遅くなって本当に申し訳ありませんでした。
さらに、どこかの感想で書いた甘々な展開……無理でした、ダメでした。 本当に申し訳ございません。
――――――
では、リりごく56話です。
12月某所、晴れ。
今日は悟空さんに連れられ、とある温泉地にやってきました。 車でおおよそ5時間、山の中にあるそこはかなりの大きさを誇る旅館があり、見る人たちに感嘆の念を持たせるには十分な作りもしています。
こんなところ、よく貸切に出来ましたね。
ボクが悟空さんにそう言うと、あの人は片目を閉じて口元に人差し指。 ……小さく手招きしてくると、ボクはそっと近づき聞かせてもらいました。
――――今日はオラの知り合いが、うんと頑張る日なんだ。 だからよ、余計な事気にしねぇでめいいっぱい遊んでるんだぞ。
それがどういった意味かを考えることもしませんでした。
なぜならそれが悟空さんの“頼み”だというのは、もう聞かなくてもわかったからです。 この企画を通し、今日を楽しめと言ってくれた人がおそらく居るんだろう。 そしてその人はおそらく今回の事件に深くかかわっていて、ボクが見たことも無いヒト――きっと……そう思えるひとはごく限られてしまう。
それすらも見越していた悟空さんだから、こうやって何となくで言ってくれたのだろう。 少なくても、ボクはそう思えてならない。
でも、そんなことすら小さく思えてしまう事件が、この後すぐにやってくるとは、さすがの悟空さんも、ましてやボクなんかが判るはずがなかったのです。 ……まさか、あんなことになるなんて。
「悟空さん、おはようございます」
「ん?」
時間は午前10時過ぎ。 孫悟空が旅館の玄関先で、青いブーツを脱ぎ捨てようと片足を上げた時であった。 ふと感じた珍しい気を背に、何となく顔を向けるとそこには、やはり自身が想像していた通りの光景が展開されており。
「お、すずか! シノブにノエル、それにファリンも。 久しぶりだなぁ!」
「久しぶり……?」
「えぇ、まぁ私達の方はそうでしょうけど」
「そうですね、わたしの方なんて半年前に逢ったっきりですもの」
「そういえば、ファリンと悟空様の方はご無沙汰……というところですね」
その声に答える華たちは、各々抱いた感想を口々に、悟空の後を追うような形で玄関先へ集っていく。
月村一行の御到着に、あたりを一瞬だけ見た悟空は……
「キョウヤなら今、たぶん便所だぞ?」
「え? ……え、えぇ」
「悟空さん、女の子に向かってそう言うことをストレートに言っちゃダメですよ」
「あ、あぁ~~そういやそうだな。 シロウのヤツにうんときつく言われてたの忘れてたな」
「……もう」
自身の感覚センサーの結果報告を言い渡し、返ってきたすずかの反論に背筋を伸ばすのであった。
そうこうしてる間に次の来客の気配。 悟空が眉を動かすと、その先数キロ以上の道のりを見て、やや……ニヤケル。
「悟空さん?」
その顔がとても不思議で。
「今日はアリサの奴が遅刻みてぇだな。 今あいつ、おそらくだけど車で相当飛ばしてるはずだぞ。 それなりの速度でこっちむかってきてんな」
「アリサちゃん? ……まだついてなかったんだ」
めずらしい友人の失態に口元を隠す。 彼には及ばないが少しだけ、すずかはやんわりと微笑んだようだ。
と、ここで悟空は彼女たちをようやく“見る”
月村一行。 彼女たちの出で立ちは往々にして華やかでいて、尾淑やか。
長女が茶色いコートで身を引き締めるなら、次女が白いスカートをゆったりと揺らす。 その後ろで従者の面々が静かに佇む姿は正に傾国の美女を彷彿とさせる“色”を見せる。 しかし、しかしだ。
「おめぇ達、こん中結構あったけぇから、そのぶ厚いのさっさと脱いじまえ。 汗かいちまうぞ」
『…………はーい』
「なんだよ元気ねぇな。 せっかくのパーティなのにそんな湿気たツラしてっと、メシが不味くなるぞ?」
「ふふ……もう、悟空さんこんな時にまで」
「ん?」
そんなこと、かの戦闘民族にはお構いなしなのであろう。 ブーツを脱ぐと下駄箱に入れ、すずかの苦情を背に受けてなお、彼は歩みを止めない。 迷いなく、翻らないこの強い意志はどこから来るのか。
などと、考えるのは無駄であろうか。 答えは……
「さぁて、後はアリサだけだな……はーやーく来い。 メッシ、メシー!」
『いつになっても、花より団子は変わらず。 ……ですか』
最初から出ているのだから。
「本日は晴天に見舞われ、なんとも宴会日和の――」
朝の合流から1時間が過ぎた。
みんなしてロビーに集まって、今回の主催者のギルから一言受けてる最中だ。 オラは必要ねぇって言ったんだけどな、何分リンディの奴がうるさくて仕方ねぇ。 まぁ、ギル本人もなんか言いたかったみてぇだし好きにやらせっけど。
「にしても、結構な人数が集まったよなぁ」
ここに居るのは今日の宴に参加する全員だ。
クロノとリンディをはじめとしたアースラに乗ってる奴ら数名。
フェイトたちの4人。
すずかんとこの4人。
はやてたちの6人。
なのはたち5人。
そんでオラとユーノにアリサと黒服のじいちゃんが一人、さらにギルとその娘っ子の合計30人くれぇだな。 ここまでよく集まったもんだ、みんな仕事とかで忙しいはずなのによ。
「まぁ、こんな時にそんな野暮なことを言うやつなんかいねぇか」
ここに居るのはみんな、闇の書……じゃなくて、夜天の書のゴタゴタに巻き込まれた関係者一同だ。 意図せず巻き込んだとはいえ、シロウに関して言えば全治3か月の傷まで追わせた始末だしな。
……まぁ、そのあとユーノにある程度治してもらったらしいから、日常生活に支障はねぇ様だけど。
「ん、もう話が終わりそうだな」
はは、ギルの奴またハンカチで汗ふいてらぁ。 ……そんだけ緊張しているとして、当の原因はあいつ自身だから手助けはしねぇ。 まぁ、きっかけ程度は手伝うんだけどな。 あいつが、はやて達と話すきっかけってやつをな。
それするにはどうすればいいかなんてのは特に考えてはねぇけど、なんとかなんだろ。 なんてったってはやては気がまわるしほかの奴らもそれとなく気が付いてるはずだしな。 ……んで、気がまわると言えば。
「……じぃ」
「……ふう」
さっきからオラの真後ろから感じる変な気……殺気だとかじゃないんだけど、どうにもこう。
「むぅ……!」
「…………やりにきぃんだよなぁ」
背中がかゆくなるくらいには“敵意”ってのを放つこの視線の正体……は、まぁ言うまでもねぇけど、アイツだ。 ちっこい背に、いったいどんだけのモンを詰め込んでんだろうなぁ。
こればっかりは他の奴に相談してやるわけにもいかねぇ、オラ自身が決着つけねぇとなんねぇことだ。 あいつとオラ、二人だけのもん――
「じぃ……」
「……なのは?」
「あ、そういやもう一人いたな」
……三人の問題だ。
ここまで、というか今もう名前が出たか。 あいつはアイツ……なのはの事だ。 それにフェイトが合流して、ある種の“あの時の面子”ってのが偶然にもそろった訳だ。 あのときっていつの事かって? そりゃあ、なのはとフェイトがクウラに食われたときのアレだぞ。
あのときの事とか、いろいろ、精神的にかなり鍛えてやったはずのあいつ等が動揺した理由。 いくらなんでもわからねぇはずがねぇんだ。 ……アイツ等に、かなり悪い事しちまってたんだと反省もしてる。
でもな。
「……こればっかりはどうにもなんねぇよなぁ」
思わず後頭部を掻き毟り、視線を下に降ろしちまう。
こういうのは慣れてねぇ、というより初めての体験だ。 ……いや、そう言えばあの世で“蛇姫”っちゅうのに迫られたこともあっけどよぉ。
「それとこれとは話、ちがうだろうし」
どうするか。 ……こいつは本当に困った問題だ。
と、オラが悩んでいる間にギルの話が終わったらしい。 視線があっちからこっちへ移っていくんだが、どうにもまだ後ろのちっこい目線だけは変わる気配がない。 ……気で探るまでもない、なのはの奴、おそらくジト目ってやつでオラの事を見上げているに違いない。
「ごくう!」
「ん?」
ここで天の助け――いや、違うな。 はやてとゆかいな仲間たちってのがこぞってやって来る。 正面からはやて、シグナムに夜て――リインフォースが。 後ろの方にもう一個魔力を感じるからおそらくヴィータあたりがなのはたちの方へやってきたんだろう。
んで、ヴィータがどうしたかというと。
「高町、おまえんなエグイ目つきで何睨んでんだ?」
「え、……え?! わたしそんなに怖い目してたかな?」
「え、あ、いや……自覚がねぇとかどんだけだよ。 例の超サイヤ人になったゴクウよりも恐ろしくて、別ベクトルの凄みを感じた気がする」
「そ、そうかな?」
「まちがいねぇよ」
何となく世間話みてぇなことしてなのはの気を静めてくれたらしい。 まだ、あいつの方に振り向いちゃいねぇけど声が何となく大人しめになって来てよ、妙な視線も――
「…………じぃぃぃ」
「……ダメかぁ」
熱視線、なかなか止まねぇみてぇだ。 まいったなこりゃあ、はは!
