魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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奇跡とは、起こらないから奇跡という。

これにはきっと語弊があるに違いない。

奇跡はある。 ただ、ほんの少しだけ出てくる確率が低くて。 起きてもそれを奇跡とは思えないだけで……その実、本当に奇跡的な確率だった出会いもあったかもしれない。

そして何より、人の手で起こせないから奇跡なのであって。
起こってしまった事象まではきっと、誰も否定はできないのかもしれません。

前置きが少し長くなるりりごく52話。
大変長らくお待たせしました。

では。


第52話 奇跡へたどる軌跡

 海鳴市はその名の通り海に面した土地を持つ平凡な場所である。

 市、という事から人口は5万人以上、最寄駅の名前は海鳴駅。 病院は海鳴大学病院。 前に僕がそこの医師に世話になってたのはどうでもいい話だったかな。

 

 さて、この海鳴だが。 平和が取り柄だけの様でいて、その裏では結構奇怪と呼べる事件が横行していたりする。

 正体不明の力を持つ巫女姿の少女。

 背中に羽根を生やした存在の確認。

 夜に見られるという謎の赤い目をした人物。

 そして……常人では考えられない挙動をする小さな刀を持つモノ。

 

 それは少しだけ過去の物語で、その実そんなに昔ではない事実。

 だけど……だからこそ人々の間ではあまり浸透しなかったし、根強く残るという事は無かったろう。

 

 けど。

 

 この街にはある伝説が残っている。

 

 それも一部の人間には強く語り継がれているという信憑性をもったお話。 もう、かれこれ10年以上も前の出来事なのに、それはまだ、この街の中心から消えようとは……いいや、皆が消えることを良しとしなかったのかもしれない。

 

 そんな伝説とはなんだろうって?

 ……実は僕自身体験者だったんだけど、“その人”との約束でね、あんまり大きな声で言えないんだ……どうしても知りたい? ……そうか、そんなに言われてしまったら少しだけ、ね?

 

 

 とある夫婦が居ました。

 その夫婦は様々な困難の上で、ようやく出会い結ばれた奇妙な道を辿っていた者たちであった。

 けど、だからこそその絆は強く、生涯解けることはないと、周りの者は皆がうなずきながら認めていたそうだ。

 

 そんな夫婦に、少しの変化が訪れる。

 男が遠くの国へ行ってしまうことになったのだ。 離婚? いいや、仕事の関係だ。 当時は共働きで、夫の方は少しだけ命に係わる危険な仕事をしていたんだ。 その関係での転勤だったんだね。

 さて、そんな夫を迎える妻の周りには2人の小さき人影が。

 子供だ、彼等は子をなした夫婦であったのだ。 しかも、妻のなかには新しい生命が宿り、そとに顔を出すのを今か今かと待ち迎えている最中でもあった。

 だから夫は迷った。 この4人を残して、自分は旅立つべきなのか……と。

 

「行ってきて。 それが誰かの命を守ることなら……ね?」

「ごめん……ちがうな。 ありがとう」

 

 そう言葉を交わして、男は遠い異邦の地へ向かっていく。

 ……その言葉が、まさか途轍もない重要な言葉になるとも知らずに。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

「追え!」

「逃がすな! 必ず仕留めるんだ!!」

 

 予期していたことだった、覚悟もしていたことであった。

 けど、其の中でも最悪の事態を夫を襲ったのだ。

 

「ぇぇ……ん。 やだよぉ」

「大丈夫、ここを抜ければ絶対に助かる」

 

 そして男は選択を迫られた。

 

「キミ一人ならこの横穴を通れるはずだ。 だから――」

「■■■は!」

「僕はここで通せんぼしてなきゃ……だから、ね?」

「……」

「お願いだ! さぁ、いって」

「……はい」

 

 でも、選ぶまでもなく。 彼は自身と少女の天秤というモノをあっさり放り投げる。 測るまでもない。 自分は守りし者なのだと、そっと武器を握り締めながら。

 

「はぁ!」

「ぐあ!?」

「ここは通さん!!」

「げぇっ!!」

 

 闘った、戦った。 どこまでも誰よりも、ひとりだけで。 でも多勢に無勢だ、いつかは体力が尽きてしまう。 それでも夫は延々戦い続けて……遂に見つけてしまった。

 

「何の音だ……はぁ、はぁ」

 

 それは絶望までのカウントダウン。

 

「こ、これは……時限爆弾!!?」

 

 夫が見つけたのは、その当時流行っていたプラスチック爆弾と呼ばれる代物だ。 すぐに解除へと向かった……が、時間が足りなかったのだ。

 表示された数字は0、4、5。

 どう見積もっても解除は不可能。 それでも幸いなことを探すなら付近の人間は皆非難を完了しているから、自分以外で一般市民が巻き添えを喰らうという事が無いという事。

 

「……あとの心残りは、あの子が無事に逃げているかどうか……それだけだな」

 

 息も絶え絶えに、ついに敵を蹴散らした夫は背中を壁に付ける。

 ずるずると音を立てて床に座る。 彼が背にしたその壁には赤いラインが刻まれていた。 前から有ったものではない。 そのペンキの様な粘着液は今をもって塗られたようだった。

 

「……俺も、もう駄目か――ゴホッ」

 

 体力が底をつき、ついに立ち上がることが出来なくなったのだろう。

 その場から可能な限り逃げるという事すらしない夫は、そのまま天井に顔を上げる。 見えるのは焦げ付いた壁だったが、其の中でも見える景色があった。

 

「ごめんよ……」

 

 其の景色に謝り。

 

「……ごめん、よ……」

 

 其の中にいる人物に謝り。

 

「父さんな、約束……守れなかったよ……■■」

 

 聞き取れぬ単語を呟いた瞬間であったろうか……建物の中から音がする。 まさか逃げ遅れた人が? 一瞬だけ湧き上がる不安も、しかしものの見事に外れた。

 

「■■めぇ……今度こそ殺してやる」

「心中あいてがこんなやつ……なんてな……」

 

 少しだけ……苛立つ。

 自分が今どんな思いで家族に詫びを入れていたのか判るのか? なのにこんな無粋なまねをしてくれて。

 

「どうせ死ぬんだからそっとしておけないのか……まったく――ごほっ!?」

 

 ダメージが大きい。 それはわかりきっていたことだ。

 今目の前に居る虫の息な男、それよりもちっぽけな自分に、既に鞭打って帰ってくる体力もない。 わずかな望みも断たれた――男がそうやってあきらめた瞬間であった。

 

「――――……」

「え?」

「なんだこいつ!?」

 

 そこには…………夢幻とも言える空間があった。

 暗く、血みどろな夫が居た部屋に照らし出された輝き。 その極光をもって、死の淵に立たされていた夫の心に、わずかばかりに生への執着が芽生える。

 

「…………」

「な、なんなんだいったい……」

「おい、貴様なにモンだ!!」

 

 三者三様の反応。

 夫は心を打たれ。

 敵は怯み。

 光の原因は……その輝きを放つ“男”はただ、悲しそうな目で夫を見ていた。

 

「すまない。 遅くなったな」

「え?」

 

 第一声はとてもなだらかだったのを夫は忘れない。 その顔で、その体躯で、湯水の様な清らかさで話しかけられたのだから。

 そして彼の手が夫に触れた時。

 

「じゃまをするなあああああ!!」

「……」

「あ、あぶな――」

 

 敵が独り、決死の特攻を仕掛けてくる。

 手に持った刃物が男目がけて走り抜けようかという刹那。

 

「悪いが大人しくしててくれ、な?」

「あ、ぐ!?」

「え!?」

 

 男は敵の背後に回り込み。

 

「さぁて、ここから出ちまうか」

「え、え!?」

 

 気づけば夫を背負い……

 

「これが爆弾ってやつだろ? 前に見たことがあったっけか……どうする?」

「あ……えっと」

 

 まるで幾年来の友のように話しかけてきて。

 

「出来ればなくなってくれれば……でも――」

「そっか」

 

 そんな彼の態度に、出来るわけがないと思いつつも、なぜか祈願するかのように頼んだ相談は……

 

「それ!」

「ば! そんな外に放り投げ――」

「波ッ!!」

「……たら……え? 消えた」

 

 生唾を飲みながら成就されたのでした。

 

 そこから、彼が故郷に帰るまでが伝説であった。

 

 飛行機で数時間の距離をなんとも軽々しく超えてしまう彼の術。 まるで魔法みたいな彼のチカラの一端を見せつけられた夫を待ち受けていたのは、電報にて夫の死を告げられていた妻の泣き崩れる姿。

 奇跡だと叫ぶ者もいたし、泣いてそれどころじゃないモノもいた。

 喜びに皆が叫んでいるさなか、夫は気付くのでした。

 

「あれ……あのひとは?」

 

 まるで風のように消えてしまった謎の男。

 どうにもならないことを、いとも簡単にかき消してしまった謎の“魔法使い”

 

 傷を治す最中で聞いた男の名。

 聞きだすまでが大変で、まさか気恥ずかしい名前なのかと思い退こうとしたときに、偶然教えてくれた、彼の名前。

 

「…………カカロット……さん」

 

 その名前は夫の胸の内に。

 決してほかの奴には言わないでくれよ? なんて、人差し指を立てられて言われたのだから仕方がないだろう。

 だからかそうじゃなかったのか。

 この街に、とあるお話が語り継がれるのであった。

 

 とある一家の破滅を未然に防いだ、ある一人の男の奇跡。 いつしかそれは、彼が放つ光と、その常軌を逸した術をあしらってこう呼ばれるのであった。

 

―――――黄金の魔法使い。

 

 奇跡を現実に引き下げ、あらゆる困難も毅然と立ち向かう……そんな人間離れした人間を、とある人物たちはそう呼んだそうだ。

 

