魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~   作:群雲

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第60話 青い襲撃者

 

「ご、ゴクウ! もう少し速度落して……!」

 

 情けない声が朝焼けの空に響く。 それでも本人は精一杯の力を発揮している最中だ。 持てる力……魔力を注ぎ込んで全身を浮遊させ、最大戦速で飛行するのが魔導師の飛び方だ。 しかしその力を持ってしても、“彼”の行う常識外の飛行には追随することさえ困難なのだ。

 

 そんな彼の数年前に残した記録によれば――――100万キロを3時間で飛び続けたという記録がある。 ちなみに月から地球で自転や公転による影響でズレはあるだろうが38万4,400km程度で在ることをここに明記しておこう。

 さて、そんなにもとてつもない速度をさらに磨き上げてきた彼は……見た目だけなら青年の男は今響いた声にようやく振り向いた。 付いていた距離の差に若干眉が上に上がったのは少し驚いたからか、フレアをまき散らしながら止まる彼はそのまま声の主に振り向いてやり、声を投げ返す。

 

「なんだ、あいつすこし修行不足なんじゃねぇのか?」

 

 来たのは余裕しゃきしゃきな声。

 息の一つも乱さないで髪を揺らしながら若干小首をかしげるのはどういうことだろう。 しかも気遣う事なんてしてやらない、デリカシーというか気遣いが少し足りないのは彼の中の常識が幾分ずれてしまっているからか。

 青年は、仕方ないと言った表情で最初に上がった声の主をひたすら待ち続けることにしたようだ。

 

「はぁはぁ……まったくどんだけ速いのさアンタは。 危うく置いて行かれるところだったよ」

「はは、済まなかった。 オラとしたことがうっかりしてた」

「まったくだよ。 あんた一人じゃフェイトたちを探せないんだから――」

「臭いを追っていくんだったらオラだって中々のモンだと思うんだけどなぁ」

「なに言ってるんだい。 本場の実力なめんじゃないよ」

「わかった。 そんじゃ任せる」

「おう!」

 

 オレンジ頭の女性……アルフが鼻を引くつかせる。 たどる匂いは主の物。 長年つきそってきたそれは如何に悟空と言えども勝ることはない精度でアルフに道を示し合わせる。 ……ここに、あなたの主人が居るよと教えてくれる。

 

「ゴクウ、こっちの方角からフェイトの匂いが」

「強いのか?」

「あぁ、一番はっきりしてるね」

「そうか」

 

 方向転換してフレアを巻き上げる。 その姿に発進前のスペースシャトルの豪快さとF1かーの静寂さを思いだしたアルフは尻尾を上げる。

 

「ま、待ちなって!」

「なんだよ速く行かねぇとあいつ等大変なことになるだろ?」

「だからってアンタの速度にアタシが追いつかないんだよ。 いまだって半分アタシを頼りに進んでるのをいきなり忘れんじゃないよ」

「……それもそうか」

 

 キャンキャン喚いた後の冷静な判断で悟空のフレアが形を潜める。 静かになる空にため息を吐くアルフはそのままあたりを見渡す。

 

「それに気が付いてんだろ? ゴクウ」

「なんだアルフ、おめぇも気が付いてたんか」

「まぁね。 …………敵さん、すぐそばにいるよこりゃ」

「あぁ。 しかもなんだか」

 

 同意した悟空の感覚センサーとアルフの嗅覚が訴えかける謎の気配。 それをお互いに確認するや、彼らはどういうわけか。

 

「妙に明るい感じの気配だ。 魔力も時々跳ね上がっててな、こう、ワクワクしてるって感じが隠せてねぇ」

「まるで昔のあんたみたいなヤツだねぇ」

「そうか? オラこんなに落ち着きが……無かったな、そういや」

 

 和んでいた。

 

「さってと、どうするんだいゴクウ」

「なにがだ?」

「相手してやんのかって言ってんだよ」

「……どうすっかな」

 

 若干困ったな。 それが彼の心境だと見抜くアルフは盛大にため息をつく。 彼と違い遠くの者の存在と同時に実力を見抜く術を持たないので仕方がないと言えばそうなのだが、彼のお気楽加減には少しだけ苛立ちを心に芽生えさせていた。

 自分の主が大変な目に逢ってるかもしれないのにこの男は……思う刹那、オオカミの耳が揺れる。

 

「風?」

「……来たな」

「え……?」

 

 朝焼けを見た悟空の顔が少しだけ凛々しく見えた……関係ないことを思ったアルフは即座に身震いする。

 

「な、何がどうなってんだい」

 

 其処にいたのは青い髪を持つ者。

 不意に現れたのは風を通り越し稲妻の如く。 持った杖の形状はハルバートを思い起こさせ、それが可変式だというのは言うまでもないだろう。 その、あまりにも“彼女”を彷彿させる容姿を見た瞬間であった。

 

「こ、こんなことッ!?」

「……へっへーん☆」

「……は?」

 

 緊張感が一気に瓦解する。

 

「やぁやぁ! とおくのモノはおとに聞け! ちかばによっては目にも見よ!」

「ちょ、え? あんた何を……」

「闇の書よりとき放たれ……はなたれ? えっとえっと、とにかく今までキュウクツだったのがなくなったからとっても気分が良いんだぞ!」

「……あーっと…………」

「なんでもいいから相手しろ!」

「…………なんでもってアンタ」

 

 同時、アルフの許容量がオーバーフロウしてしまう。

 昔のことだ、とある天真爛漫を相手取って大分空気を乱されペースを掌握されたことのある狼さんはここに来てそれを思い出していた。 ……アレと比べたらどっちが気苦労が多そうだろうか。

 彼女の肩の荷が一気に重くなった瞬間だ。

 

「ご、ゴクウあのさ」

「どうした?」

「いや……」

 

 ついつい隣人を見てしまうアルフ。 その先にいる大人は対して興味がなさそうにどこか遠くの空を見ていただけ。 疾風迅雷を見せつけられたアルフとは正反対に彼は……

 

「興味がなさそうなところ申し訳ないんだけどさ」

「ん?」

「アイツ、あのフェイトに“姿だけなら似てる奴”をどうにかしてくんない?」

「なんだよ、あれくれぇならおめぇにも――」

「アタシゃああいった奴は苦手なんだよ! 誰かさんのおかげで」

「……そうか、そいつは大変だな」

「誰のせいだと思ってんだいまったく」

 

 遠くの空を見上げているだけであった。

 何となく揺れる尻尾が、正にいまきた敵を相手にしていない感がびっしりではあったのだが、そこはやはり悟空。 目の前のやんちゃガールを前にしてにこやかな表情を作り出す。

 

「むぅ!」

「ん? なんだおめぇ、戦うんだろ? オラが相手してやっからさっさとやっぞ」

「……むぅ」

 

 陽光に照らされた襲撃者は青色の髪を風に流されるとそのまま視線を逸らしていた。 どことなくおかしい様子にアルフは警戒心をひとつだけ上げていく。 そうだ、様子がおかしいヤツに目を置くのは当然であって。

 

「あ、あのね……そのね」

「なんだよはっきりしろって。 オラこう見えても忙しいんだからさ、やるならとっとと決めちまうぞ」

「うんと、その……」

「ほらほら」

「えっと……あ、そうだ!」

 

 その仕草がおかしいと思った時には。

 

「ボクね、とってもスピードに自信あるんだ! きょおそう……キョーソウしよう!」

「競走? ……わかった、それでおめぇが納得するんならそうすっぞ」

「うん!」

 

 襲撃者の顔には満開の花が咲き誇っていた。

 

 凛としていた、切れるくらいな眼差しだった……はずだったその顔には既に凶器は無く。 見ていたアルフには公園で戯れる園児のような印象さえうかがわせてしまう。 その相手が自分の友人だというのがなんとも複雑そうで。 彼女は二回ほど無造作に尻尾を振っていた。

 

「競走ねぇ」

「どうかしたかアルフ? なんかいけねぇんか?」

「いや……まぁ、やればわかるとは思うけどさぁ」

 

 思い浮かばれるのは大人と子供だったりウサギだとか亀だったり。 とかく開いているであろう実力差にアルフは苦笑いを隠せない。 ……勝てるわけがない、そう言った感情が出るのは当然のことだろう。

