甚大な被害をこうむった孫悟空は、ひとまずリーゼ姉妹に連れられ、その身を病院へと預ける。
そこに現れるもの。 集うものを知りもしないで……
決戦間近な氷雪地帯。
そこで闇は心の暗黒を力に変えて伏せていた。 ……時間は、限りなくすり減らされていく。
そこは白い部屋だった。 清潔感ある白、潔癖の純白。 銀のトレーに並んだ薬剤と包帯etc.
ツーンと匂う独特の香りは、そこが一般家庭ではないという事を酷く認識させる。
其の中で一人、傷だらけの子供が戦いに向けた闘いを繰り広げている。 病院なのに? などと申されるかもしれないが、それはやはり最強を名乗る戦士。 彼は休む時も全身全霊なのである。
……その光景をどう表現すればいいかわからないが、参考までにこの病院の看護師が叫んだ声がある。
それがこれだ。
「病院食なんざくだらねぇ! オレの飯を食え――――ッ!!」
…………病人を舐めてる。 はっきり言うとそう言う事である。
この病院に何があったかはわからない。 しかし、ここに孫悟空が運ばれた瞬間になにかが狂ったのは言うに容易いであろう。
どこから広まったのか、病院食を作る厨房にまで彼の入院の話が響くと――――そこからは戦場であった。
「新規―! コーテーチューガー。 パイファン――あぁ! ソーハンメンテー!」
「……あいよ」
ここはどこの中華料理店だろうか。
既に病院らしさを失いつつある厨房の真上、この病院の最上階にあるとある個室に向かって、次々と料理が『転送魔法』で送られていく姿は圧巻である。 ……というより、その間に送り返される皿も見るモノを圧巻の渦に引き込んでいくのだが……
とにもかくにも、取りあえず今日の始まりは病院である。 誰が何と言おうとも病院なのである。 ここに居る無尽蔵タイプの永久式大飯喰らい人間孫悟空を除けば……だが。
「はっぐ――あぐあぐ……ん~~! んぐんぐ! ……ぼれおぼぼり!」
「す、すいませーん。 追加10人前~」
最初の声はあえて誰かだとは言うまい。
次に聞こえてきたのは、背中に汗を流している短髪ネコ娘……リーゼ・ロッテ。 彼女は自身の腰付近から伸びている細い尻尾をユラリと動かすと、そのまま今起こっている事態に流されていく。
目を細め、後頭部をかき、いかにも困り果てていると周囲にわかるように振る舞うと……
「うっぷ」
今起こっている激闘に、昨日から何も食っていないにも関わらず、のど元まで何かがせりあがっていく感覚に背中を折る。
「むんむむもーも……おぼぼ――むぐう!」
「アリア、翻訳魔法」
「無理よ……それより視覚機能のカットを優先したいわ」
「……それこそ無理よ」
それは、隣にいた娘もいっしょであった。 リーゼ・アリア、彼女もこの激闘の被害者である。
そして究極の加害者はというと。
「むぐ――」
おにぎり片手にウーロン茶のペットボトルを空にし。
「ふむぐっ!」
餃子3皿を一瞬で空に。 ラーメンをドリンクが如く飲み干すと。
「がががががががが――――――」
手にした丸ハムをトウモロコシのように削り、食っていく。
「あ、ありえない……」
「人間の持つ機能を超えてる……」
あまりにも残虐性を帯びた食いっぷりに、サイヤ人の本質を見たかもしれない姉妹は、そのまま病室内にあった椅子に深く腰を掛ける。
ギコギコ……腰を曲げて、学校の授業中に学生がやるように傾けた椅子に座るロッテは、暴飲暴食に過ぎる悟空を見たまま、ひっそりと昨日のことを思い出す。 目を閉じ、今に背を向け、ひたすらに――「悟空くん!!」
「ん?」
でも、その思考が行きつく先などなかったりする。
物語は、少しだけ蛇足を走ろうとしていた。
「悟空くん!!」
「はっぐはぐ――――んあ?」
なんだなんだ? いきなりでっけぇ声で叫んで。 あんまり大きいもんだからびっくりしちめぇぞ。 まったく、そんなに急いでどうかしたんか? はぁはぁ息荒げて、身だしなみも乱雑になってんぞ。
あとでモモコに叱られるからそういうのは――
「悟空……くん?」
「あぐ?」
なんだか今日はコロコロ表情がかわるなぁ。 泣きそうだった気がすっけど、今度はボー……っとしちまって。
あ! そういや杏仁豆腐を頼むの忘れてたなぁ。 ま、後で頼めばいいか。
しっかし、この病院とんでもなくメシがうめぇなぁ。 昔よく行ってた……いや、世話になってたとこはそりゃもうメシが不味くって不味くって――「ねぇ……悟空くん」
「んぐん――――っぐ?!」
な、なんだ行き成り?! 急に不吉な気が部屋中に行き渡ったぞ。 おそらくなのはが犯人なんだろうけど、どうすっかなぁ。 前髪が垂れ下がって表情が見えないところを見ると……
「なぁ、なのは」
「……なに?」
「おめぇ今、機嫌わりぃだろ?」
「…………………………びき!!」
『!?!?』
……おう、大正解だなこりゃ。
いきなし窓枠にひびが入ったな。 もしかして気合砲か? 教えてもねぇのに使いこなすなんてなぁ。 こりゃ素の状態はアレだけど、変身したらキョウヤ……は無理だとして、ミユキくれぇなら超えたかもしんねぇな。
「ね、ねぇ坊や」
「ん?」
なんだよ? そんな葬式みてぇな顔して?
……あ、そういやオラ葬式なんかやった事ねぇな。 土葬ならやったことあっけど……と、そうじゃねぇな今は。 なんだかコイツ言いたいことあるらしいけどどうかしたんか? えっと、名前なまえ……ろ、ロ? あ、そうだ思い出した。
「ロッテリ……」
「あああああああああああああああ~~~~~ッ!!! その言い方はやめて~~!!」
ぐわちち……耳元で叫びやがって。 鼓膜がまだキーンってしやがる。
「もう、へんな風に名前を繋げようとしない。 ……それよりあの子何がどうなってるの? いきなり空間攻撃が飛んできたんだけど」
「くうかん……?」
「さっきの見えないアレ」
「あぁ、気合砲か」
「きあい?」
あれはオラが教えたわけじゃねえんだけどなぁ。
さすがシロウの子と言えばいいのか、それともアイツの得意分野だったからと言えばいいのか。 まぁ、さすがに使ったのは気じゃなくて魔力の塊だったけどな。
「まぁ、そう言うのは後で説明してやっぞ。 それよかおめぇ、なんか言いたいことがあったんだろ?」
「あ、そう言えば」
「はやくしてくれよ? じゃねぇとなのはが大爆発しそうだかな」
そう言うと急に汗をかきだすロッ……太? あ、いやロッテか。 顔色がダンダン悪くなって、今じゃかき氷みてぇにひんやりしちまってる……かき氷かぁ、この季節にあんまり見たくねぇな。
「あの子」
「ん?」
……とと、話しが始まりそうだ。 いきなり真剣な目つきでオラの事睨み始めてきた。 ていうかなんの話だろうな? つまんねぇことじゃないってのは確かだろうけど……いったいなんだ?
不意に耳元に顔を近づけたロッテ。 片手でなのはの目を遮ってくれると、そのままボソボソ喋り出してくる……ちぃと耳がくすぐってぇ。
「どうして怒ってるかわかる?」
「……?」
何言ってんだコイツ?
「わかってないですか、そうですか」
自分だけ納得して終わりやがった。 そういうのは良くないんだぞ? 情報の伝達ってのはきちんとやんないと大変なことになるんだ。 ……前になのはの学校の教科書ってやつに書いてあったんだ。 まちがいねぇぞ。
にしても随分と失礼なやつだなぁ。 なのはが怒ってる理由だろ? そんなもん……
「わかってるに決まってんだろ?」
「……本当?」
「ほんとかにゃぁ~」
「む!」
鼻で笑いやがった!!
くっそぉコイツら! 人の事バカにしてるぞ。 オラだって人の子だ……親の顔は知らねぇけど。 とにかく、そんなこといくらなんでもわかる――なのははな!
