魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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動き出す物語。 今までの幸せを当然のごとくむさぼってきた愚か者どもよ……ひれ伏す時が来た。


何やら不安要素が爆発し始めた今回。 悟空さんたちはこれからどう動くのか……

不吉な数字の44話です……では……


第44話 それぞれの理由! 終われない戦い!!

「くっ……」

 

 女はうつむいていた。 部屋の隅、真っ暗な場所で今日できた傷をさすりながら。

 

「……くぅッ」

 

 壁を叩く。 小さくも深いそれは、まるで周囲に浸透していくかのような衝撃音を醸していた。 女はまた一つ、うめき声を上げる。

 

「いままで……あの笑顔は――」

 

 後悔の念。 それが果たして適応されるのかはこの場合分らぬが、女はいま、過去の出来事に唇をかみしめる。 ……いまが、辛いと嘆くことが出来ないままに。

 

「裏切ったのか――いや、最初からこうするつもりなら……それすらも」

 

 光が強い彼の姿。 故に、強すぎたそれに照らされた影は、闇の色を濃くしていく。 そんな心に巣食う存在が居るとも知らず、偽りの魂を持つこの女は、いま、決して踏み込むべきではない領域に向かっていた。

 

「……孫……よくも……われらを――」

 

 強い瞳、輝かしい身体。 そのすべてが彼女の脳を焼き尽くさんと、大きな光をもってフラッシュバックする。 ……それが、苦痛にしかならない女は。

 

「許さない……ゆるさん……ゆる……さん……」

 

 その闇に浸かってしまう。 見上げるのがつらい。 ココロが……張り裂けてしまう。 だったら堕ちて終おう……暗い暗い闇の中に、自分が、生まれ出でた場所にまで……そうして彼女は。

 

「……サイヤ……ジン……     」

 

 自分の意識を手放した。

 

 

PM 6時半 ミッドチルダはずれ……テスタロッサの家。

 

「ゴクウ……いったいどこに行ったのさ」

 

 オオカミ女が窓の外を見ていた。 時は既に日没前、今日は遅いよとカラスが泣きわめく中で、紅のアスファルトが燃えるように照り返す。 そんな時間でも、待ち人はいまだ帰らない。

 

「居なくなって2時間経過……さすがに心配だわ」

 

 灰色の髪が揺れる。 心境を映すかのような小さなふりは、それだけ心がか細くなっているから。 不安が口から吐き出しそうになるのを必死に抑えるかのように、彼女はブラックコーヒーをひとつ、煽る。

 

「悟空……」

「悟空くん」

 

 幼き少女達も同様。 彼女たちはそろって窓の外を見て、暗くなるにもかかわらず、その場から一向に動こうとしない。 もう、今日が終わってしまうという時間は、それだけで焦りの色を濃くしていく――――…………でも、彼のように自由には出来ないから。

 彼女たちは、只々青年の帰りを待っていることしかできない。

 

「…………どこに行っちゃったの?」

「ちぃと野暮用でさ、少しばかり知り合いのとこにな?」

「それが本当だとしても……あんなに怪我してて……」

「はは、まぁ、それはおめぇたちもだしな。 それにこんくれぇ、ベジータと戦ったときに比べればへっちゃらだぞ? なにせ、元の身体に戻らないかも――なんて医者にいわれたし」

 

 空間が裂けた気がした。

 少女……なのはの独白は止まらない。 独り言なのに、妙に進んでいく会話にさえ違和感を感じず、どうしてか気持ちが緩やかになるのをいいことに、すこしづつ会話を弾ませていく。

 

「…………あ、あぁ」

 

 後ろでコーヒーを零す音を背景にしながら。

 

「そんな大怪我してて、それでもどうせ、じっとなんかしてなかったんだろうな」

「はは、ばれてらぁ。 実はその通りだ」

「やっぱり……いつだって無茶ばっかりするんだから」

「ちぇ、チチみてぇなこと言うんだからさ。 歳はオラよりもウンと低いってのに」

 

 後頭部をかく音が聞こえる。 それと同時、何やら後ずさるかのような足音と、体毛が総毛立つようなざわめき音が聞こえてくるのは気のせいだろう。 なのはは、ため息をつきながら頬に手を置く。

 

「わたし、女の子だよ?」

「そりゃそうだろ」

「父……おとうさんみたいってどういうことでしょうか?」

「おとッ……? おめぇ何言ってんだ?」

 

 かみ合わなくなる会話。 なんなの~~なんて、不機嫌を醸し出した女の子には既に悲壮感がなくなっていた。 そんな彼女は、仕方なさそうに背後を振り返り……

 

「    」

「よっ」

 

 今朝のフェイトと同じ表情をするに至る。

 

「孫くん!? あなた今までどこにいたのよ!」

「さっきも言ったろ? ちぃと知り合いの所に“あいさつ”をな。 まぁ、嫌われちまったけど」

「    」

 

 なのはのリアクションが解けぬまま、現れた悟空はプレシアの方を向いて尻尾を振る。若干元気がないように見えたのは、先ほどまでの出来事を思い出したから。

 悟空は、今もなお彼女たちの真意を測れないでいた。

 

「さてと、いろいろ“おもいだした”こともあるし、ここいらでおめぇたちと話し合いてぇ。 すこしばっかし付き合ってくれ」

『ええ』

 

 だからこそ悟空は、自分では手に負えない範囲を彼女たちに手伝ってもらうこととする。 闘うことはできる、でも、心の氷を溶かすというのはきっと彼女達の方が得意だろうから……彼らは力を集うことを選択する。

 

「ほええええ!?」

「なのは、いきなり叫んでうるせぇぞ」

「ほえ! ほえぇ!!」

「……なのは落ち着けって」

 

 やっと帰ってきた少女の背中をさすりながら……

 

「悟空!」

「ゴクウ!」

「うぉ……こんどはおめぇたちか。 ……ほれ、しがみついてねぇで――あぁぁ、鼻水がついちまってらぁ」

 

 次にしがみついてきたのはフェイトとアルフ。 足元と左側面という違いは有れど、もう離さないと言ったばかりの彼女たちに、さしもの悟空も身動きが取れない。 しばらく、そのままでいることにしたらしい彼は、後頭部をかきながらリンディの方を見てみると。

 

「しばらく……おねがいね?」

「……しかたねぇなぁ」

 

 ただただ、このままでいてくれと願いつけられてしまう。

 

