魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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遂に近づいた根源……
戦士はこれに対してどういう手段で対抗していくのか……

この物語最大の謎の回答その1が今回登場です。 おそらく分かり難いので、それはそれで聞き流しちゃってください。

りりごく、第46話です。


第46話 拳よ届け! 炎熱の剣士のその先へ――

かこ~~ん……

 

「いいか、絶対にこっち見んじゃねぇぞ!」

「おうおう」

「ホントにわかってんのか!?」

「わかってる分ってるって」

 

 とある家の浴室に、男女が一組入っていた。 未発達な身体は“おうとつ”少なく、世間的に見て色気の一つも感じせない。 だが、その純粋無垢を地で行く身体つきは、心を掴み視線を釘付けにするには容易いの一言ではなかろうか。

 

「そんなことよりもほれ、おめぇリキが大分落ち込んでるからな。 ここで一回、全部疲れ取っちまうんだぞ?」

「……」

 

 彼らの立ち位置、というより配置と言えばいいだろうか。 とにかくまず、浴槽に少女がいて、その外にいま青年が黒い髪を白い泡で包みこんでいる。 ぐわしゃ――という大雑把な音を木霊させながら、彼は少女の忠告を守ってやまない。

 

――でも。

 

「……ホントにわかってるのかよ」

 

 それが、少女の機嫌をほんの少しだけ下り坂にさせているとは知らないままに。

 

 ここまで言えば分らないはずはないだろうが、ここに居る二人の名称は男がもちろん孫悟空。 少女の方は……鉄槌の騎士――ヴィータである。 そんな彼等の会話の中、幼き少女は悟空の身体を、ちら見する。

 

「にしてもヴィータ。 どうして美由希と風呂に入らなかったんだ?」

「……はぁ」

「おい、どうした?」

「な、ななな――なんでもねぇよ!!」

「お?」

 

 見てしまった体躯と肉体。 ひと目見るだけでわかる彼の身体は、いうなれば金剛無双。 力……本当に力だけを研鑽されたはずのそれはどうしてだろう。 曲線も何も有ったものじゃないはずなのに、美しさという単語を見る者の心の中に落としていく。

 しかしここで、少女に試練が訪れる。

 

「さてと」

「う!」

「次はおめぇの番だぞ、さっさとあがっちまえ」

「……あ、あうぅ」

 

 それは当然のことであった。 悟空が体を洗い終えれば、彼は当然待っている人物に席をゆずる。 この行動の意味するところすなわち……裸でのご対面。

 

「……いい」

「?」

 

 けれどそんなことを許せる少女ではなくて。

 

「いいって言ってんだろ?」

「いいんならさっさと身体洗っちまえよ?」

「~~ッ! そっちの“良い”って意味じゃねぇ!!」

「おおっ……!」

 

 水しぶきが上がる。 悟空のいつも通りに、思わず腕を振りあげたヴィータは眉を吊り上げていた。 どうして――そう、喉もとから這い出そうになる自身の欲求を押さえつけるかの如く、彼女は暴力を開始しようとしたのだが。

 

「いまのはちぃとダメだぞ」

「こ、こいつ……」

「振りに迷いがあった。 出だしの瞬間にばらつき――」

「格闘技の解説なんかしてんじゃねぇ!!」

 

 ことごとくを彼が止めて、尚且つ解説が入るのだからもう手の施しようが無い。

 

「ていうかよ」

「なんだよ」

「おめぇ……もしかして」

「……」

 

 ここまできて、ようやく悟空は真実に触れようとしていた。 うつむく幼子、ちらほら行き来する視線……ここまでくれば、彼女が一体どんな心境なのか――

 

「オラと風呂入るの嫌だったのか?」

「…………」

 

 半分くらいはわかってもらいたかった……いや、確かにそうなのだがと、少女は心の中で拳を握る。 わかってほしい、でも、赤面物必須のこの事情は隠しておきたいという思い半分のヴィータは……

 

「……ぶくぶく」

「おーい、ヴィータ?」

「~~~~」

「なんなんだ?」

 

 湯船に鼻まで浸かると、そっとため息をつくのでした。

 そもそも、この父子のような組み合わせで風呂なんかに入っているのか……そう言った疑問が渦巻くのだが、それを解説するには時を3時間ほど戻さなければいけない。

 

 

――――3時間前。 高町家 なのはの部屋。

 

「ヴィータ、汚れちまってるから風呂はいっちまえ」

 

 この一言が火種であった。 つまり、悟空が今回の事件の一端であり、要因であり、やはり根源であることを証明する一言。 でも、そんなことが判らない周囲はその言葉に首を縦に振っていた。

 それでも……

 

「怪我してるみたいだし、誰か一緒に入ってあげた方がいいのかな?」

 

 優しさ100%の発言をしたフェイト。 この一言も、今回の事件の発端でもあるのだ。

 なんというか、たばこ欲しさに火種を付けたら、すぐ後ろが燃料保管庫だったとかそんなありえない事態のようなものであったわけで。

 

「おい、あたしは――」

「そうだね、服も破れちゃってるし着替えも用意してあげなくちゃ。 わたしのでいいかな?」

 

 続く援護射撃は的確であった。 現状を読み、観察し、次に必要な動作に即座に入るのはなのは。 彼女は微笑と共にヴィータの手をやさしく握ると……

 

「行こ……?」

「うぅ……」

「ね?」

 

 それ以上の反撃を許さなかった。 でも――

 

「やだ……」

「どうして?」

「……むぅ」

 

 それでもと、頑ななままに身体をベッドから動かさないヴィータ。 イヤイヤをする様は、どうにも悟空が知っている彼女とは様子が違う。 まるで何かにおびえている印象を与えてきて。

 

「大ぇ丈夫」

「え?」

 

 悟空は、そっと彼女の頭に手を沿えていた。

 

「オラが近くにいる。 そうすりゃ何か起きてもすぐ駆けつけられるだろ?」

「で、でも!」

「心配することなんかねぇ。 ちゃあんと見ててやっからな」

「いやそうじゃなくってよ!!」

 

 これ以上の抵抗は不可。 けれど一瞬で出てきたラスボスを前に、ヴィータの気勢は一気に燃焼を開始する。 お前が――ここで――などとつぶやき、背中で汗を流すのは相当な焦りが彼女を襲ったから。

 事ここに居たって、ここから想像される喜劇を悟った彼女の抵抗は、虚しく悟空の手によって……

 

「さぁて、行くぞ!」

「やめろよ! あたしはひとりで――バカああ!」

 

 幕を下ろされ、新たな幕を引き上げていくのであった。

 

 ――――と、思ったのだが。

 

「あ~、ヴィータちゃん肌キレイ~~」

「それに髪もつやつやしてて……いいなぁ」

「おい、お前たちそんなに――ひゃあ! どこさわってんだよ!!」

 

 場所は脱衣所、時間は夕方前。 廊下で悟空があぐら掻いているそのときであった。 中からなんとも言えない声たちがはしゃぎだす。

 

「はい、コレ。 あの子たち……歳はそうそう変わらないでしょうに」

「お、サンキュウ。 きっと妹が出来た感じなんだろ? オラはろくでもねぇ兄貴が居ただけだったからわからねぇけど、きっと嬉しんだと思う」

「……そうかしら」

 

 それをBGMにしつつ、リビングから歩いてきたプレシアからコップをひとつ受け取る悟空。 中身を確認して、少しだけ吊り上った眉は彼女には内緒……誤魔化すかのように話を次へ進める。

 

「でも、ヴィータの奴何があったんだろうな。 聞こうにもなのはたちが「今は止めておいて」~~なんて、睨みきかせてくっからわかんなかったしな」

「そこらへんはアレよ。 あなたが妙なところで無神経なのがいけないわ」

「そうか?」

「そうよ」

 

 大抵のことには気が廻るくせに……そんなつぶやきを空気へ霧散させたプレシアは、そっと口元を緩める。 カップの中の黒い液体が、ほのかに周囲へ焙煎の香りをただ寄せるところも、彼女の心を大きく緩めていく。 そんなときであった――悟空の背後にある、脱衣所のドアが開かれる。

