魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

49 / 93
鉄は堅い、そして冷たい。
そんな物質だからこそできることがあるし、やってもらいたいことがある。
でも、もしもそんなモノに意思があったら? 感情があったら?

堅く、冷徹なモノが描く未来に、ほほえましい光はさしているのであろうか。

しかし鉄は知らない。
彼は、熱を与えられれば弱くなることを。

思惑外れし鋼鉄の外道。
彼が内側に引っ込んだとき、世界を震えさせる焔が舞い上がる。


りりごく――49話です。



第49話 早過ぎる衝突――ちび悟空、崖っぷちの拳!

「見つかったか?」

 

 まっさらな世界で男の声が木霊する。

 何もないそこには、本当に静今朝しかないという表現しかできず。 緑も、青も、茶色もなく只そこには――真っ白の世界……雪景色がすべてを覆い包んでいた。

 

「すみません、こちらは何も」

「くっ……ここの特殊な電磁波のせいなのか?」

 

 踏みしめた雪原に残る足あとの種類は……ざっと百。

 それを束ねるのはクロノ・ハラオウン、彼は今、白い歯を見せながら奥歯を強くこすり合わせていた。

 

「こうも難航するなんて。 いや、数日前までは確かに本腰を入れてはなかったけど」

「どうしますか隊長。 このままでは」

「わかってる。 僕らに残された時間は短い。 悟空が捜索に加われない上に、闇の書の案件を僕らの代わりに引き受けているんだ。 ここはなんとしても自分たちの手で」

 

 焦る理由はただ一つ。 救いたいものの命が、ろうそくの灯火のように揺れ動いたから。 見えるくらいに細くなったと思わせるプレシア・テスタロッサ。 彼女はデバイスの開発に文字通り命を賭けていたのだ。

 フェイトの新バルディッシュを作り変えた後の彼女は、床(とこ)にて赤い飛沫を咲き乱れさせ、発見したリンディによりいま、彼女は治療魔法の重ね掛けと言うその場しのぎを敢行している。 しかしこの状況、数か月前に言い当てた人物がいた。

 

「4月に悟空が指摘したことがこうも当るなんて」

 

 そう、それはまさしくあの超サイヤ人、孫悟空である。

 彼は時の庭園からの帰り道、確かにこういったのだ。

 

――――一向に上がらない気、どこか無理しているように見えた身体の動き……あいつ、このままじゃ死んじまうぞ――――

 

「しかしなぜこんな時に!? まるで今まで何か特別な力で病状を抑えられたような……」

 

 それが分ろうとも、クロノの疑問が晴れることはない。 只々、増える問答に頭を抱えながら……

 

「クロノ執務官殿――――ッ!!」

「……! 見つかったのか!!」

 

 部下から聞こえてくる叫び声に、銀世界を飛翔する。

 世界の果てで彼らを待つのは希望か絶望か。 しかしそこに在る“ちから”は、間違いなく待っていた――――すべてがそろうそのときを。

 

 

同時刻 海鳴市上空。

 

 空が……悲鳴を上げた。

 

「ふっ……はあ!!」

「…………」

 

 山吹色の一閃。

 鍛えぬいてきた自身の腕を、高速の速さで射出したのは悟空。 瞬間的に高めたその力は、昨日の終盤よりも出力的には3倍以上の威力がある。 それなのに。

 

「かすりもしねぇのか!?」

「あまい……」

 

 それをすり抜け、相手の足刀が飛んでくる。

 

「ぐあ――っ!?」

「ゴクウ――!」

 

 飛翔し、隕石のように遠くの山へと不時着する悟空。

 削られていく斜面と、悟空の道着。 まるでトラクターが通ったように道を整備していく彼のダメージは甚大であろう。

 それを追いかけるヴィータの姿も……既に満身創痍であった。

 

「おいゴクウ、しっかりしろよ!」

「へ……へへ。 こんなに実力に差がついてるなんてよ」

 

 弱々しい声に、同じく弱っているヴィータも力なくうなずき返した。

 被った帽子を揺らすと、そのまま視線は遥か上空。 いま、余裕を見せながら眼下の自分たちを蔑んでいる例の娘へと向ける。

 

「あんなのが居たなんて……あたし知らない……知らなかったんだ」

「そうか……」

「しかもはやてを取り込んで……どうなってんだよ」

「……それは…………」

 

 混乱はいまだ冷めきらない。

 開戦からおおよそで20分強。 持っていた7個のカートリッジは既に残り2個。 悟空の方は、気の半数近くを持っていかれていた。

 悟空はともかく、ヴィータの方は全力を出せないままに……時間は今まで消費させられてしまった。

 

「いざ攻撃しようとすると、はやての顔がちらついて……くそっ! あんなの卑怯だ!! どうすりゃいいんだよこんな相手――」

「……」

 

 敗戦濃い空気が流れる。 力でのぶつかり合いで、この悟空が押されているという事実は、既にヴィータの心に動揺を誘う。 やかましくなる口数に、まるで反比例するかのように悟空は……

 

「………………ふぅ」

 

 息を吐く。

 瞬間。 彼の尾がゆれると、そのまま目をつむって気を静める。

 

「ヴィータ」

「なんだよ……?」

 

 立ち上がり、服の埃を落とす。

 帯を締め直し…………今破けた道着の上半分を持つと、一気に引きはがす。

 

「今からオラが隙を作る。 そうしたら一発デカいのを決めてやってくれ……」

「隙ったって……仮に出来てあたしらの攻撃で――」

 

 出来るわけがない。 否定しようと声を濁らせるヴィータに、それでも悟空は目から光を消させない。 そんな彼女に目もくれず、空を見た悟空は確信に至る。

 

「アイツは……きっとそれを望んでる」

「はあ?」

「はは、まぁオラの直感ってヤツだ。 武道家の経験とも言っていい。 ……頼む」

 

 その嫌でも頼もしい顔を見てしまったヴィータは。

 

「死ぬなよ」

「もちろんだ」

 

 気づけば、そんな一言を放っていた。

 

「やめなさい……もう、力の差ははっきりとしたはずです」

「そうだな、こんなに追い詰められるとは思わなかった」

「なら――」

「けどな」

 

 上空からの声。

 まるで天の啓示とでも言いたいくらいの構図に、逆らうかのように悟空がニヤケル。 こういうテッペンを取ったヤツには、毎度毎度言い聞かせてきた最上の言葉。 悟空はいま、数か月前と同じことを心に思い浮かべる。

 

 そしてやはり……言う。

 

「どんなにダメだって言われても、やってみなくちゃわかんねぇ! それにオラ自身、あきらめつかねェよ!」

「……バカな人だ」

「…………む」

 

