魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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優勢劣勢が切り替わる速さが尋常じゃないセル編。
今回はなんとなくそれをイメージしてもらえると……遠く及ばないでしょうけど。

月夜の恐竜世界に、銀色の機甲騎士が鋼の足音を打ち鳴らす。
サイヤ人とミッドチルダ人の二人は、いったいどうやって戦うのか。 及ばなくなったちから。 最初から遠く離れていた実力。
これらを埋める奇跡ははたして――

りりごく47話です。




第47話 ベルカの騎士衝撃!? 魔法少女――改

 鈴虫の音色が聞こえなくなって数か月。 曇った夜空に白銀の笑顔が隠された朧月夜の事であった。 それは、目覚める。

 

「あ、れ……?」

『……Zzz』

 

 6畳ある少しだけ広い部屋の中、それでも狭いと嘆くのは5人が雑魚寝で転がっていたことに他ならない……はずだった。

 

「わたし……いつの間に? ……ふぁぁ~」

 

 そのなかで一人、微睡を抜け出す少女は片目を擦る。 いまだに開かない目蓋に、再び睡魔を呼び起こされそうになり、つい畳の上に身体を横たわらせてしまう。 けどその瞬間――

 

「~~ああ!!?」

 

 自分の背中に在ったはずのぬくもりが消えていることをやっと気づく。

 ない、いない――どこにも見当たらない。  雄々しくてあたたかな人物がそこにいない、そう気づいたフェイトは仰向けになり足を上げ、膝を曲げると胸まで近づけ、一気に振りだして颯爽と体を起こす。

 

「悟空……悟空どこ! どこにいるの!」

 

 見向きして、振り返る。

 彼のように気配だとか気だとかで居場所を探れないフェイトは目視でいないと断定すると……駆ける。

 

「台所……いない」

 

 廊下を2ステップで走り抜けて小さなドアの前に行き……

 

「トイレも違う」

 

 そうしてやっと思いついた玄関に空を浮遊しながら高速でたどり着き――知る。

 

「悟空のブーツが……ない」

 

 あの独特な彼の靴。 それがきれいに二足とも消失していることに……それが意味しているのはもはや言うまでもないと、フェイトは思はず唇をかみしめる。

 

「…………悟空の馬鹿!」

 

 瞬間、靴箱から耳障りな音が鳴り響く。

 握ったこぶしから聞こえる鈍い音は、少女の歯ぎしりと相まって不協和音を生み出してしまう。 聞きたくない――そう思っている者は実はフェイト自身であるにもかかわらず、音は止まない。

 

「…………フェイトちゃん?」

「……っ!」

 

 そんな彼女に声がひとつ。 背後からそっとかけられたのは同い年の女の子の声。 この家の末子……高町なのはが偶然か必然か、誰よりも早く彼女のもとへとたどり着いていた。

 己が失態で小さな手を痛めた彼女に、かける言葉など用意しないままに。

 

「悟空……いっちゃったの」

「フェイトちゃん……」

 

 震える。

 

「わたしがちゃんと見てたはずなのに……それでも行っちゃったの」

 

 声も、からだも。

 

「自分から言い出した癖にこんな、こんな簡単に――」

 

 臆病な動物のように震えていく。 もう、逃げたくなりそうな場面の中でも、時は無情にも止まらない。 聞こえてくる静けさが痛々しく彼女を置いて行くなかで、やっとなのはが口を開く。

 

「大丈夫」

「……なのは」

 

 それは、根拠のない言葉だった。

 

「きっと大丈夫だから」

「うん……」

 

 心配なのは自分もなのに、それでも笑いかける彼女のなんと強い事か。 責めることも、聞くこともしないで言われた励ましの言葉は、何よりもフェイトの自責を食い止める。

 気が付いたらなのはは、崩れ落ちそうなフェイトをそっと包むかのように抱きしめていた。

 

「みんなで……探そ?」

「うん」

 

 紡がれる言の葉。 聞こえてくる優しき音に、フェイトはそっとうなずいていた。 彼女たちの……戦いが始まろうとしていた。

 

 高町家 一階居間

 

「ゴクウのヤツ……アタシら置いて行くなんて――!」

「アルフさん……」

 

 獣が一匹咆える。 戦前の開戦音とも取れないほどの大きさは既にご近所迷惑の息を超えていた。 それでも、この家の人間が起きてこないのは、アルフが張った結界が小規模に機能しているから。 ここは、いわば作戦会議室と化していたのだ。

 オンオンと咆える狼の横で、それでもと首を傾げている女の子が独り……なのはたちに疑問の声を上げる。

 

「でもゴクウはお前のバインドで縛ってたんだろ? なのにどうして――」

「……あんなの、悟空に取っては無いも同然だよ。 何となくで縛らせてもらったけど、あっさりと認めた時点で疑うんだった……なにか、企んでるって……」

「ないも同然? あいつ、そんなにすごい術式を……?」

 

 事情をよく知らないヴィータとの会話の中に些細な勘違いがあるのだが、そこはあえてスルーする各員。 フェイトの自己分析が終わるころである、アルフがようやく思い至る。

 

「ていうか……ゴクウってもしかして今戦闘中!?」

『!!?』

 

 まるで総毛立つネコのように立ち上がった全員。 確認し合うかのように互いの顔を見渡すと、それぞれ頷き合って事の真相を把握する。

 

「追いかけなきゃ!」

「落ち着いてフェイト。 行きたくてもアイツがどこにいるかも分かんないんだよ?」

「こんな時に……悟空くんみたく気で相手の位置が分れば……」

『…………』

 

 それでも、できないことの方が多い今現在。 その前に思わずついたため息は大きく深い。 そんな子供たちの前に、突如として光りが現れる。

 

 

――――やっぱり思った通りになってしまったわね

 

 

「こ、これは――!?」

 

 光から零れる落ち着いた声。 まるで氷のような冷たささえ感じるそれは、聞く者の背中に寒気を走らせるには十分であった。 魔女が、降臨する。

 

「遅くなったわ」

『プレシア(さん)!?』

「か、かぁ……さん」

 

 白衣をまとった灰色の髪を持つ女……ここに推参!

