魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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新年あけましておめでとうございます。

今年は去年よりも投稿ペースを上げていきたいと思いながら遅い群雲です……すみません、本当に遅れてしまって。

さて、何やら新章突入の予感がする59話。
ふたりでて、あと一人が出ない……………ではどうぞ。


第59話 闇、消えず

 

「おいっちにぃ――」

 

 山吹色が上下に動く。 深く下へ、高く上へとリズムを刻んで揺れ動く。

 

「さんしぃ――」

 

 黒いツンツンあたまは相も変わらず自由な形を維持して、四方八方へと揺れ動く。 しかしそんな自由さがうらやましいのか、追従するものが居た。

 

「む、っく……」

「りゃあ……」

「だぁ……」

「よっと」

 

 しかしそれらの勢いは弱い。 先頭を行くものをランナーと例えるなら、後ろの物たちはさしずめヒヨコ? それとも亀か。 とにかく遅い後列に先頭の男が振り向く。

 

「ほらほらどうした? もうへばっちまったのか」

『…………ぐぐぅ!』

「もうすこしだ、頑張れって」

 

 手を叩き、空間に音を木霊させる。 只の平手で出来る芸当じゃないのは音だけでわかる。 そしてそんなことにもう驚かない彼女たちの常識も、既にいろいろと取り返しがつかないところまで落ち込んでいったりしている。

 

 常識を超えるのが亀の修行。

 

 それを体現するかのように、先頭を行く“青年”は足腰を唸らせていく。 ……ちなみにだがいま彼等彼女たちが行っているのは下半身の重点的なトレーニングである。

 

「ギ!? ぎぎ……ぎ」

 

 まず、棒立ちの状態になる。 そこから片方の膝を胸元にまで持ち上げて軽く付けてから降ろす。 この時、荷重を若干前に倒しながらゆっくりと前進するのがポイントである。

 

「はぁ! はぁ――ッ」

 

 一動作5秒。 早くてもゆっくりでもダメなそれをひたすら繰り返すこと360秒が経過する。 下半身、特にふくらはぎと腰付近に掛かる負荷が限界まで溜まっていく。 キツイ……漏らしそうになる言葉は呑み込んでしまい、後列の子供たちの行進は続く。

 

「ほらあと十歩! もう少しもうすこし!」

『……っ!!』

 

 其の中でも先頭ランナーは元気溌剌!!

 “黒い”ブーツとインナー、さらにリストバンドを付けている彼は、今日も山吹色の道着を身に付け尻尾を振るう。 その姿がどこまでも自然体で、でもだからこそ信じられないと言った顔をするのは……

 

「ど、どうして――」

「ん? どうしたなのは」

 

 栗毛色をした女の子である。 名を高町なのはと言う彼女は、私立の小学校に通う三年生。 当然先頭を行く不可思議な男とは比べることさえ笑い沙汰なくらいには非力で、普通ならこんなトレーニングはいらないお年頃の娘である。

 ……つい、半年前まではだが。

 

 そんな彼女は不可思議な男に向かって視線を投げる。 

 

「どうしてそんなに元気なの?!」

 

 そうだ、この質問だ。

 今現在、男のすぐ後ろには4人の子供たちが列をなしている。 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、アインハルト・ストラトス、ジークリンデ・エレミアという構成は、そろいもそろって同じ動きと同じ装備で悟空の跡を追っている。

 

 ……背中に亀の甲羅を背負いながら。

 

「く、キツイ」

「これ相当やわぁ……何キロあるん?」

「……たしか30キロだったはず。 ……二人とも大丈夫?」

「それよりも何よりも、悟空くんの軽快さがわけわかんないのですが……」

「へへっ! ほらぁ、もっと元気に!」

 

 息も絶え絶えな少女達を置いていく様に、先ほど述べた無駄がありすぎる移動方法でひたすら進んでいく悟空。 しかし彼の背には例の亀甲羅など装備されていない。 あるのはただ、黒い色の装飾品のみ。

 

「よっ」

 

 逆立ちで50歩。

 

「は!」

 

 片手による逆立ち、そして腕立てを100。

 

「それっ!」

 

 手首のスナップによる垂直跳びで、心身宙返りを決め込み両足で着地。 Y字にそろえた全身で決めるポーズをするとそのまま走り出す。 あまりにも軽やかなそれは見るモノに体操選手の影を彼に纏わせる。 しかしだ……

 

「ねぇ、フェイトちゃん」

「……どうしたの?」

「悟空くんがいま着けてるのリストバンドだけでも“どれくらい?”」

「……200くらいかな」

 

『……………………………あ、はは』

 

 特訓が日課である孫悟空に遊びは無い。 とことんまで費やす修行の時間、過酷さは既に常軌を逸していた。 いましがたフェイトが口走っていた数字の単位を聞き返す……そんなこともできないで魔法少女達はただ、ランニングを続けるのであった。

 

「それにしてもすごいんですね」

『え?』

 

 称賛の声。 それは高町なのはから上がるものであった。 向けた先に居る新規組の覇王と鉄腕はそろいも揃って気の抜けた返事をしてしまう。 それが疑問だったのであろう。

 

「え?」

 

 高町なのはも、ついつい彼女たちに釣られて気が抜けた声を出していた。

 

「あ、いやすみません。 そのまさか、なのはさんにすごいと言われるとは思っていなかったモノで」

「そうやなぁ、ウチもあのエースオブエースの人にそんなこと言われるとは思てへんかったわぁ」

『…………?』

 

 そこから来る知らない単語と、どうしてか自身を知っている風な言葉たち。 それを前にしてなのはとフェイトの首が傾げられるのは当然のことであろう。 その姿を見た新規組は、ランニングの足取りを5回程繰り返すと……

 

「……あ」

「ハルにゃんっ――いえいえなんでもないんよぉ……ところでどうしてウチらが凄いん?」

 

 無表情の中に焦り模様を作り出し、上がった煙をそそくさと鉄腕が振り払う。 何事もなかったかのようにシフトさせる黒髪の彼女は、両手を振りながらなのはに聞き返していた。

 それに対してやや視線が細くなったなのはではあったが……

 

「そのですね。 いきなり悟空くんの修行に付き合うっていうところと、それについて行けるところがすごいなって……」

 

 腕を振りながらの回答。 その無垢すぎる視線はおそらく、2回目の同化を終えたピッコロ相手なら嘘を言わせない静かな迫力があったであろう。 そんな反則球を真っ向で受けてしまったアインハルト・ストラトスは……

 

「す、すみません」

「ふぇ?」

「……すみません」

「……?」

 

 ただただ、謝る事しかできなかった。

 

 さて、身体がいい感じにあったまってきた“と、悟空が思っている”頃合いだろうか。 先ほどまでは海岸を走っていたはずの彼女たちが、木々の茂みが強いと心で呟き始めていた。

 香っていた潮の空気は既に緑葉樹独特な大地のモノへと変わり、日差しも遮られて若干周囲が暗い。 ……明らかに秘境だとわかるこの場、しかしここはなのはとフェイトにとっては特別な場所であった。

 

「すごい。 ……都会のすぐ近くにこんな」

「なんだかえろう不自然に出来てはるんやなぁ……誰かが手ぇ加えたんやろうか?」

「久しぶり……だね」

『え?』

 

 新規2人が見上げる中、フェイトが小さく呟く。

 少し歩けば雑草が生い茂るここは、かつて彼女たちが少年に案内された場所。 まるで樹海だと漏らした新規組を置きゆき、彼女の目の前には幻想が広がる。

 

――――頼むから泣かねぇでくれよ?

 

 黒髪のやんちゃ坊主と金髪の泣き虫娘。 今思えば誰かの前で泣いたのはあの時が初めてだったのかもしれない。 知らない、それどころか敵でさえあった彼は本当に自分の心をどこまでも解していった。 ……決して、他人に弱みを見せまいと決めていたのに。

 

「そうだね……フェイトちゃん」

 

 なのはが返事をする。

 初めて知った戦とそれにまつわる誰かの涙。 力を振るえば誰もが喜ぶわけではない。 一人救えば一人が泣くジレンマは10才にも満たない少女には過ぎた悩みだったろう。 ……決して、誰にも迷惑をかけたくないと思っていたのに。

 

――――あのトラおんなが邪魔するってんなら、ちょうどいいからまた相手してもらおうじゃねぇか!