「さてと、やっと落ち着いたみてぇだし、そろそろ話を進めさせてもらうぞ?」

「……うん」

「ごめんなさい」

「ごめんゴクウ。 すこしばっかり、はしゃぎ過ぎたよ……」

「……おう」

 

 優しい返事に安堵をひとつ。 彼女たちの心の平穏が帰ってきたところで、悟空はひとつだけ指先を立てる。 皆に見せつけるかのように、彼がそれを振り回すと……一言、口が言葉を紡いでいく。

 

「一つだけ、オラの身体でわかったことがあんだ」

「……どういうこと?」

 

 その言葉に、深く関心を抱くのはやはりプレシア。 自分が突き止めてきた異常が正しいという確信はあるものの、やはり彼からの意見には興味が尽きなくて。 思わず、悟空の方へ歩み寄っていた。

 そんな彼に。

 

「さっき、プレシアとリンディが言っていたことと合わせてな、何となくだけどそうじゃねぇかってことが……な」

『さっき……?』

「あぁ、さっき言ってたろ? おら、そん時のことバッチシ聞いてたぞ。 夢の中でな」

『……ゆめ!?』

 

 やはり驚愕は尽きない。

 

「ま、まぁあなたの事だもの。 それくらいの事は出来ちゃうわよね……えぇ」

「確かテレパスも使えるのだったかしら。 このあいだデバイスがどうだかっていうのも、それの応用だと聞くし」

『おほほほ』

 

 それを隠す大人たちは、こっそりと背後に汗をかいていたとか……ポーカーフェイスも大変であろう。 クール系女子のなんと辛い事か……

 

「なぁ、そろそろ話してぇんだけど?」

 

 諸悪の根源も、事ここに至って困り顔を作る始末。

 今までの緊迫した空気を爆発させるかのように、彼女たちは今を精一杯盛り上げていた。 もう、暗い顔をしないために……辛い心を切り替えるかのように。 だから悟空は……

 

「……まぁ、いっか」

 

 少しだけ、時間を置くことにしてみたのである。

 

 ――――10分後。

 

「さてと。 みんな、もう落ち着いたよな?」

『はい』

「うっし、そんじゃ話はじめっぞ?」

 

 皆の同意を確認するや否や、悟空はそっと腹をさする。 崩れたワイシャツがクシャクシャになりながら、彼の手はなお止まらない。

 

「まず、オラの中にあるジュエルシードなんだけどよ。 どうやらプレシアが言うように、オラの中に溶け込んじまってるみてぇだ」

「と、とけ?!」

 

 一手目からフェイトが驚く。 ある程度魔法関連の常識がある彼女だ、だからこそこの事態を呑み込めない。 ちなみになのはは、分らないと言った風に首を傾げたままである。

 

「その証拠と言っちゃあなんだが、あいつ等にやられた後からここまで、オラよ、ガキの姿になってねぇだろ」

「……はい?」

 

悟空の発言に……

 

「たぶんだけど、オラと深く結びついていたジュエルシードの魔力といっしょに、身体ん中にあった“封印しなくちゃいけないモノ”やらなんやらがそれなりにむこうに行ったんだと思う」

「…………どういうことかしら」

 

 魔女の目の色が変わる……

 驚くべきことだ、悟空がこんなにもはっきりとした自身の状況を語るとは。 眉だけではなく全身で驚きを表現したプレシアはヌルリ……下唇を湿らせると、艶のある笑顔を展開する。

 

「やだおめぇ……! きもちわりぃ!!」

「……余計なお世話よ」

 

 悟空の背中に、怖気を走らせながら。

 

「……と、無駄話が入っちまったな」

「ごめんなさいね……」

「そ、そんなすねんなって。 ……ん、とにかくさ、何が言いたいかってぇと。 今のオラはジュエルシードが空っぽにもかかわらず、今の状態を保っていられる。 それどころか、超サイヤ人になっても全然つらくねぇんだ」

 

 そう言って悟空は拳を握る。

 髪が舞い、輝きが周囲を照らす。 黄金色の戦神をいま、すんなりと降臨させてしまう。

 

「うぉ!?」

「す、超サイヤ人になっちゃった……」

 

 驚く周囲。 やっと正常な反応をしたなのはに向かい、“いつもの笑顔”を向けた悟空はその場で腰に手を当てる。 揺れた尾が空気を撫でると、そっと天井を仰ぐ。

 

「へっへーん。 それにこんなふうに、超サイヤ人状態で興奮するのも克服したんだぜ? おめぇたちとの修行の成果が、一気に開花した感じだな」

「……そ、そういえば」

「ぜんぜん怖くない……」

 

 すぐさま戻した視線で、まるで初めてのお使いを終えた子供のような顔をする悟空。 超化の影響も見当たらず、ただ単に金髪の外人が笑っているようにしか見えない光景は、子どもたちとアルフの心に安堵をもたらす。

 そうしてそのまま、金の頭髪を揺らしたままに悟空は三度口を開く。

 

「でも逆に考えるとさ」

「……」

「結構とんでもねぇことになってるんだよな」

「…………あ」

 

 黙りこくっていた……リンディがいち早く気が付く。 それを知り、理解した時、彼女の心の中に激しい恐慌が跋扈する。 震えはじめるカラダは、過去を思い出した証拠……自然、奥歯がカチカチと音を立てる。

 

「まさか……!」

「そうだ。 オラをあそこまで困らせていた奇妙な“ちから”が、おめぇ達が言ってた闇の書っちゅうのに、結構奪われちまったってことになる」

「なんてこと……悟空君をあそこまで弱体化させていた原因を取り込むだなんて」

「あぁ、とてつもなくえらいことになってるはずだ」

『…………』

 

 これには堪らず皆がだまる。 めずらしく真剣な悟空を見て、それだけで事の重大を知らしめてしまう。 皆が固唾をのみ、息を小さく吐いて、身を強張らせる。 きっと数か月前以上の混乱が襲うであろうと……誰もが予測する中。

 

「それとさらにもう一つ」

『……えぇ!?』

 

 ごめんごめん……どこか謝るかのように、悟空は皆に向かって……

 

「今回の敵な、下手すっとパワーだけならオラよりも上かもしれねぇ」

『…………は?』

 

 絶望を煮詰めた爆弾を放ってあげる。 ……本当の地獄、開催である。

 

「どういうことだい!!」

「ははは! いやー、シグナム達だけならどうにでもなるとは思ってたんだが、そうもいかねぇみてぇだ」

 

