魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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今回、覇王アインハルト登場間もなく、彼女に凶刃が襲い掛かる。


未来で何があったんだという質問にはお答えできそうにないので、そこらへんは流しながら見てもらえると幸いです。 リりごく、57話です。


第57話 覇王、アインハルト・ストラトスの惨状

 

 

 景色は暗闇、場は林。 茂る草木は彼らの足元を覆い、高速の動きを阻害しようとしている。 しかしそれでも彼らは速い。 強く唸らせた拳と蹴りとが、真空波すら作りながらお互いに凌ぎ合っていく。

 

 片方が伏せる、その瞬間に来た振動波は大気を揺らし雑木林が蓄えた木の葉たちを大きく散らす。

 片方が身を反らす。 そのあとに来た衝撃波が、舞い散る木の葉に当たり……一枚のそれは、何事もなく2枚へと変わっていく。 自身が、半身に裂かれたという事にも気づかないほどの速さで。

 

 空気が揺れること3回。 その間に上がる声は酷く甲高い。 それは、片方の人物では決して上がることがない、というより出来ない代物である。 なぜならそれは――

 

 

「はぁぁぁぁ」

「……」

 

 演武の末、ついにとった距離は大体2メートル半。 二歩踏み出せば蹴りが届く距離だ。

 片方……フードをかぶり、素性がわからない者が地面を踏みしめる。 大地から力を受け取るかのように姿勢を低くすると、そのまま右こぶしを引きつける。 溜め、それ自体が圧倒的な隙であるものの、相手に死を呼び込むための罠でもある。

 来い。 そう言わんばかりに構えたフードの者は、しかし相手の反応に。

 

「…………ノーガード!?」

「……どうした? 来いよ」

「ッ!」

 

 噛みしめる。

 

 なぜあんな風に余裕を持てる? 一瞬の憤りは、だがすぐに冷めていく。

 

「わかりました。 それならばその誘い、乗らせてもらいます」

「あぁ、ドンとかかってこい」

 

 相手の力量はなによりもわかっている。 フードの向こうで引きつる表情を隠すかのような返事に青年……孫悟空は静かに尻尾を揺らす。

 

「……行きます!」

「……っ」

 

 互いに跳ぶ。

 着地と同時に合わせた視線、その距離およそ20センチ。 ほとんどゼロ距離の底で行われるのは……壮絶な陣地取りであった。

 

「は!」

「ふっ」

 

 フードの人物が右足を蹴り落とせば、悟空の身体は横を向き躱す。 地面にクレーターが小規模で作られるとそのまま作り主は上体を曲げる。 ……見せた背中に、風が通り抜ける。

 

「はい!」

「よ」

 

 フードがマントのように翻る。

 繰り出した水平蹴りを垂直跳びだけでかわす悟空はそのまま右足を振りあげる。 見えたひざ裏は攻撃のチャンス? ……いいや、そんなことを考えている暇があるのなら……

 

「くっ」

「ちぇ、おしい」

 

 さっさとその場から離れるが吉だ。

 本当に斧のように振り下ろされた悟空の足刀。 空を切り大地を断つが、フードの者はなんとか存在を保っている。 躱した、そう見るや否や彼は拳を……

 

「は、はやい?!」

「だだだ、だだっだだだだぁぁぁあああああ!!」

「うぐっ?!」

 

 一斉に打ちだしていく。

 マシンガン? いいや、ショットガンのように合間無く飛んでくる攻撃。

 しかしこのまま彼らの距離が開くことはない。 風が旋風となり、やがて台風と変わるように、彼らの戦いは熱を上げていく。 フードの者は、足さばきだけで横移動。 すぐさま足を上げ、振り下ろしたはずの脚をそのまま地面につける。 先ほどの意趣返しのようなカカト落としは。

 

「――いまのは惜しいな」

「……なんて鮮やかな“残像拳”」

「……ん?」

 

彼には届かない。 と、踏み荒らされた地面をさらに蹴るフードの者は、そこから拳を自身にひきつける。 先ほどから足での攻撃が主体になっていた理由が今、明かされる時が来た。

 

「まだです――――覇王流」

「!」

 

 初弾から気にかけていたはずの存在、フードの奥から見えていた右拳が眩く輝き始めた。 本当に一瞬だけそれを見過ごしていたのは悟空。 彼は避けた態勢をそのままに、相手が放とうそしている攻撃に、備えることなく対峙してしまう。

 

「断」

 

 手のひらを上に、そのまま握りこぶしを作ったそれをわきに控えた構え。

 

「空」

 

 左拳を一気に引き、同時、撃鉄を落とされたかのように……

 

「拳――――ッ!!」

 

輝きが射出されていく…………悟空は、まだ動かない。

 

「…………」

「……………………」

 

 舞う、土煙。

 打ち出された輝きの正体は、フードをかぶった者の渾身の右拳。 コークスクリューを入れ、貫通力を高めたそれは相手が相手なら必殺の一撃となる……なるのだが。

 

「……へぇ、いまのは中々よかったぞ」

「さすが……ですね」

「ん? まぁな」

 

 完全なタイミング……そう思っていた。

 是非もない威力を持たせた……自分の力などこの程度。

 彼の影を追うように、動きを捉えていた――――筈だった。

 

 なのに今穿とうとした攻撃は、有ろうことか片目ウィンクを決めている青年の側頭部を見事に通り過ぎてしまっていた。 ……来るはずの衝撃ですら無効化されて。

 

「気を瞬時にあげ、そのまま全身を覆っていた防御の魔法ごと相手に撃ち出す。 捻った手の動きに合わせて、魔力と気が渦状に飛んできたもんだからなかなかの威力だなこれは……あーあ、後ろの木が全滅だぞ」

「……」

「しかしどうしたんだ? なんだか全然安定してねぇって言うか……気と魔力の上がり具合がまったくなってねぇ」

「そ、それは……」

「それは?」

「つい最近、考え付いた改良版だったから……未完成なもので」

「そうかぁ、だからか」

 

 始まる考察の時間に、ついに戦闘の意識すら削られてしまう。 あっという間に呑まれた空気を背に、フードの者の視線が右往左往……定まらない。

 

「どうした? 急に落ち着かなくなって」

「いえ、あの……こうやって見上げながら師――けふん……貴方と話すのは初めてでしたので」

「…………そうか」

 

 最初から、おめぇと話すのは初めてだ……などと言わない悟空は、そっと視線を余所に送る。 その先はまだ無事な雑木林、ざわざわと音を鳴らすと、まるで何事もなかったかのようにその場で佇む。

 しかし、それでも悟空の目は鋭く、“それ”を射抜く。

 

「そこに居るのは分ってんぞ。 気を押さえているつもりだろうが、基本が成ってねぇ。 ざわつきが抑えられてねぇぞ」

「ッ?!」

「す、すごい。 あの人の気配遮断をあまいと……やはり本物」

 

 射抜いた先で木の葉が揺れる。 宙を舞うそれが地面に降りた時、黒い髪が悟空の視界に映る……それは、やはり彼の知らぬ人間であった。

 

「…………こ、こんばんは」

「おんな?」

 

 身長160センチあるかどうか。 髪を左右で束ねたそれはフェイトを思い出させるのだが細部が違うと切って捨てる。 それに何より色が……悟空のそれとまったく同じなのだ。 どこまでも、何よりも深い色……黒。 その色が、夜の闇より深い光を悟空の目に映し出されていた。

 

「ホンマにおおきいなぁ。 クウちゃ――あわわ、ちがった。 ご、悟空さんって」

「??」

 

 何となく、馴れ馴れしい。 それが悟空の第一印象だ。

 

 後頭部で汗をかき、右手でかくこと3回くらい。 彼は足元から頭の天辺まで黒髪の女……少女を確認すると、視線を横にずらす。

 

「するってぇと、もしかしておめぇも女か?」

「フード越しでよく……」

「匂い、だな」

「……に、におい?」

「あぁ、においだ。 これは男のモンにしちゃあ随分と甘ったるいからな」

「そうなんですか……」

 