 

 

………………………

 

「へぇ~~そんな話があったんだ」

「颯爽と現れて、何も言わずに去る……かぁ」

 

 長い話だった気がする。

 でも、それほどに時間が経っていないのだからこの話は不思議だ。 小さな腕時計を見たのはアリサ。 彼女は隣に居るすずかと一緒に深い溜息をつくと、そのまま座っている椅子の背もたれに身体を預ける。

 

 彼女たちのほかにいる人物は高町恭也、士郎、そして月村忍の計5名。 彼らはいま喫茶翠屋のカフェテラスにて、団欒を満喫している。 いないなのはたちの事を話題の始まりとし、いつの間にかシロウのなれ初めへと発展。

 気づけば昔話へとなっていたのだ。 ……それが、誰のお話なのかは伏せられてはいたが。

 

「でも不思議ねぇ。 その人って士郎さんが居たっていうイギリスからあっという間に日本についちゃったんでしょ? ……常識じゃありえないわよ」

「うん。 それこそ本当に魔法でもないと納得できない」

「はは、キミたちはおかしなことを言うなぁ。 僕の話じゃないんだってば」

『ふしぎねぇ……』

「ねぇ、キミたち?」

 

 少しだけ、というか。 かなり見透かされているシロウの思考。 それと同時、トレーに紅茶と洋菓子を入れた店主参上。

 

「あ、桃子さん! …すみません、お邪魔してしまって…」

「いいのよ。 これくらいにぎやかな方がいいモノ」

「そう言っていただけると……ありがとうございます」

 

 謙虚に佇まいを直すのは忍。 はしゃぐ妹たちを余所に突入した大人の時間だ。 それに何より彼女は気になっていることがひとつある。

 

「さっきの話、ほんとなんですよ……ね?」

「え? ……う~ん」

 

 にっこりとほほ笑むと、まるで遠い異郷を見る目で空の彼方へ視線を流すのは桃子。 続きを……なんて目で見られてしまったのが決めてだったろうか。 彼女は、あのとき出会った金色を思い出していく。

 

「いまにしてもすごくて、恥ずかしかったわね」

「はずかしい?」

「えぇ。 あの年になって、夫以外の胸元で泣きじゃくっていたから」

「えぇ!?」

 

 まさかの事実!!

 高町夫妻に亀裂!? 夫人に忍び寄る男の影――

 

 忍の頭の中にこんな見出しが出来たらしいが、きっと勘違いであることは誰でもわかる事実であろう。 こんないい夫婦、仲を裂こうだなんて事は人間だったらできないであろうから。

 

「いろいろあったのよ。 いろいろ……ね♪」

『はぁ……?』

 

 本当に切ない顔は一瞬だった。 けど、すぐさま振りまいた笑顔で今の疑問を取っ払っていく。 この誤魔化しの上手さ、どこかの魔法少女に脈々と受け継がれていてほしいと思うところだと、どこかの長男坊は思ったとさ。

 

「ところで悟空さんたちは居ないんですか?」

 

 少しして、すずかが質問したことだ。

 いつも居るような人間……最近では修行に明け暮れているらしく見ない日も多いが……そんな彼が居ないと、不安を感じたのであろう。 周りを見渡したうえでのこの質問、彼が居ないと確認してのことだった。

 

「あぁ、そう言えば悟空のヤツ見ないな。 どこに行ったんだか」

 

 この発言が、いったいどれほどの信頼を含めているのか想像もできない。

 どこかほっつき歩いてたとしても、必ずいつかは眼の前に帰ってくるという自信があるからこそのため息。

 それを見た周りの者たちは、同じように呆れながらも……笑っていた。

 

「悟空っていえば」

「どうしたの? アリサちゃん」

 

 ここでアリサが髪を揺らす。

 綺麗に整ったブロンド、それが既に傾き、暁色に放たれる陽光に照らされるときであった。 彼女の中で何かが一本につながった気がした。

 

「あいつも随分と魔法使いみたいなことをするわよね」

「え? 悟空さん?」

「え? ……て、すずか。 あいつのデタラメさで麻痺してるけど、良く思い出しなさいよ。 空飛んで瞬間移動やって、それで話によると手から光線とか出したりするんでしょ?」

「あ……うん」

 

 指ひとつ立てて言い放つアリサ。

 それにそう言えばだなんて呟いたのは……すずかだけではなかった。 かなり自然に受け入れていた不自然。 あぁ、孫悟空のなんとデタラメな特殊能力だろうか――ここでやっと現実を思い知った人も多いはず。

 

 すごいよねぇ……なんて、すずかがニコニコと笑みを輝かせ、それにアリサが目をつむって呆れている姿は大人たちからしたら微笑ましい限りだ。

 

「実は士郎さんを助けてくれたのって、悟空さんだったりして?」

 

 其の中で言い放たれた言葉は忍の小さな疑問だった。

 あんなにすごいヒトなんだから……などと、恭也に笑いかける彼女はほんの冗談のつもりだったのだろう。

 だけど。

 

「そうよ! それだったら辻褄が合うわ!!」

『??』

 

 思い切りよく起立したのはアリサ。 彼女は目を大いに輝かせるとそのまま士郎にくらいつく。 ……いいや、実際には喰らいつくなんてできるわけがないのだが……彼女ならしそう、そう言った声がすずかから聞こえたのはご愛嬌。

 さて、ここでアリサが目を輝かせている理由が大体把握できた頃であろう。

 其の中で士郎は少しだけ息を吸う。 静かに、静かに……自信を落ち着かせるように。 そうやって出た言葉は。

 

「違うよ……」

「え? あたし何にも――」

「悟空君のことだろう? だったら違うさ」

『……』

 

 彼自身、驚くほどすんなり出てきた言葉で。

 

「前に何度かそう思ったときは在ったよ。 瞬間移動を見せてもらったときなんかなおさらだ」

「じゃ、じゃあ!」

「でもね。 彼とあのひとでは髪の色も瞳の色や鋭さ……なにより雰囲気が違う」

「そう、ですか……」

 

 士郎の言葉を受け、心に燃えていた野次馬根性にも似た好奇心を鎮火させていくアリサ。 素直に席に着くと彼女は、出されたティーカップを受け皿から上げてゆらゆら揺らす。 水面が傾き、小さな渦が出来るとその中心を見つめて……

 

――――この状態になると、少しだけ自分を保てなくなるんだ。

 

「……むぅ」

 

 ――――お前ら! 巻き添え喰らいたくなかったらさっさとここから離れろ!!

 

「…………あ!!」

 

 “彼”を思い出すと、またも席を立つ。

 今度は先ほどとは比べ物にならないくらいに大きい音だ。 それが隣にいるすずかに伝播すると、気付けば互いに視線を交わしていた。

 どちらが先だったであろうか……そうか! なんて言葉を上げると、彼女たちは事の真相に踏み込んでいく。

 

「あいつそう言えば『変身』が出来るのよ!」

「……へんしん?」

 

 それはどういう? と聞くよりも、なにか嫌な物を思い出したかのように視線を振ったのは士郎。

 ここ数か月で見て聞いて、彼なりに一つの憶測があったのだが――今回、それは言われる暇もなく。

 

「さっき言ってた金髪と碧眼……それにあいつが成れるって知ってます……よね?」

 

 ここに来てアリサは言う。 少しだけ戸惑いながら。

 彼女は思い出したのだ。 孫悟空があの姿を見せた時に言っていた一言を、注意点を。 そして交わした約束を――

 

「あ、まずったかも……」

 

 それを思い出したのが発言後5秒経過時だというのは、なんだか幼少期の悟空を思い出させる迂闊さ。

 隣にいるすずかも同じことを思っているのであろう。 先ほどまで作り途中のポップコーンのように飛び跳ねていた彼女たちの興奮も、いまじゃ湖の静けさよりも穏やかである……いや、むしろ凍結してしまったとも言えるか。

 

「……………………どういう事だい?」

 

 喰らいつく、大物。

 

「マズっ――知らなかったんだ」

「知らなかった、という事は隠してたという事かな? どうして……」

「あ、あ~~」

「……む、いかんな」

「あなた?」

 

 少しばかり寒気がする視線。

 それでも慌てて消した士郎はそのまま首を振る。 子供相手になんて顔をしてしまったんだと責めるよりも、どこか自分に戒めを掛けた咎人(とがびと)のような顔……少なくとも、隣で見ていた桃子はそう思ったはずだ。

 

「ごめんね、つい熱くなって……それでもしかして彼から内緒にしてくれと言われたのかな?」

「正確には違いますけど……ほら、フェイトちゃんのお母さんの、プレシアさんがやめろってぼやいてたと思います」

「このあいだアタシ達の学校でやってた授業参観の時も、恭也さんにばれないか内心冷や冷やだったもんね」

「……! あ、あの時のあの人が……悟空!?」

 

 思い出される最強に思わず椅子を転がす恭也。

 周囲の視線がすぐさま飛んでくるがその辺は愛想笑いで誤魔化し、椅子を拾ってそのまま座る。

 彼の驚きように、そこまで……なんて顔をする忍はすかさず恭也に声を飛ばしていた。

 

「そんなに変わるものなの? あのヒト」

「あ、あぁ。 髪の色は金色で、雰囲気も何となく冷静で―――」

 

 むしろ……

 

 そう言おうとした時だろう。

 彼らの話題が次に入ろうとしたときだったろう。

 

 

「冷静というより……冷酷という感じじゃないのかアレは……サイヤ人だけにな」

 

 

『!?!?』

 

 遠くから、彼等にむかって黒い風が吹き乱れる。

 

「誰だ!」

 

