甘さがあり、至らないところがある小さな女の子であった……はずだ。
しかしどうだ、騎士たちを救い、身体傷ついた戦士をいやしたのは紛れもなく彼女。 そんな彼女ははたして正常だと言えるのだろうか?
何かしら……欠損していた(おかしなところがあった)のではないのだろうか。
そして、もしもそんなところを刺激する外因が存在してしまったら…………?
すべてくるっていく48話。 始まります。
今日という日を忘れない。 いつもと違うその日の事を、少女は永劫に忘れることがないだろう。
車に乗って、家族そろって出かけたピクニック。 ほんの少しだけ父親にわがまま言って、遠くの公園へ行こうとはしゃぐ小さな子供。 彼女はこの日を待ちわびていたし、夜ふとんに入るときはいつだってカレンダーとニラメッコ。
子供が子供で在ったそのときは、いつだって少女は輝いていた。
「イヤや……」
真っ赤に燃える夕日と、大空目がけて飛んでいく鳥類。
聞こえてくる鳴き声と、狂いそうになる喚き声。
「いや……ぁ」
いつまでもいつまでも、変わらないと思っていた自分の世界が。 まるで積み木を片付けるかのように無残と崩れ去ってしまったそのとき。 なにか大きな音と衝撃の後に……彼女の目に映る世界は、真っ赤に染まっていた。
「嫌ぁ……イヤァ」
赤い色は自分のモノではない。 彼女のイメージとは違うし持っているものとも全く合わない。
「…………ぁ」
だけどこの赤いのはなんだ。 手に足に、顔にまで飛び散っていたソレは少女から離れることを許さない。 どこまでも張り付き、染み込み、鉄のような甘い刺激臭をいつまでも嗅がせていた。
「……………………」
気が遠くなるほどの時間が経った。
いったい自分はいつまでこんなところに居ればいいのだろう。 彼女の中で、窮屈によるストレスが、鼻に届く嫌悪感に勝ってしまった時だ。 ――それは目についてしまう。
「は……あえ」
「あ――やて」
「ぁぁ……………ッ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!!!!」
…………今まで、自分に向かって微笑んでいた両親“だったモノ”を。
腐敗した生肉のよう、捨てられていく髑髏のよう、亡者のよう、餓鬼のよう、物乞いのよう、殺戮者のよう、飢えに苦しむよう、……苦しみを、わが子へ押しつけるよう。
変わり果てた肉親の腐った瞳は、幼い少女を道連れにでもするかのようであった。
ありとあらゆる負の側面を見せつけられたその子の心はどうなっただろう。 閉ざした? 塞いだ? いいや、そんな簡単なことでは■■■■が許さない。
よりにもよって彼女は選んでしまった。 ……忘れることを。
気が付いたら病院のベッドのうえ。
起きた事故を知ったのは数か月の後。 自分の、精神が安定した頃であった。
――――もっと不幸を、もっと失意を、もっと……絶望しろ!
「とても……言いにくい事なんだけど」
「ええですよ。 大体察しはついてます。 話してください」
もう、“顔も覚えていない”両親の事を知った彼女は、それでも周りに笑顔を配る。 ショックはあっただろうが、彼女は強い――――とでも思った周囲の人間は騙される。 見る者が見ればわかる、彼女の、気味が悪くなるような嗤いに。
「大丈夫や」
彼女は笑い続けた。
「だいじょぶ、だいじょぶ♪」
彼女はだまし続けた。
「平気やって。 みなさんもう心配性なんやから」
――――自分もわからない程の無意識のうちに……皆を欺いてしまっていた。 彼女の悪癖はもう、歯止めが効かないところまで来てしまったのだった。
Five years after――――
AM 1時。 高町家玄関外
「ふぅ……死ぬかと思った」
「うん。 今回は今までで一番危なかったかも」
「よかった間に合って。 ……本当に」
今回ばっかしは死ぬかと思った。
シグナムの魔力が混じったロボット……クウラと名乗ったアイツの相手と、そのあとにひかえたザフィーラ、シャマルとの連戦。 途中、オラの方が子供の姿にされちまってフェイトの足を引っ張っちまったが、そこは経験の差で何とかカバ―。
最後にユーノのちからを借りて、無事にこっちの地球に帰ってこられたんだ。 いやもう、こいつが来てくん無かったら完全に詰みに入るってヤツだな。 オラもう体力が限界で――
「悟空くん……」
「お!」
なんだなのは、おめぇこんな時間に起きてきて。 おんなっちゅうのは、睡眠不足は“びよう”の天敵なんだぞ? それなのにいつまでも起きてたら将来モモコみてぇに――おぶ!?
「心配したんだから!!」
うごぉ!? い、いきなりヘッドロックかましてきやがった!? しまった、今の身長差じゃ完全に!!
おッ……お……く、首が――引っこ抜ける!
「っ! っ!!」
「むぅ~~!」
「な、なのは落ち着いて! 悟空さんが――」
な、なんて決まりのいい絞めなんだ!? オラこんなことまで教えてねぇってのに。 し、シロウの遺伝がこんなところ……にきてやがった。 あ、あしがういて――
ぎぐ……ぐぐぅ。 おら、もう……いしきが。
「悟空くん、これに懲りたら2度と勝手に……?」
「…………」
「なのは、もう悟空さん離してあげてよ?」
「え? わたし……もう」
『???』
……お、なんかどっかで見たことある景色だなぁ。 随分前に消えちまった神さまと一緒に来たことあるかもしれねぇ。 人っ子一人いないのはなんだか落ち着かねぇけど、そうだ、ここは間違いなくあそこだ。 閻魔――
「あ、あのぁ……え!? ご、悟空さん!? 息してない!!」
「え? 嘘!! 悟空くん!?」
「孫くん!?」
「悟空!!」
おーい! 閻魔さーー! オラだ! 孫悟空だーー……
なんだ? 誰もいないのか? 困ったなぁ、コレじゃオラあの世で自由に歩き回れねぇぞ。 ……界王さまに言えば、顔パスってやつで行けるかな。
ま! 細かいことは後で考えッか! いまはドラゴンボール集めないといけねェし……ん? オラ何で――あれ?
「フェイト、AED用意。 デバイス出力に極力神経を集中させるのよ」
「はい! ……200ジュール、スタンバイ」
「行きなさい」
「ふぁいあっ!」
お? なんか体がびりっと来るなぁ。
まるで熱湯風呂にでも入ったような感じだぞぉ。 はは! くすぐったくなってきやがった! イヒヒ――あはは! こそばってぇったらねぇや!!