 野生児感覚はいまだ健在。 サイヤ人が本来備えない超感覚を前に変装など無意味。 また一つ知った孫悟空という男の凄さに、黒髪の少女は目を輝かせ、フードの者は後ずさり……

 

「んまぁ、さっきのパンチの連打が胸に当たった時に確信を得たんだけどな」

「~~ッ!?」

「はは、すまねぇ」

 

 しようとして、身体を大きく震わせる。

 一緒に震えている拳は何を物語っているのか? それは孫悟空にもわからない乙女の心内であろう。

 さて、ここに来てようやくフードの中身を女と断定したところで、その者は被り物に手をやる。 なぜ今まで? ……そう言った疑問を押し出すことがなかった悟空を前に、いい加減、次の話題へ進めたかったのだろうか。 特に躊躇もなく、それは全身を覆っていたフードを取り払う。

 

「…………ふぅ」

「ん」

 

 その第一印象は……

 

「ダメだな」

「はい?」

 

 否定の一言。

 まさか彼のめがねにかなう……というより、彼自身にそんな“メガネ”などというものが存在していたのか? そのような表情をするのは悟空の眼前に居る少女二人。 彼女たちは、まるで豆鉄砲を喰らったような顔をすると。

 

「オラの知ってるやつじゃねぇ」

『ですよね?!』

 

 悟空の一言に、やはり大きなため息を吐くのであった。

 

 

 

「さてと、ようやく顔見せてくれたけど」

「…………」

「おめぇたち、なにもんだ?」

 

 風が吹きすさび、悟空の独特のウニ頭が揺さぶられること数秒。 その間に揺れる少女達の綺麗な髪は、長い。 まるで彼女たちの生きた年数を代弁するかのような長さは、しかしそんなこと悟空は知らない。

 彼は、そっと二人を見ると、すぐさま視線を固定する。 ……そこは、先ほどまでフードを被っていたモノとは別の、黒髪の女の子の方であった。

 

「え、ウチですか?」

「あぁ、こっちのヤツはさっき教えてもらったかんな。 まだ、おめぇの名前きいてねぇやって思ってよ。 差し支えなけりゃ、おしえてくれ」

「……さしつかえ?」

「あぁ」

 

 めずらしい彼の気遣い。 そこから何を思ったのであろう。 黒髪の少女は小首を傾げ、それなりに高い背丈の悟空を見上げる。 何となく、餌を貰う寸前のリスか何かを思わせる仕草は、当然悟空には……効かない。

 うなずいたままに彼女を見下ろす悟空は、もう一度だけその少女の全体像を確認する。

 

 流れるような黒い髪。

 二つに分けられたツインテールは、歳の頃を思い起こさせる。

 黒を基調とした……おそらくBJ(バリアジャケット)だと見える衣服。

 か細そうで、その実締まるところは締まっている肉体。

 出るところは“それなりに”出ている発育具合。

 

「悟空さん、それはセクハラや」

「なんのことだ」

「いま、ウチの事変な目で見た……」

「そうか? そんなつもりねぇんだけどな」

 

 etc.etc.……とにかく、やはり見れば見るほどに分らないその人物。 だが、それ以上に気になるのは、先ほどの発言。 しかしそれをしつこく言う悟空ではない。 彼は静かに、何も強制使用ともせず、少女の返答を待つばかり。

 ……自身の背後から出る、茶色い尻尾をユラユラと動かしながら。

 

「……まぁ、ええかな。 それよりも自己紹介、おそうなってごめんなさい。 ウチは“ジークリンデ・エレミア”言います、よろしくお願いします」

「ジーク……見た目女なのに男みてぇなやつだなぁ」

「あはは……“また”言われてもうた」

「??」

 

 そのときの反応が、どうにも年上に対する少女とは思えなかった。 ……高町の長男が居ればそう言ってくれたはずだろう。 悟空が感じた違和感と言えば、先ほどから聞かされる彼女たちの“また”という言葉。

 彼は能天気でいい加減だが、馬鹿で考えなしというわけではない。 またというのは過去になにか同じことがあったという事、そう一瞬で考え付くと……少しだけ心当たりに遭遇する。

 

「……まさかな」

『はい?』

「いや、なんでもねぇさ」

 

 そんなことはないと、少しだけ迂闊な考えで憶測を消し去る。

 

「ジークリンデに……アインハルトだっけか? とりあえずおめぇ達がオラに用があったのはさっきの“挑発”でわかったんだが、おめぇら、なにがしてぇんだ?」

「それは――」ぐる

「ん?」

 

 聞こえてきたのは小さなため息。

 その正体が漠然としすぎていて、思わず悟空は耳を澄ませる。 ……いまのは、何の音だったのだろうか。

 

「ご、悟空さん?」ぐ、ぐぅ

「……ま、まさか――」

 

 ここで、ようやく彼が心当たりにたどり着く。

 

 彼女自身。 ……先ほどまでフードを被り、ようやく姿を見せた銀がかった緑の……碧銀の髪を左右から流した彼女、武装のような服装はやはりBJなのだろうと思う一方、そんな強固さを誇る衣服から聞こえてくる間抜けた音に、孫悟空は全神経を研ぎ澄ませ。

 

「あ、あの……悟空さん?」ぐぎゅるる

「なぁ、おめぇ」

「はぁ……?」ぎゅるるっる

「く、くくっ――」

 

 声を漏らしたのは誰だったか。 分らないモノをそのままにしつつ、悟空はしばし夜空を見上げる。

 

「あの?」ぎゅるる……ぎゅる

「はぁ……しかたねぇなぁ」

 

 すぐそこから聞こえるBGMは本当に呑気で間抜け。 自身もこんなものだろうと、どこぞの灼熱剣士は突っ込むだろうが居ない者はいない。 とにもかくにも孫悟空は音の主へと視線を飛ばし、近づいていく。

 

「ほれ、行くぞ」

「……はい?」

「ここじゃ話しすんのもアレだからな。 ちょうど、近くで寝泊まりしてんだ、ちょっとこいよ」

 

 差し出した手を掴まれる感覚。 それを握り返して笑いかけると、異音の主……覇王と言った彼女が悟空の前に立つが、その姿はどこか遠慮があり……

 

「え、でも……」

「えぇやん、お世話なろ? どうせここで頼りになれるの、悟空さんしかおらへんし」

「そう、ですね」

 

 次いで出された黒髪の娘、ジークリンデから出てくる説得にも近い結論を受け、彼女の遠慮は薄れていく。 そうして、悟空の方を向き、しかしそっと視線をずらすと……

 

「よろしくなっ、はは!」

「う、うぅ」

 

 ずらした視線の先に、山吹色の道着がひとつ。

 高速のシフトウェイトによる軸移動は、覇王…アインハルトの視野から悟空を押し出すことを許さない…彼女は、そのことを今の動作で悟るとすぐさま向き直り。

 

「よろしく、お願いします」

「おう」

 

 若干震えた声なのはやはり悟空に対して思う事でもあるからか。 遥か昔より畏れられてきた闇の書を、そもそも物理的に葬ってしまった生身の武は、おそらくこの次元世界(なのはたちのせかい)では頂点に君臨し、誰も彼をも寄せ付けない。

 そんな人物に声をかけ、返事をされ、あまつさえ拳を交えたのだから緊張は最高潮と言ってもいいだろう。 ……けど、彼女のこの反応は果たしてそのようなものだと推測していいモノか。

 

「……えへへ」

 

 それは、ジークリンデと名乗る彼女にも、実はわからない感情なのであった。

 

 黒髪の娘は、ただ、朗らかに笑顔を咲かせるのであった…………悟空に向けて。

 

 

「うっし! 行き場は……あ!」

『?』

 

 少しの間があり、夜空が色濃くなりつつある時刻。 既にあたりには晩を告げる誘い香が立ち込め、最強戦士を魅力的な世界へと誘惑し始めていた。 しかし、それでもだ、この男は先ほどまで何をしていたか……思い出したときにはもう。

 

