行先を見守ろうとしていた……次の、なのはの発言を聞くまでは。

 

「でも、ホントに昨日の人たちはなんだったんだろう。 突然襲ってきて、“魔力が欲しい”って――」

「なんですって!?」

「え?」

「リンディさん……?」

 

 角砂糖が零れ落ちる。 甘い話はこれまでと、訴えるかのような風景は子どもたちの口を紡がせる。 乱したポニーテールは不規則に揺れ、事の深刻さを表すかのように静かに戻る。 そのもどり方に、一抹の不安を隠せないのは……やはりプレシアであった。

 

「もしかして……でも、そんな――」

「様子が変よ? あなた、どうしてしまったの」

「……くっ」

「リンディさん……?」

「……」

 

 拳を握る手は赤みを通り越して真っ青に染まっていた。 明らかに血の通りを無視した握り方は、硬くするというより、噛みしめると形容できよう。 そんな彼女の心境が、嫌でも伝わるからこそ、欠けてやる言葉が見つからない面々は、ただ、見守るだけである。

 

「いま、わかったわ……悟空君を襲った犯人」

「え?」

 

 小さく漏らした声。 美しくも痛々しいのはまるで真冬の湖のよう。 薄く、鋭く、儚くて冷たい。 明らかな無理は、彼がいないからこその大人の貌。 リンディは、そっと奥歯を食いしばっていた。

 

「……の書」

「――え?」

 

 聞こえてくるのは小さな呟き程度。 それすらも聞き逃さなかったプレシアは……いや、彼女だからこそ、ここでリンディの表情が移っていく。

 

「なのはさんを襲った犯人たち……おそらくは“闇の書の守護騎士プログラム”よ」

『守護……騎士?』

 

 ついぞや行われる答え合わせ。 だが、彼女の言った言葉の半分も理解できないと言った子供たちは、そろって首を傾げる。 わかるだけでも出てきた新しい単語は二つ……闇に騎士。 これらが脳内で渦巻く中……

 

「その守護何たらがなのはを襲った理由は?」

「……あ、それわたしも知りたいです」

 

 率直に出てきた疑問に、素直な質問をする仔犬が一匹。 アルフは、なのはの肩に手を置くと、そっと力を込めていた。 この子になんであんなことをしたのか……表情に出さずとも、その感情の色は一目瞭然であった。

 

「説明するにはまず、闇の書と言うモノについて知ってもらわなくてはいけないかしら?」

「闇の書……」

「……」

 

 おうむ返しになるフェイトに、視線そのままに後ろから佇むプレシアは表情硬い。 ここまで、大きな問題にになるだなんて、春の終わりに誰が予想できただろうか……深刻さを胸に潜めながら……ひとつ。

 

「……けほ」

「母さん?」

「どうかしたかしら?」

「え? うんん、何でもないよ……うん」

「…………あぁ、今の? 少しだけお茶菓子が喉をつまらせたのよ」

「そうなんだ……」

 

 小さな小さな咳を吐いていた……

 

「ごめんなさいリンディさん、話しを続けてもらっても構わないかしら?」

「は、はい」

 

 打ち消すかのような次の声。 それについつい流されてしまった一同は、今起こった不可思議を無視してしまう……彼女がいま、大きな嘘をついていたなんて思わないままに――そう、プレシアはまだ、コーヒーにしか手をのばしていなかったことに誰も気づきはしなかった。

 そうして次へといざなわれたリンディは、今回主だった被害者のなのはに向き直り、そっと口を開いていく。

 

「続きですが、先ほど申し上げた闇の書というのはジュエルシードと同様……いいえ、それ以上に危険視されているロストロギアです」

「ジュエルシード以上……!」

「ええ」

 

 それは、数か月前の争いが序の口と言わされたような一言。 確かにターレスというイレギュラーが居たのだが、それを差し引いても、あの青色の宝石以上に厄介な代物だと聞いて、なのはは思わず身を乗り出す。

 

「魔導師の魔力の源……リンカーコアから魔力を奪い、または喰らって自分のページを埋めていき、完成すれば莫大な力が手に入る代物なの」

「リンカーコア……だからわたしの事を狙ってきたんですね」

「えぇ、おそらく。 あなたの魔力は常人に比べて飛び抜けているモノ、奪おうと考えるのは当然ね」

「……そうだったんですか――でもっ! 悟空くんって確か!」

「え?」

 