「あいつ、オラが勝手に戦ったから怒ってんだろ?」
『………………………はぁ』
え? なんだよおめぇたち! どうしてそろってため息なんかすんだ!? 間違っちゃねぇだろ今の。
だってよ? きちんと留守番してるって言って、結局次に会ったのが病院のベッドだもんなぁ。 約束破ったうえに無理して、きっと心配かけちまった――――「……鈍感」
「なんだと?」
「鈍感」
「アリア?」
「どーんかん!」
「ロッテまで!」
ちぇっ。 みんなしてオラの事バカにすんだからさぁ。 オラすねちまうぞ。
「はぁ……で? おめぇどうしたんだ? 血相変えて走って来てさ」
「あ、その……」
あらら、なのはの奴いきなり俯いちまったなぁ。 ほれ、どうした? さっきの勢いのまんまでって、そんな空気じゃねぇようだな。 ……こういう時はアレだ。
「まぁなんだ……わるかった」
「うん……」
『……へぇ』
どうせオラが悪いってんなら、はっきり謝っちまうことだな。
きっと知らないうちに気に障るようなことしたんだろうし。 オラはそういうところがまだまだだって、亀仙人のじっちゃんも指摘してたしな。 あ! 牛魔王のおっちゃんもおんなじこと言ってたっけ。
「そんじゃま、いろいろと落ち着いたところで」
「うん?」
「メシの続きを――」
『アンタはなんにもわかってないッ―――!!』
「わわわ!?」
なんだか知らねぇけど、怒らせちまった……はぁ。
「んじゃあ一体なんなんだよ? いい加減教えてくれよ?」
「ご、悟空くんが大怪我したっていうから来たんですけどぉ」
「大怪我? ……あぁ、してたなそういや」
「過去形?!」
あはは! そう言う事かコイツめ。 ……あれ! ならさっきので合ってるじゃねぇか?
「でも、なんだかとっても元気だよね?」
「お? あぁ、そりゃあな」
「……しかも女の人に囲まれてる」
「なにいってんだ?」
別におかしい事なんかねぇだろうに。
コイツら見舞いに来ただけで“妖しいヤツじゃない”ってのに……なに睨んでんだ?
「勘違いすんなよ?」
「……え?」
良いか? なのは。 こいつらは別にそう言うのじゃなくって――
「この二人はオラの事助けてくれたんだぞ? だからあんまし変な目で見てやんなよ」
「……」
「な?」
「…………そう言う事じゃないのに」
いまなんか言った気がするけど、小さすぎて聞こえなかったぞ……むぅ。 まだなにか言いたそうな顔だけど、取りあえず種明かしから言っとくか。
「オラのケガが心配だったのは本当なんだなよな……?」
「え、それはそうだけど?」
「それだったらもう心配ねぇからな。 さっき、心強い援軍が来たからよ」
「えんぐん?」
『わたし達よりも前に誰か来てたの?』
「まぁな」
へへ、おめぇ聞いたら驚くぞ?
いや、結構予想通りって顔するかもなぁ。 こいつ結構、感が鋭いときあるし……お、噂をすれば何とやらってやつだな。
ドアの向こうに気が留まってやがる。 当然、この気の感じはアイツだな。
「入ってこいよ! 変なの居るけど、気にすることねぇからな」
『??』
ドアの向こうでいつまでも戸惑ってるアイツ。 まったく何やってんだ? 別に戸惑う理由なんてねぇだろうに、どうしてそんなにウジウジと――あ。
「そうか」
「え?」
「坊や?」
ちぃとだけ視線をロッテとアリアに向けてみる。 するとそのまま首を斜めに傾ける二人……あぁそうだよなぁ、アイツはコイツ、というよりこいつらのモトになった奴が苦手だったんだっけか?
「まぁなんだ」
[…………]
「別に取って食われるわけでもねェし、いいから入ってこいよ」
[そんな!?]
はははっ、まったく仕方ねぇ奴だ。 そりゃあ、結構癖の強いヤツかもしんねぇけど……やかましさで言えばブルマよりも断然大人しいんだから平気だとおもうんだけどなぁ。
っていっても、こいつらブルマの事知らねぇもんなぁ。 どういえばいいんだ。 そうこうして1分くらいかな? 喋らなくなったあいつは――
[わ、わかりました]
「おうおう」
ついに意を決したみたいだ、本当にゆっくりとドアが開いてくぞ。 はは、そんなに力まなくてもいいだろうに、なぁ?
「失礼します……」
「ユーノくん!?」
「おっす!」
「あはは……悟空さん、相変わらずのスパルタです」
「そんなことねぇさ」
ただ部屋にはいって来いって言っただけだろうに。 そんなにガチガチ震えること自体が異常なんだって。
別にコイツらは乱暴者ってわけじゃ……
「……ふむ」
「ふーん」
「え?」
なんだよおめぇたち……ロッテにアリアもそんな“品定め”するみてぇな顔しちゃってさ? ん? 品定め?
「なんかおいしそうな匂いがする」
「え?」
「――――ゾクッ!?」
おいおいロッテ、そりゃなんの冗談だよ? 別にユーノは晩飯なんかじゃ……
「ねぇ坊や?」
「なんだロッテ?」
「………………アレ、たべていい?」
うわ!? すっげぇ不気味な笑い顔しやがった。 気色わるい上に背中がぞくぞくするような変な顔だぞ!? ……ユーノ、こりゃおめぇ……
「にげ――」
「にゃーん!」
「う、うわ……ああああああああああああ――――っ!!」
「……おそかった」
邂逅一番で速攻押し倒しやがった、あーあ。 でもまぁ、前に言ったかもしれねぇけど、猫とイタチってのは仲間みてぇなもんなんだし只じゃれ合ってるだけなんかな?
……だったら。
「まぁ、放っておいても平気か」
「えぇ、飽きたら後で返すわよ。 ……きっと」
「ゆ、ユーノくん……」
あとで返すって約束ももらったことだし、こっからは……そうだな。
「オラに起こった事、それ言えばいいんか? なのは」
「あ……うん」
コイツ納得させなきゃなぁ。
そっから数分間、昨日の出来事を教えてやった。 ヴィータの事、はやての事、そして……あの娘の事。 それ聞いてる間中、なのはの顔は曇っていくばかりだったかな。 ……まるで自分の事のように落ち込んでる、こう言う他人の気持ちを深く考えられるところはいいところなんだけどさ。
「あんまし気負いするなよ?」
「え?」
「いま、どうやったらあいつ等助けられるんだろうって、本気で困ってたろ?」
「お見通し……だよね」
「まぁな」
一応、子持ちの父親だからなぁ。 そういうところは偶にわかるっていうか……な? けど、どうしても言っておかなきゃならねぇモンもある。 ちぃと、厳しいかもしんねぇけど、これだけは……
「何でもかんでも救えるわけねぇんだ。 オラ自身、ベジータの時やナメック星の時とかいろんなモンを犠牲に戦ったりした。 だから――もしもの時ってのは覚悟すんだ、いいな?」
「うん……」
「よし、いいこだ」
強いヤツだ。 ここまで澄んだ目で返してきたのはなんだか悟飯のことを思い出させるかな。 ……無理させねぇ様にしねぇとな、なのはは悟飯じゃないんだ。 無理をさせればきっと……
「うっし」
「悟空くん?」
「――ん、いや、なんでもねぇ」
「そう?」
さてと、次はオラがなんで元気かって話しなきゃなぁ。 これはやっぱりあそこから話すべきか。
いまロッテにおもちゃにされちまったアイツの……貧乏性の話からだな。
「誰に聞いたかは知らねぇけど、オラの身体がガタガタになっちまってたのは事実だ。 腕なんか飛んでもねぇ方に向いちまってたし」
「……うぅ」
「……あ、あぁ~~その、なんだ」
変なこと言っちまったかな。 ……軽めの気持ちで笑わせてやるはずが――気ぃ付けねぇと。
「そんな身体でこの病院に連れてこられてさ、そんでオラやっぱりこう言ったんだ」
「あ、もしかして」
「おう、そうだぞ。 仙豆を持ってきてくれっていったんだ。 そしたら――その2時間後にユーノの奴が飛んできたんだ」
「やっぱり」
「そんでアイツが持ってきてくれたんだ……半分になった仙豆をな」
「半分?」
ここからがあいつのスゲェところ。 まさか今回の騒動を予見したかのような手際の良さにオラびっくりいちまったもんなぁ。
ベッドの上で叫んでたオラに、さっき言ってた半分の仙豆を口に含ませたあいつは、そのまま噛むことが出来ないオラに水を飲ませてきやがった。 飲むしかない状況だったからそのまま喉に通して、元気になったらこう聞いたんだ。
「ユーノが持ってきた仙豆、残り半分はどこ行っちまったんだ――ってな」
「そういえば……え、でも確か」
「そうなんだ、きっと今おめぇが考えて通りのはずだ。 それ聞いたときはもう、ある意味で感心しちまったぞ」
半分は昨日ボクが使いました――――
こう言ったアイツの顔はどこか誇らしげっつうかなんつうか。 いや、確かにあと一個を残しておけたのは心強いんだけどさ。 しかもその使い方を教えたのはオラ自身だったし……はは。
まぁ、なんだかんだ言ってアイツにかなり世話になっちまったなぁ。
気の方はまだ半分以上回復した留まりで……
「けど、相変わらずジュエルシードの魔力は一切回復してくんねぇ。 “元の姿”に戻るにはもうあと一日は必要だ」
「そうなんだ……」
「ん?」
なんだなのはの奴。 いまなんだかほっとした顔だった感じが……どういうことなんだ?