 

 だが。

 

「いっくよー! ゴールはそっちの目的地だからな!」

「いいんか? おめぇオラたちのこと……」

「いきなりレッツゴー!」

「あ、おい!?」

 

 その光景を見たアルフは……

 

「きーーーーーーーーーん!」

「な!?」

「……へぇ、案外やるじゃねぇかアイツ」

 

 驚きを隠すことなどできなかった。 身体全体を打ちつける疾風の強さはどういうことだ、あの青い少女の放つソニックブームが音の後に彼らを襲うのだ。 ……そうだ、いま彼女は音を超えてしまった。

 

「ば、ばかな……なんていう速さだい!?」

 

 目を見開いて――――帯を締めこむ音が聞こえる。

 尻尾が垂れ下がり気力が一気に落ち込む――――隣からは静かな振動音、空気が流れる。

 オレンジの髪が揺れ――――山吹色が不可視のフレアに包まれる。

 

「行ってくる、おめぇはゆっくり追ってこい―――」

「え……? って、いない?! さすがにこっちも早い……」

 

 言葉だけ聞こえたかと思ったらそこには女が一人いるだけだ。 その時の心境はどういったものかはわからない、ただ、少しだけ尻尾の動きが滑らかになったような気がしたのは彼女は最後まで気付かなかったらしい。

 

 

 

 

 それから、数瞬も経たない時間の流れのあいまだ。

 

「おっす」

「うぉ?! もう追いついてきた!」

 

 彼らは横一線に翔けていた。

 

「ぐぬぬぅ! まけないんだぞ!」

「お、まだ速くなるんか。 いいぞ、そんじゃもう少しだけ“上げて”いくぞ」

「……え?」

 

 その一言を皮切りに、孫悟空を包むオーラが更なる爆発を見せる。 別に色が付いたわけじゃない、子供相手にそんなことは大人気が無さすぎる。 でもその微笑が確かに増したのは気のせいじゃない……彼は、少しだけ手を抜くのをやめたらしい。

 

「それ! うとうとしてると置いて行っちまうぞ?」

「あ、まってまって! ……もっと、もっとはやく――」

 

 青い少女も負けじと速度を上げていく。 真横に流れる二房は、とある雷光娘と酷似した挙動で空気の流れに従っていく。 そのすがたはどこまでもあの娘に酷似していて……悟空は気付けば。

 

「もっと力あげろ、まだまだそんなもんじゃねぇだろ!」

「ぐぅぅ!」

 

 彼女を応援し始めていた。

 黒い髪を乱しながら、進行方向に向かって唐突に背を向け始める。 そのすがたは所謂バック走。 当然、悟空の視線は少女と交わり……

 

「…………っ!」

「速度が落ちてんぞ? もっとだ、頑張れって」

 

 当然の如く“指導”していく。 何か、そうだ、なにか思う事でもあったのだろうか。 いきなりにして唐突、彼の悪いところではあるが場面が限られてそうなこの指導。 それは果たして少女の顔が彼女……“フェイト・テスタロッサ”に酷似しているからだろうか?

 

「さっきまでの威勢はどうしたんだ、このままじゃ負けちまうぞ?」

「ぐぬぬ……」

 

 いや……なんだか、訳がありそうだ。

 

 青い襲撃者を真正面に捉えて、ひたすらバックで高速移動を継続する悟空。 風を切り、風に交わり、風と成った彼に追いすがる少女もなかなかの物。 グングン伸びる彼女の速度の上限は、悟空に少しだけ笑みをもたらす。

 そのときの顔は、すこしの太陽のイジワルで少女には見えなかったが。

 

「……ん、そろそろか」

「……え?」

 

 唐突に悟空の体中を覆うフレアが大きくなる。 止まる景色、逆風に見舞われる身体、彼のフレアが大きくなればなるほどに進むこの現象はなんてことはない。 ただ今までの加速が収まるだけ。

 尋常ではない超加速が解除され、全てが元の時間軸に戻っていくだけなのである。

 

 ――と、同時。

 

「ふんッ!!」

「…………え?」

 

 襲撃者の少女からも見て、確実におかしな――いや、有りえない……ちがうな、滅茶苦茶に過ぎる出来事が展開される。

 今目の前にあるのは何の変哲もない空。 そこに漂う舞空術を使う孫悟空は何かを唱えるか呟くかを行うと空気が戦慄くのだ。 眼の前には何もないはずだ、身震いするくらいの気温で覆われた空があるだけなのに……そう、思った時だ。

 

 

 窓ガラスを割ったような音が寒空を響き渡る。

 

 

「え、え? いまなにしたの!?」

「……」

 

 彼は教えてくれない。 ただ、今の成果を確認するかのように右手を開けては閉じるを繰り返すだけ。 粉砕された謎の気配……そうだ、今しがた悟空の気の探知を邪魔していた結界をいま――

 

「もしかして“にらんだ”だけで王さまの結界を砕いちゃったの!?」

「案外近くまで来てたんだな。 ……思ったより実力がついて何よりだぞ」

「え?」

「ちゅうかよ?」

「ん?」

 

 悟空の素っ気なさすぎる質問。 対して青い少女はその身に風を受けたまま加速を止めずにいた……そう、いつの間にか開いていた距離を彼の背中を追うことで縮めていた彼女、それはかなり必死であったろう、なにせ孫悟空の最高時速は……戦闘機でさえ比較対象にすることさえ愚かな行為なのだから。

 

「あれ? ちょっとまってよ!」

「あちゃあ、これはまじい」

 

 青の少女が悟空をついに抜き去る!!

 

 ……しかしやられた本人は至って普通のリアクション。 やや眉を上げたのは少しだけ目を見開いたから。 高速で弾丸が通り抜けた為か頬に鋭い風が吹き付けるがそれもダメージにはつながらない。 彼は只、今起こったであろう出来事を……

 

「どどど、どうやって止まるの~~!!?」

「……ありゃ止まらねぇな。 あとでユーノにでも治してもらえばいいか」

「きゃあああ!? そこ、そこの人たちどいてどいてぇ~~――――ふぎゃ!!」

 

 耳だけで衝突の瞬間を確認し、肌にぶつかる衝撃で今起こった被害を推し量る。 ……正直目も当てられないと言った彼はそのまま。

 

「行くか」

 

 今起こった爆発の現場へと高度を下げていくとしたらしい。

 

 

 

 

 

 

――――少女激突10分前 とある山道の林の中。

 

 現在と未来の魔法少女達が謎の襲撃者を前に足踏みをする。 つながらない彼との連絡、見えない先行きにすこしだけ不安を募らせるのは……背の高いはずの未来組であった。

そんな彼女たちはあたりを見渡す。

 先ほどから靄がかかったように悪い視界は襲撃者の術なのだろうか、一向に晴れずに自分たちの視界を極端に奪う。 そして周りを取り囲む林だが、これは山道を無理に突っ切ろうとしたこの道路がもともと持つ立地であろう、特におかしな魔力反応も見当たらない……無いのだが。

 

「……どうすればいい」

 

 アインハルト・ストラトスの足が止まったままだ。 高町なのはの指示とは言え、ここまで我慢を強いられているのもなかなか辛い心境であろう。 彼と似た武への探求を志すというのならなおさら。

 でも、それでも高町なのははGOサインを出そうとはしない。

 襲撃者と対話、ドラゴンボールを狙い尚且つ自身とその周囲にかなりの被害を出すことを予想される彼女を強く見る少女は、果たして何を思っているのだろうか。

 

「な、なのは……さん」

「アインハルトさん」

「!!」

 

 来た、彼女からついに声が出されたのだ。 待つこと2分25秒、きっちりとカウントを心に刻んでいたアインハルトは奥歯を噛みしめ目の鋭さを磨き上げる。 そうだ、まるで刀剣類のような切れ味になるまで……

 

「あのね、今から言う事、守ってほしいの」

「はい。 貴方の指示なら間違いはないでしょうし……全力で当たります」

「ありがとうざいます」

 

 それを朗らかな笑顔で包んであげたなのは。 それを見てアインハルトは一瞬だけ息を呑んでしまった……その顔のどこかに、そう、”彼”を見てしまったから。

 