 だんだん見えてくる出来事に、それでもとなのはは昨日の出来事を思い出す。 彼が助け、助けられた自分はこの目でしかと見たのだから。 悟空が……呟き、リンディに向かってなのはは咆える。

 

「その騎士って人に、ジュエルシードの魔力を奪われてたはずなんです! こんなことって、ありえるんですか!?」

「……そういうこと」

「え?」

 

 そう言った矢先に返ってくるのは納得といった声。 思わず振り向いた先には、灰色の髪をかき分けている魔女が、そっとため息をつきながら独り、悟空のいる寝室へと目を向けていた。

 

「あの子の中にあるジュエルシードね、実は魔導師のリンカーコアに限りなく近い状態を形成してしまっているの」

「え!?」

「うそ……」

「あの石ころが?!」

 

 なのはは髪を揺らし、フェイトは目を見開く。 次いで、アルフが尻尾を揺らしたかと思うと、それと同時に更なる追及へと踏み出そうとして……

 

「え?」

「アルフ?」

 

 オオカミ女は唐突に耳を揺らす。 聞こえていたモノが急に失われたことによる違和感は、しかしそれ以上に大変な事態に話が転がって行こうとしていた。

 

「プレシア!」

「……なに? アルフ」

 

 唐突に名を叫んだアルフに若干の戸惑い。 いつもババァ呼ばわりはどこへ行ったのやら……プレシアの眉が引きつらせながらも、アルフの叫びは止まらない。

 

「ゴクウ……ゴクウは今どこにいんだい!」

「どこって、フェイトの部屋に――」

「そのフェイトの部屋から今! ゴクウの匂いが消えたんだ! 間違いない……アイツ瞬間移動でどっかいったんだよ!!」

『……!!』

 

 其の一言で皆がフローリングを足で蹴る。 駆け足で階段を上り、木製のドアを叩くとそのまま勢いよく開け放つ……

 

「ゴクウ!」

「孫くん!!」

 

 叫ぶ二人……しかし、いや、当然の如く返事はない。 呼びかけた相手は昏睡していたのだ当然だ。 だから何も返事が返ってこないのは当然だとして。 でも、どうしてだろう、彼の眠っていたベッドの上には、掛布団しかないのは?

 

「あ、あの子……ジュエルシードの状態だって悪いでしょうに、なのにこんないきなりいなくなって」

「悟空……」

「深くダメージを負っているうえに、身体に深く結びついたジュエルシードに大きな負担でもかかろうものなら……あの子の命が危ういわ!」

『――ッ!?』

 

 テスタロッサ親子が、部屋の中に入って周りを見渡す。 もう、無人となった室内には、まだ彼のぬくもりが漂っていた。 どうして――そう、なのはが視線を周りに廻らせると……でも、何も思い浮かぶことが無くて。

 

「悟空くん……」

 

 つぶやいた先にいてほしい彼はいない。 それがわかってしまったなのはは立ち尽くすだけ。 そんな彼女の脳裏には、たった一つ……数か月前に交わされた約束がよぎっていた。

 

――――もう、居なくなっちゃうのは嫌だよ?

――――大ぇ丈夫。 おら、もう死なねぇ。

 

「悟空くん……」

 

 その約束が今、反故にされようとしている……のか? 浮き出てしまった疑念は、絆が強いほどに深い溝になっていく。 大切で、心配で、でも、肝心な時に訳を言わない彼の悪いところは――ここでもひとつ、悪い方向へと転がっていく。

 

「どこに……行っちゃったの? もう、あんな思いはイヤだよ……」

 

 涙はない。 それは彼の強さがわかっているから。 絶対に帰ってくるという予感めいたものは胸の中にある。 でも、それでも“今ここにいてほしい”という心の隙間ばかりは、決して埋められるものではない。

 

 なのはは、誰もいないベッドにただ、言葉を零してしまうだけであった。

 

 

 

 同時刻――管理外世界、無人の荒野。

 