 

「助けてくれゴクウ!!」

「お、おい……おめぇそんな格好で――」

 

 飛び出し、彼の背中に張り付くのはヴィータ。 本当にらしくない怯えた目を揺らしながら、少女は自身と同じ背丈の女の子たち……なのはとフェイトに視線をくれてやる。

 

「さっきからアイツら、体触ってきたりして気持ち悪いんだ!」

「そうなんか?」

 

 其の一言で、悟空も視線を同じくして。

 

「ダメだぞおめぇたち。 ヴィータの事イジメてやんなよ?」

 

 人差し指立てて、首を小さく傾げて論してみる。

 

「そ、そんなことないよ……」

「悪気はなかったんだ。 ただ、その……つい気持ちが弾んだっていうか」

「??」

 

 聞こえてくる言い訳に、でも、悟空はその意図が読めない。 当然だ、彼は男であった、しかも“その手”の方面は生理的を通り越して生物学的に希薄なのだから。 だがそれでも何とかして読み取ろうと、思い出していく。

 

「たしか女同士でもそういうのが……なんてったっけかなぁ」

「えっと……悟空くん?」

「別にわたしたちそういうのじゃ――」

 

 何となく、言いたいことが読めたなのはとフェイトが否定しようとする刹那。 その瞬間ですら、悟空に取っては些末事。 彼はなによりも速く思い出して“口にしていた”

 

「そうだ! “バラ”っていうんだろ!」

『違う! ユリ!!』

 

 それに答えた少女達の声は音速よりも早いという矛盾をはらんでいたそうな。

 

「そうなんか?」

「あ、いや! そうなんだけど……わたしたちはそういうのじゃなくって――」

「悟空、違うんだよ! あのね!」

 

 彼の一言で場が混乱の渦に叩き落とされたのは言うまでもないだろう。 しかし、ここで湧き上がる疑問にプレシアはつい……

 

「孫くん、あなたそんな言葉どこで覚えたの?」

「え? いやぁずっと前にガキの姿だったオラがよ? ミユキの――」

「もういいわ。 これ以上はプライバシーの問題に突っ込むから」

「いいんか?」

「いいのよ……はぁ」

 

 持ったコップの中身を、一気にあおるのでたった。 まるでのど元までせりあがった言葉を呑み込むかのように。

 

「なんにしてもヴィータ、あの二人の行動は確かにおかしいけどさ」

『おか!?』

「けど、おめぇのこと心配してのことなんだぞ? きっと、わざとああやっておめぇの緊張をほぐしてやろうとしてたんだ」

「そ、そうなのか?」

 

 合わさる視線、確かめ合うかのように混じりあうそれは、次第に温度が高くなる頬と共に緩やかな雰囲気を形造っていく。

 

「ほれ、あいつ等の顔よく見てみろ」

「……え?」

 

 そうして悟空が指さす先、二人の魔法少女が若干肌けさせて突っ立っている絵がかきあげられていた。 赤面する以前として、今悟空に指摘された事柄に対して満面の笑みを浮かべようと……

 

「はは――」

「……えへへ」

「なぁ、今あいつ等視線を逸らしたんだけど」

「そ、そうだな」

 

 ものの見事に失敗していた。

 

「ま、まぁとにかくよ。 もういいから風呂入ってきちまえ」

「もういいから?!」

 

 そうして悟空の失態が続く。 見事なコンボのそれ、さらにヴィータを一瞬だけ見渡すと、彼は後頭部に手を持っていき小さく笑う。

 なぜ笑う、どうしたというのだ? ヴィータに疑問の感情が芽生えようとする中で。

 

「いつまでもそんなかっこじゃ、おめぇ風邪ひくぞ」

「こっち見んなバカ!!!」

 

 激怒と羞恥の感情が爆発したりする。

 同時、見えざる速度で射出されるコブシは彼女の感情のおもむくままに威力を際限なく上げていた。 唸る轟音、爆ぜる空気。 当たれば気絶間違いない威力のそれに対して、悟空の選択肢はというと。

 

「まぁまぁ」ぺち!

「く、この!」

「おさえておさえて」ぺちぺち!

「このこのぉ!!」

 

 なんだかフザケタ音を鳴らせるだけで、彼は話すことをやめない。 この間、悟空の頬から胸元に向かってかわいらしいパンチが飛んでいくのだが、それが彼にどういったダメージを負わせているかは、想像にお任せしたい。

 そうしてやっと悟空は、本腰を上げてヴィータを風呂に入れようとするのだが。

 

「さっきまでミユキと入ろうとしてたんなら――」

「アイツはあの白いヤツの姉貴なんだろ? それはちょっとヤダ」

 

 警戒心が大きく上昇した彼女は、一番無難な選択肢をひと蹴り。

 

「あいつ等と風呂に入るのがいやなら……プレシア――」

「ヤダ。 アイツコワイ」

「おお?」

「……失礼ね」

 

 順当な結果に全身を“ケータイ”のようにガクブルさせていき……

 

「んじゃアルフ――」

「アタシかい?」

「おう」

「今ならもれなくフェイトがついて来るけど?」

「ダメか……」

 

 最後の奥の手は、やたら豪華な追加特典の前に沈没。 普通ならうれしいそれに非難の声が上がるというのはもう、なんというか事態が事態だからか悟空なのだからというべきか。

 

「しかたねぇ。 こうなったらモモコが帰ってくるまで我慢しててもらうしか……」

「…………」

 

 黙りこくってしまうヴィータ。 いい加減、ひとりで入ってもらうしかないとは思う悟空であるが、それでも言わないのはやはり“さっきの出来事”が影を引いているからなのだろうか? 読めない彼の考えを、まるで読み取ったかのようにひとり、口を鋭く吊り上げたものが居た。

 それは――――

 

「もう面倒くさいから孫くんと入ってきなさい」

「え゛!?」

 

 やはり魔女であって。

 

「それでいいか。 んじゃ、いくぞヴィータ」

「おいコラ離せ! そんな丸太担ぐみたいに――ゴクウ!!」

 

 その言葉に相乗りした悟空の行動は風神様よりも早かったそうな。

 そうして、時間軸は元に戻っていく。

 

 

 

「にしてもヴィータが元気になってよかったぞ」

「え?」

「さっきまでびーびー泣いてたからな。 いつものおめぇらしくないから心配しちまったぞ」

「……わ、悪かったな」

 

 いざこざはありつつも、悟空の当たり触りある発言はいつもの事。 その、いつもが大切なのだから今回は良いのではなかろうか。 それでも……

 

「……」

「あのな」

 

 ヴィータは……

 

「もう少しだけ……考えを整理する時間が欲しいんだ」

 

 浴槽に顔を沈め、プクプクと音を立てていることしかしない。 もう、時間はないとわかりきっているさなか、それでもあの時の光景を思うだけで――心に黒いクレパスが刻まれそうで。

 まるで運動前の深呼吸のように、今はただ、落ち着く時間が欲しい彼女であった。

 ――――時は刻一刻と過ぎ去っていく。

 

 

「あがったぞぉー」

「……どうも」

 

 いやー、さっぱりした!

 やっぱり風呂は熱いのが一番だな。 最近覚えた機械の動かし方――あ、ブルマの父ちゃんが作った宇宙船の動かし方ぐらいに簡単だったのは秘密だぞ? ――でわかったんだが、43℃くれぇがいい感じだな。

 ヴィータのヤツは熱すぎだなんて、水道の蛇口を思いっきり捻ってたけど……あ、そういやクロノの姿が見えねぇな。 風呂入ってる途中からアイツの気をこの家から感じなくなってはいたけど、帰ったんか? もしかしてギルの所に行ってたりしてな。

 

「悟空……くん」

「どう……だった?」

「うぇ!?」

 

 な、なんだこの不吉な気は!? なのはもフェイトもさっきまでとは様子が明らかに変だぞ。 何があったんだ、オラたちが風呂に入っている間に――!

 

「そのこと自体が原因なのよ……」

「はい?」

 

 なんだよプレシア。 そりゃあどういう意味だよ?