「……本当、この時代から強い影響を受けていたんですね」

「え?」

「いえ、何でもありません」

 

 包み隠してしまったのは正体を知られるのが怖かったから? わからぬ彼女の引きに、高町なのはは少しだけ眉を動かし……靄の向こうを見る。

 

「フェイトちゃんは……言うまでもないよね」

「うん、”前に”何回かやってるし……大丈夫」

「ジークリンデさん……」

「おまかせします」

「……はい!」

 

 意思伝達完了。 皆が視線も合わせずに交わしたのは開幕の合図と約束。 目でものを言うだけで伝わるこの感覚はどういうことだ? 高町なのはの疑問は一瞬であった、今は只目の前の怪異をどうにかするのが先決で。

 

「みんな……」

「……ふむ、来るか」

 

 合図を送るものと、それを見届けるモノ。 緊張感と相対した気怠そうな声は、もう少し言い方を変えれば興味の無さを表している。 そうだ、この敵は語っているのだ……貴様たちでは役不足なのだと。

 

「ここは正直に――」

「なぬ?」

 

 なら、あぁそうだ……役不足だとそちらがのたまうと言うのなら――

 

「全力反転! 各員、全速前進!!」

 

 なのはが言うと、不思議とそのまま言われたとおりに敵に背を向けたアインハルト。 そのすがたは差し詰め軍曹にしごかれ続けた新米兵隊であろうか。

 

「敵前大逆走!!」

 

 フェイトが叫んだ瞬間にすべてが弾けたように爆炎が上がる。 

 脚を可能な限りに振りあげ、落としていく姿はアスリートそのもの。 そこから来る爆発力は地上最速と謳われるチーターですら目ではない……彼女たちは風と成った。

 

「…………まちぃや」

 

 そこに取り残されるどこかの誰かさん。 土煙で全貌がわからないその者は一人零しているだけであって。

 

「…………逃がすかぁああ!!」

 

 ふと我に返るや否や、今起こった出来事と自身に対する扱い……さらにその他諸々に対する不満の声腹の内にくべると、蒸気機関のように頭から湯気を上げて林の中を駆けぬけていく。

 ……これが、先ほどまでアインハルトを子供のようにあしらっていた人物である。 高町なのは、計らずとも敵の精神を揺さぶることに成功……したかもしれない。

 

 

 

 ――――25秒後の林の中。

 

「みんな急いで! 全力全開だよ!!」

 

 

 ブルーハワイというかき氷を知っているだろうか。 もともとはかき氷ではなくラムをベースとしたカクテルの一種なのだが、祭りなどでの露店で良く売られているあの風景を幼少期より擦りつけられた日本国民なら、かき氷の……と言った方が速いだろう。

 さて、なぜ今そんなくだらない事を聞いたかというと、皆さまにはイメージしてもらいたいからだ。 あの、冷え切った氷の上からさらに冷たい雰囲気を纏わせる魔法の液体、その姿を……だ。

 

 それが――――

 

「……ば、馬鹿な」

「ハルにゃん急がんと置いてかれるで?」

「…………そんな馬鹿な」

 

 アインハルト・ストラトスの今現在とっている表情である。

 

「逃げる……未熟とは言え覇王を名乗ってしまっている私が敵に背を向けていいものなのか」

「は、ハルにゃん!? あたまから湯気が!」

「…………敵前逃亡は……ぶつぶつ」

「あ、あかん。 なんやわからんけど過去の記憶がフラッシュバックしてるんよ」

 

 それでも彼女の足は止まらないところを見ると、どうやら”向こう”でなのはとはひと悶着あったのかそれとも……疑問が尽きない事この上ないが、時は待ってはくれない。 半ば放心状態のアインハルトの頭上から怒気が降り注ぐ。

 

「なぜ逃げる!!」

『うわっぷ?!』

 

 紫電が空間を裂いていく。 目で追えない、それだけ悟ると今の攻撃が自然界最速物体……光だと判断したなのはは叫ぶ――

 

「振り向かないで! 逃げるッたら逃げる!」

『……この期に及んで逃げるんですか?!』

「にげんなあ!!」

 

 両手を振って全力ダッシュ。 息も絶え絶えになってもまだ肺活量を上げていく彼女たちは果たして何を考えているのだろうか。 ……いや、言うまでもないだろう。

 

「ヴィヴィ……じゃなくってなのはさん! どうしてここまで徹底して逃げるんですか!?」

「勝てないときは引くことも肝心なの。 立ち向かうことは大事だけど、勝てないとわかっているのに突っ込むのは只の蛮勇……無駄だから」

「む、むだ……ですか?」

「うん。 残念ながらね」

 

 戦力比を冷静に見渡す高町なのは。 その様はまるで冷徹にも見えてしまい、幼い彼女よりも歳が上であるはずのアインハルトに……

 

「……く」

 

 歯を、軋ませる。

 

「申し訳ないけど、さっきの小競り合いでアインハルトさんの実力は大体教えてもらいましたから」

「……!? あ、あれだけで?」

 

 その言葉を聞いてもまだ信じられない。 ”自分が知っている彼女”ならまだしも、その頃に達していないはずの少女にしかも、彼女はまだ自分よりも幾分か幼いはずなのに。 先ほどからの逃走を思い起こしてしまえば、彼女の瞳に一瞬の迷いが浮かぶのは仕方がない事であり。

 

「信じられないよね。 でも、なのはの観察眼は悟空に鍛えてもらってからとんでもなく伸びてるから間違いはないと思う」

「……いえ、信じていない訳じゃ。 ただ驚いただけで、その」

「そっか。 でも間違えないでほしいんです、これはただ怖いとかそう言った意味で逃げてるんじゃないってことを」

「……はい」

 

 逃走中、全力で地面を蹴る中で向けられた強い瞳。 その中の強い意志を受け止めたのは同じ眼球ではない、心だ。 アインハルト・ストラトスは確かに見た! 高町なのはの瞳に燻る烈火のごとく猛る炎を……彼女は、決してあきらめているわけではない。

 そう確信出来た時だ。

 

「みつけたで! えぇ加減ちょこまかと――」

 

 謎の影が魔法少女達を捕捉する。 まとめて屠らんと振りあげた腕に集まる魔力は凶器の沙汰と言えばいいだろうか。 個人が持つ魔力にはそれぞれ色彩があるはずだが、彼女のそれは形容できないくらいに禍々しい。

 

 その、大規模な攻撃を前にした”彼女”は……

 

「はぁぁ」

 

 小さく息を吸い、右の拳を眼前にかざす。

 

「あ、アインハル――」

 

 その光景は先ほどの約束を違うモノ? 高町なのはは制止の声を出そうとしたが、それはまたも別の音……胎動と言っていいのだろうか、その静かな音に遮られる。 その正体を見たフェイトは……目を見開く

 

「…………っ!!」

「じ、ジークリンデさん!?」

 

 先ほどの”のほほん”としていた垂れ目風な彼女が、まるで殺戮に染まった強戦士のような眼差しをするのだ。 あまりにも急激は変化はもう変貌と言ってもいいだろう、此処までの変わりようはあの超戦士以来。 フェイトの息は吐いたまま吸うことを忘れる。

 

「まとめて――」

『…………』

 

 襲撃者の声が上がると、その手に輝く魔力の光りが極光へと至る。 あまりにも強い光度は網膜を焼きつくすように痛く、辛い。 しかしだ。

 

「堕ちろ!!」

「……まずはウチから」

 

 その手から零れ落ちた光りが地上の魔法少女達を焼き尽くさんと降り注いだその瞬間であった。 いつの間にか装着されていたジークリンデの黒い籠手が……エレミアという名の意味を……見せつける。

 

「なにをする気だ……?」

 

 襲撃者はここに来て急激な温度変化に襲われる。 不意に来る肌寒さは突き刺すような冷気を携える。 しかしそれはおかしいことだ、別に凍結だとか氷結だとかの術をこの中の誰かが使っているわけではないのだから。

 

「なんなんだ、この……悪寒?!」

 

 ジークリンデの手のひらに集まる黒い光。 それは半年前に現れたあのサイヤ人が放つ光とは正反対の色合いで、しかし意味合い的には同ベクトル。

 