 荒れ果てた大地、天にまで届けと言わんばかりに伸びた噴火後……それらが無尽蔵に跋扈する世界に、最後の生命が深い眠りについた。 もう、立ち上がれないと雄叫びを上げたそれは、かつて悟空が居た世界の恐竜よりもはるかに強大、そして堅牢であった。

 それがいともたやすく倒され、土煙があげられる最中……その現象を起こした犯人が、自身の武器からひとつ、空になった薬莢を大地へ落としていく。 その薬莢が地面目指して自由落下に身を任せる最中。

 

「よぅ、昨日ぶりだな」

「!?」

 

 拾う戦士があらわれる。

 身長175センチプラスα……ウニのように逆立った黒い頭髪が曖昧さを掻きたてる彼は、落ちてしまうところであった薬莢を持ち主に投げ返す。

 

「……おまえ――ッ」

「なんだよ、そう警戒するなって。 まぁ、気持ちはわからなくもねぇけど」

 

 上着はなく、第三まで開け放たれたワイシャツを乱雑に着こなし、黒いパンツを静かに風に揺らせる。 上着の無い彼からようやく見え隠れするようになった尻尾は、彼が彼であることをものの見事に証明する。

 

「……」

「どうやら、いま居るのはおめぇだけの様だな」

「……どうだかな」

 

 優しい問いかけに、氷のような冷たさで返すその姿は数日前とでは天地の差。 まさに敵前対峙といった感じの薬莢の持ち主に、それでも青年は……笑って見せる。

 

「オラにその手のはったりはダメだって知ってるだろ? 気……おめぇたちの場合は魔力だが、それを辿ればすぐにわかる。 ――この世界に、オラたち以外のニンゲンは誰一人いねぇってことぐらい」

「…………そうだったな」

 

 温度差があるものの、一瞬の笑みを交わす彼らは……すぐさま目を鋭くする。

 

「昨日の借りを返しにでも来たか……孫」

「そんなことしねぇって。 ただ、気になっただけっていうかさ」

「どうだか……」

「なんだよシグナム。 疑り深いなぁまったく」

「……」

 

 ついに明かされる名前。 彼らは互いに視線を……一度だけそむけた風に見えた。 やや下方向、相手のつま先を見るかのような角度は、自分の歩間と間合いと射程距離を計算させるための下準備。

 コンマの世界でそれらを終わらせると、まるで西部劇のガンマンかのように互いの“ケン”を握る。

 

「そんじゃ、本題にいくんだけどよ。 コイツは、どうしても確認したくてな……昨日のことだ。 あれは、おめぇたちホンキでなのはの事を襲ったのか?」

「……そうだ」

「じゃあ、あそこまで傷つけたのもか?」

「……そうだ」

 

 悟空の、拳がひとつ硬くなる。

 

「2対1でなのはを囲ったのもか……」

「…………そうだ」

 

 シグナムが柄を握る力を強くする。

 

「なぜだ」

「……言う必要がない」

「どうしてだ!」

「敵である貴様に、これ以上の問答は必要ないと言っているんだ!」

「……そうかよ」

「貴様も武人だろう。 なら、我らの間に言葉はいらないはずだ……」

「……」

 

 高く上げられた声が地表に落ちていく中、悟空たちの会話は空気へ霧散していく。 意味のない会話、結果を見ない交渉。 事ここに至って、彼等はいまだに分かり合えることなどできず。

 

「本気か?」

「……」

 

 それでもと、呼びかけた悟空の声にシグナムはただ、結った髪を風に流していくだけしかしない。

 

「…………(どういう事だ。 昨日までのシグナムの魔力とは質が違う……! まるで雰囲気が変わったような)」

「我らの事を多く知っている貴様は、これ以上野放しにはできん。 ……ちょうどいい機会だ、ここで切り伏せさせてもらうぞ」

「どうしてもやるってのか……?」

「――――」

「本気、みてぇだな」

 

 完全に途切れた会話、二人の“ケンシ”が武器を構えずに佇む中……

 

「……」

「……」

 

 緊張が緊迫へと変わり、衝突音がセカイへ木霊する。

 

「はああああッ!!」

「ふっ……」

 

 叫んだ悟空が右腕を走らせる。 対峙したシグナムから見てまるで大型のトラック、もしくは荒野を駆けるバッファローのような突進はまさに驚異。 見ただけでやられると判断した彼女は、息を吸い――剣の上にこぶしを走らせていた。