 彼女はそっと光の中から抜け出すと、目前に呆けていたわが娘の右手をやさしく取る。 感じたのは微かな振動。 震えていると、嫌でもわかるその小さな手をそっと握り締めると、陽光のような笑顔をとる。

 

「風の様な子だもの。 風来坊っていうか……あんな子を捕まえておくなんて確かに至難の技よねぇ」

「……?」

 

 本当に、只会話をしているかのような……論すわけでも、励ますわけでもない言葉の数々。 それを聞く周囲の人間は疑問符を隠せない。 ――この人は、娘を助けに来たのではないのか……と。

 

「フェイト」

「は、はい!」

 

 優しい顔が、急に鋭さを携える。 切れ目で、芯が通って、妖艶で。 稀にプレシアが悟空に見せる仕事の時のような顔は、それだけで周りの人間の腰を引かせる。 でも、それに面と向き合えるから親子。

 フェイトは、この視線の中で母親の意図を汲もうと必死であった。

 

「あなたは、どうしたい?」

「え?」

 

 でも、来た質問はいまさらな事。

 もう決めたといった覚悟を、なぜ今になって再確認するの? フェイトは、まるで信じられないという風に母親を見上げる。 それでも。

 

「おそらく彼はいま戦闘の最中よ。 でも、助けに行ったところで足手まといにしかならないのは、4月の出来事でわかっているはずよ」

「…………」

 

 どうして、そんなイジワルを言うの…… 歯噛みして、唇をそっと噛む。 フェイトの心に、そっと影が射しこんだ瞬間であった。 けれど、母親の問答は続いていく。

 

「彼ならきっと何とかしてくれる」

「……」

 

 ――――ちがう。

 

「彼なら自分たちの力なんて不要」

「…………」

 

――――そうじゃない。

 

「彼なら」

「違うよ……」

 

 包まれた手を、気付けば強く握り返していた。

 その目に強い光を灯し始めたフェイトは、眼光そのままにプレシアの質問を切り裂く。 そうじゃない! わたしは――わたし達はそういうつもりで悟空に……本当にいまさらなことをと、心の中で蹴っ飛ばすように。

 

「そう……」

「……かあさん?」

 

 そうしてプレシアは元の笑顔に表情を戻す。 鋭い視線も眼光も、すでに見る影なく霧散している彼女はここで言葉を一旦閉める。

 これ以上は何時ぞや悟空がすべてケリを着けた。 ただ彼女は……

 

「“いま”のあなたの気持ちを知りたかったのよ」

「そんなこと、いつまでも変わらないよ」

「親のわがままよ……子供を、死地へ送り出すのだからこれくらいさせて頂戴」

「かあさん……」

 

 自分の我が儘だと……そう言ってごまかしていく。

 そのときであった、今まで気づきもしなかったのだが、フェイトの手の中に硬い感触の何かが現れる。 いつの間にと……思った矢先にそれの正体を知る彼女は。

 

「…………バルディッシュ」

[…………]

 

 思わずつぶやいていた。 自身の相棒が、実に1月ぶりにその手に収められていくのは、なんだか今まで感じたことのない感覚が彼女を包み込む。 まるで、欠けていた身体が埋められていくかのような。

 

「お帰り」

[…………]

 

 ほのかに光る黄色いデバイス。

 特徴的な黄色い逆三角形は、彼女が悟空と戦う前からその身にいつも離さず付けていた代物。 もう、相棒以上の意味合いと言ってもいい間柄の彼女たちは、ようやっと再会した。 ……もちろん、ただそれだけで終わらせる母親ではない。

 

「今、できうる事すべてを注ぎ込んだつもりよ」

「うん」

「フレーム構造、強度の変更。 システム面では“今のあなた”に合わせたソフトの再構築、そして――ベルカの技術の導入。 これで孫くんの界王拳までとはいかないけれど魔力の増幅された攻撃が可能よ」

「……うん!」

 

 これまで悟空が見せたちからの全部乗せ――とはいかないまでも、数段あがったバルディッシュの戦闘能力。 そして……

 

「身体と心。 その両方を孫くんとの特訓……いいえ、『修行』で向上させた今のフェイトなら、きっと予測数値の数倍の実力を引き出せるはず」

「す、数倍……!」

「でも、決して無理はしない事。 1月かけたと言っても十分なテストはまだなの。 こうなるなんて予測もできなかったから。 だから決して……」

「え?」

 

 そして、プレシアはフェイトの耳に口を寄せていた。 小さく吐き出せる吐息のような言葉の羅列は、きっと周囲の人間には聞こえない代物。

 

 

――“       ”にだけはしてはいけないわ。 アレを使えば孫くんのように……

 

 

 だからこそ、今親子だけの会話をする彼女たちはすぐさまもとの常態に戻っていく。

 

「いいわね?」

「はい!!」

 

 紡がれた約束。 引かれた限界。 それを、それを……

 

「破るときは、彼のようにどうしようもなくなったときだけよ?」

「わかりました」

「……その顔をするなら、いいでしょう」

 

 ほんの少しだけ、付け足しをするプレシアはいたずら心に笑っていた。

 

「プレシアさん! わたしのレイジングハートは!?」

「ごめんなさい。 彼が行動するかもとフェイトに連絡されて突貫で取りかかったものだから……まだあなたのは」

「そう、ですか……」

 

 出てきたなのはの質問に悲しい顔をして。

 

「大丈夫」

「え?」

「さっきはなのはに助けられた……だから、今度はわたしが頑張る番」

「フェイトちゃん……」

 

 それをフォローするかのように、今度は娘が一歩出る。

 次に紡がれる約束はわが友と……少女は、二つの約束をその胸に刻み込むと一気に表情を締め上げる。 帰ってこれるかどうかは今の段階では断言できないし、敵である人物の強さも、今ではもう未知数だ。 不安が不安を呼ぶであろうこの中で。

 

「いってきます」

「気を付けて!」

「さっき見つけた孫くんの居場所の次元座標はもうセットしてあるわ。 あとはその光に飛び込めば……あと、アルフは置いて行きなさい。 あの子に供給している魔力を可能な限り減らして、全魔力を自分に注ぎ込むのよ」

「はい」

 

 少女は煌びやかに輝いていく。

 夜の暗闇の中に置いて、それでも存在感を放つ“漆黒”を纏いながら……彼女はプレシアが現れた後の転送魔法陣の中へと……踏み込んでいく。

 

 戦場に一人、魔法少女が羽ばたいていく。

 

 

 

ミッドチルダ標準時間 AM2時。 遠い次元世界の果て。

 

「お、おめぇ……」

「……よかった、間に合って」

「フン、死にたがりがまた一人――」

 

 咄嗟にディフェンサーで“悟空を守った”けど、良かった。 傷一つ負ってないみたい。 でも、気になることが出来たかな。 三日前にヴィータ達に魔力を奪われて以来ならなかった子供モードに悟空が成っていること……いったい何が起きているの?

 

「フェイト! 油断するなよ――そいつ!」

「わかってる。 悟空じゃないけど、このひとが放つ殺気はカラダで感じる……嫌なくらい」

 

 悟空は満身創痍……とはいかないまでも、わたしたちで言う魔力切れに近い症状を引き起こしてる。 過度の疲労、魔力欠乏による身体機能の低下。 これ以上は、戦わせてられない。

 そして敵は……悟空をこんな風にするまでに強い人物。 正直、勝てる見込みは完全にゼロだ。

 

「……そんなに身構えなくてもいい。 どうせ、すぐに殺されるんだ……大人しくしていろ」

「だれが!」

「ほう、さすがサイヤ人を友と言うだけある。 咆え面だけなら一人前だな」

 

 どんな時でもあきらめない――それは悟空から教えてもらったことだ。 けど、今回に限っては悟空のもう一つの教えを実践する時がきたみたい。 どうしても勝てない相手は確実にいる……そういう時、悟空の友達のクリリンさんのとった行動があると聞いた。

 

 それは、逃げること。

 

 こうも啖呵を切ったんだ。 向こうは当然応戦してくると思うはず……その考えを裏切って、無理にでも隙を作らせる。 悟空の回復する時間を作るんだ、なんとしても!