 突然のあいさつ。

 しかし、しかしだ……この時点で一人だけ臨戦態勢をとる男が居た。 戦う準備ではなく、防御だとか応戦だとかではない。 ただの態勢。

 

 そう、ただ単純に態勢しか整えられぬくらいに身体の動きを制限される――そんな殺気。

 

「こ、これ程のッ……きょ、恭也!」

「!?」

 

 突然の叫びに皆が訳が分からないという顔をする。 それは息子の恭也だって例外じゃない。 生まれてこの方、威圧は受けても本物の殺気というのは受けたことがないのだから。

 そして何より、今この場の全員が――さっきの持ち主の全貌に目を奪われていた。

 

「怪獣……怪人?」

「爬虫類の様な……でも!」

「全身機械よあれ。 しかも相当に強固な――もしかして軍の兵器?!」

 

 すずかは思ったことを、アリサもだ。 しかし忍は今まで培った眼力で、その素材におどろくと……

 

 ガツンと音が鳴り響く。

 

「…………空間、攻撃だと……」

「    」

 

 あまりにも自然に、そして不自然に空いた小脇にある道路の……風穴。

 直径にして70センチ弱のそれに目をくれると、周りの客たちが一斉に座席から立ち上がる。 ここに来ていよいよ広まる混乱の火種。 それを爆発的に増加させるように……

 

「なんだあいつ――!!」

「きゃああーー」

「ば、化け物ぉぉっ!」

 

 一斉にクモの子のように散っていく。

 阿鼻叫喚が渦巻き、その中心で佇む剣士たちは……武器も持たずにその根源を睨む。

 

「父さん、アイツ……」

「わからん。 だがとてつもない力を持っているのは今のでわかったな? 決して油断するんじゃ無いぞ」

 

 桃子たちを背に、二人ならんで構えを取る恭也と士郎。

 彼らは肩幅くらいにまで足を広げると踏ん張りを効かせる。 速度が自慢の彼らの流派に置いて、待ちの態勢はありえない……しかし、そうとらされるほどに彼奴が強大すぎると、二人は直感していたのだ。

 

 明らかに含めた殺気と圧力。 今自分たちを取り囲む大事な人たちを、こんなふうに傷つけようとした正体不明に対して、彼等は果敢に立ち上がったのだ。

 

 

 

 結果として……

 

「…………ほう、さすがはあのサイヤ人が一目置くだけはある。 このオレに逆らおうなどと考えるとはな」

 

『……っ!?』

 

 そこから地獄が繰り広げられようとも、きっと誰も彼らを責めはしないだろう。

 

「……ふ」

「うぼぉ――――ッ!?」

『恭也(さん)!!』

 

 唐突に恭也を襲う銀色の長もの。

 しなやかさを持つそれは怪人の尾。 それが恭也の右側頭部に激突すると……いいや、機人からすれば優しく撫でた程度で、彼は穴が開いた道路に転がっていく。

 

 すっぽりと先ほど空いた穴に入ると、満足そうに機人が顎を撫でる。

 

「ホールイン……ワンだ」

「お、おまえ……!」

 

 嬉々として、危機として……そんな空気がぶつかる中、道路に女性が駆け出す。 常人ではありえない程に俊敏で、疾走感のある風をまき散らすのは忍。

 彼女は穴に近づき、転がる恭也を抱え上げると……

 

「よくも!!」

「……」

 

 目の色を変える……そう、物理的に。

 まるで鮮血のように染められる月村の瞳。 怒りのように、狂うように、そのキレイだった眼が真っ赤に変わると、そのまま銀色の機人を襲おうと……

 

「よ、せ…」

「恭也…?」

 

 袖を引っ張られ、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

「お、俺は警戒心を最大にまで引き上げていたし……奴から目を反らしたつもりもない……だがそれでもこのざまだ」

「恭也ぁ……」

 

 弱々しく語られる情けない自身の話。

 聞かせるというよりは、警告して大人しくさせる凄みを帯びた視線に、思わず機人を二度見する忍。 その間に奴はというと……

 

「いまので生きていられたか。 いいぞ……もう少し力を籠められるな?」

 

 どこかつまらなそうに、己の尾を地面に据える。

 

 据えただけなのにくぼみを作るアスファルト。 煎餅の様な音を響かせると、そのまま亀裂を周囲へ増大させていく。

 

 ここまでやられ、実力の差は恭也への不意打ちで立証された。 高町士郎に残された手立てはひとつ……逃げること。

 彼が持つ御神の技は本来暗殺専門だ。 “裏”だとか言われたりするが、それは今は関係ないであろう。 とにかく、正面切っての本格戦闘は――というより、こうも開いた差など埋めようが無い。

 故に選びたいのだが。

 

「逃げ切れるわけないだろうな……それに」

『…………うぅ』

「みんなが居るんだ、なんとしても――」

 

 守らなければ。

 震える大事な人たちを背にした時、彼はいま、反抗という切符を切っていた。 それがたとえ死への片道切符だとしても、今目の前にいる敵を切り掛からずにはいられないのだ。

 

 もう、こちらはいろんなものを傷つけられているのだから。

 

「と、父さん無茶だ!」

「それでも――せめて!!」

 

 後ろにいる者たちだけでも。

 軋ませた奥歯は、そのまま彼の感情を表すかのよう。 わかりきった力量差に思い募らせるのは自身への怒り。

 なぜ弱い。 どうしてここまで何もできない――悔む彼に、鋼鉄の足音が近づいてくる。

 

「幸運に思え」

「なに……?」

 

 そこで差し出されたのは希望? 獲物の前で舌なめずりすらしない彼奴は、ここで士郎に対して言葉を吐き捨てる。

 

「このオレの手によって、直々に殺されるんだ。 一族共々仲良く幸せだと思うがいい」

「あ、悪魔めぇ……」

 

 あまりにも……冷たい対話。

 一方的に過ぎる宣告に、思わず士郎の手から血が流れる。 握りすぎたそれは、彼の無力感を表すよう……士郎は、この時本気で誰かを憎んだ。

 

「うぉぉぉおおおおおおお!!」

 

 奮い立て。

 

「このまま……このままなんてことはさせん!!」

 

 意地を見せてみろ――

 

「僕が……俺がみんなを守って見せるッ――!」

 

 痛いまでの叫び声に、皆が士郎の姿を見て……その姿が不意になくなる。

 

「がは!?」

「甘いんだよ……まるであのサイヤ人の様だな」

 

 道路の塀を破り、隣民家に激突する士郎。 その衝撃は自動車の体当たりよりもきついはずだ。 しかもぶつかったのが民家の窓枠、ガラスは破片を作り士郎の身体に容赦なく突き刺さる。

 

「げほっ!!」

「イライラさせやがって……楽に殺してやろうと思ったがヤメだ」

「あぐぅ……」

「なぶり殺しだ!」

 

 転げ落ちる士郎の背に大きな足が乗せられる。

 それがプレス機のように胴体を圧迫していくと、肺から空気が――喉から内臓が出そうな感覚に襲われる。

 

「このオレに歯向かったらどうなるかを知らしめるにはちょうどいい……このまま良い叫び声でも出してるんだな」

「あがああ!!」

 

爬虫類独特の4本指の足が士郎の五臓六腑を締め付ける。

 

「まだ!」

「ああっ―――」

 

 持ち上げられ……

 

「死ぬんじゃ!」

「ぎぃあああああ!!」

 

 振り回され……

 

「ない!」

「がはっ……がはぁ……」

 

 壁を引きずり回され、放り出される。

 

 無残に転がされる様は既にボロ雑巾を超えていた。 その姿に悲鳴を禁じ得ない子供たちと、両手を口元に持っていき、おえつを漏らす桃子。

 「どうして……」……微かに聞こえる嘆きの声も、夫の激痛の叫びにかき消されていく。 崩れる彼女に差し伸べられる手はなく。 痛みの時間だけが繰り返される。

 

 もう、どうにもならないという時……少女二人は叫ぶ。

 

「あんた覚えておきなさいよ……」

「なに?」

 

 恐怖のせいだろうか。 大きく震えた声を出したのはアリサ・バニングス。 桃子に抱えられるように守られている彼女は、負け惜しみしか言えなかった。

 

「たとえここでなんともなくっても……あとで悟空さんがやっつけに来るんだから!」

 

 それに相乗りするすずかも恐る恐るだ。 精一杯のやせ我慢で恐怖を振り払い、あの逞しい背中を胸に思いの丈をぶつけてやる。

 強い子たちだ……抱える桃子も彼女たちに勇気づけられるかのように心を持ち直す。

 そうだ、例えこの後自分たちに恐ろしい出来事がおきても、あの彼がきっと敵を討ってくれる。

 これ以上の悲劇を生み出さないでくれる―――――そう思っていたのに。

 

「さて、本当に奴は現れるだろうかな?」

「…くっ…来るに決まってる。 あの子なら!」

 

 否定されても、持ち直したい。

 

「じゃあなぜ今この場に居ないんだ?」

「そ、それは……」

 

 でも。

 

「まぁ、仕方ないだろうな。 なにせあのサイヤ人は――――」

「……ま、まさか」

 

 此処まで言われれば。 恭也はすぐさま脳裏によぎらせていた。

 最悪の事態を、希望を紡ぎ、絶望をまき散らす最後の言葉を……

 

「このオレが殺してやったのだからな」

『…………』

 

 失意が彼らに降りかかる。

 

「嘘だ!!」

 

 士郎が叫ぶ。

 当然だ、あんな強くて頼りになって……死んだって生き返るような人間が知らず知らずに死んでしまうだなんて。

 信じられない心と、肯定したくない願望がものの見事に合致して士郎に最後の雄叫びを上げさせる。 それを。

 