 

「貴様相手に様子見はない! ――レヴァンティン。 カートリッジ、ロード!」

[Explosion]

「またあの時の……いや! 魔力の上がり方が昨日とは比べ物に――ッ!」

 

 お互いに交差した瞬間、彼等は同時に次へと動く。 左足を軸に、右足で空間を蹴るとそのまま身体ごと振り向く。 出来上がる勢いそのままに、持った剣を打ち下ろさんとするシグナムに、悟空は一瞬だけ反応が遅れる。

 

「落ちろ! 紫電……一閃!!」

「来い!」

 

 叫んだシグナムの剣に炎が絡みつく。 物理的なそれは、フェイトと同様に魔力資質“炎”から生み出される魔法の追加効果。 見て取れる高温は触れれば切断と溶断を迫らせる代物だ。 そんな攻撃を前に、いまだ足が動いていない悟空は……

 迎え撃つ――選択肢を瞬時に選ぶと、悟空は握った拳に不可視の気を纏わせる。 瞬時の爆発力は相も変わらず、だが、何かが足りないそれは不十分な防御であったのか……

 

「ぐあああーー!」

「効いた……のか。 あの孫に……」

「……くっ?! いてて……あ、アイツ、こんな短期間でこれほどまでにウデを上げるなんてよ。 精神と時の部屋で修業でもしたのかよ……どうなっちまってんだ」

 

 腕で受けた悟空は、遠い岩山に衝突する。

 砕ける山肌、消え去った山頂。 地形のことごとくを壊滅させていく彼らは、そんなこともお構いなく次の行動に身を置く。 彼らは、瞬時に互いの距離をゼロにしていた。

 

「推して参る――ッ!」

「ちっ――」

 

 気合一閃!! 空気を唸らせ、空間を切り裂く彼女のツルギは悟空の黒髪を分断する。 紙一重の回避に、背中に汗をかいた悟空は――右ひじを既に引き寄せていた。

 

「だりゃあ!」

「せぇぇぇいい!!」

 

 砲弾のように弾けた彼の拳。 空気が叫び声を上げる中、それを耳にかすめたシグナムの鼓膜が一時的にマヒをする。 片方だけのそれは、彼女から平衡感覚をもぎ取りつつも、それでも、歯を食いしばって……悟空から距離を取る。

 

「くっ!? コイツ、隙あらば剣を折ろうとしてくるだと?!」

「剣もった相手なら、かなりの達人(トランクス)と手合せ済みだからな、対策ぐれぇ練ってあるさ!」

 

 一呼吸。 間を置いた彼らは、息を整える。

 

「邪道な」

「へへっ、武器持ってねぇンだ、これくれぇは……な!」

「そう簡単にいくとは思うな!」

「思ってねェよ!」

「はあああああ!」

「だあああああ!」

 

 またも再開。 悟空が足刀を走らせると、昨日なのはが見せた体捌きで躱して見せるシグナム。 身体の引き際に剣を一緒に引き寄せると、撃鉄が落ちる。

 

「もう一度だレヴァンティン! 紫電一閃!」

 

 火を纏う剣が、悟空の横合いから押し迫る。 攻撃後の硬直で身体が動かせていない彼は、そのまま目だけで軌道を読むのみ――回避が、間に合わない。

 

「フグッ!?」

「入った……!?」

「…………」

 

 苦しみの呟きが吐き出される刹那、手に感じ取った“打ち付ける”感覚に、攻撃が成功したと読み取るシグナムは内心でほくそ笑み……油断した。

 

「これで終わり……!?」

「その技は……一度見たぞ」

「な……に!?」

 

 打ちつける……そう、確かにシグナムが持つレヴァンティンは悟空の腕に当たり“打ち付けていた”

 

「ぐ、ぐぐ……」

「こ、コイツ……バカな!?」

 

 だが、ふつうならここでおかしいと思わなくてはいけなかったのだシグナムは。 どうして人体に刃を走らせて――切断した感触が手に伝わってこないのかという事を。 そして知る、見てしまう。 悟空が受けた剣の先、そこに一片のかけらが舞っていたことを……相棒が、悲鳴を上げようとしていることを。

 

「炎をまとった我が剣を……」

「ぐっ……ぐぅぅ――」

 

 これ以上動かない剣。 

 

「……たったの腕一本で受け止めるだと!?」

「ぐああああああああッ!!!」

 

 対照的に動き始めた悟空の――気合!!

