魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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好奇心は猫をも殺す。

シュレディンガーの話です。 そして、そのネコは今現在、とある必殺料理人の手により地の果てを彷徨い打歩き……


今回、”彼”はサプライズゲスト扱いだと思ってください。 この先、悟空と絡むことはおそらくありませんのであしからず。

では。




第58話 知りたい! 悟空の実力!!

せせらぐ音色、それは聞く者に深い安堵を与えてくれる子守歌。 どこまでも、いつまでも、そう、どんな時でさえも聞いていたいこの音色は……そうだ、水が流れる音だ。 激流ではなく只の河川、そんな物静かな音を聞いたとき、そこにいる者、少女が目を醒ます。

 

「ここは、どこでしょうか」

 

 第一声がそれだ、つまり今ここは彼女が知らない場所だという事、そして――

 

「だれも、いない?」

 

 その場が、おおよそにして人が住めるような場所ではない、少女の第一印象はズバリそれであった。

 

「おい」

「!?」

 

 しかし聞こえてきた声があった。 強く、大胆不敵、それでいて確実な死をもたらすかのような冷淡さを感じさせるトーンは、今まで少女が出会ったことが無い声。

 いきなりの事だったためか、ひたすらに伸ばした背筋をそのままにし、振り向くことさえできない少女は、ただ、さらに聞こえてくる声に耳を貸すことしか出来なくて。

 

「ど、どなたですか」

「……」

 

 質問するが答えはこない。 まるでなにかを噛み潰すかのような軋み音は、冷淡な声の持ち主の歯が擦れているに違いないと、思った時には。

 

「…………ぅ」

「……」

 

 少女は、振り向くことが出来ないでいた。

 

「ちっ――最近のガキは挨拶もろくにできねえのか。 ……ったく、だからガキは嫌えだ」

「――?!」

 

 やっと聞こえた長文。 そこに含まれた穏やかな声は本当に小さなものであった、だが、そんな小さなものを拾えた少女は思わず背筋を伸ばしていた。 だってそうではないか? なにせ今の声は……

 

「師――ッ」

「っこいせ……っと」

「え!?」

 

 首根っこを掴まれたと、気付いたのは本当に遅かった。 それくらい、冷淡な声の主が瞬間的に見せた速さが強烈だったから。 ……気付かなかった、簡単に言うとそう言う事なのだが、果たして少女程の力を持つモノをこうも簡単に持ち上げるこの者はなんなのだろう。

 疑問は、ただ大きくなるだけだ。 ……なのだが。

 

「“上”から落ちてきたってことは“ここ”の住人じゃねえってことだな?」

「うえ? ここ?」

「そうなんだろ……あぁ!」

「は、はい!」

 

 半ば脅迫のようであった。 それが少女の第一感想。

 そして彼女の視線は一層高くなる。 持ち上げられていた腕があげられ、長い彼女の髪が揺れること2往復。 何やら掴まれる腕に力が込められたと思った、そのときであった。

 

「だったらさっさと……帰れ――!」

「―――――ひっ!」

「閻魔ぁ! 言われた迷子だ! さっさと下界に帰してやれ!!」

 

 ――――昼寝の邪魔なんだ!!

 

 そんな声が聞こえた時であった、不意にかかる重圧……Gが、少女を押しつぶさんと襲い掛かってくる。 それが心身を安定出来る限界数値を上回ったときであろう。

 

「閻魔のところを素通りして、いきなりこんなところに落ちるとは。 このつまらねぇ仕事を初めてからかなり経つが……前代未聞な奴め、何をすればあの世の理を無視できるんだか。 ふぁーあ……寝るか」

 

 冷徹な主は横になり、目をつむる。 水の音色を子守歌に……

 

 

 

「おーい?」

「う、うーん……」

 

 あの事件から既に3時間が経つ頃だな。 例のメシを食って、例の如く気を失ったアインハルト。 あいつを急いで病院に連れて行こうとしたんだが、それはまずいとプレシアに止められて、困った末にオラの部屋で看病をすることになった。

 なのはやフェイトなんかが別の部屋でいいんじゃないかという質問をしてきてよ、オラも同意したんだがそこはプレシア、睨んだだけで火の粉を蹴散らしていきやがった。 ……あの年の女って、本当に強ぇよなぁ。

 

 っと、やっと起きそうか?

 なんて、思っていた時だ。 いきなりだ、本当に何の前触れもなくアインハルトの全身が輝き始めた!? 

 

「な、なんだ?!」

 

 まるでなのはたちが例の戦闘服に着替える時みたいな光。 違うところを探るんなら、それはあいつの中にある魔力がうねって、まるで二つになるかのような感覚がするという事。

 気まで変わらないところを見ると、どうやら魔法の力による変化だというのがわかるんだが……どうなるんだ?

 

「…………か、カラダが!?」

 

 なにも出来ないで居る時だ、ついに新しい変化が加わって行っちまう。 ……あいつの、アインハルトを包む光が、その幅を縮めていくんだ。 だがまてよ、こんな変化、前に見たことが無かったか……?

 あれは、そうだ――確か……

 

「……う、うう」

「は、はは」

「あ、師匠……おはようございまふ……」

 

 魔力を使い果たしたオラと、同じような現象なんだ。

 呑気に片目擦ってよ、上半身だけ起き上がりながらこっちに向かって、むにゃむにゃと言葉を飛ばしてくるのは本当に年相応なんだな。 ……さっきまでの、大人然としてた雰囲気なんかまるでみられねぇ。 どうやらこっちが本当の顔らしい。

 

「師匠?」

「……」

 

 まぁ、なんだ。 今起こった事を、オラなりに解りやすく説明するってぇと、こうだな。

 まずは目つき、これはあんまり変化はねぇかな? どことなく角が取れた風なのは緊張が解けたと思えば納得できんだろ。

 そんで腰まで伸びてた長い髪の毛が、今じゃ肩までに収まっていて、さっきとは確実に長さが違うことを教えてくる。

 

そんで身長だが、というより一番の変化はこれだ。 さっきまでの頭二つ分オラより低かった背が、今じゃ腰くれぇあればいい程度にまで低くなって、まさにコイツの言っていた年齢通り、年相応のサイズにまで縮んでやがる。 さて、一体何が起こったんだろうな。

 

「なぁ」

「にゃあ?」

「に、にゃあ……?」

 

 オラはいま、耳がおかしくなっちまったんだろうか。 アインハルトは真面目な人間だと思っていた、戦い方と、先ほどまでの話合いだとかで人となりなんて言うのは、大体見当をつけていたと思ってたんだ。

 けど、まさかこんなからかい方をされるなんてなぁ。 ……寝起きだからと言っても、猫の鳴き声で今起こった事態を誤魔化せるだなんて思っているわけでもないだろうし、何、考えてんだ?