「あ、ごめん。 これ以上悟空くんが戦おうとしないなって勝手に思ったら……その」
「安心したんか?」
「…………うん」
「むぅ」
はは! それはなんだかわるいなぁ……期待に添えられなくて――
「おめぇには悪いけど、オラこの状態でも戦うぞ? それがあいつとの約束だし」
「あいつ?」
「あぁそうだ。 あいつ……昨日戦った闇の書の女のことだ」
「どういうこと?」
銀色の長い髪をしたあの娘……アイツはきっと何かの拍子で精神に異常をきたしたと踏んでる。 あぁまで静かで大人しかったやつ、大体の見当はつくけど“なにか悪いもん”の影響で、きっとあんなことになったはずだ。
感じ取った気や魔力が明らかに前までとは別人だったのも気になるところだし……な。
「いろいろあって、そいつとは2度くらいあったことがあんだ。 結構いいヤツだった……んだけどな。 なにか悪いもんが憑いたんだかしらねぇがあんな意地の悪い性格になりやがって」
「……ホントに良いヒトだったんだ」
「ああ」
なのはも何となくわかってくれたんかな? オラの事を一回見たっきり、黙ってうなずいてくれた。 ……フェイトの時と言い、相変わらずそう言うのは敏感というか繊細というか。
結構、そう言うところは助かる。
「まぁ、なんにしてもだ。 とりあえずオラは少しでも早く元の身体に戻れるように、いまから精神集中する」
「精神集中?」
「そうだ。 そんで魔力をかき集めてジュエルシードに送り込む。 時間はかかるだろうがこれが一番の近道の筈だ」
「そ、そんなこともできるの。 悟空くん」
「まぁな」
昨日、偶然できたのは内緒かな。
元気玉の要領と一緒だけど、何分魔力とかの扱いは不慣れだ。 なのはのあの技のように数秒で莫大な量をかき集めたりとかは不可能のはずだ。 ……いまはな。
「精々見積もって半日程度。 そんくらいあれば、きっと元の身体に戻れる」
「半日、そんなにやって――って、修行の時に比べれば何でもないのかな?」
「おう。 界王拳と並行してやった元気玉の修行に比べればなんでもねぇさ」
「あ、相変わらずのとんでもなさ……だね」
あんときは気の事なんかまだまだだったしなぁ。 今にして思えば、本当に素人に毛が生えた程度しか気を扱えなかったし。
それ思うとなのはがやってるあの技、アレは本当に大した技術だ。 きっと、この世界であれが出来るのは数えるくらいしかいないはずだな。 ホント、大したもんだ。
「ふふん」
「え? なに、悟空くん」
「なんでも……はは」
「? へんなの」
そんなヘンなものを見る目するなって。 仕方ねぇだろ? だってこれからのおめぇたちの成長があんまりにも楽しみなんだからよ。 きっと、とんでもなく伸びる……いや、伸ばして見せる。 この世界に、誰もおめぇたちにゃ勝てねぇって位にな。
そんでそれやるには――オラが今の困難を取っ払っておいとかねぇと。
「ふぅ」
「……あ」
「え?」
「坊や?」
「悟空さん!?」
目を閉じ息を……吐く。
腹から今までの鬱憤とか、そんなつまらない気を吐き出していく。 見えないくらいに揺れた空気に自分の感覚を乗せていき、周辺に感覚を広げていく。 まるで、手足の様に感じ取れるくらいに……そうして、集めるときの合言葉はやっぱアレだ。
「…………オラに元気を分けてくれ」
『!!?』
この一言から、周りの空気が一変する。
広げられた腕を、閉じるように周りのチカラと自分とを一体にする感覚。 これを只単純に繰り返して規模をさらに広げていく。
魔力と気の違いはここだ。 気はこの世界の誰もが持っている力。 でも、魔力は空気中に漂っている微細な魔力の素ってのを、魔導師の奴らが使いやすいように作り直したもの。 ……オラの場合、空気中の魔力の素を、気と同じ要領で集めてジュエルシードにため込んでいるだけだけどな。
「来た来た」
「魔力なの? こんなに大量に……周辺の魔力素をかき集めているとでもいうの!?」
アリアがデカい声を上げてるな、珍しい。 初めて会ったときからは想像もつかない驚きようだぞ。
「これって……」
今度は逆にロッテが静かに周りを見渡してやがる。 んで、次がユーノかな? 床から起き上がって周りを見渡してるのは。
「悟空さんの元気玉!?」
正解か。 さすがにもうネタがわれちまってるからな、理解は早いか。
「このままオラは魔力の回復に専念する。 あんまし邪魔しないでほしいけど、何かあったらすぐに言うんだ、いいな?」
『…………はぁ』
「よし、たのんだ――とと!」
『え?』
これは言っとかねぇとマズイ。
あいつがオラたちの技を――特に。
「昨日戦ったアイツだけど、気を付けろ? えらく強い上に技が豊富だ。 しかもオラたちの攻撃とか技を正確に真似てきやがる」
「そうなの!?」
「あぁ、大体は出来ると踏んでいいはずだ。 さすがに超サイヤ人とかああいうのは無理だろうけど……」
あれは気を付けておいた方がいい。 ずっと前、天下一武道会で喰らった天津飯の――
「気功砲。 あれが飛んでくるようなことがあったら、すぐにげんだ。 オラ、あれ喰らって死ぬ寸前になったことがある」
『!?』
まぁ、正確には喰らってたら死んでた……なんだけどな。 とりあえず脅しも含めてきつめに言っておこう。 そうでもしねぇと、オラの悪いところもみて育ってきたなのはの事だ――やってみなくちゃって言いながら対抗するかもしんねぇしな。
「いいか? 絶対に防ぐだなんて思うんじゃねぇぞ? 特になのは」
「は……はい」
「そんじゃ頼んだ」
『……はぁい』
気の抜けた声の後に……ぞろぞろと遠ざかる足音。 4人分の音がここから消えた頃かな? 身体の中にあたたかい力が充満していく感覚を掴んでいく。 そうか、こんな感じで魔力がたまっていくんだな? このまま……そうだなぁ、あと6時間ぐれぇの辛抱だ。
「それくらいにはきっと……きっと」
アイツに手が届く。
絶対に届いて見せる。 頼む、どうかそれまで何事もあるんじゃねぇぞ……オラは、それまでここを動けねぇんだからな。
「悟空くん、なんだかどんどん凄くなっちゃうな」
今現在、魔法のチカラを使えないわたし、高町なのは。 みんなの助けになりたくて、リンディさんの所で留守番をしていましたけど、突然の報告でここまで来て……
さっきの病室を後にして、各々帰る場所に移動するわたし達。 さっき知り合ったアリアさんとロッテさん、それにユーノくんと一緒に病院を出た途端に、さっきまで居た病室を見上げてつい、ため息をついてました。
「魔力の収集って相当のレアスキルのはずよね。 あの坊や、あんなこともできるのかね?」
「え、えぇ。 悟空さん、元は気というエネルギーを隣接次元世界から集めたこともありましたし……その応用だと」
「り、隣接次元世界?! そんな馬鹿な……」
にゃはは……ユーノくんの説明でも、やっぱり信じきれないですよね。 わたしだって最近、魔法について詳しいことを知って、自分がやっている何となくがとんでもないモノだとわかって……それで悟空くんのやってる事がえらい事なのを思ったばかりだし。
それにしても、この人たち誰だろう。 結構勢い任せにこうやって一緒に帰り路に着いたけど……
「本当です。 次元世界間での通信ですらやってのけるんです、そこから発展したことだって……」
「そうかい」
「へぇ、あんな男がそんな技をねぇ……てっきりパワーに任せた接近戦しかできないものとばかり思ってたよ」
それは同感です。 わたしも師事してから数日は、悟空くんからかめはめ波の存在を忘れるくらいだったし。 一回対峙すると、接近戦の強さにばかり目を奪われて……あれ?