「いくで……ッ」

 

 構えなどない、ただその溢れる力を拳に乗せて振りぬいていくだけ……破壊の力、喰らい付けば全てを無に帰すイレイザーという部類の技の名は。

 

「ガイスト・クヴァールッ!」

 

 

 拳が打ち出す黒い光。 まるですべてを呑み込むその黒は……その実、全ての色素を混ぜ合わせた混沌の色だったのかもしれない。 全てであり、無……黒い衝撃がいま、襲撃者より放たれた光弾に向かって牙を剥く。

 

「な、に?!」

「…………」

 

 ジークリンデは剥き出しの凶器をしまわない。 攻撃を終えた直後の硬直から抜け出せないというのもあるが、その視線、その目線……その、相手に死を予感させる冷たい瞳は訴えかける。

 …………かかった、と。

 

「――――――覇王流!!」

「なんだと?」

 

 ここに来て、己が眼前に手のひらを差し出していた覇王が一人、天に向かって咆える。 声帯からの衝撃は胸の鼓動を速め、全身を駆け巡る血流が一気にその速さが増し、体中の力を急速に引き上げる。

 

 一時的な力の底上げは、かの強戦士を彷彿させる光景。 しかし、魔導師である彼女にそんな真似はできる訳が無く。 ここで自己流のアレンジが入る。

 

「はぁぁぁぁ」

 

 身体中を駆け巡る力……魔力が右腕に集まっていく。

 輝く右腕を引きつけたその様はまさに拳銃の撃鉄。 落ちて、打ちつける瞬間を今か今かと待ち続ける。

 

 そして飛ぶ。 全身をばねにした急激な上昇はさしもの襲撃者も驚きのたまう。 ……なぜなから彼女が飛んだ先は――

 

「あ、アインハルトさん!?」

「あの人……相手の光弾に突っ込んだッ?!」

 

 今この瞬間、互いの力をぶつけ合おうとした漆黒色とカオス色の光弾へと向かっていたのだから。

 それらが激突するときにはもう、アインハルトは爆発が届く圏内に身体を侵入させていた。 ……捻る身体、その動作の意味を回避と取ったのだろう、襲撃者の目は見下すソレを作るに至る。 ……なんて、愚かな猪なのだろう……と。

 

――――それが、決定的な隙と成った。

 

「…………ばかな」

「え、いま……」

「なにが起こったの!?」

 

 未来組以外のこの場にいるすべてが驚愕に染まる。 迫りくるカオス色の光弾は、例え直撃でなくとも周囲に甚大な被害を被らせただろう。 破壊をもたらす忌むべき星……その縁が三日月のように割れる。

 

「ジークリンデの攻撃があの魔力弾にあたったと思ったら……どうなってるの!?」

「でも、攻撃が完全に消えたわけじゃ――」

 

 フェイトは目を見開き、なのははそれでも冷静に分析する。 迫りくる三日月は最後のあがきのように目の前の少女……猪と嘲笑われた覇王へ向かって顎を開く。 消えろ、潰えろ、微塵に返す……迫る凶弾に、それでもアインハルトの凛々しいまでの瞳は曇らず、まっすぐに見据える。

 

「旋……」

 

 この攻撃のその先を――

 

「衝――」

 

 己が生きざまを嘲った無礼者を……

 

 飛びながら身体を捻り、直線運動にもうワンアクション加える彼女。 輝く腕を引いたまま、背中の筋をめいいっぱい捻ると左手で空気をかき、一気にその腕を……引かれた撃鉄を落とす。

 

「破ぁぁああああ――――ッ!!」

 

 輝く右腕が三日月に触れるとき、沈むはずだった月は朝日へと昇っていく。

 

「漆黒の魔力と消滅を司る爪、さらにこちらの攻撃を跳ね返す高速の拳打……か。 まさか彼奴らめ、このような時代に古代ベルカの技法を使うなど……避けきれぬか」

 

 その先にいる不遜ものに、今まで嘲笑を弾き返す。

 

 ……結界で覆われた狭い空に、衝撃音が響き渡る。

 

「なのはさん!」

「は、はい?!」

「いまです、続きを」

「つ、つづき……?」

 

 着地と同時に振り向いたアインハルト。 その先にいる高町なのはと言葉を交えると、なんと彼女にむかって走り出す。

 

「あの?!」

 

 右腕をなのはの膝の裏に通すと一気に持ち上げる。 所謂抱きかかえる形になるのだが、そんなこと考える猶予なんてアインハルトは与える気など内容で。

 

「――ッ!」

「ば、爆発!?」

 

 走り去った場から立ち昇る爆炎に視線を伸ばそうとするも、伸長150センチの彼女がそれを阻害する。 いまはただ、アレからこの身を遠ざけるのが先決。 同じく後ろから追いついてくるジークリンデもいつの間にか戻っていた眠たそうな目に光を灯して『アレ』から逃げおおせる。

 

「なのはさんの言っていた意味、どことなくわかってきたかもしれないです」

「……どういうことかな」

「あの人、なんというか……敵対していたくない」

「…………」

「敵意はあっても殺意がまったくない。 なんだか、その……ほんの昔、ししょ――悟空さんと出会った頃のわたしを見ている様で」

「……アインハルトさんもあんな感じだったんですか?」

「え、えぇあの、その……」

 

 頬に少しだけ雫が零れる。 あぁ、この子は……そんなことをつぶやいたなのははどこまで見抜いていたのやら。 何となくアインハルトの背後に山吹色を見たことだけは此処に追記しておこう。

 

 そして。

 

「なのはさん、ハルにゃん、段々向こうの攻撃がきつうなって来たんよ。 ここは一回二手に分かれて」

「わたしもアインハルトと同意見かな。 なのは、一端このままわたしとジークリンデ。 なのはとアインハルトで別方向に散ろう」

「そうだね、確かにそれなら全滅の可能性も低くなるかも」

 

 機を伺うことの大切さ。 この短期間でそれが嫌というほど分かったという事なのだろうか。

 

「逃がすと思ってるのかこの童どもが!!」

 

 しかしそれを聞いて腹が立つ王様のような発言。 完全に上から見下ろす形になっている声はそのまま一気にテンションを引き上げる。 空に浮いているその足元から滲み出た文字たち、それらが三角形に作られるとゆっくりと回転していく。

 

「紅に染まりし月輪(がちりん)、虚空の果てに鮮血の夜を照らし出せ――」

「なに、この詠唱……」

「聞いたことが無い」

「なのは! あれ……」

『!!?』

 

 フェイトが思わず指さした。

 その先に浮かび上がる無数の……刃。 色は赤、鋭さは計り知れずその量は……膨大。 朝焼けの景色が血の色で染め上げられる。

 

「天に刃、地に業火! 狂えよ世界、死せよ常世――」

 

 詠唱者の声が空を響く。 その度に増えていくのは短刀……そう、血のように赤に染まった短いナイフだ。 先は尖り、刃渡りは短いが厚みがある。 アーミーナイフだとかを想像すればいいかもしれないが、威力は推して知るべし。

 

 そしてこのヤイバ実は、なのはとフェイトには見覚えがあったのだ。

 

「あれってリインフォースさんが使ってた技!?」

「しかも刀身に当てられてるのはあの時と同じ……魔力! いつか悟空がやって見せた”気を纏わせる”攻撃の魔力版!」

『悟空さん(師匠)の?!』

 

 結界内の低い空を覆い隠すこのナイフの群。 まるで雲のように天上を遮るそれはひたすらに待っていた。

 

「さぁ、貴様ら今まで散々コケにしてくれた報いを受ける覚悟はできておるな……?」

『!』

 

 創造主の御心、自身が相手の五臓六腑を八つ裂きにするその瞬間を、ただひたすらに。

 

「恐怖しろ! 跪いて赦しを請え――」

 

 詠唱者の指先が天を仰ぐと刃が一斉に角度を変える。 その様は訓練された軍隊も顔負け、見てしまった子供たちはその異様さに頬を引きつらせる。

 

「おぉぉオオーー」

 

 振りかぶり、打ち下ろさんと腕を動かす。 そうするだけで幾百の凶刃が空より降りかかり、大地を血で染め上げるだろう。 その瞬間をただ眺めることしかできないのは、彼女たちに武器がないから? ……もしも全力戦闘が可能でも、あれを完全に対処できただろうか。

 

 ……それは、分らない。 ……後に高町なのはは言っただろう。

 

 

 なぜなら。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――バキンッッ!!!!