 

「おい、アインハルト?」

「にゃあ!」

「…………おめぇ、さっきからオラのこと馬鹿にしてんのか?」

 

 よくねえんだぞ? そういうの。 腕を組んで、少しだけ解りやすく怒っていることを態度で示してやると、あいつの顔を覗き込む。 ……そのときだ、オラはやっと気が付いたんだ、あいつが、どうしてあんなフザケタ事ばっかりやっていたっていうことに。

 

「……なんだコレ、ぬいぐるみか?」

「にゃあ!」

「うお! しゃべったぞ……」

 

 それは当然のようにオラに向かって“咆えてきた”

 アインハルトの膝のもと――っと、言うのは大げさかもしれねぇけど、なんとなくその場で胸を張って、二本足で立ち上がった……立ち上がった?

 

「さっきから聞こえてくる鳴き声みてぇのはコイツかぁ……なんていうんだこれ?」

「にゃ」

「黄色い、ネコか?」

「に?」

 

 いやぁ、首傾げられてもなぁ。 目が合ってすぐに、まるで何かを聞かれてるような仕草をする……ネコだよな? ネコとニラメッコしたまま、だいたい30秒くれぇ経った頃だ、そいつが立ってる地形が急に変化していく。

 

 アインハルト、覚醒だな。

 

「う、うーん……なんだか体中が気怠いです」

「はは、それだけで済んでよかったなぁ。 オラなんて注射打たないとダメだったんだぞ? アイツ、もしかして若干腕をあげたな?」

「……?」

 

 人生、此れ総て修行なり――シロウの受け売りだけど、まさにそれを体現したってところか。 さてと、アインハルトも無事に起きたことだし、そろそろ“今日”遊ぶところでも探そう、そう思ってたんだけどな。

 やっぱり、これだけは解決しなくちゃいけねぇ。 ……こいつ、コイツってさ。

 

「なぁ、アインハルト」

「はい、どうかしましたか?」

「いやよ? おめぇ、どうして身長から何から何までちびっ子くなっちまってんだ?」

「…………?」

「首傾げられてもよ……」

 

 なんでそんな不思議そうな顔して、まるでオラが変なこと言ってる風になるんだよ……? おかしい、まさかコイツ、シャマルのメシを食っちまったせいで記憶が飛んでるんじゃねぇだろうな。

 

「ま、まさか……」

「師匠?」

「な、なぁアインハルト。 さっきまで何があったか覚えてるか?」

 

 そう思ったら、つい、あいつに向かってさっき起こった事を聞いていた。

 さっき。 広いパーティー会場で、みんなで一緒に豪勢なメシを食っていた時のことだ。 アインハルトやジークリンデの事はオラの知り合いってことであいつらに説明をして、深い勘繰りなんかをしないでくれって言うのも含めて、あいつ等はそれを同意。 何事もなくメシを食っていた。

 それでも、やっぱりオラの周りには騒動の種は尽きないみてぇでよ。 あの、シャマルが作った料理を誤って口にしたアインハルトは、そのまま鳩尾に拳を叩きいれられたような顔をして、会場の赤絨毯の上に沈んだんだ。

 

 ……あんときは本当に参ったよなぁ。

 

 で、そのあとはさっき思い出したことの通り。 その説明をして、あいつの顔をじっと見ていると。

 

「にゃあ!」

「ん?」

 

 猫が一回だけ叫んだ。

 

「どうした?」

「にゃあ、にゃあ!」

「お、おい?」

 

 すると、いきなりオラの方まで駆け寄って、腕に張り付いたと思うと頭のてっぺんにまで昇ってく。

 自分で言うのもアレだけどよ、ボサボサの髪型が相まって、なんだか巣の中にいるひな鳥みてぇになってるんだ……ネコの癖に。

 

「ふふ、ティオはわかるんですね」

「え?」

「姿が変わろうとも師匠は師匠。 ……相変わらずわたしよりも懐いてます」

「へぇ、こいつティオっていうんかぁ」

 

 すがたがかわっても、か。 どうやらこれは本当にオラは未来でどうにかなっちまってるらしい。

 けど別にいいんだ、そう言うのは。 確証ってのが無いからあいつ等には黙ってたけど、もしかしたらこれからオラたちが辿る時間と、あいつ等のいる時間は結びつかねぇかもしれねぇ。

未来のトランクスが経験した、居るはずのねぇ人造人間16号。

未来から来たセル。

心臓病の発症が遅れたオラ。

 

 思い起こせば、ほんの些細な事で相当の変化があったんだ。 だったら、ここまで大きなことになってしまえば、もう、この時間はあいつ等の時間にはつながらねぇ。 そんな気がする。

 

 だったら、この先の事は何も考えないで突っ走るだけだよな。

 

「ところでおめぇ、その姿――」

「…………っ!!?」

「……今頃気が付いたんか。 それ、どうなっちまってるんだ?」

 

 指摘した途端に全身を弄りはじめたのはアインハルト。 顔、胸、髪の毛、全てが小さくて幼い姿になっているのを確認している姿は、正直言うと、嘘を隠していた子どもを見ている様だ。

 さてと、それなりに微笑ましいんだろうけど――む、もうそろそろか。

 

「ユーノ達が使う変身魔法とも違う感じがする。 そもそも、魔力を消費させてはいるけど、気そのものが急激に上がっていたようなところは、少しだけ気になったかな」

「それは……」

「――――っと、話しは此処までだな。 さっきまでの姿とかは、またあとで聞かせてもらうか」

「?」

「おーい、入ってきていいぞー!」

『!!?』

 

 オラが叫ぶと同時に、いろんな声が部屋ん中に響きだす。 驚いたり気まずそうだったり、または察知されたことに関心していたりと様々でよ。 まぁ、らしいっちゃらしいんだけど……おめぇたち、趣味わりぃぞ。

 

「すみません、孫悟空」

「いや、俺は止めたんだぞ?」

「高町恭也、そう言う貴方も興味津々とドアに耳を当てていたではないか……?」

「二人とも、ここはみんなが悪い。 ――はは、騒がせて申し訳ない、悟空君」

「……おめぇら」

 

 銀髪が一人に黒髪が二人、そんで、若干だけど朱が掛かった感じのピンク色をした奴らが、ぞろぞろとオラの部屋に入ってくる。 もう、隠す必要が無いと思ったらこれだもんなぁ、まったく。

 改めて、今入ってきた奴らを紹介するとこうだ。

 

 少しだけ首を曲げて、こっちに向かって会釈する夜天。

 右手で頭を掻きながら、こっちとは視線を合わせようとしないキョウヤ。

 それを少しだけジトォっとした目で見ているシグナムに、全員を代表して、やっぱりなんとなくって感じで謝ってくるシロウ……おめぇら、やっぱし悪いと思ってねぇんだろ?