「反応なし!? フェイト、今度は300ジュールに上げなさい」
「はい。 ……ふぁいあ!」
ひひひ――く、くすぐってぇ!
「450!」
「悟空起きて!」
あひゃひゃひゃ!!
「ダメだわ。 これ以上は心臓に過負荷が……」
「そんな!? わ、わたし……わたしのせいで!!」
「もともと悟空は体力の限界まで戦ってたし……なのはのせいじゃ……」
「……こ、こんなことになるなんて……そんなつもり」
ふぅ、くすぐったかった。
なんだったんだ今の? なんだかずいぶん昔にもおんなじ目に会ったようなそうじゃないような……? まるで初めてフェイトと戦ったときみてぇな感じだったっけか。
でも、いまの奴よりももっともっと、あいつの攻撃は激しかったよな。 アレはすごかったなぁ。 ……あ、いけねぇ。 オラ腹減っちまって来たぞ。
「悟空くん……」
「こうなったら心臓マッサージと人工呼吸を繰り返して……」
――――あら? みなさんそろって……あ、悟空君こんなところで寝転げちゃって!
ん? モモコの声がした気がする。 いっけねぇ、オラ朝飯何するか聞かれてたんだよなぁ。 実は結構無理言って、朝からスタミナ付くもん食わせてもらおうって決めてたの忘れてたぞ。
「じ、人工呼吸ですか!?」
「なに赤くなっているの、そういう羞恥心は一切捨てなさい! 彼がここで居なくなってしまってもいいの!?」
「……! は、はい!」
――――なんだか取り込みちゅうみたいねぇ。 ……悟空君だけでもお布団で寝かしておいた方がいいのかしら?
なんか周りがさわがしくなっちまったなぁ。 ……誰もいねぇはずなのにへんなの。
にしてもモモコとの約束はどうすっかなぁ。 朝、行き成り言うのも悪いだろうし……ん~~
「ねぇ、悟空君。 お布団いこっか?」
「むぅ~~」
「あ、そうだ。 朝ごはんは何がいい? 酢豚かカレーが作れるけど」
酢豚とカレーかぁ。 材料的にはたしか一緒なんだっけか? 野菜使うし、肉も使うし。 ……あ、そうか! どっちかって聞くくれぇだもんな、だったらモモコの事だから両方作れるようにはしてるかもしれねぇ!! なら――
「どっちも……が、いい……Zzz」
「はいはい。 もう、大きくなったり小さくなったりしても、相変わらず食欲は変わらないんだから」
「むごむご……」
――――ご、ごめんなさい。 やっぱり少しだけ待ってください!
――――くすくす、良いわよ。 いつまでも待っててあげるから……
――――母さん、こうなること最初っから……
――――というより悟空さんホントに心臓止まってたんですけど。 えっ……自力で蘇生したの!?
……いろいろと騒がしいのはいつもの事。 そんな高町の家は、ようやっと玄関から電気が消えていくのであった。
AM 8時50分 高町家、戦場跡。
昨日、あまりにも疲労が大きかったあたしはゴクウが帰ってくるのを待たずして、泥のように眠ったらしい。 体がだるいし、頭の片隅に鈍痛がある。 あたしら守護騎士プログラムがするはずがないだろうけど、これが人間で言う風邪という症状なんだろう。
……これは、かなりつらい。
「痛ぅ……?」
この家……『たかまちなんとか』ってヤツが住んでる家の、空いた居間にいまは少しだけやっかいになってる。 だから当然そこから出ると、あの怖い白いヤツが顔を出すと思って背筋を伸ばしてたんだけど。
何かおかしい。
「なんだこの音?」
廊下をあるいて、リビングに行こうとするとどうにも現実的じゃないっていうか……まるでテレビでよく耳にする獰猛な怪獣が食事しているときの音が聞こえてくるんだ。
いかにも御機嫌ですよー……なんて感じとれるリズムを取っているのも、逆に疑問を増やしてくる。 なんなんだコレ?
「この家はあの悪魔のほかに怪物でも飼ってるのか……?」
とにかく、このまま足踏みしてたんじゃ何にも始まんねぇ。 仮に変なヤツだろうと、怪獣だろうと、襲い掛かってくるんなら容赦しない! ……しないんだからな! こ、怖くなんてねぇかんな、ホントなんだぞ……うん。
「こ、このドアの向こうに……ゴクリ」
「もごもご~~!!」
「――――ビクっ!?」
なんだなんだ! いま限りなく悲鳴に近いような叫び声が飛んできたぞ!?
まるで口元にいっぱい何かを詰め込んだ……ま、まさか!
「おぼぼー! をうぅいっもいいえっお――」
「やだよー……ぼくなんにもしらないよ……って言ってのんか?!」
なんてこった!!
平和そうなこの家であたしは大事件に立ち会っちまった!! まさか……児童監禁の現場に立ち会うだなんて!!
た、たしかに昔よりかは大分平和だろうけど……それこそ拷問や奴隷の扱いこそされないまでも、それでも起こっているのは犯罪ことで、イケナイことだ。 しかしこの家の人間が監禁されているのかしているのか、そこん所が気になる。 というかその前にひとつ忘れていたことが……!
「悟空はどこに行ったんだよ!」
あのどんな警備会社よりも頑強なセキュリティをもつアイツが、そんなこと赦すわけがない。 地表全土にわたる探知、高度な戦闘能力、一度会ったら絶対に逃がさない――瞬間移動。
さらに謎の変身に、極大の砲撃魔法etc.……コイツに歯向かって生きていられるコスイ犯罪者を想像できねえ。
「ま、まさかやられたのか!?」
「モモコー、カレーおかわりぃ! ご飯大盛りでたのむ――」
「アイツがやられる……そんな恐ろしい敵が!?」
信じられない……いや、信じたくない! あんな戦闘魔神がやられる相手がいるんなら、それこそ世界の破滅じゃないのか!? 闇の書のページを300以上埋める変態魔力を秘めたアイツ以上の驚異……いったい何者なんだ。
「あら、ご飯がなくなっちゃったわ。 どうしましょう」
「パンでもいいぞ? オラ、最初はアレ嫌ぇだったけど最近はモモコんところで食うようになって嫌いじゃねェし」
「そう? ふふ、それは作る側としてはうれしい限りねぇ」
鬼、悪魔、地獄の使い、中世から生きている魔女……閻魔もおそれぬ戦神(いくさがみ)。
この家の人物をことごとく掻い潜ったんだ、きっと悪鬼羅刹の類いに違いない! くそ、どうしてこんなことに――――――あれ?