 胎動は鳴動に変わり、次第に空へと力が伝播する。 あまりにも激しい力の波動は……一瞬の出来事で収まる。 何が起きた……そう、探ろうとするシグナムの脳裏に警告音が鳴り響く。

 

[!?]

「な!? 一端退くぞ、レヴァンティン!」

 

 発した信号は危険信号。 これ以上の負荷は――そう言って途切れそうになる相棒を片手に持つシグナムの腕から、一筋の赤い雫が流れていた。 限界以上の酷使で、ついぞや腕の筋がいかれたところであろう……それでも表情を崩さないのは歴戦の猛者というところだろうか。

 

「…………」

「そ、その姿……昨日の!?」

 

 だが、今目の前で存在する驚異の前では、そのような面の皮など意味もなく引きはがされてしまう。 そんな彼女に対して、悟空は静かに、そう、本当に湯水のように言葉を投げかけていく。

 

「“今のこの体で”…………随分とギリギリでの完成だったな」

「……コケ落とし……いや、貴様ほどの男がそんなものをするわけがない。 どうやら見た目通りのパワーアップと言ったところか」

「へぇ」

 

 染まる髪の色は金。 目の光りは碧に変異し、力を象徴とする金色のフレアが黒いパンツを薄く照らす。 彼は、姿だけなら昨日と同じ格好でシグナムの前で深い呼吸を開始する。 そして、次いで出る言葉は……

 

「さすがシグナムだ。 良い洞察力だぞ」

「……ッ」

 

 称賛。 どうにも、いや、以前フェイトに対しても同じやり取りをしたことがある彼。 すなわち、そこから性格が一向に変化していないというのを感じさせるのだが、それをわかる者は今はなく。

 だからであろう、下に見られたと舌を打つものが居た……自身でさえ気付かないくらいにだが。

 

「どうした? あぁ、雰囲気が昨日とは違うってんだろ。 修行が完成してよ――」

「……」

「聞いちゃいねぇ……ってか」

「…………」

 

 いらん報告だと、切って捨てるシグナムの目は烈火のごとく燃え盛っていた。 今まではなぜだかどうにか対処できていた。 だが、今感じる力の波動はなんだ! ここまでの力量だと思わなかった彼女は、ここで自然、いままで使った分の魔力の弾を、弾倉に装てんしていく。

 ここからが、本場という気迫を込めて。

 

「さぁて、オラをここまでさせたんだ」

「……」

 

 それは青年も同じ思い。 ここでサヨナラだなんてありえない、と。 息を整えながらにシグナムを見据える。 流れる汗が頬を伝わり、白いワイシャツを濡らしていく……悟空は静かに拳を作る。

 

「仕切り直しと行こうじゃねぇか」

「……」

「そんで、おめぇぶっ倒したら聞かせてもらうぞ……こうなった理由を!」

「くっ…………孫!!」

 

 一瞬、表情が崩れたのは見間違いだったろうか。 シグナムの剣が小さく揺れると、悟空はそのまま右足を――

 

「だりゃああ!」

「っく!?」

「だーーだだだだだだだだだッ――だりゃ!!」

「ふっくっ!? ちぃッ!!」

 

 高速の連打でシグナムに見舞いする。

 早い……速い!! ここまでありえないくらいに善戦していたシグナムも、今このときは騒然とした。 彼の蹴り……既に股関節からつま先までが消えてしまったかのようにしか見えていないそれは、もう、人の領域を遥かに超越している猛攻であった。 彼女は、只受けに回ることしかできず。

 

「はぁ……だあ!」

「しまッ――」

 

 唐突に変わるリズムに、完全に虚を突かれる。

 蹴り上げた悟空の足。 宙を舞うレヴァンティン。 これにより、持っていた手が上方にあげられ、所謂“ばんざい”の格好をしているシグナムの懐ががら空きになる。

 

「波!!」

「――ぐぅぅぅ!?」

 

 そこを逃す悟空ではない。

 一気に右を叩き入れると、シグナムを遠くの岩山に埋没させる。 見えない彼女、消えない気配、だから悟空は……だからこそこの青年は。

 