「先ほどからどうした孫、そのような面白い顔をして」
「おもしろそうかぁ? オラ今、とっても困ってんだけどなぁ」
「ふ……なんだそうなのか? そう言えば孫、ここの風呂には目を通したか? なかなかいい具合のヒノキの湯があるらしい」
「―――びくっ」
「ん?」
いま、なのはがへんに震えた気が……?
……まぁ、いいか。 っちゅうかよぉ、他人事だと思ってると見えて、シグナムはどうでもよさそうだ。 少しは助けてくれても、なんて思うけど、こればっかりは助けを呼べねぇかな。
「ところでおめぇ達、ギルと話してたんじゃなかったんか? いいのか、こっちに来ちまって」
「ぎる? あぁ、グレアムさんの事やね。 えぇんやって、なんやこの後の準備があるとかで、それまで忙しいから待っててくれやって」
「ふーん、アイツも大変なのな」
「ごくうに比べたらそうでもあらへんと思うけど……?」
「それもそっか……」
背後にある大問題をそのままに、軽くため息。 ……小さいとは思っていたけど、いざ触れてみるとわかる重さはな……
「よっと」
「きゃあ!?」
実際、持ち上げてみればわかる。
だいたいそうだなぁ。 はやて達と話を始めたあたりから有った違和感、というか、感覚かな。 腰から向こう、今もなおオラから生えている尻尾、それを掴んでいるという感覚だ。 それが誰の仕業かは言うまでもねぇな、当然――
「よーし、よしよし。 はい、そのまま懸垂いってみっか?」
「つーん」
「ありゃりゃ。 まーだご機嫌斜めか? なのは」
「ふんだ」
……視線、思いっきり逸らされたな。
尻尾を掴んで離さず、そのままオラを見たり逸らしたりを繰り返すなのは。 逐一怒っているところをアピールしていると見えて、ここはオラがきっちりとなだめてやらねぇといけねぇって事か。
こうやって拗ねてるところはあんまりにも珍しいから、ちぃとカラカッテやりてぇと思うのもオラがでっかくなった証拠だろうな。 ……このまま逆さづりにでもしてやったらどうだ。
「…………ぷくぅ」
「やめておくか……」
あとでどうにかされそうだしな。 なのはの奴、機嫌が悪いときはトコトン“やる”タイプ、って訳ではねぇけど、そもそも、今あいつの格好でそれやっちまうと、おそらくシロウとキョウヤに三枚に卸されるだろうし。
フェイトもそうだったけど、どうして女ってのはこんな寒い時だってのにヒラヒラしたモン着りたがるんだろうな?
「どうしてだろうな? シグナム」
「……よくわからんが、貴様いま、かなり失礼な目線で私を見てはいないか?」
「そんなことねぇって」
「それならいいのだが。 ……ところで何の話だ」
「ん? シグナムは今日もズボンなんだなって思ってよ」
「は、はぁ……?」
しり上がりになるシグナムの語尾は、なんだか不機嫌ぽかった。
「悟空」
「ん?」
そんなオラたちに向かってかかってくる声がひとつ。 その間に振り向いたオラの背中から小さな悲鳴が聞こえて来るけど、この際無視だ。 そんで、オラが振り向いた先、ロビーからやって来るのは……
「おっす、クロノ。 久しぶりだなぁ」
「おはよう。 ここのところ、“貴方”に頼まれたボール探しで世界各地を回っていたから、そのせいじゃないでしょうか……」
「ん?」
なんだか、クロノの様子が変だな。 言いにくいんだけど、なんていうかぁ……あれだ、どこか遠慮がちになってる気がする。 まるで神さまと閻魔様が話してるときみてぇな感じかな?
いったいなにがあったんだ?