「やべぇ。 ………………なのはのことすっかり忘れてた」

「た、高町…なのはさん…?」

「……あのエースオブエースとは、この時点で関係が…………」

「ああぁぁああああ、アレからどれくらい経った?! アインハルトとはそんなにやりあってねぇはずだからまだ“100”は超えてねぇと思ってたけど……ま、まずい! 早く戻らねぇと」

 

 かなり手遅れなのかもしれない。

 けど、それでもあきらめるという単語は彼になく。

 

「え?」

「ちょ、悟空さん!?」

 

 驚く少女達をしり目に、やや強引につかんだのは悟空の手。 見た目に違う硬さと温度に心臓が跳ねたのは誰だったか……それでも気にせず彼は、自身の指を二本だけ伸ばすと、目つきを鋭くする。

 

「なにを、して……」

「見たことない構え……いったい何を」

 

 その、あまりにも研ぎ澄まされた精神集中におののく少女達。 今の彼を大げさに例えるなら大海のさざ波。 的確に例えるなら茂る林の如く……とにかく、本当に静かなのだ。 先ほど狼狽えていたのが嘘だと思えてしまう彼は――

 

「居た! なのはの気だ」

「?」

「気……戦闘をしているわけでもない人を探知できるの? この姿の彼は」

「おめぇたち! オラに捕まっとけよ、行くぞ!」

「いくぞ?」

「どこに……?」

 

 不意に活発となっては…………――――少女達に見せる景色を――――…………一変させる。

 

「…………え!?」

「幻影魔法? ……ちがう! 確かに場所が変わった!!」

 

 感じるのは、ほのかな湯煙の温度。 視界を覆うそれを一瞬で現実だと判断した少女達は此処で初めて、この男、孫悟空をまじまじと見る。 身長にして176センチ、体重はあの筋肉量から常識的に考えて80、90はあってもおかしくないだろう。 けど、それを感じさせない軽やかさで佇む彼は、おそらく自分たちの知っている法則とは違うモノに則った重さなのだろう……

 

 ……関係ないことまで至った時だ。 いま、ようやく自分の身に起こった事を。

 

「……悟空くん?」

「は、はは……わるかったな、結構、待たせたみてぇで」

「それはいいけど、どちらさま?」

『…………これは、なんと……』

 

 理解させられた。

 

「ち、小さくても何となく面影がある。 ……まさかこの人」

「高町なのはさん……!?」

「え、え?」

「ん? おめぇたちなのはの事知ってんのか? はは、おめぇ随分と有名人じゃねぇか」

 

 覇王少女一行の眼前には湯の原が広がり、そこにつかる一人の少女はこちらを見上げ小首をかしげている。 120程度の身長のせいで解りづらく、下ろした栗毛色の髪のせいで本当に一瞬だけ理解が及ばなかった。

 

 でも。

 

「すっかりのぼせそうじゃねぇか。 いくら入ってたんだ?」

「うんとね、270までは数えてたんだけど、そこから先はもうクラクラしちゃって……にゃはは」

「もうあがっちまおうな。 オラに捕まれ、脱衣所まで連れてってやる」

『…………こ、このやり取りは間違いない――』

 

 何となく広がる悟空の朗らかなリズムを前に、いや、栗毛色の髪を持つ少女を扱う男を見ていて、目の前の少女が“本当”なのだと理解させられていく。 それと同時に、覇王たちの顔色が青に染まっていく。

 

「ひ、ひとりでできるよぉ……はずかしいから、あのね――」

「なにいってんだよ、脚ふらついてんじゃねぇか、我慢しねぇで捕まってろ」

「…………はぁい」

「ハルにゃん、どう思う?」

「え? ……彼に対するあの甘え方は間違いなく高町なのはさんに違いないでしょう。 けど、悟空さんはともかく、あの人が小さいという事はおそらく」

「そうやね、そう考えるのが妥当なんやろなぁ」

『……困った』

 

 姿かたちが変わると“いうらしい”孫悟空はともかく、今ある高町なのはの姿を見せられた二人は、心の中で膝をつく。 あぁ、何という事だ、街並みだけでは信じきれなかったマサカが、本当の事だと裏付けされてしまったのだ。

 嘆きたい……身体が絶望に染まるものの、心が訴えかける。 ここで、大きな声を出すのはマズイ、と。 思考と行動の逆転現象は誰のせいか……わからぬままに――

 

「そうだな、まずはおめぇたちには“事情”を話してもらわねぇと」

「そ、そうですね」

「あとで教えてもらうからすこし待ってろ! オラなのはの面倒見てやったら、すぐ戻って来るからよ」

『は、はい』

 

 大声での注意にすぐさま返事をして。

 

「よぉし、よしよし。 はい! ばんざーい……」

「は、はーい……」

「………………っ」

「ハルにゃん、今、うらやましいなんて思た?」

「そんなこと――ない、はず……です」

「……そやねぇ、悟空さん、優しいし強い――」

「関係ありませんッ!」

「おーい? どうかしたかー?」

「なんでもありません!!」

 

 もう、何が何だかわからぬと言った感じに目を回し始めたアインハルトは、BJもそのままに、発声だけでそばの湯船を揺らすのでありました。

 

 

 それから数分が立ち。

 なのはを浴衣に着替えさせ。 それと一緒に悟空も同じく浴衣に、さら若干のぼせていたなのはを5階の高町家の部屋に連れていくと……――――

 

「――――……わりぃ、遅くなった」

『!!?』

 

 脱衣所で待っていた二人にかけられた声。 空気を裂く音のすぐ後に聞こえてきたかと思い、後ろを振り向くと居たのは背の高い男。 白地に青い湯煙のシルエットが数か所に散りばめられた浴衣を着こなし、青い帯で全てを引き締めては彼女たちに笑いかける。 彼は、ようやく彼女たちに向き合うことになった。

 

「ちぃとキョウヤに説教喰らってたら遅くなっちまっただぁ―はは!」

 

 その後頭部に、赤々と輝く“こぶ”を携えながら、であるが。

 

「さてと、おめぇ達のことだが、気になることはやまやまあるけど……それより先にやらなきゃなんねぇことがある」

『…………』

「おめぇたち、“どこから”きた?」

「どこから、ですか」

 

 アインハルトは此処で考えるそぶりを見せていた。

 どこ、と聞かれれば答えられない訳じゃない。 例のあそこはおそらく悟空の知り合いならば……などという呟きを残すこと数フレーム。 彼を前に、やはり嘘を言うことは得策ではないと、首を縦に振ったのは自然な流れであったろう。

 そんな彼女がどう映ったのか、悟空は少しだけ。

 

「突然この世界に現れたからなぁ。 近くの場所から転移したって風な現れ方じゃなかった。 なにせ感じられる範囲で気を見かけなかったし」

「……」

「何となくオラの事とかの細けぇこと知ってるとこ見るに、実はおめぇも“20年後の世界からやってきた、アインハルトです”――なんて言うんじゃ……そりゃねぇか、ははっ!」

「……! ……14年です」

「…………………え?」

 

 言った冗談に、今度は彼自身が固まりつく。

 

「さすが師匠、何もかもお見通しなんですね。 そうです、わたしたちは今から14年後のミッドチルダから偶発的に飛ばされたらしいのです。 ……先ほど、ゴミ捨て場に置いてあった新聞紙を見た時は驚愕しました」

「……は、はは。 オラ、冗談のつもりで言ったんだけどな」

「え?」

「いや、だってよ」

 

 そんな回答、普通じゃありえないのだから。

 

 そう言う思い半分、しかし、彼の中の常識はこの程度――いや、そもそも普通の常識で動いている世界で戦い抜いた彼に、この話で極上の驚愕などありえない。 心は確かな波紋に揺れるモノの、彼は小首を傾げ、考える。

 

「14年かぁ。 するってぇと、その年になってもまだオラはここら辺でウロチョロしてんだな?」

「は、はぁ」

「そうか、まだオラはあいつらの世話、焼いてんだな」

「悟空さん?」

 

 感慨、ふけって見せる彼は本当に穏やか。 でも、その姿にどうにも釈然としないのはやはり少女達。 なぜなら。

 

