魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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ループしたのは何のため? そこまでしてやり直したいものでもあるのだろうか。
過去は変えられないから過去なのであって、かえられるのなら未来に意味はあるのだろうか?

しかしその問いに青年は答えられない。
彼もまた、未来によって命をつないだ者の一人なのだから。

繰り返しが少女の心の闇を膨らませていく。
そのなかで見た絶望と、その根源に何を思い、どう歩いてしまうのか。

高町なのは、八神はやてに比重を置いたりりごく54話、始まります。


第54話 真名――おくりもの――

「私、高町なのは。 よろしくね」

「たかまち……?」

「うん。 高町なのは」

「あ! おめぇ!!」

「…………え?」

「なんかキョウヤの奴と名前が似てる気がするぞ」

「…………うん、ソウダネ」

 

 初めて会ったとき、そのときにはこんな感情はなかった。 ただただどこまでもおかしな男の子だと、どこか困っていた自分が居たんだ。

 仕方ないよね? だって本当に変な人だったんだもん。 人の話は聞かないし、すぐにどっか行っちゃうし消えちゃうしで……心配してたらいきなり帰ってきて、何があったかは聞くまで言ってくれなくて。

 

 そんなんだから目が離せなくなってて。 それで気が付いたらそんな背中を目で追って……手をのばし始めて。

 

 最初は背中に落っこちて来て。

 次には、身体が震えで動けないところに、悠然と眩しい背中を見せて現れて。

 気が付けば、傷ついた身体で、それでも私達の前で戦い続ける……あのヒト。 その姿はやっぱり背中しか見えなくて。 だから、いざあのヒトがどんな顔して私たちを守りながら戦ってるのかと、聞かれてしまえばなんともいえない。

 

 だって……だって言ってくれなかったんだもん。

 だから私は――私は……

 

 

 

 私はあの人に聞きたかった。

 でも怖かった。 もしも、もしも足手まといだという本心を打ち明けられてしまったら、その次の瞬間からどんな顔をすればいいの? 鬱屈? 畏怖? 反省、恐怖、嫉妬、恐慌……縋り付く。

 

 きっともう、普通じゃいられなくなる。 だから追いつきたかった。 だから背中を追いかけた。

 正直に言うけど、本当は世界の平和とかはどうでもよくって。

 私が知っている人が、私が守れる範囲で守れれば……みんなが、私に笑顔を向けてくれればよかったんだ。

 だから、そうやって“頑張るところを見せれば”あの人も私に笑顔をくれる。 ……そう思ってたんだ。

 

 

――――おせぇ! そんなもんじゃ簡単に殺されちまうぞ!!

――――やる気がないなら止めちまえッ!!

 

 

 でも、そんなわたしを待っていたのは痛烈な叱咤激励でした。

 

 どうしてこんなに厳しくするの……?

 最初は漠然とそんなことが頭をよぎって。 どこか、自分が思っていた教わり方じゃないと、次第に現実を受け容れられなくなって。

 

 

――――おめぇ達はホント弱ぇ。

――――だからこれからは鍛え方を変えてみようかと思う。

 

 

 けど、そのあとに知ったのは……

 

 

――――おめぇは切り込み役の高速戦闘特化ってやつで、一撃の威力よりもまずは速度だ。 だったら足腰を強くしなくちゃな。

――――おめぇの方は■■■■の逆。 しかも自分に有利な戦場を作らなきゃだから、それも平行に鍛えていくぞ。 意味がわかんねぇ? いいさ、これからわかる。 嫌ってくれぇな。

 

 

 自分たちが、どれほどに大切に思われていたか。

 私たちが得意なものと不得意な物を見事に捉えて、しかも的確に教えながら鍛えて行ってくれるあの人の凄さに驚いて……そんなにまで世話を焼かれるまであの人の優しさに気が付かなかった自分達が少しだけ、ほんの少しだけ恥ずかしいという想いを募らせて。

 

 

――――何やってんだ。 修行はもう始まってんだぞ。 ん、立てねぇって? ほれ、手ぇかしてやるから……

 

 

 募らせて……

 

「…………くう、くん」

 

 募らせて……

 

「…………………どうして……?」

 

 募らせて…………

 

 

――――貴様の息子のようにだ!!

――――そいつは良い褒め言葉だ。

 

「…………しらない」

 

 そんなの知らない分らない。 訳が分かんないよそんな言葉聞いたことがないし、理解もできないんだから。 あはは……あはは――あははははははははははははは。

 

「そうだよ、アレは違うの。 そんなわけないし、あるはず無いモノ。 だってあのひとがだし……だって、だって……“やりなおさなくちゃ” ……そうだよそれがいい。 そうすればあれが間違いだったって解るはずだもん。 また、いつもみたいにあの時からやり直さなくちゃ」

 

 4月の時から何度でも。 ……そうだよ、そうやって―――――

 

 

 

 

 ヤリナオサナクチャ……

 

 

 

 

「私、高町なのは。 よろしくね?」

「ん? ん~~ナントカ?」

「なのは。 な、の、は!」

 

 季節は桜の花が舞い散る季節です。 私、高町なのはは新しい出会いをしました。 身長110センチくらいで、体重はなんと私よりも軽いんじゃないかってお父さんが言うこの子……きっと6、7歳くらいの男の子。

 この子はいきなり私の背中に落っこちてきて……それでも振り向かずに何かをしようとして、でも、私が掴んだナニカに気が付くと困った顔をして。

 

「なぁ」

「ふぇ?」

「いい加減に離してくれよ、オラのシッポ」

「し、し?」

 

 最初は意味が分かんなくて――嘘だけどね。

 でも、段々と状況が掴めて来て――つかめたっていう演技(御芝居)だから。

 

「ご、ごめん……なさい」

 

 しおらしくしながら謝る私に、どことなくどうでもよさそうに遠くを向くあの子。 あれ? こんな感じの出会いだったっけ?

 なにか……おかしい。

 

「キョウヤ! もう一回勝負だぞ」

「お、おう……」

「…………え?」

 

 そうして二人で金属音を打ち鳴らして……わたしを置いて行く。

 いつもみたいに、いつかの時みたいに……また私を置き去りに消えていく。

 

「ちがうちがうよ! こうじゃない! や、やりなおさなくちゃ……じゃないと嘘だよ――」

 

 景色が……暗転していく。

 渦を巻いて、ごちゃ混ぜにされて何もかもを呑み込んでいく。 人の記憶なんてこんなものなんだよきっと、だから曖昧な感じで“願ったから”こんな嫌なことになったんだもん。

 そうだよ、あの子は最初に出会った時もいつも見たく眩しい笑顔を――

 

「私……」

「おめぇなんか知らねぇぞ」

「え? だから高町――」

 

 だ、だから……今度こそ。 ……でも。

 

「私――!」

「だれだ? 知らねぇヤツだな」

「なのは。 なのはだよ!」

 

 おねがいだからいつもみたいに。 ……いくら繰り返しても。

 

「私……ッ!!」

「いま試合中だから向こう行っててくれよ」

「き、聞いてよ!」

 

 笑いかけて――! ……結果は悪くなる一方。

 これでもう156回目になるトライも、結局失敗してダメ。 彼はまた私の前から去っていく。 なんで、どうして! なにがいけないどこがダメなの。 私にはさっぱりわからない!!

 

「い、い、や……そうだよ、まだこれから数週間あるもん。 あの日になる前になんとかすればいいんだから」

 

 もう、スタート地点に戻るのは止めよう。 心が……くじけそうだ。

 徐々に気になってもらうようにしよう。 そうすればきっと……きっと。

 

「やーい、ナントカー! 朝ごはんだってよー!」

「あ、うん、いま行く」

 

 まだ、名前すら覚えてもらってないけど、きっとここから始まるんだ。 ……うん、だから焦らないで、あの日を避けて……あ、そうだ。 避けるんならその根本をどうにかしないとダメだよね。

 あの子がどうしてあの日に外出してしまったのか。 考えれば簡単なことだった。 そう、それを根っこの方から取り除いてあげればいいんだ。 えっと、そうだ、フェイトちゃんと――

 

「ねぇ、明日はどこにも行かないでお留守番しててよ?」

「なんでだ? オラ明日はおめぇの――」

「行かないから。 私も、どこにも行かないから……だからね、一緒にお留守番してよ?」

「ん? まぁ、いいけど」

 

 仲良くなるきっかけをなくしてあげなくちゃ。

 思わずほくそえんでしまった。 それほどにさりげなく進んだ自分の工作に、なんだかさっきまでの失敗が嘘のように明るい気分になっていく。

 だってそうだよね? この後の嫌なことを先に潰せたんだもん。 こんなに清々しい気分は他にないよ。

 

「じゃあ明日はお家でゆっくりしてようね?」

「わかった。 そうする」

「ふふ」

「ん? なにがおかしんだ?」

「なんでもないですよー」

 

 ……扱いやすいと思ってしまったのは心の中に留めておこう。 こういうところはあの子の美点で、良いところだから。

 

 そして1日が終わるまえ。 私はあの子には内緒で一人、商店街へと買い物に行きました。 小さなお財布には100円玉が5枚、この頃の女の子にはとっても高価――とは言えないけど、今の手持ちはこれだけ。

 それを手にして向かうのは文房具屋さん。 そう、私が欲しいのは日めくりではない方のカレンダー。 良くあるタイプだけどこれってあれなんだ、日付のすぐ横に月の絵が書いてあってその日の夜空に出る月齢がわかるようになってるんだ。

 

 帰ってきた私は、さっそくそのカレンダーの一か所に大きく○を描いたんだ。 うんとわかりやすくデカデカト。

 だって、そうじゃないと大変なことになっちゃうもんね……あの人たちに、見つかっちゃう。

 

「これで……よし」

 

 部屋の真ん中に飾って完成。 我ながら簡単な作業を仰々しくやったかも。 だって仕方ないよね? こうでもしないとこれから先を――あ。

 

「しまった」

 