 

 何の迷いもなく、それでいて敵だったものすら子供で言う遊び相手としか見出さない彼。 聞く者が聞けば酷いとか無責任だとか思うだろう。 ……事実その通りなのだが、でも、そんな醜さを感じさせないのは。

 

 

 来い! オラが相手だ!

 いまあいつ等のこと狙ったな! オラ頭に来たぞッ。

 邪魔しねぇでくれ、今いいとこなんだ。

 今の攻撃もう一回撃ってこいよ。 さっきなのはが邪魔した分、受けてやるから!

 

 

 彼が、あまりにも純粋すぎたから。

 その思いは彼が背負う深紅の棒よりも真っ直ぐで、意思の強さは金剛石とは比較にならない。

 何にも染まらず、どんな型にもはまらない。 だからこそ形にばかり拘り、本当に見ないといけない些細なことを見過ごしてしまう子供たちの、ひいては管理局の提督数名の心を掴んだともいえるのだが……

 

「よぉしここまで来ればいいかな」

『?』

「まずはフェイト、ちょっとこっち来い」

「え?」

 

 さて、そんなこと知ってか知らずか彼……孫悟空は金髪っ娘に向かって手招き。 にこにことしたいつもの表情は、いましがたマラソンを終えた彼女にささやかな癒しを与える。

 ……のだが。

 

「バルディッシュ見せてくんねぇか?」

「え? バルディッシュ?」

「あぁ」

 

 黄色いデバイスを手のひらに乗せる。 光沢が映す満面の笑顔はいつも通りの彼のモノ……そう、この時でさえ持ち主も――――――

 

「次なのは。 レイジングハートを」

「あ、はい!」

「よしよし……」

 

 ――――デバイス達でさえ。

 

「ティオだったっけか? おめぇ今回は強い力貸すの無しって約束、守ってくれてすまねぇ。 このまま守ってくれたら後でオラがうめぇモン御馳走してやる」

【にゃあ!!】

「ティオ?」

 

 思いもしなかったであろう。

 彼が、あのサイヤ人が何を考えていたなど……想像だにしなかっただろう。

 

「旅館から大体40キロ程度。 おめぇ達にとっちゃかなりの距離だったろ、お疲れさま」

『は、はぁ』

 

 なんだか今日の悟空は優しい。 それが現代魔法少女達の感想というところが、どれほどに悟空の特訓の辛さを言い表す。

 

「おめぇ達、朝飯もまだだからハラぁへったろ?」

『え、はぁ??』

 

 只のねぎらいだぞ? 今のは。

 そんな言葉が未来魔法少女達に降りかかる。 念話を使わずとも先人にあたる少女ふたりの言いたいことをキャッチするあたり、危機管理能力だけは素晴らしいのであろう……そう、そこまでならまだ常人の出来であった。

 

 しかし、しかしだ。

 

「よぉしそんじゃあ“前半戦”も終わったことだし、ここから一気に後半戦行ってみよー!」

「は?」

「え?」

「うそ……」

「……そんな」

 

 孫悟空はそこからさらに畳み掛ける人物だ。

 

「ハラ減ってるんなら早く帰って飯にしたいもんな」

「そ、それはそうですけど師匠――」

「そう空ちゃん! いくらなんでも少しだけ休憩――」

 

 未来形魔導師の非難轟々。

 それに釣られて現代少女達も首を縦に振る。 確かにキツイ、今回ばかりは自分達も同意見だと言わざるを得ない。 皆が首を縦に振り髪をきれいに揺らす中で、しかしこれには圧倒的に切迫した事情という物が存在していた。

 

「いやよ……あ、ほれ、あの時計の短針が8になるまでにつかなかったら、シャマルの奴が料理の特訓始めるらしいから、そこから先の献立は保障できねぇ」

『……バカナ!?』

「それでもいいってんなら自分のペースでも構わねぇけど……どうすんだ?」

『な、なんて……』

 

 恐ろしいことを……!

 この時ばかりは戦慄した。 高町なのはと他二人はともかく、悟空とアインハルトのふたりはあの料理の何たるかは身体と魂が記憶している。

 

「あ、あぁぁぁ――――」

 

 震えるのは心……

 

「は、はぁぁぁ……~~」

「どうみても脚にきてんな」

 

 日本古来から伝わる武者震い…………

 

「うぉぉぉぉぉ……~~」

「あんな震え方だったら便所の前のオラの方がすげぇ」

「だめだ……あ、あれは人間界に存在していてはいけない……イケナイ……いけない……うぅぅ――!?」

「ハルにゃん!?」

「ジークさん……刻一刻を争う緊急事態です……た、多少の犠牲を払ってでも旅館に――」

「いつもの武士道精神が消えた!?」

「なんだっていい! あの料理を避けるチャンスですッ!」

「きゃ、キャラやないで……ハルにゃん」

 

 水鉄砲から出た流水が如くその威厳だとか迫力だとか、とにかくいろんな大事なものを地の底に持って行かれていく彼女に挽回の余地なし。 誰もが苦笑いで済ませてしまっているのはそれほどにベルカの料理人が恐ろしいからだろうか……

 

「古代ベルカの料理って……恐ろしい!」

「フェイトちゃん、あんまり真面目にとってあげるのは古代で生きていた人たちに対して失礼だと思うんですが……それにみんなが皆あんな腕前な訳ないからね? たぶん」

 

 そこに対しては証明の仕様がないのが古代文明のジレンマ。 文字通りカオスに包まれた超古代への同情の念を胸に、彼女たちはいま……

 

「おめぇたち余裕あんな? あ、もう一つ言っておくけど時間ギリギリすぎてもメシは無ぇかもしんねぇぞ?」

『どうしてでしょうか……?』

「そりゃあ――オラが……」

『食うのかッ!?』

「へへっ」

 

 大飯ぐらい孫悟空の底意地というのを垣間見ることとなる。

 

「そんじゃいきなりだけどはじめっか! なんて言っても早くしねぇとシャマルが仕事始めちまうからな」

「ちょっと悟空くん! いくらなんでもここから1、2……2時間で到着なんて無理だよ!?」

「んなことねぇって。 いまのおめぇたちならギリギリ間に合う計算だぞ? そんじゃ頑張ってな――――」

「だからギリギリじゃダメなんだって!! ちょっと聞いてるの悟空くん! 悟空くん!? …………はぁ」

『たはは……』

 

 反論爆発なのはさん。 “目の前に居る”悟空に向かって身振り手振りの講義をするが相手にされず……その姿が微笑ましいところにまで上昇した頃であろう。 “まだ”目の前に居る孫悟空に向かって自称弟子が一歩出る。

 

「私たちの年頃の師匠ならどれほどの……そう聞くのは無駄な事なのでしょうね。 ですがこの修練、必ず果たし生きて帰ってきてみせますッ」

 

 拳を作り、手の甲を相手に見せるかのように構えると気合を上げていく。 まるで今にも必殺の技が炸裂するかと思わせる闘気は、当てられたものに戦意の炎を燃焼させる……

 

 だが。

 

「…………」

「あの、師匠? できればなにか」

 

 何か返事を。

 そう思ったのであろう。 いつまでも無口で無言、何の音も鳴らさない武道家の彼に大きな疑問が出来上がるアインハルト。 真剣そのものの彼の顔を眺めること10秒の事だ……いまここで、この世界に置いてもっとも付き合いの長い少女達が気付く。

 そう、孫悟空は。

 

「こ、これ……はぁ。 ごめんね、アインハルトさん」

「え?」

「今目の前に居る悟空くん……残像みたい」

『なんですとッ!?』

 

 叫んだ声に遊くれ……一気に消えて行った残像は青年の物だ。 姿も声も完全に消失したこの瞬間、未来組に残るのは高性能な残像拳が醸し出していた満面の笑みだけと。

 

「……っく!」

「は、ハルにゃん?」

「こうなっては仕方ありません。 空腹が限界に達する前になんとしても旅館に戻らなくては」

「せ、せやな。 空ちゃん先生のことや、食べ物がないって言うたらホンマに無いに違いあらへん」

「えぇ。 それに……」

 

 固い決意と……

 

「またもあのような時空を彷徨う羽目に、二度と会いたくありませんから!」

『……うーん。 この子は一体どんな目に逢ったんだろう』

「ふんっ!」

 

 想像に容易い凄惨な未来であった。

 ドスンと打ち鳴らされた拳の音。 足腰強く、決意は固く、震える心は奮えに変えて。 いま未来形魔導少女と現代系魔法少女の4人組は深い森を抜けて県道を走り始めたのであった。

 

 残り時間128分。

 天(災)料理人が厨房へ足を運ぶまであと少し……急げ!!