「いや、いままでの功績だとか、グレアム提督との話だとかでいろいろ考えていたら、今までの口調だとかは失礼じゃないのかと思うようになって……」
「ん? 何が失礼なんだよ。 オラとおめぇの中だろ? そんな硬ぇこと言いっこなしだぞ」
「いや、まぁ。 確かにそうなんだろうけど」
「それにおめぇ、さっきの第一声の時点で呼び捨てだったし、既にそういうの台無しなんじぇねぇのか?」
「……う゛。 そ、そうかもしれない」
こいつはコイツで頭がかてぇ所があるからなぁ。 ……別にいいのにな、そんなもん気にしねぇで今まで通りで。 今回はたまたまオラが出来ることをそのままやっただけだし、“そう言う事”してもらいてぇからやったわけじゃねぇからな。
クロノに言い聞かせること2分くれぇかな。 なんとかいつも通りに戻ったあいつが、何か右手をつきだしてくる……そうか、こういう時はいつかキョウヤに教えてもらったアレだな。
「よし」
「なに?」
付きだしてきた手と、同じ側の手をこれまた同じように突出し、合わせると。
「よっ」
「ん?」
拳を上に向けて、そのまま肘を叩き合い。
「ほっ」
「えっ?」
裏拳の要領で振った腕をお互いの腕がぶつかるように交差させて。
「はっ――と」
「お、おい」
当てて弾き合うとすぐさま腕を組む。 腕相撲みたいな恰好のオラたちは、そのまま手を握り合いながら目線を合わせている。 そうして少しだけ微笑んでやると、一言。 こいつ、裏方関係を一手に引き受けてくれたみたいでよ、だから感謝をこめて言ってやったんだ。
「お疲れ、クロノ」
「……ありがとう」
そしたらアイツ、今日はじめて笑いやがった。 まったく、いつも眉毛をハの字の逆にして難しいこと考えてばっかりいんだからよ。
「じゃなくって!」
「ん?」
「ほら、さっきフロントから鍵を貰ってきたんだ。 キミの部屋番は【0612】……6階の部屋になる」
「お、サンキュウ。 へぇ、普通の鍵の後ろに長細い水晶みてぇのがついてんのか、これなら目立つし無くさねぇで済みそうだ」
青くて透明で、少しだけひんやりしてるのは気のせいか? まぁ、そんなのはどうでもいいとして……そうか、オラは6階の部屋かぁ。
「他の奴らはどこらへんになるんだ? もしかしてオラの両隣――」
「キミの下には高町の面々が、その下にはテスタロッサの一家。 さらにその下が管理局、僕たちが陣取ることになる」
「へ?」
「今回のメインともなる八神はやて一行はキミと同じ階……6階に居ることとなるな」
「……?」
なぁ、クロノ。 どうしてそんなめんどくせぇ間取りなんだ? オラさっぱりわかんねぇぞ。
「今回、そもそもこうやって皆が一斉に集まること自体が異例中の異例。 実のところ管理局の本局……キミ流に言うと総本山というべきか? そこへの報告で、今回の集まりは闇の書事件の後始末という題目になってる」
「後始末かぁ。 ま、みんなで打ち上げっていうなら案外間違いじゃねぇかもだけど」
なるほどな。 どうやら相変わらずコイツラの上司は頭が固ぇみてぇだ。 良いじゃねぇか息抜きくらい、そっとやらせてやれよって思うけど、そこは働く人間の義務というやつらしい、クロノがこっち向いてそっと首を横に振ってくる。
なんだかなぁ、こう言う規則だなんだのってのはあの世もこの世も変わらねぇのな。
「そんじゃもしかしておめぇ達、今日の騒ぎが終わったらすぐ帰ぇるのか?」
「いや、それはまだ大丈夫だ。 それに闇の書とは別件の任務がまだ残ってるから、次はそっちに専念することになるはずだ」
「いぃ!? ま、またすぐ仕事かぁ?! おめぇたちそんなに仕事ばっかりやってたんじゃ参っちまうぞ」
「そうかもしれないが、こればっかりはそうもいかないんだ。 なにせ、世界の恩人たってのお願いだから……」
「世界の恩人?」
へぇ、そんな奴がこの世にはいんのか。 生真面目なクロノがこうも褒めるんだ、相当にスゲェ奴なんだろうなぁ……一度会ってみてぇかな。 なんて、思っているところにあいつがため息、少しだけ崩した感じの表情をそのままに、オラに向けて右手を……放り出す。
「おっと!?」
「まず、これはターレスの時に助けてもらった分。 そう思ってくれ」
「……? ……っ! お、おめぇこれ――」
適当に片手で無造作にとっては見たけど、へぇ、随分と早く集めたもんだ。 今のオラですら、こいつらが言う“世界中”なんてのはあまり遠くを見通せないってのによ。
「
「……見つけたのは母さんだけどね」
「え゛!? リンディが! はぁあ、アイツもやるときはやるもんなんだな」
どこで見つけたかは知らねぇけど、これでアイツの艦長の面目ヤクジョ……ヤクジョってなんだ? いや、いいや、とにかくゴールまであと一個だな。
「今あるのが? イー、リャン、サン、スー、リュウ、チーだから、あとは
「……ドラゴン、ボールか」
「クロノ?」
「いや、何でもない。 “きっと気のせいだ”」
「……そうか」
不意に真剣な目でオラが持ったドラゴンボールを見てたけどなんだったんだろうな? まぁ、あいつが良いって言うなら深くは追及しねぇけど。
「いろいろあんがとな、これからも頼んだ」
「あぁ」
片手をあげて、クロノの奴にお疲れと言ってやるとそのままあいつはギルが居る方へ歩いていく。 そのときに右手だけ上げてこっちに返したアイツは、なんだか照れ臭そうだったかな?
「なんだよあいつ、あれだけ言ったら行っちまった……いいのかゴクウ?」
「ん?」
顔、こっちに見せたくなかったのかもしれねぇ。
「……甘え方、きっと知らねぇんだアイツ」
「孫?」
シグナム達は少しわからねぇって感じかな。 みんなしてクロノの背中ばっかり目を追ってやがる。 ……見るのは、そこじゃないぞ?
「いいや、何でもねぇさ」
けど、今はそのことを指摘してやる場面じゃねぇ。 きっとそのはずだ。
「孫悟空」
「ん? おぉ、夜天。 夜天じゃねぇか」
超サイヤ人になったオラと正反対の長髪をした女が、そこに居た。
黒いジーンズに紺色のワイシャツ、その上にベストを着た……きた? なんだろうなぁ、どうも女モンの服には見えねぇけど、どういう趣向なんだ?
「主がどうしても着てみてほしいと。 ……その、イメージは男装の麗人だそうです」
「そや。 リインフォースは胸が大きいから、あまりこういうのは思たけど、着てもらってみたら意外にはまってな」
「はは、おめぇその服、似合ってんぞ」
「そやろ? 今度は真逆の色合いでワンピースでも着てもらおう思てんねや」
「やったじゃねぇか、次が決まってるってよ?」
「……主、あまりからかわないでください。 それと貴方、私の真名は決まったのですから、その通称で呼ぶのはよしなさい。 どこのサイヤ人の王子ですか?」
そうか、このあいだ決まったばかりだったよな。 いつまでも仮の名前で呼ぶのもかわいそうか。 おらも、初めて“カカロット”って呼ばれたときは違和感っていうか、嫌な感じが先行したし。
「そういやそうだな、わりぃわりぃ……えっと?」
目を合わせる。
雰囲気は途轍もなく穏やかに、けど、それに反して視線の鋭さは増していく。 射抜くように、相手を自分の“陣地”からださねぇ様に、オラのありったけをぶつけるように―――大げさか。
軽くだな。 ほんの少し合わせた視線をそのままずらさねぇで、特に何も考えず。
「すまなかったな、リィンフォース」
「……っ」
「ん?」
アイサツ、したんだけどな。
急に、黙り込んじまったぞ、リインフォースの奴。 しかもさっきは自分からよこした視線も、一方的に反らしちまって。
「孫」
「ゴクウ」
「ごくう」
「どうした? おめぇたち、そんな変な目で見て」
「お前、やっぱりアイツの事は今まで通り“夜天”って呼んでやれ」
「なんでだよヴィータ。 オラ言われたとおり……」
『い・い・な?』
「お、おう」
シャマル以外の女全員に、かなりきつく言われたぞ。 ……いえと言ったりいうなと言ったり忙しい連中だぞまったく――いッ!?