 ぐいんぐいん……ワイシャツを掴んだ、この中で一番悟空に身長が近いアルフがド突きまわす。 揺れる金髪としっぽは、その実楽しげにぐるぐるとまわっているかのよう。

 

「いまの悟空より……?」

「おう、そうだぞ? ホント参っちまうよな――はは!」

「……えっと」

 

 いつかのように、ツインテールの片方が崩れるフェイト。 素っ頓狂にすらなれず、今目の前に居る最恐以上を想像して、できないからこそ心に不安の影を射す……

 

「それよりも悟空君」

「なんだ? リンディ」

「いま、あなた……」

 

 しかしその中でも絶対零度の視線を送るものが独り。 ライトグリーンの髪を静かに垂らして、流し目で悟空を射抜く女はここに来て、過去最低温度の空気を放っていた……まるで。

 

「知らない名前を口にしてたけど……どこの誰かしら?」

 

親の仇を見つめるかのような、暗い焔を瞳に宿して。

 

「ん? あぁ、シグナムってのはな」

「…………」

「昨日、なのはを襲った奴の事だ」

「……は?」

 

 そしてあっけらかんと答える悟空に、こんどは拍子を抜けさせる。

 

「実はあいつら、オラが前に……ほら、ターレスと戦ったときに大猿になったろ? そのあとに海岸でスっ転がってたのを助けてくれたんがアイツ等なんだ」

「……なんとまぁ…………」

「あなたらしいというか……」

「相変わらずのお祭り体質……どうにかなんないのかいそれ」

「…………というより」

 

 あっという間に困惑色にグレードダウンするリンディの目の光り。 小さくため息を吐くと、悟空に向かってチョイチョイと手を振る。 まるで子供を呼び寄せる仕草に、まんまと引っかかる悟空は顔だけ近づけて……

 

「ど う し て !!」

「――いぃ!?」

 

 耳を引っ張り、気持ちの限り近づけて。

 

「そ う い う こ と を !!」

「いぎぎ?!」

「はやく――――言わないのぉぉおお!!!」

「~~~~ッ!!」

 

 因果地平の彼方まで声を飛ばしていく。 あわれ、悟空の鼓膜は天寿を全うしたのでありましたとさ。 ……さて、悟空のしたように腰に手を当て、片足を前にすり足で移動させたリンディは、そのまま床に寝転ぶ悟空につま先を触れさせる。 管理局の制服に身を包んだ彼女は当然スカートである。 其の中からすらりと伸びる足が、パンティストッキングという防具で更なる攻撃力を付け、世の男を魅了する輝きを放つ中。

 

「……重いからどかしてくれ」

「ふん!」

「ぎやああああッ!!」

 

 あまりにもあんまりな姿だが、どうしても笑いを禁じ得ないのは悟空の失態の後だからであろうか。

 

「まったく、危うくヒスを起こすところだったわ……もう」

「お、オラもう十分に被害受けてんだけ……ど」

「自業自得よ。 少しは自分の立っている位置というモノを自覚しなさい……はぁ」

 

 ……ほんとにそうであったのだろうか? きっとずっと謎でいい事である。

 

「すごい、超サイヤ人にダメージが通った」

「なに感心してんだフェイト……いちち! くぅ……超サイヤ人でも痛いもんは痛ぇぞ」

 

 リンディとのおふざけもほどほどに……いい加減、暗い憑き物も取れてきた彼女に対して、悟空はおもむろに立ち上げる。 脚を避け、スカートを押さえていたリンディを視線にもくれないで……彼はやはり目つきを鋭くする。

 

「結構寄り道がすごかったけど、実はさっき、あいつ等にあってきたんだ」

「えぇ!? 昨日わたしを襲った人たちの所に!?……で、で! どうしちゃったの!?」

「ん……あ~~ダメだったな。 あいつ等、オラの話を聞く気がねぇみてぇだ。 なんか、管理局にいるのがダメらしい。 とてつもないくれぇに罵声を浴びせられちまった」

「……」

 

 後頭部をかき、たははと笑う悟空に悪気なし。 それでも、管理局に――という単語で、どこか暗い表情をするリンディは……

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 謝る。

 

「なんだよ、平気だって」

「でも」

 

 軽く握った右手を自身の胸元に、そっと添えるように触れさせると悟空から視線をそらす。 まるで子を捨てた親が懺悔にでもいるかのような情景は、周りにリンディの心情を読み取らせて……

 

「リンディさん……」

 

 思わず、言葉を飲み込ませる。 それ以上ないというくらいの重苦しい雰囲気、それは悟空にも当然伝わり。

 

「リンディ、おめぇ……」

「悟空君……」

 

 彼はだからこそ――伝える。

 

「謝るくれぇなら最初っから足で踏んづけたりすんなよな?」

「えぇ…………ぇえ?!」

 

 ライトグリーンが振られること二回……からの。

 

「ん?」

「あ……れ?」

 

 3度見。 

 

「そんじゃ――」

「ひゃあ!?」

「よっと……」

 

 そこからの悟空の行動は素早い。 リンディの足の裏を腹で受けていたのもつかの間、例のコマ送りでの高速移動で彼女の背後を取ると、その場で小さく肩を叩く。 軽くもんで前後に揺らし……硬かった筋をグニグニと伸ばすと、そのまま金髪をふわりと揺らす。

 

「またまた話がそれたな。 そんじゃもう一回戻すけど」

「え、えぇ」

「まず、今回の敵――オラよりもパワーが上だという根拠だが……あ、なのは」

「はい?」

 

 振った金髪は逆立つことをやめない。 あくまでも重力に逆らったままに、彼はそのまま遠い目をする。 それは、“いま”から何年前だったか――悟空は小さく苦い顔を作っていた。

 

「昨日アイツ等と戦う前に、オラが結界を破ろうとしたのはわかるな?」

「え? うん……たしか物凄い雄叫びが聞こえたけど、あれの事?」

「おう、そのとおりだ」

 

 あのとき、あの戦い、あの怒り――すべてがごちゃ混ぜとなるくらいに昔の出来事。 今ある彼は、やはりあの時をもって真の激変を遂げた……思い起こせば長くなる回想を彼らしく適当に済ませると、皆に向き直り口を開いていく。

 

「あんときな、結界に使われていたあいつらの魔力のほかにもう一つ、あっちゃならねぇ“気”を感じたんだ」

「――気!?」

 