 

 

 

 

 

 時計の針が一週した頃であった。

 

 息は上がり始め、足の放熱が限界を超えて冬なのに汗を掻き始めた頃。 いまだ早朝だという事で小鳥がさえずるのだが、道路を響く足取りは……激しい。

 

「一意専心……風林火山……死中に活を見出せ……」

「すごいアインハルト。 さっきから先頭を走ったままペースが落ちない」

「渇して井を穿つ……されどいまこそ弱馬道を急ぐ真似をしてでも走り抜けろ……」

「……あたまの方も燃え上がってるのはいただけないけど」

「あの人見た目に反して結構燃え上がるタイプなのかな?」

「どうだろう」

 

 ぶつくさと言いながら足取り速いアインハルト。 それを後ろから見守るフェイトとなのはの反応はどこか人間観察めいたものがある。 というより、いまだにお互いを知らないのだ、この4人は。

 

「というよりも悟空くん、朝行き成り修行するぞって引っ張り出してジークリンデさん達と走らせてどういうつもりなんだろう」

「悟空のことだから無駄なことは考えてないとは思うけど。 何かあるのかな?」

「……うーん」

 

 朝。 そう朝だ。

 いきなり孫悟空に肩を叩かれながら起こされて、気が付いたら亀甲羅を背負いそのまま彼の背中を追った今日この頃。 今もなお走り続けるその最中に、師匠のやりたいことがよくわからないなのはとフェイト。

 しかしその中に完全な疑いの眼差しがないところは酔狂か、心酔か……信頼だと思いたいと本人たちは頭を振るう。 そのときであった。

 

「あのぉ」

「どうかしたんですか?」

「いえいえ。 ただお二人にお伺いしたいんですけど」

 

 彼女達のうしろから声が投げかけられる。

 正体と言えば悟空と同じ黒髪を左右に流した“鉄腕”を操る少女、ジークリンデ・エレミア。 ごく普通の黒っぽいジャージ姿の彼女は高町なのはに質問をかけていた、若干、恐る恐るではあったものの。

 

「お二人って、空ちゃ――ちがった、悟空さんとはいつ頃知り合うたんでしょうか?」

『??』

「ほら、だってこのペースをその甲羅を背負ってずっとやし。 扱きに慣れてるというか、身体が大きいうち等とほぼ同じ体力言うのは若干気になるというか」

『あぁ、そういうこと』

 

 それは、当然と言えば当然の反応であった。

 身長にして120センチのなのはとフェイト。 そんな彼女たちは今現在小学3年生の子供真っ盛りだ。 間違っても戦闘民族の背中を追いかけ、地を這いつくばりながらも“空”を目指す年齢ではない……無いのに。

 

 そうだ、間違っても……

 

「そんな重いの付けながら自動車と並走するなんてどうかしてます!」

『そ、それは……たはは』

 

 県道を法定速度ギリギリ超えて走る車と張り合っていて良い物などではない。 断じてない。 黒髪を微妙に揺らしながら言うジークリンデの表情はニガイ。

 

「悟空くんかぁ……実は会ったのは今年の春先なんだよね」

「うん。 それで師事したのが梅雨頃。 そのときからずっと修行ばっかりだよ」

「え?! それだけの期間でここまでの体力を?!」

『そうだよ?』

「ばかな……」

 

 一日5時間平均を30×7か月で1050時間余り。 はたして人間はこんな短期間で身体構造の限界に迫れるものなのであろうか。 そして孫悟空の修行内容の過激さなんて公にすらされない――いや、出来ない。 故にジークリンデの目つきは緩いモノになる。

 目尻も、涙腺も何もかもが緩んでしまい……

 

「が、がんばったんですね……お二人とも凄すぎです」

「い、いやぁ……照れちゃうよ」

「そうだね。 ここまで本当にきつかったのは事実だし」

『えへへ……』

 

 気づけばその目から雫を流していた。

 聞けば涙、語れば嗚咽。 辛いを凝縮している微笑だと理解できてしまったが故の涙であろう。 こんな笑顔を見てしまったら、いかにマイペースなジークリンデだとしても思うことがあったのであろう。

 駆ける脚に、入る力が一気に増す。

 

「ウチも頑張らないと……!」

「負けないよ?」

「はい!」

 

 声を上げるなり走者のギアが一段階上がった気がした。 深く握った手はそれが軽やかだと言い表すかのように素早い仕草で行われていく。 いま、未来と現在を生きるはずの子らが、自らの力量を伸ばし合うべく……走り抜ける。

 

 

 

 ……そのときであった。

 

「……ッ!? み、みなさん伏せてください!!」

『!!?』

 

 高町なのはたちが走り抜けている県道に、直径100センチの穴が穿たれる。 早朝、さらにラッシュを終えたという事もあり交通事情は特に問題はない。 だがそこに穴が開いたという事実が消えるわけではない。

 それを見た瞬間に皆はフルブレーキング。

 差し出した右御足で地面を深く蹴りつけると全荷重移動を停止。 いましがた開けられた大穴に向かって情報収集の目を向ける。

 

「な、なのは」

「うん。 焦げ臭いアスファルトの臭いからして、何者かがたった今開けたんだとは思う。 それに……」

「穴の周りがきれいに抉られている。 つまり物理的な干渉じゃない……最悪魔法関係者」

「凶悪な場合、悟空くん達気功系統の人間の仕業かも。 火薬だとかそんなのではここまで行かないはずだよ」

 

 たった一回の異常事態でかなりの情報を読み取る少女達。 ここ半年の災害級事変の経験は伊達ではないという事だろう。 さて、そんな彼女たちはしゃべりながらも片手を背中に持って行く。

 今現在自分達は修行中であり、悟空から重石を課せられている。 それはなにも彼から受ける密やかなプレッシャーなどではなく物理的な物。 時に辛いと振り返り、時に忘れ

たまま学校へ行ったこともあるその背負いし物をいま、静かに落としていく。

 

「……ふぅ、これ、結構肩こるんだよね」

「そうだね。 でも、これを外したときって結構好きかな」

 

 ドスン。

 静かに置いたはずなのに聞こえてくる効果音は、ただそれだけで超重量を感じさせるには十分で。 それを解き放ったときであろう、戦闘の際でのスタイルとは逆の格好をしていた音速の鎌使いは背伸びする。

 

「自分がどれほど強くなったか実感できるから」

「それに関しては賛成だよ」

『…………っ!』

 

 そんな彼女たちに釣られるかのように背中の装備を外していく新規二人。 情けない話、重石の重量は少女達の半分となっていたのは悟空だけの内緒である。 それでも今とさっきまでとはかなり違うことがある。

 

「……す、すごい」

 

 右足のつま先を地面にトントン。

 叩いただけでわかる足腰の鍛錬具合と疲労具合。 たった数時間のランニングでここまで効果が上がるのだろうか、思ってもみなかった悟空マジックにアインハルトが嗚咽を漏らしそうになる。

 

「もしかしてさっきの奇妙な歩き方にも秘密が……?」

 