「イタタッ。 な、なんだ?」
「~~!」
「お、おい?」
…………わりぃみんな、少しだけ時間くれ、な? ちぃと困ったことになってよ、いてて!? こ、こらおめぇそんなところ引っ張りやがってこの――
「おい、やめろってなのは! イキナリなにすんだおめぇ」
「むぐぐ……むぅ~~」
「なに言ってるかわかんねぇぞ、おいこら! いたたたッ」
後ろで尻尾掴んでいままでぶら下がってたなのはが急に暴れ出しやがった。 掴んだ尻尾に入れた力をどんどんあげて行って、しがみついて――っく、今度はなんか鋭いのが当たったぞ。 何をしてるんだ。
気になってよ、つい、振り向いたら……
「あむあむ」
「…………なに、噛みついてんだ、おめぇ」
「というより孫、おまえ痛くはないのか?」
「
「がーー!」
「こ、こいつ……」
いきなりじゃれついてよ、どうなっちまってんだなのはの奴。
「う゛~~!」
「なんだかどんどん動物みたいに喋んなくなっちまった。 ……癇癪でも起こしたのか?」
「ふふ、なのはちゃんってば――――リインフォースに嫉……」
「にゃああああ!!」
「うおぉお?!」
暴れ……あば、あお、……くっ。
「暴れるなよなのは、おいったら!」
ったく、いったいどうなっちまってんだ今日のコイツは。 妙に余所余所しかったり、かとおもったら急にくっ付いて離れなかったり、忙しいったらねぇぞ。 しかも結構力入れてたからなぁ、それなりにしっぽをブン回しても“修行の成果”からくる常人を逸した握力ですんなりと離さないと来たもんだ。 ……こまったぞ。
「なるほど」
「シグナム、どしたん?」
「いえ、あの子……高町について思うことがありまして」
「あぁ、やっぱり気になるん?」
「えぇ」
「シグナムもやっぱり――」
「――彼女の握力を目測だけで測ったのですが、やはり面白い。 既に三ケタを超える程度には孫の尾を掴む力を上げている。 やはりあいつは、かなりの鍛錬をあの子に課せたとみるべきでしょう。 今度、出来ることなら手合せ願いたい」
「……そやね、シグナムはそうやよねぇ」
くそぉ、他のヤツは完全に談笑に入っちまってる。 誰一人としてオラを助けようだなんて思ってる奴が居もしねぇ。 ……うまくなだめても騒ぐ、放っておこうにもついて来る。 こんな状況、今まで経験したことがねぇ。
どうすりゃいい、何をすればなのはの機嫌は治ってくれるんだ?
必死に考えた、そりゃもうナメック星で宇宙船を見つけるまでの時よりもスゲェ深刻な具合でだ。 ……考えたんだけどよ。
「わかんねぇや」
「むぅぅ」
「はは、……オラ疲れちまっただ」
なんだかなぁ。 初めて会ったときは自分が年上だったって思っていたと見えて、結構しっかり者の感じを出してたんだけどな。 いつからだろうな、たびたび甘えるようになっていったのは。 ……あのころがずっと前みてぇだ、あんまし覚えてねぇや。
「悟空」
「……ザフィーラ?」
肩を落とすオラに向かって、この中で唯一のオラ以外の男、ザフィーラが、そっとこっちに向かって腕を上げる。 大体オラと変わらない体型のアイツは、力強く拳を作って静かに佇むと。
「お前も、苦労してるんだな」
「助けてくれよ、ザフィーラ」
「……そう言うのは門外漢だ、自分でどうにかするんだな。 宇宙最強の民族、サイヤ人の力を見せてみろ」
「オラこういう戦いはなぁ……それこそ門外漢だぞ」
「ふ、そう言えばそうだな」
「だろ?」
結局助けてくれることはなかった、けど、まぁなんとなく心が軽く放ったかもな。 タダしだ――
「むぐむぐ」
「なのは、尻尾かじってたのしいか、おめぇ」
「むむぐぅ!」
「……ちゃんと言えって」
状況はなんも変わらねぇけどな。
さてと、そろそろいろんな奴が自分達に用意されたっていう部屋に行こうとしているな? いろんな気がそこらじゅうに散っていくところを見ると、ひとまず部屋で一息入れる算段なんだろう。
オラもそうしたいところだけど、ここは一回シロウのヤツになのはを引き取ってもらわねぇとな。 っと、その前に。
「そんじゃはやて、みんな。 オラ、なのは預けたら部屋でゆっくりと晩飯でも待ってっから、何かあったら呼んでくれ。 同じ階だし、すぐ駆けつけるからな」
「心配あらへんよ、そんなごくうが動かなあかん事件なんておこらへんて」
「かもしれねぇけど、一応な。 ……そんじゃ、またな…………――――」
そうして悟空は自身の止まるであろう部屋の階下、そこに集まる常人よりわずかに高い気を感じ取り、一階ロビーから瞬時に消えていくのであった。 見送る騎士たちの、ささやかな笑い声をBGMに受け取りながら。
旅館5階 高町一家の部屋。
静けさを、感じさせない、団欒を、崩す男が、孫悟空かな。
騎士と拳士がふざけ合っていた空間から6メートル上の階層、仲睦まじい夫婦とその子らが、いまやっと荷を下ろしたところでありました。 部屋は和風、畳が15枚敷かれた部屋が2つ繋がれた30畳の大部屋、そこに彼らはいました。
「5人部屋と言うのにこの広さか、しかも男女で別れろと言わんばかりに二部屋、おどろいたなとても広い」
「そうね。 前に行った旅館の倍以上はあるかしら? 悟空君の知り合いの人の招待だって言うけどすごい豪勢ね」
「お~~、見てみて恭ちゃん。 外、すごい景色……雪も降ってキレイ」
「…………アイツ、偉い人間とコネを持ってるんだな。 どこで知り合ったんだか」
思うことはそれぞれ、違いもあれば個性もある。 方向性はみな驚きというカテゴリに絞られているのは、ひとえにこの部屋の第一感想が『異質』であったが故だろうか。 さて、ここで高町の大黒柱が窓枠に手を沿わせる。 雰囲気を壊さぬよう、出来るだけ金属部の露出を抑えたそれは限りなく木製に近い材質。
それに、自身の体温を奪われながらも、士郎はまだ、少しだけ寒気のある空気を肺にいっぱいため込み。
「はぁ……」
吐き出す。
誰が見てもわかる困惑の色。 それがどのような理由などと、問うこともできない子供たちは士郎が居るところとはもう一つ、離れた部屋絵と摺り足差し足……忍んで空気をかみ殺す。 でも。
「どうかしたの?」
「え? うーん、すこしだけ、なのはの事をね」
「なのは? ……あぁ、悟空君のことかしら」
「はは、何でもお見通しか」
「えぇ、なんといっても……ふふ」
そっと微笑むのは高町桃子。 彼女は末っ子と同じ質の長髪をたなびかせると、そっと士郎の横へ寄り添う。 困ったときは助け合うのが夫婦……そう、言外に伝えるように、彼女はふわりと、自分の腕を士郎の腕へと――――――――――………………
「あなた」
「……ダメだよ、子どもたちが……」
「少しくらい、平気よ」
「……桃子」
寄り添い、互いの息が混ざり合う距離。 ふたりの空気が溶けあうたびに、暗い気分が逃げるように薄れていく。
「……少しだけなら、良いのかな」
「みんな、あっちの方へ行ってしまったもの……ね? だから――」
色素が若干抜けた髪と、栗毛色の長髪が絡みあう。 そして、黒いトンガリがゆらゆら……
「ど、どうすっかなぁ……」
「あ、あうあう……」
揺れる
当然、『その者』から伸びるシッポも同様の動きを行う……それがゆったりと動く音を聞いても、この部屋の人間は何も近くすることが叶わない。
「あなた……」
「……桃子」
「お、オラたちあっちの方に行ってた方がいいかもな。 ここから先は、なのはの奴じゃ刺激が強いかもしんねぇ」
「お、おとと……おとッ」
小さなツインテールが激しく乱回転。 その動きと合わさることのない青年の、雄大すら思わされる茶色い尾は未だ平常運転。 それは、彼がいつも通りだという事を何よりも証明している。
ようやく揺れた彼の衣類。
青い帯が風の思うがままにされると、その空気が青年に背負われていた娘にも舞い上がり……
「……ふぇ」
「お、おい……っ」
そのとき、少女が動いた。
「ふぁ」
「まさかなのはおめぇ」
薄目、『もにゅもにゅ』と擬音が背景に出そうな口元。 これを見せつけられた瞬間、青年の背筋が凍る。