 

「フェイト……」

「悟空?」

「戦うなとは言わねぇ……今のおめぇなら“ああなったアイツ”ぐれぇならきっと勝てる!」

「………………え?」

 

 ど、どういうこと?! わたしが勝てる? こ、こんなふうに悟空が倒された相手に!

 

「ほう、中々に面白いことを言うモノだサイヤ人」

「へへ……やりゃわかるさ」

「ご、悟空!?」

 

 そ、そんなに敵を煽ってどうするの!? これ以上の刺激は逆効果だよ……本気にでもなられたらそれこそ勝てるものも――【フェイト】

 

【悟空!?】

 

 て、テレパシー……? でも悟空は子供の姿になったらできないんじゃ?!

 

【この数か月、修行して強くなったのはおめぇたちだけじゃねぇってことだ。 こうやって手を繋いでりゃあ、これくらいはできる……】

【ご、悟空。 わたし――】

 

 不安だよ。 悟空が勝てなかった相手を前に、口でしかやり返せない自分が悔しいよ。 殺気も、迫力も……すべてが規格外なんだコイツは。 正直、太刀打ちできるわけ……

 

【大ぇ丈夫。 おめぇはまだわかんねぇかもしれねぇが。 今までの修行でふたりとも自分が思っているよりもはるかに強くなってる】

【……だけど】

【それにアイツ……“今の”あいつだったら平気だ。 さっきまでの戦闘で負ったダメージは表面上では回復されちまってるが、その回復がいけなかったんだ。 アイツ、今相当気が落ち込んでやがる】

 

 そ、そうなの!?

 それなら勝機があるという事!? ご、悟空が相手取るような人物に……わたし達魔導師が…… でも、でも――

 

【もしも勝てなかったら……】

【そ、そのときはさぁ】

 

 ……あ。 今悟空すごい優しい顔になった。 今までで見たことないくらいにやさしくて……でも、とってもニヤ付いてるような――かっこいい顔。 母さんも時々するような大人の貌だ。 いま、貴方はなにを思っているの?

 

【アイツに勝てなきゃあ、おそらく二人とも殺される】

【……】

【そうしたら、なのはたちにはわりぃけどそのままあの世で修業でもしようぜ。 あっちにゃおめぇたちを困らせるモンはなんもねぇ。 強くなりたい放題だ】

【…………は、はは】

 

 そ、それはなんとも前向きな……でも、こうでも思わないとやっていけないってことだよね。 だから心にもない負けた時の算段なんて――

 

【蛇の道は100万キロあるらしいし、そこで相当体力が付くはずだからな……はは】

【……はは】

 

 算段、ですよね?

 と、とにかく今はあのヒトに勝たないと……珍しく悟空のゴーサインが出たんだ。 こんな時に尻込みなんかしてられない。 絶対に勝つんだ!

 

「死ぬ覚悟はできたか?」

「……おかげさまで」

「先に言っておくが、オレの油断をつこうとしても無駄だ。 すでにそこに転がっているサイヤ人に2度油断して痛い目を見ている。 甘さは――とうに捨て去った」

「そんなこと、こっちだって……」

 

 崖っぷちギリギリの精神状況なんだ。 ここで負ければ対抗手段がないなのはも、みんな殺されてしまう。 ――それだけは許せない。

 

「さぁ……このオレに逆らうんだ。 並大抵の地獄など期待しないことだ」

「くっ!」

 

 空気が、身体が、ココロが震える。 でも傍らには傷ついた悟空が、いまにも倒れそうに片膝ついてる。 そんな悟空が、あの強かった悟空がわたしに後を託したんだ。 ここで逃げるだなんて……やっぱりしたくない!

 

「ふぅ……」

 

 距離はおおよそで3メートル。 わたしの歩幅が、何気ない歩きで50センチだとして6歩分。 ……十分射程距離だ。 まずは――「急速に距離を縮め、一撃離脱による様子見」――え!?

 

「貴様の考えることなど手に取るようにわかる。 さしずめ、このオレ――いや、そこのサイヤ人から強さの違いを学び取れているのだろう。 なかなかいい選択だとは思う」

「こ、このひと……!」

「残念だったな。 生憎と踏んできた場数が段違いなんだよ。 愚かな弟とは違ってな!!」

 

 わかっていたけど、やっぱり悟空と同じようにこっちの作戦なんかあっという間に看破してくる。 戦闘経験というか、戦いに身を置いてきた時間が圧倒的に違いすぎる。

 こうなったらもう、”あの時”みたいに覚悟を決めてやる……いくよ、バルデッシュ――

 

 

 

「フェイトの目つきが変わった……?」

 

 小人のように体を退行させてしまった孫悟空。 彼は少女の顔を見て息をのんでいた。 今まで見てきた子供の目ではない、何かを守ろうという必死を背負った眼差しを……次の瞬間には見失っていた。

 

「切り裂く――」

「やってみろ」

 

 少女のアクセルは既に全開。 一気に加速した彼女はそのまま金属の男……クウラに向けて金色を振るう。 それを、手刀で迎え撃つ奴は不敵に笑う。 ……このまま、そのくだらない力など砕いてくれようと。

 

「くッ」

「……なに!」

 

 金属音があたりに響く。 触れ合った刃と手刀は交錯したまま拮抗する。 進退なきこの瞬間に、確かな歯噛みする音がフェイトの耳に届いていた。 それは、彼女の中に強い確信を芽生えさせることとなる。

 

「通じているの……?」

「……生意気な」

「――――ッ!?」

 

 理解した瞬間、彼女は即座に上体を伏せる――即座に頭頂部をかすめていく鋼鉄の足刀。 数瞬までそこにモノがあればたちどころに両断されていた威力なのは、空を切り裂く静かな音により嫌でもわかる。

 

「これも躱した! この娘、どうなっている」

「……」

 

 段々とあがる速度におどろくのはこの場にいる全員。 フェイトでさえ、ましてやこの力を与えているはずのバルディッシュですら驚嘆を隠せない。 想定外の高速移動、最大と思っていた力を超える能力。

 この時はさすがのフェイトさえも、冷静さを通り越し……微かに頬を緩めていた。

 

「まだ踏み込める――全然限界を感じない!」

「ちょこまかと……きぇぇええッ!」

 

 手刀にした指先を、まるでロングソードのように伸ばしたクウラ。 彼はそのままの“型”でフェイトを横合いに切り付ける。

 

「見える――」

「こいつ!」

 

 それを、半身で躱すフェイトは同時に鎌を振りかぶる。 開戦前より展開していた黄色い魔力刃が、クウラの足元へ一直線。 薙ぎ払う形となるコレに対し、思わず彼は上空へ――

 

「逃がさない」

「くっ!?」

 

 目の前には大空ではなく、金色の襲撃者が赤い目を光らせていた。

 黒い得物をおおきく振りかぶり、黄色の閃光をあたりに轟かせる――彼女の杖から、耳をつんざくばかりの激突音が鳴り響く。 飛び散る“薬莢”が地に落ちていく刹那。

 今解き放たれる新バルディッシュの力の一端――その名は!