「どうして?」
『え?』
「なのは?」
どうして、この人たちそんなに悟空くんの戦闘スタイルを知ってるの? まるで実際に対峙したことがあるような……?
「あぁ、私達があの坊やの事を詳しく知ってる理由?」
「え、えぇ」
「それは当然だよ、 こっちはあの子をどうにかするためにいろいろと画策してたから」
「ええ!?」
それ初耳ですよ!? というより一体全体何がどうなれば、敵対しようとしてた人が。
「…………」
「ごめんね、理由は言えないんだ――」
……あぁ、悟空くんだもんね、だったらこれくらいは……
「まぁ、いっか!」
「……いいのかい?」
「はい、いいんです。 それに今はそんなことで争ってる場合じゃないですから」
「わるいねぇ」
「いいえ」
こうやって、笑顔で済ますはずだもん。 そうだよ、何を変な風に気負ってたんだろう。 やらないといけない事なんて最初から決まってたんだよ。
わたしは――
「はやてちゃん……直接は会ったことないですけど、その子を助けたいです」
『…………』
困ってる、迷ってる……誰かに手をのばしてる。 そんな人を放っておけないこの気持ちは、いつまでも変わらないから。
「そう」
「へぇ」
「なのは……」
少し大きなこと言っちゃったかな……気恥ずかしいかも。 でも、これくらい言えないとできないだろうし、笑われちゃうもん。 そうだよね、悟空……くん。
「わたし……頑張るから」
そう言って見上げた病院の……ミッドチルダのどこかにある病院の一室には、青い光がほのかに光っていました。 これから来る戦いに備えて、彼女たちを救う戦いに挑むちからを蓄えるように……
「……!?」
そして、ついにそのときが来たのである。
なのはの眼前に、ミントグリーンの窓枠が中空に映し出されていく……
ミッドチルダ――プレシアの地下研究室。
紫色の枠にはめられた中空ウィンドウ。 そこに映し出されるカウントダウンがあった。 刻一刻と流れていくその数字は、誰も止めることが出来ない悲劇へのタイムリミット。 これを誰もが理解していく中で、つまらなそうに表情を曇らせたプレシアは……窓枠を消した。
「はぁ」
小さく吐いたため息は、そっと空気へ霧散していく。 突っ立ていた身体を休めるかのように椅子に座り、全身の荷重を背もたれへと偏らせる。 キィ――と、小さな音を鳴らして重みを受け取るその椅子に、そろそろ変え時かと思い悩む刹那。
「プレシアさん!!」
研究室のドアに、怒気を含んだ一撃が襲い掛かる。
「あなた! こんなところでまた身体に無理をさせて!!」
「……」
「ちょっと聞いてるんですか!?」
一揆怒涛の戦哮を上げた人物……リンディ・ハラオウンは、椅子に座って黄昏時を醸し出しているプレシアを見るなり、側頭部に青筋をたてる。 その顔は前に悟空が無茶をした時よりも怒気を放っていた……理由は、言うまでもない。
「勝手に病院を抜け出して……いろんな人が心配してるんですよ!!」
「…………」
「それなのに――」
「静かにしてくれないかしら」
「な!?」
彼女が、無理をしすぎているから。
そんなリンディの声を遮るかのように、プレシアは手のひらを虚空に向けて、待ってと気持ち半分笑って見せる。 そんななか。
「アラーム……なんの音?」
「ふふ」
最初に見ていた時計とは別の刻限がついに終わりを迎えたのだ。
「ようやっと終わったわ。 52時間の熟成を終えて、ついに外に顔を出した感想はどうかしら?」
「……? 誰と会話を」
なにか、機械の方へ言葉を投げかけていくプレシア。 そこには当然人の気配も、影も形も存在しない。 だけど、そこには確かに声を投げかけるべき存在は在って。
[It is good]
「そう、それはよかったわ」
「こ、これは――!」
そこに在った赤い宝石は、いま生まれ変わった自身の中身を確認すると、小さく灯火を付けて答えてくれるのであった。 強く、剛く、豪く――――彼女たちの手に見合う自分に変えてくれた喜びを、一欠けらも隠すことなく。
そんな宝石の名を――――リンディは驚きながら言う。
「レイジングハート!?」
[…………]
まだ完成までに1日程度の余白があったその宝石。
フェイトよりも難航していたスターライトブレイカーへの補助プログラムetc.……そのどれもが完全な形で組み込まれ、尚且つ新たな力をも秘められていることを機械の表示で確認すると。
「プレシアさん……貴方またこんな体を酷使して」
「無理はしないといけないときにするから無理というの。 それにこれくらい、やっておかないと後が苦いモノ」
「それは……そうですけど」
「孫くんに全てを委ねる……それはあの子たちが許せないのよ。 もちろん、わたしも」
「…………プレシアさん」
線の細い研究者を、そっと支えて立ち上がらせる。 行き先は悟空と同じ場所で、つたえる相手は……やはりこの人物の娘であろうか。
「あ、もう一人」
そうやって口ずさんだリンディは、そっと心で言葉を念じて見せる。 あたまの中で思い描くのは栗毛の女の子。 そんな彼女に、新たな力を授けるべく……
【なのはさん。 聞こえる?】
【え? リンディさん!?】
リンディ・ハラオウンは、彼女たちと合流することになる。
使う手段は転送魔法。 それにてなのはのいる次元座標まで、一気に飛ぶことを決意する。 時間があるとは思わなかった、でも、こんなに急だとも思わなかった展開の急ぎ足に、彼女たちは歩幅を合わせようとしていたのでした。
ミッドチルダ標準時間PM6時半 次元航行艦アースラ、艦長室。
リンディに呼ばれた高町なのは。 彼女はユーノと共に転送魔法にて集合場所と規定されていたアースラに跳ぼうとしていた……刹那、リーゼ姉妹よりユーノを『少しだけ拝借』させられ、やむを得ず一人でゲートをくぐることに。
そうして着いた場所には――
「お帰り、レイジングハート……」
[It became late(遅くなりました)]
「そんなことないよ」
[…………]
一つの力が、集結していた。
赤と白が混ざり合い、桃色へと色素を変化させる光景は途轍もない華麗さを見出させる。 高町なのは、戦線復帰の時が来た。
「どうかしら調子の方は?」
「大丈夫だと思います……テストなしで漠然とですけど」
「そう」
まだ変身もしていないにもかかわらず、手に収めた丸い宝石から感じる自分たちのチカラ。 いままで積み重ね、鍛え上げてきたカラダに使った時間の数々。 それがいま、はっきりとした形として見えてこようとする感覚に……
「……大丈夫、焦ったりしないから」
いつもより慎重に、手の平に収めたレイジングハートを握っていた。