「戦闘力を探ることが出来るアイツが、今この場に瞬間移動してこない理由はなんだ? よくよく考えてみることだな」

「そ、それは…………そんな」

「悟空……さん――うそ……」

「さぁ、無駄話もここまでだ。 貴様らを片付けたら本格的にこの星を殲滅してやろう。 オレの景気祝いを兼ねてな」

 

 至極当然の推察で返され、反論もできない。 責任感の強い子で、正義感の高い子だと評価しているからこそ、今この場に現れない事実はなによりも恐れていたことを指し示す。

 もう、なにもかもを断たれてと、すがる希望もなくなった士郎は背中から地面に横たわる。

……死のう。

 

 誰が言ったかは知らないが、そんな言葉が漏れるのも仕方がなかった。

 

「うぐっ!?」

「あなた!!」

 

 持ち上げられる士郎。

 見せしめだと言ったのだから、彼から手を付けるのは当然で。 それを理解しているからこそ、ここで桃子の叫び声はピークを超える。 ……処刑の、時間だ。

 

「…………ん?」

 

 空気が揺れる。

 

「……なんだ、これは?」

 

 なにか、耳鳴りがする。

 気が付いた違和感は本当に極わずか。 それを過敏に受け取るクウラはあたりを見渡す。 同時、空間把握のセンサーと魔力計測の機器、さらに以前……遠い昔に悟空の瞬間移動を見切った内蔵型スカウターになにかが引っかかる。

 

「なにか、近くに来ているな?」

 

 機影は二つ。 大きさからしてひとつは170から160センチ。 もう片方は150以下の人間とみていいだろう。

 いや、この魔力……というより、クウラの内部に搭載されているスカウターが指し示す戦闘力数が異様に気になる。

 

「片方は数百あるのに対して――もう片方の戦闘力がゼロだと!?」

 

 驚く点はそこだけ。

 あとは大したことがないと切って捨てることが出来るが……今の彼には、そんな些細なことでも過敏になってしまう理由がある。

 

「……まさかあのサイヤ人が? いや、奴は戦闘力を消しながら空を飛ぶことは不可能なはず」

 

 始末したと豪語する奴の存在。 其の一言に尽きようか。

 計測した戦闘力では確実に防げない攻撃を施したはずだった。 そう、その予測だけでここに瞬間移動で転移してしまった。 ……その自身ですら甘いと言わざる得ない選択を、いまさらながらに気になってしまう。

 

「しぶとさで言えばサイヤ人の右に出る者はいないからな……とすれば」

 

 腕を組む。

 その組んだ腕の先にある人差し指が指揮棒のように軽く跳ねる。 リズムを取りつつ当方をながめ――――

 

「キッ――ッ」

『!?!?』

 

 空に爆炎を轟かせる……

 紅蓮に染まる夕焼けの空。 赤々と爆ぜて雲を千切っていく様は地獄を通り越しもはや幻想的とさえ思ってしまう。 ありえない。 そう思っている者の多くはその言葉を口から出せない。

 本当の恐怖。 それは体験したことがないモノだからこそそう言うのだから。

 

「……いったいなんだって言うんだ」

 

 この事態で呟いたのは誰だったのだろうか。

 口調からして男だとは思われるが、士郎か恭也だという判別はもはや付かない。 今の爆発で耳がイカレてしまったのだろうか。 只々言葉が発せられたという情報しか、この場にいる者たちには入ってこない。

 

「…………仕留めそこなったか」

 

 この声だけはわかった。 クウラだ。 奴が何かを仕損じたという事だけはわかる。 だが何がどうなったかはわからない恭也、そして士郎のふたりの剣士はここで――――

 

「ラケーテンハンマー!」

「……」

 

 鎚が鋼鉄を打つ音を聞く。

 あまりにも大きく、騒がしいとも言える轟音。 聞く者の耳を痺れさせる。

 

「ほう、誰かと思いきや――なるほど、貴様だったら戦闘力が表示されないのにもうなずける」

「…………お前!」

 

 ジャリっと、大地を踏みしめる音。 足音なく、只着地するかのようなそれはまるで先ほどまで地に足が付いていなかったことを思わせる。

 そして次に重苦しい振動が地面に響く。 まるでなにか大きなものを地面に無造作に置かれたその様は、士郎たちの常識から言って武器とは思えないくらいの大きさを想像させるほどに壮大であった。

 なにがどうなって……今日何度目かの混乱の声は――まだ終わらない。

 

「こいつらは只の一般人だろ! なのにこんな……戦いに巻き込むようなことしやがって!」

「なにを言うかと思えば。 邪魔だから消す、それは当然のことだろう? この星は少々ゴチャゴチャしているところだ、何より……」

 

 ――――そう、まだ……

 

「そこに居るサイヤ人の関係者だけは始末しておかなければ、間違っても生き残らせる訳にはいかんのでな」

「こいつ!」

 

 終わらない。

 

「アイゼン! もう一発だ!!」

[Raketenhammer]

「くぅらえぇぇ――ッ!!」

「愚かな奴が」

 

 鉄槌一閃。

 一撃必殺を謳う鋼鉄の騎士が、同じく鋼鉄を纏う旧支配者へと唸りを上げる。 轟くブースターが烈火に燃えると、彼女の加速は一気に最高速まで上昇する。

 襲撃者は……鉄槌の騎士ヴィータは、紅の騎士甲冑を風になびかせ敵に迫る。

 

「そんなもの――」

「外した?!」

「惜しい!」

「いや、あの子の攻撃は……」

 

 紙一重……いいや、わざわざタイミングを計って避けていると士郎は直感する。

 凝視するまでもない。 背中を反らし、胸元ギリギリで襲撃者の鉄槌を流していく様は誰が見ても……

 

 そして奴の身体から発せられるもともと生命だった故の癖、そして挙動が、武芸の達人である士郎にはわかるのだ。

 アレは、まだまだ小手先すら見せちゃいないと。

 

「ちょうどいい」

「いかん!」

 

 クウラの鋼鉄の眼差し。

 射抜く先は、大振りの後に露出したヴィータの背中。 そこに刺さるクウラの影に気付かないヴィータに、士郎が叫びをあげる。

 だが戦いは無常だ。 そんな大人の精一杯の支援だってあの敵には届かないんだから。

 

「……」

「――しまッ」

 

 胸元を開け、腕を開いて振りあげる。 そうして右手で彼女の後頭部付近を狙うクウラの、戦士ですら切り裂く“只の手刀”が風を切ろうと打ち下ろされる――

 

――――…………瞬間であった。

 

 

 

「だりゃあ!!」

「うごッ――――!!?」

 

『……え』

 

 いきなり、高高度へクウラが吹き飛ばされる。

 そのすがたは常人には見えないほど遠く、遥か彼方へと追いやられてしまう。 もう、見えないアイツ。 だからだろうか。

 

「……ふぅ、あぶなかった」

「ご、ご……」

 

 彼らの心の中に、激しい歓喜が舞い上がる。

 

「お、おまえ……」

「ん」

 

 忍に支えられながら恭也が立ち上がる。 さっきまで地に伏せるしかできなかったものの“彼”を見た時から自然と身体に力が入りだす。

 

「……いままでキミは…………」

「はは――」

 

 後頭部に頭を持っていく彼。 その姿に傷ついたカラダに鞭打って、何とか膝立ちになる士郎。 それでも、やはり体力が残ってなかったのだろう……いきなり目の前が揺れ動き。

 

「うくっ!?」

 

 バランスを、崩す。 ……のだが。

 

「おっと、大ぇ丈夫か?」

「あ、あぁ」

 

 “彼”が、士郎の肩を支えて立ち上がらせる。 士郎の衣服は、先ほどクウラにいたぶられた際にところどころが裂けている。

 しかしそれにも増して隣の彼はどうだ? 上半身はもう何も身に付けておらず、ズボンだって擦り切れているところが多々ある。

 立派に伸びていた黒髪も、跳ねていたり裂けていたり火にあぶられたような跡が在ったり……とにかくボロボロの彼。

 今まで、この人物が何をしていたかなんて一目瞭然であった。

 そんな彼が――――

 

「随分とやられたみてぇだな。 遅くなって、悪かった」

「…………はい」

 

 あのときの魔法使いと、同じことを唱えた時。 士郎の堪えは一気に限界を迎える。

 

「キミが…無事でよかった…ほんとうに……ほん、とうに」

 

 男のくせに……それは今この時では通用しないのかもしれない。

 流し始めた大粒の涙は、まるで幾年来の友の身を案じた心境を映し出すかのよう。 高町士郎は、妻子が居るのを忘れてただ、彼の生還を喜んだ。

 

「悟空、お前遅すぎんだよ!」

「悪い悪い……ちぃと瞬間移動に手間ぁ食っちまってよ」

「手間?」

 

 涙腺が限界の士郎たちを横目に、やはり砕けた表情をする彼に……孫悟空に厳しく当たるヴィータ。 そんな彼女に平謝りを敢行すると、彼は親指立てて後ろを指す。

 

「この街中に張られた結界のせいでみんなの気が見つからなかったからな。 なんとか感じ取れたミユキの気を追って瞬間移動してきたんだ。 タイヘンだったぞ」

「ど、どうも」

『美由希(さん)!!?』

 

 向こうの世界に一緒に居たリンディは隣町に落っことしてきた……悟空の小粋な本音が暴露する中、彼はそっと上を向く。

 

「悟空!」

「悟空さん!!」

 

 いきなり変わる鋭いまなざし。 どんな刀剣よりも切れ味が備わるそれに、少女二人が掛け寄って行こうとして。

 

「すずか、アリサ」

『ッ』

「しばらくそこにいるんだ、いいな?」

 

 彼のあまりにも穏やかな声にその場へ留まることを強要される。 ――――そして。

 