 ここまでやって気が付いたことがありました。 大変です。 高町なのは、こと156回目にして最大の失態です。

 

「ユーノくんを拾ってない」

 

 魔法との遭遇が全然でした。

 デモ、イイヨネ? だってそんな力いらないんだから。 そもそもこれから先、危ない橋を渡らないようにしていくんだからヘッチャラだよ、いらないよ、そんな力。

 あんなのがあるから、あの子との時間が無くなっちゃうんだもん。 …………なら、いらないよね。

 

「そうだよ、いらないんだよ」

 

 戦いなんかよりも楽しいことはいっぱいある。 それをわからせてあげればあの子だって……あの子だって。

 

「きっと……振り向いて」

 

 こっちに笑いかけてくれるはず。 だからもう少しだけ頑張ろう。

 

 そうして過ごしていく日々はとても楽しくて、うれしくて。 同じようでいて違う、そんな不可思議な毎日を送っていくのは退屈さを退けてくれて。 だからだろうね、私はどんどんこの毎日にのめり込んでいったんだ。

 アレと言えばこう……なんて言うか、それくらいにはお互いを理解できて来て。 まるでかき混ぜたパズルをすこしづつ完成させる感覚は、私に大きな幸せをくれたの。

 徐々に近づいていくあの子との距離に心を弾ませて、今日も一緒に過ごしていくの。

 ずっと、ずっと一緒だよ…………ふふ。

 

 もう少しだけ……もう少しだけであの子が――なのに。

 

「………………カカロット、随分と間抜けを晒すようになったな」

「…………し、しまった。 このひとの事!」

「なんだ、こいつ?」

 

 思ってもみなかった最悪な日が、やってきてしまった。

 

 現れたのは黒い鎧を身に纏う男の人。 あの男の子の数年後を思わせ、浮かび上がらせるその人は寒気がするほどに鋭い微笑を向けてきたのです。 痛い、寒さが痛覚に変わって私を突き刺す頃には――

 

「う……がぁ」

「はっ、なんだ? このフザケタ戦闘力は」

「あ、……あぁ…………」

 

 花を摘むように掴まれたあの子は、黒い影に染め上げられていく。

 きっとこのままだとあの子を奪わてしまう。 わかる、だって一度はあの人に引き裂かれたんだ、だからこうなるのはわかっていたはずなのに。

 “その先”に起こる事を実現させないよう、私は必死に抵抗しようと手を握って、足を踏み出して…………

 

「ギッ――!?」

「…………え?」

「くくく……」

 

 その先にあるナニカにつまずいて、顔面から転んでいました。

 口の中を切ったのかな。 なんだか鉄の味がして、あぅ……か、身体も痛い……

 

「ご――!?!?」

 

 それでも必死にあの子を探そうとして……探そうとして……探しだせたその先に居たのは。

 

「……くははははははは!!!!」

「いや……ッ」

 

 あの子の顔“だったモノ”

それが光の無い目で私を見据えていたのです。

 なに、なんなの? これはなんのジョウダンなんだろうか……ウソだ嘘だ――あの子が首を、くくくくっ首が……!!

 

「……うっ!?」

 

 理解したその瞬間、胃の中にあったものが一気にせりあがっていた。

 ニガイ、苦しい、辛い、息苦しい――目の奥が締め付けられる……痛い!!

 

 そんな目でこっちを見るな! いや……いや! なんでこんなふうになるの!? 私は何も悪い事なんかしてないし、いつだっていい子にして来たのになんでどうして!!

 

「あぁ、そうさ。 貴様は何もしていない」

「な、に?」

 

 ならなんでこうなるの! なんでそっとしておいてくれないの!!

 私は只、幸せになりたかっただけなのに……それを必死に頑張っているだけなのにどうして邪魔をするの――もう、死人の筈なのに!!

 

「……馬鹿な野郎だ、なにもしてないからこそ、こうやって奪う側(サイヤ人)に蹂躙され、奪われるんだろうが」

「そ、そんな」

「嫌なら力を見せてみろ。 このオレを楽しませるくらいにはな……そんじゃあ――」

「あぐ!?」

 

 痛い、嫌だ!

 あの子のように鷲づかみにされて、そのままつま先から大地を踏みしめる感覚がなくなる。 宙釣りにされたとわかったその瞬間に。

 

「もう一度やり直してこい――」

「――――ひゅっ……」

 

 脳から、全身の信号が消失した。

 

 

 

 

……………………あ、れ?

 

「おーい、ナントカー!」

「……ここ、道場?」

 

 さっきまで黒い男の人に鷲づかみにされてた……よね? なんだけどいきなり景色が変わって……え、え? もしかしてやり直しっていう事?

 何もわからない、ただ、私の前でさっきまで骸だった男の子が笑顔を振りまいて来るだけで……

 

「――う゛う゛?!」

「お、おい?」

 

 さっきのように喉元まで胃液がせりあがってくる感覚。 もう、焼き付いて離れない死の感覚は、息をすればイメージを思い起こさせ、手を動かせば自分が殺された事実との矛盾に身動きが一気に取れなくなる。

 ……分らない。 どうして、どうして――

 

「うまく、いかない……」

「うま? おめぇさっきからなにを……?」

 

 そうだ、どうしてもうまく行かないのなら……かんたんだよね、うまく行くようにやり直せばいいんだ。

 

「ねぇ、少しだけいいかな?」

「……え?」

 

 まずはこの子からいろいろと教えてもらおう。

 戦いかたから何から何まで、勝てる見込みがゼロなのはわかってるけど、せめて逃げおおせることぐらいなら出来るはずだから――――私は、忘れていた。

 

「基礎から続けてなんて言ってられない、大体は知っているんだから――あとはユーノくんを見つけ次第……」

 

 例の動物病院。 そこでユーノくんからレイジングハートを受け取った私は……あぁ、もう、さっきから五月蠅い! なんなのこの影は! あぁ、そう言えばジュエルシードを封印しておかないといけないんだったっけ “随分と昔の事”だったから記憶がおぼろげだった――――あの男が。

 

「邪魔……しないで」

「な、なのは……いま」

「すごい、魔法を手にしてたったの数分でAAクラスの砲撃を……?」

「へぇ、アイツ結構やるもんだなぁ」

 

 ……こっちは今取り込み中。 どうやったら今のあの子よりも数段上を行くアノ男から逃げおおせられるかを考えてるの。

 たかがジュエルシードの暴走態に構ってる時間はないの。 ……どうすればいい、どうすれば幸せな時間を守れるの――――あの男が持っている物の中に。

 

「修行の時間はないよね…だって一か月以内に…どうしよう」

「な、なのは……?」

「あの?」

「……なんだ、アイツ」

 

 

――――人物を探せる道具がある事実を。

 

「どうすれば……いい」

 

 いっそのことリンディさん達に早めに合流して、あの男の情報を流して…………潰し合いでもしてもらうべきなのかな? きっとみんなやられちゃうだろうけど仕方ないよね? だって、私があの子と幸せになるためだもん。

 そうなったら善は急げ……はやく合流しよう。

 でもどうすればいい? あの人たちが来る条件はなんだろう。 そもそもなんでリンディさん達がこの世界に来たんだっけ……?

 

 あぁ、そう言えば次元振がどうとか言ってたっけ? だったら、それに代わる騒ぎを引き起こせば早めに来てくれるって事?

 ……騒ぎを起こせば、あの人たちが代わりになってくれるの?

 ならどういったことをする? あの人たちが来なければいけないレベルの災害……あぁ、そうだ。

 

「騒ぎ――ジュエルシードを意図的に暴走させよう」

 

 そこから出た言葉は、まるで今晩の買い物を決めた時のお母さんよりも軽い口調と気持ちだったはず。

 もう、常軌を逸しているんじゃないかと思える発言だよね? でも、仕方ないよ……ワタシガ幸せにナルタメなんだもん。 しかたがないぎせいだよ……ね?

 

「やりかた……しらない。 けど――2,3個適当につぶせば……ふふっ」

 

 もう、周りの声も聞こえない。

 小動物の制止の声も、男の子の壮絶な喚き声も、お兄ちゃんの警告も忠告も叱咤も激励もうめき声もなにもかも……うめき声?

 

「どうし――あ、れ……」

「よぉ、後はおまえだけだぜ? ガキ……」

「あ、……ぁぁ」

 

 どうしてこの男がここに居るの? まだ、あの日まで十日以上もあるのに……なんで。

 

「騒ぎ過ぎだ小娘。 気になる戦闘力数(カカロット)を探ってみればこんな奇妙な現場に居合わせやがる。 クク、さっきの攻撃はなかなか無慈悲でそそるモンがあったぜ?」

 

 喉で笑う男をしり目に、自分の狭量さを測りきれずに口を歪める。 あぁ、どうして目先のことにとらわれ続けてこんな大失敗をしちゃったんだろう。 下手に騒げばこのひとにも感づかれてしまうってことに、どうして思い至らなかったの。

 バカ……だよ。

 

「しかしこの後がダメだ。 もう、小指の先ほどのチカラもないだろう。 戦闘力3、クズ以下じゃねぇか」

「……るさい」

 

 あぁあ、またこんな結末だよ。

 仕方ない、“次”はもう少しうまく事を運ぼう。 もっと旨く巧妙に、何もかもを騙せるくらいに水面下で――――

 

「……いま、気に入らない声が聞こえた気もするがまぁいい。 さぁ、今すぐにあいつ等の後を追わせてやる――よ」

 

 動くべきだ。 そう思った時には“パン”っていう乾いた音と共に、世界は気味が悪く暗転していってしまうのです。 あぁ、この感覚はアレだね、私、また殺されたんだ……ははは。

 

 

 それから試行錯誤すること280回目の悪あが――――“パン”

 

 死因はジュエルシードを暴走させた際に管理局が来ないままあの日が来たこと。 男は嗤いながら側頭部を叩き、私の首を脊髄ごと引き抜いて行った。

 

 “パン”“パン”

 