 ジークリンデもそれは同感の様で。 その答えが悟空の奇妙なダンスのような歩方だと見抜くと思わず口を緩める。 ……あのひとは、やはり自分たちが知らないことばかりをその身に宿しているのだなと。

 

「ふたりとも、気を付けてください」

「敵は何人いるか解らない。 そもそも敵であるかもわからないから攻撃は慎重に、周囲への被害を最小限にしていこう」

『はい!』

 

 4人が背中を合わせる陣形を取る。 誰が言った訳ではないこれは、まさに阿吽の呼吸の速さで行われるものであった。 会って数日もない、実働時間なんてさらに低い彼らを根底から結ぶのはやはり……山吹色の武道家に他ならない。

 刻み込まれた戦いへの姿勢、それが今必然的に噛みあった瞬間であった。

 

「……けどどうするんですか。 なのはさんにフェイトさんはデバイスを師匠に持って行かれていたはず。 全力戦闘は――」

「うん、確かに出来ないけど」

「出来ないときは出来ない時なりの戦い方っていうのがある。 だから気にしないで」

「……はい!」

 

 アインハルトの懸念事項はこれで無くなった。 ふたりの強さは自分達もそれなりにわかっているつもりだ、故にこれ以上の気遣いは無用……息を吐き出しながら拳を前に作る。 いま、臨戦態勢を完全に作り上げた彼女は見える視界だけに集中。 あとは3人に託すのであった。

 

「…………」

 

 息を吸う。

 周りに漂う気ごと体内に内包し、周りと自分を一体にさせるべく気配すら断っていく。 こうすることで空気の流れとも一体となり、周りの機微に咄嗟に反応できるようにさせるのだ。 アインハルト以下三名も同じことをやっていた……彼らは、互いの視覚を補う。

 

「どこや、どこから攻撃が…………ッ!?」

 

 ジークリンデの皮膚に、若干の違和感が触れる。

 しかしこれはどういう事だろうか、この違和感はまるで言うなれば……無機質。 機械のように、岩のように、ただそこにいるだけで発せられる途轍もないナニカ。

 

「……っ」

 

 生唾を呑み込む。

 今まで感じたことがないそれは彼女の背筋を駆け上がる。 怖気……いま起こった心の機微がそれだと判明するのには、少女にはまだ少しだけ時間が足りず、そして時間を与えるほど敵は気長ではないようで。

 

「…………にぃっ!」

「みんな散って! 上から攻撃が来る!!」

『!!?』

 

 高町なのはの声の下、四人が4方向へ飛び去る。

 

「…………ケタケタケタ」

「な、なんなんや今の攻撃」

「突然爆発した……?」

 

 舞い上がるアスファルト。

 爆炎濃いこの場では何があったかわかりずらい。 しかし、しかしだ、それでも聞こえてくる気味の悪い音はなんであろう。

 

「く、この! 出て来い!!」

 

 アインハルトの戦哮轟く。 不意打ちの連続は彼女の神経を逆なでするのであろう。 そっと奥歯をかみしめた少女はそのまま拳を硬く握り締める。 そして、その問いに答えが返ってきたとして。

 

「なぜ塵芥のために我が動かなければならぬ? 来るなら早くするがいい」

「……そうですか。 なら――――!」

「ま、まって!」

「おちついてッ……」

「はああああ!」

 

 話し合いになったのであろうか?

 一番槍はアインハルト。 物静かでありながら内に秘めた闘争心は誰よりも強く、気高い。 気位ともいえるそれは、彼女が内包する武人の魂がなせる物だというが……今回、それが仇となる。

 

「はっ!」

「遅い……」

 

 反動もなに居もない突き。 拳打によるそれは虚しくも空を切る。

 聞くだけで中々の威力だとわかるそれになのはもフェイトも目を見開いていた……惜しい、そう言った声が出てくるのは当然のことであったが、しかし。

 

「あかん」

「ジークリンデさん?」

「このままじゃ……」

 

 それでも、ジークリンデ・エレミアにはただ一つの懸念事項が頭から離れない。

 

「おそい、遅すぎる――」

「ぜぁあ!」

 

 今度は蹴り。

 左足を軸に懐を相手に見せるかのような上段蹴りは、やはりものの見事に躱されてしまう。 だが。

 

「かかった!」

「……ふむ」

 

 飛ぶ、いや跳んだのだ。 

 軸にしていた左足で地面を蹴ると打ち出していた逆の足による反動で宙を舞う。 それによりいまだ煙の中を揺蕩う不遜な輩に追随し、尚且つ次の攻撃の足掛かりへとする。 空中で身体は寝かせた状態、さらにそこから回転を加えながら相手に近づくと。

 

「くらえ!」

「…………ほほう」

 

 左足刀が相手の頭上に降りかかる。

 被さる影に薄く笑ったかのように見えるが、今はそれを気にしているほど“余裕”が無いアインハルトはこのまま攻める。 ……空を切り、風となった彼女の蹴りが届く――誰もがそう思った時だ。

 

「甘いな、やはり」

「くッ、障壁?!」

『惜しい!』

「いや、今のは完全に読まれ取った」

『!?』

 

 魔力による壁に阻害されてしまう。

 ガキンと火花が散る最中でも平然と立ち尽くす正体不明の人物。 舞い上がった煙幕は今の攻撃でさらに濃くなり正体を掴みあぐねる。 さらにジークリンデから聞こえる言葉も状況が著しく不利だという事もなのはとフェイトに強く理解させるのだ。

 いま、自分達にはいつもの力がない。 ならば行うことはひとつだけであろう。

 

【アインハルトさん】

【!? ……なのはさん】

【熱くなってるところごめんね。 でも、すこしだけお話いいかな?】

【……はい】

 

 作戦会議を展開。

 思考と行動をまとめて、次なるチャンスを掴み取れ。 ……高速で展開された障壁をしり目に今の態勢を崩すアインハルト。 後方宙返りを繰り出し、そのまま回転を保持しながらなのはたちが居るところにまで引き下がる。

 

【すみません、勝手な真似を……】

【いいよ。 むしろ悟空くんだったらあのまま問答無用で叩き伏せてたかもしれないし、言うこと聞いてくれてよかったかな】

【う゛……はい】

【と、ちょうどよく悟空くんの話が出たけど、いまの障壁を見た感じどうやらあっちの人はこっちと同じ魔導師のヒトみたい。 それが判っただけでもかなり楽になったかな】

【そ、そうなんですか?】

【うん。 もしも悟空くん側のヒトだったら撤退も考えてたし】

【……】

 

 ニコヤカで居ながら強か。 それが高町なのはの持ち味なのは言うまでもないであろう。 空腹は限界寸前、修行途中で体力と気力は半減で、さらにデバイスが無いのが半数居るために戦力は激減。

 場合によっては……そう考えていた高町なのはにすこし光明が見えてくる。

 

【実をいうと数日前に痛い目に逢ったばかりでして、それを教訓に逃げるのも手だというのを学んだばかりなんですよ】

【そ、そうなんですか……あのなのはさんが逃げなくてはいけない相手……】

【え? どうしたの?】

【いえ、何でも。 ……ところでこれからどうするのですか?】

【うーん】

 

 構えながら足を一歩前にずらす。

 まるで行けと言われれば突撃しますよと言わんばかりの行動になのはは焦りを禁じ得ない。 やめろって言ったばかりの行動を繰り返そうとするところ、少しだけ“彼”に似ているのは微笑ましいのだが。

 

「……困っちゃうんだよね」

「はい?」

「どうした? かかって来ないのか」

『……!』

 

 時間があまりなさそうなのでやめてほしい、それがなのはの思うところだった。

 さて、ここまでであまり周囲に被害なく、なおかつ双方にこれと言った損害もない今、まだ話し合いの余地はあるんじゃなかろうか。 高町なのはは煙幕の向こうに瞳を据えると、そのまま声を高らかに……呼びかける。

 

「すみませーん!」

「……なんじゃ?」

 

 高町なのはが声を文字通り投げかける。 遠くにいるのだから大声になるのは仕方がないとして、返ってくる声も何となく相手にリズムに合わせたモノ……トーンを維持したまま会話が続く。