「悟空さん信じるん? 今の話、かなり突拍子やけど」

「ん? なんだ、ウソなんか?」

「ホントや! ホントの事なんや、ここに突然放り込まれて困っとるんや――」

「なら、助けてやんねぇとな」

「あ、はぁ」

 

 ニッと微笑む彼はいつも通りの朗らかさ。 深く考えないというかなんというか。 警戒心というモノがないのかと、少しだけ心配なのは誰だったろうか。 けど。

 

「ホントいうと実はな、こういうのは初めてじゃねぇんだ」

「こういう……未来からきた、という事がですか?」

「あぁ、その昔な、オラと同じサイヤ人のベジータっていうやつの息子、“トランクス”ってヤツが、20年後の未来からやってきたことがあるんだ。 母親(ブルマ)の作ったタイムマシンに乗ってな」

「たいむ、ましん?」

「あぁそうだ」

 

 それは逆に考えれば、かなりの自信を含んだ断定だというのを、今の一言で思い知らされるのであった。 孫悟空の解説は続く。

 

「んで、おめぇ達が魔導師の部類に入るのは気と魔力を見て一目瞭然。 しかもそれなりに腕が立つと見た。 そんな奴が現世に居るんなら、まずオラが見つけねぇのは考え付かねぇからな。 だから、もしかしたら……と、思ってよ」

「それほどの腕だなんて。 なのはさんに比べればわたしなんて」

「そうや、ウチらなんて競技者(アスリート)止まりで、とても武道家(ファイター)の人とは……」

 

 などと、若干弱気なのは気のせいではないだろう。 揺れるツインテールふたつは儚げに弱く、脆そうで。 そんな姿を見た彼は。

 

「そうだな、おめぇたちは……弱え」

『!?』

 

 酷い。 そんな一言を持って彼女たちを――

 

「でも、そっから強くなりてぇって思うんならいくらでも強くなれるはずだ。 その気が、おめぇ達にあるんならな」

「……あ」

「あ、はは……」

 

 激励する。

 

「さっきアインハルトと()ってみてわかった事だが、おめぇらは最近、気を学び始めた感じだな。 誰かが教えたというより、何となく技を真似てみよう……そう言う必死さを感じた」

「そ、それは……」

「見よう見まねで出来るもんじゃねぇ。 それをあそこまでやるんだ、かなりのモンだぞ。 オラだって16になったころでも気の事は全然だし、今に比べればテンで弱っちかったからな」

「……そう、なんですか?」

「あぁ、そうだぞ?」

 

 そして、立ち上がらせる。

 

 実際には既に脚で立ち上がっているのだからこの言葉はおかしいかもしれない。 けど、彼女たちの、先ほど見せつけてしまった圧倒的な“差”という物をフォローするかのように、孫悟空は胸元で拳を握り、語りだす。

 まだ、彼女たちには昇れる“山”があるのだと。 進める、“ミチ”があるのだと。

 

「ま、取りあえず今は――」

 

 顔をどこかに向け、視線を何処かへ一直線。 そのままニヤリ……音が聞こえるほどにまで笑い顔を作るや否や―――――グゥゥゥゥゥゥウウウウウウッ。

 

「お? はは、オラもハラぁ減っちまった。 メシにすっか!」

『はい!』

「うっし……行くか」

 

 最後は腹の音で締めくくる。 彼は、いや、彼らはそこから青いのれんをくぐり、徒歩にて6階の悟空の部屋へととりあえず向かい始めるのでありました。 まだ、メシの準備が出来ていないだろう……そう、胸に込め、頭で考える悟空はその実――

 

「…………今のゴクウ? ……それに、あの女って誰だい?」

 

 かなり。

 

「ドウシテ、オトコユカラ、デテクルンダイ?」

 

隙が多かったのだった。

 

「遠吠え……アイツか?」

 

 その夜、夕食前に盛大な嘆きの声が、ザフィーラの耳に届いたと……さ。

 

 

 時は止まらない。

 孫悟空が浴衣のままに少女達を連れ、自身の部屋へ招待する事数十分。 室内で慣れない姿勢……すなわち正座を自主的に行っていたり。

 

 

「ん? そういやおめぇたち……今この時代には?」

「うちは今16歳やから、一応生まれてはいると思うんよ」

「わたしは13ですから、まだ生まれてすらいないでしょう」

「……そりゃまずいなぁ、ん?」

『???』

 

 今ある現状を、確認したり……?

 

「……? ちょっと待ってくれ」

「どうかしたん? クウちゃん」

「……く、クウちゃん?」

「え、あ!? や、なんでもあらへんねやっ。 ご、ごご、悟空さん、悟空さん、……あうぅえっとと! 悟空さんやで!」

 

 黒い髪をブンブン音を立てる。 その姿をどこかで見たことが……思った矢先に出たのは電電太鼓なのは、悟空の中の秘密である。 さて、ひとつ変な叫び声が響いた室内で、悟空のシッポが宙を舞う。 余りにも奔放自由を象徴するソレがとあるマークを示す……クエスチョンマークである。

 

「ちゅうかよアインハルト。 おめぇその身体で13って……ホントかよ?」

「え、えぇその……はい」

「はー! そうかぁ、13でそんなになぁ。 オラとは正反対でハツイクってやつがいいのな」

「え? あ、えっと」

「……」

 

 身長150そこそこという成人女性に類するその背の高さ。 さらに膨らんだ双房と、腰まで届く長い髪は、彼女が少女ではなく女性だという事を意識させるかのよう。 でも、それでも彼女が言うのだ。

 いや、悟空の中にわずかだけある父性が言うのだ。 ……この娘は、高町に末子とそう変りない年齢なのだと。 だから。

 

「ま、いっか」

 

 などと、彼の口から出るのはそう時間はかからなかった。

 

「ところで悟空さん。 どうして、うち等が生まれていないと困るん? 別にいなくても問題あらへんやろ?」

 

 話題を変えよう。 そう言わんばかりに口を開いたのは独特の言葉づかいをする黒髪の娘だ。 クリクリと擬音を奏でそうな瞳は仔犬を思わせる。 そんな彼女の質問に、彼は片指を立てると。

 

「これは前に未来から来たトランクスにも言われたんだけどな。 たとえば、今この世界にはおめぇ……アインハルトはいねぇ」

「そう、ですね」

「それでだ。 もしも今この瞬間、どこかの悪モンがおめぇの父ちゃんか、母ちゃんを殺してみろ? その時点でおめぇは生まれてくることが出来なくなる。 これがどういう意味か分かるな?」

「…………っ!!?」

「は、ハルにゃんの存在自体がなくなる!?」

「たぶんな」

 

 だからことは慎重に。 そう言ったときに顔は、この後数年にわたって忘れることが出来なかったと少女達は語る。 それほどに真剣味を増した彼の警告に固唾を呑み込むこと数秒。 ようやく事の重大さが理解できた彼女たちは。

 

「では、わたし達はこの時代で大それたことはしてはいけないようですね」

「うん。 それにもしも悪い人に正体ばれてまうと、ウチは幼少期の。 ハルにゃんは両親を狙われてっていう最悪な事体を……」

「そうだ。 それにアインハルトの場合、今この時点で両親のところに行くこと自体もかなり不味い。 変に介入して、もしもおめぇの親がヤムチャたち見てぇに破局でもしたらコトだからな」

「…………は、破局」

 

 知らない名を聞いたはずなのに、それでも感じる納得の空気。 それほどにいま出てきた名詞には、どことなく強い説得力を感じてならない。 アインハルトは、気付けば拳を作っていた。

 

「帰るべき、でしょうね。 わたしたちは」

「だろうな。 今ここで余計なことをしなけりゃ、何事もなくこの時代のおめぇたちは無事で居るはずだ。 それはおめぇたち自身が証明してるから間違いねぇだろ」

「……はい」

 

 段々と自分たちがやらなくてはならないことを見つけはじめた少女達。 覇王と黒髪の娘ふたりはそろって首を縦に振っていた。 いいこだ……そう思う悟空は、唐突に後頭部に手を持って行く。

 

「あ、あ~~」

『??』

 

 ぽろぽりと音を立てている彼に疑問符ひとつ浮かべる少女達は、しかし、青年は唐突に言うのであった――“彼女”に。

 