 まったくよぉ、自分だけ分かった風に会話すんのはおめぇの悪いとこだぞ。 まるで……まるで……? だれだっけかなぁ? ずっとめぇに、ずいぶんとそんな風な話するじっちゃんに会ったような……?

 

「まぁいいや。 ほれ、ヴィータ。 おめぇ髪がなげぇかんな、いつもなのはがしてるみてぇにあたま“おだんご”にしてやる」

「そ、そこまではいいって――」

「遠慮すんな」

 

 長いバスタオルで、髪の水気を取るんだったよな。 えぇと? そんで髪の毛をある程度束ねるようにして……上からタオルを巻きゃあいいんだよな。 こうして、こうして?

 

「痛い! いたたたっ!!」

「あ、わりぃ……えっと、こう!」

 

 ちぃとちから加減が……うっし、何とか巻けたな。 女が風呂上がりになんでこうするかよっくわかんねぇけど、こうすると髪に良いんだとよ。 ……水付けっぱなしだとバリバリになるんじゃなかったっけか? よくわかんねぇや。

 

「……てか、ゴクウ」

「なんだ?」

 

 なんだよアルフ。 そんなヘンなもんみるような目をすんじゃねぇって。 オラが変人みてぇだろ? ……いや、あんまし間違えじゃねぇンか? サイヤ人で異世界人ってやつだもんなぁ。

 

「今のこの状況であんた、何にも思わないの?」

「何にもはねぇだろ」

「……そうかい?」

「そうだぞ」

 

 ほんとだって。 現に今だってどうして女は髪を――

 

「あんた絶対わかってない!」

「……そうか?」

「間違いないね!」

「……そうか」

 

 そんじゃあいったい何考えろってんだよ……オラ只、ヴィータと風呂入って、身体洗ってやっただけだぞ。 何にも悪いことしてねェじゃねぇか。

 

「……はぁ、まぁ、ここまでは良いとして」

『……あは』

「――――お願いだからフェイト、なのはちゃん。 もう少し我慢しててね」

 

 な、なんか今日に限ってあいつらの様子がおかしいぞ。 2、3日まえに会った時はこんなことなかったのになぁ。

 さてと、そんなあいつ等なだめてるプレシアがとうとう話があるみてぇだな。 これはいよいよヴィータには我慢してもらわねぇと行けなくなっちまうか? 正直、あんまし気は進まねぇけど。

 

「ヴィータ」

「……うん」

 

 わりぃな。 結構なことが起こったんだとは思うがよ、それでも、いいや、だからこそなんだ。 あんましヤバい事だったら早めに手をうたねぇと……人造人間がやって来るときとは違って、今回はもう修行の期間がねぇ上にドラゴンボールの世話になるわけにもいかねぇ。

 ………………プレシアはもう……

 

「あたしらがそこに居る白いヤツを襲ったのは知ってるよな」

「……うん」

「んで、お前が優勢になった時に助けに入った奴がいたのも覚えてるよな」

「えっと、あの美人なお姉さんの事……?」

「たぶんそうだ。 ほら、あの剣持った奴。 そこにいる使い魔にダメージ負わした奴だ」

 

 こりゃあ多分シグナムのことだな。 いまだになのはやアルフを指さして目ぇ合わせねぇのは気にはなるが今はいい。 ……しかしこの言いぶりだと。

 

「シグナムの奴になにかあったのか?」

「……そうだ」

 

 やはり……か。 けどいったい何があったんだ? まさか殺されたんじゃ――あいつほどの腕前の奴がまさか!?

 

「話し戻すけどさ。 そこの使い魔がやられた後、わけのわからねぇ強さの男が乱入してきて、アタシはそこで意識を――」

「あぁ、オラの事か。 あんときはすまなかったな……つい、力が入りすぎちまった」

「…………はあ!?」

 

 “フリーザに似た気”を感じ取ったもんだから、ついつい緊張してたもんなぁあんとき。 しかしまさかとは思うけどそれで怖くなってこうなったんじゃ……ねぇよな。

 い、いや……でもそんなこと……

 

「あ、ああ……」

「お、おいヴィータ?」

 

 まじか? まじなんか? ホントにそんな理由で……?

 

「あの金髪がお前ってどういうことだよ!!」

「あぁ、そっちか」

「そっちってどっちだ!!」

「いぃ!?」

 

 お、おいいきなし掴みかかってくんなって――お、おい! あたま振んな! 尻尾にぶら下がんなって!

 くぅ~~、こ、こんなに興奮するなんてどうしちまったんだよ。 おい、ヴィータ……

 

「いい加減にしろって、ヴィータ!」

「ご、ごめん……でも、あんな冷酷鉄仮面みたいなやつがホントにお前なのかよ!!」

 

 れいこく……てっかめん?

 それってオラの事か? そういや確かに超サイヤ人になったオラは興奮を抑えるために結構冷静というか、気を抑えたりはしてっけど。

 

「にゃはは、悟空くんのアレは初見さんには確かに別人にしか見えないよね」

「そうか?」

「そうだよ悟空。 悟空自身、姿を鏡で見てるわけじゃないからあんまり判断付かないかもしれないけど、アレはやっぱり……ねぇ?」

「……そっか」

 

 なのはもフェイトもどうやら同じ感想らしいな。 まぁ、こいつらは確かに随分前からこういう指摘はしてきたし、そのために始まったアノ修行だもんなぁ。

 実際問題、そのおかげで超サイヤ人状態でも緩急のとれた“全力戦闘”ってのが出来るようになったわけだが。

 

「あんときのオラは超サイヤ人状態になれてなくってよ。 ああなるとソワソワして、なんていうかサイヤ人がもともと持ってた殺戮本能ってやつが数段強化されるみてぇなんだ」

「す、すーぱーさいやじん? なんだそりゃ?」

「え? えぇと、超サイヤ人っていうのはさ。 サイヤ人が限界まで力を付けて、そこから純粋な心の中で激しい怒りによって――」

 

 そういやヴィータに言ってなかったなぁ、オラがサイヤ人だってこと。 ――ってことはあれか? オラのことイチから説明しねぇと不味いんか? これはこれで面倒くせぇぞ。

 

「さ、サイヤ人ってなんだよ!? 悟空の事なのか!」

 

 ほら来た。 こっから説明するのは中々に骨だぞ。 オラ見た目通りに説明とかするのが得意な人間じゃねぇんだぞ? ……どうすりゃあいいんだ。

 

「……興奮するのは其処までにしてもらいましょうか」

「お、プレシア?」

「いまは、貴方の身に起こった事を聞かせてもらうのが重要の筈よ」

「そ、そういやそうだったな」

 

 いけね。 つい話がどっかいっちまった。 オラとしたことがつい……

 

「たしかオラが超サイヤ人になって、おめぇたちのことを追い返したところだよな?」

「……そのすーぱーナンチャラってのがよくわかんねぇけど、あのあとのことだ。 あたしがお前にやられて3日間眠りこけていた間に――はやての病気が急激に進行したんだ」

「…………」

『はやて……?』

 

 今の一言でヴィータの奴、一気に暗い顔になりやがった。

 これで大体が確定だな。 最悪だ……まさかはやての奴がこのタイミングで――

 

「アイツの病気、そんなに酷いのか?」

「あぁ」

「おめぇたちが――――――」

 

 あんなに争いがイヤだって言ってたあのはやてを、随分と慕っていたおめぇたちが……

 

「――――――一ひとり相手に、寄ってたかって弄ろうとするくらいにか」

「…………そうだ」

 

 こりゃあ相当不味い状況らしいな。 そもそもでシグナムなんかはサシが大好きっていうような、まるでオラみてぇな気性の持ち主だと思うし。 そんなあいつがわざわざああいう手段で襲ってくるぐれぇだ。

 

「……プライドも、なんもかんも捨てる覚悟か」

「孫くん?」

「……いや」

 

 あいつ等がよく言う騎士っちゅうのがどんなもんか知らねぇ。 けど、その行動の中にある“誇り”だけはわかる。 なにせオラも……

 

「なんでもねぇ」

「ゴクウ?」

「なんでもねぇってヴィータ。 よし、話しの続きに行こうぜ?」

「……?」

 