 

「あれ? 悟空君、さっきの子は? それにそこにいるのは……?」

「ん? あぁ、こいつか。 こいつは……」

 

 どう説明すっかなぁ。 別に隠す必要はねぇとは思うがよ、どうにもコイツ自身知られるのが嫌な傾向にあるみてぇだ。 ……なら、ここはひとつ芝居でも打っておくかな。

 

「さっきいたアインハルトの知り合いだってよ? なんでも、あいつの忘れモン届けるって言って、わざわざ追いかけてきたんだと」

「……ほう?」

 

 夜天とシグナムにはやはり通用しねえか。 なんだかんだであいつ等オラの事を知ってるって感じだし。 ……このあいだの融合みてぇののおかげで、オラの思考だとかがさらに読みやすくなってるんだとか。

 ……もともとヘタクソだった小芝居がさらに無駄になってるな、こりゃ。

 

「まぁ、いい。 そのモノの事は“今は”聞かないでおこう」

「そいつは助かる」

「ほう?」

「う゛!? あ、いや……ははは」

 

 本当に、だめだなこりゃ。

 

「ところでおめぇ達、わざわざがん首そろえてどうした? 見舞いの人数にしちゃおおげさじゃねぇのか?」

「あぁ、そのことか。 嫌なに、ついさっきそこで我らヴォルケンリッターのふたりと高町親子とが偶然遭遇してな。 そこでお前の話になって気が付いたら足が進んでいたのだ」

「シグナムおめぇ、ソレって理由になってねぇと思うんだが」

「……そうだな」

 

 なんて、あいつのボロも中々に出したころあいだ。 そろそろ聞きてぇところだな、本当の理由ってやつを。

 

「シグナムさん。 ここは、やっぱり本当の事を言った方が早いと思いますよ?」

「……そうですね。 私としたことが少々らしくなかった」

「??」

 

 シロウの勧めで、なんだかシグナムの肩からリキが落ちて行った気がする。 なんでそんなに緊張してんだ……なんて言うのは意地悪だろうな。

 

「……シグナム」

「なんだ」

「いっちょやっか?」

「――――――ふっ、敵わんな、お前には」

 

 それ聞いた途端、シロウと夜天はこの部屋から去って行った。 代わりに来たのはジークリンデだが、あいつ等一体なにしたかったんだろうな? たまに考えていることが判らねぇのは……ま、いいけどさ。

 

 

 

 

 

 

 

 孫悟空、シグナム、ジークリンデ……そして、やはりまた最初の頃の大人の姿へと変わったアインハルトはそのまますこし離れた雑木林へと歩いていく。 時間にして既に深夜を廻ろうかという時間帯。

 にもかかわらず、この者たちが発する尋常ならざる雰囲気を前に、森が、騒ぐ。

 

「悟空!」

「……ん? お、キョウヤ!」

 

 先客が一人いた。

 手に持った小太刀は双剣を思わせるが、しかし彼が扱うのは絢爛豪華な舞ではなく、縫うように闇に溶ける一突き。 一撃必殺を謳い、声もなく音もなく相手を屠る外道の剣術……暗殺剣こそが彼の本筋。

 小太刀二刀御神流。 それが彼が持つ技、孫悟空とは違う道を行く姿である。

 

 そんな彼の背に一枚の木の葉が舞う。 この寒気だ、風も吹くだろう……自然と舞い散る一枚の葉は―――――

 

「……っふ」

 

 落ちる軌道も、挙動すら変えることなく。

 気が付かぬうちに、その身を半分へと裂かれていた。

 

「どうした悟空? こんな時間に……」

「ん? ちぃとな。 コイツとの約束があってよ」

「こいつ? ……あ」

 

 悟空が親指を突き立て、後方へと差していく。 その先を見た恭也はわずかに後ずさり……そこに在った視線が、嫌に自分へと向かうのを感じ取ったからの今の行動は。

 

「あ、アインハルトさん? ……どうしたのかな」

「――あ、す、すみません。 魔法も使わないでこのようなことが出来るモノなのだと……」

「え? あ、あぁいまのか……まだまだだよ、俺なんて」

「そんなこと」

 

 この場面を士郎が見ていたらなんというか。 心の中で想いながらも、決して口には出さないシグナムであった。

 

 そして、それから数分も断たぬ間に、孫悟空とシグナムの両名は互いに見つめ合う距離を保ちながら……

 

「悪いがおめぇたち、もう少しだけ離れててくれ」

 

 自然。 

 

 

「往くぞ、孫!」

「……おう」

 

 風が裂けた。 音さえ聞こえず、ありとあらゆる法則が彼らに追いつけず、その攻防が、終わってから世界が稚拙に表現していく。

 

「ちっ――」

「ふっ……」

 

 瞬間の激突。 何事かと目を疑ったアインハルトは、既に剣筋を終えずに、彼らを風景でしか捉えれずにいた。 驚愕のアインハルト、しかし、本当の驚きとはまさにここからであった。

 

「はぁぁああああッ」

「…………っ」

「師匠、動かない……!」

「構えもない、カウンター!?」

 

 気合を込めたシグナムの振り。 それに対して、いつか見た無闘の構えを見せる悟空に周囲が湧く。 何もない……本当に何も感じない悟空の雰囲気に、思わず、息を呑みこんだのは黒い少女で在った。

 そして、戦闘は――――

 

「……」

「せい!」

「……」

「はあ!!」

 

 行われ続ける……悟空が、腕を組んだままに。

 

「ぜぇぇいッ!」

「……」

「ど、どうなっとるんや……悟空さん、さっきから腕組みしたまま微動だにせぇへんのに」

 

 それは、少女達からしてみれば異様としか言えない代物であった。

 

「オオッ!!」

「……」

「師匠は、ただそこに立っているだけにしか見えない。 しかしシグナムさんは相変わらず烈火のごとくの猛攻――ですが!」

 

 乾坤一擲ではない、必勝を込めた一撃の積み重ねは強烈無比の筈であった。 それは、今もなお空気を切り裂き、少女達の髪を無造作に揺さぶる真空波が証明してくれる。 ……だがそれでも。

 

「…………」

「ば、馬鹿な。 何がどうなってる……!」

「悟空の奴、まさかとは思うが」

 

 視力と、思考能力を加速させ、目に見える者すべてをスローモーションにさせている恭也ですら、悟空の動きそのものを追いきれない。 混乱の絶頂にあるその先で、彼はようやく答えを見出しそうになり……

 

「シグナム、おめぇ随分と腕を上げたなぁ」

「……馬鹿にしてるのか、貴様は」

「そんなことねぇさ。 前に組手した時とは次元そのものが違う、相当鍛錬したな?」

「……しかし、それでも貴様にはたどり着きそうにはなさそうだ」

「…………そうか」

 

 彼らの、戦闘がようやく終わる。

 その場に駆けつける4人は、そろってシグナムの方へ視線を向ける。 その目の意味はもちろん、いまこの場に起こった奇怪の答え。

 

「あ、あの――」

 

 口を真っ先に開いたのはアインハルト。 おそらく相当に違う実力差を見せつけられたというのに、焦れるよりもあこがれが強い視線を送るのは、彼女の本質がファイターだからだろう。そんな視線に、だが。

 

「案ずるな……お前たちも、やればわかるさ」

『…………』

 