 

【Haken Saber】「ハーケン……セイバー!!」

 

 今までの中距離攻撃のアークセイバーを強化し、追尾を持たせた金色の三日月。 それが円状に回るとまさに満月となり白銀のボディーに迫る。

 

「ふっ――」

 

 モーター駆動の腕が唸る。 クウラは内部のギアを高速で回転させると、そのまま油圧ポンプから各部シリンダーに力の伝達を急がせる。 振りあげていた腕は、高速の振り払いを敢行。

 

「かき消された……!」

 

 その腕が金色のハーケンに触れると、刃はいとも簡単に崩れ去る。 気のコーティングすらないクウラの腕。 それがなせるという事はつまり、彼の身体が魔力刃よりも硬質な金属でできていることを意味するというのは、フェイトには即座に判断付いた。

 

「でも!!」

 

 だが、それでも彼女に後退はない!!

 

「バルディッシュ!」

【Yes, sir】

 

 足早に行われる魔力刃の再装填。 金色の魔力がバルディッシュから突き出ると、そのままフェイトは――消える。

 

「刃が通らないから攪乱か? 猪口才な!」

「一撃一撃は軽くても――ッ!?」

 

 そのときであった。 クウラが“手刀”を乱雑に振り回す。

 その無駄な動きを見逃さず、切っ掛けが出来たと突っ込んでいくフェイトはさらに自身の速度を振りあげる。 まだ、上がるその速度に暗い笑みを浮かべる機械を見逃して。

 

「搦めて――」

「……!」

 

 フェイトが笑みを確認した時は遅かった。

 

「締めろッ!!」

「あ、あいつの刃が“分断”されていく!?」

 

 コキンコキン……ロングソードまで伸びたクウラの右手が次の瞬間腕ごと爆ぜた。

 肩、ひじ、手首とまるで三節棍のような形態に……それがさらに分断されて武器そのものが別のモノに変化していく。

 

 連結刃――刃を持つ鞭へと変態していくと、即座にフェイトの周りを包囲する。

 

「終いだ」

「――」

 

 この瞬間、周りに浮かぶ刃の群れにフェイトのアドレナリンが爆発する。 迫りくる鋼鉄は、己が武器を平然と弾いた強固さを持つ鉄塊であり殺傷兵器だ。 この事が彼女の緊張を最大限にまで高め精神的に追い詰めていく。

 命を賭したまさに真剣の勝負を前に――ついに!

 

「    」

「やった――なに?!」

 

 ……クウラの連結刃が、フェイトの胴体を切り裂いた。

 

 このときであった――彼女は、次なる一歩を踏み出していく。

 今までの成果、その欠片がついに結晶へと進化する。 少女は幻影となる。

 

「残像だと!?」

「……悟空の技……遂に」

 

 蜃気楼のように消えていたフェイト。 つかめない霞を前に、クウラの唇が忌々しく歪む。 ヤツは、今まさに“自分の弟”と同じ錯覚を“彼の弟子”から受けていたのである。

 

「次――多重残像拳……」

「そんな古い手が――!」

 

 右、左、上、下。 四方からの攻撃はまさに同時攻撃が如し。 既に動きの節々に残像さえ現れ始めたフェイトに、クウラのセンサーは高速の倍率調整を行う。 早すぎる――疑問を持つ前に、彼は今フェイトに確かに幻惑されていた。

 

「そ、そう言うことか……」

 

 このありえないまでに肉迫した両者の戦い。 今のいままで膝をついていた悟空はついに理解する。 ここに来て現れた両者の変化を。

 

「フェイトの方は今までの修行がやっとついてきた上に、新しいバルディッシュが今までよりもウンとフェイトの力を底上げしている」

 

 少女の動きが更なる加速を見せる。

 今までひとつだった魔力の刃、それが不意に数を増やしたのだ。 巨大な鎌の後ろに、まるで翼のように生やされた3枚の魔力光。 悟空がそれを確認したと同時、フェイトの動きがまた一段と“良くなる”

 

「まだ上がるんか……にしても、奴がああなってラッキーだった。 狙った訳じゃなかったが、まさかオラから受けたダメージを回復させるのにああまで気を落とすとは――失敗だったな、クウラ」

 

 黄色い閃光が、銀の怪物を押し始める。 メタルのボディーにひびが入り、その亀裂が軋みを生み出し、各部パーツの消耗を速めていく。 クウラの顔に、苦悶の影が射す。

 

「しかもその身体は本来おめぇが使うはずじゃなかったモノだったはずだ。 シグナムのモノって訳でもなかったとは思うが、とにかく自分の身体じゃないのにでしゃばったのが運のつきだ――――」

 

 故に界王拳でもヤツに通じた。

 悟空はそっとほくそ笑むと、善戦を繰り返すフェイトに向かって拳をつきだす!

 

「身体と魂が一致しなけりゃ、とんでもねぇパワーも無駄になっちまう。 保障する! オラもそうだった!! 攻めるなら今だぞ、フェイト!」

「……はい!」

「このガキがぁ……!」

 

 軋ませた奥歯。 グワリと歪んだ口元は今にも憎悪を吐き出さんとわななく。 自身の違和感をものの見事に言い当てられたクウラは――

 

「貴様……調子に――」

「ごめん、いまは乗らせてもらう」

「いいぞ、フェイト!!」

 

 遂に冷静さを欠いた。

 

「サイヤ人でもなんでもないガキが!」

「そんな小娘にあなたは倒される――」

 

 両者煽る声を押さえない。 鋭い視線は刃と同じ切れ味であり、迷いなき眼光は暗い荒野を割るように激しい火花を飛ばしていく。 切り裂かれていく空気、凍りつく夜空。 今この時、世界が恐怖に打ち震えていた。

 

「はぁぁぁぁ!」

「きえぇぇ――!!」

 

 接戦の後の高速戦闘。 金色の三日月が、クウラのボディーに更なる亀裂を生み出す中、フェイトが不意に片腕を上げる。

 

「なに!? こ、コイツ!?」

 

 そのときには――既にクウラは距離を離していた。

 

「さっきのお返し……貴方がここで距離を取るのは読めていた」

「こ――ッ!?」

 

 こいつ!? ……そう言おうとしたのだろう。 でも、それすら許さない速さで既に撃鉄を鳴らしていたバルディッシュは主に語りかけていた。

 

[Let's pierce where? (どこを打ち抜きましょう?)]