 ここまでの戦闘で、かめはめ波は弾かれ、ヴィータのラケーテンは正面から粉砕。 太陽拳もまったく通じず、残像拳は見向きもしなかった。

 まるで手の内を読まれた感覚は、それでも悟空の中から戦意を奪わず。

 

「大体、人の身体使ってふんぞり返ってるのが気に食わねぇ! クウラみてぇなことをしやがって……その身体ははやてのモンだ、いい加減返せよ!」

 

 ほんの少し、口げんかですらさせて見せる。

 

「このようなことをしてしまったのは……大変不本意ですが」

「ん、そうなんか?」

「ですが、これは我が主も望んだこと――この世界を、すべて消し去りたいという主の願い」

『なんだと!?』

 

 ここで初めて娘が構えを取る。

 今までのノーガードではない、明らかな戦闘態勢。

 

「まずはその足がかり……最大の難点を今のうちに――取り除く」

「……来た!?」

 

 それを確認したと同時、悟空の目の前には漆黒の翼が羽根を打つ。

 

「ぐ――!」

「これは……貴方の記憶の奥底にある技」

 

 構えるは娘、吐く息は獰猛な獣なり――彼女は、荒野を駆ける狼となる。

 

「狼牙――」

「ぐは!?」

 

 悟空の腹に右こぶしが突き刺さる。

 早い――早すぎる! 気づけばあったその拳に、悟空が一瞬だけ意識を手放した刹那。

 

「風風拳」

「――――――ッ!?」

 

 彼は空中へ浮き始める。

 見るも無残なボロ雑巾。 右腕と左足と喉笛に3撃ずつ貰った彼は、そのまま背後の岩へと激突する。 あまりにも違いすぎる速度差は既に理不尽とも形容できようか。 しかし今ある疑問はそんなことではない悟空は、そっと大地に手をつき。

 

「い、今のは……ヤムチャの技だぞ……」

「……ふふ」

「どういうことだ……!」

 

 彼女に問いかける。

 動きも、はやさも尋常ではなかった。 しかもなんといってもその中に有る『彼』が持つ癖というべきか。 独特さを一番に見抜いた悟空は驚愕を隠せない。

 

「技を知っていただけならまだ納得できる。 けどよ、今のはまんまヤムチャに攻撃された感じだ――何がどうなってる!?」

「ふふふ……さすがですね。 たったの一回でもうわかるなんて」

「こ、こいつ……」

 

 いったい……渦巻く疑問が最高潮に達するとき、零れた汗に気が付いた悟空はそれをほったらかしにする。 こんなもの、気にしている場合じゃない――だがそれは今起きた現象には言えない事らしく。

 

「……そうかおめぇ、さてはオラの頭の中でも覗いたんだな!? しかもそれを正確に真似できる――闇の書の力ってやつか!」

「……」

「だんまりか……っ」

 

 風が吹く。

 夕焼け途中で止められた時間の中で、吹いてくる風は本来存在しない。 しかし、それでも駆け抜けるそれは確かに存在していた。 そう、悟空の横に、漆黒の風が吹き抜ける。

 

「次――八手拳!」

「コノヤロ――!? これじゃあ八十手拳の間違いだろ!?」

「こ、コブシの雨あられ!?」

 

 娘の弾幕が悟空を襲う。 同時、隣にいたヴィータをかばうかのように飛んだ悟空。 抱え込んだ少女を丸め込め、背中から落ちた先には……特大の砲撃が飛んでくる。

 

「魔閃光……」

「ぐあああ!!」

「くぅぅぅッ!!」

 

 直撃した閃光に、悟空の右わきから異音がする。

 何かの接合が剥離したかのような……小枝が踏まれたかのような音は、抱えられたヴィータの耳に痛々しく刻まれていく。

 それと同時、背中から地面に落ちた悟空はそのままヴィータを取りこぼす。

 

「ぎっ!? 痛つつ……ッ」

「今ので右わき腹、三番と六番をやられましたか……なかなか丈夫な」

「こっちのダメージまでお見通しかよ……うぐぅ!?」

 

 ガクリと、地面に膝をついたときであった。

 それを見ていたヴィータは、ここでようやく彼のダメージの幅を知る。 破かれた道着のおかげで、そのダメージの全容はいとも簡単に伝わる。 そして。

 

「あ、あたしをかばったからか……!?」

「……気にすんな……いぎぃ!?」

「……あ」

 

 彼女自身。 己の迷いを激しく恨む。

 騎士とは本来、守る側の人間だ……なのにどうだ、今ある光景は自身が守られているだけでその役目など果たしきれては無いではないか――ヴィータは、確かな歯噛みを響かせる。 彼女は、己が持つ得物に込める力を、一気に振りあげた。

 

「よくも――」

「よせ!」

 

 それを止める声……大人然とした声が響いたのも同時のこと。

 声の主は当然、悟空。 彼はヴィータをひと睨みさせると、小さな手の平で地面をたたきつつ……反動で立ち上がる。

 

「おめぇじゃ、はやての身体(アイツ)をホンキでぶったたけねぇ」

「……う゛」

 

 その言葉に身を強張らせ。

 

「汚れ役は……オラがやる」

「け、けど!」

「いいから任せてろ!」

「おまえ……まさかさっきのも!?」

「へへっ……」

 

 今の羅列で理解する。

 彼が、決して自分を戦わせようとはしないという事を。

 

「ですが、貴方一人でどうする気ですか? 力の差は、とうに理解できたと思いますが」

 

 漆黒の娘が問う。

 その目は冷酷だ、どこまでも冷たく暗い。 ……なのにどうしてか慈悲の暖かさを含むのはどうしてか。

 娘の目を見ながら、悟空は拳を強く握る。

 

「オラの技、全部知ってるんだったら言葉はいらねぇはずだ……知ってんだろ? いま、オラが出来る最後の手段」

「……!」

「それにな、気付いたぞ」

「なに?」

 

 今まで引き延ばされた時間。 一向に着かない決着と、どこか終わりを望む声。 完成しない闇の書。 悟空はそれらをあたまに思い浮かべると、隣に居るヴィータをひと目見る。

 これらのことから考えられるモノなど、そうそうないのは当然。 だから答えは……

 

「おめぇ、まだ力が完全に発揮できてないな」

「……」

「そうじゃなきゃ、クウラをやった時のようにオラたちを一瞬で消すことくれぇは出来るはずだ! 仮にあれがアイツにしか効かない攻撃だったとしても、こうまで手間取るのは不自然だ!」

「……ほう」

 

 案外簡単で。

 ここに来て、悟空の戦闘経験値がいかんなく発揮されていく。 見事な洞察眼と、相手が一番やりたいことを指摘し、その反応からいま全てを読み取っていく。 

 