「おら? ごはん?」
いまなんか随分と穏やかな言葉がならんでいたような……?
「ま、まさか?!」
この二つの単語と言ったら最早アイツしかいねぇだろ。
大飯ぐらいの東北弁男……はぁ、なんだよおどろかせやがって。 無事なら無事って言えよなぁ。
まぁ、昨日の騒動を無事に……あ! そうだよ、昨日のこと! 詳しく話聞かねぇと。
やっと大事なことを思い出したあたしは、今までの無駄な考えを頭の片隅に追いやって、目の前のドアノブに手をやる。 金属製のコレは、朝一番という事でひんやりしてはいたけど、それでもかまわず一気に部屋のなかに入っていく。
……そこにいたのは…………
「むぐむぐ――んめーー!!」
「……だれ?」
あたしの知らない“コドモ”だった。
リビングにある椅子に座って、テーブルの上に置いてある食事を貪っている男の子が、アタシと視線を交わして……
「むぐむぐ……ん! おめぇ起きたんか? んぐんぐ……いうまえおふぇふぇふふぁら――」
「……汚ぇからまず全部呑み込めよ」
「? ……ずずずずず~~ッ!!」
「だ、だからってホントに全部……」
持ってた器……おそらく一般人で言うなら、特大の大皿に入っていたカレーのルーを呑み込んでいく男の子。 そいつはこっちを見たと思ったらまた食い物と格闘を――って。
「話があるんじゃなかったのかよ!?」
「もふ?」
「こ、このヤロウ」
なんなんだよコイツ。 人に話があるような素振りしたら、今度は飯を食ったまま帰ってこなかったり。 アイツじゃないんだからいい加減――? あいつ?
「黒い髪に……独特な髪型」
「?」
「それに気のせいか? 腰の付近から見え隠れするその物体は……?」
「なんだなんだ?」
完全に一致してやがる!? 髪型は大目に見るとしても、さすがに尻尾はありえねぇ!
てことはアレか!? こ、こここいつ――まさか!
「お、おまえ!」
「なんだよさっきから、あわただしいヤツ」
「ご、ゴクウ!」
「お――」
「の、息子か!!」
「……え?」
そうだ、それとしか考えらんねぇ!
そうすればこの誰彼かまわず自分の空気に貶めていく天然さも納得いくぜ。
「まさかあいつに子供がいるなんてなぁ。 あたしの見立てだと結婚なんかできない甲斐性なしってのがアイツの特性だと――」
「なぁ、おい」
「いやぁ、それにしてもホントにそっくりだなお前。 まるで父親の生き写しだよな」
「いや、だからよ」
というか似すぎだよな。 まるであいつが子供になったらこんな感じ――みたいだ。 あれ? そういえばゴクウのやつはどこにいったんだ? あいつに子供がいたことは驚きだけど、こんなところに置いて行ってどこほっつき歩いてんだ?
「なぁ、ヴィータ」
「……まったく仕方がないヤツ」
「なぁったら!」
ん? 椅子から降りてきた?
2歩分離れた距離に並んだあたしとアイツ……へぇ、背はあたしより低いんだな。 ……ふふん。
「なんだよ? 変ににやけちまって」
「……な、なんでもねぇよ」
「?」
少しだけ口元が緩んだか? いままでがいままでだったからな、こう自分よりも背が低い奴と正面から話していると……なんだか言いあらわせない気持ちになるっていうか……な。
「なぁ、ところでさぁ。 おめぇは飯食わねェのか?」
「めし? そういえばおなか空いたかもしんねぇ」
「だろ? ほれ、オラが少しだけ残しといたんだ。 これ食っちまえ」
「……?!」
す、すこしったっておまえ……これ軽く5人分はあるだろう。 こんなもん食いきれるか! 大体、これを少しっていうコイツの目分量って……まぁいいか。
「いただきます……」
「どんどん食っちまえ、いっぱい食わねぇとリキつかねぇかんな」
「……?」
さすがアイツの息子、言っていることが本当に同じだ。 飯食って~~というところなんか正しくって感じで笑いすらこみ上げてくるところがもう。
とりあえず、すすめられるままにイスに座ったあたしは、そのままカレーの入った器を手にして……ん、このカレー激ウマ! あの白いヤツの母親だと思えるヒトが作ったらしいけど、すげぇうめぇ。
「ふぇー! 食った食った!! ……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
へぇ。 結構雑なヤツだと思ったけど、こう言う礼儀正しさもあるんだな。 あたしの“外見年齢”よりも相当下の癖に……親のしつけがよかった? ……ホントにそうか?
「なんだよさっきから、人の事じろじろ見てさ」
「え? んいや、そんなチビなのに結構出来たやつだなぁっておもって」
「……?」
今だってそうやって首を傾げてる姿なんか仔犬みたいで……なかなか可愛がり甲斐があるというか……な。 はやてが9歳だったから、大体で6歳くらいか?
あたしがはやてよりも年下だとしても、1、2歳は上って事にはなるから……へへ、弟分ゲット――
「……0さいなんだけどなぁ」
「あ? なんかいったか?」
おっとと。 ついつい妄想が入っちまった。
いまコイツがなんか言ったようだけど、右から左で全然だった。 いけないイケナイ。
「オラ子供じゃねぇぞ」
「はいはい、コドモはみんなそう言うんだよなー」
「こいつ……急にどうしたんだ?」
「え?」
なんだか納得してないって感じの子供は、席から立ち上がるとそのままあたしが居る方まで近づいてくる。
背格好から見上げている形になるアイツ。 ……むぅ、どこから見てもゴクウそっくりだ。
「まぁ、なんにしてもおめぇが元気になってよかった。 いつまでも暗いのはらしくねぇし」
「はい?」
なんだその言いぐさ。 それじゃまるであたしの事を知ってるってふうじゃねえか。 ……初対面だよな?
ちょくちょくあたしのことを年下扱いする態度も含めて、こいつの正体に不安を感じ始めてきたな。 む、誰かがこっちにやって来る? リビングの入り口から物音が聞こえてくる。
「ふあぁ~~あ。 ……あ、ゴクウ、おはよー」
「おっす! アルフ、おめぇやっと起きたんか。 ずいぶんとお寝坊だな」
「誰のせいだと思ってるんだい……ふぁぁ~~」
あぁ、数日前にシグナムにコテンパンにされた使い魔か。
確か狼を素体にした奴だっけ……相変わらず“あの二人”に負けぞ劣らずなカラダしやがって、うらやましくないんだぞ! ホントなんだからな!