 

 それに、答えるフェイトの表情は……涼しかった。

 

「全部!」

 

 急速に作られた8つの光球――前のヴァージョンからの進化形態で言うならばプラズマスフィアと呼べる光球が、彼女の周りにカミナリ太鼓の如く連なる。 光と同時に漏れる電流は彼女の持つ魔力資質が作り出す力……いま、フェイトはクウラに向けて右手を凪ぐ。

 

「プラズマランサー」

[Multishot]

「ファイアッ!」

 

 電光石火がクウラを射抜く。

 防御も間に合わない速さにより、彼の右肩は消失し、腹部は貫通。 左側頭部は若干へこまされている。 想像以上の威力に、思わずフェイトが右手を握る――

……隙が、出来る。

 

「かあああッ!」

「!?」

 

 来る――落下してくる。

 上空へと移動していたモノへの追撃だった今の行動。 しかしここでクウラは己の身の“強み”を存分に発揮する。 痛覚が存在しない鋼鉄の身体、それを犠牲にしながら奴は上空からフェイトへ強襲する。 攻撃後の一瞬の硬直から抜けないフェイトは、ただ奴の爪を見ているだけ……攻撃が決まることが確定した。

 

「しまッ――」

 

 目をつむろうと、力んだ矢先のことだった。

 

 

―――――小規模の砲撃がふたりの間を切り裂く。

 

「青いエネルギー弾!? おのれ、ソンゴクウ!」

「へへ……いま撃てる最大のかめはめ波だ」

「ご、悟空!?」

 

 下には両手の平を弱々しく向けた子供が独り。

 悟空が、息を切らせながらフェイトに笑いかけていた――ここで、決めてしまえと。

 

「はぁ……あああああああああ!!」

 

 一気に翔ける、大空へと。

息を吸いおおきく振りかぶる鎌。 呼吸を合わせるが如く、構えた武器を一瞬だけ翼のように広げると。 闇を切り裂く漆黒は、電光纏いし刃となる。

 

「……一閃!!」

「Gi……gigiGyaaaaaaaAAAッ!!?」

 

 金色の閃光が、銀の怪物を横払いに撫でた。

 

 まるでバターナイフのようにすんなりと、鋼鉄よりも堅牢な奴の身体をフレームごと切断し溶断する。 ぞろりと出る配線と、散っていく内部パーツ。 ギヤが砕け、パワーシリンダは破裂し、外骨格が粉砕していく。

 クウラは……断末魔を上げながら――

 

「とどめ!!」

 

 十文字に切り裂かれていく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 上空からの急降下。 いつの間にかクウラの頭上を取っていた彼女は、一刀のもとに鋼鉄を両断していた。 同時に切れる呼吸は、彼女の疲労をわかりやすく悟空に伝える。

 

「よ、よくやったな……」

「そんなこと……悟空の援護が無かったら――それにさっきの言葉、あれがいい添加剤になったかも」

「……そっか」

 

 地に降り立ったフェイトは、寝転ぶ悟空に手を差し伸べる。

 握り、引っ張りあう彼らは立ち上がりざまに少しだけ身体をふれさせたかもしれない。 でも、それすら気にならない今のフェイトの心境は――かなり興奮気味であった。

 

「悟空の戦うような相手に……勝ったんだ」

「……そうだな」

 

 結構別の意味ではあったが……

 

「強くなったんだ、やっぱり。 悟空のおかげで」

「そんなことねぇさ。 こうなったのはおめぇがやるって決めたからだぞ。 だから、それはおめぇ自身の成果ってやつだ」

「……うん」

 

 戦闘が明けて、自分の身体を見下ろすフェイトは、若干はしゃぐようであった。 子供のように落ち着きがなく、でも、不謹慎さを持ち合わせないのは相手が相手だったから。

 あのような化け物に勝って、尚且つ“彼”の手助けすら出来たのだ。 うれしくない訳がない。 ……少女の顔は、少しだけモミジ色になっていた。

 

「にしても良くあんな奴倒せたなぁ」

「うん。 わたしも――」

「かなり適当に“弱くなってるかもしれねぇ!!”――って、言ったっちゃいったけど。 結構当て感の部分があったしなぁ」

「…………え?」

 

 このとき、ようやくフェイトの顔に怖気が差したとか。

 まさか気分の問題で勝てたわけじゃあるまい……全身から出したため息は、彼女の心情を大きく投影していた――ようやく疲れが体中を蝕み、カクンと膝が折れそうになる。

 

「今頃足に来たみてぇだな。 随分とスゲェ動きだったし無理ねぇか」

「ごめん……」

 

 小さな背で、悟空が肩を貸し。

 

「とにかくいったん帰るぞ。 おめぇもオラも、見た目以上に消耗してる。 もしもがあるといけねぇし、早く体力を回復させんだ。 オラの背中に手ぇ当ててくれ。 気を最大限にまで高めればおめぇの声を誰かに飛ばせるはずだ、そんで救助を呼ぶぞ」

「うん」

 

 この世界から去ろうとして……去ろうとして……して――

 

【このワタシヲ置いて行くなんて、悟空さんって冷たいんですね】

【そう言うな。 あいつは昔からそうだ――そういう人種なんだ】

『…………!?』

 

 背中から、闇よりも怖気の立つ声を掛けられる。

 振り返ろうとして、やめて。 耳だけで声の主を探ろうとする悟空。 いや、既に正体ならつかめている、分っているはずなんだ。 ……でも。

 

「おい……そりゃねぇだろ」

「悟空、これって――」

 

 フェイトは思わず聞いてしまった。

 

「ざ、ザフィーラ……」

 

 焦る声、ひびいてくる拳を握る音。

 

「シャマル……っ!」

 

 悔やんだ顔をして、今にも奥歯を砕いてしまいそうな憤怒の顔。 孫悟空という男を見てきた彼女にはわかる。 彼は今、何か大切なものを踏みにじられているのだと。

 

【うふふ――でも、逃がさないですから】

【その通りだ。 こちらの将を倒され……タオ…ささささささ――ッ……】

「あ、あのやろぉ……!」

 

 声だけ聴いて。 雑音となったところで悟空の蟀谷(こめかみ)が震える。 ゆらりと伸びる尾は、彼の心を強く映すパラメーター……いま、それが一気に立ち上がり、全身に力を伝達させていく。

 

「フェイト!」

「うん!」

 

 彼女たちは同時に動いた。

 悟空の一声で、これからを全て引き出したフェイトは左足をばねのようにして地面を蹴ると、まるで裂けるかのように悟空とは反対方向へ跳躍する。

別れた二人――そこに、縦方向の攻撃が落下していた。

 

「畜生……やはり手遅れだったか……」

「悟空! あの人たち……さっきの!」

 

 攻撃をしてきた人物ふたりを見た悟空は、歯をかみしめていた。 炎のように燃える心と、錬鉄中のように熱された闘気は彼の激情を露わにする。 それを確認できたからこそ、フェイトは彼に襲撃者を訪ね……察する。

 

「そうだ。 ……ヴィータの仲間だ」

「――っく……」

 