 

「あなたはどうしてこんなことをするのでしょうかー!」

「どうして? 知りたいか……?」

「……は、はい!」

 

 もったいぶるように気配が動く。 足音が聞こえないところはおそらく相手が飛行魔法か何かで空に浮いているから。 そして聞こえてくる声はおそらく……

 

「……わたしたちと同じか少し上、かぁ。 うん、何となくどんな人かわかってきた」

「なにか言うたか?」

「いえ、何でもありません」

 

 相手に喋らせるごとに次々と全体像がわかっていく。

 こういう誘導尋問は幼かった青年とのいざこざでそれなりに得意な彼女はここで、情報の統合を行っていた。 彼女は、やはり強かである。

 

「我はいままで深き闇に封じ込められ続けた。 なんの拍子か知らぬが、つい先日の巨大な爆発でようやっと出てこれたのでな、ちょうどいいからすこし戯れておったのだ」

「闇……ばくはつ?」

「それにずっと巣食っておったあの爬虫類風情も、おとなしく外に出ていきおってな、気分が良いったらこの上ないわ」

「爬虫類……!?」

 

 ここまで聞けばなんだかどこかで知った話であろう。

 闇は言うまでもなく、爆発はおそらく孫悟空のアレ。 そして最後のトカゲだが……これはやはり言うまでもないであろう。 なのはたちにとってはターレスの次に死の恐怖を植え付けた最悪権化……奴の名は――

 

「も、もしかして……く、クウラって名前の?」

「……そんな名であったかのう。 まぁ、大きくデータ領域を食っていた名称は“ビッグゲデスター”などというゲテモノみたいな名前ではあったが。 ……よく知らぬ」

「ビッグ、ゲデスター……?」

「……ふむ、そちらもよく知らぬと言った顔じゃな……まぁよい。 さて、そちらばかり聞くのはなんだか不公平ではないか?」

「え? あ、そうですね……なにか聞きたいことはありますか?」

「うむ……実はな」

 

 ここに来て初めて返ってきた言葉のキャッチボール。 相手に会わせるといった趣旨なのであろう、高町なのはは聞きの態勢に入る。

 

「我はとあるものを探しているのだ」

「…………」

 

 だが、その探し物という単語を聞いたとき、話しはドンドンきな臭いモノへと変化していく。 嫌な予感、なのはの背筋に雫が零れていく。

 

「探しているのは4つ。 我の配下2人と…………」

「……」

「砕け得ぬ闇」

「く、くだけえぬやみ?」

「そうだ」

 

 抽象的な表現なのだろうか。 しかし先ほどから聞こえてくる闇の連呼で何となくわかってくる関連性。 そうだ、そもそもクウラが絡んでいた時点で嫌な予感は大連立を組んでなのはを襲っていたのだ。

 彼女は……

 

「もしかして貴方様は闇の書の関係者さんなのでしょうか……?」

「まぁ、隠す必要もないから言うが、そう言うことになるな」

『…………』

 

 沈黙が訪れる。

 現代組は歯を軋ませ、未来組は事の重大さをまだ掴みかねている。 わからないのだ、15年ほど昔の、それも“秘匿された事件”の事なのだから。 

 

【す、すみません高町さん。 闇の書の事件というのは終わったのでは……】

【そうなんだけどごめんね、こっちもよくわかんないや】

【……やはりこの時代、私達にも知らないナニカがあるというのか……?】

 

 アインハルトは警戒心を上げていく。 聞いただけの事件、直接介入することなんてなかったはずの事例。 そもそもとして彼女が居たところでは闇の書なんて伝説上の物語と化し居るのだ、そんな神仏のようなものと遭遇して、警戒するなというのが無理という物。 気づけば、足を少しばかり後退させていた。

 

「そ、そう言えばもう一つあるって言ってましたよね? そ、それってなんですか?」

「ん? なんだここまで言ってやったら普通至っても良いとは思うのだがな……まぁ、聞きたいというのなら言ってやらんこともない。 今の我はいささか気分が良いからな」

「……ありがとうございます」

 

 高町なのはの質問が続く。 いや、言葉による時間稼ぎの方が正しいだろうか。

 探し物……そうだ、この一年間それしかしてこなかった気がする高町なのは。 ジュエルシードに、海へ消えた孫悟空、そして己が未来を決める道と……

 

「あの“可能性の世界”より来た伝説の秘宝。 異星の神秘である“龍の御珠”を探しておる……そう言ったらわかるであろう?」

「りゅうの、みたま……?」

 

 アインハルトにはわからなかった。

 奴が何を言っているのか、何を探して自分たちを襲ったのか……聞こうとして、すぐ横にいた伸長120センチに視線を下ろそうとした時だ……

 

「…………ッ?!」

「……へぇ、そう…………!」

 

 そこには、子どもなんて居なかった。

 ゾクリ……思わず触った喉もとには何もないであろう事は分っていた。 けど、どうしても確認しないではいられなかったアインハルトの顔色が崩れる。

 

「どうしてあんなものが必要なの?」

「……中々どうして、童子だと思っていた奴が良い目をしおる。 ……聞きたいか?」

「差し支えなければおねがいします」

 

 丁寧語は崩さない。

 だが見えてしまった不遜な瞳に、しかし相手は満足そうに笑いを返す。 傲慢であり慢心であるその態度には油断を思わせるが……なのはの緊張度はむしろあがっていくばかりだ。

 

「あぁなんだ、言ってしまえば只の保険に過ぎぬ、本命は砕け得ぬ闇ただ一本」

「そう、ですか」

「なんだ貴様、アレで叶えたい願いがあったのか?」

「…………」

「だんまりか」

 

 高町なのはは考えていた。 言葉もなく、息を吸う事さえ忘れてだ。

 元来、彼女が求めている龍の秘宝は騒乱を呼んできた。 悟空が手伝いで集めていた頃はピラフ一味が。 悟空が進んで集めた時にはレッドリボン……この時は多くの犠牲を出したという。

 

「最初の攻撃、あれはどういう事でしょうか?」

「あれか? 言ったであろう……戯れである」

「そうですか……ひとつ、言っておきたいことがあるんです」

「なんだ?」

「あのですね」

 

 そして、悟空が命を賭して守った地球。 そのときに出した犠牲者をどうにかして救いたいがために求めた時には……

 

「あんなことをする人がドラゴンボールを集めると、大概悪いことが起こるんです」

「ほうほう、それは大変だな……」

「このまえと言うか、ちょっとした出来事で知ったんですけど、ドラゴンボールが生まれたという星に悟空くんの仲間の人が向かった時です。 そこではあなたのように力で訴える人が居たんですよ」

「それで?」

「……その人たちは……その人たちは」

 

 アインハルトは奮える。

 振るえといっても過言ではない類いのそれは、真横から発せられる力が原因であろう。 何が彼女をここまで燃えたぎらせるのかは知らないが、確実に起こった変化……彼女は、なのはは……

 

「その星の人たちを虐殺していったんです」

「……なッ!?」

「ぎゃ、く……」

「ふふん」

 

 知っていた。 あの事件の事を。

 

「それでもしもあなたが同じことをしようっていうのなら、止めないといけないんです」

「……そうであろうな。 それが当然の反応だ」

「しないですよね?」

「どうだろうな。 我が覇道を邪魔する者あれば叩き伏せるのは道理であろう?」

「…………」

 

 それは凄惨な出来事であったのは高町なのはにだってわかる。

 間接的であるが知っている情報。 ……その星の、嫌でも少ない人口を圧倒的に減らす行為は冷酷にして残虐、そして……満たされないと駄々をこねた宇宙の帝王が織りなす悲劇と、今現在それを想起させる目の前の人物に、彼女は確かに怒りを覚えていた。

 

 影に視線を落とす。

 

「どうやら話し合いというのは無駄だったらしいな」

「どうしてもダメですか?」

「そうだな……ふふん、その野獣のように研ぎ澄まされた眼を持って、我を説き伏せてみれば話は変わるとは思わんか?」

「……ダメですか」

「フフ……」

 