「…………ふっ!」

「……あ」

 

 孫悟空は、いつもの黒髪を塗り替える。

 平和の象徴だったこの一家の店先で行われる変身。 体中は微かに明るみを帯び、瞳は碧色に変色する。 髪は逆立ち、その色を黄金色に変色させると……全身から闘気を吹きだしていく。

 

「あ、あのヒト……」

 

 高町桃子はかれこれ10年以上前の出来事を思い出す。

 あのとき死んだと思っていた夫を連れ、その冷たい眼差しでこちらを一礼してきた男の姿。 切れるほどに鋭いヒトを寄せ付けない雰囲気の中にも、何もかもを受け入れてもらえる暖かさを内包するその人物を。

 そして、そのときの彼といまの悟空の姿が重なるとき……

 

「ヴィータ、おめぇはシロウの事見てやっててくれ。 回復魔法が使える奴が、もう少しでこっちに来るはずだからよ」

「いやでもおまえ!」

「……頼む」

 

 孫悟空が戦士の貌をする。

 修行で強くなり、超サイヤ人を極限にまでコントロールできるようになった彼。 でもそれだけじゃ届かなかった奴相手に、これからやろうとすることは無謀の一言であろう。

 

「どう考えても、おめぇたちじゃどうにもならねぇレベルを遥かに超えちまってる。 おめぇ達には死んでもらいたくねぇんだ、だからよ……」

 

 ここは、任せてくれ。

 言わずと知れた戦闘好きの、好奇心よりも優先された申し出。 苦しそうで、痛そうで……そんな格好なのにまだ傷つく。 正直、本来なら守る側にあるヴィータは目を背けそうになる。

 

「……わかった」

 

 なるのだが、それでも彼と合わせた視線は変えられない。

 不退転を秘めた強い眼差し。 そんなものを見てしまったら……託すしかないじゃないか。 助けることも、力を貸してやる事も出来ないヴィータは彼を送ろうと――

 

「悪い、少しだけオラにくっついてろ」

「きゃあ!?」

 

 気づけば悟空の胸の中に抱かれていた。

 出てしまっていた素っ頓狂な声。 彼女らしくない甲高くも黄色い声は、周囲の面々を……

 

「……やるじゃないか、サイヤ人」

「おめぇ今、ヴィータの事を狙いやがったな」

『……い、いつの間に』

 

 おどろかすまでにはいかなかったようだ。

 不意に伸びた鋼鉄の腕。 裏拳に放たれたそれを顔まで伸ばした右手のリストバンド付近で受け止める悟空。 彼は鋼鉄の主を見据えると――高速で蹴りを入れる。

 

「……っ!」

「――――キッ!!」

 

 そして飛び交う戦士と機械。 この世界の常識と既成概念全てを洗い流す戦いへと移行していく男たちは、翠屋に居る者すべての視界から消失する。

 

 

 

「あいつ……アイツだけは――」

 

 今ので3回目だ。

 

「このヤロウ――」

 

 最初にヴィータ、次がシロウでその次がシノブ。

 オラ以外の奴に狙いを定めて気合砲をぶっ放そうとしたのが三回! こっちがマジになって倒そうと攻撃してるってのに、余裕見せながら牽制してきやがる……完全に遊んでやがる。

 

「さすがにアタマ来たッ」

「ほう、手厚い歓迎だな」

「抜かしてろ!」

 

 …………今に見てろ。

 

 

 

 

「だあああああッ!」

「ふ、遅い」

 

 孫悟空が超サイヤ人に変異してからおおよそで20秒の時がたった。

 その間に行われる攻防の数はおおよそにして200。 一秒に20手の計算だが、それでもまだまだ彼らの中では『緩い』闘いであろうか。

 しかし周りから見れば強烈至極な戦いは物理的な嵐をもって、周りの人物たちを彼等から遠ざけようとしていた。

 

「こわかった……そ、それより――恭也、今どうなってるかわかる?」

「視力は忍の方がいいだろ? ……なら聞かなくてもわかるだろうが、悟空の劣勢だ」

「…………やっぱり」

 

 ドゥン――唸る大空を睨むかのように見上げる忍と、全体を眺めるように見通す恭也はニガイ顔をする。 好転、反転、暗転……おおきく切り替わっていく戦いの情勢に不安にならない訳はないのだから。 ……それに。

 

「悟空はおそらく、一度アイツに負けているはずだ」

「……そうなの」

「あぁ。 あいつの戦いかた……何となくいつもの組手とは違った雰囲気を感じる。 ワクワクとかそういう武者震いを感じさせない、どこか緊張感を背負った感じがする」

「…………」

 

 彼から感じ取る気配は強烈だったから。

 狂おしくも絢爛煌びやかな血戦風景は、さしもの忍でさえも視線を奪われる。 常人では光がちらついている程度にしか感じない光景も、恭也は神速(わざ)で、忍は夜の一族特有の身体能力で何とか……微かに見守っていく。

 

「がんばって悟空さん」

「頼む悟空。 父さんの仇を――」

 

 一瞬だけ通り過ぎたかのように見えた悟空に、確かな声援を送る彼等彼女たち。 そんな姿は健気でありながら――確かなちからを悟空に与えている。

 

「負けないで……」

「頑張りなさいよッ!!」

 

 小さな声の一つ一つが、戦闘民族でありながらも相反する清らかな心をもつ超戦士へと集い、重なり合っていく。

 

「悟空君」

「悟空……君」

 

 夫婦が彼の残響を身に刻む中、戦いは次のステージへと移行していく。

 

 孫悟空が己が身に受けた拳打の数を180を超えるころだったろうか。 その痛みはまだ耐えられるものの、これ以上の戦闘継続が自身の限界――つまり、ジュエルシードの稼働限界に迫ってきていると肌で感じる。

 もう、何度も成ってきたあの姿に今ここでなるわけにはいかない。 それは当然だ。 こんな場面で戻ってしまっては次の瞬間に殺されるのは明白。 だからこそ孫悟空は。

 

「ッ…………――――    」

「瞬間移動か! ……いや、タダの高速移動?」

 

 クウラから放たれた高速の蹴りを躱しつつ、上空3万2千キロにまでをロケットのように飛翔する。

 

「悟空が消えた!?」

「ど、どこに」

「…………まさか」

 

 士郎、忍、恭也の三人が見渡し。 しかし、次の瞬間……太陽が二つに増える。

 

――――かぁあああああ!!

 

「お、おい……アレ」

「なんだあの光」

 

 夕焼け雲に隠れた青色の極光。

 茜雲を空色で切り裂き、アカツキ時の今を昼の景色へと逆行させる。 その光、其の力、決して人が手にすべきではない自然界ではありえない禁忌とも言える現象。 それを確認した時、高町恭也は……

 

「悟空のバカヤロウ!!」

『!?!?』

 

 あの男に罵声を投擲してやるのであった。

 この場にいる者で、いま悟空がやろうとしていることを知るのは敵味方含めて二人だけ。 その一人はいま、周囲の人間を一瞥すると焦りの色も隠さずに声を走らせる。

 

「アイツ柄にもなく焦って判断を見誤りやがった!! みんなここから離れるんだ! ――いや、もう手遅れかもしれない……しかし!」

「きょ、恭也?」

 

 何が何だか……事態を掴みかねる忍は視線を悟空と恭也へ往復させる。 その動作と同時、みるみる青ざめていくのは士郎の表情。 彼は直感したのだ。

 

「ま、まさかアレは――――悟空君の!?」

「か、か……か――」

 

 声が引きつり、表情筋がマヒする。 曇るどころか台風でも来てるんじゃないかというくらいの暗い顔は、その実、規模だけならそんなものの数倍は最悪なものを見たと言えるだろうか。

 そこから数瞬の事だった。 大空から彼の呪文が第四の詠唱まで進むと彼らは叫ぶ。

 

『かめはめ波だああ――ッ!!』

 

 逃げろ!!

 家族とその他諸々含めたすべての人間に訴えた。 その判断は正しい、その行動は称賛に値するだろう。 だが……もう、遅い。

 しかしその必死の行動の中で、一機だけ……そう、たったの一機だけ氷のように冷徹な目で上空を見上げる者がいた。

 

「…………撃てるわけがない」

 

 クウラだ。

 彼は吐き捨てるかのように言葉を出すと、高町の人間や、アリサやすずか、それに忍たちの顔だけを見る。

 それだけだ。 それだけで孫悟空という人物が、天上からの砲撃を敢行できないと踏む。

 増すばかりの極光を見ても、その考えは変わらない。

 

「馬鹿な男だ。 ハッタリをするような輩だとは思わなかったぞ? 超サイヤ人」

 

 聞こえない距離でも、まるで会話をするかのような単調さで言い放つクウラ。 当然と言えばそうであろう。 付いた実力の差は、どう見積もっても彼奴には負けないという自信をクウラに与えているのだから。

 

――――そう、その自信が。

 

「そんな馬鹿でかい物を落とせば、この街だけではない。 この星そのものが消えてなくなるのがわからんのか?」

『星?!』

「貴様にはガッカリだ。 底が知れたなソンゴクウ」

 

「――――――…………あぁ、そうかよ」

 

 

 慢心になっていたとも知らずに。

 

 背後だ。 突然クウラの背後から青い太陽が出現する。

 規模にして直径20センチ。 バスケットボールほどもない閃光球の持ち主は…………いうまでもないだろう。

 

「しまっ――――!」

 

 確認した時には。

 

「波ぁぁあああ!!」

 

青年の手のひらから極大の閃光がクウラの上半身を吹き飛ばしていた。

 輝きに吸い込まれていく鋼鉄たち。 眼球状のセンサーに、肩に仕込まれたテーパベアリング。 さらに各神経伝達配線や剛性と柔軟性のあるケーブル。

 ありとあらゆる機械部品が光の中に消え、この世から消滅させられていく。

 