 心臓がつぶされ、血液がポンプを破裂させたかのように全身を濁流のように駆け巡る。 孔という穴から血しぶきが上がり、私は出血多量で絶命。

 

 “パン”“パン”“パン”

 

 男が暇そうに突き出した右拳は、私のへその周りを綺麗さっぱり消失させる。 自分の腹部から飛び出てくる臓器を嗤いながら見下ろす私は、『次』に何をしようかと思考しながら舞台(くりかえし)を乱れ踊る。

 

 “パン”“パン”“パン”“パン”

 

 あさ、起きたらいきなり胸に大穴が開いて死んでいた。

 夜、ただいまというアイサツと共に家族全員が皆殺しにされた挙句、下半身を残してこの世から私が消えてしまう。

 昼、みんなと待ち合わせをしていた私は、唐突に世界が真っ白に染まったと思ったら、この星ごと消え去っていた……

 

 益々エスカレートしていく殺され方に、一種の自己防衛でも効いたのかな? 段々、自分が殺される瞬間になっても恐怖はなくて、むしろ「またやられちゃった……」なんていう一言が漏れてくる始末。

 

 あぁ、もうだめなんだね。

 

「あは――」

 

 それが判った時だったかな? もう、幾百と繰り返したかわからなくて、でもまたいつものように殺されたとき遂に――

 

「あはははははははははははははは――――――あぁぁああああははははは!!」

 

 私は、発狂した。

 

 無理だ、出来るわけがない! 私が一体何回こんな惨たらしいことをやってるか……わかる?! 積み上げても積み上げても決して出来上がることがない、そんな、賽の河原みたいなことを何百と繰り返して結局出た答えは死――

 

「も、もう……あはは――いいや」

 

 何をやってもダメ? …………それじゃあ。

 

「なにをやっても良いってことだよね――うふふ、あはははははははっ!」

 

 景色が回る、廻る、くるくる、クルクル、狂狂(くるくる)……狂狂狂狂狂狂……

 負けでいい、勝てないって解ったんだもん、だったら勝てない範囲で好き勝手やってもいいじゃない。 それでだめならやり直して、いつまでもいつまでも終わらない幸せを繰り返す。

 悲劇が起こるというのがわかっているなら、その時間まで精一杯幸せで自分を着飾ろう。 もう、周りの目なんて気にしたくない――私は、私のために全てを今、消してやるんだ。

 

「消えちゃえ……」

 

 あの子と私の邪魔をする者は。

 

「みんな消えちゃえばいいんだッ!」

 

 そう思った途端、私の中から力がこみ上げてくる。 とても気味が悪くて、心地が悪くて、でもそんな些細なことは気にしていられない。 少しでも多くの力が居る、そう、どんな相手でもねじ伏せられる力が欲しい。

 私の、私たちの邪魔をするならこんな世界、みんなみんな壊して壊して壊しつくしてやる――だからもう、いらないの。

 

「あの男ッ……」

「な、なんだ貴様!? ――ぐぁぁあああ!?」

 

 いらない、いらない。 こんな私の意にそぐわないモノなんて――

 すぐに邪魔してそれを嘲笑って、したり顔で見下ろしてすべてお構いなく何もかもを奪い去っていく邪魔な男……貴方はまず、ここから消えなさい。

 

 空へ逃げようとする男に向かって、急速にかき集めた魔力をディバインバスターの形に固めると、私は何の躊躇もなく心で引き金を……

 

「ばーん」

 

引く。

 

「ふ、ふぅっ――」

「ぐあ!? ぐぉぉッ、や――やめろ――やめッ!!?」

「あははははは!!」

 

 無様に地面に落ちたあの男を踏みつぶして、砕いて、壊して、かき混ぜて……原型がなくなるまでこのまますりつぶして……あはっ。 『クキョ』だって、おもしろぉい。

 私の足に踏まれたアイツの断末魔の声を聞きながら、ふと思う。

 このままこの人が消えるのは別にいい。 だって本当に邪魔なんだから。 でも、この後はさらに難解な事件があるんだよね? ほら、あの子が一時期“大人の姿 から 戻らなくなった”事件。

 

「闇の書……邪魔だよね」

 

 あれが無ければ『あんなこと』を知ることもなかったんだ。 だからあれは邪魔だ、今すぐにでも壊しに行かなくちゃ。 あの男を■せたンだもん、いまさら本のひとつやふたつ、どうってことはないよね? ……だから、行かなくちゃ。

 

 

 見知らぬ家、探そうともしなくてもすぐに分かった。

 あぁ、ここに騒ぎの元凶が居るんだって。 2階建てで、バルコニーが広い。 女の子が一人で暮らすには逆に広すぎる家は、見るだけでわかる。 ……寂しいんだよね? こんなところ一人でいるの。

 

――――まってて、いま、楽にしてあげるから。

 

「さぁて、どこにいるのかな?」

「…………だれ?」

「あ、……居た♪ やっほー」

「…………」

 

 ニャハハ……アイサツはしっぱいだったかな? 第一印象最悪、第一次接触最低雰囲気。 この鬱屈とした空気……あーあ、だから明るくアイサツしたのに、空気読めない子……ていうかこの子って。

 

「あぁ、貴方は本物なんだ」

「……なに?」

「なんでもないよ、それに今日は貴方のためにお邪魔したんだけど?」

 

 嘘ウソ、ホントは自分のためですごめんなさい……あぁ、なんだかどんどん性格が汚い子になって行っちゃうなぁ私。 でも仕方無いよね? だってこの世界が私の思い通りにならないのがいけないんだもん。

 

 きっとこの子のせいだ、それは……

 

「嘘、あなたは私をやっつけに来た悪物や」

「あーあ、ばれちゃってる」

 

 目の前のこの子だってわかってるから。

 この世界に自分の意思を持つモノは複数もいらない。 多人数で押しかけたら夢が夢でなくなって、ここが詰まらない現実と同じままならない世界と一緒になってしまう。 わかるよね? そんな世界、貴方はもちろん私だって欲してないこと。

 

「だからさ……」

「……だから?」

 

 すこし、引っ込んでて欲しいんだ。

 そういったわたしの顔はどこまで歪んでいたのかな、今ならもれなく鏡が欲しいところだけど生憎そんなものは置いてないから今はいいや。

 それに、目の前のあの子……はやてという子が今してる表情は――――

 

「私が邪魔? ……それは」

「それは?」

「こっちの台詞や」

 

 ……私と同じ顔をしているに違いないから。

 お互いに鏡写しのように、だけど内包する者は大概変わらないこの組み合わせは、本当に鏡写しだというの?

 分らない、けど、この想い、この感情……それはこっちもむこうも変わらないんだろうな。

 私は、この子の事……

 

「そう、邪魔だから居なくなってほしいんだ」

「……へぇ、貴方、そんな顔もできるんだ」

「それはお互い様だよ。 ニャハハ、貴方も大概凶悪面だよ? ほらほら、牙なんか剥いて怖い怖い」

「……っ」

 

 火ぶたが落ちるまで20秒。

 もう、お互いを壊し合いたくてたまらないのは肌でひしひしと感じる。 殺気、これが“あの子”が言っていた相手を殺す気、ていうやつなんだ。 ……なんだ、結構……

 

「どうってことないんだね」

「……さっきから独り言、五月蠅いんだけど。 どうにかならへん?」

「あぁ、ごめんね? 貴方があまりにもどうでもいいから……つい、これから先のことを考えてたよ」

「あぁそう」

 

 あ、今少しだけ眉が動いたかも。

 ふふ……いいよ、そこまで苛立ちが募ってるっていうなら相手になってあげるよ。 どうせいくらでもやり直しがきく世界。 いつまでもいつまでも壊してあげる。 ……泣くことさえ、無意味だとわかるくらいにまでは――――――

 

 

 戦火は、この家を一瞬で灰にする。

 

 

 

「なにも知らないくせに!!」

 

 高町なのはは叫ぶ。

 その身に宿した魔法という力。 そのすべてを目の前の少女にぶつけるかのように。 桃色の光りが手に集まり、放射状に打ち上げられる魔力光はアクセルシューター。 ひとつひとつが大破壊のレベルにまで増幅されたそれは――

 

「効かへんよ、そんなもの」

「一瞬でかき消した!? あの子の……“あのヒト”の技……よくも!」

 

 不可視の波動に阻まれ、少女への着弾を許さない。

 その技が、かつて見せられた『彼』の技だと理解した時、高町なのはの眉間は寄り、コメカミには緩やかな突起が出来上がる。

 

「気に食わない!」

「そっちこそ!!」

 

 対する少女…………“八神はやて”は自身の髪を闇の様な黒髪に染め上げると大空へ飛翔する。 その手には無数の色が輝き、10、20と数を増やした刹那――

 

「受けや!!」

「誰がッ!」

 

 雨のようにばら撒いていく。

 たった20の弾幕、それを躱そうと高町なのはは足をふみ、馴らし、摺っていと。

 

「はじけろ!」

「な……に!?」

 

 20だった弾幕が、己の身体を複数に分断していく。

 一個が5分割、それがねずみ算式に増えに増え、20×5×5×5………………総計で1万を超える輝きに返還させられると……さすがの彼女も。

 

「……ありえない」

「受けいや」

 

 驚愕に口元が歪む。

 それに満足でもしたのか? 口調がやや乱暴な八神はやては手を掲げると、まるで号令のように――振り下ろす。

 

「行け!!」

「…………プロテクション」

 

 回避は不可能。 断定を速くに済ませた高町なのははここで両手を空に向ける。 掲げた先に見える色豊かな弾幕に向かって唱えられたのは防御の魔法。 しかしそれはかつてのモノとは強度が明らかに違う代物であり――

 

「……2重のプロテクション――抜けるわけがないんだから!」

「小賢しいで、ええ加減堕ちぃな」

「くっ!」

 

 鋼鉄の雨を、同じく鋼鉄の盾に降り注ぐ。 凌ぎ合う互いのチカラ、ぶつかり、どこまでも拮抗していく様はもはや戦いとは呼べない。 だが、その根底にあるものは酷くぶしつけな……