「はっきり言うぞ。 あの不意打ちがなけりゃおめぇなんかクウラに一瞬で殺されてた。 よくわかんねぇ相性とかは知らねぇけど、実力なんかで言えば『こうなる前』のオラにもおよばねぇ」

「……」

「精々見積もって今のオラより二回り強いってとこか……それなら!!」

「……来るか」

 

 踏み込む。

 大地に足をよく馴らし、己がちからを押し付けていく。 刻まれた足音、震えていく地面。 くすんだ悟空の内側に、ふらりと力がこみ上げてくる。

 

「ゴ、ゴクウ!?」

「…………」

 

 空間が泣き叫ぶ。 グワリと揺れた世界は、これからおこる大惨事を貧弱な民たちへと言い渡す。 災害が来る、厄災が来る――戦闘民族がちからを発揮する。

 

「はあああああああ――――ッ!」

 

 筋肉の異常発達。 膨れ上がるそれは、トマトの様な熟れ方をしつつも、どんな鉱石よりも固い堅牢さを持たせる。

 

「おい……ごくう!」

「……やはり、こう来ますか」

 

 風にたなびく黒い髪。 薫風は旋風となり、疾風怒涛の戦士を覆い隠す。

 

「た、竜巻――」

 

 悟空よりあふれる力の奔流が、今ある結界の常識ですら打ち崩す。

 吹きすさぶ風が大量に重なり合わさり、強大なハリケーンを作り出したのだ。 そんなもの、目の前に作られれば当然何もできなくなり……ヴィータは既に尻餅ついて観戦を余儀なくされる。

 

「ぐああああああああッ――――はああああああ!!」

「おい……ゴクウ!!」

 

 その、ちからの奔流は何も外界だけのものではない。 内界……つまり悟空の内部でも激しい力の激突が行われる。 勝手にぶれる腕と脚。 其の中で、不意に右手が跳ねると――勢いよく握りこぶしを作る。

 そのときに、“ぶちり”という派手な音を奏でたのは誰の耳にも明らかであった。

 

「い……いま血管が……」

「ぐぐ――――まだ、だああああ――――ッ!!」

 

 悟空の唸りは……力の『増幅』はまだまだ収まらない。 ここからだと言わんばかりに、圧倒的な力を全身からかき集め、まわしていく。

 ここに世界の王が居たのなら、ひと目で止めるであろう程に身体へ無理を強いながら。 ――彼は、ついに叫ぶ。

 

「界ぃぃぃぃ――王オオオオオオ拳ぇぇぇええええええええ―――――ッ!!!!」

 

 世界は、ついにこの怪物を解き放つ。

 

 

「超サイヤ人を封じられたあなたが、その戦闘力数を最大以上に上げるには確かにそれが一番の近道」

「ぎぎ――グォォォォオオ!!」

「ですが……死にますよ?」

「がああああああッ!!」

 

 今ここに、少年は紅の強戦士に化けたのである。

 燃え上がる烈火は“シレツ”を極める。 触れるモノ皆、灰塵へと堕とさんと暗闇の結界内を赤々と照らしていく。

 

「い、いく……ぞ」

「……ふぅ」

 

 一息の間であっただろうか……彼らは――ヴィータの眼前から消失する。

 舞いあがった彼らは、ただそれだけで空間を震わせる。 其の中で、悟空が右足を振るうと、それを紙一重で娘が首を横に逸らして回避する。

 

「ぐあああああ――!!」

「はやい……それに」

 

 怒涛の連撃。

 それですら冷静に目で追うと、赤い気力で包まれた悟空の腹に。

 

「うぎッ!?」

「……胆力も上がっている。 厄介ですね」

 

 腕が一本突き刺さる。

 衝撃が背後へ突き抜ける最中。 悟空は左足を振り払う。

 

「くっそおお!!」

「中々の戦闘能力です」

 

 当たらない。 闘牛士の様な冷静さで嵐を回避する娘。 それに目を血走らせながら赤いフレアを噴出した悟空に……うめき声が上がる。

 

「ま、マズイッ! こんな身体で界王拳は……やっぱり無理があるのか!?」

「……空中分解寸前ですね。 良くここまで持ったと褒められるべきですか?」

「……ゴクウ」

 

 不意に、悟空の闘気が消される寸前となる。

 まるで行灯の中身のよう。 強固な外殻が無ければ不安定他ならないそれは、光だけなら大きい見た目倒し。 そう、言わんばかりの娘を前に。

 

「……ぺッ――」

「……」

 

 悟空は、口の中から血反吐を吐き出す。

 

「もう、終わりにしましょう」

「なに!?」

 

 そんな彼に。

 

「我が主――八神はやては心に大きな損傷を“与えられた” 生きる希望、世界への慈愛。 それらすべてが反転し、この世全てを憎む存在へと相成った」

「……」

「そんな彼女はそれでも、貴方だけはこれ以上傷つけたくないと言っている……だから――――」

 

 せめてここで。

 そう言おうとしたのは間違いなかっただろう。 八神はやてが、ほんの一欠けらでもそう思ったのも間違いないし、この娘も悟空への攻撃を一時的に取りやめたのも事実だ。 だが。

 

「いやだ……」

「……なに」

 

 彼らが、世界を滅ぼそうとしているのもまた事実で在って。

 

「まだ……終わりじゃねぇ」

「いえ、貴方の負けです」

「うる……せぇ。 こんなもんじゃ……ねえんだ」

「…………」

 

 それを、許せるわけないのは当然の帰結。

 訴えかける悟空に、思わず息をのんだのは恐怖心から? 娘は、一瞬だけでも後退したのだ。 それでも――

 

「いい加減にしなさい……この我が儘」

「それは……そっちの方だと思うぞ……へへ……」

「――――ッ」

 

 悟空の一言に、業を煮やした娘は大きく振りかぶる。

 集める力は、悟空とは違い魔力。 それは先ほどの魔閃光も同様であり、彼女の力がそこからしか来ないという証明。 気で言えば、今の悟空よりも少ないはずの彼女の素体が八神はやてだからこその現象だ。

 その、魔力で彩られた右こぶしがいま、悟空の喉笛を突き抜ける――――――「界王拳2倍!!!」

 …………はずだった。

 

「な……に!?」

「まってたぞ……おめぇが油断するこの瞬間を」

 

 突き抜けた紅い閃光。

 悟空の持つ気の全開のその上……限界が、今一筋のチカラとなって娘を通り抜ける。

 

「ごほ――な、なんだ、と」

「ぎ……がぁぁ……痛ぅ」

 