 歯噛みして……うつむいた。

 もう、見ているのも痛々しい襲撃者たち。 攻撃に“使われた”であろう腕や足は、まるで小枝のように砕かれ、そこからケーブルが飛び出すところなど見ているのもおぞましい。 フェイトは、悟空と同じように表情を苦悶に変える。

 

「よくもあんなひでぇことを……」

 

 激昂と、悲しみとが同時に襲い掛かる悟空はある意味で冷静であった。 襲撃者を見て、シグナムだったものと同等と判断して、だからこそ怒りにすべてを……

 

「フェイト!」

「うん……ここまで来たらもう――」

「一端退散するぞ!」

「!?」

 

――委ねない。

 

 悟空の発言の後、次いで来た襲撃者の鋼鉄の打撃と鞭。 紙一重で躱しつつ、残像拳を置いて行きながらフェイトと悟空は一気に飛翔する。

 

「ど、どうして!? あんなことする奴なんて許せないよ!」

「あぁ」

「悟空は悔しくないの!?」

「……悔しいさ」

「だったら!」

 

 当然追ってくる二人組に、舞空術を限界まで酷使する悟空と、飛行魔法を発動したフェイト。 彼女たちに口論の時間も余裕もないのに、だけど今の発言に薄情さを見てしまったからこそ、少女の口がとまらない。

 わかっているはずなのに……

 

「今オラたちが倒れるわけにはいかねぇ。 今はこの事をみんなに知らせたうえで、身体の回復を優先すんだ……」

「……悟空」

 

 彼が一番……

 

「いいな……!」

「ごめん……」

「あぁ」

 

 何よりも悔しい想いをしているのかを。

 

「悟空、速度が」

「すまねぇ。 パワーアップしたおめぇについていけねぇみてぇだ。 まさかオラが足手まといになるなんてよ」

「……しかたないよ、その身体でここまでできるんだ。 むしろ十分すぎるよ」

 

 落ちていく悟空の飛行速度。 追いつかれそうになる襲撃者たちとの距離は実に180メートル。 もう、後にも先にもイケナイ状況になってきた悟空は歯噛みをし直す。

 

「そうだ! わたしが悟空を抱えていけば」

「それやれば確実に速度が落ちる。 今でももう追いつかれそうなんだ、それこそ逆効果だ。 だったらいっそおめぇだけでも逃げたほうがいいくらいにな」

「それは……」

「おめぇがさせてくれはしねぇか」

「……うん」

 

 出された提案も、非常な現実を前に座礁する、 この間にも距離は30メートル縮み、既に目視で相手の表情がわかるくらいには近い距離となる。 ちかい……近い! 絶望がこんなにも近くに来る。

 焦る悟空だが、その脳内ではこれまで在ったことが一種の走馬灯のように駆け巡る。 だが、勘違いしてはいけない……これが彼の抵抗の始まりに過ぎないという事を。

 

「フェイト」

「悟空?」

 

 思いついた……作戦。

 それに互いの目を見ただけで伝えきり、把握する彼らの連携は驚嘆に値するほど。 うなずき合うと、何を思ったのか飛行速度を徐々に落としていく。

 

『…………』

 

 50、40、20……激突まで残り120メートル。 迫りくる“狂い騎士”たちを振り向きもせずに確認する悟空はフェイトを2度見る。 まだだ、そう呟いた彼はほくそ笑む。

 これからが、肝っ玉の見せどころなのだと。

 

「悟空……」

「まだだ」

 

 奴らが迫りくる。 もう、人のカラダ6人分といった距離に、思わず彼の名をつぶやくフェイト。 それに対しての返事は首を横に振るだけで……彼はまだ焦らす。

 

「悟空……!」

「もう少し」

 

 4人分。

 自身から尾を引くように伸びている飛行魔法の閃光跡。 それに奴らが手を触れる。 まさに尻尾を掴んだと鋼鉄の犬歯をカチカチ震えさせながら、奴らは裂けたように嗤う。

 

「もう限界だよ!」

「いいや……ここからだ」

 

 2人分。

 来たる緊張の瞬間に、身を強張らせるフェイト。 捕まれば一網打尽にされかねないこのときに、いまだ余裕の顔を見せようとする悟空に焦りを隠せない。 少女が額から汗を垂れ流したそのときである。 騎士たちの手が、悟空の足を掴ん――――「ここだ!!」

 

「行くぞフェイト!!」

「はい!」

 

 不意に叫んだ悟空はいきなり体勢を変える。 急速転回により相手と交わる視線は、その間だけ彼等から時間という概念を消し去っていく。 邂逅した彼らの醜悪な姿に、深い影を心に射しながら……

悟空は両手の平を眼前へ持ってくる。

 

「太陽拳――――ッ!!!」

 

 暗闇の世界に、極大の閃光が猛威を振るう。

 

【ギギ――!?】

「今だフェイト! 奴らの目がくらんでいるうちに早く遠くへ逃げるぞ!」

「うん!」

 

 ――暗視ように調整されていたメインカメラが焼き切れる。

 ――各部センサーから今まで追っていた孫悟空の気が消える。

 ――集音センサーに、彼等の声を拾えなくなっていく。

 

【さ、サイヤ人――どこに消えた!!】

【逃がしてなるものか! ――く、目が!?】

 

 手で探り、身体でまさぐる。 鉄の騎士たちのなんと無様な光景か。

 普段より目で物を見ている彼等から、光を一切奪った結果がこの始末である……悟空が見たら確実にこう言っていたであろう――

 

「ひゃっほ――――!! へへっ! あいつ等、目でしかモノを見ないからこうなるんだ。 肝心なのは気を感じることだぞ」

「う、うまく……いった……」

 

 子供のわんぱくボイス。 誰もが聞こえないだろうその位置は、騎士たちからおおよそで1800メートル前後遠くの位置。 そこにフェイトに抱えられた――そう、いつかなのはを虚数空間から救い出したように抱きかかえられたサイヤ人が一人いたのだ。

 

「でも、よくオラが太陽拳を使うってわかったな。 なんも合図はしなかったはずなのによ」

「状況が初めてターレスと会ったときに似ていたし、悟空の手の内は何となく……その」

「わかりきってるってか?」

「うん……」

「そりゃ参ったぞ。 はは!」

 

 これからは勝手なことはできねぇなぁ。 悟空がフェイトの腕の中で自身の頭をかいてニシシと笑う。 姉と弟のような構図は、若干ながら彼らの心にゆとりを持たせていた。 まだ着いていないケリに対してほんの少しの安息を求めるかのように。

 

「にしてもアイツラまでも操られてさ……ヴィータの奴がかわいそうだ」

「……そうだね」

「ぜってぇゆるせねぇ。 シグナムから聞いたクウラってヤツ――オラがこの手でたたきのめしてやる!」

「うん!」

 

 暗がりに入る顔。 悟空がニガイ表情を取るとフェイトも釣られて気分が落ち込む。

 高速移動はそのままに、岩場へ突入したフェイト。 背の高い山々は、奇妙奇天烈な形も相まって身体を隠すには上出来な良スポットである。

 体力の少ない悟空の事もある。 フェイトは、気配の挙動少なく、大地へと翼を休める。

 