 

「貴方が嫌いだ!」

「私もや!」

 

 憎悪。

 

「誰かの視線が痛くて、いつも自分を笑顔で隠す!」

「自分の心が傷つくのが怖くて、誰かのためだと言って身体を傷つけるばかり!」

 

 嫌悪。

 

「それでその先にあったものが納得いかなくても、いつも自分の中にため込んで」

「おかしいのは自分なのに、それでも知らんぷりで顧みない!!」

 

 でも、それは同族だから。

 

 子どもゆえの同族嫌悪(自分勝手)は、まさしく鏡面の自分を否定する役者のよう。 そこがダメだと指摘しても、自分の中に組み込まれているシステムだからと、決して変えることが出来ない頑固者。

 

 そんな子供同士が、次に行うのは……

 

「この嘘つき能面女!」

「こっちの台詞や! やせ我慢オンナッ!!」

 

 お互いが持つ……最大の罵詈雑言(こうげき)

 既に魔法も減ったくれもないのはいつからか。 雨が止んだ周囲は、もはや街並みの無い荒野と形容できようか。 その中で子供たちが思いの丈を叫ぶ姿は……異質である。

 

「どうして我慢なんかしたの!!」

「なんでさっさと自分に正直にならへんかったんや!」

 

 走り出す……そうしてぶつかり。

 

「だから誰も構ってくれないんだ!」

「欲しいもんがあるのに手に入らないんや!」

 

 互いの衣服を掴み、どちらからとも言えずに地面に激突する。

 

『あぐっ』

 

 転んだ、そう言っても過言ではない緩やかさに置いて、頂点を勝ち取るのは……髪を黒く染めた方。

 

「痛かった、泣きたかった。 でも、それで周りに迷惑かけるんもダメやと思ったんや。 そのなにがいけない! 自分一人で背負いこんでどうして怒られる!! 何にも知らない幸せモンが、好き勝手言うな!」

 

 1、2。 左右からくるスナップの効いた平手は、高町なのはの頬に赤いモミジを作る。

 

「うぅぅ……やあああ!!」

「くぅう?!」

 

 それに対して瞳の貯水を満タンにさせた高町なのはは、我慢しきれず彼女の襟首を掴むと、八神はやての後頭部を地面に激突させる。

 

「辛かった、嫌だった。 誰かに構ってほしかったし、自分の思ったままに遊びたかった、甘えたかった! でもみんな大変そうな顔してるから……大丈夫って言うしかなかった! 仕方がなかったの! 状況も知り得もしない貴方が勝手なこと言わないで!!」

「痛――ッ」

 

 やられた同じ回数、八神はやての頬から強烈な音が聞こえる。

 右の頬が叩かれれば左を、左を叩かれたら相手の右を……殴りつける。 もう、少女同士の痴話げんかを大きく脱線した貶し合いは、お互いの存在そのものの消去へ向かう死合へと発展していく。

 

 でも、その身体に刻み付けられていく痛みは、いま自分にこびり付いている傷なのだと果たして二人は気付いてるのだろうか……

 

「気に食わない!」

「こっちこそ!」

 

 高町なのはが身を沈める。 屈んだとわかった時には、彼女の足は大地を踏みしめ利き腕の“左”を自身の顔の真横まで引きつけていた。 撃鉄……そんな単語が八神はやての脳内を突き抜けると――――

 

「はっ!」

「うぐ!?」

 

 衝撃は自身へのダメージだったと理解する。

 顎に向かって腰の入った左アッパーカットが激突、そのまま八神はやての足は大地から離れ、空を舞い、背中を拳の持ち主に見せながら墜落していく。 明らかな頭部からの落下は、それほどに今の一撃が恐ろしい威力を秘めていた証拠。

 だからこそこの瞬間に敗北を宣告されても誰も嗤いはしないだろう……だが、そんなこと――知った事ではない。

 

「ぎ――!!」

「な……に?!」

 

 歯を軋ませる。

 骨を擦り合わせる。

 血を吐き、肉が裂けていく。

 

 八神はやて、ここに来て彼女は目の奥に恐ろしいほどの光度を放つ。 信じられないことだ、あの彼女が、つい最近まで車椅子の上で微笑むことしかしなかったような子が……なぜこんなになるまで高町なのはに牙をむけるのか……

 

 操られてる? クウラの影響を強く受けている?

 考えられる要因は数多いはずなのに、そのどれもが真実とは思えない。 真相は何処かに消え、只、目の前に居る気に食わない者を振り払わんと地面を蹴る――

 

「いまのは……痛かったで!」

「うるさいッ! 今度こそ黙らせてあげる――」

 

 誰の事を?

 そんな問いをする無粋者はいない。 もう、立ち上がるのが精いっぱいのふたりは最後の力を両足に込める。

 支え、踏みとどまり、己の力を全身からかき集める。 絞りカスだ、大した力はない……けど。

 

「殴らない訳にはいかん!」

「こんな分からず屋は――ッ」

 

 各々が自分の……“自分への弁護”を叫ぶ中、ついに彼女たちの撃鉄は轟音を発する。 その先にある自分の敵()に向かって、全身全霊を穿つ――――――…………

 

「はぁぁぁああああああああああああああッ!」

「やぁぁぁああああああああああああああッ!!」

 

「…………ん?」

 

 

 穿つ……穿った、はずだった。

 

「あ、ヤベぇな。 こりゃ……」

 

 そうして聞こえてきたのはどんな衝撃音よりも軽い……青年の声であった。

 

 

 

 …………そして当然のように。

 

『倒れろぉォォオオオおお!!』

「ぎぃぃやあああああああああッッ!!?」

 

 青年へ少女達の一撃必殺の拳が衝突事故を起こすのである。

 あまりにも惨い絵。 残酷に過ぎるこの映像を直接見ることさえ心臓に悪すぎる。 なんとかして説明するのであれば……

 

 砂時計。

 ねじったスチール缶。

 

 etc.etc.……とにかく、くびれのある物だったらなんでもいい。 とにかくそれを想像して、その絵をあの青年に重ね合わせてみればいい。 そうすればきっと、今彼の身に起こった不幸が判る筈である。

 

「…………っ」

「ッ!!」

「お、ごご……お……」

 

 2歩だけ後ずさった彼はそのまま体を震えさせていく。 今のなんと破壊力のある衝撃か、彼は只、己に起こった現象に身体ごと後退して……

 

「ま、参った……は、は……がくっ――」

『はぁ……はぁ……え?』

 

 大の字になって倒れ込む。

 そこからもうピクリとも動かない彼は、なんとも悔しそうな顔で在りながら微笑んでいたという。 これが、彼の最後の顔であった。

 

「……し、死んじゃいねぇ……ぞ」

 

 ……まだ、この物語は終わらないようだ。

 

「…………どうしてここに」

「な、なんで――!?」

 

 物語の中心人物たる彼を見た瞬間に、少女達の瞳孔が大きく広がる。 真夜中の猫を連想させるその開き方はあまりにも異常。 しかしどこか隠し事が見つかったかのように弱さを見せているのは果たして気のせいだろうか。

 

「よっこいせ……ん?」

 

 後ずさる彼女たち、ここに来て息の合った動きを見せたのはどういう皮肉か。 それを見て、立ち上がり、どこか納得がいかなかったのだろう。 眉が数回上下した悟空はそのまま観察を開始する。

 

「……ん~~」

「う……」

「あ、え……」

 

 つま先から天辺まで、じろじろと失礼なくらいに凝視する悟空。 口元から出てくる謎の数字……20、22……などなど、まるで何かのカウントをするかのようなそれは――

 

「なのは、おめぇ」

「……うぅ」

「少しやつれたんじゃねぇか?」

「…………はい?」

「ほれ、このあいだまで2よ――」

「いッ――言わないでぇぇえ―――!!!」

 

 乙女のトップシークレットを完全無視。 仕舞いには大暴露な彼に鼓膜崩壊の刑を敢行したのはやはり高町なのは。 彼女は今までの人形のような目を一瞬で取りやめると、彼に向かって掴みかかろうとして……

 

「ほい」

「あうっ」

「よ、ほいほい」

 

 脚を払われ、くるぶしが自身の視界に入る。 同時、背骨に沿うようにいくつか衝撃が来るのだが、その攻撃のなんと心地の良いモノか……まるで整体のように感じた一連の動作は。

 

「ほぉれみろ、体中に(りき)がなくて姿勢がめちゃくちゃだ。 今まで何やってたんだおめぇ」

「あ、いや、その……」

「ん?」

 

 やはりただのマッサージ。

 壊すことを得意とし、武道をある種、極めた男だからこそ効く“目”……所謂弱いところを見つける観察眼は、少なからず医者の真似事を彼の特技の中に追加していたようだ。

 さて、そんな悟空にとっ捕まったなのはだが、それでも心の中の黒い焔が消えたわけではない。 まだ、彼とのシコリというのは消えていないのだから。

 

「離して」

「お? あぁ、悪かったな急に捕まえて」

「そうじゃないもん……」

「?」

「…………くっ」

「お?」

 

 だけど気付かない彼。 そして、そんな彼等を見ていらだちを募らせる“元、足の不自由な女の子”……彼女は悟空の顔を見るなり歯ぎしりを引き起こす。 その姿、そのリアクション、まるでさっき対峙した鋼鉄の外道にあまりにも似ている。 だからこそ悟空は。

 

「そんな顔するもんじゃねぇぞ、はやて」

「…………うるさい」

「なんだよ、今日はやけにご機嫌斜めだな」

「ごくうがいけないんや!」

「おらが?」

 

 彼女の言葉を聞き。

 

「そっか、オラがいけねぇんか……」

「そうや、ごくうがみんないけないんや」

「そんじゃ…………オラが何とかしねぇとな!」

「…………え?」

 

 嬉々としてその原因に向かい合う。

 鳴り響く蒼いブーツが、数回だけこの空間へと刻まれたときであった。 孫悟空は手のひらを上に向けると……

 