 上がる悲鳴は両者から。 苦悶の表情を同時にあげた彼らは同時に後退する。

 腹を押さえる娘は、思わず自身の傷を確認する。 血が滲み、筋組織のいくつかが破壊されてはいるモノの、風穴などという症状は確認できない。

 

 対して悟空はというと…………限界を超えていた。

 彼は、いまだに赤いフレアを噴き出している……噴き出してはいるモノの、彼の界王拳は今、身体機能の向上を2倍も行ってはいない。

 

「はぁ……っ」

 

 限界なのだ、彼の身体は。

 もう、界王拳を維持していること自体が異常。 その身体の隅々は、今の倍加で一気に締め上げられ、ところどころに亀裂という代価を支払っている。 ひびが入り、先ほどダメージがあった肋骨も既に。

 

「……~~ッ!!(マズイ、折れた骨が肺に――)」

 

 更なるダメージを与えていた。

 縮め、捻り、圧縮し、解き放つ。 その攻撃の合間に起こった無理の数々がいま、悟空を無限の痛みへとイザナウ。 もう、戦うのはおよし……と。

 

「今ので……大体分かった」

「なに?」

 

 それでも不敵に笑いかける悟空。 その間にも呼吸は整っていき、でも、それだけが彼の狙いではなかった。

 

「いま、オラを殺そうと思えばできたのに……しなかった」

「そんなこと……」

 

 あるわけない。

 否定しかしない体裁の娘に、だが、悟空は小さくにやけて化けの皮をはがす。

 

「世界を滅ぼすだのなんだの言って……その実、自分がやろうとしてることにおめぇは怖がってんだ。 ……間違いねぇ」

「…………」

「はっきりしろよ!! おめぇの事だろ!! がっつりぶつかってこい! 気に入らねぇこと、オラに全部ぶつけりゃあいい!!」

「――!? し、知ったような口をきくな!!」

 

 そうして悟空は、つきだした拳を収めようとしない。

 一瞬で通り過ぎた閃光。 それを見向きもしないでいた悟空の背中に、轟音がぶち当たる。 ……娘の魔力光が通り過ぎたのだ。

 

「今ので……大分魔力が落ちた……ようだな」

「それはあなたも同じこと……その界王拳、果たして1.5倍も出ているのですか?」

『ふ、ふふふ……』

 

 同時に笑い出す両者。

 しかしダメージ量は同じというわけにはいかず。 それがわかっているからこそ――

 

「でぇぇぇぇ――――――」

「なに!?」

 

 悟空は……

 

「りゃあああああああ―――――――ッ!!!」

「まさか……特攻!?」

 

 残りすべてを、この一撃へと変えていく。

 

「オラに残された気……その全部を掛ける――」

「!?」

 

 大地を駆ける。 それはまるで命の炎を燃やして走る蒸気機関のように……この後を考えず、すべてをかけた神風特攻のように。 いま、燃やせる全てを握り……締める!!

 

 

「つらぬけええええええ――――!!」

 

 

 轟く一声の後、己が気によって全てを赤く染めた悟空。 彼はいま一発の弾丸となる。

 

「この男……こんな時にあの技を――痛ッ!!?」

 

 避ける……その選択肢は当然だ。 しかしそれは不意に消失する。

 

「さっきの一撃で足が……!? くぅ、受けるしか!?」

「だあああああああ――――ッ!!」

 

 紅の弾道弾が押し迫る。

 全てを……草木一本残さないと誓った悟空の拳が猛然と翔けぬける。 5,4,3……残り1メートルとなった時だ、彼女はやっと構えを取る。

 赤い魔力の壁が複数枚。 カーテンのように敷き詰められると防御陣を形成する……娘は、その内側でさらに腕をクロスし衝撃に耐える構えを取る。

 

 ――――――障壁が、一瞬でゼロになる。

 

「うおおおおおお――――ッ!!」

「こ、こんな威力!? これが――」

 

 思い知る。

 土壇場にまで追い詰められた戦闘民族の底というのをいま、全身に汗を拭きださせながら娘は恐怖ごと身体に刻みつけられる。 見た、感じた、思い知った……これが、こんな死闘が出来るのが孫悟空なのだと……

 そして彼の拳は、交差された腕にぶち当たる。

 

「まけねぇ……」

 

 勝ちたいのではない……

 

「負けるわけには……いかねぇ……!」

 

 絶対に負けたくないから勝つんだ……

 

「“おめぇたち”のためにも……負けるわけにもいかねぇンだあああああ!!!」

「うあああぁぁぁあああああ――――ッ!!」

 

 一瞬だけ増大する悟空のフレア……そのときであった。 ……娘のガードがはじけ飛ぶ。

 

「!?」

「…………っ!」

 

 当たる拳。 突き抜ける衝撃。

 悟空の右手が、娘の肩口を突き抜けた!

 

「ぐあ――」

「    」

 

 悟空は地面に転がると同じく、声にならない叫び声を耳に刻まれていく。 痛みによる悲鳴か、受けたダメージによる憤怒の声か、世界が混濁してしまっている悟空には判別などつく筈がなく。

 

「くぅ……はあっ――」

「あ、あいつ……どうなった……?」

 

 攻撃に使い、“使い物にならなくなった”右手をぶら下げながら、悟空は確認する。

 

「ふふっ――」

「な……!?」

 

……絶望を。

 

「ふふふふふふふふっ―――――――あぁぁーーーーははははははッ!!」

「こいつ、傷が治っていく!?」

「あ、あれは!!」

 

 緑の魔法陣が、娘の足元に形成されていく。

 それに見覚えがある……いいや、即座に判断が付いたのはヴィータだ。 彼女はあの光を見た瞬間に理解した。 そして。

 

「シャマルの……まずいぞゴクウ!」

「そうかコイツ、回復魔法――させるか!!」

 

 悟空は、次の言葉を待たずして駆けだそうとし。

 

「……っ!!」

「ゴクウ!?」

 

 膝をつき、顔を激痛で引きつらせる。

 歪む景色に、失せる気力。 あきらめろと足を引っ張る自身の弱音を、それでも蹴とばした少年は拳を握る。

 肋骨の折損、その欠片が腹部臓器へ接触、さらに脳震盪と数十箇所に起きた筋組織の断裂。 右肩は砕け、腕に至っては見るも無残に明後日の方向に曲がろうとしている。 かなりの満身創痍、確実な死への片道切符。

 孫悟空は、死線をさまよっている最中である。

 それでも。

 

「せっかく掴んだチャンスだなんだ――このまま倒れるわけにはいかねぇ!!」

「…………その諦めの悪さが命取りです」

 

 彼は立ち上がり、赤いフレアを今一度……噴き出す!