 いや、今はそんなことよりもはやて達の事だ。 ヴィータの奴がこうなった原因がオラのせいじゃないってなると、疑問は益々大きくなってくるな。 けど……大体読めてきた。

 

「あたしが目を覚ました途端、シグナムはこの世界から遠くの世界に移ろうって言い出して」

「あぁ」

「その間にもはやての具合はドンドン悪くなって……しまいにはついに眠ったきり動かなくなったんだ!」

「そうか……」

 

 予想以上に悪い事態だ。 実際に会ってみねぇとわかんねぇけど、もしかしたら病状だけならプレシアよりも上かもしれねぇ。 これが前に言っていた……

 

「闇の書の……呪い」

「…………なんだよそれ」

 

 ヴィータの反応……随分と薄いな。 という事は、もしかしてこいつ知らないでいままで――

 

「ねぇ、悟空くん」

「なんだ?」

「さっきから気になってたんだけど、そのはやてって言う子は……その子の?」

「…………」

 

 そういやみんなには言ってなかったんだっけか? これはオラのミスだな。 もっと早く相談しとけばよかった。

 でも、わりぃがここは簡単に言わせてもらうぞ。

 

「闇の書の主……っていうやつらしい。 詳しくはまた今度話すが、この街に住んでる車椅子に乗った女の子だ。 年はおめぇと同じ、性格は……会ってみりゃあ分る」

「……そうなんだ」

「9歳……そんな子の所に現れるなんて」

 

 なのはとプレシアの顔が曇ってるのがわかる。 それは他の奴も同様だ。 そうだよなぁ、いままで悪もんだと思ってた奴が、実はいいやつで飛んでもねぇモン背負わされていると知ったら――コイツらだったらやりてぇことはひとつだよなぁ。

 

「言いたいことはわかるが、今はヴィータに確認したいことがある」

「……」

「おめぇ、闇の書完成させてどうするつもりだったんだ?」

「…………!」

 

 これだ。 正直、リンディとギルの話を聞く限り、これを完成させた奴の末路は目も当てられないくらいに悲惨だ。 そんなもんを完成させて、いったいはやてをどうしたいんだ――って、さっきまで思ってたんだが。

 

「闇の書が完成すれば、とてつもない“ちから”が手に入るんだ」

「そりゃあな。 いろんなヤツの魔力を奪って完成すんだから、“戦闘能力”は凄まじいだろ」

「……え?」

 

 どうやらホントにかみ合ってないのは……

 

「戦うちから手に入れたとして、それでどうやってはやて治すんだ?」

「え……え!?」

 

 あいつらの方だったみてぇだな。

 ヴィータの顔に汗が流れ始めた。 こりゃ本当に動揺してるみてぇだな、焦る感じが手に取るようだ。 ここまでくれば大方の予想もつく、……プレシアの方もわかった見てぇにため息をついてるしな。

 

「だいたい最初からおかしかったんだ。 大きくなっていく古ぼけた本の魔力に、その度に小さくなるはやての気。 これだけみりゃあ一目瞭然だ、すべての原因は“その本にある”」

「……そんな…………」

 

 厳しいようだがハッキリ言ってやる。 前にピッコロも言ってたもんな。 オラにはこういった時の厳しさが足りねぇって。 ただ、優しくすると付け上がって昔の悟飯見てぇのを量産するだけだ――って。

 

「ちょっと悟空くん?」

「なんだなのは。 いまちょっと大変なところだからよ――」

「いま悟空くん、とんでもないこと言ったよね?」

「ん?」

 

 なんか言ったか? オラ。 特にそんなことは思わなかったんだけどなぁ……?

 

「いま悟空くん、その本――って」

「言ったぞ?」

『…………あ』

 

 なんだなんだ? 何か問題があんのか? オラただ、“そこに置いてある本”のことを指して話してたんだけどなぁ。 みんなして何そんな驚いた顔してんだ。

 

「その本って、どの本?」

「どのって……さっきからプレシアとかがよく読む本と一緒に、ソファーに乱雑に乗っかってんだろ? その本が闇の書だ」

『……は?』

 

 さってと、んじゃここからが本題だな。

 

――女性誌と一緒に置かれるロストロギア……

――いいの? こんなの……

――きっとおねぇちゃんかお兄ちゃんだと思う。 なにか分んないから一緒に置いちゃったんだよ。

 

「周りが随分とうるせぇけど、話しを続けてくれ。 おそらくだがシグナム達になにかあったんだろ?」

「…………うん」

 

 気になる。 あの今まで暴れ回りだしそうだった闇の書の魔力が極端に大人しい事。 それと同時に、消えてしまってつかめないシグナム、ザフィーラ、シャマルの魔力。 はやては眠っているからいいとして……アイツ等ほどのデカい魔力を探れないとなると、結構な問題だぞ。

 

「突然だったんだ」

「……」

「他の世界で結界張って、そんでみんなで息を殺しながら闇の書を蒐集していたときに、シグナムの様子が激変したんだ――」

「まるで、ヒトが変わったかのようになった……とかか?」

「……うん」

 

 あ、あたりか……なんとなく言ってみたんだが……いや、今はそんなことで驚いてる場合じゃないな。

 

「でも性格とかそんなんじゃねぇ! アレはもう完全に別人だった、まるで――この世全てを上から見下ろすようなっ!」

「……なんだと」

 

 心当たりが……いくつかあるのが問題だな。 だけど、この場合やはりあいつしか考えられない。

 

「そいつの名前、フリーザって言うんじゃねぇか?」

「……わかんねぇ。 ただ、とてつもなく冷たい声だった。 か、顔も……かおも……まるで肉が剥げ落ちたところから見えた顔は機械みたいで……ぅ」

「機械……」

 

 機械……どういうことだ。 機械っていうからには金属なんだろうけど……アイツってそんなカラダしてたか? 全身サイボーグになったというのは、後でトランクスから聞いていたから知ってっけど。

 別人……なのか?

 

「悟空?」

「あ、いや……なんとなくわかんなくなっちまってな」

「敵の事?」

「ああ」

 

 フェイトも不安なんだろう、気ぃつかってこっちに声をかけてきたはいいが、こればっかりはなんとも言えない。 もしかしたらオラの知らないことがあるのかもしれねェし、下手すっと前に現れたターレスの時のように……あーちくしょう!!

 

「やめだ」

「え? ゴクウ?」

「もう、ウジウジ考えるのはやめだ。 いまは、あったことをそのまま受け入れよう」

「……あんた」

 

 たぶんだが、今オラが悩むとそれが周りに悪影響を生みかねねぇ。 てかよ、こんなふうに悩むこと自体オラらしくねぇ。 柄にもない事しちまったな。

 

「とにかくシグナムはいま、何者かに肉体を乗っ取られている。 そう考えていいんだな?」

「……うん」

「んで、そっから聞こえてきた声はシグナムのモノではなくて別人の声。 これもいいな?」

「うん」

「…………」

 

 前にオラが喰らった魂を入れ替える技ってわけでもなさそうだ。 途中まではシグナム本人だったらしいし、何より、そいつの気は感じなかった。 なら――

 

「なにもんか知らねぇけど、シグナムの身体使って悪いことしようとしてるのは間違いねぇようだな。 だったら」

「……ど、どうするんだよ?」

 

 決まってるだろ、そんなこと。 昔っからオラたちが出来る説得の方法っていったらこれっきゃねぇ!

 

「戦って、ぶん殴ってでも正気を取り戻させる。 これしかねぇ!」

『結局それですか……!!』

「あ、はは……お前らしい……よな」

 

 それ以外何があんだ? 奇跡なんて待ってても来ないもんは来ねぇぞ。 困難な時ってのは、やっぱり自分の手で何とかするもんだ。

 

「それに多分、近いうちにアイツの方からこっちの方へ来る……いいや」

「どういうこと、孫くん?」

「ん? あぁ、たぶんなんだけど、アイツはオラがこの世界にいるってのは知ってるけど、どこにってのはわかんねぇはずだ」

「……?」

 

 たぶんだが、あいつがフリーザだとしたらまず気を探る術がない。 そうなったらこんな広い場所だ、まずオラがどこにいるかなんてわからねぇ、けど。

 

「アイツ等は前にやってきたターレス同様、気を測れる変な機械を持ってる。 それを逆に使わせんだ」

「……?」

「つまり、オラがここに居るぞって教えてやんだ……普段限りなくゼロにまで落としている気を爆発させてな」

「そういう事。 たしかにこの世界に気を扱えるものはあなただけ……そしてもしそれを知っているとしたら、確実にやって来る」

「そうだ」

 

 さすがプレシアだ。 相変わらずの洞察力だな。

 あとは日時っていうか、タイミングだが……うげ!?