「おめぇもどう思う?」

「いいんじゃないかしら。 この子たちが余計なことをする前に、さっさともと居た場所に戻ってもらうというのは」

「え?」

「にゃ?!」

 

 あまりにも自然だった。

 とんでもなく唐突であった。

 気づけば居らず、振り向けば前。 まるで鬼ごっこをしているのではないかという感じの気配の無さは、その実気力が常人よりもないだけ。 そんな彼女だからこそ、ある程度の腕しか持たない……そう、話しに熱中していた少女達の隙を意図せずついていたのだ。

 そして、今悟空の隣で白いカップを片手に妖艶な貌を醸し出しているその人物は。

 

「だ、大魔導師?!」

「テスタロッサさん!?」

「ふふ、始めまして、かしら?」

 

 驚く子羊たちをまえにして舌舐…………強かでありながらも優しい声をかけてあげるのだった。

 

「それにしても驚いたわ。 なんだかお風呂場の方が騒がしくて様子を見に行ってみたら、見たことある男の子が女の子二人を侍らせて、揚々と出てくるんだもの」

「はべらせてはねぇだろ」

「あら、わたしはついに本性を現したかと思って娘の無事を確認しに行ったくらいよ?」

「…おめぇよ………」

 

 

 すこしだけ掛けられた毒は、見た目通りに攻撃的だがトゲは無い。 それを子供たちもわかるのであろう、困った顔をしてはいるモノの、困惑にまで陥っては無いようだ。

 少しだけ間を開け、心にゆとりを作るとさっそく二人はプレシアを見つめる。 その姿を確認した大人たちは、息を吐き、頭の中で言葉を探す。 ……どう、彼女たちを救うべきか、と。

 

「ちなみに孫くん、参考程度に聞きたいのだけど」

「なんだ?」

「あなたが以前遭遇した今回に似た事例……トランクス君が来たときはいったいどうなったのかしら?」

『…………!』

 

 その言葉。 以前の事例という、まさに今自分達が遭遇していることを知っているという発言。 少女達は聞いた瞬間に悟空に詰め寄る……勢いで振り向いていた。

 

 そんな少女達に悟空は後頭部を2回ほどかき……言葉を詰まらせる。 ……そして――――

 

 

 

「オラがトランクスに会った時、かぁ」

 

 アレはセルと戦う前、もっと正確に言えばオラがフリーザと戦い終わって、一年少し経ってからだな。 あんときはまさかフリーザの奴が地球に攻めこんで来るとは思わなかったなぁ。

 あれから、何年経ったんだかな。 随分と昔に感じる。

 

「……孫くん」

「おっとと、いけないいけない。 ……トランクスの話だよな」

 

 オラが背筋を伸ばすと、そろって娘っ子二人も同じ姿勢になる。 緊張、してるよなどう見ても。 そんな姿がおかしいのかどうなのかわからねぇけど、妙に優しい顔をしているプレシア。 ……こいつ、少しだけ変わったか? 目つきがほんの少し優しくなった気がする。

 一番最初、初めて会ったターレスとの戦いの時よりもずっとだ。 何かあったんかな?

 

「……まぁ、それはいいとして。 おめぇたちは知らねぇかもだけど、オラがヤードラットっていう星で修業を終えたあと、地球に帰ってきたときに出会った奴がそのトランクスって言ってな。 そいつは、そのときの時代から20年後の未来から来たらしい」

「20年……わたしたちよりも数年多い未来」

「ちなみにそのときのトランクスは16だったかで、当然その時代にはそいつは存在してねぇ」

 

 しかもそん時に聞いたアイツの両親の話はホントにぶっ飛んだなぁ。 まさかブルマとベジータがくっつくとは微塵にも思ってなかったし。 いやぁ、何が起こるか分かったもんじゃねぇな。

 なんて思っていると、アインハルトが手を上げてくる。 なんだかそのときの目の光り方がかなり眩しくてよ……思わず後ずさりしそうになっちまった。

 

「……どうした?」

「その、どうしてその人は未来からかこの世界に来たのかと思いまして。 なにか、理由があったのですか?」

「ん、あぁ」

 

 そう言う事か。 しかしなかなか鋭いなこいつ。 オラ未来から来たとしか言ってねぇのに、自分の意思でその時代に来たというのを読み取ったんだな? ……さぁて、どう説明するか。

 

「いやよ? オラたちが居た地球、その20年後は、みんな人造人間ってのに殺されちまったらしくてよ、そんな未来は嫌だから、頑張ってタイムマシンで未来を変えようとしたんだと」

『!!?』

 

 なるべく、ソフトに言ったはずだ。 ……かなり大雑把な気もするけど。

 

「馬鹿な!」

「おぉ?」

 

 いきなり変わる空気。 叫んで、思わずこっちに掴みかかってきたのは、アインハルトだ。 あいつは長い髪をぶん回して、本当にありえないっていう顔しながらこっちを見上げてくる。

 背丈の違いは大体20センチくらいか? 当然見下ろす形になるオラは、いつの間にか……

 

「そう暴れるなって」

「で、でも!」

 

 あいつの頭に手を置いて。

 

「話はきちんと最後まで聞くもんだぞ? 心配しなくっても、今オラがここに居ること自体がすべてがうまく行った証拠なんだからよ、落ち着いてろ」

「……はい」

 

 どうにか、慰めていたんだ。 なんだろうな、こんな背丈はデケェ癖に、やっぱりそこは13歳というところなんかな、まだ、不安定なところがあるか。 ……すこしだけ肩、震えてやがった。

 

「話はいろいろ省かせてもらうけど、とにかく未来ではその人造人間ってのにオラたちの仲間は殺されたらしい」

「では、悟空さんも?」

「いや、オラ、実は戦ってねぇんだ」

『!?』

 

 次はふたりが飛び出そうとしてきた。 いや、今度は抑えたな、さっきの一言が効いたのか? ……えらいな、さすがだぞ。

 逃げただとか、臆しただの見捨てただの文句を垂れないってことは、コイツはオラの事をそれなりに知ってるって事か。 なら、弁明だとかはいらねぇかな。 さっさと、次に行っちまおう。

 

「オラ自身も聞いて驚いたことだが、地球に帰ってきてすぐに、オラは心臓病で死んじまったらしい」

「し――」

「だから、オラだけ闘ってないからこそ、トランクスはその可能性に全てを託して未来からやってきたんだ。 治らないはずだった心臓病の特効薬ってのと一緒にな」

「そ、それじゃ悟空さんって」

「歴史を変えたからこそ、生き残ることが出来たん……?」

「そう言うことにはなるな」

 

 あいつ自身、あまりそう言うのは良くないってのは言ってた。 それはオラも同感だ、だけど……アイツが言ってた未来ってのは恐ろしいくれぇに辛いもんらしい。 だったら、変えてやりたいって思うのも仕方がない事、だと思っていたんだけどな。

 

「まぁ、オラ自身はそのあとのセルとの戦いで死んじまったけど」

「はい……?」

「空ちゃんが?」

「死んだ……ですって!!?」

 

 ――ッ。 こ、今度は三人同時か。 しまった、そういやプレシアにもこの子とは言ってなかったけか。 隠す気はなかったし、この際だから詳しく言っておこうかと思った時だ、アイツ、いきなりオラの胸ぐら掴んできやがった。

 

「どういうこと!」

「お、おいッ……また癇癪かよ」

「黙りなさい、貴方いったいどれほどの秘密を抱えているの、言いなさい! 全て!」

「こ、これで終わりだって……そ、そもそもよ、オラだって今の状況なんて知ったこっちゃねぇんだ。 気が付いたらこの世でおめぇたちと出会ってたんだ、それは前にもいったろ!」

「……そ、そうだったわね」

 

 それでも今現在あたまの上に“輪”がねぇのは疑問が残るけどな。 まだ、オラが知らねぇことがあるのか、それともオラ自身の勘違いなのか……いや、それはねぇだろうな。 あの戦いは確かにあったことだ、それは、間違いねぇはずだからな。