 

「うおぉぉぉぉォォオオオおおおおああああああああああッ!!」

「ゴクウ、おまえ……」

 

 鬼気迫る……そんな彼の姿に、思わず杖を握ったヴィータは……見る。

 彼の背後、そこに浮かび上がる数々の歴史。 闘って、戦って――殺し合って。 狂うような戦数を経験してきた彼の全てを。

 その象徴たる黒毛を携えた大猿を――――確かに見た気がしたのだ。

 

「かぁ」

 

 ちっぽけな光だったかもしれない。

 

「めぇ」

 

 そんな力、取るに足らないと笑うにも値しないだろう。

 

「はぁ」

 

 打ち砕かれるなんて、覚悟の上だった。

 

「めぇ」

 

 それでも…………どうしても彼は、あきらめきれないから。

 

「いまさらそのような攻撃……」

「ゴクウ……」

 

 敵からは一笑に伏され、仲間からは不安の声が投げかけられる。 だけど、それがどうした? いま自分が出来ること、それが出来てしまったのなら後は走り抜けるだけ。 孫悟空は昔からこうだった。

 こうと決めたら、結果的に梃子でも動かない――そんな彼だから。

 

「界王拳……」

『!!?』

 

 まだ、“ここから”が振りだせる。

 

「2倍!!」

『!?!?』

 

 信じられないを、繰り返す。

 

「ありえない、そんな身体でそのような――死ぬ気ですか?」

「へ、へへ……」

「な……に?!」

 

 ここで初めて娘に怖気が走る。

 この場面で笑う。 この局面で余裕を見せる!?

 

「幾百年、数々の次元世界を破壊に導いては来ましたが。 こんな場面で笑みを浮かべる人間を初めてみました。 五臓六腑を破壊されながらこうも……貴方、本当に人間ですか?!」

「オラ……」

 

 燃え上がる……焔。

 大地が割れ、空が嘶く(いななく)

 紅色に染められし天上天下は、まるで血の世界のように真っ赤に染まる。 ……血戦が、今やっと始まろうとしていた。

 

「……はぁ……かはッ」

 

 光が強くなる。

 娘がただ寄せる癒しの光りと、少年が発揮する破壊の閃光。 相反するそれらは、まるで憎しみ合うようにぶつかり合おうとしていた。

 其の中で、悟空は彼女の質問に……答える。

 

「オラ、サイヤ人だしな……へへ――おめぇたちの言う人間とはさぁ……はは――一味もふた味もちげぇんだ」

「迷いごとを」

「それに!」

 

 光の収束が止まない。

 どこからそんな気をかき集めて来るのか。 ……既にいつか撃った『超かめはめ波』の出力なんかとうに超えている。 

 だけどまだ足りない。 彼女を――彼女たちを――

 

「オラ死なねんだ……おめぇを、おめぇたちを……ゴホッ――救ってやるまでさ……」

「――――ッ?!」

「死なねんだ……」

 

 そう言って悟空は……いや、娘から余裕が消えていく。

 

「なんだこの光は――」

「へへ……」

 

 同時、一斉に巻き起こった光の乱流。

 かめはめ波はいまだ悟空の手の中。 それならこれは……いったいなんだというのだ。 湯水のごとくあふれ出た、様々な色素は一体どういうことなのだ!?

 

「あたたか……い?」

 

 その光に触れたヴィータの第一感想がこれだった。 そして……

 

「なんだこれ?」

 

 自身の騎士甲冑からほのかに旅立っていく光り。 これを見て……悟る。

 

「ま、まさか――周りの魔力を!?」

 

 悟空が、周囲の残留魔力をかき集めているという事を。

 

「ありえない!」

「そんなことねぇさ」

 

 いまだ回復途中にある娘の否定の声。

 当然だ、こんな満身創痍でしかも、彼はまだ攻撃をしようと『技』に集中している最中だ。 そんな人間が、周囲の魔力集積など……

 

「まさか!?」

「オラの記憶みてるんなら……言うまでもねぇか……」

 

 心当たりがひとつ過る。

 

「タカマチ――」

「……あたりだ」

 

 それは、白い少女が使う必殺の一撃だった。

 それは、悟空が前に見たことがある光景だった。

 それは、悟空の手により、別の使い道をされた『(わざ)』であった。

 

「攻撃じゃない……貴方の内にあるジュエルシードに魔力を送っているというの!?」

「おめぇが快復するんなら……オラはその一歩先を行く。 回復しながら攻撃してやるさ……」

「馬鹿な!?」

 

 娘の肩口が元に戻るまで、残り180秒というところか。

 それでも、そこから被弾した貫通ダメージはいまだ残っているのも実情。 だが、それ以上にキテいる悟空のダメージが、周りから集めている小さな魔力程度でどうにかなるわけなく。

 

「……もとのサイズに戻る、それが狙いか!」

「ご名答だぞ」

「させると思っているのですか?」

「思わねぇな」

 

 その考えを読み。

 

「回復は不十分ですが……このまま――」

 

 回復の魔法陣を一歩、外に出た……いいや“出ることを迫られた”

 ……そのときであった。

 

「伸びろ如意棒――――ッ!!」

「なに!? ――――がッ!?」

 

 赤い棒が、彼女の背中に突き刺さる。

 なんと長い棒だろうか。 長さは一瞬にして10メートルを超え、今もなお娘を遠くへ『突き』飛ばしていく。

 この、突然の奇襲にさしもの彼女も状況を把握できない。 なにが、どこから、いつの間に罠を仕掛けたのだ……と。 顔を苦悶で染め上げる。

 

「ここは、前にターレスと戦った山奥だ。 そん時に置いてきた如意棒……イイ角度で転がってた……ぞ」

「まさか――偶然?!」

「おめぇがその場を動いて……オラに近づくのを誘う……へへ、うまく行きやがった」

 

 知った答えはなんでもない。 あったから使ったまで――悟空の運の良さに驚きつつ。

 

「魔力蒐集ですら時間稼ぎ?! あの男……まさかこんな方法で時間稼ぎなど。 ……ぐぅ、いい加減に離れなさい!」

「…………月まで飛んで……はぁ、うぐっ、行っちまえ」

 

 彼女はあっという間に雲の向こうまで突き飛ばされていく。

 背中にあたる棒の感覚に、苛立たしさを隠せないまま、悟空の姿を確認できなくなった彼女の不安は募るのみ。 いつ来る、どこから砲撃が飛んでくる。

 目のまえの霞がうっとおしいと思う中、その声はついに聞こえてくる。

 

 

――――波ああああッ!!