そもそもデカけりゃいいもんじゃないんだ。 太古からの習わしでこう、したたかさを強調するためにだな―――――あん? いや、ちょっと待て。
「オイ、ツカイマ=サン」
「な、なんだい!? 変な声出して」
「アナタイマ、タイヘンオカシナコトヲ、モウサレマシタネ」
「な、なにかいったかい? アタシ」
おかしい可笑しい。 イヤイヤ、ホントにありえない。
この坊主が……なんだって? ぜんぜん聞こえが悪くてさぁ……はは、たしかに今現在守護騎士プログラムは原因不明の失調をきたしてはいるけどよ。 耳まで悪くなるなんてこりゃもう駄目かな。
こんな古本から生まれた古い女なんてこんなもんなんですよ……ははは――――
「さっきからコイツおかしいんだ。 妙にソワソワしてるっていうか……」
「そうなのかい? ……いや、ちょっとまって。 こいつたしか、あんたのこと……」
「ん?」
ないない、あるわけない。 いやだってそんな……
あいつは20代そこそこの子どものような大人であって、だけど決して体格はそんなもんじゃなくって。 昨日見た感じだとザフィーラといい勝負かそれ以上なもんだったし……うぅ、変なもん思い出しちまった。
「ゴクウ、アンタ今、自分がどうなってるのか見直してからこの状況を考えてみな」
「状況? んなこといってもなぁ……オラ前みたいに子供の姿になって、そんでモモコからカレーを食わせてもらってるだけだぞ? そこのどこがいけねんだ」
「……答えを言っておきながらコレって。 あんたその姿になると地力だけじゃなくって知力も低下するんじゃないだろうね?」
「へへっ、そうかもしんねえ」
「……堂々と胸を張るんじゃないよ」
あ、庭先に小鳥が一匹飛んできた。……あぁ、今日もいい天気だ。 ゲートボールには絶好の日じゃねえか。
冬のこの時期、少しでも曇ってるとそれだけで寒さに体が震えちまう。 だからゲートボール仲間の爺さんたちの身体を悪くしちまうからあんましそういう日にはやりたくねぇから、こう言う日は貴重なんだよなぁ。 ……はぁ、あたし、何考えてたんだっけ。
「ボケ~~」
「おい、アルフ。 なんかヴィータの奴があらぬ方向を向いちまったぞ」
「放っておきな。 アタシだってはじめてあの姿になったアンタを見た時はそりゃあ驚いたもんさ」
「……そっか」
………………少女の思考はここでキレる。 いい加減、脱線ばかりの己の思考に区切りをつけることもままならず、彼女は口を開けたままに、「あ、そうだ!」なんて大声を上げた少年悟空に手を引っ張られながら、この家のリビングを後にするのであった。
不幸のどん底にあるはずのヴィータに、ささやかな混沌が忍び寄っていた。
AM11時30分 海鳴市、商店街。
「――――はっ、ここは一体!?」
どこだここ? なんか随分長い事呆然としてた気がするけど、どれくらいの時間が経ったんだ? 5分? 10分?!
「正解は3時間だ」
「結構ネボスケさんじゃないのさ? おちびちゃん」
「――――!?」
急に背後からかけられた声。
驚くように振り向いたあたしはさぞ無様に映っただろう。 まるで浮気のばれそうな成人男性の様な振り向き方をしたあたしは、そのまま目の前に居る人間二人を見て……
「なにニヤけてんだよ……」
『なんでも♪』
思わず右手で拳を作ってたよ。 ちくしょう、完全に手玉に取られてんじゃねえか。
「ところで、なんでこんなところにいるんだ? さっきまで自宅警備の特訓をしてただろ?」
「誰が年中ニート生活だい! 今日は桃子……なのはの母親の代わりに買い物に来てるんだよ」
「ふーん」
結局お手伝いなんじゃねーか。 まぁ、あたしもはやての所じゃ似た生活だしこれ以上の茶々は入れらんねえけど。
「ふふん。 買い物の途中で好きなもの買ってきていいって言われたし、やりがいが出るってもんさ」
「……それが理由でいいのか?」
なんだか感心する理由が一気に消えていく様だな。 このイヌころ、結局のところ褒美目当てでやってきたんじゃなかろうか。 ……疑うところ際限なしだ。
「まぁまぁ、何でもいいじゃねぇか。 オラなんか今日の献立を自分で決められるから来ただけだし」
「それはそれで正当な理由でもあるんじゃ……」
「でもまぁ、オラ料理のことわかんねぇけど!」
「……おい」
なんで晩飯の買い出しにこの面子を選出した! 明らかに判断ミスだろうこれ!!
いくらなんでも作り出す人間が居なさすぎて、これからの展開が読めすぎてヤバい!!
「そんな酸っぱい顔すんなよな。 大丈夫だって、何とかなるさ」
「……はぁ」
まったく。 このイヌっころと言い、犬っころと言い……いぬいぬいぬいぬぬぬぬぬ――――
「ご、ごごごごっご――!!」
「な、なんだなんだ!?」
「なにしてんだい!?」
そんな馬鹿な!? こいつがあの……え? なんで!? どうなって!? 同姓同名なんてオチだったら、暴れるじゃ済まさねえぞ!!
「お前! あのゴクウなのか!!」
「…………なんだよいまさらか?」
「当然のように首を傾げた!? この、どんなハチャメチャなことでも当然だと言い切る無茶振り――間違いない!! やっぱりお前ゴクウなのか!!」
そ、そんな……ありえねぇ。
背丈は50センチ以上も低くなってるし、声だって当然変声期前の男の子のモノだ。 でも感じるコイツの性格が、あたしの脳髄に訴えてやがる……こんな人物、宇宙に一人でいいって。
「いろいろあってな。 デカくなったりチビになったりと忙しい身体になっちまったんだ」
「……ぜひともそのいろいろの部分を教えてもらいてえよ。 はぁ」
どこをどうやったらそんな身体になるんだよ。 ……生身の人間が。
「まぁ、そんなに咆えない。 ゴクウの場合、ある意味身体の構造変更はおどろいたことじゃないのさ」
「……あん?」
「そうなんか?」
そこでどうしてお前まで首をひねるんだよ!?