 プレシアの驚きは、それでも悟空の表情を濁らせることが出来ない。 まだだ、まだ何かあるという予感めいた胸騒ぎが翔けぬけると、感じ取ったからだろうか? 彼女は青年の顔を見るや否や、一気に表情を引きつらせて。

 

「フリーザっちゅう、前にオラがやっつけた奴の気だ」

「ふりーざ?」

「…………」

 

 凍結させてふたをする。 気持ちも思いも、心も体も。すべてが凍てつき砕けようかという手前。 だが、なぜ彼女がこの名前でここまでの反応をするのか。 その証拠になのはは昔に流行っていたゲームのソフトを思い出し、フェイトは脳内で英単語辞書を高速で見開きしている。 そう、たかがその程度の知名度のくせに、彼女の心をここまで揺さぶるのにはやはり理由があったのだ。

 

「あ、あのターレスですら手を出せないという……あの!?」

『……!??』

 

 そうして漏れてしまった声に、この場の全員が呼吸を止める。 浸り……ヒタリと落ちていたのはちいさな汗。 ほんのわずかなそれはしかし、数人がかりで流し続ければ水たまりに変貌していく。 ……もう、思い出したくもない記憶がよみがえってくる。

 

「ちょっと待ちなよ! あ、アンタふざけんのも大概にしな!?」

「ふざけてねぇさ。 あいつの気を忘れるわけねぇだろ? オラ、今までで一番苦労した戦いだったんだしさ」

「けど……」

 

 思わず遠吠えを近距離で上げたアルフの気持ちは皆を代弁していた。 口数の無いその中で……少女達は唐突に思い出す。

 

「そのフリーザっていうのは、昔に悟空がやっつけたんだよね? だったらどうしてここに?」

「そうだよ。 まさか仕損じて生き延びていたわけじゃ……」

 

 いまさっきと、つい、数か月前に行われた話し合いで聞いたことのある会話。 それらを統合しても、悟空のかつての怨敵――クリリンの仇は彼が手を下したと記憶していたアルフとフェイトは彼に視線を送る。

 それを、受け取った彼は腕組みしながら金髪を揺らすと……少々後頭部で腕を前後させていた。

 

「実はその通りなんだ」

「  」

「そ、そんな顔すんなって……さすがに“あそこまで”やったら懲りたと思ってたんだぞ? けど、あの野郎あとになってオラたちのいる地球にまで追いかけてきやがってよ。 前に言ったヤードラットってあんだろ、あそこから地球に到着する寸前に攻め込んできたんだ」

「ゴクウなしの最終決戦ですか……そうですか」

「何たる“むりげー”……」

「悟空の仲間の人たち、よく無事だったよね……正直いってそんな状況に陥ったら正気を保てるかどうか……」

 

 感想はそれぞれ。

 尾を垂らす者や、猫みたいに辛く笑うモノ、ツインテールを萎びらせたものが居るのだが、当然そんな彼女たちをそっと置いておく悟空は……答え合わせとしゃれ込むこともなく。

 

「まぁ、いろいろあってうまい事いってな。 トランクスってやつが解決してくれはしたんだけどさ。 それはともかく、いま言ったフリーザってヤツの気をあいつら……シグナム達が張ってた結界から感じたんだ」

「……」

「そしてそいつはオラから飛んでもねぇパワーを奪った。 これだけでも十分に驚異の筈だ。けどアイツは確かに死――倒されたはずだ。 それがここにいるってのは正直、結構大問題だぞ、これは。 しかも――」

 

 合わせる視線。 その先は気丈な女性陣の中でも最たる気高さを持ち合わせる魔女……プレシア・テスタロッサの姿が、悟空の緑色の目に映し出される。 そして、彼はそっと言葉を押し出していく。

 

「プレシアの事もある。 コイツの病気とあわせてこの後のことを考えるとたぶん、あいつ等を止めるのもドラゴンボールを探すのも平行に作業しなくちゃいけねぇ」

「……キツイね」

「ああ、しかもあいつらの実力は通常状態のオラと同等にまでされちまってるらしいから余計難易度が上がってやがる」

「そうなの?!」

 

 フェイトが呟き、なのはが叫ぶ。 奇跡の石ころ探しも中盤戦というところでこの事態。 甘く見ていた見通しの算段に、そっと心で毒を吐く。 どうして……もっと本腰を入れなかったのかと。

 だれもが膝をつきそうになる展開に、しかしここで拳を叩く音が木霊する。

 

「みんな、今が結構きついのはわかったな?」

「……」

 

 それはやはり武道家が出す開始の音色。 心を引き締められるかのように、目の奥から意識がクリアにさせられるなのはとフェイト。 当然だ、彼女たちがここ数か月でいったいどれだけ悟空に調教という名の修行をさせられてきたことやら……

 だからこそ、この状況でも心までは疲弊しない。 彼女たちは、悟空の問いに首を振るだけで答える。 ……もちろん、縦にだ。

 

「まずオラはドラゴンボールを集中的にそろえてくる。 修行の方は悪いがいったん中止だ」

「うん」

「そんで次にシグナム達の動向を探る――これはおめぇたちに頼みてぇ。 おそらくだが結界を張ってどっかに潜んでるとは思う。 こうされちゃあ、オラには探す手だてがねぇ。 こっからはおめぇたちの領分だと思うから、後でクロノとエイミィにも協力してもらってくれ」

「……それは構わないわ」

「すまねぇ」

「けど」

 

 リンディもうなずく。 管理局という立場上、今回の事件は上に報告するのは当然のことでありながら“悟空が絡む”という状況で、それが難しくなりつつある。 でも彼女は悲しいまでに局員人間なのだ。 だけど。

 

「闇の書がかかわってくる以上、報告しない訳にはいかない……」

「リンディ――」

 

 それを、彼は止める。

 

「この件、大事にはしないでくれ」

「……どうしてかしら?」

 

 納得成らないのは当然のもの。 あの闇の書というモノの恐怖をある事情で分かりすぎているリンディは、ここで首を横に振る。 どうしても必要な手があるし、それを使う許可もいる。 故に、彼女は悟空のオーダーに答えられることが出来なくて。

 

「今回はジュエルシードとは違って、過去からある事件の続き……つまり今から始まったものではないの。 だから、なかったことにはできないし、そうする気も上には無いはずよ」

「けどよ――」

「それに……申し訳ないけど、闇の書に関しては私自身もいい感情はないの。 だから、今回はおおらかにはいかないかもしれないわよ」

「……リンディ」

 