 シグナムは、あくまでもその身で体験してみろと勿体ぶる。

 

 すなわち、彼女はいま起こった悟空の謎の攻防を身で感じ、受け、理解したのだ。 彼がやったとんでもなく単純で、果てしないほどに高みにある技の構造を。 そして、それが判った時の彼女の顔は……

 

「やれやれだ……まったくどこまでも強くなる。 困った奴だよ」

「へへ、おめぇもいつかここまで来れるさ」

「冷やかしか? 激励にしてはハードルが高すぎる――だが、受けてたとう」

「おう。 それでこそだシグナム」

 

 とてつもなく、嬉しそうであった。

 

 表情とか、動作とか、言葉だとかではない。 感じてしまったのだ、嬉々とした雰囲気を。

 シグナムは騎士であり戦人である。 戦いに、己がすべてを賭けることが出来る人物なのだ。 だから、そんな戦闘に生きる彼女をこんな風にしてしまった今の戦闘、果たして自分達も行ってしまえばどうなってしまうのだろう。

 

 戦いは常に殺し合いに発展する危険な代物だ。

 今ではスポーツになっている格闘技も、大昔では人を殺めるために存在した技に過ぎない。

 だが、それらを超えてしまう感情を与えるこの人物。 今を生き、まだ、“死合”を知らない彼等からしてみれば、どう映るだろうか?

 

「……」

 

 恭也の手は既に震えていた。 恐怖ではない、当然だ。 これは、遥か昔より日本国から伝わる高揚の震えなのだから……

 武者震い。 それを引き起こしているのは果たしてどれほどの人数だったか。 孫悟空という、こと戦いにおいておそらく頂点に居るこの人物と手を合わせてみて、自分の力を確かめてみたくはないか?

 

 自分という存在を、彼に見てもらいたくはないか?

 

「…………っ」

 

 そう思ってしまったとき。 高町恭也よりも先に動いたものが――

 

「え?」

「だめや、ハルにゃんはもう戦ったやろ? 次はうちの番や」

 

 居たうえで、それを押さえつける。

 黒い髪が控えめに揺れ、彼女の身体を包むバリアジャケットが強固さを増したかのように思えた。 大気が震えるのは、いま、彼女が纏う雰囲気に呼応させられたかのよう。

 

「…………」

 

 それから先、彼女は一切の発言を取り下げた。 もう、語ることはないこの先の光景。 あるのはただ、己が実力をぶつけ合う全力の戦闘に他ならない。

 

「ついに本性を現しやがったな? ……それがおめぇがずっと隠してた力か」

「…………」

 

 彼女の目蓋が、少しだけ落ちる。

 朗らかだったそれは、明らかに戦闘のそれに切り替わり、一気に周りを冷たい空気へと変貌させていく。 その、少女が纏う力が、より一層“黒”を深めた時。

 

「――――行きます」

「……っ」

 

 悟空は、首をわずかに傾げる。

 

 途端、聞こえる騒音は彼の背後数メートル先。 そこには先ほどまで雑木林が乱立していたはずなのに。 なのに……

 

「い、今のは……!」

 

 高町恭也が驚きを隠せず、つい振り向いた隣の少女に問いかけをしていた。 オッドアイの彼女なら、今起こった現象を説明してくれると考えたからである。

 

そう、彼は本当にわからなかったのだ、いま、確かにそこまで茂っていた――

 

「悟空の背後の雑木林が……消えてなくなってる!?」

「ジークさん、いきなり“鉄腕”を……」

「てつ、わん?」

 

そこまで言われて、恭也の目には先ほどまでなかったモノが確認される。 それは、ジークリンデと呼ばれていた少女の腕。 何もなく、素肌を晒していた其処に、いつの間にか飾り付けられた一対の装飾。

 

 黒い。 ひたすらまでに黒いそれは、何もかもを喰らう闇のよう。 恭也は自然、小太刀を握る力を強めていた。

 

「……」

「はぁッ!」

 

 ジークリンデ。 彼女の動きが一段上がる。 それに呼応して、いまだに腕を組んでいた悟空が摺り足。 足さばきだけで体制を変えると、第2撃をまたも躱す。

 

「ご、悟空の奴、あんな速度の攻撃をいとも簡単に」

「さすがです師匠」

「しかしそれよりも驚くのは、あのエレミアという少女のほうだ。 私ですら“流された”あの孫を、まさか回避を取らせるなんてな」

『!?』

 

 そうして聞いたシグナムの言葉に、二人して目を見開く。

 

「流していた? ……ま、まさか悟空はさっき――?」

「そうだ。 あれは超高速の受け流し。 言い換えれば防御のヒット&アウェイだ。 攻撃の軌道を即座に変えさせるが、その、あまりにも速過ぎる攻防は視認が出来ず、周囲にはまるで棒立ちをしているように見える」

「そ、そんなことをあの瞬間に……神速を使ってでも見えないだなんて」

「それほどに実力差があるという事だ。 我らと、あいつとの間に」

 

 だが。 そう続けるシグナムの目は、愛剣よりも切れ味を増していた。 その先には、今もなお悟空に迫る少女の影。 彼女は、いまだに悟空に回避運動を取らせている。

 

「――――殲撃」

「またあれが来る……悟空!」

 

 少女の黒い籠手が、まるで爪のように周囲を削り取る。 暗い呟きの後に行われたそれに、さしもの悟空も、いや、悟空はなぜか動こうとしない。 あの、削り取るかのような一撃が、既に胸元まで肉薄している。

 自分なら……そう思ってしまった恭也は、手に持った小太刀が不意になくなる感覚を覚える。

 絶対に避けなければならない。 肌で感じ、本能が訴えかけてくる攻撃に――しかし!!

 

「…………」

「う、そ……」

 

 孫悟空は、ついに避けるという事をしなかった。

 

 荒れ狂う爆風は渦をなし、全てを巻き込まんと回転を加速させる。 吹き飛びそう、そう思っていた頃には風は穏やかになり、舞い上がった土埃と共に、二人の存在を何とか周囲へ映し出させる。

 

 そこには。

 

「なるほど。 この黒っぽい魔力がぶつかって来ると、後ろにあった木みたく粉々にされるんだな?」

「……あたった……のに」

「ん?」

 

 微笑の戦士が、黒い籠手をものの見事に胸元へと突き立てられていた。

 

「いやぁ、なかなか変わった技だなぁって、感心したぞ」

「え、えっと」

「んでもまぁ、オラたちクラスじゃやはり話になんねぇな。 多分、大昔のオラならケガじゃ済まなかったんだろうけど」

 

 重くなった目蓋が見開かれ、口元が引きつり、出てしまっていたのは苦笑。 ここにきて、ようやく叶った至高への挑戦も、やはりというかなんというか。

 

「ウチのこの殲撃が当たってるのに――え、え!? どないなってんねや?!」

「気合、だな」

「きあい!? そ、そんなんで防御できるんなら苦労あらへんよ?!」

「んなこと言われてもなぁ」

 