おかしいだろ! 自分の事だろ! しっかりしろよ!! こっちの常識を壊して回るだけなら、そのまま大人しくしててくれよ!!
「そもそもゴクウは……はっ!」
「今度はなんだよ」
……えぇと、急に犬っころがあさっての方向を向いたんだけど?
肩を落としながら振り向いてみると、そこには緑色の看板がかかったなかなか大きい店が。 見たことねえけど、スーパーかなにかか? 結構珍しい装飾だな。 ……ただし。
「…………犬が看板を飾っているという点を除いてだけどな」
「アルフの奴、いつの間にかあの店の中に消えちまったぞ……」
「……あたまいたい」
い い か げ ん に し ろ!!
さすがのあたしにだってツッコミの限界ってのがあるんだ!! どうして動物専用のスーパーに行く必要があんだよ!! おかしいだろ! ペットショップなら他の用事の時に行けよ!!
「仕方ねぇ奴だなぁ。 追いかけるぞヴィータ」
「もうやだ、この面子でツッコミ一人の時点で失敗フラグ立ちすぎだろ……ああう」
「なにぶつくさ文句言ってんだ、さっさと行くぞ」
もうどうにでもなぁれ……
とりあえずゴクウに引きずられながら店に入っていくあたしたち。 そこで見た光景は、一面を愛玩動物専用の物品で飾った大型ショッピングモールを彷彿とさせる光景と……
「ねぇゴクウ~~、アタシあれがほしいなぁ~~」
『…………』
オオカミ女が独り、尻尾を振っていたとさ。
「あ、あたしこういうの見たことある」
「そうか? オラこういうのはよくわかんねぇぞ。 どういうことなんだ?」
たぶん、お前にいってもわかんねえとは思うけど。 これはアレだ、前にテレビでやってた……
「………………おねだりするキャバ嬢」
「なんかいったか?」
「……聞こえてないならそれでいい」
「??」
ていうかリアルに尻尾が出てるじゃねえか!? おい止めろ馬鹿!! そんなもん見せたらいろいろと面倒が――
「いらっしゃいませ~~」
「ほら来た!!」
『??』
マズイマズイ……いきなりピンチだ、クライマックスだ……!
どうする!? こんな事態は考えてなかった。 気絶させるか? ドイツを? 店員をか!?
「ぐるぐる~~」
「お客様?」
「おい、ヴィータ?」
ここであたしは完璧な作戦を思いついた!!
まず、あのバカ犬を一撃で葬る。
次に店員の記憶を物理的に葬る。
完璧だ! どいつもこいつも今まで起きたことを覚えてない! 我ながら――全然穴だらけじゃねぇか!! そもそもそんな一方的な暴力なんか出来るか!!
……本当にどうしたらいいんだ。
「あ、そう言えば悟空さん。 本日はどのような御用件で?」
「ん? おめぇオラの事知ってんのか?」
「知らない人などいませんよ。 噂はかねがね――」
「ふーん……」
ん? なんだか空気が微妙に良い方向に……?
ていうかそうだよな。 悟空自身、尻尾を出したまんまで街に出かけてたりしてたらしいから、もしかしたらとは思ってたけど……
「おどろかねえのか? こいつらのこと」
『はい?』
「そうですか……おかしいと思っていたのはあたしだけですか」
どうなってんだよこの国。 確実に頭のネジが一本飛んでるんじゃねえのか?
「ゴクウ~~」
「なんだよ。 さっきから変な声出してさぁ」
ここに来てオオカミ女の猫なで声……狼なのに猫とはこれいかに。 つぅかこいつ、完全に飼いならされた犬じゃねえのか? この店に入った途端可笑しくなりやがって、ここには犬用のマタタビでも置いてあんのか?
「こっちの首輪と、あっちの首輪。 どっちがいいと思う?」
「……どっちでもいいじゃねぇか」
「が、……ふが!?」
自分用か!? 自分用の首輪なのか!?
しかしだけど待て! そんなもん、今このタイミングで言ったら――
「……おい、あの人もしかして…………」
「男の子に首輪? ……け、警察呼んだ方が」
ほおら思った通りになった!!
迂闊すぎるだろこのイヌころ、ペットショップに入って気でも緩んだか!? 自分が今どんなに危ない発言したのか自覚あるんだよな!!
「む!」
あ、え? 急に目つきを鋭くした?
「アンタたち、勘違いすんじゃないよ!」
『!!?』
こ、ここに来て弁明か?! いまさらな気もするけど、この威圧感……行ける!?
いっちまえ! そのままゴリ押しで正論っぽく押し切っちまえ!!
「これはこの坊やに買ってもらう――ア タ シ の 首 輪――なんだからね!!」
『…………』
「わかったね!」
『…………えぇ~~』
あぁ、期待したあたしが恐ろしく愚か者だったよ。
ありえねぇ。 まさかこんな返しをするボケナスが居ただなんて。 もう、突っ込む気力が底を尽きたよ。
「す、すみません……」
「ごめんなさい……」
「大人のおねえさんをしたがえる……男の子」
「が、がんばって生きてください……」
なんかもう励ましの声まで来てんじゃねえか。
どんだけだよこいつら。 いい加減にしろよ、もう、こっちの引き出しはゼロなんだ。 いくら生きてきた歴史ってのがあっても、戦うだけだったあたしらにそんなボキャブラリーは無いんだ!
もう、おとなしくしてくれぇ。
……そして、カオスだったペットショップでの戦いを終えたあたしらはそのまま買い物を開始していく。
「今日は中華がいいな。 おっちゃーん! いつものやつーー!」
「いつものって……そんなんで買い物が――」
「はいはい、中華料理一式だね? これとこれとこれ……お代は今度桃子さんと一緒に来た時でいいよ!」
「サンキュウ~」
「…………なんだって」
通り過ぎ様に立ち寄った八百屋では山菜その他を“ツケ”でいただき。
「おっす!」
「おんやまぁ、悟空ちゃんじゃないけぇ。 元気しとるかえ?」
「おう! オラいつも元気だ」
「ほうほう……そりゃあいいことだよ。 そんじゃコレは“いつもの”ね」
「やった!」
肉屋に行けば、裏から出てきた婆さんに紙包みをいただき。
『ジャン拳!!』
「ぐー」
「チョキ!」
「かぁーー! 今回は負けかぁ……しかたねぇ、一匹持ってきな!」
「へっへー! ブイブイ!」
「なんで!?」
拳を突き上げただけで、今が旬な『ブリ』と『タラ』をかっさらう。 ……なんだここ!? さっきの所とは違って、ついにツケじゃなくなった!?