 いつになく強く出る彼女を、悟空が止められる術を持つことはない。 どうにも決意を秘めた目をリンディの声に気後れること数秒。 悟空は、心を決める。

 

「わかった」

「……」

 

 出るのは了承? 肯定の文字に周囲は驚く。 襲撃者とはいえ、友だと呼んだものをこうもあっさり売って――「だがな」

 彼の話は……まだ終わっていないようである。

 

「オラはアイツ等を見捨てる気はねぇ。 おめぇたちが消すつもりで探すなら、むしろそのまま探しててくれ」

「悟空くん!? いいの!!? 友達なんでしょ!」

「…………」

 

 響いてきたなのはの声を、そっと躱していくリンディと悟空。 彼らは交えた視線をそのままに更なる口撃を繰り広げる。

 

「おめぇたちが見つけてくれるんなら、こっちは願ったりかなったり――先を越されてもその時点でオラがあいつらを止める。 たとえおめぇたちの邪魔をしてでもな」

「……そう。 そういうこと」

 

 どこか……リンディの顔が柔くなった風に見える。 それを確認するでもなく、悟空は背中を彼女たちに向けると……その背に、声がひとつ返ってくる。

 

「冗談よ」

「え?」

「あ、いえ。 確かに上には報告するつもりよ……でも、貴方が困るような報告はしないつもり。 何より、悟空君よりも力を持つ相手に、わたしたちがどうやってもかなうはずないもの」

「……お、おう」

「だから、今回も……力を頼らせてもらうわ」

「……わかった!」

 

 その声から取れる明るい雰囲気は、まるでさっきとは別の温度を感じさせる。 めずらしく、悟空を振り回して見せたリンディは、舌を少しだけ露出させると小悪魔のように微笑む。

 

「……年齢的に考えてサキュバスの類いの方がいいかしら?」

「プレシアさん?!」

 

 ……横合いからくる口撃に、まさしく舌を巻きながら。

 

「とにかくこれで決まりだな。 とりあえずオラは残りのドラゴンボール……二星球、五星球、六星球のみっつを一週間以内に見つけるつもりだ」

「……は?!」

 

 唐突に切り替わる会話。 其の中で悟空が発したこの後の発言には、さしものプレシアさんも口を大きく開け放つ。 そりゃもう“あんぐり”と。

 

「とにかく急ぐぞ。 今までは修行が楽しくて忘れてたけど――」

「悟空……?」

「あ、いや、……ははは! まぁ、なんだ。 今のオラなら探れる気の範囲が数段あがってるはずだ、これなら前のときより数倍の効率でボールさがしが進むと思うんだ」

「……すうばい」

 

 ちょっとだけハイライトの無い眼差しを射された悟空はフェイトに背中を向けて汗をかく。 すかさず訂正を入れつつ、右手で逆立った金髪を撫でると咳をひとつ入れていた。

 

「だからというわけじゃねぇけど、さっさと神龍にプレシアの事を何とかしてもらおう。 そしたら闇の書を何とかしてやればいい。 たかが本くれぇ、今のオラならどうにでも……」

 

 そうして気軽にこれから先をつらつら述べていく彼。 めずらしいほどに作戦というモノを率先して練っていく姿は貴重の一言であろうか。 それでも、見通しが簡単すぎたのであろう、異議を胸に秘めていた提督さんが独り声を出す。

 

「無理よ」

 

 それは、否定の声。

 

「なんでだよ?」

「だめなのよ……あれだけは、どうしても」

「?」

 

 涼しいというには冷たくて、冷酷と称するにはどこか談話的な、もしくは願いを聞いてもらっているかのような彼女の声。 アンバランスに傾いていくその温度は、悟空の頭部に一つ、疑問符を作成させていく。

 

「どんなにあなたが強力な力でアレを葬っても、すべて無駄」

「どうしてだ? たかが本だろ、だったら破くなり燃やすなり――それこそかめはめ波で太陽にでも」

 

 廃棄してやる――そう呟く彼の背には子供たちが大口を開けていた。 何という事を考えるのだと、そっと背中に怖気を走らせているさなかにもリンディのリアクションは低い。

 

「……転生機能」

「てんせい?」

 

 そっとつぶやかれてしまったその単語。 よく聞き、どこかしらの物語にあるような非現実的な言葉。 しかしそれを唱えたリンディの顔色は暗いままで、この言葉がいかに重いモノなのかを訴えかけている。

 

「アレの破壊は簡単に行くかもしれない。 けど、そこからが大変なの」

「?」

「廃棄し、跡形もなく消し去ったとしても。 今度はまた別の時代、別の世界で内容を消去された状態――集めた“者”すべてが空白ページの状態で再生されていく現象よ。 これがあの本が厄介だと言われる所以……」

「……は~~、なんだかめんどくせぇなぁ。 こう、わー! って、消せやしねぇのか」

「……無理ね」

 

 その答えを聞いた彼は二度目ため息をつき、腰に手をやり天を見上げる。 その先にいてほしい人物たちを思い浮かべると、そっと贅沢を述べていく。

 

「こういう時に亀仙人のじっちゃんがいればなぁ」

「どうして?」

「いや、ほら。 じいちゃんなら壊さずに封じ込める方法を教えてもらえたからな。 前にピッコロに使ったっていう……魔封波ってわざを」

『まふうば?』

 

 悟空の新単語。 旧時代的でありつつも、なんと神さえ使用した魔王封じのとっておき。 取得難度はかめはめ波の比ではないというそれを、第23回天下一武道会で見ていた悟空は思い出していた。

 けどそれは、やはり贅沢以外の何物ではなく。

 

「まぁ、できねぇモンを欲しがっても仕方ねぇな。 とにかく今はプレシア。 そんでもしも闇の書っちゅうのがどうしようのない代物なら……一年後にまた神龍に願うしかねぇ。 気はすすまねぇが」

「……! その手があったわね」

「だろ?」

 

 だからこそ持ち出す最終兵器に、リンディはやっと心をおちつけていく。 どんな願いでもという代物。 それにまさしく願いを託すかのように、彼女はそっと胸元に手を置いていた。

 さぁここからだ――悟空が拳を唸らせ天に突き上げる……のだが。

 

「こっからは大忙しだ。 なのは、フェイト! おめぇたちは――あ!」

「え?」

「なに? 悟空」

「いっけねぇ……わすれてた」

 

 ここで、いままでの会話を遠くへと吹き飛ばしていく。 そして見た子供ふたりに軽く口元を引きつらせると。

 