「でも急に驚きました。 完成まであと1日は必要だって聞いてましたから」
「えぇ……」
曇るリンディの顔。 それを見ただけで大体がわかるのはやはりなのは。 彼女はここに居ないプレシアを確認すると、心にほんの少し影を射してしまう。 ……大事な人の家族に、迷惑をかけてしまったと。
「頑張らなくちゃ」
そう言うと周りを見渡す。
見知った顔はリンディとエイミィ程度。 あとはまえに会ったぐらいのオペレーターが数人いるこの部屋……あまりの人数の少なさはある意味で当然であった。 この船の大半は今、なんと宝探しの途中なのだから。
「あ、そういえばクロノくんやフェイトちゃん達はどうですか?」
「……」
「リンディさん?」
うつむいた彼女にほんのりと浮かぶ不安。 なのはが後頭部に汗を流した刹那であった。
「先ほどクロノが見つけてくれたわ」
「――――ホントですか!?」
思ってもみなかった吉報に心を弾ませて。
「イー、アル、サン……えっと、二だからアルシンチュウだったかしら?」
「……? リャンシンチュウじゃないでしょうか」
「どうだったかしら? ……とまぁ、名前の方はともかく。 クロノが、星がふたつ入ったドラゴンボールを発見してきてくれたそうよ」
「レーダーがあると言ってもよくあんな小さなものを……さすがクロノくん」
ウン万分の一の確率でドラゴンボールをひとつ見つけ出した彼に、多大な感謝を感じるなのは。 頬が若干緩み、目元が柔くなっていくのは全身から力が抜けてしまったから。
もう折り返し地点を過ぎたボールさがしに、やっと肩の荷が降りそうになるのもつかの間。 少女は、ここで持っていた宝石をギュッと握りだす。
「油断しちゃダメ。 まだあと二つあるんだもん、それを集めきるまではホッとしていられないんだから」
「ふふ、そうね。 こういうときは――」
まるでターレスと戦う直前の悟空のよう。
握りこぶしを胸元まで持っていった少女のポーズに、やはりあの青年の影を重ねてしまったリンディはとあることわざを思い出していた。
「勝ってわらじの緒を締める……だったかしら?」
「?」
その言葉を、おそらく一生理解することが出来なさそうななのはさんであったそうな。
「とにかく油断禁物なのは確かね。 このまま残りが見つからない可能性だって考慮するべきだもの。 それに闇の書だって」
「……はい」
募る懸念事項は山のよう。 それでもこの場にいる誰もが暗い顔をしない。 むしろそっと微笑むようにさえしているのはやはり……
「“彼”のたっての願いだもの。 彼女たち……闇の書の守護騎士たちを何とかしてあげなくちゃ」
「はい!」
日の光りよりも強い輝きをもつ超戦士を背中にしていたから。
いつも追っていた時から、ついに状況が逆転してしまったのだが、それだからこそ引けないこの時。 なのはと管理局の職員たちは、四月のころとは比べ物にならない結束のもと、遠い次元世界を跨いだ作戦を敢行しているのだ。
「残り……ふたつ」
それを確認するかのよう呟いた重要事項。 これさえクリアできれば――そう、心に強く刻み付けたなのはは、ここで……
「え?」
「アラート?」
艦内に響き渡るサイレン。
空気を切り裂かんばかりの猛りは、まるで今起こっている危機を知らせるほどのボリュームであった。
皆が振り向き、艦内ブリッジの様子が映し出されている画面……リンディが咄嗟に作ったウィンドウに目をくれると。
[艦長!!]
「エイミィ?」
その向こう側に居た女性が、視線をあらぬ方向へ向けながら気を動転させていた。
「なにがあったの」
[そ、それが――]
あわただしくも冷静に、それでいて急かすようにエイミィへ『次』を要求するリンディ。 彼女の表情は険しいし、明るさはかなり成りを潜めている。 仕事の顔……そう、なのはが受け取ったその瞬間であった。
[昨日リーゼ姉妹のふたりが、闇の書のマスタープログラムと思しき存在を強制転送した極寒世界に、異常出力のエネルギーを感知しました!]
「異常、エネルギー……?」
その単語の意味を、何となくで理解したなのはの体は強張る。 もう、目前に迫ってきた決戦。 それを考えただけで手が震えそうになる。
「……」
「なのはさん?」
「あ、え? ……す、すみません」
あの姿とはいえ、孫悟空を圧倒した相手だ。 恐怖心が無いと言えばウソだし、この体を襲う震えが武者震いではないのも事実だ……傷つけられた
「悟空くんのことを考えてたら、抑えられそうになくなってしまって」
「……?」
「同じ目に遭わせてやらないと……そんな黒い考えが湧いてきちゃって、イケナイ事なのに」
「……」
自分の感情を、必死に抑えきろうとしていたのだ。
グッと握る拳をさらにきつくする。 声色がいつもより低めになって、それを隠そうとして声域が不安定になってしまう。 高町なのはは、こういう嘘が苦手なようだ。 それは、誰もが分っていることである。
「なのはさん」
「はい」
それでも、だからこそ大人たちは。
「好きにしていいのよ」
「え?」
「あなたは、ここの人間じゃないのだから。 少しは自分の気持ちに正直に突っ走るのもいいのかもしれないわ」
「リンディさん……」
子供の好きなようにさせてみようと、ここで一つ考えて。
「いえ」
「……」
「やっぱりいいです」
「そう」
極々冷静に、己が感情と今の現状を天秤で測れた高町なのは。 彼女はその判断力で、甘い誘いを蹴っていた。 半ば反射的に。
「このままここで待っていようと思います」
「……どうして?」
それに煽るような言い回しで聞き返すリンディの顔は真剣そのもの。 どうしてそこまで……周りの局員は若干ながら腰を引いているようにも思える。 そんな鋭ささえ垣間見える彼女はここで、一息入れようとばかりに傍らに置いてあった純和風の湯呑みに、白く四角い物体をいくつか入れていく。
いつもの甘い抹茶を完成させ、喉をゆっくりと潤わせていく。 既に余裕さえ見せ始めた大人に対し。
「少しだけ頭を冷やしていたいですから」
「…………わかりました」
ただ単純に、答えだけを返したなのはにはもう、何の戸惑いもなかった。
確実で、迅速な思考の切り替え。 あまりにも子供離れしている“判断能力”はすでに四月のころとは比べ物にならない程の成長を見せていた。
「それでエイミィ、その異常反応の規模は?」
[あ、え?]
そんな少女を置いておき、大人たちの会話が始まる。
[えっと……このあいだの時よりは酷くないんですが……]
「このあいだ? ……ターレスの時の?」
[はい。 ですけど]
あまりハッキリしないエイミィの声。 それに少なからず促す声を掛けるリンディは……
[あと数時間でこの極寒世界……崩壊しそうなんです!]