「……ぶつの?」

「…………」

 

 ただ、乾いた質問を視線のみで返すだけ。 その姿に恐れはない、畏怖もなければ狂気もないだろう。

 そうして輝く彼の右腕。 この闇が作りし世界を否定するかのような輝きは正に極光……その光がいま、八神はやてに向けて放たれようとしていた。 誰もが見ても行動に疑問が上がるこの瞬間……孫悟空はただ、笑うだけである。

 

 

 

 

 もう、つかれてもうたわ。

 何をしてもみんなに嘘を吐き続けて、みんなのためにだなんて終いには自分にすら嘘をまき散らし、気付けばもう、ウソなしでは生きていけなくなって……こんなふうに生きたいだなんて思っていなかった。

 だから終わりにしたかった。

 でも、自分だけこの世界から消えるのはイヤダ、痛いのも、辛いのも本当は嫌だった。

 どっち着かずの私に、とうとう悪魔のささやきが聞こえてきてしまったんや。

 

「もう、ウソをつくのは嫌やった」

 

――――逃げたい? でも逃げ道をいろんな人間が塞いでいる……簡単ではないか、邪魔をする者がいるなら踏みつぶしてしまえばいい。

 

「痛いのも嫌、もう、こんな痛みはなくなってほしい」

 

――――快楽が欲しいのか? なら、最高の興奮を味わわせてやろう。 さぁ、その身をオレにゆだねるがいい。

 

「どうして皆わかってくれへんの!! こんなの間違いや……」

 

――――この世界が不満だと……同感だな。 ならばやる事はわかるな? ……さぁ、手を貸せクソガキ。

 

 

 なんてことがあるうちに、囁きは叫び声に、その内には絶叫になって私の身を焦がしていったんや。 気が付けば動かなかった足も動くようになってな、でも、それと同時に心の中のもやもやが大きくなって。

 

――――それは、あの男が居るからだろう。

 

「あの男……?」

 

――――貴様の思い通りにならない……唯一の人間がいるだろう? 現れては消え、日常とはかけ離れたあの猿が……くくくっ。

 

「あぁ……ぁぁぁ」

 

 だから、そんなものは消してしまおう……それを邪魔する者がいるなら蹴散らして蹴り飛ばして……踏み砕く。

 

 そうやって他人さまに迷惑を掛ける行為がいつからやろうな。 私の心のもやもやを晴らしていったんや――虚しい。

 

 潤ったんや―――嘘やね。

 

 自分というのが、ここに居るって言えるようになったんや―――――飢えも乾きも増すばかりなくせに。

 

「なにやってもうまく行かない。 あの悪い声の言う通りにしたらもう引き返せないところまで来てもうた……あはは、それで“みんな”をあんな目ぇ逢わせてもうてもう……ダメや、顔なんてあわせられへん」

 

 だから終わらせてしまいたかった。

 でも、そんなところに来た女の子……あの子が私の世界を無造作に突っついたんや。 やめて、そんな無様を私にさらさないで――私と、同じことをしないで。

 

 鏡写しの様なあの子の姿勢は、まさに私がいままでやってきたこと。 想いの中で、誰が願ったでもないことを繰り返すわたし自身。

 あぁ、もうこんなことばかりなんやね。 引き返そうとした途端、昔の行いがどんどん自分を追い立てる。 許して、赦して。 もう、我がまま言わないから。

 

「だからもう……終わらせて(ユルシテ)

 

 最後の我が儘や、お願いだからもう、こんな苦しい世界から抜け出させて……お父さんやお母さんが消えてしまった世界に私も行くんや……天国はきっと、こんな世界よりも苦しいところじゃないはずやろ?

 だから……だから――目の前に居るあのヒトに私はお願いをする。

 

「ごくうがいけないんや!」

「オラが?」

 

 だからごくう……悟空の手で終わらせて。 他の人は嫌や、最後は、悟空がええ。

 

「ぶつの?」

「…………」

 

 あぁ、最後の最後でそんな穏やかな目を見せないで未練が残ってまう……終わらせて……おねがいや。 もう、覚悟は決めたから……

 

「…………」

「…………っ」

 

 手が、悟空の手が光りはじめた。 あぁ、最後に願いを叶えてくれるのはこのヒトやったんやね。 ありがとう……ホントウに、ありがとう。

 

――――ぱんッ!!

 

「あ、え?」

「みんな心配してたんだぞ。 それなのにそんなあいつらドンドン傷つけて行ってよ……そんでおめぇ自身も傷ついて誰が得すんだ?」

 

 あ、れ? 痛い……痛いんだけど……痛いだけ?

 

「ご、悟空……ごくう?」

「なのは、フェイト、シグナム達にシロウやみんな。 大勢の人間が酷い目に逢った、分るよな?」

「……うん」

「これで全部許されるってのは、正直ありえねぇけど。 おめぇの初めての我が儘だ、加減が判んなかったんだよな、掛けていいメイワクってやつがよ?」

「……」

 

 頬が少しだけ熱を持ってる。 あぁそっか、わたしほっぺをビンタされたんやね。 ……初めて、誰かに頬を叩かれた。

 痛い、痛いよ、でもな、こんなの……こんな――こんな……。

 

「うぐっ……」

「あ、え!? お、おいはやて!?」

「いたいよ……すっごくいたい……」

「あ、ま、マジか?! 力加減間違えたか!!」

 

 あわてて私の頬に手をやって上下にさすってくる。 なんでや、自分からはたいといてこんなすぐに否定することしたら逆効果や。

 反省なんかでけへんやろ。 ただただ悲しくなって、痛くて、でもなんでやろうなぁ……うれしいのは。

 

「ちゃうねん……なんで――なんでこんな遅いんやって思て」

「……わるかったな、オラ、いつもこういう肝心なとこは遅いみてぇだ」

 

 もう自分が何を言ってるのかがわからない。

 この世界がもともと闇の書が作り出したっていうのもあるんやろうな。 あの子……あの女の子の感情も何もかもが一緒くたになって爆発しそうや……あ、あかん。

 

「……うぅ」

「ど、どうしたはやて?」

「……あの?」

 

 憧れ、恋い焦がれ、置いてきぼりにすっとぼけ――ずっと……一緒。

 離れたくない……離してほしくない――

 

「こ、こんな風に……くぅ!?」

 

 とても濃密な半年間をあらわす単語は数多い。 その中で今出てきたんがごくうを表す言葉だとして、こ、この子……こんなにごくうの事を思って……! こんな思いはさすがに受け止めきれへん。

 

「す、すごいんやね、その子」

「は、はい?」

「なのはがどうしたんだよ?」

 

 どんだけの思いなのかは測りきれないから言い表せない。 家族で在って、親愛なるヒトであって……とっても大事な人で。 えぇなぁ、こう言う関係。 でもわたしと悟空はそういうんちがうかなぁ。

 ……うん、少しだけまだわたしの方に遠慮があるし、家族未満~友達以上ってとこやろか。 ……いつか、もっと近い関係に成れればとは思うけど。

 

「おーい、はやて?」

「……むぅ」

「ふふっ」

 

 なんやえらくあの子……なのはちゃんがほっぺた膨らませてるように見えるけど、いまは知らんぷりや。 さっきのパンチはホントに痛かったし、これくらいの仕返しはええかもな。

 あぁ、すっかり毒気抜かれてもうた。 なんだかさっきの打ち合いで悟空に全部“悪いもん”持ってかれたような気がする。 ……あれ?

 

「ごくう」

「どうしたんだよさっきから」

「あのな。 わたし、さっきから身体がとっても楽なんやけど、なんかしたん?」

「…………さぁな」

 

 答えてくれない。 ……こういうところが、あの子を本気で怒らせる結果になるってわかってるんやろか? ごくう、今はまだ大事な場面でないし、誰かを不幸にさせる側面もないからええ。 けど、その悪い癖を何とかしないと、いつか大変なことになってまうで?

 

「いつか、治してあげないと……」

「ん?」

「なんでもあらへんよぉ~」

「変なヤツ」

「ごくうに言われとうない」

「それもそっか」

 

………………そう、いつかきっと、やな。

 

 

 

 

「痛いところはねぇンだな?」

「大丈夫や、ごくうがえらく手ぇ抜いてくれたから」

「……そりゃよかった」

 

 正直言って、今回はやてをぶん殴るのは気が引けたかもしれねぇ。 初めてと言えば初めてだろうな、悟飯よりも小さい、それも女の子を叩いて――ってのは。 でも、なんだかこうした方がいいかもって、身体が勝手に動いたんだ。

 考えるよりも先に、本当に感覚レベルでいつの間にか手が動いた。 ……ん? これっていつもの事なんか?

 

「…………」

「あ」

 

 ありゃりゃ。 はやては何となく元に戻ったっぽいけど、今度はなのはがご機嫌斜めってやつだな。 ……微妙に握ってる右手なんかプルプル音たててんもんなぁ。 どうするか――

 

「――――なのは!」

「……なに?」

「話は一端ここまでだ」

「…………っ!?」

 

 なのはの右側頭部、大体目頭のすぐ横に手を沿える。 すぐに来た衝撃を気合で消し飛ばしながら、全ての力の流れをなのはを中心に外へ流してやる。

 

「アイツを……あのクウラをぶっ飛ばしてからだな」

「あ、あのヒト!?」

 

 驚いた顔をするなのはとはやて。 当然と言えばそうだろうな。 なんて言ってもいきなりの挨拶だ、さすがのオラもあたまに来てるのは間違いねェし。

 

「だ、誰もおらへんよごくう」

「そりゃ当然だろうな、クウラがこのなかに居るんじゃなくて、オラたちがクウラの中にいるんだからよ。 だからその中にいるオラたち目がけて、あいつが外から攻撃してきている……んん? なんかこんがらがってきた」

 

 ともかく、いまここに居るのはマズイ。 早くこの世界から抜け出して、あの娘――さっきからヤテン、ヤテンとうるさいあの娘の所に行かねぇと。

 意識を集中する。 そんで感じ取るのは外にいる二人の気……いや魔力か。 どうもこの世界で魔力の探知は難しいらしい。 気を探るよりも断然難易度が上がってやがる。

 

「二人ともオラから離れるんじゃねぇぞ。 瞬間移動で――このっ邪魔だぞ、へんてこな機械がうじゃうじゃ――」

「きゃ!?」

「うぅ」

 

 今度は金属の針が60本ほどか。 気合砲で落として、残りは尻尾で叩き落とす。 片手でなのはたちを、もう片方を額にやってたんもんだからこういう迎撃に出るのは仕方ねぇ……仕方ねぇンだけどよ。

 

「こうまで執拗に迫られると――く! 瞬間移動に必要な精神集中ができねぇ」

 

 守りながら移動するのも一苦労だ。 すぐ近くの気を感じ取るならまだしも、遠くの世界に居るはずの魔力を見つけるのは至難の業だぞ。 あぁちくしょう、このままだと防戦一方じゃねぇか。

 

 どこか落ち着ける場所、一呼吸でいい、どっか攻撃の手が来ない場所はねェのか!?