「わたしの魔力でよければ使ってもらいたいけど……」

「やめておけ。 オラの中に有るジュエルシードの魔力量は、おめぇたちの数十倍は硬いらしい。 プレシアの言う通りならここでおめぇから魔力を貰っても焼け石に水だ。 何にもなんねぇ」

「そっか……」

 

 互いに背を預けて前を向く悟空に、後ろを警戒するフェイト。 さらに彼女の意識が向かないところを気の探知でカバーする悟空は小さく息を吐く。 そのせいで血流が増し、増えた鼓動音がフェイトの背にぶち当たる。

 緊張が、他者へと伝播した。

 

「さてと。 ここまで逃げおおせたはいいけど、これからどうするか……見つかるのも時間の問題だしなぁ。 フェイト、おめぇ転送魔法は使えなかったよな?」

「ごめん、そっちの類いは大体アルフに任せてるから……」

「そういやそうだな。 そこらへんはオラの方からも必要ねぇってバッサリいったかんなぁ……インガオウホウってやつか。 こりゃ困ったぞ」

 

 腕組みを開始する悟空。 彼がこの態勢に入ると、大体長考が……無いのはフェイトもご存じのとおり。

 3秒待って声が上がれば妙案が。

 50秒首をひねっていたらもう駄目だ、ゴリ押ししかない。

 

 それを知っているからこそ、腕組み開始から30秒経過した今、フェイトは柔軟運動を開始していた。 どうせ、ここからは力技になるだろうと予測してのこの行動は……

 

「うっし! アレやってみっか!」

「悟空?」

 

 久方ぶりに見せたワクワクする顔に。

 

「いいかフェイト。 オラの見立てだと、どういうわけかあの二人はシグナムの時より…………」

「え!? え、あ、うん……でもそれって!?」

 

 正直言って困惑を隠せないフェイトであった。

 

 

 

 数分の時間が経つ。

 子供ふたりの影を追っていた二人だけの機甲部隊は、岩場へと到着する。 背が高く、磁気のせいだろうかセンサーに若干のノイズが走る。 砂埃が吹きつけると関節に溜まっていき、軋み音が少なからず叫びをあげる。

 

 機械が動くには劣悪な環境、それでもやらなければならないことがある彼らは、作業の手を“休めない”彼らの声に。

 

「………………」

【どこ…だ…にgえ――】

【tす……ソン、ゴクウ……】

 

 ……ノイズが、走る。

 

 そのときである。 彼らの内臓機器に若干の生体エネルギー反応が2つ。

 距離にして100メートル前後の位置に点在するそれらに、彼等は何の狂いもなく気付いてしまう。

 

 なぜ彼らが生命反応を探れるか、それはかつてフリーザの軍勢が使用していた機器――スカウターにある。 相手の”現在の”力量を正確に数値化し、尚且つセンサーと通信機の両方を兼ねそろえた至極の装置のそれは、ノウハウだけを彼らの身体の中に収めることができれば当然その者にも同じ機能が付く。

 かつて、遠い星でとあるサイヤ人の瞬間移動先を見切って、人間手裏剣をかましたのもこの機能のおかげである。

 

 そのエゲツナイ高性能がいま、子供ふたりを確かに追い詰める。

 

「…………」

【……が――がが】

 

 一歩、また一歩と近づいてくる鉄の使い。 彼らの足音が、悟空の耳に強く当たる頃であろう。 ここで事態は急速に動く。

 

【ちか――く】

「………………みつかった!?」

 

 漏れたのは少女の声。 見つけた片割れはおそらく気のコントロールを教わらなかった故の判断ミス。 相手の気を感じることが出来ないと思い、奇襲に切り替えたと判断した機械は……そのまま――

 

――いけぇ!

 

【!!?】

 

 右方から迫る青い気弾を見過ごしてしまう。

 いきなり通り過ぎたそれに、機械的な動作のせいで全回路をエネルギー弾の軌跡に集中させた鉄の騎士二体は即座に構える。 しかしその先に人物など居らず――それどころか。

 

――もう一丁、行くぞ!

 

【?!!】

 

 振り向いた先から今度は黄色い光弾が迫ってくる。

 剛速球が如くのそれに、今度こそ対応して見せた機械たちは魔力の障壁を敷く。 激突し、火花が散ってはじけあう。 ものの見事に拮抗した実力を――確認した彼がニヤけているのも知らないで。 ……それは、不意に“這い上がる”

 

「でぇぇぇぇえええええりゃああああ!!」

【!!?】

 

 隆起する地面。 吹き出る爆煙。

 叫び声とともに大地から昇る気の奔流が、獣の男だった機械の身体を半分削り取る。

 

「フェイト! もう片方!!」

「了解!」【Yes, sir】

 

 次いで出る黄色い雷光は、短剣の形をもって上空より雨あられのようにもう片方の機械を打ち崩す。 穴が開いていく身体から金属片が火花を吹きださせる光景は、この人形の最後を語るようであった。

 

 今起こった事を説明すると、気配を消したフェイトと悟空。 気のコントロールが出来ないフェイトはどうしてもスカウターに捕捉されてしまうが、悟空にそんなミスはない。 彼は完全に消した気配と、どうしても残ってしまうフェイトの気を逆手に取ったのだ。 

 

「悟空がかめはめ波を空中に固定して、空けておいた地面に潜航。 そのあとに来たやつら目がけてかめはめ波を射出して、それを合図に反対側に居たわたしが砲撃魔法を発射」

【ぎ――ぎぎ!?】

「撃った砲撃をその場でとどまらせるなんてバカみたいな高等……ううん。 変態技術を持っている悟空だからこそ出来る技だよね……これ。 でもこれで――!」

 

 子供ふたりの、連携が唸る。 彼らの勢いはとどまることを知らない!

 

「いいぞフェイト。 そんじゃ――」

「うん! この勢いで――」

「にげっぞ!」

「……え゛!?」

 

 フェイトの開いた口の勢いも留まることを知らない!