「…………そう」
何となく想像通りという顔をしつつ、残り半分となった湯呑みに、追加で砂糖を二個入れる。
「けど、それならそれで放っておきましょう。 無理に動いて、巻き込まれる必要も……」
さっきまで甘かったはずなのに、急に甘味が低下したのは果たして彼女の味覚がおかしくなったのか否か。
余裕の言葉とは裏腹なその表情を見たエイミィは……しかしさらに痛烈な事実を述べなくてはならなかった。
[こ、この世界から]
「……」
息を呑むとはこの事であろうか。
あまりにも不真面目さが抜けたエイミィの、いつも以上に帯びた真面目な空気。 それを見たリンディは気付けば湯呑みを静かに机へと置いていた。
そして。
[ドラゴンボールの反応が]
「……っ」
[極寒地帯から観測されました]
「…………最悪」
机の上を緑の液体が覆う。
零したそれらが床にまで滴れていく中、リンディはおもむろに頭を抱える。 その態勢だからこそ見えない目つきは喜怒哀楽のどれだろうか? 覗くことを許さないそれを前に、只々重苦しい空気があたりに漂っていく。
それを、切り裂くかのように――――
「わたし行きます!」
「……」
さも当然のように上がる声。 予測できていたし、そう来るだろうと腹も据えていた。 リンディはため息もつかずにその声を聞き届けるとひとつ……あたまを上下に振る仕草だけする。 その意味を測れるものは……残念ながらこの世界にはおらず。
「……いくわ」
『……へ?』
其の一言を聞いた皆は、声にならない声を放っていた。
何を言った? 聞き間違いだろう……誰だって思うし、思いたい。 そんな艦長さんの一言を、是非ともはっきりとお聞きいただこう。
「私も行きます……闇の書のいる極寒地帯に」
『……ええ!?』
波乱万丈が艦内を襲う。
「か、艦長!? 何言ってるんですか!!」
ある者は正気を疑い。
「艦長職がそんな簡単に動いて良い訳――」
またある者はごく当然の正論を言い放ち。
「行くなら自分たちが! それにあともう数時間でクロノ執務官たちが帰って」
そして、留まれと言うモノに……
「お願い」
『!?』
鋭すぎる視線を放って……
「たった一度……これっきりだからわがままを聞いて頂戴」
『……艦長?』
そのあとに流れる、強さと弱さを含んだアンバランスな凄みを帯びている声に皆が驚き……思う。 あぁ、何となく「彼」のような頼み方なのではないか。 彼の影響を艦長である彼女も少なからず受けているのではないか。
先ほどの発言は実は、自分に向けたモノなのではないのか――――と。
そんな彼女の姿に、もう、非難の声を上げたいものなど出てこれず。
「ごめんなさい」
『……』
「リンディさん……」
皆は沈黙で送り出す。 彼女の身に起きた過去……それはこの場にいるなのは以外のすべてが知っているはずだった。 闇の書に食われ暗黒へと消え去ていった、たった一つの命。 そのモノの存在を知っているからこそ……彼女を縛ることなんてできない。
「行きましょう、ここで全ての因縁に決着を付けます」
『はい!』
目を閉じ、足並みをそろえ、心を静かに落ち着ける。 そうして下したアースラの皆の判断は、やはりリンディの言葉を聞き遂げることであった。
転送ポートに、栗毛色とミントグリーンのふたりが消えていく……戦場は、極寒の氷河地帯へと移りゆく。
ミッドチルダ標準時間PM8時 第■■■番、管理外世界。
肌に極低温が突き刺さる。
万物すべてを拒絶するかのような氷雪の世界。 そこに堕され、封じられ、息を白くさせながら心に憎悪を煮えたぎらせる娘が居た。 体中を覆う氷すら、その凄まじき憤怒の前に蕩けさせてしまい……遂に封印は解ける。
「想像以上の封印魔法。 しかし、あの大魔王封じに比べればこのような物」
実際にはただ単純な『凍結』なのだが、それが極まったからこその封印。 けれど、孫悟空の力の一端を得て、その記憶のかけらを垣間見た銀の娘には恐ろしさなどさほどなく……いともたやすく元の状態にまで戻されていく。
「凍傷は完全に消えてはいませんが、このまま自然回復を待てばいいレベル……問題は」
そう言うと右肩をさする。 そこにはざっくりと開けられた自身の
「ここまでのダメージ……万分の壱にも回復してない幼いあの姿でここまで……さすがというところでしょうか」
思い起こされる先ほどの戦闘。 何度も歯向かってきた弱き戦士にただならぬ思いを見せる娘は、そのまま目をつむる。 聞こえてくる吹雪く外界の音が、彼女を現実に引きつれようとするのだが、彼女は一向に帰ってこない。
夢想する世界はどういう景色……?
銀の娘は、胸に手を当て呼吸を整えると――――
「随分と少ない討伐隊ですね?」
「…………これが」
「闇の書……」
背後にいた侵入者に、突き刺すかのようなアイサツを言い放つ。
闘気、怒気……殺意まで垣間見えたのは既に気のせいではない。 このような感覚は――リンディにとっては半年ぶりで、なのはにとっては……
「……(悟空くんが超サイヤ人になって凄んできたみたい)」
つい数日前に体験したことのあるもの。
言い換えれば、そこまでに高まった急激な感情の変化は、いったい何が原因なのであろうか……なにが“彼女の機嫌を損ねて”しまったのだろうか。 少なくとも高町なのははそう思い、直感した。
「随分と手荒い歓迎ね。 何もそこまで凄むことはないと思うのだけど?」
「そうですか? ふふ――別にそんなつもりはなかったのですが。 貴方にはそう見えてしまったのですか……それは申し訳ございません」
「敵対の視線を送ったつもりはなかった? あの突き刺すような鋭さでまぁ……」
朗らかと言えばそうでない、女同士の切りあう口撃。 お互いの傷口を抉りたい放題に交わされる戦は、さしずめドッグファイトの戦闘機か……いいや、既にお互い負けているから負け犬の遠吠えにも聞こえなくはない。
……どこぞの
「孫悟空……彼はいないのですか?」
「……少し休憩中」
リンディの傍らに控えるなのはの背後に、いつか見た少年の姿を確認できない娘は、ここで話題を変えてくる。 明らかな揺さぶりだ、そうおもいわずかに隠した事実で返したなのはは不敵に笑う。
「そうですか」
その顔を見て。
「あまり時間は無いようですね」
『!?』
娘の警戒心は一気に引きあがっていく。
唐突に広がる負の雰囲気。 収まることを知らない、なにか言い表せない圧迫感。 一般人ならば気を失いそうな威圧は、かつての事件を経験したリンディを後退させ、悟空との修行で胆力を上げたなのはに気後れをさせるほどである。
明らかな殺意……それは、娘の身体の中枢である八神はやてから一番遠い存在であったはずなのに。
それがいともたやすく出てくる様は、まさに今までの彼女の人生を、切り崩すかのような行為であった。
少年が居れば、眉をきつく上げていた光景であったことは間違いないであろう。
―――――その殺気が合図となったことも言うまでもない。
「はあ!!」
銀の娘が不意に消える。
そう思った刹那にはリンディの目の前に現れ、左足を軸に右回し蹴りを敢行している途中であった。
振りあげられた右足を、見守る形で迎え入れてしまったリンディに圧倒的な隙が出来る。 ……それを、只素通りする少女ではなかった。
「危ない!」
「くっ」
咄嗟に張られた障壁は桃色。 新調された白いドレスを身に纏うなのはのプロテクションが働いたのだ。
彼女の格好は、以前のバリアジャケットが学校の制服をいじった程度だったと例えるならば、そこからさらに戦闘用にカスタマイズされたというところだろうか。
ロングスカートはそのままに、ところどころが金属製の防具を施され、目に見えて防御力が上昇している……そう、より戦闘的に強くされたこの装備は――
「硬い?!」
「攻撃が通らない、行ける!」
前の装備よりも遥かに高い堅牢さをなのはに与えることとなったのだ。
「リンディさん! わたしがこのまま押さえてます、その間にドラゴンボールを」
「貴方一人なんて無理よ! わたしも――」
「わたしは探知の魔法とかそういうのは出来ないですから……おねがいです! この世界が消える前に早く!」
「…………わかりました」
そうして急遽決まる役割分担。
単純戦闘しか出来ることがないなのはと、広域探知をすることが出来るリンディ。 その時点でどちらが囮となるべきかなんてわかりきった事。
手にしたレーダーを握り締めると、そのままリンディは飛行魔法で雪原の彼方へと消えていく。
「……おねがいします」