 傲慢不遜な輩は口元から笑みを転がす。 いかにもといった雰囲気で決まった決裂の道。 何となく……わかっていたからこそ、高町なのはは。

 

【フェイトちゃん、悟空くんに連絡できた?】

 

 いままで、金髪の彼女には一言もしゃべらせなかったのである。 ……だが。

 

【だ、だめだ。 悟空と連絡がつかない……それどころか結界のような物で念話が――】

【え!?】

 

 労した策は実らず、それどころか。

 

「作戦タイムというのは終わったか? 何やら愚策を奔走させておったようだが……無駄に終わったようだな」

「っく……こんな」

 

 こんなはずじゃ……高町なのはの浅知恵が轟沈。

 この時より半径3キロ限定で“内”と“外”が出来上がる……当然その間を行き来することは不可であり。 打ち破る手段と言えば……

 

「どうする? ふたりはまだ未熟、もう片割れは戦力外……厳しいのではないか?」

「ご忠告どうも……」

 

 今はすべて外に置いてある。

 

「どうするなのは。 この結界強度、おそらくスターライトか悟空のちょっとだけ気の乗ったパンチぐらいじゃないと破れない」

「だよね。 ……どうしよう」

『ちょっとだけ……?』

 

 頼りたい相手とは連絡がつかない。 おそらく気の探知だって阻害されるであろう今の状況は圧倒的に不利。 こちらの存在を主張できなければ瞬間移動も使うことが出来ないからだ。 それを、嫌でもわかるなのはは目をつむる。

 

「よし、ひらめいた」

『!』

 

 その脳内に輝くのは黄金の方程式。 綺麗にまとめて且つ、激闘を予感させるこの先を走り抜ける最上の一手。 高町なのはは今、一世一代の大勝負に乗り出した! ……それは。

 

 

 

 

 

 

 AM7時03分。 海鳴の外れ、温泉旅館内の宴会場。

 

「うめぇ!!」

 

 がっつがっつり……食物連鎖の頂点が叫び声をあげていた。 目の前に広がるありったけの宝石たち……もとい、輝く食材たちは孫悟空を唸らせた。

 

「おはようございます、悟空さん」

「あんた朝から食うわねぇ……ちょっと、後ろの奴っておかわりした皿の山? よくもまぁこんなに……」

「ん?」

 

 オードブルはいらねぇ―――孫悟空は最初からフルコースだ!!

 そう言って差支えがない位に並べられた食事達はまさに豪華絢爛であった。 山のように積み上げられたブロック肉に、河川を思わせるカレーのルー。 煌めく透明度を誇る生ハムは、まるで触れれば溶けるように輝いている。

 血のように赤いトマトのスープに浮かぶロールキャベツに、朝の霜に当てられたばかりの山菜、野菜の小さな畑を思わせる大皿……その上に鎮座するポテトサラダ。 朝だからという理由で“控えめ”に作られたそれらは種類がまだ少ない。 しかしゲストがゲストだからであろう、今このときその生産量は国内で……いや、世界で一番の調理の数と言っても愚問ではない。

 

 当然、こんなに喰らうのならばそれなりに材料費、食材の調達方法、いろんな問題があるのだが。

 

「前衛! 無理があるなら変わってやってもいいぞ!?」

「へ! こんな怪物相手に腕が鳴らないヤツは料理人じゃねぇよ――まだまだ行くぜ!!」

「食材……クロノさんが転移魔法で送ってくれるってよ!」

「よっしゃ! それなら遠慮はいらねぇな! おい後衛、昼のために今から下ごしらえやっとけ、100人分でほっこりしてっとあの人に全部持ってかれるぞ!」

『はいっ!!』

 

 ここの料理人たちは玄人のようなのであまり心配はいらないようだ。

 

「あの~~わたしも手伝いましょうか……?」

『アンタはこっち来るな! 閉店してから好きに使わせちゃるからすっこんでろ!!』

「ひ、酷い……」

『うちで食中毒患者なんか出されたくないんだよ!』

 

 

 …………心配はいらないようだ。

 

 

「あっれ? そう言えばなのはとフェイトは?」

「そう言えば……悟空さん、知りませんか?」

「もふ? ……んぐぐ――けふ。 あぁ、あいつ等ならウミナリの外れに置いて行った……んぐんぐ」

『へぇ……』

 

 伸ばした手が掴んだのは生ハムの山。 無造作に取られ、削り取られたそれらは瞬く間に悟空の胃袋に収められていく。 そしてカレーの入った銀の取り皿をもう片方の手で掴むと……山のような白米が埋め立てられて、カレーライスへと商品名を変えていく。

 

「いや、ちょっと待ちなさいよ?!」

「温泉旅行中に修行ですか!!?」

「あぁ、そうだぞ。 あいつ等伸び盛りだからな、休む日数が多いとその分伸びが遅くなる。 少しでも間隔は置いておきたくねぇ」

『……けどねぇ』

「なに、軽く流す程度さ。 オラもそこまで空気が読めねぇ訳じゃねぇって」

 

 カレーライスは既にない。

 次いで飛んでくるのはこれまた山のような焼き飯。 キムチを真横に置いて、いつでもキムチin焼き飯に出来るようにしているのは飽きを見越してのことだろうか。

 

「それにちゃあんとあいつ等の事は気で追ってるから大丈夫だって……ん?」

「けどねぇ、たまにあんたって手加減とか効かなくなるってなのはがよく……どうしたのよ?」

「いや、あれ? はやて?」

「え? はやてちゃんがどうしたんですか?」

「いまはやての魔力が……?? あいつ等と遊んでんのか?」

『??』

 

 キムチin焼き飯は既にない。

 さらに流れ込んでくるのは冬だからであろう、土鍋に敷き詰められた旬野菜たち。 ぐつぐつと煮詰められ、その内に潜めている白身魚と鶏肉とが見事な出汁を作りながら顔を出すのを待ち続けている。 ふたを開け、湯気を鼻孔で受けるだけでよだれがとまらない。

 

「あ、ごくう。 おはよ~」

「あ、れ? はやて?! なんでおめぇこんなところに!?」

『???』

 

 土鍋の中身は空である。 熱い汁の一滴すら残っちゃいない。

 次に来たのは北京ダック……しかしかの国の伝統なんて知らない悟空は皮をはぐなんてことはせずに噛みついていく。 片手間で飲茶を貪るのも忘れない。

 

「おかしいなぁ、おめぇいまさっきなのはたちの所にいなかったか?」

「……え? いくら筋斗雲を貸してもらってる言うても、さすがにこんな寒いなか飛んでは行かれへんよぉ」

「おかしいな……」

 

 天津を片付け、餃子を25人分胃袋に収めた頃、ようやく悟空の箸がとまる。

 

「主、こんなところにいましたか」

「探しましたよ……と、こんなところでなんて顔している、孫。 何かあったのか?」

「お? あぁなんだ、夜天にシグナムか、おっす!」

「おはようございます」

「おはよう」

 

 悟空しかいなかった宴会場に、ダンダンと人の波が押し寄せてきた。 増える人数はまだまだこれから、この旅館内にはあと数十名も人員が居るのだから驚きであろう……これが非公式の集まりだとは言えないくらいだ。

 さて、孫悟空が首を左右に振る。 何かを探しているようだが目的の者は見当たらないようで、いったい彼はなにを探して――

 

「あ、悟空さんおはようございます」

「お、ユーノいいところに来た」

「はい?」

 

 それは奇遇にも来たようで。 フェレット姿の小動物、ユーノ・スクライヤが小さな体を駆使して悟空を駆け上がる。 一瞬で彼の頭部へ座り込むや、まるでそこが定位置と言わんばかりに落ち着いた態勢を取る。 ……完全に野生の野良猫か何かを連想させるのはどうしてだろう。

 

「なぁ、魔法でさ、結界だとかを張れるのっておめぇとクロノ、後はあのネコ娘やシャマルたちぐれぇだよな?」

「どうしたんですかいきなり?」

 