 

「ちくしょう」

「――――……」

「ちくしょお!」

「…………おこまりですか?」

『……え!?』

 

 不意にオラの背中から聞こえる謎の声。 いや、女の声なのは間違いねぇ。 気を感じねぇところを見るに、どうやらシグナム達と同じく訳ありの人間だって言うのがわかるが。

 これってまさか――

 

「お、おめぇがどうしてこんなところに!?」

「貴方の帰りが遅かったので」

「また女の人……」

「ごくう、すっかりジゴロさんやねぇ」

「ピッコロ!? いまアイツは関係ねぇだろ――ちゅうよりもおめぇ、どうやってここまで」

 

 そうか瞬間移動はこいつも使えたんだよな。 それにオラが使える技の大半はコピーしてるはずだ。 だったらこれくれぇ造作もねぇか。 なにせ先にオラが使ったんだ、見切ればどうってことはない。

 

「いえ、かなり危険な賭けでした。 すぐに相手の技を見切れる貴方と一緒にしないでください」

「……そうか」

 

 訳でもねぇンか。

 とりあえずこれで手段が増えたな。 一人が囮と防御を、もう一人が瞬間移動の役割を担当する。 そうすりゃ相手に邪魔されずにここから抜け出ることが出来るはずだ。

 

「うっし」

 

 全身に気を張る。 ただし超サイヤ人は無しだ、あれやるとおそらくシグナム達が折角くれた魔力を全部使う羽目になりそうだ。 だから限界ぎりぎりまで――――

 

【だぁぁぁああああ――界王拳ッ!】

 

 これで持ちこたえてやる。

 ここまでやればアイツもわかるだろう、役割分担はオラが囮でアイツが脱出役。 戦闘力から何まで頭で考えれば自然とこうなるだろう。 

 

「後は頼むぞ、そとのフェイトの居る場所までみんなで瞬間移動してくれ、急げ!」

「は、はい」

 

 グズグズはさせねぇ。 速攻で片を付けさせる。 

 ん、右から気弾、左からは金属の針が――数百はくだらないと見た。 けどよ――

 

「あめぇ!!」

 

 吹き飛ばせない数じゃねぇ。

 むかしに喰らったプレシアの雷に比べればこんなもん屁みたいなもんだ――それに。

 

「いまのオラにはこんなことも出来んだ――ぞ!」

 

 手に流した気をどこまでも長く伸ばす。 イメージしたのはシグナムが持っている剣、それを気で形に留めると。

 

「のびろぉぉ――」

 

 今度は鞭のようにしならせる。 そうして出来上がった気の武器を見たんだろうな、身体の内側からアイツが騒ぎ出す。

 

【ふ、味な真似をするではないか孫】

「まぁな。 そんじゃ合わせろシグナム!」

【承知した!】

「でぇぇりゃああ!!」

 

――――――飛龍一閃。

 

 左右から飛んでくる邪魔者を全部一気に片付ける。 これで少しだけ時間に余裕が……

 

[があああああ!!]

 

できるわけでもねぇだろうな。

背丈にして17、8メートルといったところか? 見たこともねぇ奇妙な怪物を視界に入れた途端に身体を小さく沈めると、オラは右足に気を一点集中する。 赤い気がどんどん集まって、まるで金槌みたいな形を作る。

 

【へ、今度はアタシの番かよ!】

「待たせたなヴィータ、存分に暴れちまうぞ!!」

【言われなくっても暴れてやるぜ】

「はぁぁあああああ!!」

 

――――――ギガント・シュラーク。

 

 一振りで腕を吹き飛ばし、返した二振りで肩を粉砕してやり、落とした三振り目で頭をどっかに消し去ってやる。

 更に怪物のどてっぱらに風穴を開けると、嬉しそうにオラの中でヴィータが小躍りした気がした。 いままで相当鬱憤がたまってたもんなぁ、オラも今のは結構すっきりした感がスゲェや。

 

「こまけぇのがウジャウジャきやがったな。 ……ザフィーラ! 今度はおめぇだ」

【お前とはやる事が変わらんはずだが……?】

「……そうでもねぇさ」

 

 さっきとは逆に全身に赤い気を巡らせる。 界王拳の倍数を一気に引き上げ、今は五倍界王拳を使ってるところだ。 そんな中でさらに気を上げていき、体中から力をみなぎらせる。

 

「ふ――」

 

 右腕でまず三体。

 

「波!」

 

 左足を薙ぎ払いざまに10体。

 

「だぁぁああああッ!!」

 

 両手を払って20体を消し去る。 途中、オラですら見落した小さな取りこぼしはというと、ザフィーラの得意技の結界と、オラの気合砲で完全にカバー。 ……いいぞ、どんどん調子が出てくる感じだ。

 

「こりゃあいいや、大界王星で修業してた頃よりも乗ってるかもなぁ」

 

 そうこうしてる間にあの娘から独特な気配を感じ始める。 この研ぎ澄まされる感じ、おそらくいい感じに瞬間移動をやる手前と言ったところか。 なら、こっちももうそろそろ終いにしねぇとな。

 

「シャマル!」

【はい!】

 

 もってけ、5倍界王拳のかめはめ波だ!

 気を溜めるのは一瞬。 けどその間ですら小さな機械たちが、かめはめ波が飛んでいく範囲から逃げようとうごめいていく。 当たらない……このままじゃかめはめ波はあらぬ方向へ行くだろう。

 だからこそシャマルが居るんだ。

 

「波ぁぁ――――ッ!!」

【旅の扉よ】

 

 真っ直ぐに飛んで行ったかめはめ波が、手前から消えたと思った瞬間に敵の真横から現れた。 例えるんなら鍋のふたみたいな形になってるかめはめ波の軌道は、きっと亀仙人のじっちゃんが見たら腰抜かすだろうなぁ。

 これで大分数が減ったし、相当数時間は稼いだはずだ…………――――

 

 

 

 

「――――…………どうだ!?」

「瞬間移動、完了です」

 

 孫悟空はもと居た闇の書の世界へと帰還していた。

 かめはめ波の残滓がわずかに漂う中、構えた手を解いた悟空はそのまま小さく息を吐く。 同時、体中から消えていく赤い気は、彼が界王拳を解いた証拠であった。

 

「悟空……なのは」

「よ、ただいまフェイト」

「…………ただいま」

「なのは……?」

 

 その中にいる高町なのはに、若干の違和感を感じたのも束の間、悟空がフェイトの手を取り、額に手を当てたいつもの瞬間移動のポーズをとりはじめる。 感じ取るであろうモノは“おいてきた”リンディ・ハラオウンの怒気がこもった特大の魔力。

 

「わざわざここに来る途中の“でっけぇ森ん中”に放り投げた甲斐があったってもんだぞ」

 

 ――狙った訳でもねぇけど。

 そんな言い訳と謝罪が混じりあった言葉を吐きながら……彼は徐々に顔を焦りで染めていく。

 

「感じない」

『え!?』

 

 其の一言がどういうモノかなど、既に説明を要するものなどいないだろう。 結果だけ知った彼らは視線を下に零す。 悟空ほどのものですら、この世界から脱出が出来そうにないと言うのだから。

 

「ここに来る時よりも外から感じる気が極端に落ち込んでる。 まさかクウラの奴に邪魔されてるのが原因なのか!?」

「……やはり、こうなりましたか」

「やはり?」

 

 どこか悟った顔なのは闇の書の娘。 彼女は悟空の問いに答えるまでもなく、自身の考えていたであろう憶測が的中したことに肩を落とす。

 周りには見えなかったが、少なくとも悟空にはそう見えたのだ。 だからこそ、彼はそれ以上強く聞き出そうとはせず。

 

「なにか手があるはずだ。 あきらめるにはまだ元気が有り余ってんぞ、こっちは」

「…………そうですね」

「悟空」

「…………うん」

「でもどないするん?」

 

 ちりが積もって山になるほどの問題の大きさに、思わず眩暈をきたしそうになる常識人たちを余所に、悟空、そして闇の書の娘は一瞬で視線を交わして問題のはや時を……

 

「手がないわけでもないんだよな?」

「えぇ。 かなりリスキーで前代未聞ですが」

『…………?』

 

 フ……まるで孤高の戦士を彷彿させる笑い顔は先ほどまでの焦り声とは正反対の境地。 孫悟空共々微笑んでいる娘は、しかし視線だけなら切羽詰ったもの……いいや、真剣そのもの。

 そんな彼女は。

 

「え?」

「主。 我が……親愛なる主よ」

 

 中空の世界にあるはずなのに、まるで片膝をつく娘。 その先にいる八神はやての困惑を余所に、彼女の語りは止まらない――止めるわけにはいかなかった。

 

「これから先の戦い、いえ、この先の私たちの道には、いまある枷は邪魔以外にありません。 どうか、その鎖を主の手で引きちぎり下さい」

「く、くさり? そんなのどこにあるんや?」

「見えはしません。 ですが確実にそこに在るもの。 そして、私が“今の名”であること自体が枷なのです――■■の書として全てを取り戻せないのです」

「え? え? いまなんて言ったん? ノイズみたいなので聞こえへん……」

「■■……■■です……」

「き、聞こえへん……ごめんな」

「いえ……やはりダメですか」

 

 膝をついたまま、ついたのはそれだけではなかったのだろう。 底? ため息? いろんなものがつかれたときだ、彼女の落胆はなによりもひどかった。 ダメなのか……いろんなものを混ぜ込んだその言葉は――――

 

「なぁ」

「……まだ、届かない」

「なぁったら」

「…………なんですか?」

 

 この男が……

 

「さっきから【ヤテン】【ヤテン】ってなんの話だ? おめぇが闇の書って言われて機嫌が悪くなるのは前の戦いで知ってけどさぁ……なんなんだよヤテンって」

「………………は?」

『えっと……』

 

 この孫悟空が、そんな暗い空気をぶち壊さない訳がない!!