 すっかり元の調子になった彼女は、こう言うのであった。

 

「……はぁ~~敵わへんわ、ホンマに」

 

 

 

 

 それから、汗をかいたからとそれぞれが温泉で心身を洗い流している間に行われるのは作戦会議。

 高町恭也と孫悟空。 男二人による、ただいま行われた女子二人の戦闘を、余すことなく解説しあうのでした。

 

「最初に行ったシグナムさんだが、あの人は速さではなくいままで積み重ねてきた技と、ある一定の場面で観られる力押し。 その両方がいい具合にバランスがとられている気がする。 俺とは、得物もそうだが、戦闘スタイルが似ている様で違うな」

「だな。 おめぇの場合、あの小さい剣で小刻みに動いて一撃必殺を狙うタイプだもんな。 まぁ、それが出来なきゃ違う方法もあるだろうけど、頑丈すぎる相手にはちと弱い傾向にある」

「あぁ。 そもそも俺の使う御神流は暗殺専門らしい、そう言う戦闘方法になるのは仕方ないだろう」

 

 もともとが闇にまぎれた戦闘技術の塊なのだと、恭也が語る中で悟空は腕を組む。

 

「正直言ってどうだ? 始めてオラとあいつ等魔導師が戦ったところを見て」

「……そうだな」

 

 そこから出た質問に、恭也の眉が少し動く。 もともと、表情の変化が少ない傾向にある彼だが、いま言われた悟空の指摘がどのように心に響いたのだろう。 左手を握ると、右腕で額を拭う。

 ……すこし、汗がにじんでいた。

 

「やはり身体能力が段違いだ。 魔法というものでかなりの強化をされているといっても、地盤というか地力というかな、強化された力に振り回されない鍛錬もきちんと行われてる」

「あぁ」

「シグナムさんは言わずもがな。 あのジークリンデという子は、あの年でよくあそこまで動けるよ。 16くらいだろ? 俺と2歳ほどしか変わらないと言っても、あの破壊力は正直驚かされる」

「だな」

 

 圧倒的に見えたアレに対して、気合だけでいなしたお前も驚愕を超えているが……恭也の呟きを笑って返すと、悟空のシッポが自由に動く。

 

「やる気、でたか?」

「……そう言うと思ったよ、お前は」

 

 深呼吸。 満たした肺は、室内と言っても肌寒い空気に刺激され、全身の血流を若干鈍らせる。 いや、鈍ったのはそれだけのせいではないだろう。 恭也は、思わず視線をそらす。

 

「俺は御神を捨てる気は――」

「んなこと言ってねぇよ。 ただな、このあいだのクウラの一件でも薄々感づいてるとは思うが、今までやってきたオラとの修行もどきじゃ、最悪の場合おめぇは……」

 

 その先を言おうと思った悟空は、なぜか言葉に詰まる。

 彼らしくない。 そんな躓きに恭也はそっと、先ほどの笑みを返すように口元を緩める。 そして、自身の至らなさや、悠長さ。 さらにいままで作ってしまったこの男への借りを、いま、ようやく自身の中でまとめると……そっと、握った左拳を解いていた。

 

 

 

「ふぅ、いい湯だ」

 

 孫と別れ、私と残る新顔のふたりは掻いた汗を流すために、この旅館きっての露天風呂にて、湯水に身体を沈めていた。 皆、腰まで届く髪をまとめて、湯船に付けないようにするのはこの国のみならず、この文化があるすべての次元世界共通の常識……なのだろうか。

 

 それにしてもヒノキか。 ……やはり、本場の露天というのは最高だな。

 

 やや、関係ない話が出てしまったか。 さて、私はなにも汗を流したいだけでここに来たわけじゃない。 狙いはもちろん他にある……それは――

 

「貴様ら、未来から来たのは本当か?」

『ぶーーーー!!?』

「む?」

 

 新顔のふたりが、なにやら同時に噴き出してしまった。 が、それはそれだ、一刻も早く問題を片付けてしまおう。 そう思い、私は次の質問を重ね掛けしてみることとする……二人の顔色など、あまり気にせ雑把にな。

 

「ちょ、ちょぉまってっ」

「どうしてそのことを……師匠が?!」

「……あぁ、そう言う事か」

 

 私としたことが、すこし手順を間違えてしまったか。

 

 ふたりが驚いたのは私がいきなり話しかけてきたことによる緊張の限界ではなく、その内容だったか。

 ……どう説明してみればいいか。

 

「……貴様らに言ってもわからないかもしれないが、ある事情でな。 昔、孫の記憶を垣間見たことがある」

「悟空、さんの?」

「そうだ。 そのときに見たある青年と、今のお前らの挙動が何となく似ていた。 ……そしてアイツのあの顔つき、これが決定的だったな」

『顔つきだけで……?』

 

 ずっと追いかけていたようなものだからな。 これくらい、造作ではない。

 初めて会ったときからは想像も出来んくらいには、あいつの挙動を追って来た私だ。 眉の動きひとつ、あいつの手振りひとつで、嘘と誠を言い当てることくらい、レヴァンティンへのカートリッジ供給よりも容易いことだ。

 

「そんなことはどうでもいいだろう。 私が聞きたいのはただ一つだ」

『…………』

 

 ここに来て彼女たちの顔つきが神妙なものになっていく。 ……さすがに、緊張感を与え過ぎだろうか? しかし、此ればかりはどうしても確認しておかなければ私の気が済まない。 いや、しなければならないのだ。

 奴は……あいつは――

 

「お前たちに、気の修行を課しているのか……?」

『あ、……え?』

「なにを気の抜けた声を出している。 かなり真剣な話をしているんだぞ。 どうなんだ、あいつから、どんな手ほどきを受けた?」

 

 少しだけ早口になってしまったが今は気にしない。 それよりも気にしおなければならないのは、奴の心境の変化であろう。 そもそも、あいつは高町とテスタロッサの将来を気にかけ、気の本格的な修業をオミット……いや、強いて言えば亀仙流の初期の修行を徹底して行っている。

 それは、このあいだの“同期”で垣間見たからわかる。

 

 だがこの娘たちはどうだ?

 先ほどの戦闘、あきらかに孫を追いかけた時の挙動は、視界に入っていないにもかかわらず、気配だけで察知し、死角からの攻撃にも対処して見せていた。 あれは既存のどの戦闘術にも選別されない、孫が持つあの世界独特の戦闘方法だ。

 

 我ら騎士と、魔導師にはまず扱えない領域の筈だ。

 

「受けたんだろう? 孫から、何らかの修行を」

『……』

 

 無言。 とは言わないが、なにやら彼女たちの視線が泳いでいる気がするのは勘違いではあるまい。 なにか後ろめたいことがあるのか?