 

 

「来る!?」

 

 特大の……砲撃。

 それを耳にした瞬間、彼女は跳ねるように如意棒を身体から跳ね除ける。 今現在の距離はおおよそにして1700メートル弱。 かなりの高高度まで来たと確認した刹那。

 

「このような脆弱なものなど!」

 

 見えてきた光に、彼女は腕を振りぬいていた。

 高まる彼女の魔力数値。 見えるほどにまでため込められたそれは、振り上げた右腕を伝わり拳へと凝縮されていく。 溢れる力を隠そうともしない彼女はそのまま――かめはめ波を打ち抜いた。

 

「落ちろ!」

 

 打ちぬく。

 

「落ち――!?」

 

 打ち……抜けない!!

 

「なに!? この砲撃……なんて粘りを!?」

 

 変わらない射線軸。

 切り替わらないターゲット……彼女は今、孫悟空の本当の恐ろしさを身をもって体験することとなる。

 

「これが追い詰められたサイヤ人……その真価!? なんていう底力!」

 

 震えていく腕。 力関係は断然こちらが有利なのに、それでも追い付いてくる孫悟空のその、威圧感さえ与える執念にも似た力に今度こそ汗をかき始めた娘は、ここでもう片方の腕を追加に防御へ回す。

 

「オラのチカラ、全部……持っていっちまえ!!」

「まだちからが上がる!?」

 

 悟空の界王拳の炎が、もう一回り大きくなる。

 これ以上は……さっきまで確かにそう言っていた身体がどうだ。 ここに来て更なる追撃を可能にしている恐ろしさ。 しかし、それでも。

 

「ギ――ぎぎッ!? ……か、身体が――!?」

「たとえ魔力を取り込もうと、そんなちっぽけな回復量じゃいまだに元の身体には戻れないはず。そしてあっちはもう限界……落とすならいま」

「もう少し……あと少しなんだ――!!」

 

 悟空の方に、本当の限界が訪れてしまった。

 不意に、立ち上がるのを拒絶する膝。 脚が嗤い、腕が裂けるように悲鳴を上げる。

 

「このままじゃ、はやてが――あいつが、みんなを殺しちまう!」

 

 震える腕は気合で抑え込む。

 消えそうな意識は激痛が連れ戻してくれる。

 苦しいはずのカラダは、残っている“気”で無理にでも奮い立たせる。

 

「そうしたらあいつはもう、もどれねぇ。 そしたらきっと、クウラの思い通りになっちまう」

「消えなさい! 闇の中へ!」

「そんなこと、させられねぇだろ!!」

「もう、私達を傷つけるな――」

「おめぇがみんなを傷つけなきゃあなあ!!」

 

 “死体”が最後の力を振り絞る。 このまま、押し切れれば見える活路に向かってかめはめ波に更なる力を籠めていく。 聞こえてくる願いは全否定。 当然だ、そんなつまらないことを言うわがまま娘など。

 

「泣きそうなガキ一人だけ放っておいとくわけには……行かねぇだろォォオオオ!!」

「な……に!?」

「ぶっ叩いてでも“連れ戻す!!” グああああああああ――――ッ!」

「……しまっ――!」

 

 あぶなっかしくて、目なんて離せないのだから……夜空に、騒音と暴風が乱れまわる。 荒れ狂う空気の層が、娘の肌を徹底的に傷つける。 大嵐の中、闇色の羽根が大量に舞い落ちるさまは、まるでこの世の終わりとも言えようか。

 

「ど、どうなったんだ……」

 

 その光景に呑まれてしまったヴィータは、思わずつばを飲み込んでいた。 自身が気づかないほど静かに、恐る恐る……

 

「あぐっ」

「ゴクウ!!」

 

 みた。 もう、ケガの無い箇所がないような身体をした見るも無残な戦士の成れの果て。 圧倒的に強いはずなのに、それでもこうまで力をかき消され、それでも立ち上がったモノの末路。

 それに駆け寄るヴィータは、おもわず顔をくしゃくしゃに歪めていた。

 

「おまえ……こんなになるまで」

「……」

 

 返事がない。 けど、呼吸があることを確認したヴィータは周りを見渡す。 倒れた木々、悟空を取り囲むように陥没した地形。 このどれもが、今あった戦闘の激しさを理解させるには十分であって。

 

「ごめん……あたしに迷いがあったばかりに」

「……に、すんな」

「ゴクウ!?」

 

 耳に届くか細い声に、過剰の反応をするのも仕方がない事と言えよう。

 

「あたし……あたし!」

「……はぁ、はぁ。 いいんだ、これはオラが好きでやったことだし……さ」

「……でも」

 

 懺悔の声を前に、片目を開けながら笑って見せる悟空。 消え入りそうな声は弱々しさを物語るには十分すぎていて……彼の、限界のほどをヴィータに伝える。

 

「それよりもアイツは……?」

「わかんねえ。 空の向こうに消えちまって」

「そうか……はぁ」

 

 筋肉の膨張も収まり、やっと元の少年らしい身体つきを見せた悟空。 彼が解いた戦闘態勢に、つられて息を吐いたヴィータは見落していた。

 そらにある、漆黒の羽根がもう止んでいたという事を。

 

「……っ」

「ゴクウ?」

 

 身を起こす。 目を見開く。 孫悟空が取った行動は安心からくるものとは到底離れていて。 それを、理解できない少女は――ふいに吹き飛ばされる。

 

 

「ぁなれてろ――」

「な、え!?」

 

 巻き起こる土煙。 見失った男の子を探すヴィータは、声を聞く。 

 

「ご、ゴクウ……なのか?」

 

――――ぎぃぃぃぃぁあああああああ!!

 

「ゴクウ!!」

 

 呻き、痛みを抑えられなくなった叫び声を。

 

「おまえ、あんな爆発の中で――」

「あの程度でどうにかなるほど、お前と私は軟じゃない。 そうでしょう?」

「……く」

 

 その犯人を見たヴィータは思わず後ずさる。 漆黒の翼、その片翼を無残にもがれ、片目をつむっている銀髪の女の姿を。 彼女はみてしまった。

 憎しみ、悲しみ、マイナスな感情をぶつけるが如く、悟空の首を片手で締め上げながら佇む娘の姿を。

 

「もうやめろよ! このままやったらホントにゴクウが!!」

「お前は……わからないのか?」

「なんだって!?」

 

 そして、次に見た顔は……とてつもなく深い悲しみの色であった。

 

「主は、この苦しみしかない世界を終わらせたいだけなんだよ」

「そ、そこがおかしいだろ!」

「なにもおかしいことなどない。 この世界は、狂っている」

「く、狂ってるたって……それは!」

 