 

 なんとか落ち着きを取り戻しつつあるプレシア達。 あいつらのオラに対する疑問はそこそこに、さっきまでの話に戻してやる。 そうだな、たしかトランクスの話だったはずだ。 

 

「とにかく、この時代からおめぇ達を返すには、トランクス同様に来たときとまったく一緒の方法を取ればいいはずだ。 あいつがタイムマシンで行き来したように、おめぇらも何らかの原因でこっちに来たんだろ? だったら、とっととその状態を再現しちまおう」

「そうね。 さすがにタイムマシンというのは無理でも、次元干渉レベルの問題なのだから、気が付いたら……ってのは無いはずだもの。 ねぇ?」

『…………』

 

 ……さすがにドラゴンボールの願いは“定員オーバー”だからなぁ。 プレシアに夜天、二人の問題を先送りにしている時点で、オラたちには選択の幅ってのがかなり狭められてきてる。

 最悪、この二人にはあと1年待ってもらうって事も出来るけど……どうするか。

 悩んでいるオラを見ていた二人が、自然と目つきを硬くする。 何となく、困っている風だったオラを見ていたかは知らねぇけど、不意にジークリンデが手を上げる。

 

「悟空さん、ウチ達がここに来た原因っていうのは、大体察しがついてるんや実は」

「ホントか?」

「うん。 ねぇ、ハルにゃん」

「は、はい。 えぇ……その」

「?」

 

 なんだかはっきりしねぇなぁアインハルトの奴。 両サイドで結んで2尾に垂れ下げてる髪の毛が不規則に揺れて、あぁ、なんかネコみてぇだな。 ……性格の方はあの双子とはかけ離れているけどな。

 しっかしこいつらがここに来た問題かぁ、いったいどんな――って、なんでアインハルトの奴、オラの事じっと見てくんだ? なんもしてねぇ、よな?

 

「……やめておきましょう、問題を押し付けるようで気が引ける」

「?」

「いえ、独り言です」

「そうか?」

「はい」

 

 ……いいたいことハッキリ言わねぇのはなのはみてぇだな。 あんましそう言うのは良くないんだぞ? そうしねぇとクウラの中に居たあいつ等みてぇにいつか爆発させないと自滅するからなぁ。

 よし、そうだ!

 

「その様子じゃどうせまたオラが関係してんだろ、ちがうか?」

 

 すこしだけカマかけてみっかな。 たびたびこっち見ていたってのは、おそらくオラの事を少なからず考えていたという事だろうし、……なら、なにか関係は――推す考えていたオラは……

 

「やはり、誤魔化せませんでしたか」

「え?」

 

 やっぱり……な?

 

「すべて、とは言いませんけど。 大体の原因は実は師しょ――こほん、悟空さんにあるはずです」

「い?!」

 

 甘かったんだ。

 

「そう、アレは未来にて行われたとある大会の途中の事です。 地区予選を終えたわたしたちは、ある調べものをするために行った場所があります」

「調べもの? 場所? 大会ってなんだ?」

「それは後ほど……続きですが、そのとある場所で調べものをしていたのですが、そのときに悟空さんが偶然見つけた書物――――破壊神の書――――というタイトルでしたか。 アレが突然光りだし、気が付いたらこの場所に」

「破壊……神…………っ!?」

 

 

―――――――宇宙は全部で12個あるんだ。

―――――――あなた、次の破壊神になる気はありませんか?

 

 

 ……な、なんだ今の感覚。 あたまに一瞬電流みたいのが……それによくわかんねぇ奴の顔が見えたような見えなかったような。 やめよう、いまはそれを考えているときじゃねぇ。

 

「悟空、さん?」

「すまねぇな、何でもねんだ。 それよか、おめぇたちその本のせいでここに飛ばされたっていうんか? しかも、オラが見つけたっていう」

『……はい』

「……キレイに二人同時で返事すんなよ、そんな綺麗な目ぇしてさ」

 

 なんだか気が引けてきたじゃねぇか……にしてもまた“本”かぁ。 この世界って不思議な力持ってる本ってのが多い気がするな、もうちょっと大人しくしていられねぇんかな。 他の奴がこまっちめぇぞ。

 

「結局オラかぁ。 ターレスと言い、クウラと言い。 まるでオラが悪い出来事を引きつけてるみてぇだなぁ」

「――――っ!?」

 

 前にブルマにも言われた言葉。 界王さまもこのあたりは認めてるし、やっぱりそうなんかなぁ。 レッドリボン、サイヤ人、フリーザにセル……おぉ、こう考え直してみると確かにいろんな悪いヤツを引きつけてるかもしれねぇや。

 なんて、思っていたら胸の所に衝撃が――

 

「そんなこと言わないでください!!」

「え、え?」

「あなたがそのような事を言ってはいけない! たとえ世があなたを畏怖し、退けようとしても……貴方は――」

「お、おいアインハルト……落ち着けよ」

「わたしは……私は!!」

 

 なんだか様子がおかしい。 ……さては未来で何かがあったのか? ……というのは一番には来なくってよ、ただ、思い出したことがあったんだ。

 

「そうだな、そういや前にもリンディとプレシアに指摘されてたっけか」

「……っ」

 

 乗せやすそう。 そう思った頭の上に手をやって。

 

「変な事言って悪かったな。 少しガラじゃなかった」

「…………はい」

 

 さすってやる。 なんだか子供扱いでもうしわけねぇかな? いや、違うか、そういやコイツは悟飯よりも年下なんだよな。 んじゃあこれくらいはしてやってもいいのか。

 余程の緊急事態じゃなさそうだから、何があったかは知らねぇし、未来がつまんなくなるから聞かねぇでおくけど、冷静そうだったこいつがここまで取り乱すんだ。 よほどの事が在ったんだな。

 

「まったく、変なところで怒るなよ? オラだって気を使ってこの世界から消えるってのはするきねぇし」

「……ですが」

「それに何か問題が起こっても、またオラが何とかするさ! “自分たちの未来は、自分達でまもろー!!”ってな。 前にトランクスから未来の情報を聞いた時もこんなノリだったし。 ちゅうか、なにかやべぇことでもあるんか?」

「……い、いえ“何も……”」

「なら、いいじゃねぇか」

「…………はい」

 

 そうか、なにかあったんだな。 けどまぁ、とんでもなくヤバかったらさすがに有無を言わさずにつたえるだろうし、死人が出たんならそれなりに必死で防ごうと協力を欲しがるはずだ。

 それをしねぇ、ってことはつまりそんなことはなかったという事だ。 なら、ここで下手な勘繰りはいらねぇな。 いまは、コイツら帰すのが先決だ。

 

「っとまぁ、いろいろ話が膨らんじまったところなんだけどよ?」

「なにかしら? ジゴロのサイヤ人さん」

「…………なんだよ、変な目で見るなって。 知りたいことなんてもうわかってんだろ? コイツらがここに来た原因のとある場所、おめぇならもう見当ついてんだろ?」

「まぁ、場所だけならね……探しものと言えばあそこしかないでしょう」

 

 と言って、プレシアの奴が空気を呑み込む。 なんだかその姿が界王さまと被って見えるのは最近本気でそう思う。 あれかな? あの世でずっと暮らして、ほとんど毎日顔合わせてるからかな。

 そんなこと考えているオラをしり目に、プレシアの奴が口を開く。 ……そして、その場所を聞いたオラは――――

 

 

 

 

「さてと、いろいろ聞いたけど、これ以上は何もないな?」

『はい』

 

 あれから数分がたった。

 聞いた場所、そしてそこから来る“ある人物の未来”を知ったオラたちはさっそくの作戦会議。 どうにも、既に歴史そのものが変わってるらしくってさ、聞いた場所で働いている“そいつ”は実は闇の書事件の時にはもう、その場所にかかわっているらしい。 ……既になにか、時代が変わる出来事があったみてぇだ。

 

 けど、もう起っちまった事はわかんねぇ。 だからこれからの方針と言えば――――

 

 

「ユーノかぁ、本来の歴史ならアイツをそのでっけぇ古本置き場のお偉いさんにしねぇといけねぇわけか」

「えぇ……本当に信じられないけど」

『……スクライヤ司書長って』

 

 この世界に来て、オラが初めて弟子に取ったアイツを、なんと本屋の店長にすることだ。 ……武道家志望が本屋なぁ、ぱっとしねぇな。

 

「孫くん、本屋ではなくて書庫よ。 しかも蔵書量はほぼ無限のね」

「“無限書庫”って名まえだろ? さっきから5回くれぇは聞いてるからいい加減覚えちまったぞ」

「……じゃあ、そこは一体どういう働きをしてるのかしら?」

「…………なんだっけかな、はは!」

 

 わるかったって、聞き流してたのは正直に話すからよ、頼むからそんな目でこっち見んなよ。 背筋が凍っちまう!