いろいろと不可解? な、出来事が立て続けに起きたけど、ここら辺で何とか買い物は終わり……かなりの時間を浪費して、今は夕方。 結局最後まで財布のひもは緩めなかったけど。
あ、そう言えば一緒に来ていたイヌころは買ってもらった首輪と買い物袋をもって家に帰ったらしい。 ……あいつ、幾らなんでも浮かれすぎだろう……
「それにしてもゴクウがそんな風になるなんて……知らなかった」
「ん? そうだな。 オラも、おめぇたちと会った頃はまだ知らなかったもんなぁ」
「え!? そうなのか!?」
「おう」
コイツについては、はなから謎が多かったけど……もしかしたらゴクウ自身、自分でもわからない秘密っていうか、謎ってのがあるのかもな。
初めて会った時から、何となく思ってたけどコイツ……
「? なんだ?」
「なんでもねぇ」
本当に時々だけど、寂しそうな目をするんだ。
なんだか、申し訳ないっていうか……誰かに謝ってるっていうか……よくわかんねえけど、たぶんそんな感じ。 ……けど、それにもまして。
「いやぁ、なんだか元気そうでよかったぞ」
「え?」
「おめぇ、昨日会ったときは相当落ち込んでたからなぁ。 元気になってよかったよかった」
「……むぅ」
こういうところだ。
こういう、してほしいときに気遣いが出来るところが、こっちの気持ちを持ち上げて、こいつから悲壮な雰囲気を見えなくしていくんだ。 それはきっといい事なんだろうけどよ。 ゴクウ、お前はきっと勘違いしてる。
周りにいるみんなは、強いだけのお前が好きなんじゃないんだぞ。
「いつかは……」
「……? ヴィータ?」
お前が……困っているお前が、“みんな”で助けてやれる日が来ればいい……かな。
「??」
「なんでもねえよ――ふふ」
「……はは、そっか」
「ああ」
きっとやって来る。 そう思って、あたしはあいつの後ろを歩く。
あの“たかまち”ってとこにいる連中も、きっとこんな気持ちでゴクウのあとを追いかけているんだよな……あ、そういえば。
「あいつらはどうしたんだ? 学校ってやつにでも行ってるのかよ」
「あいつら? なのはたちの事か? ん~~」
なんだ? めずらしく言葉を詰まらせやがった。 何か言いたくない事でもあるんじゃねえだろうな。 それはなんだか複雑っていうか……
「プレシアからしつこく言われてるから、あんまし詳しくは言えねんだけどな」
「あぁ、なるほど……」
「ん?」
「いや、気にしないで続けてくれ……」
そうか。 あの六天大魔王の女に“言うな”と言われて……そりゃいいたくねえよ。 すまねえゴクウ、危うく勘違いするところだった。
「作戦変更ってやつでさ。 本来だったらオラがやるはずだったことをやってもらってるんだ」
「お前がやること?」
「そうだ」
なんだそりゃ?
「なのはにフェイト、クロノ達管理局のみんなに……あと、昨日駆けつけてくれたユーノ。 あ、ユーノってのは昨日までトンでもねぇ怪我してたけど、オラたちのこと聞いたら渋ってた仙豆を躊躇いもなく使ったらしくってよ? そんで合流した奴の事だ。 おめぇからしたら新顔になるかな」
「……はぁ?」
知らない名前と、知らない単語。
とにかくわかるのは、コイツのために動いてくれる人物が結構な数……しかも管理局の人間ですらもこいつの願いに耳を傾ける。
お前の人脈……すごすぎだろ。
「とにかく、今、いろんな奴が必死こいて頑張ってくれてる。 そんで、オラの考えが……いや、“記憶違い”じゃなかったらよ、もしかしたら――」
「もしかしたら?」
「……いや、やっぱハッキリしたらにしような。 無駄に期待を膨らませるわけにはいかねぇ」
なんなんだよ勿体ぶりやがって……ここに来てそういうのは無しだろ? どこぞのじじぃじゃないんだ、言えることはこうズバー! って言っちまってくれよ!
「まぁまぁ」
「むぅ」
「そんなムクれんなって」
「けどよぉ」
気になるもんは気になる。
さっさとそのやる事ってのを片付けてもらいたいもんだぜ。 ……つぅか、管理局が手伝う? それってもしかしてえらく重要なもの? ……まさかロストロギアだったりするのか?
「そのうち判るさ」
「……おう?」
なんだかえらくタイミングよく言葉をかけて来るなゴクウのヤツ。
まさかこっちの考えが読めるとか……? テレパスとか思考詮索の能力があるだなんて言ったら、それこそ本物のチートだ。 つぅか、ある種の物語の主人公然とした奴が使っていいもんじゃない! ああいうのは端役につかわせるからこそ光るもんだ――って、昔はやてが言ってた気がする。
「どうした? いきなり表情変えちまって?」
「いいや。 ただ、お前のとんでもなさを酷く痛感して……な」
「そんなことねぇさ、オラなんかまだまだ――」
「あるね! 絶対そんなことある!!」
「おぉ!?」
空飛んで? 残像が出来て? 高速戦闘に高機動格闘に遠近両用の射撃砲撃の雨あられだろ? ……なんでもありなんてもんじゃねぇだろ。
オールラウンダーって言葉は知ってるけど、コイツの場合それが異常なレベルにまで極まってるせいで既に無敵。 所謂“レベルを上げて物理で殴る”状態だろうからなぁ。 ……今までの歴史上、おそらくここまで完成された人間ってのはいない気がする。 てか、いないでくれ。
はぁ、いろいろと思考があっちゃこっちゃ行ったけど、そろそろこっちが聞きたいことを言うべきだな。 誰かさん達のおかげでモチベーションは整ったし、受け容れる覚悟も出来たから……
「なぁ、ゴクウ」
「……どうした?」
……普段より、とっても優しい声が帰ってきた。
子供だからってのもあったかもしんねえ。 あたしの聞き間違いってのも否定できない。 それくらいに些細な変化だったけど、これから聞く恐ろしい事に比べれば、きっと比べられないほどの暖かさを感じさせる。
「昨日の事……そろそろ聞きてぇんだけど」
「……そうだな。 おめぇにはもう、言っておかねぇと」
ゴクウが真剣な顔をした。
……うん、やっぱり背丈がいくら変わってもこいつはこいつなんだ。 そんな鋭い視線があたしを射抜いていく中で、あいつはそっと口を開く。 そこから聞かされたのは。
「シグナムと……戦ってきた」
「……そうか」
大体予想通りの事。
あえて今まで聞いてはいなかったけど、ここまでの事を考えつかないほどに、アタシは平和ボケをしてない。 いい加減、こっから言われることも大体で予想できる……ゴクウは、シグナムを……
「たおしたんだろ?」
敵対して、粉砕したんだ……って。
「…………どうなんだろうなぁ?」
「は?」
…………なんだって?