 突然の質問に彼の目を見るユーノ。 ……それが、あまりにも真剣だったのであろう、フェレットの身体が少し震える。

 

「…………いや、少し思うことがあってよ」

「たしかに悟空さんが言う通りですけど……あとはそうですね、グレアムさんやリンディさんといった高位の魔導師も……あと、はやてもできなかったかい?」

「え、わたし? ……うーん、たぶん夜天の書にそんなんがあったような……」

「そうかはやてか」

「どうしたんですか?」

 

 段々と鋭くなる悟空の雰囲気。 それを肌で感じ取った騎士(シグナム)融合騎(リインフォース)は……釣られてしまったかのように目を細める。

 

「何かあったのか?」

「まさか戦闘?」

「いや、実はさっきなのはたちを修行でウミナリの外に置いて行ったんだが、返って来る途中のあいつ等の気が途絶えたんだ」

「なに? 途絶えた?」

「あぁ」

 

 食器が置かれる。 その間にも運ばれてくる大量の食事達、それに一瞬だけ目配せする悟空は口元から唾液がとまらない……止まらないのだが、手が出ることは無く。

 

「この感じは初めておめぇ達と敵対した時に似てる。 嫌な予感がするんだ」

「……だが、貴様の修行を受けたあいつ等がそう簡単に」

「オラだってそう思う、いや、そう思いたい……だけど一個だけ不味いことがあるんだ」

「なんだ?」

 

 シグナムの問い。 それに答えるにはやはり簡単な手段はひとつのみ。 道着の上着に手を突っ込み、弄ること数秒。 彼は二つの宝石をその手に乗せる。

 

「こ、これは高町の……! それじゃ今あいつ等は――」

「あぁ、魔法を大きく制限させてる。 身体鍛えるのに魔法の補助だとかはかえって邪魔になるからな」

「確かにそうだが。 しかしその状態で襲撃者なんかあったらこれは……」

「ちと、まずいな」

「……」

 

 その手を握り締めてただ天井に視線をやる悟空はなにを見ていたのだろう。 子供たちの安否、いや、果たしてそれだけだろうか……

 

「正直な、迷ってるんだ」

「なに?」

「いや、オラがここでちょっかい出してあいつ等の代わりに事件解決するべきかどうかってな」

「孫、お前……」

「なに言ってんのよ、そんなの出来るならやった方が――」

「あ、アリサちゃん。 今は少しだけ……」

「むぐぅ!?」

 

 右手を動かし、持っていた宝石たちを弄ぶ。 その間に入りそうな茶々はすずかが抑え、少しの間だけ悟空の返答を待つ。 彼の、言いたいことを皆が待つ。

 

「そりゃあ闇の書の時はしかたなかったさ。 なんてったってクウラが居たんだ、ありゃあおめぇたちがどうにかできるレベルを遥かに超えてたさ。 けど、今回もしもそうじゃなかったら? なんて思うんだよな」

「……」

「それによ、考えても見たらオラだっていつまでもこのままって訳にもいかねぇ。 いつかは帰るし、そうでなくてもこの歳だ、必ず先に死んじまうだろうさ」

「ちょ、何言ってんのあんた」

「悟空さん……」

「ホントの事だろ? 親ってのは、子どもよりも先に死んじまうもんだし、それが自然な事なんだ」

『…………』

 

 ありえない。 そう言った顔をしたのはアリサだけだったろうか。 初めて見た4月の頃の少年とは思えない心境の彼……老成していると言っても過言じゃないそれに、確実な違和感を覚えるのは仕方がないだろう。

 最初は子供で、少ししたら青年で、ちょっと目を話したら中年の男。

 それを感じさせない雰囲気と変わらない性格に物言いは皆の感覚を狂わせていたに過ぎない。 そうだ、彼は経験だけで言えば守護騎士のそれを遥かに上回る。

 

「では、今回は手を出さないのですか?」

「どうすっかな」

 

 尋ねるはこの場で一番の長寿……リインフォースである。 長い銀髪を乱らせると、足音もなく彼の真横へと赴く。 積み上げられた食器を掻き分け、ただそこにいるのが当然の様に佇むと……

 

「貴方は私のようなただ生きながらえてきた存在とは真逆……むしろ生命であるが故に一度しか経験できない“死”という物を複数回経験した稀有な存在です。 あの世とこの世を何度も行き来した貴方が何を思うかなんて、その実この世に居る森羅万象には理解出来ないのでしょうね」

「……ッ」

「悟空さん」

 

 堰を切る。 多い言葉は、しかし極力減らしたと言外に語る彼女はそのまま悟空を見る。 逸らさない互いの視線で何を語っているのかは彼女たちにしかわからない。 だが……

 

「それを、分ったうえで言いましょう」

「なんだ?」

「貴方は、じっとしていることなんてできるんですか?」

「…………」

 

 沈黙が訪れる。

 けれどすぐさま聞こえる空気の流れる音。 吸って、吐いて。 気味が良いくらいに規則正しい強い音は、山吹色の道着を纏う男から聞こえる呼吸音。 周りの気を一気に取り込み、己がものと変えて……背筋を伸ばす。

 伸びた先にある天井に届けと言わんばかりに両手を上げると、彼はそのまま……

 

「わっかんねぇや!」

『…………』

「いろいろ考えたんだけどな、まだ答えってのは出てきそうになさそうだ。 強そうな奴いたら腕試ししてぇし、そいつが面白かったら先を見てぇ。 ……そこん所は譲れねぇかな」

「そうですか」

「あぁ!」

 

 片手を開く。 ほうり上げられた2個の宝石は自由に宙へ舞う。 それを横からかっさらう形で掴みなおすと胸の前で拳を作る。 ただ強く、只硬く、見る者すべてに力を見せつけるように。

 

「いつか、おめぇ達の誰かがオラを超えたら、勝負して、そんでケリつけたら全部任せてみるのもいいかな」

「それはそれは……」

「それまではあいつ等の上から偉そうにしてる……のもつまんねぇからな、いろいろやってるさ」

「ふふ。 これは大変な課題を残す……」

 

 歩き出した彼は玄関まで一直線。 そのあとを追う形で一般人のすずかとアリサが彼の背中を見る。 ……大きい。 初めて見た時の摩訶不思議な彼がここまで大きな存在だとは思わなかった。

 思い返せば数か月前の小さな少年は……どこまでも大きくなっていた。

 

「アリサ、すずか。 少しのあいだ待ってろ、すぐみんな連れて帰るからな」

「早く帰ってきなさいよ? あんた朝ごはんの途中だったんだから」

「みんなの分残しておきますから!」

「はは! そいつは悪いなぁ」

 

 そうして背中を向ける悟空に―――一つ掛けられる声がある。

 

「孫!」

「シグナム、おめぇは此処でみんなの事守ってやってくれ。 相手の正体がわからねぇ以上、無駄な戦力の分配は避けるべきだ」

「しかし……」

「それに気で相手を探れねぇおめぇたちじゃなのはたちを探すのは困難だろ? 心配すんな、ヘマはしねぇから」

「……わかった」

 

 それは、騎士本来の役割を託す物言いで在った。 本人にそんな気があったかは知らないが、言った言葉は完全に理にかなっている。 ……だが。

 

「アタシはついて行ってもいいんだろ?」

「犬が喋った!?」

「この子、フェイトちゃんのところの……?」

「アルフ? いや、おめぇも――」

「アタシは鼻が利くんだ。 結界張られてようが何だろうが、そこまでの道を辿るのは簡単だと思わないかい?」

「…………しかたねぇなぁ。 フェイトとのこともあるしおめぇには来てもらうか」

「やりぃ!」

 

 オレンジ頭が離れることが無く、仕方ないと言った感じで悟空の後ろに狼が付く。 ……それが、神々しく輝くと女の姿になり……

 

『あ! 旅館の時の綺麗なお姉さん!!』

「あいよ」

 