 

「おめぇたち、急に張り付いてどうしたんだ?」

「……」

「……ゴクウ」

「悟空くん」

 

 フェイトにアルフになのはが、急にオラを囲んで睨み聞かせてきやがった……こりゃああれだな――コイツら絶対……

 

「一人で勝手に行くのはダメだよ?」

「……当然だろ?」

 

 はは……ばれてらぁ。

 でも、今回は相手が悪すぎる。 いくら魔法が使えたとしても、連れていくわけにはいかねぇ。 だから――さ。

 

「とりあえずおめぇたち……バルディッシュは当然だして、レイジングハートも急ピッチで強くしてもらってんだろ? プレシア」

「え、えぇ。 新バルディッシュのノウハウを参考に、強化改造はあと2、3日で済むとは思うけど」

「そうか……」

 

 それまでは、こいつらを戦いには引き出せねぇ。 それに今回はオラの世界の問題だ、もしもコイツら、ついて来るっていうんなら……

 

「悟空くん?」

「…………どうすっかなぁ」

「?」

 

 さて、と。 こっからどう動くか。 …………あと、このあとに使う言い訳も何となく考えておくかな。 ……コイツら、怒らせるとチチぐれぇおっかねぇし。

 

 そうと決まれば…………すぐ行くか。

 

 

 

 紅色に染まったあとの冬の道路。 既に時計の短針は真下を指そうとしていた。 日が沈むというのにまるで燃え盛るかのように眩しい景色。 それがこれからの戦いを意味する光景となるのか、それとも……

 全ての準備が整うまで残り三日。 なのはたちはそれぞれの思いを胸に、皆――警戒していた。 時間は……そこから6時間を通り過ぎる。

 

「……いくらオラが抜け駆けばっかりするからって、これはねぇぞ」

『…………Zzz』

「ごめんね、悟空」

 

 孫悟空……全身緊迫の刑。

 黄色いバインドで縛られた彼は、目の前で微笑みかける女の子に愚痴をこぼす。 あぁ、この笑顔のなんと可憐なことか。 あんまりにもかわいらしいそれは、悟空の後頭部にほんの少しだけ青筋を作る。

 

「笑ってごまかすなって。 こんなへんてこなこと考えやがって……誰の入れ知恵だ?」

「……ごめん」

「おめぇか……はぁ」

 

 場所は客間。 一階のわきにある其処はある程度のスペースがある。 そこに女数名がドーナツ状に雑魚寝して、その中央で悟空があぐらをかき、尚且つ胸元でバインドの制尺者が独り、彼のぬくもりを一身に受け取っている。

 

 そう、彼はいま、監視のもとで皆に囲まれているのだった。

 

「どうしてもこうすんのか? オラも信用ねぇなぁ」

「信頼はしてるよ? でも、なのはの質問から返答までの間が少し気になって……ああいう時の悟空は、大体なにかを誤魔化してる」

「うげぇ……全部ばれてら……」

 

 何となく。 イジワルするお姉さんのような仕草。 背中にあたる悟空の胸板を感じ取り、そっと息を吐いたフェイトはそのまま彼を見上げる。 親が子に、子が親にするようなやり取りで……彼らは言葉を連ねていく。

 

「ターレスまであたりなら、オラに付いてきてもなんとかなった。 けど、あいつの相手はダメなんだ」

「でも、悟空のほかにいる仲間は地球人なんでしょ? だったらわたしたちだって……」

「それは……そうなんだけどさ」

 

 力になりたい。 言外のそれはフェイトの視線から読み取れる悟空。 決意とも見て取れるそれがわかるのは、彼が武道家だから。 研鑽された、相手の機微を伺う術は、こういう時だからこそ発揮する。

 こういう……命を賭けてもいいという相手にこそ……

 

「遊びじゃねんだぞ?」

「わかってる」

「死ぬかもしれねぇ」

「覚悟は……できる」

「……」

 

 できている……そう言わなかった少女。 彼女の肩は少し震えたかもしれない、でも、触れている悟空にはそれが伝わっていないのだから、きっと気のせいだったはず。 だったら、彼女の決意は本物だ……ほんもの……なのに。

 

「…………」

「悟空?」

 

 彼は押し黙る。

 今まではなんとか一緒にやってきた。 これからだって――そう期待していたのは間違いない。 だからこそ武術のイロハを教え、身体の動かし方だって叩き込んだ。 でも。

 

「わかった」

「ほんと!?」

 

 なんにだって、限界はある。

 

「……あ、れ?」

「…………」

 

 不意に、微睡に片足を突っ込んでいくフェイト。 揺れる金髪ツインテールが、敷布団の上に並ぶと、ドサリと大きな音が立つ。 同時、何かが砕ける音が響くと、それだけで他の音は消失する。

 聞こえない……今出た音以外、少女の耳には何も聞こえない。

 

「……謝らねぇからな」

「…………すぅ」

 

 すっと、少女の首元から引いたのは悟空の尾。 鞭のようにしなるそれが、フェイトに何をしたかは言うまでもない。

 謝罪はない。 やって当然だから? ここに人がいたらきっと聞いていた言葉を……

 

「謝んのは、帰ってきてからにする。 いまは……戦いに集中してぇ」

 

 そっと自分のなかに押しとどめる。

 破る約束の重さは測り知れない。 今まで、やったことがないと自負していたことだ、だからこそ破る今回は相当に悟空に負担を強いていた。

 

「オラ自身、いったいいつまで持つかわかんねぇ。 そんな状態で誰かを守りながら戦うのは……自信ねぇからよ」

 

 そう言うと鳩尾(みぞおち)付近に手を沿える。 わずかにさするとそっと手を離し、いままでの世界を思い浮かべる。

 数々の出会いがあった、世界があった、運命があった。 いくつの物語を見てきたか判らないが、それでも、その数は膨大で深い。 そんな物たちを、彼は思い出す。

 キズを必死に隠そうとする少女。

 傷つくことで幸せが掴めると信じた少女。

 その傷を過去の自分と照らし合わせていた女。

 キズを与えていた女。

 キズを、忘れてしまった少女。

 

 周りにいるモノたちは皆、各々大小問わず傷を持つ者たちであった。 ……気が付けば、そんな傷を癒すが如く、自分に欠けてしまった物を補うが如く……こうして集まった、そう取れなくないほどであった。

 さまざまな運命が複雑に絡み合うこの世界――だからこそ、そんな余計な思考を持たない青年は……この世界を、いいや、友人を救いたい一心で。

 

「行ってくる…………――――」

 

 この世界から忽然と消えて行ってしまう。

 

 

 

 

「――――…………ここでいいか」

 

 青年が大地を踏みしめる。

 巨大な怪獣がひしめく広大な世界。 今は月が照らす時間だから静かでも、陽が昇ればいつも通りの騒がしさを取り戻すだろう。 でも、それがこれからも続くという保証はない。

 

「ふん!」

 

 両手を強く握る。 造った拳を唸らせると、全身に信じられないほどの波動が駆け巡る。 想定外に常識外を重ねたかのような力の流れ、孫悟空はいまだに金色には至らないはずなのに――世界を震わせる。

 

「こい……」

 

 呼びかける声。 それに呼応して高まる不可視の気は、只々世界を刺激し、痛烈な叫び声を上げさせる。

 

「極上の餌を持ってきてんだ……いい加減――」

 

 上空の雲がちぎれる。 ふらりと覗く星々が、黒い髪を心細く照らしていく。 この世界に、彼がいることを知らしめるかのように。

 