 

 

 

『え……?』

「な、……に!?」

 

 空が、晴れてしまったから。

 大空だ、今までの狭い空ではない本物の空。 薄気味悪い弄られた次元歪曲を払われたそこには、今偶然やってきた小鳥が一羽、「チリリ」とさえずり飛び去っていく。 その、あまりにも平和然とした空があまりにも綺麗だったから……

 皆は呆け、今までの戦いを一瞬でも忘れてしまう。

 

「なんだというのだ……我の結界がいともたやすく――何の前触れもなくガラスを叩くように割られたなどありえん!!?」

 

 それでも、すぐさま帰ってこられた襲撃者は周りを“観る” 一点に絞られた視線ではなく広げられた視界は其の者をはっきりと捉える。 黒いブーツ、黒いアンダーに黒い帯、しかしそれらをアクセントとして飾られている主体的な色合いはもちろん……

 

「…………居たな、あやつなら」

 

 ――――山吹色。

 故に襲撃者は理解した。 だから襲撃者は少し微笑んだ。 今まで相手にしていた魔導の物たちが真の意味で童として見えてしまうほどの力の持ち主が、いま――

 

「ど、どどど―どいて王さまぁぁ~~~~!」

「……………………………………は?」

 

 ……なんだろう、何か青い米粒が見えるのは気のせいだろうか。 今起こった災害をもたらしたナニカを通り越して別の何かがこっちに降りかかってくる。 高速の砲弾、色合い的には”彼”の技にも見えなくはないがおかしい。 技が、喋りかけてきた。

 

「車、ダンプカー、新幹線よりも速い僕はやっぱり急にはとまれない~~☆」

「馬鹿者!! 何を血迷って……って、こっちに来るでない愚か者! とまれぇい!」

「むりむりーーーー!!」

 

 …………ここで突然だが昔話をしよう。

 とある天下一を決める大会の、ある年の決勝戦。 熾烈を決めたそれはついに舞台を識別不明なほどにまで被害を拡大させた。 ある時は巨人対小人、またある時は肩に穴がある人間対腕を再生させた男。 まさに熾烈を極めたその戦い、それを飾ったのは光線でもなければ派手な業でもない。

 

 ひゅるるるるるる~~~~~~

 

「れ、レヴィ!! いいから止まれと言うておろうに!!」

「あはははは~~ごめんね王さま――――」

 

 

 頭突きである!!

 

 只々硬いアタマを相手の左わき腹に激突させたのである。

 

 しかし威力はというとこれまた人外魔境。 直前の大爆発により空高く舞い上がって、しかも自身の技によりその高度は500を優に超えていたはずだ。 さらにそこから弾丸飛行を決め込み、ほとんど自由落下という中で繰り出された真の意味での弾丸飛行。 それを持ってして放たれた頭突きはおそらく相当の物だろう。

 しかも脇腹だ、片側の脇腹だ。 5本は余裕、内臓に突き刺さり損傷も確実、下手をすれば右半身が消えていてもおかしくないはずだった。

 

 それを受けて立ち上がれるかと聞かれたら…………答えは地獄の治安係にでも聞いてみると良いだろう。 堕ちたら聞いてみてもらいたいものだ。

 

 兎にも角にも何が言いたいかというと。

 

「い、痛そう……」

「あれ、不味いと思う」

「インターミドルだってあそこまでやらない」

「酷い、イレイザー系で消された方がまだやさしいとちゃうん……?」

 

 その、かつて大魔王を悶絶させた一撃が攻撃態勢マンマンだった襲撃者に直撃したのである。 降りかかった不幸はシューティングスター、きれいな放物線を描かずにただ一直線に地上の星に変わってしまった。

 

「こ、この……大ぼけ」

「あたまがぐわんぐわんするぅ~~」

 

 だが待ってほしい、彼女の不幸はこんなところで終わるほど軟じゃない。

 

 彼女自身地上の星になったけど、まだ待っている兵が幾百もあるんだ。 それを率いることをしないなんて傲慢態度の王様然としていた人物が取っていい行動ではない……けじめを取るのが上の人間の仕事だ。

 

「し、しぬ……けふっ」

 

 だからかそうでないのか、解ってやったのか否か。 ……隕石になった襲撃者は、今のいままで命令を待てと渋っていた”指”を、今この瞬間に振り落とす。

 

「……ん?」

『…………あ』

 

 刃が一斉に向きを変える。 その様は訓練された軍隊のよう……その矛先が乗艦であることを除いてだが。

 

「え、おいちょっとまて!」

 

 車も、飛行機も電車も急に止まれないのだ。 だったら刃の形を取っているとはいえ、雨だってやはり。

 

「う、うぁ――」

 

 

 急には止まれない。 惨劇は、一気に降り注ぐ。

 

 

「うぎゃあああああああああああッッッ!!!!」

『な、南無阿弥陀仏……』

 

 今の一連の動きを見送ることを強要させられた魔法少女達は揃って手のひらを合わせていた。 出てきた言葉はお約束、どうか、このまま何の迷いもなく逝っておくれと送り出す言葉であった。

 

 

 青い襲撃者、ここに今たしかに獲物を一匹しとめたのである!!

 

 

 

 そこから、数十分の時が流れた。

 

 AM8時13分 温泉旅館エントランス

 

 明るい色の絨毯が敷き詰められた和風邸。 入り口だからと、若干派手目に気を遣っているのだろうか、少しだけ不釣り合いになってしまっているのは減点だろう。 だがエントランスと旅館の庭先を繋ぐ出入口、そこにはやや大きめのソファーが二つ、対面できるように鎮座し、外に若干積もった雪を5,6人で肴に出来る風流さは高ポイントだ。

 

 今現在、そこに座っているモノの胸の内までが良好なのかはわかりかねるが。 

 

 

「で?」

「……びくっ!」

 

 冷たい声が突き刺さる威力は確かに強く、痛々しいモノであった。

 

「まったく貴方たちはわたしがまだ実体化に成功していないにもかかわらず先に飛び出し、尚且つあんな詰まらない自爆で幕を閉じるとはどういうことなのでしょうか」

「いや、最初は押してはいたのだ」

「僕だって良いせんいったんだぞ!」

「戦場に途中だとかはいらないと思うのですが、違いますか我が王よ」

「……そ、それはだな」

「うぅ……」

 

 ソファーで雪景色を肴にアールグレイで喉をならす栗毛色の女の子は小さくため息を吐いていた。 その横には日本古来の座り方……正座にて自分の恥をさらされている者が二人。 ……灰色と水色の髪を申し訳なさそうに揺らしている。 完全に只の説教部屋だ、それが周りの反応であった。

 

 さて、そんな冷ややかでありながら暖かさを含んだ視線の群集は此処でざっくりと作戦タイムを敢行していた。

 

「ねぇ、悟空くんどうするのあの人たち」

「ん?」

 

 と言っても行うことは只の確認であろう。 ここにあの襲撃者たちを連れてきたのはやはり孫悟空。 彼は激突音が聞こえたと思ったらそのまま彼女たちの制止を確認、首元に触れた手を離すと同時に少しだけ汗をかくと、急いでユーノの下に駆け込んだ次第である。

 

「いやまぁ、なんでこんなんことしたか教えてもらわねぇとなぁ」

「それはそうだけど」

「まぁ、オラの直感だけどコイツら自身に凶悪な殺意だとかは感じねぇから、放っておいてもとりあえず大ぇ丈夫だとは思うけどよ……」

「目、離せないよね」

「あぁ」

 

 そのまま腕を組んだ悟空は少しだけ表情を曇らせる。 そんな彼の背中に響く足音、少しだけ老齢を感じさせるそれはこの旅館で出せるのはふたりしかいない……更に軽い音から察するに……

 

「どうすっかな、プレシア」

「……どうしましょうね」

「あ、おはようございます」

「おはよう、なのはちゃん」

 