「かめはめ…………」

「あ、あの光……まさか昨日の!?」

 

 周囲を蒼く照らし始める。 容赦のない彼の選択肢は最大砲撃呪文……かめはめ波の構えである。 それを見たシグナムは焦りを禁じ得ない。

 

「あんなものを短時間でチャージできるものなのか!? あ、あいつ……」

 

 戦力の圧倒的な差は、こうも攻撃速度に違いが出来る。 彼女は無手のまま立ち上がると――脳裏に声が聞こえてくる。

 

【そこを動くな!】

「なに?!」

【そのまま……じっとしているんだ】

「どういうことだ」

 

 思い起こされるのは褐色の男。 彼の声が聞こえると同時、悟空から見えた光がそっぽを向く。

 

「悟空!!」

「くっ、ザフィーラか!?」

 

 白い魔力が悟空を襲う。 それを半身で躱した彼は、かめはめ波を……霧散させてしまう。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 獣が吠えるかのような咆哮。 悟空よりも若干背が高い男は、そのまま拳を振るっていく。 だが、当たってやる悟空でもなく。

 

「き、消えた!?」

「……残像拳」

 

 蜃気楼と化した悟空は、すぐさまザフィーラの背後を取る。 振り向こうと、身体を反らしたその背中に……ケリを放ちながら。

 

「うぐぅぅッ!?」

「次はおめぇか、いいぜ、次々来い!」

「うおおお!!」

 

 少し荒くなる口調。 若干の興奮を内に秘め、悟空は右手をザフィーラに向ける。 集まる光は黄色い閃光。 彼は、弾丸のようにそれを打ち出した。 それを、腕を振りかぶりながら青い獣は突貫する。

 

「これしき!」

 

 弾かれる光弾。 威力は申し分なかったであろうそれを力任せに振り払うと、今度はザフィーラのターン……白い光を拳に収束していく。

 

「あめぇ!」

「なんだと?!」

 

 だが、目の前に青年はいなかった。 その光景全てを見ていたシグナムの手は震え、気付けば声を高らかに上げていた。

 

「ザフィーラ! 後ろだ!!」

「――!」

「はあああ!」

 

 上がるもう一つの声は、褐色の男の背後から。 悟空がザフィーラの後ろでフレアを巻き上げると、振りかぶっていた右腕が、男の胴に突き刺さる。 ザフィーラの口から、大量の唾液が垂れる。

 明らかに違うレベルと、劣勢に追い込まれた騎士たちは後ずさるように悟空から距離を取る。

 

「……」

 

 其の中でも青年は油断はない。 しかし、何やら唇をかみしめると、そのまま全身を覆うフレアを仕舞い込む。

 

「もうわかったろ、おめぇたちじゃオラには勝てねぇ! さっさと降参して事情を話してみろ!」

「誰が!」

「なんでわかんねぇんだ! おめぇたちそこまで聞き分けがねぇ奴じゃないだろ」

「……」

「なぁおい!」

 

 臨戦態勢そのままに、悟空の説得が始まるも、それは虚しく流される。

 

「なんでわかんねぇんだ!」

「うるさいだまれ! 貴様に……管理局に従事したおまえに話すことなんか――ない!」

「はああああ!」

 

 叫ぶ悟空に非難するかのように、シグナムは言い張り、ザフィーラの雄叫びが虚しく木霊する。 段々と苦くなっていく戦闘は本当に苦痛しかなく。 意味のない拳のぶつかり合いは、次第に悟空から微笑を完全に消し去っていく。

 

「いい加減にしろ! こうしている間にも、おめぇたちに――」

「だまれ!」

「聞けってよ!」

 

 通らない言葉、完全に閉ざされた光の先は修羅の道なのか。 悟空がしたくもない歯噛みをすると、彼等の身体が――唐突に光り出す。

 

【シグナム! ザフィーラ!】

「この声……シャマル!?」

【もう! 無茶をして……悟空さんに会ったら即座に撤退するって言ったのはあなたでしょ!? いま転送魔法でこっちに来てもらうから……あと10秒持たせて!】

「……わかった」

 