「おめぇたち……しばらくこの件には首突っ込むな」

『ええ!?』

 

 どうしてと、叫んだ子供たちは動揺なんか隠してあげない。 今までの流れはどこ!? 言いたいことは山ほどで、掴みかかりたい気持ちを理性で制御する……彼にはまだ、話しの続きがあるんだと言い聞かせて。

 

「いやよ? ほれ、バルディッシュはプレシアがいじくってる最中だろ?」

「え? えぇそうよ」

「そんでレイジングハートは……おめぇたちには言わねェが、結構ガタが来てやがる」

「そうなの!?」

[…………OH]

「あ、おめぇ隠そうとか思ってたろ! そういうとこ持ち主に似てんだからさぁ。 だめだぞ、そういうのは」

[…………]

「よくわかるわねぇあなた。 普通に技師が見ただけじゃわからない事なのに」

 

 そうして得た答えは単純明快。 ただ単に戦力不十分からくる待機命令であったことに、子どもたちは胸をなでおろしていた。

 

「とにかくおめぇたちは、あいつ等なおるまでここで留守番だ。 何があっても戦おうなんて思うんじゃねぇぞ? 下手に動き回ってやられたりでもしたら、それこそプレシアとおめぇたちの命の2択になって困るからな」

「うん……わかった」

 

 そのあとに続く悟空の警告に、静かに頭を縦に振りながら……

 次に悟空が拳を握る。 胸元までひきつけわきを締めて、アッパーの形に持っていくと、そのまま息を吸い身体を強張らせて……解き放つ。

 

「よし! そんじゃ、はりきっていくぞーー!」

『おー!』

 

 出された気合と共に、子供ふたりとアルフは各々気合の限りに叫んでみる。 これから先、例え暗闇に道を消されても歩くことは止めないと、心に深く銘打って……力を合わせて彼らはこの冬を翔けぬけようと――

 

「あ」

「はい?」

「すまねぇプレシア、オラ“しょんべん”したくなってきやがった。 便所どこだ?」

『だあああ――ッ!?』

 

 いきなりの緩急に、盛大につまづいてしまったとさ。

 

「部屋を出て、階段下りたら右に曲がって――」

「右だな! お~~、もるもる……!」

 

 道案内いちばん。 悟空は下腹部のさらに下のほうを押さえながら、危険信号と言わんばかりに乱れた尾っぽと共に階段を跳んで降りていく。 どうにも締まらない彼、でも、だからこその孫悟空を見て、常識人たちは思わず笑みを浮かべていくのであった。

 困難だという事は理解しているし、今がピンチなのもわかるはずなのに……この家の騒動は、やっと収束を見ようとしていた。

 

 

 

――――同時刻。

 

 もう、何がなんだかよくわからねぇ。

 

「はやては起きねぇし、シグナムは家から出るぞって言うし」

 

 このあいだ遭遇した、高ランクの魔力所有者との戦闘の後だ。 あたしたちの生活環境は崩壊したんだ。

訳のわからねぇ金髪の男に襲い掛かったらしいあたしはいち早く気絶して……目が覚めたらシグナムに腕を引っ張られるように家を出て、世界から消えて、見たこともない世界で結界を常に張って周りの注意を怠らない。

 まるで昔に戻った――記憶がねぇからなんとも言えないけど……ような生活は、そのときの嫌なことを思い出しそうで気分が悪くなりそうだ。

 

「どうなっちまってんだよ……このあいだの戦闘から、シグナムもシャマルも何かにおびえてるように独り言をつぶやいてるし。 不気味過ぎんだろ」

 

 不気味と言えばアタシ自身にも、最近奇妙な変化が起こっていた。 何となく自分の身体じゃないというか……まるでカラダの後ろに糸を釘で刺されて、誰かの手のひらでお人形遊びさせられているような。

 とにかく、たまに自分が自分じゃない感覚に陥りそうで――

 

「こわい……」

 

 少なくとも、そんな言葉が出るのには時間はかからなかった。 あぁ、あたしたち騎士が無様にも恐怖が心んなかであばれてんだ……そりゃもう、イヤってくらいに。 だって仕方ねぇだろ……こんなこと。 あたしだって、嫌なもんは嫌なんだ。

 

「いったいどうなるんだよ、これから」

 

 もしもシグナム達の様子がさらに悪くなったら、もしもこのままここで心を削るようなことを繰り返すことになったら……もしもはやてが起きなかったら。

 

「正気でいられるかわかんねぇよ……」

 

 ちくしょう。 なんだか身震いがとまんなくなってきた……怖い、怖い――

 

「誰か……」

 

 だれか助けてくれよ……だれか……

 

――――どうしたヴィータ? あ!? まさかまたアイスがねぇ! なんていうんじゃ……

 

「――ッ」

 

 もう、本当にダメ臭いな。 こういうときに思い浮かんだ顔が、はやてや仲間じゃなくてよりにもよってアイツだなんて……はは、自分で思っている以上にダメージがデカいぜ。 でも……

 

「もしほんとにアイツが助けてくれるってんなら――!?」

「…………」

「シグナム?」

 

 結界の境界、すぐ目の前にあたしらのまとめ役……シグナムが佇んでいた。 いつの間にか、気が付かないほどにゆっくりと……そして不気味に。

 

「な、なぁ、いったいいつまでこんなことやってんだよ?」

「…………」

 

 答えてくれよ……こんな場面でだんまりなんてお前らしくねぇよ……

 

「はやてが目を覚ましたら大騒ぎだ。 いい加減、こんな不気味なことはやめてさ――」

「……ここを出るぞ」

「え?」

 

 い、いきなり喋ったかと思ったらこれかよ。 でもどこに行くんだよ? もどるのか? もとの場所に帰る――

 

「今度はここよりも環境の悪いところへ行く。 そしたらそこで今のように…………」

「待てよ! そんなここよりって……嫌でもはやての調子が悪いのにそんなところにでも行ったら!?」

「…………」

 

 どうなっちまってんだよ……本当に。

 目を見ようにも、わざとらしく垂れてる前髪が邪魔で見えねぇし。 それどころか口元が全然笑ってねぇ……おかしすぎる。

 

「今回ばかりは理由を聞かせろよ! いくらシグナムでも!」

【言うとおりにしろ……】

「……なんだと」

 

 なんだよ……いまのこえ……

 

【貴様はただ、“オレ”のいうとおりに働いていればいい……そうすればあの娘の命だけは助けてやる】

「おまえ……シグナムじゃないな!!」

 

 まるでこの世全てを見下ろして、透かしたような声。 しかも男の声だ――絶対にシグナムじゃない。 でも、いったいなんだ。 この機械みたいに雑音が混じった耳障りな音は!?