 

 思わず口を開くだけ開いた闇の書の娘……彼女は孫悟空の顔を見ると首を傾げ、その長い銀髪を小さく揺らす。 今ある姿を例えるならば、ヒマワリの種を貪っているハムスターとも取れない小動物的可愛さを携えていようか。

 ……みるモノが見たら、某金髪の娘の母親が見たらどこかへ連れて行かれそうな破壊力を持っていたのだ。

 

「……そ、そんなことよりも。 なぜ貴方に私の名前がわかるんですか!?」

「え、いやぁ……え? だっておめぇ最初っからずっと言ってたじゃねぇか」

「はい? 最初。 ど、どうなって――は!」

 

 思い出したかのように手を叩いた娘。

 そう、最初に悟空が彼女に会ったときはどのようなシチュエーションだっただろうか。

 

「貴方はそういえば、私を縛っていた鎖を一回とはいえ粉砕していたような気が……」

「そうだっけか? 随分と昔のことだから覚えてねぇなぁ」

「……まだ数か月前でしょうに」

「オラからしたらもう8年は前の事だ、それくらいわかんだろ? オラの中覗いたってんなら」

「8? け、計算が合わない……?」

 

 悟空の言い分に首を傾げつつ。

 

「と、とにかくまさかあの時の無茶がこんな副参事的効果を生み出すなんて――その時の鎖の破片がまさかこのモノにこんな影響を? ……まさに前代未聞」

「おめぇさっきから驚いてばっかで疲れねぇンか?」

「うるさいですよ、少し静かにしていなさい」

「……ちぇ、最近オラに対する扱いがぞんざいな気がすんぞ。 別にいいけど」

 

 実際は違うであろう憶測を前に、当の本人は口をとがらせる。 この時に零した言葉に皆が苦笑いする中……

 

「あ、いえ。 貴方には主に名前を伝えてもらいたい」

「なんだよ黙ってろと言ったら今度はしゃべろって……」

「そこは謝りますから早く!」

 

 段々と冷静さが消えていく彼女。

 そのすがたは大人然としていた数分前とは打って変わって。 まるでデパートのおもちゃコーナーで新商品を見つけた子供のよう。 ――待ちに待った……そう言わんばかりの彼女の行動がイチイチ微笑ましく、悟空は少しだけ目元を崩すと。

 

「そんじゃはやて、オラのいう事を後から続けんだぞ?」

「え、うん」

 

 八神はやての前でしゃがみ込み、髪を触り、頭を撫で。 彼は今まで何度も聞いた名前をそっと……唱える。

 

「やてん……夜天だ」

「や、ヤテン?」

『…………んん?』

 

 唱える。 唱えた、唱えたはずだった。

 

「孫悟空、少しいいか?」

「え?」

 

 その単語、確かに間違いはない。 文字化けもなければ欠けている単語はどこもない。 間違いない文字数に画数。 そのどれもが正解と呼ぶにふさわしいのだが。

 

「もう一回……いってみなさい」

「もう一回? なんだよ、そんなに自分の名前言われて――」

「いいから早く」

「お、おう」

 

 あまりの威圧感、戦慄と言ってもいいその感覚に、孫悟空はこの世界に来て初めて足がくすむ。 人間、どこまでの恐怖を与えれば彼のように縮み上がるのだろう。 具体例が見つからないのだが、あえて言うならば。

 

…………ベジータが初めて泣いたぐらい。

 

そう言った恐怖だという事を明記しておきたい。

 

「夜天」

「……おかしい。 あってるのに違う。 私の耳には【ヤテン】というフザケタ声しか届かない」

「なぁ、時間もねェしそろそろ――」

【Repeat after me】(私に続いて)

「あ、あぁ」

 

 唐突に始まる銀髪娘さんによる正しい日本語講座。 何をいまさらというかなんというか、この不思議空間で切羽詰っているのに貴様ら何してんだ――少なくとも高町なのはとフェイト・テスタロッサの呆れは天を衝いていた。

「夜天――」

「夜天!」

「違う! 夜天だ!」

「ヤテン……?」

「そうそう……そうです」

「ん~~夜天!」

「違う!」

 

 どう違う……正確に伝えることが出来ないのか? 四苦八苦しつつもどこか嬉しそうな銀髪娘は、既に悟空と一緒に正座をするという長丁場に突入していた。

 互いの膝が触りあうほどの距離。 そのなかで右手で床らしきところを『ぺちぺち』叩いている姿は、八神はやての心を朗らかにしたとか。

 

「わかった――貴方はアクセントがおかしいのです!」

「あ、あくせんと? あぁ、あのやわっこくてぺらぺらした――」

「――――それはオブラート!! どうやったらそこにたどり着くんですか!?」

「……なんだかおっかねぇぞ」

『なんで今のでオブラートって解るんだろうこのヒト』

 

 もはやボケツッコミの領域に突入した彼らの寸劇は終わりが見えない。 物覚えが極端な孫悟空にとって、いまさら子供のやるような発音練習は……そう思ってはいられない事実が、彼女の機嫌をさらに斜めにするとも知らずに――

 

「うっし! 夜天だッ!!」

「ちがうといっておろうがああ!」

 

 がお~~

 

 吠えた彼女の声はどこまでも鳴り響く。 ちっちゃな獅子に振り回され、悟空の勉学に対するキャパはとっくのとうにオーバーフローである。 ……学歴、『こくご』『さんすう』は伊達じゃない。

 

「いいですか? アクセント……言葉の発音の高さが違うのです貴方は。 『や』てん、ではなくて――や『て』ん……これが正しい発音なのです」

「……ちゅうかよ」

「静かに聞きなさい。 そもそも貴方は普段から私の事をどう呼んでいたのですか? 闇の書……まさかそのような虫唾が走るような下劣な名前で――聞いてるんですか!?」

「……お、おう」

「落ち着いてください夜天さん! ここで悟空くんに勉強を教えてどうなるんですか!? やってる事、おかしいって解りますよね?」

「そうだよ夜天さん。 今ここで悟空と漫才をやってる場合じゃないよ!」

 

「夜天さんって言うなぁぁーー!!」

 

『どうしろっていうんですか!?』

 

 かつてここまで彼女を乱した人間が本当に居ただろうか。 朗らかと哀の感情をまっすぐに携えたはずのこの娘をどこまでも怒らせていく孫悟空に、本当に悪気はない。 

 

「そもそもどうして私があなたにこのような――――はッ!」

 

 このときであった。

 この、何気ない一言であった。 さっきから夜天夜天と小うるさく発音講座を行なっていた娘がついに、やっと、何とか……

 

「私は、なんでこのようなことをしていたのでしょうか……我が主よ」

「わからへん……はは」

 

 我に返ってくれたようだ。

 

「と、とにかくあなたの名前……それを教えてどうするんや?」

「……コホン。 それはですね主、いま、この書の中の主導権をクウラが大体の実権を握っています。 弱り切った私と主の虚をつき、いままで潜伏していた間に掴んだ情報によってです。 普通ならあり得ませんが、あれはおそろしいほどに執念深く、用心して、周到な準備をしていたのでしょう」

「それがどうしたんや?」

「彼は隙がありません、一度手に入れたコントロールを渡すなどという愚行はしないでしょう。 なら奪われた物を……取り返すのではなく一度消してしまうのです。 真の所有者であり、リンカーコアに深いつながりがある主と、真の名を不本意ながらあの男から聞き伝えられた今ならば可能かと」

「!?」

 

 驚いた。 これにはさすがのはやても目を見開く。

 まさか自分自身を犠牲にでも――そう思ったのは仕方がなく、消すという単語からくる一番近い道はそこなのだから当然だ。 でもそんなはやてに、夜天の娘は微笑む。 指をそっと伸ばし、少女の唇に触れてゆき……

 

「主がご心配なされることは、何一つありません。 私自身、あの男を残し消えるなどという不安極まりないことなど致しません」

「あの男?」

「ふふ……えぇ、あの男です」

 

 誰の事――などという事はないだろう。 あの男はあの男だ。 さっきまで彼女をほんろうした闘い以外の知能指数が若干残念なあの男。 少年のような心の中に激しい焔を内包したあの最強の戦士。

 彼を“あのまま”にしておけないと、彼女は確かに言ったのだ。

 

「少し生き汚くなってみよう、彼を見るとそう思えてならないのです。 不思議ですよ、全く」

「……そっか」

 

 そのときの娘の顔は、どこか吹っ切れたかのようであったという。

 

「でもどないするん? 名まえがわかったとしても……」

「そんなことはありません。 名とは個を形作る最初の言語、そしてその者をそれに足らしめる最大の言の葉。 あの男が孫悟空であるように、全ては名によってその方向性が決まるのです」

「……名前」

 

 カカロットではなく……孫悟空であろうとする。 そこから一転して、カカロットであり孫悟空でもある彼。 だからこそ、全てを受け入れることが出来たし、ベジータからサイヤ人の誇りというモノをわずかにでも受け取ることが出来た。