 内緒話もそこそこに、先ほどまでの戦法とは真逆の対応をするシグナム達。 悟空は、空気でそれを読み取ると、睨む。

 

「――――ッ!」

「ぐぅぅ!? こ、この不可視の攻撃……気合砲か!」

「おめぇたちをこのまま逃がすわけにはいかねぇ! このまま気絶させてもらうぞ!」

 

 続いて腕を引き寄せた悟空は一気に解き放つ。 最小規模で放たれるのは衝撃波。 彼は、圧縮されていく空間をザフィーラに叩きつけ。

 

「――――う!?」

 

 そのさなかに、彼の動きが極端に悪くなる。

 

「ま、マズイ……オラの方もダメージが――これ以上はきついか!?」

「動きが鈍った……? シグナム! 撤退だ!」

「しかし、このままアイツを野放しには――」

「我らの成すことをはき違えるな! ここで我らが倒れれば、誰が主を救うというのだ!! シグナム!!」

「……くっ」

 

 そして叫んだ彼らは、悟空を目の前に置いておきながら消えていく。

 

「…………はぁあああ! ちきしょう、逃げられた」

 

 誰もいなくなった世界で大の字に倒れ込む。

明らかに疲労困憊の彼は当然だ。 つい数時間前までは生死の境をさまよっていたのだから……たとえ、一瞬であろうとも。 しかし悟空はそのまま神経を集中する。 彼にはあるのだ、この、だだっ広い世界を行き来するレアスキルが……

 

「……」

 

 場所を無視し、距離をなくし、次元間すらすり抜けるヤードラットの秘儀……瞬間移動が!! 悟空は指先に本を額に集めて精神集中をする……するのだが。

 

「だめだ」

 

 出てきたのはあきらめの声。 同時、解かれていく超化と合わせて、彼は戦闘態勢を崩していく。 戦いは、無残にも中止されてしまう。

 

「アイツ等の魔力を全然感じねぇ。 それどころかはやてのも完全に見失ってやがる……どういうことだ? なぜ地球にいるはずのはやてを感じられねぇ」

 

 つぶやかれる言葉、それの意味は彼自身知りたいところだが事実は事実。 すんなり受け取ると、そのままあさっての方向へと向き直る。

 

「ここも随分地形を変えちまったなぁ……仕方ねぇや、取りあえずプレシアの所に戻ろう。 そこで一回今後の事を考えなくちゃなぁ」

 

 思い浮かべるのは灰色の長髪を流した魔女。

 

「お、これこれ。 ちょっとばっかし、“ようえん”な感じの魔力はプレシアだな? お、それに周りにデカい魔力を持った奴がゴロゴロいやがる……フェイトと?」

 

 見えてくるのはその子供と……

 

「アルフ、それになのはとリンディか。 なんだ、女ばっかしじゃねぇか……まぁいいか」

 

 どことなくデリカシーの無いヒトことをぼやくと、そっと時空間を渡ろうと……―――行動を開始したそのときには、この世界からは人は完全にいなくなっていた。 孫悟空は、世界を渡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから先は……いまだ語られていない物語の先の話。 だからここで引き返すことを強く進める。

 

 

………………警告は、確かに行った。

 

 

 

 

 

 冬の季節が示す通り。 冷たい視線が飛び交っていた戦場跡。 この地はいまだ知らない。 ここに、最恐を誇れる戦士が激闘を繰り広げ、さらに世界を消滅させてしまうことなど……

 この小さき世界の存在が、悟空の周りに生きとし生ける全てのモノの救いになろうとは……――――「お、ようやくいなくなったな?」

 

「どうしますか? しばらくここに滞在するつもりで?」

「まぁな。 “最後”のへんまでここには近寄らなかったし……ここなら時間をつぶせんだろ」

 

 そこに、金と銀が降り立った。 金が二つに銀がひとつ。 彼らはそれぞれ身長はバラバラで、性格もまばら。 だからこそかみ合った会話をするのだが、その中に置いて、一番小さき者が独り……

 

「ねぇ、おにぃちゃん」

「……どうした?」

「どうして助けてあげないの? 今のおにぃちゃんならできない事なんてないんでしょ?」

 

 一番背の大きいモノに。そっと甘えた声を上げる。

 彼女は幼い、見た目通りの心の構造だ、故にわからない。 この、“たった今降り立った青年”の抱える苦悩の意味を。 だから……

 