 

「と、とにかくまずはアイツをその無限書庫っちゅうところに興味を持たせねぇとな」

「それは簡単じゃない? もとから知識欲というのは有ったはずだし」

「いや……それがよ」

 

 ……正直、オラも悪いと思ってるんだ。 なんだか、あいつのこう、根本を曲げちまったと言うか、な。

 考えているとみられたんだろうなぁ。 じっと動かないオラを不思議そうに澪つめる娘二人を置いといて、つい数か月前を思い出す。 ……そうだ、アレはまだオラが超サイヤ人の状態に慣れてなかった時だ。

 

「ずっとめぇに、いっかいだけユーノを半殺しにしたことがあんだ」

「……は?」

 

 まず、アインハルトが首を傾げる。 ……これくらいはまぁ、普通の反応だな、次に行くぞ。

 

「アイツが亀の甲羅をな、20キロをクリアした頃だ。 そん時にオラは手加減の修行中でさ、こう、それを忘れてアイツとハイタッチしてさ」

「……なんだかオチが読めてきたわね」

 

 プレシアはもうわかったみてぇだな。 まぁ、あいつは半分ほど当事者だし、聞いた話ってのもあるからここもいいだろう。 そんで、結果を言うとなんだが。

 

「アイツ、遠くの山に吹き飛ばしちまったんだ。 ……ふもとを粉々にさせていきながらな」

「……あ、ウチがやられたのと一緒や」

 

 そのときに聞こえてきた呟きは置いておくとして、あんときはユーノの奴に悪いことしたなぁ。 しかしいまさら言うんだけどよ、あの後からアイツのなんていうか、目の色が極端に変わってよ――――強くならなきゃいけないんです! 命が足りないんです!! ……って、必死に甲羅の重さを倍にした時は冷や汗もんだったなぁ。

 無理するなよって言えないんだもんな。あんなことがあった後じゃ。

 

「しかもそのあとだ、アイツ一日の大半を修行に使っちまってよ、今じゃ多分、魔導師連中じゃ一番のスタミナと防御力もちだぞ? そんくれぇユーノは強くなった」

「そ、そこは一緒なんですね……」

「そやね。 司書長さん、ウチの攻撃を難なく受け止めてたし」

『あ、はは……』

「話し戻すぞ。 とにかく、今のアイツは1に特訓2にボール探し……バッサリと言うと、趣味とかいうのがいつの間にか筋トレに変わったはずだ。 そんなあいつが果たして本屋になるだなんていうのか? と、オラは思うんだ」

『………………』

 

 ここもきっとオラのせいなんだろうなぁ。 おそらく命の危険を感じたんだろう、オラと一緒に生半可な特訓を摘むことに。 だけど、自分から離れていくという発想に思い至らなかったのはなんというかアイツらしくてな……すこし、うれしかったな。

 

「どう考えても職業アスリートやなぁ。 だから悟空さんたち、ありえないって顔を……」

「はい。 おそらく今の司書長さんですら、わたしレベルでは太刀打ちできないかもしれません、何しろ悟空さん直々の修行ですし。 なら、その経験を生かさないはずはないでしょう。 わたしなら頂点を極めるために更なる邁進をするはずです」

「そ、そこらへんはもうアイツ自身にゆだねるしかねぇよ。 とにかく、今はもう余計なことをこれ以上しねぇ様に、例の無限書庫っちゅうところでさっき言ってた本でも探そう。 話はそこからだ」

 

 そんで、そのときにユーノにも手伝ってもらって……あとはアレだな、運だ。 あいつの気が向いたら辿るはずの道を行けばいいし、ダメなら本格的にコイツらに一年残ってもらって、ドラゴンボールで元の時間に戻すべきだな。

 

「それに必ずしもユーノが司書なんとかってのにならねぇといけねぇわけじゃねぇんだ。 最悪の場合は他に手があるから、この問題は此処までだな」

「……はい」

 

 ユーノの将来だ、これ以上、オラたちがうだうだ言ってるのは……な。

 歴史だの時間だのの問題も、もしかしたら既に起こってるかもしれねぇんだ。 そうなると、いろいろ面倒だしな。 トランクスが経験した、人造人間の問題とかみてぇになりかねねぇ。

 

「方針変更だな。 んじゃ、まずはさっき言ってたショコってところにでも顔出すか」

「え!? た、たしかこの時代ではまだ捜索が進んでいなく、簡単に入れるものでは――」

「そこらへんはアレだ。 ……リンディに何とかしてもらおう」

『……こ、この時代でもあの方は――』

 

 こういう時のための偉いヤツだ。 頼めるもんは、全部頼もう。

 

「いつ出すかなぁ、明日明後日はまだ旅館で予定があるって、ギルの奴が言ってたもんなぁ。 ……すまねぇけどしばらくはこのままになるけど平気か?」

「い、いえ。 …………むしろこの姿のあなたを間近で見られるのなら」

「……このすがた、か」

「!? き、聞こえて!!?」

「おう、バッチリな」

 

 でも、詳しくは聞かねぇ。 なぜならよ、プレシアの奴が後ろから指で突っつくんだ。 しかもそこからなぞって背中に字を書いてくる。 たぶんこう描いてあんな……

 

―――――――――――――――余計なことを聞く物なら、只じゃおかない。

 

 歴史が大きく変わるのを懸念してんだろうなぁ。

 でも、たぶんそんなに問題はねぇって――痛っ! イテェからつま先でアキレスけんを蹴るなよ……

 

「……はぁ、おめぇたち、今ここにいるヤツ以外には絶対に自分が未来人だってことは言うなよ? 余計な混乱はなるべく避けたい、いいな?」

『はい!』

「よし」

 

 背筋を伸ばして一斉に声を張り上げる。

 空気が震えて、部屋そのものが叩かれたように唸りを上げた。 気合入ってんな、コイツら。 このまま帰すってのは惜しい気がしてきたし、少しだけ……いろんなことを教えてやるのもいいかもな。

 今度、なのはたちに手合せさせてみよう。 きっと、お互いにわかることが出て来るかもしれねぇ。 ……よぉし、そうすっかぁ!

 

 

 

 そう決めた孫悟空は、天に高々と右手を上げていた。 そこから出された掛け声は後にこの温泉の七不思議【揺らし声】というものに認定されたというのは別の話である。 そして、彼らの時間は加速していく。

 

「いいか? あんまり教えてやれねぇけど、気ってのはな……」

「は、はい!」

「というよりハルにゃん。 あの人たちですら教えてもらってないこと教わっても大丈夫なん?」

 

悟空について簡単な気の講座を受けたり……彼女たちにとって、本当に有意義な時間になったはずだ。 気づけば夜も更けていき、ついに約束の時間となる。

 

「……すごい」

「豪勢やねぇ」

「…………こりゃあオラも驚ぇたぞ」

 

 降り立ったエントランスの最奥。 絢爛豪華な装飾過多の正面入り口を見たところから既に雰囲気を呑まれそうなのは

 

 

 来た。緊張の瞬間だ。

 娘二人が固唾をのんでいるのは誰が見ても明らかで確定的。 それほどに、今この場に流れているのは背筋を張らせる空気なのだか……

 

 

 

 

 

 

「ハラ減ったろ? めし、食っちまうぞ」

 

 …………ら? 