「どうした……フリーザ……オラはここに居るぞ!」

 

 大地が陥没しかけ、それでもと耐えると、今度は上空に岩石が浮遊していく。 一個や二個ではない……数多くを重力に反したかのように浮かせて、でも、それでも期待した人物が現れないことに気持ちを苛立たせて……彼の脳裏に、長髪の女剣士が流れると。

 

「フリ――ザぁぁぁああ!!」

 

 辛抱堪らず、彼は世界を脅迫する。

 求めた罪人をさっさと出さねば……この世をハカイシテヤル。 気が狂いそうになるかれの闘気を前に、世界はついに。

 

「ふりいぃぃいいいいざあああああ!!」

「――――…………」

「――――はっ!?」

 

 このモノたちの邂逅を許す。

 現れたのは炎熱纏いし女剣士。 いつもの髪留めが見当たらない彼女は、ピンク色の髪を空に流して悟空をみた……気がした。 視線が前髪で隠れているために確認不可、気の方はもとより悟空は感じ取ったことがない。

 理由は深く聞いたことがない、聞く必要を感じなかったからと後に彼は語る。

 だけど、今この時だけは深く後悔した。

 

「……こいつ」

「…………」

「魔力はシグナムのモノだが……」

「…………」

「気はフリーザに近い――だが!」

 

 想像した事態は見事的中。 目の前の女から感じる気はあまりにもこの世界にはなじみ無いモノ。 でも、だと言って、それが彼が知っている気かと問われれば、答えは否だろう。

 

「まるで別人だ!? 気の質も! 量も!!」

「……」

「おめぇ! なにモンだ!!」

 

 あまりにもすれ違う自身の想像。 こんなに強大な力を、自分が知っているモノ以外が持っているとはあまりにも思えない彼はここで我慢が出来なくなる。 どうでもいいとさえ思った相手の正体、それを探ろうと、手をのばした刹那。

 

「ふ――」

「くそ!!」

 

 横合いから、腕をなにかが通り過ぎていく。

 

「こ、こいつ!!」

 

 手首の下から二の腕、そこに鋼鉄の一閃を受けた彼は――いいや、受けたはずの悟空は強く睨み返す。

 

「そう、残像か――やるじゃないか」

「いきなり剣抜いて来るなんてなぁ……残像拳使わなかったら本気で切り落としてたろ!?」

 

 彼の手首から先はつながったまま。 先刻切り落としたはずの右手首は悟空の超スピードをもって両断を免れ、今現在も見事な生命活動を実施している。

 

「くくく……いや、悪かった。 お前があまりにもぶしつけな質問をするもんだからな」

「……なんだと?」

 

 声はシグナム、口癖のようなものもシグナム、容姿もシグナム、体型も、相棒も、髪の色も目の色も――シグナム。

 何一つ変わらないはずのそれは、悟空の中でぽつりと黒い影を射させる。

 だが、それは眼の前の人物も同じ。 ソレは一瞬だけ奥歯を鳴らすと、ゆっくり剣を悟空に向ける。

 

「貴様がこのオレの名前を聞きたがることが……」

「……ん」

 

 女が剣を構える。 緋色に染まる目はまるで無機質で、凍るかのような寒気を悟空に与える。 この前までの小競り合いとは違う――青年は腰を数センチ落とす。 そうして見た! 今目の前の女の瞳孔が、勢いよく見ひらかれていく瞬間を!!

 

「気に食わないからだあああ!!」

「ぐぅぅ!?」

 

 紫電一閃。

 突然の発火現象と共に繰り出された炎熱の抜刀は、悟空の右腕に命中する。 当たり、さわり、いなして躱す悟空の行動は早く、当然の結果でもあった。

 

「くそ! なんだ今の威力。 防御してたら腕を落とされてるとこだぞ」

「きぇぇぇええええ」

「くっ!」

 

 切る切る切る――切り付ける!!

 繰り出される連斬はまるで業火。 悟空を焼き尽くさんとする執念の炎とも取れるそれは、剣士の恨みを上乗せするかのような斬撃を生み出していた。

 

「あ、アイツ……偽物だったのか!!?」

「はっはー!! 消えろソンゴクウ!!」

「このままじゃ――」

 

 それにいまだ反撃できない悟空は……彼は、青年は――

 

「このヤロウ!!」

「なに?」

 

 殺意を込めた豪炎の刃を、身体のバネを極限にまで生かした斬撃に込め――

 迫りくる刃を見続け……見通し――

 

「だりゃああ――ッ!」

「なんだ――と……!?」

 

 刃先が前髪を一本切り付けた瞬間、身体を左半身だけ前進。 同時に引きつけた拳をヤツに――撃ち貫く!!

 ……左側頭部に腕に付けた青いリストバンドが、壮大な衝撃と共に通り抜ける。

 

「であああああああああああああああああああああああああああああああ」

「――――?!」

 

 連打、連打、連打!!

 刃が引けないくらいまでに接近した悟空は、そのまま威力を“落とさない”拳の雨を降らせていく。 止まない雨、晴れない悟空の心。 いくら殴り抜けてもいつものワクワク感が出ない――――それが、苛立ちを募らせる。

 

「界王拳!!」

「うぐぅ!?」

 

 重い衝撃。 赤い閃光をとどろかせた直後、剣士の口から赤いナニカが吐き出されると、悟空は腹部を狙って剛腕を走らせる。

 

「であああああああ!!」

「――――!?」

 

 打つ。

 

「であああああああああああ――」

「――――!!?」

 

 打ちぬく!!

 

「そいつは……その身体はシグナムのモンだ! おめぇのもんじゃ――」

「  !?  」

 

 引き寄せた右こぶし、深く遠くに据えたそれは、まるで旧兵器のバリスタを連想させる引き。 どこまでも届けと、身体ごと引き絞ったそれは悟空の気合と共に。

 

「ねえ――ッ!!」

 

 解き放たれ――打ち付ける。

 

「ぐほぉ――?!!」

 

 何かが砕けるような音が響く。

 “人間で言うと”1番から7番が一気に持ってかれた腹部の衝撃は、相当のもの。 だが、世界の王を名乗る力を発揮した悟空の拳に耐えただけでも褒めるべきか……この時点で悟空は、彼女がシグナムではないという事を悟り。

 

「まだだあああああッ!!」

「…………」

 

打ちぬいた腹部から手を引く――ひく! ……引けない。

 

「なんだ!?」

「………………」

 

 握りしめた拳、その上からさらに包み込む何かが存在した。

 

「こ、コイツ……おめぇ……」

「ふふ……」【ふはははは】

 

 急に重なる声。

 悟空の腕に絡みつく鋼鉄のケーブル。

 ひびの入った……シグナムの顔。

 

【あれから腕を上げたようだな、ソンゴクウ】

「声がおかしく……っく! ぬけねぇ」

 

 割った鏡のように剥がれ落ちていく柔い仮面。 人の肉片にも思えるシリコンの塊は、その下にある鋼鉄の素顔をさらしていく。

 癖のあるおうとつに、額の突起、氷のように冷たい眼差し。 まるで全宇宙ですら物足りないと嘆いた乾ききった声。 全てに見覚えがあって、どこにでもある違和感に悟空はその者の正体を掴みかね。

 

【ここまで正体をさらしてやってまだ気づかんのか。 相変わらず知能は猿並みか? ――サイヤ人】

「おめぇ……」

 

 片手で顔を覆い隠す。 いまだ肉付きされた柔い肌を覆い隠すと、すぐそばからブチブチと聞き苦しい音が聞こえる。 彼女の、端正に整えられた顔を醜く変貌させ凌辱させていく。

 その姿に気味の悪さを通り越し――悟空は怒りの声を高らかに咆える。

 

「この野郎ぉぉぉおおッ!!」

【ふははははは! ……消えろ】

 

 同じ高らかでも質が違う奇声のぬし。 悟空に対して冷めた目線をくれてやると、低い声と共に剣を振りぬいて……“居た”

 

「な!?」

「力関係がいつまでも貴様が上だというおごりは止めてもらおう」

 