 魔女、参上。

 

 灰色の髪を自由に波打たせる大魔導師は、普段の白衣姿からは一転して黒い浴衣にその身を包んでいる。 紫がパーソナルカラーな彼女には珍しいチョイスのその浴衣、というかそんな色はおそらくこの旅館のどこを探してもないはず。 ……彼女の私物だろうか。

 

「なんだかあの三人を見ていると今年の春先を思い出してならないわ」

「……え?」

「なのはちゃんにフェイト、それにこのあいだ助け出した八神はやてちゃん。 三人によく似ているとは思えない? 特に今まで紅茶をここで飲んでいた子なんてまるっきりじゃない」

「まぁな。 気がねぇところ見るにシグナムと同じ――」

「そうじゃないわよ。 ……状態的に何となく似てるのよ、貴方とターレスの対比に」

「――ぁああ!! そういえば!」

 

 そっくりな容姿と体型、違うのは中身とパーソナルカラーというところであろう悟空とターレス。 思い出した途端、手を叩いて口を開いていた悟空はつい、大声で叫んでしまう。 ……その、意味が解らない人物は彼に向かい。

 

「あの、悟空さん。 たーれすってなんですか?」

「人なの? あんたに似てるって……?」

「あ、……あぁ~~」

 

 つい、質問を投げかけていた。

 どう返すべきだろう、時にすずかの場合はいつか交わした約束もある。 孫悟空はほんの少しだけ表情を雲らせてしまう。 言うべきか、やめておくべきか……

 

「言っておくか」

『??』

「ターレスっちゅうのはオラと同じサイヤ人でよ、姿とかはオラとまったくと言っていいほど一緒なんだが、性格はホントに最悪なやつだったかな」

「悟空さんと……でも悟空さんが最悪っていうなんて――」

「アイツ、なのはとユーノを殺しかけたんだ。 何の容赦もなく遊び半分でな」

『…………ッ!!』

「だから、二度と悪さできねぇ様に懲らしめてやった」

 

 笑顔は消えていた。 そんな彼の表情を見たらそれ以上の詮索が出来ようはずがない……初めて聞いた彼から出る不穏な単語に、平和な世界を歩んできたお嬢様二人は少しだけ足元が揺れた気がした。 ……そうだ、表現こそは緩いが結局のところ。

 

「と、ところであんたなんか変なこと言ってたわよね?」

「なにがだ?」

「いや、ほら……ナントカ人って」

「あぁ、そういやアリサには言ってなかったな」

 

 それを聞くのはしない。 大戦の英雄になった軍人にあんたって人殺しよねと聞くような物だろう、心のどこかへ仕舞い込んだ質問は重苦しいモノであったろう。 だからこそずらした会話、どこかの外国人なのだろうかと、思ったアリサは彼の事を今ようやく……

 

「オラ地球人じゃねぇんだ」

「…………はい?」

 

 理解する。

 

「まぁ、とにかくオラに似た奴がいろいろ悪さしてたって話だ。 もう、過ぎちまった事さ」

『……』

「それよりもまずはあの三人組だな。 ……ん、何となく雰囲気が落ち着いてきたかな? なのはに似てる奴が紅茶のおかわりしてらぁ」

 

 いやちょっと待ちなさいよ……後ろから聞こえる声は少しだけ流しておく悟空。 抜き合うのはまたあとでと、少しだけ心で謝ると庭へつながる出入口に足を運んでいく。 すぐ後ろで鳴る音は足音だろうか? 彼がとまるとなくなることから付いてきているのだろう……数にして、おおよそ6人分くらい。 それらは何も言葉を発せずひたすらに待つ。

 

 彼が、例の三人に話しかけるのを。

 

「……あら?」

「あ!」

「ぬ?」

 

 栗毛、水色、灰色の順で振り向いてくる彼女たち。 その容姿を見た時、やはり皆の反応はかなりざわめいているようだ。 それは、悟空の背後にいる者たちも同様であって……そんな彼等彼女たちを置いていく様に、悟空はついに彼女たちへ言葉を紡いでいく。

 

「なぁ、そんな窓際にいて寒くねぇんか?」

『…………』

 

 出だしはまぁこの程度だろう。 探りを入れるのならまず、会話を弾ませる必要があるのだから。 勝手にそう解釈した周囲の人間は、悟空の次の言葉を待つ。 しかし……だ。

 

「心配、してくれているのですか」

「ん? あぁ、まぁな」

「優しい方、お心遣いありがとうございます」

 

 栗毛の女の子が光の少ない目で微笑んでくる。 別段、不気味さとかはないのだが、何やらこの娘の態度に納得がいかない人物が……複数人いるらしい。 周囲はさらにざわめく。

 

「ね、ねぇすずか。 さっきまでの反応とは打って変わって、なんだかとっても嬉しそうに見えるのは気のせい?」

「表情は全然冷たいようにしか見えないけど、なんだか口元が緩んだ気がする」

『……まさか』

 

 気づいたのは大人びた年少組(一般人代表)のふたり。 彼女たちは栗毛の女の子の反応にどこか親近感を覚えつつ、少しだけ心に冷たい感覚を残してしまう……冷や汗、そう言うのではないだろうが。

 

「ですけどその言葉だけで十分です。 わたしは、故あって多少の寒さなど堪えませんので」

「そうなんか? ……んじゃ、そっちのもそうなのか」

「はい」

「……へぇ、昔のオラは寒いのダメだったからなぁ……ん?」

 

 中々感心。 悟空が栗毛の女児とその他二人を見直している最中である。 視線が横にスライドしていく中、携帯電話の着信バイブのような振動音を耳に捉える。 それに、注視していくと……

 

「うぅ……ささ、さ、さむい」

「王たる我にこのような仕打ち……だ、だが―――の言う事もまた真理……ぐぐぅ」

「……あり?」

 

 子供が二人、寒さに凍えて震えていた。 その様は梅雨時に道端へ供えられた段ボールin仔犬さまの様でいて。 そんな姿を見てしまったら、幾ら悟空でも心配の『しの字』ぐらいはしてしまい。

 

「……お、おい? こいつら、なんかとっても寒そうにしてるように見えんだけど……いいんか?」

「いいのです」

「いやぁ、でもよ……」

「いいのです。 彼女たちはあれで喜んでいるのですから」

「……そうか、ならしかたねぇな」

『んなわけあるかッ!!』

 

 言ってやった矢先に飛んできた方向に汗が頭部に浮かび上がる。 というか、なんだかんだでこの娘たちの力関係を掴み始めた悟空は、おそらくこの中で一番の権力者である『彼女』を見る。

 

「なぁ」

「どうかしましたか?」

「いやよ? おめぇ達、いったい何がしたくてあんなことしてたんだ?」

「あら、わたしは貴方の言い付けどおりここで大人しくティータイムに入っていたのですけど。 そんなわたしを共犯者に貶めるだなんて……」

 

 栗毛の少女がティーカップを口に付ける。 コクリとならされる喉のおとが、悟空の耳には果たして届いたのか。 流し目で、尚且つどこか面白くないと言った風な彼女しか見ていない悟空には、きっと届いていなかったであろう。 そして……

 

「えっと……『こいつら』って」

「はい、おそらく初めて外に出てこれたので少々はしゃぎ過ぎたのかと」

「はじめて? 出られた……ってことはおめぇ達、いままでどこかに閉じ込められてたんか?」

「えぇ、さすが鋭い」

 

 ちいさな音を立てると、カップをテーブルに置く。 そこからソファーの背もたれに寄り掛かると悟空を一瞥。 少しだけ微笑んだかと思うと、自身が身体を預けているソファー、人が三人は座れるくらいのゆったりとしたそれはいま、栗毛色の彼女が中央を独占している。

 黒いドレスを着た、少女に……だ。

 

「……ふふ」

「ん?」

 

 そんな彼女はいま、少しだけ含みのある微笑。 ことここに来て、孫悟空が帰ってきた8時からは笑ってばかりの彼女……そんな少女は、独占していたソファーの面積を7割だけ開けて見せる。

 

「少し長い話になりそうなので、座ってお聞きください」

「そうか? ……んじゃ、オラこっちに」

 