 

「界王拳で何とか太刀打ち出来た奴相手に、今のオラと消耗したおめぇとじゃ分が悪すぎる。 一発が効いたからって次が効く保証はねぇンだ」

「……あ、うん」

「とても悔しいが、ここはとにかく逃げるのが優先だ。 こんなところでくたばれねぇ理由があるのを絶対に忘れんな! いいな!」

「はい……!」

「いまは……ただ耐えるんだ!」

 

 聞こえてくる叱咤と制動の声。 あまりにも外見に反した鋭い指摘に、今まで若干のぼせ上がっていた心を鎮めるフェイト。 勝てる――その油断を格段に掘り下げた。

 ……つもりだった。

 

【つかまえ……た】

「しまった――」

 

 金の二房の片方に、もがれた男の半身から伸びるケーブルが届く。 鷲づかみ、引き寄せて、振り切っていた拳を撃ち出そうとしている。

 

「させねぇ……」

 

 その様を見つけた時は既に悟空は……叫び声をあげていた。

 

「波――――ッ!!」

 

 合言葉を短縮されたかめはめ波。 威力はもちろん下位クラスのそれは、当然奴らには効きはしないだろう。 それは悟空もわかったうえ。

 しかし彼の狙いはかめはめ波の直撃ではない。

 

「フェイトを……」

 

 駆ける。

 力強く大地を蹴って、勢いよく空へと飛ぶ。 放ったかめはめ波に追いついた悟空はそのまま体を蒼い奔流へと沈めていく。 ――全身を、エネルギーで包んでいく。

 

「離せぇぇえええ――ッ!!」

 

 そうしてそのまま強く握った拳で、男の残った半身を打ち砕く……

 そのまま飛んでいき、地面に激突しながら着地した悟空は既に息が切れている。 今の攻撃でかめはめ波を4発。 全身に残っていたわずかな気をかき集めすぎた彼に眩暈も襲いはじめていた。

 悟空は、膝で何とか立ち上がっていく。

 

【やっとあし……トメテクレタ】

「しま――」

 

 だがその先にあるのは絶望。

 ようやく倒したと思ったら、残りの一体が悟空の背後に立っていた。 高速の攻守交代に引きつる少年の口元……それを笑うかのように、女の手刀が振りあげられていた。

 

――幕を下ろすかのように、女の凶器が降り注ぐ。

 

「悟空!」

【ッ…………】

「なんだ?」

 

 フェイトは絶叫した。 それと同時に、情けないかもしれないが目も瞑ってしまっていた。 大事な者の最後に、それを見たくないからこそ背けた眼差し。 でも、そのほかの感覚だけは絶対に彼の方を向いていて……だから信じられなかった。

 彼女の耳に、金属を砕く音が響いているなんて。

 

「…………」

【……がが――ぎ?!】

 

 そこには……少年が居た。

 純朴で精一杯で生真面目で。 少し前に会った男の子に命を救われ、そのあとに出会った女の子に心を救われ、次に会った青年にまた命を救われて……そんな、救われてばかりだった男の子が今、ついに念願を成就する。

 

「来ましたよ……約束を守りに」

「お、おめぇ……!」

「どうして!」

 

 フェイトと悟空が驚愕する。

 細い腕を鋼鉄の前に差し出して、鋼鉄の手刀を叩き折って見せた男の子。 ほのかにのこる緑色の残滓が空に飛んでいく。 腕を包んでいたそれがもたらしたのは攻撃ではなく――防御。

 そんなものでどうやって? 力がないのにどのように!? 聞く者すべてが疑問に思うであろう彼の攻撃方法は、ややこしくもありながら実は単純明快。 そう、彼はただ、本当に“防いで見せた”のだ。 その彼の名は――――

 

「ユーノ!! おめぇ来てくれたんか!!」

「お待たせしました……悟空さん!」

 

 今でもまだ線が細く、悟空のようにはいかない身体つきの男の子がそこに立っていた。 毅然と、悠然と……自信に満ち溢れた面持ちで。

 

「いまのは……前に言ってた思いついたことだな! 魔法で作った壁みたいのを腕に巻いて、そのまま殴りつける。 ……オラたちみてぇな戦いかたするじゃねぇか!」

「当然ですよ。 なんて言ったって悟空さんに師事してもらったんですから。 防御だけじゃなく、それに見合うだけの身体と瞬発力。 ここまで鍛えてくれた悟空さんのおかげです」

「そうか。 はは! なんかうれしくなってきたぞ」

「悟空……ユーノ」

 

 再会を喜ぶ三人。 でもすぐさま視線を鋭くする悟空について行く子供たちに既に油断も慢心もない。 確かに強くなったユーノは、しかしまだ足りない修業期間。

 高々数か月の“特訓”ではここが限界。 それを証明するかのように、少年の拳にはすりむいた拳の跡と、関節の外れた薬指が痛々しく残っている。 その痛みのおかげで、相手との力量差がわかるのではあるが。

 

「……悟空さん、あの機械は――」

「あとで言う。 それより、あとどれくらいだ……」

「……気づいてましたか」

「あぁ」

 

 フェイトを置いて交わされる会話。 主語のないそれは、だけどこの面子だからこそ理解が先に進んでいく。 不意に足元を見た悟空の視線の先には、緑色の魔法陣が今か今かとスタンバイをしていた――転移魔法発動の時を……

 

「すごい……こんなに早く、しかも周りに気付かせないくらいに静かに転移魔法を……」

「技術の向上は日々怠らなかったから。 厳しい誰かさんのおかげで」

「へへ、その誰かさんにはあとでお礼言っとかねぇとな。 ユーノ、後で紹介してくれよ」

「……ふふ、はい」

 

 そうして含み笑いをする子供たち。 歳不相応の大人な顔は、約一名を除いて本当に不相応な笑みであった。 その笑みを。

 

【逃がさ……ない】

「悪いけど……見逃してもらうから」

「すまねぇな」

 

 ただ、見送ることしかできなかった機構騎士たち。

 重なる視線は悟空と彼等。 そのときに握られた拳からは血がにじむ。 我慢して、耐えて。 今にも救いたい気持ちを精一杯に抑えて。

 

「絶対助けるかんな……」

 

 孫悟空と子供たちは、緑色の光と共に遠い次元世界へと消えていく。

 今は無理でも、この次有る好機をこの手にするために――――彼らは地球へと帰っていく。

 

 

 

【………ぐっ!? ご、悟空……たた……たの――むぞ……】

【すくって……はやてちゃ……しぐ……な――ぎぎ……】

【……わかってる。 ……絶対にだ!】

 

 ふたりの犠牲を、奥歯で噛みしめながら……

 

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

なのは「…………むぅ」

悟空「なぁ、なのはったらさ」

なのは「…………勝手に行ったの」

悟空「さっきから何度も謝ってんだろ? いつまで機嫌損ねてんだよ?」

ユーノ「あはは。 なんだかこの光景もずいぶん昔のような気がする。 あぁ、帰ってきたんだ、ボクは」

なのは「絶対に許さないの」

悟空「……どうすりゃいいんだコレ。 なぁ、フェイトこいつ――」

フェイト「絶対に許さない…………え? どうしたの悟空?」

悟空「おめぇ今自分が言ったこと……オラ、パオズ山にかえりてぇぞ」

ユーノ「悟空さん、心中お察しします。 ……さぁ、次はいよいよ今回のキーパーソンのあの人の登場。 遂に騎士の殻を破る鋼鉄の”冷機” 圧倒される力の差を前に、儚いと思わせる彼女の心のうちに眠る、黒い思いがついに解き放たれる……!? な、なんだこの不吉な予告!」

悟空「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第48話」

ユーノ「番狂わせ! 八神はやての闇!!」

???「どうして? どうしてみんなたたかうん? こんなの……まちがいや」

悟空「あ、アイツが――いったいどうなってやがんだ!? どうしちまったんだよ! ■■■!!」

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