「……ふぁ」
「お、おい! っく、どこかに瞬間移……」
「ふぁ~~~~~っ」
青年の額に指先ふたつ。 そろえた時には少女の鼻孔はすでに臨界点。 いつでも発信準備は完了だ、あとはそう、この子が心を許して全てを手放せば――すべて、台無しになる。
焦りを焦らしに変えて、今彼は下階に居るであろう人物を頭に描きながら…………背中に抱えている少女が、彼の肩口を切なく握り締める。
「へくちっ☆」
『!!!?』
「あーあ……やっちまったぁ」
抱えた。
今冬初めて悟空が大きく頭を抱えた。 闇の書事件よりも盛大に膨れ上がった目の前の問題に、彼の光速以上に早い反射神経が次の行動を思考よりも先にはじき出していた。
彼は――――
「よぉ。……な、なのはの奴、ふ、風呂入れて来るな。 ははっ」
「お……おねがいするよ、悟空君」
「ごめんなさいねぇ……ふ、うふふ」
……本当に何も考えずに、途轍もないほどの。
「……悟空くん」
「ん? なんだ、なのは。 ハラでも痛ぇんか?」
「ほんとう?」
「…………え?」
大きな。
「一緒にお風呂って……ほんとう?」
「――――あ、おう。 本当だぞ」
選択ミスを犯した。
「あ、そうか。 おめぇも女の子だもんなぁ、オラとじゃいやだよな?」
「全然?」
「そうかそうかぁ、そいつは仕方ねぇな。 なぁ、ミユキ、わりぃけどオラの代わりに……ん?」
「……どうしたの? ほらぁ、早くいこ?」
『………………おや?』
そうして流れる疑問符が、少女以外の人物全てから乱れあがる。
「悟空くん?」
其の中でも消えることのない甘えた声。 夜中にサラリーマンたちが集うという、とある桃色の酒場にも匹敵する猫なで声は、悲しいかな血縁者である恭也ですら背筋を掻き毟りたくなるほどの衝撃を与える。
「――お、おい悟空。 なのははいったいどうしてしまったんだ」
「……オラだってわかんねぇよ」
「え?! いま、二人ともいつの間に」
「……悟空くん?」
速攻のひそひそ話。 俊足と高速が重なり合い歩みあう中、当の『お姫様』は気付けば美由希の足元で小首をかしげていた。 明らかに戻った彼女の様子……もとい、機嫌のよさに、今度は男連中の心境が大荒れだ。
「つい数か月前、お前がまだあのカラダだった時でさえかなり難しい、いや、困っていた風だったと記憶していたが」
「さ、さぁな……どういった心変わりなんだろうな。 っちゅうか、何考えてんのかさっぱりだぞ」
『うむむ……』
先ほどの駄々っ子ブリが完全に消失しているこの子は。 そう考えている悟空の背に突き刺さる視線がもういくつか。 振り向かなくてもわかる……そうやって後頭部をかくだけで返事をした青年に、彼は言葉を投げかける。
「悟空君」
「お、おう」
「父さん……さすがの父さんも」
今回ばかりは立ち上がるだろう。
何やら戦いの予感を感じ、丹田……へそのあたりに力を籠めていく恭也はいつになく真剣だ。 両足を曲げ、前傾姿勢となって右足を後ろにずらし、彼は踏ん張りを効かせる。
そうして、ついに。 来たるべき衝撃が――
「のぼせないようにね」
『…………』
「 」
「お、おう……え゛、いいんか? それで……?」
おぉぉっと高町恭也、クロスアームによる防御をするも襲い掛かった【右】に防御ごと吹き飛ばされたッッ!!
一瞬流れる自身の脳内音声。 まるでどこぞのボクシングの実況を思わせるそれに、すかさず彼は頭を振る。 そんなことじゃない! 彼は呟き自身が父と尊敬する人物に視線を配る……いいや、切りこむと言った方がいいだろうか。
それくらい、今の彼は心中穏やかじゃない。
「と、父さんッ、いくら悟空が無害だと言っても――」
「恭也」
「……っ?!」
そんな男の事名ですら、父である士郎はおおらかに受け止める。 既に背からは後光が射し、構えの無い姿勢からは畏敬の念すらにじみ出る。 空を悟るかのようなその姿勢にいま、高町家長男の青年は、確実に気圧されたのだ。
そんな圧力を生み出した男は、ついに。
「お前は、いままであんな顔をしたなのはを見たことがあるか?」
「な、何を……」
語りだす。
「何時ぞやの頃、店の経営が軌道に乗らない上に大黒柱が帰ってこれなくなり、お前を含めたみんなが、まだ幼いなのはの相手をしてやることが出来なかったという状況でさえ、あの子は文句の一つだって言わなかった……そうだよな?」
「……!?」
「そんなあの子がな、初めてしかめっ面をして駄々をこねたんだ。 ……この人の、傍にどうしても居たいと」
「!!?」
「娘の初めての我が儘を聞いてしまったからには、叶えてやりたいのが親心というモノさ。 お前にも、いつか分かる時が来る――それに多分……」
「父さん……?」
「いや、なんでもないさ。 けど、いま言ったことだけはわかってやってほしい」
「……だけど父さん」
強く言われたわけじゃない、反論は出来たはずだ。
かなりギリギリな要求じゃないのか、強引に止めることが出来たはずだ。
「…………っ」
なのに、どうしてもそれが出来ない恭也は既に、心の炎を消されたかのように大人しかった。 ……柔よく剛を制する瞬間を、今ここに作り出す。
「なぁ、モモコ。 あいつらあぁ言ってるけど、こう言うのってまた違うモンダイってのがあるんじゃねェのか?」
「……うーん、どうなんだろう? 実は私も悟空君がいいのなら、なのはのこと、見てもらいたい気分なのよねぇ」
「……おめぇも賛成か」
「えぇ♪」
「うーん……おめぇたち、このあいだのクウラの一件からなんかおかしいぞ……」
結局止めを刺すのは高町家、
……深い、ため息だ。
困っているのはあからさまで、何やら考えを張り巡らせているのは誰が見てもわかる。 そうして、今まで硬直から抜け出せなかったユーノが、無言のまま悟空の肩から床に落ちた時、ついに。
「しかたねぇ、温泉、入っちまうか」
「……うん!」
何時ぞやの婚約宣言よろしく。 彼は何事もなく部屋を後にするのであった。
床は茶色、のれんは青。 透き通る水は湯気を昇らせる。
どうにも都合のいい……というより、今回に限っては貸切なのだから大抵は許されるであろう“10歳未満ならどちらでも”という注意書きを横目に、孫悟空は山吹色の道着を脱ぎ捨てる。
「う~~さぶっ」
青いアンダーをそのままに、腰の帯を手に取る刹那、真後ろで物音。 悲鳴に近い無音の声に、一瞬だけ興味ありげな顔をするもやはりそこは彼、すぐさま自身の腹部に目をやり“型結び”をそっと解く。
ぱさり。
乾いた音が今いる部屋に行き渡り、事を後ろにいる少女へ明確化させていく。 彼は今、丈のあるズボンを脱ぎ捨てたのだ。
「よっ、よっ」
一気にアンダーを脱ぎ、身に付けていた最後の下着も取り去っていく。 彼は、ついに一糸纏わぬ姿へと成る。 なるのだが、なったのだが……その後ろでは、ちいさな水音が。
ぽたりぽたりと、石を穿つかのような音色は、青年――いや、孫悟空と呼ばれる最強戦士の背後で鳴り響いているのだ。
そう、その音の主はいま、悟空の理解の範疇外にある領域に、心をうずめていくのであった。
「…………ひぅ」
ど、どどどどうしてこうなっちゃったの?! わたし、ただ今までの自分が許せなくって、でもあの人がまったく自分のことを言ってくれないのも嫌だったし、それに何よりまだ、自分の全てを教えてくれないあの人との関係が寂しくて……
だからもっと近づきたくて、でも距離がわからなくて。 ……そんなときに近づいてきた人にあんな風な目でみたり、どうしていいから八つ当たりもしちゃったし……もう、自分の心が判んない。 どうしていいのかわかんない。
だから、自分でも思ってもいなかった大胆な行動に出ちゃったんだと思う。
「あうあう……うぅ」
い、いま……なにかが床に落ちた……これって布きれ音ってヤツだよね? そうだよ間違いない、いま、何も考えてないあの人は衣服を脱ぎ始めてるんだ。 あ、相変わらずそう言うことに無頓着で、無関心なのはわたしが不釣り合いなくらいに幼いから?