 

「あの、実は……」

 

 引こうか。 そう思った矢先に聞こえてきた声はアインハルトと呼ばれた娘だ。 年にして15、6相当のこの娘は、何やら視線合わせまいとフラフラさせていると、ついに私が求めていた答えを言ってくれる。

 

「見よう、見真似なんです」

「……すまない。 よく聞こえなかった」

 

その答えは、まさに人を馬鹿にしたような答えだった。

 

「いえ、だから見様見真似なんです。 ……私が“彼”の事を師匠と呼んでいるのも勝手な押し付けみたいなもので」

「そうなんや。 空ちゃんな、弟子はぜってぇとらねぇ! ――って、頑なにうち等に手ほどきしてくれへんのや」

「……馬鹿な」

 

 気を、自分独自で体得したというのかこの娘たちは? 在りえん。 確かにそう言った奴は極まれにいるだろう。 孫のライバルであるサイヤ人の王子も、かつては機械によるサポートを必要としたが、同じサイヤ人である孫に出来て、王族の自分に出来ない訳がないという強引な理由で体得を敢行。

 結果、実戦にて成果を上げてはいる。

 

 だが、そんなものは一握りの才覚ある人物でなければ不可能だ。 そして、悪気はないがこの者たちに正式な指導なしでそれが行えるとは思えない。 ……未来世界、何があるというのだ。

 

「わたしは、そうですね。 少し前まで結構非常識な……それこそ闇討ち同然な一方的な決闘をしていた時期がありました」

「……それは、自分の力を試したかったからか?」

「……そうです、ね」

 

 何となくそう言うのは共感できるかもしれない……やっていることは良くないことだがな。

 積み上げてきた、築き上げてきた。 どこまで高い? どこまで強い? そう言った強さを証明したい、確認したいという感情は、何に対しても必ず抱くものだ。 やれ芸術だ、やれ競技だの、高めた己の力を試したい。 それは、この道に生まれてしまったのならだれもが持つサガであろう。

 だが、それがいったいどうしたというのだ?

 

「あの時のことは今でも忘れません」

 

 そう言うなり目を閉じる彼女は、まるで遥か遠い昔を思い出す旅人を思い起こさせるようだった。 私には、出来そうにない貌。 こんな少女がなぜこのような表情を取れるか、私にはわからない。

 だけど、この話を聞けば、もしかしたらこの者の思いを、ほんの少しでも理解できるのではないか……気付けば彼女の口の動きを追うかのように、私は聞き入ってしまっていた。

 

「あれは、昨夜のように静かな夜でした。 私は己がちからを確かめたく、いつものように格闘技の有段者との手合せを、やはり先ほど申したように少々、闇討ちのように繰り返していたのです」

 

 先ほども聞いた話。 だが、私はそれに対して茶々を入れるという事をする、そんな発想に至ることもなく。

 

「ミッドチルダには月が二つあるのですが、その二つがきれいな真円を描きながら、ちょうど真上から私たちを照らしていた時です。 ……あの人は、まるで初めから居たかのように私の目の前にあらわれました」

 

 あの人。 その言葉を言った時のストラトスの顔は、朗らかを通り越し既に満悦と言った感じか。 なにか、自分の相棒と巡り合った剣客のような顔つきだ。 ……なにが彼女をここまでにする?

 

「月に照らし出され、その赤々と燃えるような身体をさらに引き立てられた彼は、それはもうこの世のものだとは思えませんでした」

 

 赤々……それはまさか――

 

「縁取りをされた目元は映る者すべてを畏怖させ膝ざまづかせ、黒いタテガミは魅せるかのようにたなびく……あれはまさしく幻想其の物」

 

 縁取り? よくわからんが、何か化粧を施した……? しかし、ストラトスが出会ったそいつがもし、私の知り得る人物だとしたら。 それが使った技は世界の王が使うアレではないだろうか。

 

 ほぼ、間違いないと断定していく私だが、其の中でもまだ疑問が残る。 それは、つい先ほど孫から念話もどきで聞かされた“全盛期”という言葉。 彼女がアイツに向かってぼやいていた言葉らしいが。 ……さて、これはどういう事だ。

 

「名乗りを上げるつもりでしたが、硬直してしまった身体ではそれが叶わず。 けれど、あの人はそんなわたしを高みから見下ろしながらも、“礼”をしてきたのです」

「亀仙流――孫悟空……そう言われたのだな」

「……はい」

 

 ここまでは予想通りだ。 

 そしておそらくだがコイツは私と同じことをされたに違いない。 ……先ほどの戦闘の――

 

「全身の細胞が訴えかけるままに、わたしは持てる全てを振り絞って挑みました。 しかし、やはり彼には抵抗の“て”の字も出来ていなかったのです。 先ほどシグナムさんに使っていた高速の受け流し。 それを使われていることもわからず、ただ体力が尽きるまで彼に拳を当てに行き……」

「行き?」

「ふと目の前が暗くなって、その…………気が付いたら彼が住んでいる家のベッドの上に寝かされていました」

「……残像拳か、只の移動か。 しかし孫の奴、事情は分からんがこのような実力が下の者に界王拳など――」

 

 使ってくれるなど、私と対峙した時よりも気前がいいのではないか? ……もちろん、クウラのせいで戦わされていたときのはカウントに含めない。 あれは、私がしたかった闘いではないからな。

 

「カイオウケン……ですか」

「ん?」

 

 しかしどうしたことだ。 なぜそこでお前が頭上で疑問符など作ってくれる。 孫が使っていた技の事ではないか。 赤いオーラと、急激に上がる戦闘能力、さらに肉体の各機能の強化。 消耗と損傷のリスクはあれど、あれ以上に合理的な技はこの世界に存在しないはず。 そして、それを扱いきれるものなど現時点では奴ただ一人だと思うのだが。

 やはり未来の時代に置いてそれを扱えるものが……? いや、もしやなんらかの不具合が孫の身に……?

 

「まぁいい。 しかしなぜ気の運用を覚えた話がアイツとの出会い話になる? そこが理解できんのだが」

「そうですね、わたし自身かなり半信半疑なんです」

「?」

「わたしはあの時、その、本当に彼を恐れてしまった。 故に身体が持つ限り全力で……それこそ、壊れるのも覚悟でぶつかっていきました」

「……お、おい。 まさか貴様」

 

 ここで孫の悪いところが発揮されたとでもいうのか? ピッコロの時と言い、フリーザの時と言い。 奴は戦う相手の力量を奥底から引っ張り出し、全力戦闘を強要させる悪癖がある……自覚は無いだろうが。

 

「そのときにコツというか、真髄を垣間見たはずなんです。 気の、扱いかたという物を」

「……死を感じた時、稀に新たな力に目覚めると言うが……サイヤ人ではないのだぞ、まったく」

「あ、ちなみにウチはね?」

「……なんだ」

「そ、そんなつかれた顔しないでくださいよ。 ……う、ウチは空ちゃんとの試合中に、何となくわかるように――」

「――もういい。 これ以上人の可能性の話は分かった……どうせプログラムの我らには扱えぬ生命の神秘だ。 気になった、私が愚かだったのだ」

『??』

 