「す、すげぇ。 不意打ちとはいえあんな化け物を」

「しかも軌道をわずかに上に逸らして街への被害を防いでる。 戦いながらそこまでの気遣いが出来るなんて」

 

 先ほどまでの恐慌が嘘のように、今舞い散る光の残滓を見上げる高町の男衆。 視線の先にある青い焔は静かに消えていき、対比のように舞い上がっていくものがひとつ……

 

「……やった」

「悟空さん、勝ったんだ」

 

 豪華絢爛な輝き達は、まるで戦士の勝利を祝福するかのよう。

 アリサもすずかもどこかでそれを感じ取ったのだろう。 彼を見る目にうっすらと雫を流すと、抱きつきたいという衝動を今か今かと溢れ出しながら駆けだそうと――――

 

「おめぇたち、もう少しだけ待っててくれ」

『!?!?』

 

 手のひらを彼女たちに向ける悟空。

 傷つき、ボロボロで、やけどの跡もあるその手はどこか壮大で偉大で……温かさすら感じる。 そんなものを見せられたら、悲壮で動いていた彼女たちは止まるしかないじゃないか。 ……卑怯。

 そんな言葉が出かかるときであった。

 

「アイツには色々と大事なモンを取られたまんまだ。 それに――」

[…………]

「こんな程度でくたばるんなら苦労はねぇ。 起きろ、いつまで寝たふりなんかしてるんだ」

[…………ち]

 

 その声を聞いたとき、皆の足がすくんでしまう。

 なんという事か。 この、既にスクラップと形容できる物体から音声が聞こえてくるのだ。 もう、ついたと思った決着は、その実次のラウンドへの準備運動程度でしかなかったのか?

 悟空以外の人間は、既に全身から力が出せないでいた。

 

「どうしてわかった?」

「何となく手ごたえがなかった。 こうなるだろうとは予想が出来たさ」

「……甘く見ていたのはこのオレの方だったか」

 

 スクラップと会話する悟空。 その会話の速さが途切れ途切れから流暢なものに変わる頃、上半身が吹き飛んだクウラのボディーはひとりでに立ち上がる。

 

「前に聞いていた闇の書の転生機能。 そして、このあいだやった時の感じから、大体のことはわかる。 おめぇ、回復に関してはおそらくピッコロとは比べ物にならねぇはずだ。 ちがうか?」

「それはどうかな?」

 

 カラダ……脊髄付近からワイヤーが溢れ出さす。 火山の噴火のように広がり、一気に集まり束ねられていき――身体を構成していく。 ナノマシンでも使っているのだろうか? いくつもの小さな金属片がそれらの不確かな部品を覆っていくと、確かなボディを形成していく。

 クウラは、完全に復活する。

 

「これがタダの回復だと思うのなら、また同じことをしてみればいい」

「……あぁ、そうかよ」

 

 言葉はここまで。

 ふたりの間に風が吹き抜けると――景色が爆発する。

 

「だあっらぁああ!!」

 

 先攻は悟空が制したようだ。 彼は振りあげた右腕を、拳銃の引き金よろしく……爆発音の鳴り響く前に撃ちぬくと、クウラの左胸元に衝突させる。

 鳴り響く音はそのまま恭也たちを吹き飛ばし、唸りを上げる力の奔流は彼らの周囲に竜巻を作る。

 

 そんな、激しい力のぶつかり合いなのに。

 

「……どうした? そんなものかサイヤ人」

「く、きかねぇ」

 

 悟空の拳は、またもヤツの装甲に阻まれる。

 先ほどの時よりもさらに威力をあげた渾身の振りだ。 力の流れは完璧で、込めた感情もこれ異常にないくらいのテンションだった――筈なのに。

 

「効かん!」

「うぐっ!?」

「効かないんだよ――」

「あぐっ!!」

 

 尾で足を払われ、蹴りが悟空の腹に収められる。 だが、ここで終わるのなら――……

 

「―――……はじめっから諦めてらぁ!!」

「なに!?」

 

 瞬間移動で背後を取り、すかさず拳を振り上げる。

 先ほどと同じ振り、でも、緑色の目に映る覇気は凄まじい物がある。 黄金の頭髪を激しく揺らすと、彼の身体は剛い焔に包まれる。

 

「うぉぉおおおおッ!」

「いまさらそんな拳がきくか!!」

 

 背後という至近距離から出せる最大戦速。 脚、腰、背筋、肩――――関節という関節を通した力の“増幅”はとどまることを知らない。

 まだ上がる。 いくらでもあがっていく。

 今までで一番とも言える過剰な力の増幅が行われ、悟空の身体から軋み音が唸る手前……彼の身体の炎の色は劇的に変化する。

 

「喰らえ!!」

 

 色は紅蓮。

 赤い閃光纏いし黄金の超戦士がいま、銀の機械に向かって持てる限りの踏み込みで右こぶしを打ち出す。

 其の超戦士、技の名は――――

 

「だぁぁぁあああああああああああ――――超界王拳(スーパーかいおうけん)ッ!!」

「ぐぉぉぉおおお!?」

 

 世界の王を極め超絶せし拳。

 

 銀の装甲をいとも簡単に破り、相手の心臓部と思しきものを鷲づかみにする悟空。 それを思い切りよく握り潰し、手の中に気の塊を生成すると……炸裂させる。

 

「ぐげええ――ッ!!」

「…………っ」

 

 吹き飛ぶクウラの左半身。

 気合と共に振りぬかれた、悟空がいま出せる最強の拳打。 これで倒れない道理はない……そう、相手を倒すまでは出来たのだ。

 

「悟空……?」

「…………」

 

 しかしピクリとも動かない両者。

 何かがおかしいと、声をかけていた恭也は思わず目を見張る。

 

「おい、おまえ……!」

「やられた……かはっ!?」

 

 同時、眼下の地面が鮮血に染まる。

 

「悟空さん!!」

「ご、悟空!?」

 

 そのとき恭也は見てしまった、彼から伸びる一筋の銀光を。 鋭く、鋼鉄よりも堅牢な……手刀。

 それが悟空の胴から背中へと突き抜け、彼の生命を著しく削り取っていく様を見てしまったのだ。

 

「おまえ……身体が」

「来るなみんな……まだ、決着(ケリ)ついてねぇ」

「……おまえ」

 

 界王拳の輝きは既にない。 超サイヤ人から来る黄金の輝きもすでに弱々しい。 だが、それでも眼光だけ強い悟空は右足をクウラの脇腹に添える。

 

「ぐおぉ……この!」

 

 同時に足に力を加えると、そのままクウラを引きはがそうとする。 だが、それは彼に突き刺さった手刀を動かすことを意味し、グジュグジュと音を立てるその光景は、既に地獄絵図をも思わせる凄惨さを……見せつける。

 

「は、離れろ……っ」

 

 手刀が背中から見えなくなり、彼の内臓へと逆行していく。 刺激されていく激しい痛覚を奥歯で噛み殺し、叫び声すら出さずに悟空はひたすら足に力を入れていく。

 

「はなれろおおーーー!!」

 

 ついぞや叫んだ彼の身体から、銀の手刀が取り外されていく。

 しかし彼は奴を離さない。 掴んだクウラの右腕を振りかぶると、そのまま一本背負いの形を取る。

 踏み込み、屈み、全身のバネを一気に解き放つ。

 遠くへ遠くへ……成層圏まで行ってしまえと、奴を物理的に遠ざける。

 

「はぁ……はあっ!!」

「ご、悟空!!」

 

 ここで、やっと近寄ることが出来た悟空以外の人物たち。

 ある者はその傷の深さに眩暈をきたし、ある者はこの傷を作ったクウラに憎悪の感情を煮えたぎらせる。

 皆が複雑な心持で彼を囲む中、金髪を逆立てたままの悟空はいまだ臨戦態勢。 弱った体でなおも立ち上がり天上を見上げる。

 

「もう、やめて……」

「すずか……?」

 

 そんな彼に、ついに堰(せき)を切ったのであろう、月村すずかは泣きじゃくるように地面に伏せる。 見たくない……こんなボロボロで危なっかしい彼を、これ以上は――だけどその願いは。

 

「わりぃな、どうしてもあいつは倒さなきゃなんねぇンだ」

「でも!」

 

 聞き入れることが叶わない願い。

 初めて言ったであろうすずかの我が儘も、状況が決して許そうとしない。 崩れたコンクリートとアスファルトを蹴り、独り立ち上がる悟空は目だけは優しく彼女に語りかけ……

 

「……すまねぇ」

「悟空さん……!」

 

 拳を握る。

 

「みんなをこんな目に逢わせてよ、そんではやてやあの娘をあんな顔させて――なのはとフェイトを自分の力のために利用したあいつは――アイツだけは」

 

 フラフラの身体。 体中に行き届かない血流は、彼から体力を大幅に削り取っていく。 でも、それでも。

 

「絶対に許しちゃおけねぇ。 それにここで倒しておかねぇと、確実にみんな殺される――そんなの我慢なんねぇッ!!」

 

 彼は自分の身体に鞭を打つ。

 これ以上痛めつけてどうするつもりか……常人では理解できないナニカが、彼の身体を支えていく。

 怒り、悲しみ、そして周囲の人間の信頼が――今の彼を地に伏せさせない。

 孫悟空は、覇気をみなぎらせながら黄金のフレアを周囲へまき散らせる。

 

 明らかな無理。

 できないとわかった勝利への道。

 つかめない……希望。

 