もうすこし、女の子扱いしてくれてもいいんじゃないのかな。
「……ばかぁ」
気づけば、そんな言葉がため息と一緒に出ていました。 それでもあの人に進行は止まりません、むしろ脱ぐ速度は早まる一方。 型結びだったタメに時間のかかったはずの帯さえなくなってしまえば、あの道着のような服装だからもう、一瞬のことだったんだと思います。
……布がこすれる音、もう聞こえないよぉ。
「なぁ、まだかかるんか?」
「…………まだ」
ちょっとまってほしいです……もう、こっちの思考は限界なの!
だって、だってあの頃の小さな姿の時でさえ恥ずかしかったのに、いまはもうお兄ちゃんと大差ない上に、年齢で言えばきっとお父さんと変わりないんだよ!? そ、そんな人には見えないところがあの人らしいっていうか、いつまでも4月の頃と変わらないのは美点というか、かわらないでくれて……よかったというか。
「しかたねぇなぁ。 ……オラ、先に入ってるからな、風邪ひかねぇウチにさっさと来いよ?」
「は、はい……」
……いっちゃった。 もう、後には引けないよ高町なのは、ここが、踏ん張り所だよ。
そうやって自分を鼓舞したところで、待っているのは全裸のあの人……はぁ、こう言うところで度胸がないのは誰に似たんだろう、……ちがうよね、こう言うところで勇気が出せないのは、まだわたしが弱いからだよね。
「お兄ちゃんもお父さんも、きっとこういうことを経験して大人になったんだ。 ……わ、わたしだって――」
意味合いはきっと違うだろうし、あの人相手にそんなことしたら大変なことになるだろう……それはもう、よく夏休みのお昼とかで見かけるドラマのようなドロドロとした。 そんなのは御免こうむりたいところなので、わたしはやっぱり大人しく引き下がりたいのだけど。
……やっぱり、視線はいつの間にかあの人の方に向いていて。 ……憧れ、こう言うことをそう言うんだろうなぁ。
「……お風呂、入ろう」
そういって切り取ったこの後の思考。
これ以上は考えていても仕方がない。 あたまが理解していても、ココロがそうはいかないのは昔あの人から教わった事。 そのときのあの人が、とっても苦い顔をしていたのはどうしてだろう。 あぁ、きっとなにか間違っていてもそうしないと気が済まない時があったんだろうなと、何となく思ってみたり。
……じゃなくて。
「お、お風呂、はいるんだよね」
いつまでも考え事に没頭する“ふり”なんかして、今ある問題を少しでも遠ざけている。 わかってる、こんな時間をかけていたっていつかはやらないといけないってことぐらい。
「というより、下手をするともっと大変なことになるかも」
ほら、お風呂ってはいるモノなら、最後はやっぱり上がるよね? なら、上がるときには必ず遭遇するわけでその。 しかも相変わらず羞恥心とかがないはずだから、その……まえ、隠すタオルがあの人の脱衣籠に置きっぱなしになってて――うぅぅ……
「女は度胸! 高町なのは、レイジングハート、行きます!!」
[Please do your best](頑張ってください)
「がんばる!」
首から下げていたレイジングハートも、いまはカゴの中からそっと応援してくれる。 直接的な物じゃなくって、なんていうか頭の中に響いてくる感じで。
そうしてわたしは、いよいよ脱衣所から出ることを決めました。
い、いくんだから……まけないもん……あぁでもやっぱり――
[Please do your best……Master! It is back!]
「ふぇっ?!」
なんだかわからない力が働いて、尻込みするわたしの背中を誰かが押した気がしました。 自分の意思だろ? 冗談じゃないよ、今のは絶対に誰かが背中をおし……おし……ほぇ……
[Thank you, it seems that determination stuck by favor](ありがとうございます、おかげで踏ん切りがついたみたいです)
「えへへ、そんなことないよ。 ただ、見てて焦れたというか、お兄ちゃん的にいうと――迷うな! 進めッという思いが――――……」
「……あぁッ! こんなところに居やがった! だめだろ、まだオラたちが出てきたらいけねんだ、ほら、さっさと行くぞ」
「あ、見つかっちゃった。 ばいばーい……――――」
[…………That is a master's teacher?](…………あれは
少女が居なくなった後の幕間に、奇妙な客の通過を許した宝石は、そのまま自身の明かりを小さなものにしていく。 わたしの手助けすらいらなかった……そうやって布団に包まるどこぞの母親のように、レイジングハート、待機モードにてしばし休憩を取るのであった。
石畳が不規則に並べている。 空は薄暗く見えるココは露天、本来なら女人禁制のここにおいて、いまだ未成熟な肢体が白い泡を立てていくその姿は、一体他人にはどのように映るのだろうか? まず、健全なものが見えないその構図は、どうしてだろう、そこにあの男が絡むと一瞬で。
「お、ようやく来たか」
「…………」
「……相変わらずのだんまりか。 まぁ、いっか」
瓦解する。
少女の眼前に男の背中は在った。 湯船に肩までつかり、今まで酷使してきた
「おじゃまします」
「おう、入ってこい」
小さな女の子。
彼女は青年とは違い本当の意味で武器がない。 いま、身体を清め、心を癒している途中のそれよりもさらに無防備なのが今の少女。 己が肉体だけが武器だというモノとは違い、彼女の武器は脱衣所に置いてきた脱ぎたてのスカートの上でお休み中。
「……」じゃぶじゃぶ。
「ふふふーふふん、ふふふんふーふふん……ふふっふふーふ、ふふっふふーふふん」
……まぁ、
だからだろうか。
少女はまだ湯船につかることなく、青年との距離を一定に保ちながら、備え付けのシャワーとセットになっている桶とイスに落ち着くと、そっとボディージャンプ―を泡立てる。
ジャブジャブ、いつまでも続くその音はどれくらい鳴り続けただろう。 ここで少女はやっとその音を止める。 すぐ下を眺め、見つめること5秒。 やっと気づいた己の状態をついつい口にする。
「あ、お湯被ってない」
すかさず桶に水を張り、いっぱいにまで溜めると持ち上げる。 グラリと揺れる水面が、己の目の前で弾けると彼女の頭から“冷水”が滝のように打たれていく。 当然。
「にゃああああ!?」
「ん?」
上がる悲鳴。
今は12月の終わり。 外の最低気温は一桁になると言ってもいい、しかも先ほどもあったがここは露天。 瞬間的な体感温度はおおよそ氷点下を下るだろう。 そんなものを無自覚で受け取る少女は。
「がくがく……へくちっ」
「おいおい、大ぇ丈夫か?」
「む、むりぃ」
青年の声に即座に折れる。 湯が巻き上がる音の次に、何かが近づいていく水音、その正体をわかりつつも次の行動がとれない少女は既に、事の流れに身を任せていた。
青年は、そんな少女の気持ちを汲むことなく、備え付けのシャワーのコックを捻る。
「ったくおめぇ、変なところでドジなんだからよぉ」
「ごめん」
「……いいけどな」
帰ってきた答えは少なかった。 それでも、いまだされた言葉の裏まで読み取ってしまった少女はうつむきながら、あふれ出る湯水に身体を温めていく。 その間、目の前に当然の如く設置されてある鏡には、茶色い尾が自然に揺れ、彼の心情を文字通り映し出していた。
「……なにも、考えてないんだよね」