 それを垣間見たからこそ、名前というものの強さを知り。

 

「闇の書と呼ばれしこの魔本は、今この時を持って消えなくてはいけません。 主、貴方の手で、この悲しみの連鎖を砕いてください。 もう、この本が誰も傷つけなくてもいいように」

「……わかった、まかせて」

 

 そうして願いは成就される。 彼女の、この数百年にわたる放浪がついに終わろうというのだ。 ふらりとあらわれては術者を殺める、謂わば通り魔な彼女の存在もついに。

 

「この本を魔本足らしめていた『闇の書』……その名は今をもって基礎プログラムごと破棄。 正式名称を夜天の書とし、我たる管制人格に題名(いのち)を吹き込みください」

「なんやえろう仰々しいんやなぁ。 ……ええよ、わたしがあなたの名付け親になればええねんな?」

「…………はい」

 

 自分から言えた願いに、見事答えようとするはやては顎に手をやる。 下を見て、右を見て……そこに居た山吹色を着込んだ男を見つめ。

 

「ごくうって、確かおじいさんの名前の一部を貰ったんやよね?」

「じっちゃん? 確かにそうだけどよ、それがどうかしたんか」

「わたしもな、見習ってみよ思て」

「?」

 

 大きな笑顔を携え、彼女は銀の娘に送る最初のプレゼントを考え、考え……考え抜いて。

 

「『はやて』ってな、漢字で書くと『疾風』ってなるんやけどな。 どうも男の子っぽくて嫌やったんや」

「……そうですね、主には格好が良すぎる男らしい名前になってしまいますね」

「あ~! いまちょぉっと馬鹿にせぇへんかった?」

「……そのようなこと」

 

 ここで少しだけ深呼吸。

 思い起こされるのは初めて悟空と出会った時の事。 彼に会ったのは数か月前、あの運命の日の事だ。 彼がこの体になった要因でもあり、死闘を始めるきっかけとなった……満月の日。

 そのときの事件など知りもしないが、彼女はこれだけは覚えてる。

 

「ごくうに初めてあったときな、とっても気持ちが良ぇ風が吹いたんや。 なんだか、これから先あの子と友達になれるようにお祝いしてくれてるような気がしてな」

「……はい」

「そん時の事、なんでか今思い出したんや。 そんで、思いついた」

「はい」

 

 胸に手を。 彼女の中にある思いの丈を解き放つようにいま、呪われし魔本にとらわれた最後の登場人物に手を差し出す。

 

「呪いなんて物騒なもん、すぐに消えてしまうような……祝福。 それにわたしの名前の『疾風』を合わせて――――祝福の風」

「祝福の……風」

「そや。 それでさっきまで味わったことを忘れへんように……あなたと同じ痛みをわたしがわすれへんように繰り返し(転生)を引っ掛けて……リインフォースなんてどうやろうか」

「リイン……フォース」

「そやで。 祝福の風、リインフォース」

 

 少女が思いつく限りの精一杯。 その名を何度も何度も繰り返して、唇から舌に、下から気管を通して横隔膜を震わせていく。 その、声を出す工程からは正に逆の手順は、まるで言葉を呑み込むかのようでもある。

 そうして下した彼女の顔は――

 

「その名、確かに我が内に刻み付けました。 これから先、未来永劫の果てであろうともこの名は不滅であり、消えることはないでしょう」

「ははは。 そんな大げさな……」

「いいえ、そんなことは……ありません」

 

 只々、優しかった。

 

「終わったか~~!」

「えぇ、ただいまをもって、私たる夜天の書の正当所有者を八神はやてとし、今現在、ほとんどの実権を握るクウラからその権利を奪還を確認。 さぁ、主、このたび生まれ変わった私に、最初の命令を――」

「命令だなんてそんな……」

「なら、何か“願い”はございませんか……ふふ」

「ん?」

 

 その言葉はまるであの男にかかわりが深い神の龍を彷彿とさせる。 深緑で、赤い目で……それと同じ色の瞳をした彼女はここで願いを聞く。 あの龍とは正反対に、呼びだしたものの願いを叶えたいがために。

 

「それじゃ、みんなでここから出よう? こんな暗いところいつまでもいたら……」

「キノコでも生えちまうもんな」

「あはは、そうやね」

「仰せのままに。 では、行きましょう…………――――」

 

 そうして闇の世界から、ついに物語の登場人物が外に飛び出していく。

 暗い暗い世界から、まるで背を向けるかのように眩しい世界へと解き放たれる。 彼女は、男のように全てを受け入れることはできなかったかもしれない。 でも、それでも許すという優しき主のため、ついに彼女は自身を変えることが出来た。

 

 意思を持たず、只、破滅の意思がなすがままの自分からの決別。

 

 差しのべたのはどちらからだったろうか。

 彼女たちの繋いだ手は……これからも離されることはない――――きっと。

 

 

 

 

 ある晴れた夕方。

 そこに在るのは破滅の後であった。 でも、その中に置いて破滅の主はもういない。 意思も、感情もすべて――これから消えてしまうのだから。

 

「な、何が起こった!!?」

 

 自分が自分じゃなくなる感覚。

 いままで自分があの騎士たちに与えていたものを、まさか自分自身が味わうとは思ってもみなかった機構生物は、まさに見開くようにセンサーの類いを総動員する。

 

「あのサイヤ人は!? いや、それよりもこの体の異変はなんだ!!?」

 

 内なる魔力の塊。 それが自分の制御下を離れ、どんどん自分の領域を貪りつくしていく。 再生されつつあった自身の首から下は黒く染まり、赤と紫のコントラストでにぎわうと、そのまま一気に彼の意識を喰らい尽くす。

 

「おのれ……お、の、れ――あの小娘がなにか……よけ、いな……ガガガ」

 

 最後に出されたのはやはり怨嗟の声。

 似つかわしいと、地獄の底で誰かが笑っているかもしれないが、そんなことはこの世界の誰もがわからない……

 けど、このままこんな怪異を、この平和な世界に残していいものなのか――――…………その答えは、すぐそこまでやってきていた。 いいや、もうすでにそこにいた。

 

「…………ふぅ、なんだかえらいことになっちまってんなぁ」

「あれ……なに!?」

「悟空、あれって」

「リインフォース……」

「心配ありません。 アレは只の抜け殻にすぎません」

 

 山吹色の風が吹く。

 差し込む赤い夕焼けが、彼の肌けた上半身を照り返すものの、それでも彼のパーソナルカラーはその周辺に居る全ての者に焼き付けられてしまう。

 そんな明るい色の人物は、眼下にあるクウラだったものに視線を落とすと……

 

「因果応報ってやつだぞクウラ。 散々はやて達を面白おかしく弄繰り回したツケってやつだ」

「その通りです。 ですが孫悟空、あれはあれでそれなりに――」

「厄介だってんだろ? 例の転生機能ってやつで不死身だとかなんとかって」

「はい」

 

 怪物の身体がどんどん肥大化する。 大きさが30センチ程度だったはずなのに、今はもう10メートル大にまで身体を――クウラを支配していく。 感じからして、サイヤ人の大猿化にも見えるそれに、トラウマを抱える少女二人が自身の身を抱く中で。

 

「なのは、フェイト。 おめぇたちがオラに話があんのはよぉくわかった。 けど、それは取りあえず後にさせてもらう。 いいな?」

『……はい!』

「いい返事だ。 そんじゃオラもその返事にまけねぇくれぇ、はっきりとした返事しねぇとな」

 

 怪物の身体の変態は終わらない。

 どこぞかで見た原生生物。 海龍。 恐竜。 有象無象を得て、尻尾の生えた人間と、爬虫類の様な怪異。 そのすべてを順繰りに顕現させて混ぜ込み、掻きこんでしまうかのように取り込む。

 全てが集まるそれは正にキメラ――融合し捕食されたすべての“負”がここに集まってしまったかのよう。

 

「おでれぇた。 あいつの残りカス程度だとは思ったけど、なんだかどんどん気が大きくなっていきやがる。 手を焼くかもしんねぇな…………」

 

 少しだけ、弱気な発言。 似合わないと誰もが口にしようとしたときであった。

 

「……少しだけ――な!!」

 

 それが彼の珍しい“謙虚”さだったと、いったい何人がこの発言前に気付いていただろうか。

 怪物が轟音をまき散らす海鳴の街中で、いま、強戦士は……

 

「はああああああッ!!」

 

 超戦士となり、紅蓮の空を飛翔する。

 いま、闇を切り裂く黄金の戦士が、その拳を極光に染め上げる。

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

クウラ――だったもの「サ、イ、ヤジィィィン――ッ! どこだァァ!!」

悟空「あれがクウラ。 哀れなもんだ」

リインフォース「闇の書が今まで食らってきた魔力、それに以前あなたから奪い去った生命エネルギーと、謎の負の力。 主にはあぁ言いましたが正直言って強敵です」

悟空「そうか。 前のオラだったら随分と手ぇ焼いたかもな」

リインフォース「…………はい?」

悟空「わかんねぇってか? そんじゃ答え合わせはまた今度だな。 次回!! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第55話」

なのは「温泉に行こう!」

リインフォース「…………あ、あの? タイトル間違えて――」

悟空「いやぁ、グレアムのおっちゃんがおごってくれるっていうからさぁ。 ちょうどいいからみんな連れてこうな」

リインフォース「え、だからその――闇の書の闇……」

悟空「松・竹・梅? 何のことだコレ?」

グレアム「あぁ、それは気にしなくていいよ、今日は貸し切りだからね」

リインフォース「え? え?? だからとてつもない敵が……あの!」

悟空「その疑問はだから今度の話でな。 --あ! すんませーん! ”おひつ”おかわりーー!!」

フェイト「わたしたちの――」

なのは「活躍……は?」

悟空「しらねぇぞ? おぉ! 来た来た」

リンディ「…………わたしの怒りも含めてまた今度ね? ふふふ……それじゃ」

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