 悟空の胸元に、赤い横一線が刻まれる。

 いつの間に――どういうことだ……悟空が困惑する中で聞こえるのは懐かしい女の声。 シグナムらしきノイズは青年に届くのだが。 彼はその瞬間に眉を吊り上げる。

 

「そんな顔でシグナムの声出しやがって……」

「ふふ――どうだ、ソンゴクウ」

「おめえ……!!」

 

 苛立ちが憤怒に変わる。

 だが、腕は一向に動かないし、胸からは軽い出血も確認されてきている。 だがまだ血が足りなくなるほどではないと一瞬で判断した悟空は。

 

「この! 邪魔なもん付けやがって」

 

自身の腕に絡みつき、動きを制限しようとするワイヤーを……逆に手繰り寄せる。

 引っ張り、引き寄せ、相手の眼光と自身の視線を絡ませる。 息のかかるほどまで縮まる相手との距離に、悟空は思い切りよく背を反らし――

 

「だらああッ!!」

「!?」

 

 相手の額に、自身の額を押し付ける……いや、この音は既に車の衝突音を優に超えているだろう。 機械相手、故に聞こえる金切り音も納得できるかもしれないが、それを引き起こしたのが人体だというのは驚愕するべきところ。

 孫悟空は、再び赤い閃光を吹かす。

 

「コノヤローーッ!」

「ぐあ!?」

 

 あまりの痛打に絡ませたハイヤーが緩んだ。 その隙、その油断を見逃すことなど今の悟空が出来るはずがない。 怒りのおもむくままに、彼は感情が飛び出すかのように追撃にでる。

 

高速のジャブ――疾風のような回転蹴り。 風が吹き荒れると同時、女だった機械の身体の三割が消失する。 崩れ落ちる左上半身。 吹き出てきた茶色い液体はまるで鮮血のように悟空の頭から被されていく。

勝負は、決まった。

 

「…………」

【こ、こいつ……あの時とは段違い――に】

「…………くそ」

 

 見苦しい残響に貸す耳はない。 悟空は汚れた右手を宙でスナップすると水気を飛ばす。 斬首後の侍にも見える動作は、まさに処刑執行人。 鉄の塊と化した剣士に、悟空は最後の視線をくれてやる。

 

「おめぇがどこの誰だかは知らねぇが、正直やりすぎだ。 このまま、くたばっておくんだな。 もう、二度とその顔はみたくねぇ」

 

 冷たすぎる戦闘終了の声。 どうにも呆気ない空気に、一瞬だけ違和感を覚えた悟空は二度、シグナムだった残骸に視線をやる。

 もう、面影すらない顔面と、今の戦闘で肌けたバリアジャケット――刃こぼれしたレヴァンティンに哀愁の声をつぶやくと、彼は背を向ける。 ……その姿に、声を掛ける存在が居た。

 

「…………そん」

「なに!? こ、この感じ――」

 

 さっきまでの偽物とはわけが違う。 この半年間聞いてきたあの声――気難しくて、堅苦しくて、決して弱いところを見せなかったあの――

 

「シグナム!?」

「……そ、ん」

 

 駆け寄る。 もう、倒れてしまった鉄くずに走った悟空は地面をかき分けるようにそれを抱き上げていた。 息などしていないとわかる身体なのに、それでも血色を確認せずにはいられない悟空は思わず“ソレ”に強く声を掛ける。

 

「すまねぇ……オラ。 ……オラ、おめぇの身体に――」

「い、い……んだ。 もう、こうなるい……外 かた    いんだ……」

「シグナム……くそぉ……なんてことだ」

 

 ノイズだらけの機械音。 明らかに人の身ではないそれはどうにか機能しているだけ。 シグナムだったものは、こと切れる寸前に置いて最後の抵抗をしていた。

 

「いま……だけ。 この瞬間だけ、ああ、あいつのいしき……きえて」

「もういい喋るな……待ってろ、いまみんなの所で治してもらう――」

 

 その抵抗を助けたい。 その一心で悟空は意識を集中する。 たどる魔力は機械に強い者全員、さらに今現在起床している者に的を絞ると――「ま……て」

 

「え?」

「だ、め……」

 

 シグナムが……それを邪魔をする。

 

「この体の私は――アイツは……すぐに復元する」

「そ、そんなこといったってよ!」

「いまはまだ、私の意識が抑え込めている……そ、その  だに」

 

 もう聞き取れない声が羅列する中……この声だけが、この、シグナムの最後の願いだけが。

 

――――私を……ころしてくれ。

 

 聞こえてしまった。

 あまりにも単純なその願い、誰にでもできてしまいそうな残酷な頼みごと。 でも、それをやって誰がよろこぶのか……悟空の手が震える。

 

「あきらめんな! きっと何とかなる……何とかして見せる!」

「むり……だ。 こいつは……“クウラ”は――k あ zu」

「シグナム!? シグナムおいしっかりしろ!! おい!!」

 

 最後の最後、彼女の目にかかる茶色い液体。 頬を伝わり、顎の途中で止まったそれは最後まで流れることがなく。 その光景を最後に――

 

「    馬鹿な奴め」

「――――!!!」

 

 今にも崩れそうだった女の目がギョロリと悟空を射止め、耳障りな音が再び聞こえる。

 

 その瞬間であった…………

 

「きさま――」

「あんなくだらん女に同情か……? 意味のないことを――」

「こ、このヤロウ……」

 

 歯をきしませる、血管を浮き上がらせる、髪を揺らす、大気を震えさせる、大地に悲鳴を上げさせる、目の奥から血を流す、頭部に青筋を立てる、空に雷鳴をとどろかせる、くだらないと言った屑鉄に極寒の視線を……くれてやる。

 

「…………」

「フン、ついにその姿を見せたか。 ……超サイヤ人」

「いい加減にしろよ……どいつもこいつも」

 

 彼は異形へと変貌する。 もう、意味がない我慢はここまでだ、見せてやればいい、今ある自分の思いの丈を――たとえ、この先自分の身体がどうなろうとも。 超戦士は、今ここに降臨する。

 憎しみを限界にまで高めながら……

 

「フリーザといい貴様といい……なんでこんな――」

「サイヤ人が慈愛の心でも持つというのか? ……なにをいまさら」

「こいつ――ッ!!」

 

 抱き上げるモノの吐き出す雑音に、悟空のボルテージは限界を超えようとしていた。 敵は近くだ、逃がすこともしないだろう。 彼は全身からあふれる黄金の気を、一点に集中する。

 なのはたちで言うところの砲撃魔法。 それを至近距離から放とうとして――

 

「その姿になるのを……ジュエルシードの発動を待っていた!!」

「な……に!?」

 

 鉄くず……クウラと呼ばれたソレがいきなり黒く発光する。 闇を思わせるその色は、いきなり悟空の黄金を食いつぶし、全身を覆っていく。 まるで生き物の様な挙動で彼を侵食するそれは正に暴食の本の有り様の体現。 超サイヤ人の輝きは、一気に薄れていく。

 

「なんだ……ちから……が」

「ふふ……ははは! いいぞ、やはり計算通りだ」

「なんだと……!」

 

 力入らぬ身体を、それでも立て直そうと奥歯をかみしめる悟空に、声も高らかにクウラは宣告する。 この戦い、貰ったと。

 

「貴様からもらった力……あれはジュエルシードの魔力、それは間違いない。 だが、実のところそれだけではなかった。 オレはいままでじっと観察してきたぞ? 貴様に2度も破れ、深い辛酸を味わわされてきたからなぁ」

「く……そぉ」

 

 揺れる金髪に力がなくなる。 それでも、悟空“に”流れ出す力はとどまることを知らない。

 

「今の貴様はすべて、偉大なるビッグゲテスターのコアチップを取り込んだ闇の書の中から観察させてもらっていた。 最初に接近してきたときはそれこそ打ち震えるかのような喜びだった」

「なに――いってやがる」

「今の貴様の状態、体内のジュエルシード、そして……内部に蓄積された正体不明のエネルギー。 さらに、謎の幼児化……すべてだ」

「く……」

 