 淡々と述べられていく恨みつらみ。 この世全てを見渡したかのような赤い瞳は、まるで血に染まったように濁っていた。 どす黒い、そう形容してもいいそれは、本当にこの世の理を破壊できそうな迫力を秘めている。

 

 それに、圧倒されながらも。

 

「そんなこと、はやてが思うはずないだろ!」

 

 ヴィータは、今までを思い出す。

 優しかった主。 まるで陽光に包まれたとさえ錯覚したあの微笑。 そのすべてを守ろうと誓った日の事をいつまでも忘れない。 そう、忘れなかったし、間違いではなかったのだ。

 ……ただ。

 

「それは、お前たちが勝手に思っていたことだ」

「…………え?」

 

 見えていなかったという、たった一つの事実を除いて。

 

「皮肉なものだ。 本来、主を守る側のお前たちがその優しさに包まれ、甘え、おぼれていった。 其の中に有る悲しさに目もくれず、ただそこに在るのが真実だと疑わず享受した」

「そんなこと……」

 

 ヴィータの顔に、汗がひとつ流れ落ちる。

 

「あの方が病の進行を周囲に知らせなかったのは、お前たちを心配させないため。 その笑顔に騙され、安穏とした毎日を送っていった貴様らに罪がないと言えるのか?」

「……ちがう」

 

 震える方。 消え入りそうになる声。 いま思い起こされる自分たちの失態の数々。 勝手に思い込み、ここまで迂闊に手を打たなかったことへの……懺悔。

 心の中に駆け巡るくらい感情の波にさらわれそうになりながらも、娘の声から耳をふさげない。

 

「それに気づかず、気にも留めず、ただあたたかいと思ってぬるま湯につかり。 結果がこの有り様。 少しだけ主と同じ体験をすれば心を乱し、クウラなどに支配をされる。 呆れたものだ」

「なんなんだよお前さっきから……!」

「わからんのか?」

 

 赤い目がヴィータを貫く。 もう、こんなことまで言わせるのかと、冷たい感情を隠しもしないで、氷の感情が赴くままに娘は呪言を練っていく。

 

「主にとっては、貴様らでさえも――――」

「黙っ――――」

 

 

「うる……せぇよ……」

 

 

『!!?』

 

 …………それに、歯止めをかける者がいた。

 

「さっきから聞いてりゃ、おかしなことばっかり呟きやがって」

「おかしい? 事実だ……」

「アイツが……はやてが、上っ面だけで誰かにやさしくするようなタマじゃねぇのは……おめぇだってわかってるはず――ゴホッ! ……だ」

「…………」

 

 首を絞められ、呼吸が困難になりつつも、五月蠅いと思った相手に罵詈雑言を吐こうとする男。 孫悟空は、いまだに目から闘志を消していなかった。

 

「苦しいのを言わなかったのは……心配を掛けたくなかったから」

「ゴクウ」

 

 もう、消え入りそうな声で訴える。 目の前に居る娘と、その瞳に映り込むあの少女に向かって。

 

「悲しい事があっても歯を食いしばるのは……アイツが強ぇから!!」

 

 張り裂けそうな喉でもって、それでも潰えることのない最大音声は世界を揺らす。 その、揺らされた先にあると信じた幼子たちの心に伝えるように。

 

「辛いって泣かねぇのは……アイツが頑張り屋だからだ!! それを、分らねぇって言うようなおめぇじゃないはずだぞ」

「うる……さい」

「本当におかしいのは――」

「だまれ……」

 

 引きつったのは誰の声?

 娘がその瞬間に、まるで急かされるように振りあげた右手は手刀の形を取っていた。 明らかに入った止めの構えに、思わず目をつむったのはヴィータ。 それでも――悟空は叫ぶことをやめない。 最後までぶつかっていく。

 

「おめぇの方だああ――――ッ!」

「黙れ――――!!」

 

 かくして凶器は、子どもの形を取った男へ振り落とされた……

 

「……なんだ、これは?!」

 

 ……振り落とした凶器が……寸でのところで止まる。

 

「ロッテ、ナイス」

「どうも~」

『!!?』

「お、おめぇたち……」

 

 奥の方から聞こえてくる二つの声。

 その声の主を知っているのは当然悟空だ。 彼は止まった手刀を睨んだまま、感じる気の質で訪問者をズバリ見抜いてく。 同時。

 

「身体が……動かない?!」

 

 娘の身体機能に多大な違和感が襲い掛かる。 脳髄に響いて来たのは強烈な『熱』 それが今、手刀の形を取っている自身の腕に襲い掛かっていると察知したときには。

 

「あの者がいない!? ……どこに」

 

 掴んで離すつもりがなかった悟空が、忽然と手の中から消えていた。

 これには堪らず周囲を見渡す娘。 彼女は息も荒く、周りの気配を探ると同時、視界にかかる白い煙のようなものに目を細める。

 

「なんだ? これは……」

 

 それが鬱陶しくて、それでもどこからか湧いてくるから余計に苛立ち。 煙のようなものの出現場所を特定しようとさらに周りを注視する。

 

「……!」

 

 気づく……いいや、正確には見落していたという気か。

 今まさに、自分が荒げている呼吸、そのリズムと同じく湧き出る白い煙……霧が、娘の視界を忌々しく阻害しているのだ。 吐けば湧き出て、吸えば消える。 そう、つまりこれは――

 

「私の呼吸!? しかし、極寒でもなければ、水気も少ないのにどうしてこんなにはっきりと?」

 

 環境的にありえない。 そう判断した彼女は正しくもあり……足りなかった。

 

「右腕から徐々に温度の低下を確認……まさか――」

 

 そうして気づいた時には。

 

「凍結魔法!?」

 

 数手、遅れていたのであった。

 

「ここまで唐突に、急激に!? こんな魔法、見たことが――」

 

 どんどん凍り付く自身の腕。 それが肩、胸にまで侵食していくと、吐く息の白さに白銀が混ざり込む。 ほぼ絶対零度の極寒の牢獄だ、さしもの娘もただでは済まない。

 先ほど感じた熱も、凍傷に掛かったのだと判断できたときであろう。 その者たちはついに姿を見せる。

 

 

「さすがは闇の書。 最高凍結魔法――“デュランダル”でさえも数秒の足止めで精一杯かぁ」

「なに遊んでるの。 さっさと済ませるわよ」

「はいはい」

 

 自由人のように、気まぐれな旅人のように――野に放たれたネコのように。 彼女たちは当然のようにそこにいた。

 その手にトランプの様なカードを携え。 くるくると回すと氷の息吹を吹き乱らせる。 ダイヤモンドダストが不気味に月夜を反射していく中で、闇の主を一瞥した姉妹は……目を細める。

 