 姿かたちはシグナムなのに……そうじゃない違和感がどんどん膨れ上がってくる。 手も肩も、胸も口元も、全部一緒なのに。 ……なんだよこれ。 地面になにか粉みたいなもの……が!?

 

「……な……に?!」

「……」

 

 肌色みたいな粉……それはまるで人体の皮膚みたいにブヨブヨとした感触をしていた。 気味が悪い気味が悪い――気色が悪い!! おもわず胃の中のものが口にまでせりあがってきて、でも、はやての居るところを汚すわけにもいかないから必死に抑えて……

 

「お、おいおまえ……なんだよその顔!」

「…………」

 

 それでも、この気味の悪さは抑えきれない!!

 どうなってんだこれは! しぐ……しぐ! シグナムの顔が……顔半分がボロボロに崩れて――機械みたいなものが露出してる!!

 

「うぇ……うぅぅ」

【失礼なヤツだ――――それほどに怯えなくてもいいだろう】

「お、おま――なにもんだおまえ!」

 

 気味が悪い気味が悪い気味が悪い。

 おかしい、ぜったいにおかしい! こんな事……いままで起こらなかったしあたしは知らない! どうして、どうしてこんなことが……!

 くっ!? 動くぞ……アイツが。 こんなところで膝をついてる場合じゃ――

 

「はやて! 逃げ――」

【逃がすと……思っているのか?】

「に、逃げてやる……おまえなんかのそばにいられるわけ――ぐあ!?」

 

 な、なんだいま……触れられてもないのに身体が吹っ飛んだ!? ……いてぇ。 か、身体が言うこと聞かねぇ。

 

【ふん。 いくらあの鬱陶しいガキの分身だと言っても、所詮はプログラム。 ハードには勝てん】

「なに言ってんだ……おまえ……」

 

 意味が分からねぇ……はやてはアイツの向こう側の部屋で今もぐっすり眠ってる。 他のみんなは帰ってこねぇ……どうすればいいんだよ。

 

【策を弄するのは勝手だ】

「!?」

【だが……】

 

 な――!? あいつの声が後ろから聞こえて……

 

「ぎゃん!?」

【あまり目障りに動き回るな。 気が散る】

「はぁ……かひゅ……」

 

 こ、こきゅう……つら……い。

 何が起きやがった……んだよ。 いつの間にか壁に背中が激突して……?

 

「いてぇ。 ちくしょう」

【……】

 

 ヤバい。 アイツ目がおかしい。 シグナムの感じが完全に消えてる……でも殺しをする目でもない! あれは……まるでゴミを足で払おうとする異常者の目だ――感情の無い、機械の目だ!!

 

「うぅ……クソ!!」

【このまま、おとなしく“オレ”の中に還るがいい。 ……ちょうど魔力が足りないところだ】

「いやだ……」

 

 なんだよ帰るって――そんなもの……アタシは知らない!!

 くるな! こっちに来るな……たすけて――助けてくれ……いやだ―――

 

「やだ、やだやだやだやだ……ヤダああああああ」

「うおおおおおおおおおオオオオオッ!!」

【なに?】

 

 突然、目の前の“アイツ”を横殴りに襲うヤツがあらわれた。 壁を破って、地面を蹴りぬいて、その身体を白く光らせて。

 

「ザフィーラ!」

「なにがあったかは分らんが、ここから逃げろヴィータ」

【ふん……余計なことを】

 

 ダメだザフィーラ! アイツはおかしな戦いかたを――

 

「ザフィーラそいつ!」

「わかっている……! だから、俺が食い止めている間にここから逃げろ!」

 

 逃げろったって……お前を置いてなんてさあ、第一はやてが中に!

 

【邪魔を……】

「え!?」

「しまっ――」

 

 “アイツ”の身体がいきなり突起物だらけになった。 全身を内側から貫いたみてぇになにかが生えてきて……まるで剣山のように体中を刺し貫いてやがる――ザフィーラの……

 

「ぐっ!? ぅぅぅぅううううう!!」

「ザフィーラ!!」

【……ちっ】

 

 手足に風穴を開けて行って……

 

「ザフィーラ……ザフィーラ!」

「行け! そして必ず主を助けに来るんだ!!」

「でも!」

 

 おまえそんな身体で……いくらあたしらがプログラムでも痛いモノは痛いんだぞ!? なのに……なのに!

 

「いいからいけ! 行くところは……わかっているな!?」

【……邪魔を――するな!】

「ぐああああ!?」

 

 !? や、やめろよ! これ以上貫かれたらホントに死んじまう! 身体からドンドン血が流れて……顔色も真っ白になってってるじゃねぇか……なぁ、おい!

 

「行け……行くんだ!」

「……っ」

【させると思うのか?】

 

 走ろうとした矢先に、耳元に大きな音が通過した。 きっと刃物か何かがアタシの頭を串刺しにしようとして――それでも誰かが邪魔をして……

 

「うぐ!?」

 

 騎士には最低な行為……背中を向けて逃げたあたしに次いで飛んできたのは、とても固い物体。 60センチぐらいあるんじゃないかというほどの物体が、あたしの背中を強く押してきた。

 それでも走る……けど、何か背中が重くて、服に今の物体が引っかかったんだと思って一瞬だけ振り向くと――

 

「……う」

「   」

 

 身体を半身で反らして、攻撃を避けざまにカウンターを食らわせようとしたザフィーラが目に入って……

 

「う……うぅ」

「   」

 

 でも、その攻撃には先が “なくて”

 

【……無駄な力を使わせやがって……雑魚が】

「――かふっ」

 

 部屋中が真っ赤に染まっていて…………

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああ――――――ッ」

 

 なんだよなんだよ。 ザフィーラ……ザフィーラの腕が……なくなってる!?

 何にもない。 肩から先が真っ赤な部屋の風景と同じになってるみたいに、何にもザフィーラを感じさせてくれない……いやだ、ウソだ……こんなこと……!!

 

「ああああぁぁ……ああっ!!」

 

 逃げろ逃げろ!! もう振り向くな……足元に転がってるおかしな感触の物体なんか知らない!! もう、はやてを救ってどうとかって問題でもない……無様でもいい! 今はただ――

 

「あ、あいつの所に……!」

【…………】

「いかなくちゃ――っ!!」

 

 いそげ、急げ……!