 ふっ。 まさかこのような感情を持てあますとはな……しかしいまさらなことだが、アイツがこの世界に与える影響力というのは想像が及ばない。 世間一般では名もなき武道家で通るアイツだが、こう、我らで言うところの裏事情――世界の神秘というところではここまで精通している“人間”は他に居ないだろうな。

 だからこそ、そいつと本気で触れあった者は、こうして何らかの影響を受けてしまう。 ……あの最低卑劣な一族の王子ですら一目置き、不老不死という最初の目的を消し去ってしまうほどにな。

 

「……孫め」

『……??』

 

 分らぬ。 そう言った顔をする奴らはまだ子供なのだろう……今にわかるさ、自分が認めた者が、どれほどに大きい存在になっていくかと思い、胸に馳せるこの感覚。 ……いいや、そう簡単にはわかってほしくはないかもしれない。 この、気持ちだけは――

 

「ふふ」

「シグナムさん?」

「どないしたん……?」

「いや、なんでもないさ。 それよりも随分と長湯をしてしまったな。 お前たち、のぼせては無いか?」

『い、いいえ……』

「そうか。 ならばこのまま上がるとしよう。 ……孫と高町の兄を随分と待たせているはずだからな」

『は、はい!』

 

 赤く火照った体に、この季節特有の乾いた風が襲い掛かる。 それでも冷えることが無い身体を持て余しつつ、我らは脱衣所へと向かい歩いていく。 ……女だけの会話というのは、どうやらここで終わりの様だ。

 

 

 

 

「ん!」

「どうした悟空?」

「いや、シグナム達が近づいてきてるなって思ってよ」

「……1時間強か。 さすがに女の長風呂と言ったところか」

 

 キョウヤとの話もひと段落と言ったところか。 そっから数十分くれぇトランプで遊んでたんだけど、これがまた強ぇ強ぇ! オラ自身、勝負運はかなりあるとは思ってたんだけど、どうにも最後の一枚の選択でアイツのポーカーフェイスにやられちまう。

 ……相手がベジータあたりならやりやすそうなんだけどなぁ。 あいつ、ここぞという時に顔に出るし。

 

「さて、悟空」

「……う」

「これで30回目の残り一枚だ。 ……どっちだ?」

 

 ……キョウヤの奴、なんだかえらく子供っぽくなってるように見えるのは気のせいか? ……まぁ、いいけどよ。

 

 えぇと、オラの手にはハートの6があって。 向こうにはおそらくババともう一枚の6があるはずだ。 ……柄が何かは聞かないでくれると助かる、オラ、そこまで考えて勝負してねぇしな。

 

「右で行くぞ!」

「へぇ……それでいいのか?」

「んじゃあ左」

「………………っ」

 

 これだ。

 普通ならここで左を即座に選ぶんだろうが、さっきからこのやり取りで何度はめられてると思う? 16回あたりから数えんのやめたぞ。

 

「こうなったら……うっし!」

「ま、まさかお前!!?」

 

 へへん、いちいち目に頼るからダメなんだ、こういうのは。 目で見るんじゃなくって身体で感じんだ。 右か左か……これも考えるな、思った方に手をのばせばいい……

 

「こっちだ!」

「――あ!」

 

 どうだ、どうだ……? うっすらと目を開けて行って、持ったカードの柄を確認する。 色は黒くて、剣みてぇなマークの入ったこれは……

 

「やった勝ったぞぉ! ははっ、ピースピース!」

「くそぉ。 最後の最後で負けるとは……トホホ」

「そんな落ち込むことねぇだろキョウヤ。 おめぇここで負けたとしてもオラより何回か多く勝ってるんだしさ」

「まぁ、そうなのだが」

 

 こういうとこ、兄妹そろって似てんだからよぉ。 なのはと言いミユキといい。

 

「負けず嫌い」

「それはお前もだろ?」

「……そういやそうだな」

 

 こりゃあ一本取られたなぁ。 ……オラも人の事言えねぇくらいには負けず嫌いだった。

 文句を言いつつ、散らかったトランプを山札にしつつ、買ってきたままにしておいたケースの中にしまうキョウヤ。 あいつがそれを部屋の奥にしまおうと立ち上がろうとした時だ。

 部屋ん中に、遠慮がちな音が聞こえてきた。

 

「ん? 客か?」

「だな」

 

 お互いに言葉は少ない。 なにせ誰が来たかは言うまでもなかったからな。

 

 さてと。 男同士のお遊びってのも、どうやらここで終わりみてぇだな。

 

 

 

 

「邪魔をする」

「失礼します」

「こんばんわぁ」

 

 孫悟空の部屋に華やかさが入り乱れる。 色という色を持ち合わせ、初々とする一方で愁いを見せる顔をするのは誰だろう。 だれでもいいと切って捨てる戦闘民族はこの際おいておくとして。 とにもかくにも、いま、このむさくるしい空間に、肌を火照らせ頬を赤く染めた華たちが舞い落ちてきた。

 

 時は既に深夜もそこそこ。 このように男女がひとつの部屋に集まるというのはどこか後ろめたいところもあるのかと、おもう桃色の髪を結った女が居たのだが。

 

「空ちゃん、どう? 似合ってる?」

「ん? さっきまでの黒い服とは正反対だからなぁ。 なんだかイメージが一気に変わったみてぇだぞ」

「そう? ……えへへ」

「…………ふぅ」

 

 父と子の様だ。 そう漏らしたのは一人だけでいいはずだ。 きっと……

 

「……ん、そういえば孫。 お前、あの後から身体の具合はどうだ?」

「なにがだ?」

 

 バカなこと言うな。

 シグナムが思わず頭を抱えると、悟空がそっと首を傾げる。 どうしたんだ……そんな声が聞こえてもおかしくない傾げ方に、ピンクの頭髪がわずかに震える。 シグナムの、呆れが最高潮に達したようだ。

 

「お前はあの時、自身の限界のそれ以上を発揮したんだぞ? 普通ならば身体が耐え切れず、筋が断裂するなり骨が折損するなり何かあるだろう」

「なんだよシグナム。 おめぇオラに怪我でもしていてほしかった見てぇにいうじゃねぇか」

「そうじゃない。 そうじゃないのだが……わからんのか、全部イチイチ言われんと」

「へへ、どう思う?」

「…………馬鹿者」

 

 いつの間にか、からかわれていると気が付いたのは誰だったか。 周囲の子供たちを置いて行く“外見だけなら10代20代”の男と女は、まるで視線だけでなぐり合うかのよう。

 にやりと笑った悟空を皮切りに、シグナムのポニーテールがふわりと浮いたみたいだ。

 

「まぁいい。 その様子では心配するだけ無駄なのだろう」

「まぁな。 なんでか、身体の方は絶好調だ」

「ならいい」

 