 言い当てられた自身の状態。 あまりにも筒抜けなそれに身じろぎ……することもできない彼は、ただ、言われることを聞くしかできない。 そのなかでも、円満な笑みを浮かべるようにクウラが語りかける。

 

「最初は本当に只見るだけしかできなかった。 何があっても体がないからできず、うめき声すら上がらない…………貴様が来るまでは」

「なんだと……」

「わすれたか? 貴様は最初にあの小娘と接触した時、ある程度の生命エネルギーを奪われていたのだ」

「まさか……! あ、あの時?! 名まえも知らねぇあの娘の――!?」

 

 思い出される銀髪の娘。 孤独を体現したかのような寂しい瞳を思い出しつつ、そのときの行動を思い出す。 黒い鎖を砕いた一回目、二回目にまたも黒い鎖を砕こうとして――――超サイヤ人が解けたことを。

 

「そのときに頂いたエネルギーがちょうどいい原動力になった――このオレの身体をある程度動かせるようになるためのな」

「そ、そんなていどの……ことで」

「そしてこのあいだが転機だった……貴様が持っていたその石の魔力でついに!!」

 

――――このオレは自由を手に入れた。

 

 そのときであった。 悟空が抱えていたクウラからの光りが止む。 だが、依然として青年の身体の自由はきかず、そんな様子を割るかのように、身体からケーブルを出ししたクウラは遠くへ飛んでいく。

 

「だがやはり不完全は不完全。 身体がないオレは、他から用意することでそれを解決するしかなかった。 そして一番このオレに考えが同調できたものを利用させてもらった――お前への憎しみを深く持ったこの女の身体をな。 そしていま、貴様から魔力を奪った際の“不純物”を返品することが出来た。 あれのせいで単独での行動はかなり制限されてしまったからな。 といっても、今でもあの娘にある程度制限をされている……たとえば、うっとおしい弱いガキ一人殺すことだとかな!」

「は、はやてのことか……ちくしょう、か、からだが――!?」

 

 黒い光が悟空の中に入り込んでいく。 外へ散らず、まるで今までの通りに吸い寄せられるかのように体内へ入っていくそれに、悟空の苦しみはもう一段階上昇していく。 だが叫び声は上げない、敵はまだ、目の前に居るのだから。

 

「く、クウラァァ……」

「ははは!! 実にいい気分だソンゴクウ! 今までの借りを返してやった気分だ」

「……はぁ……はぁ……」

 

 荒げていく呼吸音。 悟空の身体に突如として異変が起こっていく。 もう、超化を維持できない程に彼の気が急激に落ち込んでいくのだ。

 

「さぁそして、見物はこれからだ。 いくら復活したオレだとしても、力の大半は今でもコアのある闇の書の中、それはつまりあの小娘がちからの大半を握っているという事だ」

「く、くそ……からだ――からだがぁぁぁ!!」

「そんなフザケタ戦闘力では超サイヤ人は倒せない……だからオレは考えたさ、どうすればこの差を埋められるかをな」

「ぐああああああ!!」

 

 悟空の叫び声が……ドンドン弱いモノになっていく。 同時、身体が青色に光り輝いていく。

 

「今の貴様のカラダ、どうやらとんでもなく強い力によって“施し”がされているとオレは確信した。 そしてその力は貴様の力を大きく減退させる何かを持っていた――筈だった」

「はぁ……はぁ」

「ところが貴様の力があまりにも大きかったのだろう、其の力は中途半端に発動する……そう、例えば成りだけは子供の姿にされるとか……な!」

「なんだ……と!?」

 

 息を荒げる悟空に反比例するかのように、クウラの砕けた左半身からコードの束が噴き出した。 まるで生き物のようにのた打ち回り、互いを結び付け、三つ編みのように結んでいき――

 

「そしてその力を完璧にしたのが――さっき渡した不純物だ。 それが貴様から大半の力を奪い去った――オレはそう計算した。 さすがにあの時すべてを奪ってはいなかったようだが……それでも貴様の中に有った総量の3割は硬いはずだ、なのにそれでも貴様はあれほどまでの力を発揮していた、これは脅威だ……そして」

 

 紐がロープに、ロープはワイヤーに。 徐々に重なる弱さは強さに変えられていき、次第に装甲となっていく。 完成されて行くクウラの身体……もとい、シグナムだった女性型の素体。

 下半身だけなら元の形だが、上半身だけで見ればすでに異形と相成っているそれは、既に“彼女”の面影を消していた。

 それと同時――悟空に絶望が降り立つ。

 

「そして! このオレに、3度も慢心はない!! ここで確実に息の根を止めてやる――どんなことをしてでも!!」

「か、身体が――ガキの姿に!?」

 

 クウラが完成すると同時、悟空の身体は何時ぞやの光りに包まれ、とうとう身体をいつかの時代にまで“退行させてしまう”

 

 ひざをつく彼は……少年は、完全に勝機を見失う。

 

「大人気ないというモノなのか? 貴様らの言葉で言うならば……だが」

「ち、ちくしょぉ……オラ、こんな身体じゃあんな奴――」

 

 クウラが右手を向けると、銀色の光りが収束していく。 確実に今の悟空を殺せる力を宿したエネルギー弾は、乱回転する嵐のようにチャージを継続していく。 ……完全に、目の前の障害を消し去るために。

 

「貴様相手に油断はない! 死ね、ソンゴクウ!!」

「ち、ちっきしょおッ!!」

 

 迫る気弾、動くこともままならない悟空はそのまま目をつむる。 完全な詰みは悟空から戦意を奪い去っていく。 負け――心の中にそれが響くと思いっきり歯ぎしりする。 彼はただ、悔しがることしかできなかった。

 

 そうして爆発音が……夜の闇に響いていく。

 

――――だが。

 

「なに者だ……?」

「…………」

「お、おめぇ……なんで?」

 

 守るものが居た。 身体は悟空と同じく小さく、いまだ発育の成っていない人物。 それでも、その考えと心は大人然としており、時折悟空の舌を巻いたのはいい思い出だ。

 

「どうしてこんなところに……」

 

 もちろん走馬灯ではない、“彼女”は当然としてそこにいて、毅然として敵対者に向かって“鎌”を向ける。

 

「このオレの邪魔をするとは貴様……なに者だ!」

 

 クウラが問う。 絶頂を迎えた瞬間の水差しに、全身の人工筋肉がうねりを上げる。 骨格は硬度を増し、人間で言うところの緊張を携えていた。

 全てが静まり返る暗闇の中…………漆黒の少女が独り、奴へ声を飛ばす。

 

「友達だ……!」

「ふぇ、フェイト!? おめぇ……」

 

 白銀のボディーを持つクウラに対し、まるで対となるかのような漆黒の戦装束(バリアジャケット)を着込む少女……フェイト。 暗闇を切り裂くかのように武器を展開して金色の魔力刃を出す姿は、いうなれば執行人(パニッシャー)のようであった。

 

 超戦士が倒れた先の、まさかの第二ラウンド。 フェイトは、手に持った生まれ変わりし相棒と共に……翔ける――――――

 

 

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

フェイト「悟空……」

悟空「すまねぇフェイト。 オラ油断しちまって……」

フェイト「う、うん……」

悟空「フェイト?」

フェイト「あのね悟空……あとで、お話があるの……」

悟空「い゛い゛!? お、おめぇやだぞその目! 気味がわりぃから……うげぇ」

フェイト「そのためにはまず、あなたを倒します――かあさん達が全霊をかけて作ってくれたこの、バルディッシュで!!」

クウラ「雑魚が増えたか……さっさと片付けてやる」

悟空「い、今のアイツの気なら……た、頼んだぞフェイト!」

プレシア「あの子……大丈夫かしら。 ……いいえ、信じましょう、自分の子を。 次回!」

なのは「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第47話」

悟空「ベルカの騎士衝撃!? 魔法少女――改」

フェイト「これが……修行の成果?!」

クウラ「この! 虫けら風情が調子に乗るなよ!!」

フェイト「体が軽い……まるで自分が居ないみたいに――いける!」

悟空「お、オラも早く……体を……待ってろよ! クウラぁ!!」


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