 シャマルは確か監視で地球に……ゴクウの所に向かったはずだ! 転送先も教えてもらってる。 闇の書も……シャマルが持ってる!!

 

「ここから逃げッ!」

【逃がすと思っているのか……? 貴様にはオレの養分となってもらう……それが、“いつも”のことなんだろう?】

「いってるいみがわかんねぇ――ッ!? ちくしょう、足を――」

 

 なんだよコレ!? ワイヤーみたいなものが足を掴んで……引きずり込まれる!? 嫌だ……消えたく……ない!

 

「うぐうう!」

【石にかじりついてでも……というやつか。 どうしても拒むとは、イラつかせる奴だ】

 

 どんどんアイツにむかって引っ張られる。 むしり掻くように地面を掴んでも速度が収まらない……ダメだ……せっかくザフィーラがくれたチャンスを。

 

「負けるもんか……」

【無駄だ】

「…………そんなことないわよ」

 

 え?

 い、いまのこえ……それにこの魔力の色……まさか!?

 

「シャマル……なんで」

「昨日からシグナムの様子がおかしかったから気にかけてみれば……ヴィータちゃん、後は任せて早く行って!」

「でも!」

「いいから!! ――――旅の鏡よ……」

 

 あたしの目の前に魔法の鏡――シャマルの転送魔法が出てくる。 それがこっちに迫ってきて……

 

「きゃあ!?」

「シャマル!」

「こ、ここから先には……いかせないんだか      」

「シャマルーー!!」

 

 全身を覆い“通した”ころに、聞こえてきた何か悲鳴な様なものと。 まるであたしの武器で何かをすりつぶしたかのような音が聞こえると、そのまま意識が遠のいていく。 ダメだ、あんなのに勝てる人間が存在するわけがねぇ。

 たとえゴクウでも……あんな化け物……ごめんみんな――ごめん、はやて……

 

 

 

 

 

―――――惨劇の5時間あと。

 高町家 玄関。

 

「お、恭也か?」

「あぁ、父さん。 ただいま」

 

 木製の門前で、ふたりの剣士が合いまみえる。 人の腕一本分程度の包みを持った中年男性と、買い物袋を両手にいっぱい持った青年が独り。 彼らは調子よく景気よくそれぞれに持った手荷物を見せると、己たちが置かれた状況を確認し終える。

 

「そいつらの手入れを? ありがとう。 あとであとでと、ついおろそかに……」

「まぁ、本当は怒るところだが、悟空君に付き合って修行してたんだろ? だったら仕方ないよ」

「……ごめん」

「ふふ」

 

 朗らかな空気を醸し出す父と子。 彼らは手に持った荷物をそのままに、これから先の展開を少なからず予測していく。 子供のような大人が騒ぎ立て、その男に付き添う女の子たちがなだめ、それでもバカ騒ぎが収まらない。

 何とも頬を緩めるには十分すぎる。 親子はそっと門を開ける、想像したほほえましいこれからのために……そこに。

 

「……うぅ」

「え?」

「……き、み……!?」

 

 どこかで、見たことがあるような絵が展開されていた。

 

「女の子?! どうしてこんなところに……」

「それより恭也。 この子、随分衰弱している。 早く家に入れてあげるんだ!」

「あ、はい!」

 

 その光景はこれで三度目。 前2回は同一人物であり、さらにその2回目がとてつもない血みどろな光景だったせいか、親子の対応は十全と言えるくらいに的確。 脈より先に呼吸を確認し、抱え、ケガを見て、抱き上げて……

 持った時の軽さに驚きを隠せないままに、急いで門の中に担ぎ込む。 ここまで親子に無駄話は一切なく、まさに救急隊員さながらな救出劇であった。

 

「見たところ外傷はない。 服に着いた染みも、どうやら“この子のモノ”ではなさそうだし……」

「あぁ、でもいったいどうしてこんな――」

 

 それでも、深まる謎は解決させられない。 理解していけばするほどに、この子の異質さを刻まれていく親子は正直首を傾げずにはいられなかった。 ……居られなかったのだが。

 

(悟空に比べれば……)

(べつにどうってことはないかもね)

 

 この反応である。 

 ここまでついた態勢に、抱き上げられた少女は彼に礼を言うべきだろうか……しかし、そんなことなど判るはずもなく、いまはただ、時間の許す限りこのぬくもりに包まれるしかない……そう、今ある朗らかな時間を食いつぶす、鋼鉄の支配者と相対するまで。

 

 夕闇が訪れた地球の時間。 紅が逃げて、漆黒が走る時間の中で、闇が闇を食いつぶしていた。

 恭也が抱き上げた少女が持つ、“古ぼけた本”を追いかけるように……海鳴りの夜は、始まったばかりである。

 

 




悟空「オッス! おら悟空!!」

恭也「なぁ、悟空」

悟空「どうした?」

恭也「いや……あぁその、なんでもないんだ」

悟空「どうした? はっきりしねぇなぁ。 なにかまずいモンでも見つけたんか?」

恭也「え? あぁ、その……実はその通りなんだ――でな?」

悟空「――あ! いっけねぇ、オラこの後リンディと一緒に”クロノの師匠”が居るところに行かなくちゃなんねんだ! えぇと、リンディの気……ここだ!」

恭也「おい!? 悟空!」

悟空「じゃあなあ! ……――――」

恭也「行っちまった……仕方ない。 彼女のことは後で相談しよう……美由希! 悪いが”でりけーと”なところは任せたからな」

美由希「いいよー恭ちゃん……はーい、脱ぎ脱ぎしましょうねェ~~」

???「……むぅ……」


悟空「――――……さってとついた!」

???「うぉ!?」

???「あんたいつからここに!?」

悟空「ん? なんだおめぇら……オラのこと――あ、いけねぇ!!」

知らない二人『??』

悟空「もう時間だぞ! ここでひとまず終わりな、あとでこのあいだの続きすっぞ! そんじゃ次回、魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第45話」

クロノ「闇からの脱走者」

アルフ「おとなしくお縄についておきな……そんで、あのときに襲ったわけを話してもらおうじゃないのさ」

???「管理局のことなんか信じられるかよ! クソッ! 離しやがれ!!」

なのは「うぅ……どうしたらいいの? 悟空くん早く帰ってきて……」

???「がーー! は な せーー!!」

フェイト「きょ、今日はここまでだね。 それじゃあ……」

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