 話し合いだ、当然悟空は相手の目を見て話したい。 だから対面のソファーに腰をかけようとするのでだが。

 

「……こちらの方があたたかいですよ」

「いや、でもそこじゃ話ができねぇだろ」

「寒いのは苦手だったはずだと思ったのですが?」

「そうじゃなくてよ……」

「だめ、です……?」

 

 引きとめられてしまう彼は、そのまま少女の表情を見て固まってしまう。 幼子ではなく、かなり精神的に大人びたところ、冷たい眼差しの中にあふれる親愛。 そのすべてが、後ろにいる幼馴染で在りつつ弟子であるという複雑な親交に発展した少女と酷似した姿でやってのける。

 それは、みるモノが見たらかなり複雑な状況であっただろう。

 ほとんど似通った容姿の娘が、今まで取るはずのない行動を平然と、大胆にやってくるのだから。

 

「わかった」

「……ふふ、それはよかった」

「……その顔でそんな風にされると聞かねぇ訳にもいかなくなっちまうぞ…………」

「あら、貴方にそのような父性があったなんて。 意外な一面が見れました……うふふ」

 

 ゆっくりと栗毛色の少女の隣に腰を掛ける―――――何かが、握りつぶされる音が聞こえる。

 

「…………………………………………………なんだろう、胸がもやもやする」

「す、すずか今あんた……」

 

 ここだけの話、孫悟空の正体をきっかりと知っているのはリインフォースと高町なのは、そしてフェイト・テスタロッサぐらいであろう。 騎士たちは何時ぞやの“同期現象”である程度は知っているがそれは断片的。

 ……そのことは、かなりな具合で危険な状態であった。

 

「……すずかの奴、気が相当に乱れてやがるがどうなっちまってんだ」

「他の女の話なんて……いまは『わたし達』の話をしましょう」

「……え? あ、あぁ」

 

 戦闘では押しが強いサイヤ人も事、色恋沙汰では押しに弱いようで。 何となく押され気味な彼は、栗毛色の彼女のペースに完全に呑まれていく―――――――その後ろで、藍色の髪が乱れる。

 

「……………………………………………のどが、かわいたな」

「ちょっと何いってるのよすずか?」

 

 栗毛色の少女は視線を流すと、今のいままで反省を実行に移させていた先走り者にそれを固定する。

 

「こちらの水色の髪をしたのがレヴィ。 雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)

「やっほー」

 

 言うなり視線をもう少し流すと、今度は灰色の頭に目が留まる。

 

「わたし達三人のまとめ役であり……」

「君主とも言うな、闇統べる王(ロード・ディアーチェ)だ、敬い恐れおののくがいい」

 

 くくっ、そんな笑いが漏れたかと思うと悟空に向かってニヤけてるのか睨んでいるのか判らない視線を飛ばしてくる。 一体、彼女は彼に何を見たのか……そして。

 

星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクタ―) 以後お見知りおきを」

 

 小さく首を傾げて、薄い表情の中に最大限の温かみを生み出していく。 その笑みは、やはり似ているからだろうか高町なのはと同様に、咲いた花のような暖かさを見たものに抱かせる。 ……見せている相手がたった一人だという事は置いておくとしてもだ。

 

「レヴィにロード、それにシュテルなぁ」

「あぁ、我の事はディアーチェでよい。 そっちは君主という意味で名ではない」

「ふーん、そっか」

 

 色とりどりの頭を見渡した悟空は、君主と言うディアーチェに一言貰いつつ後頭部をさする。 少しだけ視線がそっぽを向くと何やら思案顔。 一呼吸置くと、そのまま纏め役だと紹介された彼女を……

 

「なぁ」

「…………なんだ?」

 

 視線で射抜く。 この時、恭也と士郎を筆頭に武芸者関係者の感覚センサーが一気に振れる。 まだ未熟で、カリン塔からキングキャッスルにいるピッコロの存在を感じ取って見せた16歳当時の悟空にさえ及ばないけれど、そんな小さいセンサーでも今のは分った。

 

 彼は、少しだけ言葉に”力”を入れていることを。

 

「おめぇ達がなにモンかは大体分かった。 気がねぇところ見ると、どうやらシグナムたちと似たような存在だって事、それになのはたちに似てるのもおそらくだけど訳があるんだろ?」

「ほう、なかなか――」

「さすが、奇妙奇天烈な人生を歩んできただけはありますね。 理解と憶測の精度が素晴らしいです」

「……むぅ」

「お、おう」

 

 その声にも動じず、というより嬉々とした雰囲気なのはどういうことだ?

 

「………………悟空、さん」

「す、すずか!? あんたなんか目の色が……?」

「……ふふ」

 

 月村の息女の目の色が変わったように見えたのもどういうことだ?

 その姿を見たアリサは若干の気おくれ。 紅色に染まる瞳は鮮血のような生々しさを放ち、見たモノに畏怖の感情を持たせる……はずだったのに。

 

「あ、あの――」

「あら?」

 

 踏み出す一歩。 駆ける声。 しかしそれは少女の形をした楊貴妃(悪女)のせいで……

 

「ご、悟空さん困ってるじゃないですか。 は、離れてください!」

「そうかしら? 見たところ満更って訳でも……無いわけではなさそうですね。 そもそもこんな幼女の身体に惹かれるわけもありませんか」

「いや、ちゅうかよ――」

 

 止められ、尚且つ彼は、孫悟空はついに月村のすずかお嬢さまを前にして、禁断の言の葉を紡いでしまう。

 

 

 

「――――――――――――オラ、もう結婚してんだぞ? なのに色気ふりまこうとしてんのか、おめぇ?」

 

 

―――――――――――――――――はい?

 

 

 

 世界が、凍りついた。

 

 凍土とは凍った大地という意味なのだが、それを比喩的表現に持って行くならば“生物が活動できない土地”という意味合いを込められるときもある。 その中でも己がカラダと意思を強く持つ者は、身体を変化・進化させて生きながらえることが出来るだろう。

 だが、彼女は幼い。 見た目以上に大人びた雰囲気、知識、礼儀作法を身に付けたとしてもまだ9歳の子供なのだ。 たかが九年の月日でひとはなにが出来る? ……サイヤ人なら1から3へと壁を超えるだろうが、地球人なら察しの通り。 あまり、得るモノは少ないであろう。

 

 そうだ、まだ未熟なのだ彼女は。

 

 そんな彼女に今の発言は――

 

 

「…………………………………………………うそ、ですよね」

 

 ――――バキリッッ!!

 

 致命的過ぎた。 危篤を通り越し葬式みたいな顔をしてしまったすずかは、怒りや混乱よりも悲しみの度合いが強すぎた。 ……そうだ、悲しむことが先に来ていた彼女は……

 

「すずか?」

「そう、ですよね。 ……前にみんなで遊びに行った時も思ってました、悟空さん、なんだかお父さんみたいな暖かさがあるって」

 

 どこかで、気が付いていたのかもしれない。

 

「おめぇ……」

「い、いいんです。 わかってます……こんなに良い方が身持ちじゃないはずがないですもん。 わたしも、想像くらいしたことあります」

「あ、あぁ」

 

 藍色の髪が、哀の感情を強くした。 揺らされた長髪とが相まって、彼女が何を想い抱いているのかを連想させるのは容易い。 でも、答えてやる事なんてできない現状が彼女をさらに苦しめて。

 

「だ、大丈夫です!」

「すずか……」

 

 その姿を見たアリサ・バニングスは、彼女の目に雫が零れるのを見逃さなかった。 煌めく水滴が床を濡らし、それでもニコリと笑って見せようと振る舞うすずか……彼女は、強くはないが、決して弱い女性ではない。

 

「だいじょうぶ……っ」

『すずか!!?』

 

 突然振り向き、玄関口へと消えていく。 その走りは常人ならざる速さを見せ、まるで誰もを置いて行くかのような走り方は彼女の言いたいことを代弁するかのようだ。 ……誰も、追いかけてこないでと。

 

「……やってしまいましたね、孫悟空」

「あ~~! 斉天さまイケナイんだーー! 女の子泣かせた!」

「愚か者めが。 女子(おなご)にあのような顔をさせるとは……恥を知れ」

 