それに、小さく託す声を呟くや否や。 高町なのはは戦闘態勢に完全に入る。
目の前に居る銀髪の娘を捉えると、そのまま―――――飛んでくる拳を身体ごと避ける。
「鋭い! まるでフェイトちゃんに切りかかられてるみたいに」
「当然です。 この手刀足刀……そのすべては貴方たちが教わることがなかった流派なのですから」
「流派……!?」
娘の口からどこか得意げに放たれる流派という言葉。 それに過剰反応して見せたなのはは思い知った。
「この振り方……」
「はあ!」
「こ、この撃ち方!!」
飛んでくる右拳を屈んで避け、払いに来た左足はレイジングハートでいなして危機を脱する。 見事なコンビネーションのそれに、だからこそ見覚えのある攻撃に思わず冷や汗をかいた。
そう、この攻撃全て……高町なのはにとって酷く見覚えのある者であった。 なぜなら……
「亀仙流!? 全部悟空くんの動きなの?!」
「はああああッ!!」
「うく!」
追っていた背中そのものだったから。
まるで製図のトレースのように悟空の影を追うような正確無比さを誇る娘の攻撃。 そのどれもが型はなく、決まった動きはないはずなのに――だけどそこが悟空が使う流派の特徴なのである。
亀仙流に特定の型は存在しない。 それは確かに開祖の仙人が口に出したことなのだから。
「そしてこれは魔族の技」
「……はっ!?」
娘が不意に右拳を引きつける。 一瞬の間、しかしなのはにはそれだけで十分に理解できてしまう。 この人物が次にする行動というモノが。
重なり合う視線、娘の作った拳の行く先にはなのはの頭部が描いた射線に放り込まれていた。 乱雑でありながら、あまりにも静かな構え……なのはの背中に汗が落ちる。
そのときであった。
「ぜぇぇあ!!」
「気合……で!?」
避けた、あまりにもギリギリのタイミング。
身体を捻って……と頭で考えてステップを刻んだ刹那に背後から響く轟音。 不可視の力が、この世界に点在する5メートル大の氷山を砕いたのだ。 氷を砕く、あの氷の強度がどれほどのモノかはわからないが。
「あんなの直撃したら、幾ら硬くなったこのバリアジャケットでもひとたまりもない」
「踊りなさい、その身が闇に堕ちるまで――」
「あぐぅう!?」
なんにしても当ってやる必要がないと判断したなのはの回避運動は続く。
拳の連打を……その肩が動き、肘が曲るタイミングで弾速と射線を予測、回避して。 足払いで飛んでくる長いリーチの蹴りは――
「ディバインシューター」
「く!? 弾かれた」
桃色の追尾弾で弾き返す。
そのときであった。 なのはが今放った追尾弾……シューターに確実な違和感を受けたのは。 手ごたえ、操作の具合、なんといってもその速度が今までとは段違いなのだ。
「とっても速かった……それに一つだけといってもすごく――」
「なにをぶつくさと」
そんななのはの感慨を切り裂く手刀を、またも回避する。 それを見て、徐々に速度を上げていく娘の体力も技量も底なしと言えるだろう。 しかし。
「まるで手足のように、ちがう、思ったら既にその通りに動き終わってる感じ……今までとはいろんな意味で速さが違う」
「……小賢しい」
シューターを操るなのはの技量も、もはや常人の域を超えた反射神経――否、空間認識能力と言っていいだろうか。 それらの数値が確実に常人から偉人レベルにまで引き上げられていたのだ。
魔法というアドヴァンテージをプラスして、既にチビ悟空の力量を超えたか、それとも第23回天下一武道会で優勝できるか……遂にそこまでの実力を得たなのはの――
「鬱陶しい――」
「……距離を取った」
本領発揮である。
[Shooting mode]
「いくよ、レイジングハート!」
距離を取った娘。 当然だ、ここまでやるとは思わなかった近接格闘者対策。 悟空の師事の内容は、このあいだの事件で大体は吸収できていた銀の娘でさえも、今ここでなのはがとった行動は予測範囲外。
だからあえて“彼女の土俵”に立つことで、なのは自身の実力というモノを測りたかった……そう、測らざるを得なくなったのだ。
それ自体が、自分の分身が犯した愚かな行動だとも知らず。
「ディバイィィ――ン」
「……!?」
驚き、目を見開いた。
桃色の閃光が集まるのは今まで通り。 しかしこの大きさが異常すぎる。 いきなり直径60センチ程度まで膨らむと、そのまま魔力を凝縮していく。
「バスタァァーー!!」
「なん……だと!?」
放たれた閃光――それを、見ていることしかできない銀の娘は思う。 人の持つ力は、こんなレベルに達せるのだろうか。 もう、何か魔法とは違う領域に突っ込んでいるのではないか……そう、こんなデタラメな攻撃を見たら――
「いけ――!!」
こんな、恐ろしいくらいに馬鹿でかい砲撃を見たら――――
「か、壁が近づいてくる!?」
桃色の“壁に激突”するという錯覚さえ持ってしまっても、別段おかしなことではないのではないか。
赤い目が見ひらかれたとき、極寒の世界は一時の快晴を得る。
なのはの魔力光が雲を切り開き、見える範囲の雪原を野原へと変えていく。 いま彼女は、世界を物理的に変える力を行使して見せたのだ。
当然、そんなものを直撃させられればいくら怪異の存在だとしても無事じゃすまない。 銀髪の娘は、銀髪の娘は――
「はああああああッ!!」
「……え?」
断末魔を雄叫びで表現していた。
「こ、こんなものオオオオオ!!」
「え? え?」
ありえない。
いくら完全復活ではないにしろ、ここまで自分が押されるなどと……思ってもみなかった事態に、全身全霊を込めた障壁を張り巡らせる銀の娘。
それに対し高町なのははここで戸惑う。 あの孫悟空を圧倒した彼女が、なぜ自分の最初の一撃程度でここまで押されているのか。 ……数秒の間理解できず。
「もしかしてホントに押してるの!? あの人を!」
「く……くぅ!」
理解した時には。
「――――……ッ」
「後ろ!?」
「避けた?!」
背後に現れた不自然に、反射的に身を屈ませていた。
なのはの
「やはりというか……戦闘技能が明らかに魔導師のそれとは違う」
「当然だよ。 悟空くんにこってりと絞られたんだから!」
「そうですか」
その答えにどこか微笑んで見えたのは気のせいだったろうか。 なのはは不自然なほどにこの場に見合わない空気を感じ取ると――
「しかし、だからといってこちらの目的は変わらない」
「!?」
赤い短剣がなのはの真横を通り過ぎる。
それを目で追うこともしないで、今起こった事を脳内で整理し始めたこと数瞬の事。
「クロノくんのスティンガーブレイド!?」
「別種ですが……効果はあなたの身で確かめてください」
手品のように現れる短剣。 血のように爛れた色のそれは、まるで得物を食い殺さんと荒ぶる獰猛な刃のよう。 それを見て即座に障壁を張ったなのはは衝撃に備える。
「一本一本は大したことないけど……こう数で迫られてたら――」
「……次」
当然のように防ぐプロテクション。
聞こえてくる金切り音に、飛び散る火花、閃光が目の前で炸裂してチカチカと頭の中を激しくゆする。
かなりの数を防いだと思う、結構な時間が経ったとは思う。 そう、頭の中で考えた時だ。 娘が持った赤い短剣、それに黒い光がおおわれていくと―――――
「……え?」
「……やはり」
「しょ、障壁……破られちゃった……」
あまりの事態に気が動転していく。
例えるなら、分厚い氷をハンマーで砕いたような音。 それが響くと、なのはの目から見て右下あたりがゴッソリと持っていかれている。 通り過ぎた短剣が、背後の氷山にぶち当たり消滅させたと思った時には。
「前にあの男が使っていた技術です。 物体の表面に気を通し、強度を上げる。 その魔力版というモノでしょうか」
「悟空くんが前に、と……トランクスっていう人に使ったって言ってたあの――うく!?」
銀の娘が長い髪を揺らしつつ、優雅な解説を行っていた。
次いで飛んでくる嵐のような刃の弾幕。 赤い雨のように真横へ降り注ぐ光景は正に天変地異のように異常な光景である。 砕かれていくなのはのプロテクション、それに相反して輝く……娘の背後。
「二番煎じだ!」
「そんなこと!!」
桃色の追尾弾の襲撃。 それに地面を蹴り、頭を軸にして宙を舞う姿は銀髪も相まって、まさに深夜にそびえる三日月のよう。 スタリと静かに着地したと同時、来たる追尾弾に向かって赤い刃を走らせる。
爆発音が鳴り響くと、たった今自身を襲っていた光が消えてなくなる。 けれど銀の娘は、それでも安心しきれず。