 果てなき闘いを予想させるクウラの再生能力に、さしもの悟空も既に敗戦濃いのは誰が見ても明らかだ。

 それでも立ち上がる彼が“あの者たち”にはどう映ったのだろう。

 

「な、なんだ……コレ」

 

 悟空の周囲になにかが旋回する。

 アクセサリ、指輪、ガントレット。 姿様々なその物たちは、どうしてだろう、すぐ後ろで見ていたヴィータには覚えのある代物だった。

 

「……あったけぇ」

 

 その光に包まれる悟空の身体から痛覚が消えていく。

 決して悪い方向ではない感覚に、警戒心の一部を解いた彼は……遂に思い出す。

 

「見たことがあるぞそう言えば。 これってもしかして――」

 

 見渡し、思い返せば簡単なことだ。

 先ほど闇の書の娘から託され、渋々手のひらから零した道具たち。 どういう意味か解らないが、とにかく託されたそれを思い出した悟空は不思議に思う。

 これは、あの世界に置いてきたのではないのか……と。

 

「!? な、なんだ――」

 

 唐突に輝く道具たち。

 その色は悟空と同じく金色と……どこかで見たような深い青い色。 その2色に点灯し始めた道具たちは、まるで踊るように彼の周囲で騒ぎ出す。

 同時、悟空からあふれ出ていた金色のフレアは、吹き付けるかのように道具たちへ舞い上がっていく。

 

「こいつらまさかオラの気を吸い取って……?」

 

 そう、解釈もできる事態の中でも悟空は取りあえずまだ冷静でいられる。

 いや、そもそも慌てる要素が無いに等しいのだが、それでも今起きている事態が何か大切な儀式でもあるかのように直感して……

 

「……」

 

 気づけば固唾をのんでいた。

 

「……え、この感じって」

 

 そして気付いた懐かしい感覚。

 凛としていて、朗らかで、落ち着いていて…………心の有り様3つが混じりあった不思議な感覚――魔力を感じ取った悟空は、その内に答えを得る。

 そう、ついに帰ってきたのだ、彼等が。

 

「そうか。 そりゃあアイツが必死こいて渡してくるのもうなずける……な」

『…………』

 

 光り輝き、閃光と化した道具たちの光量が肥大化する。 150から180㎝程度の大きさにまで変貌すると、ついにヒト型へと姿を作り変えていく。

 

「……」

 

 言葉はない。 今ある事実を受け入れるだけだと、悟空は心静かに彼等を迎え入れる。 何もなかったわけじゃないし、いろいろと手を煩わせたと文句を言いあう事すら出来る仲でもあろう。

 けど……ほんとうに言葉はないのだ。

 

「…………」

「…………」

 

 見つめ合う彼等。

 青年と、光の中から生まれ変わった彼女たちはそのまま数瞬のあいだ戦いを忘れていた。 思い出すのは過去の出来事……笑った、泣いた、怒った……なにより――

 様々な喜怒哀楽を思い起こし、ついに彼らは歩みを同じくする。

 

「無事でよかったぞ、おめぇたち」

「…………孫」

 

 聞きたかった言葉と、見たかった笑顔。

 思いの丈があふれるのを我慢でもしているのだろうか? 彼女の手は微かに震えているかのように見える。

 

 そしてそんな悟空たちの背後から声をかける幼子が独り……もちろんそれは。

 

「ゴクウ!」

 

 ……ヴィータだ。

 彼女は今にも泣きそうで……だけどニヤケルくらいに口元を緩めると傷ついた青年の足元で言葉を飲む。

 息を吸い、吐き出して。 言いたいことに算段を付けると。

 

「すまないヴィータ。 一人にしてしまって」

「油断しすぎなんだよ――ひぐっ……お、お前たちはさ」

「ふ……そうだな。 それに孫、今回こうなったのはお前の事を信じきれなかった我等のせいだ……ほんとうにすまない」

 

 先制してきた剣士に言葉を詰まらせ、気付けば目尻から雫を零していた。 長くもあり短くもあった別れは、それほどにいままでが濃密な毎日だったから。

 鉄槌の騎士が嗚咽を漏らす中、戦闘態勢そのままの悟空は声をかける――とても優しく。

 

「礼はいらねぇかんな。 正直言うとオラ、半分おめぇ達を見捨てようとも思ったし」

「……当然だろうな。 私も逆の立場なら殺しに行っていたかもしれん」

 

 しかしその内容は殺伐としたもの。

 あまりにもあんまりな内容に、思わずヴィータが悟空のズボンを握りだす始末だ。 しわを作り、ギュッと音を立てると小さくうずくまろうとして……

 

「だが」

「……」

「やはり貴様には何かしら恩を返したい。 ……その、なんだ。 ヴィータも世話になったことだしな」

「そういやそうだな、じゃあ…………」

 

 そんな姿を見下ろす二人は、そのままひっそり口元を崩す。

 小さく息を漏らし、視線を交じらわせると互いに言いたいことを雰囲気だけで受け取り……察する。

 いま一番目の前の騎士がしたい事―― 

 

「オラ、いまとってもはやての飯が食いてぇんだ」

「…………ふ、まさかそんな簡単なことでいいのか?」

「言ってくれるじゃねぇか――あぁ、そうだ。 おめぇには一回だけ半殺しにしちまった分、謝んねぇとなぁ……何かできることあっか?」

 

今一番孫悟空がやらなければならないこと――――

 

「私はそうだな……このあいだ私の身体を操ったクウラに一杯食わせたという金髪の少女と手合せをしてみたい」

「へぇ、随分とお安い御用じゃねぇか」

「ふふ、貴様随分……」

 

 ものの見事に合致したお互いの目的。

 ……素直じゃないなぁ、なんて。 ヴィータが苦く笑う中でも、戦士と剣士の打ち合いは弾むばかり。 そろそろ天上に打ち上げた機械の怪物がしびれを切らす頃であろうかと、悟空がそっと目線を配ると……

 

「孫、いまの貴様での勝率を教えろ」

「……正直言って4割以下だろうな。 なんといってもあの回復が邪魔だし、なのはたちもきちんと救ってやらねぇとなんねぇから跡形もなく消すってのはできねぇ」

「そうか」

 

 出来るのか?

 そう言った質問が来ないのは、やはり彼女が悟空の全貌を把握したからだろうか。 早々に始まり、順当に進んでいく作戦会議の中で剣を持つ彼女は問う。

 

「孫、貴様あのときになった姿にはもう成れないのか?」

「……あのとき? いつのことだ」

「とぼけるな。 クウラに殺されかけたあの時だ」

「…………」

 

 しかし悟空は暗い顔をして。

 

「そいつはちぃと無理な相談だな。 さっきから成ろうとは思ってはいるけど、どうにも気の上がり方が不十分だ。 ……なにか、何かが足りねぇ」

「やはりな」

「――やはり?」

 

 されど剣士は――シグナムはそれを見越していたのだ。

 触れた常識外の世界と、自身の持つ数百年という歴史が与える戦闘景色。 変わってきた今までの戦闘の世界と、蓄えてきた記録の膨大さは伊達ではない。

彼女は今、悟空の言う足りないモノをズバリと言い当てる。

 

「いまの貴様はジュエルシードの魔力を消費させることで、己に掛かっている一種の呪いを相殺している。 その点は良いな?」

「あ、あぁ」

「だからこその大人の姿と、あの子供の姿だ。 それに超サイヤ人なるものに変異した時に一気に消費するのは、それだけあれが身体に負担をかけ呪いのチカラに刺激を与えるから。 だからこそ反動を抑えるべく、ジュエルシードは必要以上に魔力を放ち、貴様をキックバックから遠ざけている」

「そう……なのか?」

 

 知らない単語の羅列に目をまわしそうになるものの。

 

「とにかくだ、貴様にもわかりやすく言うならそのジュエルシードがあるから、貴様はあの弱い姿にならず、尚且つあれほどのパワーを出せている」

「お、おう」

「そして、先ほど言った呪い……これに対してお前はおそらく本来持っていたであろう力と記憶、その両方を封殺されているとみていい。 クウラの中から見た記憶と、闇の書から流れ込んできた情報を統計するなら間違いないだろう」

「…………オラに、今以上のパワーが?」

 

 来た答えに、思わず自身の拳を見てしまう。

 どう考えても今が限界の筈。 見えてしまった壁に一時は落胆したのもつかの間、ついさっきの変貌は確かな手ごたえをもたらしていたのも事実。

 偶然だった……そう、片付けようとしていた節もあったかもしれないときに言い渡された情報に、悟空は喜びを抑えきれそうになく……だが。

 

「だがそんなもんがあったとして、簡単に引き出す方法なんてよ。 悟飯ならともかく、オラたちは怒りだけで一気に強くなれるもんじゃねぇ。 それを――」

「わかっている。 貴様はあの男の子とは違う。 そんなことはこちらも承知の上だ」

「…………じゃあどうすんだ」

 

 遠い眼差しで街を見渡したシグナムは、そのまま己が騎士たちを見渡す。

 ザフィーラ、シャマル……そして今合流したヴィータでさえも頷くと、彼女たちは悟空の方へ一斉に視線を向ける。

 

「な、なんだよ?」

「孫」

「え?」

 

 寂しそうでいて……やさしい眼差しだった。

 

 笑いかけ、見送るかのような騎士たちの目は悟空にある種の不安さえ持たせる。 あの悟空を不安にさせるほどに柔く、儚い表情の騎士たち。

 彼らは悟空を取り囲み、一つの陣形を成すと…………

 

「言うまでもないが、行くぞお前たち」

『!』

「な、なにしてんだよおめぇたち!!」

 

 孫悟空に4色の魔力が流れ込んでいく。

 その色は当然騎士たちのモノと同様。 しかし、その量が、質が――規模がありえない。 既になのはたちが持つであろうそれを遥かに凌駕して、それでも足りぬと悟空に魔力をささげていく。