「アリア、坊やはこっちで捕まえたけど……闇の書の方は?」

「うん、思ったよりもレジストが強い。 クウラとかいう不純物を取り込んでいたせい?」

「そうかもしれない。 期待はしてなかったけど『デュランダル』での凍結は不可能みたいだね」

「そっか……それじゃ」

「お前たち……なにを――――!!」

 

 その無法者に、いま身体を蝕む氷よりも冷たいまなざしを送る刹那。 其の力の配分のずれですら大きな隙となる。

 

「はい、いまので下半身まで凍結成功。 このまま押し切っちゃうよ」

「見た目よりも間抜けねぇ……この子と戦って体力を落としたのが原因かしら?」

「この――ふざけるな!」

 

 動かなくなった全身。 もう、自分のテリトリーのほとんどを凍結させられたと分析するや否や……

 

「氷だというなら、溶かすまで」

「あちゃ~炎熱魔法使ってきてるけど」

「もうあと15秒持たせて。 そうすれば【済む】から」

「はいはーい」

 

 全身をとある剣士の魔法で覆い尽くす。 紅蓮に染め上げられていく全身、普通の人間なら消し炭になるそれも、彼女の身体がカラダだからやれる荒療治。 その光景を見ている姉妹は、事の運びをやや早める。

 

「次元座標指定……管理外世界、第■■■番――時空間誤差0.03以内、指定範囲3メートル、転送後は一定時間まで外部との通信を拒絶……結界の構築を自動詠唱」

「これは……転送魔法?!」

 

 早口に唱えられていく長髪の髪を持つ彼女。 それが言葉から“ちから”に転移していく様は幻想的を突き抜けて、逆に鬼気迫るものを感じさせるかのよう。 先ほどまで軽い口調の一切を感じさせない二人に、見ていただけのヴィータも驚きを禁じ得ない。

 そして娘は……

 

「たとえどこに送ろうとも無駄なこと――すぐに!」

 

 怨嗟の声らしきものを吐き捨てさせられ。

 

「まぁ、出てこられるんならさっさとしておくれ。 でも、凍てつく世界の極寒地獄から出られればの話だけどねぇ」

「な……にッ!? 待て、貴様――」

「誰が待つモノですか……えい、転送」

「…………!」

 

 鈍い驚愕の後、髪の短い女から打ち下ろされた告白に身体の芯を凍らせると……そのまま光の中へと消えていった。 この世界から、闇が晴れていく。

 

 見送った一大事を背にすると、そのまま短髪の子……リーゼ・ロッテは、倒れ込んだままの悟空を抱き上げて見せる。

 

「ぼうや……よく頑張ったよ。 こんなになってまで」

「へ、……へ。 まさか、おめぇたちに助けられるなんてよ……」

 

 かき上げて見せた悟空の髪。

 若干のぬめり気は土か血の跡か。 触った感触に苦虫を噛み潰したように目を細めると、ロッテは小さく笑って見せる。

 

「クロすけに頼まれたんだよ。 なにか、とてつもなく不吉な予感がする――――ってね」

「くろすけ? あ、あぁ……クロノのことか。 そっかぁ……あいつがなぁ」

 

 その報告に、いまやっと肩の力を抜いた悟空。 口元から垂れてくる赤い液体と合わさって、彼の疲労困憊ぶりをいかんなく見せつけていく。 その姿に焦りを禁じ得ない二人は、だからこそここで息を吐く。

 

「ロッテ、私はこの子に治療魔法をかけておくから、そこにいる生き残りを頼むよ」

「はいよっと」

 

 抱えていた悟空を、アリアに渡すとそのまま茂みを歩いていく。 重そうであり、軽くある靴の音があたりに響く。 冷たく、背筋を凍らせようとばかりのそれに、動かせるものを総動員した悟空が……

 

「……ヴィ、ヴィータは……敵なんかじゃ」

 

 思わずアリアに声を投げかける。

 抱かれているのか押さえつけられているのか判らない問答は――実のところ無駄な行動であった。

 

「そこの守護騎士の生き残り、アンタもついてきなよ」

「あ……え!?」

「この子の仲間なんだろ? ほら、はやく」

「……あ、あぁ」

 

 その声を聞いただけで、悟空の意識は遠のきそうになって。

 

「ほら、ぼさっとしない。 このまま安全なところまで退避するよ」

「みんなと合流しないと。 坊や……は、マズイねぇ、普通なら死人コースじゃない。 どうしてこれで生きてられるのよ……」

「サイヤ人はな……タフなんだ。 これくらいじゃ死なねぇさ……」

 

 グッと堪えて笑って見せる。

 聞こえてくる苦笑と賛美の声。 けど、答えられるはずのない彼は、力なく笑うだけ。 その姿に、帰り路への歩みを早める双子と最後の騎士。 彼女たちは、消え去っていこうとする結界内から……姿を消していく。

 

 

 年が終わるまで18日。

 その数字が意味することはまだ分からないし、知らない。 しかし『それ』は待っていた。 今か今かと己の周りを食いつぶし、弱き心を砕かんと闇を這いずりまわっていく。

 引き返せないのは誰のことだったのか。

 悟空が言う救い出すとはだれの手からなのだろうか。

 聖人生まれしその日に向かって、この物語は暗い闇へと堕ちていく……孫悟空は、今ひと時の休息へと倒れていった。

 

 

 




悟空「オッス! おら悟空!」

なのは「みんなで探した奇跡の石。 でも、それはなかなか見つからなくって」

ロッテ「はい、坊や……あーん」

なのは「…………っ、そ、それでも! あきらめきれないと食いしばったみんなは、遂にその手に希望をつかむのでした」

アリア「あら、貴方口元にこぼしてるわよ?」

ロッテ「……なめてあげよっか?」

悟空「いいって……ほら、オラ一人でできるぞ」

なのは「…………残る希望はあと少し。 そんな中、集まった高町の家で見た光景は――――あああああああ!! あなたたち何してるんですか!! はなれてぇ!」

フェイト「悟空が……悟空が……!!」

悟空「おめぇたち、オラけが人なんだから静かにしろよ。 できねぇなら出てってくれ、集中できねぇよ」

二人「うぐ!?」

クロノ「乱されてる乱されてる……心中察するよ二人とも。 しかし時は無常だ、次に行くぞ」

アリア「次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第50話」

ロッテ「氷上の決戦!! 闇に見初められし魔法少女たち」

???「貴方たちは知らなければならない――この男のことを」

なのは「え……」

フェイト「どういうこと……!?」

悟空「なのは! フェイト?! な、何がどうなっちまってんだ……おめぇ、こいつらに何したんだ!!」

???「…………さぁ」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。