 身長160超のスタイリッシュ美人へと変わっていく。

 頭頂部に目立つ犬の耳をそのままに、長い尻尾を振って悟空の後ろでストレッチ……何となく戦闘前の仕草が悟空に似ているのは彼にならったかどうなのか……アルフは、臨戦態勢そのままに――

 

「ん?」

「なんだ、いきなり魔力が……!」

 

 玄関口に視線を飛ばす。

 ナイフのように尖っては、突き刺す相手を間違えないのは忠犬を思わせるその切り口。 ……敵は、すぐ目の前に居た。

 

「………………」

「い、いつの間に!? 孫!」

「ん?」

 

 烈火の将、シグナムが鞘を持つ。 いつでも走らせることが出来る刃をそのままに、彼女は姿勢を一気に落としていく。 切る準備は、いつでもできている。

 

 ……のだが。

 

「…………にこっ」

『……はい?』

 

 敵は頬笑んだまま動こうとしない。

 

「ていうか、コイツどこかで見たことない? すずか」

「え? そんな……」

 

 ここで、アリサは気が付いてしまう。

 追った目線で今目の前に居るモノの全体像を見渡していくと……何という事だろうか。

 

「なんだかえらく似てるのよねぇ……なのはに」

「そ、そう言えば髪を下ろしたなのはちゃんってこんな感じだったかも」

『ど、どうなってるの?』

 

 そう、髪質は栗毛色。 形は小学生低学年くらいの体躯に、しかし雰囲気は限りなく静か……湖の水面をも思わせるそれは対峙するモノに却って緊張を与える。 息を呑んでしまった他人の空似相手に、アリサは……しかし。

 

「あんたなのはじゃないね? なにモンだい、一体」

「ふふ……」

「聞いてんのかい?!」

 

 鼻が利くと言ったばかりのアルフは騙されない。 明らかな敵意を持って接する様は初遭遇の時のそれと同等だ。 敵味方の区別がそのまま群れの仲間かそうじゃないかに繋がっているオオカミだからこそ出来る早業だ。

 そんな彼女が言う。 奴は、なのはじゃないと。

 

「……そんな物騒な視線を飛ばしてこないでください。 燃やしてしまいそうになります」

「こ、声もそっくり」

「なのはが怒ったらこんな感じだわ」

 

 されど聞こえてくる声はなのはそのもの。 これには堪らず冷や汗を流したすずかとアリサはもう一度だけ玄関の人物を見る。 そこにいるのは黒いドレスを着た伸長123センチの女の子。

 結っているであろう髪は解かれ、ショートカットに決められているそれはなのはよりも短い髪形。 瞳は存在の薄さを感じさせ、だけどその奥には言い表せない炎が見え隠れしている。 常人じゃない、それを肌で感じさせる人物だ。 気づけばすずかとアリサは悟空の背中に隠れていた。

 

「……やるのかい、アンタ」

「どうでしょう? お望みとあらば受けて立ちますが」

「ガルルゥ……」

 

 どうやら客人は人の神経を逆なでするのが趣味の様だ。 まさに毛並みを逆立てるといった風貌なスタイリッシュ狼娘はここに来て威嚇の声を上げる。 人間の発声器官では真似すら出来ない唸り声。

 それを受けてもなお涼しい顔をする客人は……

 

「本当に五月蠅いイヌ…………焼き尽くしますよ?」

「やれるもんならやってみろ! あんたが火ぃ吹く前に噛み千切ってやるよ!」

「駄犬風情が調教の必要があるみたいですね」

「クソガキが調子に乗るんじゃないよ!」

『――――くっ!!』

 

 中々に沸点が低そうである。

 いい加減、周りがこの熱にやられそうになる頃合いだろうか、今まで喋らなかったこの男がついに動き出す。

 

「悪いんだが少し静かにしててくれねぇか」

『!?』

 

 威圧。

 只シンプルなそれは、しかしその単調な行為だからこそ今ので実力差が知れてしまう。 一言だ、たったの一言口にしただけで周りの熱をかき消してしまうこの男の凄み。 殺気どころか憎しみすら籠もっていない声だけの主張なのに、皆は動けなくなってしまう。

 

 それは、客人すらも例外ではない。

 

「おめぇの相手は後でしてやる。 だから大人しく待ってろ」

「…………はい」

 

 熱が一気に引く。

 悟空が玄関を開ければさらに冷気すら入ってくる。 その後ろに子犬のような美人を連れていくとそのまま彼の身体が浮く。 舞空術だ……聞いただけのすずかにも理解できる現象はそのまま彼を空へ向かわせる。

 

「シグナム、夜天! あとは任せた! そいつ悪いヤツじゃねぇみたいだからケンカ吹っかけんなよ、いいな?」

「お、おいお前……本気でおいていくのか!?」

「大丈夫大丈夫! そいつ殺気さえ出してやんなきゃ比較的おとなしいはずだ――じゃ、行ってくる!」

 

 そのまま遠い彼方へ消えていく孫悟空。 しかし敵を本陣に残したこれはどういう事か……既に理解の範疇のシグナムは、独り警戒心を引き上げつつ。

 

「ここは……」

「なんだ?」

「客人のもてなしの一つ出来ないのかしら? 喋って喉が渇きました、何か飲み物を」

「貴様、敵の本陣でくつろぐなど――」

「申し訳ございませんお客様、ただいまお飲み物をご用意します。 何かご要望はありますか?」

『ノエル!?』

 

 一人、胆力だけならだれにも負けていないであろうメイドが一人音もなく現れて……

 

「ダージリン、オータムナルで構わないわ」

「ミルクをご用意いたしますか?」

「そのままで結構です、お気遣いは感謝しますが……中々出来たメイドね、気に入りました」

「ありがとうございます」

 

 只静かに、ティーポットを湯煎で温め始めたとさ。

 

 海鳴の奥深く、雪が屋根に積もっている温泉宿の一角で行われるお茶会に、いま闇より来た者が鬼火よりも妖しく佇んでいた。 いつ燃え移るともわからないその焔を皆で囲み、監視している最中でもカップに付けた口に動揺は見られない。

 彼女は只、本当に待つことを選んだようだ。

 

「………………思った通り……素敵な方、目が眩んでしまいそう」

『え?』

「いえ、なんでも……」

 

 中々に波乱を生みそうな言葉を垂れ流しながら、窓の外を風情に佇み、少女の姿をした闇は消えない……周りを侵食することもなく、青年の口約束を守りながら……

 




悟空「おっす! オラ悟空!」

???「おそいなぁ、こないのかなぁ」

悟空「アルフ、気を付けろ? 微かにだがそこらじゅう陰湿な気が充満してやがる。 何か変だ」

アルフ「陰湿? そうかい、それがフェイトたちの匂いを上から被さって探す邪魔をしてんだね……うっとうしい!」

???「あ、居た! ねぇねぇ、少しボクと――――」

悟空「あいつら無事で居ればいいんだけどなぁ……うし、少しペース上げるぞ。 こっちの方角から来たからこのまま行くぞ」

アルフ「あいよ」

???「ちょ、ちょっと待っ――――!!?」

アルフ「ゴクウの奴、今完全にシカトしてたけどアイツ放っておいていいもんかねぇ……まぁいいや、取りあえず次回!!」

悟空「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第60話 青い襲撃者」

???「ボクとスピード勝負だ! 勝った方が何でもいうこと聞くんだぞ? いいな!?」

悟空「かくれんぼにしねぇか? オラが隠れるからおめぇが探すんだ」

???「え、え? ……うーん、しょうがないなぁ、どうしてもっていうならいいよ!」

悟空「…………――――そんじゃ300数えててくれ」

???「――――…………はーい! いぃち、にぃい……」

アルフ「……ねぇあんた、なんだか酷いいじめを見ようとしている気がするのは気のせい?」

悟空「そんなことねぇって。 事が済んだらきちんともどって来てやるつもりだ」

アルフ「あぁそう……5分で今回の事件にケリ付ける気かい……」

悟空「そいつはどうかな? へへ、そんじゃまたなぁ!」

アルフ「……何考えてんだいコイツ」

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