 去れとてそれで争うような間柄ではない彼と彼女。 小さく火花を散らしたかと思うと、そんなことを見せつけない程の静けさで距離を保つ。

 そんな関係がわからなくて、今の攻防の意味が解らない子供ふたりはただ、悟空とシグナムとを不可思議な視線で見ることしかできないでいた。

 

「あ、そう言えばおめぇたち、どうしてここに来たんだ? オラになんか用か」

「――忘れていた。 孫、この者たちが未来から来たのは聞かせてもらった。 そしてその原因が今現在あると言われている書物庫の事も」

「ん、あぁ」

「そこに行くときなのだが、我らも連れて行ってもらえるよう取り合ってもらいたい」

「おめぇたちも?」

「そうだ」

 

 我らのいい方が、ヴォルケンリッターを含めた全員という意味合いだというのは、雰囲気で何となく掴んで見せる悟空。 だけど、そこから起こる問題になぜだと思う、その前に。

 

「わかった。 ギルにでも頼んでみるか」

「恩に着る」

 

 そう言って深い問題を孕むであろう話題を、マッハで片づけてしまった。

 

「――――って、ホントにそれだけなんか? イチイチここまでくるんだから、何かあるとは思ってたけどなぁ」

「さぁな。 それに話があるのは私だけではないのだ、それくらいわかるだろう?」

「……アインハルト、おめぇまだ何かあるんか?」

 

 あたまを掻き、しっぽを揺らした悟空が射抜いた先にはオッドアイの少女が正座で待ち構えていた。

 今か今か……佇む住まいは真剣そのもの。 みるモノに刀剣類の輝きを見せつける彼女は、事ここに居たって緊張をピークに昇らせていた。 彼女をここまで硬くさせる事態、いったい何があるのかと、隣にいるジークリンデすら首を傾げる始末だ。

 そうして、アインハルトが喉を鳴らしたときであった。

 

「少しの時間、ここに、この時代での貴方と時を同じくする。 だったらと考えてみたのですが」

「なんだ?」

「困るよりも開き直ってみました! 私を、貴方の弟子――」

「――――無理だな」

 

 …………笑顔が凍り付いたように見えた。

 

 孫悟空が放つ最速のカウンターは、いかなる次元世界の猛者でさえ受けきることは不可能。 それは、身体だけではなく言葉でもそうだったのか。

 鍛え上げられた身体の奥。 世界を震わせることが出来る叫びを生産する横隔膜より発せられたお断りの声に、さしものアインハルトも反応が出来ない。

 

「おい、大丈夫かその子。 さっきから固まってるだけみたいだが」

「ストラトス? エミリア、容体を見てくれ」

「……あかん、ハルにゃん息して無い」

 

 大口を開け、両手をワキワキ動かすだけのアインハルトに救いの手などどこにもなかった。 その姿に悟空はまるで無関心を貫くように天井を見上げ、そっと喉を鳴らす。

 いまだに道着姿の彼はその山吹を小さく揺らすと、その場から消える。

 

「どうしてですか!!?」

 

 消えた場所に大きな騒音が響く。 そこに居たはずの者は既に何処かへ移動し、それでもと見渡したアインハルトの首筋に……誰かの指が沿う。

 

「そんな大声だしちゃダメだぞ」

「……ざ、残像」

 

 いつの間にか、後ろを取られていた。

 

 いやいや、隙だらけだったのだからその発言はおかしいだろうと、ジークリンデが目を半開きにする中で、悟空はため息をついていた。 それは、あきれるというよりは困ったような、鬱屈模様が強い色合いである。

 

「この時代のなのはたちにも言ったんだけどよ」

「……」

 

 後頭部をかき、立ち上がっては正座の彼女を見下ろす悟空はまさに父親のような佇まいに見える。 そんな彼が、アインハルトに向かって何を言うのかと思う物は一人だけ。 残る二人の剣士は、ただ、状況を静観するのみであった。

 

「オラが使う技とか、気の運用とかは、この世界にいらねぇ影響を及ぼすらしい。 そもそもな、オラが居るから悪人が流れ込んできた可能性もゼロじゃねぇし」

「そんなこと――」

「ないとは言い切れねぇ。 だからな、そんなオラの力を怖がって、無い事にしようとしたそっちの世界でのえらいヤツの所にいるおめぇ達や、そこで頑張ろうとしているヤツにオラの技を使わせたらどうなるかわかるか?」

「…………そ、それは」

「そこは多分、未来のオラも同じ警告はしているはずだ」

「……っ」

 

 畏怖し、遠ざけ、封殺する。

 力の何たるかをわかるのであろう。 次第に瞳を強く光らせるアインハルトに、どこか満足げにうなずいた悟空はそれ以上言わないし、続きを聞かない。

 ニンマリというより、朗らかな彼の笑顔を見せられたアインハルトの表情が、次第に柔らかいモノに移り変わっていく瞬間であった。

 

「すみません。 なんだか一人で興奮してしまって」

「気にすんな。 だれだって今より上を目指せるって解ったら興奮しちまうもんな」

「……はい」

 

 オラだってその内の一人だ。 だれもが聞こえたその言葉は、実は只の空耳で。 でも、そうとしか聞き取れないナニカが、彼の背後を往ったり来たりしているのは何よりも明確であろう。

 

「んで? ジークリンデの方はなんかねぇのか? さっきからなんも話してねぇだろうに」

「ウチはええんや。 ここからずっと先で、悟空さんにはいろんなもらい物をしてるから」

「……ふーん、そっか」

 

 どうでもよさそうな感じで答える悟空は、果たして何を考えていたのだろう。

 過去、現在、未来。 いかなる時間軸にすら存在を許されない……はずの彼は、この先何を思い、どう歩みを進めていくのか。

 それは、まだこの世界の誰にもわからない。

 未来を生きる者も、現在を歩く悟空も。 そして――――――――――

 

 

 

 

 

 ――――――――――そして、過去から出でし者が、その暗闇をわずかな間で確実な大きさまでに膨らませていたことなど。

 

 

 

孫、悟空(カカロット)……ふふ……会いたい、逢いたい……ウフフフ……あはははははははははははははははははははははははははははは――――」

 

 

 誰一人、分ろうはずもなかったのだ。

 




悟空「おっす! オラ悟空!!」

なのは「温泉もいろいろあってついに最終日。 いろいろあったけど、たのしかったな……」

フェイト「うん。 ところでなのは、悟空知らない?」

なのは「え、悟空くん? ……知らないけど、どうしたの?」

フェイト「その……わたしともお風呂――――」

悟空「おーい、アインハルトー! キョウヤと一緒に組手しねぇかー!」

アインハルト「は、はい。 是非!」

娘ふたり「……」

悟空「ん? なんだか背中がチクチクする。 まぁいっか! 次行くかな、そろそろ。 次回! 魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第59話」

???「闇、消えず」

悟空「なぁ、おめぇ誰かに似てねぇか?」

???「知らん。 そちらとて、人の事は言えぬとは思うが」

悟空「え?」

???「ふふふ……まぁ、今宵は此処までにしよう。 ではな」

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