どうしてそこで茶を濁す。 ああ成っちまったシグナムを、まさか救っただなんて――――
「いや、シグナムとは戦ったんだ。 でも、途中でクウラっていうやつが、シグナムと入れ替わってさ。 ずっとそいつと戦ってたんだ」
「くうら?」
それってあれか? シグナムの身体をのっとって、今回の騒動を引き起こした原因の事なのか?
「たぶん、今おめぇが考えている通りでいいと思う。 オラはとにかくそいつと戦って……倒したんだ。 倒したはいいけどよ、せこい手に引っかかってこの体にされて。 フェイトに助けられて……? そんで、シグナム達みたいにされた……」
「え?」
そこで一拍置いたゴクウの顔は、本当に悲しそうで。
「……ザフィーラ達と、戦った」
その言葉を聞いたとき、あたしは思わず歯ぎしりを我慢できなかった。
「……それで」
「え?」
「それで、どうしたんだよ。 みんな……倒したんだろ」
辛い……答えを聞くのが。
もしも思った通りの返答だったら……そしたら、残されたのがあたしだけって事だろ。 どうしてこうなるんだよ、なんでいつの時代もあたしらを否定するんだ。 いやだ、こんな――「いやー、それがよ?」
「?」
「この体じゃ敵わなくってよ。 仕方ねぇから逃げてきた! あはは!!」
「…………はい?」
逃げて……きた?
それじゃ、決着は!?
「うん、まだついてない」
「……はあああ!?」
そ、それなのにこんなところでゆっくりと!? お、おまえそれはいくらなんでもどっしり構えすぎなんじゃ――
「あいつ等、気を完全に消してると見えて、こっからじゃどこにいるか判別つかねんだ。 オラ自身も回復には数日を要するしな、だったらちょうどいいからこのまま引っ込んでようってな」
「……そうなんだ」
一応、こいつなりに考えてはあるのか。 しかし回復? 何のことだ? もしかしてゴクウはいま万全の状態じゃない?
「へへ、実はそうなんだ」
「……あたしはまだ何も言ってないんだけど」
「え? でもおめぇが聞きたいことってアレだろ? オラが今、どうして全開じゃないのか~~とかそんなもんだろ?」
「ぐぬぬ」
せ、正解だよコンチクショウ。
「これもいろいろあるんだ。 正確なことはわかってねぇから、今度プレシアあたりにでも聞いてくれ。 良い答えがもらえるかはわかんねぇけど」
「…………そうか」
あのヒト怖いからいやなんだよなぁ。 ちょっと文句を言おうものなら、すぐに恐ろしい目をしてこっちを黙らせるし。 正直、敵対したくない部類の人間だ。 間違いない。
あーあ。 結局ゴクウのペースになっちまった。 何を聞いてもわからねぇおしえらんねぇ――真剣な話だと思ったら肩すかし。 仕方ないとはいえ、なんとも言えない状況が続くよな。
はぁ、なんか、今まで悩んでいたのがどうでもよくなってきた。
―――――…………それはこのオレに対して失礼なのではないのか?
『…………!!?』
なんだ今の声!? ど、どど――どこかで聞いたことが……あ、あそこに居るヤツ!!
20階建てのビルの上、かなり遠くの方からこっちを見下ろしている……異形が居やがった。 ……間違いない、『アイツ』が来たんだ。
「とうとう見つけたぞ? サイヤ人」
「こ、こんなところまで追いかけてきやがって……」
「あ、あの野郎!」
冷たい眼差し、鋼鉄の身体、だけど、このあいだとは何もかもが違う――
「今回は前回の失敗を糧に、オレのためだけのボディーを要してやったぞ? ……そしてこれが意味することがどういう事か、分らん貴様じゃないだろう!」
「……」
「おいおい……」
姿はもう、このあいだあたしが遭遇したときとは別物。
まるで爬虫類か何かを思わせる肉体をもったアイツ。 それを証明するかのように伸びている尾は、重い音を打ち鳴らしながらビルの屋上を叩いた。
鈍い空気の反響がこっちに届く……この重み、この凄み、どれをとっても尋常じゃない……常軌を逸した緊張感が湧き出る。
「さぁ、いきなりで悪いがここで終わりと行こうじゃないか」
「あ、あんにゃろう――!」
「冗談じゃねえ! よしやがれ!!」
人差し指立てたアイツは……クウラは、そのまま天に指をかざした。
それと同時に、不意に出てきた…太陽みたいに熱を持った光球!? なんだあの大きさ! 直径10メートルはあるんじゃ――!!
「あれは……まさかフリーザと!!?」
「くらえソンゴクウ!!」
「ま、マズイ!」
また大きくなりやがった!? さっきよりも一回り大きくなった光球に、思わず目を奪われそうになる。 ……いや、そうじゃねぇだろ! あ、あんなもんこんな街中でぶっ放したら――!!
「この星もろとも、消えてしまえ!!」
「さ、させるか!!」
「ゴクウ!?」
この星もろともッ……!? ば、馬鹿な! そんな威力があるわけが……け、けど……ゴクウの反応が明らかにおかしい。
真剣を通り越して既に必死の形相になってやがる。 これはホントにどうにかなってしまう威力なのか!?