 

「はい! ………………はい?」

「こういうとこ、まんま悟空さんやなぁ」

「なんだよ、いらねぇンか? そんなことねぇよな?」

「ないですないです。 ねぇ、ハルにゃん」

「あ、え、……はい」

 

 小さな相づちひとつ。 打った先に待ち構えているネコなで声に、小さく息を吐いた覇王どの。 彼女は悟空が誘う豪華絢爛をまじまじと見つめ、やがてゆっくりと歩き出す。 その先にある問題と団欒は表裏一体。 解決すれば暖かさは増し、放置し、大きいままにすれば冷めたまま。

 それが、まだよくわからない13歳の彼女は―――――ついに見てしまった。

 

「いっただっきまーす」

「あ、ゴクウそれアタシの肉!!」

「速いもん勝ちだぞ」

「それを言うなら早い――っち! そりゃあ速さでアンタに敵う奴なんて……って、それはホントに譲れない!!」

 

 犬と猿がいがみ合いながら飯を食う。 とったもん勝ちだと笑う彼に、怒鳴り声を上げつつも尻尾が揺れるのはどうしてだろう。

 

「孫、少しは遠慮という物を――」

「この中トロいただき!」

「き、貴様!! それは私が締めにとっておいたものだぞ!」

「新鮮なうちにくっちまわねてと…むぐむぐ……おぼぼおぉおむぐ…」

「こ、コイツ……!!」

 

 ケンシ同士が手に持った割り箸で大立ち回り。 シグナムの突きが炸裂すれば、悟空の持った橋は難なくそれを受け止める。 ……騎士道数百年の技、ここに敗れる。 けど、その目が本気で怒りに燃えてないのはなぜ?

 

「ご、悟空、これ……」

「む?! おぼぼおうな、フェイ――んぐんぐ」

「あ、はは……ダメだよ悟空、きちんと呑み込んでからじゃないと」

 

 もらった皿を一瞬で空に。 なくなったと思わせることすらなく、すぐさま次の得物を口に収めていく彼に呆れているのに笑うのはフェイト。

 

 

――――――――――戦士たちの団欒、つかの間ではない、完全勝利を遂げた後のこの空気を、何も知らずに受けてしまった覇王は少したじろぐ……

 

「ところでゴクウ、そいつら二人って……」

「ふえー!! この肉……んうぐんうぐ! おぼぼいー!」

「聞いて、ね? お願いだから聞いておくれよゴクウ」

「ぼーい、ほいうふぁふふぉー! うぃーういんふぇー!」

「!!?」

「空ちゃ……!?」

 

 ……ことも、赦されず。

 颯爽と蜃気楼のように現れた彼に片腕を掴まれると、何やら茶色い物体が乗っかる皿を渡されると。

 

「んくっ……ぷはぁ! おめぇ達も食え、まだ全然あるからよ」

「は、はい……大きいですね、何肉でしょうか」

「わー、見たことない焼き具合でおいしそう……いただいてもええん?」

「食え食え」

『はい!』

 

 花が咲いたように笑いだす。

 この空気を、この会場を、騒がせる張本人に進められるがままに、彼女たちはその皿に乗ったモノを口に収めていく。 舌で触れ、前歯で噛みつき、奥歯ですりつぶしてのど越しで唸る。

 まるでサバイバルか何かを彷彿とさせる食いっぷりは、どこか山吹色の自然児を思い起こさせる行動。 そして、そのあとに出た声は当然――――

 

「――いかん!」

「え?」

「どないしたんや?」

「なにも言わず吐き出せぇぇぇぇええええええッ!!」

 

 剣士が叫び、空間を震わせる。

 

 そして、そしてだ…………いや、しかし。

 

「みなさんどうしたんでしょうか? いきなり静かに」

「なんともないのか……!」

 

 あたりを見渡した覇王は、訪ねてくる剣士の顔を見るなり。

 

「おいしいですよ?」――かくん!!

 

 ひざが、折れる!!

 いきなりだ、何事もなかった自分の膝が突然力なく折れる。 笑う段階さえもなかった力の消失に――けれど覇王は、この空気を壊したくなかったのだろう。

 

「あ、あれ? さ、先ほどの小競り合いのダメージ……けほっ」

「お、おい!?」

 

 小さな咳だ、何も心配することはない――――普段なら。

 疲れた身体は、今までの出来事に緊張していたから――――これくらい、普段なら耐えられた。

 痛みは無い――全身の感覚もないが。

 

「……う゛?!」

 

 様々な思惑、困惑がまるで激流のように流れる最中、彼女はついに……その流れを断ってしまう。 覇王は、その場に倒れ込む。

 

「アインハルト?! おい、しっかりしろ!!」

「く、遅かったか」

「なにがあったんだ、おい!」

 

 床に髪が触れる寸前。 高速の足運びからくる無音の移動で悟空が背中を支え、抱きかかえる。 その様に妙な反応をした人物もいなくはないが、今はそんなこと関係ない。 悟空は、傍に駆け寄ってきたシグナムに視線を飛ばす。

 

 

「それは! シャマルの作った料理だ!!」

「………………あぁ……そういう、ことか」

 

 其の視線は、すぐどっかへ泳いで行ったさ。

 

 先ほどの絶叫や、今までの緊張その他を洗い流してあげる~~♪ そんな気遣いすらない、ただただ有情で無情な殺人料理を相手に、数秒持たせただけでもかなりの物。 そんな覇王を称賛しない人間はいないだろう今日この頃。

 厨房で火柱が上がる事43回。

 中華鍋の溶断5回。

 あまりの調理方法に輝きを失った包丁が2振り。

 毒見でこの会場に来れなかった守護獣が1匹。

 

 被害は甚大、状況は最悪。 ある意味で闇の書以上の最悪を一身で受けてしまった覇王は、ただ、何よりも重いまぶたを閉じて息を……いき、を。

 

「なぁゴクウ、そいつ息して無いんじゃねえのか?」

「……あ、え、い゛い゛!? ホントだやべぇ!!」

 

 引き取るのであった。

 

 嗚呼、泣くこともできずに地に背を付ける彼女は、数分後の強制覚醒をただ待つだけであった。 温泉旅館1日目、その覇道……否、波乱だけしかないこの催しを引っ掻き回して終わるのであった。

 

 

 

 

「シャマルさん、こんなに料理が下手やったなんて……聞いていた以上や」

「というより、どうしてあいつを厨房に入れた。 責任者を出せ!」

 

 黒髪の娘と、烈火の剣士の呟きを散りばめながら…………

 

 




悟空「おっす、オラ悟空!」

フェイト「大丈夫、心臓はまだ動いてる!」

ジークリンデ「ハルにゃん! しっかりしてハルにゃん!!」

悟空「いきなり倒れちまった覇王アインハルト。 しっかしあれだな、オラも大層強くなったよなぁ」

天災料理人「わ、わたし――こんなつもりじゃ……」

シグナム「もういい、これ以上は何もしゃべるな……」

災厄の要因「でも……でも!」

シグナム「貴様の言い訳を聞いてやる時間は無い。 それでもというのなら私が介錯をしてやる、俳句でも詠め」

悟空「オラ、あいつの飯食ってちっともなんともねぇんだもんな。 ほんと、強くなっちまったなぁ」

アルフ「ゴクウ! なにほのぼのしてんのさ!」

悟空「いやぁ、もうオラにはできることねぇし、あとはあいつの強さに賭けるだけだろ?」

アルフ「そりゃ……そうだけどさ。 良いのかい? これ」

悟空「今からジタバタしてもおせえって。 そんじゃ次回行くぞ」

ジークリンデ「じ、次回……魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第58話」

悟空「知りたい! 悟空の実力!!」

恭也「悪いが悟空、少し付き合ってもらう」

シグナム「そのあとは私だ」

ジークリンデ「あ、ウチも見てもらいたいかも……なんて……」

悟空「いいぞ、次々こい! ――――あ、でもその前に……」

三人「?」

悟空「すんませーん! 後20人まえおかわりー!」

三人「……うそだろ」

覇王(気絶)「あ、あの……私の、心配……ゴホッ」

なのは「にゃはは……またねぇ」

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