「なんか言ったか?」
「なんでも。 それより悟空くん、そろそろ大丈夫だから、あの……」
「ん? わかった。 早く身体洗って、さっさと風呂入っちまえ。 風邪ひいたら明日遊べなくなっちまうからな」
「……うん」
交わされる言葉は少ない。 けど、それだけで何を思っているかを掴んだのだろう、青年はそのまま湯船に戻り肩まで浸かりなおす。 その間に少女のほうは態勢を整え、まだ短い手足を泡立てていく。
白い肌をより一層美しく仕立て上げるその様は、まるで彫金師を思せる。
ずっと前の砂漠のオオカミが居ればそんなキザッタらしい言葉も出るのだろうが、そのようなことを言える人物など、この温泉旅館中を探してもいるはずがない。 ここに居る人物は、柔軟成れど硬派な志なのだから。
身体を洗い、今度は髪を泡立てはじめた少女はそのまま、青年に意識を向ける。 先ほどから緊張感のかけらすら感じない彼に若干膨れ面。 それでもと、思った質問をありとあらゆる角度で厳選して、見つめ、もう一回選び治して。
そんなことを繰り返しているうちに、桶で頭から湯をかぶっていた彼女は、ついに青年に質問を投げかける。
「悟空くんの息子さん……いま、いくつなの?」
「ん? 悟飯のことか?」
「う、うん」
それは、きっと彼女が避けていた会話。 それが上がろうとするたびに彼に噛みつき、どこかへ避難していたのは言うまでもない。 けど、どうしてか今になってそれを聞いたのはどのような心境か。
気になりつつも、一度だけ振り向いた青年はそれでも視線を戻す。 いま、聞かれた話に戻るように。
「いまは……そうだな、15くらいかな」
「そ、そんなに?」
「んまぁ、実質的な時間ていうかさ、他の奴からしたら1歳くらい低いはずなんだけど、そこらへんはいいかな」
「?」
「前に言ったろ? 精神と時の部屋」
「あ、うん。 4月の時のアースラに乗ってた時のもっとすごいバージョン、だったっけ?」
「そう。 下界での1日が、その部屋では1年になるっていうやつだ。 そこでオラたちは1年くらい修行してたかんな、だからよ、結構歳数えるのが面倒くせぇんだ」
「そっか……」
正直に答えた、カレ。
そこに、聞かれた覚えのない補足を入れたのは、おそらく今までの失敗を改めたからか。 青年の秘かな成長に、それとなく気付いた少女の質問はさらに進んでいく。 湯船が、少し揺れた。
「わぁ、あったかぁい」
「奥の方が結構深いから気を付けろ? おめぇの背丈じゃ頭まで沈むかもな」
「うん、わかった」
少しだけ離れた距離。 人ふたり分といったその狭間で、彼女と彼は同時に空を見上げる。 茜色が消えかかり、闇が全てを喰らい尽くす空模様。 雲一つなく、空に上がるのは温泉の湯煙りだけという光景は、そこにいる者たちの肺から空気を自然と吐き出させる。
何もない。
腹に抱えた感情を出されてしまいそうな感覚に、少女の肩の荷はひとつ、どこか知らない場所へと置いて行かれる様だった。
「あの、悟空くんっていつからその、結婚、してたの?」
「んー二十歳ごろか?」
「どんな感じ?」
「どんな? かぁ。 そうだなぁ、結婚するって決めたのはたしか……はは、そういや天下一武道会の真っ最中だったな」
「え! 大会中?!」
「そうだぞ? ほら、16の頃だったっけか、ピッコロが出てくる天下一武道会目指してたろ? 第23回くらいの天下一武道会だな。 そん時にいろいろあったんだ」
「へ、へぇ……」
聞かされた事実はなんだか想像がつかない。 けど、戦いの中で恋を飛び越えた彼はなんだか“らしい”と感じた少女は、やはり彼の事をわかっているのかもしれない。 驚きは、次第に無くなっていく。
「んでまぁ、そっからはいろいろあってな。 一回死んだのは覚えてるだろ?」
「うん……たしか」
「あぁ、オラの兄貴って奴。 そいつに勝てなくてさぁ、悔しかったなぁあんときは」
「……」
初めての死、初めての完全敗北。 逆転の余地もなく身を投げて宿敵に託した勝利の先には、やはり戦いが待っていた彼。 それを、かつての修行中に知っていたなのはの表情はやはり硬い。
兄弟。
自分にもいるそれはあたたかいモノ。 けど、彼のもつソレは、酷く自分から離れた異常で歪なつながりともいえない存在。 少女は、気付いたら湯船の中で手を握っていた。
「いろいろありすぎて、結局アイツには父親らしいことはしてやれなかったなぁ」
「そうなの?」
「あぁ、出来たことと言えば……オラよりも強くしてやれたくらいかな」
「え!? 悟空くんよりも?」
「そうだぞ。 よく言うだろ? 子は、親を超えるって……あれは、うれしかったなぁ」
「うれ、しい?」
「あぁ」
自分を超えられた、そのことがうれしいと言った彼を少女は理解できなかった。 一番はうれしいもの、それは争い事が嫌いだった彼女ですら理解できるもの。 なのにどうして――――
「…………へへっ」
「……ぁ」
聞こうとしたけど、それは叶わなかった。
本当に、本当にうれしそうに笑ったのだ、彼は。 空を見上げて、黒い瞳を輝かせ、半円を作った口元のそれはまさしく満面の笑顔。 そんな輝きを見てしまったら聞けないではないか。 そう、心でつぶやいた少女は、そこから先を聞くことはなかった。
でも、そんな少女を気遣うかのように、ついに青年から口を開く。
「オラな、本当なら闇の書の件が終わったら、ドラゴンボールつかって帰るつもりだったんだ」
「……うん」
それは、何となく想像していただろう少女の声が低い。
「前に言ってた人造人間、アレ、何とかしないといけなかったかんな」
「うん」
「けどな、まえにも在った……なんていうかなぁ“おもいだした”事なんだけどさ、実はもう、そう言うのカタが付いちまっててさ」
「……え?」
「急いで帰る必要、なくなっちまったんだ」
「そう、なの?」
「あぁ」
「で、でも悟空くんの家族は――」
「…………」
少しだけ苦い顔。 けれどすぐに戻った顔に、少女は何となく首を傾げる。 声を掛けよう、そうおもった矢先にかかるあたまの加重。 それを、確かめた時には。
「気にすんな。 言ったろ? しばらくはオラ、おめぇたちの面倒を見るって。 それに向こうはもうオラなんか居なくても平気さ! 悟飯はもうオラよりもしっかりしてるし、ピッコロもいる、それにいざとなったらベジータだってきっと力を貸してやるはずだ」
「そう言うことを言ってるんじゃ――」
「なんだ、オラに向こう行ってほしいんか? まだ修行も半端なのによ」
「え、あ、その……それは」
「なら、もう少しだけおめぇたちにチョッカイ出させてくれ。 オラ、今結構たのしいんだ」
本当に遠い空を見上げる彼に、ただ、なすがままに頭を撫でられていた。 切れもなく、本当に無造作なそれは少女の考えを頭ごなしにかき消していく。 これ以上、世甲斐なことを考えさせないと言わんばかりに。
だから、どうしてだろう。 彼女はこれ以上聞くことをしなかった。
これよりも、聞かなければいけないことがあったはずなのに。
聞かないと――――後悔する出来事をこの男が秘めているの悟ることさえできないままに。
湯温、41度の弱酸性の淡い色。 そこにつかる戦士と魔法少女は、いま、半年以上の戦いの疲れを掻き落とすのでありました。 見上げなおした空に、流れる輝きが二つ。 世にも珍しい重なり合う流星を見守りながら……
「ん?」
見守り……ながら?