「それはな、やっちゃいけねんだ」

「どうして?」

「そりゃ……なぁ?」

 

 知らなくていい……そう思い困った彼は抱えた頭をそのままに、横にいた2番目に大きい人物に投げかける……どうしていいか? そう、呟くかのように。 助けを求められたその者は、仕方なさそうに首を振ると、そっと屈んで小さき者の頭をなでる。

 

「わたしたちは本当なら“今は”存在しないモノ。 ならば、今この世界の危機を救っていいのは、ここにいるモノたちだけなのです」

「でもでも!」

「あんまし困らせちゃダメだぞ? 良い子だから、ここはおねぇちゃんの言うとおりにすんだ」

「……うぅ」

 

 呻く声。 同時に溢れそうになる目元の雫は、それでも零れることはなかった。 ほんの少しの我慢は、どこぞの誰かに似た印象を受け、遠い昔を思い出す男はその場で微笑む。

 

「大丈夫。 あいつ等なら何とかするさ、実際――」

「でも!」

「おめぇは心配症だなぁ。 そういうところは姉貴ににて……いや、妹なんか?」

 

 その笑みの先は困った顔が待ち受ける。 事情を知らない小さき者は、そのまま男を見上げてふくれっ面。 仕方ないと、抱き上げて肩に乗せた男はそのまま宙を舞う。

 

「まぁ、とにかくあいつらに任せておけば問題ねぇさ。 なんてったって“オラ”が付いてんだ、まちげぇねぇさ!」

「……ほんとかなぁ?」

「あ! おめぇいまバカにしたろ!? コノヤロぉ、そう言う生意気言うやつはオシオキだぞ?」

「きゃはは!? やめて! くすぐったぁぁい!」

「あ、お待ちください!?」

 

いまだ知らない。 “彼等”がこの世界に重複していることを。 青年の苦悩、悠久の風が戒めた不干渉。 禁じられた改変……世界を変えることの代償。

未来より命を救われた青年は今、過去より出でして現在の子供たちを見守ろうとしていた。 今度こそ……そう呟いた青年の後ろでは『尾』がゆったりと揺れていた……後ろに、祝福の風を受けながら。

 

 …………世界は、彼等の事をまだ……覚えているのだろうか?

 

 

 




悟空「オッス! オラ悟空!」

ユーノ「ぼ、ぼくに……できるこ――と」

クロノ「おい、あんまり無理をするな! あの金髪になった悟空の一撃をもらったのだろう? 全身の骨ががたつき、内臓が損傷し、さらに頭蓋骨にひびが入るという重症なんだ、おとなしくしておくんだ」

ユーノ「でも……でも……」

クロノ「まったく。 おとなしくフェイトから出された仙豆を食っておけばいいものを。 『悟空さんがまた無茶をするかもしれないからいらない!』 なんて突っぱねて、一番怪我がひどいのはどこの誰だまったく」

ユーノ「い、いやな予感がするんだ……なんだか、とてつもなく大変なことになる木がして……だからボク!」

???「ふふん、とっても美味しそうなボウヤだと思ってたけど、芯がしっかりしてるじゃない。 あの男のせいかね?」

ユーノ「あ、あなたは?」

???「通りすがりのおせっかい焼きってところかしら?」

クロノ「なにをしているんだ……あなたたちは」

ユーノ「?」

悟空「ぶえっくしッ!? なんか寒気が……ユーノの奴、けが治ったかなぁ? --見てきてやっか」

???「でも、それは今度にしてもらうわ。 次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第44話」

悟空「それぞれの理由! 終われない戦い!!」

リンディ「闇の書、それに関する情報収集を改める必要があるみたいね」

クロノ「アレの恐ろしいところは処分ができないというところだ――機能、それがあまりにも厄介で……」

悟空「……粉微塵にしてもか?」

クロノ「……おそらく」

悟空「んじゃ、仕方ねェな。 何とかなる方法を見つけておいてくれ。 おら、やることやってるから後は頼んだぞ?」

クロノ「やることって――!?」

プレシア「…………お願いね、孫くん」

クロノ「いったいなんだっていうんだ……まぁ仕方ない、ではまただ」

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