「か……めぇ……はぁ……めぇ……………」
「ほ、砲撃……けどそんな小規模なもん!」
む、無理だ。 ゴクウたちがいう力関係はいまだにわからないけど、それでも見た目だけでもわかる。 今欠片みたいな力で、あんな化け物みたいな異常な攻撃をどうにかできるわけがない。
「ふははははは!! 最後の悪あがきがその程度かサイヤ人! ……そのまま無様に消えていくがいい!!」
「ぐ、ぐぅぅ――」
もう駄目だ――悟空もそう思った時だった。
「な!? あのクウラが……」
「一撃で!?」
「どうなっちまってんだ!?」
「ご、ごんな゛ぁあ――」
あの鋼鉄の背後から、黒い槍が突き出ていたんだ。
クウラが悟空に放とうとしていた光球……スーパーノヴァが炸裂しようというそのときであった。 ヴィータが見たのは、白銀の身体を貫く異質な黒。 禍々しさをも見せつける黒き槍であった。
それを放ち、クウラの背後を取って見せた存在が居ることに今、二人は遅れながらに気が付いた。
「おめぇ、なんだってこんなこと!」
「みんながいけないんや……こんなケンカばっかり……仲よぉせんとだめやで」
「なん……だって……?」
冷たい。 どこまでも冷酷な笑うかおは、まさしく極寒の境地を体現する自然現象に匹敵していた。
凍てつき、砕けそうになるその微笑……いや、冷笑は周囲を一気に暗く染め上げる。
「結界!? こ、こんな街中でおめぇ!」
「みんな……みんな……」
「なんでこんなことすんだ! こたえろよ!」
悟空の声は今だ届かず。 それに反するかのように閉ざされていく“少女”の心の内は、既にドス暗い闇が支配していた。
そして、更なる異変が悟空たちの前で起こる。
――――gagaaaaaaAAAAAA――――gugyaaaa!!?
「な!? クウラが……吸収されていく?!」
徐々に薄くなる鋼鉄のカラダ。 平面的な表現ではなく、密度的なそれは、まるで存在そのものを“喰らい尽くす”かのようにも見え、それは悟空の横にいるヴィータが見ても、確実に異質な光景であった。
「ありえねぇ! 闇の書にこんな機能はないはずだ! ど、どうなってんだよ!?」
「……く、クウラの気が……!」
そんな彼女と同時に声を上げた悟空は、事の異変が次の段階に移行するのを見てしまった。 鋼鉄の身体が、その鉄塊一つ残さぬままに霧散していく。
その微粒子が、空気と一体化する寸前。 その残滓たちは行った――今回の渦の中心へと。
「…………ふふ……うふふ――還りなさい、我が内なる闇へ……」
「な、なんだ!? 急に“アイツ”の気が……変わった!?」
悟空の感覚センサーが異変を訴える。
前代未聞。 今までにないタイプだ――彼は、警戒心を一気に引き上げる。
「どうなっちまってんだよ」
故に訴える。
「なにがおめぇをそこまで……!」
だから聞いたのだ。
「答えろよ――――はやて!!」
あの、陽光のように朗らだった少女に向かって。
悟空は轟かせるように声を上げたのだ。
【貴方がいけないのです】
「な!? はやての声じゃねぇ!」
それが、少女の消えた瞬間であったというのは、なんという皮肉か。
悟空の呼びかけも虚しく、事態は悪化の歩を止めてくれない。 ただただ悪くなる状況は、さしもの悟空の背に、一筋の汗を流させる。
「本来なら、そこにいる最後の騎士を取り込まさせなければ完成しなかった私ですが……貴方の力が――存在が! 私の覚醒を促せた!!」
「なに言ってんだ。 オラがいけねぇって……それに取り込むって、ヴィータの事か!?」
「こうなってしまえば、もう誰にも止められない……たとえ貴方でも」
「……おい、おめぇいくらなんでもそりゃねぇぞ……!」
少女の身体が発光する。
「は、はやて!? どうなっちまってんだよ!!」
「オラが言うのもおかしい気がするけどさ、こう、人の身体が……」
急激に伸びた頭髪。
腰まで伸びたそれが一気に白銀へ染め抜きされると、今度ははやての身体が変異していく。
「いきなりでっかくなっていくのはよ……」
9歳程度のその身体は、十代後半のそれへと組み替えられていく。
まるで、いつかの悟空のように。 でも、そこには既にはやての面影を感じさせない。
「正直言って、気味わりぃな……」
「…………」
「は、はやて……どうなってんだよゴクウ! 闇の書の完成はまだのはずなんだ、なのにどうしてこんな――なんなんだよ一体!!」
ヴィータの声を横に、悟空が静かに汗を拭く。
吹き出るそれが意味するのは、圧倒的戦力差。 それを感じ取ったとき、彼は無意識のうちに帯を引き締める。
「貴方が……貴方さえいなければ――こんなことにはならなかった!!」
感じたのは殺気。 でも、なぜか彼女の周囲から哀しみの空気を見出した悟空。
止められないと言ったのは、果たして言葉そのままの意味なのか……それすら測りかねる今の状況に、彼が取る行動はやはり一つだけ。
「そうかよ、オラがそんなにイケナイってんなら……」
理由はわからない。
でも、こうなった原因が自分にあるというのならば。
「オラ自身が、きっちり落とし前付けねぇとな!!」
「…………無駄なことを」
彼は彼だけの因果のもと、この事象を解決しようとしていた。
成長を遂げたはやてだった肢体。
それを持つ彼女は闇に包まれると、同時に衣服を現世のものではない装飾へと変質させる。 黒い装飾、体中を巻いている数多のベルト……拘束具は、まさしく今までの彼女を彷彿させるには十分であった。
だが、それもつかの間、背に突然の違和感を醸すと一転。 今度は大空へ漆黒の翼をはためかせる。 ……彼女は、もはや人の身を逸脱しようとしていた。
「ここに居るみんなを巻き込むってんなら容赦しねぇ! たとえ、お前でもだ!」
「止められるのなら…………」
海鳴市商店街。
結界を張られたとはいえ、このような大それた場所で今、孫悟空がちからを解き放つ。 力なき少年は今、未知数の敵に向かって……飛翔する!!
「とめてください……」
一つの、ちいさな願いを零したままに…………
悟空「おっす! オラ悟空!!」
ヴィータ「おいどうすんだよ! はやてが……はやてが!」
悟空「こいつはマズイことになっちまったなぁ。 オラはガキのままで、戻るまであと2日以上。 それに比べてあの娘(むすめ)というと……」
???「書の完成まで残り20ページ……そうすればこの世界は――」
悟空「まだ本調子じゃねェってか!? こうなったらこの状態でもやるしかねぇ!! 今のオラのすべてをぶつけてやる!!」
ヴィータ「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第49話」
悟空「早過ぎる衝突――ちび悟空、崖っぷちの拳!」
ヴィータ「お、おい! お前体が――!?」
悟空「身体がぶっ壊れても知るもんか!! 出来るかわからねェとかじゃねぇ――やってやるんだ!!」
???「……どうして……そこまで」
悟空「はぁぁぁぁぁ……ああああああああッ―――!!」