「悟空くん? ……きゃあ!?」
「おっとと、すまねぇ……っ」
いきなり、立ち上がる戦士。 彼は先ほどまでの青年の顔を仕舞い込むと、そのまま夜空をひと睨み。 茶色の尾を揺らし、瞳を鋭く光らせると姿を消す。
「え? ど、どこに行っちゃったの」
不意に消えた彼に、先ほどの言葉を胸に携えたままの少女はあたりを見渡す。 酷く心を支配するくらい感情は、彼女自身にもわからないモノ。 見えない、居ない。 それだけで心がくじけそうになる……のも一瞬であった。
「わりぃなのは、オラ少しだけ出かけてくる」
「ご、悟空くん?!」
かかってきたのは奥の脱衣所から。 いつの間にか着込んだ山吹色の道着が夜空に舞う。 一瞬で終えた戦闘態勢に、少女……高町なのはが不自然だと心の中で
伸ばしたのは手、震わせたのは喉。 そのすべてを、彼に向かって射しのばしていくと――――
「大丈夫だって、すぐ戻るからよ」
「ホント?」
彼は笑う。 いつもの笑顔だ。
無理なく、合間もなく、何も考えていないその返答は、彼が嘘を言ってない証拠。 それを感じ取るとなのはは湯船につかりなおす。
「そうだなぁ、そのまま肩まで使って100数えてりゃあ済んじまうはずだ。 だから大人しくしてんだぞ?」
「……約束だよ?」
「あぁ。 ここに来て、一応まだおめぇとの約束は破ったことはねぇからな。 任せとけ」
「……うん」
飛び去る瞬間に交わした約束をせに、孫悟空は不可視のフレアをまき散らせて空を飛び去る。 その眼前に映り込み世界は真っ暗だが、感じる世界はどこまでもクリア。 目指すはいま掴んだ二つの違和感。
彼は、夕暮れを超えた夜空を飛翔していく。
「最初はシグナムとフェイトあたりが夜稽古してんだと思ったけど、あいつ等にしちゃあ魔力や気が低い。 けどなんだ? この感じ、今まで戦った“マドウシ”連中とは感じが違う。 戦ったことがねぇ“質”の気と魔力だ」
目標まではおおよそ2キロ半。 しかし100万キロを3時間で飛行したことのある悟空に取っては、目と鼻の先ですらない。 瞬間移動を使うリスク……危機の突発的な遭遇をわかっているが故の判断は、彼にしては途轍もない慎重さだろう。
そうして飛んだ先、そこに在ったのは……ただの雑木林だ。
「なにもねぇ、いや、微かに魔力が残ってやがる……さっきまで誰か戦ってたな?」
何もない、戦闘痕。 見れば見過ごしそうなそれは、肌で物事を感じ取れる彼だからこそできた発見。 そんな、世界のどこを探しても異質な戦士がどう映ったのだろう。
「……っよ」
「……本当に避けた」
孫悟空の右側頭部を通過する何か。 それを確認するでもなく、首を振って交わした後に響く衝撃音。 倒れる音は背後の樹木。 盛大な音を立てて崩れ去っていくそれを見ることはしない。
彼は、今飛んできた“光弾”の主に……視線を飛ばす。
「なんだおめぇいきなり、なにモンだ」
「…………」
それは、暗い夜では分かりづらかった。
服装は旅人がするようなフード姿。 全身像が分らないその者に対して、悟空は素早く“認識”する。 完全なるロックオン……それに相手は気付いていたのだろうか?
「……覇王、いまはそう呼んでください」
「変な名前だな、王子ってやつの親戚か?」
「さぁ、どうでしょう」
「…………」
颯爽と自身の“名”を告げるソレは、悟空との距離を開けるためだろうか? 後方へバックステップ。 大体にして3メートル分のそれは。
「おめぇ、今の動きから見るとオラと同じ武道家だな?」
「……さすがですね、“全盛期”のあなたにはやはりひと目で見破られましたか」
「??」
まさしく悟空の距離と言っても差し支えない距離感だ。
そのあとに聞こえてくる単語は良くわからない。 しかし、やろうとしていることなら。
「どうでもいいか。 おめぇ、オラと戦いたくてウズウズしてんだろ?」
「……っ」
「隠すなって。 さっきから呼吸が上ずってんの丸わかりだぞ? 緊張するってことは、オラとそんなに戦ってねぇ奴だな……フェイトたちの悪戯じゃないと見た」
「…………」
――――まぁ、気で丸わかりだけどよ。
などと呟く彼の独り言が静かに空気へ霧散していく。
にじり寄るのは相手の方。 悟空は構えない――――
「来いよ、取りあえずおめぇのやりてぇことさせてやる。 そしたら事情ってのを聞かせてもらうかんな」
「この人は……この“とき”でさえ……」
必要がないと判断したからだ。
「へへ、そんじゃいっちょ挨拶と行くか。 この間な、シロウやシグナム達に言われて、ちぃと真似してみようと思ったんだ」
「?」
手を合わせる。 両手の平を胸元で合わせたそれは合掌。
すかさず右手を握る打ち鳴らすと、空気を震わせて木の葉を散らせる。 彼は、視線を相手にぶつけると……遂に言う。
「亀仙流、孫悟空――いっちょ手合せ願うぞ」
「……ここで名乗りですか。 敵いませんね、ここまでもいっしょだなんて」
「?」
「…………」
フードの相手は沈黙。 するかと思った矢先に、どういう事か、悟空と同じ構えを取る。
「覇王流、“アインハルト・ストラトス”……推して参ります」
その声は、今にして思えば途轍もない可憐さを含んだものであった。
悟空は知らない。
今、このモノが発した名が、どれほどにありえなく、矛盾したモノなのかを。
いま、この世界に起こってしまった事変が、彼にどのような問題を提示しようとしているのかを。 ……世界をこえ、次元すら超えてしまう戦いが今、その序章を駆けだそうとしていた。
悟空「おっす! オラ悟空」
???「せい、はぁ!!」
悟空「突然感じたわけのわからない二つの気。 それが気になって様子を見にいったオラは、……ハオウと名乗る奴に勝負を挑まれた」
???「く、付け入る隙が見当たらない。 ……さすがは全盛期」
悟空「よ、ほ――へぇ、気を感じ取って相手の先の先を読むことくれぇは出来るみてぇだな。 けど――」
???「フェイント?! ざ、残像も!!」
悟空「さてと? こいつがいろいろと気になることを言いはじめようとしてっけど、今は聞かせてやれねぇ」
???「せ、せめてあの赤い術を使わせるくらい――私はッ!」
悟空「よし、そんじゃ次の話までしばらく揉んでやっか。 おーい、気が済むまでオラにぶつかってこい? 疲れたら”そこに居るもう一人と”変わってやるからな」
???「覇王流――はぁ!!」
悟空「聞いちゃいねぇや……まぁ、いっか。 そんじゃ次回――よ、っほ! いいぞ、だんだんオラの動きを読めるようになってきたな……次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第57話 覇王、アインハルト・ストラトスの惨状」
???「届け……争天の果てまで!!」
悟空「……」
???「とどけぇえ!!」
悟空「……へぇ、案外やるもんだな。 おっと、感心してる場合じゃなかったな、続きは次回、メシ、食ってからな! じゃなぁ!」