 

「ふ、服が――」

 

 騎士甲冑がうっすらと消えていく。 衣服だけになった彼女たちは、それでも悟空へ送る魔力を遮断しない。

 まだだ……そう言って聞かせるかのように紡いだ口は、己が決意を鈍らせないようにしたかのよう。 彼女たちの献身が続く。

 

「シグナム! お、おめぇ達身体が消えて行って――」

「案ずるな」

「いやそんなこと言われてもよ!!」

「貴様は只、そこで傷が癒えるのを待っていればいい」

 

 長身の剣士は彼を言葉で押しとどめる。 しかしそれでもと悟空が動こうとすれば――

 

「急に動いちゃダメですよ。 おなかに穴が開いてるんですから」

「シャマル……でもよ!」

「いいですか? これは何も犠牲になろうってわけじゃないんです……」

「んなこといっても。 現におめぇ達!」

 

 穏やかな湖の如く、ほほえみが良く似合う術士が彼を光で包み込む。

 

「お、おお!? き、傷が治っていく」

「当然だ、少しは落ち着け。 我らが持つ技法の数々は既存の物とは比べ物にならない。 だからこそ騎士と名乗り、主を守ることを生業とできるのだ」

「……ザフィーラ」

「そして孫悟空。 お前はそんな我らすらも守ろうとした男だ。 それがこのようなところで倒れてもらっては困る」

 

 先走ろうとする悟空を、言葉と行動で抑え、落ち着かせ、堅牢な城が如く守護する。 褐色の彼はそのまま正面切って見つめると、遠い空を見るように視線を切る。

 そして最後、今のいままで喋ることがなかった赤が――悟空の困惑顔を……

 

「あたし嬉しいんだ」

「……え?」

「気付けばあたしらを笑わせてくれるお前をさ、いつかみんなで助けられればって、ずっとずっと思ってたから。 ――だから今それが出来てうれしいんだ」

「ヴィータ……おめぇ」

 

 吹き飛ばす。

 

 紅よりも真っ赤にした頬は何を物語っているのだろう。 悲哀? 愁い? ……それとも。

 分らない方が面白いと、剣士の女が微笑む中で皆は視線をひとつに集める。

 その場にいるのは当然の如く最強の戦士……孫悟空。 彼に意識を集中するたびに、彼等の意識はうつろう世界へいざなわれる。

 

 せっかく出会ったこの瞬間も、既に終わりの時が近づいてきている。 

 少ない時間の中で、騎士の将たる彼女は最後に――悟空へと微笑んだ。

 

「孫……」

「…………」

 

 うつろう事のない瞳に、青年の姿を映しだし……けれど一瞬だけ息を呑みこんだ彼女はそのまま言葉を迷う。

 最後の言葉になるかもしれないのだ、迷うのは仕方がないかもしれない。 けど、彼女が迷ったのは“そんなつまらない理由”ではなくて。

 

「ご、ごごっ――」

「?」

 

 咳をひとつ。

 佇まい直して、もう一度。

 

「頑張れ、……………………悟空」

「――おう。 任せとけ」

 

 その、たった一言を残して、騎士たちは悟空の中へと消えていく。

 生命体ではない彼等が魔力の粒子となって溶け合い、純粋なチカラの塊として悟空の体内にあるジュエルシードに、一つの変化をもたらす。

 

「……すげぇ」

 

 感想はそれだけ。 なぜならそれ以上は言葉にできるほど、彼が言葉を知らないから。

 不快感というにはあたたかくて。

 違和感というにはしっくりくる。

 

 これは、そういった変化だと言えるだろうか。

 

「どんどん身体があったまってくる感じだ。 体中の傷も――あっちゅうまに治っちまった」

 

 腹の風穴は消え去り、擦り傷切り傷かすり傷は既に見当たらない。

 完全なる治癒に、だけど驚くことはない。 なぜなら今ここに、更なる驚愕が待ち構えているのだから。

 

「……そうか。 そういうことなのか」

 

 あたまの中に有った“モヤ”は、ほんの少しだけ鮮明になり。 身体を覆うようだった“重し”も、何となく消えた風に思える。

 イヤ、少し違うだろうか? なにせさっきまでは――

 

「あれで限界を感じていたはずなのに……すげぇや」

 

 それがすべてだと思っていたのだから。

 

「いける。 これならいけるかもしれねぇ!」

 

 唸りを上げそうになる全身を、まだだ、まだだとなだめて押さえつける。 ぶつけるにはちょうどいい相手が遥か上空で待っていてくれてるのだ。 なら、やる事は簡単だ。

 

「……ふぅ」

『!?!?』

 

 それを見て、皆が今度は驚愕に駆られる。

 なにせ今の孫悟空の髪は黒。 超を冠する戦士を解いて、実にリラックスしてしまっているのだから。

 どういうことだ……士郎が呟いたのは必然だ――――だが。

 

「…………せい!!」

 

 次の瞬間には、空間が嘶き(いななき)、爆ぜる音を奏でていた。

 腰を落とし、上空に向けて狙いを定めたかと思ったら既に腕を腰元に収めていた。 彼は瞬間的な掌底を【何処】かに放つと、そのまま妖しく笑う。

 

「あぁ、当たったぞ…………―タ」

『??』

 

 そうしてやさしく笑うと、どことも知れない方角へ視線をくれ、彼はそのまま――

 

「わかってる………グ…見せてやるよ、“壁”を超えたサイヤ人ってのをさ」

「悟空さん……?」

「あ、アイツさっきから誰と話してんのよ」

 

 周りの人間が疑問に首を傾げていようが、悟空の独り言は収まらない。

 まるで子供にせがまれた父親の様な物腰で、しかしすぐさま雰囲気が――世界が変貌する。

 

「ふッ……ぐぐぐ……ぐぅぅぅぅううううう――――ッ!!」

 

 変わった自分。 それが判らないというのならば、いまこそそれを見せてくれよう。

 黒髪は戦慄(わなな)き、天上は唸り大地が裂けていく。 悟空のいる大地が、まるで地の底へと引き込まれるかのように沈みだすと、世界が震え叫びだす。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁあああああああ」

 

 ぶれる。

 グラグラと変動していく世界中の風、大気……そして海や大地までも。 彼のチカラの流れに、いま、世界そのものが流れを変えたのだ。

 

 唸る声は咆哮に。 猛る力は……天に昇る。

 

 金色だ。

 いつもの金色だ。

 

 けど、その色にはいつも見なかった色がアクセントとして煌めいていた。

 

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああ」

「か、かわった……」

 

 その変化は些細なものであっただろう。

 だからこそ彼の凄みをより一層引き出していることに、いったい何人の――幾許の世界が気付くことが出来るのだろうか。

 彼はいま、ついに壁を越えることが出来た――超サイヤ人のという、とてつもなく高い絶壁を。

 

「わかる。 わかるよ悟空君。 いまキミは自分の限界以上に踏み込んだんだね……そこまで、どれほどに辛いことがあったのだろうか……」

 

 父親は完全に脱力していた。

 目の前の圧倒的な力の奔流もそうだが、何より、黄金と、蒼い稲光を網膜に焼き付けられてしまった時から、身体は警戒することを放棄してしまったのだ。

 自身をここまで傷つけたものがまだ居るはずなのに。

 でも、それでももう戦う必要がないと訴えかけるのだ――本能が。

 

「…………」

 

 逆立つ髪。

 けれどそのいきり立つ様はいつもの比ではないし、鋭い視線は正に刀剣類と差支えの無い切れ味を与えてくる。

 物理的な切れ味。 そう言っても過言でない彼のエメラルドグリーンの瞳は、頭上に居るはずのクウラを……捉える。

 

「待っていろよクウラ……今、全てを返してもらう」

 

 寡黙に過ぎる彼。

 恐ろしいくらいに無口だった彼は、いつかの時に在った戦闘本能を極端に抑えた超サイヤ人のよう。

 それでも彼は、孫悟空は――

 

「そして闇の書。 一発ぶん殴ってでも思い出させてやるよ――」

 

 稲妻を体中に迸らせると。

 

「…………本当の名前ってやつをな」

 

 彼は瞬間よりも早く空を翔けあがる。

 輝きよりも瞬きよりも……稲光よりも早く激しく……彼は戦場を空へと移していく。

 

「クウラァァあああああッ!!」

 

 穏やかを遥かに下回る平静の中で、孫悟空という男は今、戦哮を彼方へ轟かせる。

 戦いは、ついに終局を迎えようとしていた。

 

 




悟空「……オッス!」

アルフ「あ、あのちびすけ! どこに行っちまったのさ!? 急に人のこと置いてきぼりにして」

リンディ「あ、あの人は!! 瞬間移動で散々連れまわして、美由希さんを見つけた途端に海の上に放り投げてどこかへ行っちゃうんだから」

置いてきぼりーズ『孫悟空、許すマジ!!』

クロノ「どっちなんですか、その言い方……はぁ。 というより、次回はついに悟空があの闇の書を……葬れるのか? 闇から闇に移ろうあの魔本を」

ユーノ「単純な破壊じゃ振り出しに。 かといって放っておけば地球をのものを食らい尽くしかねない。 まさか八方ふさがりなの?!」

クロノ「分からない。 でも、希望はあるはずだ――次回!」

悟空「…………魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第53話」

??の書「涙拭うは祝福せし風のごとく」

クウラ「再生が追い付かない!? どういうことだ! 今までのデータの予測数値を遥かに――」

悟空「終わりだ、クウラ。 地獄で閻魔の裁きでも受けてるんだな」

クウラ「ふざけやがって……ふざけやがってええええええッ!!」

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