 一番近くの3人組が一気にやかましくなる。 女三人で姦しいなら、それが3セット集まればなんというのか……なのは、フェイト、はやて、シグナムにシャマルとヴィータ…………その他諸々の女性陣が悟空に冷たい視線を送る中。

 彼は……

 

「…………参ったなこりゃ」

 

 事の重大さをようやく思い知る。 まさか怒るのでもなく、喚くのでもなく、声を殺して我慢するとは……姉を伴侶とする高町恭也は事ここに至ってようやく月村の人間の慎ましさを思い知り、情念の深さを思い出させる。

 想えば一直線。 堕ちてしまうから恋なのだ。

 

 

「――Foreign loveとはよく言ったものだ。 斉天の、何をしておる」

「え?」

「さっさと追いかけてやらぬか! 男にあのような涙を流す者など過去も未来も探したとしてもそれほどおらん。 せめて雫を拭いてやるくらいしてやるのが後始末のやり方であろう?」

「そうなんか……そっか。 んじゃ、いっちょ行ってくる」

「そうせい」

 

 ディアーチェと呼ばれた少女……八神はやてに酷似している彼女が、尊大に言い放つ中で悟空は人差し指と中指を突出し、己の額に寄せていく。 それを、見ていたアリサは視線鋭く言い放つ。

 

「悟空! 今回はソレ、やめときなさいよ」

「え?」

「すずか、少しだけ心の整理をする必要があると思うの。 走りながらでもいい、少しだけ時間をかけてやりなさいよ」

「…………そう言うもんか」

「そうよ!」

 

 腕組み直して、金髪の令嬢が激を入れる。 その姿が今度こそ異世界の天才科学者に丸被りなところはかなりの説得力を悟空に持たせる。 少なくても、いまの悟空に瞬間移動をとりやめさせることは出来たはずだ。

 

「んじゃ、今回はゆっくり探してやるか。 ……速くと言ったり遅くと言ったりすんのも訳があるんだろうし」

「孫悟空」

 

 そして、そんな彼に更なるアドバイスを送りたいがために呼び止めたのが一人。

 

「なんだ、今度は夜天か?」

「…………」

 

 それは闇を祓い、夜天の称号を獲得した月のような光沢を銀髪に秘めた女性。 年にして17,8そこいらの彼女は悟空に足早で近づき、左足が地面に触れるかそうでないかというところである。

 

「気を付けなさい、貴方はいろいろとこの世界に動乱を持ち出してしまう」

「あぁ、そうみてぇだな。 なるべく”早く行く様に”は気を付ける」

「……そうですか“わかっているのならいいですが”」

「おう」

『???』

 

 脚の動きよりも速く、自分達の用事を済ませた世界最強たちはここで一旦道を違える。

 

「――――っ」

『い、いっちゃった……』

 

 ことの展開の急さに呆気に取られてしまっている会場のほとんど。 やや年齢が行っているリンディ以下数名と使い魔の猫姉妹はここで、ようやく凍った身体を氷解させることに成功して……

 

「結婚て――ねぇロッテ。 あ、あの坊やって今いくつなの……?」

「しらない……ただ三十路を超えてるってのは情報で」

「三十路!? わ、わたし悟空くんからは25、6だって聞いてたのだけど」

「孫くんの年齢についてはあまりわたしたちの常識に当て嵌めて考えない方がいいかもしれないわ。 記憶喪失の上、戦闘民族サイヤ人ですもの、大猿への変身に超サイヤ人への変異に加えてその身体をいつまでも全盛期に保たせようとする身体の何らかの機関があっても驚けないわ」

 

 大人は何となく冷静さを取り戻しつつ。

 

「ば、馬鹿な……悟空が結婚だと……!」

「なんだか世界の不思議を見た気がするわ」

 

 忍と恭也は体中から脱力していた。 一気に向けていく気力に、全身が気怠さに襲われている最中。

 

「すずかちゃん、辛いだろうな」

「そうね。 すずかの悟空さんを見る目、とっても輝いていたから……本当に残念だわ」

「……既に誰かと添い遂げているのなら、それを曲げてまでくっつけてやる事なんて俺にはできない……したくない。 けど」

 

 そこで一拍。

 置いた空気はなにを物語るのだろうか……望んだ未来は欲しかったものじゃなかったけど、それでもと思ってしまうのは人のサガ。 恭也はそこからさらに深呼吸を加えると右こぶしを軽く作る。

 

「帰ってきたら一発位ぶん殴ってやる。 大事な義妹を泣かせたんだからな」

「そう、ねぇ」

 

 痛がるだとか、ダメージを通すだとかは関係ない。 その行為が大事だと思えるのは果たして何人この場にいたのだろう。 高町恭也は少しだけ優しい目をすると将来の妹へ向けて。

 

「頑張れよ、すずかちゃん」

 

 そっと、エールを送るのであった。

 

 

 

 

 ……その掛け声がまさか、本当に迫真迫る事態へ向けるセリフになるとは、この時誰も予想だにしなかった。

 

 なのは達3人娘に酷似した存在。 若干逸脱した性格と、その特性。 度を越した好意に、過ぎた幼さと尊大さ。 何かが激しく掛け違えているこの瞬間に、誰もが気が付かなければならなかったのだ。

 闇の残滓が残留したという事実を…………闇が、まだ残っていることに。

 

 

 

 

「ごくうさん……悟空、さん……ぅぅっ」

 

 少女の泣き顔に追いすがろうとする不安。 少女の心を掻き毟ろうとするのは今までの行い――嫌悪。 大切なものを取られたときの辛さは、未だに筋斗雲に乗れない金髪少女から味わわされているすずかの慟哭は止まらない。

 奪いたいと、一時でも考えた自分が恥ずかしい。

 

 誰にも渡したくないと、縛り付けてでもそばに置いておきたいという邪念があったことは否めない。

 

 憧れ、恋い焦がれた自分の思いをそのまま通したいの仕方がないことだ。 ……そうやって妥協してしまえたらどれだけ楽か。 彼女の情念を常識が縛り付ける中、そんな思いですら投げ捨てたいとさらに足に込める力を増やしていく。

 

「逃げたい、逃げてしまいたい……もう、やだぁ」

 

 心が痛い、苦しみ、悲しみから解放される方法は数少ない。 成就させるか忘却の彼方へ送ってしまうか……けど、そのどちらも絶壁よりも高い壁で在るのは少女も承知の上だ。 ……だから、少しだけ時間が欲しかった。

 

 

 その少しの時間に、いかほどの“邪念”が集まるとも知らず知らずの内に。

 

 静まりかえる都市……海鳴。

 海の波が音色を奏でる……こともしない今日この頃、失意に落ち込んでしまった少女の天上に暗い雲が集まっていた。 それは彼女に何をもたらすのか、それとも――――なにを奪い去ろうというのだろうか。

 

 年の暮れも近い雪の季節。 月の名を冠する少女に、ひとつ、大きな不幸が集中しようとしていた。

 




悟空「おっす! オラ悟空」

リインフォース「……なんでしょう、嫌な予感がする」

はやて「どないしたんや? そんな不安そうな顔で」

リインフォース「いえ、なにかとんでもない忘れ物をしているような気がして。 なにか、わたしの中の何かがざわめくのです」

はやて「……なにか」

リインフォース「そう、なにかとてつもない見落としをしているのではないかッ…と」

悟空「おーい、すずかーー! どこいったぁー!!」

すずか「もうやだ、いままで一体なんだったの……ぅぅ」

悟空「……なんだ、すずかの気を辿れねぇ……! なにか気味の悪い気が集まりだして――おい、すずか! それ以上“そっち”にいくんじゃねぇ!」

すずか「……え?」

シュテル「気になるところで申し訳ありません、情報は少ない方が楽しみが増すと思うのでここで引きとさせてもらいます。 次回」

レヴィ「魔法少女リリカルなのは~遥かなる悟空伝説~ 第61話」

ディアーチェ「闇の谷、邪念の山」

???「お外は怖いよね? こっちにおいでよ」

すずか「貴方は……だれ?」

悟空「……な、なんだってんだこの気は……いままで感じたことがねぇ位に……」

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