「右方に4基、上方からさらに6基……こんな数を高速で――」
「……」
降りかかる火の粉に、舌打ちしながら右手を振るう。
「ひとつ」
「…………まだ」
振りかぶれば一基が消え、魔力の残滓が極寒の空気へ溶け込んでいく。
「二つ……」
「……まだだよ」
踊るように蹴り上げた娘は、そのまま視線をなのはにくれてやる。 凍るように冷ややかに、苦しませるように燃えたぎらせ。 銀の髪を振り乱しながら、桃色の光りとダンスを繰り返す。
その間に魔力を追加で放出、随時新しいシューターを生成していくなのは。 彼女はいま攻撃しているのは確かだがその実……自分の感覚を確かめていたのだ。
その証拠に……
「大体わかってきた……攻撃のタイミング。 どうすれば自分の意思以上に操作できるか」
「なに……?」
「行くよレイジングハート――」
彼女はいま、最高速度だったシューターの速度を、さらに引き上げることが出来たのだから。
高速で乱雑、それでいて精密な攻撃を仕掛けてくる厄介な光弾。
後光のようになのはの背に待機して、それらが随時敵へと向かう姿は正に――――神々しさを加速させていく。
「ディバイン……改め。 アクセルシューター!!」
「――――ッ」
「シュート!!」
そうして名づけた新名称――アクセルシューターは、銀髪の娘に襲い掛かり続ける。
だが。
「ふっは!」
「うそ……そんな!?」
いなし、躱し、防いで打ち落とす。 そんな対応にもめげず、ただ黙々と相手に光弾を打ち続けるさまは鬼気迫るものさえ感じさせる。 それに痺れを切らせたのであろう。
「打ち抜く!」
「――はっ!?」
銀の娘の拳に、白い魔力が集まっていく。
その色合いを、もしも悟空が見たらきっと思い浮かべる人物は男……褐色の肌を持つ守護獣の背中を連想するであろうその一撃をいま――撃ち出す。
「はああッ!!」
「きゃあ!?」
空間ごと爆ぜたなのはの周囲。 まるで気合砲をそのまま拳で撃ち出したそれの威力は、見た目通りにこぶしの威力も相まって、かなりの相乗効果を生み出す。 想いもしなかった攻撃に、一瞬の虚をつかれた魔法少女は……
「――――喰らいつけ、荒野を駆ける牙」
「……!(近い!?)」
瞬時に詰められた距離に背筋を凍らせる。
尋常じゃない高速移動のもと、娘の両手はとある形をつくる。 古来より人間のパートナーであり、尚且つ敵対もしてきたその形……オオカミの牙を模した形を。
「新!」
「うぐっ!?」
右手が腹に食い込む。 いつの間にか置いてあったその手は、なのはのバリアジャケットに深く押し込まれていき――消える。
「狼牙――」
「あがが――ッ!?」
消えた手の行方など知らない。
ただ次に来た左わきへの衝撃に高町なのはは苦悶の表情を隠せず呻く。 突き刺さるしなやかな右足刀は、まるで刀剣の鋭さのようになのはのバリアジャケットを切り裂いた。
「風風拳――ッ!!」
「がはッ!!」
同時。
鼻、喉、左胸部、鳩尾、へそ。 人体の急所である“正中線”への5連撃がものの見事に決まっていく。
その攻撃の正確さはまるで、収まるべきところに納まっていると言えばいいだろうか……攻撃を決めるというよりも、始めからそこに決まっていたという予知的な何かを感じさせずにはいられない……そんな速さをこの攻撃から感じる。
これらの強烈な攻撃に、高町なのはは堪らず……空へ吹き飛ばされていく。
「痛……たぁ」
信じられない……主に悟空たち武道家が使う攻撃の数々に、困惑の表情を醸すなのは。 そんな彼女のダメージは、実のところ多くはなかった。
「あらかじめアルフさんと悟空くんの小競り合いで、何となく学習できてたからホントに危ないところは防御できてたし……レイジングハートも守ってくれてた」
普段の積み重ね。 それが彼女の命を繋いでいたことは言うまでもないだろう。 傷ついてでも攻撃し、倒れようともあきらめない……そんな戦士に師事したのだ、これくらいは出来て当然。
だが。
「でも痛いモノは痛い……」
ダメージはやはり残る。
「どうしよう。 たぶんフェイトちゃん以上の速度と、悟空くん並みの格闘技術……当然と言えばそうだろうけど、悟空くんとフェイトちゃんを足して2で割らないくらいの強さかも」
などと、呑気が出てくる時点であまり深刻なダメージはなかったのであろう。
そうこうしてる彼女は今、吹き飛ばされた威力生かしたままに、氷雪地帯の大空を飛翔していっている。 もちろん、その先にリンディが居ないという事は織り込み済み。
そうやってとった距離で、彼女は今後の対策を考える。 ……どうやって、窮地を乗り切ってやろうか……と。
「この長い距離……悟空くんとの特訓で掴んだことをフルで発揮できれば狙撃もできるだろうけど」
とにかく長い距離。 外せば作戦を見破られ、大体の位置を把握されて転移の魔法で追い詰められる。 それはダメだと首を振る。
「アクセルシューターでの攪乱と、バスターでのコンビネーションはさっきやったし……」
自身のレパートリーの無さに涙を禁じ得ない。
やってきたことがやってきたこととはいえ、ここまで手数が欲しいと思った相手は久方ぶり……というより、ここまで大変な相手はやはり半年ぶりなのだから仕方がない。
――――かしゃん。
「……?」
――――かしゃん。
「なに……このおと?」
何やら聞こえてくる不吉な音。 まるで“カメラのシャッター”の様な切り替わる音は……なのはの胸に確実な不安を過らせる。
「どことなく似てる……」
その音、というより、この感覚に覚えがあるのは彼女が砲撃専門のシューターだから。 そうだ、遠方への攻撃のさい、いつも自分が心の中でする場面の切り替え……視覚の倍率の切り替えにそっくりなのだ――――そう気づいた時には。
―――――――――――き。
「なんの光り……?」
遠方より漆黒の輝きが瞬く。
それを半ば奇跡的に察知したなのはは、そのままレイジングハートを介して最大望遠にて光の先を見ると……。
――――――――――こ
「あのヒト? なにを……」
軽い疑問の後、自然……背筋に怖気が走っていく。
――――――――――う
「きこう……? うーん」
確かにそう読み取り。
「……………はは」
気づいた時にはあの声がフラッシュバックする。
「気功? ま、まさか!!」
孫悟空はなんといっていただろうか。
「死に掛けた……という事はとんでもなく大変な!?」
しかしそれは自分の必殺技の威力を確認してからいい放てというモノ。 そう言うツッコミを行うモノがどこにもいない中、あの銀髪の娘がこちらに向かって手のひらを向ける。
変な擬音はこの時のためのモノ。 かくして最大砲撃呪文は完成をみてしまう。 天が泣き、津波のように全てを消し去る異世界の大技――今、この魔法の世界に降り立たん。
「喰らいなさい――」
「ちょ、ちょっと待って」
「気功砲――――――ッ!!!!」
生命ではない銀髪の娘。 そんな彼女が扱える魔力の大部分を注ぎ込んだ暗闇の閃光。 叫び声と共に穿った暗黒に、高町なのは――彼女は只、その網膜に最後の光景を焼き付けることしかできずにいた。
「……あ」
彼女は、息を呑んでそのときを通り過ぎていくのであった。
…………英雄、いまだ現れず。
悟空「オッス! オラ悟空!」
ヴィータ「っくしょお! あの石ころってどこにあるんだよ。 こんな馬鹿でかい世界でみつかんのか!?」
アルフ「ジュエルシードのときはまだ手段があったけど、今回は未完成のレーダーに目視の捜索……正直、骨が折れるったらないねぇ」
ヴィータ「早くしねぇと、お前の飼い主の母親とはやてが……くそ!」
アルフ「……どうしたもんか」
エイミィ「すでに探し物を見つけたクロノ君、そしていまだ見つからないアルフとヴィータちゃん。 そして、二人で極寒地帯へ赴いた艦長となのはちゃん。 さらに――」
悟空「あと……30分」
エイミィ「魔力を強制充填中の悟空君。 急いでみんな! いろいろと時間が迫ってきてる!」
悟空「んなこと言われなくてもわかってらぁ! 嫌な予感がするんだ――急いでくれ、オラの身体……ッ」
エイミィ「はたしてみんなは、手遅れになることなく約束の時を迎えられるのか……次回!」
悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第51話。 迂闊! 少女が闇に堕ちるとき」
ヴィータ「どうなってんだよ……コレ!?」
アルフ「フェイト……フェイトォォ――――!!」
リンディ「……こんなことになるなんて」
悟空「どう、なってんだ?!」